小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「なぜBBCだけが伝えられるのか」(光文社新書)、既刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)など。


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BBCのジル・ダンドーを殺したのは誰か?

BBCのジル・ダンドーを殺したのは誰か?_c0016826_538855.jpg 1999年、ジル・ダンドーというBBCの女性キャスター(写真右、BBC)が自宅前で何者かに殺害され、殺害犯人となった男性、バリー・ジョージが、8月1日、無罪となった。2001年終身刑となってから、もう7年も刑務所の中にいたのである。イングランドの捜査・裁判のシステムは一体どうなっているのだろうと思ってしまう。統計を見たわけではないが、やはり、この国に生きている者としては怖さを感じる。

 というのも、誤審はどこの国でもあり得るだろうけれども、それが大々的に報道されるから表に出てしまうのかどうか分からないが、どうも近年、目につくからだ。もっとも大きかったのは赤ん坊殺しの母親の件だ。赤ん坊が突然死んでしまう病気があって、数人の母親が子供を殺したとして有罪となって、刑務所にまで入った。ところが、実は無罪だったので釈放された、というケースが、私が知っているだけでも2つある。そのうちの一人、サリー・クラークさんは3年間刑務所にいた。無罪になって自宅に戻ったものの、うつ状態が続き、アルコール依存症になって、まもなくして亡くなった。むごいことである。刑務所に入る前と後の写真を調べてみると、ずい分変わっている。よっぽどつらく、無念だったに違いない。母親として、自分は絶対に無罪だということをもちろん毎日感じていただろう。悲劇だ。

http://news.bbc.co.uk/1/hi/england/essex/7082411.stm

http://news.bbc.co.uk/1/hi/programmes/breakfast/4164013.stm

 ずい分簡単に刑務所に入れられてしまうものだなあ・・と思ってしまう。つまり、3年後に無罪となるほどの証拠しかなかったということだろうか。

 ジル・ダンドーさんのケースに戻ると、犯人とされていた男性バリー・ジョージは心身が不安定な男性で、若い女性の写真を収集したり、いくつかの偽名を使ったりと、ちょっと変わった人だった。何でも、知能検査をしたら、非常にレベルが低いことも分かったそうだ。いずれにしても、ダンドーさんの家のかいわいをうろうろしていたこともあって、容疑者の一人にあがったようだ。決め手となる証拠がなく(凶器も未だ見つからず)、結局は、ジョージさんのコートについていた、銃から出たと思われる火薬の残留物の小さな粒子がついていたことが有力な証拠とされた。

http://news.bbc.co.uk/1/hi/uk/7525826.stm
http://news.bbc.co.uk/1/hi/uk/7530825.stm

 しかし、これがダンドーさんを撃った拳銃からの粒子なのかどうか、誰か(犯人)とすれ違ってコートについたものか、実は分からないのだった。最終的には有罪となるが、このとき、陪審員が「十分な証拠ではなかったのではないか」と思っていたことが、後でBBCの調査報道の番組「パノラマ」のインタビューで分かってきた。陪審員は評議内容を一生外に漏らしてはいけないことになっており(日本の裁判制度にも似ている)、報道側は陪審員の身元を報道してはいけないことになっている。しかし、「おかしい」と思った陪審員が自分からBBCに連絡を取り、感想を述べた。感想を述べるのはいいのである。

 パノラマは、時折、ダンドー事件を取材して放映し、この中で、バリー・ジョージ犯人説の証拠の不十分さを指摘するようにもなった。この事件の番組を担当したレポーター自身が無実の罪をきせられ、奮闘した人物であったというのも変わっている。

http://news.bbc.co.uk/1/hi/programmes/panorama/5315934.stm

 私は1999年当時英国にいなかったが、「身内」が殺されたとあって、英メディアは大きく騒いだようだ。今になって、「あまりにも注目度が高く、警察に犯人をあげるための大きな圧力がかかった」と分析する人もいる。つまり、これが誤審につながったのではないか、と。バリー・ジョージさんのプロフィールを見れば、「怪しい」と思ったとしても無理はなかったが、コートについた「粒子」で刑務所にいれられてしまうのは、恐ろしいと思う。(自分も全く見に覚えのない事件で逮捕・拘禁されてしまったら、こんな英国で、どうやって潔白を証明できるのだろうか?不安がよぎる。)

 それにしても、真犯人は誰なのか?今頃、どんな思いでいるのだろう。
by polimediauk | 2008-08-03 05:41 | 放送業界