英国のストーカー事件
日本では、2000年の「ストーカー規制法」でストーカー行為は犯罪となった。英国では「嫌がらせ行為からの保護法」(1997年)が主になるが、「ただの嫌がらせではないか」としてあしらわれてしまう状況は100%解消されたわけではないようだ。
今月上旬、15歳の少女がストーカーと思われる男性に刺殺された。少女の家族から被害状況の報告を受けていたにも関わらず、具体的な対策を講じることがなかった警察には多くの非難が寄せられた。容疑者は逮捕されているが、この男性が本当にストーカーだったのかどうかはまだはっきりしていない。それでも、これを機に、英国のストーカー行為に関する情報を集めてみた。(「英国ニュースダイジェスト」6月19日号掲載に加筆)。
英国のストーカー事件
15歳の少女が犠牲に?
ある人物に執着し、執拗に追い掛け回すストーカー行為に苦しむ有名人のニュースが、今年に入って、続々と報道されている。米俳優ニコラス・ケージ、ジョン・キューザック、女優ユマ・サーマンに続き、英国でも、BBC1の人気コメディー「リトル・ブリテン」に出演したコメディアン、デービッド・ウオリアムズにストーキングをしていた女性がいたことが明るみに出た。ウオリアムズのファンの女性は2004年頃から撮影現場やウオリアムズの自宅付近にひんぱんに姿を見せ、性的な文面をしたためた手紙を送るようになった。来月、量刑が確定するが、禁固刑になる可能性が高いと言われている。
―誰にでも起きる可能性がある犯罪
ストーカー行為に苦しむのは有名人だけではない。英犯罪サーベイの調査によると、女性の8%、男性の6%が被害者となっている。ストーカーの殆どが男性で、女性の5人に1人は一生涯の中で一度はストーカー行為に出くわす。
ストーカー行為は被害者に大きな心理的圧迫感を与えるが、その苦しみの度合いは、第3者には伝わりにくい。1990年代、元同僚によるストーカー行為に悩んだトレーシー・モーガン(Tracey Morgan)さんは、BBCラジオの取材の中で、「被害者には『傷』を示す証拠がないので、ストーカー行為は『精神的なレイプ』だ」と言う(この「精神的レイプ」というのは本当に、よくぞ言ってくれました!という感じがする。)。モーガンさんは、「自分自身、被害を警察に通報しても、「『パラノイアになっているだけでは』とよくあしらわれた」(しかし、モーガンさんのように警察に通報するのは勇気がある方ではないか。足がすくむ人は多いだろうと思う。復讐を恐れて)。
モーガンさんは悩みを真剣に聞いてくれた警察官らの支援で、ストーカーを禁固刑に持ち込み、これが「嫌がらせ行為からの保護法」制定につながった。しかし、警察の対応は「十分ではない」と指摘する。現在でも「単なる嫌がらせ」と受け止められる場合があるのに加え、一挙に暴力事件にまでエスカレートするかどうかの見極めが難しいからだ。(モーガンさんの体験の詳細は、The Network for Surviving Stalking www.nss.org.uk をご参考に。)
今月上旬、ストーカーと見られる男性に少女が殺害される事件が起きた。アフリカ北東部の国エリトリア出身のアルセマ・ダーウイット(Arsema Dawit)ちゃん(15歳)が、ロンドン市内でナイフで滅多打ちにされ、死亡した。逮捕されたのは21歳の男性で、アルセマちゃんと同じ教会に通っていた男性だ。アルセマちゃんに思いを寄せ、自宅付近にもよく出没していた。4月末、アルセマちゃんの家族は、ストーカー男性の存在を地元警察に通報した。警察が男性の身元調査に動き出したのはそれから約2週間後だ。アルセマちゃんを学校に尋ね、ストーカーと思しき男性のことを聞いたところ、この件についてアルセマちゃんが全面否定したので、捜査は事実上停止していた。アルセマちゃんの知人らは、「何故もっと早く警察がこの男性を捕まえなかったのか」と批判の声を上げ、メディアも警察を非難した。
「ストーキング対策は、殺害予防の一環としてやるべき」と語るモーガンさんの言葉が重く響く。
英レスター大学の調査によると、社会の中で成功する女性が増え、携帯電話やネットの普及で個人に関する情報収集がたやすくなったことから、女性に対する男性のストーカー行為が上昇中だ。現代社会に生きる女性にとって、ストーキングからどう身を守るかが大きな課題になっている。
―数字で見るストーカー行為
―200万人の女性が毎年被害に
―女性では5人に1人、男性では20人に1人が、一生の内に一度は被害にあう
―ストーカーの3分の1は元パートナー
―ストーカーの半分以上は犠牲者が知っている人
―ストーカー行為の逮捕者は毎年4万人
(資料:National Stalker Programme, BBC)
http://www.nationalstalkerprogramme.com/index.asp
―ストーカー行為とは
