小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「なぜBBCだけが伝えられるのか」(光文社新書)、既刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)など。


by polimediauk

英保守党の快進撃

 ブラウン政権のこれまでを振り返る時、かかせないのがキャメロン保守党の躍進だ。特に5月の地方選(労働党が大敗)に続き、ロンドン市長選と補欠選挙でも相次いで保守党候補者が当選し、国民がどの政党に心を傾けているのかがはっきりした。長年続いた負のイメージは消えた。2日の水曜日は、毎週下院で行なわれる「首相への質問」の日だった。昼からの開始前のテレビ番組で、BBCのニック・ロビンソン記者が、「キャメロンは将来の首相としての自分を意識しており、ブラウンをあまりいじめないと思う」と推測していた。その後のブラウンーキャメロンのやり取りを見ていて、実際のところ、そんな感じがした。(「英国ニュースダイジェスト」最新号に書いたものに若干付け足したい。)

政権奪回も夢ではない?
 人気上昇の保守党を検証


―保守党のシェア拡大を示す最近の選挙戦

―地方選(5月1日)

保守党得票率:44%
自由民主党:25%
労働党:24%

―ロンドン市長選(5月1日)

(初回投票結果)
保守党得票率:42.5%
労働党:36.4%
自由民主党:9・6%

―クルー・ナントウィッチ補欠選挙(5月22日)

保守党得票率:49.5%
労働党:30.6%
自由民主党:14.6%

―明日総選挙があるとしたらどの党の候補者に投票するか?

2005年総選挙直後
労働党(36%)
保守党(33%)
自由民主党(23%)
他(8%)

2008年3月
労働党(29%)
保守党(43%)
自由民主党(17%)
他(11%)

4月
労働党(29%)
保守党(44%)
自由民主党(17%)
他(13%)

5月末
労働党(23%)
保守党(47%)
自由民主党(18%)
他(12%)
(資料:YouGov poll、5月27日―29日、2240人の選挙民対象)

 地方選の結果がそのまま総選挙で反映されるかどうか?100%そのまま反映されることはないのだが、やはり、国民の気持ち、時代のムードを映し出すだろう。

 特に、ロンドン市長選でボリス・ジョンソン保守党議員(当時)が当選したのは、ブラウン政権に対する否決票も大きかったと言うのは定説だ。

―政策判定
(資料:サンデータイムズ 5月25日付け)

―税金:所得税削減をするかどうかは明確にしていない。25万ポンド(約5200万円)までの住宅を新規購入する場合にかかる印紙税の廃止、相続税の適用額を現行の30万ポンドから100万ポンドに上げる、英国に住みながら他国を居住地として登録し、英国では税金を払わない人に対する課税措置、法人税の削減など。

―健康:民間医療機関で治療を受けるためのクーポン発行という政策は取りやめに。複雑な役所手続きの簡素化、目標達成を義務化する仕組みの廃止を目指す。医療現場からは好評だが、患者の待ち時間が長くなるのではという懸念の声もある。

―福祉:就労不能手当ての不当受給の撲滅や週給の削減で、働く意欲を喚起させることを狙う。年間250万人に上る欠勤者には、勤務不適格かどうかを試すテストを受けてもらう。

―教育:シティー・アカデミーの奨励。親、チャリティー団体などが学校を開校しやすい仕組みを作る。障害を持つ児童への支援を増やす。

―移民、犯罪:ポイント制の移民システムを奨励。年間の移民受入数の制限を決める。IDカードは費用がかかりすぎ、テロも防がないので反対。大規模刑務所の建築を計画。

―イメージを刷新した保守党

 保守党が在野生活に入ってから、既に11年を越えた。1980年代末以降大きく表面化した党内での足の引っ張りあい、極端な反欧州の姿勢、汚職問題、ポンド危機(92年)などが、「何ともいやな感じの政党」、「経済を任せられない政党」というイメージを作り、これを払拭できない時期が続いた。

