小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


by polimediauk
プロフィールを見る
画像一覧

カテゴリ:政治とメディア( 235 )

 (以下は新聞通信調査会発行の月刊「メディア展望」=7月1日号=に掲載された、筆者記事に補足したものです。時制を過去形にしている部分があります。敬称略。)

***

 第1次世界大戦の勃発から今年で100年になる。主戦場となった欧州各国では、今年に入ってからさまざまな記念行事が進行中だ。新聞は特集記事を組み、テレビやラジオは特別番組を放映している。大戦のきっかけとなった「サラエボ事件」(1914年6月28日)、オーストリア・ハンガリー帝国によるセルビアへの宣戦布告(7月28日)、ドイツ、ロシア、フランス、英国の宣戦布告(8月上旬)といった大きな節目の時に向けて盛り上がりを見せている。

 第1次大戦は連合国側(フランス、英国、ロシア、イタリア、米国、日本、セルビア、中国など)と中央同盟国側(ドイツ、オーストリア=ハンガリー、オスマン帝国、ブルガリアなど)との間の戦いだが、戦場は中東、アフリカ、アジア太平洋地域にも広がった。戦闘員、民間人を含む犠牲者はもっとも大きな推定数では約3700万人(戦没者は約1600万人、戦傷者は約2100万人、各種統計によるーさまざまな説があることをご了解願いたい)という前代未聞の巨大さを記録した。飛行機や戦車が初めて本格的に導入され、化学兵器も初めて使われた。

 本稿では、第1次大戦から100年の欧州での記念行事から垣間見える各地の事情を紹介した後、筆者が住む英国での大戦の捉え方について詳細した。

 原稿の中には含まれていないが、ロシア、トルコ、「ガリポリの戦い」(1915―16年)で苦い体験をしたオーストラリアやニュージーランド(英連邦の一部として参戦)、米国そして日本でも個別の事情、捉え方があるだろう。こうした点については、後日、別の執筆者の方が論考を展開してくださる機会があればと思う。

なぜ100周年記念を行うのか

 なぜ100年も前に起きた戦争のことを今振り返り、国民全員が参加するようなイベントを行うのかという点について、若干補足したい。

 一つには欧州が主戦場であったこと、その「跡」まだ残っていることが挙げられるだろう。「跡」とは建物、戦闘場所、墓地、人など。元兵士たちはすでに故人になっていても、自分の父あるいは祖父が大戦に行ったということで、故人との生活体験があったり、写真など故人をしのぶ物を保管している場合が少なくない。

 第1次大戦、第2次大戦の両方で勝利者側に位置し、現在でも世界の紛争解決に軍隊を派遣する英国では、大戦の兵士たちは英雄だ。

 毎年11月の「戦没者追悼の日」(「リメンバランス・サンデー」)の黙祷は、第1次大戦とその後の第2次大戦で勇敢に戦った兵士たち、現在の英軍の兵士たち、その家族、そして軍隊を持つことで国民を守る仕組みになっている英国全体に思いをめぐらせる時だ。

 100周年記念は歴史に学ぶ努力の一環でもある。記憶は大人でも風化しがちだ。だからこそ、「記念日」を重視し、この機会に改めて学べるような努力を政府や民間団体が続けている。

 過去を検証し、問いかけをする意味もある。戦没者、戦傷者ともに千万人規模となり、以前の戦争とは比べ物にならないほど大きな人的被害が生じた。さらに第2次大戦が後に続いたことで「第1次大戦は無駄だったのではないか」という疑問がわく。こうした疑問への答えを市民が望み、歴史家、学者、ジャーナリストらがさまざまな論を展開している。

サラエボ

 1914年の戦争勃発のきっかけは、ご存知のようにオーストリア・ハンガリー帝国のフェルディナント大公夫妻が、サラエボ(現在、ボスニア・ヘルツェゴビナの首都)で暗殺された事件だ。ボスニアは当時、帝国に併合されていた。

 ボスニア・ヘルツェゴビナ地域にはボシャニク人、セルビア人、クロアチア人など複数の民族が住んでいたが、セルビア人の一部は国境を接する隣国セルビアやほかの南スラブ諸国との統合を望んでいた。セルビア人住民の中で、併合を不服と思う民族主義のグループが大公の暗殺を計画。6月28日、帝国の次の皇帝になるはずだった大公と妻のソフィアは、サラエボを表敬訪問中に暗殺グループの攻撃にあった。いったんは難を逃れたものの、後に車中にいたところ、グループの1人ガブリロ・プリンツィプによってピストルで撃たれた。夫妻は助からなかった。

 今年6月9日、100周年記念イベントの1つとして、サラエボ博物館が特別展示を開始した。フェルディナント大公、プリンツィプの顔をイメージした作品を陳列したほか、博物館の前がピストルが発射された場所でもあるため、プリンツィプがどのような経路をたどってその場に居合わせたかを再現した。

 展示以外にも、6月28日前後には大戦の原因を検証する会議や、現在の視点から大公やプリンツィプの存在を振り返る会議が開催された。改装されたばかりの市庁舎でウイーンフィル管弦楽団による記念コンサートも行われた。「平和イベント、サラエボ2014年」と題したイベントに出席するため、世界中から平和活動家や若者たちが集まり、ワークショップ、セミナー、討論会などに参加した。

 暗殺場所に近い橋(「ラテン橋」、あるいは「プリンツィプ橋」)の上からはボスニアのアーチストたちが平和のパフォーマンス「幾つもの戦争の世紀の後に平和の世紀」を実行。「20世紀に少なくとも1億8700万人が戦争で亡くなった。2014年6月28日という象徴的な日に、世界に平和の力強いビジョンを送りたい」(パフォーマー集団の声明文より)。

 プリンツィプの評価は民族によって異なる。セルビア人にとっては民族のために立ちあがった英雄だが、クロアチア人住民にとってはテロリストで、大戦の開始につながったオーストリア・ハンガリー帝国の崩壊に喜ぶ気持ちにはなれないという。

 ボスニア・ヘルツェゴビナはボスニア・ヘルツェゴビナ連邦とスルプスカ共和国(セルビア人共和国)の2つの部分で構成されている。ニュースサイト「バルカン・インサイト」(6月10日付)によると、スルプスカでは政府レベルではサラエボ事件を記念する式典は特に計画されていないようだ。

 サラエボが「平和のメッセージ」を送るのは理解できるとしても、「ボスニア・ヘルツェゴビナとしてはふさわしくない」と主張するのが同国の国際法教授ザリエ・セイゾビッチだ。

 「バルカン・インサイト」(6月13日付)のインタビューで、教授は「この地域全体は平和のメッセージを送るほどの資質を持ち合わせていない」と語る。ボスニア・ヘルツェゴビナには他民族を排除するために暴行や虐殺などを行ってきた過去がある。1994年、ボスニア中央政府とクロアチア人勢力との間に停戦が成立し、翌年、米国が間に入って和平合意が調停されたが、民族間の緊張感は消えていない。

フランス

 フランス(戦没者約170万人、内民間人約30万人)は、100周年の記念行事を「国家の結束の時」と定義付ける(政府ウェブサイトより)。2014年から終戦から100年の18年の間に数々の記念行事を予定している。その意義は「第1次大戦の教訓を学ぶこと」だ。「ともに結束する時の国家の力強さ」を改めて教える時でもあるという。欧州が一つになっているからこそ、「連帯と平和が保障」されていると説明されている。

 フランスでは7月14日、共和国の成立を祝う日(「パリ祭」)に、毎年軍事パレードを行うが、今年は同時に「平和の行進」を行った。第1次大戦に関与したすべての国の市民の参加を呼びかけ、70カ国以上が参加した。

 ドイツに宣戦布告された8月3日には100周年の記念式典を行い、9月にはベルギーを突破したドイツ軍をフランス軍がマルヌ河畔でくい止めたマルヌ会戦から100年を祝うイベントの開催を予定している。

 休戦日(第一次大戦の停戦条約が締結された11月11日)には大戦で亡くなったすべての兵士を追悼する記念碑が公開される。西部戦線で亡くなった約60万人の兵士の名前が、国籍別ではなくアルファベット順に記されているという。「自国のために、兵士たちは互いに戦った。人類愛の名前の下に今は隣同士として一緒になれる」(オランド仏大統領)。

 関連の展示、コンサート、式典、議論などを運営するために、公的組織「100周年ミッション」を立ち上げた。歴史を風化させないよう、市民は第1次大戦にかかわる手紙、スケッチ、新聞、写真などを持ち寄り、画像スキャンをすることで、コレクションを美術館に収められるようにした。

ドイツ

 政府が中心となって100周年を記念するフランスと異なる様相を示すのがドイツ(戦没者約247万人、内民間人約42万5000人)だ。

 英ガーディアン紙が伝えたところによると(3月2日付)、ドイツ政府が100周年式典関連のために使う予算は450万ユーロ。フランスや英国のそれぞれの政府の関連予算が約6000万ユーロで、オーストラリアの5000万ユーロ、ニュージーランドの1000万ユーロと比較しても、ずいぶんと低い金額だ。

 450万ユーロはベルリンのドイツ歴史博物館やドレスデンの軍隊博物館での特別展示に使われる予定だ。フランス・アルザス地方のかつての戦場に建てられた仏独による第1次大戦博物館にも資金を提供する。

 ドイツ政府の関連予算が判明したのは、国会で「左翼党」(「リンケ」)の議員が質問をしたためだ。メルケル首相が記念式典に出席する予定はなく、大臣2人が海外での記念式典に出席するだけだという。左翼党はこれまで戦争に批判的な立場をとってきたが、質問をしたセビム・ダグデレン議員は「新しい世代に戦争の恐ろしさを教えることが必要だ」と思うようになったという。

 連邦レベルでは大きな予算があてがわれていないものの、第1次大戦の記念行事は数多く行われている。中心主体の1つが慈善団体「ドイツ戦没者の墓委員会」で、各地で実施予定のイベント(戦没者の追悼、討論会、講演会、展示など)をウェブサイト上で紹介している。

 委員会は第1次大戦を「欧州市民の生活、社会、国家を変えた」と表現。「(大戦の)集合記憶としての悪夢、その原因や結果を共有する思い出は、欧州統合の過程への欠かせない部分であった」と定義付けた。「追悼の方法はその国によって異なるが、現在の私たちは、金融や経済の問題を解決するために人工的に作られたコミュニティーを超えた存在だ」―。

英国

 英国では、陸海空軍は現役で活動しており、国民生活の一部となっている。過去の戦争を題材にした書籍、雑誌、テレビやラジオの番組、新聞の特集なども日常的な光景だ。毎年秋になると、戦争の犠牲者への追悼を表す赤いケシの花の飾りをいっせいに上着の襟に付けるのが慣わしだ。つい先日も第2次大戦で欧州戦線の転機となったノルマンディー上陸作戦(1944年6月6日)から70年の記念式典を大々的に開催したばかりだ。

 第1次大戦の100周年では、関連書籍が続々と出版され、テレビやラジオでも特集番組が放送されている。8月1日には大戦についての国際会議をロンドンで開催。英国が参戦した4日には全国各地で記念式典が開催され、エリザベス女王夫妻が出席する。帝国戦争博物館では特別展示が開催中で、国立公文書館では第1次大戦に関係する書類、日記、地図などがまとめて公開されている。

 英国内の各地にある戦争記念碑をケアするための運動や学校の遠足や小旅行として戦場を訪れるツアーもある。記念行事は今年で終了せず、戦争終結から100年の2018年まで続く。

なぜ参戦したかの問い

 今年2月末、BBCが「果たして英国は第1次大戦に参加する必要があったのか」を問う番組を放送した。

 戦争のきっかけがサラエボ事件であることは衆目の一致するところだが、なぜフランス、ロシア、ドイツ、そして海をはさんだ英国までも次々と参戦してしまったのかについては諸説あるようだ。よく挙げられるのは欧州大国間の軍事上の対抗意識、ナショナリズムの台頭、領土問題、海上制覇にむけての戦い、入り組んだ同盟関係、外交の失敗など。

 英国で参戦の必要性について疑問の声が上がる背景には、大戦以前には想像もできないほどの大量の死者(約99万5000人の戦没者、内民間人10万7000人、英領他国は含まず)を出してしまったことへの衝撃もある。所詮は(少なくとも当初は)海を隔てた場所での戦争であったことから、宣戦布告と言う当時の政府の決断が間違ったものではなかったか、犠牲者を出さずに済んだのではないかという問いが出てくる。

 番組は2部構成になっており、最初が「テレグラフ」の編集長だったこともあるジャーナリストで、戦史の本を何冊も出してきたマックス・ヘイスティングスがナレーターとなる「必要な戦争」。第2部はスコットランド出身で米ハーバード大学などで教える歴史学者ニアール・ファーガソンによる「戦争の悲哀」。ファーガソンは番組名と同名の本を先に出版している。

 ヘイスティングスは戦地や墓地を訪ね、複数の歴史学者にインタビューしながら、「必要な戦争だったのか」を検証してゆく。その結論は、大戦は大きな悲劇だったが、避けられないものだったとして、参戦の意義を認めた。

 ヘイスティングスによれば、1914年当時、ドイツは欧州制覇を狙っており、オーストリアがセルビアに侵攻することを奨励した。そのドイツが中立国ベルギーに侵攻したとき、英国はドイツに宣戦布告をせざるを得なくなった。1839年のロンドン条約で、英国はベルギーの独立と中立性を保証していた。欧州で孤立するわけには行かず、中立国が侵攻されるのを黙ってみていることはできなかった。「100周年は大喜びのときではないが、子供や孫に対し、上の世代が戦ったのは無駄ではなかったと伝える時だ。ドイツが勝っていたら、欧州は多大な犠牲を払っていただろう」。

 一方のファーガソンは第1次大戦が無駄だったと主張する。スタジオ内でグラフを立体化したモデルや、大戦時のドキュメンタリー映像も見せて、持論を紹介。英国の参戦は「死者を出したことで悲劇だった」ばかりか、全体主義の時代や虐殺を生み出した「大きな間違いだった」と述べた。また、大戦はいかに人間が暴力を好むかを示したとも主張した。ファーガソンはスタジオに数人の歴史学者とともに観客を入れた。

 興味深いのは学者の大部分がファーガソンの見方に賛同せず、「論理が破綻している」などと批判したことだ。筆者自身もファーガソンの主張はやや強引で、時に「論理が破綻している」と思ったものの、果たして学者陣の中に「あの大戦が無駄だったとは言えない」という気持ちが無意識にも共有されていたために、賛同者がいなかったのかどうかは不明だがー。

当時の英外相の発言と一般的解釈

 大戦参加の決定に大きな役割を果たしたのがエドワード・グレイ外相であった。

 グレイは1926年に出版した回顧録「25年間、1892―1916年」の中で、「戦争に参加した本当の理由は、もし英国がフランスを支援し、(ドイツの)武力侵略に反対してベルギーのために立ち上がらなければ、英国は孤立化し、信用をなくし、嫌われていただろう」と書いた。

