小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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カテゴリ:政治とメディア( 245 )

メディア展望」(新聞通信調査会発行)6月号掲載の筆者記事に補足しました。

***

 毎年イタリア・ペルージャで開催される「国際ジャーナリズム祭」が今年は4月3日から7日まで行われ、世界各地からやってきた学者、リサーチャー、ジャーナリスト、メディア組織の編集幹部、学生、一般市民などで賑わった。

 もともとは地域活性化の一環として始まり、今年は約650人のスピーカー(女性は49%)が約280のセッションで熱弁をふるった。運営費用はフェイスブック、グーグル、アマゾン、欧州委員会、コカ・コーラ社、ネッスル社、衛星放送スカイ、金融機関ユニポールと小規模なNGO組織、そしてペルージャがあるウンブリア州地域の自治体などが提供した。

ハンガリーとメディアの寡占化

 まずは報道の自由を扱った数多くのセッションの中から、欧州の中でも「典型的なポピュリズムの国」と言われるハンガリーの例を紹介したい。

 反移民・難民、「キリスト教文化の維持」を前面に掲げるオルバン首相による強権政治が行われているハンガリー。首相の与党「フィデス・ハンガリー市民連盟」は下院議席の3分の2を占める。これを活用して、政権は司法権の縮小やメディア規制に力を注いできた。国内のメディアの90%が直接あるいは間接的に与党の支配下にあると言われている。

 「ハンガリー:非リベラルな民主主義のメディア」と題するセッションの中で、3年前まで左派系最大手の新聞「ネープサバッチャーグ」の元副編集長で、今は調査報道のサイト「HVG」の編集長マートン・ゲーゲリー氏が体験を語った。

 ネープサバッチャーグ紙の突然の廃刊は、2016年10月。その理由は、政権の強硬な反移民政策を批判したためと言われている。

マートン・ゲーゲリー氏(撮影 Maria Lisa Brozetti)
マートン・ゲーゲリー氏(撮影 Maria Lisa Brozetti)

 3年前、ネープサバッチャーグを含む5大主要紙の中で、3紙は政権に批判的で、2紙は政権寄りだったが、今は3紙のみとなったという。「2紙は政権寄りで、1紙は批判的だが、部分的には政権に妥協している」

 「政権に批判的なメディアが存在するからこそ、権力にプレッシャーを与えることができる」。しかし、メディアの大部分が政権を支持していれば、「国民は何がよくて何が悪いかを見極めることができなくなる」。

 ハンガリーのシンクタンク「メディア・データ・社会センター」のディレクター、マリウス・ドラゴミル氏は「メディア・キャプチャー(メディアの寡占化)」という言葉を使って、ハンガリーの状況を説明した。

 「まず法律を変えて、メディアの規制体制を築く。次に、公共メディアを政府の支配下に置く。いずれの場合も組織のトップに政権に近い人物を配置する。民間の場合は政府寄りの人物あるいは企業に買収させるか、閉鎖に追い込む。最後に、公的資金を政権寄りのメディアにつぎ込む」。これで事実上の「寡占化」となる。

 翻って、日本はどうか。自民党の一党支配体制が長く続き、野党政権発足の可能性はほとんどない。「忖度」の害悪も指摘されている。メディアの権力批判は十分に機能しているだろうか。ハンガリーの話を聞きながら、日本のことが心配になって来た。

読者と深い関係を持つメディア

 セッションを回る中で、メディアの規模の大小にかかわらず、読者との関係を深めることで信頼感を高め、収入に結びつけようとする動きが目に付いた。

 欧州数か国で発行されている英字新聞「ローカル」のスウェーデン版の編集者エマ・ロフグレン氏は、「購読料はお金の行き来だが、会員制は関係性を築くことを意味する」という。「サイトのクリック数を伸ばすことを最優先するのではなく、読者の生活に関わりが強いトピックを取り上げることに力を入れている。読者の意見を取り入れて新聞の方向性を決めている」。

リタ・カプール氏(撮影 Giulia Nardelli
リタ・カプール氏(撮影 Giulia Nardelli

 

 最近会員制を取り入れたばかりというインドのクインティリオン・メディアは、読者を市民記者として使うという。インドの山間地帯にはリポーターが入っていきにくい場所があり、市民記者は「現場で何が起きているかを知らせてくれる役目を果たす」(リタ・カプールCEO)。

 ファクトチェックにも読者が参加する。インドではメッセージ・サービス「ワッツアップ」を通してフェイクニュースが広がっているが、ワッツアップによる通信は暗号化されるため、利用者同士以外は通信内容にアクセスできない。そこで、ワッツアップ内でどんな噂が広がっているかを読者に聞き、フェイクニュース拡散の防止を試みている。

リー・コースガード氏(撮影 Francesco Ascanio Pepe)
リー・コースガード氏(撮影 Francesco Ascanio Pepe)

 デンマーク発の新興メディア「ゼットランド」は知的レベルが高い人向けの会員制電子新聞だ。広告は入れていない。「会員の利便を図ることを最優先している」(リー・コースガード編集長)。毎日、ポッドキャストでの情報発信やニュースレターの配信をするものの、オリジナルで出す記事は1日に2本ほど。読者が「これで読み終えた」という達成感を持てるようにと、あえて本数を抑えている。

 ポッドキャストを始めたのは、2年前に読者にどんなサービスを望むかと聞いたところ、「オーディオ」と言われたからだ。記事を読みあげてほしいというリクエストである。現在、サイト利用の65%がオーディオ(音声で聞く)になっている。

 また、 時々、「ライブ・ジャーナリズム」という名前で、大きなイベント(有料)を行う。会員ではない人も含め、1500人ぐらいが集まる。そこで、10本のストーリーをジャーナリストが語る。その後、ビールやコーヒーを片手に話をする。コースガード編集長は、「場所や時間帯に制限されず、人々が情報にアクセスするようになった今こそ、人が一堂に集まり、同じ話を一緒に聞くことが新鮮な体験になっている」という。

 ゼットランドのように、ジャーナリスト、作家、アーチストなどを舞台に上がらせ、そこで「ストーリーを語る」=「ライブ・ジャーナリズム」が、欧州各国で広がっているようだ。

英フィナンシャル・タイムズ紙のライブ・ジャーナリズム

 ジャーナリズム祭のセッションの中に、フランスの黄色いベスト運動を分析するセッションがあり、この中のパネリスト(フローレンス・マーティン=ケスラー)がライブ・ジャーナリズムを実践する会社「ライブ・マガジン」(フランス)を運営していた。2014年創業。

 4月9日、ライブ・マガジンによる英国での最初の試みとして、英フィナンシャル・タイムズ紙がイベントを行ったので、出かけてみた。場内の撮影・録音は許されず、「その場限り」のイベントである。

 ロンドン・バービカンセンター近くにある大学の講堂を使い、10人ほどのジャーナリストが、舞台の右端の椅子に並んで座る。左端にはピアノが1台。

 著名コラムニストなどが舞台の中央にやってきて、それぞれのストーリーを語る。例えば、昨年殺害された、サウジアラビアのジャーナリストについての思い出を語ったジャーナリスト、メイ首相への期待感がいかに失われていったかを「メイ政権は大きな冷蔵庫だ」というタイトルで面白おかしく話したコラムニスト、政治漫画家の話などに加え、株価の動きをオペラ歌手が「歌声でつづる」(株価が上昇すれば、声も上がるなど)というアトラクションも。

 笑いあり、涙ありのストーリーイベントだったが、少々お堅い感じがあった。感動まではいかなかったように思う。特定のテーマがあれば、また来ようと思ったかもしれないが。

 チケット代は35ポンド(約5000円)。ガーディアンの同様のイベントでは17-20ポンドぐらいで、それに比べるとやや高い。観客は20代から60代。若者たちのグループが目立った。もしかしたら、安く入手していた可能性もある。

 FT、ガーディアン、ほかの英国の新聞もイベント自体はよく開いている。また、ジャーナリストや編集者が議論をする、講演をする場合も珍しくない。

 

 しかし、ジャーナリストたちが次々とストーリーを語る「ライブ・ジャーナリズム」的イベントは、どこかに「頂点」がないと、最後の感動にまではなかなかいかないように思う。「また来たい」という気持ちにさせてくれない。英国ではまだ発展途中という感じがした。

地方ジャーナリズムの支援策

 上記以外には、公的助成金を使って地方のジャーナリズムを活性化させる試み(米ニュージャージー州)、英BBCと地方紙との共同作業(BBCが地方紙に記者を派遣。記者は地方議会、警察、裁判所を取材し、その内容を提携する複数の地方メディアと共有する)、寄付金やフィランソロピーによるメディアへの財政支援(ゲイツ財団やロックフェラー財団による英ガーディアン紙への支援、米起業家クレイグ・ニューマークによる大型寄付)などが、ペルージャ・ジャーナリズム祭で取り上げられた。

 メディア環境が激変する中、報道機関を支えていくにはどうするか。世界各地で知恵を絞る人々がいることを実感した数日間だった。

 日本でも、地域活性化の1つとして国際ジャーナリズム祭が開催できないものだろうか。


by polimediauk | 2019-07-15 16:30 | 政治とメディア

 「報道の自由」という言葉に、どんなイメージを持たれるだろうか?

