小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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 7月1日から、スウェーデンでは明確な同意がない性行為は違法となった。

 スウェーデンの国会が5月に可決した性犯罪に関する法律によると、性行為を行う人は互いに言葉あるいはその他の形で明確に同意したと意思表示する必要がある。両者の自由意志によって行われたのではない場合、暴力や脅しがあったかどうかに関係なく、刑事犯罪になる可能性がある。これまでの法律では、「レイプ」と見なされるのは、暴力や脅しがあった場合だった。

 暴力を伴うレイプ、および児童に対するレイプは最低でも5年間の実刑となる。以前は4年だった。

 同意なしの性行為をレイプとする国は、西欧諸国ではスウェーデンのほかには、英国、アイルランド、ベルギー、キプロス、ルクセンブルク、アイスランド、ドイツ。

 日本では、昨年7月から性犯罪を厳罰化する改正刑法が施行されている。「強姦罪」は「強制性交等罪」という名称に変更された。それまでは女性のみだった被害者に男性が入るようになり、法定刑の下限が懲役3年から5年になった。起訴をするために必要だった、被害者の告訴はいらなくなった(「親告罪」としての規定を撤廃した)。

 しかし、強制性交等罪にはその手段として「暴行・脅迫」があることが前提となる。これが適用されないのは相手方が13歳未満の人のみ。脅迫・暴行がなくても、そして双方の合意があったとしてもこの罪に問われる。

2013年の事件が同意を必要とする法律につながった

 スウェーデンで明確な同意がない性行為を違法とする動きを作ったきっかけは、2013年のある事件だ。

 15歳の少女が3人の19歳の男性たちにワインの瓶を使って性行為をされた。裁判では青年たちは無罪にされ、以下のような司法判断が下された。

 「性行為を行う人々は互いの身体に対して、同意を得ず自然発生的にいろいろなことをするものだ」。裁判官は少女が脚を開きたがらなかったことを「羞恥心による」とした。

 スウェーデン国内に大きな抗議運動が発生し、「FATTA」という名前の組織が結成されるまでになった(後、控訴審で男性たちは有罪となった)。FATTAは同意がない性行為を違法とするよう活動を開始した。

 アムネスティ・インターナショナルのカタリナ・ベルゲヘッド氏によると、FATTAの活動や昨秋から世界的に広がった「MeToo」運動による世論が後押しとなって、5月末、スウェーデンの国会が同意なしの性行為を違法とする法案を可決したという。

 スウェーデンのステファン・ローベン首相は「性行為は任意であるべきだ。任意の行為でなかったら、違法。不確かだったら、止めるべきだ」と発言している。

 首相がこのような発言を公に行うことが世論の変化に「重要な役割を果たした」(5月23日、アムネスティー・インターナショナルの記事)。

 スウェーデンの動きはアイスランド(3月から合意なき性行為が違法)に続くもので、ベルゲヘッド氏はデンマーク、フィンランドなどが同様の方向に進むことを願うという。

 「まだまだ道は遠いが、女性たちや少女たちが黙っていることを拒否した時の勇気を、政治家たちがほんの少しでも示すことができれば、法律は変わる。そうすれば、私たちはMeTooと言わなくても良くなる」(先の記事)。

 スウェーデンの新法によってレイプ罪の有罪比率が高まるかどうか、レイプの件数自体も少なくなるのかは不明だが、被害の発生を防ぐ方向に法律が動いたと言えるだろう。

「同意」とは何か?

 性行為の「同意」とは?

 友人の映画ライターの方に教えていただいた、動画をご紹介したい。

 「性行為の同意を紅茶に置き換えた動画」。 英語版はこちら

 2015年、ロンドンのテームズバレー警察による紹介文がついている。

 同意と動画についての関連情報はこちらで


# by polimediauk | 2018-07-18 17:16 | 政治とメディア

 ロンドン近辺にいらっしゃる方、よろしかったら、ご参加ください。

***

伊藤詩織さんを囲む会 -BBC「日本の秘められた恥」放送後、 私たちに何ができるか


 セクシャル・ハラスメントや性的暴力に対して声を上げる「MeToo」運動が世界中に広がっています。日本でも、財務次官による女性記者へのセクハラが報道されたことでこの問題にスポットライトが当たり、ジャーナリズムに携わる女性による職能集団「メディアで働く女性ネットワーク」が組織化されています。

 日本の雑誌を手に取ると、続々と「セクハラ」「性暴力」が特集記事のトピックとして選択されるようになりました(「新聞研究」、「Journalism」、「世界」など)。

 英国では、6月26日に大和日英基金で「
日英のMeToo運動と題されたイベントが開催され、熱い議論が交わされた後、2日後の28日には、性犯罪に対する日本社会の状況を変えるために活動を続けるフリーランス・ジャーナリスト、伊藤詩織さんに焦点を当てたBBCのドキュメンタリー番組「日本の秘められた恥」が放送され、大きな反響を呼びました。

 
日本の性犯罪についての法律をより
実態に即したものに変えるため、7月9日から13日まで性暴力被害当事者団体「Spring」が英国を視察し、ロンドンで公開イベント(7月11日)を開催したこともあって、「状況を変えていこう」、「英国に住む邦人ができることを知りたい」という機運が高まっています。


 そんな今、滞英中の伊藤さんを囲み、性による差別を解消し、男女ともに生きやすい社会を作るにはどうしたらいいかを一緒に考えてみませんか。


 BBCの番組の裏話、SPRINGの視察イベントについて、また世界各国でドキュメンタリー映像を取材・制作する伊藤さんの米ニューヨーク・フェスティバルでの銀賞受賞作品について、そして世界の性教育、現在追っているテーマなどについてもお話しいただき、情報を共有してみませんか。


 番組を視聴したことを前提に、双方向の会話ができる会にしましょう。


日時:7月16日(月曜日)午後6時半から8時ごろまで


場所:ロンドン大学 SOAS: School of Oriental and African Studies, University of London

Room 4429, onthe 4th floor of SOAS Main Building

- Address: 10 Thornhaugh Street, London, WC1H 0XG
- Nearest tube station: Russell Square (Zone 1, Piccadilly Line)


参加費:無料


会場では、伊藤さんの著書「Black Box(1冊15ポンド)をお買い求めできます。


参加申し込み:電子メールで、dekirukoto988@gmail.com までお申込みください。お名前、当日に連絡がつく電話番号をご明記ください。伊藤さんにお聞きになりたいことなどありましたら、お書きください。


主催:日本の未来をイギリスから考える会 有志(小野信彦、小林恭子ほか)


ご参考資料:


*「日本の秘められた恥」  伊藤詩織氏のドキュメンタリーをBBCが放送
https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-44638987

*メディアで働く女性ネットワーク
https://www.facebook.com/WiMNJapan/ 



# by polimediauk | 2018-07-15 07:57 | 日本関連

   (受賞スピーチを行う、フィリピン「ラップラー」のレッサ編集長 撮影小林恭子)


 フィリピンのドゥテルテ大統領から「フェイクニュース」、「米中央情報局(CIA)の回し者」と呼ばれ、様々な圧力をかけられてきたニュースサイト「ラップラー」。

 世界新聞・ニュース発行者協会(WAN-IFRA)は先月、報道の自由に寄与したジャーナリストに授与する「自由のための金ペン賞」をラップラーの最高経営責任者・編集主幹マリア・レッサ氏に贈った

 ラップラーは2012年、レッサ氏を含む数人のジャーナリストたちの手で立ち上げられた。元々は「MovePH」という名前の、フェイスブックのページの1つだった。ソーシャルメディアを通じてニュースを拡散し、フィリピンでは本格的にマルチメディアを駆使する最初のニュースサイトとなった。

 レッサ氏は米CNNのマニラ支局長(1987-95年)、ジャカルタ支局長(1995-2005年)を経て、フィリピンの放送局「ABS-CBN」でニュース・時事報道部門を統轄した(2005-11年)。専門は国際テロ問題で、著作もある。

 

 2016年6月に大統領に就任したロドリゴ・ドゥテルテ氏は、麻薬撲滅に厳しい態度を取ることを表明し、目的達成のためには非合法な手段を使うことも辞さない「麻薬戦争」が始まった。

 ラップラーはこの麻薬戦争を一貫して批判的に報道し、ドゥテルテ大統領はラップラーが「フェイクニュースを垂れ流している」、「CIAからお金をもらっている」などと表明してきた。

 今年1月、フィリピン証券取引委員会は企業認可の取り消しをラップラーに命じた。2015年に米企業に証券を売って資金調達したことから、メディア経営をフィリンピン人のみとする憲法に反する、というのがその理由だ。2月末には、大統領府での記者会見への出席を拒否され、3月にはフィリピンの内国歳入庁がレッサ氏らに脱税の疑いがある、と発表した。

 レッサ氏を含めたラップラーのスタッフは、国家が背後にあると見られるオンライン・ハラスメントにも見舞われた。

報道を止めさせるには「自分を殺すしかない」とスタッフ

 WAN-IFRAが主催した「世界ニュースメディア会議」(開催地ポルトガル・エストリル)で賞を受け取ったレッサ氏は、受賞スピーチの中でスタッフの声を紹介した。ラップラーによる、政府に批判的な報道を止めるにはどうするか?と聞かれたスタッフの一人は、「自分を殺すしかないだろう」と答えている。

 筆者は、以前にも他の会議でレッサ氏と場所を共有したことがあった。小柄で、きびきびとした言動のレッサ氏は話す言葉の1つ1つが明快で、論旨が分かりやすい。今回の受賞でマイクの前に立った時、それまでの様々な体験やスタッフの苦労を思い出したのか、涙をこらえるような表情を何度も見せた。

***

 受賞スピーチの中から、要点を紹介したい。

 スピーチの動画は、ラップラーのサイトから視聴できる

 レッサ氏は、「自分がどんな人間なのか、誰なのか、自分を守るために戦う必要が出てきた時に初めて分かる」という。

 「勝ち取った、あるいは負けてしまった戦いの1つ1つ、戦いから撤退してしまったこと…そんなことすべてが自分の価値観を築いていく。最終的には自分が何者かを決めていく」

 「ラップラーは、10年後に今この瞬間を振り返って、できることはすべてやった、逃げ隠れしなかったと言えるようにしたかった」。

 ラップラーが直面した、「責任逃れをする存在」は2つだった。

 1つは「憲法や私たち国民の生活を根本的に変えようとし、残酷な麻薬戦争を行う政府」だ。

 もう1つは、フェイスブックだという。フェイスブックのおかげでラップラーは急速な成長を遂げたのだが、その一方で、「国家が背後にいるオンライン上のヘイトの言論」が大展開したのもフェイスブックだった。

「嘘が100万回繰り返されたら、真実になる」

 政府の方はどんな責任逃れをしたのか?

 「昨年12月、フィリピンの国家警察は保護下にいた約4000人が麻薬戦争で亡くなり、1万6000人以上の死因を『調査中』と発表した。1年4カ月の間に2万人が殺害された」。フィリピンに戒厳令が敷かれていた1972年から81年までに殺害されたのは、3240人だったのだが。

 国民は、2万人もが殺害されたことを知らないのだという。

 それは、「政府が常に数字を細かく割って発表し、『言われたことを報道しろ』とジャーナリストに言ってきたからだ」

 

 同時に、フェイスブックを使って、「組織的な、絶え間ない攻撃」も行われ、「ジャーナリストたちは屈服させられてしまった」。

 真実を求める戦いの中で、「死者数は最初の犠牲者となった」。

 レッサ氏は言う。「嘘が10回繰り返されたら、真実は追いつける。でも、これが100万回繰り返されたら、嘘は真実になってしまう」。国家が背後にあるオンライン上のヘイト発言の流布が、「嘘」を「真実」と思わせてしまうのだ。

 フェイスブックを始めとした、ソーシャルメディアが責任逃れをしたのはどんな時か?

 レッサ氏によると、「西側諸国とは違い、フィリピンの世論調査ではジャーナリストは長年、信頼される存在だった」。組織の独立性が弱く、政治は利権追求型になっているために、国民は報道機関を通して正義を求めたからだった。メディア報道が人々の生活を変え得ることを、フィリピンの国民は理解していたという。

 今年1月、米ピュー・リサーチ・センターの調査によると、伝統的メディアへの信頼度では世界の中でもフィリピンが第2位を占めた。調査に応じた人の86%が、伝統メディアは「公正で正確だ」と答えていた。

 しかし、地元フィリピンのEONによる調査では、伝統メディアに否定的な見方を持つ人は83%になった。フィリピンにはソーシャルメディアのアカウントは「6000万ぐらい」あり、ここでの言論が世論に大きな影響力を及ぼしたという

 2つの数字は正反対の状況を示した。「フェイスブック上で、現実があっという間に再構成されてしまった」。

 フェイスブックと言えば、情報拡散のためにメディアが使うツールの1つだが、その一方では憎悪をあおり、「もう一つの」現実を作っていた。メディアの「敵」となっていた。

 レッサ氏は、「言論の自由が言論の自由を押さえつける」状況にあることを指摘する。

 ソーシャルメディアを使ったプロパガンダは人々を欺くばかりではなく、ジャーナリストたちにも損害を与える。心理的な圧迫感を与え、攻撃を仕掛けるプラットフォームになってしまう。

 かつて、ジャーナリストはその報道によって投獄されることがあった。今は、「フェイブックの壁の中に入れられる。頭の中の牢屋に入れられる」。

 打ち負かすにはどうするのか?

