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カテゴリ:政治とメディア( 249 )

 英国は、10月31日までに欧州連合(EU)から離脱(「ブレグジット」)する予定だが、これを必ず実現すると確約したジョンソン英政権の評判がガタ落ち状態となっている。

 9月5日、ジョンソン首相の弟で閣外相のジョー・ジョンソン下院議員が、「家族と国益の板ばさみとなって悩んでいた」と、閣外相を辞任した。下院議員の職も退く意向だ。

 8日には、アンバー・ラッド雇用・年金大臣が閣僚辞任、与党保守党からの離党をサンデー・タイムズ紙のインタビューの中で明らかにした。

 自分の弟や信頼を置いていたラッド大臣の辞任は、ジョンソン政権にとって大きな痛手だ。「家族さえも見放す政権なのか」、「慎重派政治家のラッド大臣までが・・・」。そんな驚きを持って受け止められた。

議会長期閉会で、怒り

 政権に対する信頼感や評判が大きく損なわれたきっかけは、ジョンソン首相による、前代未聞のごり押し政治だ。

 首相は就任時から一貫して、将来EUとどのような政治・通商関係を結ぶのかについての「合意に達しなくても、離脱する」覚悟を示してきた。

 「合意なき離脱」は、「崖から飛び降りるような」離脱になると言われているが、混乱が生じるにせよ、ジョンソン首相は「2016年の国民投票での離脱派の勝利」という国民の決定を形にすることに力を傾ける意思を表明した。

 一方、下院議員の間では、「合意なき離脱」は避けるべきという声が圧倒的で、最大野党労働党を中心に、夏休みの後で9月3日に始まる議会では、ジョンソン首相の合意なき離脱にまっしぐら路線を止める法案を提出しようという動きが出た。

 ところが、首相側は先手に出た。議会の開会・閉会を決めるのはエリザベス女王の役目だが、「政府のアドバイスで」決めることになっている。そこで、8月、スコットランド・バルモラル城に滞在していた女王の下に女王の諮問機関となる枢密院のメンバーと離脱強硬派で院内総務ジェイコブ・リース=モッグ氏を派遣して「アドバイス」を伝え、9月上旬から10月中旬までの4-5週間の閉会の承認を得た。

 毎年、秋には政党の党大会が開かれるので、9月の第2週から10月7日ぐらいまでは議会は休会となるが、通常は短期である。これほどの長期は珍しい。

 何を狙ったかというと、閉会を長期にすることで、合意なき離脱を止めるための法案が提出され、これが立法化されることを避けたかったというのが、大方の見方だ。つまり、「議論を封殺」するのが目的だったといえよう。

 民主主義が十分に発達していない国の強権政治をほうふつとさせる手法である。

 政権側は「十分な議論の時間はある」と主張したものの、「議論の場を失われた・制限された」ことへの不満感、怒りが議会内外に充満した。

 歴史を振り返ると、17世紀、国王と議会の対立が内戦(「イングランド内戦」)にまで発展した。1628年、国王チャールズ1世は、課税強硬策に議会が同意しなかったため、翌年議会を解散。その後、11年間、招集しなかった。1640年春、やっと議会を招集したところ、議員たちは11年間の専制政治を責めた。国王は招集からわずか3週間で議会を解散。この年の秋に招集された議会で、議員らは国王の愚性を批判する大抗議文を出し、国王の怒りを買った。国王派と議会派の武力対決が始まったのは、1642年である。

 何世紀も前の話ではあるが、この内戦で議会派が勝ち、議会制民主主義の構築に向かった歴史を人々は忘れていないし、議員であれば、なおさらだ。「あってはならないことが、起きた」という思いが、議員や国民の中でわき起こった。

21人もの粛清がとどめを刺した

 弟のジョンソン氏やラッド大臣の辞職につながったのは、長期閉会の決断の後に、追い打ちをかけるようにジョンソン政権が実行した「21人の与党議員の粛清」だ。

 なぜそんなことになったのか。

 まず、議会の開会時期が短縮されたことで、野党勢力の「何とかして『合意なき離脱』を止めたい」という思いがさらに強くなった。

 そこで、保守党内の賛同議員の協力も得て、ヒラリー・ベン労働党議員が法案を提出した。もし10月19日までにEU側と離脱条件の合意ができなかったら、離脱期限の延期をEUに要請することを首相に義務付ける法案である。これによって、「合意なき離脱」を止めようとしたのである。

 ジョンソン政権はこれに対し、「合意を得るのが最優先だが、もしなくても離脱する。合意なしでも離脱するという姿勢を見せないと、交渉はうまくいかない」と反論した。

 

 しかし、5日までに法案は上下院で可決され、9日以降、立法化予定だ。

 下院では、4日、法案は賛成327、反対299で可決されたが、この時、保守党内からも賛成票を入れた議員がいた。

 そこで、ジョンソン政権は、21人の造反議員を党から除名した。この中にはフィリップ・ハモンド前財務相、最長連続の議員歴をもつ議員に与えられる「下院の父」という敬称を持つケネス・クラーク議員、ウインストン・チャーチル元首相の孫にあたるサー・ニコラス・ソーム議員もいた。まさか・・・の除名措置に、大きな衝撃が走った。

 ますます、「強権政治」に見えてきた。

 ジョンソン首相は、「自分がEUに離脱期限の延期を要請することはない」として、下院の解散と10月15日の総選挙実施を提案したが、下院はこれを否決。しかし、9日にも再度同様の法案を提出する見込みだ。8日時点で、野党側は再度否決する意思を固めている。

ラッド雇用・年金相の思い

ラッド氏(サンデー・タイムズの紙面を筆者撮影)
ラッド氏(サンデー・タイムズの紙面を筆者撮影)

 

 サンデー・タイムズ紙のインタビューで、ラッド氏は、以下のことを語っている。

 閣僚辞任、離党を決めたのは造反議員の「粛清」とジョンソン首相がEUとの合意を取り付けようとはしないことが分かったからだという。

 首相自身は「合意を取り付けることが最優先」と繰り返して述べているものの、同時に「合意がなくても離脱する」とも発言しており、「合意なき離脱を目指している」と解釈されてきた。

 内情を知るラッド氏が、ジョンソン氏がEUとの合意を得ようとしている「証拠はない」と発言したことで、この解釈が当たっていたことが判明した。

 ラッド氏は、クラーク議員やソーム議員の党籍除名は「良識や民主主義への攻撃だ」、という。党内中道派の「近視眼的な除名は、政治的な破壊行為」であり、次期選挙で保守党の損失となると予測する。

 ラッド氏によると、議会の長期閉会について「閣議での説明は一切なかった」。首相とアドバイザーのドミニク・カミングス氏が決めたようだ。

 ラッド氏が閣僚辞任に動いた直接のきっかけは、造反議員の除名措置だった。除名のために保守党本部があっという間に行動を開始したのを見て、「静観しているわけにはいかないと思った。保守党が離脱強硬派だけの政党になってしまうのは間違っている」。

 もはやジョンソン首相の言葉は信じられないという。

 首相は「総選挙をしたくない、合意なき離脱は望まない」と言っているが、「もしその行動がその反対の方向に向かっているなら、人はそれぞれの解釈をする必要がある」。

 「母がこう言っていた。『何を言っているかではなく、何をしているかでその人を判断しなさい』、と」。

世論調査では、ジョンソン保守党が強い

 ジョンソン首相の信頼度は低下する一方だが、保守党への支持率は下がっていない。

 オンラインの世論調査「ユーガブ」が9月5-6日に行った調査によると、保守党の支持率は35%(前回調査から変化なし)、これに労働党(21%、4ポイント減)、自由民主党(19%、3ポイント増)、ブレグジット党(12%、1ポイント増)が続いている。

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by polimediauk | 2019-09-09 17:34 | 政治とメディア

 前回、英ガーディアン紙が購読収入や販売収入とは別個に、会員制やフィランソロピー(慈善行為、社会貢献活動)による支援金・寄付金をジャーナリズムに投資し、効果をあげている話を紹介した。

 今回は、フィランソロピーとジャーナリズムについて、今年4月に開催されたイタリアの「ペルージャ国際ジャーナリズム祭」*(記事の最後に詳しく説明)でのセッションから論点を紹介してみたい。前回の記事と若干重なる部分もあるが、話のつながりとして中に入れてみた。

フィランソロピーとジャーナリズムの関係は

 ニュース組織の経営は厳しいものになっているが、財団や読者からの財政支援、億万長者からの寄付金によって運営される、非営利のニュース・メディアが一定の位置を占めるようになってきた。その良い点、悪い点を経験者が語った。

 4月5日のセッション「フィランソロピーはジャーナリズムを救う答えになるか?」

 話し手

 クレイグ・ニューマーククレイグ・ニューマーク・フィランソロピーズの創業者

 

 アラン・ラスブリジャー、ガーディアン元編集長、現在はオックスフォード大学マーガレットホール学長、ロイタージャーナリズム研究所の会長 

 

 ビビアン・シラー米シビル財団のCEOで、ガーディアンを所有するスコット・トラストのメンバー

 インディラ・ラクシュマナンピューリッツアー・センターのエグゼクティブ・ディレクター

 

なぜ投資するのか、投資家の視点は

ニューマーク 撮影Diego Figone
ニューマーク 撮影Diego Figone

 クレイグ・ニューマーク(米クレイグ・フィランソロピーズの創業者で、ジャーナリズムのためにたくさんの寄付金を出している):なぜジャーナリズムに投資をするのか、と聞かれる。

 学校で学んだのは、信頼できるジャーナリズムは民主主義にとって不可欠だと言うこと。国家として生き残るには、国民は何が起きているかを知らなければならない。ジャーナリストは真実を語る役目を持つ。

 2016年11月、トランプ米共和党候補が大統領選に勝利した。「あれが警告となった」。

 「ジャーナリズムを助ける」ために、資金を出すことにしたという。

 「普通の人が世界の中で正しい判断をするには、正確な情報が出回っていることが必要だ。以前から、米ポインター財団を助けてきた。財団はアメリカのジャーナリズムの倫理と言うことに関しては先端を行っていると思う。私自身にはジャーナリズムの経験がほとんどないので、他の人の意見を聞いてどこに投資するかを決めている」。

 *ニューマークのジャーナリズム支援の1つ、ニューヨーク市立大のジャーナリズム・スクール

 

英ガーディアン紙が、フィランソロピーでできたこと

 アラン・ラスブリジャー(ガーディアンの元編集長):「ガーディアンはスコット財団に所有されてきた。大きな利益を生み出すような新聞ではない」。

ラスブリジャー 撮影Diego Figone
ラスブリジャー 撮影Diego Figone

 ガーディアンは会員制を設け、それが最近は100万人に達した。「会員制は一種のフィランソロピーであると思う。購読料とは違う。会員になるためにお金を出すことで、自分だけではなく、みんながガーディアンのジャーナリズムを読めるようになるからだ」。

 ビル・ゲイツ財団からの寄付金では開発についての記事を書くことが条件だった。結果的に主にアフリカ大陸について書くことになった。もし寄付金がなければ、ガーディアンはこうした記事を書く財政上の余裕はなかっただろうという。「お金をもらうことによってこのようなテーマについて書けるというのは、良いことだと思っている」。

 また、オーストラリアの政治家から電話をもらい、オーストラリア版のガーディアンを作ってくれないかと言われた。「70%のオーストラリアのメディアがメディア王マードックに所有されているので、何とかしてほしい」と。ラスブリジャーはオーストラリア版を作りたかったが、「お金がなかった」。

 そこでフィランソロピーで進めることにし、旅行サイト「Wotif」を作った起業家グレアム・ウッドが5000万ポンドを提供して、オーストラリア版ができたという。

 ほかには、寄付金を利用して「現代の奴隷制度」、「都市の近代化」などのテーマで記事を作ることができた。「お金を出す方にしてみれば、ガーディアンに記事が出てたくさんの恩恵があったと言うふうに考えているのだろう」。

ジャーナリストがかわいそうだから、フィランソロピー?