 日本や筆者が住む英国は民主主義社会であり、報道の自由が保障されている。しかし、世界に目を配ると、政府批判の報道によって投獄される、自分や家族の生命が脅される、ネット上でハラスメント攻撃を受ける、他国に移動せざるを得なくなるなど、様々な逆境にさらされているジャーナリストやメディア組織が少なくない。

 世論を味方につけようと思っても、フェイクニュース(ディスインフォメーション)によって事実がゆがめられていたり隠されていたりする。国民がフェイクニュースを真実として理解していれば、ジャーナリストやメディア組織が言うことを信じないかもしれない。

政府主催のメディア会議

 今月10日と11日、ロンドンで「報道の自由のための国際会議」(グローバル・コンフェレンス・フォー・メディア・フリーダム」が開催された。100か国以上から閣僚級の代表者や学者、報道関係者など約1500人が参加し、報道の自由の侵害状況や改善策について意見を交換した。

 主催は英国とカナダ政府で、それぞれの国の外務大臣が複数のセッションで顔を見せた。

 報道の自由の会議を政府が主催?何とも奇妙な組み合わせである。政府や権力者が外に出したくないこと、でも国民が知るべきことを報道していくのが、メディアの役目だからだ。

 筆者は、会場内で複数の人に「なぜこの2つの政府がこのテーマで報道の自由の国際会議を開くのか?」と聞いてみた。ほとんどの人が「分からない」と答えた。

 「権力者側にいる政府が報道の自由の会議を開くなんて、おかしい。一体どんなことになるのかを見に来た」(英国の大学でメディア経営を教える教授)。「米中という強いスーパーパワーに対抗する存在がない。だから、ひとまずこの2か国でまとまるという意味があったのではないか」(ドイツのメディア教育組織のトップ)。

 筆者は、以下のように受け止めた。

 英国を含む欧州で、「報道の自由が完全ではない」、「他国からの干渉・攻撃に苦しんでいる」地域と見なされるのが、旧ソ連圏、つまり東欧諸国(ハンガリー、ラトビア、スロバキア、ブルガリア、チェコ、ウクライナなど)だ。この場合の「他国」とは、ロシアである。

 ちなみに、会議開催の前日、英外務省はロシアのテレビ局RTとスプートニク通信社に対し、取材許可を与えなかった。理由は「ディスインフォメーションを積極的に拡散した」からだ。ロシア大使館は「政治的意図がある差別だ」と述べている。

 RTは声明文で「報道の自由を奨励すると言いながら、都合の悪い声の参加を禁じるのは偽善的だ」と述べ、スプートニクは「ディスインフォメーションは私たちの仕事ではない」としている(BBCニュース、7月9日付)

 複数のセッションに出てみると、東欧諸国やかつては英国の植民地だった国の報道の自由の侵害状況を訴える事例が目立った。

 今回の会議には、英国・カナダの「西側」が報道の自由の守護者としてのイメージをアピールするという宣伝目的もあったと筆者は思う。いかに両国が報道の自由を重視しているかを世界に見せることによって、まずロシア、そして報道の自由が侵害されていると見なすトルコ、フィリピンなどの国々をけん制する意味合いが出た。

 しかし、裏の狙いが何であれ、セッション参加者が語った状況は嘘ではなく、参加者にとっては多くの学びの機会となったと思う。

 以下で、そのハイライトを紹介したい。

報道の自由の意義、その現状

 まず、「報道の自由」は、なぜ重要なのだろう?

 英外務省の説明によれば、「自由で独立したメディアは、人権を守り、権力者に説明責任を持たせるために重要な役割を持つ」。

 報道の自由は「民主主義になくてはならないものであり、経済の繁栄や社会の発展の基礎になる」。社会が「自由で、公正で、オープンであること」を示す。ジャーナリズムによる詮索は、「生き生きとした、そして健全な民主主義には必須」だ。

 現状がどうなっているかというと、「国境なき記者団」の調査によると、昨年、報道によってターゲットにされ、殺害されたジャーナリストの数は前年より15%増加しているという。

 国連の調査では、昨年1年間で殺害されたジャーナリストの数は少なくとも99人。348人が新たに投獄され、60人が人質となった。殺害犯が責任を問われることはほとんどない(UNESCO調べ)。

 セッションのハイライトを紹介したい。

「世界の指導者たちは何もしていない」とクルーニー氏

クルーニー氏(左)とハント英外相(撮影筆者)
クルーニー氏(左)とハント英外相(撮影筆者)

 10日の基調セッションに登壇した一人が、米人権弁護士アマル・クルーニー氏。

 「報道の自由が減少し、ジャーナリストが殺害されている。戦時ではなく、平時に、だ」。

 日本でも大々的に報道されたのが、サウジアラビア出身のジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏が殺害された事件だ。米CIAは、殺害を指示したのはサウジの皇太子と名指しした。「カショギ氏は拷問の上、殺された。世界の指導者たちは何もしていない」

 「トルコ、アゼルバイジャン、モルディブでも殺害されたジャーナリストがいる」

 「ジャーナリストが権力者からハラスメントを受けない国はない」

 「独立したジャーナリズムが存在しない国では、国民に十分な情報が与えられていないという構図がある」。

 英政府はクルーニー氏を「報道の自由」特命大使に任命している。「国が本気で報道の自由のために行動を起こしたら、様々なことを実行できる」。例えば、報道の自由が保障されない国に住むジャーナリストに対し、特別ビザを与える、ジャーナリストを殺害する国に制裁を課す、ジャーナリスト支援のための基金を設置するなどをクルーニー氏は例として挙げた。

顔を隠して報道を続けるジャーナリスト

 

(左端がアナス氏:撮影筆者)

 ガーナのジャーナリスト、アナス・アルメイヨー・アナス氏が壇上に登ると、会場内が一瞬、シーンとした。顔が分からないように、すだれのようなものを着用していたからだ。

 人権問題と汚職の暴露を専門とするアナス氏は潜伏取材が主であるために、公の場では顔が判別されないように仮装するのである。

 ガーナは、「国境なき記者団」が作成する「世界プレスの自由インデックス」で180か国中23位であるが、アナス氏が手掛けるのは権力を持つ人が外に出したくない事実だ。このため、様々な形のハラスメントが行われており、今年1月には、サッカーの汚職報道で一緒に働いていたジャーナリストが銃弾を受けて殺害される事件が起きている。

 「報道の自由の重要性は、必ずしもすべての人に理解されているわけではない」という。

 「民主主義を育てるには、単にお金を提供するだけではなく、現地の人をエンパワーする方向で支援するべきだ」。

ハント英外相は何を語ったのか

 ほかにも何人かがスピーチした後、最後に登壇したのがハント英外相だ。

 「歴史家ジョン・アクトン(アクトン卿)は、1887年、こう書いた。『権力には腐敗の傾向がある。絶対的権力は絶対的に腐敗する』、と」。

 ハント氏は「腐敗を防ぐのは自由なメディアだと思う」。

 報道の自由が侵害されている国としてロシア、中国、ベトナム、サウジアラビアなどを挙げながらも、英国も例外ではないという。今年4月、英領北アイルランドで、ジャーナリストのライラ・マッキー氏が命を落としたからだ(注:彼女の場合、現地の暴動でデモ参加者が警察に向けて発した銃弾を体に受けて、死亡)。

 世界で報道の自由を保障するため、英政府として次の5つを実行する予定だという。

 (1)「グローバル・メディア・ディフェンス基金」を設置する。複数の国が参加し、UNESCOが運営する。危険な状態で働くジャーナリストに法律のアドバイスを提供し、安全維持のための研修をする。今後5年間で、英国は300万ポンド(約4億円)を出資。カナダは100万カナダドルを出す。

 (2)「国際タスクフォース」を設置する。各国政府が報道の自由を保障できるように支援する。毎年、国連総会の場でどの程度の進展があったかを話し合う。

 (3)特命大使クルーニー氏を中心として、ジャーナリストを法律で守る仕組みを考えるための専門家パネルを設置する。英国内でも、新法を立法化する、あるいはすでにある法律を更新する際に報道の自由への影響がどうなるかを考慮する。

 (4)カナダのクリスティア・フリーランド外相とともに、報道の自由が侵害されたときに一斉に行動できるような連絡グループを作る。ほかの政府の参加を奨励する。

 (5)報道の自由を保障することを誓う「グローバル・プレッジ」に署名し、来年もこの目的のために集う。

 この会議の開催前に、英政府は外国の報道の自由の促進のための複数のプログラムを発表している。

 例えば、東欧諸国でのディスインフォメーションやフェイクニュースを反撃し、バルカン諸島西部の独立メディアを支援するために、「紛争・安定・セキュリティ基金」を通して、今後3年間で1800万ポンド(約24億4000万円)を拠出する(7月7日発表)。東欧・中央アジア地域への資金提供はディスインフォメーションに対策を講じ、独立メディアを支える目的の5年計画(1億ポンド拠出)の一環である。また、バルカン諸島政府への支援は、この地域への8000万ポンド(2020-21年度)に上る支援の一部をなす。

政府支援への居心地の悪さ

カナダのフリーランド外相(英外務省のFlickrより)
カナダのフリーランド外相(英外務省のFlickrより)

 政府がメディアの報道の自由を保障する・奨励することに対する居心地の悪さが、セッション後半のメディアとのやり取りの中で明らかになった。

 カナダのフリーランド外相は英フィナンシャル・タイムズ紙の元記者で、ロシアでの特派員経験もある。ハント英外相はジャーナリストの経験はないが、常にメディアから厳しい質問を受けてきた。権力を批判するのがメディアの仕事だから、その権力の側がメディア報道の自由を奨励をするとは、奇妙に聞こえるだろうと二人は何度か述べた。しかし、どこまで、実際に覚悟をしているのだろうか?