 英国は日本と日英同盟(1902年)、フランスと英仏協商(1904年)、ロシアと英露協商(1907年)を結んでいた。ベルギーの中立を守るために立ち上がったという政府の姿勢は当時の議会で高い評価を受けた。道義としての宣戦布告とはいかにも支持を受けやすい理由だ。しかし、ドイツのベルギー侵攻とは別に、英国はもともと欧州が一国に牛耳られてしまうことを好まなかった。そうなれば英国の地位が脅かされると思ったからだ。1914年以前から英国はドイツと軍事力を競うようになっていた。

 国内の政局がドイツへの宣戦布告を決定したという見方をする学者も複数いる。当時の自由党政権がドイツに宣戦布告をしたのは、軍事的行動をとることに積極的な野党・保守党に政権を奪われたくなかったからだという解釈だ。

第1次大戦後と欧州

 「戦争を終わらせる戦争」(War to end wars)とも呼ばれた第1次大戦だが、終戦から約20年後にはドイツ軍がポーランドに侵攻し、第2次世界大戦へとつながってゆく。犠牲者の数は先の大戦を超え、5000万人から8000万人といわれる(軍人、民間人含む)。

 1945年に戦争は終結し、私たちは現在に至るまで、連合国側(米、英、ロシア、フランス、中国など)が勝利し、枢軸国側(ドイツ、日本、イタリアなど)が負けた「第2次大戦後」の世界に生きている。

 戦後の欧州は、第1次と第2次大戦で敵国同士だったドイツとフランスが1950年代に手をつなぎ、後に「欧州連合」(EU)となる流れができてゆく。現在のEU(1993年発足)には英国、旧東欧諸国など28カ国が加盟している。戦後の欧州地域の平和、安定、協調を促進したということで、EUは2012年度のノーベル平和賞を受賞した。

 ドイツ、フランス、英国などいわゆる「西欧」の主要国が軍事的手段を用いて互いに戦うという選択肢は、EUの存在によって事実上消えた。この点は2つの戦争の犠牲を思い起こすとき、平和賞を受賞するに足る功績だろう。

 しかし、グローバル化の進展で米国のサブプライムローン制度の破綻に端を発した金融危機は欧州の単一通貨ユーロ圏に属する各国の経済に大きな負の影響を及ぼした。また、巨大化したEUの官僚制度がEUを市民から遠い存在にさせている。域内での人、モノ、サービスの移動の自由により、国によっては移民が目だち、先住EU市民は自分たちの生活が脅かされていると感じるようになった。

 今年5月のEU議会選挙では、英国とフランスで特に反EU派の候補者が大きく躍進した。EUからの脱退を目指す英独立党は英国ではもっとも票を集めた。将来、英国がEUを脱退する可能性は現時点では低いが、投票者がEUの拡大に「ノー」と言う声を上げたことは確かだ。

 世界を見渡すと、連日のように国家間あるいは国内の紛争で命を落とす人々がいる。EUという枠組みが存在することで互いに軍事的に攻撃することがない状態にいるEU市民は幸運と言えるかもしれない。

 しかし、過去には何世紀にも渡って国同士の戦いがあり、第1次、第2次大戦のように何百万人単位、何千万人単位で犠牲者が出た。行き着くところまで行かないと、「互いに戦争をしない」という状態に人間は到達できないのだろうか。

 欧州内の若い世代、戦争を知らない世代に過去に何が起きたかを伝えることは重要だ。特に、70年以上、戦争をしていない日本の若い世代に欧州の2つの大きな戦争について知ってもらうことは意義があるだろう。

 第1次大戦勃発以前に、欧州で大きな戦争が起きたのは普仏戦争(1870―71年)だった。1914年までに多くの人にとって戦争の記憶は風化していた。欧州大国が次々と宣戦布告をしていく中で、いつの間にかとてつもなく大きな規模の戦争に発展していった過去があった。このことを忘れないようにしたい。

***

(新聞通信調査会発行の月刊「メディア展望」=7月1日号=に掲載された、筆者記事に補足。時制を過去形にしている部分があります。敬称略。)
by polimediauk | 2014-07-31 21:49 | 政治とメディア
 日本民間放送連盟の研究所が出している「海外調査情報 VOL9」(2014年3月)に、「国家機密と報道」というテーマで、英国のメディアについて書く機会を得た。

 ブログでの公開の承諾をいただいたので、その一部(後半)を掲載したい。なぜ後半のみかと言うと、前半は英国や欧州での国家機密の維持の仕方や報道の取り組みなどの話で、このブログですでに同様の内容を出しているからだ。

 集団的自衛権をめぐって議論が発生したことで、日本でも戦争についての関心が高まっている。英国は常に戦争をしてきた国だ。なぜイラク戦争の開戦を防げなかったのか、国内にどんな世論があり、メディアはどうしたかについて書いてみた。

英国の報道機関と規制

 まず最初に、メディア状況について若干説明したい。

 英国では放送業、通信業(ネット企業含む)はOfcomが監督している。事前に規制をかけるのではなく、番組内容が不適切であった、違法行為があったとなれば、罰金が科される場合もある。

 BBCの場合は日本で言えばNHKの経営委員会に相当するBBCトラストが経営陣の給与体制、新規サービスの公的価値などを吟味し、活動方針を決定する。

 放送業全体で、ニュースは偏りなく、バランスがとれたものであることが要求される。

 一方の新聞界は17世紀以来の自主規制の歴史を持つ(最後の事前検閲制度が消えたのは17世紀末)。したがって、報道内容は原則自由である。「原則」というのは、法廷侮辱法、名既存法、公務守秘法、人種差別禁止法などさまざまな法律に違反しないようにすることが求められるからだ。新聞業界の自主団体PCC(Press Complaints Commission)は報道について苦情が出た場合に対処する。

 新聞報道には、放送業のような「偏りなく、バランスがとれた」記事である必要がなく、各紙はそれぞれの政治的立場や価値観を反映した報道を行っている。

権力とメディアの関係

 英国の社会全体で共有されている価値観の1つに報道の独立性がある。何世紀もかけて、事前検閲を可能にする「印刷免許法」(特定の印刷業者のみに出版を許可した)を廃止した歴史がある。

 現在、権力側が報道機関に対し、事前に直接報道を止めるように動く仕組みはなく、その必要がある場合(事前に報道することが分かっていれば)は司法の手に任せる、つまり裁判所に訴える形になる。政治家が何を報道するか、しないかについて、直接関与できないようになっている。

 放送業界の中でもっとも影響力が強いのはBBCだ。

 日々のニュース報道の判断は編集幹部あるいは経営幹部によるが、報道全体に偏向があるかどうかを判断するのはBBCトラストだ。判断の元になる報道基準についてはBBC内で文書をまとめている。

 BBCの報道あるいはそのほかの番組内容について政治家が口を挟むことができないため、もし何らかの形で放送前に圧力をかけたことが発覚すれば、「報道の自由の侵害・介入」となり、その政治家の政治生命が危うくなる。

 テレビも新聞も報道機関としては反権力の姿勢を維持する。権力者に説明責任を持たせ、国民の知る権利を満たすために、日々報道を続けている。

BBCとイラク戦争

 英国では、2003年のイラク戦争をめぐり、その原因や政治的判断について現在まで検証作業が続いている。

 10年余の検証作業を突き動かしてきたのは、国民の中にある、当時のブレア政権(1997―2010年)が開戦理由について嘘をついたのではないか、英国は「違法な」戦争に巻き込まれたのはではないか、という疑念だ。

 BBCのある報道がきっかけとなって、政府が嘘をついたのかどうか、そして合法な戦争だったかどうかを解明するための調査が複数回行なわれてきた。開戦の政治的判断を検証する調査委員会の報告書が年内にも発表されるといわれている(時期は未定)。

 それでも、未だ全貌が明らかになったとはいえない。いくつかの文書が非公開になっている。

BBCの報道が出るまでの経緯

 いわゆる「イラク戦争」は2003年3月に開戦したが、これを「第2次湾岸戦争」と呼ぶ人もいる。というのは、以前に湾岸戦争(1990年、イラク軍が隣国クウェートに侵攻し、91年1月、米英を含む各国による多国籍軍がイラクへの空爆を開始)があったからだ。

 この後には2001年9月11日に米国で発生した大規模同時中枢テロ、このテロの首謀者となるオサマ・ビンラディンが隠れているとされたアフガニスタンへの攻撃(「アフガニスタン戦争」、01年10月)という流れがあった。

 「対テロ戦争」を進めるブッシュ米政権が次の攻撃対象としたのはフセイン大統領政権下のイラクであった。

45分、大量破壊兵器、国連決議

 イラク攻撃の正当性について疑問を投げかける声が出ていたことから、国民を納得させる必要にかられたブレア英首相は、02年9月、「イラクの大量破壊兵器」と題された文書を統合情報委員会(英国の複数の情報機関を統括する組織)に作成させ、議会で発表した。

 議会制民主主義の英国では、政府は議会で政策事項について説明し、議員からの理解を求める。

 文書は、イラクが化学兵器、細菌兵器を含む大量破壊兵器を所持し、核兵器計画も再開させたと書かれていた。「指令から45分以内に大量破壊兵器の一部を配備できる」という箇所が、後に大きな問題に発展する。

 文書の発表翌日の大衆紙サンは「英国人が破滅まで45分」、デイリー・スターは「狂ったサダム(フセイン大統領)は攻撃の準備が整ったー化学戦争まで45分」などの見出しをつけ、国民の恐怖感をあおった。議会での発言が翌日の新聞で大きく報道されるだろう事を官邸側は承知していたと言われる。

 イラクでは国連の核査察チームによる調査が続いており、国連の場では「攻撃をするべきだ」(米国)、「査察を続けるべきだ」(独仏)という2つの大きな流れが出てきた。前者は国際社会からの支持は必要ないと見なし、後者は国連査察で大量破壊兵器が見つからない場合、攻撃する必要はないと考えた。

 02年11月、国連査察に対しイラクがその義務を果たさなかった場合には「深刻な結果」に直面するという国連安全保障理事会決議1441号が採択された。しかし、武力行使の実施については意見が分かれた。

 翌年03年の2月3日、政府は、イラクの大量破壊兵器の脅威と国連査察に対する妨害を書いた2つ目の調査文書を発表した。米国の大学院生の論文の一部をインターネットで拾った内容が入っており、内容がずさんであると批判された。

 そこで、ブレアは開戦の理由を大量破壊兵器からフセイン政権の人権侵害を問題視する方向に戦略を変えてゆく。「イラクではフセイン独裁によって様々な非人道的な行為が行われており、イラク戦争は人道的介入として必要という論理」(「イギリス現代政治史」、資料の詳細については最後に表記)だった。

 前後して、英国では大きな反戦デモが発生していた。争点は、攻撃の明確な理由がないのに戦争を始めようとしていることだった。安易に米国に追随しているという見方が出て、ブレアは「ブッシュのプードル」といわれた。首相支持率も急落した。

 03年2月14日の安全保障理事会で、15の理事国の意見表明の中で、明確に武力行使を指示したのは米英とスペインだけだった。フランスのドバルピン外相は「査察には時間が必要で、武力行使は適当ではない」と述べた。

 翌15日、世界60カ国600都市で200万人以上が参加する反戦デモが行われた(「ケリー博士の死をめぐるBBCと英政府の確執」より)。

 24日、米英とスペインは対イラク武力行使を容認する新たな決議案(第2決議案)を国連に提出した。これに対し、仏独とロシアは査察継続を求める覚書を発表した。

 3月10日、フランスのシラク大統領がこの決議案が採決に持ちこまれた場合、拒否権を行使すると明言し、ロシアも反対票を投ずる考えを明らかにした。米英とスペインが決議案を撤回したのは17日である。

 ここに来て、米英によるイラクへの武力攻撃は不可避となった。

 武力行使には政府与党内にも反対が根強かった。17日、ロビン・クック下院内総務職(議員運営を行う政府委員、閣僚級)が緊急閣議の直前に辞職を表明した。クックは元外相でトップクラスの諜報情報に接する立場にいたが、イラクへの武力攻撃に反対する抗議の辞職だった。

 翌18日、武力攻撃を可能にする政府方針の承認を求める動議(決議案)が下院に提出された。同日夜、ブレアは米国とともにイラク攻撃に参加する決意を熱っぽく語った。「イラクの武装解除を実現するため、必要とされるあらゆる手段を講じる決定を支持する」とする動議が、賛成412票、反対149票で可決された(「ブレアのイラク戦争」、参考)。与党労働党410人のうち、3分の1を占める139人がこれに反対した。政府案に対し、与党内でこれほどの反対者が出たことはない。

 百万人規模で発生した反戦デモの声が届かなかったことで、ブレア政権に対する大きな失望感が出た。その一方で、法案への支持を求めたブレア首相の力のこもったスピーチの効果や、大量破壊兵器の存在を信じる人も多く、複数の世論調査では攻撃支持派と反対派が拮抗した。

2つの争点とBBCの放送

 開戦は「国際法上、違法だったのではないか」、そしてあるはずの大量破壊兵器がなかなか見つからず(結局、見つからなかった)、「首相にだまされたのではないか」という2点が、しこりとなって残った。
 
 03年5月29日放送の、BBCのある番組が「だまされたのではないか」という疑念を再燃させた。

 BBCラジオ4(フォー)というラジオ局の朝の報道番組「Today(トゥデー)」の中で、アンドリュー・ギリガン記者が政府のイラクの脅威についての文書(02年9月末、発表)を取り上げた。

 午前6時7分の放送分で、ギリガンは、文書中の「イラクは45分以内に大量破壊兵器を実動できる」とした部分について、「文書の作成を担当していたある高級官僚」によると、政府は文書に入れる前の段階で「すでに嘘であることを知っていた」、その上で中に「入れた」と述べた。

 官邸側はこの報道が「すべて間違い」とし、訂正を求める電話、ファックスなどをBBCに頻繁に送るようになった。

 6月1日、ギリガンは大衆紙デーリー・メールのコラムの中で、問題の政府文書を書いた統合情報委員会に対し、表現を誇張するよう圧力をかけたのは官邸のアラスター・キャンベル戦略局長であったと名指しした。キャンベルはこれに激怒し、BBCに対し謝罪と情報源の開示を要求した。

 BBCと政府側との間で報道の信憑性をめぐっての対立が激化してゆく中で、7月中旬、国防省顧問で核兵器査察の専門家デービッド・ケリーが自殺する事件が発生した。後に判明するが、ケリーはギリガン報道の情報源だった。

 ケリーの自殺が分水嶺となり、イラク戦争についての公的な検証作業が始まった。

独立調査委員会とはなにか?

