小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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以下のインタビューは、週刊誌「東洋経済」11月23日号特集「NHKの正体ー膨張する公共放送を総点検」に掲載された、筆者執筆記事(「実は政府の影響を排除しきれていない 本当にNHKのお手本になる? BBCの意外な実態とこれから」)のために行われたものです。

***

 「NHKは、大丈夫なのか?」

 そんな声をあちこちで聞くようになった。筆者は英国に住んでいるので、日本で放送されているNHKの番組をじっくり視聴する機会がない。一時帰国中も十分にニュース報道を比較することがないので、NHKのジャーナリズムが今どうなっているかを判断しにくい。

 しかし、日本に住む知人・友人からよく「NHKの報道が政府寄りになっている」という感想をもらうようになった。

 一方、NHKから国民を守る党(略称「N国党」)が支持を拡大させ、国会で議席を獲得するまでになった。その編集体制に疑問が呈される事件も次々と発生し、最近、テレビ番組を放送と同時にインターネットでも配信する「常時同時配信」について、NHKは実施基準の見直しを高市総務相に求められた。

 NHKに逆風が吹いているのを感じている。

 翻って、英国の公共放送BBCはどうなのか?

 筆者は、「なぜ英国でN国党のような政党が(まだ)ないのか」をテーマに放送を専門に研究する学者数人に話を聞いてみた。

 3回にわたって、紹介してみたい。

 第1回目は、英国で放送業行政の研究者としては第一人者となる、ウェストミンスター大学のスティーブン・バーネット教授の話である。

BBCの民営化を主張する人もいる

バーネット教授(ウェストミンスター大学のウェブサイトから)
バーネット教授(ウェストミンスター大学のウェブサイトから)

ー英国で、BBCに対して批判が高まり、N国党のような政治勢力の勃興に繋がったという事例はあるのでしょうか。

バーネット教授:反BBCの運動は、これまでにもありました。BBCの報道が「左寄りすぎる」ということでBBCを嫌っている人たちによるものです。BBCが「バランスの取れた報道をするよう」批判しているのだと説明するわけです。右派勢力の人がよくそう言います。「BBCは民営化されるべき」、と主張する場合もあります。

ーNHKは、リベラル系の人からも批判されているようです。NHKのニュース報道が政府の広報のようになっているという人もいます。権力に十分に批判的ではない、と。日本のテレビ界では民放の力が強いですし、多くの新聞社は放送局や出版社などの他のメディア企業を系列化しています。NHKに対するプレッシャーは大きく、自ら放送受信料を減少させているほどです。

 民業を圧迫してはいけないというプレッシャーがかかる、ということでしょうか。

 日本の放送受信料はいくらになりますか。

ー衛星放送を含むと年間2万円ぐらいですので、BBCのテレビライセンス料(NHKの受信料にあたる)と同じぐらいですね。NHKの報道は政府寄りになっていると言われており、政府にとって都合が悪い、いわゆる森友学園問題などを追求した記者が退職する事例もありました。

 政府寄りになっているかもしれないという指摘は、大変興味深いです。

ー英国では、どうなっているのでしょうか。

 英国では、「公共サービス放送」の強い伝統があります(筆者注:BBCと主要民放・商業放送の数局がこのカテゴリーに入る。報道番組は不偏不党にするなど、様々な規制がかかる)。

 この公共サービス放送も、かなりのプレッシャーを受けていますよ。

 特に、英国の欧州連合(EU)からの離脱(=「ブレグジット」)問題がそうです。残留するか、離脱するかで、国民の意見が二分されました。公共サービス放送として、これをどう報道するのが正しいのか。

 日本で、NHKに対する「民業を圧迫するな」というプレッシャーがあるというなら、ここでもそれはありますよ。特に、BBCオンラインのニュースが批判されています。新聞界が特に批判的です。無料でニュースを出すBBCがいるので、自分たちはニュースサイトで利益を出せない、と言います。BBCはラジオ放送も存在感が大きいですし、BBCのテレビ、ラジオ、オンラインが民放・新聞界からの批判対象になっています。

N国党はまだないが

ーでも、BBCを壊そうとする政党ができているわけではないですよね?

 BBC打倒だけを目的とする、シングル・イシューの政党は、確かに存在していません。

 ただ、(小さな政府を目指す)保守党(現在の与党)は最もBBCに対して批判的な政党と言って良いでしょう。

 特にここ数年の動きを見ていると、そう思います。ライセンス料の金額が減らされたわけではありませんが、保守党政権はライセンス料を使ってBBCに追加の事業をさせようとしています。その中でも、もっともBBCにとってつらかったのは、75歳以上の人が住む家庭のライセンス料を負担するようにされたことです(注:この金額は、これまで政府が税金によって負担していた)。

ーひどいですね。

 その負担額は年間7億5000万ポンド(約1千億円)にもなります。ですので、(国民から意見を募って、その結果)低所得の年金生活者の家庭の分のみ、負担することにしましたね。

 このように、政府はBBCの運営を苦しくさせたり、その収入を事実上減少させたりするというわけです。それでも、表向きには、「保守党としてはBBCの存在価値を認めている」、と言いますね。

ー保守党議員で、以前にBBCを含む放送業の所轄省庁となる文化・メディア・スポーツ省(現在のデジタル・文化・メディア・スポーツ省)の大臣がずいぶんBBCに厳しい態度を取っていたことを記憶しています。ジョン・ウィッティングデール議員でしたね。一体どんな背景があって、BBCに厳しかったのかと不思議でした。

 確かに彼は厳しかったですね。BBCは彼が大臣だった時に厳しい時を迎えました。あの議員はいつもBBCに対して批判的だったんです。BBCの小規模化を志向していました。

ーなぜ、そう思ったのでしょうか。

 2つ、理由があると思います。1つはイデオロギーです。彼は保守党の右派になります。したがって、自由な市場が全ての答えになると考えています。公的助成や国家の干渉をなるべく少なくした方が良い、と考える人です。このため、BBCが潤沢な資金を持つことを歓迎しません。

 もう1つは、彼はいつも新聞界と近い位置を保ってきました。新聞王と言われるルパート・マードック氏が率いるマードック・プレス(タイムズ、サンデータイムズ、サン紙など)と常に近い関係を持ってきたのです。

 英国では、全国紙は非常に強い力を持っています。商業プレスが非常に強いロビー団体にもなっています。ですので、ウィッティングデール議員は新聞界のお気に入りになろうとしたのです。

ライセンス料を払うことに価値を見いだす英国民

ーそれでも、現在のところ、日本のN国党に相当するような、BBCを倒すことを目的とする政党は英国にはありませんね。これはつまり、国民がBBCの存在目的を認めている、ということを意味するのでしょうか?

 確かに、そうです。もし誰かが、BBC を攻撃することを唯一の目的としてシングル・イシューの政党を立ち上げたとしても、あまり支持は得られないでしょう。というのも、この国の多くの人にとって、BBCはとても人気がある組織だからです。

 複数の調査によると、中にはライセンス料を払いたがらない人もいますが、大部分の人はライセンス料は払う価値があると考えています。お金に見合うだけの質があり、多様性がある番組を放送している、と。

 BBCには公的価値があると見られています。公共サービスの一つである、ということが認識されていますし、多くの国民が公共サービスの価値を重視しています。

 ですので、そんなBBCを破壊することを目的とする政党は、それほど人々の支持を集められないと思うのです。

ーこの「公への奉仕(サービス)」という考え方をもう少し、説明していただけませんか

 社会の他の人のためにサービスを提供する組織の存在に信頼を置いている、ということです。

 例えば、BBCにはラジオ3という放送局がありますね。クラシック音楽を流す放送局ですが、リスナーは限られた人々です。でも、多くの人が、BBCがこうしたサービスを提供するべき、と考えています。

 アジア系音楽を専門に流す、BBCのラジオ局もあります。アジアに関係がない人、そんな音楽を聞かない人もいるのですが、それでも、BBCの業務の一つとして存在することを、人々は支持しています。

 自分には関係なくても、他の人が利用するサービスを支援するという考え方なのですね。

ーそういう考え方はどこから生まれたのでしょう?

 さて、どう説明したらいいでしょう・・・集団主義的考え方と言えるでしょうか。社会民主的なアプローチです。集団のために何かを行う、ということ。欧州的かもしれません。

 2016年、EUを離脱するか残留するかの国民投票がありました。

 離脱に反対した理由の1つは、英国の価値観が欧州の価値観に根ざしたものだと残留派市民が考えたからではないかと思うのです。市場や個人主義に大きな価値を置く米国とは異なるのだ、と。米国では、自分のためにお金を出し、欲しいものを得る、と。欧州のように集団のためにお金を払う、という価値観ではない、と。

 英国にはこの集団のための善行という考え方があると思います。あなたの質問は、非常に面白いですね。

ー欧州諸国では、公共サービス放送の強い伝統がありますよね。

 確かに、そうです。

「10年後も、BBCに対する英国民の見方は変わらないだろう」

ーBBCはこれからどうなると思いますか?今後10年、あるいは20年で、人々のBBCに対する見方は変わるでしょうか。

 私は、変わるとは思っていません。

 BBCに対して、敵意が募っている、あるいは反感が高まっている感じがしないからです。

 ブレグジットをめぐる報道では、確かにBBCに対する不満感はありますが。

 BBCが、離脱を推進したい政府の意見に追従しがちなのではないか、という批判があります。心配ではありますが、だからと言って、BBCに対する反感が強まっているとは思いません。

 英国に住む人は、ライセンス料は払う価値があると思っています。

 もしBBCに危機が訪れるとすれば、ネットフリックス、アップル、アマゾンなどによる有料ストリーミングサービスの人気ではないでしょうか。

 でも、こうしたストリーミングサービスが何を提供しているか(注:ドラマ、ドキュメンタリー、エンタテインメントなど)を見ると、もしこうしたサービスだけになってしまったら、集団の善のために何かをやることや、社会を構成する人全員に同じサービスを提供すると言ったことが、崩れてくると思います。

ーBBCは心配しているようですよね。ネットフリックスなどに自分たちが呑みこまれてしまうのではないか、と。

 確かにそのようですが、でも、私は過去40年ほど、BBCをウオッチングしていますが、BBCはいつも何かを心配しているんです!

 BBCが「心配している」という時、実は将来に歩を進めようとしていることを意味します。これから大きな変化が生じてくるので、BBCとしてはどうしたらいいのかを考えているのだ、と。ストリーミングサービスがさらに人気になった時、BBCとしてはどのような存在であるべきか。いかに、人々の生活に欠かせない存在であり続けるか。

 これまで、創業から約100年の間、BBCは常に人々の日常生活において、欠かせない存在となってきました。ニュース、ドラマ、子供向け番組、スポーツ番組などを提供してきたのです。これまでは、成功してきたわけですが。

ー言論空間について、お伺いしたいのですが、近年、政治的な議論において中道の行き場がなくなってきたと言われています。懸念をしていらっしゃいますか。BBCはニュース報道において、不偏不党が義務ですよね。すると、ブレグジットのような話題では、どちらも満足させることができなくなります。両方から批判が来る・・・。

 懸念はしています。

 ブレグジットは特別な現象です。こんな状況は今までに見たことがありません。国が離脱派と残留派の2つに大きく割れていますよね。

 BBCは妥協点を見つけるのがうまいんです。どこかに落とし所を見つけます。でも、今回は難しい。国民は、2つの方向にますます離れていってしまいました。

 BBCとしては、報道が非常に難しくなりました。離脱派からも残留派からも批判されます。特に、政府に近すぎるとさえ言われました。BBCとしては、全ての側の見方を紹介しようとしてきました。でも、非常に難しい。まだブレグジットは終わっていませんが、将来的に全てが終わった時、何らかの形での修復が必要かもしれません。

ライセンス料制度は続くのか?

ーこれからも、ライセンス制度は続くでしょうか。今のところ、今後5年先までは維持することになっていますが、その後のことは決まっていませんよね。

 数年先までしか決まっていないというのは、普通です。いつもそうでしたから。

 BBCの存立を規定する「王立憲章」ですが、これの有効期間は今回は11年間です。10年後にはBBCはないだろうという人もいましたが、今は少なくとも2026年度までは存在することになります。5年後にライセンス制度の見直しをする、というのは合理的だと思いますよ。

 私の予想では、結論を先延ばしにするだろうと思います。そしてまた「5年後に見直す」となるのではないでしょうか。

ーBBCについて、心配していることはありますか?

 資金繰りですね。緊縮財政を敷いてきた政府が、(ライセンス料の値上げ凍結という形で)BBCの収入を事実上削減したことで、大きな損害が発生したと思います。もっと資金を投入するべき分野があると思いますし、その一例はニュース報道だと思います。

 フェイクニュースの蔓延も懸念しています。BBCがこれにどう対応するか。

ーネットフリックスやアマゾンなど、有料購読制による動画視聴サービスの影響はどうでしょう?特に、若者層はテレビではなく、ネットでコンテンツを消費する傾向が高いので。

 負の影響が出ることもあり得ますが、この市場は動きが大きい市場ではないかと思っています。ディズニーも参戦しましたし、アップルもあります。複数のサービスが有料動画市場で戦っているわけです。みんなが視聴者からお金を取りたがっていますが、負債を抱えながらの経営ですから、それほど大きな利益を得ることができないのではないでしょうか。赤字の場合もあるでしょう。

 いつか、自然淘汰が起きるでしょう。そのうち、購読料を上げざるを得なくなります。

 公共サービスとしての放送業には安定性があります。質の高い番組を作っていく限り、市場のどこかにひっそりとでも生息し続けるのではないでしょうか。

ーそれでは、BBCの将来がどうなるかと案じて、眠れない夜を過ごす必要はないわけですね?

 まだそうする必要は、ないでしょう。


# by polimediauk | 2019-12-28 15:07 | 放送業界

1「メディア展望」(新聞通信調査会発行)11月号に筆者が寄稿した「欧州情報」の記事に補足しました。

***

報道の自由調査団の会見(IPIウェブサイトから)
報道の自由調査団の会見(IPIウェブサイトから)

 

 ここ数年、東欧諸国で言論の自由の危機を指摘する声が目につく。

 6月には、報道の自由を擁護する国際的組織の代表者らが西バルカン地域にあるアルバニア共和国(人口約286万人、首都ティラナ)を訪れ、同国の報道の自由の状況について聞き取り調査を行っている。アルバニアは欧州連合(EU)への加盟を望んでおり、調査団の判断が加盟交渉の行方に一定の影響を与えることが期待された。

 以前に紹介した、チェコやハンガリーの言論状況(2019年1月号6月号「欧州情報」)に続くものとして、本稿ではアルバニアのメディア状況についての調査結果を記してみたい。

1990年以降、一党独裁制の終了へ

アルバニアの位置(外務省のウェブサイトから)
アルバニアの位置(外務省のウェブサイトから)

 アルバニアの近年の歴史を振り返る。

 鎖国的な共産主義体制から抜け出たのは、1990年である。それまでは勤労党(1991年に社会党に党名変更)による一党独裁制が続いてきたが、この年、東欧改革の影響を受けて野党の設立が許可され、翌年には初の自由選挙が行われている。

 1991年、アルバニアは英米と国交を回復させ、国際通貨基金(IMF)、世界銀行、欧州安全保障協力機構(OSCE)に加盟。その後、欧州評議会(1995年)、世界貿易機関(WTO、2000年)、北大西洋条約機構(NATO、2009年)にも加盟している。

 しかし、念願のEU加盟は2014年に候補国の地位を獲得したものの、なかなか先に進んでいない。

 昨年、加盟国はアルバニアと北マケドニアの加盟交渉を6月に開始する方針を決めたが、フランスやオランダなどが慎重姿勢を示したことで、10月まで先送りとなった。

 10月17日から行われたEU首脳会議では、北マケドニアとアルバニアの加盟交渉入りが議論されたものの、フランスを含む一部加盟国の反対で、結論は先送りとなった。来年5月、議論を再開する予定。

 アルバニア国内では、今年2月以降、与党社会党の選挙不正や汚職疑惑をめぐって抗議デモが発生し、6月末の地方選では主要野党が参加をボイコットする政治危機にまで発展した。

「報道の自由が悪化」という指摘

 さて、アルバニアを訪れた調査団は、どのような結論に至ったのか。

 調査団の構成メンバーは「国際新聞編集者協会」(IPI)」(筆者もこの組織のメンバーである)、「プレスとメディアの自由のための欧州センター」(ECPMF)、「アーティクル19」、「ジャーナリスト保護委員会」(CPJ)、「欧州ジャーナリスト連盟」(EFJ)、「国境なき記者団」(RSF)、「南東欧州メディア組織(SEEMO)」の代表者で、6月18日から21日、アルバニアのジャーナリスト、市民団体、国際組織のほかに、ラマ首相を含む政府関係者に話を聞いた(首都ティラナの市長との会合は拒絶されたという)。

 調査団は、中間報告書の中で、アルバニアの「報道の自由は悪化している」と結論付けた。

 「民主主義国家として、欧州評議会やOSCEの加盟国として、EU加盟候補国として、アルバニアの法律及び欧州人権条約を含む国際的な規範の下で必要とされる、表現と報道の自由を保障・擁護する義務を果たしていない」。

 問題点が6つ指摘されている。

(1)は「メディア規制の改正について」。

 昨年12月、政府はメディア法の改正を試み、オンラインメディアを登録制にして、裁判所の命令を得ずに罰金を科したり、閉鎖したり、外国のオンラインメディアをブロックしたりできる権力を持つ管理組織の設置を目指した。調査団は、改正はオンラインメディアを国家の管理下に置くことを意味し、アルバニアの表現や報道の自由に負の影響を与えると指摘した。

 しかし、国会は国民から意見を募った後で、公聴会を12日まで開催し、19日には改正法が可決される見込みだ。

(2)は「名誉棄損の事例」で、政治家がジャーナリストに対し、名誉棄損であるとして巨額の損害賠償を求める事例が増えているという。このような動きはジャーナリズムに「萎縮効果を与える」。

(3)は「ジャーナリストに対する脅し、攻撃、ジャーナリスト側の自主規制」。

 例えば、反政府の抗議デモに参加したジャーナリストが攻撃されたり、報道内容を巡って嫌がらせを受けたり、解雇されたりする場合だ。調査団によると、当局側はジャーナリストに対する攻撃を十分に捜査しないという。誰も罰せられないので、ますます嫌がらせや攻撃がエスカレートすることになる。

(4)は「ジャーナリストに対して組織的な中傷行為が行われている」点だ。

 例えば、調査団との会合中、ラマ首相はジャーナリストを「ゴミ箱」と呼んだという。一方、野党党首はメディアが「取り込まれている・買われている」と表現する。こうした言い方はジャーナリストを貶め、一般市民の間にジャーナリストに暴力を働いてもかまわないという気持ちを醸成させてしまう。

(5)としては「情報へのアクセスや記者会見のあり方に透明性を持たせるべき」という。

 アルバニアの「情報アクセス法」は素晴らしい法律という評判があるものの、その運用となると不十分だ。当局側はジャーナリストに対し、不当に情報へのアクセスを妨害し、特に独立系のジャーナリストや政府批判を行うメディアに対しアクセス制限が厳しいという。首相は定期的な記者会見を行わず、会見が開催されても、政府寄りのメディアの記者からの質問のみを受け付ける。

(6)は「メディア所有の問題」だ。調査団によると、メディア市場や広告収入が一握りの家族経営のメディアグループに集中している。

「連帯強化」を呼びかける

 調査団は、上記の状況の改善を当局側に求めるとともに、ジャーナリストやメディア組織に対し、攻撃の事例について欧州評議会や表現の自由擁護を掲げる非営利組織に報告することを勧めている。また、ジャーナリストや市民社会が「連帯を強化する」ようにと呼びかけた。

 上記の指摘のいくつかが日本の状況にも該当すると思われた方もいらっしゃるのではないだろうか。

 筆者が注目したのは「連帯の強化」の指摘だ。日本の場合、日本新聞協会に加盟する組織に勤めるジャーナリストとそれ以外の組織あるいはフリーランスのジャーナリスト、それに非営利組織などがともに権力者に対して戦うための基盤が十分に築かれていると言えるだろうか。

 また、欧州内では東欧諸国、バルカン諸国などでの報道の自由を支援するための取り組みが上記の組織を含む複数の非営利組織によって行われている。活動資金がEUから提供される場合も少なくない。日本でも、本気で報道の自由をより確実にするための試みが、もっとあってもいいのではないか。