 カナダのメディアがフリーランド外相に質問した。

 昨年秋、サウジのジャーナリスト、カショギ氏が殺害され、サウジアラビアは世界的な非難を浴びた。「G20の来年の議長国はサウジアラビアだ。G20はサウジでの開催をキャンセルするべきだと思うか?」

 この問いに対し、フリーランド外相は「G20は同じ価値観を持つ者同士が集まる場所ではない」という。「カナダは、ロシアによるクリミア併合(2014年)には反対の立場を取る。それでも、G20という場を共有している」。つまりは、キャンセルする必要はないという。

 報道の自由を侵害した国に対し、即時に制裁を加えるかどうかも含め、ハント英外相は「交渉にはプライベートで意見を言う場合もあれば、公式の場で行動する場合もある」と説明し、外交交渉には幅があることを示した。

 両外相の説明には一定の説得力があったものの、「説明になっていない」と後で述べたジャーナリストもいた。

ジャーナリストの即時釈放を求める声明

 メディア会議の会場の外では、内部告発サイト「ウィキリークス」の創始者で、現在は英国内に収監中のジュリアン・アサンジ被告の釈放を求める抗議デモが発生していた。4月、米司法省は、アサンジ被告を米政府のコンピューターに侵入した罪、機密文書を暴露した罪などで起訴したと発表。米側は英政府にアサンジ被告の身柄の引き渡しを求めている。ジャビド英内相は「引き渡し命令に署名した」と述べており、司法判断を待っているところだ。

 報道の自由のために活動する、ドイツの非営利組織「欧州センター・フォー・プレス&メディア・フリーダム」(ECPMF)は、メディア会議開催の前日、ほかの30を超える報道の自由関連組織の代表者と集い、会議に参加する国に向けて請願書を出した。

 請願書は「投獄中のジャーナリスト全員を釈放すること」、「ジャーナリストの殺害、攻撃、中傷を停止すること」、「ジャーナリストの殺害事件すべてを調査し、責任者を訴追すること」を求めている。


by polimediauk | 2019-07-14 19:38 | 政治とメディア

 書店に行くと、フェイクニュースについての本が目につくようになった。

 かつては「フェイクニュース」を「偽ニュース」などと訳していたこともあったが、もはや、このカタカナ言葉だけで意味が通じる。

 デマ情報が世間を駆け巡る現象は昔からあったが、私たちが今問題視しているのは、デジタル空間で飛び交うフェイクニュースのことだ。

 かつて、「私たちの誰もが情報発信者になれる!」と言いながら、嬉々としてインターネットがもたらす明るい未来について語っていたことを覚えているだろうか。

 しかし、誰もが情報を簡単にネット上で発信できるとき、流れ出て行く情報の質は玉石混淆だ。信ぴょう性もバラバラだ。ファクト(事実)もフェイク(偽)もある。何がファクトで、何がフェイクなのかを判断する物差しは一つではない。

 さて、どうするのか。

 まずは現状認識から始め、フェイクニュースに惑わされないようにしたい。

 そんな思いを持つ人に役立ちそうな1冊が、茨城大学の古賀純一郎特任教授(ジャーナリズム論)の新刊「すべてを疑え!フェイクニュース時代を生き抜く技術」(以下、「すべてを疑え!」)だ(筆者をはじめ、国内外のメディアウオッチャーのコメントも所々に入っている)。

なぜ、フェイクニュースが危険なのか

「すべてを疑え!」の表紙(筆者撮影)
「すべてを疑え!」の表紙(筆者撮影)

 

 改めて、なぜ、フェイクニュースが問題視されるのだろう?

 古賀氏は、究極的には「民主主義が破壊される」から、と説明する。

 私たちは、民主主義社会に生きている。「その核心となる代表者を選ぶ議会の選挙で、確実で間違いのない情報や報道をベースに、主権者である私たちが判断し、代表を決め、議会を通じて民主主義社会を運営」しているのである(「すべてを疑え!」)。

 これまでは、信頼できる情報源は既成の報道機関だった。しかしもし、フェイクニュースを情報源としていたら?これを「ベースに有権者が投票するのであれば、結果は市民の要求からかけ離れたものになるだろう。民主主義は破壊され、その将来は危うい」(同)。

安倍総理逮捕?10年間かけて無実を証明したスマイリーキクチ

 

 国内の著名なフェイクニュースには、どんなものがあるのか。

 2017年8月、ある新聞の号外版がツイッターに流れた。見出しは「安倍総理逮捕」。ノーネクタイの安倍首相の両側には警察官。産経新聞を標榜する号外の1面である。しかし、調べてみると、7月31日に産経が出した号外を加工したフェイクニュースだった。

 1999年、芸能人スマイリーキクチは、女子高生殺人事件の犯人と決めつけられた。ネット上の掲示板の書き込みがきっかけだった。キクチの所属事務所は関与を否定し続けたが、情報拡散を止めることはできなかった。

 2008年、ITの知識が豊富な刑事の助けで、書き込みをした数人が検挙された。キクチが汚名をすすぐまでに、足掛け10年かかったのである。

 2018年10月の沖縄知事選でも、多数のフェイクニュースが発生した。地元紙の調査では飛び交ったツイート、リツイートなど「20万件以上の9割が誹謗・中傷で、(米軍)基地反対派の玉木デニー候補に集中していた」という。

 本書は最初にこのような日本のフェイクニュースの具体例を次々と紹介した後、海外に目を向ける。米大統領戦(2016年)、フランス大統領選(2017年)、英国のEU離脱の是非を問う国民選挙(2016年)など、著名な例を再確認できる。

すべてが嘘だったわけではない、大本営発表

 今ではフェイクニュースの典型として時々言及されるのが、戦争時の「大本営発表」だ。本書によれば、大本営の起源は日清戦争の前年の戦時大本営条例(1893年)だ。

 

 「大本営」とは、「戦時に天皇が国事を指揮する最高の統帥機関」で、「陸軍の参謀本部と海軍の軍令部が総合的に戦略などを練り、作戦行動の発令のため日清・日露戦争で設けられた」。日中戦争(1937-45年)が始まると新たに大本営令が制定され、戦争よりランクが下の「事変」でも設置が可能となった。

 第2次大戦時の大本営発表は1941年12月8日に始まり、3年9ヶ月続いた。当初は国民の精神を鼓舞するために、新聞紙面で「日本軍を自賛」した(保坂正康「大本営発表という権力」)。この時は事実に忠実だった。しかし、戦況が悪化すると、「虚偽や誇張が消え、それさえ通じなくなると発表それ自体を」やめてしまったという(同)。

 第2次大戦では日本の敵国となった米国もプロパガンダ報道を熱心に行った。「『日本兵は軍服を着た猿』、日本は『鬼畜米英』などと相手国を貶めるような宣伝戦に走り、戦場では人肉食いなどの残虐行為が横行しているなどと敵の冷酷さを強調する報道」が行われた(「すべてを疑え!」)。

国家が背後にいる攻撃

 筆者は欧州各国のメディア会議に足を延ばすことが多いが、「フェイクニュース」を「ディスインフォメーション」(真実を隠したり、人を欺くために故意に発信される偽情報)と言い換える人が増えている。前者の場合、本人が知らずに誤った情報を流し、結果として「フェイク情報」になってしまう場合も含むが、後者の特徴は「故意に」「欺くために」がその生成・拡散目的となる。

 国家レベルのディスインフォメーションの使い手として、西欧で恐れられているのがロシアだ。

 「サイバー空間の敵」ともされるロシアは、情報工作をするばかりか、軍事手段、政治工作も組み合わせて対抗相手に攻撃を仕掛ける。古賀氏は、こうした手法を「ハイブリッド戦争」と呼んでいる。

 例えば、欧州内外をあっと驚かせたのが、2014年、ロシアによるウクライナ・クリミア半島の一部併合だ。身分を隠したロシア軍部隊をクリミアに投入し、現地を制圧。これを背景に現地での住民投票を実現させ、ロシアへの編入を望む住民の意思を叶えるという形で一部併合を実現。ロシアの「プーチン大統領の支持率は70%に迫るまでアップした」(「すべてを疑え!」)。

情報操作にだまされないためには、どうするか

 古賀氏は、後半でフェイクニュースにだまされない手法を列記する。

 例えば、在米ジャーナリストで「現代アメリカ政治とメディア」の著者の一人津山恵子氏は、以下を推奨する。

 (1)おかしいと思った情報は検索で確認

 (2)自分がシェアする情報に責任を持ち、真偽がわからない場合はシェアしない

 (3)主要メディアはフェイクニュースを発信しない、つまり主要メディアのニュースをシェアするのは安全(初出は「メディア展望」2017年6月1日号)。

 その上で、津山氏は「真剣にググろう(検索しよう)」、「写真の出所、撮影時間をチェックしよう」などとアドバイスしている。

 最後に、古賀氏は自分がどうやってニュースの真偽をチェックしているかを披露する。同氏は元共同通信社の記者で、海外特派員の経験も長い。現在は大学でジャーナリズムを教えているので、その手法は貴重だ。

 詳細はページをめくってみていただきたいが、共通しているのは、自分でニュースの真偽を頻繁に確認すること。つまりは、鵜呑みにしないこと。まさに、「疑え!」なのである。


by polimediauk | 2019-07-12 19:30 | 政治とメディア

 2017年秋以降、セクハラや性犯罪に声を上げる「#MeToo運動」が拡大している。職場での性差別解消の動きを後押しする機運もできた。

 しかし、2019年現在でも、「まだこうなの?」という例もあちこちで散見される。

 英スコットランドのグラスゴーで、6月1日から3日まで開催された第71回世界ニュースメディア大会・第26回世界編集者フォーラムの中の「女性ニュースサミット(Women in News Summit)」の様子を紹介してみたい(主催は世界新聞・ニュース発行者協会=WAN-IFRA)。

「同じ日に同じ職に昇進のオファーだが、男女で報酬の差」

 英BBCで、性による給与格差が大きくクローズアップされたのは2017年7月。15万ポンド(約2100万円)以上の高額報酬者のリストを発表したところ、男性ばかりが上位を独占した。

 国家統計局(ONS)によると、英国全体の男女の賃金格差は17年時点で18・4%(女性の賃金が男性の賃金よりも18・4%低い)で、BBCは、内部調査でその差は9~10%としているため、平均からすれば悪くないのだろうけれど、女性陣の一部にとっては大きな衝撃となった。

 怒った女性の一人が、中国からの報道を統括する「中国編集長」という職に就いていたキャリー・グレイシー氏だった。4人の国際版編集長(男性2人、女性2人)の中で、男性陣が女性陣よりも「50%以上高額の」報酬を得ていたことに気づいた。