 しかし、2005年、デービッド・キャメロンの新党首就任で新たな風が吹いてきた。良家の出身で名門イートン校からオックスフォード大学に進んだキャメロンは、2001年に議員初当選したばかり。党首就任当時は39歳だった。あっという間にキャメロン・ブームが巻き起こった。自転車通勤の姿をカメラが追い、頭髪をどっちで分けるかで話題が沸騰した。複数の世論調査で、保守党の好感度や支持率が上がり出した。現在ではどの世論調査を見ても、保守党の支持率は労働党よりも10ポイント程上で、政権奪回も夢とは言えなくなった。

―選挙民の審判

 労働党離れが明確になったの2005年5月の総選挙、06年5月の統一地方選挙で、総選挙で労働党は第一党を保ったものの得票率は約35%と低く、地方選では約300議席を失い、大敗した。失った票はほぼ保守党に流れた。原因はブレア長期政権への疲労感、副首相(当時)の不倫問題、上院議員融資疑惑など。07年5月の統一地方選挙でも労働党の大敗が続いた。

 保守党への支持急伸の背景には、現政権の度重なる失策もある。昨年6月、ブラウン政権が発足し、支持率は一時急上昇したものの、9月の住宅金融大手ノーザンロックの資金繰りひっ迫問題の発覚で一気に人気が冷え込んだ。政府や中央銀行の対応は後手に回るばかりで、「経済を任せられる政党=労働党」のイメージが吹っ飛んでしまった。

 10月、保守党党大会で、ジョージ・オズボーン影の財務相が相続税の適用額引き上げ策、英国に住みながら節税対策のために居住地を海外と登録し、国内の税金を払っていない外国人への課税など中流階級に受ける政策を提言した。これは国民から高く評価され、ダーリング財務相が若干数字を変えた同じ政策を政府案として発表する始末だった。

 オズボーンが相続税の適用額引き上げを、党大会で発表した時のクリップをテレビで見たが、「100万ポンドまで上げる」(これ以下は適用がない)と言った時、会場内から、大きな驚きの声があがったように記憶している。非常に衝撃的だった。この時が、保守党のイメージが大きく変わる瞬間だったと思う。(BBCの政治ジャーナリスト、アンドリュー・マーも、「A History of Modern Britain」の中で、この瞬間が「分かれ目」だったと書いている。)

 結局のところ、後で政府が「盗む」ほどの政策を出せると言うのは、すごい。それだけ人材・頭脳があることを意味するし、「任せられる」感じがする。実際の政策実行能力があるのかどうかは分からない。今後、この点を保守党は証明しないといけないだろう。

 キャメロン人気だけでは、保守党が現在の位置に来るまでには十分ではなかった。オズボーンの功績は大であるし、保守党の強み・すごさを示したと思う。(雑誌「フォーサイト」で、オズボーンの力を分析した記事が載っている。購読者ではないと全文は読めないが、一部、無料でも読める。http://www.shinchosha.co.jp/foresight/index.html)

 また、少し前になるが、元党首のイアン・ダンカンスミスが、「壊れた社会」を直すための報告書「突破口英国」を発表している。英国民の大きな悩みの1つが青少年による反社会的迷惑行為やナイフや銃犯罪の被害だ。シングルの親の家庭に生まれた子供はアンダー・アチーバーになり易く、飲酒・ドラッグに走る傾向があり、ゆくゆくは刑務所に入るー。この説明はあまりにも簡単すぎて恐縮だが、結婚を奨励し、家庭の大切さを説いた報告書だった。結婚をせず暮らし、子供を生む男女が増える中で、結婚を奨励するなんて、「政治的に正しくない」発言だ。しかし、英国内の貧困家庭を取材し、「これしかない」とまとめた報告書は、あえて政治的に正しくない発言をしてでも、英社会を建て直したい、よりよい社会にしたい、というダンカンスミスの思いが表れていた。キャメロンは、この報告書をそのまま政策に入れるつもりはないようだが、それでも、家庭の大切さを常に訴えるようになっている。「家庭の大切さ」なんて、英国ではなかなか言えないことでもあるが(片親家庭からの反発をくらうなど)、「自分の気持ちを代弁してもらった」、「やっぱりなあ」と感慨深く思う人も結構いたようだ。

