小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


by polimediauk
プロフィールを見る
画像一覧

カテゴリ:政治とメディア( 235 )

c0016826_17534096.jpg 英国のテレビ司会者、デービッド・フロスト氏(74歳)が8月31日、乗船中のクルーズ船で死去した。死因は心臓発作とみられる。(右の写真はガーディアン紙の9月2日付トップ。「フロスト・リポート」の頃のフロスト氏。)

 フロスト氏は英国のメディア界にとって、巨星のような存在だ。一目置かれた存在あるいは超大物と言っても良い。

 同氏がなぜ「巨星」と呼ばれるのかというと、少なくとも3つの理由があるだろう。

 1つには、1960年代、同氏がまだ20代の頃に、政治風刺の番組の司会者となり、大きな風刺ブームを作った。日本でも、フロスト氏を知らなくても、英コメディー・グループのモンティ・パイソンなら知っている方がいらっしゃるかもしれない。モンティ・パイソンの中心となるコメディアンらがフロスト氏の番組に出演していた。

 2つ目は、77年に行われたニクソン故・元米大統領(任期1969年―1974年)への単独インタビューだ。全米を揺るがした政治スキャンダル「ウォーターゲート事件」で失脚し、大統領を辞任したニクソンをフロストがインタビューした。

 英国に住むフロスト氏にとって、米国に渡り、放送してくれるネットワークを探し、もろもろの制作費を出してくれる人・会社を見つけるのは財政的にも非常に大きなプロジェクトだった。番組化できただけでも大事だが、ジャーナリズムそして政治の面からは、ウォーターゲート事件について謝罪を引き出したことで、金字塔を打ち立てたともいえよう。

 ちなみに、非常に簡単な説明で恐縮だが、ウォーターゲート事件(1972年)とは、米民主党全国委員会事務所への不法侵入・盗聴事件。事件の調査過程でニクソン大統領が盗聴に関わっていたことが明らかになり、1974年、辞任する羽目になる一件だ。任期中に辞任した大統領はニクソンが初めてだ。

 フロスト氏のニクソンへのインタビューは舞台劇化(2006年)、及び映画化(08年)されている。

 3つ目は、さまざまな著名人へのインタビューだ。イランのパーレビ元国王、リビアのカダフィ大佐、英国の歴代首相、米国の歴代大統領、ビートルズ、そのほかのたくさんの著名人。

 フロスト氏といえば、少なくともこの3つを押さえておきたい。
 
 個人的な思い出としては、一度だけ、場をともにしたことがある。

 フロスト氏は後年、カタールの衛星放送局アルジャジーラ英語の司会者となった。

 この放送局の英国本部がロンドンにあり、2005年ー6年ごろ、英語放送開始の前に、パイロット版を作っていた。この時、数人の外国人記者をスタジオに呼んで、フロスト氏との掛け合いを行った。

 私はアジアにいる特派員の役で、30分ほどの番組の練習につきあった。フロスト氏はスタジオ内にいる数人の特派員(海外の各地にいると想定)に次々と現地報告を聞き、特派員がこれに答えるという形である。

 あっという間に時間が過ぎて、最後、フロスト氏は出演者一人ひとりと握手した。私も手を握り、「また会いましょう」と言ったー。そっと握った手の感触を長い間、覚えていた。ご冥福をお祈りします。

***


 以下は、筆者が過去に書いたフロスト氏についての記事をまとめ、情報を追加したものである。前に一部を読まれたことがある方は重複になるが、ざっと振り返るためにご活用いただきたい。また、上にあげた3つの功績だが、最後の「著名人へのインタビュー」については追加の情報を入れていない。この点、ご了解いただきたい。(以下、敬称略。)

***

 フロストは、1939年4月、英ケント州に生まれた。父はメソジスト教会の牧師だった。成績優秀な児童が進む「グラマー・スクール」で勉強し、ケンブリッジ大学(専攻英語)に進学した。

 大学時代に学生新聞や文学雑誌を編集し、「フットライツ」演劇集団でも中心的な存在となる。

 ケンブリッジ大のフットライツといえば、1960年代以降、英国で盛んになったコメディ・風刺ブームを担う人材を数多く生み出した集団として有名だ。

 モンティ・パイソンを結成するジョン・クリーズ、米国でも活躍する俳優のヒュー・ローリー、女優のエマ・トンプソンなどがほんの一例だ。

 フロストは時事風刺番組「ザット・ワズ・ザ・ウイーク・ザット・ワズ」(1962年―1963年)の司会者となり、60年代の英国の風刺番組ブームの火付け役となった。同番組は米国版も制作されている。

 別の風刺番組「フロスト・レポート」(1966年)も大人気となった。これは視聴者をスタジオに入れて収録した、英国で初めての時事番組だった。

 「ロンドン・ウィークエンド・テレビジョン」(LWT)や 「TVam」といったテレビ局の立ち上げもフロストとその仲間たちの手によるものだった。

クイズ番組の司会者や著名人へのインタビューで知られるフロストは、1964年以降の英国の全首相(最後はブレア元首相)の単独インタビューを行っている。

 私生活では喜劇俳優故ピーター・セラーズの最後の妻となったリン・フレデリックとの結婚後、ノーフォーク卿の娘と再婚。自分自身が押しも押されぬ超有名人の一人となっていった。

―マードックと一戦?

 LWTでフロストがインタビューした人物の一人に、オーストラリア出身のメディア王ルパート・マードックがいた。

 ジェローム・タッチルの書いたマードックの自伝「ルパート・マードック」によれば、フロストはマードックを攻撃するようなインタビューを行ったという。

 きっかけは、「プロフューモ事件」だ。1960年代半ば、ジョン・プロフューモという当時の英国防大臣が、ロシアのスパイとの間で、図らずも愛人を「共有」していたことが発覚した。

 プロフューモは辞任し、世間から一切姿を消して、ボランティア活動に従事していた。

 それから5年後、当時の愛人が告白話をマードックが所有していたタブロイド紙に売った。新聞は飛ぶように売れたが、英国民が忘れたがっていた過去を思いださせたマードックに対し、嫌悪感が国民の中に湧いた。

 フロストの番組にやってきたマードックに、フロストは国民の中にあったマードックへの反感を代弁するようなインタビューを行った。

 マードックはフロストに対し強い怒りを感じたらしい。1970年、経営が悪化していたLWTの支配権をマードックが握った。マードックは、即、フロストを首にしたという。

―元同僚の意見は?

 フロストをよく知る人物、デービッド・コックスの見方を紹介しておきたい。コックスは英ガーディアン紙のウェブサイトの映画コラムニストの1人。LWTの元ニュース部門の統括者で、フロストは仕事仲間だった(ちなみに、LWTは現在民放ITV1の一部になっている)。

 コックスによれば、「フロストxニクソン」の中にあったような、一人のジャーナリストが政治家を長時間インタビューし、本音を引き出すというやり方は、現在ではほぼ実現不可能だと言う。1990年代以降、丁々発止のやり取りを避けようとする大物政治家が厳しい取材者のインタビューには応じない傾向が出たからだ。

 また、2005年まで続いていたBBCの朝のインタビュー番組(現在は、ジャーナリスト、アンドリュー・マーが引き継いでいる)では、フロストは映画の中で見せたような厳しい質問をしなかったと言う。丁寧な言葉遣いで政治家に話しかけるフロストは、コックスの観察によれば、「政治家が困惑するような質問を避けていた」。フロスト自身は「サーガ」という雑誌の取材で、相手を糾弾するような質問の仕方は、期待する答えを引き出すためには「逆効果だ」と説明している。

 フロストは、「後年になると、権力者の説明責任を問うよりも、友人となることを重要視するようになった」とコックスは語る。毎年フロストが開く夏のパーティーに多くの著名人が招待されるのがその証拠だそうだ。

 コックスによれば、ニクソンは、大統領職の最後に起きたウォーターゲート事件のためにベトナム戦争の終結や中国との国交成立などの大きな業績が忘れられてしまった。

 フロストには、1960年代の風刺ブームを作り、「欠点のある大統領を破滅させた」功績がある。しかし、「その後は、フロストも(ニクソン同様)使命を果たさなかった」とし、ジャーナリストとしては大した仕事をしていないと厳しい評価を下している。

―フロストは「フロストxニクソン」をどう見たか?

 フロスト自身はドラマ化された「フロストxニクソン」をどう見ているのだろう?「サンデー・タイムズ」紙の別冊「カルチャー」2009年1月18日号のインタビュー記事から一部を紹介してみよう。

 2006年の舞台劇が監督ロン・ハワードによって映画化されたわけだが、ハワードは「素晴らしい仕事をした」とフロストは絶賛する。

 舞台劇を作る前に、台本を書いたピーター・モーガンは、フロストに対し「自分は言ってみれば『知的なロッキー』を作るつもりだ」と語ったという。これに感銘したフロストは英国での上演に関して何の報酬も要求しなかった。

 映画化にあたってはロイヤリティー料金を受け取ることにした。その比率は語らなかったが、脚本の書籍化、オリジナルのインタビューのDVDなどが発売されているので、相当額の報酬を得るようだ。

 少々不満なのはニクソンをインタビューする前のフロストが司会者としては盛りを過ぎていたようなニュアンスが出ている点だ。

 しかし、「どんなことも最後は真実が明らかになる」とし、芝居・映画ができたことを「非常に喜んで」いたそうだ。(次回は映画化された「フロストxニクソン」とその背景)
by polimediauk | 2013-09-03 17:44 | 政治とメディア
 もうひとまず終った感のある、与党・自民党によるTBSの番組への出演停止宣言事件。今後、似たような例が起きないことを強く望んでいる。政治家による、報道機関への威嚇行為だったと思うからだ。

 この件を知ったのは、自民党田村重信氏による一連のブログ記事だ(なぜ自民党はTBSに対して取材・出演の一時停止したのか!

