小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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デイリー・ヨミウリと英字新聞の将来

 日本滞在も後数日となった。視点を変えてみると、日本にずっと住んでいた時とはものごとがまた違った風に見えてくるのが新鮮だった。

 久しぶりに、前に働いていたことがある英字紙「デイリー・ヨミウリ」の実物紙面を手にした。12年ほど働き、翻訳から紙面制作、取材、原稿書きをした。日本人スタッフの場合、読売新聞の日本語記事を英語に直す作業があり、翻訳力に長けていないと「ダメ」となる。私はトップクラスではなく、いつも翻訳に苦労し、たくさんの人に迷惑をかけたと思う。紙面制作も苦手だった。それでも、一通りの工程をやらせてもらえたので、紙面を手に取ると、とても懐かしい。

 時を置いて改めて紙面を眺め、ここ1-2週間分を検証してみた。今現在、編集部がどのように仕事をしているのか分らないので、あくまで私の昔の経験(2001年末時点)と、現在の紙面を見ての判断であるが、デイリーヨミウリはずい分と大きく変わってしまったようだ。私の頭には連日目にする英国の新聞のイメージがある。

 非常に気になったのが、頁を開いても開いても、デイリーヨミウリ記者(ジャーナリスト)たちの声が一向に聞こえてこないことだった。デイリーヨミウリのバイラインの記事が、スポーツ面と特集面を除いて、一本もなかったーー私が見落としたのでなければ。

 「スポーツ面と特集面(週末・ウイークエンドなど)にあるのなら、いいんじゃないの?」-そう考える人もいるかもしれない。確かに、スポーツも、特集(映画や本の紹介、言語欄など)も重要だろうが、食事で言えば副食の感じがする。主食にあたる国内ニュースー社会、政治、経済などーにバイライン記事が一切ないのは、一体どうしたことなのか。

 「声がない」新聞になったのだろうか?

 バイラインの代わりにあるのは、読売新聞の翻訳であり、APやロイターなど通信社記事や外国の新聞の記事である。1面から入って何頁もめくり、うしろの方に来るまで何の声もない。書評、映画評も大切だが、こういうところにだけバイラインがある、というのは一体どうしたことか。しかも、これは私がいた時もそうだったけれど、特集面では同じ人が3本ぐらい、同頁や次の頁に渡って書いている。「書く人がいない」のか?

 10年ほど前は、例えば政治部、国際部、郵政省、文部省(表記は変わっているだろうけれど)などの記者クラブに人を出してもいたが、今はなくなったのだろうか?

 つまるところ、スポーツと特集面を除いては、記者が誰も取材に出ていない、ということなのだろうか?バイラインの記事がないということは、やはりそうなのだろうと推測するしかない。

 そうすると、例えば日本人スタッフで特集面にいない人は、かつ英文の整理記者・編集者(英語のネイティブスピーカーたち)は、逆に言うと、翻訳のみ+翻訳文のリライトのみをしている、ということだろうか?何か心に溜まるものができてしまう、ということはないのだろうか?才能がある人がたくさんいるだろうに、なんともったいないことか。

 しかし、と翻って考えると、これも1つの生き方ではあろう。紙媒体への広告が減っており、どこも台所事情は苦しいと聞く。デイリーヨミウリの部数の上下に関して、私は一切知らないけれど、日本で英字新聞を読む人の数は一定しており、決して増えていないということが常に言われてきた。かなり苦しい戦いを強いられていることもあるのかもしれない。

 これからどうなっていくのだろう?読売新聞の声を出す新聞=デイリー・ヨミウリとして位置づけるなら、デイリーヨミウリのオリジナル記事が少なくても驚くには値しないのだろう。理想論を言ってもだめなのだ。

 願わくば、デイリーヨミウリのウェブサイトが大きく花開くようにできないものか。英文毎日の話があったが、ヨミウリ英字のウェブはもっともっと可能性を秘めている感じがする。お金を投資すれば、ずい分とすごいことになるのではないか。英国の新聞の感覚からすると、過去記事=アーカイブが読めるようにすると、ガーディアン(サイトの読者2000万人)にも負けない、日本に関する英語の情報ハブになれる「かも」しれないと思ったりする。
by polimediauk | 2008-10-13 17:32 | 新聞業界