# by polimediauk | 2019-12-27 15:30

 「あいちトリエンナーレ2019」(10月中旬終了)の中の「表現の不自由展・その後」が中止そして再開という過程を経る中で、表現の自由についての論争が発生したが、筆者は普段国外に住んでいることもあって、議論の高まりや報道ぶりを「外から見る」だけとなっていた。

 7日、ハフィントンポスト・ジャパンが東京都内で表現の自由をテーマにしたイベントを開催すると知って、一時帰国前に早速申し込み、抽選に当選のお知らせいただいた後、早速足を運んでみた。

 イベントのタイトルは「ロバート・キャンベルさんと一緒に、200人で賛否両論のアート作品を見てみよう」であった。日本文学研究者のキャンベルさんは国文学研究資料館長で、メディアのインタビュー記事を何度か拝読している。

 ハフポスト編集長の竹下隆一郎さんは、よくテレビに出演していると家族が教えてくれた。

 「いったい、どんなアート作品を見ることができるのだろう」とワクワクしながら席についた。司会はハフィントンポストの南麻理江記者である。

「♯表現のこれから」

 早稲田大学のキャンパスの一角で行われたイベントは、ハフポストによる「♯表現のこれから」というプロジェクトの一環であるという。

 紹介されたスライドによれば、「『伝える』がバズるに負けている・・・『伝える』は誰かを傷つけ、『ヘイト』にもなり得る。どうすれば表現はより自由になるのか」を考える1つの機会でもあった。

 会場に竹下編集長、キャンベルさんが登場し、竹下さんは会場からの参加を呼び掛けた。キャンベルさんの声は穏やかで、心がときほぐれるような感じがした。久しぶりに綺麗な日本語の音を聞いたように思った。

 2人の発言内容は、ハフポスト上で詳しく報じられると思うので、ここでは筆者の印象を書いて見たい。ここでの筆者は、「普段は海外(英国)に住み、特にアートに造詣が深いわけではない一方で、歴史物やドキュメンタリーはよく見ている人物」である。

「2度見」とアート作品

 このイベントで行われた、「2度見」という行為を説明したい。一つの作品を一度見て、その作品について意見を交わしたり、情報を得たりして、その後でもう一度同じ作品を見る、そして見方がどう変わったのかを考える、それについて話してみるという行為である。

 竹下編集長によると、この2度見は「あいちトリエンナーレ2019」のキュレーター会田大也さんがよくやっていることだという(会田さん自身も、後でイベントに登場した)。

 いよいよ、アート作品鑑賞の時となった。

 会場内の大スクリーンに映し出されたのは、固定したカメラが撮影する、広島原爆ドーム周辺の様子だった。ドームの下の道を人々が歩く。わずかに会話の一部が聞こえる。えんじ色の帽子をかぶった、幼稚園か小学生ぐらいの子供達が一軍となって歩く様子も見える。ひたすら、遠くに聞こえる人々の会話をじっと聞きながらスクリーンを見ていた。カメラの前を鳥が時々、飛んでゆく。

 そのうち、ドームの上に広がる真っ青な空に、白い飛行機雲が描かれ出した。飛行機が何かを描こうとしていることがだんだんわかってゆく。最初は、丸、それから「ヒカ」。「ピカ」である。これで終わりかなと思ったら、その後、最後の文字を描こうとしているようだ。

 「ピカ・・・ソ?」・・いや、「ピカッ」であった。

 やっぱり・・・。ステレオタイプ的に見ていたのかもしれないが、広島原爆ドームが画面の中央にドーンと出た時、1945年8月の「あの日」を表しているに違いないと思った。私は、当時、生まれていなかった。でも、歴史物のドキュメンタリーで、何度も「その後」を見てきた。特に戦争物を追ってきたわけではないけれど、日本での学校の授業や報道、そして英国のドキュメンタリーフィルムの中によく出てくるから、忘れようとしても忘れられない。

 「あの日」も、こんな晴天で、青空が広がっていたのだろうか。ドームの下では、次の瞬間に何が起きるかも全くわからず、人々は生活をしていたのだろうか。

 カメラが固定されているから、目を背けることができず、「あの日」あるいは「あの時」と同じように、じっと数分を過ごすしかなかった。写真ではなくて、動画だからこそ、「時」を追体験せざるを得なかった。

 ドームの下の人々の会話や子供達の動きを見るのが、つらかった。自分が生まれてきた時から何十年も前の出来事が、リアルな迫力で迫ってきた。

 飛行機が描いた「ピカッ」という文字によって、作り手のメッセージがより強く伝わってきた。

 広島の人なら、そして日本人なら、「ピカッ」がなくても、市民から突然日常を奪った原爆の惨さがこの動画を見るだけでわかるだろうけれど、日本以外の国の人にメッセージを伝えるなら、ここまで強い表現にしないと伝わらないだろうなあとも思った。

 さて、「1度見」が終わり、会場内の参加者の意見を聞く段階となった。

記号としてのドーム?

 竹下編集長とキャンベルさんがマイクを片手に会場を歩く。参加者の数人に感想を聞いてゆく。「何を見ましたか。一言で言ってください」という問いかけだった。

 最初の数人の答えは、筆者の記憶によれば「鳥の動き」、「空」、「子供達」などであった。驚いてしまった

 というのも、画面の中央にドーンとあるのが広島の原爆ドームで、空も鳥も子供達もその周辺に存在しているので、「一言」と言われたら、まずは「原爆ドーム」という言葉が出てくるだろうと思ったからだ。もしかしたら、「何が心に残ったか」を参加者は述べていたのかもしれないが。

 筆者が考えたのは、「もしかしたら、日本に住む人にとっては、原爆ドームはあまりにも明らかに眼前にあるものなので、それをそのまま答えられない」のか、「中央に明らかにあるものよりは、他のことに目が行った」のか。

 一つの疑問が湧いた。「もしかして、原爆ドームという明らかに有名な物は視界に入らない・重要視されない」、つまり、「ドームは記号化してしまって、『一言』と言われた時にドームを名指しする必要さえ感じない」ことなのだろうか、と。あるいは、「あまりにも重要な存在なので、あえて名指しを避けた」のか?

 

 ただ、次々と参加者が感想を述べていくと、次第にドームの話も出るようになったが。

 

 イベントで鑑賞対象となったのは、アーティスト集団「Chim↑Pom(チン↑ポム)」が2008年に発表した作品「ヒロシマの空をピカッとさせる」だった。

 この作品は、Wikipediaの説明によると:

 

2008年10月、軽飛行機をチャーターして広島市の上空に飛行機雲で「ピカッ」という文字を5回描き、平和記念公園などからメンバーが撮影した。報道が過熱し謝罪会見にまで発展、予定されていた広島市現代美術館での展覧会が取り止めになった。2009年3月に、騒動を検証した本『なぜ広島の空をピカッとさせてはいけないのか』を刊行、それに合わせて「広島!」展を開催し作品を発表した。制作意図を伝えた現在では被爆者らと交流があり、津波で流された額縁で制作した作品「Never Give Up」(2011年)を被爆者団体と共同制作した。

出典:Wikipedia

 イベントでは、原爆ドームの上空に飛行機雲で「ピカッ」と書いた作品が撮影の翌日に地元の中国新聞に掲載されたことが紹介された。新聞記事の見出しには、「広島上空 ピカッの文字」とあり、「市民『不気味だ』」という小見出しがついていた。

 竹下編集長が、イベントの司会役となった南記者にこの件について聞いてみた。南記者は広島出身である。子供の頃から平和教育を受けてきたという同記者は、広島市民への作品の衝撃や、アーティスト集団の創作意図に疑問を感じたことを話す。

 Chim↑Pomの一員である卯城竜太さんのインタビュー動画を試聴後、参加者は作品の2度見に向かった。

感想をグラフ化

 再度、原爆ドームが中央に置かれた作品を参加者全員で見た。

 事情がわかって見ても、固定カメラによる「一定の時間をドームとその周辺を見ながら、時を過ごす」ことのつらさ、数十年前の「あの日」への照り返しの苦しさは変わらず、むしろ強まったように思えた。

 でも、この「ピカッ」という文字表現が広島の市民にとっては「不快」であったことを、広島以外に住む私たちはどう受け止めたらいいのだろうか。アーティストはどうするべきだったのか。

 2度見の後、竹下編集長とキャンベルさんが再度、マイクを片手に会場内を回った。「前回と感想が同じ」という人が複数いた一方で、今度は原爆ドームや戦争の話、広島の人々への思いなどが多く語られたように筆者は記憶している。

 筆者は、この「広島市民の気持ちをどうするべきなのか」ということを、他の皆さんの感想を聞きながら考えていた。

 この作品の場合、「報道が過熱し謝罪会見にまで発展、予定されていた広島市現代美術館での展覧会が取り止めになった」経緯がある。あいちトリエンナーレでの「表現の不自由展・その後」の展示が一時中止されたことも、記憶に新しい。さらには、慰安婦問題を正面から取り扱った映画「主戦場」が、予定されていた映画祭での上映をこれも一時中止されたという事件があった。

 「ヒロシマの空をピカッとさせる」は、強い発信力・批判力を持ったアート作品だと筆者は思った。発表当時、広島市民の少なくとも一部が不快に思ったとしても、制作し、発表する意義は十分にあったと思う。

 「誰かが不快に思うから」という理由だけで、アート作品を公開する・しないを決めるべきではない・・・・というのは筆者の独自の考えではなく、すでに一般常識になっている。この作品で地元市民が不快に感じるのは、それだけ原爆という存在が心身に深い意味を持つことを示すのだろうと思う。筆者は広島市民ではないので、想像だけになってしまうのだけれども。作品の意図が「挑発するだけが目的ではないのか」と感じる人がいるだろうことも想像できる。

 2度見後の参加者の感想の中で、言語化はされなかったけれども、「誰かを傷つけるようなことを表現するアートは、ありなのか」という疑問がくすぶっているように見えた。

 英国では、あくまで個人的に見聞きしただけの話になるが、「誰かを傷つけるアートはOKなのか」という問いはあまり大きな問題とはなっていないように思う。ただし、特定の人種や宗教の信者(例えばイスラム教徒)を攻撃するような場合、人種差別別禁止法や名誉毀損法など法律に抵触する場合は訴追される恐れがあるし、トピックによっては抗議デモが発生する。メディアでも叩かれる。

 

 どこまでがアートの限界なのか。これはもちろん、大きな問いであるし、筆者個人が一言で答えられるものではない。

 しかし、「誰かの感情を傷つけるから」ということがアート作品を制作しない、あるいは制作されても公表されない理由としては考えられていないと思う。

 

 会場には広島出身の方が何人かいらして、それぞれ感想を述べていたが、必ずしも否定的な見方ではなかったように記憶している。

 興味深かったことの1つは、1度見と2度見のときの感想がグラフ化されていたことだ。立命館大学情報理工学部の服部宏充研究室の方がバブルチャートにして可視化してくれたのである。言葉をピックアップして作るグラフだそうだ。

会場からの感想をグラフ化(撮影筆者)
会場からの感想をグラフ化(撮影筆者)

一つの結論にはしない

 参加者の様々な感想、キャンベルさんのインプット、会田さんのお話などが出たイベントには「自分が参加している」という実感があった。

 何よりも興味深かったのは、竹下編集長が「一つの結論にまとめる」という形にしなかったことだ。いろいろな見方があり、それはそれでいいのだというスタンスだった。

 最後に、「考えるヒント」として、イベントの終わりに配られたChim↑Pomの卯城さんのインタビューの書き取り文書から、一部を紹介しておきたい。

 ***

 質問:作品が炎上したことについて、どう思いました?炎上は予想していましたか?

 卯城さんの答えの一部:「炎上」って最近の言葉だけど、アートが議論になってバッシングを受けたりするのは昔からあることなんですよね。では、なぜアーティストはそれでもそういう(際どい)ことをやるのか。そうなった(炎上した)時に、本当の「声」が出てくるからだと思うんですよ。

 質問:どういうことですか?

 卯城さん:僕ら社会に生きている人間には、沢山ありますよね?本当は言いたいのに言わないようにしていることとか、あるはずなのに無かったことにしていること。その「声」が出てくることで、新しく生まれる価値観や議論、常識があると思うんです。(後略。)

 ***


# by polimediauk | 2019-12-26 16:09 | 日本関連


英南部エセックス大学で上映された「主戦場」イベント(筆者撮影)

 第2次世界大戦時の慰安婦問題を主題にしたドキュメンタリー映画「主戦場」が、このところ、話題になっている。

 「KAWASAKIしんゆり映画祭」(10月末から11月4日)では、安全性を理由にいったんは上映中止とされながらも、最終日に上映が実現したことで大きな注目を集めたばかりだ。

 日本で、慰安婦問題と言えば…どう表現したらよいのだろう。

 例えば、日本語のウィキペディアでは、以下の説明になっている。

 旧日本軍の慰安婦に対する日本の国家責任の有無に関する問題。慰安婦問題にはさまざまな認識の差異や論点があり、日本・大韓民国・アメリカ合衆国・国際連合などで1980年代ころから議論となっている。慰安婦は当時合法とされた公娼であり民間業者により報酬が支払われていたこと、斡旋業者が新聞広告などで広く募集をし内地の日本人女性をも慰安婦として採用していたことなどから国家責任はないとの主張がある一方、一般女性が慰安婦として官憲や軍隊により強制連行された性奴隷であるとの主張もある。

出典:(ウィキペディア)

 筆者自身は、「河野談話」を踏まえ、日本やほかのアジア諸国の女性たちが兵士たちに性的サービスを行っていたこと、今でもその時の後遺症に苦しんでいる人やその遺族がいることを事実として認識している。

 しかし、国がどの程度関与していたのか、どんな女性たちだったのか、本人の同意があったのかどうかなどについては、国内で意見が分かれていることも承知している。欧米で英訳として使われる「sex slave(性の奴隷)」という言い方に反論する、あるいは怒りを表明する人も少なくない、ということも。

 日系アメリカ人ミキ・デザキ氏が監督した「主戦場」は、保守系政治家、タレント、歴史修正主義者、リベラル系学者などのインタビューと並行して、元慰安婦や慰安婦の遺族への取材映像、証言のアーカイブフィルムなどを交えた作品だ。

 デザキ氏にとって、監督第1作目の映画である。上智大学大学院の修士課程卒業のために作ったという。

 慰安婦問題という論争を呼ぶトピックを真正面から取り扱ったこの映画は、公開当時からじわじわと人気を高めた。

 初夏、筆者は一時帰国中に「主戦場」を渋谷のある映画館で最初に見た。場内は満員で、上映後は次の回を見ようとする人の長い列ができていた。観客の年齢層は20代から70代ぐらい。

 日本人にとっては、つらい過去を指摘されるような、慰安婦問題。これを取り上げた映画を多くの日本人が映画館に列を作るほど見たがっていることに、筆者は驚いた。何らかの回答を得たい、という気持ちが強いのだろうか。

 まだまだ決着していない、戦後の大きな問題であることは、確かだ。

エセックス大学で、上映会

エセックス大学で話すデザキ監督(筆者撮影)
エセックス大学で話すデザキ監督(筆者撮影)

 「主戦場」は、今秋、欧州各国で上映会が開催されており、デザキ監督も映画と一緒に各国を回っている。

 11月6日はウィーン、その後は英国、フランス、ノルウェー、ドイツ、イタリア、スイス、スウェーデンなど、12月上旬まで上映ツアーが続く。

 筆者は、11月11日、英南部エセックス大学での上映会に行ってみた。

 講義型の教室には数十人の観客がいた。大学ということで、学生・院生が多いが筆者を含む中高齢者の姿もあった。

 映画を映し出す役目は監督自身である。

 夏に見た時に見落としていた個所が、よみがえる。「当時は、女性はモノとして見られていた」という元日本兵の素朴な物言いが心に残る。

 さまざまなことが筆者の頭を駆け巡った。

 慰安婦たちが日韓の政治的な道具にされたことへの怒り、女性たちの境遇への思い、女性として、たった一人でも意に反する状態に置かれた女性がいたことの衝撃、そのような行為をしながらも日々戦い続けた兵士たち、そして今もなお、レイプや性的虐待が敵を攻撃する手段として使われていること(ボスニア戦争、ルワンダ内戦、ナイジェリアのボコ・ハラムによる少女たちの拉致など無数にある)などだ。日韓のみで起こったことではなく、第2次大戦のときだけでもない。今現在、形を変えながら発生していることなのだ。

 映画は、最初と最後の方に元慰安婦の映像を入れた。最初の映像は役人に怒りをぶちまける元慰安婦の姿。最後の方はつらさ、悲しみを語る元慰安婦のアーカイブ映像だ。

 作品は保守系・歴史修正主義的な人々の言論とリベラル系学者の見方を「両論併記」的に対比させているが、最終的には、慰安婦問題に対する日本側の責任を問う姿勢が出ていたと筆者は思う。この慰安婦たちのつらさ・痛み・苦しみに対し、日本側はどう対処するのか、という問いである。これは筆者が日本人だからそう思ったのかもしれないが。見る人によって、様々なメッセージを受け取る映画なのだろう。

 この点で、この映画は今年同じく話題となった映画「新聞記者」(東京新聞の望月衣塑子記者が書いた本を基にしたが、実際にはフィクション。新聞記者と内部通報者が政府の悪事を暴こうとする)とは、別の着地点を選択したように筆者は思った。

 筆者は「新聞記者」を高く評価しているものの、最後に内部通報者が心変わりをしたのか、あるいは実名を出して暴露することを決心したのかをあえて描いていない点を残念に思った。いずれかを選択することによる、制作側の覚悟を見たかった。

 翻って、「主戦場」は慰安婦たちの方に最後は軸足を置いた。「中立」ではない。その評価は観客に委ねられた。

 欧州にいる方は、スケジュールを確認して、上映イベントに足を運んでみてはどうだろうか。観客が映画監督に直接問いかけをすることができる機会はあまりないだろうから。

欧州の上映会スケジュール(英語版「主戦場」のウェブサイトから)
欧州の上映会スケジュール(英語版「主戦場」のウェブサイトから)

監督との一問一答から

 上映後の監督との一問一答の一部を伝えたい。

ーしんゆり映画祭での上映中止の決定とその後について

 「上映中止の決定は、脅しの懸念があるという理由でした。『懸念』です」

 

 「幸運なことに、映画監督の是枝裕和氏がこれは検閲であると発言してくれまして、大きなニュースになりました」

 

 「最終的に上映可能となりました」

 「日本ではこのような形で表現の自由が制限されることがトレンドになりつつあります」

 「今、ケント・ギルバートを含む5人に提訴されています。結論が出るまで、1年、あるいは10年ぐらいかかるかもしれません」

 ーその訴訟についての映画が次の作品になるのでしょうか?

 「いいえ、そういうことはありません(笑)」

 「予告編が混乱させるものだったようで、左派系の人はこんな映画は見ないと言い、右派系はまさに私たちの主張を出すものだと言って歓迎したのですが(会場、笑)」

 

 「アメリカではこういう訴訟は、スラップ訴訟(注:提訴することによって被告を恫喝することを目的とした訴訟)と言われています。これは、基本的には表現の自由を抑制するものです」

 

 「刑事責任を問う訴訟もあって、少々心配していますが」

 「私の学位を取り消すべきだという主張をしている人もいます」

―元慰安婦が涙を流す映像が最後の方に出てきます。なぜもっとこうした映像を使わなかったのですか。

 「同様の質問をした人は、たくさんいました」

 「あの映像は最近見つかったものですが、あのような種類の映像を頻繁には使いたくなかったのです。その理由は、慰安婦の映像はこれまで、政治的な文脈の中で使われてきましたし・・・」

ー過剰に感情的にしたくなかったのでしょうか。

 「そうですね。慰安婦制度の否定論者は、慰安婦の証言動画が感情的で、作為的だとして批判します。そう言って、論破しようとします」

 「逆に、日本で、ある学生が言ったのですが、なぜ最後にあのような映像を入れたのか、と。それまでは論理的に話が進んできたのに、なぜ最後にあのような感情を刺激するような動画を入れるのか、と。1分、いや30秒ぐらいの動画でさえ、そう言われるのです」

 「一部の日本人は、こうした証言は全くの嘘だと言います。ですから、『感情』という部分をなるべく取って、扇情的にはならないようにしたかったのです。こういう映像は日本やアメリカでもよく使われますし、感情を刺激されるのですが、同時に、慰安婦たちが微笑んでいる動画も簡単に見つかるのです」

ー日本の方は、この映画をどのように受け止めているのでしょうか。右派保守系の方でしょうか、それともリベラル左派系なのでしょうか(筆者の質問)。

 「一般的に言うと、日本人は右派系の考えの側にいると思います。私の母もそうですし、あるリベラル系の(日本人の)先生がいるのですが、私が慰安婦についての映画を作っていると言うと、『ああ、あれはみんな嘘だよ』と言いました。ですので、私が知っている人に限ると、左派系の人でも、(慰安婦問題は)韓国による嘘だと思っているようです」

 「映画を見た人は、ツイッターで判断すると、『衝撃だ』、『日本政府がこんなことをやっていたとは知らなかった』とか書いていますね。前向きの評価でした。50の劇場で公開されましたし、ドキュメンタリー映画としては大ヒットです」

 「唯一、ネガティブな見方をしていたのは、極右の人々です。『こんな映画は見るんじゃない』、と言っています。この映画を人々が見ることを怖がっています。上智大学の生徒の一人がこう言いました。『(慰安婦問題について)左派系の人々の意見を聞いたのは初めてだ』と。それで考えが変わったそうです」

 「若い人の大部分が慰安婦問題を知らないのです。このため、非常に大きな衝撃として受け止めるようです。理解するために2-3回見る人もいます。一般的に言うと、反応は前向きだったと思います」

―現在の日韓の政権で、問題は解決に向かうと思いますか?

