「『新聞はタダ』に克つ」(上)
「週刊東洋経済」4月12日号にいくつか英新聞にまつわる話を書いたが、ブログ転載の許可を得たので、その分を順に載せていきたい。若干カット、加筆した部分があることをご了承願いたい。私の記事は日本の新聞業界、特に日経を中心にした大きな特集の中の一部だった。非常に市場環境が厳しい中で生残り策をはかる米新聞業界の話も現地から報道されていた。米新聞業界はすさまじい市場原理との闘いの真っ最中にある、という印象を持った。日本の場合、どことなく、「読者」のことはあまり眼中にない感じがした、というと言いすぎだろうか?
そう思ったのは、新聞社のネット記事の提供の度合いだ。自分自身、ほんのちょっとした原稿でも、作り上げるまでには手間と時間がかかるもので、まして大量の記者や宅配制度を維持するには、相当のお金が必要だろうし、一つ一つの記事にも手間・時間がかかっているだろう。自社体制の維持にまず考えが行くのはしかたないが、英国の新聞サイトの場合、何とか他のところで工面をし、無料・拡充化に向っているので(フィナンシャルタイムズは有料で別だが)、ある日本の大手新聞が「サイトへの記事の掲載期間を短くして、有料サービスに読者を向わせる」ことを語っていたので、寂しさを感じた。生き残りだから仕方ないのだろうか?
日英の新聞サイトを比較すると、こまごましたことの差というよりも、背景になる考え方がどうも異なる気がしてならない。それはやはり宅配制度+販売店制度がある・なし(英国でも宅配はあるが、日本のようなシステムになっていない)の違いなのかもしれない。その「違い」というのは、英国の新聞では「読者のために」が強いような気がする。きれいごとでは決してなく、読者=新聞を買ってくれる人+広告を見てくれる人=読者の都合に合わせる・・というパターンではないか。この違いは文化や国民性によるかもしれないし、なかなか埋まらないかもしれない。(新聞とは何か、社会でどんな役目を果たし、国民はどう受け止めているのか、という要素も関わってくる問題だろうから。)
(以下、東洋経済4月12号の筆者記事からの加筆・転載。)
「新聞はタダ」に克つ (上)
「世界のFT」戦略
英国では「メトロ」などの無料氏が有料の新聞を苦境に追いやった。高級紙もタブロイドサイズに小型化。ほんの数年の間に、新聞業界は様変わりしたーー。
この国ではすでに「逆転」が起きた。英国のインターネット広告市場(20億ポンド、約3900億円)は、2006年、新聞広告市場(19億ポンド)を凌駕。テレビ、新聞、ラジオなど、これまで主流となってきた広告媒体の人気が落ちているのとは裏腹に、ネット広告は前年比4割増と急成長だ。
厳しい環境下、日刊全国紙13紙がひしめく英新聞業界の原動力は高邁なジャーナリズム精神というより、競争だ。競争相手には同業他社だけではなく、テレビ受信料を含む約30億ポンドの年間収入を元手にデジタル投資を続けるBBC(英国放送協会)やヤフー、グーグルなどのネット企業も含まれる。ネットでニュース情報を得る人の増加、広告主のネットへの移動、さらにスウェーデンに端を発した無料紙新聞の人気の影響など、変化するメディア環境の中でいかに収益をあげるかに苦心している。
近年の市場再編のきっかけとなったのは、広告のみで成り立つ無料紙の席巻と小型化の動きだ。
95年に発行を開始したスウェーデンの無料紙メトロは、政治、経済、国際ニュースが満載されており、内容は有料の新聞と変わらない。通信社電などを使った記事は短く読みやすいので20分もあれば最後まで読めてしまう。あっと言う間に欧州を中心に世界中に広がり、現在では19言語で世界23カ国で発行中だ。出版元のメトロ・インターナショナルによると、発行部数は約2300万部で、読者の74%が49歳以下だ。
欧州には、メトロのアイデアを基にした無料紙が数多く生まれている。無料紙は、読者からすると、「新聞とはお金を出して買って読むもの」という概念を崩してしまった。
―大人気の英国版「メトロ」
英国では新聞の名前は同じだが別会社が発行する無料紙「メトロ」が人気だ。本家メトロが英国に上陸するのを予想したアソシエーテッド・ニューズペーパーズ社が「メトロ」の名称を英国内で商標登録し、同名の無料紙の発行を遮断した。99年からロンドンで発行を開始した英版メトロは国内各地とアイルランド共和国の一部で約135万部が発行されている。スコットランドが中心の「レコードPM」,「ビジネス7」、ダブリンの「ヘラルドAM」など、メトロ以外のタイトルの無料紙も続々と発行された。