 この中に、朝日の新聞記事の紹介があった。

 
引用:

 自民、TBS取材や出演を拒否 党幹部級、報道内容受け
(朝日新聞デジタル 7月5日(金)5時20分配信)

 自民党は4日、TBSの報道内容について「公正さを欠く」などとして当面の間、党役員会出席メンバーに対するTBSの取材や出演要請を拒否すると発表した。問題視したのは、6月26日放送の「NEWS23」で通常国会会期末の法案処理を報じた内容。党は「重要法案の廃案の責任がすべて与党側にあると視聴者が誤解する内容があった。マイナスイメージを巧妙に浮き立たせたとしか受け止められず、看過できない」としている。(引用終)


 田村氏は、上記のブログの中で、

 「今回、自民党がTBS取材や出演を拒否するとの決断は支持したい。こうしないとテレビ局は反省しないからだ。テレビの影響は大きい。これでテレビ報道も少しはまともになることを期待したい」と書いていた。

 その後の同氏のブログや

 続報!TBS「NEWS23」どこが問題か?
 続続々、TBS「NEWS23」問題に関する菅官房長官会見(全文=関連部分)

 杉本穂高氏によるブログも拝読させていただいた。
 自民党のTBS取材拒否の発端となった番組を見てみた

―事態は急展開

 その後、毎日新聞の報道で、取材拒否を撤回したことを知った。

 自民党:取材拒否を撤回…「TBSから謝罪あった」と

 以下、あえてこの記事の全文を入れてみたい。

 引用:

 自民党が、TBSの報道内容が公平さを欠いたとして取材を当面拒否するとしていた問題で、同党は5日、石破茂幹事長宛てにTBSの報道局長名の回答文書があったことを明らかにしたうえで「これを謝罪と受け止める」として同日で解除すると発表した。

 発表文は「本回答、またこの間、数次にわたる政治部長はじめ報道現場関係者の来訪と説明を誠意と認める」とした。安倍晋三首相は同日夜、BSフジの番組で「今後はしっかりと公正な報道をするという事実上の謝罪をしてもらったので決着した」と語った。

 自民党は6月27日にTBSに送った文書で、電気事業法改正案が廃案になった経緯を伝えた報道番組について「民主党など片方の主張にのみ与(くみ)したもの」と抗議していた。

 一方、TBS側も5日夜に自民党に提出した文書を公表。報道番組について「『説明が足りず、民間の方のコメントが野党の立場の代弁と受け止められかねないものであった』等と指摘を受けたことについて重く受け止める」とし、「今後一層、事実に即して、公平公正に報道する」としている。【竹島一登】

 ◇TBS「謝罪でなく回答」

 TBSの龍崎孝政治部長は「本日、報道局長が自民党を訪問し、抗議に対し文書で回答するとともに説明したが、放送内容について訂正・謝罪はしていない」とのコメントを出した。

 引用終わり


―与党あるいは政党がこのような形でメディアを「脅す」べきではない

 私は、一連の経緯を見て、明日以降の日本のメディアが、与党・自民党の対応を厳しく批判することを祈りたい。似たような例(政治家とメディア)を最近散見して、気になっていた。

 先の「続続々、TBS「NEWS23」問題に関する菅官房長官会見(全文=関連部分)」の中で、日本のメディア記者が続々と「問題があるなら、取材拒否ではなく、番組内で反論するのが本筋ではないか」と問いかけていたが、まさにその通りだ。

 こういうことが許されてしまっては、まともな政治報道ができなくなるからだ。

 守るべきは:

 「政治家あるいは政党が、不当ではないと自分たちが思うような報道をメディアがしたとき、言論でこれに反論すること」だろう。民主主義社会の原則中の原則だ。

 批判されたから・不当だからといって、「今後、出演を見合わせる」などと、まるで絶対主義国家のような言葉を発するべきではないと思う。

 「民主主義」なんて、お堅い言葉と思われるかもしれないが、この部分(=言論には言論で)を死守しないと、すべてが崩れてしまう。

 それに、「不当かどうか、偏向しているかどうか」の判断には、恣意的な部分がある。白黒はっきりさせるのが難しい部分があるのだ。

 もしどうしても何か行動を起こしたいのだったら、第3者に「公平さを欠いた報道かどうか」を検証してもらう、という手はなかったのだろうか。自分たちで判断し(=決め付け)、自分たちで「罰を加える」(=出演を見合わせるという判断)をするのは、「絶対王政」的行動に見える。与党という立場を乱用したようにも見える。
 
 反論しても通じない場合、もし言論が法律に反するような類であれば、司法手段・裁判所で解決するーそういう流れもあるだろうと思う。

 以前にも、政治家がある報道が不当であるとして、これを報じたメディアのグループに入る別の媒体の取材を一切拒否する、と発言したことがあったかと思う。

 その報道自体に暴力性があったということを、日本ではかなりの数の人が感じていたようであるけれども、原則として、政治家がある特定のメディアの取材を「一切拒否」というのは、これ自体が暴力的な行為だと思う。

 今回の自民党の行動は、報道の自由の侵害にもなろう。これを黙認してしまえば、報道機関の側はおちおち、政治家や政権を批判できなくなってしまう。自由に報道ができなくなってしまう。今回はTBSが槍玉にあがったが、ほかのテレビ局の報道部も「気をつけよう」と思うのは必須だ。

 国会議員は、もしそうしようと思えば(現実的にはありえないが)、放送免許についての法律を変えることができるほどの力を持つ。(ギリシャでは財政難の政府が突如、国営放送の活動を停止させたことは記憶に新しい。)

 だからこそ、放送機関が報道の自由を保障されていることが重要だ。自由に批判する・報道する・論評するという権利を脅かされるべきではない。

 政治家の一挙一動にメディアがおびえているようになったら、国民はどうなるだろう?国民だって、萎縮してしまう。

 報道機関は政治家になんと言われようと、簡単に謝罪したり、相手のいうことを鵜呑みにしてはいけない。国民の代表として活動をしているのだから。

 今回、行動を起こしたのが与党・自民党であったことの罪は重い。自分たちが不当と思う報道が出たら、威嚇行為に出ることをはっきりと示してしまったからだ。

 負けるな、日本のメディア!と言いたい。

―英国ならどうなるか?

 各国によって状況が異なるので、単純な比較はできないが、英国だったらどうなるか?を考えてみた。あくまでも、外国の例と思っていただきたい。

 まず、単刀直入に言えば、同様のことは起きないだろう。

 細かい話に入る前に、想像していただきたいのは、英国ではメディア(=報道機関)がある意味、野党的な役割を果たすということ。その影響力は強大で、政治家のほうがメディアを怖がっているともいえるくらいだ。

 メディアはどんなに完璧そうな政策を政府が発表しても、常に批判する。これが基本スタンスだ。

 一方、大手放送局(BBC,ITV,チャンネル4、チャンネル5)は、ニュース報道において、「バランスよく」報道するよう、規定されている。Aという見方を出したら、Bという見方も出さなければならない。

 それでも、政治家・政党からすれば、不当な、かつ偏向した、かつ過度に批判的な報道が出ることはあるだろうと思う。番組内で司会者が厳しい質問を浴びせる様子は日常的だし、政治家が面子をなくす様子もよく放送される。しかし、不恰好だろうが、面子をなくそうが、「政治家はメディアによって厳しく質問される(時には曲解される)」=そんなもの、という考えが浸透している。

 メディアに不当に扱われたと思った政治家側はどうするかというと、「言論には言論で」つまりメディアに出演することで、論調を変えようとする。度を越した偏向報道の場合、放送・通信業の監督組織「オフコム」に調査をさせる、あるいは司法の場に持ち込んで(名誉毀損など)、決着をつける。

 英国で、報道内容によって、政党全体として、大手放送局のいずれかに出演を見合わせることを宣言する・・・・ということはありえない。

 大手放送局はすべて「公共サービス放送」という役割を持ち、国民のために放送しているわけだから、政治家・政党が一律的に「出ない」という決定をするのは、国民の知る権利を踏みにじることになる。そんな大それたことを、政治家、しかも与党がするわけがない。

 「もし」そうしたら?あるいはそうしようとしたら?