 「現政権ではその可能性はゼロだと思います。若い人の反応を見ると、どれほどひどいことが起きたかを理解して、謝罪へという動きが出そうなのですが、現在の政権では・・・。希望はありますが」

 

 「日本の若い人が政治的にアクティブ(活動的)であれば別なのですが。実際にはそうではありません。韓国社会では、政治的にとても活動的です。でも、日本社会では歴史的な理由、過去のデモが粉砕されてきたことなどから、人々は政治的活動が実を結ぶということを想像できないのです。韓国では、民主化の動きがあって、成功例があります」

 「日本では変化にとても時間がかかるのです」

―証言記録はあるのでしょうか。兵士の証言記録はどうでしょうか。一般公開されていますか。

 「韓国語ですが、あります。ほかにも(山崎朋子の)『サンダカン八番娼館』もありますし」

 「(中国帰還兵のインタビューをおさめた)『日本鬼子(Japanese Devils)』というドキュメンタリー映画があります。しかし、中国からの帰還兵の証言ということで、重要視されていません」

 「東京には、『アクティブ・ミュージアム 女たちの戦争と平和資料館』があって、ここにも証言がおさめられています」

―映画の中に出てきた偏向している人々について、どこに行けば資料があるのでしょうか。

 「右派系は左派系を、左派系は右派系を『偏向している』といいますが、まず『偏向している」というのはどういう意味でしょうか」

―極端な考えを持っている、ということでしょうか。

 「例えば、(歴史学者)吉見義明の本を読めば、偏向しているということになるのかどうか、ですよね」

 「人間である限り、誰にも偏向はあります。歴史学者が書いた本を読んで、私は理解を深めています。歴史修正主義者で、ほかの人の本を読まない人が書いた本ではなく(注:映画の中に、ほかの人が書いた本を読まないという人が出てくる)。歴史修正主義者のほとんどが歴史学者ではありません」

 「私が見るところでは、99.99%の歴史学者は、こうした女性たちが性の奴隷であったと考えていると思います」

 「まるで地球温暖化を否定するようなものです。ほとんどの科学者が実際に発生していると考え、1%がこれに同意していません」

 「映画を通して、私は(慰安婦問題について)両方の意見を出そうとしました。最後は、見る人が決めることです」

―保守・右派系のシフトについて、日本は特別なのでしょうか。それとも世界の動きなのでしょうか。

 「日本がますます右傾化しているということを、多くの人が指摘しています。先生が国歌を歌っているかを生徒がチェックするという学校もあるそうです」

 「超国家主義の学校を作ろうとしている、という話もあります。教育勅語を言わせる学校です。右傾化が進んでいると思いますが、それは自民党が作っているのでしょう」

 「米国のスティーブ・バノン(トランプ米大統領の元側近)が日本に来た時、安倍首相はトランプ以前にすでにトランプだったと言ったそうです」

―この問題について、保守・右派系を動かしているのは何でしょうか。

 「自分たちの祖父は間違ったことをしていない、韓国人はうそつきだということでしょうか。自分たちがこんなことをやるはずがない、と。ある登場人物がこう言いました。『そんなことは中国人ならするだろうけど、自分たちはしない』と」

「問題を指摘すると、日本人は自分が個人的に攻撃されていると思う」

藤田先生(撮影筆者)
藤田先生(撮影筆者)

 

 モデレーターの一人で、エセックス大学の人権フェロー、藤田早苗先生は以下のように述べた。

 「慰安婦問題は政治問題でもありますが、これは人権の視点からはユニバーサルな問題でもあります」

 「愛国主義というのは、厄介なトピックです。日本の問題を指摘すると、日本人は自分が個人的に攻撃されていると思うのです」

 

 「そういう面もあって、慰安婦問題についてきちんとした議論や謝罪ができないのではないかと思っています」

 「日本の問題を批判すると、その人がバッシングにあいます。私自身も反日本と思われて、サイバー上でバッシングにあいました」

 「今、韓国をヘイトする、中国をヘイトするという気運が高まっていて、私はとても懸念しています」

 ***

 上映後の雑談の中で、監督が次の作品の構想を立てていることを知った。どのような作品かについてはまだ公表していないという。


# by polimediauk | 2019-11-24 20:33 | 政治とメディア

フェイクニュースと事実を伝えるニュースを見極めるには、どうするか?

 これまで、以下のような対処法が推奨されてきた。

 -信頼できるニュース媒体が発信しているかどうか

 -見識ある友人・知人による拡散かどうか

 -大手媒体が同様のニュースを報じているかどうか

 しかし、筆者はここ2年ほど、「こういうレベルでの対処方法では十分ではない」という危機感を持ってきた。

 大きな理由を1つ挙げるとすれば、「フェイクの度合いが本物と見分けがつかないぐらいの水準に達しているから」だ。

 

 また、国家レベルでディスインフォメーション(国家・企業・組織あるいは人の信用を失墜させるために、マスコミなどを利用して故意に流す虚偽の情報)の拡散が常時行われており、どこに真実・事実があるのかが分からなくなるほど、情報が錯綜しているという認識があった。

 もう少ししっかりと、フェイクニュースについて考える時が来たのではないか。

 そう思っていたところに刊行されたのが、本書「ディープフェイクと闘う『スロージャーナリズム』の時代」(朝日新聞出版)である。装丁家菊池信義氏の手による、題字が縦と横にぶつかり合うような表紙が目を引く。

 内容に触れる前にあらかじめお断りしておくと、本書の一部は筆者も時折寄稿する論壇サイト「論座」に掲載され、著者による筆者への英国のメディア状況についてのインタビュー記事も入っている。

 ここでは、この記事以外の部分を紹介したい。

「ディープフェイクと闘う 『スロージャーナリズム』の時代」(筆者撮影)
「ディープフェイクと闘う 『スロージャーナリズム』の時代」(筆者撮影)

その問題意識は

 本書の著者は、朝日新聞夕刊企画編集長の松本一弥氏。オピニオン編集グループ次長、月刊「Journalism」編集長、WEBRONZA(現「論座」)編集長を経て、現職に就任。メディアの戦争責任を検証したプロジェクト「新聞と戦争」の統括デスクを務めた(のちに、朝日文庫「新聞と戦争 上下」で書籍化された)。

 松本氏は、フェイクニュースやディーブフェイクに「抗い、闘うことを余儀なくされる、そんな時代がやってきた」という認識を持つ。

 書籍や論文に書かれているフェイクニュース現象を紹介するだけでは不十分と考えた同氏は、米国に飛んだ。ワシントン、ボストン、ニューヨーク、シアトル、カリフォルニア、サンフランシスコ、そして沖縄を訪れて、最先端の取り組みに耳を傾け、フェイクニュースに抗う「相手の人間性の一端にじかに触れた上で感じたこと」を伝えている。ここがほかのフェイクニュース関連の本と大きく異なる点だ。

 表題にある「スロージャーナリズム」とは、「報道するスピードを『減速』してゆったりした時間軸の中で深く掘り下げていく」ジャーナリズムを指す。

フェイクニュースに抗う取り組み

 本書がプロローグで取り上げたのは、ディープフェイクとの闘いだ。

 米カリフォルニア大学デービス校准教授のシンディ・シェン氏は、人々が何をもとにして「本物」と「フェイク」を見分けるかの様々な実験を行っている。

 分かったことの1つは、情報の受け手側の経験(ネット上の技術やソーシャルメディアをいかに使いこなしているか)がネット画像の信ぴょう性判断に大きな役割を果たしていたこと。つまり、「誰がその情報を発信しているか」という要素は、「実際には判断に影響を与えない可能性が浮上した」という。

 これに対して、メディアリテラシー教育を施すことが1つの解決策とはなるものの、シェン氏は「何を信用すれば分からない」という猜疑心がまん延する状況にも懸念を示す。

 ところで、ディープフェイクがどのように生成されるのかを考えたことがあるだろうか。

 本書は、経営コンサルタント小林啓倫氏の説明を紹介する。同氏によると、ディープフェイクを生み出す技術の1つは、「敵対的生成ネットワーク」(GAN)と呼ばれるものだ。

 GANのAIは、「与えられたデータをもとに新たなコンテンツをつくり出す『ジェネレーター』役、もう1つはそのコンテンツが本物かどうかを見抜こうとする『ディスクリミネーター』役で、前者のAIは後者のAIからフィードバックされた情報をもとに自らの弱点を分析」する。このAI同士が何百回も繰り返す作業を行う中で、本物により近くなっていくという。

米国でメディアが二極化した過程を探る

 フェイクニュースの事例として、よく使われるのが2016年の米大統領戦であり、ニューヨークタイムズを含む主要メディアこそが「フェイクニュースだ」として批判するトランプ米大統領の一連の発言だ。

 ハーバード大学バークマンセンターのリサーチディレクター、ロバート・ファリス氏は、米国の「右派メディアが突出した二極化」を同僚らとともに徹底調査し、その結果を400ページを超える大著「Network Propaganda(ネットワーク・プロパガンダ)」にまとめた。

 松本氏は、ファリス氏の研究室を訪ねる。

 「哲学者のような風貌が印象的な」ファリス氏によると、米国社会が二極化していることは周知だったものの、データの分析から明確になったのが、「右派メディアと左派メディアのバランスがまったく取れておらず、右派メディアだけが非常に対称性を欠いた中、極端なまでに突出し続けた」ことだった。

 左派及び右派の両方のメディアがフェイクニュースを生成していたが、左派メディアでは事実誤認を駆逐し、軌道修正をしようとする動きが出る一方で、右派メディアはフェイクニュースをさらに拡大させていく特徴があった。

 例えば、右派ブロガーがツイッターを使って不特定多数に情報を拡散し、影響力を持つ別の人がフェイスブックで紹介する。こうして同じエコシステムの中で同一のフェイクニュースやヘイトスピーチが「際限なく増幅」されてしまうのだという。

 ファリス氏や共同執筆者が出した結論は、既存メディアにも厳しいものだった。

 「ネットに蔓延するフェイクニュースは実はそれほど大きな問題ではなく、それよりもむしろ、既存のメディアが間違った情報を垂れ流してしまっていることの方がもっと恐ろしいのではないか」。

両論併記の罠

 既存メディアが抱える問題点の1つとして、ファリス氏は「両論併記」に関連する問題を挙げた。ある意見とそれと対立する意見を同時に出す手法である。

 松本氏はここで、映画「否定と肯定」を想起する。

 米国の歴史学者デボラ・E・リップシュタット氏は、1993年、「ホロコーストの真実 大量虐殺否定者たちの嘘ともくろみ」を出版したが、本の中でその論を否定された英歴史著述家デービッド・アーヴィング氏がリップシュタット氏を名誉棄損で訴えた。映画は両者の法廷での争いをドラマ化した作品だ。

 松本氏は、「ホロコーストはなかった」という主張は「荒唐無稽のデマ」だが、もし「メディアが否定論者の意見にも同等のスペースを割いて歴史的事実と併記して紹介するとすれば、『否定論もまともに扱われるのに値する』との誤解と錯覚を読者や視聴者に与えてしまう」危険性を指摘する。

 この論争自体は極端な例ではあるとしても、「悪意や政治的意図を秘めた人々が、歴史に対して巧妙なやり方で異議申し立てを企ててきた場合に起こる恐ろしさを、私たちは何度でも認識し直しておく必要があるだろう」。情報を少しずつ変えたり、わざと間違って引用するなどして情報を「大胆に」書き換え、「結論を都合のよい方向にもっていく」歴史修正主義者的な言説は「今や日本でもごく当たり前にみられるといえるからだ」。

ファクトを積みあげた沖縄の作品を制作した、映画監督

 松本氏は米国で研究者のインタビューを重ねながら、その一方で日本でジャーナリズムに日々関わる人々や学者にも話を聞いた。

 例えば、メディアアクティビストの津田大介氏、社会学者見田宗介氏、スマートニュースのフェローである藤村厚夫氏、スマートニュースメディア研究所の瀬尾傑所長などの所見がおさめられている。

 ここでは、ドキュメンタリー映画の監督、大矢英代氏のジャーナリズム観を紹介してみたい。

 大矢氏は琉球朝日放送勤務後、カリフォルニア大学バークレー校のジャーナリズム大学院で調査報道を学んだ。現在、カリフォルニア在住。「『国家と暴力』という重いテーマに正面から向き合う気鋭のジャーナリスト」で、昨年、初監督作品の「沖縄スパイ戦史」が第92回キネマ旬報文化映画第1位を含む、数々の賞を受賞した。

 沖縄で取材を行ってきた大矢氏は、このように述べている。「沖縄を見つめるほどに、日本という国の姿が鏡ように見えてきました」。それは「主権なき国、米国の属国としての沖縄の姿」だった。

 日米のジャーナリズムの違いについて、大矢氏はあくまで「主観」であるという前置きをしながら、「ジャーナリストたちの意識の違い」を挙げた。米国のジャーナリストは「会社のためではなく、言論の自由、人権、市民の命を守るためにペンやカメラを持つ」。

 言論の自由を保障する合衆国憲法修正第1条を基盤として、「『報道は権力を監視するのが使命だ』という理念をジャーナリストたちが認識し、共有している」という。背景には「権利と自由を勝ち取ってきた長く、苦しい、市民の闘い」があり、「そういう意味では、日本にはまだ『市民のためのジャーナリズム』は確立されていないのではないでしょうか」と問いかける。

 日本国内で唯一、言論の自由を勝ち取った経験を持っているのが、「地上戦と米国施政政権下を経験した沖縄だと思います」。

調査報道は組織でなくても、できる

 本書の最終章は、スロージャーナリズムを取り上げた。

 スロージャーナリズムの1つとして位置付けられる、調査報道。松本氏によると、必ずしも大人数のチームが必要というわけではない。「問題意識とその問題に迫る力量のある記者やデスク(報道最前線の司令塔)がそこ(現場)にいるかどうか」がすべての出発点だからだ。

 松本氏自身に、スロージャーナリズム・調査報道の統括経験がある。

 2001年9月11日、米国大規模テロが発生し、大量の情報があふれ出た。その中から「事件の本質につながるデータとファクトを洗い出し、時間をかけて徹底的に検証する『スロージャーナリズム=検証ジャーナリズム』」が、報道の本筋になるべきと考えた松本氏は、米国各地で取材を行い、「米国にとって正義とは何か」を問い続けた。

 その1つの帰結が、2010年、イラク戦争の影響や課題を検証するためにイラク、米国、英国、ドイツ、フランスに出かけて取材した後にまとめた「55人が語るイラク戦争 9・11後の世界を生きる」(岩波書店)だ。

 2007年から08年にかけては、朝日新聞での長期連載「新聞と戦争」企画で統括デスクとして、メディアの責任を徹底検証した。「この連載は歴史をフィールドにした調査報道だ」と取材班に伝えたという。

 事実を積み上げて、「今」を綴る。本書はフェイクニュースについての本であると同時に、ジャーナリズムについての本でもある。

 トランプ大統領のフェイクニュース発言、米国の右派メディアの拡大、日本のフェイクニュースや調査報道の行方について考えてみたい方に格好の書である。


# by polimediauk | 2019-11-19 23:53 | 政治とメディア

 毎日新聞の元欧州総局長で、現在は編集編成局次長の小倉孝保氏との初顔合わせは、5年ほど前になる。

 当時は在ロンドン・欧州総局長で、在英日本人が集まるイベントが終わり、食事会のためにレストランに入った時だった。小倉氏が少し離れた席で、とても楽しそうに会話をしている姿が見えた。なんだか面白そうな人だと思い、別の日に友人たちとの夕食にお誘いした。

 英国の新聞の「長い訃報記事を愛読している」という小倉氏は、常に面白いおかしい話を引き出しに入れており、大笑いしながら食事をすることになった。

 新聞記者である一方で、小倉氏は数々のノンフィクション作品も書いており、ある会食時には「三重スパイ」の取材のために自腹でお金を使い、あちこちに出かけたことを話してくれた(これはのちに、講談社から『三重スパイ イスラム過激派を監視した男』として出版された)。

 過去の本も含めて小倉氏の本を読むようになり、『がんになる前に乳房を切除する 遺伝性乳がん治療の最前線』(文芸春秋)、同氏がニューヨーク支局長であった時に米国で死刑執行の現場に立ち会い、関係者に取材しながら米国と日本の死刑制度を比較した『ゆれる死刑 アメリカと日本』(岩波書店)に感銘を受けた。

 そんな小倉氏の最新刊が、『100年かけてやる仕事 中世ラテン語の辞書を編む』(プレジデント社)である。

 1-2年前に、「次の本は?」と何気なく聞いた時に、「実は・・・」と切り出されたトピックだった。

 「100年もかけて、辞書を作る?」、それも「ラテン語・・・・」。一瞬、言葉を失った。

時間をかけて辞書を作る、欧州の伝統

『100年かけてやる仕事 中世ラテン語の辞書を編む』(筆者撮影)
『100年かけてやる仕事 中世ラテン語の辞書を編む』(筆者撮影)

 本書によると、相当の年月をかけて辞書を作るのは欧州では珍しくないそうだ。17世紀、フランス学士院はフランス語の辞書作成に55年をかけ、「オックスフォード英語辞典(OED)」は、完全版発行までに71年かかっている。グリム兄弟が開始した「ドイツ語辞典」には1839年の編集開始から完成までに123年をかけているという。

 中世ラテン語辞書作成プロジェクトが101年ぶりに完了したのは、2014年。当時ロンドンに赴任していた小倉氏は、さっそく、取材を開始する。まずは物差しとヘルスメーター(体重計)を持って、このプロジェクトを担当していた英国学士院を訪ねた。そう、「ヘルスメーターを持って」、である。学士院に事前に問い合わせたところ、辞書の重さが不明と言われたからだ。全17冊分の辞書の重さは11キロを超えた。

 プロジェクトの開始前に、英国にラテン語の辞書がなかったわけではない。1678年作成の辞書があったが、フランス人ラテン語学者デュ・カンジュが編纂したものだった。

 この状況に不満を抱いた英国人ラテン語学者ロバート・ウィトウェルは、1913年、学士会に新たな辞書作成を提案するとともに、一定のラテン語知識を持つ人に情報提供の協力を求めた。ボランティアとしてラテン語採取に加わった人(「ワードハンター」)たちは、100人から200人と言われている。

 『100年かけてやる仕事 中世ラテン語の辞書を編む』は、学士院の人々に取材をしながら、その後の辞書編纂者の奮闘ぶりを記していく。一体なぜ、ラテン語辞書の作成に100年もの時間をかけて人々は取り組んできたのか。コストや辞書の必要性については、どう考えてきたのか。

日本での辞書作りとは

 英国の辞書作りを調べるうちに、著者の関心は日本に向く。

 「言葉は民族を立てる時の柱である。そのため言語辞書は近代国家の成立と密接な関係にある。日本語のもその例外ではないはず」と踏んだ小倉氏は、日本語研究者で清泉女子大学文学部教授の今野真二氏を訪ねる。

 日本では、国語(日本語)の辞書がそろい始めるのは1887年前後。国語学者の大槻文彦氏の編纂による、最初の本格的な国語辞書『言海』が出版されたのが、1891年だった。今野氏によると、「ちょうど日本が近代国家として成立し、国家を建てたころです。辞書を作る条件が整い、その機運が高まったのです」。

