小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

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英「受精・胚」法案で、議論沸騰

 どこまで人は人の誕生に手を加えることが許されるのだろうか?

 世界で初めて「試験管ベビー」(体外受精で生まれた子供)を生み出した英国で、中絶が許される期間の短縮、ヒトと動物に由来する「融合胚」の研究目的での生成、女性同士のカップルが子供の両親になれる道を開く(ちょっと大雑把な表現であることをお許しください)など、人の生命の誕生に関わる包括法案を下院議員たちが議論中だ。昨日19日から、どんどん新法案が可決されている。どきどきすると言うか、恐ろしいなあと思いながら見守っている。

 昨日、議会内で最も議論が分かれていた、融合胚の生成を認める法案が承認され、本日20日は、既に「父親」の介在なしに、女性同士のカップルが子供を体外受精などで作ることを可能にする法案が可決された。今晩10時ごろには、中絶限度期間の短縮に関わる法案で可決・否決の是非が問われる。

 先月「英国ニュースダイジェスト」(4月10日付)にこの件で概要を書いたのだが、一先ずそれに加えたものを出してみる。

 参考にしたのは一般紙の記事に加えて、「技術開発機構NEDO海外レポート1014」、英国会資料、以下BBCなど。HEFA (Human Fertilisation and Embryology Authority):「ヒト受精・胚機構」のサイトから、Hybrids and Chimeras (A report on the findings of the consulation)という昨年10月発表の報告書があり、これも言葉の説明など詳しい。
 

まず「融合胚」Q&A

―「融合胚」とは?

 ヒトのDNAを含んだ細胞核を、核を取り除いた動物の卵に移植して生成された胚。理論上は99・9%ヒトの遺伝子的性質を受け継ぐ卵を生成できる。ハイブリッド胚とも呼ばれる。胚は研究室で2,3日保管され、様々な組織に成長可能な幹細胞になる。幹細胞を怪我や病気で傷んだ臓器などの細胞に分化させることができれば、移植することで治療にも使えるようになる。

―何故動物の胚を使うのか?

 幹細胞を作る際に必要となる、研究用のヒトの卵細胞が希少なため。研究者によると、作業過程の煩雑さが減少し、生成確率も上がると言われている。

ーどのように利用されるか?

 例えば、パーキンソン病の患者から遺伝情報を採取し、遺伝情報を取り去った動物の卵子に入れる。これでパーキンソン病を引き起こす遺伝子情報を持つ幹細胞を作ることができる。幹細胞は様々な組織に成長する可能性があるので、そうして成長した組織を実験に利用することでパーキンソン病の治療法解明に貢献するのではないかと期待されている。

―ここまでの概略

 人工授精や胚研究に関する既存の法律を改正する「ヒト受精・胚研究法案」を巡り、議員一人一人の「良心」がクローズアップされる事態が起きた。

 この法案が成立すれば、現在24週間の中絶限度期間が20週間(以下の可能性も)に短縮される。また、医療機関はこれまで、体外受精で子供を産むカップルに対し父親の存在を治療を受ける際の必要条件としてきたが、この必要がなくなるので、女性同士のカップルも含め同性愛者同士が子供を持ちやすくなると言われている。新生児の組織の幹細胞を、病気の兄弟を治療するために使えるようにもなる。しかし人間と動物の組織を合わせる融合胚の作成を巡り、「自然に人間の手を加える」行為として批判が起きるようになった。

―閣内からの反対の声が

 融合胚を使えば、多発性硬化症やアルツハイマー病の治療法解明につながると言われている。胚を使った再生医療で英国が世界のリード役となることを望むブラウン首相は、子供の1人が免疫性難病に悩み、この分野の研究には特に期待をかけていた。