 

シラー 撮影Diego Figone
シラー 撮影Diego Figone

 ビビアン・シラー(シビル財団のCEO)は、「フィランソロピーによる支援は、ジャーナリズムが苦しくなっており、かわいそうなのでこれを支援すると言う形で与えられるべきではない」という。

 インディラ・ラクシュマナン(ピューリッツアー・センターのエグゼクティブ・ディレクター)もこれに同意する。「フィランソロピーによる支援はジャーナリストを助けると言うよりも、パブリックのためにある。民主主義社会が機能するため。人々が社会に参加するためだ」。

 ラクシュマナンは、「もし利益の衝突が起きたら、どうするのか」をラスブリジャーに聞いた。「ゲイツ財団がアフリカの開発について記事を書くために資金を出した後で、ガーディアンが調査し、ゲイツ財団自身の開発支援が非常に効果が低かったことが判明したら、どうするのか」。

ラクシュマナン 撮影Diego Figone
ラクシュマナン 撮影Diego Figone

 ラスブリジャーは、「まず最初にルールを決めておく」という。ルールをオープンにし、関係者が何がルールかをわかるようにしておく。該当するプロジェクトに誰がお金を出しているのかも明記する。

 これまでにも広告収入を得ながらメディアは活動してきたので、「フィランソロピーの場合も問題はないと思う」。

居心地の悪さ

 しかし、ラスブリジャーが「居心地の悪い思い」をしたことは何度もあったようだ。

 編集長時代に、あるネイティブ広告の記事が掲載された。ほぼ同時に広告の中で紹介したある企業について、かなり批判的な記事が出ることになった。これを知ったラスブリジャーは、担当の記者に電話した。「なぜここまで批判的な記事を書くのか」と聞いた。

 記者は「この会社はひどいと思う」と持論を述べたという。ラスブリジャーは記事の差し止めをしなかったので、批判記事はそのまま掲載された。

 また、気候温暖化についての記事が、フィランソロピーで援助を受けたいくつかの財団を真っ向から非難する内容だったことがあった。「読者からこの点を指摘された」という。まさに「居心地が悪い」瞬間だった。

 セッションの動画

ペルージャのジャーナリズム祭とは

 毎年4月、ペルージャで開催される「国際ジャーナリズム祭」は、地元活性化の一環として始まった。参加費は無料で、世界各地からやってくる学者、リサーチャー、ジャーナリスト、メディア組織の編集幹部、学生、一般市民などが参加する。

 

 今年は4月3日から7日まで開催され、スピーカー(女性は49%)は約650人、セッション数は約280。運営ボランティアは、19か国出身の約130人。

 運営資金のスポンサーは、フェイスブック、グーグル、アマゾン、欧州委員会、コカ・コーラ社、ネッスル社、衛星放送スカイ、金融機関ユニポールと小規模なNGO組織。ペルージャがあるウンブリア州地域カウンシルも支援。

 寄付金は米クレイグ・ニューマーク・フィランソロピーズから(ニューマークは「クレイグリスト」で知られる)。(クレイグリストとは

 来年は、4月1―5日に開催予定となっている。

プログラムの特徴は

 近年の焦点はテクノロジー関連(データジャーナリズム)、世界の報道の自由、ビジネス(ニュースのスタートアップ)。過去2年はフェイクニュースやフェイスブックを始めとするソーシャルメディアの諸問題が中心となった。

 今年は純然たるテクロノジー関連は影を潜めたようだ。また、フェイクニュースは一時期の大騒ぎを通り越し、国家レベルの「ディスインフォメーション」をどうするかの議論に成熟した。

 ソーシャルメディア、特にフェイスブックに対する視線はいまだに厳しいものの、ザッカーバーグCEOが規制導入に前向きの姿勢を見せていることから、「どうやって共にやってゆくか」という議論に向かいつつある。

 (次回は、各メディアによる会員制を詳しく報告します。)


by polimediauk | 2019-09-05 19:30 | 政治とメディア

 9月3日、夏季休暇中の英議会が再開する。英国の最大野党・労働党は早ければこの日、ジョンソン新政権に対し、内閣不信任決議案を提出すると言われている。

 英国の欧州連合(EU)からの離脱(「ブレグジット」)を巡り、ジョンソン政権は「合意なき離脱」も止むなしとしているが、そうなれば経済に大きな負の影響を及ぼすことが指摘されており、これを阻止するのが目的だ。可決されれば、ジョンソン内閣は総辞職に追い込まれる。

 現政権は、閣外協力を提供する北アイルランドの地方政党「民主統一党(DUP)」の10議席を入れても、わずか1議席で過半数を維持する不安定な状況にいる。

 今後、議会では強硬離脱を志向するジョンソン政権と、そうはさせまいとする野党勢力に一部の与党・保守党議員が入る反ジョンソン勢力との間の綱引きが続きそうだ。

 いざとなったら政権交代ができるよう二大政党制を取ってきた英国で、労働党は「公式野党」(「女王陛下の野党」)の位置づけになる。しかし、ここ数年は様々な批判の的になり、ブレグジット問題では保守党同様に内部分裂状態となっている。

 4月に出版された、「候補者ジェレミー・コービン『反貧困』から首相への道」(岩波書店、アレックス・ナンズ著、翻訳:藤澤みどり、荒井雅子、坂野正明)の翻訳者の一人で、労働党ウォッチャーでもある藤澤みどりさんに、労働党の状況と今後の動きについてじっくりと聞いてみた。

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下から求められて出てきた、コービン党首

ーなぜこの本を翻訳しようと思ったのでしょうか。

 コービンが党首に選ばれたあと、コービン関連本が何冊も出版され、ほかにも数冊読みましたが、ドキュメンタリーとしてこれが一番面白かったのです。コービンの生い立ちなど過去のことではなく、今動いている「運動」という観点から書かれた点が一番面白かったです。

 コービン選出の過程では、いろいろなことが下から発生しました。彼は、下から求められて出てきたのです。

ー「下から上へ」という動きは労働党に特徴的なことでしょうか。

 そうではありません。ニューレイバー時代から徹底した「トップダウン」でした。(前の党首の)エド・ミリバンドの時に幾らかでもボトムアップな感じになったのですが。

ーなぜコービンが下からの支持で党首になるほどの人気が出たのでしょうか。

 30年以上、いろいろな運動にかかわってきた人だったから、というのもあると思います。反戦、反核運動、労働運動のイベントでは、常連のスピーカーの一人でした。個人的には特に印象はなかったのですが。(労働党左派の故)トニー・ベンのスピーチを聞きに行くと、コービンもいる、と。彼を知っている人が左派にはすごく多かったのです。

緊縮財政が起爆剤に

ー2010年から15年の保守党・自由民主党連立政権や保守党単独政権(2015年から現在)への反動というのも、あったのでしょうか。

 この政権が緊縮財政を行った点が大きかったと思います。

 最初は、大学の学費問題でした。2010年の初冬から12月にかけて、学生たちが抗議運動を行ったのです。争点は、学費の値上げや教育補助削減に対する抗議です。高校生ぐらいの年齢の子がもらっていた小額の補助が取り上げられてしまいました。大学の学費は3倍になりました。その時に中高生や大学生の抗議運動が全国規模で起きたのです。授業をティーチインなどに替えた学校もあったし、大学占拠も各地で発生しました。

 つまり、背景には若い人たちの政治化がありました。抗議デモには、一時、5万人が集まりました。大学生とそれよりもう少し若い世代の人たちが抗議デモを起こし、「連立政権はダメ」、ということになりました。

ー2010年の総選挙では、どの政党も過半数の議席を維持することができず、「宙ぶらりんの議会」(ハング・パーラメント)になりましたよね。そこで、保守党は当時第3党の自由民主党と一緒に連立政権を組むことになりました。自民党は、選挙戦では大学の学費値上げ反対を公約に入れていましたが、政権に入ってからは値上げを撤回させることができませんでした。これで自民党が大きく支持を失ったことを記憶しています。

なぜ、「コービン降ろし」が始まったのか

ー2015年9月、コービンは党員からの圧倒的な支持を得て、労働党の党首に就任しました。でも、その後、なぜかコービンを党首の座から引きずり降ろそうとする「コービン降ろし」現象が始まりました。メディアも、一斉にコービンを批判していたことを思い出します。なぜ労働党議員は反コービンになったのでしょう。なぜ彼は、メディアに嫌われるのでしょうか?

 労働党議員については、今まで通りのことができなくなってしまうというのが、一番大きいと思います。2番目には、コービンでは選挙に負ける、中道でなければ選挙に勝てないという中道信仰のようなものがあります。

 いわゆる中央メディアが嫌っている理由は、コービン政権ができたら、今まで通りのやり方(全国紙がアジェンダを作り、電波媒体がそれに肉付けしていく、ロンドン中心のニュースの作り方)を変えなければならなくなるからでしょう。現状を維持したい、予定調和を崩されたくない、「ガラガラポンされたくない」という要素が大きいと思います。コービンはメディアを民主化すると主張してますから。

 いずれにせよ、これまでのやり方から利益を得て来た既得権益層には、何が何でも止めなければならない存在なんだと思います。

 ブレア派(元労働党党首・首相のトニー・ブレア氏が主導した「ニューレイバー」路線を支持している派閥)の議員らは、当初、なんとかして党首を交代させようとしましたが、それが無理だとわかると、いまは労働党をいかに選挙に勝たせないかで動いているように見えます。

ー労働党は今、バラバラになっていますよね。コービンは基幹産業の国有化を提唱するなど、ニューレイバー派によって片隅に追いやられた伝統主義者と言ってもよいでしょう。党内の中道派、ニューレイバー派が反発する気持ちは分からないでもありません。結局、今年2月にはブレア派の中堅議員ら数人が離党してしまいましたね。労働党議員の中では、次の総選挙でコービンを勝たせたくないという思いさえ、感じます。

 勝たせたくない、と確かに思っているでしょう。コービン党首の状態で労働党が総選挙で最大議席を取ってしまうと、例え過半数が取れなくても、コービンが首相となって政権を発足させることになりますから。

もし政権が取れたら、何が起きる?

ーコービンや党の指導部は、政権が取れた場合の心の準備はしているのでしょうか?

 政権が取れたら何をするか、最初の100日の計画を立てているようです。もし少数与党になったら、目標通りには政策を実行できないかもしれませんが、最初の100日間で目に見える違いを出すことを目指しています。

 一旦、政策が実行され出したら、もう止められなくなります。仮に、もう高齢だから、という理由で党首交代になったとしても、彼の政策を引き継ぐ人が出てきます。そうなったら、ブレア派議員たちが入る余地がなくなります。

 そんな状況を阻止するために、とにかくコービン氏を首相にしないようにというのが、今1番の目標でしょう。

ー何を達成したいのでしょう?

 中道に戻したい、ということでしょう。新自由主義と社会保障を両立させるプロジェクトを継続させたいのでしょう。実際のところ、もう無理になっていますが。

「反ユダヤ主義」の波紋

ー労働党の指導陣は今、「党内の反ユダヤ主義に十分に対応しなかった」ということで、大きな批判の的になっていますが、どう思われますか。

 労働党内の反ユダヤ主義問題は、メディアが騒然となるほどには量的にも質的にも深刻ではないので、コービンを叩くネタに使っているように見えます。基本的に、反ユダヤ主義は右派勢力に圧倒的に強く、保守党の方がはるかに汚染されているし、悪質な脅迫などの犯罪を起こしているのは極右です。

 反ユダヤ主義は動機に違いがあり、右派はおおむね人種差別から生じており、左は、資本主義への批判が根っ子にある「世界の資本を握っているのはユダヤ人」といったような陰謀論から出てきている、と言われています。

ーイスラエルに対する批判も、左派系勢力の反ユダヤ主義の背景にある、と言われていますが。

 それとは別に、隠謀論から入る反ユダヤ主義もあるという意味です。同様の現象がオルタナ右翼にも見られます。ただ、(労働党の関係者で)攻撃対象にされているのは、イスラエルの占領政策に対して批判的な人々です。ただし、イスラエルの現政権に対する批判は、公式には反ユダヤ主義とは定義できないので、ちょっとした言葉遣いなどを槍玉に挙げて告発する、という方法が取られています。ある文脈の中から一言を抜き出して非難したり、本人の意図とは曲げて解釈したりし、メディアがそれに加勢しています。

