小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


by polimediauk

同性愛者が作る、英国の新しい家族の形

 「子供を産むのに父親はいらない」―。こんな見出しが、最近、英新聞各紙の紙面を飾った。英国で体外受精による出産が可能になったのは30年前だが、この治療を受けるためには、生まれてくる子供に父親がいることが必要条件とされていた。5月20日、下院は現行法の規定から「父親の必要性」を削除することを可決し、独身女性や女性同士の同性愛のカップルも体外受精を受けやすくなった。変わりつつある家族の概念に注目した。(「英国ニュースダイジェスト」6月5日号掲載から加筆。)

法改正により実の親にもなれる
同性愛者が作る新しい家族の形


―男女関係に関する意識の変化
(資料:British Social Attitudes report 2008, 3000人を対象に調査。*は男性のみに聞いた。)

「同性愛は間違いだ」
75% (1987年)
32% (2006年)

「婚前交渉があってもおかしくない」
48% (1984年)
70% (2006年)

「男は働いて給料を稼ぎ、女性は家庭にいるものだ」*
32% (1989年)
17% (2006年)

―同性愛者が最も障害を感じる政党とは?
「もし議員に立候補するとしたら、最も党公認になりにくいと思う政党はどこか?」
(資料:YouGov Poll 2008, 1658人の同性愛者を対象に調査。)

保守党:89%
労働党:61%
自由民主党:47%

―体外受精を受ける女性の現状
全体数:年間約3万人(約115人の独身女性、75人のレズビアンの女性含む)
25%: NHSサービスを利用
75%: 費用を個人負担
(資料:Times, BBC他)

―英国では、結婚を選ばないようになっている

 英国では、法的関係に縛られずに生活を共にし、子供をもうけて家庭を作る男女が増えている。イングランド・ウェールズ地方の結婚の数は2006年で約23万組となったが、前年に比べて4%の下落だ。また、婚姻関係にない男女から生まれた子供の比率は、近年では約40%(ちなみに、日本では約2%)となっている。シングル・マザーあるいはファーザーとして子育てをする家庭も珍しくはない。

 同性同士のカップルも広く社会に受け入れられるようになっており、2005年には、同性同士のカップルが結婚と同等の法的権利を持つ「市民パートナーシップ」制が実現した。英国の法律では「結婚」とは男女間の結びつきとなるが、実質的に同性同士の結婚が可能になったと言えよう。同性同士のカップルが養子を得ることも法的に可能となっており、男性2人あるいは女性2人が「2人の親=両親」として子供を育てることができるようになった。

 5月20日、人工授精や胚研究に関する一連の法案を議論していた下院は、体外受精を受ける女性が病院側から求められる「父親の必要性」を現行法から削除することを可決した。「親的な役割の必要性」を満たせる誰かがいればよいことになり、女性同士のカップルやシングルの女性が体外受精を利用するための法律上の阻害要因が消えた。 

 法案の議論の中で、「家族制度の破綻が英国で諸問題を作り出している」としてきた、ダンカンスミス元保守党党首は「子供にとって父親の存在は重要ではないという印象を与える」と、現行法の変更に異議申し立てをしたが、法案は75票の差で可決された。

 法案の可決は時代の要請に応じたもので、タイムズ紙(5月21日付け)の調べによると、女性が個人で医療費を負担して体外受精を受ける場合、医療機関の多くが父親の役割の必要性を重要視しないようになっている。医療機関の間では、父親の必要性は「時代錯誤」(同タイムズ紙)と思われるようになっていた。こうして、毎年約3万人の女性が体外受精を受ける中で、少数だが155人のシングルの女性、75人のレズビアンの女性たちも同様の治療を受けている。2004年、体外受精治療を行なう医療機関に認可を与える「ヒト受精・胚機構」のトップは、既にこの項目の廃止を訴えていた。