 『言海』は、大槻氏の自費出版で世に出た。「日本に国が作った辞書は1冊もありません。政府は資金を出すわけでもなく、私費で辞書ができるのを喜んでいる。珍しい国だと思います」(今野氏)。

 小倉氏は、「なぜ辞書を作り続けるのか」について、2018年に出た『広辞苑』第7版の編集者だった平木靖成氏(岩波書店)に聞いている。「辞書作りは地道な作業の繰り返しであり、派手さのない日常の連続である。しかも手間の割には経済的な収益もさほど期待できない」のに、と。

 平木氏は、一見無駄なもの、価値が薄いと思われようなことに力を注ぐことこそ文明の力なのではないかという。例えば小惑星探査機「はやぶさ」のように、である。「それがなくても人間は生きていける。でも、そういうものに夢中になり、魅力を感じることもできる。それこそ文明なんじゃないですかね」。

 2015年夏、小倉氏は東京に戻る。毎日新聞本社の編集部で時間に追われる日々が始まった。

 その一方で、英国で辞書を作っていた人々の言葉が思い出されてきた。「ゆっくりと時間を過ごすことの大切さ、速度よりも正確性を追求することの重要さ、短期的成果が見込めなくとも価値あるものは存在することに気付くことの必要性」が心に迫ってきた。

 「言語の木を植え、山をつくった人たちの言葉を多くの人たちと分かち合いたかった」。これが本書を書いた動機だったという。

 ラテン語について、辞書作りについて、そしてこれからの人生の過ごし方について、本書は様々なことを考えさせてくれる。


# by polimediauk | 2019-09-21 15:19 | 英国事情

ドイツの「Correctiv(コレクティブ)」の試み(ウェブサイトより)

 これまで、数回にわたり、読者とともにメディアを作る試みを紹介してきた。

 最後は、ドイツの新興メディアで調査報道を専門とする、「コレクティブ」を取り上げたい(4月4日セッション「独立した編集室の運営方法」から)。

コレクティブとは

コレクティブのクレッチマー氏(撮影Giorgio Mazza)
コレクティブのクレッチマー氏(撮影Giorgio Mazza)

 コレクティブとは、2014年、ドイツ・エッセンで創業した非営利の調査報道組織。ブロスト財団(Brost Foundation)が年間100万ユーロ(現在の計算で約1億1700万円)を3年間提供することで設立資金を賄った。40人が働く。ドイツ以外にイタリア、スペインにも拠点を持っている。

 ジャーナリズム祭のセッションで話したのは、マネジング・ディレクターのサイモン・クレッチマー氏である。

 コレクティブは非営利組織として始まり、最初は財団からの資金が100%の収入源だったという。しかし、現在は55-60%を占めるようになった。会員制とそのほかの事業から得る収入とが、それぞれ20-25%ほど。

 将来的には、以下の3つの収入源の中で、どれか1つが突出しないようにしたいという。

  (1)財団による寄付金・支援金など(中核となるプロジェクトに使う)

  (2)民間からの資金(企業との共同作業、ブランドビジネスほか)(大規模なプロジェクト用)

  (3)サポーターからの収入(定期購読者からの収入、プロジェクトごとの支援など)

  最後にある(3)「サポーターからの収入」には、一度きりの寄付も入る。来年以降、(1)にあたる財団からの支援を「25%程度にしたい」。

 「持続可能な財政体制」を重要視しており、そのためには「組織のミッションに沿った経営をすること」が重要と考えている。

 ではコレクティブのミッションとは、何か?それは、「調査報道を行うこと」。

市民を巻き込む

 新規企業としてのコレクティブが重要視するのは、「市民を巻き込むこと」。

 調査活動に市民を参加させれば、「市民側もこちらに何かを戻してくれる。結果的に、調査報道の質が上がる。コレクティブを中心とした、ネットワークができていく」。

 ちなみに、市民・読者・オーディエンスを巻き込む、という姿勢はジャーナリズム祭のほかのメディア(大小限らない)でも大きなテーマとなっている。

 クレッチマー氏は「自前のオーディエンスを築き上げるべき。オーディエンスを理解すること。注意を払うこと」。

 オーディエンスは「持続可能な、公正な社会の実現を望んでいる」という。おのずと、コレクティブの経営及び編集方針がこれを反映するものになる。

 現在、約3000人のサポーターがいて、コレクティブはこの人たちにコレクティブの方向性について、意見を募った。同時に、まだサポーターになっていない人にもツイッターやフェイスブックを通して、問いかけた。

 「コレクティブの仕事をどう評価するか」、「あなたにとって最も重要なことは何か」、「どのようにしたらもっと支援者を増やすことができるか」、「どのようなニュースレターを読んでいるか」など。最終的には1500人が質問に答えたという。

調査報道で協力

 コレクティブに所属しないジャーナリストを巻き込んでの調査報道にも、力を入れている。

 550億ユーロにも上る「脱税」疑惑(「CumExFiles」)を調査報道した時は、欧州12か国の19の報道機関と協力した。38人のリポーターが28万ページに相当する書類を共同で精査したという。

 

 ほかにも、いくつもの調査報道を国内外の報道組織と協力しながら行っている。

 提携している報道機関は、コレクティブによる調査結果を使うことができる。「コレクティブの調査であるとその記事の中で書いてもらう、あるいはリンクをつけてもらう」のが条件だ。

 コレクティブ側にとっては、調査報道の内容が多くの人にインパクトを持って伝えられることが利点だ。

地方メディアとの協力体制

 コレクティブは地方のジャーナリストと専門家をつなぐ試みも行っている。

(プレゼンテーションの画面を筆者が撮影)
(プレゼンテーションの画面を筆者が撮影)

 リサーチャー(研究者)とオーディエンスが協力して情報を集め、記事化する。

 ハンブルク、ベルリン、デュッセルドルフなど、特定の都市に焦点を置き、定期的にミーティングを開いている。

 また、「クラウドニュースルーム」も設置した。これはコレクティブと契約をしている報道機関の編集室を一本化する・共通化するもので、報道機関がそれぞれのコンテンツをここにアップロードし、情報を共有しながら作業をする。

クラウドニュースルーム(プレゼンテーションの画面を筆者が撮影)
クラウドニュースルーム(プレゼンテーションの画面を筆者が撮影)

 このシステムを使って、現在までに7つの調査報道が行われ、5000人が参加したという。7つの報道の中で、5つは不動産に関する話題だった。銀行、教育現場も対象となった。

 1つのトピックに1000人規模が参加する。たった1人の記者がたった1回の記事のために取材をするのではなく、「取り上げられたトピックをずっとフォローする人もいて、公的議論の下地が生まれた」という。

 クレッチマー氏はいう。「私たちは活動家ではない。ジャーナリストだ。問題に光を当てるのが仕事になる。人々が問題に対する答えを見つけることを助けたい」。

ファクトチェックの役割

 コレクティブは、ファクトチェックで中心的な役割を果たしていることでも知られている。

 創設当初、ドイツの総選挙でのデマ、フェイクニュースがたくさん広がっていた。そこで、コレクティブがファクトチェックを担当するようになった。事実確認の上、デマか真実かをウェブサイト上で公表する。

 すでに、200人ほどがコレクティブでファクトチェックのやり方を学習している。

イベント「キャンプファイヤー」

 

キャンプファイヤーのイベントの様子(プレゼンテーションの画面を筆者が撮影)
キャンプファイヤーのイベントの様子(プレゼンテーションの画面を筆者が撮影)

 コレクティブは、1年に1回、大きなイベント「キャンプファイヤー・フェスティバル」を開催している。

 昨年のイベント(3日間)では18のテントが設けられ、ワークショップ、セミナーなど(200のセッション)が開催された。1万人以上が参加した。

 調査報道は「ウェブサイト上で出すが、ワークショップや劇場で語ることもできる」とクレッチマー氏。

 「私たちはメディアと、メディアを消費する人を1つの場に置きたいと思っている。バリアがないようにしたい。いろいろな人が一堂に集まれば、そこで議論ができる」。参加費は無料だ。

エンパワーさせるための教育

 コレクティブは教育組織としての面も持ち、ジャーナリズムを学ぶウェブアカデミーを開設している。人々を「エンパワーさせる」という目的があるという。

 「ジャーナリストは職場で訓練を受けるが、誰もが情報発信するようになった今、ジャーナリストのいろいろなスキルは、ほかの多くの人にとっても役に立つものではないか」。

 100人を超える著名ジャーナリストを含む講師がデータの扱いやフェイクニュースの見分け方などを教える。1月29日にサービスを開始し、春までに「5000人が参加した」という。無料と有料(5ユーロから15ユーロ、約590円から1700円)がある。

 ちなみに、英ガーディアンも「マスタークラス」という名称でさまざまな講座を提供しているが、こちらはかなり高額で、例えば1日のライティングコースが249ポンド(約3万2000円)である。

 コレクティブのコースは、収入を得ることよりも教育面に重点を置いているようだ。

本社上階に書店を作った

書店で読者とジャーナリストが出会う(プレゼンテーションの画面を筆者が撮影)
書店で読者とジャーナリストが出会う(プレゼンテーションの画面を筆者が撮影)

 

 「ブックショップ」という試みもある。本社の上階を書店として、毎週水曜日、イベントを開催。記者が「なぜある記事を書いたのか」を話したり、著名人が講演をしたり。イベントはライブストリーミングされる。「ふらっと来て、本を買う」こともできる。これも「市民へのエンパワーメントの1つ」と位置付けている。

 この書店は、筆者もぜひ出かけてみたい思いに駆られた。

***

 欧州のメディアによる、「読者とのつながり方」を数回にわたって、紹介してみた。

 日本で、メディアが読者・視聴者にとってさらに身近で重要度が増す存在になることを願っている。


# by polimediauk | 2019-09-10 16:30 | 欧州のメディア

 英国は、10月31日までに欧州連合(EU)から離脱(「ブレグジット」)する予定だが、これを必ず実現すると確約したジョンソン英政権の評判がガタ落ち状態となっている。

 9月5日、ジョンソン首相の弟で閣外相のジョー・ジョンソン下院議員が、「家族と国益の板ばさみとなって悩んでいた」と、閣外相を辞任した。下院議員の職も退く意向だ。

 8日には、アンバー・ラッド雇用・年金大臣が閣僚辞任、与党保守党からの離党をサンデー・タイムズ紙のインタビューの中で明らかにした。

 自分の弟や信頼を置いていたラッド大臣の辞任は、ジョンソン政権にとって大きな痛手だ。「家族さえも見放す政権なのか」、「慎重派政治家のラッド大臣までが・・・」。そんな驚きを持って受け止められた。

議会長期閉会で、怒り

 政権に対する信頼感や評判が大きく損なわれたきっかけは、ジョンソン首相による、前代未聞のごり押し政治だ。

 首相は就任時から一貫して、将来EUとどのような政治・通商関係を結ぶのかについての「合意に達しなくても、離脱する」覚悟を示してきた。

 「合意なき離脱」は、「崖から飛び降りるような」離脱になると言われているが、混乱が生じるにせよ、ジョンソン首相は「2016年の国民投票での離脱派の勝利」という国民の決定を形にすることに力を傾ける意思を表明した。

 一方、下院議員の間では、「合意なき離脱」は避けるべきという声が圧倒的で、最大野党労働党を中心に、夏休みの後で9月3日に始まる議会では、ジョンソン首相の合意なき離脱にまっしぐら路線を止める法案を提出しようという動きが出た。

 ところが、首相側は先手に出た。議会の開会・閉会を決めるのはエリザベス女王の役目だが、「政府のアドバイスで」決めることになっている。そこで、8月、スコットランド・バルモラル城に滞在していた女王の下に女王の諮問機関となる枢密院のメンバーと離脱強硬派で院内総務ジェイコブ・リース=モッグ氏を派遣して「アドバイス」を伝え、9月上旬から10月中旬までの4-5週間の閉会の承認を得た。

 毎年、秋には政党の党大会が開かれるので、9月の第2週から10月7日ぐらいまでは議会は休会となるが、通常は短期である。これほどの長期は珍しい。

 何を狙ったかというと、閉会を長期にすることで、合意なき離脱を止めるための法案が提出され、これが立法化されることを避けたかったというのが、大方の見方だ。つまり、「議論を封殺」するのが目的だったといえよう。

 民主主義が十分に発達していない国の強権政治をほうふつとさせる手法である。

 政権側は「十分な議論の時間はある」と主張したものの、「議論の場を失われた・制限された」ことへの不満感、怒りが議会内外に充満した。

 歴史を振り返ると、17世紀、国王と議会の対立が内戦(「イングランド内戦」)にまで発展した。1628年、国王チャールズ1世は、課税強硬策に議会が同意しなかったため、翌年議会を解散。その後、11年間、招集しなかった。1640年春、やっと議会を招集したところ、議員たちは11年間の専制政治を責めた。国王は招集からわずか3週間で議会を解散。この年の秋に招集された議会で、議員らは国王の愚性を批判する大抗議文を出し、国王の怒りを買った。国王派と議会派の武力対決が始まったのは、1642年である。

 何世紀も前の話ではあるが、この内戦で議会派が勝ち、議会制民主主義の構築に向かった歴史を人々は忘れていないし、議員であれば、なおさらだ。「あってはならないことが、起きた」という思いが、議員や国民の中でわき起こった。

21人もの粛清がとどめを刺した

 弟のジョンソン氏やラッド大臣の辞職につながったのは、長期閉会の決断の後に、追い打ちをかけるようにジョンソン政権が実行した「21人の与党議員の粛清」だ。

 なぜそんなことになったのか。

 まず、議会の開会時期が短縮されたことで、野党勢力の「何とかして『合意なき離脱』を止めたい」という思いがさらに強くなった。

 そこで、保守党内の賛同議員の協力も得て、ヒラリー・ベン労働党議員が法案を提出した。もし10月19日までにEU側と離脱条件の合意ができなかったら、離脱期限の延期をEUに要請することを首相に義務付ける法案である。これによって、「合意なき離脱」を止めようとしたのである。

 ジョンソン政権はこれに対し、「合意を得るのが最優先だが、もしなくても離脱する。合意なしでも離脱するという姿勢を見せないと、交渉はうまくいかない」と反論した。

 

 しかし、5日までに法案は上下院で可決され、9日以降、立法化予定だ。

 下院では、4日、法案は賛成327、反対299で可決されたが、この時、保守党内からも賛成票を入れた議員がいた。

 そこで、ジョンソン政権は、21人の造反議員を党から除名した。この中にはフィリップ・ハモンド前財務相、最長連続の議員歴をもつ議員に与えられる「下院の父」という敬称を持つケネス・クラーク議員、ウインストン・チャーチル元首相の孫にあたるサー・ニコラス・ソーム議員もいた。まさか・・・の除名措置に、大きな衝撃が走った。

 ますます、「強権政治」に見えてきた。

 ジョンソン首相は、「自分がEUに離脱期限の延期を要請することはない」として、下院の解散と10月15日の総選挙実施を提案したが、下院はこれを否決。しかし、9日にも再度同様の法案を提出する見込みだ。8日時点で、野党側は再度否決する意思を固めている。

ラッド雇用・年金相の思い

ラッド氏(サンデー・タイムズの紙面を筆者撮影)
ラッド氏(サンデー・タイムズの紙面を筆者撮影)

 

 サンデー・タイムズ紙のインタビューで、ラッド氏は、以下のことを語っている。

 閣僚辞任、離党を決めたのは造反議員の「粛清」とジョンソン首相がEUとの合意を取り付けようとはしないことが分かったからだという。

 首相自身は「合意を取り付けることが最優先」と繰り返して述べているものの、同時に「合意がなくても離脱する」とも発言しており、「合意なき離脱を目指している」と解釈されてきた。

 内情を知るラッド氏が、ジョンソン氏がEUとの合意を得ようとしている「証拠はない」と発言したことで、この解釈が当たっていたことが判明した。

 ラッド氏は、クラーク議員やソーム議員の党籍除名は「良識や民主主義への攻撃だ」、という。党内中道派の「近視眼的な除名は、政治的な破壊行為」であり、次期選挙で保守党の損失となると予測する。

 ラッド氏によると、議会の長期閉会について「閣議での説明は一切なかった」。首相とアドバイザーのドミニク・カミングス氏が決めたようだ。

 ラッド氏が閣僚辞任に動いた直接のきっかけは、造反議員の除名措置だった。除名のために保守党本部があっという間に行動を開始したのを見て、「静観しているわけにはいかないと思った。保守党が離脱強硬派だけの政党になってしまうのは間違っている」。

 もはやジョンソン首相の言葉は信じられないという。

 首相は「総選挙をしたくない、合意なき離脱は望まない」と言っているが、「もしその行動がその反対の方向に向かっているなら、人はそれぞれの解釈をする必要がある」。

 「母がこう言っていた。『何を言っているかではなく、何をしているかでその人を判断しなさい』、と」。

世論調査では、ジョンソン保守党が強い

 ジョンソン首相の信頼度は低下する一方だが、保守党への支持率は下がっていない。

 オンラインの世論調査「ユーガブ」が9月5-6日に行った調査によると、保守党の支持率は35%(前回調査から変化なし)、これに労働党(21%、4ポイント減)、自由民主党(19%、3ポイント増)、ブレグジット党(12%、1ポイント増)が続いている。

 ***

 関連記事

 

 【ブレグジット】ジョンソン英政権、10月半ばまで議会閉会 「合意なき離脱」ごり押しのためのウルトラC

 


# by polimediauk | 2019-09-09 17:34 | 政治とメディア

 イタリア・ペルージャで開催された、国際ジャーナリズム祭のセッションから、地域のジャーナリズムを支える例を紹介したい。

 (以下、4月4日セッション「21世紀のメディアのために公的資金を使う」から)

 話し手

 カリン・パグリーズ加アブオリジン・ピープルズ・テレビジョン・ネットワーク(APTN)、ニュースと時事部門のエグゼクティブ・ディレクター

 

 マイク・リスポリ米フリープレスのニュース・ボイセズ・プロジェクトのディレクター

 

 ビクトリア・プレスト英BBCのローカル・デモクラシー・レポーティング・サービス所属

 

***

 地域のジャーナリズムをどう支えるのか?世界中でこの問いが発せられている。

 米ニュージャージー州では地方ニュースと情報拡散を支援するためのプロジェクトに公的資金が投資されることになった。

 英国では、BBCが中心となって地方ニュース活性化が行われている。カナダでは、政府が巨額を地方ニュースの振興に費やすことを決定している。

 公的資金と地方ニュースについて、パネリストたちが現状を説明した。

カナダの先住民向けテレビ局

パグリーズ(撮影Giorgio Mazza)
パグリーズ(撮影Giorgio Mazza)
APTNのウェブサイトから
APTNのウェブサイトから

 カリン・パグリーズのアブオリジン・ピープルズ・テレビジョン・ネットワーク(APTN)は、「世界最初の先住民によるテレビ局」と言われている。カナダの放送局で、カナダと米国に住む先住民に向けて放送されている。

 APTNができた背景には、「公的助成金がないとメディアはやっていけない」という見方があった。「アメリカからカナダにニュースが入り、消費される。カナダの文化はどうなるのか」という危機感もあった。

 カナダも、ほかの先進諸国同様にメディアの消費環境が大きく変わっている。新聞界では「広告と購読料で経営を賄うというビジネスモデルが破綻しつつある」。

 カナダ政府が調査を開始し、2018年の予算に「報道の対象になりにくいコミュニティーの報道」のために財政支援をすることが決定された。「5年間の期限付き」だ。

 新聞界については、税金面での優遇措置が取られることになった。「カナダでは毎年多くの新聞が廃刊となっている。その一方で、ニュースのスタートアップ企業はごくわずかだ」。

 大手新聞社への公的助成金をどのように分けるのかで議論沸騰となった。「報道の自由への懸念もあるし、新規企業は対象にならないので、不公平だという不満の声も出ている」。

米ニュージャージー州の試み

リスポリ(撮影Giorgio Mazza)
リスポリ(撮影Giorgio Mazza)

 マイク・リスポリ(米フリープレス「ニュース・ボイセズ・プロジェクト」のディレクター):フリープレス(2003年創設)は、メディアとテクノロジーを人々をエンパワーするために使う運動組織。ネットの中立性やブロードバンドのアクセスについての運動を行っている。

 「ニュース・ボイス(ボイセズ)」と言うプロジェクトは、2015年、地方のジャーナリズムを活性化させるため、ニュージャージー州で生まれた。

 アメリカではよくジャーナリズム祭で地方のジャーナリズムをどうするかの議論があるという。

 ニュース・ボイセズ・プロジェクトはこの文脈の中で生まれ、コミュニティーをどうやって活性化させていくかについて、イベントやワークショップを開いている。

 米国の地方紙業界は崩壊の危機に瀕しており、ニュージャージー州でもその状況に変わりはなかった。大手放送局が隣接州にあり、ニュージャージー州に限ると地方ジャーナリズムはほとんど砂漠状態。

