小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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カテゴリ:政治とメディア( 235 )

(見出し部分のつづりが間違ったまま、見苦しい状態が続いていたことをお詫びします。)

 今、英国にいると、「ここは中東か?」と思うほど、リビア情勢に関する報道が多い。

 特に反体制軍が首都トリポリに入ってからは、「反体制側の勝利」、「英国及びNATO側の介入が功を奏した」という、勝利感みなぎる論調が続いた。ところが、カダフィ大佐がなかなかつかまらないので、次の山場が見つからず、新聞各紙は1面の見出しをいかに劇的にするかに頭を悩ませているようだ。

 英エコミスト誌は、「デービッド・キャメロンの戦争」と題するコラムで、キャメロン首相のリビア戦での決断に一定の評価をしている。
http://www.economist.com/node/21526887

 国連決議の「リビアの国民を守る」という範囲内での軍事行動(空爆のみ)を維持しながら、反体制軍のトリポリ掌握まで実現させたからだ。また、空爆は米国の協力がなければ成功しなかったとしながらも、ブレア政権のときのように、米国のために他国で軍事行動を起こさなかったキャメロン首相。この「成功」には「偶然」という要素も介在していたが、今後も、(ほかの地域で)同様の介入がありそうだ、と締めくくる。

 NATOあるいは英政府が、今、避けようと(あるいはそのふりをしている)している事態とは、リビア国内に軍隊を送ること、そして新政権樹立までの混乱期にリビア政治に深く関わり、状況が泥沼化して抜け出られなくなることだ。2003年のイラク戦争、あるいは2001年に武力攻撃を開始したアフガン戦争のような状態は何としても避けたい、と(あるいは、「避けたいと思っている」と英国及びリビアの国民に信じさせたい、と)思っているのである。
 
 そこで、ヘイグ英外相など、閣僚などは「リビアの今後はリビア国民の手で行うべき」という言葉を繰り返すことになる。

 しかし、本当に「一切関与しなくなる」かというと、大いに疑問である。トリポリでの反政府派と政府派との戦いの様子が大々的に、かつ延々と報道されると、「治安維持のためには、やはり現地に軍隊を送らなければ」という論法が出てくる可能性がある。「リビアの新政府(あるいは反体制派による暫定政府)から、強く依頼されたので」軍隊を派遣する、という説明も出てこないとは言えない。

 「もし」そうなると、リビアの状況は、英国が関与したことで、関与しなかった場合よりも悪化する可能性があるーーイラクやアフガニスタンのように。いつまでも英国の関与が続き、それ自体が中東諸国から反感を買うばかりか、英兵の犠牲者が出て、かつ軍事費負担が増える。英国にとっては、良くないことばかりなのである。ただし、「国際社会で英国の力を示したい」(あるいは「利権を拡大させたい」)と考える、英国の一部の政治家などは、むしろ関与したい、と考えるだろう。

 リビア情勢の注視どころの一つは、「近い将来、リビアにNATOや英国あるいはフランスなどが深く関与するかどうか(つまり、地上に軍隊を送るのか、送らないのか)」になってくる。

 私自身は、英仏が主導した、リビアに対するNATO軍の空爆の様子を、恐ろしさを持って見ていた。反体制軍に武器を提供していた、という報道もあった。8月26日付のテレグラフ紙報道によれば、国連が、凍結されているカダフィ政権の資産の中で、10億ポンド分を反体制軍・反体制政治勢力に提供することで合意した、とあった。すでに、反体制の政治勢力をリビアの正統な政府と見なす国が30カ国以上あるという。カダフィ大佐の周りがどんどん固められていることが見えてくる。

 もちろん、私はカダフィ大佐による圧制が続くべきだと思っていたわけではない。しかし、政府シンパの人が「内政干渉だ」というのも一理あるように聞こえるほど、国際社会という名がついた他者の手によってリビアが支配されてゆく様子は、かつての欧米列強による植民地の分割競争に重なって見えた。

 タイムズのコラムニスト、マシュー・パリスが、「私たちは何とか切り抜けた。向きを変えるときが今だ」と題する記事を書いている。(有料購読制の記事。)
http://www.thetimes.co.uk/tto/public/profile/Matthew-Parris

 要旨は、最初の段落にある。「目をそらせ。理解しようとはしないことが大事だ。私たちはリビア情勢に関して何の支配力もなく、リビアの最善の将来が何であるかを推測する力もなく、最も残酷で最も危険な状況を生み出すことへの影響力があるだけだ」。

 パリスは、これまでに、多くの専門家がアフガニスタンの政治及び軍事状況に関わる予測をたくさん出したが、結果的には完全にずれていたこと、唯一当たっていたのが、「最終的にはひどい壊滅状態になる」ということだけだったと指摘。リビア情勢では「全てが変化し続け、長くは維持しない」ので、「誰がベンガジやトリポリでどうした、あるいは政治勢力の名前や読み方を覚えること」に躍起にならなくてもいい、と主張する。

 もしリビア(の新勢力が)英国からアドバイスがほしい、どうやって民主主義体制を作り上げるのかを教えてほしいというならば、「アドバイスを提供するべきだが、資金援助を頼まれたら、きっぱり断るべきだ」。もし「(軍事)介入を請われたら、ノーというべきだ」。リビア情勢が悪化すれば悪化するほど、NATOも英国もリビアから「背を向ける時期なのだ」、と書いている。
by polimediauk | 2011-08-27 16:34 | 政治とメディア
―アルジャジーラ英語経由で日本にも報道伝わる

 ムバラク大統領の辞任を求めるデモが最高潮を迎えていた頃、筆者は、英国でラジオやツイッターで情報収集をしながら、テレビの複数のニュース専門局の映像に釘付けとなる毎日を過ごした。

 あるニュースが発生し、現地にいる人が眼前の状況をツイッターやブログサイトなどで逐次報告していく手法(ブログに載せる場合は「ライブ・ブログ」と呼ばれる)は、今回の「アラブの春」でもまた、活躍した。

 日本で発生したある現象にも触れておきたい。私が日本語のツイッターを追っていると、特に民衆蜂起の初期の頃に、「日本でエジプトの十分なニュースが出てない」「テレビではくだらない芸能ニュースばかり伝えている」という声が多く出た。この時、筆者は改めて、日本にはCNNやBBCのような24時間のニュース専門のテレビ局がないことに気づいた。

 そんなとき、英語でニュースを追う何人かのツイッター利用者が翻訳リポートを始めたのである。英語圏のメディアに加えてアルジャジーラ英語で見た現地の様子やツイッターを適宜翻訳し、紹介していった。翻訳ツイッターはそれぞれのフォロワーの間でリツイート(再配信)され、情報を拡散させた。日本ですぐにエジプト情勢を知りたかったら、テレビではなくツイッターやアルジャジーラ英語のウェブサイトを見る─そんな選択をする人が出てきた。

 日本在住のラジオDJでジャーナリストでもあるモーリー・ロバートソン氏は、こうした翻訳ツイートを熱心に行った一人だ。ロバートソン氏は、自分のウェブサイトの中で、「ネットやツイッターを多少使いこなしている人」の場合、チュニジア・エジプト情勢を通じて「急速に国際リテラシーが上がり」、リツイートが「使われ方によって大きな威力を持つさまを目のあたりにし」たと書いた(2月14日付)。

―「本当のニュースがある」とクリントン米国務長官

 今年3月上旬、クリントン米国務長官がアルジャジーラ英語の報道媒体としての質について、驚くべき発言を行った。クリントン氏は米上院外交委員会に出席し、アルジャジーラは「本当のニュースを放送している」と述べたのである。ラムズフェルド元国防長官がアルジャジーラを「許しがたいほど偏向している」と批判したときとは180度の変化である。

 クリントン氏によれば、米国は世界で発生している「情報戦争」に負けているという。他国の国際ニュース報道機関は、中東などの世界各地に米国の報道機関よりもより効果的に入り込んでおり、具体例がアルジャジーラなどの質の高い国際報道機関である、と。アルジャジーラは「人々の心や考え方を変えるほどの影響力を持つ」。