 英国では、国全体にかかわり、公的意義が高い事柄について税金を使って調査する「独立調査委員会」の歴史がある。

 例えば、1920年代のBBCの発足には数回の委員会が立ち上げられ、その時々の方針を決めていった。裁判官、学者、政治家などさまざまな人物が委員長となり、知識人が委員会のメンバーとなる。議題とする事柄に関係がある人物を召還して意見を聞き、一般からも広く意見を聞く。メディアが進行過程を逐次報道し、最終的には報告書が出る。この報告書を元に、新たな仕組みを作ったり、既存体制を変更することによって、社会をよりよくすることを狙う。

 ただ、物事は理想どおりには進まないもので、真実を究明するための委員会だとすると、必ずしもそうはならない場合がある。報告書が長大になる場合がほとんどであるため、まともに読む人は少ないとも言われている。結論が国民の予測を裏切るものだと、大きな反感を買い、「税金の無駄遣い」と見なされることがある。政府が公的目的のために行う調査では、税金(国税)が使われるからだ。

 BBC報道の情報源となったケリーが自殺したことをきっかけに、2003年8月、ブレア政権は独立司法調査委員会を発足させた。長期の検証を想定したわけではない。官邸が「嘘をついた」とBBCに報道され、政権側には汚名をそそぐ必要があった。

 政府がブライアン・ハットン判事に対し、「ケリー博士の死をめぐる状況について、緊急に調査すること」を命じて設置された委員会は、判事の名前をとってハットン委員会と呼ばれるようになった。政府が命じたものであるため、国税を使っての調査である。

 委員会は政府による情報操作があったのかどうか、また、なぜ英国は開戦したかまでを吟味するようになったため、イラク戦争の是非を問う側面も持つことになった。 

 BBC側はギリガン記者、BBC幹部など、政府側はキャンベル、ブレア、それに統合情報委員会の委員長でイラク文書の著者となったジョン・スカーレット、通常は表に出ないほかの情報機関の首脳陣ら、大量破壊兵器の専門家、ケリーの遺族ら約70人が委員会の公聴会に召還された。それぞれ、ケリーの死因をめぐる状況について王室顧問弁護士5人による質疑を受けた。

 テレビでの同時放映はなかったが、証言内容を書き取ったものや関連書類など、約9000ページに渡る書類が委員会のホームページに掲載された。中には、通常は30年(当時。現在は20年)経たないと公開されない機密文書もあるなど、すべてを公開して調査を進める方針が貫かれた。 

報告書は情報操作を否定、BBCを批判

 2004年1月28日、委員会は報告書を出した。その結論は政府が「問題となった箇所が間違いと知りつつ文書に挿入した事実はなかった」として、情報操作を否定した。その一方で、BBCのジャーナリズムに不十分な部分があったと指摘した。

 これを受けて、BBCでは、ギャビン・デービス経営委員長が自ら辞任し、ギリガン擁護に徹してきたグレッグ・ダイク会長は経営委員会から辞任を通告された。BBCの経営委員長と会長が同時に辞めるのはBBCの歴史が始まって以来、初めてだ。ギリガン記者は前年、BBCを去っていた。

ジャーナリズムを批判されたBBCは、ベテラン記者による自局の報道体制の見直しを行った。

 その結果、6月23日に公に発表されたのが「ハットン以降のBBCのジャーナリズム」という報告書だ。見直し業務を統括した、元BBC報道局長ロナルド・ニールの名前をとって「ニール・レポート」とも呼ばれている。

 報告書は、BBCの報道の基礎となる価値観を「真実の確立と正確さ」、「公共の利益への奉仕」、「不偏不党と意見の多様性の反映」、「政府やさまざまな利害からの独立」、「視聴者への説明責任」と規定した(NHK放送研究所リポート、参考)。

 例えば、ツーウェーの手法(司会者が質問し、記者がこれに答えるという形で報道して行く)を使うのは熟練記者に限る、ギリガンがケリーとの会話を紙のノートに取らず、電子機器に概要のみを入力していたことから、インタビューは原則録音するなどの記者教育の徹底を求めた。また、編集責任者が匿名情報の情報源の名前を知る権利がある、とした。

 記者は改めて研修を行うよう定められ、継続的な研修を実施するための「ジャーナリズム大学」(カレッジ・オブ・ジャーナリズム)の創設を提言した。

 また、視聴者の立場からBBCの活動を見る経営委員会は、ギリガン報道を支持し続けた経営陣と一心胴体になりすぎていたのではないかという批判から、廃止されることになった。より独立性が高く、公的見地からBBCのサービスを決定する組織として、「BBCトラスト」が2007年から発足した。(つづく)
by polimediauk | 2014-07-12 21:00 | 政治とメディア
 トルコでは、昨年春、イスタンブール・ゲジ公園で大規模な反政府デモが発生した。5月31日には、そのデモから1周年ということでタクシム広場に集まった市民に警察が催涙ガスを発射し、大きな混乱状態となっている。

 BBCの報道によれば、エルドアン首相は「広場に集まらないように」と警告していたようだが、治安維持のために警察官2万5000人が配置され、送られてきた映像は衝突の衝撃を映し出す

 反抗するから押えつけるのか、押えつけるから反抗するのかー。エルドアン政権への不満が一気に噴出しているようだ。

 トルコといえば、今年3月末、政府が大手ソーシャルメディアの国内での利用を遮断する動きに出たことで大きな非難を浴びた。人権擁護団体「アムネスティー・インタナショナル」は遮断を「表現の自由へのかつてないほどの攻撃」と呼び、米政府は焚書になぞらえた。

 5月29日には、トルコの憲法裁判所が、通信当局による動画投稿サイト「ユーチューブへの接続遮断は、憲法が保障する表現の自由などの権利を侵害しているとの判断を示している。

 ゆくゆくは欧州連合(EU)加入を目指すトルコ。こんなことで加盟の夢は実現するのだろうか?

 エルドアン首相のネット弾圧への批判はもっとも(何しろ、憲法裁判所が遮断を憲法違反としているのだから)だが、なぜそんなことをしたのかということも視野に入れておきたい。一義的にはネット上に都合の悪い情報がどんどん出たからだが、旧態依然とした手法(接続を遮断)を使ったことには切羽詰った事情もあった。

 こうした点について、月刊冊子「メディア展望」(新聞通信調査会発行)5月号に執筆した。記録の意味もあって、以下に若干編集したものを記してみたい。

強硬手段の背景に熾烈な政争

 トルコは人口のほとんどがイスラム教徒だが、共和国としての建国時(1923年)から政教分離を国是とし、政治的には世俗主義勢力とイスラム系勢力のせめぎあいが続いてきた。世俗主義の「守護者」としての軍部が数回に渡りイスラム系政権をクーデターで倒してきた過去がある。

 2002年からはイスラム系の与党・公正発展党が政権を担当してきた。

 昨年春のイスタンブール・ゲジ公園での大規模な反政府デモに対する、政権の強圧的な対応がいまだ人々の記憶に新しいが、抜本的な構造改革で経済を立て直し、この10年余でGPDを大きく増加させたことで評価されてきた。トルコは中東諸国の中でも成功した国として認識されるようになり、EUに加盟するために、少数民族の処遇の改善や民主化に努めてきた。

 そんなトルコがなぜネットの遮断という荒療治に出たのだろうか。

経過

 最初の遮断が発生したのは短文投稿サイトのツイッターだった。3月20日、国内に約1000万人余とされるツイッターの利用者がサイトにアクセスできなくなった。当局は違法な投稿の削除要請にツイッターが応じなかったために接続を遮断したと説明した。

 1週間後の27日、今度はユーチューブへの接続も遮断された。閣僚や軍幹部がシリア内戦への対応を協議した会議内容が投稿されたことがきっかけだった。

 4月2日、トルコの憲法裁判所は、ツイッターの接続遮断が「表現の自由などの人権を侵害している」として解除を命じ、翌日、政府は遮断を解除した。一方のユーチューブについては、トルコの首都アンカラの裁判所が遮断は表現の自由の侵害であるとして解除を命じたが、問題とされた動画については安全保障上の理由で解除対象に含めなかった。

 トルコがユーチューブ利用を止めさせたのは今回が初めてではない。2010年から2年ほど、建国の父、アタチュルク初代大統領を中傷する投稿があったと政府が判断し、禁止措置となった。

 07年、トルコはネット規制を法制化し、裁判所の命令で、ブログや動画サイトを一時的に閲覧禁止できるようにした。今年2月、新たなネット規正強化法が成立し、プライバシーを侵害している、あるいは「侮辱的内容」が含まれていると通信当局が判断したウェブサイトについて、裁判所からの命令を必要とせずに24時間以内に閲覧禁止の処分を下すことができるようになった。野党勢力はこれを「政府によるネット検閲」と呼んだ。

 言論の自由を推進するための米非政府組織「フリーダムハウス」は、「ネットの自由2013年」レポートの中で、トルコのネット状況を「自由」、「限定的自由」、「自由ではない」の3つの評価の中で「限定的自由」と位置づけた。理由は「政府によるネットの検閲が日常化し、近年その度合いが増えている」、「3万件規模のウェブサイトへのアクセスを遮断している」、「グーグル関係のサイトへのアクセスを遮断したことで欧州人権条約第10条に違反している」、「ソーシャルメディア上の発言によって利用者に罰金を貸している、投獄している」などを挙げている。

刑法301条による制限

 インターネットの領域以外でも、トルコの表現・言論の自由の度合いは過去に欧州で問題視されてきた。

 著名な例が刑法301条だ。EU加盟交渉を開始するために行われた刑法改革の一環として2005年に施行された。301条によると、トルコ人らしさ、トルコ共和国、トルコ議会を公的に侮辱する者は6ヶ月から3年までの禁固刑で罰せらる可能性があった。ただし、批判を目的とした思想の表現は犯罪にはならない。ノーベル文学賞受賞者の作家オルハン・パムクを含む60人以上が訴追されたが、08年までに改正がなされ、司法担当大臣の認可がなければ訴えることができなくなった。

 少数民族の言論にも制限がついていた。トルコ憲法によれば、「トルコの国民はトルコ人」。公式言語はトルコ語のみが認められ、東部に多く住むクルド人は母語での教育や放送が許されない時代が続いた。しかし少数民族に文化的及び言語上の権利を与えることがEU加盟交渉で必須とされたため、政府は少数民族の権利の改善のために01年、憲法を修正し、クルド語での教育、放送が実現した。

 今回のソーシャルメディアへの接続遮断の直接のきっかけは、ネットが政権やエルドアン首相にかかわる汚職疑惑を暴露する媒体となったためだ。

 昨年12月、警察当局は建設工事をめぐる汚職事件に関連し、銀行首脳、ビジネスマン、閣僚の息子ら数十人を拘束した。汚職撲滅を公約としてきた政権にとって、特に大きな打撃である。関連で、閣僚3人が辞職している。

 今年2月には、首相が巨額の汚職に関連する現金の隠匿を電話で息子に指示するやりとりを録音したとされるテープが、ユーチューブやツイッターで拡散した。報道機関の幹部に電話し、野党指導者の演説の報道変更を依頼した音声も出回った。エルドアン首相は先のテープは「作り事だ」としながらも、後者は本物であることを認めている。

 首相は一連の音声テープの投稿が「政権転覆を目指す敵」によるものであることを示唆した。

 旧来、イスラム系勢力にとっての「敵」とは世俗主義勢力(非イスラム系政治家、軍部、検察関係者など)であった。しかし、いまや、与党にとって、米国に住むイスラム教の指導者フェットフェーラ・ギュレン氏とその支持者が敵と見なされるようになった。同氏が率いる社会・教育団体は、イスラムの価値観に基づき、多くの学校や予備校を運営する。その出身者を捜査・司法界、財界に送り込んでいると言われている。エルドアン首相は、検察や警察がギュレン氏の指令を受けて動いていると主張している(ギュレン氏側は否定)。

 エルドアン政権は「敵」粉砕のために断固とした行動を開始した。司法や治安面での政府の支配を拡大するよう複数の法律を改正し、メディアやインターネットの規制も厳しくしてきた。こうした流れの中で、今回の接続遮断事件が起きた。

 トルコの日刊紙「ビルギュン」やニュースサイトに記事を書くジャーナリスト、ドーウ・エロール氏が筆者に語ったところによると、過去10年のトルコの政治は政敵のスキャンダルの暴露合戦となっていた。政権自身が盗聴によって得られた証拠を使って、政敵を攻撃してきたという。今回の汚職疑惑については政権寄りのメディアが十分に報じないので、「情報はネットに流れた」。

 エルドアン氏が国際社会から批判が出ることは承知だと明言してから接続遮断に向かった背景には、国内の熾烈な政争(旧来の敵と新たな敵)があった。遮断は現政権の強圧振りを内外に示したが、同時に、上意下達がきかないネットを制御しようとしたトルコ政府、ひいてはエルドアン首相の(ネットの特徴を熟知していないという意味で)旧式な指導者然とした姿もあらわにした。

 筆者は8年前にトルコの複数の都市を訪れたことがある。当時、クルド人市民を除く知識層の友人・知人たち数人が「西欧並みの言論の自由がある」と言っていたのが印象的だった。今回、現地のジャーナリストや市民に連絡を取ってみると、多くが反政府デモに参加したか、参加した人を知っていた。「拘束されることを覚悟しないと自由に外部の人にものが言えない」、「コメントは出せるが、名前は出さないでほしい」と言われた。

 3月末の地方選挙は与党の圧勝で終わった。大統領就任も視野に入れるエルドアン氏の公正発展党とギュレン氏の勢力という二つのイスラム系勢力の不仲をはらんだ政治が続いている。
by polimediauk | 2014-06-01 05:52 | 政治とメディア
 昨年末、「マスコミ倫理懇談会」全国協議会の「メディアと法」研究会で、「イギリスにおける国家機密と報道の自由について」という題で講演をしました。以下は講演内容の記録に若干補足したものです。

質疑応答

質問=(新聞)報道を規制する委員会に関する法案も通っているのになかなかできず、進んでいないというお話でしたが、その中でガーディアンの事件(NSA報道)が発生した。ガーディアンの事件とこれと絡んでくるのではないかと思います。ガーディアンに対して世論の反発が非常に強く、他のメディアもガーディアンには賛成していないということになれば、すんなり委員会も実現しそうな感じがしますが、いかがでしょうか。また、今回の件でガーディアンの部数は減らなかったのでしょうか。

小林=今回のガーディアンの報道を通じて、規制機関の立ち上げがより容易になるかというと、そういう感じでもありません。

 この新しい規制・監督組織は自主監督規制組織ですので、各新聞社がそこに入れば形としてなす感じになりますが、相変わらず各新聞社がばらばらで意見がまとまらない状態です。規制組織が立ち上がらない一番大きな理由は、各新聞社の間に大きな溝があるからです。

 携帯電話の盗聴を行った新聞を発行していたのが、メディア王と言われるルパート・マードックが所有しているNewsUKという会社です。NewsUKは、イギリスで最も売れている日刊紙の1つ、サンを発行しており、ガーディアンやファイナンシャル・タイムズなどと全然違うスタンスをとっています。相変わらず、一般人や著名人のプライバシーを侵害するような報道を続けています。新聞社間が敵対関係であるために、みんなで頑張ってこの組織に入って、報道被害をつくらないようにしようということにはなりにくい。

