小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


by polimediauk

オーストリア監禁事件2 父ヨーゼフの弁護士の話、「ナチ影響」? 

 オーストリア監禁事件に注目している。同国のナスターシャ事件(2006年明るみに)と今回と、「少女を数年間監禁」ということで共通点があり、オーストリア独自の事態なのかどうか?

 監禁、性犯罪、少女、というキーワードで探せば、世界中に同様のことが起きているのだろうけれども、男性(あるいは大人の側)が「自分のものだけにしておきたい」と、少女・女性(あるいは大人側からすると弱い立場の人間)を監禁する、という発想はどこから出てくるだろう?男性優位・中心主義の考えが強いのかどうか。男性側に相手を支配したいという意識が強いのかどうか。(注:すべての男性=悪人、という見方ではもちろんないことを改めて書いておきたい。この2つの事件で相手を監禁したのが男性だった、という点に注目したのみ。)

 独「シュピーゲル・オンライン」(英語版)2日付に、オーストリア監禁事件の父ヨーゼフの弁護士の話が出ている。「私の仕事はヨーゼフを一人の人間として見せること」と語っている。以下、抜粋。

http://www.spiegel.de/international/europe/0,1518,551049,00.html

 ルドルフ・メイヤー氏はオーストリアでも著名弁護士の一人で、顧客のいいところを見つけ、相手を理解するようにする、と述べる。メイヤー氏の事務所はオーストリア・ウイーンの裕福な層が住む場所にある。例のフロイトも近辺で働いていたことがある。メイヤー氏は自分を「セラピストであり、かつ弁護士」と呼ぶ。

 「ヨーゼフはひどい怪物、性の暴君として紹介されている。私の仕事は彼を一人の人間として見せること」。10分間話をして、「どんな人物かの感触をつかもうとした。論理で考えることをやめ、直感を働かせた。相手の目に注目した」。目を見れば、相手の90%が理解できるという。

 「最初の30秒が肝心だ。私はヨーゼフとつながることができたと思う」。

 「家父長的な、良い面も悪い面もある人物だという印象を持った。感情的に壊れた人物だ」。

 当初の会話ではほとんど反応がなかったヨーゼフは、2回目には、自分のこれまでの人生や何が起きたかを2時間に渡って話したという。「話をさせておいて、私は黙って聞いた」。

 何故自分の人生をめちゃくちゃにするようなことをしたのだろうか?これを探し当てるのが「まさに私の仕事だ」。メイヤー氏のこれまでの経験から、「どんな行為、どんな犯罪行為にも必ず理由がある」のだ。しかし、ヨーゼフの側によりそって、何故こうした行為に走ったのかを探し当てるようなメイヤー氏の態度を不満と思う人もいる。すでに脅しのメールが届いたそうだ。しかし、こうした憎悪のメールは職業上必ず起きるという。

 メイヤー氏はヨーゼフの犯罪に「衝撃を受けなかった」とシュピーゲル誌に答えており、ヨーゼフから弁護士になるように依頼されてまんざらでもなかったようだと、シュピーゲル誌は書いている。

 ヨーゼフが拘留中の刑務所の担当者は、「ヨーゼフは自分のしたことの重大さに次第に気づき始めて」おり、後悔の念も見せだしているという。


 ドイツメディアはこの事件を非常に熱心に追っているようだ。シュピーゲル英語(電子版)は3日付でもさらに新しい情報を入れた話を載せている。

 当初、地下室の部屋は一つしかなかった・・など、詳しい状況は読むだけでも不快である。

http://www.spiegel.de/international/europe/0,1518,551246,00.html

 特筆すべきはヨーゼフ氏が娘をレイプしていたことを「知っていた」という人が出てきているらしい。オーストリアのテレビでそう話したそうだ。でも、ヨーゼフ氏が「怖かったので」通報などをしなかったそうだ。そして今でも「悪夢を見る」とこの人は言っている。(この「通報しなかった」理由が後で分かる。一つの説だけれども。)

 一方、オーストリア政府は「ヨーゼフ事件=オーストリアだからこそ起きた事件」と思って欲しくないと、イメージを改善するのに躍起だ。もちろん、ある1つの事件が起きたからといって、それがそのままその国のイメージになってはたまらない。それでもなんといっても2年前にも同様の事件があかるみに(ナターシャ事件)があるのだから、オーストリア外の人は何らかの関係性を見たがる。

 ネットを見ると、「オーストリア独自のことではない」、「他国がオーストリア独自の事件として見るのはあたっていないし、不快だ」という声もある。

オーストリア監禁事件2 父ヨーゼフの弁護士の話、「ナチ影響」? _c0016826_75127.jpg
 ナターシャさん自身は、BBCの取材に応じ、オーストリアだから起きた部分もあったことを示唆している。ナチの国家社会主義があったころ「女性は抑圧されており、全体主義的教育があった」要素をあげている。(ビデオは以下に。)

http://news.bbc.co.uk/2/hi/europe/7376667.stm

 そして、ナターシャさんを診た心理学者マックス・フリードマンさんは、BBC「ニューズナイト」の取材の中で、こうした監禁事件が発覚しなかった理由として、オーストリアが未だにナチ時代の後遺症に苦しんでいるから、と述べている。フリードマンさんによれば、「何かを見たり聞いたりしても、それを通報しない傾向がオーストリア人にはある」と言う。「1933年から45年にかけて、たくさんナチのスパイがいた。こういう人たちは、戦後、嫌われた。そのために、今では情報屋とみなされないよう、何かを見ても通報しない。オーストリアは未だにナチの過去に苦しんでいる。過去からヒーリングする途中にある」と述べている。

 今回の事件をナチの過去と結びつけるなんて「ばかげている」、「いいかげんにしてくれ」という人もいるが。

(過去記事)
http://ukmedia.exblog.jp/8766563/
by polimediauk | 2008-05-04 07:52 | 欧州のメディア