 英国のすべてのメディアから総スカンをくらい、新聞も含めて、非難の大合唱が起き、「アナクロ=時代錯誤」といわれてしまうだろう。そんな批判に耐えられるほど「勇気」のある政治家はいないー。

 あくまで、英国の話である。
by polimediauk | 2013-07-06 02:04 | 政治とメディア
 サッチャー元英首相(在任1979-90年)が、8日、87歳で亡くなった。訃報からまもなくして英メディアは特別番組の放送や新聞では特集面を組みながら、報じている。

 まだ訃報の余韻がさめやらぬ9日、私自身、衝撃を感じている。

ー第一報はツイッターで

 訃報のニュースを最初に流したのは、プレス・ガゼット紙が調べたところでは、PA通信。サッチャーの広報役となっていたベル卿がPA(プレス・アソシエーション)に電話をし、PAは8日昼の12時47分に契約企業に情報を流した。

 これを受けて、12時48分、民放ITVがツイッターで速報。ITVのツイッターは各報道機関がよくチェックしているアカウントで、以下のように情報が流れたという。

12.47 – Press Association wire post

12.48 – @ITVNews

12.49 – @BBCBreaking, @TheSunNewspaper, @TheTimes, @HuffPostUK, @Daily_Star, @Daily_Express

12.50 – @Channel4News, @TelegraphNews, @SkyNews, @PressAssoc

12.54 – @Independent

13.01 – @EveningStandard, @FT

13.12 – @DailyMirror

13.29 – @Guardian

13.34 – @MailOnline

ー紙版の新聞が続々と報道

 サッチャーが亡くなった8日、療養のために滞在していたというロンドン・リッツホテル近辺に、たまたまいた。地下鉄駅の近くで配布員から受け取ったのが、無料夕刊紙ロンドン・イブニング・スタンダードであった。1面がサッチャーの顔写真のみで、「サッチャー、死す」という大きな見出し。

 中面ではキャメロン首相(保守党党首)の「偉大な指導者、偉大な英国人を失った」という言葉を拾った政治記事、「食糧雑貨店の少女が鉄の女になった」という人生を振り返る記事、友人、識者の言葉、サッチャー政権の閣僚でサッチャーの右腕でもあったジェフリー・ハウによる、「マーガレットは私たちの世界の形を変えたが、妥協を許さず失脚した」と言う寄稿記事、論説面にはサッチャー語録、社説は「英国の政治の巨人の死去」と見出しをつけた。

 9日付の新聞のほとんどが1面をサッチャーの死で埋め尽くした。

 保守系大衆紙デイリー・エキスプレスの1面見出しは「さようなら、鉄の女」。

 保守系高級紙タイムズは「鉄のカーテンの後ろの鉄の女」と見出しをつけ、サッチャーがモスクワを訪れたときの写真を使った。社説では、サッチャーは「シンプルな真実の女性」、「時代の巨人」と書いた。元首相は「時代の大きな問題について、正しい選択をした」。

 タイムズは、日曜版のサンデー・タイムズや保守系大衆紙サン同様に、ルパート・マードックが経営する米ニューズ社の傘下にある。マードックはメディア王として、サッチャーを影に日向に支援したといわれている。

 サンは、マードックが2010年に行ったスピーチからサッチャーに関する部分を引用している。「自由の誇らしい遺産」という見出しの中で、マードックは、サッチャーが英国を変え、米レーガン大統領とともに世界をよりよい形に変えた、と述べている。

 同じく保守系高級紙だが特に保守党に近いといわれるのがデイリー・テレグラフ。1面はサッチャーの写真のみ。言葉はない。中面では20ページ以上にわたる特集面を作った。

 保守系大衆紙デイリー・メールは同じ写真を使って、「英国を救った女性」と見出しをつけた。

 c0016826_21333082.png 労働党に近い左派系大衆紙デイリー・ミラーは「国を二分した女性」(The woman who divided a nation)と書いた。真ん中にサッチャーの顔写真があり、上部に前半部分のThe woman whoと入れて、下部にdivided a nationと入れたことで、「二分した」という思いが強く出た。

 左派系高級紙インディペンデントには、同紙を1980年代半ばに創刊した、初代編集長アンドレアス・ウイッタムスミスが論考を寄せた。名前が政治哲学についた首相は少ないが、「今日まで、サッチャリズムは、自分で自分の靴紐を結ぼうというやり方を表現するときに世界中で使われている」と書いた。

 左派系高級紙ガーディアンは、同紙の政治コラムニストで既に亡くなっているヒューゴ・ヤングの2003年の記事を再掲した。この中で、ヤングは、他人が自分を気に入っているかどうかにほとんど注意を払わなかったのがサッチャーの最大の美徳だったと述べた。

 左派系ガーディアンの面目突如となるのが社説だ。「マーガレット・サッチャー -女性と彼女が残した国」という見出しの中で、サッチャーを好むと好まないにかかわらず、元首相は「過去30年以上の英国の政治の議題を設定した」と指摘。その死で、今後30年間の議題もそうなるかもしれない、と述べる。

 社説の結末に、ガーディアンの思いがにじみ出る。「様々な意味でサッチャーは偉大な女性だった」が、「国葬にするべきではないというのは正しい」。それは、「サッチャーの遺産は国民を分断したこと、個人的な身勝手、強欲ブーム」であり、これを総合すると、「人間の精神を束縛する」ものであったからだ。読んでいて、すごく強い表現のように感じた。

 さらに反サッチャー感が強まるのは、サッチャー政権が閉鎖した多くの国営炭鉱があったスコットランドで発行されるデイリー・レコード紙(「スコットランドは決してサッチャーを忘れない」という1面見出し)や、共産系モーニング・スター紙の「英国をバラバラにした女性」、極左系政党による「ソーシャリスト・ワーカー」だ。後者は、サッチャーの墓碑銘が入った墓石を1面に載せ、「祝」と一言入れた。

 各紙面をご覧になりたい方はプレス・ガゼットの記事をご参考に。

 一方、経済紙フィナンシャルタイムズは1面で「サッチャー -偉大な変革者」と見出しをつけ、その功績を評価した。

 BBCはラジオでも通常の番組を移動させて、サッチャー特集を放送中だ。

***

 ご関心のある方は以下記事もご参考に。

鉄の女サッチャーの秘密

サッチャー氏死去:哀悼も批判も…分かれる英国世論

サッチャー氏死去に冷ややか=残るフォークランドの恨み―アルゼンチン
by polimediauk | 2013-04-09 19:56 | 政治とメディア
 サッチャー元英首相が、8日、87歳で亡くなった。

 今日はずっとテレビにかじりついて、追悼番組を見ていた。いろいろな見方が出ていたが、心に残ったのは

  「信念の政治家」

  「国を二つに割った」

  だろうか。

  そのもろもろはもう既に新聞記事にも出ている。以下は、毎日新聞の記事。

 <サッチャー氏死去>米ソ首脳と信頼関係 国際社会動かす 
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130408-00000084-mai-eurp

 ***

 引用

 
・・・英国は欧州の一角に押しやられた。

 にもかかわらず労働組合は従来通りの権利を要求し国民は高福祉を満喫した。70年代になると英国経済は疲弊して「英国病」と呼ばれ、76年には国際通貨基金(IMF)の支援を受ける。国際社会での英国の地位は失墜し、国民は自信を失う。

 そうした中、登場したのがサッチャー氏だった。国際的には欧州よりも米国との関係を重視し特別な2国間関係を構築した。国内的にも、平等や労働者の権利よりも自由化、競争原理の導入を重視する米国型の政策を断行した。強い抵抗もあったが、女性初の首相であるサッチャー氏はそれを世論の支持ではね返した。結果的に英国経済は回復軌道に乗り、その後のブレア労働党政権の経済成長につながっていく。 


 (引用終わり)

 ***

 私自身が特に「変わったよなあ、サッチャーさんのおかげで」と思うのは、1986年の金融ビッグバン(日本でも90年代に行われた)と、メディア界(=新聞界)のこと。

 ロンドンが近代的な金融センターとしてでかくなってゆくのは、このビッグバンが起爆剤だったと思う。ただ、現在の金融不祥事を見ていると、極端な方向に行ってしまったという面もある。

 メディア界の変化と言うのは、1970年代から1980年代前半まで、英社会は産業構造・市場の変化につれて労働組合によるストが続き、一時は週に3日の勤務体制を敷かざるを得ないほどになっていた。

 1980年代半ば、労組との戦いに勝ったのがサッチャー政権(ちょっと単純な書き方だけれど)。新聞界でもストが続き、一時、タイムズ紙、サンデータイムズ紙はまったく印刷されない状態が続いていた。

 労組と戦っていたのがオーストラリア出身のメディア王、ルパート・マードック。秘密裏にロンドン東部ワッピングでコンピューターを導入した新たな制作・印刷を開始。最終的には労組を負かした。労組にとっては悔しい話だが。サッチャーはマードックの衛星放送買収を影で応援し、マードックが英国のメディア主として大きな影響力を持つための支援をしたといわれている。マードックもまた、所有する複数の新聞紙面で、サッチャーの政策をサポートした、と。