 本音としては、国会にしろ、国民にしろ、ガーディアンにしろ、多くの人が新しい新聞の規制組織は新聞業界とは独立してあるべきだと感じていると思います。ところが、大手のNewsUKの人やまた別の大衆紙デイリー・メールを発行する新聞社は自分たちの息がかかった、自分たちの意見が通る組織にしたい。PCCを少し変えたような団体を来年の5月までにつくろうとしているのですけれども、そこには、例えば委員会のメンバーに新聞社にいた人を入れることを望んでいる。ところが、政府が成立させたがっている規制組織や国民が望んでいるのは、本当に新聞業界から独立した組織を期待していますので、意見が合わないような感じです。

 部数は、ガーディアンだけでなくてほかの新聞も全部減っています。その減り方がかなり大きい。1年前と比べると、大抵10%は減っています。毎月、日本のABC協会に相当する組織が数字を出すのですが、前年比で数%から10%ぐらい減っており、非常に危機的な状態です。ただ、その一方で、ウェブサイトの訪問数やユニークユーザー数は毎月増えております。

 ガーディアンに関しては、いまのところ、ウェブサイト上の記事を全部無料で出していますので、それを有料にしたほうが良いのではないかという声もたくさんあります。

 ガーディアンについては、確かにイギリスの中では社説でNSA報道を支持する新聞は少ないですが、質の高いジャーナリズムを提供している新聞として尊敬されている感じはあります。特にアメリカで高い評価を受けていると聞いています。ガーディアンのアメリカ版というウェブサイトもつくっていますが、そこに読みに来る人が非常に多いのです。

 ただ、NSA報道の結果、部数が増えている可能性もあります。1面にスノーデンさんの顔写真が大きく載ったりすると買う人が多くなる。イギリスでは店頭売りが多いので、紙の部数が伸びている可能性はあると思います。

質問=イギリスの諜報組織、特に通信傍受専門組織のGCHQの話が出ましたが、これはアメリカのNSAと緊密な連携をとって、英語圏の5か国のネットワークの中で、相互に情報をやりとりしているのではないかということはわかります。TPPについても、環太平洋ではアメリカ、カナダ、それからシンガポール、オーストラリア、ニュージーランドという、いわゆる英語圏の中における情報のやりとりがかなり密に行われているとすれば、日本が置かれている状況について教えていただけますでしょうか。

小林=ファイブアイズの5カ国の中で互いにスパイ行為を行わないという取り決めがあるそうです。

 メルケル独首相の携帯電話からNSAが情報収集していましたが、5か国の間ではそういうことをしていない。アメリカの広報官が、メルケルさんの携帯電話のNSAによる盗聴について聞かれたときに、「現在はしていないし、これからもしない」というふうに答えたというのが報道されていましたけれども、結局、過去にしていたということは否定していない。ところが、イギリスのキャメロン首相については、携帯電話については過去も現在もこれからも盗聴することはないというふうに言っていました。

 GCHQがどれほどNSAに協力しているかですが、ガーディアンによりますと、NSAがGCHQに資金を出して、諜報活動などをやってもらっているそうです。

 03年に、日曜紙のオブザーバー紙も具体例を報道しています。この年、イラク戦争がありましたね。アメリカやイギリスは、国連でイラクへの武力行使を可能にする決議案が採択されるよう、奔走していました。このとき、NSAの高官がGCHQに指令を出したメールがあったそうです。そのメールには、GCHQに対して、当時常任理事国であった複数の国の事務所から情報収集をしたり、盗聴をするよう依頼していました。これをオブザーバー紙にリークしたのがGCHQに勤めていたイギリス人女性でした。女性は辞任を余儀なくされました。

 実はメルケルさんの携帯電話のNSAによる盗聴が発覚したときに、欧州の首脳陣とアメリカとの間で自由貿易、いわゆるTPPのような交渉があったのですけれども、その中に、互いに対する諜報活動はしないようにするという項目を入れようという動きがあったようです。シュピーゲルというドイツの雑誌が書いているのですが、キャメロン首相の賛同が得られなかったようです。

 いざというときにイギリスはアメリカの肩を持つ。EUといいましても、イギリスはドイツ、フランスとは隔たりがあるわけです。

 ただ、もちろんドイツとかフランスとか、そういう主要国、あるいはブラジルもそうですけれども、ほかの国の諜報機関がNSAから情報をもらっていないわけではなくて、いろんな諜報情報の交換があるわけです。

 特に、メルケルさんの携帯電話の盗聴行為が発覚したとき、同時にニューヨーク・タイムズやガーディアンが、実はNSAは、フランス、イタリア、スペインの数百万人単位の市民からいろいろな情報を収集していると報じました。それに対して2、3日後にNSAのアレクサンダー長官は、NSAが実際にフランスやイタリアの国民から直接情報を収集しているわけではなく、それぞれの国の諜報機関が集めた情報をもらっているだけであるというような発言もしていました。

 ブラジルでもどこでも表向きは最初怒っていました。でも、実際には互いに情報をもらっていて、ドイツもそうだった。

 シュピーゲルの記事によりますと、ドイツもかなり怒ったものの、実際は、ドイツにも諜報機関があるわけで、自分たち自身ももっと諜報の範囲を広げたいと思っている。NSA報道があったのは6月の上旬でしたが、6月の末ぐらいにはオバマさんがドイツに来ることになっていました。

 ドイツ市民の中では、反オバマの運動や抗議があったようですけれども、政府はそれをなだめるかのような行動をとってきた。そして「オバマ氏はドイツ市民には諜報活動をしていないと言っている」と発表することで、ドイツ市民の中に沸き起こったアメリカ政府あるいはアメリカのNSAに対する不満感、不安感をおさめるような、なだめるようなことをしてきました。

 ですので、10月にメルケルさんの携帯電話が盗聴されていたということが発覚したとき、ドイツ市民としては非常に裏切られたような形になってしまった。メルケルさんは携帯電話の事件発覚、お互いスパイ行為をしないといったことを交渉しに高官をアメリカに派遣しました。でも、いまのところそれは形にはなっておらず、シュピーゲルによりますと、落胆して帰ってきたとのことでした。

質問=ありがとうございました。私は第2次世界大戦に関する取材のためにナショナルアーカイブスにずっと通ったことがあるのですが、イギリスの諜報機関は日本の大島大使が日本に打電した内容をキャッチしていました。日本の南部仏印進駐が始まったときにも、情報をアメリカに流した。当時、アメリカのコーデル・ハルという長官が対日戦線の引き締めをやっていましたが、イギリスがアメリカに対して解読した暗号の内容を提供していたこともかなり大きい。結局は真珠湾も解読されていたのではないかと思い、調べてみましたが、遅くともミッドウェーの前にはもう確実に全部解読したものが渡っていて、日本は大敗した。その流れが戦後にも続いているということが少しわかったと思います。

小林=そうですね。戦時中の協力体制があって、46年から正式な関係になったというふうに聞いていますので、ずうっと続いているということですね。

司会=イギリスの階級社会についてですが、いわゆる情報の質というのは、地位や身分によって差があるということだと思いますが、日本人など有色人種やゲルマンに対しては、いまだに警戒感があり、インナーサークルには入れないということでしょうか

小林=そういう面もあるのかも分かりません。

 ですけれども、英米人の知識層の考え方というのは、あくまでもイギリスやアメリカの国の中で培った一定の価値観でしかなく、何か自分たちより劣っている人種や国があるというような考え方より、自分たちの考えの枠の外で考えることができないのだと思います。

 ただ最近、ここ数十年のイギリスの歴史だけを見ますと、人種や性別、社会的立場で差別してはいけないという意識が強くなっており、法律でも差別が禁止されていますので、非常に皆さん敏感です。

質問=イラク戦争に関する検証について伺いたいのですが、実は大量破壊兵器がなかった、あの戦争は何だったのかというのは非常に大きな問題になりましたが、当時のイギリス議会及びメディアでのイラク戦争の開戦や参戦の責任に関する議論や取り組みについてどのように評価されていますでしょうか。

小林=イラク戦争というのは、メディアにとっても国民にとっても政治家にとっても非常に大きなトピックです。大きな反戦運動もありました。何百万人規模で毎週のように反対運動がありまして、政治家も真っ二つに分かれた。テレビでは、アメリカの政治家がなぜイラク戦争が必要なのかについて話している様子が報道されていましたが、その後、開戦理由をめぐって、税金を使って、複数の調査委員会が発足しました。

 例えばBBCは、「政府が大量破壊兵器はないということを知りながら、イラクの脅威を強調する文書を作成した」と報道しました。これを検証した調査委員会は、04年2月、「誇張した証拠はなかった」とする報告書を出し、BBCの報道は正確ではなかったと結論付けました。BBCの記者だけでなく経営陣トップ2人も辞任しました。上のトップ2人が同時に辞任するということは、BBC史上初めてです。

 諜報情報の正確さを検証する調査がその後に行われ、04年7月に報告書が出ました。イラク戦争開戦前に出た、いかにもイラクが危ないという印象を与えた政府文書では、イラクの脅威を誇張するようにと政府が情報機関に圧力をかけた部分があったことを示唆しました。複数回調査が行われ、報告書が出てもまだ秘密は残っています。

 こうした過程を通じて、もう二度と戦争をするための理由がしっかりしていないままに、かつ国民からの大きな支持がないままに戦争が起きないようにするための土壌ができた気がします。それがあらわれたのがシリアだというような気がします。

質問=いまのお話は、かなり新しい話を伺えたと思います。イギリス国内ではその都度報道されていても、日本ではあまり伝えられていないと思います。イラク戦争に関してはイギリス国内で、議会でもいまだに検証が続いているというのは、今回の特定秘密保護法案を考える際に、日本の読者にとっても非常に貴重な情報だろうと思います。非常に地味なテーマで、スペースはかなり要るし、あまりデスク好みではないかもしれないですけれども、伝えることは重要だと思います。

小林=日本ではイラク戦争を検証する会というのがジャーナリストの志葉玲さんなどを中心にして起きているものの、なかなか形にならないようです。イラク戦争は03年だったので、日本の中では風化している感じもしますけれども。

司会=イラク戦争に関してはチルコット委員会の報告書がまだ出ていないようですが、02年末の国連安保理の説明で、当時のパウエル国務長官が「大量破壊兵器はあります」という説明をしていました。あのときもドイツ、フランスは反対していましたが、ラムズフェルドが強引に押し切った。そしてパウエルさんは後で、あのとき実は虚偽の説明をしたと白状した。あれ以降でも、そのチルコット委員会のペーパーをもっと早く出せという機運はイギリス国内では進んでないのでしょうか。

小林=報道機関はかなりプレッシャーをかけていると思いますし、政権も変わったので出してもいいはずですが、報告書が出ないこと自体、やはりまだ多くの秘密書類が隠されているということだと思います。

司会=イラク戦争におけるイギリス政府の決断について学習したことが、シリアの開戦で国民を挙げての反対につながったということは非常に重要だと思います。

質問=お話を伺っていて、英米圏の国々というのは、メディアの国籍性を結構越えられる可能性があるのではないかと思いました。キリスト教文化などをはじめとする同じ文化的な素養があるので、秘密や戦争をめぐる判断、議論も、国境を超えて広げられていくかもしれない。日本はそういう意味ではかなり厳しいと思いますが、いかがでしょうか。

小林=国籍性については、放送の歴史を見ると、英米が独占し、世界に広がっていった部分があります。両国は第2次世界大戦の戦勝国でもあり、そういう意味でアングロサクソン系の価値が広まったような部分があります。米英欧の思想や社会的な価値観は日本を含む世界に広がりましたが、必ずしもユニバーサルな普遍的なものとはいえないのではないでしょうか。イギリスに住んでみますと、ほかの欧州の国についての報道が少ないのも含めて、何か限界を感じたりもします。米英の価値観はあくまでそれぞれ固有の価値観にとどまっているのではないかと思います。

司会=日本のメディアの一般市民に対しての対応といいますか、例えば最近、いわゆる各社が一般市民の事件、事故の対象に対して、ワッと押し寄せる、「メディアスクラム」というのが非常に問題になっておりますが、小林さんの視点からごらんになって、日本の一般市民に対するメディアのアプローチというのはいかがでしょうか。

小林=メディアスクラムといった問題はイギリスでももちろんあります。事件が起きたら、犯人かどうか確定していないのにその人のところへみんな集まっていろんな情報を探し始める。

 ただ、一つ大きな違いは、市民のほうがある程度情報を出しているという点だと思います。例えば何か事件、事故があったときに、自分から実名とともに情報を出すことがあります。実名を出すか出さないかは非常に大きな問題だと思いますが、イギリスでは実名を出すことが普通になっています。

 ついこの間も、イスラム教徒のある家に、若い人が火炎瓶か何かを持ち込み、ご主人以外は全部死んでしまった。反イスラム、イスラムバッシングの一つだったのですが、日本だったら、被害者の名前や顔を出さないかもしれません。でも、ご主人の場合、奥さんを含め家族全員失ったにもかかわらず自分で声明文を書いて、カメラの前に出て、「皆さん集まってください」と言って、写真を撮ってもらっていました。そして、自分はいまどんな気持ちなのかを話し、最後に、「でも、いま非常に悲しみに打ちひしがれていますので、すみませんが、取材はしばらくそっとしておいてください」と言っていました。

 名前がわからないと共有も感動も生まれませんので、イギリスでは実名を出していきますし、みんなそうしています。

 あと、特に秘密法案に関して、たまたま参院で成立したときに日本にいたせいもありますが、やはり市民というか読者、視聴者にもうちょっと近づいた報道姿勢があってもいいかなと思いました。

 今回、参院で可決された日の夜、可決の瞬間を画面で見たいと思って地上波しか見られない実家に帰りましたら、可決に関する報道をしているのは「報道ステーション」だけでした。そして最後の投票のところは、もう時間切れで放送されませんでした。

 ネットで見ようとしましたが、イギリスと違って、普通のニュース番組はネットでほとんど放送していない。イギリスだったらBBCの24時間のテレビのニュース、そのほかにもいくつもの選択肢があって、ネットでも同じものを放送しています。

 困ったなと思っていたら、誰かがツイッターで、ヤフーでやっているというので、ヤフーを見たら、国会の様子を流していました。あまり情報はありませんでしたが、それだけでもよくて、可決の瞬間を見ることができました。可決の瞬間がテレビでは見られないことを知ったとき、目隠しをされたような気がしました。知りたいのに知ることができない。地上波の場合、ほとんど定時のニュースしかないというのは不便だと思います。報道体制は24時間なので、いま何が起きているか知りたい人もいるのに、見たいという希望が実現されない。

 なぜそうなのか、テレビ局の人に聞くと、例えば視聴率が取れない、お金がない、広告も下がっているなど、山ほど理由を挙げてくれます。でも、できることはあると思います。

 報道機関にいて、すごくベーシックなことだと思いますが、こんなに騒いでいる、注目を集めている話題なのだから、どうやって可決されたのか、テレビに小さな画面を出すのでもいいですし、新聞社のウェブサイトに小さく載せるのでもいいですから、お金使わなくても、国民の知りたい情報を伝える最低限のことができるのではないでしょうか。