特徴:対象となる人をつけまわす、監視する、個人情報を徹底的に収集する、相手の家に侵入する、無言電話を繰り返しかける、困惑させるような手紙やメールを繰り返し送る、過度の嫌がらせ行為を続けるなど。
犠牲者への影響:怒り、ストレス、無力感、罪悪感、パニック感、疲労感、心理的圧迫感、高血圧、食欲減退、通常の社会生活を送ることが困難になる、プレッシャーからタバコ、麻薬、飲酒、薬の過剰摂取、暴力被害(究極には殺害される場合も)。
取締り:「嫌がらせ行為からの保護法」(1997年)の下、略式起訴犯罪(治安判事裁判所で扱う)で最長6ヶ月の禁固刑。正式起訴犯罪(刑事法院が扱う)となれば最長5年の禁固刑。嫌がらせ行為を止めさせる命令を裁判所が出せる。
―もし被害にあったら・・・
―地元警察に通報する。
―友人、隣人、家族などに事情を説明し、1人で抱え込まない
―ストーカー行為の日付、内容などを記録につけ、警察あるいは裁判での証拠を作る
―電話会社の悪質電話係に連絡する
―外出には携帯電話、防犯ベルなどを携帯する
―ストーカーに対しては出来る限り無感情で接する。会おうという誘いには同意しない。通りで出くわしたら、人ごみの多い場所に移動する。
―家のセキュリティーを強化する
―気持ちを強く持つ。被害者は自分だけではないことを思い出す。
―ストーカーのタイプ
The Network for Surviving Stalking www.nss.org.uk の定義によると:
関係を拒絶されたタイプ:男女のあるいは友人関係が終わった後でストーカーになるタイプで、最も数が多いと言われる。ストーカー自身は関係が終わったことを認めようとせず、和解あるいは復讐を望む。元職場の同僚、上司、部下の場合も。ストーカーは悲しみ、喪失感、不満、怒り、嫉妬心を持つ。相手に過度に依存していた場合は、関係の終わりで自分が犠牲者と思うようになる。最もしつこく、最も暴力的になり易い。ドメスチック・バイオレンスの過去を持つ人も。
親密さを求めるタイプ:相手との親密さや友情を求める。相手から否定されてもひるまない。対象は有名人などが多く、相手に大きな恐怖感をもたらす。暴力行為を働く場合、過度になり易い。社会的に孤立した生活を送っている人が多く、精神的障害を持つ場合もある。愛情あるいは性的満足感を相手から得ようと熱望し、最後には相手が振り向くと信じる。嫌がらせ行為停止命令などは効き目がなく、精神治療を必要とする場合もある。
不完全人間タイプ:社会不適応の人物で、通常の方法では他の人間と付き合えない。相手に対する情熱を受け止めてもらえないだろうと認識してはいるものの、いつかは相手と親密な関係になることを望む。相手の感情にはお構いなしで、自分の思いは報いられるべきと信じている。相手を自分にふさわしいパートナーと見る。複数の人物にストーカー行為を繰り返す。
嫌われ者タイプ:相手に恐怖と苦しみを与えることで認識してもらう、あるいは復讐することを望む。自分自身が犠牲者と感じている。医者、企業の経営者などが患者あるいは従業員からストーキングにあう、など。長期間続き、何らかの建物あるいは機材などの破損につながる場合もあるが、対象相手個人への襲撃は比較的少ない。パラノイア症、精神部列に悩む人が起こしやすい。自分勝手な正義感が強い。
捕食者タイプ:殆ど全員が男性で、ストーキングによって相手をコントロールする、権力を得る、性的満足感を得るなどがその動機。注意深く相手を選び、性的攻撃の幻想を抱く。性犯罪の過去を持つ場合が多い。性に対する考え方を変えるなどの医療的治療が必要
ー関連キーワード
PROTECTION FROM HARASSMENT ACT:嫌がらせ行為からの保護法。1997年施行。英女性トレーシー・モーガンさんのストーキング被害をきっかけに成立した。ストーキングは最長6ヶ月までの禁固刑を含む刑法違反となった。この法律を使って、裁判所はストーカーの行動を制限する命令を出すこともできる。もしこの命令を破れば最長5年の禁固刑が下ることもある。この法律施行以前には、悪質通信法(1988年)や通信法(1984年)の下で、わいせつな、叉は攻撃的あるいは脅しの電話をかけたり、この趣旨の手紙、メールなどを送る行為は犯罪とされていたが、新法によってストーキング行為の違法性が明確になった。ただし、「ストーカー」あるいは「ストーキング」という言葉は使われていない。
ー他の主な参考資料
http://www.bbc.co.uk/radio4/womanshour/03/2008_23_thu.shtml
http://news.bbc.co.uk/1/hi/uk/6300291.stm
(レスター大学には、forensic psychologist Dr Lorraine Sheridanという方が研究をしている、という表記がニュース記事の中にある。)
http://news.bbc.co.uk/1/hi/uk/6234247.stm