 まず、プロジェクトでは地元の人にどんな情報やニュースが必要かと聞いた。州内の新聞関係者、メディアの専門家にも話を聞いた。

 その結果、市民のための情報法案を考えた。これによって助成金管理のファンドを作り、地元コミュニティーでこの資金を共有できるようにした。

 「ある地域ではデジタルのスタートアップのためにお金を使う、ほかの地域ではテクノロジーのために、あるいはニュースのリテラシー向上のプログラムにお金を使うかもしれない」。

 2017年、こうした法案実現のために州内の市民が1000人規模で参加した。プロジェクト側が企画したイベントに集まって、ニュースの編集者や法律専門家に手紙を書いたという。次第に機運が高まり、政治家も協力するようになった。

ニュース・ボイセズ・プロジェクトのウェブサイトから
ニュース・ボイセズ・プロジェクトのウェブサイトから

 「政治家がジャーナリズムを助けるとは珍しい。しかし、有権者の要求に応える必要があった」。2018年、法案は可決された。

 ニュース・ボイセズ・プロジェクトは、この法律に沿ってより良いメディアを作るという目的を実現するためのインフラ作りに力を入れている。

 「州民がこれほどニュースの将来について関心を持っていたとは知らなかった」、「ニュースの編集者側は、オーディエンスを単にニュースの消費者としてみてはいけないと思う」。

 ニュージャージー州の試みは、2017年にノースカロライナ州、今年に入ってフィラデルフィア州に広がっている。

英BBCが地方ニュースを支える

右端がプレスト(撮影Giorgio Mazza)
右端がプレスト(撮影Giorgio Mazza)

 ビクトリア・プレスト(英BBCのローカル・デモクラシー・レポーティング・サービス所属):「ローカル・デモクラシー・レポーティング・サービス」とは、BBCと地方のジャーナリズムが協力するプロジェクト。去年の初めから始まった。

 3本の柱がある。

 まずBBCはアーカイブ映像を含む巨大なコンテンツを持っているが、これをパートナーとなった地方メディアが使えるようになる。

 2つ目の柱がデータジャーナリズムで、データジャーナリズムのスキルを地方メディアのジャーナリストに教える。公的なデータを使ってどのような物語を語ることができるか。公益目的のジャーナリズムとは何か、など。

 3つ目の柱が、ローカル・デモクラシー・レポーティング・サービス。144人のBBCのジャーナリストがイングランド地方、ウェールズ地方、スコットランド地方のメディアに配置され、記者として働く。ほか数人が年末までに北アイルランド地方のメディアに配置される予定。派遣されたBBC記者の給与はBBCが払う。

 配置されたBBC記者は地方自治体、警察、消防署、健康医療サービス(NHS)を取材し、地方自治体が制作する資料に目を通す。資料は地方議会の議事録であったりする。議会も取材する。「その地方で政治家が物事を決定するとき、その場所にジャーナリストがいるようにする」。

 取得した情報は、パートナーとなった地元メディアと共有する。BBC、地方紙、そのライバルとなる地方紙も含む。ハイパーローカルなブログ、民間のラジオ放送がこれに入る場合もある。

 パートナーになっているのは、大小含めて100だが、この中には英国の地方紙発行大手3社も入るので、約850のタイトルが含まれ、これは地方新聞市場の75%を占める。昨年以降、春までに約6万本の記事が発信された。

 このプロジェクト開始のきっかけは、英国の地方紙市場の困窮だ。「2017年の統計によると、過去10年間で約300紙が廃刊となった。同じ間に発行部数は50%減っている」。

 「廃刊が続くと、地方自治体の政治を監視する人がいなくなる。権力の監視、詮索をする機能が十分に働かなくなる」。

 BBCは視聴家庭から徴収するテレビライセンス料(日本のNHKの受信料に相当)で国内の運営を賄っている。「今回のプロジェクトの新しさは、パートナー間での協力だ。広い意味で地方のニュース市場が一緒になっている。ライセンス料を使いながら、異なる形のジャーナリズムを実践している」。

 

ローカル・デモクラシー・レポーティング・サービス(BBCのウェブサイトより)
ローカル・デモクラシー・レポーティング・サービス(BBCのウェブサイトより)

 

***

 (ジャーナリズム祭の報告から、最終回はドイツのスタートアップ「コレクティブ」の戦略を紹介します。)

 


# by polimediauk | 2019-09-07 17:43 | ネット業界

会員制ニュースサイト「コレスポンデント」のウェブサイト

 メディア経営で、購読料でもなく、販売収入でもなく、「会員になってもらう」ことで収入を得て、ジャーナリズムにこれを投資する仕組みが世界各国で目に付くようになった。

 読者が会員になることで、コンテンツを作る側の意識が変わり、編集作業も変革している。会員になってもらうためには、どうしたらいいのか、これがメディアの悩みの1つでもある。

 ペルージャの国際ジャーナリズム祭のセッションから、具体例を紹介してみたい。

英ガーディアン紙の会員制はどうやって始まったか

 アマンダ・ミッシェル(英「ガーディアン」のグローバル・ディレクター・コントリビューションズ):収入は広告の方が多かったが、3年ほど前から会員制を開始し、寄付金(コントリビューション)も合わせると、読者からの収入が広告収入を上回るようになった(4月5日のセッション「会員制モデルの人気」)。

 そもそもは、ガーディアンが開催するイベントで始まった。イベントに来てくれた人には参加料を払ってもらえる。しかし、これはロンドン、あるいは英国だけだ。

 読者は世界中にいるし、大規模に読者から収入を得る方法はないか、と。

 まず、読者に大々的な調査を開始した。そこで分かったのは、読者はガーディアンの広告収入はどれぐらいで、寄付するとすればどれぐらいがいいのか、何に使われるのかを知りたがっていた。

 このため、ウェブサイト上では記事の後に、「ジャーナリズムを支えるために」会員制あるいは寄付を募っているという文章を入れるようにした。このやり方は自然発生的にできた。

 ガーディアンのウェブサイトによれば、現在、ガーディアンに何らかの形でお金を払って支援する人は約100万人(有料購読者、会員、寄付金を払う人)。3年後の2022年までに、これを200万人にする計画を立てている。

「ローカル」のスウェーデン版は

「ローカル」スウェーデン版のウェブサイト
「ローカル」スウェーデン版のウェブサイト

エマ・ロフグレンスウェーデン版ローカルの編集者):ローカルは欧州に住む外国人向けのニュース媒体で、9つの国で発行されている。自分はスウェーデン版を担当しているが、英語での情報発信だ(4月4日のセッション「新しいモデル、新しいジャーナリズム:資金繰り改革は内容も変える?」)。

 2年前、ローカルはもっと長期的に、かつ大きく収入を伸ばすにはどうしたらよいかと考えだした。そこで思いついたのがメンバーシップ(会員制)だった。

 ローカルは英語で情報を読む人のコミュニティーに向けて作られており、そのコミュニティーと住んでいる国との橋渡し的役割を持つ。「購読料はお金の行き来だ。しかし、会員制は関係性を築くことを意味する」。

 「クリック数を伸ばすことを最優先するのではなく、オーディエンスにかかわりのある問題を扱っている。オーディエンスからの意見を取り入れて、物事を決定するようにした」。

オランダ:会員と一緒に記事を作る

 さらに詳しく、見てみよう。会員制で知られている、オランダの「コレスポンデント」の例だ。

 ローザン・スミット(オランダの会員制ニュースサイト、コレスポンデント)編集長:オランダではすでに6万人の会員(有料購読者)がいるが、英語版でもサービスを開始し、こちらは5万人(注:本格的なサービス開始は今年秋)。会員は世界130か国にいる。90%の収入は会員からの購読料だ(4月5日のセッション「ニュースビジネスの次は何か?」)。

 日々のニュースを追うのではなく、私たちの生活に重要なトピックを追う。例えば気候温暖化やプライバシー保護など。

 原稿が出るまでの過程に、会員が関与する。例えば、議題を設定するのは編集長ではなく、ジャーナリスト自身。それぞれのジャーナリストが自分なりの議題を持っているので、編集部はジャーナリストに対し、どのようなことを書きたいと思っているかを細かく説明してもらう。

 この時、ジャーナリストは「嘘の中立性」を持たないようにしてもらう。自分なりの世界観(例えばプライバシーだったら、プライバシー侵害に抗議するという姿勢)を読者と共有してもらう。

 ジャーナリストは会員・読者に対し、なぜその特定のことを書くことにしたのかを明らかにする。このようにするのは、会員との関係を築くため。取材・執筆過程にも会員が参加できるようにするため、ジャーナリストは経過報告を出す。そこに会員がインプット。一緒に調査できるようにする。

 会員が関与する動機は、「自分のインプットによって記事が変わる・人の物の見方が変わる・世界が変わる」と思うから。起きていることを批判するだけではなく、解決策も考える視点を持つ。

 これまでの経営で、学んだことをリストアップしてみる。

 まず、会員制とは1つの文化を作ることを意味する。

 また、会員制は双方向の動きで、ジャーナリストはこれまでの取材・執筆手法を変える必要がある。

 読者の方もジャーナリズムに対する期待を変える。つまり、コレスポンデントのジャーナリズムとは出来上がった記事をお金で買う、という商業行為ではなく、会員である自分たち自身も知識のプラットフォームとしてこれに参加することを意味する。ともに作る、ということである。それには会員も時間と知識をインプットする必要がある。

 これを可能にするには互いの連絡をスムーズに行うソーシャルのツールが必要で、会員がどのような専門知識を持っているかを見つけ出せるようなツールも必要だ。

 「対話のエディター」、「ソーシャル・エンゲージメント・エディター」など、新しい職種が生まれた。

 90%の収入は会員が払うことになるが、収入と歳出の内訳をオープンにしている。会員からの支持がなければ成り立たないことを示し、経営の透明性、ひいてはメディアへの信頼性を築くための1つの方法だ。

 会員は記事を非会員に贈り物として送ることができる。また、会員費はいくつかあって、選べるようになっている(払いたい分だけ、払う)。

インド:会員になってもらうために、何を読者に提供するか

「ブルームバーグ・クイント」のウェブサイト
「ブルームバーグ・クイント」のウェブサイト

 リタ・カプール(インドのクインティリオン・メディアCEO):「クイント」というニュースサイト(無料閲読)と同時に、米ブルームバーグと協力して、メーター制の「ブルームバーグ・クイント」というサイトを経営している(4月5日のセッション「ニュースビジネスの次は何か?」)。後者は毎月7本までは無料。2年間、1年間の有料購読、あるいは記事1本ごとのマイクロペイメント体制を取っている。この2年間で5000人の利用者を獲得した。

 先のクイントのウェブサイトの方は一般ニュースを扱っている。今後、会員制を新たな収入源にしようと思っている。

 会員制開始にあたり、3つの特徴を考えた。

 1つは市民記者としての参加だ。インドの山間地帯には、こちらのリポーターが入っていけない・入りにくい場所も多々ある。そういった地域で何が起きているかを知らせてくれる役目を果たす。読者はニュース作りに参加でき、こちらも重宝する。

 2つ目はファクトチェックへの参加である。読者に協力を呼び掛けている。インドではフェイクニュースが多いが、これは、通信が暗号化されるワッツアップで広がる。外からは何が起きているかは分からない。そこで、読者にどんなうわさが出ているかを聞くことで、フェイクニュースが出回っていないかどうかを探る。

 3つ目はオリジナルの特集記事で、この3つの点を持って、会員化を呼びかけた。4月から始めたばかりだが、大きく増えることを期待している。

スペイン:スクープで会員を増やす

スペイン「eldiario.es」のウェブサイト
スペイン「eldiario.es」のウェブサイト

 以下の2つの例は、4月5日のセッション「会員制モデルの人気」から。

 マリア・ラミレズ(スペイン「eldiario.es」のストラテジー・ディレクター):2012年、政治やルポ、調査報道を柱とする左派系メディアとして誕生した。

 当時、経済危機がようやく終わりそうな頃で、既存メディアに対する大きな失望感が人々の間にあった。危機につながる事態を十分に報道できていないのではないか、政治経済のエリート層にメディアは近すぎたのではないかという疑念が人々の間にあった。それで、私たちのメディアが人気になった部分があるのではないかと思う。

 急激に会員(現在は3万5000人)を増やせたのは、1年前のスクープ記事がきっかけだった。マドリード州首相クリスティーナ・シフエンテスの学歴詐欺を暴露した。彼女は最終的に辞任した。

 今後、会員数を拡大するにはスクープを出し続ける必要があるのが悩みだ。現在は購読料を含む読者からの収入が40%で、広告収入は60%。将来的にはこの比率を逆にしたい。

 ウェブサイトは無料で閲読できる。会員になればニュース記事が先に送られるようにしているが、プラスアルファを考える必要がある。イベントを開催すると、若い女性が多い。これを活用できないかと考えているところだ。

デンマーク:イベントで誘う

「ゼットランド」のライブイベントの画面(ウェブサイトより)
「ゼットランド」のライブイベントの画面(ウェブサイトより)

 リー・コースガード(デンマーク「ゼットランド」の共同創業者・編集長):ゼットランドは、ハイクオリティーの会員制電子ペーパー。コペンハーゲンに本拠を置く。

 会員が中核にあり、「会員の時間を無駄に使わせない」を読者への約束としている。広告は入っていない。毎月の購読料は17ユーロ。学生は半額だ。オランダのコレスポンデントの例を倣い、会員は記事をシェアできるようにしてあり、これで知名度を拡大させるようにしている。

 毎日、情報があふれるように出ているので、ゼットランドはそうせず、デイリーのポッドキャストとニュースレターをのぞくと、1日に2本ほどを掲載する。「読み終えた」という感覚を持てるようにする。

 最近の記事の1例として、厳しいしつけ・教育についての連載があった。連載終了後、書籍化した。執筆を担当したジャーナリストは国内各地で講演し、これがゼットランドへの勧誘にも貢献した。

 原稿作成過程では、読者から質問を募った。例えば「妊娠中に、1日3回コーヒーを飲んでもいいのかどうか」という質問が来る。記者は探偵のようにしてこれを調べ、記事にする。会員の興味・関心が核になって、作業が進んでいく。

 ポッドキャストを始めたのは、2年前に読者にどんなサービスを望むかと聞いたところ、「オーディオ」と言われたからだ。記事を読みあげてほしいという。これがすごく人気が出たので、専用アプリを作った。今、サイト利用の65%がオーディオである。読者との対話は非常に大事だ。

 時々、「ライブ・ジャーナリズム」という名前で、大きなイベント(有料)を行う。会員ではない人も含め、1500人ぐらいが集まる。そこで、10本のストーリーをジャーナリストが語る。その後、ビールやコーヒーを片手に話をする。「今は情報がたくさん出ているが、人が一堂に集まって、同じ話を一緒に聞くのは非常に珍しい体験ではないかと思う」。

英フィナンシャル・タイムズ紙のライブ・ジャーナリズムのイベント

「ライブ・マガジン」のウェブサイト
「ライブ・マガジン」のウェブサイト

 

 ジャーナリズム祭の別のセッションで、パネリスト(フローレンス・マーティン=ケスラー)が「ライブ・ジャーナリズム」を実践する会社「ライブ・マガジン」(フランス)を運営しているという。2014年創業。

 ジャーナリスト、作家、アーチストなどを劇場の壇上に呼び、そこで「ストーリーを語る」ことをライブ・ジャーナリズムと呼んでいる。欧州各国でこれまでにいくつものイベントを行っている。(2017年の関連記事

 

 今年4月9日、英国での最初の試みとして、ライブ・マガジンの協力によって、英フィナンシャル・タイムズ紙がイベントを行ったので、出かけてみた。

 場内の撮影・録音は許されず、「その場限り」のイベントである。場所は、ロンドン・バービカンセンター近くにある大学の講堂だ。

 著名コラムニストやジャーナリストたちが、舞台の右端に並べられた椅子に座っている。左端にはピアノが1台。

 一人ひとりが舞台の中央にやってきて、それぞれのストーリーを語る。例えば、昨年殺害された、サウジアラビアのジャーナリストについての思い出を語ったジャーナリスト、メイ首相(当時)への期待感がいかに失われていったかを「メイ政権は大きな冷蔵庫だ」というタイトルで面白おかしく話したコラムニスト、政治漫画家の話などに加え、株価の動きをオペラ歌手が「歌声でつづる」(株価が上がれば、声も上がるという演出)というアトラクションもあった。

 笑いあり、涙ありのストーリーイベントだったが、少々お堅い感じがあった。感動まではいかなかったように思う。特定のテーマがあれば、また来ようと思ったかもしれないが。

 チケットは35ポンド(約4500円)。ガーディアンの同様のイベントでは17-20ポンド(2000-2500円)ぐらいで、それに比べるとやや高い。観客は20代から60代。若者たちのグループが目立った。もしかしたら、安く入手していた可能性もある。

 FT、ガーディアン、ほかの英国の新聞もイベント自体はよく開いている。また、ジャーナリストや編集者が議論をする、講演をする場合も珍しくない。

 しかし、ジャーナリストたちが次々とストーリーを語る「ライブ・ジャーナリズム」的イベントは、どこかに「頂点」がないと、最後の感動にまではなかなかいかないように思う。「また来たい」という気持ちにさせてくれない。

 先のゼットランドのイベントは、パフォーマンスにかなり工夫をしていると聞いている(ジャーナリストが着ぐるみに入って登場。舞台劇を思わせる)。また、イベント後の「飲み物を片手のおしゃべり」が大好評であるという。英国メディアが学ぶ部分はいろいろありそうだ。

 (次回は、地方ジャーナリズムを救う試みを紹介します。)


# by polimediauk | 2019-09-06 23:29 | 欧州のメディア

 前回、英ガーディアン紙が購読収入や販売収入とは別個に、会員制やフィランソロピー(慈善行為、社会貢献活動)による支援金・寄付金をジャーナリズムに投資し、効果をあげている話を紹介した。

 今回は、フィランソロピーとジャーナリズムについて、今年4月に開催されたイタリアの「ペルージャ国際ジャーナリズム祭」*(記事の最後に詳しく説明)でのセッションから論点を紹介してみたい。前回の記事と若干重なる部分もあるが、話のつながりとして中に入れてみた。

フィランソロピーとジャーナリズムの関係は

 ニュース組織の経営は厳しいものになっているが、財団や読者からの財政支援、億万長者からの寄付金によって運営される、非営利のニュース・メディアが一定の位置を占めるようになってきた。その良い点、悪い点を経験者が語った。

 4月5日のセッション「フィランソロピーはジャーナリズムを救う答えになるか?」

 話し手

 クレイグ・ニューマーククレイグ・ニューマーク・フィランソロピーズの創業者

 

 アラン・ラスブリジャー、ガーディアン元編集長、現在はオックスフォード大学マーガレットホール学長、ロイタージャーナリズム研究所の会長 

 

 ビビアン・シラー米シビル財団のCEOで、ガーディアンを所有するスコット・トラストのメンバー

 インディラ・ラクシュマナンピューリッツアー・センターのエグゼクティブ・ディレクター

 

なぜ投資するのか、投資家の視点は

ニューマーク 撮影Diego Figone
ニューマーク 撮影Diego Figone

 クレイグ・ニューマーク(米クレイグ・フィランソロピーズの創業者で、ジャーナリズムのためにたくさんの寄付金を出している):なぜジャーナリズムに投資をするのか、と聞かれる。

 学校で学んだのは、信頼できるジャーナリズムは民主主義にとって不可欠だと言うこと。国家として生き残るには、国民は何が起きているかを知らなければならない。ジャーナリストは真実を語る役目を持つ。

 2016年11月、トランプ米共和党候補が大統領選に勝利した。「あれが警告となった」。

 「ジャーナリズムを助ける」ために、資金を出すことにしたという。

 「普通の人が世界の中で正しい判断をするには、正確な情報が出回っていることが必要だ。以前から、米ポインター財団を助けてきた。財団はアメリカのジャーナリズムの倫理と言うことに関しては先端を行っていると思う。私自身にはジャーナリズムの経験がほとんどないので、他の人の意見を聞いてどこに投資するかを決めている」。

 *ニューマークのジャーナリズム支援の1つ、ニューヨーク市立大のジャーナリズム・スクール

 

英ガーディアン紙が、フィランソロピーでできたこと

 アラン・ラスブリジャー(ガーディアンの元編集長):「ガーディアンはスコット財団に所有されてきた。大きな利益を生み出すような新聞ではない」。

ラスブリジャー 撮影Diego Figone
ラスブリジャー 撮影Diego Figone

 ガーディアンは会員制を設け、それが最近は100万人に達した。「会員制は一種のフィランソロピーであると思う。購読料とは違う。会員になるためにお金を出すことで、自分だけではなく、みんながガーディアンのジャーナリズムを読めるようになるからだ」。

 ビル・ゲイツ財団からの寄付金では開発についての記事を書くことが条件だった。結果的に主にアフリカ大陸について書くことになった。もし寄付金がなければ、ガーディアンはこうした記事を書く財政上の余裕はなかっただろうという。「お金をもらうことによってこのようなテーマについて書けるというのは、良いことだと思っている」。

 また、オーストラリアの政治家から電話をもらい、オーストラリア版のガーディアンを作ってくれないかと言われた。「70%のオーストラリアのメディアがメディア王マードックに所有されているので、何とかしてほしい」と。ラスブリジャーはオーストラリア版を作りたかったが、「お金がなかった」。

 そこでフィランソロピーで進めることにし、旅行サイト「Wotif」を作った起業家グレアム・ウッドが5000万ポンドを提供して、オーストラリア版ができたという。

 ほかには、寄付金を利用して「現代の奴隷制度」、「都市の近代化」などのテーマで記事を作ることができた。「お金を出す方にしてみれば、ガーディアンに記事が出てたくさんの恩恵があったと言うふうに考えているのだろう」。

ジャーナリストがかわいそうだから、フィランソロピー?