 「私たち一人一人が恐れに立ち向かうこと」、「目撃したことを伝える勇気を持つ必要がある」。

 このような状況は「フィリピンだけではない」。

 2017年11月、「フリーダムハウス」の調べによれば、調査を行った65か国のうちの少なくとも30カ国で、ソーシャルメディアを使った、情報拡散のための「軍隊」が民主主義を攻撃している。「インド、南アフリカ、メキシコではツイッターが利用されている。他の国ではワッツアップが使われている。今や、ソーシャルメディアは独裁政権が好む媒体になっている」

 「攻撃の対象となるのは女性たちで、その攻撃は性的なものが多い。私たちから尊厳を剥奪し、力で服従させる」。

「生き延びる覚悟だ」

 では、どうやって生き延びたらいいのか。解決策は何か。

 「長期的には、教育だ。中期的にはメディアの読解力を深めること。短期的には、調査報道のジャーナリズムだ」。

 レッサ氏は米国の大手テック企業に希望を託す。ラップラーはフェイスブックと積極的に議論を重ねているという。

 「2年前、私たちの経営状態が好調になった時、政府のラップラーへの攻撃は一気にきつくなった。将来が危うくなるほどだった。しかし、私たちは生き延びる覚悟でいる。私には、プランB,C,D、Eもある」

  「しかし、どうか皆さんが注目しているこの時に、お願いがある。私たちが死の谷を飛び越していけるようクラウドファンディングに参加してほしい」とレッサ氏は呼びかけた。

 「世界新聞・ニュース発行者協会の皆さん、私たちを支援してくれてありがとう。これは世界的な戦いで、私たちは勝たなければと思っている」

 「ラップラーで働く、男性たちよ、女性たちよ。マニラは今、午前1時。みんなが受賞スピーチの様子を見ているはずだ。この賞はあなたたちの勇気に与えられたものだ。あなたたちが私を元気づけてくれる」

 「ラップラーの若い記者やほかのスタッフが、いかに多くのことを背負わなければならないかと思うと、胸が張り裂けそうになるほどつらい。暴力や免責に直面しながらも見せるその勇気、それでも当局に対して持ち続ける敬意、夜やってくる悪夢、そして使命感」

 「この賞はラップラーだけのものではない。フィリピンのすべてのジャーナリストに与えられたものだ」

 「会場にいるフィリピンのジャーナリストの方、どうぞ立ち上がってほしい。職務を果たすジャーナリストの皆さんだ」。

  場内のあちこちで、フィリンピン人のジャーナリストたちが立ち上がる。大きな拍手が湧いた。

「レイプするぞと脅されたことは?」「あります」、「あります」

 ラップラーのジャーナリストがインタビューを受ける、短い動画が上映された。

 以下は、質問にジャーナリストらが答える場面の文字起こしである。一つ一つの質問に別のジャーナリストが答えていく様子を想像していただくか、先の動画をご覧いただきたい

 ―仕事をやっているために、ハラスメントを受けたことがありますか?

 「はい」

 ―オンラインで脅しを受けたことがありますか。

 「はい」

 ―偏向していると言われたことは?

 「あります」

 ―愚かだと言われたことは?

 「あります。何度もです。愚かな人たちにそういわれました」

 ―敬意が足りないと言われたことは?

 「あります」

 ―汚職疑惑を向けられたことは?

 「あります」

 ―記事に関連して、「醜い」と言われたことは?

 「あります」

 ―「フェイクニュース」と言われたことは?

 「あります。何度も。批判的な記事はフェイクニュースと言われますよね?」

 ―「帝国主義のスパイ」と言われたことは?

 「あります」

 ー「共産主義の工作員」と言われたことは?

 「あります」

 ―「CIAの手先」と言われたことは?

 「あります」

 ―ジャーナリストとして、セクハラをされたことがありますか?

 「あります」

 ー家族が脅されたことは?

 「あります。特に娘が死んだときです。多くの人が馬鹿にして笑っていました」

 -レイプするぞと脅しを受けたことは?

 「あります」(女性)

 「あります」(別の女性)

 「自分はないが、家族はあります」(男性)

 ー暴力を使うぞと脅されたことは?

 「あります」

 ー殺すぞと脅されたことは?

 「あります」

 ーどうやって殺すかを説明されたことは?

 「あります」

 ―どのような暴力を使うと言われたのですか?

 「頭を撃ち抜くぞと言われました。生き埋めにするぞ、とも」

 ーあなたに報道を止めてもらいたいとき、どうしたらいいのでしょう。何かありますか。

 「ありません」(男性)

 「ありません」(女性)

 「ありません」(別の女性)

 「殺害ですかね」(男性)

 「私を殺すしかないでしょう」(別の男性)

  (動画終わり)

 レッサ氏は、この賞はジャーナリストと同様の脅しを受けながらも仕事を続けるフィリピン人にも与えられた、という。

 「ここで、特に呼びかけたい人たちがいる。政府機関の中で働く男性たちや女性たち。あなたたちの選択や妥協によって、フィリピンがどちらの方向に行くかが決まってくる」

 「これは、全てのフィリピン人に与えられた賞だ。法の支配のため、そして『報道の自由を守る』ために立ち上がり、私たちが信じる価値観のために戦い続ける人に与えられた」

 「私の名前はマリア・レッサ。私たちはラップラーだ。これからも変わらずにやっていきたい」。

フィリピンのニュースサイト「ラップラー」(ウェブサイトから)
フィリピンのニュースサイト「ラップラー」(ウェブサイトから)

***

 フィリピンのメディア状況については以下を

【第四話】ロペス財団VSマルコスから見る、フィリピン麻薬撲滅戦争の今後の行方

(フリージャーナリスト、ドン山本氏による)

 ラップラーの位置付けについては、以下の記事の中にある石山永一郎氏の見方をご参考にされたい。

ドゥテルテ政権によるメディア選別と社会の分断が最大の課題/報道の自由とラップラー問題

(近畿大学国際学部教授、ジャーナリスト柴田直治氏による)


# by polimediauk | 2018-07-14 01:24

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 (BBCニュースのサイトより)

 BBCが、6月29日、男女の報酬格差に抗議して辞任した元中国編集長の女性キャリー・グレイシー氏に対し、不当に低い報酬の支払いを行っていたことを謝罪した。数年にわたる不足分を支払うという。グレイシー氏は全額を慈善団体「フォーセット・ソサエティ」に寄付する。

 グレイシー氏は今年1月、抗議の辞任をした。その後はロンドンで勤務しながらBBC経営陣との交渉を続けてきたが、今回、両者は和解に至ったことを発表した。

 グレイシー氏は同日、BBCの建物の前で、報酬格差問題を「解決できたことを喜んでいる」と述べた。「私にとって、非常に重要な日。BBCを愛している。過去30年以上、BBCは私の仕事上の家族だった。だからこそ、最高のBBCであってほしい。時として、家族は互いに大声を出し合うこともある。それが収まったら、いつもほっとする」。

 不足分の報酬を全額寄付するのは、交渉がお金のためではなく(男女平等であるべきという)「原則のためだったから」。寄付金は女性ジャーナリストを支援するために使われる予定。

 グレイシー氏は今後半年間の無給休暇を取り、中国や性の平等について本を書いたり、講演に従事したりする。

男性との格差に呆然

 グレイシー氏が抗議の辞任をしたのは、BBCにいる4人の国際版編集長(男性2人、女性2人)の中で、男性陣が女性陣よりも「50%以上高額の」報酬を得ていたことに気づいたためだった。

 同氏が中国編集長に任命されたとき、BBCは北米編集長(男性)と同程度の金額の報酬となることを約束した。これを前提に、グレイシー氏は赴任した。

 ところが、昨年7月、BBCが15万ポンド(約2100万円)以上の高額報酬者のリストを発表した時、自分と同じく女性の欧州編集長の名前は入っていなかったのに、男性2人の国際版編集長の名前は入っていた。当時の自分の報酬(年間13万5000ポンド)よりもはるかに大きな額だった。

 上司と交渉を開始したグレイシー氏に対し、BBCは4万5000ポンドの増額を提示したが、それでも男性陣との報酬に大きな差があったため、グレイシー氏はこれを拒否した。

 今年1月上旬、グレイシー氏は男女の報酬差に抗議するため、中国編集長職を辞任したと自身のブログで発表した。

 同月26日、北米編集長ジョン・ソーペル氏も含め、6人の男性高額報酬者が減額に合意した。

 31日、下院の委員会が男女の報酬格差問題についての公聴会を開いた。

 証言者となったグレイシー氏は、ここで過去の屈辱的な体験を披露する。自分の報酬が同等の仕事をする男性と比較してはるかに低い理由について、上司はグレイシー氏に対し「あなたは開発途中だから」と言ったという。30年以上BBCに勤務し、中国にかかわる報道を統轄するグレイシー氏を「開発途中」というのは、侮辱にほかならなかった。

 性による格差に抗議して職を辞任したグレイシー氏。しかし、格差に不満を持つのは彼女ばかりではない。

 BBCラジオ(「ラジオ4」)の朝のニュース解説番組「トゥデー」で司会者の一人だったセイラ・モンタギュー氏も、同番組の男性司会者の報酬がはるかに高いことに大きな衝撃を受けた。

 現在は「トゥデー」を辞め、午後のニュース番組「ワールド・アット・ワン」で司会役として働きながら、交渉を行っている。

 グレイシー氏からの寄付額は、性別による賃金格差に悩む女性を対象に支援を提供するプログラムに使われ、年内にも稼働予定だ。

 BBCのメディア編集長は「BBCとしては、これで報酬格差問題はいったん終わったと線を引きたいだろう」が、今後、同様に男性と同等の報酬を求める女性が続くことが予想され、これをどうするかが課題となりそうだという(BBCニュース、6月29日付)。

 ちなみに、英国家統計局(ONS)によると、英国全体の男女の賃金格差は昨年時点で18・4%(女性の賃金が男性の賃金よりも18・4%低い)。BBCは、内部調査でその差は9~10%としている。

 経済協力開発機構(OECD)の調べでは、男女の賃金格差が最も大きな国は韓国(約37%、2015年時点)で、これに日本(約26%)が続く。


# by polimediauk | 2018-07-12 20:45 | 放送業界

(BBCのウェブサイトより)

 BBCテレビが、6月28日、性犯罪に対する日本社会の状況を変えるために活動を続けるフリーランス・ジャーナリスト、伊藤詩織氏に焦点を当てたドキュメンタリー番組「日本の秘められた恥」を放送した(チャンネル「BBC2」、午後9時から1時間)。

 その内容については、BBCニュースの日本語版が詳しく伝えている。英国内での反応や、日本では今のところ放送予定がないことが後半に記されている。

 ドキュメンタリーは、制作会社が数か月にわたって取材したものだ。番組は男性ジャーナリストからの性的暴力を告発した「伊藤氏本人のほか、支援と批判の双方の意見を取り上げながら、日本の司法や警察、政府の対応などの問題に深く切り込んだ」(BBCニュース日本語版より)。

 番組では「複数の専門家が、日本の男性優位社会では、被害者がなかなか声を上げにくい状況」であると指摘。伊藤氏は強姦の被害届を出し、「顔と名前を出して記者会見をした数少ない女性」だ。

 事件の経緯についてはすでに日本で広く報道されてきたため、ここでは詳細を繰り返さないが、基本だけ押さえておくと、事件が発生したのは2015年4月。伊藤氏に対する「準強姦罪」の被疑者となったのは当時TBSのワシントン支局長だった山口敬之氏。同氏に対し、一旦は逮捕状が出されたものの、直前に逮捕は取り消された。この年の8月、検察に書類送検され、2016年7月、不起訴が確定。

 2017年5月、伊藤氏は司法記者クラブで記者会見を開き、不起訴処分を不服として検察審査会に申し立てをしたと述べた。4か月後、審査会は山口氏を不起訴相当とした。刑事責任を問うことができなくなったため、伊藤氏は今度は民事訴訟で戦っている。

 番組は伊藤氏の体験ばかりではなく、性犯罪に対する日本社会の状況を学者、専門家が語り、伊藤氏が性犯罪の被害者を支援するセンターを訪ねたり、学生と対話をしたりする場面もあって、「日本の性犯罪を巡る状況を考える」内容になっていた。山口氏の主張、山口氏を支持する人々のコメントも入り、バランスの取れた作りになっていたように思う。

英国での反応は?