 「アルジャジーラの視聴者が米国で増えているのは、アルジャジーラが本当のニュースを報道しているからだ」。

 アルジャジーラの主張に「同意しない人もいるだろうが」、アルジャジーラの放送を見れば、「24時間本当のニュースを受け取っていると感じると思う」。一方の米国のテレビは「無数のコマーシャル、評論家たちの議論で一杯」で、「米国民にとっても、さらには外国人にとっても、たいして参考にならない」代物だ、とクリントン氏は述べた。

 冷戦後、国際的情報網を解体したことで、米国は「大きな代価を払っている」、「民間の報道機関ではそのギャップを埋めることはできない」と続けたクリントン氏は、国際ニュースを報道するメディアを、世界の情報戦の最先端の道具としてみているようだ。米国からのメッセージを世界に広げるため、米国営放送「ボイス・オブ・アメリカ」を拡大させた新メディアを、公的資金を使って立ち上げる案を提唱したほどだった(ニュースサイト「ザ・ファースト・ポスト」3月3日付)。

―「アラブの春」の種子蒔いた、アルジャジーラの妹分的存在

 先の『アルジャジーラ 報道の戦争』を書いたヒュー・マイルズ氏は、国際政治を扱う「フォーリン・ポリシー」ウェブ版に出た「アルジャジーラ効果」(2月8日付)と題された記事の中で、「多くのアラブ人たちは、アルジャジーラが中東で国民による革命を引き起こすのではないか、といっていた。誕生から15年経って、この予言は的中した」、チュニジアで起きた「さざなみがエジプトの長期政権を押し流すほどの波を作り出した」と書く。

 例えばチュニジアである。この国の民衆蜂起は、「政府が繰り返してきた定説、つまりチュニジア政権は難攻不落で、治安体制は無敵だということが単なるプロパガンダで、チュニジア国民を従わせるためにそういっていたことをあらわにした」、アルジャジーラは「リアルタイムで、この定説を破り、何百万人もの普通の人々を立ち上がらせ、合法的な権利を主張させた。急に、中東全体で変化は可能として受け止められるようになった」。

 そして、この変革の波を世界中に─地理的に遠い日本にさえも─伝えたのが、妹分的存在の英語放送であった。

 しかし、一方では、こういう指摘もある。

 昨年12月8日、ガーディアン紙は、カタール政府によるアルジャジーラの政治利用を示唆する米国の外交公電を報道した。この公電は内部告発サイト「ウィキリークス」に漏洩された約25万点の外交公電文書の一部であった。

 09年、在カタールの米大使(当時)ジョゼフ・ルバロン氏は本国に送った公電の中で、アラブ圏の世論形成に大きな影響力を持つアルジャジーラは「カタールの最も価値ある政治上及び外交上の道具だ」と書いた。「外交関係の向上の道具」として使われた例として、「アルジャジーラがサウジアラビアの王家を好意的に報道したので、2国間に和解が成立した」と分析した。

 アルジャジーラのカンファール社長は、その2日後に掲載されたガーディアンの記事の中で、カタール政府の思惑でアルジャジーラの報道内容が変わっているという見方には「真実の一片もない」と斬っている。アルジャジーラは編集権の独立を保っており、カタール政府とアルジャジーラの関係は、英国でテレビ受信料を得て活動するBBCと英政府との関係と同じなのだ、と説明する。

 しかし、アルジャジーラの支援者とも言えるヒュー・マイルズ氏は、アラブ圏のメディアの大部分を「間接的及び直接的に支配」する大国サウジアラビアに関する報道について、エジプトやチュニジア報道と比べると、「やや大胆さに欠ける」と指摘する(先の「フォーリン・プレス」記事)。昨年2月、サウジアラビアの王子の一人がロンドンで召使を殺害し、後に殺人罪で終身刑となる事件があった。アルジャジーラはこの事件をほとんど報道しなかったという。アルジャジーラといえども、「自由な報道には限界がある」(マイルズ氏)。

 アルジャジーラは、現在、「アラブの春」での注目を機に、念願となっていた米テレビ界に参入することに躍起だ。ウェブサイト上で「アルジャジーラ(の視聴)を要求しよう」というロゴをつけたキャンペーンを展開し、年頭から4月までに、米国でのテレビ視聴を要求する約6万通の電子メールが集まったという。アルジャジーラの存在感が増すほどに、カタールの国としてのイメージも上昇する。両者は切っても切れない関係だ。

 世界でいま何が起きているのか、現地の本当の話を知るには、もはや米英のニュース専門局のみでは十分ではない─アルジャジーラは、これをしっかりとアラビア語圏の外に住む私たちの頭に叩き込んだ。(朝日「Journalism」2011年7月号掲載分より)

雑誌の購入には
http://publications.asahi.com/ecs/detail/?item_id=12816

「富士山マガジンサービス」を利用したデジタル版の購入http://www.asahi.com/shimbun/jschool/report/subscribe.html
by polimediauk | 2011-08-07 07:32 | 政治とメディア
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 今年前半、「アラブの春」の到来に世界中がわいた。しかし、夏が来てみると、なかなか物事は思うようにすぐには進まないことが段々わかってきた。特にシリアで流血事件が続いているのが気になる。

 中東情勢に関して、少し基礎を含めて知りたい方に、「英国ニュースダイジェスト」のニュース解説面が役に立つーー中東情勢専門家、吉田さんの腕が光る。以下はそのいくつかである。

シリア革命の行方
http://www.news-digest.co.uk/news/content/view/8202/265/
アラブの春とイエメン
http://www.news-digest.co.uk/news/content/view/8103/265/


 アラブの春でまだ興奮が冷めやらぬ頃に、アルジャジーラ英語放送に関して、朝日の月刊誌「Journalism」7月号に原稿を書いた。「メディアが動かした中東革命」という特集の中の1つである。

 周囲の雰囲気が少し変わってきた感はあるものの、アルジャジーラ英語の株を上げた事件でもあった。自分のこれまでの知識を一旦まとめるつもりで書いたのが以下である。何かのご参考になればと思う。(長いので、2つに分ける。)

 「Journalism」のご購入(雑誌とデジタル版がある)の情報は以下。よかったら、 ほかの方がどんな記事を書かれているのか、ご参照願いたい。


雑誌の購入には
http://publications.asahi.com/ecs/detail/?item_id=12816

「富士山マガジンサービス」を利用したデジタル版の購入http://www.asahi.com/shimbun/jschool/report/subscribe.html


もう一つのアルジャジーラ 
-英語放送の爆発的伝播力(上)(朝日「Journalism」7月号より)


 昨年末以来、中東・北アフリカ諸国で民衆蜂起が続いている。生活苦を理由としてチュニジアの若者が抗議の焼身自殺を図り、これをきっかけとして、国内各地で大規模なデモが起きた。その後はエジプト、アルジェリア、リビア、イエメン、シリアと民主化を求めるデモが広がった。チュニジアやエジプトでは長期政権の打倒につながり、この一連の民衆蜂起は「アラブの春」とも呼ばれるようになった。

 民衆蜂起の進展を世界中のメディアが報道したが、特に注目を集めたのが中東カタールに本拠地をおく衛星放送アルジャジーラ(アラビア語)及びその英語放送である。

 ニュース専門のテレビ局の先駆者米CNNが1980年代~90年代を通じて歴史に残る出来事の生中継を行い、その名を知られたことを「CNNの瞬間(モーメント)」と呼ぶ。また、生中継による速報性によって政治判断に影響を及ぼすことを「CNN効果」と呼ぶようにもなった。アラブの春は、アルジャジーラにとって、「アルジャジーラ・モーメント」あるいは「アルジャジーラ効果」の到来となったといわれている。

