小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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 英国のメディア界の出来事にまったく関心がない人でも、「ハリー・ポッター」なら知っているという人は、きっといらっしゃるのではないかと思う。

 この「ハリー・ポッター」シリーズの作者JKローリングさんが、24日、ロンドンの高等法院で、有名人の写真を撮るパパラッチたちや新聞記者のしつような取材でいかにひどい損害を受けたかを証言したーと聞いたら、「!!」と思われるだろう。

CNNの記事
http://www.cnn.co.jp/showbiz/30004692.html

 ロンドンでは、今月中旬から、英新聞界の慣習や倫理に関する独立調査委員会の聞き取りが行われている。今週はプライバシー侵害などの被害にあった著名人を中心に公聴会を行った。

 もともとは、廃刊となった大衆紙ニューズ・オブ・ザ・ワールドの電話盗聴問題がきっかけだ。この件に関しては、何度も、これまでに書いてきたけれども、この新聞の記者や私立探偵が、著名人の携帯電話の留守電を「盗聴」することでネタを探し、これを紙面に出していたことが、発覚したのが2005年から2006年ごろ。当初は王室関係者への盗聴であったと理解されており、同紙の王室報道担当記者と私立探偵が逮捕・実刑判決を受けた(2007年)。

 その後、もろもろのことがあって、実際は、盗聴の範囲がかなり広かったことが判明し、今月までに、約5800人がこうした一連の盗聴の対象になっていた可能性が出てきた。

 この独立調査委員会(委員長レベソン判事の名前を取って、レベソン委員会と呼ばれている)は、キャメロン首相が設置したもの。委員会は、公聴会で証言をする人に対して、宣誓をさせる(もし委員長がそうしようといえばだが)権利を持つという。つまり、嘘をついてはいけない、ということだ。

 ローリングさんの記事はBBCにも出ている。また、BBCニュースのサイトで探すと、いろいろな動画も出てくる。

http://www.bbc.co.uk/news/uk-15876194

 ローリングさんは、あまりにもパパラッチの攻勢がすごいので、家を引越したそうだ。前の家は道路の近くにあったので、パパラッチに攻撃を受けやすかったからだ。また、小さな娘の水着姿をある大衆紙に掲載された。さらに、当時小学校1年生の子供が学校と家の行き来の際に使っていたバッグの中に、新聞記者が入れたらしい、ローリングさん宛ての手紙が入っていた。これを知ったとき、ローリングさんは相当のショックを受けたようだ。

 また、郵便局の局員や税務署の人間であるふりをした記者が、ローリングさんの個人情報を取ろうとしたという経験もあるという。

 レベソン委員会は、今後も、新聞報道によってプライバシーなどを侵害された人を呼んで事情を聞く予定。委員会の調査はこれから数ヶ月は続く見込みで、聞き取り終了後、委員長はまとめの報告書を出す予定。報告書発表の正確な時期は未定だ。報告書の作成は「一年以内」とレベソン委員長は言っているものの、来年一杯はかかるのかもしれない。

 委員会のウェブサイトは以下。証言が行われているときは、その模様がストリーミングで視聴できる。また、後で、内容を書き取ったものが読めるようになっている。

http://www.levesoninquiry.org.uk/
by polimediauk | 2011-11-25 10:41
 c0016826_00877.jpg本がやっと、できました。「英国メディア史」(中央公論新社・選書)。この出版社が出す新シリーズ、「中公選書」の創刊となります。今回は5冊が出て、私はその中の1冊です。10日から書店に並ぶ予定です。

自分で手に持ってみた感じは、400ページを超えるため、やや厚い+重いかも。ですので、是非、ゆったりしたところで、じっくり読んでみてください(まずは書店で、買うに足るかどうかを確かめてみてくださいーー恐縮ですが、お値段がはりますのでーー1900円+税金!!)。昔の話はすっとばし、現在に近いところからお読みになってもいいかもしれないです。

 英国のメディアの歴史(新聞がいつから発行されたか、BBCがどうやってできたかなど、マードックの話もありますーールパート・マードックの父が、著名なジャーナリストで、オーストラリアでは非常に高い評価を受けている人物だったことを、この本を書くことで、初めて知りました・・・)と、英国の歴史の流れとの2本立てです。

 昔から現在まで英国メディアの歴史をたどってみての感想は、英国のメディアは「たくましいなあ・・・」ということ。ちょっとやそっとでは揺らがないし、あくどい手を使って取材をしたりもするんだけど、権力の監視というか、調査報道もそれなりにやっている、と。このタフさは、肉を食べているからなのか(!?)――まあ、それは半分冗談としても、どうもいつも、「権力者対それに抵抗・反抗する人」という構図ができる。そして、なんだか、いつも闘っている。

 そして、こんなタフなメディアがある英国の国民というか、英国に住んでいる人もタフだなあ・・・と。多分、英国人(+住んでいる人)は、上からの統治が非常にしにくい人たちなんじゃなかろうか、と思う。「いいから、こっちの言うことを黙って聞きなさい」って言われても、聞かないと思う。(「黙ってこっちの言うことを・・」という人も少ないけれど。)