 英メディアの反応はどうなっているのか。

 先のBBCニュース日本語版でも終わりの方にいくつか紹介されていたが、ネットで拾ってみると、サン紙イブニング・スタンダード紙タイムズ紙ガーディアン紙テレグラフ紙、週刊「ラジオ・タイムズ」などに番組評が出ていた(閲読は、一部有料)。

 レベッカ・ニコルソン氏による、ガーディアン紙の番組評の出だしと最後を紹介してみよう。

 「強姦についての日本のタブーを破る」が見出しとなっている。

 冒頭は:

「日本の秘められた恥」は視聴が非常に困難な映画だ。痛ましく、悔しく、悲惨だ。同時に、とても重要な映画だ。勇敢で、必要な映画。制作者・監督のエリカ・ジェンキンが丁寧にそして静かな怒りを抱いて作っている。女性に対する暴力、その構造的な不平等性や差別という大きな物語を、より小さな、より個人的な物語を通して語っている」。

 最後は:

 「日本の秘められた恥」を見た視聴者は多くの怒りにかられる。私は冒頭から胃が締め付けられる思いがした。しかし、この恐ろしい物語の中に一筋の希望もある。(番組の中に出てくる)高齢の女性たちが自分たちの物語を語るようにさせた著名人として伊藤氏を見ていることだ。最後の場面では、強姦をされたが、伊藤氏に会うまでは一度もこの体験を話したことがなかった女性が出てくる。「一滴の水は何もできないけれど、たくさん集まれば、津波を起こせる」。

男性評者が「MeToo」

 デイリー・テレグラフの評者は星5つが最大の評価の中で、星4つを与えている。

 番組を通して、男性評者のジャスパー・リーズ氏は以下を学んでいく。

 ー性的犯罪の被害者を助けるセンターが日本には非常に少ない

 ー警察官の「ほんの8%が女性」

 ー強姦についての日本の法律では被害者が抵抗したことを示さなければいけない

 ―女性がアルコール飲料を飲めば、さらに悪いと見なされる

 ー女性が性衝動を持つことは女らしくないとされるので、日本のポルノは(男性からの性的アプローチに対し)最初はノーと言うが、後で征服される女性のイメージで一杯だ

 -女性が男性の性暴力について声を上げれば、「私的な恥を公的空間に出した」と解釈される。


 そこでリーズ氏は、「犠牲者を責める不快な風潮の中で声を上げるのは、さぞ勇気が必要だったろう」と感想を漏らす。


 伊藤氏が人形を使って暴行の様子を再現しなければならなかったのは「セカンド・レイプ」と呼ぶ人もいることを紹介する。「一方、時事番組に出演した山口氏と他の男性出演者たちはアルコールを飲む女性への嫌悪感を露わにし、不起訴処分が決定するとシャンパングラスを上げて祝った」。

 リーズ氏も、番組の冒頭で高齢の女性たちが伊藤さんについて「大ファンなのよ」と述べる場面に最後に触れている。

 同氏の最後の言葉は:「MeToo」(私も)。

何故被害者にバッシングが起きるのだろう

 BBCの番組の中では、オンライン上で様々な脅し、嫌がらせ的言論が伊藤氏に対して発せられたことが紹介されている。

 女性に対するオンライン上の嫌がらせは、日本ばかりではない。英国でも女性の学者、ジャーナリスト、議員など表に出る人へのヘイトメールや脅しの攻撃はすさまじいものがある。

 伊藤氏の例に限ると、何故嫌がらせやバッシングが起きるのかと、筆者は不思議な思いがする。

 例えば「女性が低く見られている」という面があるのかもしれない。被害者の女性の方を攻撃の対象にしてしまう、と。

 あるいは、筆者が思うには、「MeToo」という感情を共有できないからではないだろうか。「MeToo」、つまり、「ああ、やっぱりそうだよな、分かるよ」という気持ちである。この気持ちをどうか、思い出していただきたい。

 日本の女性の多くが学生時代に満員電車の中で痴漢行為にあったことがあるはずだ。男性も被害者になったことがあるかもしれないが、圧倒的に女性が多い。

 あるいは、組織に勤めていて女性であるがゆえに軽んじられたり、体を触られたり、冗談の的にされたりしたことがあるのではないか。

 こうしたもろもろの体験を心身が記憶しているはずだ。

 そうすると、番組の中で、伊藤氏が暴行を受けたホテルの前に立っているうちに表情が険しくなって、短時間で去ってしまう場面になると、その「身体のガクガク感」が実感としてよくわかるだろう。女学生が高校生の時にあった痴漢行為について話す場面にも、同感してしまうのだ。

 筆者にも、いろいろな過去の記憶が甦ってきた。

 古い記憶をたぐると、「仕事を紹介できる人を知っている」と言った男性に会うために、20代後半の時にホテルのバーに行ってお酒を飲んだことを思い出す。有頂天で、信じ切って出かけて行ったものだ。

 しかし、その「仕事を紹介できる人」は、2時間経っても現れなかった。男性は、「上に行って、ゆっくりしない?部屋を取ってあるから…」と言った(私は部屋に行かなかった)。そこで「帰ります」と言ってバーを出た私だったが、長い間、本当にやってくるはずの人が都合が悪くなって来れなかったのだろうと信じていた。

 もし当時がソーシャルメディアの時代だったら、恐らく最初から誘うことを目的にしていたこの男性ではなく、出かけて行った私がバッシングされていたのだろうか?「男性」と「2人きり」で、「夜」、「ホテルのバーで飲んでいた」から?

 しかし、バッシングされるのはいつもスカートをはいていた女性の方・・であって良いはずがない。

 「セクハラ・性的暴行は日常茶飯事」、「不快な行為をさばいていくのが女性の処世術」と思う方がいたら、かつての悔しい気持ち、不快な気持ちに思いを巡らせてみてほしい。あなたにも、「MeToo」体験があったのではないか。

 あるイベントで女性が言った言葉が忘れられない。「男性は自分のキャリアについて決定権がある女性には、決してセクハラをしない」。

 セクハラはパワハラ。セクハラをされたことがなくても、パワハラをされた経験がない人はいない。

 少なくとも米英では、女性がお酒を飲んでいようが、セクシーな洋服を着ていようが、同意なしに男性が手を出したら、「アウト」。英国の国防相は、十数年前に女性ジャーナリストの「膝に手を置いた」ことが発覚して、昨年秋辞職した。メイ英首相の右腕と言われた副首相も、同様の状況で辞任した。ここまで厳しくなっているのである。

 MeTooの意識が広がる英国で、BBCの「日本の秘められた恥」は強いアピール力を持つドキュメンタリーとなった。

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 伊藤氏による、性的暴行疑惑についての日本の状況


# by polimediauk | 2018-07-10 18:13 | 日本関連


(日本新聞協会が発行する「新聞協会報」6月19日号に掲載された、筆者の「英国発メディア動向」に、若干補足しました。)

***

 6月6日、英新聞界は大騒ぎとなった。世論形成に大きな影響力を持つ大衆紙デイリー・メールのポール・デーカー編集長が11月に退任すると報道されたからだ。

 デーカー氏が26年にわたり采配を振るってきたメール紙は感情に強く訴えかけるキャンペーン運動、反移民報道、英国の欧州連合(EU)からの離脱(「ブレグジット」)支持で知られる。

 メール紙を筆頭とした保守系メディアによる離脱支持がなかったら、ブレグジットは実現していなかったかもしれない。インターネットが登場する前、新聞が世論を独占的に牛耳った時代を体現したかのような デーカー氏の退任で、「一時代が終わった」とする声が強い。

 デーカー氏を「フリート街(英新聞界の別称)で最も偉大な編集長」と評する人もいるが、左派リベラル系勢力には嫌われてきた。ブレア労働党政権(1997-2007年)で官邸戦略局長だったアラステア・キャンベル氏はデーカー氏を「真実を捻じ曲げる、偽善者」と呼ぶ。

 保守的な政策を支持する人にとっては、かゆいところに手が届くような、痛快感を与える記事が満載だが、リベラル系知識人やライバル紙からは「同性愛者や女性蔑視、反外国人感情があって読むに堪えない」と言われる。

 今年1月、鉄道運営会社ヴァージン・トレインズがデイリー・メールの車内販売を中止すると発表した。その理由は、「過激な表現や差別的な記事が多いから」であった。しかし、言論の自由への抑圧と受け取られることを懸念して、結局はこれを撤回することになった。

難民報道で批判の的

 1948年生まれのデーカー氏はイングランド地方北部のリーズ大学を卒業後、父と同じ道を歩みデイリー・エキスプレス紙の記者となる。80年にライバルのデイリー・メールに転職した。

 さらに同じアソシエ―テッド・ニューズペーパーズ(AP)社が発行する夕刊紙イブニング・スタンダードの編集長職(91~92年)を経てメールの編集長となった。年収は250万ポンド(約3億6800万円)で、英新聞界で最高額と言われる。

 デイリー・メールは日刊大衆紙市場でサン紙とトップの座を争う。現在はサン紙に次ぐ約130万部を発行。電子版「メール・オンライン」は1日のユニーク・ブラウザーが1300万人に達し、大きな影響力を持つ。

 しかし、反移民感情を刺激するような報道はしばしば批判の的になった。欧州が難民危機に見舞われていたさなかの2015年、時のキャメロン首相が使った言葉を拾い上げ、「通りが(移民の)群れで一杯になる」という見出しを大きく掲載した。同年12月に発表された国連報告書はメール紙が難民に対し「敵意」を表現したと書いた。

 EU加盟継続か離脱かを問う国民投票(2016年6月)の直前には、「英国を信じるなら」離脱に投票するようにと国民の愛国心に訴えた。高等法院が同年11月、正式な離脱の手続きを始めるには議会の承認が必要との判断を下すと、デイリー・メールは裁判官らの顔を1面に並べ、「国民の敵」という強い口調の見出しをつけた。議員らは残留支持者が大半のため、離脱について議論をすれば、離脱交渉の開始が遅れるばかりか、ことによったら「つぶされる」可能性もある、だから裁判官らは離脱を選んだ国民の敵だ、というわけである。

 キャンペーン運動にも熱心で、1986年に黒人男性スティーブン・ローレンスが白人青年らに殺害された1993年の事件を巡っては、なかなか有罪判決にまで至らないことに業を煮やしたデーカー氏が97年、容疑者となった青年たちの顔写真を1面に載せて「殺人者たち」と一言入れた。

 新聞が裁判官の役目を果たすかのような行為は行き過ぎではあったが、被害者の母は「これで国民が事件に本当に耳を傾けるようになった」と述べている。白人青年2人が殺人罪で有罪となったのは2012年。事件発生から19年後だった。

自主規制を主張

 デーカー氏は環境問題にも強い関心を寄せ、無料の使い捨て買い物袋の配布禁止を求める運動を08年に開始した。15年、イングランド地方で買い物袋は有料となり、運動は成果をもたらした。

 報道の自由を重要視し、日曜大衆紙「ニューズ・オブ・ザ・ワールド」(11年廃刊)による著名人に対する電話盗聴事件をきっかけに規制監督組織の設置が叫ばれると、あくまでも新聞業界による自主規制を強く主張した。これは14年の「独立新聞基準組織」(通称「IPSO」)の発足につながっていく。

 デーカー氏はAP社の会長兼編集長に就任予定だ。メールの次期編集長は姉妹紙である日曜紙メール・オン・サンデーの編集長ジョーディー・グレーグ氏。同氏は国民投票で残留派を支持し、日曜紙ではその方針を維持してきた。今後、メール紙がどちらの陣営に付くかが注目されている。

 メール紙の論調に同意するかどうかにかかわらず、政治家にとってその影響力の大きさは見逃せない。この点は、今後も変わらないだろう。


# by polimediauk | 2018-07-09 21:06 | 新聞業界

 (新聞通信調査会が発行する「メディア展望」5月号の筆者記事に補足しました。)

 英映画「ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男」が、3月末から日本で上映された。第2次世界大戦時の英国の宰相チャーチルが主人公の映画で、第90回米アカデミー賞でチャーチルを演じたゲイリー・オールドマンが主演男優賞を、日本人の辻一弘さんが日本人としては初のメイクアップ&ヘアスタイリング賞を受賞した。

 米国では昨年11月、英国では今年1月に封切られ、評価は上々となったが、改めて、チャーチルの本国英国ではどう受け止められたのか、また政治家チャーチルは今どのような位置にあるのかについて考察してみたい。

映画に登場するまでのチャーチル

 チャーチルがどんな人物だったのかは多くの方には周知と思われるが、映画の立ち位置を説明するために、簡単にその人生を振り返ってみる。

 チャーチルは1874年、マールバラ公爵の邸宅ブレナム宮殿で生まれた。父ランドルフは第7代マールバラ公の三男で、財務相まで務めた保守党の政治家である。母ジェニーは米国の富豪の娘だった。

 チャーチルは両親を慕い、父のように高名な政治家になりたいと願った。しかし学校の成績が良くなかったため、大学ではなくサンドハースト王立陸軍学校への進学を父に勧められた。卒業後、スペインの独立戦争や英領インドでパシュトゥーン人の反乱鎮圧に自ら参加し、その体験を新聞に寄稿したり本にまとめたりして軍人兼ジャーナリスト、作家となった。

 1900年には政界に身を転じ、保守党議員として初当選するが、党の政策を公に批判したことでいづらくなり、04年に自由党に鞍替えした。この時から「裏切り者」、「日和見主義者」というレッテルを保守党内でつけられてしまう。第1次世界大戦では、自分が主導した「ガリポリ作戦」(1915~16年)が失敗に終わり、海軍相を罷免された。

 1930年代に入り、チャーチルはドイツ・ヒトラー政権の脅威を演説で警告するようになったが、政界では「好戦的」、「大げさな表現で脅しをかける時代錯誤な人物」と見られていた。

 1940年5月、ナチスに対する融和策が失敗し、チェンバレン首相は退陣を強いられる。さて、次の首相は誰になるのか?