 本稿では「アルジャジーラ効果」に至るまでのアルジャジーラの軌跡と、アラブの春での活躍ぶりを紹介したい。

―アルジャジーラとは「半島」

 「アルジャジーラ」とはアラビア語で半島、あるいは島を指す。その設立のきっかけは1994年にさかのぼる。

 英公共放送最大手BBC(英国放送協会)は、この年、サウジアラビアの衛星テレビ会社オービット・コミュニケーションズ社と契約を交わし、アラビア語のニュース・チャンネルの放映が始まった。しかし、BBCとサウジ政府とは番組の編集権をめぐって、しばしば衝突するようになった。

 1996年4月、BBCは調査報道番組「パノラマ」の中で、サウジアラビアの人権状況を取り上げた。この中にはある犯罪人の首を切ろうと処刑人が剣を振りかざす様子が入っていた。サウジでは処刑の撮影は禁止されており、オービット社は放送契約を破棄した。番組制作に関与していた約250人のスタッフは宙ぶらりんの格好となった。
 
 この時、「アラブ世界に報道の自由がない」ことに失望していたカタール首長のハマドが、約5億カタール・リヤル(約110億円)の資金を投入して、「見たことをそのまま報道する」放送局アルジャジーラを設立させた。

 設立当初からアルジャジーラで働くアイマン・ジャバーラー氏(アルジャジーラ・ライブ・サービスの統括者)によれば、「編集権の独立権が保障されること」を条件に、BBCアラビア語放送にいた約120人がアルジャジーラに参加することになったという。
 
 アルジャジーラの放映開始は1996年11月であった。政府の見解をそのまま流すのが主流であったアラブ圏のメディアの中で、アルジャジーラは「思想の自由、独立、議論」を奨励する放送局として、中東諸国の国民から大きな支持を受けて成長していった。現在、アルジャジーラは世界の65カ所に支局を置き、約3000人が働く。約400人のジャーナリストの国籍は60カ国を超える。

 中東諸国の政府にとってみれば、アルジャジーラは大きな目障りであった。各国の国営放送のように政権のプロパガンダはせず、「意見ともう一つの意見」というモットーが示すように多様な意見を放送するアルジャジーラは、数々の中東諸国で、一時的にせよ支局の閉鎖、記者への嫌がらせや攻撃、放映認可の取り消し措置にあってきた。

 BBCのアラビア語放送は有料だったため、視聴者層が限られており、しかも放送時間が1日8時間であったので「たいした影響力もなかった」とロンドン支局のモステファ・ソワグ氏はいう(ヒュー・マイルズ著『アルジャジーラ報道の戦争』、光文社)。しかし、アルジャジーラは24時間放送で(注:24時間放送になったのは1999年から)、ほとんどのアラブの国では無料で見ることができた。BBCアラビア語放送との大きな違いはアルジャジーラが「アラブの国の、アラブの都市から、アラブ人の手によって放送されていること」、「アラブ人だって信頼できる立派なメディアをもてるという、最初の例」だった(同)。

 国際報道の面から見ると、アルジャジーラの強みは欧米のニュース機関がカバーしていない中東諸国に特派員を配置させた点がある。1998年の、米英によるイラクへの爆撃「砂漠の狐作戦」では、当時イラクに特派員をおいていた国際的報道機関はアルジャジーラだけで、その映像は西欧メディアがのどから手が出るほど欲しいものだった。

―ビンラディン独占会見で「テロリストの放送局」とも

 2001年9月11日のアメリカ同時多発テロの発生後、アルジャジーラは国際テロネットワーク「アルカイダ」に近い存在とみなされるようになった。西欧メディアでは「テロリストの放送局」という悪名がついた。

 きっかけは、米政府が9・11テロを行ったという嫌疑をかけたアルカイダの首謀者オサマ・ビンラディンのインタビューを、たびたび放映したことだった。もともと、アルジャジーラは、1998年のタンザニアとケニア米大使館襲撃事件の直後にビンラディンの独占インタビューを収録していた。同時多発テロ発生から数日後の9月20日、その完全版を再放送した。この中で、ビンラディンは「アメリカとイスラエルと共犯者」に対する「ジハード(聖戦)を呼びかける」義務を主張していた(オルファ・ラムルム著『アルジャジーラとはどういうテレビ局か』、平凡社)。

 同年10月7日、テロ組織タリバンがビンラディンとアルカイダをかくまっているといわれたアフガニスタンに、米英が中心となったNATO国際治安支援部隊が攻撃を開始した。現在まで続く、アフガン戦争の始まりである。この時、アフガニスタンの首都カブールに特派員をおいていたアルジャジーラは、爆撃が始まって数時間後にビンラディンの録画テープを持っていると発表し、まもなくして、このテープを放映した。9・11同時多発テロの後のビンラディンの映像もそうだったが、今回も、絶妙なタイミングであった。

 この独占放送は世界の主要テレビ局で再放送され、アルジャジーラを国際的に認知させる最初の動きとなった。その後もテープが連続してカブール特派員に届き、アルジャジーラはアルカイダ首謀者のメッセージの代弁者と見なされるようになった。

 当時、ブッシュ米政権下のドナルド・ラムズフェルド国防長官は、アルジャジーラを「アルカイダの代弁人」「許しがたいほど偏向している」と非難した。

 大手ニュース専門局にとっては、貴重な動画を持つテレビ局であった。CNNは、ビンラディンのインタビュー・テープをほかのテレビ局より数時間前に入手するという条件で、アルジャジーラに巨額のテープ利用料を払ったという。

 2003年4月、米戦闘機が「誤って」アルジャジーラのバグダッド支局を爆撃し、特派員タレク・アイユーブが命を落とした。また、05年には英国の大衆紙「デイリー・メール」が、ブッシュ米大統領(当時)がブレア英首相(当時)に、アルジャジーラのドーハ本社を爆撃する意向をほのめかしたと報道した。

 この報道の真偽には諸説あるが、アルジャジーラ・ネットワークのワダー・カンファール社長は、「ある米高官から聞いた話」としてこれが本当だった、と後に述べている(「ガーディアン」2010年12月10日付)。

―英語放送は2006年から

 2006年11月、このアルジャジーラが、英語版として放送を開始したのが、
アルジャジーラ英語放送(以下、アルジャジーラ英語)である。中東に本拠地を置く英語のニュース専門局は、もちろん初めてである。

 アルジャジーラの広報によると、アラビア語放送は中東諸国のアラビア語圏を中心に世界で4千万戸が視聴可能だが、英語放送は、ケーブルや衛星放送を通じて、世界百カ国の約2億2千万戸の家庭で視聴することができるという。

 アルジャジーラは英語版のウェブサイトを03年から作っていたが、06年秋、英
語放送の開始とともに刷新した。「アラブの春」では、このサイトへのアクセス数が飛躍的に増加、エジプトのムバラク大統領が首相以下の内閣総辞職を発表した1月29日から翌日にかけて、一挙に2500%も増大したという。その60%が米国からのものだった(アルジャジーラ英語の北米戦略担当者トニー・バーマによる)。

 米国では、アルジャジーラ英語は大手ケーブル・テレビのチャンネルの中には入っておらず、テレビで視聴できるのはオハイオ州、バーモント州と首都ワシントンに住む人だけである。米国全体で視聴できるようになっていないのは、ブッシュ前大統領時代、反米の報道機関と見なされていたことに加え、既存ケーブル・テレビの視聴率が年々下落しており、新チャンネルの導入にテレビ局がちゅうちょしているためといわれている(「米ハリウッド・リポーター」誌のウェブサイト3月17日付)。

 米国の視聴者や他の国でアルジャジーラを見ることのできない人たちは、24時間無料ストリーム放送を行っているアルジャジーラ英語のウェブサイトかユーチューブに殺到した(ちなみに、アルジャジーラのユーチューブ・サイトは毎月250万ビューを誇る。ユーチューブ上のニュース・チャンネルの中では最多ビューである)。