 今のような、資本主義社会まっしぐらの英国を作ったのはサッチャーだ・・・という人もいる。
 
 良い意味でも悪い意味でも、サッチャーさんの遺産は今でも続いてるのである。

 ***
 
 過去記事に若干補足してまとめたのが、以下です。

 サッチャー元首相亡くなる ―今も英国に影落とす「遺産」とは
 http://bylines.news.yahoo.co.jp/kobayashiginko/20130409-00024317/
 
by polimediauk | 2013-04-09 08:58 | 政治とメディア
 米国で、2001年の米同時多発テロの首謀者オサマ・ビンラディンの捕獲・殺害(2011年5月)にいたるまでの経緯が映画化されると聞いたとき、すぐに思ったのは「まだ、早すぎるのではないか」であった。もう1年半以上前のことではあるけれども、ついこの間起きたような気がしていた。

 多くの人がまだ記憶にとどめる殺害からまもなくしての映画化は、配慮に欠ける感じもした。ビンラディンの遺体は地上で維持すれば神格化される、次なるテロを生み出すことになるとして、水葬=海中に落とされたと聞いている。殺害までの経緯のドラマ化は一部のイスラム諸国の国民にとっては米国側のプロパガンダに映るかもしれない。イスラム系テロ組織が、自分たちの都合の良いように映画を利用する可能性もある。映画の公開後、一部のイスラム諸国で米国旗が焼かれる場面を想像した。

 昨年末、映画「ゼロ・ダーク・サーティ」(軍事用語で午前0時30分)は米国で公開され、英国でも1月末に封切りとなったが、「CIAによる拷問を正当化している」という批判を浴びた。 

 米政府は、表向きには、拷問をやっていないことになっている。英メディアは、これまでに、水でぬらしたタオルで人の顔を覆う、いわゆる「ウオーター・ボーディング」は「拷問ではない」という米政府の説明を失笑気味で紹介してきた。横たわった状態で顔にこの濡れタオルを置かれ、上から水をかけられたりなどすると、息ができなくなる。水中におぼれたような感触があるという。これが拷問でなかったら、何が拷問なのだろうと、英メディアは問いを発してきた。

 拷問の場面が続くというこの映画、観るのが怖いような思いもあったが、自分の目で確かめるのが一番と思って、映画館に向かった。一体、ビンラディン討伐をどのように誇らしげに語っているのだろう、と。

 映画はCIAの若き女性分析官マヤが見た、ビンラディン殺害までの過程をたどる。監督はイラク戦争を題材にした「ハート・ロッカー」で2010年のアカデミー賞作品賞、監督賞などを獲得したキャスリン・ビグローだ。脚本は「ハート・ロッカー」のマーク・ボール。

 最初の場面は2001年の9・11テロの様子だ。すべてがここから始まったのであるー少なくとも米国民、そして「テロの戦争」に多かれ少なかれ巻き込まれた多くの人にとって。

 このテロは、米国民に計り知れないほどの大きな衝撃を与えたと聞く。この後で、「パラダイムが変わった」とよく米国の知識人が言うようになった。そんな重要な事件を、映画は画像なしで語る。ここからもう、この映画のトーンがきっちりと出ていたのだろう。

 途中で、ロンドン・テロ(2005年)の様子が出る。町並みをロンドン独特の赤いバスが走ってる。これだけでもう、「ああ、爆発が来るな」と分かる。案の定、まもなくして、「ドカン!」という音とともにバスが爆破する。一瞬、体がこわばり、映画館内の観客の体も少々揺れた。「これは、私の、私たちのドラマなのだ」-強くそう思った。

 その後はいくつかのテロがあり、ビンラディンの居場所を見つけるために、何年もの時が過ぎる。マヤは同僚を殺害され、自分自身も銃撃にあう。自分たち自身にも犠牲を出しながら、あきらめずにビンラディンの動向を突き止めるCIAのスタッフたち。その真剣さ、大変さの描写を見ながらも、ふと、同じ米政府が、そして私が住む英国の政府が一緒になって、アフガニスタンを爆撃し、イラク戦争を起こし、10万あるいは100万人単位の人がさまざまな形で犠牲になったのだということを何度も思い出した。

 9・11テロで3000人以上が亡くなったのは痛ましいが、戦争となると、死者、負傷者、行き場が亡くなった人など、負の影響を受けた人の数は桁外れに違う。死人の数だけで物事の重大さが決まるわけではないが、それにしても、なんと罪深いのだろうかー。画面に出てこない部分(イラク戦争など)が、気になった。ビンラディン追求の裏では大きな戦争が2つも起きていたー。

 圧巻は、ビンラディンがパキスタン北部アボタバードの隠れ家にいることを突き止め、米海軍特殊部隊「ネイビー・シールズ」が捕獲に向かう場面だ。実写と見間違えるほどのタッチで殺害までが再現されている。この場面を見るだけでも、この映画は十分な価値がある。

 「価値がある」というのは、「悪者を倒す」という意味で、勧善懲悪劇を楽しめるからではない。アクション・ドラマとして面白いからでもない。そういったもろもろの娯楽性を一切排した作りになっている。隠れ家のドアを爆破し、必要とあれば何人かを殺害し、ビンラディンを探し、捕らえるー。これがどういうことなのかが、よく分かるように撮影されている。

 映画を観終わって、その全体の厳粛さ、私情を挟まない冷静さに心打たれた。もっと愛国的な、勝利主義的な映画であろうと思っていたのが、全然違っていた。ここまで冷静に描くのは、随分と勇気が必要だったろう。監督と脚本家の知恵を見る思いがした。

 世界各国で多くの国がテロの戦争にはからずも参加させられた。「テロの戦争」という言葉は、ブッシュ前大統領の任期終了でひとまず使われなくなったけれど、一体、あれはなんだったのかー?9・11テロがあったからといって、他国にあのような形で侵攻して良かったのだろうか?

 アフガニスタンやイラクに開戦できたのも、そして、「ゼロ・ダーク・サーティ」のような最先端の映像技術を使った映画を作れたのも、米国が豊かで、世界で最強の軍事力を持つ、強い国であるからだろう。

 今後、私たち(=世界の米国以外の国に住む人たち)は米国の一挙一動に右往左往しながら生きてゆくので、果たしていいのだろうかー?

 テロの戦争について、テロについて、そして米国を中心とした世界の仕組みやイスラム諸国の動向、ムスリムの人たちの将来など、さまざまなことをこの映画は考えさせてくれる。

***

 映画の感想から話がずれるが、この映画が描く、ビンラディン殺害までの経緯が正確ではないと指摘する人が少なからずいる論点が多すぎて、すべてを紹介するのはかなり困難だ。

 上記の記事のほかにも、例えば映画はいかにもCIAの諜報情報のみでビンラディンがつかまったかのように描くが、もちろん、米政府のさまざまな組織、スタッフの協力のたまものであった、あるいは拷問によってビンラディン捕獲への道が作られたのではない、など。

 また、「なぜ今、この映画を作ったのか」と疑問を呈し、「拷問の場面を入れること自体が拷問を正当化している」と主張する論客もいる。

 私自身はテロの戦争にからむ拷問や容疑者の取り扱いについては、さまざまな映像をこれまでに目にしてきているので、映画での描写はそれほどショックではなかった。また、実際の尋問は映画の描写よりはひどいものだと思っている。CIAが映画で描かれたような尋問をしていたことはほぼ常識となっているし、事実を入れたという面からは問題はないと思った。

 パキスタンではこの映画は公式上映はされていない。海賊版が出回っているという。パキスタン人から言わせると、おかしな場面がたくさんあるそうだ。例えば、パキスタン国内とされている数々のロケーションはどうもそうではなかったり、パキスタン人同士が会話をしている場面でアラビア語が使われていたという

 また、映画の中のマヤというCIA隊員は実在しているという話だが、女性ではないと言っている人もいる。

 CIAの協力を得て作られたこの映画は(この点だけでも批判の対象になりうるのだろう)、現場を知っているさまざまな人から「事実とは違う」、「撮影場所が違っている」などのもろもろの指摘を受けている。

 それでも、私は、この映画は10数年にわたるテロの戦争のドラマ化として、良くできているように思った。テロの戦争の馬鹿馬鹿しさ、中で働く人の一生懸命さ、描かれなかった部分でのアフガンとイラクの2つの戦争の影、数々のテロ、最後にビンラディンを仕留めたのはどんなことだったのかを、分かりやすく、切り取って見せた。

 これを機に、テロの戦争前後の枠組みを頭の中で組み立てる、あるいは組み立て直す作業が必要かもしれない。映画への様々な批判の中で指摘された論点も含めて。
by polimediauk | 2013-02-06 21:45 | 政治とメディア
c0016826_8583268.jpg TBSメディア総合研究所が発行する雑誌「調査情報」の最新号(509号)が、「民意のゆくえ -テレビとポピュラリズム」の特集をしている。http://www.tbs.co.jp/mri/info/info.html