 まず越えるべきステップは、その報道を担当している人が、自分が強く知りたいと思ったこと、国民も知りたがっているだろうことについて、上司の許可をとるとかではなくて、ツイッターでも何でもあらゆる手を通じて提供するということだと思います。そうすることで視聴者との距離が近くなるのではないかと思います。

 このインターネット時代に、お金をかけたり、会社の組織を大きく変えたりしなくても、自分自身が知りたいと思っている、そしてきっと視聴者も知りたいと思っているだろうことをすぐ伝える、伝え続けるということは重要ではないでしょうか。そういう意味で、市民ともっと近くなる、そしてニュースにもっと敏感になるということは、より良い、より質の高い、国民から理解されるメディアになる、報道機関になるために必要なのではないかと思いました。(終)
by polimediauk | 2014-04-28 18:04 | 政治とメディア
 (昨年末、「マスコミ倫理懇談会」全国協議会の「メディアと法」研究会で、「イギリスにおける国家機密と報道の自由について」という題で講演をしました。以下は講演内容の記録です。)

情報安全保障委員会の役割とは

 イギリスで秘密保全のための組織がどうなっているのかということですが、組織として一つ大きいものがあるわけではありません。

 国防に関する機密情報については、議会の情報安全保障委員会があります。これは、94年の情報機関法第10条に基づいて設置されました。

 このころから、やっとMI5やMI6の存在を政府が公式に認めるようになりまして、だんだんオープンになったのです。いまはMI5やMI6は自分たちのウェブサイトをもち、ウェブサイトから新しい人を雇うために募集をするほどになっております。

 設置当初は政府の一部で、首相が議員の中から委員を任命したのですが、13年から法律が変わり議会の委員会になりました。首相の指名後に両院が合計9人の委員を任命します。

 議会の委員会になったということは、議会で1年に1回かそれ以上、活動を報告する義務があります。委員会を通して間接的にではありますが、国民の監視を受けているということになります。ですから、議会の委員会になったということは非常に重要なことでした。

 その業務は、国の安全保障などに関わる政府の活動を監視し、情報機関MI5、MI6、それからスノーデン報道で有名になった世界の通信を傍受する政府通信本部(GCHQ)から報告を受けることです。会議の内容は後で書き取ったものが公開されますが、非公開の内容もあります。例えば、MI6という海外で諜報活動をやる組織の年間費用が黒塗りになって出ます。

NSA報道とメディア

 次に、スノーデンとNSA報道とメディアですが、これも非常に大きな問題です。ガーディアンという一つのイギリスの新聞が政府から圧力を受けながら報道を続けているという意味で、注目に値するのではないかと思います。

 まず、二つ事実を確認しますと、スノーデンさんはいま、情報を盗んだ、窃盗ということでアメリカ当局に起訴されてロシアにいます。

 そして、イギリスのガーディアン紙がアメリカのNSAの機密とイギリスの政府通信本部(GCHQ)の機密情報を、スノーデンさんがリークした情報をもとに報道しております。ガーディアンは、アメリカの機密と自国のGCHQの機密を外に出しています。

 スノーデン・NSA報道が私たちに問いかけているのは、1つには、国家機密をどう報道機関が扱うべきか、という点でしょう。考慮すべき要素がいろいろとあります。

 世論調査によれば、イギリスではスノーデンさんのことを支持する人がたくさんいる一方、国には一定の機密を保持する権利があるという声もかなり多く、政治家の発言はこうした世論を反映したものになっております。

 しかし、アメリカの政治家の反応はかなり違いまして、オバマ大統領は、NSAの情報収集があまりにも大規模で、個人の生活を侵害し、やり過ぎであるとして見直しを命じていますし、アメリカ議会でも見直しに向けていろいろな議論が続いています。

 ところが、キャメロン首相はガーディアンの報道は国益を損なうということで非難しております。

 イギリスのほかのメディアの反応を見ますと、ファイナンシャル・タイムズとか、ほかのいくつかの新聞は、やはり国には一定の機密を保持する権利があるというスタンスを支持するような社説を載せております。そして、それとは別に、プライバシーの懸念の高まりがあります。これほど政府当局がいろいろな個人情報を収集していったらどうなるのか。かなり強い懸念が出ています。

 特筆すべきは、ガーディアンへのプレッシャーが非常に強いことです。6月からスノーデンさんからの情報を基にしたNSA報道が始まったのですが、政府はガーディアンに対し、元情報は政府から盗んだものであるとして返還を求めてきました。ガーディアンはこれを拒否してきたのですが、7月に入り、首相官邸から役人が何人かガーディアンを訪問し、渡さないのであれば情報の入っているハードディスクを壊すように指示しました。ガーディアンは最終的にハードディスクを壊さざるを得なかったそうです。

 しかし、ガーディアンはこういうこともあろうかと、既にアメリカのニューヨーク・タイムズや非営利組織のニュースサイト、プロパブリカに情報を渡していたそうです。このため、ハードディスクを破壊された後も、報道は続けています。

 官邸の人にハードディスクを壊しなさいと言われたときに、実はもうニューヨーク・タイムズにもプロパブリカにも情報があるので、いまここで破壊してもあまり意味がないと言ったそうですけれども、それでも破壊させられたということは、威嚇行為だった感じがあります。

 このハードディスクを破壊させたという話は当時、すぐには外に出ませんでした。8月に、今度は政府が反テロ法を使って、記事を書いた記者のパートナーを拘束しまして、関連情報が入ったと思われる電子機器、例えば携帯電話なりラップトップなり、いろいろなものを没収しました。拘束したり、没収したりする権利が政府側にあったのかについて、いま裁判で闘っているところですが、もう既に没収されていますので警察は何らかの捜査をしているのだろうと思います。

 11月に入り、MI5、MI6、それからGCHQの長官というトップ3人が議会の情報安全委員会で証言をしました。この3つの情報機関のトップが、公に、特に一堂に集まって顔を出すことは前代未聞ではないかと言われております。特にGCHQという通信傍受の機関のトップが実際に顔を見せるということはほとんどなかったのです。

 委員会の委員からいろいろ質問をされた長官らは、ガーディアンの報道で国益が損なわれた、国家の安全保障に損害があったと言いました。情報がアルカイダとかテロリストに渡ったと思われるという発言もあり、それだけ聞いていると本当に大変なことになったなというような感じがします。

 そして、12月には、今度はガーディアンの編集長が委員会に呼ばれまして、報道の経緯などを聞かれました。

「国益に損害を与える」をどう切り返すか

 イギリスのメディアに対する規制はほとんどないということについて既にお話しましたが、このように議会の委員会に呼ばれて報道についてあれこれ聞かれ、説明しなければならないということ自体、ある意味では干渉であり、かつ困惑させる、恥をかかせることです。かなり大きなプレッシャーがかかっていますから、普通の神経だと謝ってしまったり、国益を損なったのかもしれないと考えたりするようになるのではないかと思います。

 ガーディアンが受けた批判は、ほかの国でも、国家機密を報道すると、同じような批判を受けるわけですが、ガーディアンが、イギリスだけではなく世界にも影響するかもしれない非常に重大な軍事機密やインテリジェンスを、自分の会社の中で、編集部の中で判断する、最終的にはガーディアンの編集長というたった一人の男性が決定するといったことに対する批判がありました。編集長の決定が恣意的、傲慢である、報道によって国益を損じた、あるいは国家の安全保障を危うくしたといった批判です。

 ところが、ガーディアンも反論しました。12月3日、委員会に呼ばれたガーディアンの編集長は恣意的、傲慢じゃないかと言われたことに対する反論として、ほかにいい方法がない、政府が情報を出すのでは遅いし、政府が出すと政府なりの考えがあって出ることになる、と。そうではなくて、独立した、自由な言論の観点から、市民のために、国民のために情報を出す機関というのはメディアしかないのではないか、と主張しました。

 独立あるいは報道の自由という観点から、政府が困るような事実を明るみに出すことは、メディアが責任を持ってやるしかないということで反論したわけです。

 さらに、「国益には損害を与えていない」と主張し、もし損害を与えたというのであれば、その国益や損害とは何か、具体的に言ってほしいと切り返しています。そして、自分がどうやってトピックを選び、どういう裏取り調査をしたのかについて、事細かに委員会の場で説明しました。それを聞くと、非常に説得力がありました。

 例えば、その国益に損害を与えたという点に関しても、以前NSAにいた人物やGCHQにいたかなり高官の人物の証言を得て、報道しても国益に損害はないという確証をとって記事を書いていた。全体には情報がたくさんあるけれども、実際にいままで報道したのはほんの1%だけで、それは自分たちが報道機関として責任をもって、裏をとって報道できるものだけを報道していると説明していました。

 国益を損なう報道をするのは愛国心が少ないのではないかということも聞かれているのですが、編集長は自由な報道、言論が保障されているイギリスを愛している、そういう意味では自分は愛国心のある人物だと言い返しています。

 委員会での1時間ほどの応答内容を見ていますと、議員の側は十分な質問ができず、どちらかというとリアクションのような、世論あるいは一部の保守勢力、情報機関などの「国益に損害を与えた」という発言を、そのまま繰り返しているだけのようでした。

 逆にガーディアンの編集長はなぜ報道をしたかについて自分なりの言葉を使って説明していました。議員の批判に反論し、国民の理解を得られたという意味では、この機会を非常にうまく使ったような気がいたします。

 どの国も安全保障上の機密保持の体制を敷いています。ところが、その秘密保全のための一括した法律がないとされる国は日本以外にもあります。

 例えばイギリスでは、国家機密を保持するための複数の法律や体制が存在しています。ただ、機密情報の公開までの年限が、日本の場合、最長にすると60年ぐらいにもなり得るという報道がありましたので、そういう意味では、日本はちょっと長過ぎるような気もいたします。そして、新聞側の反論として、機密情報の範囲の問題や、あるいは第三者によるチェックがないということ、それから、定義が曖昧で拡大解釈されてしまうこと、これらは非常に真っ当な批判でして、今後、ずっと追求、報道していかなければならない点でしょう。

 しかし、ほかの国でも、機密情報や国防情報について機密の定義や範囲が曖昧なケースはあります。

 ですから、秘密保護法を批判する報道を行うのであれば、定義や範囲が曖昧であるということに加えて、もう少し何か理由をつくって国民を巻き込んでいけば、より深い理解が得られるのではないでしょうか。

特定秘密保護法案をめぐる議論について思ったこと

 最後に、11月30日に日本に来て、特定秘密保護法案をめぐる議論について思ったことについて話させていただきます。

 特定秘密保護法はもう可決してしまいましたが、今後は、具体的にどういう報道がだめになるのか、実際に安全保障、あるいは国家機密に関する要素を含むような報道をやることでどうなるのかという体験やその過程を報道に生かせないかなと思います。そうすると、話がより具体的になるのではないかと思いました。

 そして、イギリスの例を見ていて、時には報道機関が法律をそのまま守らずに、事実を、真実を明らかにするということも必要かと思います。

 それは時に、パパラッチのように行き過ぎた取材やプライバシー侵害によって被害者を作ってしまう場合もありますが、それにしても姿勢として、イギリスのメディアは法を守ることを最優先しているわけではなく、どうやったら公益のために真実、事実を出せるかという部分を重視しています。

 法律といいましても、今回もそうかもわかりませんけれども、これはあまりいい法律ではないなというものが社会の中ではたくさんあるのではないかと思います。間違っているもの、悪いものだったら変えなければいけませんので、それを必ずしも守る必要がないかもしれない。例えば法律を踏みにじってでも出すべき情報は出すというような心構えで、これからも報道をやっていただけたらなと思いました。

 そして今回、法律が成立するまでの過程がかなり力任せのような感じがあったかと思います。

 イギリスの場合ですと、イラク戦争開戦に対して非常に大きな、数百万人規模の反対デモがありました。それでも政府は戦争に踏み切ってしまった。そういう非常につらい歴史がありますが、それが後で抑止力になって、先日、シリアに武力攻撃をする一歩手前まで行ったのですが、国民の反対が非常に強く、結局議会で通らず、武力攻撃は実現しなかった。

 そういう意味でも、国民の反対の声が強くても法案が通ってしまうというのは、これは民主主義国家として機能していないことになります。そういうことが起きないように、どうしたらいいのかというのを考える必要があると思います。

 なぜこの法案が通ったのか、なぜ強行採決のように見える形になったのか、考えて見る必要があります。なぜこのような法案を支持するような政党を選んでしまったのか、あるいはもっと前の疑問として、なぜ一つの政党が常に選ばれるような状態が何十年も続いてきたのかー。逆に言うと、それに対抗する勢力が一つの大きな政治勢力として現在でも成り立っていないのはなぜなのかー。いろいろと疑問がわきます。

 できれば、影の政権があるような形になったほうが、より民主主義が進むのではないかなと思いますが、いかがでしょうか。

 日本の安全保障をどうするのかという点も、もう少し新聞側が提言をして、みんなが考えるきっかけになるような報道をしていってもよいのではないかと思います。

ぼかしが多いテレビ

 放送に関しては、今回、日本に来てテレビを見たときに、ぼかす場面が多いことに非常に衝撃を受けました。

 今年年頭にアルジェリア人質事件が発生し、報道で実名を出すか出さないかで大きな議論があったと思います。新聞界の中の方は実名を出すという声が強くて、ネットでは実名を出さないほうがよいという声が強かった。実名が出ること、顔が出ることへの嫌悪感、嫌気感というのをどうしたらいいのかなと思います。このままいくと、何でもかんでも、必要がないのにぼかすことにならないだろうかと危惧します。

 プライバシーについて考えているからぼかすのだとは思うのですが、国民自身が、外に出す、オープンにするよりもクローズドにする、つまり名前も声も顔も出さないということを心の奥底で望んでいるのかなというような感じも、ただの印象論ですけれどもいたします。

 日本の表現の中に、よく「言わぬが花」とか「沈黙は金なり」とか、いろいろな表現があります。言わないでおくというのは一つの文化で深い意味があると思いますが、その一方で、物事や真実、事実を外に出して世の中を変えていこうという動きとは違う方向に向く感じもします。

 今回の特定秘密保護法案が通ったことに関して残念に思う方は、国民の中にも、報道機関の中にも多いと思いますが、これを機会に、いろいろなことを考え、報道を通じて世論をつくり、よりよい方向に日本が進むように願っております。国民が幸せになるような報道ができ、日本社会がよりよく、より幸福感の多い国になっていくことを強く望んでおります。(つづく)

(次回は最終回。質疑応答分です。) 
by polimediauk | 2014-04-27 17:45 | 政治とメディア
 (昨年末、「マスコミ倫理懇談会」の全国協議会、第12期「メディアと法」研究会の第5回の場で、「イギリスにおける国家機密と報道の自由について」という題で講演をしました。以下は講演内容の記録です。)

内部告発をしたら、どうなる?