BBCは不偏不党か

ーBBCを見ていると、労働党は「反ユダヤ主義」で、悪いのはコービンだ、と報道されがちですが。

 労働党は、コービンが党首になってから、これまでよりかなり踏み込んで、反ユダヤ主義を党から一掃する取り組みを強化しています。数値にも表れていますが、全く評価されません。例えば、ブレア派の有力議員が、ソーシャルメディアから反ユダヤ主義の証拠を200も集めて党に提出したのに、全く対処されないとメディアで主張しています。200件のうち、党員が関係していたのは十数件で、適切に対処されていますが、いまだにメディアでは200件という数字が使われています。コービンは政権を取ったらメディア改革を実行すると言っているので、もしこれが実現したら、後で「あの報道は何だったのだろう」と思うかもしれません。労働党の政策はどれもポピュラーなので、反ユダヤ主義」(とブレグジット方針、後述)以外に叩くネタがないのだろうと思います。

ーしかし、BBCは不偏不党ではないのでしょうか。

 全然、不偏不党とは思っていません。以前はある程度の中立性があると思っていましたが、コービンが党首になってからの変化で、考えが変わりました。

 例えば、ブレグジットの報道もそうです。

 コービン労働党は、超ソフトなブレグジット(注:関税同盟を維持し、単一市場へのアクセスを新たに確立する)です。バランスが取れており、英国にダメージが少ない案です。

 国民投票で離脱に決まってしまったので、民主主義のルールを維持し守るためには離脱しないという選択肢はないと私は考えており、労働党執行部は、限りなく残留に近い、一番ダメージが少ない離脱をしようと言っているわけで、全然おかしくないはずです。

 それにもかかわらず、BBCも含めて、メディアは「コービンは立場をはっきりさせない(離脱か残留かのどちらかを選ばない)」と報道します。でも、はっきりさせようがないんじゃないでしょうか。ブレグジットを決めた国民投票(2016年)は、48%が残留を、52%が離脱を選択したのですから。

ー影のブレグジット大臣のキア・スタマー議員は、党の指導陣の足を引っ張っているように見えます。再度、国民投票をやる意思を見せているからです。

 そうですね。

ーでも、再度の国民投票は、国民から大きな反感を買うことは間違いありません。3年前の国民投票ですでに結果が出ているわけですから。まさに民主主義を裏切ることになりますから。

 アリステア・キャンベル(ブレア政権時代の官邸報道局長)などは、明らかにコービン降ろしのためにやっていると思います。こういう人たちにとって、再度の国民投票の呼びかけは(労働党議員や支持者を分裂させるための)1つの道具なんでしょう。

 一旦国民投票をやって決まったことを、その結果が実施もされないうちに、もう一度国民投票をやってひっくり返すなんて、誰から見てもおかしいのに、おかしくないと言い張っています。

ー労働党や労働党指導陣がどちらに行きたいのかが、分かりにくい感じがします。コービンは緩やかな離脱案を出していますが、一部の労働党議員らは再度の国民投票を呼び掛けていますが。

 コービンは基本的に総選挙を望んでいます。

コービンは「危険な共産主義者」?

ーコービンが首相になる可能性もあります。コービンがどんな人物なのかを私たちは知っておいたほうがいいと思っています。メディア報道を見ると、コービンは危険な共産主義者として描かれていますが。

 全くそうではないと思います。そもそも、2017年の総選挙に向けたマニフェストを見ると、その政策は以前の英国なら中道よりちょっと左ぐらいだと思います。(社会系政党が強い)スカンジナビア諸国であれば、普通でしょう。「左」ともいえない。(第2次世界大戦後、福祉国家政策を推進した、労働党の)アトリー政権に比較すれば、ぬるいものだと思います。

 英国の政治がかなり右に寄っているのでそう見えるのではないでしょうか。

ーコービンは頑固な人と言えるでしょうか。首相になっても、「核兵器のボタンを押さない」と言ってしまっています。核兵器を持つ国の政治のトップとして、これでは批判されるのも無理ないのでは?

 筋金入りの反核主義者であり、嘘が言えないので。その点で頑固ですね。

 ブレグジットは国の一大事ではありますが、「合意なき離脱」にならない限り、おそらくコービンにとってそんなに大きな問題ではないのではないかと思います。国の経済システムを変える大仕事に比べたら、それほどではない、と。ブレグジットはEU側と協議し、双方が納得できる合意を引き出せばいいわけですから。それに対し、国のシステムを変えるのは、何をするにも抵抗だらけでしょう。


ーコービンはどんな人だと言えますか?


 社会イシューに関してはきわめてリベラルです。LGBTにしろ、移民にしろ。元々が権威を嫌う人です。

ーその点だけでも、英国のエリート層には嫌われるでしょう。

 そうでしょう。

 コービン政権は、地方自治をすごく大事にするはずです。地方自治主義が拡大すると思います。

 下から意見を吸い上げる形としては、2017年ぐらいから、すでに始めています。党のコーディネーターが各地にいて、それぞれの地域で意見交換会を開催しています。コービンや(その右腕で影の財務相の)ジョン・マクドネルなどが出かけて行って、意見を吸い上げています。全国で組織が作られていますから、政権が発足したら、こういう人たちが動き出すことになります。

 上からではなくて、下から上がってくる感じです。そうやって政策を実行していくような形になるんだろうと思います。だから、「傍観していないで、あなたも動きなさいね」、と言われるはずです。

ー現在の中央政府の姿勢とは、ずいぶん違うようですね。

 そうなんですよ。上だけでお金が動いて、美味しいところを取っていた人にとっては、面白くない状況になりますね。

 下から、できることを吸い上げていくことによって、多分、相当、上の無駄を減らすことができるのではないかと思います。なんのために使われているかわからないお金を教育の無償化などに回す可能性があるのではないか、と。

ー今の労働党には、党首を支える仕組みが必要ですね。

 なぜ周りじゅう敵ばかりなのか。例えばスコットランド国民党(SNP)でできて、労働党ではできないのか。その理由の1つは、労働党では、次の選挙がある時に現職は自動的に立候補できるようになっているからだと思います。

 SNPや緑の党は、毎回、選挙区の党員が現職の議員を候補として推すか推さないかの決断をします。そして納得して選挙運動を積極的に行います。

 そういった仕組みが労働党はなかったのです。ですから、コービン氏に反対している議員が、結局は生き残ってしまいます。議員を入れ替えないと現状は変わらないでしょう。

 ところが、去年の党大会で、党員が選挙区の議員を再選択する仕組みが可決されました。選挙区に所属する党員の一定の割合が賛同すれば(トリガー投票と言います)、再選択のための投票ができるようになったようです。2月に離党した議員の一人は、トリガー投票で再選択(現職の他に立候補を希望する人がいれば、選挙区党員の投票で候補者を決定)が決まっていました。もう一人は、地元選挙区の党員に不信任されていました。コービンに敵対していた議員は、この夏、気が気じゃないでしょう。

ービジネス界はコービンを支援しているのでしょうか。例えば中小企業はどうでしょうか。元々、労働党は労組から生まれた政党ですよね。

 労働党は、労働者の権利を守るという立場ですが、そこで「生活賃金を上げる」となると、中小企業の経営陣は、「え?」となってしまいます。補助金を出す、税率や社会保障費の負担率を下げるなどの支援策が提供できるかどうかですね。

ー親労働党の新聞メディアは、何になりますか。左派系高級紙ガーディアンや大衆紙デイリーミラーでしょうか?

 ガーディアンはそうでもないですよ。基本的に中道支持なので。BBCと似たり寄ったりかもしれません。

ー9月、議会が再開したら、すぐに労働党が内閣不信任決議案を出すと言われていますが。

 不信任が可決されると、首相は信任される内閣を14日以内に組閣しなければなりません。できなければ解散総選挙になり、ブレグジット期限前に新政府が誕生するはずでした。ところが、ジョンソン首相の顧問が抜け穴を見つけ出しました。新内閣の組閣は諦めて、首相権限で解散総選挙を宣言し、投票日を11月頭にするというのです。これが実行されると、選挙運動中にブレグジット期限になり、自動的に合意なき離脱になります。そのため、いま野党と与党の反ジョンソン派が阻止する方法を模索しています。どうなるか。

野党側と話さなかった、メイ前首相

ーメイ前首相による、ブレグジット交渉をどう見ていましたか。

 メイ政権が、どうして野党側と話さないのかと思っていました。

 労働党も並行して、EU側高官と会っていたんです。もちろん交渉はしていませんが、EUの交渉担当高官が労働党案を評価したコメントが、ツイッターで流れていました。私から見ると、なぜBBCはこれを報道しないのか、と思いました。EU側がメイ首相に対し、公式に野党と交渉するべきというシグナルを出しているのに、なぜ報道しないのか、と。

 理由は、あくまでも労働党はダメ、ということにしておきたかったからではないか、と思っています。

ー2017年の総選挙では、コービン率いる労働党が大きく議席数を伸ばしました。

 選挙戦中は、電波媒体での二大政党の報道を平等にしなければならないルールがあるからではないか、と思っています。いかにメディアが腐っているかが分かります。コービンが出てくるまで、ここまで酷いとは思わなかったです。

 でも、前からひどかったんでしょうね、きっと。報道がまともに機能していたら、イラク戦争(2003年)はしていないでしょう(注:イラク戦争開戦前、100万人規模の抗議デモが発生したが、ブレア政権が議会を説得し、開戦に踏み切った)。コービン政権ができたら、BBCを完全に政府から独立させると言っています。新聞についても、租税回避地に住む人物はオーナーになれないようにするとか、要望があれば、編集長を記者の投票で選べるようにするとか、メディアを権力から独立した機関にする方法がいろいろ提案されています。

***

 

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by polimediauk | 2019-08-24 16:26 | 政治とメディア
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 7月末、英国ではジョンソン新政権が発足した。目下の最大の政治課題であるEUからの離脱(「ブレグジット」)を10月末の離脱予定日までに実現できるか、できないか。これでその命運が決まる。

 新政権は、EU側と離脱後の関係について合意をせずに離脱する「合意なき離脱」の可能性も「あり」としている。

 と言いながらも、「もちろん合意したい」とジョンソン首相は表明してきた。メイ前政権がEU側と合意した「離脱協定案」は英議会で3回も否決されたので、ジョンソン政権は新たな協定案に向けての交渉開始を望んでいる。しかし、EU側は「新たな協定案のための交渉には応じない」と繰り返している。

 どちらも妥協しなければ、10月31日、合意なき離脱となる。

 議会は現在休会中だが、9月上旬に再開後、最大野党労働党のジェレミー・コービン党首は内閣不信任案を提出する予定だ。

 もしこれが否決されても、ジョンソン首相が「絶対に死守する」という予定日の離脱が実現できないと、自ら総選挙を選択する可能性がある。

 そこで、労働党を中心とした新政権の発足がより実現性を帯びてきた。

 さて、次期首相になるかもしれない、労働党のジェレミー・コービン党首とはどんな人物なのか。

 実は、コービン氏は「万年平議員」の位置にいた人物だ。そんなコービン氏が2015年に党首として選出されるまでの過程を克明につづった本が出た。

 元は政治ジャーナリストで、昨年コービン氏のスピーチライターの一人に就任したアレックス・ナンズ氏が書いた『候補者ジェレミー・コービン 「反貧困」から首相への道』(岩波書店、翻訳:藤澤みどり、荒井雅子、坂野正明)である。


コービン氏とは

 本の紹介の前に、政治家コービン氏の略歴を記してみたい。

 同氏は1949年、英南部ウィルトシャー州チップナム生まれ(現在、70歳)。

 北ロンドン工科大学で学び、全国公務員組合やほかの労組で職員として働いた。1974年、ロンドンのハーリンゲイ特別区の区議会議員に当選。1983年、同じくロンドンのイズリントン・ノース選挙区の下院議員に当選し、現在までこの地区を代表している。政治家としてのキャリアは1970年代から数えれば45年、下院議員としても36年というベテランだ。

 コービン氏は労働党内では「オールドレイバー(労働党のオールド派)」、あるいは「伝統主義者」と位置付けられている。これは、「第3の道」を提唱した中道派「ニューレイバー」(トニー・ブレア元首相がその代表、詳細は後述)と対比して使われる。党内の最左派勢力の一人とも言われている。

 例えば、コービン氏は基幹産業の国営化、北大西洋条約機構(NATO)からの離脱、核抑止力システム「トライデント」の撤廃、共和制支持、2010年以降の緊縮財政の撤回などを主張してきた。反戦・反核が長年の姿勢で、反戦運動「ストップ・ザ・ウオー・コーエリション」の議長も務めたことがある(2011-15年)。