 

シラー 撮影Diego Figone
シラー 撮影Diego Figone

 ビビアン・シラー(シビル財団のCEO)は、「フィランソロピーによる支援は、ジャーナリズムが苦しくなっており、かわいそうなのでこれを支援すると言う形で与えられるべきではない」という。

 インディラ・ラクシュマナン(ピューリッツアー・センターのエグゼクティブ・ディレクター)もこれに同意する。「フィランソロピーによる支援はジャーナリストを助けると言うよりも、パブリックのためにある。民主主義社会が機能するため。人々が社会に参加するためだ」。

 ラクシュマナンは、「もし利益の衝突が起きたら、どうするのか」をラスブリジャーに聞いた。「ゲイツ財団がアフリカの開発について記事を書くために資金を出した後で、ガーディアンが調査し、ゲイツ財団自身の開発支援が非常に効果が低かったことが判明したら、どうするのか」。

ラクシュマナン 撮影Diego Figone
ラクシュマナン 撮影Diego Figone

 ラスブリジャーは、「まず最初にルールを決めておく」という。ルールをオープンにし、関係者が何がルールかをわかるようにしておく。該当するプロジェクトに誰がお金を出しているのかも明記する。

 これまでにも広告収入を得ながらメディアは活動してきたので、「フィランソロピーの場合も問題はないと思う」。

居心地の悪さ

 しかし、ラスブリジャーが「居心地の悪い思い」をしたことは何度もあったようだ。

 編集長時代に、あるネイティブ広告の記事が掲載された。ほぼ同時に広告の中で紹介したある企業について、かなり批判的な記事が出ることになった。これを知ったラスブリジャーは、担当の記者に電話した。「なぜここまで批判的な記事を書くのか」と聞いた。

 記者は「この会社はひどいと思う」と持論を述べたという。ラスブリジャーは記事の差し止めをしなかったので、批判記事はそのまま掲載された。

 また、気候温暖化についての記事が、フィランソロピーで援助を受けたいくつかの財団を真っ向から非難する内容だったことがあった。「読者からこの点を指摘された」という。まさに「居心地が悪い」瞬間だった。

 セッションの動画

ペルージャのジャーナリズム祭とは

 毎年4月、ペルージャで開催される「国際ジャーナリズム祭」は、地元活性化の一環として始まった。参加費は無料で、世界各地からやってくる学者、リサーチャー、ジャーナリスト、メディア組織の編集幹部、学生、一般市民などが参加する。

 

 今年は4月3日から7日まで開催され、スピーカー(女性は49%)は約650人、セッション数は約280。運営ボランティアは、19か国出身の約130人。

 運営資金のスポンサーは、フェイスブック、グーグル、アマゾン、欧州委員会、コカ・コーラ社、ネッスル社、衛星放送スカイ、金融機関ユニポールと小規模なNGO組織。ペルージャがあるウンブリア州地域カウンシルも支援。

 寄付金は米クレイグ・ニューマーク・フィランソロピーズから(ニューマークは「クレイグリスト」で知られる)。(クレイグリストとは

 来年は、4月1―5日に開催予定となっている。

プログラムの特徴は

 近年の焦点はテクノロジー関連(データジャーナリズム)、世界の報道の自由、ビジネス(ニュースのスタートアップ)。過去2年はフェイクニュースやフェイスブックを始めとするソーシャルメディアの諸問題が中心となった。

 今年は純然たるテクロノジー関連は影を潜めたようだ。また、フェイクニュースは一時期の大騒ぎを通り越し、国家レベルの「ディスインフォメーション」をどうするかの議論に成熟した。

 ソーシャルメディア、特にフェイスブックに対する視線はいまだに厳しいものの、ザッカーバーグCEOが規制導入に前向きの姿勢を見せていることから、「どうやって共にやってゆくか」という議論に向かいつつある。

 (次回は、各メディアによる会員制を詳しく報告します。)


# by polimediauk | 2019-09-05 19:30 | 政治とメディア

メディア展望」(新聞通信調査会発行)8月号掲載の筆者記事に補足しました。

***

 英国の左派系高級紙「ガーディアン」(月曜から土曜)と日曜紙「オブザーバー」を発行するガーディアン・ニュース&メディア社が長年の赤字を克服し、2018-19年度で80万ポンド(約1億円)の営業利益を計上した。親会社となるガーディアン・メディア・グループ(以下、「グループ」)が、8月上旬、19年3月決算で正式に発表した

 グループの収入は2億2450万ポンド(約290億円)に達し、経営陣が3か年計画で目指していた損益分岐点に達した。鍵はデジタル収入と読者からの支援の増加であるという。

 グループの収入の半分以上(56%)がデジタルから生じるようになっている(プリント版発行による収入は43%)。

収入の内訳 ガーディアンのウェブサイトから
収入の内訳 ガーディアンのウェブサイトから

 収入の内訳は、大きい順から「広告収入」(40%)、「読者からの収入」(28%)、「店頭での販売収入」(24%)。

収入の内訳 ガーディアンのウェブサイトから
収入の内訳 ガーディアンのウェブサイトから

  

 今回の決算では、海外事業の結果を初めて公表。ガーディアンのウェブサイトには米国版とオーストラリア版があるが、この2つのウェブサイトの広告収入と読者からの支援は3008万ポンドの収入を生み出したという。これはグループの海外事業収入の14%にあたる。

 3月時点で、ウェブサイト(ガーディアンとオブザーバーは1つのウェブサイトを共有)には1億6300万人のユニークユーザーがおり、13億5000万のページビューがあったという。

 現在、ガーディアンに定期的に財政支援を提供する人は65万5000人に達し、過去1年に一度でも支援した人は約30万人だ。

 グループは、非営利組織「スコット財団」に所有されており、10億ポンドの寄贈財産を持つ。これを長年にわたって投資することによって得た収入の中で年間300万ポンドをジャーナリズムに投入している。

新聞ビジネスをどのように立て直したのか

 グループの中核をなすガーディアン・ニュース&メディア社は、2017-18年度には1900万ポンドの損失、15-16年度には5700万ポンドの損失を出したものの、過去3年で経営が大幅に改善された。

 経営状況改善の鍵は2016年1月から導入された、「リレーションシップ戦略」だ。読者とのかかわり(リレーションシップ)をより深めることで収入を増大させ、3年で経費を20%減少させることを目指した。

 人員削減の過程では解雇費用に430万ポンドを支払い、編集・販売・サポート部門の従業員を1475人から1437人に減らしている。

 また、ガーディアン、オブザーバー両紙は英国の新聞では固有となる縦に細長い「ベルリナー判」で印刷されてきたが、これを小型タブロイド判に変更(2018年1月)したことも経費削減に寄与した。

購読者のほかに会員、支援者を募る

 「読者からの収入」と言えば、店頭で新聞を買うことから得られる販売収入か、プリント版あるいは電子版の有料購読による収入が一般的。

 しかし、ガーディアンは左派リベラル系の政治姿勢や継続した調査報道を看板とし、同紙のジャーナリズムに貢献する「会員」あるいは「支援者」として金銭を払う選択肢を読者に提供した。

 ほかの英国の新聞は電子版での記事の閲読に一定の限度を設け、購読者でないとすべては読めないようにしているが、ガーディアンやオブザーバーは過去記事も含めて無料で読めるようにしている。

 注目に値するのは、無料での記事閲読を維持する一方で、有料購読という形ではなく、「会員」、「支援者」、「貢献者」として読者に幾ばくかの料金を払ってもらう仕組みを考案したことだ。

購読者、貢献者

 現在、ガーディアンに毎月何らかのお金を払う人は65万5000人に上ると紹介したが、もう少し詳しく見てみよう。

 その内訳は、プリント版あるいは電子版の有料購読者(サブスクライバー)、会員(メンバー)、支援者(サポーター)、貢献者(コントリビューター)などに分かれる。

 また、昨年1年間で30万人が1回限りの形でお金を払っているので、トータルでは、年間約100万人から収入を得ている。

 有料購読者以外の区分けだが、

 ー「会員」には「サポーター」(年に49ポンドあるいは毎月5ポンドを払う)と「パートナー」(年に149ポンドあるいは毎月15ポンド)があり、前者はガーディアンが主催する会員向けイベント(有料)に出席でき、後者は同様のイベントに無料あるいは割引価格で参加できる。

 ー「支援者」は毎月5ポンドを払うことで、ジャーナリズムを支援する。

 ー「貢献者」は寄付金を払う仕組みで、頻度(「1回のみ」、「毎月」、「毎年」)と金額(2ポンド以上)を選択できる。「パトロン」という選択肢(年間1200ポンド以上)もある。

会員制、寄付金制度の広がり

 会員制でよく知られているのが、オランダの新興メディア「コレスポンデント」(電子版のみ)だ。

 サイトに広告は入れず、有料購読者からの収入でほぼ運営を賄う。読者を「会員」あるいは「貢献者」と見なし、より深い関係を持つことを目指す。

 現在6万人の会員を持つが、英語版(会員数5万人)を今年秋から開始予定。会員制を双方向の動きと考え、原稿の議題設定から執筆までの過程に会員も関与する。ジャーナリストは執筆経過を会員に明らかにし、会員はこれに情報を付け加える。執筆者と会員とが時間と知識を投入して1つの記事を作り上げていく。時折会員向けイベントを開催し、媒体との結びつきを強化している。

 「大きな規模の会員制」とも言えるのが、「フィランソロピー(社会奉仕、慈善事業)」による財政支援だ。

 米「クレイグ・ニューマーク・フィランソロピーズ」の創業者クレイグ・ニューマーク氏は、ジャーナリズム振興のために多額の寄付金を拠出している。ジャーナリズムの教育機関米ポインター・インスティテュートやニューヨーク市立大学のジャーナリズム・スクールなどが拠出先だ。

 ガーディアンは米ゲイツ財団、米ロックフェラー財団などから寄付金を受け取っている。「気候温暖化」、「現代の奴隷制度」など、テーマが指定される場合もある。いずれも、社会的に重要なテーマであるが、必ずしもページビューや広告収入の増大に結び付かないものである。

 しかし、支援を提供する組織の利害が報道の邪魔になる場合はないのか?

 ガーディアンの元編集長アラン・ラスブリジャー氏は「最初にルールを決めておく」ことを進言する(伊ペルージャのジャーナリズム祭にて、今年4月)。「このルールを関係者全員が分かるようにしておく。また、記事の中に該当するプロジェクトに誰がお金を出しているのかを明記する」という。

 ガーディアンの会員制・寄付金制度は、フェイスブックの個人情報流出事件を含むスクープ報道を次々と発信していることやその政治姿勢への支持、ファン層のベースがあってこそ、実現できたと言えよう。

 しかし、独自の支援者層を作りこれを収入増に結び付ける試みやフィランソロピーの支援は日本でも応用が可能に見える。

*** 

 会員制、フィランソロピーについては、4月に開催された「伊ペルージャ・ジャーナリズム祭」で興味深い例があったので、次回以降、さらに詳しく紹介してみたい。


# by polimediauk | 2019-09-03 18:13 | 新聞業界

 9月3日、夏季休暇中の英議会が再開する。英国の最大野党・労働党は早ければこの日、ジョンソン新政権に対し、内閣不信任決議案を提出すると言われている。

 英国の欧州連合(EU)からの離脱(「ブレグジット」)を巡り、ジョンソン政権は「合意なき離脱」も止むなしとしているが、そうなれば経済に大きな負の影響を及ぼすことが指摘されており、これを阻止するのが目的だ。可決されれば、ジョンソン内閣は総辞職に追い込まれる。

 現政権は、閣外協力を提供する北アイルランドの地方政党「民主統一党(DUP)」の10議席を入れても、わずか1議席で過半数を維持する不安定な状況にいる。

 今後、議会では強硬離脱を志向するジョンソン政権と、そうはさせまいとする野党勢力に一部の与党・保守党議員が入る反ジョンソン勢力との間の綱引きが続きそうだ。

 いざとなったら政権交代ができるよう二大政党制を取ってきた英国で、労働党は「公式野党」(「女王陛下の野党」)の位置づけになる。しかし、ここ数年は様々な批判の的になり、ブレグジット問題では保守党同様に内部分裂状態となっている。

 4月に出版された、「候補者ジェレミー・コービン『反貧困』から首相への道」(岩波書店、アレックス・ナンズ著、翻訳:藤澤みどり、荒井雅子、坂野正明)の翻訳者の一人で、労働党ウォッチャーでもある藤澤みどりさんに、労働党の状況と今後の動きについてじっくりと聞いてみた。

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下から求められて出てきた、コービン党首

ーなぜこの本を翻訳しようと思ったのでしょうか。

 コービンが党首に選ばれたあと、コービン関連本が何冊も出版され、ほかにも数冊読みましたが、ドキュメンタリーとしてこれが一番面白かったのです。コービンの生い立ちなど過去のことではなく、今動いている「運動」という観点から書かれた点が一番面白かったです。

 コービン選出の過程では、いろいろなことが下から発生しました。彼は、下から求められて出てきたのです。

ー「下から上へ」という動きは労働党に特徴的なことでしょうか。

 そうではありません。ニューレイバー時代から徹底した「トップダウン」でした。(前の党首の)エド・ミリバンドの時に幾らかでもボトムアップな感じになったのですが。

ーなぜコービンが下からの支持で党首になるほどの人気が出たのでしょうか。

 30年以上、いろいろな運動にかかわってきた人だったから、というのもあると思います。反戦、反核運動、労働運動のイベントでは、常連のスピーカーの一人でした。個人的には特に印象はなかったのですが。(労働党左派の故)トニー・ベンのスピーチを聞きに行くと、コービンもいる、と。彼を知っている人が左派にはすごく多かったのです。

緊縮財政が起爆剤に

ー2010年から15年の保守党・自由民主党連立政権や保守党単独政権(2015年から現在)への反動というのも、あったのでしょうか。

 この政権が緊縮財政を行った点が大きかったと思います。

 最初は、大学の学費問題でした。2010年の初冬から12月にかけて、学生たちが抗議運動を行ったのです。争点は、学費の値上げや教育補助削減に対する抗議です。高校生ぐらいの年齢の子がもらっていた小額の補助が取り上げられてしまいました。大学の学費は3倍になりました。その時に中高生や大学生の抗議運動が全国規模で起きたのです。授業をティーチインなどに替えた学校もあったし、大学占拠も各地で発生しました。

 つまり、背景には若い人たちの政治化がありました。抗議デモには、一時、5万人が集まりました。大学生とそれよりもう少し若い世代の人たちが抗議デモを起こし、「連立政権はダメ」、ということになりました。

ー2010年の総選挙では、どの政党も過半数の議席を維持することができず、「宙ぶらりんの議会」(ハング・パーラメント)になりましたよね。そこで、保守党は当時第3党の自由民主党と一緒に連立政権を組むことになりました。自民党は、選挙戦では大学の学費値上げ反対を公約に入れていましたが、政権に入ってからは値上げを撤回させることができませんでした。これで自民党が大きく支持を失ったことを記憶しています。

なぜ、「コービン降ろし」が始まったのか

ー2015年9月、コービンは党員からの圧倒的な支持を得て、労働党の党首に就任しました。でも、その後、なぜかコービンを党首の座から引きずり降ろそうとする「コービン降ろし」現象が始まりました。メディアも、一斉にコービンを批判していたことを思い出します。なぜ労働党議員は反コービンになったのでしょう。なぜ彼は、メディアに嫌われるのでしょうか?

 労働党議員については、今まで通りのことができなくなってしまうというのが、一番大きいと思います。2番目には、コービンでは選挙に負ける、中道でなければ選挙に勝てないという中道信仰のようなものがあります。

 いわゆる中央メディアが嫌っている理由は、コービン政権ができたら、今まで通りのやり方(全国紙がアジェンダを作り、電波媒体がそれに肉付けしていく、ロンドン中心のニュースの作り方)を変えなければならなくなるからでしょう。現状を維持したい、予定調和を崩されたくない、「ガラガラポンされたくない」という要素が大きいと思います。コービンはメディアを民主化すると主張してますから。

 いずれにせよ、これまでのやり方から利益を得て来た既得権益層には、何が何でも止めなければならない存在なんだと思います。

 ブレア派(元労働党党首・首相のトニー・ブレア氏が主導した「ニューレイバー」路線を支持している派閥)の議員らは、当初、なんとかして党首を交代させようとしましたが、それが無理だとわかると、いまは労働党をいかに選挙に勝たせないかで動いているように見えます。

ー労働党は今、バラバラになっていますよね。コービンは基幹産業の国有化を提唱するなど、ニューレイバー派によって片隅に追いやられた伝統主義者と言ってもよいでしょう。党内の中道派、ニューレイバー派が反発する気持ちは分からないでもありません。結局、今年2月にはブレア派の中堅議員ら数人が離党してしまいましたね。労働党議員の中では、次の総選挙でコービンを勝たせたくないという思いさえ、感じます。

 勝たせたくない、と確かに思っているでしょう。コービン党首の状態で労働党が総選挙で最大議席を取ってしまうと、例え過半数が取れなくても、コービンが首相となって政権を発足させることになりますから。

もし政権が取れたら、何が起きる?

ーコービンや党の指導部は、政権が取れた場合の心の準備はしているのでしょうか?

 政権が取れたら何をするか、最初の100日の計画を立てているようです。もし少数与党になったら、目標通りには政策を実行できないかもしれませんが、最初の100日間で目に見える違いを出すことを目指しています。

 一旦、政策が実行され出したら、もう止められなくなります。仮に、もう高齢だから、という理由で党首交代になったとしても、彼の政策を引き継ぐ人が出てきます。そうなったら、ブレア派議員たちが入る余地がなくなります。

 そんな状況を阻止するために、とにかくコービン氏を首相にしないようにというのが、今1番の目標でしょう。

ー何を達成したいのでしょう?