 この報告書も、「深い意味がある選択肢を提供できる政党=保守党」という見方に貢献したと私は見ている。

 ブラウン首相は、政権発足当初の支持率の上昇を見て、秋頃に総選挙を予定していたようだ。しかし、ノーザン・ロック事件以降の国民からの批判を考慮したせいか、年内の総選挙実施を断念してしまう。せっかくの機会を生かしきれない「弱腰」という悪評判がついた。

 今年4月から実行されている、低所得者向けの所得税倍増措置が国民の大きな反感を買い、5月上旬の地方選では労働党はまた大幅に議席数を減らした。「過去40年間で最悪」(BBC)の結果となった。

 オズボーン影の財務相は、インディペンデント・オン・サンデー紙(5月25日付け)で、保守党の「じりじり作戦」が効いた、と保守党の勝利を分析した。「今や労働党が、『いやな政党』になった」。次の目標は「保守党が20年前に失った、国民からの信頼を取り戻すことだ」と述べている。ちなみに、6月18日付けで、下院議員の議席数は労働党が351、保守党が193、自民党が63。まだまだ闘いはこれからである。

 さて、スコットランドでの下院補欠選挙(7月24日)はどうなるだろうか?

―保守党の快進撃までの歩み

2005年5月:英下院選挙。労働党が勝利。保守党は労働党との議席数を縮小したものの、力及ばず。ハワード保守党党首が年内辞任を表明。
10月:保守党党首選で影の内閣の教育相デービッド・キャメロンに学生時代の麻薬使用疑惑。キャメロンは否定も肯定もせず。
12月:キャメロンが党首選で当選。
2006年5月:統一地方選挙。労働党が大敗。
9月:ビデオブログ「ウェブ・キャメロン」開始。
10月:保守党大会。キャメロンが「新しい保守党」と中道路線への転換を訴える。
12月:ガーディアンの世論調査で、保守党支持率が40%に。労働党は32%。
2007年2月:キャメロンの学生時代の大麻使用が報道される。党内改革を進めるキャメロンへの批判が一部で噴出す。
4月:雑誌GQが「最も格好いい男性」のランキングでキャメロンを2位に選ぶ。
5月:統一地方選挙。労働党が大敗。スコットランドでは英国からの独立を目指すスコットランド民族党が第1党に。
6月:ブラウン政権発足。世論調査で労働党の支持率が上昇する。秋の総選挙への期待が高まる。
7月:「壊れた社会」を直すための報告書「突破口英国」を保守党系シンクタンクが発表青少年による反社会的迷惑行為やナイフや銃犯罪の被害に悩まされる多くの国民は、報告書の提言を歓迎。
9月:住宅金融大手ノーザン・ロックを巡る問題が発覚。
10月:保守党党大会。キャメロン党首のメモなしの演説が大好評。オズボーン影の財務相による、相続税の適用額引き上げ案などの提案が注目される。ブラウン首相は総選挙の早期実施を否定。
11月:税当局が、児童福祉手当ての個人情報2500万人分を政府が紛失したことが発覚。
2008年2月:ノーザン・ロックの国有化決定。
4月:低所得者向けの所得税を倍増する措置で、影響を受ける国民への支援策が発表される。
5月:統一地方選で労働党が議席を大幅に減らし、保守党は躍進。ロンドン市長選やイングランド北西部補欠選挙でも保守党候補が当選。労働党の支持率、下降。

(参考:BBC他)

ー関連キーワードTORY PARTY: トーリー党。現在の保守党の前身で大地主や貴族が支持母体。TORY・TORIESは保守党員も指す。中世のアイルランド語の「toraidhe」(無法、強盗、追跡)が語源。17世紀、カトリック教徒のヨーク公ジェームズを、英国国教会のイングランドの国王として認めるかを巡り、議会が割れた。認めないグループは「ホイッグ」(スコットランド語で謀反人など)と呼ばれ、認めるグループを「トーリー」と呼んだのが始まり。トーリー党とホイッグ党は英国の2大政党制度の原型を作った。1834年、ロバート・ピールがトーリー党を保守党と改め、新政権を発足させた。
by polimediauk | 2008-07-03 05:26 | 政治とメディア