 ニューレイバー派が政権を取った1997年以降、コービン氏は「隅に追いやられた政治的伝統の体現者」(『候補者ジェレミー・コービン』)であり、「党首になろうなどとという野望もなく、なると予想もしていなかった」人物である。

 党首選出の理由の謎を解くのが本書『候補者ジェレミー・コービン』だ。

「目立たないまま左に寄って行った」労働党

 著者ナンズ氏は、コービン氏の台頭には3本の別々の支流の流れがあったという。

 まず、ニューレイバーに対する、党員の反対だ。本書によると、ニューレイバーとは「トニー・ブレアら近代化推進派の派閥の政策」のことで、「労組と距離を置き、公共事業の市営化などを推進。市場経済と福祉の両立」を目指していた。第2の流れはニューレイバーにないがしろにされた労組、第3は左派の活動家と社会運動だった。

 3本の支流が大きな一つの流れになるための起爆剤が、2008年の金融危機だった。市場経済重視の考えが破綻したことが明らかとなり、その後に続いた緊縮財政への反対運動が広がった。

 労働党内の大きな変化が垣間見えたのが、2010年、ニューレイバーを担ったゴードン・ブラウン首相が、自分が率いる労働党が総選挙で過半数を取れなかったことが原因で退陣したときだ。労働党の新党首として党員が選んだのは、ニューレイバーの一人、デービッド・ミリバンドではなく、労組の支援を受けたその弟のエドだった。

 しかし、2015年の総選挙で、エド・ミリバンドは政権を取ることができなかった(デービッド・キャメロン党首の下、保守党が勝利)。ナンズ氏の見立てによれば、2010年から5年間に労働党の間では左傾化傾向が強まっていたが、労働党議員の方は「党員たちの思いの変化に気付いてなかった」。

 総選挙での負けを機に、ミリバンドは党首辞任を表明。こうして、また党首選が始まった。

 この時、ニューレイバーの流れを汲んで、元閣僚らが続々と立候補した。コービン氏は、この時60代半ば。40代が中心でスーツやドレスでびしっと決めてくるほかの候補者と違い、コービン氏はネクタイを締めないシャツ姿で、異彩を放っていた。多くの人が、彼が党首になるとは思っていなかった。

「コービン運動」の誕生

 支持拡大の要素として、ナンズ氏は議員も含めての「一人一票」という形で労働党員が党首選に参加できるようになったことや「3ポンドサポーター制度」を挙げる。後者は3ポンド(約400-500円)に設定された登録料を払えば、党員以外でも2015年の党首選に投票できる仕組みだった。登録サポーター票は全投票数の4分の1であったが、84%の高率でコービン氏に票を入れることになった。

 「金融崩壊の後始末のために採用された政策に対する抵抗」をばねとして、左派のダイナミズムが醸造され、コービン氏が勝つのではないかという見込みが出てきた。「国の政治を実際に変えられる貴重なチャンスがあるという高揚感には伝染性があった」という。

 こうした高揚感は、初めて政治にかかわる若者、学生、アーティスト、反体制の運動家、オンラインの署名者などに広がっていった。ニューレイバーの時代に労働党を離れたものの、再度党に戻ってきた社会主義者たちもこれに加わった。

 「こうした新党員が、全国の公民館や教会、広場での集会で、あるいはフェイスブックのグループやツイッターのハッシュタグを通して、既存の政党や労働組合員と接点をもったとき、新しい政治運動が誕生した」。著者はこれを「コービン運動」と呼ぶ。

 「自ら歴史を作ろうとする願い」が、行動につながっていく。ボランティアに名乗り出たり、メッセージを発信して説得したり、電話で聞き取り調査をしたり、イベントに参加したりー。

ソーシャルメディアの威力
 
 コービン運動を広げるために強力なツールとなったのが、ソーシャルメディアだ。

 これによって「互いの存在に気付かなかったかもしれない人同士に一体感」が醸成され、コービン現象を大変な勢いで拡大させた。さらに「インターネット外の世界での活動の触媒となった」。

 「以前なら、壊滅的な打撃になりかねなかった新聞からの攻撃を、支持者を奮い立たせる機会に変えた」。

 2015年9月12日、党首選の結果が発表された。コービン氏は25万1417票、全体の59.5%(登録サポーターを除くと党員票の49・6%)を獲得して新党首に選出された。

 本書はコービン氏が党首選をいかに戦ったかを詳細に記す。

 当初は全く勝つ見込みがなくても、ソーシャルメディアを使って支持者を拡大させ、とうとう勝利を手にするまでの手法は、日本の野党勢力にとって、大いに参考になるのではないか。

 安倍政権が長く続き、終わったばかりの参院選を見てもすぐに政権交代の見込みはほとんどないことを示しているが、「ない」あるいは「ほとんどない」状態から、いいかに「ある」に変えていくのか。政権交代が選択肢として存在する政治の実現、そして国民がより幸せになるために、ぜひ参考にしていただきたい。

コービン氏の「その後」は、いばらの道

 本書でも党首に選ばれた後の様子が記されているが、コービン党首誕生当時を含めて事の成り行きを見てきた筆者からすると、コービン氏は「いばらの道」を歩いてきた印象を持っている。

 コービン氏がまさか党首になるとは思っていなかった多くの労働党議員にとって、党首選出は非常に大きな驚きだった。

 ニューレイバー政権で閣僚だったほかの党首選候補者やその支持者たちからすれば、基幹産業の国有化といった「昔の労働党」の政策を主張するコービン氏は受け入れがたい。

 反戦・反核路線を貫いてきたコービン氏が、もし首相になっても核兵器のスイッチを押さない方針を明らかにしたことで、これも驚きを持って受け止められた。個人的な信条はそうだとしても、核兵器を持つ国のトップとして、「スイッチを押さない」と言ってしまっては、身も蓋もないではないか、と。

 英国の新聞は右派保守系の力が強く、連日のようにコービン氏についての重箱の隅をつつくような批判記事が相次いだ。

 「これでは、将来の選挙に勝てない」と危機感を感じた労働党議員らが中心となって、「コービン下ろし」運動が起きていく。

 こうした流れを受けて、2016年9月、再度党首選が行われることになった。結果は、ここでもコービン氏の圧勝であった。

 現在、労働党は分裂状態だ。労働党首脳陣が「反ユダヤ主義に毅然とした対応をしていない」と党内外で批判が出たり、ニューレイバーの流れを汲む中道派議員ら数人が離党したり。

 ブレグジットの方針についても、一つにまとまっていない。2017年の総選挙では労働党はブレグジット実現を公約に掲げたが、労働党議員の中にはEU残留支持派が多い。その一方で、イングランド北部の労働党支持エリアでは離脱派の国民が多いねじれ現象がある。

 コービン氏のいばらの道は、まだ続いている。



by polimediauk | 2019-08-22 16:36 | 政治とメディア

メディア展望」(新聞通信調査会発行)6月号掲載の筆者記事に補足しました。

***

 毎年イタリア・ペルージャで開催される「国際ジャーナリズム祭」が今年は4月3日から7日まで行われ、世界各地からやってきた学者、リサーチャー、ジャーナリスト、メディア組織の編集幹部、学生、一般市民などで賑わった。

 もともとは地域活性化の一環として始まり、今年は約650人のスピーカー(女性は49%)が約280のセッションで熱弁をふるった。運営費用はフェイスブック、グーグル、アマゾン、欧州委員会、コカ・コーラ社、ネッスル社、衛星放送スカイ、金融機関ユニポールと小規模なNGO組織、そしてペルージャがあるウンブリア州地域の自治体などが提供した。

ハンガリーとメディアの寡占化

 まずは報道の自由を扱った数多くのセッションの中から、欧州の中でも「典型的なポピュリズムの国」と言われるハンガリーの例を紹介したい。

 反移民・難民、「キリスト教文化の維持」を前面に掲げるオルバン首相による強権政治が行われているハンガリー。首相の与党「フィデス・ハンガリー市民連盟」は下院議席の3分の2を占める。これを活用して、政権は司法権の縮小やメディア規制に力を注いできた。国内のメディアの90%が直接あるいは間接的に与党の支配下にあると言われている。

 「ハンガリー:非リベラルな民主主義のメディア」と題するセッションの中で、3年前まで左派系最大手の新聞「ネープサバッチャーグ」の元副編集長で、今は調査報道のサイト「HVG」の編集長マートン・ゲーゲリー氏が体験を語った。

 ネープサバッチャーグ紙の突然の廃刊は、2016年10月。その理由は、政権の強硬な反移民政策を批判したためと言われている。

マートン・ゲーゲリー氏(撮影 Maria Lisa Brozetti)
マートン・ゲーゲリー氏(撮影 Maria Lisa Brozetti)

 3年前、ネープサバッチャーグを含む5大主要紙の中で、3紙は政権に批判的で、2紙は政権寄りだったが、今は3紙のみとなったという。「2紙は政権寄りで、1紙は批判的だが、部分的には政権に妥協している」

 「政権に批判的なメディアが存在するからこそ、権力にプレッシャーを与えることができる」。しかし、メディアの大部分が政権を支持していれば、「国民は何がよくて何が悪いかを見極めることができなくなる」。

 ハンガリーのシンクタンク「メディア・データ・社会センター」のディレクター、マリウス・ドラゴミル氏は「メディア・キャプチャー(メディアの寡占化)」という言葉を使って、ハンガリーの状況を説明した。

 「まず法律を変えて、メディアの規制体制を築く。次に、公共メディアを政府の支配下に置く。いずれの場合も組織のトップに政権に近い人物を配置する。民間の場合は政府寄りの人物あるいは企業に買収させるか、閉鎖に追い込む。最後に、公的資金を政権寄りのメディアにつぎ込む」。これで事実上の「寡占化」となる。

 翻って、日本はどうか。自民党の一党支配体制が長く続き、野党政権発足の可能性はほとんどない。「忖度」の害悪も指摘されている。メディアの権力批判は十分に機能しているだろうか。ハンガリーの話を聞きながら、日本のことが心配になって来た。

読者と深い関係を持つメディア

 セッションを回る中で、メディアの規模の大小にかかわらず、読者との関係を深めることで信頼感を高め、収入に結びつけようとする動きが目に付いた。

 欧州数か国で発行されている英字新聞「ローカル」のスウェーデン版の編集者エマ・ロフグレン氏は、「購読料はお金の行き来だが、会員制は関係性を築くことを意味する」という。「サイトのクリック数を伸ばすことを最優先するのではなく、読者の生活に関わりが強いトピックを取り上げることに力を入れている。読者の意見を取り入れて新聞の方向性を決めている」。

リタ・カプール氏(撮影 Giulia Nardelli
リタ・カプール氏(撮影 Giulia Nardelli

 

 最近会員制を取り入れたばかりというインドのクインティリオン・メディアは、読者を市民記者として使うという。インドの山間地帯にはリポーターが入っていきにくい場所があり、市民記者は「現場で何が起きているかを知らせてくれる役目を果たす」(リタ・カプールCEO)。

 ファクトチェックにも読者が参加する。インドではメッセージ・サービス「ワッツアップ」を通してフェイクニュースが広がっているが、ワッツアップによる通信は暗号化されるため、利用者同士以外は通信内容にアクセスできない。そこで、ワッツアップ内でどんな噂が広がっているかを読者に聞き、フェイクニュース拡散の防止を試みている。

リー・コースガード氏(撮影 Francesco Ascanio Pepe)
リー・コースガード氏(撮影 Francesco Ascanio Pepe)

 デンマーク発の新興メディア「ゼットランド」は知的レベルが高い人向けの会員制電子新聞だ。広告は入れていない。「会員の利便を図ることを最優先している」(リー・コースガード編集長)。毎日、ポッドキャストでの情報発信やニュースレターの配信をするものの、オリジナルで出す記事は1日に2本ほど。読者が「これで読み終えた」という達成感を持てるようにと、あえて本数を抑えている。

 ポッドキャストを始めたのは、2年前に読者にどんなサービスを望むかと聞いたところ、「オーディオ」と言われたからだ。記事を読みあげてほしいというリクエストである。現在、サイト利用の65%がオーディオ(音声で聞く)になっている。