 中道に戻したい、ということでしょう。新自由主義と社会保障を両立させるプロジェクトを継続させたいのでしょう。実際のところ、もう無理になっていますが。

「反ユダヤ主義」の波紋

ー労働党の指導陣は今、「党内の反ユダヤ主義に十分に対応しなかった」ということで、大きな批判の的になっていますが、どう思われますか。

 労働党内の反ユダヤ主義問題は、メディアが騒然となるほどには量的にも質的にも深刻ではないので、コービンを叩くネタに使っているように見えます。基本的に、反ユダヤ主義は右派勢力に圧倒的に強く、保守党の方がはるかに汚染されているし、悪質な脅迫などの犯罪を起こしているのは極右です。

 反ユダヤ主義は動機に違いがあり、右派はおおむね人種差別から生じており、左は、資本主義への批判が根っ子にある「世界の資本を握っているのはユダヤ人」といったような陰謀論から出てきている、と言われています。

ーイスラエルに対する批判も、左派系勢力の反ユダヤ主義の背景にある、と言われていますが。

 それとは別に、隠謀論から入る反ユダヤ主義もあるという意味です。同様の現象がオルタナ右翼にも見られます。ただ、(労働党の関係者で)攻撃対象にされているのは、イスラエルの占領政策に対して批判的な人々です。ただし、イスラエルの現政権に対する批判は、公式には反ユダヤ主義とは定義できないので、ちょっとした言葉遣いなどを槍玉に挙げて告発する、という方法が取られています。ある文脈の中から一言を抜き出して非難したり、本人の意図とは曲げて解釈したりし、メディアがそれに加勢しています。

BBCは不偏不党か

ーBBCを見ていると、労働党は「反ユダヤ主義」で、悪いのはコービンだ、と報道されがちですが。

 労働党は、コービンが党首になってから、これまでよりかなり踏み込んで、反ユダヤ主義を党から一掃する取り組みを強化しています。数値にも表れていますが、全く評価されません。例えば、ブレア派の有力議員が、ソーシャルメディアから反ユダヤ主義の証拠を200も集めて党に提出したのに、全く対処されないとメディアで主張しています。200件のうち、党員が関係していたのは十数件で、適切に対処されていますが、いまだにメディアでは200件という数字が使われています。コービンは政権を取ったらメディア改革を実行すると言っているので、もしこれが実現したら、後で「あの報道は何だったのだろう」と思うかもしれません。労働党の政策はどれもポピュラーなので、反ユダヤ主義」(とブレグジット方針、後述)以外に叩くネタがないのだろうと思います。

ーしかし、BBCは不偏不党ではないのでしょうか。

 全然、不偏不党とは思っていません。以前はある程度の中立性があると思っていましたが、コービンが党首になってからの変化で、考えが変わりました。

 例えば、ブレグジットの報道もそうです。

 コービン労働党は、超ソフトなブレグジット(注:関税同盟を維持し、単一市場へのアクセスを新たに確立する)です。バランスが取れており、英国にダメージが少ない案です。

 国民投票で離脱に決まってしまったので、民主主義のルールを維持し守るためには離脱しないという選択肢はないと私は考えており、労働党執行部は、限りなく残留に近い、一番ダメージが少ない離脱をしようと言っているわけで、全然おかしくないはずです。

 それにもかかわらず、BBCも含めて、メディアは「コービンは立場をはっきりさせない(離脱か残留かのどちらかを選ばない)」と報道します。でも、はっきりさせようがないんじゃないでしょうか。ブレグジットを決めた国民投票(2016年)は、48%が残留を、52%が離脱を選択したのですから。

ー影のブレグジット大臣のキア・スタマー議員は、党の指導陣の足を引っ張っているように見えます。再度、国民投票をやる意思を見せているからです。

 そうですね。

ーでも、再度の国民投票は、国民から大きな反感を買うことは間違いありません。3年前の国民投票ですでに結果が出ているわけですから。まさに民主主義を裏切ることになりますから。

 アリステア・キャンベル(ブレア政権時代の官邸報道局長)などは、明らかにコービン降ろしのためにやっていると思います。こういう人たちにとって、再度の国民投票の呼びかけは(労働党議員や支持者を分裂させるための)1つの道具なんでしょう。

 一旦国民投票をやって決まったことを、その結果が実施もされないうちに、もう一度国民投票をやってひっくり返すなんて、誰から見てもおかしいのに、おかしくないと言い張っています。

ー労働党や労働党指導陣がどちらに行きたいのかが、分かりにくい感じがします。コービンは緩やかな離脱案を出していますが、一部の労働党議員らは再度の国民投票を呼び掛けていますが。

 コービンは基本的に総選挙を望んでいます。

コービンは「危険な共産主義者」?

ーコービンが首相になる可能性もあります。コービンがどんな人物なのかを私たちは知っておいたほうがいいと思っています。メディア報道を見ると、コービンは危険な共産主義者として描かれていますが。

 全くそうではないと思います。そもそも、2017年の総選挙に向けたマニフェストを見ると、その政策は以前の英国なら中道よりちょっと左ぐらいだと思います。(社会系政党が強い)スカンジナビア諸国であれば、普通でしょう。「左」ともいえない。(第2次世界大戦後、福祉国家政策を推進した、労働党の)アトリー政権に比較すれば、ぬるいものだと思います。

 英国の政治がかなり右に寄っているのでそう見えるのではないでしょうか。

ーコービンは頑固な人と言えるでしょうか。首相になっても、「核兵器のボタンを押さない」と言ってしまっています。核兵器を持つ国の政治のトップとして、これでは批判されるのも無理ないのでは?

 筋金入りの反核主義者であり、嘘が言えないので。その点で頑固ですね。

 ブレグジットは国の一大事ではありますが、「合意なき離脱」にならない限り、おそらくコービンにとってそんなに大きな問題ではないのではないかと思います。国の経済システムを変える大仕事に比べたら、それほどではない、と。ブレグジットはEU側と協議し、双方が納得できる合意を引き出せばいいわけですから。それに対し、国のシステムを変えるのは、何をするにも抵抗だらけでしょう。


ーコービンはどんな人だと言えますか?


 社会イシューに関してはきわめてリベラルです。LGBTにしろ、移民にしろ。元々が権威を嫌う人です。

ーその点だけでも、英国のエリート層には嫌われるでしょう。

 そうでしょう。

 コービン政権は、地方自治をすごく大事にするはずです。地方自治主義が拡大すると思います。

 下から意見を吸い上げる形としては、2017年ぐらいから、すでに始めています。党のコーディネーターが各地にいて、それぞれの地域で意見交換会を開催しています。コービンや(その右腕で影の財務相の)ジョン・マクドネルなどが出かけて行って、意見を吸い上げています。全国で組織が作られていますから、政権が発足したら、こういう人たちが動き出すことになります。

 上からではなくて、下から上がってくる感じです。そうやって政策を実行していくような形になるんだろうと思います。だから、「傍観していないで、あなたも動きなさいね」、と言われるはずです。

ー現在の中央政府の姿勢とは、ずいぶん違うようですね。

 そうなんですよ。上だけでお金が動いて、美味しいところを取っていた人にとっては、面白くない状況になりますね。

 下から、できることを吸い上げていくことによって、多分、相当、上の無駄を減らすことができるのではないかと思います。なんのために使われているかわからないお金を教育の無償化などに回す可能性があるのではないか、と。

ー今の労働党には、党首を支える仕組みが必要ですね。

 なぜ周りじゅう敵ばかりなのか。例えばスコットランド国民党(SNP)でできて、労働党ではできないのか。その理由の1つは、労働党では、次の選挙がある時に現職は自動的に立候補できるようになっているからだと思います。

 SNPや緑の党は、毎回、選挙区の党員が現職の議員を候補として推すか推さないかの決断をします。そして納得して選挙運動を積極的に行います。

 そういった仕組みが労働党はなかったのです。ですから、コービン氏に反対している議員が、結局は生き残ってしまいます。議員を入れ替えないと現状は変わらないでしょう。

 ところが、去年の党大会で、党員が選挙区の議員を再選択する仕組みが可決されました。選挙区に所属する党員の一定の割合が賛同すれば(トリガー投票と言います)、再選択のための投票ができるようになったようです。2月に離党した議員の一人は、トリガー投票で再選択(現職の他に立候補を希望する人がいれば、選挙区党員の投票で候補者を決定)が決まっていました。もう一人は、地元選挙区の党員に不信任されていました。コービンに敵対していた議員は、この夏、気が気じゃないでしょう。

ービジネス界はコービンを支援しているのでしょうか。例えば中小企業はどうでしょうか。元々、労働党は労組から生まれた政党ですよね。

 労働党は、労働者の権利を守るという立場ですが、そこで「生活賃金を上げる」となると、中小企業の経営陣は、「え?」となってしまいます。補助金を出す、税率や社会保障費の負担率を下げるなどの支援策が提供できるかどうかですね。

ー親労働党の新聞メディアは、何になりますか。左派系高級紙ガーディアンや大衆紙デイリーミラーでしょうか?

 ガーディアンはそうでもないですよ。基本的に中道支持なので。BBCと似たり寄ったりかもしれません。

ー9月、議会が再開したら、すぐに労働党が内閣不信任決議案を出すと言われていますが。

 不信任が可決されると、首相は信任される内閣を14日以内に組閣しなければなりません。できなければ解散総選挙になり、ブレグジット期限前に新政府が誕生するはずでした。ところが、ジョンソン首相の顧問が抜け穴を見つけ出しました。新内閣の組閣は諦めて、首相権限で解散総選挙を宣言し、投票日を11月頭にするというのです。これが実行されると、選挙運動中にブレグジット期限になり、自動的に合意なき離脱になります。そのため、いま野党と与党の反ジョンソン派が阻止する方法を模索しています。どうなるか。

野党側と話さなかった、メイ前首相

ーメイ前首相による、ブレグジット交渉をどう見ていましたか。

 メイ政権が、どうして野党側と話さないのかと思っていました。

 労働党も並行して、EU側高官と会っていたんです。もちろん交渉はしていませんが、EUの交渉担当高官が労働党案を評価したコメントが、ツイッターで流れていました。私から見ると、なぜBBCはこれを報道しないのか、と思いました。EU側がメイ首相に対し、公式に野党と交渉するべきというシグナルを出しているのに、なぜ報道しないのか、と。

 理由は、あくまでも労働党はダメ、ということにしておきたかったからではないか、と思っています。

ー2017年の総選挙では、コービン率いる労働党が大きく議席数を伸ばしました。

 選挙戦中は、電波媒体での二大政党の報道を平等にしなければならないルールがあるからではないか、と思っています。いかにメディアが腐っているかが分かります。コービンが出てくるまで、ここまで酷いとは思わなかったです。

 でも、前からひどかったんでしょうね、きっと。報道がまともに機能していたら、イラク戦争(2003年)はしていないでしょう(注:イラク戦争開戦前、100万人規模の抗議デモが発生したが、ブレア政権が議会を説得し、開戦に踏み切った)。コービン政権ができたら、BBCを完全に政府から独立させると言っています。新聞についても、租税回避地に住む人物はオーナーになれないようにするとか、要望があれば、編集長を記者の投票で選べるようにするとか、メディアを権力から独立した機関にする方法がいろいろ提案されています。

***

 

 関連記事(「英国ニュースダイジェスト」の筆者によるコラム「英国メディアを読み解く」から)

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# by polimediauk | 2019-08-24 16:26 | 政治とメディア
書評「候補者ジェレミー・コービン『反貧困』から首相への道」 ー英国の「万年平議員」上昇の理由とは_c0016826_16365501.jpg
 7月末、英国ではジョンソン新政権が発足した。目下の最大の政治課題であるEUからの離脱(「ブレグジット」)を10月末の離脱予定日までに実現できるか、できないか。これでその命運が決まる。

 新政権は、EU側と離脱後の関係について合意をせずに離脱する「合意なき離脱」の可能性も「あり」としている。

 と言いながらも、「もちろん合意したい」とジョンソン首相は表明してきた。メイ前政権がEU側と合意した「離脱協定案」は英議会で3回も否決されたので、ジョンソン政権は新たな協定案に向けての交渉開始を望んでいる。しかし、EU側は「新たな協定案のための交渉には応じない」と繰り返している。

 どちらも妥協しなければ、10月31日、合意なき離脱となる。

 議会は現在休会中だが、9月上旬に再開後、最大野党労働党のジェレミー・コービン党首は内閣不信任案を提出する予定だ。

 もしこれが否決されても、ジョンソン首相が「絶対に死守する」という予定日の離脱が実現できないと、自ら総選挙を選択する可能性がある。

 そこで、労働党を中心とした新政権の発足がより実現性を帯びてきた。

 さて、次期首相になるかもしれない、労働党のジェレミー・コービン党首とはどんな人物なのか。

 実は、コービン氏は「万年平議員」の位置にいた人物だ。そんなコービン氏が2015年に党首として選出されるまでの過程を克明につづった本が出た。

 元は政治ジャーナリストで、昨年コービン氏のスピーチライターの一人に就任したアレックス・ナンズ氏が書いた『候補者ジェレミー・コービン 「反貧困」から首相への道』(岩波書店、翻訳:藤澤みどり、荒井雅子、坂野正明)である。


コービン氏とは

 本の紹介の前に、政治家コービン氏の略歴を記してみたい。

 同氏は1949年、英南部ウィルトシャー州チップナム生まれ(現在、70歳)。

 北ロンドン工科大学で学び、全国公務員組合やほかの労組で職員として働いた。1974年、ロンドンのハーリンゲイ特別区の区議会議員に当選。1983年、同じくロンドンのイズリントン・ノース選挙区の下院議員に当選し、現在までこの地区を代表している。政治家としてのキャリアは1970年代から数えれば45年、下院議員としても36年というベテランだ。

 コービン氏は労働党内では「オールドレイバー(労働党のオールド派)」、あるいは「伝統主義者」と位置付けられている。これは、「第3の道」を提唱した中道派「ニューレイバー」(トニー・ブレア元首相がその代表、詳細は後述)と対比して使われる。党内の最左派勢力の一人とも言われている。

 例えば、コービン氏は基幹産業の国営化、北大西洋条約機構(NATO)からの離脱、核抑止力システム「トライデント」の撤廃、共和制支持、2010年以降の緊縮財政の撤回などを主張してきた。反戦・反核が長年の姿勢で、反戦運動「ストップ・ザ・ウオー・コーエリション」の議長も務めたことがある(2011-15年)。

 ニューレイバー派が政権を取った1997年以降、コービン氏は「隅に追いやられた政治的伝統の体現者」(『候補者ジェレミー・コービン』)であり、「党首になろうなどとという野望もなく、なると予想もしていなかった」人物である。

 党首選出の理由の謎を解くのが本書『候補者ジェレミー・コービン』だ。

「目立たないまま左に寄って行った」労働党

 著者ナンズ氏は、コービン氏の台頭には3本の別々の支流の流れがあったという。

 まず、ニューレイバーに対する、党員の反対だ。本書によると、ニューレイバーとは「トニー・ブレアら近代化推進派の派閥の政策」のことで、「労組と距離を置き、公共事業の市営化などを推進。市場経済と福祉の両立」を目指していた。第2の流れはニューレイバーにないがしろにされた労組、第3は左派の活動家と社会運動だった。

 3本の支流が大きな一つの流れになるための起爆剤が、2008年の金融危機だった。市場経済重視の考えが破綻したことが明らかとなり、その後に続いた緊縮財政への反対運動が広がった。

 労働党内の大きな変化が垣間見えたのが、2010年、ニューレイバーを担ったゴードン・ブラウン首相が、自分が率いる労働党が総選挙で過半数を取れなかったことが原因で退陣したときだ。労働党の新党首として党員が選んだのは、ニューレイバーの一人、デービッド・ミリバンドではなく、労組の支援を受けたその弟のエドだった。

 しかし、2015年の総選挙で、エド・ミリバンドは政権を取ることができなかった(デービッド・キャメロン党首の下、保守党が勝利)。ナンズ氏の見立てによれば、2010年から5年間に労働党の間では左傾化傾向が強まっていたが、労働党議員の方は「党員たちの思いの変化に気付いてなかった」。

 総選挙での負けを機に、ミリバンドは党首辞任を表明。こうして、また党首選が始まった。

 この時、ニューレイバーの流れを汲んで、元閣僚らが続々と立候補した。コービン氏は、この時60代半ば。40代が中心でスーツやドレスでびしっと決めてくるほかの候補者と違い、コービン氏はネクタイを締めないシャツ姿で、異彩を放っていた。多くの人が、彼が党首になるとは思っていなかった。

「コービン運動」の誕生

 支持拡大の要素として、ナンズ氏は議員も含めての「一人一票」という形で労働党員が党首選に参加できるようになったことや「3ポンドサポーター制度」を挙げる。後者は3ポンド(約400-500円)に設定された登録料を払えば、党員以外でも2015年の党首選に投票できる仕組みだった。登録サポーター票は全投票数の4分の1であったが、84%の高率でコービン氏に票を入れることになった。

 「金融崩壊の後始末のために採用された政策に対する抵抗」をばねとして、左派のダイナミズムが醸造され、コービン氏が勝つのではないかという見込みが出てきた。「国の政治を実際に変えられる貴重なチャンスがあるという高揚感には伝染性があった」という。

 こうした高揚感は、初めて政治にかかわる若者、学生、アーティスト、反体制の運動家、オンラインの署名者などに広がっていった。ニューレイバーの時代に労働党を離れたものの、再度党に戻ってきた社会主義者たちもこれに加わった。

 「こうした新党員が、全国の公民館や教会、広場での集会で、あるいはフェイスブックのグループやツイッターのハッシュタグを通して、既存の政党や労働組合員と接点をもったとき、新しい政治運動が誕生した」。著者はこれを「コービン運動」と呼ぶ。

 「自ら歴史を作ろうとする願い」が、行動につながっていく。ボランティアに名乗り出たり、メッセージを発信して説得したり、電話で聞き取り調査をしたり、イベントに参加したりー。

ソーシャルメディアの威力
 
 コービン運動を広げるために強力なツールとなったのが、ソーシャルメディアだ。

 これによって「互いの存在に気付かなかったかもしれない人同士に一体感」が醸成され、コービン現象を大変な勢いで拡大させた。さらに「インターネット外の世界での活動の触媒となった」。

 「以前なら、壊滅的な打撃になりかねなかった新聞からの攻撃を、支持者を奮い立たせる機会に変えた」。

 2015年9月12日、党首選の結果が発表された。コービン氏は25万1417票、全体の59.5%(登録サポーターを除くと党員票の49・6%)を獲得して新党首に選出された。

 本書はコービン氏が党首選をいかに戦ったかを詳細に記す。

 当初は全く勝つ見込みがなくても、ソーシャルメディアを使って支持者を拡大させ、とうとう勝利を手にするまでの手法は、日本の野党勢力にとって、大いに参考になるのではないか。

 安倍政権が長く続き、終わったばかりの参院選を見てもすぐに政権交代の見込みはほとんどないことを示しているが、「ない」あるいは「ほとんどない」状態から、いいかに「ある」に変えていくのか。政権交代が選択肢として存在する政治の実現、そして国民がより幸せになるために、ぜひ参考にしていただきたい。

コービン氏の「その後」は、いばらの道

 本書でも党首に選ばれた後の様子が記されているが、コービン党首誕生当時を含めて事の成り行きを見てきた筆者からすると、コービン氏は「いばらの道」を歩いてきた印象を持っている。

 コービン氏がまさか党首になるとは思っていなかった多くの労働党議員にとって、党首選出は非常に大きな驚きだった。

 ニューレイバー政権で閣僚だったほかの党首選候補者やその支持者たちからすれば、基幹産業の国有化といった「昔の労働党」の政策を主張するコービン氏は受け入れがたい。

 反戦・反核路線を貫いてきたコービン氏が、もし首相になっても核兵器のスイッチを押さない方針を明らかにしたことで、これも驚きを持って受け止められた。個人的な信条はそうだとしても、核兵器を持つ国のトップとして、「スイッチを押さない」と言ってしまっては、身も蓋もないではないか、と。

 英国の新聞は右派保守系の力が強く、連日のようにコービン氏についての重箱の隅をつつくような批判記事が相次いだ。

 「これでは、将来の選挙に勝てない」と危機感を感じた労働党議員らが中心となって、「コービン下ろし」運動が起きていく。

 こうした流れを受けて、2016年9月、再度党首選が行われることになった。結果は、ここでもコービン氏の圧勝であった。

 現在、労働党は分裂状態だ。労働党首脳陣が「反ユダヤ主義に毅然とした対応をしていない」と党内外で批判が出たり、ニューレイバーの流れを汲む中道派議員ら数人が離党したり。

 ブレグジットの方針についても、一つにまとまっていない。2017年の総選挙では労働党はブレグジット実現を公約に掲げたが、労働党議員の中にはEU残留支持派が多い。その一方で、イングランド北部の労働党支持エリアでは離脱派の国民が多いねじれ現象がある。

 コービン氏のいばらの道は、まだ続いている。



# by polimediauk | 2019-08-22 16:36 | 政治とメディア

国際陸連の新規則で、立ちはだかる大きな壁

 7月末、南アフリカ出身の陸上女子中距離選手キャスター・セメンヤ(28歳)が、この秋に開かれる世界陸上ドーハ大会に参加しないことを代理人を通じて発表した。

 男性に多いホルモンであるテストステロン値が生まれつき高いセメンヤ選手は、今後も女子陸上選手として競技に参加できるのか、できないのか。

 この問題は過去何年もくすぶってきたが、昨年4月、国際陸上競技連盟(IAAF、「国際陸連」)が、テストステロンなど男性に多いホルモンが基準より高い女子選手が400メートルから1マイル(約1600メートル)の種目に参加しようとする場合、薬などでこれを人為的に下げる、とした新規則の採用を発表したことで、セメンヤ選手は取り消しを求めてスポーツ仲裁裁判所(CAS、本部スイス)に提訴した。今年5月、訴えは棄却。セメンヤ選手側はスイス最高裁に上訴した。