 グレイシー氏は中国編集長に任命されたとき、BBCは北米編集長(男性)と同程度の金額の報酬となることを約束した。これを前提に、グレイシー氏は赴任した。ところが、実際は男性の方の報酬がはるかに高かった。BBCと話し合いを進めたが、納得がいかなかったグレイシー氏は、昨年1月、男女の報酬差に抗議するため、中国編集長職を辞任した。同じ年の6月、BBCはこれまでの不当な扱いを謝罪し、不足額をグレイシー氏に支払った。

 BBCラジオ(「ラジオ4」)の朝のニュース解説番組「トゥデー」で司会者だったセイラ・モンタギュー氏も、同番組の男性司会者の報酬がはるかに高いことに抗議し、「トゥデー」を自ら去った。現在は午後のニュース番組「ワールド・アット・ワン」で司会役として働いている。

 

 英国で大きく注目されたこのような例が続々と発生しているのだから、よほど事態は改善しているのだろうと想像するが、実はそうでもないことが分かったのが、今年5月。

 

自分の身に起こったことについて話す、BBCのマーティン氏(Wan-Ifra Flickrより)
自分の身に起こったことについて話す、BBCのマーティン氏(Wan-Ifra Flickrより)

 

 BBCラジオのニュース部門の編集者カレン・マーティン氏が、その内情を「女性ニュースサミット」で語った。

 マーティン氏は、「副編集長」に昇進するオファーを受けた。同じ日、同じ職場で働くある男性も同一の職へのオファーを受けた。昇進のための選考過程は同じで、職務も全く同じなのに、自分の報酬は「1万2000ポンド(約165万円)低かった」。上司からは、昇進は「正当な評価だね」とねぎらいの言葉をかけられた。「それなのに、報酬が男性よりも低いなんて」。金額自体に文句を言っているわけではなかったが、「男女で平等な金額であるべき」と感じた。

 マーティン氏は、この昇進を受けるべきかどうか、迷ったという。シングル・マザーのマーティン氏は娘たちにどうするべきかを聞いてみた。「お母さんは、いつも堂々と生きるべきだって言っているわよね」。これで心が決まった。昇進を断ることにしたのだ。

 BBCは「これまでの勤務経験や業績によって、同じ職務でも報酬に差がつくことはあり得る」としている。

 マーティン氏は事の次第を同僚に電子メールで伝えた。BBCのニュースでも報道された。

 「世界中の人から、たくさんの激励のメッセージを受け取った」。原理原則よりも「日々の生活を優先させなければいけないときもある。でも、職場の屈辱をどれぐらい我慢できるかが目安になる」とマーティン氏は語った。

 時に涙声になったマーティン氏。悔しさがよみがえってきたように見えた。

「50:50」は拡大中

 前向きな動きもある。昨年の女性ニュースサミットで紹介されたのが、BBCニュースが取り組む「50:50プロジェクト」。番組「アウトソース」で司会者を務めるロス・アトキンス氏の発想で、2017年に始まったプロジェクトで、番組出演者の男女比を出来得る限り半分ずつにしようという試みだ。

 「アウトソース」がまず開始し、ほかのニュース番組にも参加しないかと声をかけた。どれぐらいの比率を達成したのかを番組毎に競い合った。

 プロジェクト・リーダーのニナ・ゴスワミ氏がニュースサミットで語ったところによると、取材対象者の男女比は対象外だが、取材をするリポーター、司会者、ゲストの出演者、事例紹介などの際に男女半々を達成するように努めたという。英語での放送番組を当初は対象にしていたが、アラビア語放送も参加するようになった。

 専門家のコメントを必要とするとき、「女性の数が足りない」という声が出た。制作現場のスタッフから「女性の専門家を探す時間がない」といわれた。そこで、ソーシャルメディアやつてを通して人材発掘をした。女性の専門家のデータベースには、今や約1000人が登録されているという。

 筆者は英国でテレビを見ていて、ニュース番組の制作者・出演者に女性が増えたように思っていたが、意識的な動きもあったことが分かった。

5月31日のBBCニュースのウェブサイトの画面。たまたまかもしれないが、女性の姿が多かった(BBCニュースのウェブサイトから)
5月31日のBBCニュースのウェブサイトの画面。たまたまかもしれないが、女性の姿が多かった(BBCニュースのウェブサイトから)

 「数を増やすこと自体が目的ではない。男女の比率を半々にすることで、人口構成の比率を反映した番組作りを目指している」とゴスワミ氏は語った。

数を単純に増やして、失敗

アンダーソン氏(右。筆者撮影)
アンダーソン氏(右。筆者撮影)

 マイクを握り、「失敗例から学ぶこともあると思う」と話し出したのが、スウェーデンのメディア企業ミッテメディア社の人材育成担当者カリン・アンダーソン氏だ。

 2014年、アンダーソン氏は日刊紙のスポーツ部門のスタッフが全員男性であることに気づいた。

 「54人のジャーナリスト全員が男性。これではいけないと、女性をどんどん増やした。とうとう17人まで増えた」。

 しかし、スポーツ部門に行った女性たちのほとんどが、数か月で退職してしまった。アンダーソン氏は辞めた女性たちに理由を聞いてみた。原因はセクハラだった。男性たちは女性とともに働くことに慣れておらず、性的なジョークを連発していた。こうした事態が発生することを予測できなかった自分を恥じたという。

 

 「文化を変えなければだめだ」と思ったアンダーソン氏は、男女が平等に働くにはどうするかについて、記者やデスクたちに研修を行った。「職場環境は、少しずつよくなっていると思う」。

「いつの間にか、女性の話を多く書くようになった」

 女性ニュースサミットでは、優れた指導者として編集に貢献した女性に賞(「エディトリアル・リーダーシップ・アワード」)を与えている。

 今年のリーダーシップ・アワードの受賞者は、中東・北アフリカ部門がレバノンの日刊紙「L'Orient-Le Jour」のシニア・エディター、アシル・タバラ氏、アフリカ部門は南スーダンのジュバ・モニター紙の編集長アンナ・ニミリアノ氏となった。ニミリアノ氏は飛行機の遅延でサミットには出席できなかったが、タバラ氏はこれまでの道のりとアワード受賞の喜びをサミット出席者に語った。

 

タバラ氏(撮影筆者)
タバラ氏(撮影筆者)

 タバラ氏がジャーナリストとしてのキャリアを開始したのは、1986年。最初はAFP通信の記者だった。レバノン内戦(1975-90年)の真っただ中である。数々の紛争の現場を目にし、タバラ氏はいつの間にか戦争に翻弄される人間の悲劇をつづることに力を傾けるようになった。「いつの間にか、女性の話を書くことが多くなっていた」。

 アラブ・イスラエル紛争、イラク戦争、そしてアラブの春の政権交代。報道に足る出来事には事欠かなかった。2009年から14年まではAFP通信の湾岸局を統括し、巨大なマルチメディア編集室を作り上げた。記事はアラビア語、フランス語、英語で世界中に発信されていった。

 「このアワードを私に多くのことを教えてくれたジャーナリストたちに捧げたい。その多くが女性だった。若い人には、ジャーナリストという職業が落ち目だと思ってほしくない。今こそ、中東でジャーナリストが必要とされているのだから」。

将来は?

 今年で3回目となった、女性ニュースサミット。今回はパネリスト全員が女性で、それぞれの女性たちの話は充実していたものの、来年はぜひ、男性陣を入れたサミットにしてほしいものだ。


by polimediauk | 2019-06-26 21:25 | 政治とメディア

(新聞通信調査会が発行する「メディア展望」3月号の筆者記事に補足しました。)

 英国は本当に欧州連合(EU)から離脱する(「ブレグジット」)ことができるのか?

 メイ政権とEU側が昨年11月に合意した、離脱の条件を決める「離脱協定案」が、3月29日(当初の離脱予定日)に下院で否決されたことで、先行きが不透明になっている。同離脱案が否決されたのは、これで3回目だ。

 先週に引き続き、下院ではメイ案に関わる代案づくりの作業が続いているが、1つの案に絞り切れていない。新たな離脱予定日4月12日までに作業が間に合うかどうかは、分からない。先週末までに可決されていれば、5月22日まで離脱日が延長される予定だったが、これが実現しなかったため、「合意なしの離脱」となるか、メイ首相が新たな延長をEUに持ち掛けるか。あるいは、下院が「ソフトな離脱案」でまとまった場合、メイ首相はこれに応じるのかどうか。

 英BBCは、1月28日から3週にわたり、「インサイト欧州―混乱の10年」という題名のドキュメンタリー番組を放送した。第1回目(「私たちは辞める」)では、離脱を決めるまでの英国とEU首脳陣との丁々発止の交渉をつづった。

 この番組を紹介しながら、なぜ英国はこのような状況に陥ったのかについて、メイ首相が登場する前の段階から探ってみたい。

欧州懐疑派と格闘してきた保守党

 欧州統合の動きについて反発する理念を持つ、いわゆる「欧州懐疑派」は、少なくとも過去半世紀以上、英国の中でくすぶってきた。

 第2次世界大戦後、フランスとドイツを中心として大陸の欧州諸国が統合に向けて動く一方で、英国は欧州経済共同体(EEC)に1973年に加盟するものの、独立独歩の立場を維持してきた。現在はEU加盟国だが欧州の単一通貨ユーロを導入せず、国境検査なしで往来できるシェンゲン協定にも参加してない。

 2010年5月、保守党は13年ぶりに労働党から政権を奪回した。親EUの自由民主党との連立政権である。

 クレッグ副首相・自民党党首(当時、以下同)によると、キャメロン首相(保守党党首)は「欧州問題ばかり繰り返して取り上げる政権にはしないと約束した」という(BBC「インサイト欧州―混乱の10年」より。以下、引用は同番組から)。しかし、事態は逆となった。

なぜ、EU脱退の声が強くなった?