 ここから、「ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男」が始まる。ハリファックス外相が最有力候補と思われていたが、実際に首相の座に就いたのはチャーチルだった。昔自由党に鞍替えしたことを忘れていない保守党下院議員らは、チャーチルが首相として初めて登院した5月13日、一切の声援を送らなかったという。チェンバレンを元に戻したがっている議員も相当数いた。

 5月末までに、英国は「戦うことをあきらめてヒトラーと交渉を開始するのか、戦い続けるのか」の選択を迫られた。大陸の欧州諸国は次々とドイツ軍に攻撃され、英国は孤立した。米国は参戦しておらず、軍事的支援が他の国から提供される見込みはほとんどなかった。決断をする前後の様子が映画の中で詳細に再現される。

 最終的には「戦い抜く」ことをチャーチルが宣言し、政治家も国民も一丸となって戦争を続けていくわけだが、決断までのドラマが感情を高揚させる作りになっている。

英国での評判は

 多くの英国人にとって、チャーチルは第2次大戦の勝利を導いた英雄である。国民的なアイドルと言ってもよいだろう。戦争の勝利を今でも英国人のほとんどが誇りに思っている。したがって、英国人にとってこの映画は自分たちの英雄を大画面で見て、戦時中のつらい体験(人的犠牲、困窮、物資の不足)を思い出したり、最終的には勝利したことを改めて喜んだりする場を提供する。英国に住む人にとっては特別の意味合いがあり、戦時中に連合国軍側にいた国の人は同様の思いを持つだろう。

 左派系高級紙インディペンデントに掲載されたコラム(1月16日付)によると、ある映画館では上映終了後に観客らが立ち上がり、画面に向かって拍手をしたという。その理由について、書き手は昔を懐かしむ感情や、「今は欠けている、政治的指導力」への感動があったからではないかという。

 リベラル系高級紙ガーディアンはこの映画は「米アカデミー賞の作品賞を取るべきだ」という見出しの記事(2月21日)を掲載した。事実ではない場面が出てきたり、最後は「憶することない愛国主義」になったりしているけれども、「勇気」を描いていることを指摘する。「周囲に逆らってでも進む勇気、自分の信念を通す勇気、考えを変える勇気、世界を変える勇気」が描写されている、と称賛している。

 過去の出来事を題材にした映画では、事実とは異なる場面が出てくることがあるが、これをどう評価するか。

 左派系雑誌「ニュー・ステーツマン」(1月19日号)で、サウザンプトン大学の現代史の教授エイドリアン・スミス氏は、映画の中で省かれた事実があること、また事実ではない描写があることを指摘している。

 例えばチャーチルは映画ではヒトラーとの交渉を全く眼中に置いていないように描かれるが、実際には可能性の1つとして考えており、ハリファックス外相は首相の座を望んでいたように描写されているが、実はそうではなかった、またチャーチルが地下鉄に繰り出す場面は全くのフィクションであるという。

 こうした指摘について、「ドラマとしてつじつまが合っていれば、細かい点は気にする必要がない」と一蹴する人もいるだろう。筆者もかつてはその1人だった。

 しかし、数年前に元ロンドン市長ボリス・ジョンソンが書いたチャーチルの伝記本「チャーチル・ファクター」(プレジデント社)の邦訳を手伝ったことがあり、以前よりは少しチャーチルのことを知るようになると、「チャーチルだったら、こんなことはしないだろう」と思うことを映画の中でチャーチルがやっているのを見ると、少々割り切れない感情を持った。

 この映画を見て観客がフィクションを事実と解釈する危険性を懸念したのだが、見終わって時が経つと、大筋をとらえることができればそれはそれでよいのではと思うようになった。トピックに興味を持って調べれば、自分で気づくだろうと思ったからだ。

 現在の英政界において、チャーチルは英雄であり、国の大事の際に勇気を持って決断をした政治家として尊敬されている。ウェストミンスター議会の向かい側のパーラメント広場にはチャーチル像があり、建物の中の議場への入り口にもチャーチル像がある。チャーチル伝を書いたジョンソンは現在外務大臣で、ゆくゆくは首相にという望みを未だ持っているようだ。

 最後に、戦争を扱う映画を見る際に、筆者がいつも疑問に思うことを付け加えておきたい。戦争では勝つ国と負ける国が出るが、勝った国の視点で描かれた映画は負けた国からするとどう見えるのだろうか。あるいはその逆はどうか。

 例えば、今回の映画である。日本はドイツと同じ枢軸国側で戦っており、チャーチルの連合国軍側からすると敵だった。筆者は、日本にいる時よりも英国に来てから、第2次大戦の歴史やその背景についてドラマやドキュメンタリー、書籍などを通じて学習することが多くなった。英国に住む様々な人との会話を通して、戦時中の日本に対する見方を聞く機会も得た。今となっては、この映画を純粋なドラマとして見ることは難しい。

 他の例では、米英合作の映画「戦場にかける橋」(1957年)がある。

 ウィキペディアには、こんな説明がついている。「第二次世界大戦の只中である1943年のタイとビルマの国境付近にある捕虜収容所を舞台に、日本軍の捕虜となったイギリス軍兵士らと、彼らを強制的に泰緬鉄道建設に動員しようとする日本人大佐との対立と交流を通じ極限状態における人間の尊厳と名誉、戦争の惨さを表現した戦争映画」。どのような立場の人にも訴えかける、崇高なテーマを持った作品という定義である。

 英国では時々テレビで放送されるが、筆者は英国に来てから、英国の中高年者にとっては、第2次大戦中、「いかに日本の軍隊が残酷に外国人捕虜を扱ったか」を見せる映画の1つとして認識されていることを知った。そのような視点で見られていることは、筆者にとっては衝撃だった。

 過去にこだわりすぎるべきではないし、どんなドラマにも感動する部分があるが、日本人として英国で生活し、第2次大戦に関わるドラマを見るとき、複雑な思いがするのは確かである。

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*関連記事

チャーチルの自宅を訪問した時の話です。

「ワーカホリック」チャーチルの文章制作工場を訪ねる

*拙著「英国公文書館の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)にはチャーチルとスターリン・ソ連書記長が交わした極秘メモの話や、原爆開発秘話などを入れております。よろしかったら、店頭などでご覧ください。


# by polimediauk | 2018-07-06 19:37 | 政治とメディア

(20日付のサンデー・ミラー紙の中面。「彼女(マークルさん)が英国の家族の一員になった」という見出し)

 19日、英国のヘンリー王子(33歳)と米国人の女優メーガン・マークルさん(36歳)が、ウィンザー城の聖ジョージ礼拝堂で挙式した。結婚後、2人は「サセックス公爵夫妻」になった。

 英国時間では正午から、日本では午後8時から始まった挙式の様子は世界中のテレビで放送されたが、視聴された方はどんな感想を持たれただろうか。

 筆者は、テレビの生中継を隣人の友人たちと一緒に見た。隣人は北アイルランド出身で、「挙式には関心がない」と言い、イングランド地方出身の家人も「興味なし」。2人が出かけてしまったので、隣人の友人で、アフリカ・モーリシャス共和国出身の2人(レイチェルさんとリチャードさん)と一緒にテレビの前に座った。モーリシャスは19世紀に英領となり、1968年に英連邦の一国として独立している。

 レイチェルさんは、英国のNHSと呼ばれる国民医療サービスで働く看護婦だ。驚いたことに、彼女は結婚式への招待状をもらっていた。ロンドン中心部の病院に勤務しているのだが、その病院に送られてきた招待状3枚の内で、1枚が自分宛てになっていたのだという。

 しかし、当日はウィンザー城には行かないことに決めたという。「もったいない。せっかくの機会なのに」と言ったが、レイチェルさんは、「準備が煩わしい。実際に行っても、ほんのひと目しか見られない。それなら、テレビの前に座っていたほうがい」と答える。テレビなら「すべてが見られる」。

 BBCは主力チャンネル「BBC1]で午前9時(!)から放送を開始した。

 午前9時とはいかにも早い。式の開始は正午なのである。

 そこで、筆者が隣人の家のソファーに飲みものとスナックを片手に座ったのは、12時少し前。

 聖ジョージ礼拝堂の聖歌隊がいる場所に座っているゲストの中には、王室のメンバーと共に米映画俳優ジョージ・クルーニーが見えた。

 「王子と一緒に慈善事業をやったからだよ」とレイチェルさん。

 教会の席にも著名人が少なからずいた。英歌手のエルトン・ジョンとその妻、元サッカー選手のデービッド・ベッカム夫妻・・・。

シンプルな白いドレスに感服

 レイチェルさんと私の最大の関心事は、マークルさんがどんなドレスを着るのか、ということだった。

 車から出て、礼拝堂の入り口に立ったマークルさんが着ていたのは、クレア・ワイト・ケラーがデザインをしたジバンシィのもので、装飾が全くと言ってよいほどない、シンプルな白いドレスだった。マークルさんはティアラとベール、小ぶりのイヤリング、腕輪を身に付けていた。「これほど格好良いドレスはない」ーーこれがレイチェルさんと私の結論だった。

 ドレスの長い裾の先はページーボーイたちが持っていたが、マークルさんは礼拝堂の階段を一つ一つ、自分で上った。

 筆者は車から降りたら、すぐにチャールズ皇太子が腕を取って一緒に歩くかと思っていたので、少々驚いた。しかし、たった1人で階段を上がるその姿に、女優というキャリアを持ち、自分で結婚を選択した女性の決意のようなものを感じた。

 途中から、すでに中で待っているヘンリー王子の元までマークルさんを連れて行ったのは、チャールズ皇太子だった。

王子が涙をぬぐう

 マークルさんの登場で式が始まっていくのだが、気になるのがマークルさんの家族としては1人だけ参加した、母のドリア・ラグランドさん。「さぞかし、心細いだろうね」とレイチェルさん。マークルさんの父親トーマスさんが、「やらせ」写真事件や体調が悪いことを理由に参加できなくなったことを思い出す。

 「見て!王子が泣いているよ」とリチャードさん。確かに、ヘンリー王子は時折、目の下あたりを指で何度かぬぐっていた。結婚式に出席して欲しかった、母親のダイアナ妃(1996年に事故死)を思い出しているのか、「やっとここまで来た」という安堵感の涙なのか。それとも、キリスト教の儀式の荘厳さに思わず涙があふれたのか。

 可笑しかったのは、結婚を誓い合うことになって、カンタベリー大司教が「・・マークルさんを妻として、一生支え続けますか」と王子に聞いた時だ。「はい、誓います」(I will)と答えた後に、一呼吸おいて、王子は思わず笑ってしまう。マークルさんの笑いも誘う。ヘンリー王子がマークルさんの前に数人のガールフレンドがいたことを想起させて、参列者からも笑い声が出た。

熱狂的な説教にどう反応する?

 これまでの英王室の結婚式とは、少々違うぞ・・・という雰囲気が出てきたのは、米シカゴからやってきたマイケル・カリー司教の登場だった。

 カリー司教は、殺害された黒人運動家マーティン・ルーサー・キング牧師の言葉を借りながら、「愛情には力がある。見くびってはいけない」と述べた。次第に表情が生き生きし、身振り手振りで話してゆく。

 普通だったら、熱のこもった説教の合間に聴衆から何らかの声が上がりそうである。しかし、ここは英王室が出席する、儀式の場だ。そうはいかない。

 感情が揺さぶられるような説教に対し、カメラがとらえた英王室や一般出席者の表情が興味深かった。たまたまかもしれないが、エリザベス女王は「一体、この人何なの?」というような気難しい表情をしていた。上流階級の中には、感情を表に出さない習慣がある。笑顔を見せていたのはベッカムやチャールズ皇太子の妻カミラさん。それでも、多くの人が心を奪われたように耳を傾けていた。

 この説教の間中、手を握り続けていたヘンリー王子とマークルさん。その様子をカメラがずっととらえていた。

 これも今回の結婚式の新しさだった。これまでの英王室の結婚式で、新郎新婦が親密に体に触れあう様子を(キスの場面は別として)これほど長々と見せたことはないと筆者は思う。

「スタンド・バイ・ミー」が最高潮に

 式の中で「スタンド・バイ・ミー」が歌われることは知っていたが、テレビの前に座っていた3人は、歌い出したのが黒人の歌手で、コーラス団の全員が黒人だったことに息をのんだ。「こりゃ、驚いた」とリチャードさん。「そうだったのか」。

 マークルさんの母はアフリカ系米国人であるから、黒人だけのコーラス団はマークルさんが結婚相手だったからこその選択である。

 「スタンド・バイ・ミー」は米国のソウル歌手ベン・E・キングの曲(1961年)で、元々は黒人霊歌「ロード・スタンド・バイ・ミ」からヒントを得たと言われている。(元ビートルズのジョン・レノンが1970年代にカバー・バージョンを出したことでも知られている。日本でも、いくつかのコマーシャルに使われた。)

 「スタンド・バイ・ミー」の出だしの一部を筆者流に少し訳してみた。

 動画で、その雰囲気を感じてみていただきたい。

Stand By me「私の側にいてくれたら」

When the night has come

(夜がやって来て)

And the land is dark

(あたりが暗くなり)

And the moon is the only light we'll see

(月が唯一の光になる時)

No I won't be afraid, No I won't be afraid

(それでも私は怖がらない。怖がったりなんかしない)