 アルジャジーラが、今回、世界中の視聴者の間に大きな支持を広げることができたのは、ネットにつながっている人なら誰でも24時間、無料で視聴できることも大きな理由の一つであった。

―アラブ系記者が語る当事者感あふれる迫力

 英語放送は人材を米英のテレビ局から集めた。約千人のスタッフは50カ国を超える世界の国の出身だ。

 番組では、男性一人と女性一人のキャスターが画面に向かって立ち、流暢な英語でニュースを報じていく。その様子は、一見したところ、英国のテレビのニュース番組に酷似している。中東やアフリカ諸国のニュースを取り上げる割合が米英のニュース専門局よりも多いのが特徴の一つだったが、当初はすぐに熱狂的なファンを作るところまでは行かなかった。

 英語のニュース専門局の中で、例えば大手CNN、BBCとアルジャジーラ英語を比較すると、同じエジプトの民衆蜂起の中心地カイロ・タハリール広場の様子のリポートでも、中東に本拠地をおく放送局アルジャジーラ英語のリポートはアラブ系記者が手がけ、いかにも「現地から現地のことを熟知している記者がリポート」するという臨場感にあふれていた。米英の記者も中東の専門家ではあるのだが、アルジャジーラ英語のもつ当事者感による迫力には及ばない。

 また、広場に集まり、抗議デモに参加する熱い市民の様子や、食料やガソリンを求めて長い列を作る人々を映し出すアルジャジーラの映像は、エジプト国営テレビ放送による現体制維持を目的とした、支障なく進む交通状態やアーカイブ映像と思われる、楽しそうに買い物を楽しむ市民の様子とは大きな対比を見せた。

 蜂起の間中、エジプト国営メディアは、外国のジャーナリストには「隠された目的がある」、アルジャジーラは「人々を扇動している」と述べ、政府は記者の拘束や機材の没収、放送を停止させる措置、アルジャジーラのサイトへのサイバー攻撃などを行ったが、報道は続いた。

 アルジャジーラ英語の記者はそれぞれがツイッター・アカウントを持ち、速報をツイッターでリポートするほかに、アルジャジーラ以外のジャーナリストや市民のツイートを相次いで紹介した。ユーチューブにあげられた市民からの動画も、番組内で紹介した。タハリール広場に記者と撮影チームを常時置くことで、広場内で起きたデモ参加者とムバラク大統領側の勢力との衝突なども、その場で実況中継できた。2月6日、広場に集まったデモ参加者は「アルジャジーラ万歳!」と叫んでいた。エジプトのスレイマン副大統領がムバラク大統領の辞任を発表し、30年続いたムバラク政権が事実上崩壊したのはその数日後の2月11日であった。(つづく)
by polimediauk | 2011-08-06 05:42 | 政治とメディア
 c0016826_7122414.jpg28日、ロンドン・スクール・オブ・エコノミックス(LSE)で開かれたイベントで、ルパート・マードックの伝記本『ニュースを所有する男:ルパート・マードックの秘密の世界の中』(2008年初版発行)を書いた作家マイケル・ウルフは、マードック傘下の日曜紙での電話盗聴行為を「経営陣は全員知っていたと思う」と述べた。マードック自身や家族、経営陣などに取材し、いわば「マードック一家の一員」となりながら本を書いたウルフ。その発言の数々は、ここ数週間、大きなニュースになっている電話盗聴事件やマードックのビジネスのやり方の核心に迫るものだった。その内容の一部を紹介する。

 イベントはLSEに本拠地を置く、メディアのシンクタンク「ポリス」の代表チャールズ・ベケットが、米国からやってきたウルフに盗聴事件の感想やマードックはいま何を考えているかなどを聞く形を取った。

―本を書くために、9ヶ月にわたってマードックにインタビューしたそうだが、マードックはウルフの本をどのように受け止めたか?

マイケル・ウルフ:出版される前に本を読んでもらったところ、電話があった。マードックは非常に怒っていた。マードックがCEOとなっているニューズ・コーポレーション(ニューズ社)かマードックを誉めるような本になると思っていたらしい。同時期に、投資家ウオーレン・バフェットの本が出ていて、これはPR的な内容だったので、同様のものを期待していたようだ。マードックは激怒しており、脅されもした。(本の中では、マードックはウルフに対し、「話が個人的すぎる」と怒ったそうである。)

 マードックの生涯は、非常に驚くべき物語だ。自分だけの力で、自分がやりたいことをやってきた男の人生だ。自分の本能を信じて、ここまでやってきた。すばらしいビジネスを築き上げた。これほど、長い間ビジネスを続けている人もめずらしいのではないか。

―オーストラリアで生まれたマードックの父も新聞経営者だったが。

ウルフ:そうだ。マードック家というのは、オーストラリアでは本当に有名な一家で、米国で言えばケネディ家に相当するかもしれない。マードックの母エリザベスは102歳だが、いまだ健在だ。エリザベスは息子のルパートは一冊も本を読んだことがないと言っていた。

―7月19日、ルパートと息子のジャームズが英下院委員会に呼ばれ、盗聴問題に関して質疑を受けた。3時間を越える質疑応答で、父ルパートは80歳という年齢のせいもあってか、質問を何度も聞き返し、記憶も弱い感じがした。よぼよぼのようにも見えたけれど、あれが普通のマードックなのだろうか。インタビューのときは、どうだったのだろう?

ウルフ:一種の自閉症のような感じだ。自分の周りで何が起きているか分からないことがあるし、周囲とのコミュニケーションがよくない。聞き取り能力も高くない。また、会話の途中で言葉を失うこともある。長い間、沈黙となったりする。周囲の人たちは、「答えをじっくり考えているんだよ」と私に言ったけれども。まあ、年をとっていることはとっているよね。高齢でも若々しい人はいるものだが、マードックはそうではない。

 だから、インタビューは苦労した。どうやって焦点をあわせて、質問に答えてもらえるか。ビジネス上の決断をどうやって行ったのか、何故その手を打ったのかなど、自分のことを話すのは得意ではないようだ。しかし、他人に関しての評価を聞くと、はっきりと的確に答える。相手の弱点をはっきりと言える。

 例えば、盗聴事件がらみで廃刊となった日曜紙ニューズ・オブ・ザ・ワールドの昔の編集長で、次には発行元ニューズ・インターナショナル社のCEOになった女性で、レベッカ・ブルックスがいるね。自分の娘のようにマードックは可愛がっているのだが、ブルックスのことを、外から来て「マードック家の中に入り込んでいる」と言っていた。

―マードックは盗聴事件に関して、どこまで知っていたのだろう。下院委員会では、最近まで知らなかったとしているが。

ウルフ:新聞に関わることなら、マードックは全部知っているよ。

―マードックは新聞の編集に干渉しないと委員会では述べていた。

ウルフ:いや、細かいところまでうるさく言うのだと思う。ただ、傘下の新聞がマードック色になるのは、細かい指示を出すというよりも、働いている人みんなが「マードックがこうしてほしいと思うだろうな」という線を達成しようとするからだ。マードックを喜ばせようとする、と。

―今回の危機を、マードックは乗り越えられるだろうか。これまで、何度もビジネス上の危機を乗り越えてきたわけだから、乗り越えられるとは思うが。

ウルフ:マードックは確かに危機に対処することに慣れている。しかし、信頼感とか、透明性とかに関わる問題に対処することには慣れていない。自分のビジネスのやり方を、一般大衆に説明することには慣れていない。ニューズ社は、非常に古いタイプの会社なのだと思う。市場を独占して、ライバル社を倒して、どんどん大きくなってきたが、現在は状況が変わった。ビジネス活動を説明したり、透明性を維持しないと受け入れてもらえなくなった。

―電話盗聴事件についてはどういう感想を持っているか。

ウルフ:マードックはメディア帝国を大衆紙販売で作り上げてきた人物だ。大衆紙のビジネスとは何か?傷つきやすい状態にある人を捕まえて、記事を作って、これを売るーこれが大衆紙の存在意義だ。

 マードックにも愛する家族があるが、こういう大衆紙のビジネスは、家族に対する愛情とは別のコンパートメントに置いている。したがって、ニューズ・オブ・ザ・ワールドの読者260万人に対して、欺瞞を販売できた。

―マードックの現在の妻、ウェンディはどんな人か?中国系米国人で、マードックより40歳近く年下だ。

ウルフ:非常に面白い人物だ。マードックを囲む人々も(先妻2人の)子どもたちも、ウェンディのことを嫌っている。しかし、ウェンディは強い位置にいる。考えてみると、マードックはいつも、妻の尻に敷かれている。妻の言うことだったらよく聞くのだ。

 マードックは、ニューズ・オブ・ザ・ワールドの発行元となるニューズ・インターナショナル社のCEOレベッカ・ブルックスを、なかなか、辞任させようとしなかった(7月15日、辞任)。

 その理由(の1つ)は、ウェンディがブルックスを嫌っており、もしブルックスをすぐに辞めさせたら、ウェンディの望みをかなえたことになるので、先妻の子どもたちが反発すると思ったから。非常に複雑な要因がからみあっている。

―マードックは、盗聴事件をどう思っているのだろう?