 以下はウェブサイトから、目次の紹介である。ロンドン五輪放送の評価ということで、私も原稿を寄稿している。

民意のゆくえ
テレビとポピュリズム

空気を読み解き、理を図る
真の知性について思うこと
内田 樹

@Japan
橋下新党
ハイパー情報化時代の民主主義
山口二郎

総選挙でも勝てるのか?
大阪人だからわかる「橋下現象」のなぜ
澤田隆治

@America
米大統領選の「武器」
メディア戦略が加速させるブームと分裂
石澤靖治

11月6日へのカウントダウン
支持率拮抗で迎えたテレビ討論会
津川卓史

ロンドン五輪放送を総括

@U.K.
「デジタル元年」といわれるBBCほか
現地放送の評価とは
小林恭子

@Japan
オリンピック放送の通信簿
鈴木健司

『岩波映画の1億フレーム』
記録映画アーカイブが迫る
ドキュメンタリー史の見直し
今野 勉

連載

ルポルタージュ 被災地再生への歩み

気仙沼発 災害担当記者の独白 第3回
福島隆史

経験を未来につなぐために
瀧川華織

三陸彷徨 新たな魂との出会いを求めて 第8回
龍崎 孝

好評連載!
同時代を生きる視点
ありふれた格差社会を生きるということ
--タナダユキ監督『ふがいない僕は空を見た』…川本三郎

テレビ日記
日本の家庭と家族の劇【8】
ホームドラマという技法…鴨下信一

メディア論の彼方へ
中国行きのエンプティ・フライト…金平茂紀

creator's voice
時事放談  9年前の「原点」
~漂う政治の中で…石塚博久

著作権AtoZ
原作者はと脚本家との葛藤
「やわらかい生活」事件…日向 央

メディア漂流
大学におけるジャーナリズム教育【10】
「砂川闘争」--57年目の証言…松野良一

ブヒ道
勇敢マダム…小泉??宏

culture windows
映画『シェフ!』…宮内鎮雄
本 『日和下駄とスニーカー』…木原 毅

視聴者から
領土問題--感情と理性の間で…河野 晃

Media NEWS
2012年8月、9月…加藤節男

データからみえる今日の世相
車内で不快、世代で違い!?


****

 橋下現象にわく日本で、参考になるような論考が載っている「調査情報」を、どこかで手に取っていただければ、幸いである。

 この中で、私がはっとした原稿の1つは、石澤靖治氏の米大統領選における論考「メディア戦略が加速させるブームと分裂」であった。

 近年の米大統領選挙で大きな役割を果たすようになったインターネット。特に注目を集めているのが、ソーシャルメディアだ。

 若干引用すると、

 SNSは「自分の友人・知人サークル内での情報交換・交流であることから、交わされる情報に対する信頼性・親和性が高い。そのため、一般的なメールよりもメッセージの浸透度が高くなる。さらに、それが単なるメッセージとしてだけではなく、選挙活動に参加したり、投票したりといった、直接的な行動を起こさせるきっかけにもなりやすい」。

 SNSは、「利用者とその知人・友人の情報を囲い込む」-そういう意味では、「情報の閉鎖性が高まる」。

 筆者は、「情報量が無限になり情報へのアクセスが極めて容易になった中で、逆に情報の閉鎖性が生まれ、人々は分断される。それが米経済の不振によって相手への許容度が低くなったことと相まって、今回の分裂した世論の形成と分裂した選挙に発展しているのではないか」と見ている。

 そして、「デジタル・メディアは情報の量が圧倒的であり、拡大のスピードも極めて速い」、「世論は急速な盛り上がりを見せる」、「SNSでは極めて濃く・速く排他的な『世論』が形成される環境を作れる」と指摘する。

 「アラブの春」を具体例として出すとき、私は納得が行った気がした。独裁政治を倒すために、いかに世論が盛り上がり、人々を動員し、国際世論も味方についたあのときの興奮状態を、少し思い起こしていただきたい。あの時、慎重論もあったけれども、私たちの多くが、大きな期待を抱いたのではなかっただろうか。いわゆる「春」がやってくる、確固とした政治体制がしっかりと立ち上がる方向に進んでいくという、楽観論に満ちていたのではないだろうか?

 今から考えれば、あのときの興奮と楽観論は、いささか早計だった感じがしないでもない。

 石澤氏は、「デジタル空間で急速に形成された爆発的な『世論』」が、既存体制に「代わる具体的な制度や体制を形成しえていない」と書く。

 ネットを通じて、わっと盛り上がる「世論」は、泡のようなものなのだろうかー?

 私は日本の状況にかんする情報をふだんはネットでのみ収集している。もちろん、入念に情報収集をすれば、幅広く深い概観が得られるのだけれども、実際には、いくつかの情報のたまり場で出た意見や見方を拾い上げるのがせいぜいだ。

 こうして浮かび上がってくる様々な「世論」と、日本に住む人が日常見聞きしながら感じる世論には、大分開きがあるのではないかーそんなことも再度思った。
by polimediauk | 2012-11-07 08:42 | 政治とメディア
c0016826_220626.jpg
 

 明日生きているかどうかも、分からないーそんな状況でジャーナリストとして活動を続けている人がいる。たった一人ではない。世界にはたくさん、そんなジャーナリストたちがいる。

 メキシコ人ジャーナリスト、アナベル・ヘルナンデスさん(スペイン語読みは「エルナンデス」)も、その一人だ。

 ヘルナンデスさんは、世界新聞・ニュース発行社協会(WAN-IFRA)による、今年の「自由ペン賞」(Golden Pen of Freedom)の受賞者だ。8月22日に行われたヘルナンデスさんの受賞スピーチの文章に、先日、遅まきながら接する機会があった。過酷な状況に生きるヘルナンデスさんの覚悟に心を打たれた。

 人権団体などによると、メキシコは「ジャーナリストにとって、世界で最も危険な場所」になりつつある。

 ロイター通信の9月8日付の記事によると(以下、引用)ー。

 米国のジャーナリスト保護委員会(CPJ)は、(9月)8日、麻薬絡みの犯罪が相次ぐメキシコでは、ジャーナリストが麻薬組織の報復を恐れて事実を報道できない状態が続いていると報告した。

 同国では、カルデロン大統領が2006年末に麻薬密売組織との全面戦争を宣言して以降に2万8000人以上が殺害されており、このうち9割が未解決となっているという。被害者の大半は警察官や麻薬組織の殺し屋だが、中には裁判官、刑務所職員、ジャーナリストも含まれる。

 CPJはレポートで、2006年末以降、30人以上のジャーナリストが麻薬組織に関する報道を行ったとの理由で殺害され、メキシコはジャーナリストにとって最も危険な地域の1つだと指摘。その上で、麻薬組織による報復は「法律的、国際的に保護されている表現の自由の侵害だ」と強く批判した。(引用終わり)

 ヘルナンデスさんは1993年からジャーナリストとして活動を開始。緊縮財政を約束していたフォックス大統領(当時)が官邸の補修に巨額の公費を使っていたことを報道し、2002年、メキシコのジャーナリズム賞を得た。2010年には「麻薬密売人たち(Los Señores del Narco / The Drug Traffickers)」を出版。これは暴力団と高級官僚、政府の癒着を暴露したもので、殺人予告を受ける日々が続いている。

 受賞スピーチにこめられたメッセージの強さは今でも変わっていない。

 WAN-IFRAから翻訳の許可を得たので、紹介したい(若干、言葉を補足した部分があります)。

***

アナベル・ヘルナンデス氏の自由ペン賞の受賞スピーチ(8月22日、第64回世界新聞会議が開催された、ウクライナ・キエフにて)

 1年と9ヶ月前には、この場にいることをまったく想像できませんでした。毎朝、生きていることに驚き、過去6年間で6万人以上が政府や暴力組織に処刑されてきた、燃え尽きた国を目にしてきました。処刑された人たちの目は再び開くことはありません。麻薬戦争撲滅という名目の嘘の戦争によって、1万8000人以上の子供たち、少年少女、親たちが姿を消したこの国で、自分の子供、親、兄弟を抱きしめることができることに驚いています。姿を消した人々の家族は自分たちの子供、親、兄弟を再び抱きしめることはできないのです。

 2010年12月、5年間にわたる調査の末に、「麻薬の密売人たち」という本を出したとき、カルデロン政権の公安省の高官たちから死刑宣告を受けました。カルデロン大統領が誘拐の実行者や、米国の麻薬取締局によれば世界で最も強大な麻薬組織といわれる「シナロア」と関係があることを暴露したからです。

 2010年12月1日から、私の頭には値段がつきました。この日、私は生き残るために戦おうと決意しました。その日から、私が最も愛するものを失いつつあります。家族が攻撃を受け、武装した男たちによって姉妹が自宅で嫌がらせを受け、私の情報源になっていた人たちが行方不明者のリストに入ったり、殺害されたり、不当に投獄されました。毎日、この重みを胸に抱いて生きています。いつ自分の人生が終わりになるのか、分からないままで、です。

 世界から見れば、メキシコは燃え尽きたような国でしょう。何が起きているのか十分には分かりにくく、この地球上のどこでもが同様の状況になり得るとは思えないでしょう。メキシコ内の恐怖や死が生み出すアドレナリンを求めて、近年、世界中からやってきたジャーナリストたちと話をする機会がありました。ジャーナリストたちは、襲撃、死体、ばらばらになった体をさがすためにやってきます。絞首刑になった人を数え、暗殺者たちをインタビューしますが、問題の原因にまで到達しないのです。