 2004年、EUは東欧諸国を含む10か国を新加盟国として迎え、英国にはポーランド、ハンガリー、チェコなどからの移民が急速に増えた。英国はほかのEU諸国とは異なり、当初から新規EU市民の受け入れに制限を付けず、学校や医療現場はその対応に追われた。低所得者層は、新EU市民に「職を奪われた」と感じた。

 ここで補足しておきたいのが、よくブレグジット発生の理由として挙げられる、「反移民感情」についてだ。多くの報道では長々と説明するスペースがなく、端折る形で「反移民感情が高まって」と書く。自分もそう書くことがある。

 しかし、その意味は「外国人嫌い」というわけではない。ロンドンに一度でも来たことがある方は、道行く人々の人種の多様性に驚くはずだ。また、ほかの地域に行っても、見た目だけでは誰が「外国人」なのかは分からない。

 それでも、旧東欧からの新EU市民が摩擦を引き起こすことになったのは、英国が単一市場の一部であること、つまり、モノ、サービス、資本に加えて人の自由な往来の原則に合意しているため、流入に制限をかけられない状況が生じたからだ。人が単に多くやってくるだけではなく、「無制限に」やってくることが問題視された。なぜ無制限なのか?「EUに加盟しているから」なのだ。こうして、不満の矛先はEUに向かった。

 その上、2007~8年の世界金融危機、これに続くユーロ危機が発生したことで、英国はユーロに参加していないのにもかかわらず、ユーロ圏を救うための財政支援を求められたことで、さらに反EU感情が高まった。

キャメロン首相の賭けとは

 2011年10月24日、キャメロン政権に「赤信号」が灯る。

 この日、懐疑派の声に押された英下院がEUからの脱退などを問う国民投票の実施を求める動議を投票に諮った。賛成111票、反対483票で否決されたが、80票前後の賛成票は保守党議員によるものだった。キャメロン政権は、懐疑派の対処に本腰を入れざるを得なくなった。

 この頃、ユーロ圏の危機のさらなる拡大を防止するため、メルケル独首相とサルコジ仏大統領は圏内の財政統合を計画していた。そのためにはEU基本条約の改正が必要だった。条約改正となれば全EU加盟国の合意が必要となり、英国でも下院の承認が必須となった。欧州懐疑派が抵抗するのは目に見えていた。

 そこでキャメロン政権が考え付いたのは、EU市民の英国への移住に制限をかける、さらなる統合の深化には参加しないなどの「譲歩」をEUから得ることだった。「これだけの譲歩を得たのだから、条約改正に賛成してほしい、というつもりだった」(オズボーン財務相)。

 2011年2月のEU首脳会議に、キャメロンはこの譲歩案を持って臨んだ。

サルコジの激怒

 フランス側は激怒した。「キャメロン首相はユーロ圏の規則を自分が変更できると思っていた。英国はユーロ圏ではないのに、だ。意味をなさない」(サルコジ大統領)。「私たちの手を無理に動かそうとすれば、あなたは何も得られないだろう」、「譲歩はできない」(同)。

 サルコジ側は「奥の手」を使った。EU加盟国の満場一致の合意が必要となる条約改正ではなく、財政統合を政府間協定としたのである。参加したい国だけが参加できるようにして成立させるつもりだった。「8秒で解決できることを8時間もかけて議論する必要はない」(サルコジ)。

 キャメロン自身も奥の手を持っていた。司法専門家によるとサルコジ・メルケル主導の財政統合は条約改正なしには達成できず、政府間協定を使うのは違法だった。しかし、EU側の司法判断では「合法」とされた。

 午前4時、首脳陣が政府間協定案に票を入れた。拒否権を発動したのはキャメロンだけ。英国は孤立した。

 2012年9月までに、保守党幹部は国民投票の実施を具体的に考え始めた。

 「国民投票が行われれば保守党は分裂する。もし離脱となれば世界の中の英国の地位が大きく低下し、経済にも悪影響だ」(オズボーン財務相)という主張に対し、ヘイグ外相は「やらないと逆に保守党は分裂する」と述べた。

キャメロンはどう思っていた?

 キャメロンの広報秘書はこう語る。「首相は国民投票が危険なことは十分分かっていた。それでもやろうと決めたのは、政治的に意味があったから。EUの拡大路線に対し、国民は居心地の悪さを感じていた。この人たちに発言の機会を与えるべきだ、それが民主主義だとキャメロンは思った」。

 2013年1月23日、ブルームバーグ社のロンドン本部で、キャメロンは「次の総選挙で保守党が過半数の議席を獲得したら、国民投票を行う」と演説で述べた。その前にまず「英国とEUの関係を変えるための交渉をする。EUの基本条約を変えるほどの大きな変化になるだろう」、と続けた。

しかし、メルケルに反対された

 2014年2月末、キャメロンはメルケルを官邸に招待し、国民投票についての感触を打診した。メルケルは賛同しなかった。

 「英国はEUからすでに大きな譲歩を得ている。私は鉄のカーテンの外にいた東ドイツ出身だ。鉄のカーテンがなくなり、今、私たちはこの欧州大陸で一つにまとまることができる。この点を見失ってはいけないと思う」。

 5月の欧州議会選挙では、英国のEUからの脱退を求める英国独立党(UKIP)が英国に割り当てられた議席の中で最大数を獲得した。「純移民が大きく増えた。そのすべてがEU市民だ。英国は対処手段を持っていない」(ファラージUKIP党首)。

反ユンカーで失敗

 キャメロン政権は、欧州連邦主義の信奉者で元ルクセンブルク首相のユンカーが次期欧州委員長の候補に上ったことを知り、これを阻止しようと手を尽くした。ユンカーが欧州委員長になれば、EUがさらなる拡大・統合深化に進むだろうと思ったからだ。

 キャメロンは、ファンロンパイ欧州委員長を官邸に呼んだ。

 「キャメロンは、ユンカー候補をブロックすることで自分がいかに強いかを示そうとしていた」(ファンロンパイ欧州委員長)。

 「私はいやいや官邸に向かった。これまでは、自分から望んで時間を作ってもらい、キャメロンに会いに行った。しかし、今回は招待された。何かあるなと思った」。

 官邸の居間でファンロンパイと話していたキャメロンは、「突然、反ユンカーの票を集めてくれないかと私に言った」。

 

 ファンロンパイは「それは難しい。ユンカーは(欧州議会の運営の中心を担う中道右派)欧州人民党グループ(EPP)の候補者だ。反ユンカー票を得るのは困難だ」。

 不可能な相談と思ったファンロンパイは、「できない」と言った。自分がロンドンにやってきたのは、キャメロンから命令を受けるためではない、と思ったという。

 「すると突然、キャメロンが立ち上がり、これで話が終わったと告げた」。取りつく島もなく、キャメロンはファンロンパイをドアまで連れて行った。「これが私が最後に英国の首相官邸に行った時だ」。

 キャメロンの反ユンカー運動は、成功しなかった。

移民の流入制限に、支持得られず

 国内では保守党議員2人がUKIPに移籍し、これ以上の「出血」を避けるため、14年秋、キャメロンは保守党の党大会でEU市民を含む移民の流入制限をEU指導部と交渉することを宣言した。

 メルケルに打診したところ、「EU市民の移動に数値目標を設置することは賛同できない」と言われ、キャメロン政権は社会保障へのアクセスを限定する案を追求することにした。

 2015年5月の総選挙で、保守党は思いがけず過半数の議席を獲得し、単独政権が成立した。

トゥスクも、オランドも国民投票に反対

 総選挙後まもなくキャメロンと会ったトゥスク欧州理事会議長は「なぜ国民投票を決めたのか。非常に危険なばかげた行為なのに」と告げた。その理由が「与党の内情」であったことに驚いた。「キャメロンは自分の勝利の犠牲になった」。

 9月、キャメロンはフランスのオランド大統領を英国に招待した。国民投票実施についての支持を期待していた。

 「私はキャメロンに国民投票をやる必要はないと言った」(オランド大統領)。「選挙戦の公約が実行できないのは、よくあることだ」。

 キャメロンはオランドに対し、EU市民の英国への流入をどうにかしたいと訴えた。単一市場に例外を認めるよう、助けてくれないか、と。

 「英国に人の移動の自由の例外が認められれば、他の国も同じことを求める」(オランド大統領)。「もし英国で国民投票が行われれば、ほかの加盟国も後追いする」。

 メルケルもそしてオランドも、EUの基本的な取り決めである人の自由の移動について譲歩はできない、とキャメロンに伝えた。

 2016年2月のEU首脳会議。英国がEUから譲歩を取り付けることができたのは、主として3点だった。

 (1)EU移民の社会保障の利用に制限を課す

 (2)EUの統合深化から除外される

 (3)非ユーロ圏の国としての権利が保護される。

英国内では評価されず、国民投票へ

 しかし、英メディアや政界の反応は鈍かった。

 キャメロンは、離脱の賛否を問う国民投票の実施を正式に宣言する。

 2016年6月23日の国民投票では、離脱派が僅差で勝利。残留派を主導したキャメロンは、辞任の意を表明した。

 数日後、キャメロンは最後のEU首脳会議に出席する。「悲しかった。キャメロンばかりか、英国がEUを去っていくことになるからだ。EUに夜を思わせる影が落ちたようだった」(ユンカー)。

 BBCの「混乱の10年」シリーズは、2回目にはギリシャの債務危機を、最終3回目には欧州にやってきた大量の難民への対応を取り上げた。


by polimediauk | 2019-04-02 17:39 | 政治とメディア

「新聞研究」7月号掲載の筆者記事に補足しました。)

 今年上半期、英国の2大スクープ報道と言えば、英データ分析会社ケンブリッジ・アナリティカ社(以下、CA社)がフェイスブックから大量の利用者の個人情報を不正取得したとする疑惑、そして第2次世界大戦後にカリブ海地域からやってきた移民とその子供たちを「違法移民」として扱った事件が挙げられる。