 ウルフ:おそらく、何をどこで間違ったのか、分からないでいるのだろうと思う。というのは、マードックの大衆紙はいつもこんな(盗聴行為や違法行為)手段を使ってきたし、2002年や2005年に発覚したときにも、それほど悪い行為だとは解釈されていなかったと思う。「こんなものさ」と。「一部の悪い記者がやっていただけなんだ」と説明して。

 マードックや大衆紙のやり方は昔からずっとそうだったとしても、周囲が変わってしまった。5月、IMFのトップ(当時)、ドミニク・ストラスカーンが性犯罪容疑で逮捕された事件があった。それまでは何年もなんともなくても、あっという間に事件となる。物事の認識が変わったからだ。

―盗聴事件を通じて、英国の政治家がマードックに距離を置くようになったが。

ウルフ:政治家はマードックを「有毒」と見なすようになったのだと思う。

―マードックは、下院委員会で、長年にわたり、首相官邸を何度も訪れたことに触れ、「後ろのドアから入った」、「首相たちがほうっておいてくれないので」などと言っていた。マードックは、政治の中枢とこのように親しくすることを好まないのだろうか?本音だったのだろうか?

ウルフ:官邸に行って首相に会うということを、楽しんではいなかったと思う。マードックは、自分がすごいということを他人に評価してもらう必要を感じない人間だから。

―今後、ニューズ社はどうなるか?

ウルフ:ニューズ社とマードックの関係は変わると思う。息子で同社の経営陣ジェームズに対する信頼も落ちたと思う。マードックがいつまでも生き続けると思った人は多いかもしれないが、寿命は必ずある。英米でニューズ社のビジネスに関わる調査が行われるだろうし、そうすると、同社の「犯罪行為」が明るみに出る。

―マードックは本当に新聞の編集長によく電話するようだが。

ウルフ:そうだ。うるさいほどだという。どの見出しにするのか、ニュースは何か、と。ブルックスが言うには、マードックを黙らせるには、ゴシップ記事を出すのが一番だと。まさか、とっておきのゴシップ記事を出そうと盗聴行為をしたのが、マードックのためだったということはないだろうが。

 ブルックスは、ニューズ・オブ・ザ・ワールドの編集長時代、すべてのことに深く関与していた。盗聴行為が日常的に行われていたことを知らないはずはない。ジェームズも同じだ。編集幹部、経営陣全員が知っていたはずだ。

―何度もマードックを取材して、最終的にどのような人物として評価をするか。人間として、好きになれるか?

ウルフ:僕はマードックが好きだ。非常に人間らしい。気取ったところがない。温かみもある。やりたいことやって、何かを成し遂げた人物だ。ただ、ちょっと後ろを向いた隙に、斬られるかもしれないけれど。

―あなたが下院委員会にもし出席できるとしたら、何を聞くか。

ウルフ:自分だったら、マードックの片腕で、ついこの間まで米ダウジョーンズ社CEOだったレス・ヒルトンを召喚する。ヒルトンは、もともとの盗聴事件発覚時に、ニューズ・インターナショナル社の会長だった。一体どのようにして仕事を引き継いだのか、深く問い詰めるだろう。

―ニューズ社はこれからどうするべきか。自分だったらどうするか?

ウルフ:自分が経営者だったら、傘下にある大衆紙サンを売却する。そして、売却益を使って、非営利の信託(トラスト)組織を作る。例えば、ガーディアン紙のスコット・トラストのような。そして、調査報道とか、高質のジャーナリズムをこのトラスト組織を通じて、支援する。

 そこまでやったら、今まで盗聴とか悪いことをしてきたことのつぐないとして、認めてもらえるのではないかー。ただし、私がこれをマードックに進言しても、聞いてくれないと思う。
by polimediauk | 2011-07-29 07:13 | 政治とメディア
 「新聞協会報」(26日付)に、マードックとニューズ・オブ・ザ・ワールド紙を巡る事件のこれまでの概要を書いた。以下はそれに若干付け足したものである。いままでこの事件を追ってきた方には繰り返しがあって恐縮だが、最後の部分が若干の参考になればと思う。

 ***


盗聴事件で英紙NOW廃刊 「メディア王」に強い批判 -政界、警察との癒着あらわに


 英日曜紙「ニューズ・オブ・ザ・ワールド」(NOW)が10日、168年の歴史を閉じた。数年前に発生した電話盗聴事件が深刻化したことがきっかけだ。盗聴事件の「犠牲者」は老舗新聞だけに限らず、発行元ニューズ・インターナショナル(NI)社幹部、ロンドン警視庁幹部らが相次いで辞任した。事件はまた、マードック・メディアと政界、ロンドン警視庁との「親しすぎる関係」をあらわにした。盗聴事件の経緯とその意味に注目した。

―発端は王室関連記事

 盗聴事件の発端は、2005年秋、NOW紙に掲載された、ウィリアム王子のひざの怪我に関する記事であった。王室関係者は携帯電話が盗聴された疑いを持ち、ロンドン警視庁に調査を依頼した。2007年1月、同紙の王室報道担当記者と私立探偵は携帯電話への不正アクセス(=携帯電話の伝言メッセージを無断で聞いた)で有罪となり、実刑判決(記者は4ヶ月、探偵は6ヶ月)が下った。アンディー・クールソン編集長は盗聴行為は「まったく知らなかった」が、引責辞任した。

 同年3月、発行元のNI社の役員は盗聴行為に関与していたのは「王室記者のみ」と説明した。
 しかし、その後の数年の間に、複数の盗聴犠牲者らがNOW紙に対する盗聴被害の賠償を求めて提訴し、「ひとりの記者の行動」とする説明は現実味を失っていった。

 09年夏、高級紙ガーディアンがNOW紙が「3000人近くの著名人の電話を組織的に盗聴していた」とする一連の記事を掲載。警視庁に対し、再捜査を求める声が高まったが、これを警視庁ジョン・イエーツ警視監は「新たな証拠がない」として却下した。

 盗聴事件が国民的な事件として大きな注目を集めだしたのは、今年7月4日だ。ガーディアンが、2002年に誘拐・殺害された13歳の少女ミリー・ダウラーちゃん(今年6月、男性が殺人罪で有罪判決)の携帯電話の伝言メッセージをNOW紙記者や同紙に雇われた私立探偵が聞いていた、と報道した。記者らは、新しいメッセージが入らなくなること防ぐため、適宜伝言を消した。ミリーちゃんの両親や警察は伝言が消されていたので、ミリーちゃんがまだ生きていると信じて望みをかけた。殺害された少女の電話にまで違法行為を働くNOW紙の手法が、国民の大きな怒りを買った。

 広告主がNOW紙への出稿を次々と取りやめ、親会社ニューズ・コーポレーション(ニューズ社)の株価も連続して下落。経営陣は7日、日曜紙市場ではダントツでトップの発行部数(6月で約260万部)を持つ同紙を、10日付で廃刊すると発表した。