 それで、最終的には、「自分が判断する」ということ。何しろ、右から左、あるいはそれにおさまらないもろもろの見方があって、みんなが好き勝手にそれぞれの思いを主張しているので、自分でどれが正しいかを決めないといけない。あることが正しいかどうかっていうことは、原則、自分が「正しい」と思えば、「正しい」ということになる、と。ほかの人が別のことを「正しい」と思っていたって、別に構わないのである。人それぞれ、違うのだからー。自分で答えを見つけないといけない。

―感銘を受けた人

 昔、「サンデー・タイムズ」に、ハロルド・エバンズという編集長がいたのだけど(マードックに追い出された)、この人は本当に熱血漢の編集長で、エピソードをたどるうちに、感動してしまった。職場でもそうだけど、チームを引っ張る人が熱いと、チームも良い仕事をする、という感じ。

 もう1人、オックスフォード大学の教授でDiarmaid MacCullochという人がいるのだけど、この人は、キリスト教の歴史に関する本を何冊か、出した人。BBCでキリスト教の歴史に関わる番組も作った。私は夢中になってBBCのテレビを見ていたのだけど、歴史について書くこと・勉強することは、昔の人がどんな風に生きていたのか、「想像力を使うことだ」とインタビューに答えていたのが印象深かった。書いている間、何度もこれを思い出した(ほかにもいろいろ、感銘した点があるのだが、この教授のキリスト教の歴史に興味のある方は以下などでー。http://www.bbc.co.uk/programmes/b00nrtr8 )

―意外かもしれないエピソード

 現在のBBCを作ったのは初代ディレクター・ジェネラルのリース卿なのだが、この人には、実は私生活に「ある秘密」があった・・・という話も。そしてこの秘密は意外なところに、堂々と出ていたー。

 などなど。

 どうぞよろしくお願いいたします!

(訂正気づいた分です:ほかにも見つけた方はご一報ください。)

 *360ページ、10行目、「そんな機会が訪れたのが2010年春である」ではなく、「そんな機会が訪れたのが2009年春である」。
 *362ページ、7行目、「紆余曲折の後、2010年1月に」ではなく、「紆余曲折の後、2009年1月に」の間違いです。

 
by polimediauk | 2011-11-09 23:58
 一定の居住地を持たない「トラベラーズ」たちが不当に土地利用を行っているとして、英南部の町バジルドンのカウンシル(地方自治体の1つで、日本で言うと市役所、町役場などに相当)が、立ち退き強制を執行することになった。トラベラーズたちは立ち退きを拒否しており、これに賛同する支援者を中心に大きな反対運動が発生。国連委員会が人権上の理由から強制立ち退きを停止するよう政府に求め、居住問題は国際的にも注目された。

 「英国ニュース・ダイジェスト」の今週号に掲載された、ニュース解説記事を、ここに採録してみたい。

―「トラベラーズ」とは?
 
 「トラベラーズ」とは、直訳すれば「旅行者たち」となるが、この言葉は英国では別の意味でもよく使われる。欧州で生活する移動民族のことを指すのだ。中でもロマ民族の人は「ジプシー」と呼ばれる。

 実際には、ジプシー(この言葉は日本語では差別語扱い)とトラベラーズを一緒にして、「トラベラーズ」と呼ぶ人もいれば、蔑称として「ジプシー」という人もいる。政府の文書を見ると、「ジプシーとトラベラーズ」=移動民族という使い方をしている。
 
 トラベラーズたちは一定の居住地を持たず、農場補助など季節作業者やくず鉄処理、馬の管理など、不特定の業種に就きながら家計を支え、ワゴン車やキャラバンを住居として暮らしてきた。近年では通常の家に住むトラベラーズも増えてきたが、あくまでも一時的な宿泊場所で、いずれは移動することを想定している。

―10年越しの交渉

 英南東部エセックス州に位置するバジルトンには、「デール・ファーム」と呼ばれる、アイルランド系トラベラーズが生活する「ホールティング・サイト」(「停止場所」の意味)がある。トラベラーズが居住する場所としては英国内で最大と言われる。
 
 デール・ファームに住むトラベラーズたちは800人から1000人で、キャラバンなどで生活している。
 
 もともとは1970年代、カウンシルが、40家族のロマ人系トラベラーズたちに対し、当時は廃棄物置き場だった場所のそばに住居の建築許可を与えたのが始まりだ。90年代半ば、廃棄物置き場の所有者がデール・ファームをアイルランド系のトラベラーズたちに12万2000ポンド(約1400万円)で売却している。
 
 問題が生じたのは、土地そのものはトラベラーズ自身が所有しているものの、この場所が都市計画に厳しい制限がつく「グリーンベルト」地帯(最後につけた、関連キーワード参照)である上に、トラベラーズたちの一部が住居の建築許可を得ないままに住宅を建設していたことから生じた。
 
 その後、違法建築の住宅に住むトラベラーズたちとカウンシルとの交渉は。裁判沙汰にまで発展し、カウンシル側はデール・ファームの外に代わりの住居を準備するなどの案を提示したが埒が明かなかった。
 