 前者はフェイスブックへの信頼感を大きく下落させ、後者はメイ英首相の片腕と言われたラッド内相の辞任につながった。

 この2つの報道は前者が英日曜紙「オブザーバー」、後者がその姉妹版「ガーディアン」のジャーナリストによる。どちらも女性記者だ。2人は自分の心の中に芽生えた疑問やたまたま持ち込まれたネタを細々と追っていく中で、事件の核心に到達した。

 本稿では、スクープ報道の舞台裏を紹介してみたい。

「テクノロジー記者」ではなかった

カドワラドル氏(ガーディアンのウェブサイトより)
カドワラドル氏(ガーディアンのウェブサイトより)

 今年3月、数千万規模のフェイスブック利用者の個人情不正流出問題を先導したのは、オブザーバー紙に寄稿するフリーランスのジャーナリスト、キャロル・カドワラドル氏。特集記事の担当者だ。

 米大統領選(2016年)と前後して「フェイクニュース」が話題となり、同氏は「テクノロジーが選挙結果に影響を与え、民主主義を破壊している」と危機感を持つようになったという(4月17日、ガーディアン・ニュース&メディア社主催のイベントで)。

 フェイクニュース現象に注目した同氏は、偽情報の拡散にグーグルなどの検索機能が一役買っていると書いた(2016年12月4日付)。

 取材をする中で、CA社がフェイスブックなどから得た情報を基に特定の個人向けに政治的なメッセージを送っていた可能性が出てきた。

 CA社は、英国の欧州連合(EU)への加盟継続か離脱かを問う国民投票(2016年6月)では離脱陣営の勝利に、米大統領選(同年11月)ではトランプ氏の当選に貢献したと言われていたものの、その実態は明らかにされていなかった。

 カドワラドル氏はお金の流れを追うことにし、2017年2月、トランプ支持者で投資ファンド経営者でもある人物がCA社に出資していたと報道した。英国の法律では海外の市民・組織から献金を受けるのは違法で、出資は離脱派陣営への間接的な献金にあたる可能性があった。

 「まだ全貌がつかめていない」と感じたカドワラドル氏は事情を知る人物を探し、昨年4月までに元CA社の社員だったクリス・ワイリ―氏と連絡を取ることが出来た。これが突破口となった。同氏はCA社がフェイスブック利用者の個人情報を不正に取得し、米大統領選で有権者に政治広告を流したと内部告発したのである。

 ワイリー氏がメディアに実情を話すのはこれが初めて。「こちらの立場に立って、じっくりと話を聞く」カドワラドル氏の姿勢がワイリー氏の口を開かせた。暗号化した回線で話した2人の最初の会話は、4時間の長丁場となった。ワイリー氏の実名入りの報道が出たのは今年3月17日(電子版。紙版は18日付)である。

 カドワラドル氏は報道に際しオブザーバーの編集幹部や法律顧問からの助言と支援を得ていたものの、ツイッターでの侮辱的なコメントやテクノロジー専門記者たちからの批判はつらかったという。

 「私が女性でしかも中年だから、男性中心のテクノロジー業界を担当する男性記者たちは好ましく思わなかった」(BBCラジオ4の番組「メディア・ショー」、3月21日放送分)。

 スクープには「いろいろな人とおしゃべりをする中で、偶然に出くわした」という。どんなストーリーも「人から始まる」。

トピックを追う編集体制

 ガーディアン紙のジャーナリスト、アミリア・ジェントルマン氏は長年、障がい者給付金制度について書いてきた。

ジェントルマン氏(ガーディアンのウェブサイトより)
ジェントルマン氏(ガーディアンのウェブサイトより)

 3年前、その関連でイングランド中部ウルヴァーハンプトンで予定されていたある会合で、難民申請者・移民を支援する慈善団体の関係者と知り合った。その関係者から昨年10月、窮地に陥ったある女性を助けられないかと声をかけられた。

 その女性とは、ポーレット・ウィルソンさん。過去50年間英国に住んでいたにもかかわらず、「違法滞在者」として移民勾留センターに送られたという。ジェントルマン氏はウルヴァーハンプトンまでウィルソンさんに会いに出かけ、これを記事化した(2017年11月)。 

 報道後、同様の状況にいる別の人物がジェントルマン氏に声をかけてきた。合計で6人に取材し、これを新たな記事としてまとめた(今年2月21日付)。

 第2次大戦後の労働力不足を補うためにカリブ海諸国からやってきた移民たち(移民が乗ってきた船の名前にちなみ「ウィンドラッシュ世代」と呼ばれる)やその子供たちが、2014年の改正移民法の下で「違法移民」とされ、職を失ったり、社会保障の給付が停止されたり、強制退去に直面していることが分かってきた。

 英BBCやチャンネル4などの放送局もこのトピックを追うようになり、ウィンドラッシュ事件は大きな社会・政治問題として捉えられるようになった。

 ウィンドラッシュ世代は有色人種であったために様々な差別を経験したが、大戦で荒廃した英国が現在の姿になるよう力を貸してきた。そんな人々がこのような扱いを受けたことは、多くの英国人にとって衝撃だった。

 メイ首相は、該当する人々への補償金の支払いを約束した。4月29日、ラッド内相が引責辞任した。

 

 ジェントルマン氏は、ニュースサイト「プレス・ガゼット」にこう語っている(5月14日付)。

 「自分は幸運だ。ガーディアンは財政状態があまり良くないが、記者がデスクに座っているだけではなく、思い立ってウルヴァーハンプトンにまで出かけられるよう、編集部門にお金を投資している」。今後も「数か月」はウィンドラッシュ事件を追っていくという。


by polimediauk | 2018-08-30 16:44 | 政治とメディア

(英国の邦字誌「英国ニュースダイジェスト」に掲載されている、筆者のコラム「英国メディアを読み解く」に補足しました。)

 英国の欧州連合(EU)からの離脱(「ブレグジット」)まで、あと約7か月になりました。

 EUとの離脱交渉は10月までに終了している必要があるそうですが、「間に合うの?」と疑問が生じるような大迷走が続いています。

 23日、政府はEUとの合意に至らずに離脱した場合、どのような事態が発生し、国民や企業がどんな準備をするべきかを説明する文書を発表しました。ドミニック・ラーブ離脱担当相は「合意形成はもっともありうる展開」としながらも、「別の可能性を検討する準備も必要」と述べました。この日カバーされなかった分野については、9月末にかけて順に文書を発表してゆく予定です。

 現在、英政府とEUは合意に向けての交渉を続けていますが、「合意なし」も1つの選択肢に入れているということが分かります。

 準備をする必要があることは理解できますが、「必ず合意を形成させる」という意気込みがやや不足しているようにも思えてしまいます。

 最近の迷走について、ここで少々振り返ってみましょう。

主要閣僚が続々と辞任

 7月6日、メイ首相は公式別荘「チェッカーズ」に閣僚全員を招集し、交渉に向けての政府の基本方針について合意を取り付けました。これまで離脱支持派と加盟残留派との間で割れていた政権が、ようやく一つにまとまったという感じがありました。

 でも、その2日後にはこれまで交渉の最前線に立ってきたデービッド・デービスEU離脱担当相が辞任し、翌日には離脱派を代表するボリス・ジョンソン外相も辞任してしまいました。チェッカーズ合意がEUとの協調を優先した「ソフト・ブレグジット(穏健な離脱)」路線を明確にしたため、強硬派のデービス氏やジョンソン氏は閣内にとどまることが困難になったのです。

 メイ首相は、関税同盟からも単一市場からも抜け出る、つまり「ハード・ブレグジット(強硬離脱)」を実現することを宣言していたのですが、40数年間も続いてきたEUと英国の関係を完全に断ち切るのは実際的ではなく、スムーズな離脱を求めるビジネス界からの意向もあって、強硬派からすれば「妥協」にも見えるソフト・ブレグジット的なチェッカーズ合意を選択せざるを得ませんでした。

 (詳細な経緯については、「主要閣僚が続々辞任…イギリス政界にいま何が起きているのか」をご覧ください。)

リースモッグ氏の動向が焦点に

 現在、メイ首相にとって、無視できない存在となったのが、平議員のジェイコブ・リースモッグ氏(49)です。

 英南西部ノース・イースト・サマセットの選挙区を代表するリースモッグ氏は、2010年に下院議員として初当選。見た目は英国の絵本「ウォーリーをさがせ!」の主人公で眼鏡と頭髪が特徴的なウォーリーにそっくりです。

 父親は「タイムズ」紙の元編集長で、一代貴族となったウィリアム・リースモッグ氏、母は保守党政治家の娘ジリアン・シェイクスピア・モリス。裕福な家庭に生まれ、幼少時は乳母に育てられた「乳母っこ」です。

 名門イートン校からオックスフォード大学に進学し、大学の保守党系グループに所属。卒業後は投資銀行に勤務後、友人らと投資会社「サマセット・キャピタル・マネージメント」を立ち上げました。

 1997年と2001年に下院選挙に挑戦しましたが、夢はかなわず、当選したのは2010年です。

 その政治信条は党内でも最右派で、筋金入りのEU懐疑派です。敬虔なカトリック教徒で、同性婚には反対の姿勢を取りました。

 富裕な家庭で育ち、名門校で勉強したリースモッグ氏は、上流階級に特有なアクセントの英語で、かつ一般的には使わない難しい言葉を使って話します。

 「18世紀の価値観を持った議員」と呼ばれることもあるのですが、テレビの風刺番組に出演した際には、その古風さがおかしみを誘い、「面白いやつ」として国民に名前が知られるようになっていきます。

政治の波を作る

 ただ、リースモッグ氏は単なる「面白いやつ」ではありませんでした。党内にある「欧州調査グループ」を率いる人物でもあるのです。

 このグループには、約60人の保守党議員が参加しているようです。最近では、「国民全員が恩恵を受ける」ブレグジットが実現されるよう、政府にロビー活動をする組織になっています。

 メイ政権のブレグジット交渉に不満を持つ保守党議員たちが政権への不信任案を出すには、48人の議員の署名が必要ですが、もしこのグループがリースモッグ氏の指揮の下でメイ首相に反旗を翻したら大変です。

 7月12日に政府が発表した離脱方針の詳細をまとめた白書について、このグループは「これでは国民が選択した離脱にならない」と一蹴しています。数日後の16日には離脱に向けての関税法案が下院で可決されましたが、リースモッグ氏率いる強硬派による修正を受け入れた法案でした。

 リースモッグ氏の影響力は日増しに大きくなっており、「将来の首相候補」という声が真実味をもって響くこのごろですが、本人は一貫して否定し続けています。

世論調査は?