 7月末、最高裁は、国際陸連のテストステロン規制の一時保留命令を撤回。2012年のロンドン五輪と2016年のリオデジャネイロ五輪で女子800メートルの金メダルを獲得したセメンヤ選手は、今後も競技を続けられるのかどうか。大きな壁が立ちはだかった。来年夏の東京五輪ではどうなるだろうか。

 「薬を飲んで、人為的にホルモン値を下げる」行為が義務化されるというのは、英国に住む筆者からすると、同性愛者であることで性欲抑制剤を摂取せざるを得なくなった科学者アラン・チューリングをほうふつとさせ、人権の抑圧に見えてしまうのだが、皆さんはどう思われるだろうか。

 その一方で、「高テストステロン症の女性を相手に競技するのはつらい」という他の女性選手の声をどう判断するのか、という点も考えなければならないのだろう。

 セメンヤ選手とテストステロン値の問題を考慮する時、「女性で、高いテストステロン値で生まれた」ということは、どういうことなのかという疑問にぶち当たる。

「両性具有」ではなく、DSD

 セメンヤ選手のような体の状態にある人は、時として「両性具有」「男でも女でもない性別」などと言った言葉で説明されてきた。筆者自身もこうした言葉を使ってきた。

 しかし、このような言葉遣いは実は不正確で、当事者を傷つける、侮辱的な表現にもなりかねないことを知った。

 正しくは、国際陸連も使っている、性分化疾患、あるいは「DSD (Differences of Sexual Development)」(「体の性の様々な発達」状態)である。

 DSDについての関係資料(文末に紹介)を読むと、以下のことがわかってきた。

 例えば、普通、「男性の体にはこんな特徴がある」、「女性の体にはこんな特徴がある」という風に人は理解しているけれども、この「男性の体」あるいは「女性の体」には様々な発達の度合いがあって、従来の捉え方よりも、はるかに広いと考えてみてほしい。この点で、「もう一つの性」、あるいは「第3の性別」というジェンダー的考えとは異なる、DSDの実態がある。

 生まれの性別と相入れない自認を持つトランスジェンダーの人々との大きな違いは、DSDが性自認の問題ではないこと。セメンヤ選手自身も、「女性として生まれ、自分を女性として認識して生きてきた」と述べてきた。

 このようなDSDの概念は、筆者にとっては、全く新しいものだった。もっぱら、ジェンダー的観点からセメンヤ選手の問題を捉えてきたからだ。

 そこで、DSDに詳しい非営利組織「ネクスDSDジャパン」(日本性分化疾患患者家族会連絡会)のヨ・ヘイルさんにじっくりと状況を聞いてみた。

ネクスDSDジャパンのウェブサイト

 インタビューは、DSDの定義から筆者の家族の一人が持つ「高次脳機能障害」及びDSDを持つ人と社会のかかわり方、セメンヤ問題を考えていくときの論点まで、幅広い内容となった。

 なお、このインタビューは、もともとスポーツ専門サイト「Real Sports」掲載の筆者による記事のために行われたもので、関連記事は以下をご覧いただきたい。

 LGBTとも第3の性とも違う「性分化疾患」の誤解 セメンヤが人為的に男性ホルモンを下げるのは正当?(7月24日付)

***

認知度が低いDSD、「もう一つの性」ではない

ーDSDについては、どれぐらいの認知度があるのでしょうか。

 ヨ・ヘイルさん:実は正確には全く知られていない、と言って良いほどです。欧州圏では、まだダウン症候群のことを、「モンゴリアン(蒙古痴呆症)」と呼んでいる人も、高齢者の中にいると思います。ほぼそういうレベルではないかと認識しています。

ーある人の体の状態が従来の男女の体の定義から少し違っている、としましょう。この場合、私たちは、別の性別の存在として見てしまう傾向があるのではないでしょうか。「もう一つの性別」という考え方です。

 (少しでも違えば)男女とは別のカテゴリーと思われてしまいます。女性から「お前は女性じゃない」「男でも女でもない」と言われることになったり、とか。これが実際の状況です。

 (セメンヤ問題の議論では)「第3の性別を認めて欲しい」という言い方がされてしまうところがありますが、当事者の大多数は、全くそんな風には思っていないというのが事実です。自己認識は男性、あるいは女性なんです。

ーそうでしたか。全く知らなかったことです。これまで、「第3の性別」、「トランスジェンダー」の枠組みで捉えていたので。

 やはり社会的通念としては、どうしてもそうなってしまいますよね。

ー「ネクスDSDジャパン」の「ネクス」はどのような意味になりますか?

 ネクスは「ネクスト」(次)の意味もありますし、あとは「ネクサス」(繋がり、結びつきなど)の意味もあります。

 DSDには様々な体の状態があって、実はそれぞれそれほどのつながりというのはありません。その意味で、「ネクサス(結節点)」として、つなげて、なんとかやっていけないかという意味を込めています。

 親子間でも、どうしても正面だって話がしにくいことがあります。親御さんの側が罪悪感を持っている場合もあるし、性にまつわることなので話がしにくいのです。医療関係者と、実際の患者家族の人たちの中でも、なかなかコミュニケーションがうまく行ってなかったり。

 社会と当事者家族の間でも、まったく話が通じ合わないところがあります。なんとかこれをつなげていきたい、という意味を込めました。

ーいつ、このネットワークができたのでしょう。

 約20年ほど前に、「インターセックス」という表現で男でも女でもない性別の人がいる、という話が、一度、日本で広まったことがありました。

 現実には実際どうなのかと海外の患者家族会とか、いろいろな人権団体の人に会って(調べたのが)きっかけになりました。立ち上げは15年ほど前です。

ー活動内容は、どうなっていますか。

 DSDについての正確な情報・知識を出していくことがまずありました。

 最近では、各DSD患者の体の状態に応じて患者家族会がいくつか出来上がってきているので、そちらの皆さんとの連携もしています。

 海外では、約20年ほど前から患者家族会が整備されつつあって、今はかなり活動もしています。日本では、そういった形での患者家族会が出来上がったのは、約5年前ぐらいからでしょう。

ー医療関係者の間での、DSDについての認知度はどれぐらいでしょうか。

 正確な情報・知識を持っているのは、本当にDSDの専門医療の先生だけです。一般医療の先生方は、むしろ誤解されている方も多くて、実はそちらの方も大きな問題の1つとなっています。

DSDの判明時期は3つ

ー生まれてから、どのような過程を経てDSDであることが分かるのでしょう?

 DSDの判明時期は大きく3つに分かれます。

 1つ目が出生時、生まれた時です。この時は外性器の形やサイズがちょっと違うということが、産婦人科医療でわかることがあります。その場合は、すぐに専門医療施設の方に紹介をしてもらうように、今の所お願いをしているのですが、なかなかそれが徹底されていないのが現状です。DSD専門医療施設では、然るべき検査の上での性別判定が今は可能になっています。

 (2つ目に)思春期前後に判明するDSDの方が、出生時よりも多くなっています。基本的には、女性のDSDで、こちらは婦人科から始まります。正直なところ、誤診も多いです。こちらの方もDSDの専門医療施設の方に、ぜひリファー(紹介)してもらいたいと思っています。

 3番目は不妊治療で判明します。主にこちらは男性の場合になりますが。性別の決定に関わる情報を持つ染色体にはX型とY型の2種類がありますね。「XY」の組み合わせで男性、「XX」で女性とされてきましたが、例えばある男性の場合には染色体が XXYであったと。男性で染色体がXXだったことが分かる場合もあります。

 Xが2つの場合、一般的には、それだったら女性と思ってしまいますが、SRY遺伝子などがくっついて生まれてくる場合、現実には男の子に生まれ育つということもあるんです。

 不妊治療の専門をされている方は、男性不妊で、染色体でXXYが出てきたりとか、XXが出てきたりということは、結構よくあることなので、こちらの方では変な説明の仕方とかは、一般的にはされていません。

 ただ、問題は、不妊治療でもいい加減なところはあります。そういうところでは、「あなたは実は女性でした」というような、間違った説明の仕方がされていることが実際にあります。

ー一般的なレベルでは、そういう専門機関があることさえ、医師側が知らない、ということがあるのでしょうか。100%の医師が知っているわけではない、ということが?

 その通りです。

ーDSDは「治す」ものではない、と解釈して良いでしょうか。

 染色体レベルでは、治す・治さないのレベルの話ではありません。ただ、出生児に判明するDSDの場合には、命に関わるDSDが多いのです。こちらの方は、ちゃんと対処・対応をしていただく必要があります。

ー日本で、専門医療施設はどれぐらいありますか。

 チーム医療ができて、児童精神科医がいて、両親のショックやこれからの子育てに関して、ちゃんとフォローができる施設は、日本では数カ所になるでしょう。

身体の性についての固定観念

ー改めて、DSDの定義について、伺いたいのですが。ネクスDSDジャパンさんは、「体の性の様々な発達」という用語を使っていますね。

 DSDは、さまざま体の状態を含む、非常に大きい概念です。男の子で尿道口の位置が違う尿道下裂、あるいは膣や子宮がなかったことがわかる女性なども含みます。

 「女性だったら絶対に膣や子宮があるはずだ」、とか、「男性だったら尿道口がこの位置にあるはずだ」という固定観念とは異なる体の状態を持っている人たち。これがDSDの定義です。自分たちは男性、あるいは女性という考えは一般の方と変わりません。

 トランスジェンダーの人や、あるいは自分を男でも女でもないと思う人たち、海外では「ノン・バイナリー」という風に言われていますが、日本では「Xジェンダー」といいます。そういう風な概念とは、全く違います。

ー医療機関で、もし外見でもなく、染色体でもなければ、どのようにして性の決定を行っているのでしょうか。

 遺伝子診断によって様々なことが分かるようになってきています。

 例えば、男性か女性かの基準を考えるときに、外性器とか染色体だとか、あるいは精巣か卵巣かのどっちかなんだという風に、ある一つの基準にこだわりがちですよね。ただ、そういう風にただ一つの基準だけで判断すると、性別判断が間違ってしまうことがあります。

 総合的に判断することが必要なんです。遺伝子までを含めて、染色体はこうだけれど、外性器の形状はこうで、性腺はこうで、子宮はこうで、遺伝子はこうで、と、その子自身を全体的に見て性別判定がされています。

 総合的に見ると実は性別判定は可能ですけれども、染色体とか、性腺の種類にみんなこだわってしまう。強迫的になってしまうのです。むしろ、そういうことをしないということが、重要と考えています。実は、セメンヤさんの話でも、結局同じ間違いが繰り返されています。

DSDを持つ人=「第3の性別」というフレームワークが間違っている

ー正しい概念で書かれた報道は皆無、といっていいのでしょうか。

 これまで皆無と言ってもいいかもしれないです。

ー間違った論調の1つは、「第3の性として見る」、ということでしょうか。

 そうです。メディアがDSDの人を「第3の性別」、と見てしまうのです。考え方のフレームワーク自体も第3の性別で見てしまっていますので、変な表現になることが非常に多いのです。

 国家レベルでもそういう風に見て間違っているところが実際にはあります。

ー英語圏では、ジェンダーの面からセメンヤ問題がすごく大きく扱われていました。

 LGBTムーブメントが広がっていくというのは、非常に大切なことなのですが、LGBTの皆さんのフレームワークでDSDを見てしまうと、「第3の性別というフレームワーク」で見るという、今みたいな報道のされ方が一般的になっていくという懸念があります。

ーネクスDSDジャパンがセメンヤ選手を支援するのは、なぜでしょうか。

 セメンヤさんは、(国際陸連に)同意なく無理に検査をされたり、あるいは「お前は実は男性だった」という説明になったり。あるいは社会の誤解で、「両性具有なのだ」という見方をされてしまったり。彼女は一時、自殺予防センターに入っていたという話もありますね。

 そういう体験自体が、DSDを持っている人たちの体験と非常に近いのです。多くのところで重なっていると。人ごととは思えません。

 彼女自身の話をちゃんと丁寧にやっていくことで、DSDを持っている人たちの体験が伝わるとも思っているのです。

 実は彼女のような体験をした人たちというのは、日本でもいます。

ースポーツの領域でしょうか。

 スポーツにおいてもそうです。名前と具体的な体験についてはお話ができませんが、セメンヤ選手がいかに扱われたかを見て、諦めてしまっている人がいます。怖くなって、自分から身を引いている女性が、実際にいるんです。

 また、本当に個人のプライベートな話であるにもかかわらず、ほぼ暴露という形で議論が行われていますよね。そういう話をしてもいいものなのだということを、皆さんが前提としています。他人の家の娘さんの生殖器の話をみんながやってしまっている、と。

 今の社会状況の中では、これが当たり前のように思っても仕方ないのだろうとは思いますが、当事者家族の実際の体験としては、とても考えられないようなことをしてしまっています。

 そういう報道をされること自体が、すごく辛いのです。

日本人女性初のオリンピックメダリスト、人見絹枝さん

ーセメンヤ選手とその周囲にとって、何が最善なのでしょう。このまま、女性であるということで進んで、他の女性選手の意識を変える方向でいく、ということでいいのでしょうか。

 こちらの希望としては、やはり、無理矢理な性別検査のようなことは無しにしていただきたいと思っています。

 セメンヤさんや、思春期前後に判明するDSDを持っている女性というのは、本当にただの女性です。誰とも変わらない女性なので、暴き立てることを一切せずに、女性競技にそのまま参加させてもらいたいというのが、こちらの願いです。

ーセメンヤ問題をきっかけに、男性選手の中に競技に有利になるような身体的特徴を持った人についてはどうなのか、という声が英メディアで紹介されています。セメンヤ選手が有色人種であることも影響しているのではないか、と。つまり、女性や白人の男性じゃない人々に対する厳しい視線や偏見があるのではないか、という主張です。

 こちらの印象としては、昔よりも、状況が強迫的になっている感じもします。

 NHKの「いだてん」というドラマで、人見絹枝さんという日本初の女性オリンピックメダリストが取り上げられました。

 ▽人見絹枝さん(1907-1931年

 調べてみると、彼女も「女じゃない」とか、「化け物」とか、「おとこおんな」とか、結構あの時代から言われていました。女性だけが、速く走ると、なぜか「女じゃない」と言われてしまうのです。でも無理やり検査をしろという話にまでならなかった。とてもおおらかだったと思います。今はとても強迫的になっている。

言葉にできない苦しみ 親友にも話しにくい

ー気になるのは、患者、あるいはDSDを持つ人や家族の気落ちや苦しみです。自分の家族が「高次脳機能障害」(主に脳の損傷によって起こされる様々な神経心理学的障害)を持っているのですが、当人や家族の苦しみについてやその状況は、ほかの人には説明できません。言語化できないのです――書くことを仕事にしているのですが。この体験から、DSDの方が家族間あるいは友人間で話しにくいというのは理解できるように思います。

 ▽高次脳機能障害とは

 親子間でも、友達でもそうですが、好きになった人でも、本当に説明のしようがなかったりしますね。返ってくる反応がひどい場合もあったりするので。

ーもし友人からDSDだと言われた時、どういう言葉をかけたらいいのか分からないのではないでしょうか。

 その傷自体をフォローしてくれる人もなかなか見つかりません。

 私自身は、臨床心理士(サイコセラピスト)ですが、サイコセラピストの中でも誤解があって、DSDというと、性同一性の問題だ、という感じになる場合もあります。逆にそれで傷を深めてしまうDSDの方が多かったりするのです。

 ベルギーでは、心理士がかなりきちんとした調査を行っていて、生きていく上での苦悩、親の困りごとなどをフォローする体制作りに話が進んでいます。

ー本当に患者のことを考えてくれる心理士の方や、友達の存在が重要になってくるように思っています。でも、「友達を作る」ことが、いかに難しいことか。休みの日に、「一緒に遊びに行こう」と気軽に声をかけてくれる、家族以外の人を見つけることがいかに難しいかを実感しています。

 高次脳機能障害でも、DSDでも、友達関係に随分と支えられたという話がありますけれども、友達と話すまでのハードルと、友達が理解してくれるかどうかのハードルがあまりにも高いのです。

 友達になっても、向こうが家庭を持って、子供ができたりすると、深い関係じゃないと、身を引いてしまう当事者の人も結構多いのです。

ー大人になると、DSDの方に対して子供を産むようにという圧力も大きいのでしょうか。

 一般の不妊治療の場合は、まだ子供が産めるかもしれないという希望がありますよね。

 でも、DSDの女性の方で、子宮がない方もいらっしゃいます。かなり決定的な不妊の状態になりますので、ものすごい喪失感がまずあります。社会的なプレッシャーもありますし。「産まなくていいよ」と言われるというのも、実は結構、しんどいプレッシャーになったり。かなり複雑なところがあります。

セメンヤ問題についての理解

ー最後に、セメンヤ問題について改めてお話ししたいことがあれば、どうぞ。

 セメンヤさんの染色体や性腺の話が暴露記事として広がったという部分もあるので、セメンヤさん個人の話としてすることはできないのですが、染色体がXYでも、女性に生まれるということが、実は普通にあります。

 その女の子が間違って生まれてきたわけではなくて、間違っているのは、どちらかというと教科書の方ではないか、と思います。ほとんどの男性は(染色体が)XYではあるけれども、またほとんどの女性はXXではあるけれども、例外があって、XYでも女性で生まれることがあるのです。

 女性選手の公平性の問題は、私自身も、スポーツのことを調べる中で、彼女たちがものすごい苦労をしながらトレーニングしていることを知っています。

 でも、ご理解をいただければありがたいという1点目が、DSDを持っていると疑わしい女性に対する検査というのは、ほぼ、レイプのような検査になっている点です。言葉ではなかなか言えないようなもので、ドーピングの検査どころの話ではありません。そういう検査をされて、しかも選手生命を絶たれるというのであれば、もう自殺するしかない、というのが当然だろうというレベルです。

 医療機関でのDSDの検査は、何のための検査なのかをちゃんと説明した後で行われます。本人の同意がないところで、膣の奥まで見られるような検査はありえません。

 もう1点は、テストステロン値のスポーツ面での評価の件です。

 DSDを持っていて、なぜXYでも女性で生まれてくるかというと、実は、体の細胞自体が、テストステロンに反応しない体の状態だからです。

 どれだけテストステロン値が高くても、体の細胞がそれを受け付けないので、女の子で生まれてきます。このため、テストステロン値の高さ自体は、ほとんど基準にならないのです。

 

 その中で、細胞の一部だけがテストステロンに思春期以降に反応するという女の子がいます。

 でも、それでも、一部しか反応していないのです。一般女性がテストステロンをドーピングするのとは、まったく訳が違う話です。一般女性のドーピングの方が、よほどテストステロン値の影響がある。でも、DSD女性の場合は、テストステロンがどれだけ出ていても、全く反応しないという女性が実は一番多い。

 数字でいうと、XY女子で、テストステロン値が高くてもまったく体が反応しないCAISの女の子が13,000人に1人。一部反応するPAISの女の子がその10分の1の、130,000人に1人。テストステロン値だけで測ることは、実は、できないのです。

 ▽完全型アンドロゲン不応症(CAIS)

 ▽部分型アンドロゲン不応症(PAIS)

 ▽英国DSDの子ども用サイト「dsdteens」での説明

 CAISについて

 PAISについて

 また、男性のテストステロン値は1デシリットルで284から799ナノグラム、女性は6から82ナノグラムです。報道によると、セメンヤ選手のテストステロン値は平均女性の3倍と言われています。とすると、約18から246。男性と比較するとはるかに低いことになります。

 ▽女性・男性のテストステロンの標準値

 テストステロン値による判断は、実は、ちゃんとエビデンスを見ていくと、ほぼ意味がないのではないかと思っています。この点をご理解いただければと思っています。

 (筆者注:国際陸連自体による調査とその評価については、先のReal Sports の記事をご参考に。)

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関連情報

「インターセックス/性分化疾患 IN ベルギー・フランドル」(ゲント大学ジェンダーセンター)

DSD:性分化疾患とは?(英国のサポートグループ「dsdfamilies」)

英国のDSDを持つ子どものためのサイト「dsdteens」


# by polimediauk | 2019-08-20 18:00 | 英国事情