 今年7月、カウンシル側は違法占拠を続けるトラベラーズ側に対し、28日間の猶予期間を経て、立ち退くよう依頼したが、これにトラベラーズは応じなかった。
 
 9月16日、控訴院判事は建築法違反を根拠として、カウンシルによる立ち退き令を支持する判断を出した。「法の下ではすべての人が平等であるべき」とするキャメロン首相、ミリバンド野党労働党党首もカウンシルを支持する見方を示す一方で、国連人種差別撤廃委員会は9月上旬、立ち退きがトラベラーズたちの生活に与える悪影響から追い出しに反対し、政府に対し「文化的に適切な宿泊場所を特定し、これを提供するべきだ」と提言した。
 

―地元住民との摩擦

 バジルドンのトラベラーズ立ち退き要求事件が全国的ニュースとなったのは、デール・ファームのトラベラーズ用地が国内数ヶ所に設けられた同様の場所の中で最大(約2万平方メートル)であったことに加え、地域住民とトラベラーズたちとの摩擦も背景要因にある。

 政府はこれまで、移動型生活を行うトラベラーズたちの生活慣習を尊重する姿勢を見せてきた。イングランド地方にはカウンシルが合法に提供しているトラベラーズ用敷地が5000ヶ所設けられている。しかし、デール・ファームのように緑に囲まれた広大な敷地がトラベラーズ用に利用されることで、景観が崩れる、あるいは一般市民向けの住宅建設に悪影響を与えると考える住民が少なからず存在する。

 トラベラーズが英国に姿を見せた15世紀末頃から、トラベラーズたちは時の権力者による迫害を受け、一段低い存在として国民から差別の対象にもなってきた。「一定の場所に住居を持たないのが慣習であれば、移動すればよいだけではないか」と考える国民も多い。
 
 しかし、先の約5000ヶ所の敷地や、個人が所有する敷地でトラベラーズたちが合法に住居を建設できる場所は、いずれもキャパシティーが一杯になっており、今回のデール・ファームのトラベラーたちも、ここを追い出されたら、「行き場がない」のが現状であるという。あるテレビの記者が「定住してしまってはどうか」とデール・ファームのトラベラーズの1人に聞くと、「移動するのは私たちの文化の根底にあるから」と説明していた。

 トラベラーズ以外の人からすれば、「トラベラーズ:移動民族」であるのに、何故「移動」しないのか、という疑問はなかなか、消えない。

 一定の期間特定の場所に住むのであれば、移動型生活習慣を断念してもらうのか、それとも、「隣にはトラベラーズのキャラバンが停泊している」状態を国民に甘んじてもらうのか、難しい選択となる。現在のところは、英国内の司法制度も政治家も移動型生活の維持には厳しい見解を示す結果となっている。

―関連キーワード

Green Belt:緑化地帯、グリーンベルト。「グリーンベルト」政策とは無制限な都市化を抑制するために打ち出された、都市計画のための施策。ある土地がグリーンベルト地帯に設定された場合、その土地の史跡、田園地帯、アウトドア空間の維持、自然保護などを考慮に入れた都市開発を行う必要がある。1938年ロンドンで最初に導入され、次第に英国全体に拡大した。イングランド地方のグリーンベルト地帯は全面積の約13%に相当する。環境保護運動家たちは、イングランド地方のグリーンベルトが毎年約800万平方メートル縮小している、と主張している。

***

一両日中に、「英国ニュースダイジェスト」のウェブサイトに、この解説記事が掲載され、トラベラーズに関して詳細な説明が出る予定です。
http://www.news-digest.co.uk/news/component/option,com_frontpage/Itemid,1/
by polimediauk | 2011-09-29 23:37
 9.11テロの10周年ということで、セレモニーや関連番組の放映が真っ盛り状態となっている。

 私は「ながら」視聴でその一部を目にしたにすぎないが、真剣に9・11テロの犠牲者を追悼してる場面などを(少し)見るたびに、複雑な思いにかられる。

 9.11テロの犠牲者のことを考えると、同時に、アフガニスタンとかイラクの国民のことを考えざるを得ない。どちらも自分にとっては、ある意味では「外国」だから、どっちの国にも特に心が傾いているわけでもない。ただ、どうしても気になるのである、3000人を超える米国での犠牲者の後に、アフガニスタンとかイラクで、「万単位」で人が死んだり、傷ついたんだよな、と。

 数で痛みの大小がはかれるわけじゃないけど(人ひとりの命だけだって、重いとも考えられるしね)、やっぱり、米国の様子を見て、心底、心から感情移入するっていうことが、なかなかできない。(特にビンラディンを殺した後で、「正義がなされた」なんて言ってしまうなんて、と思う。報復したら、報復されてしまうのではと思う。)

 やっぱり、世界でも武力にかけてはナンバーワンの国を怒らせたら(9・11テロとか)、腕力で、やっつけられてしまう・・・・と。そういうことがしみじみと分かった気がします、自分レベルでは。そんな国にテロをしかけたら、もう、国で戦争を起こされちゃう、と。爆弾がぼんぼん飛んでくるし、とにかく、人が死ぬんだぞ、と。おー怖・・・・という感じ。