 また、 時々、「ライブ・ジャーナリズム」という名前で、大きなイベント(有料)を行う。会員ではない人も含め、1500人ぐらいが集まる。そこで、10本のストーリーをジャーナリストが語る。その後、ビールやコーヒーを片手に話をする。コースガード編集長は、「場所や時間帯に制限されず、人々が情報にアクセスするようになった今こそ、人が一堂に集まり、同じ話を一緒に聞くことが新鮮な体験になっている」という。

 ゼットランドのように、ジャーナリスト、作家、アーチストなどを舞台に上がらせ、そこで「ストーリーを語る」=「ライブ・ジャーナリズム」が、欧州各国で広がっているようだ。

英フィナンシャル・タイムズ紙のライブ・ジャーナリズム

 ジャーナリズム祭のセッションの中に、フランスの黄色いベスト運動を分析するセッションがあり、この中のパネリスト(フローレンス・マーティン=ケスラー)がライブ・ジャーナリズムを実践する会社「ライブ・マガジン」(フランス)を運営していた。2014年創業。

 4月9日、ライブ・マガジンによる英国での最初の試みとして、英フィナンシャル・タイムズ紙がイベントを行ったので、出かけてみた。場内の撮影・録音は許されず、「その場限り」のイベントである。

 ロンドン・バービカンセンター近くにある大学の講堂を使い、10人ほどのジャーナリストが、舞台の右端の椅子に並んで座る。左端にはピアノが1台。

 著名コラムニストなどが舞台の中央にやってきて、それぞれのストーリーを語る。例えば、昨年殺害された、サウジアラビアのジャーナリストについての思い出を語ったジャーナリスト、メイ首相への期待感がいかに失われていったかを「メイ政権は大きな冷蔵庫だ」というタイトルで面白おかしく話したコラムニスト、政治漫画家の話などに加え、株価の動きをオペラ歌手が「歌声でつづる」(株価が上昇すれば、声も上がるなど)というアトラクションも。

 笑いあり、涙ありのストーリーイベントだったが、少々お堅い感じがあった。感動まではいかなかったように思う。特定のテーマがあれば、また来ようと思ったかもしれないが。

 チケット代は35ポンド(約5000円)。ガーディアンの同様のイベントでは17-20ポンドぐらいで、それに比べるとやや高い。観客は20代から60代。若者たちのグループが目立った。もしかしたら、安く入手していた可能性もある。

 FT、ガーディアン、ほかの英国の新聞もイベント自体はよく開いている。また、ジャーナリストや編集者が議論をする、講演をする場合も珍しくない。

 

 しかし、ジャーナリストたちが次々とストーリーを語る「ライブ・ジャーナリズム」的イベントは、どこかに「頂点」がないと、最後の感動にまではなかなかいかないように思う。「また来たい」という気持ちにさせてくれない。英国ではまだ発展途中という感じがした。

地方ジャーナリズムの支援策

 上記以外には、公的助成金を使って地方のジャーナリズムを活性化させる試み(米ニュージャージー州)、英BBCと地方紙との共同作業(BBCが地方紙に記者を派遣。記者は地方議会、警察、裁判所を取材し、その内容を提携する複数の地方メディアと共有する)、寄付金やフィランソロピーによるメディアへの財政支援(ゲイツ財団やロックフェラー財団による英ガーディアン紙への支援、米起業家クレイグ・ニューマークによる大型寄付)などが、ペルージャ・ジャーナリズム祭で取り上げられた。

 メディア環境が激変する中、報道機関を支えていくにはどうするか。世界各地で知恵を絞る人々がいることを実感した数日間だった。

 日本でも、地域活性化の1つとして国際ジャーナリズム祭が開催できないものだろうか。


by polimediauk | 2019-07-15 16:30 | 政治とメディア

 「報道の自由」という言葉に、どんなイメージを持たれるだろうか?

 日本や筆者が住む英国は民主主義社会であり、報道の自由が保障されている。しかし、世界に目を配ると、政府批判の報道によって投獄される、自分や家族の生命が脅される、ネット上でハラスメント攻撃を受ける、他国に移動せざるを得なくなるなど、様々な逆境にさらされているジャーナリストやメディア組織が少なくない。

 世論を味方につけようと思っても、フェイクニュース(ディスインフォメーション)によって事実がゆがめられていたり隠されていたりする。国民がフェイクニュースを真実として理解していれば、ジャーナリストやメディア組織が言うことを信じないかもしれない。

政府主催のメディア会議

 今月10日と11日、ロンドンで「報道の自由のための国際会議」(グローバル・コンフェレンス・フォー・メディア・フリーダム」が開催された。100か国以上から閣僚級の代表者や学者、報道関係者など約1500人が参加し、報道の自由の侵害状況や改善策について意見を交換した。

 主催は英国とカナダ政府で、それぞれの国の外務大臣が複数のセッションで顔を見せた。

 報道の自由の会議を政府が主催?何とも奇妙な組み合わせである。政府や権力者が外に出したくないこと、でも国民が知るべきことを報道していくのが、メディアの役目だからだ。

 筆者は、会場内で複数の人に「なぜこの2つの政府がこのテーマで報道の自由の国際会議を開くのか?」と聞いてみた。ほとんどの人が「分からない」と答えた。

 「権力者側にいる政府が報道の自由の会議を開くなんて、おかしい。一体どんなことになるのかを見に来た」(英国の大学でメディア経営を教える教授)。「米中という強いスーパーパワーに対抗する存在がない。だから、ひとまずこの2か国でまとまるという意味があったのではないか」(ドイツのメディア教育組織のトップ)。

 筆者は、以下のように受け止めた。

 英国を含む欧州で、「報道の自由が完全ではない」、「他国からの干渉・攻撃に苦しんでいる」地域と見なされるのが、旧ソ連圏、つまり東欧諸国(ハンガリー、ラトビア、スロバキア、ブルガリア、チェコ、ウクライナなど)だ。この場合の「他国」とは、ロシアである。

 ちなみに、会議開催の前日、英外務省はロシアのテレビ局RTとスプートニク通信社に対し、取材許可を与えなかった。理由は「ディスインフォメーションを積極的に拡散した」からだ。ロシア大使館は「政治的意図がある差別だ」と述べている。

 RTは声明文で「報道の自由を奨励すると言いながら、都合の悪い声の参加を禁じるのは偽善的だ」と述べ、スプートニクは「ディスインフォメーションは私たちの仕事ではない」としている(BBCニュース、7月9日付)

 複数のセッションに出てみると、東欧諸国やかつては英国の植民地だった国の報道の自由の侵害状況を訴える事例が目立った。

 今回の会議には、英国・カナダの「西側」が報道の自由の守護者としてのイメージをアピールするという宣伝目的もあったと筆者は思う。いかに両国が報道の自由を重視しているかを世界に見せることによって、まずロシア、そして報道の自由が侵害されていると見なすトルコ、フィリピンなどの国々をけん制する意味合いが出た。

 しかし、裏の狙いが何であれ、セッション参加者が語った状況は嘘ではなく、参加者にとっては多くの学びの機会となったと思う。

 以下で、そのハイライトを紹介したい。

報道の自由の意義、その現状

 まず、「報道の自由」は、なぜ重要なのだろう?

 英外務省の説明によれば、「自由で独立したメディアは、人権を守り、権力者に説明責任を持たせるために重要な役割を持つ」。

 報道の自由は「民主主義になくてはならないものであり、経済の繁栄や社会の発展の基礎になる」。社会が「自由で、公正で、オープンであること」を示す。ジャーナリズムによる詮索は、「生き生きとした、そして健全な民主主義には必須」だ。

 現状がどうなっているかというと、「国境なき記者団」の調査によると、昨年、報道によってターゲットにされ、殺害されたジャーナリストの数は前年より15%増加しているという。

 国連の調査では、昨年1年間で殺害されたジャーナリストの数は少なくとも99人。348人が新たに投獄され、60人が人質となった。殺害犯が責任を問われることはほとんどない(UNESCO調べ)。

 セッションのハイライトを紹介したい。

「世界の指導者たちは何もしていない」とクルーニー氏

クルーニー氏(左)とハント英外相(撮影筆者)
クルーニー氏(左)とハント英外相(撮影筆者)

 10日の基調セッションに登壇した一人が、米人権弁護士アマル・クルーニー氏。

 「報道の自由が減少し、ジャーナリストが殺害されている。戦時ではなく、平時に、だ」。

 日本でも大々的に報道されたのが、サウジアラビア出身のジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏が殺害された事件だ。米CIAは、殺害を指示したのはサウジの皇太子と名指しした。「カショギ氏は拷問の上、殺された。世界の指導者たちは何もしていない」

 「トルコ、アゼルバイジャン、モルディブでも殺害されたジャーナリストがいる」

 「ジャーナリストが権力者からハラスメントを受けない国はない」

 「独立したジャーナリズムが存在しない国では、国民に十分な情報が与えられていないという構図がある」。

 英政府はクルーニー氏を「報道の自由」特命大使に任命している。「国が本気で報道の自由のために行動を起こしたら、様々なことを実行できる」。例えば、報道の自由が保障されない国に住むジャーナリストに対し、特別ビザを与える、ジャーナリストを殺害する国に制裁を課す、ジャーナリスト支援のための基金を設置するなどをクルーニー氏は例として挙げた。

顔を隠して報道を続けるジャーナリスト

 

(左端がアナス氏:撮影筆者)

 ガーナのジャーナリスト、アナス・アルメイヨー・アナス氏が壇上に登ると、会場内が一瞬、シーンとした。顔が分からないように、すだれのようなものを着用していたからだ。

 人権問題と汚職の暴露を専門とするアナス氏は潜伏取材が主であるために、公の場では顔が判別されないように仮装するのである。

 ガーナは、「国境なき記者団」が作成する「世界プレスの自由インデックス」で180か国中23位であるが、アナス氏が手掛けるのは権力を持つ人が外に出したくない事実だ。このため、様々な形のハラスメントが行われており、今年1月には、サッカーの汚職報道で一緒に働いていたジャーナリストが銃弾を受けて殺害される事件が起きている。

 「報道の自由の重要性は、必ずしもすべての人に理解されているわけではない」という。

 「民主主義を育てるには、単にお金を提供するだけではなく、現地の人をエンパワーする方向で支援するべきだ」。

ハント英外相は何を語ったのか

 ほかにも何人かがスピーチした後、最後に登壇したのがハント英外相だ。

 「歴史家ジョン・アクトン(アクトン卿)は、1887年、こう書いた。『権力には腐敗の傾向がある。絶対的権力は絶対的に腐敗する』、と」。

 ハント氏は「腐敗を防ぐのは自由なメディアだと思う」。

 報道の自由が侵害されている国としてロシア、中国、ベトナム、サウジアラビアなどを挙げながらも、英国も例外ではないという。今年4月、英領北アイルランドで、ジャーナリストのライラ・マッキー氏が命を落としたからだ(注:彼女の場合、現地の暴動でデモ参加者が警察に向けて発した銃弾を体に受けて、死亡)。

 世界で報道の自由を保障するため、英政府として次の5つを実行する予定だという。

 (1)「グローバル・メディア・ディフェンス基金」を設置する。複数の国が参加し、UNESCOが運営する。危険な状態で働くジャーナリストに法律のアドバイスを提供し、安全維持のための研修をする。今後5年間で、英国は300万ポンド(約4億円)を出資。カナダは100万カナダドルを出す。

 (2)「国際タスクフォース」を設置する。各国政府が報道の自由を保障できるように支援する。毎年、国連総会の場でどの程度の進展があったかを話し合う。

 (3)特命大使クルーニー氏を中心として、ジャーナリストを法律で守る仕組みを考えるための専門家パネルを設置する。英国内でも、新法を立法化する、あるいはすでにある法律を更新する際に報道の自由への影響がどうなるかを考慮する。

 (4)カナダのクリスティア・フリーランド外相とともに、報道の自由が侵害されたときに一斉に行動できるような連絡グループを作る。ほかの政府の参加を奨励する。

 (5)報道の自由を保障することを誓う「グローバル・プレッジ」に署名し、来年もこの目的のために集う。

 この会議の開催前に、英政府は外国の報道の自由の促進のための複数のプログラムを発表している。

 例えば、東欧諸国でのディスインフォメーションやフェイクニュースを反撃し、バルカン諸島西部の独立メディアを支援するために、「紛争・安定・セキュリティ基金」を通して、今後3年間で1800万ポンド(約24億4000万円)を拠出する(7月7日発表)。東欧・中央アジア地域への資金提供はディスインフォメーションに対策を講じ、独立メディアを支える目的の5年計画(1億ポンド拠出)の一環である。また、バルカン諸島政府への支援は、この地域への8000万ポンド(2020-21年度)に上る支援の一部をなす。

政府支援への居心地の悪さ

カナダのフリーランド外相(英外務省のFlickrより)
カナダのフリーランド外相(英外務省のFlickrより)

 政府がメディアの報道の自由を保障する・奨励することに対する居心地の悪さが、セッション後半のメディアとのやり取りの中で明らかになった。

 カナダのフリーランド外相は英フィナンシャル・タイムズ紙の元記者で、ロシアでの特派員経験もある。ハント英外相はジャーナリストの経験はないが、常にメディアから厳しい質問を受けてきた。権力を批判するのがメディアの仕事だから、その権力の側がメディア報道の自由を奨励をするとは、奇妙に聞こえるだろうと二人は何度か述べた。しかし、どこまで、実際に覚悟をしているのだろうか?