Just as long as you stand, stand by me

(あなたが側にいてくれたら、側にいてくれたらー)

 この「あなた」はヘンリー王子にとってはマークルさん、マークルさんにとってはヘンリー王子になりそうだが、2人は自分たちの母、父、あるいは友人たちのことを思って聞いたかもしれない。参列者たちやテレビの前で見ていた人も、自分が側にいてほしい人は誰なのかについて、考えを巡らせたに違いない。マークルさんから、「私の側にいてね、守ってね」というヘンリー王子へのメッセージにも聞こえてきた。

 筆者は、レイチェルさんやリチャードさんと共に、「スタンド・バイ・ミ―」の歌詞一つ一つに胸を熱くさせながら、聞いていた。

 ピアノの伴奏に乗って歌声が礼拝堂に響き渡った、筆者は、英王室に本当に「新しい血」が入ってきた、と思った。これほどわかりやすい言葉で、切々と歌う声が伝統と儀式を大事にする王室の結婚式で流れたことはなかったのではないか。

 マークルさんは女優時代に活発に行っていたブログやソーシャルメディアでの発信を、英王室の一員になることで一切停止した。その声が封じられたようで、非常に残念だ。慈善活動を通じて「声」を出してゆくだろうとは思うのだが。

 結婚式は、「伝統・儀式を重んじる英王室」と「感情の吐露を排除しない、現代的なカップル」との対比を露わにした。

 マークルさんには、堅苦しい英王室に是非新たな風を入れてほしいと心から望んでいる。


# by polimediauk | 2018-05-20 17:00 | 英国事情

 19日に予定されている、ヘンリー王子と米国人の女優メーガン・マークルさんの結婚式まであと数日。

 式が行われるウィンザー城の聖ジョージ礼拝堂で、娘をエスコートするはずだった父親トーマスさんが、式への出席を辞退する意向を固めていることが分かった。

 BBCニュースなどの報道によると、現在はメキシコ在住のトーマス・マークルさんは、セレブのニュースを掲載するウェブサイト「TMZ」の取材に対し、結婚式には出席しないと告げたという。

 これは5月12日付の大衆紙「メール・オン・サンデー」による「やらせ」写真についての暴露報道を受けての判断のようだ。

 今月、トーマスさんがインターネットカフェで娘とヘンリー王子の結婚についての情報が画面に出たコンピューターを使っていたり、式に着用するスーツを作るためなのか、洋服の仕立て屋で身体のサイズを測ってもらったり、身体を引き締めるためにトレーニング中などの写真が世界中のメディアに掲載された。

 一連の写真は、一見したところ、トーマスさんが知らない間にパパラッチが撮影したかのようだったが、実はトーマスさんと英国人のパパラッチであるジェフ・レイナー氏が合意の上でポーズを取ったものだった。

 また、身体のサイズを測っていた「仕立て屋」は実はパーティー用品を販売する店であったり、トレーニングはゴミ捨て場で行われていたりなど、いかにも「やらせ」であったことが分かってきた。

 保守系メール・オン・サンデーは、2人が一連の写真を販売して最大10万ポンド(約1480万円)の報酬を得ていた、と書いた。英国時間の15日午前時点で、この記事は4500回シェアされ、コメントが900ついている。

お金のためではなかった

 トーマスさんがTMZに語ったところによると、娘や英王室に害を与える気持ちはなかったという。「ある理由」があって、写真代理店と協力することにしたが、「主目的はお金ではなかった」という。

 昨年1年間を通じて、パパラッチに追われ続けたトーマスさん。ビールを買っていたり、だらしない格好であったりしたときに撮影された写真が世界中に広がったことが懸念となっていた。特に、まるで大酒飲みであるかのようなイメージが広がったことが気がかりだった。自分ではビールを飲まないというトーマスさんがビールを買ったのは、家を警備する警備員にあげるためだったという。

 娘とヘンリー王子が交際するようになってから、インタビューの申し込みが殺到し、巨額の報酬をオファーされたが、「すべて断ってきた」。

 今回、写真代理店からアプローチを受け、自分のこれまでのイメージを向上させるためにオファーを承諾した。出来上がった写真は「愚かで、大げさに見える」とは思ったが、代理店に言われるがままにしたという。ただ、今となっては「深く後悔している」。

 数日前に心臓発作に苦しみ、入院したが、結婚式に出るために退院したというトーマスさんは、王室や娘に迷惑をかけたくないので、結婚式には出席しない意向を述べた。

 「やらせ」写真の撮影に応じたトーマスさんへの批判が高まる中、メーガンさんの異母姉妹にあたるサマンサ・マークルさんはツイッターで、「父の前向きなイメージを伝えたい」と思い、写真撮影を父に提案したとつぶやいた。「こんな風に利用されるとは思わなかった。お金が目的ではなかった」。

 また、テレビ番組「グッドモーニング・ブリテン」に出演したサマンサさんは、トーマスさんが心臓発作に襲われたのはストレスによるものと発言。「メディアは父のイメージを捻じ曲げた」、父には「事実を正す、道徳的権利がある」と述べた。

 サマンサさんは、トーマスさんが式に出席することを望んでいるという。

 BBCの王室担当記者ジョニー・ダイモンド氏は先の記事の中で、メディアからの強い圧力がかかったトーマスさんは「故意にかあるいは偶然にも」写真代理店の悪徳商法につかまってしまった、と書く。

 王室の一員であることは、メディアの大きな注目の的になることを意味する。「こんな世界にメーガン・マークルさんは入ってゆく」。今回の一連の写真は非常に無礼で、タイミングが最悪の「始まり」となった、と書いた。

マークルさんとの「蜜月状態」は、いつかは終わる

 英ガーディアン紙のコラムニスト、ゾーイ・ウィリアムズ氏は「メーガン・マークルさんの父親に対する、大衆紙の集中取材は、これからやってくる悪用への警告だ」と題するコラムを書いた(5月9日付)。

 英国のパパラッチたちにとって、王室に入る娘を持つ「普通のお父さん」の日常生活はまるで天からの贈り物のような存在だったという。トーマスさんの一挙一動が、ニュースになり得たからだ。トーマスさんの私生活を追いかけるパパラッチたちの「言い訳」は、「何も悪いことをしていないんだったら、撮ってもいいじゃないか」、だった。

 娘のマークルさんと英メディアは今のところ、「蜜月状態」にあるという。この時点で、マークルさんの私生活を暴くような写真、例えばスポーツクラブでトレーニングをする写真を掲載したりはしない。

 しかし、そんな期間は永遠には続かない、とウィリアムズ氏は言う。「メディアはマークルさんのことは、何でも知っている」、「親戚の行動すべてをカメラで撮影している」。5年もしたら、マークルさんが「召使に声を荒げた」、「夫を連れずにクラブに遊びに行き、夜中に帰ってきた」ことなどが報道されるようになるかもしれない。スリムな体形を保っているマークルさんを「友達」が(やせすぎではないかと)「心配している」というコメントが出るかもしれないのだ。

 切っても切れないのが、英王室とメディア報道。トーマスさんは、娘とヘンリー王子についてあらゆることを知りたがる執拗なメディアの最初の犠牲者になったのではないだろうか。

 パパラッチと協力しながら写真撮影をしたこと自体が悪いとは言えないが、一見「作り物」であることが分からない写真だった。このため、トーマスさんの誠実さに疑問符が付いてしまった。

 また、パパラッチとともにトーマスさんがどれほどの報酬を得たのかは不明で、「報酬が主目的ではない」という説明は本音だろうが、「前向きのイメージを出したかった」などの事情を知らない多くの人にとって「お金目当て」に見えたことは失敗だった。

 英国のメディアを観察してきた筆者からすると、過熱取材に慣れていない人物(トーマスさん)の弱みに付け込んだ事件だったように思う。

 筆者はこれまで、女優だったマークルさんとヘンリー王子との結婚話をまぶしいような、華やかな話として捉えてきた。

 しかし、トーマスさんの話には胸が痛んだ。自分の父親が自分のせいでメディアの過熱取材の対象となったことへの罪悪感で一杯になり、自分を責めるだろう娘の気持ちが想像できるように思ったからだ。

 トーマスさんにしてみれば、娘や王室のために「良かれ」と思って計画した写真撮影が裏目に出て、かえって迷惑をかけることになったこと、結婚式に出席しないという苦渋の選択を取らざるを得なくなったことは、悔やんでも悔やみきれない事態に違いない。

 トーマスさんも、マークルさんも、今は断腸の思いだろう。

 (15日時点の補足:この後、娘からの支援のメッセージを受けとったトーマスさんは、「やっぱり出席します」と心変わりをしたという。しかし、心臓手術を受けることになり、現状では行けなくなった模様だ。)


# by polimediauk | 2018-05-15 21:51 | 英国事情

 英国のヘンリー王子とメーガン・マークルさんの結婚まで、いよいよあと数日となった。

 19日の挙式から1週間前の土曜日となる12日、筆者はウィンザー城と周辺の商店街に足を運んでみた。

 ウィンザー城を訪ねるには、ロンドンの中心部から行く場合、まずパディントン駅からグレートウェスタン鉄道でスラウ(Slough)駅まで電車に乗る。スラウから1駅でウィンザー&イートン・セントラル駅へ。このほかに、ウオータールー駅からサウスウェスタン鉄道でウィンザー&イートン・リバーサイド駅に行く方法もある。

 筆者は、前者の方法で行ってみることにした。電車に乗ったのは曇り空の日だったが、午前10時過ぎ、スラウからウィンザー&イートン・セントラル駅までの電車はかなり混んでいた。子供連れの人も多い。筆者のように、「結婚式の前に一目見たい」という人が多いのだろう。

 電車がウィンザー&イートン・セントラル駅に到着し、プラットフォームに降りると、「お知らせ」の掲示板が置かれていた。これによると、19日には数千の規模の人がやってくる見込みで、城内に入るには地元警察による入念なチェックがあるため、時間の余裕をもって来てほしい、ということだった。

プラットフォームにあった「お知らせ」。数千人規模で訪問者がやってくると予想(筆者撮影)
プラットフォームにあった「お知らせ」。数千人規模で訪問者がやってくると予想(筆者撮影)
駅のお土産屋はヘンリー王子とマークルさんのグッズで一杯(筆者撮影)
駅のお土産屋はヘンリー王子とマークルさんのグッズで一杯(筆者撮影)

 駅を出てから、城に向かう人々の後ろについて歩いていった。

 ウィンザー城に入るためのチケットを買うために並ぶ人々の列があり、筆者も並んでみた。こちらの列にいる人は少しずつ前進していたが、道の両端に並び、動かない人々もいた。「?」と思っていたが、しばらくすると歓声が聞こえた。午前11時は衛兵の交代の時間で、道の両側にいた人たちはこれを見ることが目的だったのだ。

午前11時の衛兵交代の儀式を見逃した(筆者撮影)
午前11時の衛兵交代の儀式を見逃した(筆者撮影)

 チケットを買って、空港の検査体制並みに厳しい検査を経て、ようやく城内の探索に向かう。列に並んだ時からここまで来るのに、1時間以上かかってしまった。

チケットを得て中に入ると、すぐに見えてくる光景(筆者撮影)
チケットを得て中に入ると、すぐに見えてくる光景(筆者撮影)
芝生部分は野外パーティー用のテントが準備されていた(筆者撮影)
芝生部分は野外パーティー用のテントが準備されていた(筆者撮影)

 敷地内に入ると、結婚式に向けた準備があちこちで進んでいた。芝生の一部に野外パーティー用のテントができており、テレビ局が放送用の太いケーブルをセッティングしていた。

兵士がここから外敵に銃を放った(筆者撮影)
兵士がここから外敵に銃を放った(筆者撮影)

 ウィンザー城には他の観光地同様に音声で城内の説明を聞くための携帯器具が用意されており、筆者は日本語版を借りたが、これが1人で歩き回るのに非常に都合が良い。スマホ形式になっていて、画面上で聞きたい部分をタッチしながら説明を聞き、ウィンザー城の過去と現在を学ぶことが出来た。

ウィンザー城とは

「ウィンザー城」は、英国ではどんな位置にあるのだろうか。

 英王室の宮殿の中で、最も有名なのはバッキンガム宮殿。これはエリザベス女王の公邸で、原則、月曜から金曜まで女王はここにいる。ウィンザー城は週末を過ごす公邸だ。ロンドンの中心部から西34キロメートルの位置にある。

 元々は、11世紀にウィリアム1世が作った砦だった。それがその後何世紀もの間に石造りの建造物として建設され、時には一部が取り壊されたり、再建されたりして現在に至っている。

 城内は上郭(アッパー・ウォード)、中郭(ミドル・ウォード)、下郭(ロー・ウォード)の3つの部分に分けられる。

 約4万5000平方メートルの床面積を持ち、部屋数は951。公式晩さん会が開催される聖ジョージ・ホールには最大で160人の席を設けることが可能だという。

 一般市民に公開されるようになったのは1840年代、ビクトリア女王の時代だ。19世紀後半までに年間約6万人の見学者が訪れるようになった。1830年代後半にグレートウェスタン鉄道が開通し、ウィンザーはロンドンから日帰りできる距離となったため、1842年からは女王自身もロンドンとウィンザーの行き来に鉄道を利用し始めるようになった。