 今回講演の依頼を受けた時、イギリスでは内部告発と告発者の保護についてどんな状況になっているかという質問を受けました。

 内部告発に関しては列車事故や銀行のスキャンダルを背景として1998年に成立した公開開示法があります。

 日本の内部告発の法律も、イギリスのこの法律を参考にしたというのを見たことがあったのですが、公務員も民間人も対象としています。誰でも内部告発ができるように、そういう法律をつくったのです。国外で起きた不正行為についても告発できます。内部告発を理由として雇用主から不利益を被らない権利を従業員が持つようにして、もし何か不利益を被った場合、雇用裁判所が救済をするようになっております。外部にいる人が告発した場合でも、もみ消しを防ぐため、保護されるという法律になっているようです。ここにメディアが絡んできます。

 法律だけ見ると、すばらしいと思われるかもしれませんが、内部告発者のその後に関する記事を読みますと、ほとんどの場合、それまでいた組織をやめているか、あるいはやめさせられている。居心地が悪くなってやめてしまうことも多い。給料がかなり減ってしまったり、あるいは無職になったりしている。実際に雇用裁判所で闘う方もかなりいますが、内部告発をして、前と同じ会社に残り、組織自体もきれいになったという例は、あまり表には出てこない感じがします。

秘密がいっぱいの国

 国家機密の話に移りたいと思いますが、その前に一つ、日本の国家機密とイギリスの国家機密を考えるときに、イギリスはどんな国かというのをちょっと想像していただきたいと思います。

 今回の日本の特定秘密保護法案は、国家の安全保障に関わるいろいろな機密を対象としていますが、最終的に一番重要な国家機密は何かというと、生死に関わるもの、広く国民に影響を及ぼす機密だろうと思います。そういう意味では、軍事機密はかなり上のほうに来るのではないかと思います。

 イギリスは昔からずっと戦争をやっている国で、いまも軍隊があります。自国内では軍隊が街角にいるということはないですけれども、海外に行って戦争をして、殺したり、殺されたりしております。

 ふだんテレビでニュースを見ていますと、時折、アフガニスタンで兵士の誰さんが亡くなりましたというのが写真付きで報道されます。非常にリアルです。

 若い人が亡くなったという報道を見ると、逆にこの人は、現地ではどれほどの人を「殺害」したのか、この殺害という言葉が正しいかどうかわかりませんが、何人の敵を倒したのかと思うと、やはりかなり複雑な思いがいたします。

核兵器がある国=イギリス

 イギリスは核兵器を持っている国でもあります。その核兵器が抑止力になっている世界があるわけです。ですから、絶対にほかの国に漏れてはいけないような情報を持っている国なのです。

 第2次世界大戦後は、「ファイブアイズ」体制があり、英語圏の5つの国、アメリカ、イギリス、カナダ、ニュージーランド、オーストラリアの間で非常に密接に諜報情報の収集をしたり共有をしたりしています。5か国が一つのネットワークになっております。ドイツが入ろうとしても入れないのです。そういう状況があります。

 一方、アメリカは世界で一番軍事力のある国ですので、そこに最も重要な、あるいは重要度の高い、世界の国民に影響が及ぶような機密があるわけです。そういう国と密に情報を交換しているのがイギリスだということです。

 さらに、階級制が残っている点も、日本と異なります。階級制によって市民が差別されないよう、みんな一生懸命に頑張っているのですけれども、現時点ではやはりエリート層や金持ち同士が情報を共有するようなことになっています。階級制度による差別をなくす法律もありますし、いろいろな意味で努力していますが、どうしてもそういう上の方たちが情報を自分たちの中で共有しているようなことがあります。報道機関としては、これを暴露するといいますか、説明責任を持たせたりすることが報道をする際の非常に強い動因となるわけです。

 イギリスは秘密がいっぱいです。「007」はフィクションですけれども、例えば第2次大戦で、イギリスによる暗号破りが勝利に大きく貢献したと説明されています。国民は諜報活動に一定の意義を認めており、憧れや敬意の対象になっています。

公務秘密法で国の保全情報をまもる

 秘密保持に関する法律はイギリスでは昔からあり、何度か改正されています。一番新しいのは1989年版の公務秘密法で、政府が持っている秘密の漏えい行為に刑事罰が下るようになっています。

 対象となる保全情報というのは、

 ①傍聴とインテリジェンスについての情報

 ②防衛情報

 ③国際関係、外国や国際機関から入手した情報

 ④犯罪についての情報
 
 ⑤通信傍受に関する情報

 ⑥上記についての情報で、他国に内密に伝達されたものです。

 日本でもいくつか特定秘密保護法で設定されたものがありまして、これよりは少しは詳しいかもしれませんけれども、それほど大きな違いがあるのかというと、私から見ると、それほど大きな違いがないような気がいたします。

 法律には次のような重要な部分があります。

 「他人への公務秘密法に反する行為の要求、扇動、ほう助、教唆、またはあらゆる予備行為についても同刑となる」。

 これは、メディアのことを意味しているのだと思いますが、これだけ読むと非常に恐ろしいです。今回の日本の秘密保護法にもやはり同様のことが求められているような感じがいたしました。

 もともと、この法律が成立した最初は、「職務上知りえた一切の情報」の伝達が禁止されておりました。

 89年の改正で、さきほどの①から⑥までにおいて、どんな情報かが限定されています。

 イギリスは原則的にずっと長い間、秘密、秘密でやってきまして、国内の諜報活動をするMI5とか、国外のMI6については、もちろん「007」の小説をみんな読んでいたりしますけれども、長い間、公式には存在しないことになっていました。

 もし違反した場合、処罰はどうなるのか。

 「公務員が公務秘密法における①から⑥のいずれかに該当する情報を流した場合、最長で2年の禁固刑及び(あるいは)無期限の罰金の可能性」と規定されています。

 日本の法案では、単純な比較ですけれども、10年とされています。年数的にはイギリスの方が少ないです。

 もう一つは、「国家の安全保障や国益に損害を生じさせるスパイ行為」を働いた場合、このスパイ行為というのは、いわゆる国家の敵と見なされる相手に利を与える機密情報を記録したり渡したりすることですけれども、この場合は、最長で14年の禁固刑の可能性があります。

海外の法律も厳しい

 今回の特定秘密保護法案の成立までの過程で、海外の状況について書いている新聞記事がありましたが、その中ではいかにも海外では処罰が軽いのではないかというニュアンスの記事も見ました。

 もしかしたら私の読み方がおかしかったのかもしれないのですけれども、例えばアメリカにスパイ法というのがありますが、そのエスピオナージアクト(Espionage Act)では、もし違反した場合には死刑もあり得るのです。ですから、情報を外に流すことに対して、どの国もそれなりに厳しい罰を科すように法律上は設定してあります。

 もっと広い意味の、秘密保護法に限らず、政府あるいは地方自治体の持っている情報をどこまで、どういう公開しているかという点に注目しますと、これは、アメリカが一番早かったと思いますが、イギリスは日本よりも遅くて、2000年に情報自由法(05年施行)ができました。これは「フリーダム・オブ・インフォメーション・アクト」というので、直訳は「情報自由法」ですけれども、実際には「情報公開法」と同じ意味です、この法律によって公的部門が保有する情報へのアクセスが保障されました。

 前の前のイギリス首相だったトニー・ブレアさんの政権のときに成立したのですが、運用については非常に政府側が渋りまして、施行までに5年もかかりました。この法律を使って市民が公的組織に情報開示を要求することができます。ただ、公的組織が拒否する場合もあります。

 開示が公益を害するとみなされた場合は除外情報としますが、20年後には開示されます。当初は30年でしたが、これは2010年に、20年に短縮されました。

 日本の特定秘密保護法の場合は30年、あるいは非常に長くすれば60年ということで、年数だけ単純に見ると、イギリスの方が短い。ただ、安全保障関係の情報は20年より長い公開年限が認められますし、どちらがどうということもないのです。

 年限が30年から20年に短縮されたことで、よりオープンになった印象を受けますが、現実と理想には大きな隔たりがあります。

議員の「経費」情報開示を拒み続けた

 例えば、国会議員の経費に関するスキャンダルが09年に明るみに出ました。

 国会議員の経費といっても、この場合は普通の経費ではなくて、地方に住む国会議員がロンドンにある議会に出席するとき、ロンドンの近くに住む場所がないとだめですよね。これを別宅と呼びまして、スキャンダルは別宅にまつわる経費の請求問題でした。

 多くの議員が、不当に経費を請求しており、それを「デイリー・テレグラフ」という高級紙が暴露しました。

 04年ごろから、フリーのジャーナリストや新聞社の記者が別宅の経費についての情報を議会に問い合わせたのです。情報が十分には出ない状況がありまして、情報公開法が05年から施行されましたので、これを盾に公的な情報なので公開してほしいと言ったのですが、議会側は05年以降もずっとこれを拒否しておりました。

 09年に、デイリー・テレグラフが経費情報が入ったディスクを内部告発者から入手して、報道しました。

 まもなくして国のほうでも経費情報を出したのです。ところが、それがPDFになっていまして、しかも、ほとんどが真黒だったのです。最後の最後までいろいろな情報を隠していたのですが、そういう非常に恥ずかしい事態となりました。

 経費情報公開を求める裁判で、何年も公開を拒んできた議会側を代表したのが議長でしたが、テレグラフの報道後、辞任しました。イギリスの議会史の中で、議長が辞任したというのは、600年以上で初めてだそうです。議会の歴史はもっと前からありますが、前に辞めた人は600年以上前のことだったそうです。

 ですから、例えば30年から20年間に短縮されるというところだけみると非常によいようにも見えますが、実際は情報がとりにくい場合があります。(つづく)
by polimediauk | 2014-04-26 18:29 | 政治とメディア
 日本のメディアについての不平不満や批判をネット空間でよく目にする。

 何かについての批判、不平不満が表明されることは普通だろうが、時として、いわゆる既存メディア(ここでは新聞や大手テレビ局)とネット空間とを必要以上に敵対させるような議論が目に付く。あたかも二者択一の問題であるかのような論の進め方がある。

 つくづく、つまらないなあと思う。

 ほかの国でも新興メディアとしてのネット空間、あるいはネットメディアを既存メディアと対比させることはあるが、いまや、大手メディアがネットメディア化しているので、切れ目がなくなっている。(先般も、米国でテレビの広告費をネットが抜いた・抜かないという報告が大きな注目を集めた。ほぼすべてのメディアがデジタルなのだから、広告もでかくなるのである。)

 伝統的な大手メディアのジャーナリズムに対するネット上の怒りは、日本の外から見ると、大きな期待感の裏返しのようでもある。エスタブリッシュメントに対する怒りや反発、政治が何十年もほとんど同じ政党によって独占されていることや、一生一つの会社に勤めることができないことへの怒りなども背後にあるのだろうか?なぜ?を考えると、さらに次の疑問がわいてくる。

 いまや、私たちみんなが経験しているように、メディア=デジタルメディアである。いろいろな言論がネットにも紙にも、いろんなところに出ている。好きなものを読んで、自分で「これはためになる」と思ったものを選択していこうではないか。テレビ番組がつまらなかったら、自分たちで作れないか、考えていこう。新聞がつまらなかったら、自分で言論の場を作ってみよう。

 昨年末、「マスコミ倫理懇談会」の全国協議会、第12期「メディアと法」研究会の第5回の場で、「イギリスにおける国家機密と報道の自由について」という題でお話をさせて頂く機会があった。

 私自身がメディア報道にがっかりしたことも話してみた。ただ、「メディアだけ」の問題ではない。メディアは私たちの外に独立して存在しているのではない。メディア=私たちなのである。メディアに対する不満は自分たち自身の、そして自分たちが生きる社会への不満であり、もし不満な部分があったら、私たちは変えられるのであるーーという思いを最後の段落にこめてみた。

 以下は講演記録を若干修正したものである。長いので、何回かに分けた。

***

メディアの構成図

 今日は、イギリスの国家機密と報道の自由についてお話をさせていただくということですが、ちょうど日本で特定秘密保護法案が成立するときと重なりまして、海外ではどういうふうに国家機密を保持して、これが報道の自由とはどういう関係にあるのかということについても関心が高いのではないかと思います。それで、今日はそのことについてもお話ししたいと思います。

 イギリスのメディアの構成は、日本も同じですが、新聞とか雑誌の出版業と、それから放送業があります。

 放送業では、「公共サービス放送」という概念がとても強いのがイギリスの特徴です。これは、公共の電波を使っているので公共サービスという意味ではなくて、いろいろな視聴者の方、公共のためになるように番組の内容とか、例えば必ず地方ニュースを入れるとか、独立プロダクションを使うとか、いろいろ決まっています。そういう意味で、公共のために価値のある番組をつくるよう、地上波のテレビにはそういう規則が課せられています。

 出版業、放送業に加え、グーグルやヤフー、ソーシャルメディアといったネットサービスがたくさんその周辺にあるわけです。

新聞は自主規制の長い歴史

 規制の仕組みは、短い言葉で言いますと、新聞業に関しては基本的に自由で、いろいろやっていいということになっています。事前に何かを印刷し、それを当局や政府に見せて出版するという事前検閲制度が17世紀に失効しました。いまは全部原則自由です。

 ただ、アメリカでは憲法の修正第1条で言論や表現の自由が保障されていますが、イギリスではそういうものがありません。

 事前検閲制度はない、つまり公権力による規制というのはなく、原則自由ですけれども、個々の法律によっていろいろと規制がかけられています。例えば、法廷侮辱罪、これは司法審理を乱した、つまり、まだ裁判の結果が出ていないのにある人を犯人視して書いたりすることを含みます。他にも、名誉毀損罪や公務員に対してかかる公務秘密法、人種差別禁止法などたくさんあります。

倫理規定も

 倫理規定による抑制というものもあります。「報道苦情処理委員会」、PCCと呼ばれる組織があります。イギリス新聞界の規制・監督団体というふうに思われている方もいらっしゃるかもしれないですが、これは単にいわゆる業界団体で、新聞報道に読者の方から不満が来れば調査して行動を起こすということですので、自分たちから何か規制を課したりとか、監督したりという機能はありません。

 ただ、加盟している新聞社の編集幹部が集まり、倫理規定をつくっています。例えば、未成年者を保護する規定や性犯罪の犠牲者個人を特定できるような報道をしないといった規定があり、これは日本や他の国も同じだと思います。

 また、裁判所が報道停止令を出すこともあります。例えば、ニュースキャスターが愛人をつくって子どもができ、愛人が子どもの養育費を欲しいというので裁判を起こしたとします。著名キャスターが、自分の名前が報道されると仕事にも影響がありますので、名前を出さないようにしてほしいということを裁判所に頼むことがあります。著名なキャスターの方は非常に高額の報酬を受け取る、やり手の弁護士を雇いますので、時によっては、その人の名前が出ない、そして事件そのものも報道されないようなこともあります。

 これは最近、非常に問題になっていまして、ただ名前だけが出ないのでしたら事件そのものは報道されます。しかし、非常に有力な弁護士を雇って事件そのものを、裁判が起きているということそのものを報道できないようにする動きも一部であります。