―元官邸報道局長を逮捕

 NOW紙の盗聴事件は、引責辞任したクールソン元編集長を、野党(当時)保守党が辞任からまもなく広報責任者として雇用したことで政治色を帯びた。10年5月、保守党と自由民主党による連立政権が発足すると、キャメロン首相はクールソンを官邸の報道局長にした。クールソンはNI社の大衆紙サン、NOWで経験を積んだジャーナリストであった。NI社は「メディア王」ルパート・マードックが最高経営責任者(CEO)となるニューズ社の傘下にある。クールソンを報道局長に起用することで、キャメロンはマードックを政界の中枢に招きいれたともいえる。

 1979年発足のサッチャー政権以降、どの英国の政権も、マードックと良好な関係を持つことに心を砕いてきた。「マードック・プレス」(サン、NOW,高級紙タイムズとサンデー・タイムズ)の総発行部数は、英国の新聞市場の40%を超える。英国の最大の有料テレビ局BスカイBの株もニューズ社が39%保有しており、英国メディア市場でマードックの影響力は圧倒的だ。

 しかし、昨年末にかけて盗聴疑惑報道が過熱化する中、クールソン起用はキャメロンにとって負の要素となった。今年1月、クールソンは官邸職を辞職した。今月8日、クールソンは先に有罪・実刑判決を受けた元王室報道記者とともに、警察への賄賂授与疑惑と電話盗聴疑惑で逮捕されている。

 ミリーちゃん事件発生時にNOW紙の編集長だったレベッカ・ブルックスはキャメロンの個人的な友人の一人だ。NI社のCEOに就任していたブルックスは15日、辞任。17日、クールソンらと同様の容疑で逮捕された(3人は、保釈中の身)。これで盗聴事件による逮捕者は10人目である。

 一方、ロンドン警視庁も「癒着」疑惑の対象となった。警視庁は今年1月からようやく再捜査を開始したが、新たにNI社が出した資料によって、NOW紙が警察に賄賂を払って著名人の個人情報などを高額で買っていた疑いが出てきた。

 また、2006年、私立探偵宅から没収した約1万点の書類の中に、約4000人に上る盗聴された可能性のある人物がいることが、6月末、判明した。2009年からの再捜査を求めるガーディアンなどの要求を、警視庁は却下してきたが、その理由はNI社から捜査をしないようにという圧力があったためではないだろうか?

 この疑惑を裏付ける動きがあったのは今月14日だ。元NOW紙の副編集長だったニック・ウォリスが盗聴疑惑がらみで同日、逮捕(後、保釈)されたが、ウォリスは警視庁のコンサルタントとして高額で雇用されていたことが分かった。さらに、この元NOW紙副編集長が関与する保養スパに、警視総監が無料で数週間静養していたことが報道(サンデー・タイムズ紙、10日付)された。警視庁がマードック・プレスと不適切に親しい関係を保っているという批判の声が高まり、17日、ポール・スティーブンソン警視総監が辞任。翌日にはイェーツ警視監も後を追った。

―親密政治家らが反旗

 違法行為もいとわないマードック・プレスの取材手法がミリーちゃん事件をきっかけに暴露されると、これまで親しい関係を維持してきた政治家たちが反旗を翻しだした。ニューズ社はBスカイBを完全子会社化する計画を進めており、6月末までこの計画の実現は確実視されていた。しかし、膨れ上がるニューズ社への批判が、与野党の政治家たちを結束させ、13日にはニューズ社に対し、完全子会社化計画をあきらめるよう促す動議を提出するところまで進んだ。計画実現が困難になったと見たニューズ社は、動議が議会で議論される直前に、計画の断念を発表した。

 ガーディアンのコラムニスト、ジョナサン・フリードランドは、今回の事件は「革命だった」とさえ述べる(15日付)。大衆紙を使って私生活を暴く「マードック・メディアの力を恐れて、マードックを表立って批判してこなかった政治家が、堂々とメディアの集中化の弊害を語るようになった」からだ。今回の事件をきっかけに、フリードランドは、英国の支配層(エスタブリッシュメント)がマードック・メディアと手を切ったと分析している。(終)
by polimediauk | 2011-07-27 20:04 | 政治とメディア
 マードック父子(ルパートとジェームズ)が、廃刊となった日曜大衆紙ニューズ・オブ・ザ・ワールド(NOW)をめぐるいわゆる「電話盗聴事件」について、下院の文化・メディア・スポーツ委員会で証言を行ってから、2-3日が過ぎた。

 「メディア王」の父ルパートが米国に帰国してしたこともあって、ここ2-3週間続いてきた、盗聴事件に関する過熱報道は一つの山を越えた感がある。今日21日付の高級紙各紙は、まだこの事件をトップにしたが、明日からは、1面から消えるかあるいは小さく出ることになる感じがする。ユーロの危機やソマリアの餓死する子供たちの話など、大きく扱うべきトピックはまだたくさんあるのだ。

 警視庁やNOWの幹部がどこまで何を知っていたのか、誰が本当に責任を取るべきなのか、どうして英国のメディアがこんな手法を使ってまで紙面を作らなければならないのかなど、これからも捜査・調査・議論は続くだろう。

 19日、マードック父子が下院で証言を行っていたとき、日本の放送メディアから取材を受けたのだけれども、NOW紙をはじめとする英国の大衆紙の、違法行為すれすれの取材手法の具体例を話していたら、驚かれてしまったようだ。ツイッターでもそういう感想を残した方が複数いらした。

 しかし、実はこの一連の盗聴事件の最も重要な部分は、盗聴という不正行為を行ったことにももちろんあるが、それと同じかそれ以上に見逃してはならないのが、「パワー・エリートたちの傲慢さ」であろう。

―「嘘をついてもいい」という態度

 NOW紙記者らによる盗聴事件をずっと追ってきたのが、ガーディアン紙の特約記者ニック・デービスである。BBCラジオが制作した、デービスのプロフィール番組を聞いていたら、デービス自身が今回のスキャンダルの根幹にあるものは何かについて語っていた。

 デービスによれば、重要なことは、盗聴問題の是非、あるいは政治とプレスの(悪しき)関係や、捜査を十分に行わなかったロンドン警視庁の失態というよりも、プレス(=メディア)の経営・編集幹部、警察、政治家といった、英社会の支配層(エスタブリッシュメント)である人たち、つまりは「パワー・エリート(権力を持つエリートたち)が、国民に嘘を言い続けてもいい、と思っていたこと」「自分たちは法律を守らなくても良い、と思っていたこと」であるという。「パワーエリートの傲慢さ」こそが、今回の一連のスキャンダルの中心にある、と。

 例えば、国民を「リトル・ピープル」(小さな、取るに足らない人々)と見て、様々な嘘を言い続けてきたこと。下院の委員会の前に座らされ、議員たちから質問ぜめを受けても、「知らない」「記憶にない」などと繰り返してきた経営や編集幹部、顧問弁護士たち。自分たちの手できちんと調査もしていないのに、「新しい証拠はない」と言い切って、事件の再捜査を拒絶してきたロンドン警視庁。すべてが、本当に傲慢としか言いようがないー私は、こんなデービスの論調を聞いて、目が覚める思いがした。

―不快感の由来

 盗聴事件を英国民が本当に自分に関わる問題として感じるようになったのは、7月4日、誘拐・殺害された13歳の少女の携帯電話に、NOW紙の記者や私立探偵が不正アクセスしたことが発覚したからだが、私自身は、個人的にはこれを衝撃的には思わなかった。少女にしろ、著名人にしろ、不正アクセスという点は同じと思っていたからだ。誰にとってもプライバシーは重要で、他人が侵害してよいわけがない。