 カナダのメディアがフリーランド外相に質問した。

 昨年秋、サウジのジャーナリスト、カショギ氏が殺害され、サウジアラビアは世界的な非難を浴びた。「G20の来年の議長国はサウジアラビアだ。G20はサウジでの開催をキャンセルするべきだと思うか?」

 この問いに対し、フリーランド外相は「G20は同じ価値観を持つ者同士が集まる場所ではない」という。「カナダは、ロシアによるクリミア併合(2014年)には反対の立場を取る。それでも、G20という場を共有している」。つまりは、キャンセルする必要はないという。

 報道の自由を侵害した国に対し、即時に制裁を加えるかどうかも含め、ハント英外相は「交渉にはプライベートで意見を言う場合もあれば、公式の場で行動する場合もある」と説明し、外交交渉には幅があることを示した。

 両外相の説明には一定の説得力があったものの、「説明になっていない」と後で述べたジャーナリストもいた。

ジャーナリストの即時釈放を求める声明

 メディア会議の会場の外では、内部告発サイト「ウィキリークス」の創始者で、現在は英国内に収監中のジュリアン・アサンジ被告の釈放を求める抗議デモが発生していた。4月、米司法省は、アサンジ被告を米政府のコンピューターに侵入した罪、機密文書を暴露した罪などで起訴したと発表。米側は英政府にアサンジ被告の身柄の引き渡しを求めている。ジャビド英内相は「引き渡し命令に署名した」と述べており、司法判断を待っているところだ。

 報道の自由のために活動する、ドイツの非営利組織「欧州センター・フォー・プレス&メディア・フリーダム」(ECPMF)は、メディア会議開催の前日、ほかの30を超える報道の自由関連組織の代表者と集い、会議に参加する国に向けて請願書を出した。

 請願書は「投獄中のジャーナリスト全員を釈放すること」、「ジャーナリストの殺害、攻撃、中傷を停止すること」、「ジャーナリストの殺害事件すべてを調査し、責任者を訴追すること」を求めている。


by polimediauk | 2019-07-14 19:38 | 政治とメディア

 書店に行くと、フェイクニュースについての本が目につくようになった。

 かつては「フェイクニュース」を「偽ニュース」などと訳していたこともあったが、もはや、このカタカナ言葉だけで意味が通じる。

 デマ情報が世間を駆け巡る現象は昔からあったが、私たちが今問題視しているのは、デジタル空間で飛び交うフェイクニュースのことだ。

 かつて、「私たちの誰もが情報発信者になれる!」と言いながら、嬉々としてインターネットがもたらす明るい未来について語っていたことを覚えているだろうか。

 しかし、誰もが情報を簡単にネット上で発信できるとき、流れ出て行く情報の質は玉石混淆だ。信ぴょう性もバラバラだ。ファクト(事実)もフェイク(偽)もある。何がファクトで、何がフェイクなのかを判断する物差しは一つではない。

 さて、どうするのか。

 まずは現状認識から始め、フェイクニュースに惑わされないようにしたい。

 そんな思いを持つ人に役立ちそうな1冊が、茨城大学の古賀純一郎特任教授(ジャーナリズム論)の新刊「すべてを疑え!フェイクニュース時代を生き抜く技術」(以下、「すべてを疑え!」)だ(筆者をはじめ、国内外のメディアウオッチャーのコメントも所々に入っている)。

なぜ、フェイクニュースが危険なのか

「すべてを疑え!」の表紙(筆者撮影)
「すべてを疑え!」の表紙(筆者撮影)

 

 改めて、なぜ、フェイクニュースが問題視されるのだろう?

 古賀氏は、究極的には「民主主義が破壊される」から、と説明する。

 私たちは、民主主義社会に生きている。「その核心となる代表者を選ぶ議会の選挙で、確実で間違いのない情報や報道をベースに、主権者である私たちが判断し、代表を決め、議会を通じて民主主義社会を運営」しているのである(「すべてを疑え!」)。

 これまでは、信頼できる情報源は既成の報道機関だった。しかしもし、フェイクニュースを情報源としていたら?これを「ベースに有権者が投票するのであれば、結果は市民の要求からかけ離れたものになるだろう。民主主義は破壊され、その将来は危うい」(同)。

安倍総理逮捕?10年間かけて無実を証明したスマイリーキクチ

 

 国内の著名なフェイクニュースには、どんなものがあるのか。

 2017年8月、ある新聞の号外版がツイッターに流れた。見出しは「安倍総理逮捕」。ノーネクタイの安倍首相の両側には警察官。産経新聞を標榜する号外の1面である。しかし、調べてみると、7月31日に産経が出した号外を加工したフェイクニュースだった。

 1999年、芸能人スマイリーキクチは、女子高生殺人事件の犯人と決めつけられた。ネット上の掲示板の書き込みがきっかけだった。キクチの所属事務所は関与を否定し続けたが、情報拡散を止めることはできなかった。

 2008年、ITの知識が豊富な刑事の助けで、書き込みをした数人が検挙された。キクチが汚名をすすぐまでに、足掛け10年かかったのである。

 2018年10月の沖縄知事選でも、多数のフェイクニュースが発生した。地元紙の調査では飛び交ったツイート、リツイートなど「20万件以上の9割が誹謗・中傷で、(米軍)基地反対派の玉木デニー候補に集中していた」という。

 本書は最初にこのような日本のフェイクニュースの具体例を次々と紹介した後、海外に目を向ける。米大統領戦(2016年)、フランス大統領選(2017年)、英国のEU離脱の是非を問う国民選挙(2016年)など、著名な例を再確認できる。

すべてが嘘だったわけではない、大本営発表

 今ではフェイクニュースの典型として時々言及されるのが、戦争時の「大本営発表」だ。本書によれば、大本営の起源は日清戦争の前年の戦時大本営条例(1893年)だ。

 

 「大本営」とは、「戦時に天皇が国事を指揮する最高の統帥機関」で、「陸軍の参謀本部と海軍の軍令部が総合的に戦略などを練り、作戦行動の発令のため日清・日露戦争で設けられた」。日中戦争(1937-45年)が始まると新たに大本営令が制定され、戦争よりランクが下の「事変」でも設置が可能となった。

 第2次大戦時の大本営発表は1941年12月8日に始まり、3年9ヶ月続いた。当初は国民の精神を鼓舞するために、新聞紙面で「日本軍を自賛」した(保坂正康「大本営発表という権力」)。この時は事実に忠実だった。しかし、戦況が悪化すると、「虚偽や誇張が消え、それさえ通じなくなると発表それ自体を」やめてしまったという(同)。

 第2次大戦では日本の敵国となった米国もプロパガンダ報道を熱心に行った。「『日本兵は軍服を着た猿』、日本は『鬼畜米英』などと相手国を貶めるような宣伝戦に走り、戦場では人肉食いなどの残虐行為が横行しているなどと敵の冷酷さを強調する報道」が行われた(「すべてを疑え!」)。

国家が背後にいる攻撃

 筆者は欧州各国のメディア会議に足を延ばすことが多いが、「フェイクニュース」を「ディスインフォメーション」(真実を隠したり、人を欺くために故意に発信される偽情報)と言い換える人が増えている。前者の場合、本人が知らずに誤った情報を流し、結果として「フェイク情報」になってしまう場合も含むが、後者の特徴は「故意に」「欺くために」がその生成・拡散目的となる。

 国家レベルのディスインフォメーションの使い手として、西欧で恐れられているのがロシアだ。

 「サイバー空間の敵」ともされるロシアは、情報工作をするばかりか、軍事手段、政治工作も組み合わせて対抗相手に攻撃を仕掛ける。古賀氏は、こうした手法を「ハイブリッド戦争」と呼んでいる。

 例えば、欧州内外をあっと驚かせたのが、2014年、ロシアによるウクライナ・クリミア半島の一部併合だ。身分を隠したロシア軍部隊をクリミアに投入し、現地を制圧。これを背景に現地での住民投票を実現させ、ロシアへの編入を望む住民の意思を叶えるという形で一部併合を実現。ロシアの「プーチン大統領の支持率は70%に迫るまでアップした」(「すべてを疑え!」)。

情報操作にだまされないためには、どうするか

 古賀氏は、後半でフェイクニュースにだまされない手法を列記する。

 例えば、在米ジャーナリストで「現代アメリカ政治とメディア」の著者の一人津山恵子氏は、以下を推奨する。

 (1)おかしいと思った情報は検索で確認

 (2)自分がシェアする情報に責任を持ち、真偽がわからない場合はシェアしない

 (3)主要メディアはフェイクニュースを発信しない、つまり主要メディアのニュースをシェアするのは安全(初出は「メディア展望」2017年6月1日号)。

 その上で、津山氏は「真剣にググろう(検索しよう)」、「写真の出所、撮影時間をチェックしよう」などとアドバイスしている。

 最後に、古賀氏は自分がどうやってニュースの真偽をチェックしているかを披露する。同氏は元共同通信社の記者で、海外特派員の経験も長い。現在は大学でジャーナリズムを教えているので、その手法は貴重だ。

 詳細はページをめくってみていただきたいが、共通しているのは、自分でニュースの真偽を頻繁に確認すること。つまりは、鵜呑みにしないこと。まさに、「疑え!」なのである。


by polimediauk | 2019-07-12 19:30 | 政治とメディア

 2017年秋以降、セクハラや性犯罪に声を上げる「#MeToo運動」が拡大している。職場での性差別解消の動きを後押しする機運もできた。

 しかし、2019年現在でも、「まだこうなの?」という例もあちこちで散見される。

 英スコットランドのグラスゴーで、6月1日から3日まで開催された第71回世界ニュースメディア大会・第26回世界編集者フォーラムの中の「女性ニュースサミット(Women in News Summit)」の様子を紹介してみたい(主催は世界新聞・ニュース発行者協会=WAN-IFRA)。

「同じ日に同じ職に昇進のオファーだが、男女で報酬の差」

 英BBCで、性による給与格差が大きくクローズアップされたのは2017年7月。15万ポンド(約2100万円)以上の高額報酬者のリストを発表したところ、男性ばかりが上位を独占した。

 国家統計局(ONS)によると、英国全体の男女の賃金格差は17年時点で18・4%(女性の賃金が男性の賃金よりも18・4%低い)で、BBCは、内部調査でその差は9~10%としているため、平均からすれば悪くないのだろうけれど、女性陣の一部にとっては大きな衝撃となった。

 怒った女性の一人が、中国からの報道を統括する「中国編集長」という職に就いていたキャリー・グレイシー氏だった。4人の国際版編集長(男性2人、女性2人)の中で、男性陣が女性陣よりも「50%以上高額の」報酬を得ていたことに気づいた。

 グレイシー氏は中国編集長に任命されたとき、BBCは北米編集長(男性)と同程度の金額の報酬となることを約束した。これを前提に、グレイシー氏は赴任した。ところが、実際は男性の方の報酬がはるかに高かった。BBCと話し合いを進めたが、納得がいかなかったグレイシー氏は、昨年1月、男女の報酬差に抗議するため、中国編集長職を辞任した。同じ年の6月、BBCはこれまでの不当な扱いを謝罪し、不足額をグレイシー氏に支払った。

