小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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報道の自由がどれだけあるのか?

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(エリザベス女王 BBCオンラインより)

女王を戯画化し、首相をおちょくっても平気

 ある国の報道の自由度をどこではかるか?はいろいろあるだろう。

 ここでは、その国のトップをどこまで自由に批判できるか、という観点から見てみたい。

 2月24日付のデイリーテレグラフに2つの例が出ていた。デイリーテレグラフは高級紙と呼ばれ、日本の朝刊紙にあたる。

 オピニオン面の風刺画が、エリザベス女王だ。顔の片側を手で隠している。「見たくない」ということだろう。これは、息子のチャールズ皇太子とカミラ・パーカー・ボウルズさんの再婚で、ウィンザーの市民公会堂での挙式にエリザベス女王は出席しないと発表した、というニュースを踏まえてのものだ。

 控えめな挙式を望む皇太子らの意思を尊重したとしているが、英王室では前例がないため、女王は皇太子の再婚を心から喜んでいないのではないか、という説も流れた。前日のタイムズ紙では、怖い顔をしているエリザベス女王のクローズアップを載せ、いかにも「再婚に対して、怒っている」かのような印象を与えた。

 問題は、真相が闇の中ということで、本当に怒っているのかどうかは、分からない点だ。憶測だけで、「怒っている」、「挙式を見たくないと思っている」としてエリザベス女王がいかにも怒っているような写真を載せたり、顔を隠すような風刺画を出すというのは、日本ではありえない光景だ。

 その下は、トニー・ブレア英首相の寄稿で、厳格化する反テロ法案に関して書いている。「私は傲慢ではない。国民の安全に対して責任を持っている」という題がついている。

 このブレア氏の原稿の下が、ボリス・ジョンソンという野党・保守党議員のコラムで、題名が「ブレアよ、残念だが、(軽蔑の念をこめて)ふーんだ、というしかない」。いかにも人を食ったような題名で、ブレア氏の原稿に対する反論になっている。

 デイリーテレグラフは保守党の御用新聞とも思われ、保守党支持の姿勢を出すことが多い。いわばブレア氏は「敵の陣営の新聞」にあえて原稿を寄稿したわけだが、それにしても、このような紙面の取り扱いでは、日本人の感覚からすると、寄稿者は激怒するだろうし、まずこのような紙面作りには日本ではならないだろう。

 イギリスでも、ブレア首相は、おもしろくない、と思ったかもしれない。

 しかし、特にこれが問題になることはなく、「ま、こんなものであろう」と、読者も、おそらく首相官邸も、エリザベス女王も、思っているはずだ。

 こうして、また一日が過ぎてゆく。

 私は、イギリス式がいいと必ずしも思わないが、これがイギリスでは現実なのだ。

 BBCが製作中の昭和天皇に関するドラマは、今年後半放映されるということで、週刊新潮に現段階での脚本の一部が流れ話題になった。「偏った天皇像」が描かれている、として一部の人の怒りをかったようだ。

 しかし、「国の象徴、トップでも、批判や風刺の対象になるし、人は言いたいことを言う」ということが徹底しているイギリスのメディア文化があることを、背景として頭に入れておくと、例えBBCの昭和天皇像が「偏った」ものであっても、それほど怒りを感じないのではないだろうか。偏っていても人は「それはそれ」として平気で鑑賞する下地があることを理解すると、いろいろなことに納得がいくようだ。

 「いろいろな意見があっていい」という姿勢が、日本に比べると、イギリスでは徹底している。
 
 しかし、本当に何でも言っていいか?というと、そうではない。タブーは意外と多く、その1つに宗教、人種がらみのコメントなどがある。
by polimediauk | 2005-02-25 03:52 | 英国事情