 しかし、それよりももっと気になったのは、当時の編集幹部の態度であった。例えば、ある新聞の編集長が記者(複数)が盗聴行為を行っていたことを、「まったく知らなかった」と本当に言い切れるものか、もしそうなら、この編集長は蚊帳の外に置かれていたのであり、管理する側としては失敗である。また、その後、元記者が何人も「編集長の了解済みだった」と公に証言をしても、それでも何故「知らない」と言い切れるのか¬¬¬と不思議であり、不快に思った。

 さらに、常識的に見て、「どうも疑わしいな」「嘘を言っているな」と思わせる人を、一国の首相が官邸報道局長にしてしまう、というのも、よく言えば不思議であり、悪く言えば不快だった。例えばキャメロン首相は、NOWの元編集長アンディー・クールソンを報道局長に起用した理由を聞かれ、「相手が潔白だというので、それを信じた」、編集長職を辞職しているクールソンに「第2の機会を与えたかった」などと、答えている。どうみても、「少々疑わしい人物であったが、戦略的に必要なので起用した」のが真実に近いはずで、「国民には本当のことを言わなくてもいい」と思っているようなのが、不快だった。

 この「不快感」がどういうことなのか、自分自身、うまい表現が見つからないでいた。

 そこで、デービスの言葉を聞いて、はっとした。国民や読者に対して、「堂々と嘘をついて、あるいは真実を言わなくても、それでよいと思っている」ということなのだ。この言い訳、欺瞞、ごうまんさが問題だった。

―「ずーっと言い続けていると、それで通ってしまうものさ」

 アイルランド半島の北部は英領北アイルランドとなっているが、南北アイルランドの統一を目指す人たちが、北アイルランドや英国本土でテロ活動を活発に行った時代があった。1974年、英中部の都市バーミンガムで、私兵組織IRAのメンバーによる爆弾テロが発生し、21人が亡くなった。

 このとき、容疑者としてつかまった6人の男性は、テロ犯として有罪になり、実刑判決が下った。ところが、この6人は無実だった。76年には控訴が認められたが、無実を証明する十分な証拠がなく、有罪判決は崩れなかった。

 1980年代に入って、グラナダ・テレビというテレビ局が、この6人=「バーミンガム・シックス」をテーマにした番組「正義のために」を制作・放送した。この制作に関わったジャーナリストが「判断の間違い」と題する著作を出し、粘り強い支援活動を行った。本当のテロ犯が番組制作者側に連絡をとったことが突破口になり、6人は最終的には無罪釈放された。警察が証拠を捏造していたり、嘘をついていたことも明るみに出た。釈放は1991年である。無実になるまで、長い、長い時間がかかったのである。

 グラナダ・テレビでバーミンガム・シックスに関わる番組を作った、プロデューサー、レイ・フィッツウオーターに、ロンドンのメディアのイベントで会ったことがある。どうしてこれほどの長い間、この6人が有罪のままであったのか、警察は何故無実だと知りながら、有罪のままにさせておいたのだろうか、と聞いてみた。

 フィッツウオーターは、しばらく答えを探していたが、「英国では、エスタブリッシュメントに属する人が、『私は悪くない』といい続ければ、それが通ってしまう」「だから、有罪の状態がずっと続いていたのだと思う」。もし有罪でないとしたら、警察、司法界が嘘をついていたことが分かってしまう。すべてが暴露されてしまう、「だから6人を無罪にできなかった」。

 私は答えを聞いて、少々ショックを覚えた。そんなことがあるのかな、と。「たとえ嘘でも、それを言い続けたら、それで通ってしまう」なんていうことがあるのかな、と。

―イラク戦争の嘘

 2003年開戦のイラク戦争の是非に関しては、英国でも活発に議論が交わされてきたが、多くの国民が、当時のブレア首相が自分たちに「嘘をついて」開戦した、裏切られたと感じたものだ。

 私には特別な諜報情報はもちろんなかったが、それでも、「イラクに大量破壊兵器がある」「英国も危ない」という政府側のあおりの言葉の数々は、どうも論理のつじつまがあわないことが一杯で、「変だなあ」と思うことばかりだった。注意深く政府の言動を見ていれば、特に国際情勢に詳しくなくても、「戦争したくてたまらない」「理由付けは後で考えればよい」という態度がみえみえだった。

 今思えば、ここでも、「国民には本当のことを言わなくていい」「適当なことを言っておけばいい」「最初の主張を繰り返せばいい」という本音が透けて見えていた。

 後に、ブレア首相は何度も何度も、「何故イラク戦争を開戦したのか」「国際法違反ではなかったのか」と聞かれるようになった。そのたびに、ブレアは合法であるという理由を繰り返し、最後の最後には「自分には、それが正しいことだと思った」と述べた。「政治的判断だった」と。「自分には」それが正しいと思った、というのは、いかにも、説明責任に欠く答えだ。でも、そういわれてしまったら、こちらは何もいえなくなってしまう。

 2011年現在でも、ブレアは「自分は正しいことをしたと思っている」という姿勢を崩していない。国民の間には、「嘘をつかれて開戦した」という思いは消えていない。

―知っていることが判明したときに、驚く国民

 メディア大手の経営・編集幹部、政治家、警察上層部などのパワー・エリートたちが、互いに利便が良いように行動し、交友も頻繁にあることを、国民の多くは以前から知っていた。

 今回の盗聴事件で、これが改めて明るみにでたことで、驚き、衝撃を受けたわけだが、タイムズのコラムニスト、マシュー・パリスは、「英国民は、もう既に知っていることが本当であると判明したとき、衝撃を受けて驚く国民だ」とする見方をコラム(7月16日付)で紹介している。そして、コラムの中で、国民が驚くべき事項を20個あげている。最後が、8月の天候である。「この8月は記録的に天気がよいーまたは、記録的に雨が多いーだろう」。

 パワー・エリートたちの傲慢さに怒り、頭に血が上ったときに、パリスのコラムを読んで、思わず、笑ってしまった。それもそうだよな、と。まあ、少しは冷静になろう。ユーロだって、ソマリアだって、大変なのだから。

 それでも、やっぱり、不快である。

 168年続いた、ニューズ・オブ・ザ・ワールド紙。よっぽど何か必要に迫られたとき以外は読まない新聞だったから、個人的には好きな新聞とは言いがたかったけれど、毎週、日曜紙市場ではトップだった、つまりたくさんの読者に愛されてきた新聞だった。同紙の経営・編集幹部は、数年前に起きた盗聴事件をしっかりと解決できず、今月になって、あっという間に廃刊を決めた。果たしてこれでいいんだろうか。

 自分たちの失策の結果、多くの人たちに愛読されている新聞を、突如、斬る。168年の歴史とか、読者の気持ちとか、そんなことは考えられないんだろうな。過去 の歴史に必ずしもとらわれることはもちろんないけど、一つのブランドになった新聞は、生き物と同じだ。発行元ニューズ・インターナショナル社のほかの新聞、例えばあのタイムズでさえ、場合によっては「あっという間に廃刊」とすることもあるのかな、と思うと、ひやりとする。読者がいなくなって廃刊なら分かるけどー。歴史とか、血と汗と涙とか、時間をかけて育て上げてきた、愛されている生き物への考慮がないように見えるのが、怖いな、と。この新聞の廃刊こそが、ある意味、傲慢さの象徴だったのかもしれない。「毎週毎週、お金を出して買ってくれた読者のことなんか、知っちゃいないよ」という声が聞こえてくる感じがする。(つづく)



 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
by polimediauk | 2011-07-22 07:53 | 政治とメディア
 英日曜大衆紙ニューズ・オブ・ザ・ワールド(NOW)での電話盗聴事件が7月上旬深刻化したことで、発行元ニューズ・インターナショナル(NI)を傘下に置く米メディア大手ニューズ・コーポレーション(ニューズ社)は、同紙を10日付で廃刊にした。それから1週間が過ぎたが、状況は沈静化するどころか、大物関係者の辞任が相次いでいる。