 ウィンザー城と言えば、1992年の火災を思い出す方もいらっしゃるかもしれない。

 音声によるガイドは、どこが火災の被害に遭ったのかを教えてくれるが、その1つは「ステート・アパートメント」の中にある、「接待の大広間(グランド・レセプション・ルーム)」だ。漆喰の天井が焼け落ち、壁が著しく損傷を受けた。水の被害も受け、シャンデリアも破損した。

 室内には、大きな緑色の壺(「クジャク石の壺」)が置かれている。1839年にロシア皇帝ニコライ1世からビクトリア女王に送られたもので、重さは200キロはあるという。火災時、消火に使った水がお湯となって中を満たし、クジャク石張りの表面の大部分がはげ落ちた。その修復には時間がかかったが、今ではなんの被害もなかったかのような姿になっている。

 室内の金箔は一新され、ピカピカだ。床は寄せ木細工でできており、火災で焦げてしまった。そこでどうしたかというと、焦げた部分の板をひっくり返してはめ込んだという。

聖ジョージ礼拝堂とは

 ヘンリー王子とマークルさんの挙式が行われるのが、聖ジョージ礼拝堂。

 中の撮影は許されていないが、見どころの一つは支柱が床から天井に扇形に延びる内装だ。天井の装飾が良く見えるように、鏡も置かれている。

 ここにはエリザベス女王の祖父母にあたるジョージ5世、メアリー王妃の記念碑があり、両親ジョージ6世とエリザベス皇太后、それに妹のマーガレット王女の遺体もここに収納されている。

 礼拝堂はヘンリー王子が洗礼を受けた場所であり、復活祭(イースター)のミサには王室一家が参加する場所でもある。王子にとっては、新しい家族の一員を迎えるためにもっともふさわしい場所だったに違いない。

聖ジョージ礼拝堂の外観(筆者撮影)
聖ジョージ礼拝堂の外観(筆者撮影)
聖ジョージ礼拝堂のこの入り口から参列者が入る模様(筆者撮影)
聖ジョージ礼拝堂のこの入り口から参列者が入る模様(筆者撮影)
礼拝堂から出てきた時に目に入る光景(筆者撮影)
礼拝堂から出てきた時に目に入る光景(筆者撮影)

 城内の見学を終えて外に出る前にお土産屋に寄ってみると、ヘンリー王子とマークルさんの結婚を祝う様々なお土産のコーナーがあった。

城内のお土産屋にも洗練された記念のお土産が一杯(筆者撮影)
城内のお土産屋にも洗練された記念のお土産が一杯(筆者撮影)

 

 結婚式の当日は開いているのかと聞いてみると、店員は「閉まっている。水曜日から休みになるわ。準備がものすごく、大変だから」という。結婚式の翌日(日曜日)も休みになるという。

 最後に、衛兵の動きを見る機会があった。数歩歩いて「カチリ」と足を合わせて方向を変え、歩く。その後にまた「カチリ」とやって、逆の方向に歩き出す。これを数回繰り返した。最後まで見ていたのは筆者だけだったので、「グッド・ワーク!」と声をかけてみた。チラリとこちらを見てくれた。

衛兵の動きをやっとキャッチ(筆者撮影)
衛兵の動きをやっとキャッチ(筆者撮影)
最後の姿(筆者撮影)
最後の姿(筆者撮影)

街の様子は

 

 ウィンザー城を出て、改めて後ろを振り返る。チケット売り場に続く道には頑丈な防御壁が作られており、不審な人が警備の目を逃れて敷地に入らないような工夫がされていた。

城の外側には頑丈な防御壁が(筆者撮影)
城の外側には頑丈な防御壁が(筆者撮影)

 城の向かい側にある商店街には旗がひらめく。商店街の真向かいにはビクトリア女王の像が立っている。

商店街に向かって立つ、ビクトリア女王の姿(筆者撮影)
商店街に向かって立つ、ビクトリア女王の姿(筆者撮影)
雨降りの中、商店街を訪れる人々(筆者撮影)
雨降りの中、商店街を訪れる人々(筆者撮影)

 商店街のあちこちは、結婚を祝う飾り付けで一杯だった。

商店街の八百屋にヘンリー王子とマークルさん(筆者撮影)
商店街の八百屋にヘンリー王子とマークルさん(筆者撮影)
文房具店の軒先に立つ、あの2人の看板(筆者撮影)
文房具店の軒先に立つ、あの2人の看板(筆者撮影)

当日の予定

 19日はどのような予定で進んでいくのだろうか。

 午前9時半から11時までの間に、挙式の一般参列者が「サウスゲイト」の入り口から聖ジョージ礼拝堂に入る。

 午前11時20分。王室のメンバーが「ガリレー・ポーチ」と呼ばれる、礼拝堂の東の端に集まる。

 午前11時45分。ヘンリー王子と兄のウィリアム王子(ケンブリッジ公爵)が聖ジョージ礼拝堂の「ウェスト・ステップス」(西側階段)に到着する。敷地内に招待された一般市民約1200人とウィンザー城の職員などが並ぶ中を通って、ここまでやってくるかもしれない。

 11時55分。エリザベス女王がガリレー・ポーチにいる他の王室のメンバーに加わる。

 11時59分。マークルさんが花嫁付添人等と共にウェスト・ステップスに車で到着。ここに来るまでに、マークルさんと母親ドリア・ラグランドさんを乗せた車はウィンザーの「ロング・ウォーク」と呼ばれる道を通ってくる見込み。車がお城についた時点で母が車から降り、代わりに花嫁付添人たちが乗る。ラグランドさんはガリレー・ポーチから礼拝堂に入る。同じ頃、マークルさんの父トーマス・マークルさんが礼拝堂に入り、挙式の前に娘の姿を見る機会が設けられる。(補足:15日時点で、父親は出席しない可能性が出てきた。)

 正午。カンタベリー大司教、ウィンザー城の首席司祭、約600人の参列者を入れた挙式の儀式が始まる。メイ首相やコービン労働党党首は招待されていないという。

 この参列者のほかに、「ゲスト」の一般市民とウィンザー城の職員らの合計約2000人が敷地内に入っており、聖ジョージ礼拝堂への2人の出入りを生で見ることが出来る。

 午後1時。儀式が終了。ヘンリー王子とマークルさんがウェスト・ステップに姿を見せる。

 1時5分。2人は、フロントシート部は屋根付きで、リアシート部分だけがオープントップになっている乗用車「アスコット・ランドーレット」に乗り込み、商店街、シート・ストリート、キングス・ロード、アルバート・ロード、ロング・ウォークを通り抜ける。所要時間は25分を想定。

 1時半過ぎ。式の参列者600人はエリザベス女王主催の聖ジョージ・ホールでの祝宴を楽しむ。ヘンリー王子とマークルさんも後、参加。マークルさんはこの時に、スピーチをするとも言われている。

 結婚式のケーキは米カリフォルニア生まれのクレア・プタクさんが作るもので、レモンとエルダーフラワーを使うという。

 花はロンドンで生花店を経営するフィリッパ・クラドックさんが担当。

 公式写真家はヘンリー王子とマークルさんの婚約発表の際の写真を撮った、英国生まれで米国に住むアレクシー・ルボミルスキー氏。

 3時半。ゲストが聖ジョージ・ホールを去る。

 7時。チャールズ皇太子主催の晩さん会がウィンザー城から1-2キロにあるフログモア・ハウスで開催され、ヘンリー王子、マークルさん、先の600人にさらに200人(人気グループ「スパイス・ガールズ」の元メンバーを含む)を加えたゲストが集まる。

 結婚式にかかわる費用は、すべて英王室が負担する。

 ハネムーンがどこになるかは公表されていないが、結婚から1週間後には新たな王室のカップルとして、公式業務を開始するという。

一目見ようと巨額を払う人たちも?

 結婚したばかりの王子とマークルさんに声援を送りたい、その姿を目にしたいと思うのは、誰でも同じだろう。

 5月12日付のデイリー・テレグラフ紙は、「スリー・タンズ」というパブが「ザ・プリンス・ハリー」(ハリーとはヘンリー王子の愛称)と名前を変えるとリポートしている。近隣のホテルの部屋はメディアの間で取り合いとなり、一晩600ポンド(約8万8000円)、あるいは1700ポンド(約25万円)にまで値上げしたという噂話が紹介されている。

 当日、ウィンザーはごった返しそうだ。それでも、生の姿を見たい、興奮を共有したい人はウィンザーに向かうだろう。

 多くの国民は、当日はテレビの生放送を視聴しながらソーシャルメディアで情報を共有しあい、翌日は新聞で大々的に報道される記事を読んだり、カメラマンが競って撮影した写真をじっくりと眺めたり・・・ということになりそうだ。同時に、「マークルさん効果」で、マークルさんが身に着けたウェディングドレスや指輪、結婚式で使われた花、ケーキへの注文も殺到するに違いない。

***

参考

Royal wedding 2018: Prince Harry and Meghan Markle's plans


# by polimediauk | 2018-05-14 17:00 | 英国事情
 英国のデータ分析会社ケンブリッジ・アナリティカ(5月上旬、閉鎖)が、米フェイスブックから約8700万人分の個人情報を不正取得したとの疑惑が大きな波紋を広げている。情報の使途について利用者の十分な同意を得ていなかった点や、こうした情報を基に、有権者の投票行動を誘導する広告を2016年11月の米大統領選で配信した可能性などが問題視されている。

 先月、イタリア・ペルージャで開催された「国際ジャーナリズム祭」(参加スピーカー700人、セッション総数300)に集まった人々の間で、もっとも熱っぽく語られたのが、このフェイスブックと個人情報流出疑惑だった。インターネットの開放性に大いなる希望を見た私たちだが、そんな楽観的な時代は終わりを告げるのだろうか?

 あるセッションに参加していたフランス人デベロパー、ロイチ・ダシャリ氏の見方を共有したい。ダシャリ氏はジャーナリストと内部告発者が安全に情報を交換できる「SecureDrop」のボランティアでもある。

 生まれも育ちもパリのダシャリ氏は、両親の仕事の関係でサウジアラビアやクウェートに住んだことがある。コンピューターを学ぶために、英語を勉強したという。

ダシャリ氏(筆者撮影)
ダシャリ氏(筆者撮影)

ーなぜデベロパーになったのか。

 ダシャリ氏:分からない。若い時から、コンピューターが必要だと思ったのだろう。今はもうすぐ53歳だが、まだプログラムを書いている。画家は50歳になったからといって、描くことをやめない。それと同じようなものだ。

ーフェイスブックやケンブリッジ・アナリティカのことを聞きたかった。「個人情報が流出した!」と大騒ぎになっているけれど、テクノロジーに詳しい人からすると、一連の事態はどう見えるのか。つまり、サイトの利用者の個人データが収集されており、これがビジネスに使われているという現象は、以前から続いていたわけだが。

 これほど大きな事態になって、非常に驚いている。私はフェイスブックをやらないが、これからもやるつもりはない。まさに個人情報が大量に取得され、使われてしまうと思ったからだ。

 非常に興味深いのは、多くの人が今になって、いかにひどいことが行われているかに気付いた点だ。私にとってはこちらの方が驚きだが、非常にいいことだとも思う。

 今回の事件が広く知られることによって、多くの人が個人情報の利用について意識するようになったからだ。いかに人々が公の空間に個人情報を露出し続けてきたのか、どれほどの問題があるかを意識し出した。選挙の行方を左右する為に、個人データが使われたかもしれないのだ、と。

 個人情報が使われて、「自分は操作されたのかもしれない」と言うかもしれないが、「あなた自身が(情報を出すことで)操作してほしいとお願いしたのでしょう」、と指摘することができそうだ。

 フェイブック側は「情報漏れ」はなかったと言っている。「誰もが見ることが出来る空間に置いてあったのだ」から。フェイスブックのサービスは、そういう風に設計されていた。つまり、情報を公にしてもらい、それを活用するというビジネスモデルだ。

ープライバシーについての意見を聞きたい。グーグルが大量の情報を集めている。人々はこの点について懸念を抱くべきだろうか?実際に、2-3の米テック大手が巨大な量の情報を集めているというのは、恐ろしい感じがするが。

 懸念はするべきだが、恐れる必要はない。逃れることは難しくないからだ。

 コンピューターの歴史はそれほど長くない。例えば誰かがこう言う。「グーグルが情報を集めすぎている。私の人生はグーグルによって破壊された」、と。しかし、グーグルが存在しなかった時代のことを考えてみてほしい。それでも、人生はあった。それに、グーグルよりもプライバシー保護に力を入れるサービスに乗り換えることは不可能ではない。

 懸念はするべきだが、恐れることはない。やり方はある。

―あなた自身はフェイスブックをやらない。個人情報を出さない、と。

 そうだ。私は個人情報を出さなければならないサービスはやらないようにしている。

―インターネットの将来についてはどうか。「インターネットは壊れた」という人もいる

 そうは思わない。

 インターネットの特徴の1つは、中央集権化されていないことだ。誰かがすべてをコントロールできない。

 ある場所では国民のほぼ全体がフェイスブックを使っているのかもしれない。でもそれは、インターネットがそうしろと言っているわけではない。利用者がフェイスブックの利用を選択しているだけだ。ネットのせいではない。