 それと、テロとかをされてしまったら、「もう、国際法は無視」「自国の安全を確保するためだったら、法だって曲げるよ」・・・という面が米国に(どこの国にも???)あるんだなあ、と。 こういうことは、怖いな、と思う。米国に武力で勝てる国はほかにいないから。

 まあ、本筋の話ではないと思うけれど、そういうことを、今日はつらつら、考えている。

 ナイーブな話だろうけど、米国の2面性が見えた10年間だったなあと思う。だからどうってことはないが。知らないよりは知ったほうがいいから。

 英国はそんな米国にぴったりくっついていたしね。ブレアさんが、ね。(今、リビアのガダフィ大佐にテロ容疑者を引き渡していたことがばれて、諜報機関はあわてているかもしれないけど。)

 最後に行き着くのは、誰かが武力を使って何かを(平和を守るため?)成し遂げなければならないとき、自分は戦闘に行かなくて、誰か他の人にお金を払ってやってもらっている、このシステム(英国の軍隊は志願者で結成されている)って、本当にいいんだろうか、これで??-とか、現役でガンガン活躍する(=人を殺したり、殺されたりする)軍隊を持つ英国に、自分は住んでいるんだよなあ・・・・ということを、またまたぼうっと考えてしまう自分です。

 まとまりのない話なんで、ほんのつぶやき。
by polimediauk | 2011-09-12 05:41
 英国の老舗日曜紙ニューズ・オブ・ザ・ワールドは、盗聴疑惑が深刻化して廃刊となった。このとき、廃刊のもう一つの理由として、発行元の親会社ニューズ社による英衛星放送BスカイBの全株取得計画があったといわれる。その後、盗聴行為をするような会社がBスカイBを完全子会社化するのはいかがなものかと政界の批判が大きくなり、ニューズ社はこの計画を断念せざるを得なくなった。果たして、BスカイBとはどんな会社で、何故ニューズ社のトップ、ルパート・マードックはこの会社を欲しがったのだろう?

 「英国ニュースダイジェスト」の28日発売号に書いた、ニュース解説の記事に補足したものを以下に転載します。

―BスカイBの主要株主とは


株主           所持比率(%)
ニューズ・コーポレーション 39.14
ブラックロック・インク      4.63
キャピタル・グループ      4.27
フランクリン・リソーシズ      3.19
フランクリン・リソーシズ(別部門)  3.06
リーガル&ゼネラル      3.06

(資料:テレグラフ紙、他)


 「メディア王」ルパート・マードックが最高経営責任者(CEO)となる、米国の複合メディア企業ニューズ・コーポレーション(ニューズ社)は、1年ほど前から、英国の衛星放送BスカイBの完全子会社化(現在は39%の株を所有)を計画していた。

 ニューズ社は英国の現地法人であるニューズ・インターナショナル社を通して、日刊大衆紙サン、日曜大衆紙ニューズ・オブ・ザ・ワールド、高級紙タイムズとサンデー・タイムズを発行してきた。延べの発行部数は800万部にのぼり、この「マードック・プレス」は英国の新聞市場で大きな位置を占めてきた。

 BスカイBの完全子会社化に際し、これを了承する政府側から「メディアの多様性を阻害する」と言われないよう、BスカイBのニュース部門を別会社とする案を出し、着々と完全買収への歩を進めていた。

 6月末頃まで、子会社化の実現はほぼ確実視されていたが、事態が急変したのは7月上旬。2005年から発覚したニューズ・オブ・ザ・ワールドでの電話盗聴疑惑が、当初の推測よりも広範囲で、しかも政治家や有名人ばかりか、誘拐・殺害された少女の携帯電話にも及んでいることが分かり、国民の大きな怒りの矛先がマードック・プレスに注がれた。

 BスカイBの完全子会社化を承認する一歩手前だった政府側も態度を変化せざるを得なくなった。13日には下院で、ニューズ社によるBスカイBの完全買収を断念させることを促す議論が行われる予定となった。議論開始の前に、ニューズ社は「現状の環境では、買収計画の実現は困難になった」と発表した。

―BスカイBの設立とマードック

 現在、約1000万人のサービス加入者を誇るBスカイBは、英国最大の衛星放送局だ。その発足は1990年だが、誕生にはマードックが絡んでいる。1978年、ロンドン近辺の平日の放送権を持っていたテームズ・テレビの元職員ブライアン・ヘインズが、欧州全域向けに放送する衛星テレビ「SATV」の放送を始めた。英国内での放送免許を持っていなかったので、海賊放送であった。

 しかし、1980年代に入り、ヘインズは資金難に窮し、株の80%をマードックのニューズ・インターナショナル社にほんの1ポンドで売却した。マードックは、買収後、名称をスカイテレビに変更した。

 1980年代後半、放送業界の監督機関が「英国衛星放送」(ブリティッシュ・サテライト・ブロードキャスティング、BSB)に英国内に向けた衛星放送の免許を与えたが、技術上の問題の解決に時間がかかり、放送はなかなか開始できないでいた。