ロンドン市内では金融・経済紙の「シティーAM」(05年開始)に加え、「ロンドン・ライト」(06年)、「ロンドン・ペーパー」(06年)も発行された。参入が相次いだのは朝の無料紙メトロの大人気が誘因だ。夕刊有料紙「ロンドン・イブニング・スタンダード」(メトロと同様のアソシエーテッド社発行)の最終版が出る夕刻までの時間に「すき間」が生じる。ここを狙ってアソシエーテッド社は、06年夏、ロンドン・ライトの配布を開始した。タイムズ、サンを発行するニューズ・インターナショナル社(ルパート・マードックのニューズ・コーポレーション傘下)も参入を決め、同時期にロンドン・ペーパーの発行を始めた。両紙とも朝のメトロよりはややライト・タッチで有名人に関するゴシップや料理、映画など娯楽系の記事が多い。
これで割りを食ったのは、イブニング・スタンダードだ。発行の時間帯こそ違え、同じ発行元から出ている朝のメトロに足を引っ張られ部数が減少。さらに同じ時間帯に無料紙2紙が入ってきた。安値競争に走らず、逆に1部40ペンス(約80円)から50ペンス(100円)に値上げし、「有料で読み応えのある記事を出す」方針をとった。プリペイドカードの発行などにより危機を乗り越える努力を続けたが、今年2月の発行部数は約28万部。前年同月比では5・48%増だが、3~4年前の40万部からは大きく水準を落としている。朝のメトロから始まるロンドン無料紙市場での独り勝ちを狙ったアソシエーッテド社がイブニング・スタンダードを見限ったともいえる。
―小型タブロイドが流行
03年、高級紙の中で歴史が最も浅く(86年創刊)、部数も最も少ない「インディペンデント」紙のサイモン・ケルナー編集長の主導で、タブロイド化旋風が起きた。同紙は創刊後、一時は50万部近くまで部数を伸ばしたが、ニューズ社が利益度外視の安値競争で攻撃。インディペンデントは大きな打撃を受けた。その後も他紙との絶え間ない競争から、部数は03年には20万を切ってしまった。
起死回生策として、ケルナー編集長は、高級紙のインディペンデントを、それまでの大判(ブランケット判)から小型タブロイド判に変えた。タブロイドは大衆紙と同義語で、ゴシップ記事満載の新聞と見なされていたが、この概念を打ち破った。03年9月末のタブロイド判とブランケット判の平行発行(後、タブロイド判のみになった)は大成功となり、ライバルのタイムズ紙も同年11月末には小型化した。ガーディアンは05年、縦に細長い「ベルリナー」判を発行し、サイズ変更により各紙とも部数を伸ばした。メトロの人気でタブロイド判=質の低い新聞というイメージが崩れつつあったことも幸いしたようだ。
ケルナー編集長は一躍業界の寵児となったが、次第にその効果も薄れ、現在では20万部を超えるのがやっと。編集長交代やインディペンデントが無料紙になる、などの噂が絶えない。既に地方紙「マンチェスター・イブニング・ニューズ」は都市中心部では無料配布し、他の場所では有料とする、無料と有料を組み合わせる方式を取る。高級紙も無料モデルの波に飲み込まれていくのかもしれない。
一方で、英新聞業界の現在の主戦場は読者がニュースを読みに行く場所、つまりウエブサイトに移っている。サイトへの投資はガーディアンが最も力を入れてきた(固定ユーザー数は約1900万人でトップ)が、高級紙最大の部数を誇るテレグラフ紙も06年、マルチメディアを駆使した新編集室を構築した。翌日付の紙媒体での掲載を待たずにネットで適宜ニュースを報道する「ウェブ・ファースト」を実現し、記者はマルチメディア・プラットフォームで原稿の出稿や動画出演を求められる。「ネットと紙で区別をしない」、「常時報道する」方式は、他の高級紙でも常識になった。
ウエブサイトでの動画クリップの使用は増える一方で、新聞社は放送メディアや動画投稿サイトと同様のサービスを提供する方向に向かっている。ライバルは世界中のニュースを拾うグーグルやヤフー、動画が豊富なBBCのニュース・サイト、近年急激に広がった「マイスペース」「フェイスブック」「ビーボ」などのソーシャルネットワーキング・サービス(SNS)のサイトや、無料の動画配信サイト「ユーチューブ」だ。
ネットの重視で、存在をおびやかされつつあるのが日曜紙の存在だ。一週間に一度の発行のために人材を維持しておく、という体制はもはや通用しなくなっている。長年の日曜紙の伝統が近い将来消える可能性も指摘されている。
(「2」に続く。次回はFTの戦略)
ご参考:過去のケルナー編集長インタビュー
http://ukmedia.exblog.jp/114126/
日曜紙の将来に関する過去記事
http://ukmedia.exblog.jp/7632373/