 インターネットが壊れているわけではないが、政府や企業はインターネットの重要な部分を壊そうとしている。それは、「ネット中立性」の問題だ。

 例えば、インターネット接続会社が顧客によって通信速度を変える。ある顧客はたくさんのお金を払ったので、接続速度が速くなり、動画をより快適に視聴できる。しかし、通常の料金を払った人はそうはいかない。インターネットがこういうことをしているのではない。企業が通信速度を変えてしまう。

 ある国の政府は他の国との接続ポイントを支配し、接続を遅くする。自国から出てゆくネット情報をすべて監視し、情報の流れを止める政府もある。人々がネットを壊そうとしている。

 TOR(トーア)ブラウザーを使えば、政府による情報封鎖を迂回することができる。(注:トーアとはThe Onion Routerの頭文字を取った言葉で、ネット上での通信経路の特定を困難にすることで匿名通信ができる手法、及びソフトウエアを指す。)

 TORブラウザーを使えば、例えばスカイプでの会話であるかのように見せかけながら、匿名通信が行える。スカイプを使う人はたくさんいるし、誰が本当にスカイプで会話をしているのかを政府当局はつかみにくい。

 しかし、ある国ではTORブラウザーを使っているというだけで、疑惑の対象になる。ブラウザーをダウンロードするだけで、疑惑の対象になってしまう。

 通信の内容を常時監視して、URLアドレスに応じてアクセスを封鎖する方法(「ブロッキング」)も問題だ。例えば、BBCのウェブサイトに行こうとすると、監視者は利用者がBBCのサイトに向かっていること関知して、BBCには到達できないようにする。私が聞いたところでは、トルコではBBCへのアクセスが時々、このようにブロックされるという。TORを使えば、BBCに向かおうとする過程が暗号化される。その技術は日々、進歩している。


 インターネットは揺り動かされているのだと思う。まだ壊れているわけじゃない。

***

参考

安心ネット作り促進協議会

ブロッキングの仕組み


# by polimediauk | 2018-05-09 17:14 | ネット業界

 4月30日、イスラエルのネタニヤフ首相は記者会見を開き、大々的なプレゼンテーションを報道陣の前で行った。

 イランは密かに核兵器開発を推進(BBCニュース)

 BBCニュースなどの報道によれば、ネタニヤフ首相は、イランが過去に核兵器の開発計画を進めていたことを示す「極秘ファイル」とする資料を公開。「イランは核兵器の開発計画はないと虚偽の説明をしていた」と述べた。

 2015年、国連安全保障理事会の常任理事国にドイツを加えた欧米6カ国との合意で、イランは経済制裁解除と引き換えに核開発の制限を受け入れている。これ以来、イランは「核兵器の開発はしていない」と表明してきた。

 イランとの核合意がまとまったのは、トランプ米大統領の前任者となるオバマ氏の時代だ。トランプ氏はこれを破棄する意向を表明しており、今月12日までに決定することになっている。(追記:トランプ大統領は8日、合意破棄を表明した。)

 BBCの記事の中に、米国務省でイラン核合意の交渉に携わったジョン・ヒューズ氏の見方が載っている。「核合意に修正を迫る内容は」ネタニヤフ首相の発表には見つからなかったという。「率直に言って」、合意破棄をめぐるトランプ大統領の決定に影響を及ぼすための「政治的な発言だった」、発表内容の多くは「再利用されたものだった」。

 この記事の英語版にはBBC記者の解説も入っており、「一体どこが新しいのか」と疑問を投げかけている。

 2007年の米国の「ナショナル・インテリジェンス・エスティメト」でも、イランは2003年までは核兵器を開発していたが、その後中止している「可能性が高い」と書かれているという。

 ネタニヤフ首相のプレゼンは、トランプ氏の意向を後押しすることが目的だったと見てよいだろう。

 筆者は、プレゼンの様子をニュースで見ている間に、悲哀を感じた。1956年の「スエズ危機」での、イスラエルの行動をほうふつとさせたからだ。

「スエズ危機」の秘密協定

 スエズ危機は、エジプトのナセル大統領がこの年の7月にスエズ運河会社の国有化を宣言したことがきっかけで始まった。エジプトでは前月に駐留英軍が完全撤退したばかり。

 英国の影響力の維持を望むイーデン英首相は、運河の国際管理を回復するためにエジプトと交渉を続けたが、らちがあかず、フランスやイスラエルと協力してエジプトへの軍事行動を起こす、秘密裏の計画を立てた。

 国際運河の安全保障を口実として、10月29日、イスラエルがエジプトに攻撃を開始。31日、英仏がこれに加わった。最終的には、エジプト国民の抵抗と国際世論の批判(米国はこの計画を知らされていなかった。11月2日、国連は戦闘の停止と攻撃を仕掛けた側の撤退を求める決議を出した)、米国によるポンドへの圧力が英経済の先行きを暗くしたことなどから、11月6日に英仏が、8日にイスラエルが停戦を受諾した。

 12月20日、イーデン首相は下院で、イスラエルがエジプトに先制攻撃をかけることを事前に知っていたかと聞かれ、「知らなかった」と答えている。

 英国にとっては、国際舞台での大きな失点となった事件である。

 筆者には、ネタニヤフ首相のプレゼンの姿と、大国との秘密協定に基づいて先陣としてエジプトに派兵したイスラエルの姿が重なった。

 しかし、大国に様々な気遣いをするのは特定の国だけではない。

米ワシントン・ポストの見方

 米国の政界・外交界の詳細な分析で知られるワシントン・ポスト紙で、アダム・テイラー氏が 「外国の指導者たちがいかにトランプにおべっかを使うか」という記事(5月2日付)を書いている。

 ネタニヤフ首相の会見は「何百万もの人に放送されたが、たった一人の視聴者、つまりトランプ米大統領に向けたものである」。

 記事の中で紹介されたイスラエル人ジャーナリストのバラク・ラビド氏によると、会見で紹介された内容について、ネタニヤフ氏はトランプ氏に2か月前に伝えていたという。記者会見の時期は、核合意についてトランプ氏が決断する5月12日に合わせて決められた。(追記:トランプ大統領は8日、合意破棄を表明した。)

 しかし、「米国の政界トップに影響を及ぼそうとする指導者はネタニヤフ氏だけではない」。韓国の文在寅大統領もそうだ、という。

 欧州の指導者の中ではマクロン仏大統領が、男同士の恋愛感情を感じさせるほどのべたべたぶりの外交を行ったばかりだ。しかし、マクロン氏はトランプ大統領の考えを変えさせるところまではいかなかった、とテイラー氏は言う。日本の安倍首相もトランプ氏と「ゴルフを2度もしたのに」、「韓国・北朝鮮問題や貿易問題で冷たくあしらわれた」。

 サウジアラビアやアラブ首長国連合のそれぞれの指導者はトランプ氏を称賛するけれども、その扱いにはてこずっているという。


 トランプ氏のお気に入りになろうとする現象が生じる原因の1つは、「トランプ大統領が移り気であること」、そして、「トランプ氏は最後に会った人の意見に左右されやすい」点もこれに拍車をかける。最も機転が利くのはネタニヤフ首相かもしれない、という。



# by polimediauk | 2018-05-08 18:38 | 政治とメディア

「地球温暖化」とは何か。

 非営利組織「気候ネットワーク」によれば、「自然の変動によるものでなく、人類の活動によって、地表付近の平均気温が上昇している状況」のことを指す。「熱波や洪水、干ばつ、そしてハリケーン」など、「気候変動による災害が頻発」している。私たちが住む生態圏全体や社会に重大な影響をもたらしかねない。

 しかし、私たちは「地球温暖化」という言葉が入った報道を十分に真剣に受け止めているだろうか?「なんだか、ピンとこない」という人も多いのではないか。

 もし深刻な影響をもたらすかもしれない現象を多くの人がぼんやりと意識するだけだったら、一体、地球はどうなってしまうのだろう?

 4月11日から15日まで、イタリア・ペルージャで開催された「国際ジャーナリズム祭」(参加スピーカー700人、セッション総数300)の中に、科学者とジャーナリストが地球温暖化について人々の関心を高めるためにできることを議論するセッションがあった。

 「できることはあるぞ」と筆者が感じたセッションの議論の流れの一部を紹介したい。

夜中に目覚めるほど心配することは何か?

パネリストたち(左からミキュート氏、ライリー氏、ジャー氏、ラスブリジャー氏、グレイ氏)
パネリストたち(左からミキュート氏、ライリー氏、ジャー氏、ラスブリジャー氏、グレイ氏)

 

 冒頭、紹介役として話したのはシンクタンク「欧州森林インスティテュート」の椿梨奈氏。「科学とジャーナリズムには共通点がある。事実を集め、証拠を確保し、信頼性のある結果にたどり着くことだ」、「この場が科学とジャーナリズムを地球温暖化防止のために結び付ける機会であってほしい」。

 パネリストたちへの最初の問いは「地球温暖化について、夜中に目覚めるほど心配することは何か?」だった(司会はエリザベッタ・トレイ氏)。

 ジョン・ライリー氏(米マサチューセッツ大学ジョイント・プログラムの副ディレクター):米国の話になるが、「事実は意味がない」という風潮があることが気にかかる。これは事実を基にする科学はどうでもいい、ということにもつながる。

 米社会では一種の「トライブ(部族)」ができている。例えば、フェイクニュースを真実だと思って信じている。地球温暖化を信じないというトライブに属する人に地球温暖化の深刻な影響を伝えようとしても、「そんなことはあり得ない」と否定してしまう。もし「深刻な影響がある」と考えてしまったら、自分たちの「信じない」というイデオロギーを脅かすことになるからだ。

 地球温暖化問題は特にこのトライブ化が発生しやすい。あまりにもグローバルな動きで、問題が大きすぎるので「自分にはどうにもできない」と無力感を持ってしまう。

 科学者はこういった人々の感情に訴えかけるような、自分の問題として受け止めてもらえるようなやり方をする必要がある。地域社会のレベルで何が問題かが分かるように。これは科学者にとっては、挑戦だ。事実を集めて、客観的に物事を見る癖がついているからだ。

 どうやったら、一般市民に「大変なことが起きている」と分かってもらえるのか。これが最大の懸念事だ。

 アラン・ラスブリジャー氏(元英ガーディアン編集長、現在はオックスフォード大学のレディー・マーガレット・ホール学長):地球温暖化は最大に深刻な、世界的な問題だと認識している。しかし、ジャーナリズムはこの問題の報道に失敗したのだと思う。

 次世代にも影響が及ぶ問題なのに、新聞の1面に毎日載るわけではないし、テレビのニュースで刻々と報道されるわけでもない。

 なぜかと言うと、英国の例で言えば、イデオロギーの問題もあるのかもしれない。英国の新聞のほとんどは温暖化を否定する傾向にある。

 ジャーナリズムの収入の仕組みも関係するかもしれない。どこの編集長もいかに数字で結果を出すかで頭がいっぱいだ。昨日起きたことについてはたくさん書くけれども、20年後にどうなるという話は数字が取れないので、出さない。あることが起きても「温暖化のせいなのかどうか、わからない」、とジャーナリストも市民も考えているのかもしれない。

 しかし、こういう時こそ、ジャーナリズムの出番のはずだ。市民が関心を持っていないトピックでも、これを取り上げて書く、関心を持ってもらうように書くことが。

 

 ジョナサン・グレイ氏(キングス・カレッジ・ロンドン):地球温暖化は複雑で幾層にも広がる現象だ。これを取り上げた記事が何を社会にもたらすのかまで、踏み込んで書くべきだ。

 アロク・ジャー氏(医学研究支援等を目的とする英公益信託団「ウェルカム・トラスト」のパブリック・エンゲージメント・フェロー):確かに、地球温暖化は複雑な現象で、ジャーナリズムのように白黒をはっきりさせて単純化した結論を下せるものではない。ただ、こうした現象を取り上げる際には、ジャーナリズムも科学の方も新しいやり方を考えるべきではないかと思っている。

 例えば、ジャーナリストは複雑なテーマについてもっと時間を費やしてもいいのではないか。AIもそうだが、複雑な問題を理解する時間を取るべきだと思う。

 ビクトリア・ミッキュト氏(「コントラストVR」の記者):4-5分のバーチャル・リアリティの動画を作っている。地球温暖化でいかに生活が変わったか、実際に影響を受けた人の例を動画にしている。自分の問題として考えられるよう、影響を受けた地域に住む人のところに行って、話を聞く。動画を作ってからは上司や同僚に見てもらうが、「ここが分からない」、「もっと説明して」と言われながら、編集している。

関心を持ってもらうにはどうするか?

 地球温暖化についての関心が低い状態をどう変えるのか?