 ところが、国内に500万人の信者を持つカトリック教会の指導者陣が、「人の命を商業化しようとしている」、「人の誕生という自然の摂理に手を加えることがあってはならない」など、反対の声を上げた。特に強い調子で非難したのは、スコットランドのオブライエン枢機卿で、法案を「人権、人間の威厳、生命に対する恐ろしい攻撃」と呼んだ。与党議員は、通常政府の法案には賛同することが義務となるが、閣内にはブラウン国防相を始めとする数人のカトリック信者がおり、ブラウン首相は苦しい立場に追い込まれた。今回は特別に「良心にまかせて、自由に賛否の投票をすること」を労働党議員に対して認めざるを得なくなった。

 法案は昨年秋、提出され、既に上院では討議済みだ。(そして、19日から続々と下院で可決中だ。ああ・・。これでいいのだろうか?私にも分からないが、何だか本当にいいのかな?)

 一方、昨年9月、体外受精や胚研究の規制を監督する「ヒト受精・胚研究機構」(HEFA)は、現行関連法では融合胚の扱いが明確に定められていないとして、幹細胞研究のために動物の卵細胞に人のDNAを移植して生成できるヒトと動物の融合胚の生成を原則許可する方針をまとめた。胚を生成後14日以内に廃棄することを必要条件として盛り込んだ。HEFAは今後、個々の研究をその都度考慮しながら、認可するかしないかを決める。こうして、今年1月、新たな法の成立を待たずに イングランド北部ニューカッスル大学とロンドンのキングズ・カレッジの研究チームにヒト動物融合胚の研究目的での生成が認可された。倫理的な側面よりも科学的な成果を重要視したと言われている。4月、ニューカッスル大学が融合胚の生成に国内で初めて成功したと発表した。

 HEFAの調査によると、ヒト胚に関して「聞いたことはあるが知らない」人(31%)、「少し知っている」人(33%)が大部分を占め、研究目的での生成への反対者も多いという結果が出た。

 今年3月13日、14日、YouGov poll調査が2,311人に聞いたところ、中絶許可期限の短縮を大半が支持している。中絶の認可期限は現行の妊娠から24週間までから20週間に短縮されるべき(48%)、現行のままで良い(35%)、中絶は禁止されるべき(8%)、分からない(9%)。

ー関連キーワード 
 HEFA (Human Fertilisation and Embryology Authority):「ヒト受精・胚機構」。体外受精治療と胚研究に関する政府の独立規制機関。患者と一般市民の利益の保護、治療及び胚研究の前進、体外受精治療及び胚研究に関する情報の市民や政策担当者への提供を目的とする。また、体外受精治療や精子提供による不妊治療を行なう医療機関に認可を与え、卵子、精子、胚の保管を規制する役割も持つ。1991年、ヒト受精・胚研究法(90年)に基づいて発足した。

ー「胚ヒト受精・胚研究」法案に至る動き

1978年:世界初、体外受精による子供が英国で誕生
1980年代:これを受けて、議員が受精と胚研究に関する議論を開始。
1984年:出産、受精に関わる社会的、倫理的、法律面に関わる議論と調査内容をまとめた報告書が発表される。
1990年:ヒト受精・胚研究法が成立。人の体の外での胚の作成、保管、使用、また胚の生成目的での配偶子の保管及び使用が認可制になる。
2002年:ヒトの体細胞や胚から幹細胞株を作り貯蔵する「英国幹細胞バンク」、発足。
2004年:政府がヒト受精・胚研究法の改正を提唱。翌年、公の協議プロセスを開始。2006年:見直しのための政府提言が入った白書が発表される。融合胚の生成は原則禁止に。
2007年:3月、下院・科学技術委員会が融合胚の研究目的での生成の必要性を打ち出す。5月、法案草稿が変更され、研究目的の生成を認める形に。11月、融合胚生成を一定の規制の下で可能とする法案が国会に提出される。
2008年:生命倫理上の問題から、法案への批判高まる。5月19日、融合胚に関して、下院で可決。
by polimediauk | 2008-05-21 04:30 | 英国事情