 1989年、マードックが、それまで欧州向けの放送だったスカイを、今度は英国向けの放送局に変更。一方のBSBが放送を開始したのは、1990年4月。BSBとスカイは競争状態となったが、両者も初期投資の巨大さに青息吐息の経営状態となった。同年11月、両社の合併により、BスカイBが成立した。

 ニューズ社によるBスカイBの買収案が断念されたことで、買収を見込んでいた投資家たちが2億ポンド(約25億円)相当の損をしたと伝えられている(テレグラフ、7月14日付)。ニューズ社の副執行最高経営責任者で、父ルパートの次男となるジェームズ・マードックの責任問題も浮上している。

 確実視されていた利益を手にできなかった機関投資家や、株主からの訴訟が起きる可能性もあると言われているが、完全子会社への買収提案は、今後も「ほとぼりが醒めたら」再開する、という見方が強い。今後の動きに注目だ。
 

―関連キーワード

News Corporation:米国の複合メディア大手企業。オーストラリア生まれの実業家ルパート・マードックが主要株主で、会長兼最高経営責任者。英国の新聞タイムズ、米ニューヨーク・ポスト、ウォール・ストリート・ジャーナルを含む新聞業、映画会社20世紀フォックス、米テレビのFOXテレビジョンなど、複数のメディア媒体を傘下におさめる。オーストラリアのアデレードで1979年に設立。2004年、米デラウェア州で再設立し、本拠地を米ニューヨークに移動。英国の現地法人がニューズ・インターナショナル。
by polimediauk | 2011-07-28 07:43
c0016826_821232.jpg

1888年に創設された、ロンドンの外国プレス協会(FPA)が現在の場所から引越しをすることになり(家賃が払えなくなったので)、24日、最後のパーティーがあった。これまでの建物は、グラッドストーン元首相が住んでいた場所。地下鉄ピカデリーサーカス駅から歩いて数分である。イランの政争やウインブルドンのテニスの報道で忙しい人ばかりのせいなのかどうか、思ったよりは来た人が多くない感じがした。

 2005年から2006年ごろ、お金の管理をしていたインド人のウダイ・バジェカルという人が使い込みをなどしていたことが発覚し、これを最初に通報した(ウイッスルブローアー)人が辞め、バジュカル氏も4万ポンド(当時で800万円ぐらい)を払い戻す、という恥ずかしい事件があった。これがきっかけで、いったん、外務省が資金の支援をストップした。その後、財再援助は復活したけれども、前と同程度にはいかなかった、という説明が昨日あった。現在の場所の家賃は年間6万ポンドとも10万ポンドとも言われている。

 協会の会長はメンバーに向かって、「新しいオフィスでやっていこう。私たちはまだ死んだわけではない」と宣言したが、まだオフィスがどこになるか決まっていない。2つほど候補はあるようだが。もうすぐ出て行こうというのに、まだ次が決まっていないのだ。

 FPAは、何でも、外国記者のクラブとしては世界でも古い方に入るという。

 何故ここまでひどいことになってしまったのだろうと自問(自答も)。前に進むしかないわけだが、それでも、集まる場所がないのでは、それはもう「クラブ」とは呼べないと思う。

 何故英外務省が何もしなかったのだろう?外国記者の活動は一種の外交官的役目もあるはずだ。前に、ミリバンド外相がFPAに来た時、談笑だけしていて、スピーチを全くしなかったのが不思議だったが。仕事の内容こそ違え、広い意味では仲間であるし、外務省がお金を出しているのだからパトロンでもあるのだから、一声欲しかったが。気が入っていない感じがした。

 大手銀行・200年以上の歴史のある銀行=ベアリング=も、少し前に亡くなったジョージ総裁の時に、つぶれた。誰も助ける人がいなかった。日本でこれを知った時、驚きだった。銀行をつぶすなんて・・・。

 英国ではだれしもが(大雑把な言い方だが)、何らかのクラブに入っている。私が入ったのは7年前で、最初の日、恐る恐る重いドアを開け、カーペットを敷き詰めたらせん階段を歩いていったものだった。たくさんパーティーもあって、ネットワークを作り、好きなことをしゃべり、よく飲み、食べたものだった。いろんな人にも会った。「私は日本人は嫌いなのよ。でも、友達になりましょう」といって、にっこり笑ってくれた、中国のラジオ放送の女性キャスター。今は北京に帰った後、再婚して、サンフランシスコにいる。

 FPAは毎年秋に、「メディア賞」ということをやっていた。英国の最高のジャーナリズムに賞を与える、というもの。毎年、この発表会を大手ホテルでやっていた。そのとき、本当にたくさんの人がやってきていた。政界、メディア界、ビジネス界・・・。あの人たちは一体どこに行ってしまったのか?がらんとした記者会見室の写真を撮りながら、そんなことを考えた。
by polimediauk | 2009-06-26 08:03
BBCのサイトでUK版を選択し、ハリー王子の話で Watch Prince Charlesとなっているところをクリックすると、広告のあとに、ハリー王子の父、チャールズ皇太子のインタビューが見れる。

http://news.bbc.co.uk/

息子が無事帰ってきてくれてうれしいと言い、「これで自分の子供を戦闘地に送っている親の気持ちがしみじみ分かった」と語る。「置いていかれた側の方がつらいこともある」、「現在も戦闘地に息子・娘を送っている家族に感謝したい」。