 BBCラジオ(「ラジオ4」)の朝のニュース解説番組「トゥデー」で司会者だったセイラ・モンタギュー氏も、同番組の男性司会者の報酬がはるかに高いことに抗議し、「トゥデー」を自ら去った。現在は午後のニュース番組「ワールド・アット・ワン」で司会役として働いている。

 

 英国で大きく注目されたこのような例が続々と発生しているのだから、よほど事態は改善しているのだろうと想像するが、実はそうでもないことが分かったのが、今年5月。

 

自分の身に起こったことについて話す、BBCのマーティン氏(Wan-Ifra Flickrより)
自分の身に起こったことについて話す、BBCのマーティン氏(Wan-Ifra Flickrより)

 

 BBCラジオのニュース部門の編集者カレン・マーティン氏が、その内情を「女性ニュースサミット」で語った。

 マーティン氏は、「副編集長」に昇進するオファーを受けた。同じ日、同じ職場で働くある男性も同一の職へのオファーを受けた。昇進のための選考過程は同じで、職務も全く同じなのに、自分の報酬は「1万2000ポンド(約165万円)低かった」。上司からは、昇進は「正当な評価だね」とねぎらいの言葉をかけられた。「それなのに、報酬が男性よりも低いなんて」。金額自体に文句を言っているわけではなかったが、「男女で平等な金額であるべき」と感じた。

 マーティン氏は、この昇進を受けるべきかどうか、迷ったという。シングル・マザーのマーティン氏は娘たちにどうするべきかを聞いてみた。「お母さんは、いつも堂々と生きるべきだって言っているわよね」。これで心が決まった。昇進を断ることにしたのだ。

 BBCは「これまでの勤務経験や業績によって、同じ職務でも報酬に差がつくことはあり得る」としている。

 マーティン氏は事の次第を同僚に電子メールで伝えた。BBCのニュースでも報道された。

 「世界中の人から、たくさんの激励のメッセージを受け取った」。原理原則よりも「日々の生活を優先させなければいけないときもある。でも、職場の屈辱をどれぐらい我慢できるかが目安になる」とマーティン氏は語った。

 時に涙声になったマーティン氏。悔しさがよみがえってきたように見えた。

「50:50」は拡大中

 前向きな動きもある。昨年の女性ニュースサミットで紹介されたのが、BBCニュースが取り組む「50:50プロジェクト」。番組「アウトソース」で司会者を務めるロス・アトキンス氏の発想で、2017年に始まったプロジェクトで、番組出演者の男女比を出来得る限り半分ずつにしようという試みだ。

 「アウトソース」がまず開始し、ほかのニュース番組にも参加しないかと声をかけた。どれぐらいの比率を達成したのかを番組毎に競い合った。

 プロジェクト・リーダーのニナ・ゴスワミ氏がニュースサミットで語ったところによると、取材対象者の男女比は対象外だが、取材をするリポーター、司会者、ゲストの出演者、事例紹介などの際に男女半々を達成するように努めたという。英語での放送番組を当初は対象にしていたが、アラビア語放送も参加するようになった。

 専門家のコメントを必要とするとき、「女性の数が足りない」という声が出た。制作現場のスタッフから「女性の専門家を探す時間がない」といわれた。そこで、ソーシャルメディアやつてを通して人材発掘をした。女性の専門家のデータベースには、今や約1000人が登録されているという。

 筆者は英国でテレビを見ていて、ニュース番組の制作者・出演者に女性が増えたように思っていたが、意識的な動きもあったことが分かった。

5月31日のBBCニュースのウェブサイトの画面。たまたまかもしれないが、女性の姿が多かった(BBCニュースのウェブサイトから)
5月31日のBBCニュースのウェブサイトの画面。たまたまかもしれないが、女性の姿が多かった(BBCニュースのウェブサイトから)

 「数を増やすこと自体が目的ではない。男女の比率を半々にすることで、人口構成の比率を反映した番組作りを目指している」とゴスワミ氏は語った。

数を単純に増やして、失敗

アンダーソン氏(右。筆者撮影)
アンダーソン氏(右。筆者撮影)

 マイクを握り、「失敗例から学ぶこともあると思う」と話し出したのが、スウェーデンのメディア企業ミッテメディア社の人材育成担当者カリン・アンダーソン氏だ。

 2014年、アンダーソン氏は日刊紙のスポーツ部門のスタッフが全員男性であることに気づいた。

 「54人のジャーナリスト全員が男性。これではいけないと、女性をどんどん増やした。とうとう17人まで増えた」。

 しかし、スポーツ部門に行った女性たちのほとんどが、数か月で退職してしまった。アンダーソン氏は辞めた女性たちに理由を聞いてみた。原因はセクハラだった。男性たちは女性とともに働くことに慣れておらず、性的なジョークを連発していた。こうした事態が発生することを予測できなかった自分を恥じたという。

 

 「文化を変えなければだめだ」と思ったアンダーソン氏は、男女が平等に働くにはどうするかについて、記者やデスクたちに研修を行った。「職場環境は、少しずつよくなっていると思う」。

「いつの間にか、女性の話を多く書くようになった」

 女性ニュースサミットでは、優れた指導者として編集に貢献した女性に賞(「エディトリアル・リーダーシップ・アワード」)を与えている。

 今年のリーダーシップ・アワードの受賞者は、中東・北アフリカ部門がレバノンの日刊紙「L'Orient-Le Jour」のシニア・エディター、アシル・タバラ氏、アフリカ部門は南スーダンのジュバ・モニター紙の編集長アンナ・ニミリアノ氏となった。ニミリアノ氏は飛行機の遅延でサミットには出席できなかったが、タバラ氏はこれまでの道のりとアワード受賞の喜びをサミット出席者に語った。

 

タバラ氏(撮影筆者)
タバラ氏(撮影筆者)

 タバラ氏がジャーナリストとしてのキャリアを開始したのは、1986年。最初はAFP通信の記者だった。レバノン内戦(1975-90年)の真っただ中である。数々の紛争の現場を目にし、タバラ氏はいつの間にか戦争に翻弄される人間の悲劇をつづることに力を傾けるようになった。「いつの間にか、女性の話を書くことが多くなっていた」。

 アラブ・イスラエル紛争、イラク戦争、そしてアラブの春の政権交代。報道に足る出来事には事欠かなかった。2009年から14年まではAFP通信の湾岸局を統括し、巨大なマルチメディア編集室を作り上げた。記事はアラビア語、フランス語、英語で世界中に発信されていった。

 「このアワードを私に多くのことを教えてくれたジャーナリストたちに捧げたい。その多くが女性だった。若い人には、ジャーナリストという職業が落ち目だと思ってほしくない。今こそ、中東でジャーナリストが必要とされているのだから」。

将来は?

 今年で3回目となった、女性ニュースサミット。今回はパネリスト全員が女性で、それぞれの女性たちの話は充実していたものの、来年はぜひ、男性陣を入れたサミットにしてほしいものだ。


by polimediauk | 2019-06-26 21:25 | 政治とメディア

(新聞通信調査会が発行する「メディア展望」3月号の筆者記事に補足しました。)

 英国は本当に欧州連合(EU)から離脱する(「ブレグジット」)ことができるのか?

 メイ政権とEU側が昨年11月に合意した、離脱の条件を決める「離脱協定案」が、3月29日(当初の離脱予定日)に下院で否決されたことで、先行きが不透明になっている。同離脱案が否決されたのは、これで3回目だ。

 先週に引き続き、下院ではメイ案に関わる代案づくりの作業が続いているが、1つの案に絞り切れていない。新たな離脱予定日4月12日までに作業が間に合うかどうかは、分からない。先週末までに可決されていれば、5月22日まで離脱日が延長される予定だったが、これが実現しなかったため、「合意なしの離脱」となるか、メイ首相が新たな延長をEUに持ち掛けるか。あるいは、下院が「ソフトな離脱案」でまとまった場合、メイ首相はこれに応じるのかどうか。

 英BBCは、1月28日から3週にわたり、「インサイト欧州―混乱の10年」という題名のドキュメンタリー番組を放送した。第1回目(「私たちは辞める」)では、離脱を決めるまでの英国とEU首脳陣との丁々発止の交渉をつづった。

 この番組を紹介しながら、なぜ英国はこのような状況に陥ったのかについて、メイ首相が登場する前の段階から探ってみたい。

欧州懐疑派と格闘してきた保守党

 欧州統合の動きについて反発する理念を持つ、いわゆる「欧州懐疑派」は、少なくとも過去半世紀以上、英国の中でくすぶってきた。

 第2次世界大戦後、フランスとドイツを中心として大陸の欧州諸国が統合に向けて動く一方で、英国は欧州経済共同体(EEC)に1973年に加盟するものの、独立独歩の立場を維持してきた。現在はEU加盟国だが欧州の単一通貨ユーロを導入せず、国境検査なしで往来できるシェンゲン協定にも参加してない。

 2010年5月、保守党は13年ぶりに労働党から政権を奪回した。親EUの自由民主党との連立政権である。

 クレッグ副首相・自民党党首(当時、以下同)によると、キャメロン首相(保守党党首)は「欧州問題ばかり繰り返して取り上げる政権にはしないと約束した」という(BBC「インサイト欧州―混乱の10年」より。以下、引用は同番組から)。しかし、事態は逆となった。

なぜ、EU脱退の声が強くなった?

 2004年、EUは東欧諸国を含む10か国を新加盟国として迎え、英国にはポーランド、ハンガリー、チェコなどからの移民が急速に増えた。英国はほかのEU諸国とは異なり、当初から新規EU市民の受け入れに制限を付けず、学校や医療現場はその対応に追われた。低所得者層は、新EU市民に「職を奪われた」と感じた。

 ここで補足しておきたいのが、よくブレグジット発生の理由として挙げられる、「反移民感情」についてだ。多くの報道では長々と説明するスペースがなく、端折る形で「反移民感情が高まって」と書く。自分もそう書くことがある。

 しかし、その意味は「外国人嫌い」というわけではない。ロンドンに一度でも来たことがある方は、道行く人々の人種の多様性に驚くはずだ。また、ほかの地域に行っても、見た目だけでは誰が「外国人」なのかは分からない。

 それでも、旧東欧からの新EU市民が摩擦を引き起こすことになったのは、英国が単一市場の一部であること、つまり、モノ、サービス、資本に加えて人の自由な往来の原則に合意しているため、流入に制限をかけられない状況が生じたからだ。人が単に多くやってくるだけではなく、「無制限に」やってくることが問題視された。なぜ無制限なのか?「EUに加盟しているから」なのだ。こうして、不満の矛先はEUに向かった。

 その上、2007~8年の世界金融危機、これに続くユーロ危機が発生したことで、英国はユーロに参加していないのにもかかわらず、ユーロ圏を救うための財政支援を求められたことで、さらに反EU感情が高まった。

キャメロン首相の賭けとは

 2011年10月24日、キャメロン政権に「赤信号」が灯る。

 この日、懐疑派の声に押された英下院がEUからの脱退などを問う国民投票の実施を求める動議を投票に諮った。賛成111票、反対483票で否決されたが、80票前後の賛成票は保守党議員によるものだった。キャメロン政権は、懐疑派の対処に本腰を入れざるを得なくなった。

 この頃、ユーロ圏の危機のさらなる拡大を防止するため、メルケル独首相とサルコジ仏大統領は圏内の財政統合を計画していた。そのためにはEU基本条約の改正が必要だった。条約改正となれば全EU加盟国の合意が必要となり、英国でも下院の承認が必須となった。欧州懐疑派が抵抗するのは目に見えていた。

 そこでキャメロン政権が考え付いたのは、EU市民の英国への移住に制限をかける、さらなる統合の深化には参加しないなどの「譲歩」をEUから得ることだった。「これだけの譲歩を得たのだから、条約改正に賛成してほしい、というつもりだった」(オズボーン財務相)。

 2011年2月のEU首脳会議に、キャメロンはこの譲歩案を持って臨んだ。

サルコジの激怒

 フランス側は激怒した。「キャメロン首相はユーロ圏の規則を自分が変更できると思っていた。英国はユーロ圏ではないのに、だ。意味をなさない」(サルコジ大統領)。「私たちの手を無理に動かそうとすれば、あなたは何も得られないだろう」、「譲歩はできない」(同)。

 サルコジ側は「奥の手」を使った。EU加盟国の満場一致の合意が必要となる条約改正ではなく、財政統合を政府間協定としたのである。参加したい国だけが参加できるようにして成立させるつもりだった。「8秒で解決できることを8時間もかけて議論する必要はない」(サルコジ)。

 キャメロン自身も奥の手を持っていた。司法専門家によるとサルコジ・メルケル主導の財政統合は条約改正なしには達成できず、政府間協定を使うのは違法だった。しかし、EU側の司法判断では「合法」とされた。

 午前4時、首脳陣が政府間協定案に票を入れた。拒否権を発動したのはキャメロンだけ。英国は孤立した。

 2012年9月までに、保守党幹部は国民投票の実施を具体的に考え始めた。

 「国民投票が行われれば保守党は分裂する。もし離脱となれば世界の中の英国の地位が大きく低下し、経済にも悪影響だ」(オズボーン財務相)という主張に対し、ヘイグ外相は「やらないと逆に保守党は分裂する」と述べた。

キャメロンはどう思っていた?