 最新の世論調査の1つを見てみましょう。

 左派系高級紙ガーディアン用に調査会社「ICM」が行った調査によると、「次期の総選挙に勝つには、メイ首相が与党・保守党の党首であるべき」と考えている人が多いことが分かりました(ガーディアン、8月22日付)。

 「いつ辞めるのか」と常に聞かれるメイ首相ですが、今のところ、トップの座を維持し続けています。

 先のチェッカーズ合意をきっかけに辞任したジョンソン前外相は、保守党内では次の党首・首相候補の最大手ですが、ICMの調査では「ジョンソン氏が党首となった場合、次の下院選で保守党が勝利する」と答えた人は27%。「勝てない」という人は45%でした。「勝てる=プラス」、「勝てない=マイナス」と見て、それぞれの数字を足してみると、総合スコアは「-18」です。

 同様に計算すると、リースモッグ議員のスコアは「-19」でした。

 ほかの候補者も、軒並みマイナスのスコアです。ただ、調査対象となった人は、「現在閣僚ではなく、若くて能力のある人」なら「勝てる」と思っていることも分かりました。

 しばらくはメイ首相の下で、何とかブレグジットを切り抜ける・・・これが最も妥当な線だと考えられているのでしょう。

 「現在閣僚ではなく、若くて能力のある人」とはいったい誰なのでしょう?

 ブレグジットの行方を見ながらも、ジョンソン氏、リースモッグ氏、そして「新人」の動きにも目を凝らしていた方が良さそうです。

キーワード 欧州調査グループ(European Research Group)

 保守党内の調査組織の一つで、ブレグジットを調査対象としています。1992年ごろ、マーストリヒト条約の締結を通して、英国が欧州統合の動きに深く結びついていくことを懸念したマイケル・スパイサー下院議員により結成されました。BBCによると、総人数は現閣僚を含む約40~60人だそうです。


by polimediauk | 2018-08-29 17:22 | 政治とメディア

 7月1日から、スウェーデンでは明確な同意がない性行為は違法となった。

 スウェーデンの国会が5月に可決した性犯罪に関する法律によると、性行為を行う人は互いに言葉あるいはその他の形で明確に同意したと意思表示する必要がある。両者の自由意志によって行われたのではない場合、暴力や脅しがあったかどうかに関係なく、刑事犯罪になる可能性がある。これまでの法律では、「レイプ」と見なされるのは、暴力や脅しがあった場合だった。

 暴力を伴うレイプ、および児童に対するレイプは最低でも5年間の実刑となる。以前は4年だった。

 同意なしの性行為をレイプとする国は、西欧諸国ではスウェーデンのほかには、英国、アイルランド、ベルギー、キプロス、ルクセンブルク、アイスランド、ドイツ。

 日本では、昨年7月から性犯罪を厳罰化する改正刑法が施行されている。「強姦罪」は「強制性交等罪」という名称に変更された。それまでは女性のみだった被害者に男性が入るようになり、法定刑の下限が懲役3年から5年になった。起訴をするために必要だった、被害者の告訴はいらなくなった(「親告罪」としての規定を撤廃した)。

 しかし、強制性交等罪にはその手段として「暴行・脅迫」があることが前提となる。これが適用されないのは相手方が13歳未満の人のみ。脅迫・暴行がなくても、そして双方の合意があったとしてもこの罪に問われる。

2013年の事件が同意を必要とする法律につながった

 スウェーデンで明確な同意がない性行為を違法とする動きを作ったきっかけは、2013年のある事件だ。

 15歳の少女が3人の19歳の男性たちにワインの瓶を使って性行為をされた。裁判では青年たちは無罪にされ、以下のような司法判断が下された。

 「性行為を行う人々は互いの身体に対して、同意を得ず自然発生的にいろいろなことをするものだ」。裁判官は少女が脚を開きたがらなかったことを「羞恥心による」とした。

 スウェーデン国内に大きな抗議運動が発生し、「FATTA」という名前の組織が結成されるまでになった(後、控訴審で男性たちは有罪となった)。FATTAは同意がない性行為を違法とするよう活動を開始した。

 アムネスティ・インターナショナルのカタリナ・ベルゲヘッド氏によると、FATTAの活動や昨秋から世界的に広がった「MeToo」運動による世論が後押しとなって、5月末、スウェーデンの国会が同意なしの性行為を違法とする法案を可決したという。

 スウェーデンのステファン・ローベン首相は「性行為は任意であるべきだ。任意の行為でなかったら、違法。不確かだったら、止めるべきだ」と発言している。

 首相がこのような発言を公に行うことが世論の変化に「重要な役割を果たした」(5月23日、アムネスティー・インターナショナルの記事)。

 スウェーデンの動きはアイスランド(3月から合意なき性行為が違法)に続くもので、ベルゲヘッド氏はデンマーク、フィンランドなどが同様の方向に進むことを願うという。

 「まだまだ道は遠いが、女性たちや少女たちが黙っていることを拒否した時の勇気を、政治家たちがほんの少しでも示すことができれば、法律は変わる。そうすれば、私たちはMeTooと言わなくても良くなる」(先の記事)。

 スウェーデンの新法によってレイプ罪の有罪比率が高まるかどうか、レイプの件数自体も少なくなるのかは不明だが、被害の発生を防ぐ方向に法律が動いたと言えるだろう。

「同意」とは何か?

 性行為の「同意」とは?

 友人の映画ライターの方に教えていただいた、動画をご紹介したい。

 「性行為の同意を紅茶に置き換えた動画」。 英語版はこちら

 2015年、ロンドンのテームズバレー警察による紹介文がついている。

 同意と動画についての関連情報はこちらで


by polimediauk | 2018-07-18 17:16 | 政治とメディア

 (新聞通信調査会が発行する「メディア展望」5月号の筆者記事に補足しました。)

 英映画「ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男」が、3月末から日本で上映された。第2次世界大戦時の英国の宰相チャーチルが主人公の映画で、第90回米アカデミー賞でチャーチルを演じたゲイリー・オールドマンが主演男優賞を、日本人の辻一弘さんが日本人としては初のメイクアップ&ヘアスタイリング賞を受賞した。

 米国では昨年11月、英国では今年1月に封切られ、評価は上々となったが、改めて、チャーチルの本国英国ではどう受け止められたのか、また政治家チャーチルは今どのような位置にあるのかについて考察してみたい。

映画に登場するまでのチャーチル

 チャーチルがどんな人物だったのかは多くの方には周知と思われるが、映画の立ち位置を説明するために、簡単にその人生を振り返ってみる。

 チャーチルは1874年、マールバラ公爵の邸宅ブレナム宮殿で生まれた。父ランドルフは第7代マールバラ公の三男で、財務相まで務めた保守党の政治家である。母ジェニーは米国の富豪の娘だった。

 チャーチルは両親を慕い、父のように高名な政治家になりたいと願った。しかし学校の成績が良くなかったため、大学ではなくサンドハースト王立陸軍学校への進学を父に勧められた。卒業後、スペインの独立戦争や英領インドでパシュトゥーン人の反乱鎮圧に自ら参加し、その体験を新聞に寄稿したり本にまとめたりして軍人兼ジャーナリスト、作家となった。

 1900年には政界に身を転じ、保守党議員として初当選するが、党の政策を公に批判したことでいづらくなり、04年に自由党に鞍替えした。この時から「裏切り者」、「日和見主義者」というレッテルを保守党内でつけられてしまう。第1次世界大戦では、自分が主導した「ガリポリ作戦」(1915~16年)が失敗に終わり、海軍相を罷免された。

 1930年代に入り、チャーチルはドイツ・ヒトラー政権の脅威を演説で警告するようになったが、政界では「好戦的」、「大げさな表現で脅しをかける時代錯誤な人物」と見られていた。

 1940年5月、ナチスに対する融和策が失敗し、チェンバレン首相は退陣を強いられる。さて、次の首相は誰になるのか?

 ここから、「ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男」が始まる。ハリファックス外相が最有力候補と思われていたが、実際に首相の座に就いたのはチャーチルだった。昔自由党に鞍替えしたことを忘れていない保守党下院議員らは、チャーチルが首相として初めて登院した5月13日、一切の声援を送らなかったという。チェンバレンを元に戻したがっている議員も相当数いた。

 5月末までに、英国は「戦うことをあきらめてヒトラーと交渉を開始するのか、戦い続けるのか」の選択を迫られた。大陸の欧州諸国は次々とドイツ軍に攻撃され、英国は孤立した。米国は参戦しておらず、軍事的支援が他の国から提供される見込みはほとんどなかった。決断をする前後の様子が映画の中で詳細に再現される。

 最終的には「戦い抜く」ことをチャーチルが宣言し、政治家も国民も一丸となって戦争を続けていくわけだが、決断までのドラマが感情を高揚させる作りになっている。

英国での評判は

 多くの英国人にとって、チャーチルは第2次大戦の勝利を導いた英雄である。国民的なアイドルと言ってもよいだろう。戦争の勝利を今でも英国人のほとんどが誇りに思っている。したがって、英国人にとってこの映画は自分たちの英雄を大画面で見て、戦時中のつらい体験(人的犠牲、困窮、物資の不足)を思い出したり、最終的には勝利したことを改めて喜んだりする場を提供する。英国に住む人にとっては特別の意味合いがあり、戦時中に連合国軍側にいた国の人は同様の思いを持つだろう。

