小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「なぜBBCだけが伝えられるのか」(光文社新書)、既刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)など。


by polimediauk

ターミナル5とヒースロー空港の未来

 ロンドン・ヒースロー空港のターミナル5が3月末ついに開業したが、初日から、荷物の配送システムの不備などから34便が欠航になった。4月1日現在も、混乱状態は解決されていない。

 空港を運営するBAAによると、新ターミナルではチェックインなどの手続きが大幅に簡素化されるはずだったが、実態は大違いとなった。今後の空港機能拡張に大きな疑問符がつく出だしとなった新ターミナルだが、英国内に住む人は、「やっぱり・・・」という感想が自然ではないだろうか。英国の大きな「へま・どじ・大失敗」(cock-up)・・・。日常生活でも大なり小なり似たような経験を持つ人は多いだろう。何故こうなのか?これほどのどたばたが頻繁する理由は誰にも解けない謎かもしれない。(以下、英国ニューズダイジェスト最新版記事に書き加えながら、考えてみた。)

 ターミナル5はヒースロー空港に西の末端に位置する。元は下水施設があった場所に、6万人の作業員が6年近くをかけて建設され。3月27日が開業日。これまでヒースロー空港に設置されたターミナルの中で最大となる260ヘクタールの敷地面積を持つ。ハイド・パークとほぼ同程度の大きさだと言う。年間3000万人の旅客が訪れる見込みだ。

 しかし、新ターミナルでは初っ端からトラブルが続出した。手荷物の処理システムの不具合、自動車通勤する空港スタッフが専用駐車場に行き着くまでに時間がかかっための作業開始の遅れ、新たに導入した機材をスタッフが使いこなせなかった(!!信じられるだろうか?)など、様々な要因が重なり、オープン後の2日間で70便以上が欠航する羽目になった。

 ヒースロー空港を運営するBAAが、オープン前に自慢していたのは、「ターミナル5を使う旅客は、より快適な、効率的な空港利用ができる。ゆったりとした空間、最新機材を使った荷物処理のシステム、通常のチェックイン・デスクの2倍の数のセルフ・サービス用チェックイン機の導入、旅客が空港ターミナルから5分以内に機内に入れるよう、搭乗橋と飛行機の連結を工夫するなどが目玉」など。

混雑や荷物の紛失などの「ヒースローの地獄」からおさらばできるのがターミナル5とBAA側は主張していた。しかし・・・。

―根強い拡張反対の声

 年間約6800万人の旅客を処理するヒースロー空港だが、敷地面積は他の欧州の主要空港と比較すると半分以下で、滑走路の数も少ない。国際競争の面から、そして旅客サービスを向上させるためにも、空港設備の拡張は必須となっていた。

 しかし、騒音に悩む近隣住民の拡張工事への反対の声は根強く、近年では飛行機の使用そのものが温暖化を加速させるとあって、環境保護の面からも反対運動が大きく広がっている。2月末には第3滑走路建設計画に反対する活動家数人が、国会議事堂の屋根に上り、抗議の垂れ幕を掲げるデモを強行した。

 ここを使えるのは英国航空(BA)のみとあって、他の航空会社からすると「一社へのえこひいき」と見えなくもない。

 新たなターミナルができた、と言っても、便数が増えるわけではなく、BAA側は、本当の意味での空港のサービス向上には第3滑走路の建設が必要だと主張している。経済団体はこれに賛同し、政府も2003年、環境面での条件をつけながらも「原則としては合意」している。もし約2キロの長さの滑走路が建設されれば、空港全体の利用旅客は現行の約2倍の1億2000万人に上ると予測されている。

 しかし、新たな滑走路建設のためには約700戸の家庭が立ち退きせざるを得ず、近辺の数千人規模の住民が新たな騒音に悩まされる。近隣住民や環境面から大きな懸念となる滑走路建設だが、BAAやビジネス界にとっては大きなビジネスチャンスにもつながる。

 部分拡張を繰り返しながら、利用旅客数を世界で第3位まで伸ばしたヒースロー空港だが、今後より大規模な拡張策を取る方向に進むのか、あるいは住民や環境団体からの声を取り入れて現状維持路線で進むのかの大きな岐路に立つ。拡張計画への強い反対の声にも関わらず、国際競争やビジネスの要請などから、第3滑走路の建設を含む大規模拡張路線に向うという見方が優勢だ。

―数字で見るターミナル5

総工費:43億ポンド(約8800億円)
工事開始:2002年9月
飛行機のスタンド:2010年までに60
駐車場スペース:3,800台分
チェックイン・デスク:54
セルフ・サービスのチェックイン用機械:96
毎時処理される荷物の数:12000個
エレベーター:192
エスカレーター:105
商業店舗:112

―欧州の主要国際空港との比較
―ヒースロー空港の歴史

第一次世界大戦中:現在のヒースロー空港の敷地内で軍事用飛行機が発着。
1930年代:フェアリー・エービエーション社の所有となり、グレート・ウエスタン・エアロドロームと呼ばれた。航空機の組み立てやテストに使われる。
第二次世界大戦:小規模の商業空輸を取り扱うようになったが、戦後、英空軍に接収される。
44年:「ロンドン空港」(後のヒースロー)の建設始まる。
46年1月:英民間航空局に返還。3月、民間空港として公式に開港。
1955年:ヨーロッパビル(現在のターミナル2)を女王がオープンする。
1961年:ターミナル3が開業。
1966年:ヒースロー空港として名称変更。
1968年:現在のターミナル1が開業。
1985年:ターミナル5の建設計画始まる。
1987年:英空港公団が民営化され、ヒースロー空港の所有も委譲された。ターミナル4が開業。
1995年:ターミナル5建設のための公的調査の開始。
1999年:上記調査が終了。英国史上最長の公的調査となった。
2002年:ターミナル5の建設開始。
2007年:ターミナル1と2が改装される。
2008年3月:ターミナル5、開業。
2009年:ターミナル4が改装予定。
(資料:英文ウイキペディア、BBC他)

―BAA LIMITEDとは

 英空港会社。BAAはBritish Airports Authorityの略。ロンドン・ヒースロー空港も含め、英国の7つの空港を運営する民間会社。ナポリ国際空港の65%の株を所有し、米国の3つの空港の商業施設も運営する。元は政府が全額出資した空港運営公団。サッチャー政権下の国営事業の民営化の一環として、1986年、公団の資産・負債を受け継ぎ、民営化された。1987年、ロンドン証券取引所に上場。2006年、スペインの大手建設会社を中心にしたコンソーシアムに買収され、上場廃止に。航空会社から得る離着陸料金と空港内の商業施設からの利益が収入源だ。下院運輸委員会は3月15日、BAAが「英国の空港業界市場を独占し、競争を妨げている」という理由から、その分割を求める報告書を発表している。
by polimediauk | 2008-04-01 20:04 | 英国事情