 2010年にノーベル文学賞を受賞したマリオ・バルガス・リョサがかつてこういったことがあります。メキシコには「完全な独裁体制がある」と。現在のメキシコは、「完全な犯罪者の独裁体制」です。これまでで最も抑圧的な政権は、メキシコの政治および経済権力と結びついた、組織犯罪の権力による政権です。腐敗したそして罪を罰せられない国家体制があるために、これが可能になるのです。無関心や恐怖によって分断されている無気力な社会を背景に、道義に反する体制が自己を維持し拡大する、完璧な環境を作り上げています。こういうことを話したり、書いたりすることのほうが、麻薬販売人や麻薬販売人のために働くことよりももっと危険なのがメキシコです。

 この政権の下で、何千人もの罪のない子供たち、若者たち、女性、男性たちが殺害されました。メキシコの土地を掌握し、国民を恐怖、脅し、誘拐、免責の体制に従属させています。表現の自由を抑圧する政権です。過去10年間で、82人のジャーナリストたちが処刑され、16人以上が行方不明となり、私も含めた数百人が脅しを受けています。こうした事例の80%が、もうすぐ退任するフェリペ・カルデロン大統領の政権で発生したのです。

 この政権では、ジャーナリストに対する犯罪が罰せらません。ジャーナリストが働くには世界で最も危険な場所といわれるメキシコの政府は、世論や国際社会からの批判をかわすために、ジャーナリストを守るための検察事務所を作り、殺人事件を解決しようとしていると説明しています。この事務所が何をやっているかというと、ジャーナリストの殺害事件に連邦および地方政府の同意があったことを隠すことだけです。予算は74%カットされています。政府の関心の高さを表しているようです。事件の90%には何の処罰も下されないままです。犯人が投獄されるのは10分の1です。

 メキシコ内の表現の自由の危機は、相当深刻なレベルに到達しています。メディアは恐れていますし、政府との経済的関係を温存させようとしています。ジャーナリストたちが殺されたり、脅されたり、行方不明になっても、ほとんど抵抗しません。何の行動も起こさないのは、組合に連帯感が欠落しているためや、メディア界に利己主義者たちがいるためですが、それと同時に、殺害されたジャーナリストたちやこうしたジャーナリストたちを援護する人たちを、政府が犯罪者扱いするからです。ジャーナリストの家族はどこにも行き場がありません。拷問を受けたり、ばらばらにされた体がゴミ袋の中に棄てられており、これを家族が拾うだけです。口を閉ざし、頭をたれているしかありません。悪名高い政府が、何の証拠もないのに、ジャーナリストたちが麻薬密売に関わっていたと主張するからです。

 1年と9ヶ月前、私はこの野蛮さを行きぬくだけでは十分ではないと思いました。自分の顔に風が吹くのを感じること、きれいな空気を吸うこと、愛する子供たちの笑顔を見ることーそれだけでは、十分ではないのです。口を閉ざしたままの人生は、この地球上では、人生がないのも同然なのです。いかに汚職、犯罪、免責が私の国で継続して力をつけているかについて、沈黙しながら生きることは、死ぬことなのです。私は、メキシコの腐敗、政治家、官僚、ビジネスマンたちのメキシコの麻薬組織との癒着を非難し続けます。現在のメキシコ社会は、戦うことをいとわない、勇気がある、正直なジャーナリストたちを必要としています。国際社会と世界のメディアは、私たちメキシコ人ジャーナリストたちと一緒に、メキシコの現状を深く考慮し、(真実を明るみに出すという)ゴールを果たす責務があると信じています。表現の自由がないところには、正義も民主主義もありません。

 本日、私は自由のペン賞を授かりました。自分の仕事で何かの賞を取るなんて、思ってみたこともありませんでした。私はこの賞を、その声を死によって封殺され、強制的に行方不明とされ、検閲にあったすべてのメキシコのジャーナリストに捧げます。また、どんな犠牲を払ってでも、情報を与え、非難をする義務を果たすという模範的行為を毎日続けている、ジャーナリストたちに捧げたいです。

 私は最後の一息まで戦い続けます。小さな例かもしれませんが、ジャーナリストとして、麻薬国家の中で、屈服してはいけないのです。後どれぐらいの日数、何週、何ヶ月、何年残されているのか、分かりません。麻薬がらみの汚職で私服を肥やし、人に言えない行為のために罪悪感を抱きながらも、罪を罰せられない、大きな権力を持つ男性たちのブラックリストに自分が載っていることは知っています。政治的なコストをほとんど払わずに、私に脅しを実行する時を待っていることを知っています。真実、私の声、ジャーナリストとしての仕事しか、自分を守るものはありません。

 もし、その日が来たら、私を今のようにまっすぐ立っている格好で覚えて置いてください。亡くなったジャーナリストのリストに自分も入りたくはありません。戦って生き延びたジャーナリストの数字の中に入りたいです。

 メキシコ国内の恥辱に責任を持つのは、確かに、メキシコ人自身です。でも、国際社会が、メキシコの麻薬国家に対し、無行動のままではいないことを望んでいます。カルデロン政権が終わっても、問題は解決しないのですから。この拡大する麻薬国家に対し、国際社会が自分たちの国境や経済を守り、元大統領であろうと、大統領であろうと、ビジネスマンであろうと、麻薬業者であろうと、隠れ家や保護を与えないように望みます。

 私は生きていたいです。でも、沈黙のままで生きることは、死ぬことと同じなのです。

***

アナベル・ヘルナンデスさんの履歴
http://www.wan-ifra.org/events/speakers/anabel-hernandez

スピーチ
Anabel Hernández’ Golden Pen of Freedom Acceptance Speech
http://www.wan-ifra.org/articles/2012/08/22/anabel-hernandez-golden-pen-of-freedom-acceptance-speech

参考:
麻薬戦争のメキシコ、記者にとって「最も危険な地域」=米団体http://jp.reuters.com/article/worldNews/idJPJAPAN-17136720100908
メキシコ麻薬抗争 記者45人以上が“報復殺人”の犠牲にhttp://sankei.jp.msn.com/world/news/120516/amr12051609490004-n1.htm

メキシコ基本情報(外務省ウェブサイトより抜粋)
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/mexico/data.html

人口:1億863万人(2010年IMF)
面積:196万平方キロメートル(日本の約5倍)
近年の歴史:
2000年
フォックス大統領就任(70年以上続いた制度的革命党政権の終焉)
2006年12月:
フェリペ・カルデロン・イノホサ大統領就任(任期6年、再選不可)
 メキシコ革命の動乱が終結した1920年以降クーデターがなく、政情は安定。1929年以降、強力な与党・制度的革命党(PRI)による長期政権が続いていたが、2000年7月の大統領選挙で、変革を訴えたフォックス候補(PAN)が勝利し、71年に亘るPRI政権に終止符を打った。
フォックス前政権は、マクロ経済の成長と安定を成し遂げ、民主主義の進展にも一定の評価があるが、与党PANが議会で過半数をとれなかったため、構造改革(税制改革、エネルギー改革、労働改革)は困難に直面した。
 2006年7月の大統領選挙は、カルデロン与党候補(PAN、元エネルギー大臣)とロペス・オブラドール候補(中道左派連合、前メキシコ市長)の史上稀に見る接戦となり、ロペス・オブラドール候補側から全票数え直しを求める不服申し立てが行われ、2ヶ月間にわたり当選者が決まらない事態が続いた。最終的には同年9月、連邦選挙裁判所が正式にカルデロン候補の当選を発表し、同年12月、カルデロン大統領が就任。
 カルデロン大統領は、政権の最優先課題として、治安改善、競争力強化と雇用創出、貧困撲滅などを挙げている。
 就任直後より軍を全面的に投入するなど治安対策に積極的に取り組んでいるが、麻薬組織間の抗争が激化しており、国民は治安対策の成果を感じられない状況にある。
 メキシコ国民にも直結する最大の外交課題は、米国との不法移民、麻薬及び麻薬と関連した治安問題の解決である。治安分野では、メリダ・イニシアティブにより、米国からヘリコプターの供与、税関・警察当局への各種機材の提供、研修の実施等の協力を受けている。

by polimediauk | 2012-10-22 22:00 | 政治とメディア
 英下院の委員会が、日曜大衆紙ニューズ・オブ・ザ・ワールドでの電話盗聴事件に関する報告書を、1日、発表した。これが米ニューズ社の最高経営責任者兼会長ルパート・マードック氏を強く批判しており、今、英国ではトップニュースになっている。

ロイターの記事:
ニューズ・マードック氏、トップに不適切=英議会
http://jp.reuters.com/article/topNews/idJPTJE84000820120501

(引用)

 英議会の委員会は1日、廃刊した英日曜大衆紙「ニューズ・オブ・ザ・ワールド」の盗聴事件をめぐる報告書を公表した。その中で、米メディア大手ニューズ・コーポレーション(のルパート・マードック会長兼最高経営責任者(CEO)は、盗聴事件を招く企業体質を作り出した責任があるとし、同社を率いるにはふさわしくないと批判した。