 左派系高級紙インディペンデントに掲載されたコラム(1月16日付)によると、ある映画館では上映終了後に観客らが立ち上がり、画面に向かって拍手をしたという。その理由について、書き手は昔を懐かしむ感情や、「今は欠けている、政治的指導力」への感動があったからではないかという。

 リベラル系高級紙ガーディアンはこの映画は「米アカデミー賞の作品賞を取るべきだ」という見出しの記事(2月21日)を掲載した。事実ではない場面が出てきたり、最後は「憶することない愛国主義」になったりしているけれども、「勇気」を描いていることを指摘する。「周囲に逆らってでも進む勇気、自分の信念を通す勇気、考えを変える勇気、世界を変える勇気」が描写されている、と称賛している。

 過去の出来事を題材にした映画では、事実とは異なる場面が出てくることがあるが、これをどう評価するか。

 左派系雑誌「ニュー・ステーツマン」(1月19日号)で、サウザンプトン大学の現代史の教授エイドリアン・スミス氏は、映画の中で省かれた事実があること、また事実ではない描写があることを指摘している。

 例えばチャーチルは映画ではヒトラーとの交渉を全く眼中に置いていないように描かれるが、実際には可能性の1つとして考えており、ハリファックス外相は首相の座を望んでいたように描写されているが、実はそうではなかった、またチャーチルが地下鉄に繰り出す場面は全くのフィクションであるという。

 こうした指摘について、「ドラマとしてつじつまが合っていれば、細かい点は気にする必要がない」と一蹴する人もいるだろう。筆者もかつてはその1人だった。

 しかし、数年前に元ロンドン市長ボリス・ジョンソンが書いたチャーチルの伝記本「チャーチル・ファクター」(プレジデント社)の邦訳を手伝ったことがあり、以前よりは少しチャーチルのことを知るようになると、「チャーチルだったら、こんなことはしないだろう」と思うことを映画の中でチャーチルがやっているのを見ると、少々割り切れない感情を持った。

 この映画を見て観客がフィクションを事実と解釈する危険性を懸念したのだが、見終わって時が経つと、大筋をとらえることができればそれはそれでよいのではと思うようになった。トピックに興味を持って調べれば、自分で気づくだろうと思ったからだ。

 現在の英政界において、チャーチルは英雄であり、国の大事の際に勇気を持って決断をした政治家として尊敬されている。ウェストミンスター議会の向かい側のパーラメント広場にはチャーチル像があり、建物の中の議場への入り口にもチャーチル像がある。チャーチル伝を書いたジョンソンは現在外務大臣で、ゆくゆくは首相にという望みを未だ持っているようだ。

 最後に、戦争を扱う映画を見る際に、筆者がいつも疑問に思うことを付け加えておきたい。戦争では勝つ国と負ける国が出るが、勝った国の視点で描かれた映画は負けた国からするとどう見えるのだろうか。あるいはその逆はどうか。

 例えば、今回の映画である。日本はドイツと同じ枢軸国側で戦っており、チャーチルの連合国軍側からすると敵だった。筆者は、日本にいる時よりも英国に来てから、第2次大戦の歴史やその背景についてドラマやドキュメンタリー、書籍などを通じて学習することが多くなった。英国に住む様々な人との会話を通して、戦時中の日本に対する見方を聞く機会も得た。今となっては、この映画を純粋なドラマとして見ることは難しい。

 他の例では、米英合作の映画「戦場にかける橋」(1957年)がある。

 ウィキペディアには、こんな説明がついている。「第二次世界大戦の只中である1943年のタイとビルマの国境付近にある捕虜収容所を舞台に、日本軍の捕虜となったイギリス軍兵士らと、彼らを強制的に泰緬鉄道建設に動員しようとする日本人大佐との対立と交流を通じ極限状態における人間の尊厳と名誉、戦争の惨さを表現した戦争映画」。どのような立場の人にも訴えかける、崇高なテーマを持った作品という定義である。

 英国では時々テレビで放送されるが、筆者は英国に来てから、英国の中高年者にとっては、第2次大戦中、「いかに日本の軍隊が残酷に外国人捕虜を扱ったか」を見せる映画の1つとして認識されていることを知った。そのような視点で見られていることは、筆者にとっては衝撃だった。

 過去にこだわりすぎるべきではないし、どんなドラマにも感動する部分があるが、日本人として英国で生活し、第2次大戦に関わるドラマを見るとき、複雑な思いがするのは確かである。

***

*関連記事

チャーチルの自宅を訪問した時の話です。

「ワーカホリック」チャーチルの文章制作工場を訪ねる

*拙著「英国公文書館の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)にはチャーチルとスターリン・ソ連書記長が交わした極秘メモの話や、原爆開発秘話などを入れております。よろしかったら、店頭などでご覧ください。


by polimediauk | 2018-07-06 19:37 | 政治とメディア

 4月30日、イスラエルのネタニヤフ首相は記者会見を開き、大々的なプレゼンテーションを報道陣の前で行った。

 イランは密かに核兵器開発を推進(BBCニュース)

 BBCニュースなどの報道によれば、ネタニヤフ首相は、イランが過去に核兵器の開発計画を進めていたことを示す「極秘ファイル」とする資料を公開。「イランは核兵器の開発計画はないと虚偽の説明をしていた」と述べた。

 2015年、国連安全保障理事会の常任理事国にドイツを加えた欧米6カ国との合意で、イランは経済制裁解除と引き換えに核開発の制限を受け入れている。これ以来、イランは「核兵器の開発はしていない」と表明してきた。

 イランとの核合意がまとまったのは、トランプ米大統領の前任者となるオバマ氏の時代だ。トランプ氏はこれを破棄する意向を表明しており、今月12日までに決定することになっている。(追記:トランプ大統領は8日、合意破棄を表明した。)

 BBCの記事の中に、米国務省でイラン核合意の交渉に携わったジョン・ヒューズ氏の見方が載っている。「核合意に修正を迫る内容は」ネタニヤフ首相の発表には見つからなかったという。「率直に言って」、合意破棄をめぐるトランプ大統領の決定に影響を及ぼすための「政治的な発言だった」、発表内容の多くは「再利用されたものだった」。

 この記事の英語版にはBBC記者の解説も入っており、「一体どこが新しいのか」と疑問を投げかけている。

 2007年の米国の「ナショナル・インテリジェンス・エスティメト」でも、イランは2003年までは核兵器を開発していたが、その後中止している「可能性が高い」と書かれているという。

 ネタニヤフ首相のプレゼンは、トランプ氏の意向を後押しすることが目的だったと見てよいだろう。

 筆者は、プレゼンの様子をニュースで見ている間に、悲哀を感じた。1956年の「スエズ危機」での、イスラエルの行動をほうふつとさせたからだ。

「スエズ危機」の秘密協定

 スエズ危機は、エジプトのナセル大統領がこの年の7月にスエズ運河会社の国有化を宣言したことがきっかけで始まった。エジプトでは前月に駐留英軍が完全撤退したばかり。

 英国の影響力の維持を望むイーデン英首相は、運河の国際管理を回復するためにエジプトと交渉を続けたが、らちがあかず、フランスやイスラエルと協力してエジプトへの軍事行動を起こす、秘密裏の計画を立てた。

 国際運河の安全保障を口実として、10月29日、イスラエルがエジプトに攻撃を開始。31日、英仏がこれに加わった。最終的には、エジプト国民の抵抗と国際世論の批判(米国はこの計画を知らされていなかった。11月2日、国連は戦闘の停止と攻撃を仕掛けた側の撤退を求める決議を出した)、米国によるポンドへの圧力が英経済の先行きを暗くしたことなどから、11月6日に英仏が、8日にイスラエルが停戦を受諾した。

 12月20日、イーデン首相は下院で、イスラエルがエジプトに先制攻撃をかけることを事前に知っていたかと聞かれ、「知らなかった」と答えている。

 英国にとっては、国際舞台での大きな失点となった事件である。

 筆者には、ネタニヤフ首相のプレゼンの姿と、大国との秘密協定に基づいて先陣としてエジプトに派兵したイスラエルの姿が重なった。

 しかし、大国に様々な気遣いをするのは特定の国だけではない。

米ワシントン・ポストの見方

 米国の政界・外交界の詳細な分析で知られるワシントン・ポスト紙で、アダム・テイラー氏が 「外国の指導者たちがいかにトランプにおべっかを使うか」という記事(5月2日付)を書いている。

 ネタニヤフ首相の会見は「何百万もの人に放送されたが、たった一人の視聴者、つまりトランプ米大統領に向けたものである」。

 記事の中で紹介されたイスラエル人ジャーナリストのバラク・ラビド氏によると、会見で紹介された内容について、ネタニヤフ氏はトランプ氏に2か月前に伝えていたという。記者会見の時期は、核合意についてトランプ氏が決断する5月12日に合わせて決められた。(追記:トランプ大統領は8日、合意破棄を表明した。)

 しかし、「米国の政界トップに影響を及ぼそうとする指導者はネタニヤフ氏だけではない」。韓国の文在寅大統領もそうだ、という。

 欧州の指導者の中ではマクロン仏大統領が、男同士の恋愛感情を感じさせるほどのべたべたぶりの外交を行ったばかりだ。しかし、マクロン氏はトランプ大統領の考えを変えさせるところまではいかなかった、とテイラー氏は言う。日本の安倍首相もトランプ氏と「ゴルフを2度もしたのに」、「韓国・北朝鮮問題や貿易問題で冷たくあしらわれた」。

 サウジアラビアやアラブ首長国連合のそれぞれの指導者はトランプ氏を称賛するけれども、その扱いにはてこずっているという。


 トランプ氏のお気に入りになろうとする現象が生じる原因の1つは、「トランプ大統領が移り気であること」、そして、「トランプ氏は最後に会った人の意見に左右されやすい」点もこれに拍車をかける。最も機転が利くのはネタニヤフ首相かもしれない、という。



by polimediauk | 2018-05-08 18:38 | 政治とメディア