 親としての正直な部分が自然に出ているという意味では良いビデオなのだろうが、どうも腑に落ちない。若き青年たち(英国人もタリバン側も)が命を落すのはちっとも誇らしいことでも、勇気あることでもないのではないかー?でもビデオを見ていると、「ああ、すばらしい」と思ってしまいがちになる。

 しかし英国は本当に戦争国家である。こんな風にしないと国際社会で生きられないのだろうか?コソボにも数百人(さらに?)派遣するようであるし、もう本当にぎりぎりと言われている。
by polimediauk | 2008-03-01 23:13
 前にelmoiyさんから指摘されたトピックだが、英国オリンピック委員会が、北京五輪の代表選手に、開催地で政治的な発言を行わないよう求めていた件があった。13日、委員会はその方針を撤回した。人権団体などからの批判が相次いだことを受け、選手の自由な発言を保障したもの。「政治的に正しくない判断だった」と認めたことになるのだろうか?ある意味では恥ずかしいようなてんまつになった。

 一方、ブリュッセルでは、イスラム批判の元オランダ女性議員、アヤーン・ヒルシアリ氏が、欧州議会の議員に対し、「身辺保護費用のファンドを立ち上げるので、これに協力して欲しい」と呼びかけたが、賛同してくれた議員があまりにも少なかったようだ。このファンドの名前は「EUファンド」と便宜上呼ばれ、ヒルシアリさんだけでなく、表現の自由を行使した後で、何らかの保護を必要とするための支援費ということになるはずだった。

 ヒルシアリさんは、オランダに難民としてやってきて、後で国会議員になった。イスラム女性虐待を告発する映画「服従」で脚本を執筆したことでも知られる。監督が04年、イスラム過激派に暗殺されたが、ヒルシアリさんにも殺害予告が出た。

 それから現在までに、ヒルシアリさんは身辺保護を受けながら暮らしている。06年に米国へ移住してからは、オランダ政府はそれまで負担してきた、身辺保護費の支払いを停止した。そこで、ヒルシアリさんは新たな資金提供先を探している。米政府は「個人の警護に税金は使わない」とする態度のようだ。

 今回、ヒルシアリさんは当初フランスも訪れていたが、彼女をフランスに招いた議員は、身辺保護費の支払いを停止したオランダ政府の対応を「恥」と呼ぶ。しかし、オランダ政府は、ヒルシアリさんがオランダに戻ったら、保護費を払う用意があるようだ。悲しいような、困惑するような事態になっている。

 米国に移住してしまったのなら、オランダ人の税金を使ってヒルシアリさんの身辺警護費を払う必要は、私もないと思うのだが。国レベルでの身辺保護費の負担は、つまり税金を使うわけだから、個人には基本的には適用されない、という米国の論理は、筋が通っているように思う。誰も引き取り手がいない状況になったヒルシアリ氏。これからどうなるのか???
 
by polimediauk | 2008-02-15 07:09

 英国で販売されている読売新聞(紙)を久しぶりに手にしてみた。日本で売られているものよりもやや薄い(ページ数)感じがしたが、やはり、日本の新聞に限らず英国の新聞もそうだが、紙の新聞はネットとは違う雰囲気がある。ネットだと視界に入らない記事が眼に入ってくる。普段はネットだけのファイナンシャル・タイムズの紙版を購入した時も、探していたトピックに関する記事を偶然にも拾うことができた。検索機能を使えばこの記事を拾うことはもちろんできたのだけれど、様々な関連記事がひっかかって来ることが予想され、この特定の記事を見落としていた可能性が高いように思った。結局、助かったのだった。どの記事をどのような大きさで、どのような重要度で出しているかが分かると、その新聞の作り手の考えも分かる。

 紙の新聞がもう少し安ければ数紙をまとめて毎日買いたいのだけれども。月に日本円換算で1紙1500円ぐらいだったらいいのにな。一紙だけを買うなら3000円位でもいいけれど、やはりいろいろ読みたい。図書館に行ってもいいのだが、切抜きができず、コピーは取れるがやはり自分で所有して好きなように読むのが一番良い。新聞は作るのにお金と人材がかかるからそれほど安くは出来ないだろうし、自分も紙の媒体に書いて収入を得ている部分が大きいので首を絞めることにもなりかねないのが現状だが、紙の新聞の値段はそのうち下がるかもしれないなと思っている。ネットでのニュースのアクセスがもっともっと一般化すれば、紙の割高感が出るだろうから。日本にもルパート・マードックのような人が出たら、大きく変わるかもしれない。