放送・ネットはトラストとオフコムで規制

 放送やネット業の規制ですが、BBCの場合、「BBCトラスト」という、日本で言うとNHKの経営委員会のようなものがあります。放送内容や経営陣の給与体系などを規制・監督しています。

 ほかの放送局は、「情報通信庁」などと言っておりますが、オフィス・オブ・コミュニケーションズ、略して「オフコム」というところが規制・監督しておりまして、ネットサービスもオフコムによって規制・監督されています。「放送と通信の融合」という表現がありますが、イギリスでは放送と通信がもう融合しており、一つの規制・監督機関の下に放送、通信、ネット業界が入っています。ただ、ネットサービスのツイッターでも、発言内容によって名誉毀損に問われる場合もあります。つまり、新聞業にも適用されるさまざまな法律がネットサービス及び放送業にも適用されます。

最初の立ち位置が反権力

 そして、実際にさまざまな法律とメディアがどう関わっているかですが、まず頭に入れておきたいのは、イギリスのメディアの報道とか取材スタイルが、少し日本とは違うということです。それは反権力といいますか、反骨精神を非常に表にはっきり出しており、外国の政府なり、自国の政府なり、あるいは議員や官僚など、いわゆる大きな権力を持っている人、あるいは高い地位にいる人について、説明責任を果たさせるようにしております。

 例えば、BBCの職員ならBBCの中で何か不祥事があったとして、その説明責任のためにBBCの社長がBBCのニュース番組に出て、キャスターがいろいろ質問する。そういった場合にも、自分が勤めている会社のトップに対して非常に厳しい質問をしないと、ちゃんとしたジャーナリズムの役割を果たしていないと思われてしまいます。

 また、非常に能動的な取材を行う場合があります。例えば、病院で不正が行われている可能性があれば、病院の中に臨時の看護婦として雇われて潜伏取材をするなど、誰かになりすまして取材をすることがあります。あるいは、ある偉い人が税金逃れをしている疑惑が浮上したら、例えば親類のふりをして役所から情報をとったり、探偵事務所を使ったりします。隠しカメラを使ったりするときもあります。調査報道のためにこのような取材方法を用いる場合もありますが、有名人を追うパパラッチがそのような取材方法を用いて報道被害者をつくるという場合も非常によくあります。

 放送局の報道にはバランスが求められますが、新聞は必ずしも要求されません。中立とか、不偏不党という姿勢が新聞にはあまり要求されておらず、つくるほうもそうですし、読むほうも新聞は必ずしも客観的ではないということを知りながら読んでおります。

新聞界に新たな規制機関ができる?

 マスコミ倫理懇談会の機関誌「マスコミ倫理」に、(2013年年頭に)書かせていただいたのですが、イギリスでは今、新聞報道に規制がかかるかもしれない動きがあります。それは、新聞報道についての大掛かりな調査をした委員会、通称「レベソン委員会」の動きです。

 きっかけは、もう廃刊になってしまいましたが、いろいろなゴシップや中傷記事、あるいはテレビ番組やスターの動向を載せるような親しみやすい大衆紙の一つが、たくさんの有名人の携帯電話の留守番サービスを利用して、そこに残した伝言を、携帯電話の持ち主が知らないようにして盗聴していた、聞いていたという事実が発覚したことです。

 2005年ごろのことですが、当初は一部の有名人を対象としたと思われていましたが、その後、政治家も含めてたくさんの人の携帯電話が盗聴されていたことがわかってきました。留守番電話の伝言を聞いたことを盗み聞きや盗聴ということになるのかわからないですが、話を簡単にするために「盗聴」という言葉を使わせていただきます。

 結局この大衆紙は廃刊になりましたが、これを機会に新聞報道のあり方を検証するため、イギリスのキャメロン首相がブライアン・レベソン判事が率いる独立調査委員会を発足させました。委員会は、数か月かけて新聞関係者や政治家、記者や報道の被害者などを集め、公開でいろいろな証言をとりました。そこで初めて一般の人は、一部の有名人だけではなくさまざまな人が犠牲になっていたことを知りました。

 例えば、有名人の一人としては、『ハリー・ポッター』を書いた小説家の方が証言をしました。しつこく新聞記者やパパラッチなどに追われたために、引っ越しをしたり、自分の娘が学校に持っていくランドセルの中に取材希望のメモが入っていたり、いろんなことがあった。過剰取材による報道被害に遭った人の生の声がここでかなり出ました。

 その結果、レベソン委員会は12年11月末に新聞界の悪しき慣行をなくするための2,000ページにわたる報告書を提出したのです。

 報告書には様々な提言が含まれていました。例えば、PCCは新聞業界に近過ぎてしまい、こういった報道被害を何も防ぐことができなかったため、本当に独立した規制・監督機関をつくることを提案しました。また、報道被害者が利用できる簡易裁判所を設置しましょうと提案しました。

 さらに、報道の訂正記事についても提言がありました。通常、新聞は事実の間違いがある記事を出したとき、訂正記事は後ろのほうのページに小さく載せるだけです。それでは名誉を回復することになりませんので、少なくとも目立つところ、あるいは最初に記事が掲載されたページに訂正記事を掲載するよう提言しました。

 そして、警察をはじめ権力との癒着を防ぐため、取材をした場合には全てオンレコにするということも提案しました。これはちょっと現実的ではないと思いますが、このような提案を含む、報道被害者の側に立った報告書でした。

 しかし、2,000ページもある報告書に対して、インディペンデントという新聞は、報告書が出た翌日、新聞の一面とウェブサイトに報告書の表紙をポテトチップスを包む紙にした写真を載せました。長過ぎて誰も読まず、出た翌日にはもう捨てられてしまうごみと同じだ、意味がないということを表したのです。

 現状ですが、報告書が出てから1年経ってもまだ規制・監督機関はできておりません(注:2014年6月、設立予定)。なぜかというと、これまでにそういう新聞界を規制するような規制・監督機関がなく、各新聞社の足並みがそろわないためです。

 報告書は組織の独立性を保障するため、外部機関にこの組織を認定させることを提唱しましたが、これをどう作るかで議論がたくさん出ました。13年3月には、国王が法律的な命令をする王立憲章という形で新組織を発足させようということで、与野党が議会で合意したのですが、多くの新聞社は報道の独立性に政治を介入させてはいけない、として反対しました。そして、とうとう独自に、独立新聞基準組織というものを14年に設立する予定になりました。

 しかし、経済紙で有名なファイナンシャル・タイムズやスノーデンの報道で著名になったガーディアン、あるいはインディペンデントなどいくつかの大きい新聞が賛同しておりませんので、本当に規制などできるのかよくわからない状態です。

新聞界の反対ロビー活動

 なぜ新聞側は反対するのか。この点は今回の特定秘密保護法の新聞による反対に似ているような感じもします。

 イギリスの新聞側は、非常に大きなロビー活動をしまして、新聞の紙面の1面いっぱいを使ってレベソン委員会が提言した規制・監督組織に反対する広告を出したり、テレビにも反対広告を出しました。法律によって新聞の報道を規制することに対して反対したわけです。また、例えばちょっとしたことで名誉毀損で訴える人が簡易裁判所に殺到したら、地方の新聞社をはじめ小規模な新聞社は罰金を払えなくなり、結果的に報道の自由への干渉が強くなるのではないかと心配したのです。

 報告書を見ると、例えば報道倫理に反した報道をした場合、最大で100万ポンド(約1億5,000万円)の罰金を課すという項目もあります。本当に100万ポンドの罰金が課されるところは少ないかもわからないのですが、それでもこれはかなり重荷になりますので、新聞社の中では反対をした人がたくさんおりました。

 王立憲章に基づいて規制・監督組織をつくるということについても、下院議員の3分の2以上の支持がないと変えることはできません。逆に言うと、下院議員の3分の2以上の支持があったときには、変えることができる。政治家に都合のよいようにされてしまうのではないか、調査報道ができなくなるのではないかという思いから、反対のロビー活動をしました。

 結局、委員会が立ち上げられ、いろいろな人が証言をするなど税金を使って調査をしたけれども、もともとの理由、つまり報道の被害者を減らすにはどうすべきか、被害が出ないようにするにはどうすべきかといったことについては何も片づいていないのです。訂正や謝罪記事についても決まっていない。

 同時に、報道を萎縮させるような雰囲気も出てきました。例えば警察官からオフレコで取材することに対して、これはいいのだろうかと。また、新聞業界が大規模なロビー活動をした結果、逆に、業界は一体何をしたいのか、見えないようになりました。

 多くの国民は、報道被害者を救済するため、ちゃんと議会を通して法律をつくり、新聞業界から独立した規制機関をつくることを支持していますが、それが形になっていないということで、新聞業界に対する不信は大きくなったのではないかと思います。レベソン委員会の報告書は分量が多く、理解もしにくいかもしれませんが、マスコミと倫理という面では重要な出来事ではないかと思います。

 結局、新聞界は読者の信頼を得られるような倫理観をもって報道しているというより、勝手気ままにいろいろな報道をしているという感じです。いままでもそうでしたけれども、これからもしばらく変わらないような印象を一読者としてはもっています。(つづく)
by polimediauk | 2014-04-26 07:14 | 政治とメディア
 急速に展開するウクライナ情勢。ウクライナ南部にあるクリミア自治共和国では11日、ウクライナからの独立を宣言する文書を議会が採択した。16日の住民投票後、クリミアが独立した主権国家になる可能性もあり、目が離せない状態となっている。

 今月上旬、ロシアの英語ニュースのテレビ局「RT」(旧ロシア・トゥデー)のキャスターが、ロシアが親露武装集団をクリミアに配置させたことを番組内で「間違った行為だ」と発言し、大きな注目を集めた。(もしまだこのときの様子を画面で見ていない方は、ユーチューブで確認していただきたい。ほんの1分強の動画だが、また、細かい言葉がつかめなくても、その言いっぷりにはっとするはずである。)

 その後、別のキャスターが今度はプーチン大統領を批判して番組中に辞任宣言。あっという間の展開となった。この二人のキャスターの発言については、「欧州メディアウオッチ」のコラムで書いたので、関心のある方はご覧いただきたい。
 
 報道番組のオンエアーの時間を使って、ロシアがお金を出している放送局で、ロシア政府や大統領を批判を堂々と行うとは、驚きだ。私はこれはものすごいことではないかと思う。

 英国のジャーナリストが、自分が働くメディアでもしスキャンダルが発生したら、これをきっちり書けるか・報道できるかといったらなかなか難しい。

 ほぼ唯一、英国のメディアで自分の組織の上司やスキャンダルを堂々と報道し、これでもか!と言えるほどの厳しい質問を相手に浴びせられるのはBBCぐらいしかないと思う。

 そのBBCでさえ、辞任覚悟でキャスターが本音を言うなんてリスキーなことはしない・・・。

 といっても、今はウクライナ問題で大プロパガンダ合戦が起きている真っ最中であるので、「RTって、すごいね!」とほめる必要はない。先の二人のキャスターもそれぞれの陣営(ロシア・RT側と欧米側)のプロパガンダの一部になっているといえなくもないのだから(本人たちにはその気がなくても、である)。

 この件で情報を探していたら、1980年代に政府に抵抗した旧ソ連のジャーナリストの話が出てきた。以下はBBCのニュースサイトからの紹介である。

 ロシア人とブルガリア人の両親の下に生まれた、ウラジミール・ダンチェフ氏。出身は現在のウズベキスタンの首都タシュケントであった。「ラジオ・モスクワ・ワールド・サービス」というラジオ局の英語ニュースを読むアナウンサーだった。

 彼の友人バシリー・シュトレコフ氏が2006年に語ったところによれば、ダンチェフ氏はソ連共産党のメンバーで、当時のソ連社会に住む、普通の若者と言った感じだった。

 1983年、ソ連がアフガニスタンに軍事介入する事件が起きた。これにダンチェフ氏は義憤を感じたようである。

 あるとき、原稿の文章の中に否定を意味する「not」が入っていないことがあったという。ミスプリントだったが、「ノット」を入れないことで文章の意味が変わることに気づいた。そこで、政府がある事実を否定する「ノット」を入れた原稿を渡されても、故意に「ノット」をいれず、事実を認めたという意味になるように読むようになったという。いつでもミスプリのせいにできるのだ。

 シュトレコフ氏が台所を片付けていたとき、ダンチェフ氏がラジオでニュースを読み上げた。

 「・・・ソ連の占領軍が村を焼き払った」-。シュトレコフ氏はこの部分を聞いて「信じられないほど、驚いた」。

 当時、駐アフガニスタンのロシア軍は、政権のプロパガンダによれば「国際的兵士たち」の「限定的な集団」で、「アフガニスタンの友好的な人々」を助けるためにアフガンにいるはずだった。「占領軍」ではなかったはずだった。

 翌日、シュトレコフ氏は職場でダンチェフ氏に会い、原稿を読み間違えたのかどうかをきいてみた。

 「そんなことはないよ。書いてあるのを読んだだけだ」。これでシュトレコフ氏はダンチェフ氏が故意に「占領軍」と読んだことを確信した。

 1983年5月23日、BBCの国際ニュースのラジオ放送「BBCワールドサービス」がダンチェフ氏の行為を暴露報道。

 これを通信社電で知ったシュトレコフ氏はダンチェフ氏に教えようと、職場を探し回った。ダンチェフ氏はちょうど、生放送中だったー。

 政府にたてをついた行為がばれて、ダンチェフ氏はタシュケントにある精神病院に送られたという。後、ラジオ局に戻ってきた。

 シュトレコフ氏は先の2006年のインタビューの中で、ダンチェフ氏がその後どうなったかは分からないと答えている。

 BBCワールドサービスがダンチェフ氏の行為をばらしたというくだりが、昔から続く情報戦の一端を垣間見せる。
by polimediauk | 2014-03-13 06:34 | 政治とメディア
片方では鍵をかけ、片方で外に出っぱなし?

