ケン・リビングストンと「イブニング・スタンダード」
ケン(と名前を呼び捨てにするのは、ロンドンではケン、ボリス=現市長ボリス・ジョンソン=と呼ぶのが普通なので)が負けたのにはいろいろな理由があるが、広い意味ではやはり労働党・ブラウン首相の不人気、政策の失敗などが足を大きくひっぱったというのがあるが、週末にかけて出た英新聞の分析を読むと、一言で言うと、「市長として3回目の勝利を得るほどのプラスアルファがなかった」ということだろうか。私が見たところでは、3日付ガーディアンのヒュー・ミューアー氏の記事 Ignoring beacons, Brand Ken sailed into perfect stormの分析が非常に秀逸であるように思った。
この記事でも指摘されているが、つまるところ、英国民の中に「一人の人が長く任期を務めるのは良くない」という気持ちがあって、「変化を求める心・強い圧力」が働いた上に、8年市長だったケンに謙虚さがなくなっていた、いつの間にか、市民の側にではなく権力の側にいるように見えてきた、つまりは「一つのブランドとしてのケン」の意味が薄れてきてしまった。
実際のところ、この数ヶ月のケンは疲れているように見えたのも確かだ。
そこでメディアの話になるが、保守党ボリス側の選挙戦略の分析もおもしろいだろうとは思うのだが、それよりも、今回の市長選では非常に大きな役割を特定のメディアが果たした。英国で伝統的となった(いい伝統とはあまり思えないけれども)「政治キャンペーンとしてのメディア」の動きが目立った。
具体的には、ケンに敵対的なロンドンの夕刊紙「ロンドン・イブニング・スタンダード」、そのコラムニストのアンドリュー・ギリガン、チャンネル4のドキュメンタリーだ。
この3つが固まった時の力はものすごかった。といっても、うそを報道したわけでなく、若干の真理が入っている記事、あるいは、疑惑をものすごく大きく扱うのである。スタンダード紙は専用スタンドで売られている。そのスタンドには、その日のトップニュースを大きな文字で書いたポスターが貼られている。そこでロンドンの地下鉄を使ったりすると(数百万単位の人にとって)このポスターが目に入る。こうしたスタンドは市内で500ほどあるという。アンチ・ケンのスタンドが500あった。
そして、スタンダードは、ロンドンの看板紙。市内で唯一の有料の夕刊紙である。無料新聞がたくさんあるが、いわゆる本当の新聞といえばスタンダードで、やはりそれなりに人はその報道に注視するわけである。そこでガンガンとケンの批判(まともな「批判」といえるかどうか?)記事を連日出し続けていた。
実際のところ、ボリスの立候補は長らくジョークの1つと見られていたが、流れが変わった瞬間があって、それは、チャンネル4が「ディスパッチ」というドキュメンタリー番組のシリーズで、ケンのスキャンダル(「疑念」というほうが正確だったけれども)をクローズアップした番組を放映した。ロンドン議会でウイスキーのグラスを手にしている場面や、実在しないチャリティー団体にロンドン市庁が財源を支援したなど。辞めた側近のインタビューを基にしていかに「不公平か」を描いた場面もあった。「権力の監視」のためには仕方ないとも言えるのだが、かなり迫力のある番組だった。それと前後し、スタンダードがネガティブな報道を繰り返した。
チャンネル4+スタンダードの報道がかなりダメージになったと私自身思っていたところ、ガーディアン(3日付)、インディペンデント(4日)でもこれを問題視しており、「やっぱり」と思ってしまった。
ガーディアンのほうはスタンダードのやり方に批判的である。アンチ・ケンの編集方針に、スタンダード内部でも「やりすぎではないか」という声が上がったと書かれている。ボリスが正式に候補になる前からボリスを支持する報道を行っており、シティー大学でジャーナリズムを教えるエイドリアン・モンク教授も「唯一の有料のロンドン紙が特定の候補者のみを支援するのは問題ではないか」と疑問を投げかける。
スタンダードでケンの批判記事を書いてきた一人が、アンドリュー・ギリガン。彼は例のイラク大量破壊兵器を巡る報道がきっかけで、BBCを辞職した。この後、ボリスが当時編集長だった、右派週刊誌「スペクテーター」に雇用された経緯がある。ギリガンの記事の1つが、ケンの人種問題に関するアドバイザーが不正を働いていた、という報道だった。これが「分かれ目になった」と見る人は多い。「なんとなく、人がうすうす思っていたことを証明した記事だった」(シンクタンク、ポリスのチャーリー・ベケット氏、ガーディアンにて)からだ。
反ケンであり続けたスタンダードだが、以前、ケン自身が、スタンダードの記者に「ナチの収容所の守衛みたいだ」と話し、大ひんしゅくを買った。裁判沙汰にまでなった。
一方のインディペンデントでは、ケント大学のティム・ロックハースト教授が、スタンダードは(反ケンというよりも)、どっちの方向に風が吹いているかを察知しただけで、市内のミドルクラスの人が聞きたいことを書いただけだ、と結論付けている。ミドルクラスが聞きたいことを・・というのはあたっているかもしれない。ミドルクラス=保守党支持大多数とすれば、反ケンの人が多いだろうし、ケンを批判する記事は結構喜ばれるのだ。ロンドンライフのすべての不満をケンに対する不満と同一視するだろうし。
新聞が何らかの政治キャンペーンを行うのは英国の新聞の特色の1つでもある。かつて保守党メージャー氏が政権を取ったとき、大衆紙サンが「勝ったのはサン」という見出しをつけたのが著名だ。今回も、「勝ったのは(勝たせたのは)スタンダード」という面があることは否定できないだろう。後味が悪いがー。
今回の地方選全体を見ると、何かが大きく変わったと思う(ただ、保守党は政権を取れるところまで力をつけたと見る人は多くない。それでも、保守党に関する「いやな感じ」を持つ人がぐっと減ったのは確かだ。キャメロンの功績だ)。私はブラウン首相だけが悪いとは思っていない。むしろ、ブレア時代にニューレイバーを離れた人がいて、それが止まっていないのだと思っている。
ブレアのニューレイバーは、労働党ながら、ミドルクラスから支持を得た。取り込んだ。今、そのミドルクラスはほぼ完璧に離れた・離れつつあると言っていいのかもしれない。何しろ、ロンドン郊外に住むミドルクラス(本当のミドルクラス?)が労働党を見放した結果となったというのだから、これは大きい。ジョークといわれたボリスが次の政権発足の鍵を握るかもしれないのが、皮肉である。
ブレアが消えて、大きな政治の流れが変わった。今回、この点が非常に明快になった。英国が大きく変わる・変わりつつあると思う。
Guardian: It’s the Standard wot won it: newspaper backed Boris throughout campaign
Independent: So was it the ‘Standard’ wot won it? Or just a sign of the times?