ルポ:風刺画論争から1年のデンマーク・3 「現首相の政策の一部になりたくなかった」と風刺画家のローエル・オルス氏
2007年01月15日12時03分掲載
http://www.nikkanberita.com/print.cgi?id=200701151203411
(記事内で、今年=2007年であることにご留意下さい。)

c0016826_21295688.jpg(コペンハーゲン発)2005年秋「ユランズ・ポステン」紙が掲載したイスラム教の預言者ムハンマドの風刺画は、2006年に入り欧州数紙が再掲載したことで表現の自由を巡る大きな議論となったが、デンマークの新聞を開くと、大小の風刺画、イラストがかなり多いことに気づく。全ての権威が痛烈な批判の対象となる風刺画は、デンマークの人々にとって非常に身近な存在だ。この国の政治風刺画家の第一人者で、ラスムセン現首相を長年原始人として描いてきた、ローエル・オルス氏に今回の事件の背景を語ってもらった。同氏はユランズ・ポステンのライバル紙「ポリティケン」に作品を載せている。
 
▽ムハンマド風刺画は現政権の政策を反映 
 
―何故首相を原始人として描いているのか? 
 
オルス氏;ラスムセン氏は1993年、「社会国家から最小限の国家へ」(仮訳)という自著の中で、政府の関与をできるだけ少なくする「リベラル」社会の実現を描いた。首相は超リベラル派、自由主義者だ。そこで何でも自由だった原始時代に戻りたがっているということから、原始人として描いている。 
 
―ユランズ・ポステンに掲載されたムハンマドの風刺画との関わりは? 
 
オルス氏;私自身は関わっていない。ユランズ・ポステン紙が預言者の風刺画を掲載しようとしていることは、デンマークの風刺画家たち全員が知っていた。ほぼ全員がユランズ・ポステンから風刺画依頼の手紙を受け取っていたからだ。但し、何故か私を含めた3人はこの手紙をもらっておらず、私自身は同僚から話を聞いて依頼があったことを知った。もし依頼が来ても断っていただろう。 
 
―何故か? 
 
オルス氏;ユランズ・ポステンでのこのような風刺画の掲載は、現政権の政策の一環だと思っていたし、私はこの政府の政策を支持していないので関わりたくなかった。イスラム教徒の感情を傷つけるかどうかということはあまり考えなかった。(閣外協力をしている)極右派のデンマーク国民党の政策の一部になりたくなかった。掲載には、反イスラム教感情が流れるデンマーク国内の政治事情が背景にあったと思う。デンマークには40人の風刺画家がいるが、デンマーク国民党の政策を支持する人は誰もいない。 
 
―12枚の風刺画が大きな事件になっていったが、風刺画家たちはある意味で犠牲者だと思うか? 
 
オルス氏;そうは思わない。断ることもできた。掲載後にどのような影響があるのか、画家たちは最初予期できなかった、ナイーブだったと思う。参加した風刺画家の中で3人はユランズ・ポステンで働いているので断れなかったのかもしれない。他の数人はムハンマド自身を描いておらず風刺画家を描いたものもあった。 
 
―掲載された風刺画をどう見たか? 
 
オルス氏;少なくとも1つには笑ってしまった。「待て、天国にもう処女はいない」という風刺画だ。(自爆テロを行うと天国で処女に会えるという解釈がある。)しかし、このセリフを言っているのはムハンマドではなく、(天国の門を守っているという伝説のある)聖ピーターだ。最初にこの風刺画はポリティケン紙に送られてきたものだった。2005年のクリスマス特集に使うための候補の1つとして送られてきたものだった。使わなかったのでユランズ・ポステンに回ったと聞いた。 
 
▽背後の極右・国民党の影 
 
―掲載までの背景をどう分析するか? 
 
氏;非常に複雑だ。閣外協力をしているデンマーク国民党が反外国人という姿勢を持つという点を考慮に入れなければならないと思う。首相に関して言えば、彼は非常にリベラル派で、この意味するところは先ほどの本に書いてあるのだが、デンマーク社会を変えたいと思っている。デンマークは、過去100年以上も社会民主主義的考え方で統治されてきた。社会の中の弱い人の面倒も見るという考え方だ。首相はこれを変えたいと思っている。もし金持ちでなかったらそれはあなたの責任であって国家は面倒を見ない、と。首相は政権を取る際に文化革命を起こしたいと言っていた。 
 
―文化革命? 
 
オルス氏;そうだ。約50年ほど前、文化急進派とでも呼ばれる作家たちの流れがあった。その一人はゲオルク・ブランデスと言い、この新聞の創始者の一人でもあった。作家たちは自由にものを言う精神を広めた。 
 
 現政権が成立するまで、デンマークは非常に寛容精神が高い社会だった。デンマーク人のものの見方、考え方はこの作家集団の考えに影響されていた。デンマークにとって非常に重要な流れだが、首相はこれに重要性を見出さない。 
 
 首相は、自分が率いる自由党が国会内で過半数を占め思い通りに事を運ぶためには極右デンマーク国民党の支持が必要と考えた。国民党の党首は一種の人種偏見主義者だ。デンマークの中で社会主義的政策を支持する人と、現政権のようにリベラルな政策を支持する人との間で文化的闘いが起きていることになる。こうした背景があって風刺画が出てきた。 
 