 また、マードック氏と、同氏の次男でワールド紙の発行元だったニューズ・インターナショナルの会長を務めるジェームズ・マードック氏に問題の責任があるとの見解を示した。

 報告書は「ニューズ・インターナショナルおよび親会社のニューズ・コーポレーションは、問題を『見て見ぬふり』しており、ルパート・マードック氏やジェームズ・マードック氏ら幹部には最終的な責任がある」と指摘。「不正行為を暴き実行者を罰するのではなく、手遅れになるまで隠蔽しようというのが首尾一貫した彼らの動機だった」とした。

 その上で「ルパート・マードック氏は国際的な大企業の経営者として適任ではない」と断じた。(引用終わり)


 米メディア大手ニューズ社は、英国でも大きな存在感を持つ。

 まず、子会社ニューズ・インターナショナル社が、大衆紙サン、高級紙タイムズとその日曜版サンデー・タイムズを発行しているので、英国の新聞市場の30%ほどを牛耳っている。昨年7月に廃刊となった、日曜大衆紙ニューズ・オブ・ザ・ワールドを入れると、40%を超えるほどだった。

 放送界でもその存在は大きい。英国の放送業といえばBBCだけれど、これは「公共サービス放送」の部類に入る。英衛星放送局BスカイBは、有料テレビ市場では、圧倒的なナンバーワンである。そして、ニューズ社はこのBスカイBの株39%を所有している。

 こんなニューズ社のトップといえば、世界のメディア王といわれるルパート・マードック氏(81歳)である。もともとオーストラリアの出身(現在は米国籍)で、英国でビジネスを開始したのは1960年代末。ニューズ・オブ・ザ・ワールド紙やサン紙の売り上げを大きく伸ばし、1980年代前半にはタイムズ、サンデー・タイムズも手に入れた。特にサッチャー政権(1979-1990年)と親しかったといわれている。

 その「親しさ」の1つの具体例が、衛星放送BスカイBを買収できたことだ。すでに新聞紙を複数所有していたマードック氏は、通常だったら、放送局を手に入れることは難しいと思われた。独占禁止委員会などが案件を照会し、「駄目」となるはずだ、と。ところが、サッチャー氏の影の応援(といわれている)で、独占禁止委員会には照会されずじまい。マードック氏は、英国で放送局を持つことに成功した。

 父親が新聞王だったマードック氏にとって、新聞業は非常に愛着のあるビジネスだが、デジタル・エイジとなった現在、新聞を売ってもあまりお金はもうからなくなった。ニューズ社全体の収入構成を見ると、お金を稼いでいるのは、新聞だったら大衆紙、そして、将来さらに大きくなることが予想されるのが、テレビ(フォックス・ニュース、BスカイB)や映画(20世紀フォックス)の映像・デジタル関連業務である。

 そこで、ニューズ社が最もほしいものの1つが、BスカイBの残りの約61%の株、つまりは完全子会社化だ。

 しかし、その試みは、今のところ、不調に終わっている。

 大きな打撃となったのが、昨年再燃した、ニューズ・オブ・ザ・ワールド紙での電話盗聴事件である。この件については何度も書いているので、最後に過去記事のアドレスを貼っておくようにするが、昨年7月上旬時点で、盗聴が失踪した少女の留守電にまで及んでいたことが発覚して、国民の大きな怒りを買ってしまった。そこで、「パニックとなった」(と、自分でも認めている)マードック氏は、ニューズ・オブ・ザ・ワールド紙を廃刊にしてしまったのである。

 このとき、BスカイBの完全子会社化も断念せざるを得なくなった。これまで政界と親しい関係を保ってきたマードック氏に対する、ほかの政治家からの不満などが一挙に噴出し、「反ニューズ社、反マードック」感情が非常に大きく渦巻いてしまった。そこで、ニューズ社経営陣は「これでは、買収のための交渉はうまく行かない」と判断し、買収断念となったのである。

 その後、紆余曲折があったが、現在は、放送・通信業務の監督団体「オフコム」が、果たして、ニューズ社が「放送免許を持つに足る、適切な企業かどうか」を調査中である。期限がない調査なので、いつオフコムが結論を出すかは分からない。しかし、「適切な企業ではない」と、もしオフコムが判断した場合、BスカイBの39%の株も、手放さざるを得なくなる「かも」しれないのだ。

 といっても、まだまだどうなるかは分からないのだけれども、ニューズ社の英国での評判は下り坂の一途をたどっている。

 評判の下落にいっそうの拍車をかけたのが、1日に発表された、下院の文化・メディア・スポーツ委員会よる報告書だった。委員会は、この報告書の中で、マードック氏は「国際的な企業を統括するに適切な人物ではない」と言い切ってしまっている。

 「そこまで言う必要はないのではないか?」と思った委員(議員たち)もいて、この表現を入れるか入れないかでもめたようである。このため、報告書はこの点については全員一致とはならなかった。そして、「報告書は政治色が強すぎた」と批判する人も出ている。

 盗聴事件が明るみに出たのは2005年である。同紙の記者と私立探偵が有罪になったのが2007年。

 委員会は、過去数年にわたって、新聞界の水準やプライバシー問題について調査を行ってきた。ニューズ・オブ・ザ・ワールド紙での電話盗聴事件もこの範ちゅうに入り、ニューズ・オブ・ザ・ワールドの編集長、発行会社ニューズ・インターナショナルの弁護士や経営幹部などを召喚し、「一体、何が起きたのか?」、「組織ぐるみだったのか」などを公聴会の場で聞いてきた。

 発行元は、長い間、「たった一人の記者が関与していただけ」という線で通してきたが、それがどうも嘘であることが、ほかの委員会の調べやガーディアン紙の調査報道で判明してきた。2009年に召喚された弁護士や経営幹部らが「記憶にない」という表現を繰り返すので、委員会は、「まるで集団健忘症にかかったかのようだった」と、2010年発表の報告書で批判したほどである。

 そして、1日の報告書では、こうした経営トップや弁護士の対応が非常に厳しく批判された。「嘘を言った」とまでは言わなかったものの、「委員会を欺いた」、と書いた。

 委員会の公聴会では、召喚された人は証言の前に宣誓をする必要はないが、真実を語ることが期待されている、と報告書は書く。これを軽んじて、「誤解を与えるような」証言を(故意に)するとは何事か、という怒りが伝わってくる。

 今回の報告書の発表で、今日は一日、マードック氏批判やニューズ社の将来を憂う声が出ていたが、最終的にニューズ社の将来は株主が決めるので、株主が怒らない限り、あまり変わらないかもしれない。

 それよりも、ニューズ社の手からBスカイBが消えるのかどうか、これが結構注目だと思う。ニューズ社は完全子会社化は一旦はあきらめたものの、近い将来、再度買収を試みようと思っているはずだ。

 英国内でどうやってニューズ社の経営陣のイメージを刷新し、放送免許を持つに足る企業であることを証明したらいいのだろうー?あまり善後策が見つからない感じで、時が過ぎるのを待つぐらいしか、ないかもしれない。果たして、経営陣の首切り策に走るのかどうかー?

 政治的には、キャメロン首相の政治生命も懸念だ。キャメロン氏はニューズ社経営陣や傘下の新聞の編集長などと私的つきあいがあり、マードック氏への逆風は、同氏への逆風となってしまうからだ。

 一連の調査を通じて、いかに政界、メディア界(=マードック勢力)、警察などがくっついていたか、これが次々と暴露される毎日である。

***

関連記事:

マードック傘下の老舗の英日曜紙が廃刊 〜深刻化した電話盗聴事件でBスカイBの買収も暗雲に?
http://blogos.com/article/23719/

マードック帝国の激震 ④ -盗聴事件を通して見える、パワーエリートたちの傲慢さ
http://blogos.com/article/5180/

経営に更なる透明性の求めも 英紙廃刊とマードック帝国のほころび(下)
http://ukmedia.exblog.jp/17018842/

ヤフー・トピックス
英紙の盗聴問題
http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/world/uk_media_phone_hacking/
by polimediauk | 2012-05-02 07:31 | 政治とメディア
 しばらく更新が滞っておりますが、中央公論新社から11月、英国メディアの歴史の本が出ることになりました。今、最終のチェック段階です。1年半ぐらい前から書き出して、陽の目を浴びる日が近付いてきました。

 英国のメディアの話、しかも歴史と言うと、それほど日本の皆さんが、「すごく知りたい!!!」と熱くなるようなトピックではないかもしれませんが、渡英して、今年の末で10年になります。卒業証書のつもりで書きました。

 なるべく気軽に読めるように工夫してみたつもりですが、良かったら、冷やかしにでも立ち読みしてくださると幸いです。

 ちょっと探してみますと、英国の、それも新聞業も放送業も合わせた本はなかなか(日本語では)ないようですーー学問の本はあるのだろうと思うのですが。入れるべき内容がたくさんあって、全部はとても入れ切れなかったので、抜けているところもたくさんありますが、それはまた今後の機会やこのブログで埋めてゆくつもりです。

