小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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男性のパートナーの存在なしに体外受精ができる英国

今、英下院で、受精に関する包括法案が審議中だ。

 この法案の詳細を見ていると、そして今週からどんどん可決されてゆく様子を見ていると、本当に空恐ろしい思いがしている。つまりは自分はかなりの石頭である、ということもあるだろう、この問題に関して。文化の違いもあるかもしれない。この包括法案がすべて可決されてしまったら(その可能性は高い)、英国はとんでもなくリベラルな国家になってゆく。これがつまりは新しい時代なのであり、自分は古い人間であるだけなのか。(+知識が十分ではない、というせいもあるのかどうか。)

 それにしても「何でもOK」となったら、一体どこに譲れない価値観を置くのだろう?(そんなものはなくてもいい、という見方もあろう。)

 こんな思いを抱く1つの法案は、英国で女性が体外受精(英国の国民保険サービスで受けられる医療の1つ)の治療を受ける時、医療機関は「生まれてくる子供の福祉」を考えて、父親の存在を求めるが、20日可決した法案によれば、「子供を支援する保育(ペアレンティング)」を子供に施せるという証拠があれば、父親となる男性のパートナーの存在は必要なくなる。これで、女性同士のカップル(同性同士の結婚は「シビル・パートナーシップ」で可能になった、通常のマリッジでなく、この言葉になったというだけでも、同性同士のカップルにとっては差別ともいえるのかもしれないが)やシングルの女性にも男性を介在せずに(精子は介在するのだけれど)体外受精をし、子供を産み、子育てをしてゆくことが可能になる。

 考えてみれば、体外受精が許され、これが実を結んだ時点(30年前が最初のベイビーの誕生)で、大きな(地殻が動くほどの?)動きが既に起きていた。

 しかし、私のイメージは体外受精といえば、既に男女のカップルがいて、自然の形では子供に恵まれないから・・・という環境での1手段と思っていたが、時代はもうずっと違う方向に進んできた。英国では女性が卵子を販売することは許されていないが、女子学生が卵子販売を許可する国に行って卵子を売りお金をもうけるということもよくあること(サンデータイムズ、サイモン・ジェンキンズ氏コラム、18日付け)なのだから、英国はむしろルールがきついという見方もあるだろう。シングルの女性(キャリアウーマン)で体外受精で子を身ごもり、育てている、という米国の具体例を雑誌で読んだことも思い出す。

 この法案可決に至る議論で、「男性のパートナーの介在なしの体外受精の禁止」の現状を支持したのが、保守党の元党首イアン・ダンカン=スミス氏だった。「家族が破壊してしまう」と訴えた。一方、禁止を解消する法案に賛成した側は、「女性同士のカップルは『家族』と言えないのだろうか?あなたはレズビアンのカップルの家庭を破綻した家庭と呼ぶのか?」と反論された。「レズビアンの権利をどうするのか?」と。

 子供は男女のあらゆる面での格闘の末に生まれる。時には体外受精を含めたさまざまな手段を使うこともあろう。時には養子で生まれ育つこともあろう。親が亡くなり、孫を育てる祖母・祖父もいるかもしれない。離婚して一人親で育てることもあるだろう。しかし、基本は子供は男女から生まれるもの。ここから目をそむけることはできない。一人の男性と向き合うプロセスを避けて、子供だけ手中に入れるというのは何かが欠けてはいないだろうか?結果だけ欲しい、ということにはならないだろうか。(こういう考え自体が古臭い+差別につながるのかもしれないが。)

 同性同士のカップルがシビル・パートナーシップで事実上夫婦になれる英国で、こうしたパートナーシップの家庭が子供を持つことを否定するのかどうかー?英国の議員たちは否定しない方に票を投じたのだ。

 他の法案を見ても、人の誕生・命を際限なく「自由に使う」ことを目指しているように思える。一体どこまで行くのかな、と思う。クローン人間がおかしいと思わなくなる日はすぐそこまで来ているな、と思う。
by polimediauk | 2008-05-21 07:15 | 英国事情