 日本で特定秘密保護法が成立したが、視点を日本の外にも広げると、いわゆる「NSA報道」とのからみが気になる。

 例えば、昨年6月から、元米中央情報局(CIA)職員エドワード・スノーデン氏のリーク情報により、米英の諜報機関の機密情報が複数の報道機関によって暴露されている。米英はともに核兵器を所有し、世界の紛争地に軍隊を派遣している。そんな国の機密情報が漏れている。いわば、一方では鍵をかけておいて、一方では蛇口が開けっ放しになっている状態だ。果たして日本でかけた鍵でどれだけ機密情報を閉じ込めて置けるのだろうか?そんな疑問を筆者は抱いた。

外国と比べてどちらがよいかは比較しにくい

 特定秘密保護法の成立前、日本の外に住む筆者に対し、この法案を批判して欲しいという主旨の原稿依頼を受けた。諸外国の例はこうで、良い面も悪い面もあるという指摘では済まされず、「反対である」というテーマに沿っての原稿が欲しい、と。

 しかし、筆者の正直な思いとして、(上)で表記した数カ国の機密保持体制と日本の特定秘密保護法を比較し、どちらが報道の自由を担保する面でより良いかの結論を下すのは、かなり困難だ。政治環境、国防についての考え方や実践の度合い、国民の言論の自由についての考え方など、異なる要素がいくつもあるからだ。

反権力を表に出す英国ジャーナリズム

 例えば英国である。日英のジャーナリズムの立ち位置には、大きな違いがある。

 英国では放送機関には公平さが求められるが、新聞界は独自の論調を前に出す。

 報道の原点は「反権力」だ。ある事柄が国家の機密であったとしても、伝える意義があるとジャーナリスト側が信じれば、報道するのが基本姿勢だ。ジャーナリズム機関が報道する場合、記者、編集幹部、経営陣が一丸となり、時には裁判沙汰になっても、(資金が許す限り)報道を続けてゆく。

 法律の規定、解釈の比較だけでは国家機密と報道の関係が明らかにならない。

 最後に、日本で報道機関が果敢な報道を行うための助けになればと思い、ドイツと英国のメディアによるスノーデン事件の報道例を紹介する。

ガーディアンの報道例

 スノーデン元CIA職員からのリーク情報を元にして、米国家安全保障局(NSA)や英政府通信本部(GCHQ)が大規模な情報収集をしていたという報道を率先して行ってたきたのが、英国ではガーディアン、米国ではワシントン・ポスト紙、ドイツのニュース週刊誌「シュピーゲル」であった。

 ガーディアンはNSA報道を始めるにあたり、英政府関係者に事実確認のために連絡を取った後で、何をどのように報道するかを部内で熟考し、独自に報道を開始した。

 昨年6月上旬の初報以降、スノーデン氏のリーク情報を引き渡すようにと何度か政府側から言われたが、ガーディアン側は拒否。7月中旬、官邸関係者がガーディアン本社を訪れ、引渡しを命じた。これを拒否したガーディアン編集長アラン・ラスブリジャー氏は巨額の訴訟費用を投じて引渡しを跳ね返すのではなく、関係者の眼前で情報が入ったコンピューターのハードディスクを破壊する道を選択した。

 編集長者はすでに情報を米ニューヨーク・タイムズ紙や独立サイト、プロパブリカと共有する手配をしていた。これを利用して報道は継続中だ。「報道の自由を憲法の修正第1条で規定する米国のメディアには政府側はおいそれとは手を出さないだろう」という計算もしていたようだ。

 8月末、ロンドン市警はNSA報道に関連する資料を携帯していた、ガーディアンの記者(当時)グレン・グリンワルド氏のパートナーの男性を英ヒースロー空港で数時間に渡り拘束した。このとき、携帯電話、ラップトップなどNSA関連の情報が入っていると思われる電子機器を、テロリズム防止法を使って、男性から没収した。この拘束事件が発生して初めて、ラスブリジャー編集長は前月に起きたハードディスク破壊の顛末を自分のブログで発表した。

 英当局が国家機密をこのような手荒な形でメディアから没収することは非常に珍しい。

 その後も様々な逆風が吹いた。「ガーディアンの報道は国益に損害を与えている」という趣旨の発言がキャメロン首相を含む複数の政治家の口から出るようになった。

 11月には国内及び海外の諜報活動に従事する英国の3大情報機関(国内の諜報活動によって国家の安全を維持するMI5、国外の諜報活動にかかわるMI6、通信傍受を担当するGCHQ)のトップが初めてそろって公に姿を現し、議会の情報安全委員会で証言し、この中でMI6長官が活動情報が報道されたことで「大きな損害があった」と述べるに至った。

編集長はどうやって議員らを振り切ったか

 12月、ラスブリジャー編集長は下院の内務問題委員会に召喚され、1時間にわたり委員ら(議員)から質問を受けた。報道によってテロリストたちに情報が行き渡り、「国益を損なっている」という批判に対し、編集長は「米英政府幹部から損害は発生していないと聞いている」と答え、国家の安全を脅かしているという説には「曖昧な批判で、具体性がない」「証拠が示されていないので、検証ができない」と切り替えした。

 質疑の中で、編集長はいかに同紙が幅広い情報網を通じてリーク内容の真偽やその影響について調査・分析し、注意深く報道をしているかを切々と述べた。独立した新聞の編集長が報道内容について議会の委員会に召喚されるというのはそれだけでも報道にブレーキをかける圧力になり得るが、ラスブリジャー氏はこの機会を使って、ガーディアンが真摯に報道を行っていることをアピールした。

シュピーゲルが経験した逮捕事件

 ハンブルクに本拠地を持つドイツのニュース週刊誌「シュピーゲル」は、調査報道に強い媒体だ。筆者がロンドン支局長クリストフ・シュアーマン氏に聞いたところによると、ドイツ政府がシュピーゲルに対し、NSA報道を規制するような圧力をかけたことはないという。「一般的には権力側からの圧力がないわけではないが、ハードディスクを破壊させるというようなあからさまな行動にはでない」。

 ドイツの報道の自由において大きな分水嶺となる事件(シュピーゲル事件)が発生したのは、1962年だ。シュピーゲルはドイツの軍事力を分析した17ページにわたる記事を掲載したが、これが国家反逆罪などに当たるとして、発行人、編集長、記者たちが逮捕されたという。言論の自由を踏みにじるような展開に抗議する大規模デモが発生し、内閣も崩壊した。

 最終的にシュピーゲル側は無罪となったが、これ以来、「当局はメディアに簡単には手を出さない」という。また、編集部員250人と事実確認を専任とするスタッフ85人を抱えるシュピーゲルが綿密な調査を行った後に報道することも政府は知っており、これが干渉を受けないための抑止策となっているという。

 ドイツでは、憲法第5条で報道の自由が保障されている。報道する側は、個人、国家の安全保障、諜報部員の命などに損害を与えないよう、責任を持って何を報道するかを決めている。また、メディア側も「国家の安全保障に関わる問題を報道するとき、どんな影響があるのかを非常に慎重に編集部内で討議する」という。

 言論の自由、報道の自由を守るには政府当局側と報道機関の間に緊張感と互いに対する敬意も必要という実例をシュピーゲルで見た。

 しっかりした報道が、権力からの無用の圧力をはねかえす抑止力になるーこれは覚えておいた方が良いだろう。(終)

***

「新聞研究」1月号、「メディア展望」1月号などに掲載された筆者記事に補足しました。
by polimediauk | 2014-02-02 19:56 | 政治とメディア
 昨年12月6日、安全保障に関する機密情報を漏洩した人への罰則を強化する特定秘密保護法が参院で可決され、成立した。野党側が審議の延長を求め、国会の外では法案に反対する多くの人が抗議デモに参加する中の可決となった。

 新年を迎えたが、秘密保護法についての議論が一部の国民の間では続いているように思う。

成立してしまった・・・

 私自身がもっとも衝撃を受けたのは、実際にこの法律が成立してしまったことだ。というのは、反対論がかなり強かったように認識しているからだ。

 国民の大部分が関心を持っているような話題ではなかったかもしれないし、そういう意味では反対の声を上げた人は数的に言えば少なかったかもしれない。

 しかし、抗議デモも含め、強い反対論が知識陣の間に出ている中での成立には割り切れないものを感じた。「今回は見送る」という選択肢はなかったのか。

 それと、成立したこと以上に衝撃だったのは、最後の参院での投票の場面をどの大手テレビ局も生中継しなかったことだ。後で、ニコニコ動画でやっていた、衛星放送ではやっていたと聞いたのだけれども、普通の主要チャンネルで放送できなかったのだろうか?

 私は、そのとき、東京にいた。家に衛星テレビはない。チャンネルを回して生中継がないと分かったとき、私はネットで見ようと思った。しかし、このとき、日本にはBBCテレビの24時間ニュース(放送局がネットで生放送、ネットにつながってさえいれば、視聴可能)に相当するものがないことに気づいた。突如、目隠しをされた感じがした。なんだか、絶句の思いだった。

 前に、「アラブの春」を日本のテレビが生では中継せず、「情報が出ない」とネット上で不満を言っている発言をツイッターなどで見た。そのときはなぜそんなことに文句を言っているのか、ぴんとこなかった。

 しかし、あの参院可決の日、生情報を同時に見れないことに気づいたとき、愕然とした。ああ、こういうことだったのかと初めて合点がいった。

 ツイッターで聞いてみると、ヤフーがネットで生中継(投票の様子を映し出す)しているという。早速ヤフーのサイトに行き、見ることができた。

 後から考えると、国会自身による生中継もあったかもしれないので、道はあったわけだけれども、「情報から遮断された」という思いは消えなかった。

 それにしても、なぜ地上派大手チャンネルは可決の場面を生で放映しなかったのだろう?報道番組を作っている人が、自分自身で知りたいとは思わなかっただろうか。自分で知りたかったら、視聴者も知りたいだろうとは思わなかったのだろうか?自分が知りたいと思うかどうかが鍵を握る。

 記者はツイッターでは「生中継」したのだろうか?

 結局のところ、日本は「定時ニュースの国」なのだろうなあと思った。それでは遅すぎるのではないだろうかー?「定時」ではだめだろう・・・。・・そうか、だからヤフーニュースをみんなが見ているのだなあとも実感した。

 特定秘密保護法、欧米の状況、国家機密と報道などについて、「新聞研究」(日本新聞協会の月刊誌)1月号、「メディア展望」(新聞通信調査会発行)1月号などに書き、マスコミ倫理懇談会全国協議会でこのテーマで昨年、話す機会があった。以下は複数の原稿とトークでの話をまとめたものである。

欧州メディアの報道振り

 欧州数紙は、言論の自由を脅かす動きとして秘密法の可決及び可決前夜を報じている。

 見出しを拾ってみると、「日本の内部告発者たちが国家秘密法案によって取り締まりに直面」(英ガーディアン紙、昨年12月5日)、「国家の機密の流布:内部告発の口を封じる、賛否両論の法律を日本が決定」(独シュピーゲル誌、同日6日)、同月6日、「日本が報道の自由を制限:メディアは福島の原発事故を報道し続けられるだろうか」(独フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥング紙、同日)、「日本の秘密保護法案がノーベル賞受賞者らに批判される」(仏AFP通信、7日)など。

 それぞれの報道は法案が提出された理由(安倍首相が改憲を含む日本の国防体制の変更を視野に入れている、米国からの要請あるいは圧力、国家の機密保護に特定し法律がなかったなど)を説明し、法案の問題点として「秘密の定義があいまい=際限なく拡大解釈される可能性がある」、「秘密指定に第3者が入らないことで透欠く」、「必要な情報が公開されない傾向がますます強くなる」など、日本のメディアが指摘してきた点を挙げている。

 ガーディアン紙は先の記事の中で、言論の自由の擁護を目的とする非営利組織「国境なき記者団」(本部パリ)の声明文から、法の実施により日本では「調査報道が違法になる」という部分を引用している。

「弱々しい」メディア?

 複数の欧州メディアの記事の中で何度か繰り返されたのが、「飼いならされた」あるいは「弱々しい」日本の組織メディア、という表現だ。

 例えば、先のAFP通信の記事で、こういう個所がある。「政府は2011年、福島で発生した原発事故の重大さについてのニュースの公表を控えた。現在でも国家は大部分に置いて閉じられたドアの後ろで動いている」、「問題なのは、こうした状況が比較的弱い新聞組織によって悪化しているという点だ」。

 英ニュース週刊誌「エコノミスト」のアジア部門のエディター、ドミニク・ジーグラー氏も同様のニュアンスで日本の大手メディアを論評していた。同氏は東京と北京での勤務経験がある。

 2年半前の福島の原発事故発生後、間もなくしてジーグラー氏に取材し、日本のメディアをどう評価するかと聞たところ、「あまりにも政治エスタブリッシュメント(政治家や周囲にいる人々を指す)に対して、慇懃・丁寧すぎる」という。

 大手報道機関が政治エスタブリッシュメントに「礼儀正しい態度をとる事で、本当の問題を国民のために報道しない」という。「これは日本のメディアの大きな弱点だ」。

 特定秘密保護法は報道機関にとって仕事がしにくくなる法律と筆者は考えるが、法律を守る、つまりは「礼儀正しく」あることを最重要視した結果、大事な事柄を報道する努力を停止させることはないだろうか。

欧州諸国の秘密守秘状況

 国家機密の設定や情報公開について欧州各国の状況をざっと見てみる。

 英国(正確には人口の5分の4が住むイングランド・ウェールズ地方での話だが、そのほかの地域の司法権もこれに概ね準じる)では、これまで数回に渡り改正が行われてきた公務秘密法によって国家の機密が保護されている。

 国家の安全や国益に損害を生じさせるスパイ行為(進入禁止地域に足を踏み入れる、国家の敵に役立つ機密情報を記録する、敵に渡すなど)を行った人物には、最長で14年間の禁固刑が下る。

 1990年施行の公務秘密法の下では、公務員として勤務する人物が「安全保障と諜報」、「防衛」、「国際関係」、「犯罪者に有益な情報」、「通信傍受・電話盗聴」、「他国に秘密裏に提供された情報」の6つに該当する情報を漏らした場合、刑法違反となり、最長で2年の禁固刑および(あるいは)無制限の罰金を科される可能性がある。

 公務員ではない個人、あるいは報道機関が公務員から機密情報を受け取り、これを公開することも同法の侵害となる。

 秘密文書であっても、一定期間の経過後には歴史的記録となることから、文書の発生の翌年から20年経過後に開示するようになっている。ただし、安全保障を担当する機関が提供した情報や国家の安全保障に関わる情報については例外として個別に公開年限を定めることがある。

 ドイツでは国家機密を他国に漏えいした場合、刑法によって反逆罪となり一年以下の禁固刑か、特に重大な案件の場合は終身あるいは5年以下の禁固刑が科されることがある。国家機密を非認可の人物や国民一般に漏えい(英語版では「disclosure」)した場合、特に重大な場合は10年以内の禁固刑の対象となり得る(95条)。一方、97条による機密情報の「暴露」(revelation))では5年以内の禁固刑か罰金を科せられる可能性がある。

 独連邦公文書館法の下、国民は作成から30年経過したすべての公的記録資料(機密資料はのぞく)にアクセスする権利を持つ。

 フランスでは国家機密を刑法第413-9条で規定している。

 公文書には自由閲覧原則が採用されているが、内容によって閲覧制限がつく。国防の秘密、外交上の国家の基本的利益、国家の安全保障、公的安全、個人の安全または私的生活の保護を侵害する文書は50年間の閲覧制限の対象となる。

ちなみに、1917年にスパイ防止法を制定した米国では、機密の指定範囲と期間を大統領命令13526号で定めている。現在、機密として指定されているのは軍事計画、外国の政府に関する情報、外交活動、諜報活動、大量破壊兵器の開発など8つの分野だ。機密情報は25年を過ぎると、自動的な指定解除の対象となる(例外もある)。(続く・次回は具体例)

***

参考資料:「諸外国における国家秘密の指定と解除―特定秘密保護法案をめぐって 調査と情報―ISSUE BRIEF-NUMBER 806(2013.10.13) 国立国会図書館調査及び立法考査局行政法務課 今岡直子氏著」
by polimediauk | 2014-02-01 23:18 | 政治とメディア