 でも、ほんとーに、英国のメディアはとっても面白いです。テレビ一つをとっても、ありとあらゆる番組があって、それに時間のシフトがあっても見れる(オンデマンド)ので、わくわく、ドキドキしながら、いつもかじりついています。ラジオも、とっても面白いです。面白いテレビやラジオ、それに新聞は、リッチな文化を作るのだろうと思います。

 本の刊行にあわせて、10月と11月、日本に一時帰国する予定です。日本のテレビ、ラジオ、新聞に大期待です。

  

 
by polimediauk | 2011-09-09 07:37 | 政治とメディア
 9・11米テロから10年。この間に「テロの戦争」(ウオー・オン・テラー)という言葉も生まれた。

 英メディアでは少しずつ、この10年を振り返る番組が放映されだした。関連本も書店に出るようになった。

 この「テロの10年」を振り返るとき、どんな本や番組がお勧めだろうか?できれば米国の人(学者でなくても、一般市民でも)の見方が知りたい感じがするが、とりあえずは、私が英国で出くわしたものを紹介してみたい。

 まず、「エコノミスト」(最新号)が書評欄で4冊の本を紹介している。
Learning the hard way
http://www.economist.com/node/21528225
(登録者でないとすぐには読めないかもしれないのでご注意。)

 ここでお勧めの本は4冊で、①ファワズ・ゲルゲスが書いた、「The Rise and Fall of Al-Qaeda」、②ロビン・ライトが書いた、「Rock the Casbah: Rage and Rebellion Across the Islamic World」、③シェラード・クーパー=コウルズが書いた「Cables from Kabul: The Inside Story of the West’s Afghanistan Campaign」、④ジェイソン・バークが書いた「The 9/11 Wars」である。

 「エコミスト」によれば、最初の2冊の本の作者たちは、「西欧諸国が、自分たちが介入したイスラム諸国」(イラク、アフガニスタンなどを指すのだろう)を「十分に理解していない」、と主張しているという。

 それを裏付けるのが、③の本。これは私自身も買ったのだが、このクーパー=コウルズさんは、元アフガニスタンの英国大使だった人。そして、「集団思考、つまり、軍事行動で成功を導くことができると考えたことが、過去の10年間の西欧諸国の(イラクやアフガンでの)努力をいかにダメにしたか」を書いているそうだ(私は読みかけ)。アフガンでの大使の生活を赤裸々に書き、米英の政策を批判している。この本はこれまでにも、非常に良い書評がついている。特に政治に興味がある人にはいいかもしれない。

 ④のバークは、ジャーナリストで作家。「アルカイダ」というタイトルの本も前に出している。この本は700ページ(!)という分厚い本らしい。ガーディアンやオブザーバーに記事を書く人で、アフガン、パキスタン、中東を実によく知っている人だ。「エコノミスト」は「テロの戦争」をカバーする良い本だと誉めている。

 この本の中でバークは、アルカイダが、まだなくなってはいないものの、この10年で弱体化したと書いているという。

 イスラムテロなどに強い興味がある人にはいい本なのだろうが、個人的にはどうもマッチョすぎる感じがしないでもないーーと思ったのは、ガーディアンにこの本の一部が抜粋されていて、それを読んだからだ。「9・11テロ。その後、テロの戦争が起きたが、誰が勝利者か、そして負けたのは誰なのかがはっきりしない」とバークは書く。

 そこで何故そうなのかが抜粋で書かれていたが、私が注目したのは、「テロを退治する」という名の下で行われた戦闘で、一体どれぐらいの人が犠牲になったかという箇所だ。戦闘で亡くなった兵隊、その人たちの家族、あるいは民間人などをバークが総合して計算したところ、「少なくとも25万人が殺害された」というのである。(もっと多い人数を出している人もたくさんいる。)

 バークは、9・11テロ以降の戦争(複数)にはまだ名が付いてないが、歴史を後で振り返れば、きっと何らかの戦争名が付くだろうと予測する。そして、この戦争のことは思い出されるだろうけれど、殺害された25万の人々は「思い出されることはないだろう」と書いていた。

―NYでは粉塵を吸って、苦しむ人が増えている

 米国に目をやると、ワールドトレードセンターが崩壊した後、大きな灰色の煙と粉塵が出た様子は私たちの記憶に残っているが、この粉塵=ダストを吸い込んだ人たちが、年を追うごとに病気になっている、というリポートが、先日、BBCニューズナイトで出ていた。ビルが倒壊したとき、窓ガラスが粉々になり、建物に付随した様々な有害物質(例えばアスベスト)などが空気の中に散っていった。これを吸った人が、喘息もちになったり、肺を悪くしたり、その他様々な病気になっているという。そして、その中で出てきた医者が言うには、「今後20年、30年、後遺症で悩む人がもっと出てくるかもしれない」。

 何でも、テロの後、数日ぐらいでNY証券取引所やその他のビジネスがオープンし、これを歓迎する雰囲気があったという。当時、ビジネスを再開しても大丈夫なのだと医療関係者が言ったそうである。しかし、現在、このときの様子を振り返って、ある米医療関係者は「確かに、現地に戻っても問題はなかった」とニューズナイトの記者に答えた。ただし条件があった。「呼吸マスクをつけて、現地に戻ったら、大丈夫だ」。この問題は、これからさらに注目されるかもしれない。

―個人的なお勧めは

 9・11テロの影響をバークさんの本で読むのもいいが、長いし、よっぽど国際政治中毒というか、こういうことが好きな人でないとどうかな、と思う。

 そこで、(これはいつか和訳されるかもしれないので書いておくと)、前にツイッターでも紹介したのだが、「グローイング・アップ・ビンラディン」という本だ。
https://www.amazon.co.uk/Growing-Up-Bin-Laden-Osamas/dp/185168901X/ref=sr_1_2?ie=UTF8&qid=1315001131&sr=8-2

 これは、オサマ・ビンラディンの最初の妻と息子の1人が書いた本。ともに夫、そして父親としてのオサマの姿を描く。私は覗き見趣味的に読み始めたのだが、読み始めると止まらなくなった。

 「テロの戦争」を理解するのに、オサマという個人の、それも家族が見た姿を知ることは、一体何の役に立つのかー?そう思われる方もいらっしゃるかもしれない。しかし、実は大アリだと私は思う。

 例えば、まず、最初はオサマと妻の出会いの話。17歳ぐらいで結婚する。それから、夫婦がどのように会話をするのか、愛情を表現するのか、そして第2の妻をめとりたいとオサマが妻に言うと、妻がどんな反応をしたのか?いろいろ、普通に考えると噴飯もの(女性には人権がないような)のエピソードが満載だ。文化が違うとこんなにも違うのかなとも思う。まあ、女性・妻の扱い方は、国によってあるいは個人によって違うのかもしれないから、これは置いておくとしても、「父」としてのオサマはどうか?

 それを語るのはオサマの息子である。政治活動、そしてテロ活動で忙しくなる父に抱擁をしてもらいたい、遊んでもらいたい、かまってもらいたいと願う子供たち。父に対する尊敬と愛情はものすごく強いのだ。世間ではいろいろ言われていても、やはり子は子。自分たちなりに、父オサマを愛しているのだった。

 しかし、いくつかの事件がきっかけに。書き手の息子オマルは父の元を離れる決心をする。このエピソードはすごくつらい。せっかくなので(邦訳もでると思うので)、この部分は書かないでおきたい。しかし、相当のことがあって、オマルは父の元を去るのである。文学的香りさえ漂う部分である。

 この本を読んで、最も良いのは、テロの首謀者として怖がられたオサマが等身大の人物として伝わってくることだ。日常の具体的な話がポロポロ出てくるし、テロ戦闘員になるためのトレーニングの様子もーー例えばご馳走がツナ缶だったなどーー非常にリアル。結果的に、オサマつまりアルカイダの首謀者に対する幻想が消える。

 アルカイダが一つの流行として広がったのは、オサマ・ビンラディンやそのアイデアに対する強い共感とともに、オサマへの憧れ感があったと思う。オサマはあがめられた存在であったと思う。

 この本を読むと、それが崩れる。アルカイダにシンパシーを感じる人たちに、特に読んでほしい本だ。

 もちろん、ある組織のトップの人が、日常の生活の中でぶざまだったり、格好悪かったりすることと、その組織のイデオロギーの良し悪しは別物だ、(・・・のはずだ)。たとえば、アップルのスティーブ・ジョブズが私生活では(あくまでもたとえだが)、ずるい奴だったりしたとしても、アップルの製品のすばらしさの評価は揺るがない。それに、ある人物のすばらしさを一番分かっていなかったのが、家族だった・・・なんてこともあるだろう。

 そうしたもろもろのことを考慮に入れても、この本はオサマのそして、アルカイダの幻想を崩すという意味で重要な感じがする。9・11テロの直後に(例えば3年以内に)、こんな本が出ていたら、ロンドンテロ(2005年)やほかのたくさんのテロが起きていたかな、と思ったりする。

 

 
by polimediauk | 2011-09-03 07:43 | 政治とメディア