 歴史を振り返ると、同性同士の性行為は1967年の性犯罪法制定まで犯罪とされていた。市民パートナーシップ法により同性婚が可能になったが、同性同士のカップルへの抵抗感が全て消えたわけではない。ロンドン北部イズリントン・カウンシルで登記係を勤めるリリアン・ラデレさんは、「結婚とは男女の生涯の結びつきとするキリスト教の信念」から、パートナーシップの儀式遂行の職務を拒否してきた。しかし、カウンシル側が「拒否を続行すれば解雇する」と迫ったため、これを不当として5月中旬、雇用裁判所に訴えを起した。裁判の結果は他のカウンシルにも影響を与える見込みで、その成り行きに注目が集まっている。新制度に対する抵抗は他にも様々な形で生まれていることは想像に難くない。現実とどう折り合いをつけるか?これが課題になるのだろう。

ー関連記事アドレス

下院法案など
http://www.timesonline.co.uk/tol/news/politics/article3972376.ece

家族の形
http://www.timesonline.co.uk/tol/news/politics/article3969460.ece

ゲイに対する見方〈英国の同性愛者は350万人〉http://www.guardian.co.uk/society/2008/apr/01/equality.gayrights

IVFのQ&A
http://news.bbc.co.uk/1/hi/programmes/panorama/6257225.stm

英社会意識調査
http://www.natcen.ac.uk/natcen/pages/news_and_media_docs/BSA_24_report.pdf

ー関連キーワードCIVIL PARTNERSHIP ACT:
市民パートナーシップ法。同性同士のカップルの法的な結びつきを定めた法律。異性同士のカップルが結婚した場合と同様の年金、税金、遺産相続などの権利を同性カップルの持てるようになった。2004年成立し、2005年12月から施行。目撃者2人、地元役所の登記係の前で、カップルの両者がパートナーシップの書類に署名し終わった時点で結びつきが成立する。同性婚あるいはゲイの結婚とも呼ばれることもある。英国の法律下では、「結婚(マリッジ)」とは男女間の結びつき。2006年12月までの1年間で約1万8,000件のパートナーシップが成立した。

―同性愛に対する規制の変化―戦後

1950年代:男性同士の性行為を禁ずる法律の違反者の逮捕事件が続く。
1953年12月:下院議員らが同性愛を違法とする法律の調査を政府に提唱する
1954年8月:内相が同性愛を犯罪とする法律の見直しのため、ウェルフェンデン委員会を立ち上げる
1957年9月:委員会が報告書を発表し、21歳以上の大人が、合意の上で私的に同性愛行為を行うことを犯罪とするべきではないこと、売春規定を厳格にすることを提唱した。10月:カンタベリー大司教が「私的な領域に干渉するべきではない」として委員会の提唱を支持。英医師会なども支持。
1958年11月:同性愛をテーマにした芝居の上演禁止が解かれる。
1967年7月:性犯罪法の規定により、21歳以上の男性同士が、互いに同意の上で私的に(同じ家に他の人物がいてはいけない)行なう性行為が犯罪行為とは見なされなくなった。この場合の両者は軍隊勤務者を除き、イングランド・ウェールズ地方のみに適用された。
1971年:結婚無効法により、結婚とは男女間の法的結びつきであることが法律で明示された。
1979-80年:スコットランドでも、私的に行なう21歳以上の男性同士の性行為が合法となる。
1982年:北アイルランドでも合法に。
1994年2月:年齢制限が21歳以上から18歳以上に引き下げ。
2000年2月:16歳以上に引き下げ。
2002年11月:結婚していない異性のカップルや同性愛のカップルが子供を養子として育てる権利を持つ法案が議会を通過。
2004年:性犯罪法(2003年成立)の施行で、「私的に行なう」という部分が削られた。同性同士のカップルが、結婚した異性間のカップルと同じ権利を持つ「市民パートナーシップ法」が成立。
2005年4月:性転換を必要とする人が、自分の性を選ぶことを可能にする性認識法が施行される。12月:市民パートナーシップ法が施行される。
2007年4月:平等法の下、性的指向によってモノ、施設、サービスなどの提供において差別をすることを禁止する規則が制定された。
2008年5月:下院で、ヒト受精・胚研究法案の討議開始。女性が病院で体外受精を受ける場合、医師は「父の必要性」を考慮するべきという現行法の規定を削除することを可決。
by polimediauk | 2008-06-09 23:25 | 英国事情