 キャメロンの広報秘書はこう語る。「首相は国民投票が危険なことは十分分かっていた。それでもやろうと決めたのは、政治的に意味があったから。EUの拡大路線に対し、国民は居心地の悪さを感じていた。この人たちに発言の機会を与えるべきだ、それが民主主義だとキャメロンは思った」。

 2013年1月23日、ブルームバーグ社のロンドン本部で、キャメロンは「次の総選挙で保守党が過半数の議席を獲得したら、国民投票を行う」と演説で述べた。その前にまず「英国とEUの関係を変えるための交渉をする。EUの基本条約を変えるほどの大きな変化になるだろう」、と続けた。

しかし、メルケルに反対された

 2014年2月末、キャメロンはメルケルを官邸に招待し、国民投票についての感触を打診した。メルケルは賛同しなかった。

 「英国はEUからすでに大きな譲歩を得ている。私は鉄のカーテンの外にいた東ドイツ出身だ。鉄のカーテンがなくなり、今、私たちはこの欧州大陸で一つにまとまることができる。この点を見失ってはいけないと思う」。

 5月の欧州議会選挙では、英国のEUからの脱退を求める英国独立党(UKIP)が英国に割り当てられた議席の中で最大数を獲得した。「純移民が大きく増えた。そのすべてがEU市民だ。英国は対処手段を持っていない」(ファラージUKIP党首)。

反ユンカーで失敗

 キャメロン政権は、欧州連邦主義の信奉者で元ルクセンブルク首相のユンカーが次期欧州委員長の候補に上ったことを知り、これを阻止しようと手を尽くした。ユンカーが欧州委員長になれば、EUがさらなる拡大・統合深化に進むだろうと思ったからだ。

 キャメロンは、ファンロンパイ欧州委員長を官邸に呼んだ。

 「キャメロンは、ユンカー候補をブロックすることで自分がいかに強いかを示そうとしていた」(ファンロンパイ欧州委員長)。

 「私はいやいや官邸に向かった。これまでは、自分から望んで時間を作ってもらい、キャメロンに会いに行った。しかし、今回は招待された。何かあるなと思った」。

 官邸の居間でファンロンパイと話していたキャメロンは、「突然、反ユンカーの票を集めてくれないかと私に言った」。

 

 ファンロンパイは「それは難しい。ユンカーは(欧州議会の運営の中心を担う中道右派)欧州人民党グループ(EPP)の候補者だ。反ユンカー票を得るのは困難だ」。

 不可能な相談と思ったファンロンパイは、「できない」と言った。自分がロンドンにやってきたのは、キャメロンから命令を受けるためではない、と思ったという。

 「すると突然、キャメロンが立ち上がり、これで話が終わったと告げた」。取りつく島もなく、キャメロンはファンロンパイをドアまで連れて行った。「これが私が最後に英国の首相官邸に行った時だ」。

 キャメロンの反ユンカー運動は、成功しなかった。

移民の流入制限に、支持得られず

 国内では保守党議員2人がUKIPに移籍し、これ以上の「出血」を避けるため、14年秋、キャメロンは保守党の党大会でEU市民を含む移民の流入制限をEU指導部と交渉することを宣言した。

 メルケルに打診したところ、「EU市民の移動に数値目標を設置することは賛同できない」と言われ、キャメロン政権は社会保障へのアクセスを限定する案を追求することにした。

 2015年5月の総選挙で、保守党は思いがけず過半数の議席を獲得し、単独政権が成立した。

トゥスクも、オランドも国民投票に反対

 総選挙後まもなくキャメロンと会ったトゥスク欧州理事会議長は「なぜ国民投票を決めたのか。非常に危険なばかげた行為なのに」と告げた。その理由が「与党の内情」であったことに驚いた。「キャメロンは自分の勝利の犠牲になった」。

 9月、キャメロンはフランスのオランド大統領を英国に招待した。国民投票実施についての支持を期待していた。

 「私はキャメロンに国民投票をやる必要はないと言った」(オランド大統領)。「選挙戦の公約が実行できないのは、よくあることだ」。

 キャメロンはオランドに対し、EU市民の英国への流入をどうにかしたいと訴えた。単一市場に例外を認めるよう、助けてくれないか、と。

 「英国に人の移動の自由の例外が認められれば、他の国も同じことを求める」(オランド大統領)。「もし英国で国民投票が行われれば、ほかの加盟国も後追いする」。

 メルケルもそしてオランドも、EUの基本的な取り決めである人の自由の移動について譲歩はできない、とキャメロンに伝えた。

 2016年2月のEU首脳会議。英国がEUから譲歩を取り付けることができたのは、主として3点だった。

 (1)EU移民の社会保障の利用に制限を課す

 (2)EUの統合深化から除外される

 (3)非ユーロ圏の国としての権利が保護される。

英国内では評価されず、国民投票へ

 しかし、英メディアや政界の反応は鈍かった。

 キャメロンは、離脱の賛否を問う国民投票の実施を正式に宣言する。

 2016年6月23日の国民投票では、離脱派が僅差で勝利。残留派を主導したキャメロンは、辞任の意を表明した。

 数日後、キャメロンは最後のEU首脳会議に出席する。「悲しかった。キャメロンばかりか、英国がEUを去っていくことになるからだ。EUに夜を思わせる影が落ちたようだった」(ユンカー)。

 BBCの「混乱の10年」シリーズは、2回目にはギリシャの債務危機を、最終3回目には欧州にやってきた大量の難民への対応を取り上げた。


by polimediauk | 2019-04-02 17:39 | 政治とメディア

「新聞研究」7月号掲載の筆者記事に補足しました。)

 今年上半期、英国の2大スクープ報道と言えば、英データ分析会社ケンブリッジ・アナリティカ社(以下、CA社)がフェイスブックから大量の利用者の個人情報を不正取得したとする疑惑、そして第2次世界大戦後にカリブ海地域からやってきた移民とその子供たちを「違法移民」として扱った事件が挙げられる。

 前者はフェイスブックへの信頼感を大きく下落させ、後者はメイ英首相の片腕と言われたラッド内相の辞任につながった。

 この2つの報道は前者が英日曜紙「オブザーバー」、後者がその姉妹版「ガーディアン」のジャーナリストによる。どちらも女性記者だ。2人は自分の心の中に芽生えた疑問やたまたま持ち込まれたネタを細々と追っていく中で、事件の核心に到達した。

 本稿では、スクープ報道の舞台裏を紹介してみたい。

「テクノロジー記者」ではなかった

カドワラドル氏(ガーディアンのウェブサイトより)
カドワラドル氏(ガーディアンのウェブサイトより)

 今年3月、数千万規模のフェイスブック利用者の個人情不正流出問題を先導したのは、オブザーバー紙に寄稿するフリーランスのジャーナリスト、キャロル・カドワラドル氏。特集記事の担当者だ。

 米大統領選(2016年)と前後して「フェイクニュース」が話題となり、同氏は「テクノロジーが選挙結果に影響を与え、民主主義を破壊している」と危機感を持つようになったという(4月17日、ガーディアン・ニュース&メディア社主催のイベントで)。

 フェイクニュース現象に注目した同氏は、偽情報の拡散にグーグルなどの検索機能が一役買っていると書いた(2016年12月4日付)。

 取材をする中で、CA社がフェイスブックなどから得た情報を基に特定の個人向けに政治的なメッセージを送っていた可能性が出てきた。

 CA社は、英国の欧州連合(EU)への加盟継続か離脱かを問う国民投票(2016年6月)では離脱陣営の勝利に、米大統領選(同年11月)ではトランプ氏の当選に貢献したと言われていたものの、その実態は明らかにされていなかった。

 カドワラドル氏はお金の流れを追うことにし、2017年2月、トランプ支持者で投資ファンド経営者でもある人物がCA社に出資していたと報道した。英国の法律では海外の市民・組織から献金を受けるのは違法で、出資は離脱派陣営への間接的な献金にあたる可能性があった。

 「まだ全貌がつかめていない」と感じたカドワラドル氏は事情を知る人物を探し、昨年4月までに元CA社の社員だったクリス・ワイリ―氏と連絡を取ることが出来た。これが突破口となった。同氏はCA社がフェイスブック利用者の個人情報を不正に取得し、米大統領選で有権者に政治広告を流したと内部告発したのである。

 ワイリー氏がメディアに実情を話すのはこれが初めて。「こちらの立場に立って、じっくりと話を聞く」カドワラドル氏の姿勢がワイリー氏の口を開かせた。暗号化した回線で話した2人の最初の会話は、4時間の長丁場となった。ワイリー氏の実名入りの報道が出たのは今年3月17日(電子版。紙版は18日付)である。

 カドワラドル氏は報道に際しオブザーバーの編集幹部や法律顧問からの助言と支援を得ていたものの、ツイッターでの侮辱的なコメントやテクノロジー専門記者たちからの批判はつらかったという。

 「私が女性でしかも中年だから、男性中心のテクノロジー業界を担当する男性記者たちは好ましく思わなかった」(BBCラジオ4の番組「メディア・ショー」、3月21日放送分)。

 スクープには「いろいろな人とおしゃべりをする中で、偶然に出くわした」という。どんなストーリーも「人から始まる」。

トピックを追う編集体制

 ガーディアン紙のジャーナリスト、アミリア・ジェントルマン氏は長年、障がい者給付金制度について書いてきた。

ジェントルマン氏(ガーディアンのウェブサイトより)
ジェントルマン氏(ガーディアンのウェブサイトより)

 3年前、その関連でイングランド中部ウルヴァーハンプトンで予定されていたある会合で、難民申請者・移民を支援する慈善団体の関係者と知り合った。その関係者から昨年10月、窮地に陥ったある女性を助けられないかと声をかけられた。

 その女性とは、ポーレット・ウィルソンさん。過去50年間英国に住んでいたにもかかわらず、「違法滞在者」として移民勾留センターに送られたという。ジェントルマン氏はウルヴァーハンプトンまでウィルソンさんに会いに出かけ、これを記事化した(2017年11月)。 

 報道後、同様の状況にいる別の人物がジェントルマン氏に声をかけてきた。合計で6人に取材し、これを新たな記事としてまとめた(今年2月21日付)。

 第2次大戦後の労働力不足を補うためにカリブ海諸国からやってきた移民たち(移民が乗ってきた船の名前にちなみ「ウィンドラッシュ世代」と呼ばれる)やその子供たちが、2014年の改正移民法の下で「違法移民」とされ、職を失ったり、社会保障の給付が停止されたり、強制退去に直面していることが分かってきた。

 英BBCやチャンネル4などの放送局もこのトピックを追うようになり、ウィンドラッシュ事件は大きな社会・政治問題として捉えられるようになった。

 ウィンドラッシュ世代は有色人種であったために様々な差別を経験したが、大戦で荒廃した英国が現在の姿になるよう力を貸してきた。そんな人々がこのような扱いを受けたことは、多くの英国人にとって衝撃だった。

 メイ首相は、該当する人々への補償金の支払いを約束した。4月29日、ラッド内相が引責辞任した。

 

 ジェントルマン氏は、ニュースサイト「プレス・ガゼット」にこう語っている(5月14日付)。

 「自分は幸運だ。ガーディアンは財政状態があまり良くないが、記者がデスクに座っているだけではなく、思い立ってウルヴァーハンプトンにまで出かけられるよう、編集部門にお金を投資している」。今後も「数か月」はウィンドラッシュ事件を追っていくという。


by polimediauk | 2018-08-30 16:44 | 政治とメディア