 ラスブリジャー氏:前にある人に言われたのだが、地球温暖化問題を書くのは専門記者、つまり環境ジャーナリストのみにしてはいけない、と。記者全員を地球温暖化について書く人として、安全保障、移民、食料、スポーツ、政治、経済にからめて地球温暖化について書くようにする。

 新聞社全社で地球温暖化防止のためのキャンペーンを開始する、という手もある。グローバルな環境問題は「大きすぎる話」、「こちらでは何もできない」、「難しすぎる」と読者に思わせるのではなく、「職場で、あるいはプライベートな場で何ができるか」を提示する。報道の仕方は関心を引くようにドラマチックにする。

 グレイ氏:興味を持ってもらうやり方は、色々あると思う。例えば、欧州レベルのリサーチプロジェクトで、「クライマップス」がある。地球温暖化防止のためのさまざま見方をデジタル技術を使って提供している。

「クライマップス」のウェブサイト
「クライマップス」のウェブサイト

 

 それから、例えば科学が事実を積み上げるまでにどれほどの労力をかけているのかを記事化するのはどうだろうか。でっち上げではないことが分かれば、科学についての疑念も減少するだろう。

 ジャー氏:ジャーナリズムが考え方を変えることも一案だ。まず、最初に「市民の声から出発するにはどうするか」、「市民に力をつけるためにはどうするか」を考えて欲しい。これまで、編集室で何を書くかを決めるのがスタート地点になっていた。これを逆にする。

 例えば、米国のあるメディアはコーヒーショップやタクシー乗り場、色々な場所に記者を放った。そこで医療サービスについての人々の懸念やどんなことを考えているかを聞いて回った。そこからヒントを得て、医療ケアについての記事を作っていった。地球温暖化についても、同様にできる。人々の懸念は何なのか。それから何を書くかを決める。この過程を透明化して、読み手の信頼を取り戻してゆく。

 今、人は専門家の言うことを信じなくなっていると聞く。「事実」と言われていることに、疑念の目が注がれている。だからこそ、どうやって「事実」を積み上げて、ある記事ができてゆくのかをオープンにすればいいのだと思う。今まで通りにジャーナリズムをやっているのではなく。

***

 

 感想:「情報を受け取る人を巻き込んで、報道を作る」、「自分の問題として受け止めてもらうために、実際に温暖化の影響が出ているところに行って、現地の人の懸念に応える形にする」、これによって「信頼感を取り戻す」、温暖化をも含めた複雑な問題に対し市民が「どう立ち向かえるのか、何ができるのかを具体的に提示する」などの提案が心に残った。

***

 参加者の英語名は以下:

 

パネリスト

John Reilly

Alan Rusbridger

Jonathan Gray

Alok Jha

Viktorija Mickute

進行役

Elisabetta Tola(Formicabluの創業者)

Rina Tsubaki


# by polimediauk | 2018-05-06 20:20 | 欧州のメディア

(「英国ニュースダイジェスト」の筆者コラム「英国メディアを読み解く」に補足しました。)

 日本では、大学学費の無料化に向けて文部科学省の有識者会議が検討を続けています。住民税非課税世帯(年収250万円未満)の高校生らが大学などに進学する際に、国立大は授業料を免除し、私立大などは授業料の一定額を支給することを目指しているそうです。

 これまでに、様々な論点が出ています。

お金の心配なく学べる社会に

大学の授業料無償化に条件 学問への干渉にならぬか

 英国の中でも人口の大部分を占めるイングランド地方では、かつて大学の授業料は無料でした。でも、進学率が上がっていく中、国民全員から集めた税金で学費を賄うのが段々苦しくなってきました。そこで授業料を導入したのですが、学生の間では無料に戻そうという運動が発生しています。

 イングランド地方の大学の授業料問題は政治問題化しています。

 昨年6月の総選挙で、野党・労働党が上限額が年間9000ポンド(約139万円)となっていた大学の授業料を「撤廃する」と掲げたことがきっかけの1つです。これが若者層に強くアピールし、労働党の得票に大きく貢献したと言われています。ただし、選挙後の7月、コービン労働党党首はBBCの取材に対し、学生が抱える負債を「減らすよう努力する」と言ったが「授業料を全廃するとは言っていない」と述べているのですが。

 イングランド地方では大学の授業料を一旦、国が負担し、卒業してから所得に応じて返済する「出世払い」が導入されています。英国の大学(その大多数が国公立)の授業料体制と問題点に注目してみましょう。

地方によって異なる、大学の学費制度

 

 まず、英国では地方によって授業料の上限の金額が異なります。

 イングランド地方の大学では、昨年秋の新学期(日本では新学期は4月ですが、英国では9月からになります)から学費の上限が年間9250ポンドになりました。スコットランド地方では上限が1820ポンドですが、自治政府が授業料を肩代わりする形で、スコットランドの学生及び欧州連合(EU)出身者は無料で勉強できます。

 北アイルランド地方の上限は4030ポンド、ウェールズ地方では9000ポンドです。ただし、それぞれの地方以外の出身者は上限が9250ポンドになります(ウェールズのみ、9000ポンド)。

 以下、イングランド地方の大学の授業料を中心にこれまでの経過を見ていきましょう。

 元々、大学授業料は1997年まで無料でした。全額を税金でカバーしていたのです。でも、大学進学率が上昇し(現在約40%)、大学側も最高の設備と教授陣をそろえるため、授業料値上げを望むようになりました。そこで、まずは上限1000ポンドまでが課されることになったわけですが、これでは十分ではありませんでした。2006年に上限3000ポンドに引き上げられ、12年には9000ポンドに。そして、インフレ率の上昇を反映して、昨年秋からは9250ポンドにまで上がってしまったというわけです。

 学生は、入学時にこの金額を払うわけではありません。在学中は払わず、卒業後に「授業料ローン」と「生活費援助ローン」を返済する仕組みとなっているからです。いわゆる「出世払い」です。

 日本でも、自民党原案では卒業後に所得に応じて一定割合を徴収する出世払い制度を想定しているということです。

 英国に話を戻しますと、出身家庭の貧富の差にかかわらず高等教育の場で学ぶ道を確保するための仕組みとして考案されたのが、この出世払いです。しかし卒業後に大きな負債を抱え込むことになり、学生にとっては気が重い体制になりました。

 ローンの金利は現在6.1%で、シンクタンクの財政問題研究所(IFS)の試算によりますと、3年間の学部課程(注:英国では学部課程は4年ではなく3年)を終えた学生は5万800万ポンド(約765万円)の負債を抱えることになるそうです。卒業生がローンの返済を開始するのは年収が2万1000ポンド(約316万円)を超えた時点で、所得から一定額が差し引かれてゆきます。30年間支払うと、残金がいくら残っていても支払いは不要となります。

 卒業した時点で約765万円の負債があるのは、つらいですよね。いくら返すのは後で良いと言っても・・・。それにやっと300万円を超える年収に達したかと思うと、今度は返済が始まるのですから、たまりません。

 1980年で大学入学者は6万8000人いましたが、昨年秋では50万人以上に増えました(ちなみに、英国の人口は日本の約半分です)。これからも大学進学率は上昇する見込みで、インフレ率とともに授業料は上がるため、卒業後の負担が学生の肩に重くのしかかってゆきます。IFSの試算によれば、学生の75%がローンの全額を返済せずに終わるそうです。

 仮に授業料を撤廃したとすれば、その分は税金で賄うことになりますが、大学に進学せず低所得の職に就いている人が、自分よりも高い報酬が得られる職に就くことが確実な大学生の授業料を負担する体制は、社会の公正さという面から見て、どうでしょうか。大学に行かずに低賃金で働いてきた人は、「自分にとって恩恵がない」、「何故低賃金の自分が、大学卒業後に高賃金の職に就ける他の人のためにお金を出さなければならないのか」と不満に思うかもしれません。

 学費撤廃後に税金で負担する金額は最大で110億ポンドにも上ると言われています。授業料をどのように誰が負担するべきなのか、2020年に予定される次期総選挙に向けて大きなテーマの1つになっています。

 さて、日本はどうなるでしょう?


# by polimediauk | 2018-05-03 15:13 | 英国事情

 英ウィリアム王子(王位継承順位2位)の妻キャサリン妃が、23日、第3子(王子)を出産した。

 その後、王子の名前は「ルイ・アーサー・チャールズ」とする発表があった。称号は「プリンス・ルイ・オブ・ケンブリッジ」となり、これからは「ルイ王子」と呼ばれるようだ。

 出産翌日の英国の新聞は、ウィリアム王子と赤ちゃんを抱くキャサリン妃を様々な角度から撮影した写真を大きく扱った。

 国民的慶事ではあるのだけれども、若干の疑問を感じた人もいたかもしれない。筆者もそんな1人だ。

 出産から退院までの速さに、まず驚いてしまった。何しろ、出産は23日の午前11時。同じ日の午後6時ごろ、白いレースの襟が付いた赤いワンピースを着たキャサリン妃は報道陣の前に姿を見せ、カメラのフラッシュや声援に対応した後、病院から自宅へと向かった。病院に入ったのはこの日の朝8時過ぎだったので、10時間ほどですべてを済ませて帰宅したことになる。

スピード退院が可能になったわけは

 この「スピード退院」については、いくつかのメディアが取り上げており、日本語では「Elle Online」がこれが可能になった理由を書いている。

 

 記録更新!? キャサリン妃が産後7時間でスピード退院したワケ

 これによると、最初の出産では産後26時間で、第2子では産後10時間で退院していたという。今回の産後7時間は、それを上回る。

 その理由として、(1)英国では「無痛分娩&日帰り出産が主流」であること、(2)マスコミ対策と他の母子たちへの配慮、(3)退院後も24時間体制のメディカルサポートがあることを挙げている。

 しかし、それにしても、なぜこれほどまでに急がなければならないのか。

 筆者は子供を産んだ経験がないので想像になるけれども、普通に考えて、出産は女性の身体にいくばくかでも負担になるだろう。その直後に、ヘアをセットしてもらい、完璧なメークをしてもらい、世界中からやってきた報道陣のカメラの前に立って「にっこり」する・・・これはまるで仕事である。

 当日は「少し1人でゆっくりしたい」、「夫や子供たち、新しい子供とプライベートな時間に浸りたい」とは思わないのだろうか。

 例えば、出産日は病院でゆっくり休んで、病室内で子供と一緒に撮影した写真を公にするだけにし、自分達は後で病院の裏からそっと帰宅する、という形でも国民の期待には十分応えられるはずである。

 私たち(メディアと国民)はキャサリン妃に対して、過度の献身ぶりやサービスを期待しすぎているのではなかろうか。キャサリン妃が(想像上の)「過度の期待」に「過度に応えている」ことはないのだろうか?

 英王室はこれまで、世界中のタブロイド紙、ゴシップ雑誌、パパラッチから追いかけられてきたが(その典型がウィリアム王子やヘンリー王子の母親である故・ダイアナ妃)、過度にメディアや国民の期待に応えようとすれば、「何もかも知りたい」、「何もかも知る権利がある」という気持ちに火をつけることにつながるのではないか、という問いかけである。

 また、出産経験のある女性、あるいはこれから出産をする女性に「ここまで完璧にしなければ」というプレッシャーを与えることにつながらないだろうか。

子供を持つ母親からすると

 そんなことを考えていたら、米ワシントン・ポスト紙の女性コラムニストが、キャサリン妃の病院前の姿に対する違和感について書いていることを知った。

「そう、ケイトは出産後完璧に見えた。いいえ、これは普通ではない」

 Yes, Duchess Kate looked flawless after giving birth. No, this isn’t normal.

 書き手のエイミー・ジョイス氏は、キャサリン妃のスピーディーな退院、カメラの前に出た姿の完璧さに驚き、何故キャサリン妃がこんなことができたのかを説明した後で、出産のあるべき姿について議論が起きるだろうと予測している。

 いずれにしろ、それぞれの母親が自分の子供にとって何が最善かを決めるしかない、と書きながらも、キャサリン妃の例を見て、「居心地が悪い比較をしてしまう」母親がいることも事実だと指摘する。

 例えば、米国人サマンサ・シャンリーさんはドイツの病院で2008年冬に赤ん坊を出産した。出産の翌日に帰宅することにしたシャンリーさんの場合、子供を抱きかかえた当時の夫と共に、トラムの駅までかなりの距離を歩かなければならなかった。「吐きそうだったわ。それでも(トラムに乗った後に)最寄りの駅で降りて」、それからまた自宅までかなり歩いた。「公園のベンチで休み休み、歩いたわ」。

 シャンリーさんがジョイス氏に語ったところによると、シャンリーさんの母親は1970年代のウーマンリブの世代に育ったので、女性は何でも完璧にできると考えるような出産を続けた。しかしこれは、「普通ではない基準に合わせようと、自分を駆り立てることを意味していた」。

 冬の日、産後にかなりの距離を歩いたために、シャンリーさんは風邪を引き、乳腺炎にかかり、完璧にはできないことへの罪悪感を持ったという。「理想に合わせようとしていたのだと思う」。キャサリン妃は「帰宅後に、家の中のすべての面倒を見る必要はないわよね」。

 ジョイス氏によれば、多くの母親にとって、キャサリン妃の病院前での笑顔は「出産を理想化する文化を示す、1つの例だった」。

 「出産後の憂うつや、そんな状態からいかに立ち直るかなんて、誰も話したがらない」(シャンリーさん)。「自分は失敗したんだという気持ちがつきまとう。赤ん坊と過ごす優しい時間を写す写真をネット上にたくさんの人が出している・・・出産がどれだけ女性の身体に変化を与えるかについてはほとんど無視しているみたい」。

 ジョイス氏自身は、キャサリン妃の映像を見ていて、「彼女は私たちの大部分とは全く違う生活をしているのだと改めて感じた」という。

 母親たちは「みんな、頑張っている。出産はとても困難なものだし、外からどんな風に見えるかは別として、完璧なおとぎ話ではないのは確か」と締めくくった。


# by polimediauk | 2018-05-01 17:37 | 欧州のメディア