―政府側が意図的に風刺画を掲載させた、とあなたは見ているということか?ユランズ・ポステン側はそのような見方を完全に否定しているが。 
 
オルス氏:ユランズ・ポステンは「リベラルな」新聞だ。首相の政策を支持している。首相は新聞に何が掲載されるかを決定することはできない。しかし、首相は言葉に出して指示を与える必要はない。同じように考える新聞が既に首相の言いたいことを書いているからだ。 首相が独立メディアである新聞に対して何を出すかを指示できないというのは原則としては真実だ。しかし実際にはできる。 
 
 私が今回の風刺画の依頼をもし受けてもやらないと思った理由はイスラム教徒に対する配慮というよりも、現在の首相の政策の一部になりたくなかったからだ。 
 
 それにこのような形でイスラム教徒を煩わせる理由があるだろうか?私だったらこういう形にはしない。イスラム教を風刺の対象にしない、ということではないが。 
 
▽女王も編集長も戯画化 
 
─フランスやドイツの新聞が風刺画を転載したことについて、どう思うか? 
 
オルス氏;全てそれぞれの国内事情があるのだと思う。デンマーク、ドイツ、レバノン、サウジアラビアなども同様だ。国内政治事情のために暴動が必要だと判断する政府もあったと思う。例えば、サウジアラビア政府が了解していなければ、国民による大きな抗議デモは起きない。 
 
 表現の自由はただ使われたのだと思う。レバノンやサウジアラビア、エジプトの「表現の自由」とは?自国内では存在していないのだ。この問題はグローバルに見えても、それぞれの国内事情があって展開したという要素があるのだと思う。デンマークでは、首相がデンマークをリベラル社会にしたいと思い、ユランズ・ポステンが、首相の政策を支持するために風刺画を必要としたのだと私は見る。 
 
―あなたの風刺画をいくつか紹介して欲しい。このカラーの風刺画はイラクの市街地の一角に、カウボーイ姿のブッシュ米大統領と原始人の格好をしたラスムスセン首相が立っている。たくさんの人が血を流しながら地面に横たわっている。犠牲者がたくさん出て、非常に痛々しい様子がでている。 
 
オルス氏:首相とブッシュ氏は、共にテロと闘うためにイラク戦争を開始すると言っていた。「戦争開始前、イラクにはテロリストはいなかった。今はいる。だから、イラク戦争を始めて良かった」、と2人が言っている姿を描いた。 
 
―デンマークの新聞の風刺画には正直驚かされる。裸身、排泄物などの鮮明な描写、政治家など権威を持つ人々に対しての徹底的な戯画化が目に付く。例えば、あなたの風刺画の一枚では、中央に環境大臣が自由の女神のような格好をして立っている。他の閣僚が周りを囲み、閣僚の中で男性2人が下半身裸で、環境大臣に向かって放尿をしており、背景にいる国民党の女性党首は体が後ろ向きだが裸のでん部を露出し排便している。あまりにも露骨で衝撃的過ぎないか? 
 
オルス氏:そうは思わない。女王だって同様のレベルの戯画化に甘んじている。例えばこの一枚はポリティケンの編集長を描いている。編集長は親欧州連合(EU)派だが私は反対派だ。そこで、(2005年)フランスがEUの憲法草案を否決した後、「頭が悪い」編集長は何故そうなったのか理解に苦しんでいる。そこで、私が彼に「フランスのノンは実際にはイエスなんだ」と教えているという場面を描いた。実は、私を雇ったのはこの編集長なんだ。自分の上司であってもこんな風にして戯画化するのがデンマークでは許される。だから、この新聞には表現の自由があると言えるだろうと思う。(笑い) 
(つづく) 
 
*デンマーク政治メモ 
 
 2001年11月、9年続いた社会民主党率いる連立政権を破り、「小さな政府」を目指す右派連立政権が誕生。新政権では自由党のラスムセン党首が首相となって保守党と連立を組み、デンマークの欧州連合からの脱退など過激な政策を主張したデンマーク国民党が閣外協力する形を取った。 
 
 ラスムセン氏は、1993年「社会国家から最小限の国家へ」(仮訳)という自著の中で、政府の関与をできるだけ少なくする「リベラル」社会の実現を描いた。政権取得後は選挙公約通り移民規制策を打ち出して人気を上昇させ、05年2月、総選挙で再選されて現在に至っている。 
by polimediauk | 2008-02-07 21:30
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〈ウイルダース議員 「トラランス」サイトより)

 1月25日にテレビ放映の予定だった、オランダの極右議員ヘールト・ウイルダース氏制作の反コーラン映画の放映が、3月になることになった。理由は「制作が終わっていない」だが、果たしてそうなのかどうか??この経緯をオランダの「テレグラーフ」紙などから拾って、ベリタにまとめた。無料記事なので、ご関心のある方は見ていただきたい。

http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=200801270427270

 26日、アムステルダムではデモもあったようだ。
by polimediauk | 2008-01-27 04:35