 15日には、2003年まで同紙の編集長だったレベッカ・ブルックスが、NI社の最高経営責任者(CEO)の職を辞任した。親会社ニューズ社のCEOで「メディア王」と呼ばれるルパート・マードックは、ブルックスを自分の娘のように可愛がってきた。

 当初ニューズ社側はブルックスの辞任はないとしてきたものの、国民がNOWでの盗聴疑惑に大きな関心を注ぐきかっけとなった、「ミリー・ダウラーちゃん事件」(2002年、誘拐・殺害されたミリーちゃんの携帯電話が盗聴されていた。当時の編集長がブルックス)をめぐり、辞任を求める声が政界やメディア界で広がった。とうとう辞任をせざるを得なくなった。

 同じく15日、かつてNI社の会長で、ニューズ社傘下のダウ・ジョーンズ社のCEOであったレス・ヒントンが辞任した。50年近くマードックと仕事をともにしてきたヒントンは、マードックの側近中の側近と言われたが、盗聴事件の広がりを的確に把握していなかったといわれる。

 17日には、ブルックスが、ロンドン警視庁に逮捕されるという急展開があった。盗聴の共謀と警察への賄賂容疑である。週明けの19日、ブルックスは、マードック、その息子でニューズ社の副最高執行責任者ジェームズ・マードックとともに、下院の文化・スポーツ・メディア委員会に召喚され、NOW紙での盗聴問題に関して、委員から質問を受ける予定であった。

 17日夜現在、果たしてブルックスが2日後に委員会に出席できるかどうか、不透明感が出ている。委員会の一人は、BBCニュースの番組に出席し、「委員会での証言が、警察の取調べを妨げることになると判断されない限り、ブルックスは出席すると考えている」と語った。

 17日には、もう1つ、驚きの展開があった。ロンドン警視庁のポール・スティーブンソン警視総監が辞任したのである。

 直接のきっかけは、電話盗事件が発生したときにNOW紙の副編集長だったニール・ワリスを警視庁が後に雇用したことへの高まる批判であった。ワリスは、NOWを退職後、2009年秋から昨年秋ごろまで、自身が立ち上げた「チャミー・メディア」を通じて、警視庁のコミュニケーション・アドバイザーとなっていた。一月に2日間のみの勤務で、一日に1000ポンド(約13万円)で雇われたという。

 当時、NOWでの盗聴疑惑に対する警視庁の初期捜査が十分でなかったとして、再捜査を求める声があがっていた。その急先鋒は、盗聴行為が組織ぐるみであったと2009年夏から報道してきた、ガーディアン紙であった。しかし、警視庁側は「再捜査を始めるための、新たな証拠がない」と、却下してきた。

 ガーディアンなどが警視庁に対し、事件の再捜査を求めていた頃、警視庁は元NOWの編集幹部だった人物から、「コミュニケーション上のアドバイスを受けていた」わけである。ワリスが警視庁幹部に対し、「NOWでの盗聴に関して、再捜査はするな」と言ったかどうかは定かではない。

 しかし、盗聴疑惑が発生し、2007年、記者とNOWに雇われた私立探偵とが電話への不正アクセスで有罪となって実刑判決が出たのは事実。そのNOWで副編集長の立場にいた人物が、警視庁幹部に完全に中立的なアドバイスをしていたというのは、考えにくいーというわけで、ガーディアンをはじめとした複数紙がワリスと警視庁幹部の関係に疑念の目を向けだした。

 14日、ワリスは盗聴事件に関連し、警視庁に逮捕されるに至った。ワリスがどのような形で事件に関与していたのかは、17日の時点ではいまだ明確になっていない。「推定無罪」の原則があるにせよ、警視庁が捜査の網に入れるほどの何かを知っていた可能性もある。

―保養地に無料で滞在

 17日付のサンデー・タイムズの報道が、スティーブンソン警視総監を辞任へと押しやる動因になった、といわれている。同紙によると、スティーブンソンは、病気後の静養のため、今年はじめ、英南部ハートフォードシャーにあるスパに、妻とともに滞在した。

 このスパのPRを担当していたのが、ワリスだった。しかし、ワリスとの関連よりも、大きく問題視されたのが、1万2000ポンドに上る滞在費が無料だったことである。

 スティーブンソンの説明によれば、このスパの経営者が友人で、滞在費を負担してくれたのだという。「警視庁のボスが1万2000ポンドの無料品を得ていた」というサンデー・タイムズの見出しは、国民の怒りを買った。ここ数日、NI社と警視庁幹部との親しすぎる関係が暴露され、警視庁への信頼感を失いつつあった国民にとって、スティーブンソンの「無料スパ利用」は、何かしら不当なもの、金持ちとのネットワークを通じて「おいしい関係」を得ているーそんな風に映っていた。(つづく)
 

 
by polimediauk | 2011-07-18 09:12 | 政治とメディア
 メディア王ルパート・マードックが率いる米メディア複合大手ニューズ・コーポレーション(ニューズ社)は、13日、英衛星放送BスカイBの完全子会社化を断念すると発表した。168年の歴史を持つ英国の大衆日曜紙「ニューズ・オブ・ザ・ワールド」(NOW)での電話盗聴事件が深刻化し、政界でも買収を妨げる風が強くなった。その経緯と影響を考察した。

 ニューズ社がBスカイBの完全子会社化(現在は39%の株を所有)のために動き出
しのたのは、ほぼ1年ほど前である。

 昨年6月、買収への動きが報道された頃、BスカイBの時価総額は99億ポンド(約1兆2000億円)相当に達していた。同月末、BスカイBは年間利益が11億7000万ポンドに達したと発表した。前年と比較して大きな伸びであった。

 9月、ビジネス・改革・技術相のビンス・ケーブルが、メディアの調査会社エンダース・アナリシスから、もし完全子会社化が実現すれば、メディアの多様性が失われると警告する内密の調査書をケーブルに渡した。この書類の内容は後にガーディアンなどが報道した。

 エンダース・アナリシスの計算による、英国内のメディアの規模の比較で、トップに来たのはBTリテール(総収入84億ポンド、以下数字はほとんどが2009年時)、これに続いたのが、BスカイBが54億ポンド、バージンメディア(38億ポンド)、BBC(36億ポンド)、デイリー・メール&GT(21億ポンド)、ITV(19億ポンド)、ニューズ・インターナショナル(10億ポンド)、チャンネル4(8億ポンド)、トリニティーミラー(8億ポンド)、ジョンストン・プレス(8億ポンド)、ガーディアン・メディア・グループ(3億ポンド)、テレグラフ・メディア・グループ(3億ポンド)であった。

 この比較では、BスカイBが2番目に大きいことになる。しかし、もしニューズ社がBスカイBを完全子会社化すれば、BスカイBの54億ポンドとニューズ・インターナショナル社の10億ポンドが合計され、「BスカイB+ニューズ・インターナショナル」社としては、64億ポンドに上ってしまう。

 ケーブルは、この分析に強く印象付けられたのか、11月4日、完全子会社化が「メディアの多様性」を侵害することがないかどうかを、情報通信庁オフコムに審査させるべきだ、と発言した。

 2週間後の11月18日、父ルパートの息子でニューズ・インターナショナル社の会長ジェームズは、政府がBスカイB完全買収の道を阻めば、ニューズ社は海外市場に投資するだろう、長い審査機関を設定することで「英国への巨額投資を無駄にするのか」と述べた。
 

―おとり捜査に引っかかった大臣

 ケーブル・ビジネス大臣によって、BスカイBの完全子会社化への道は長いものになりそうだった。しかし、12月、事態は急展開を見せる。ケーブル議員の選挙区民であると称した、デイリー・テレグラフ記者によるおとり取材に捕まり、ケーブルは買収計画に言及して「マードックとの戦争も辞さない」と発言してしまった。この会話は録音され、テレグラフ紙上に掲載された。

 キャメロン政府は、ケーブルは中立的な判断ができないとして、BスカイBの件を、文化・メディア・スポーツ大臣ジェレミー・ハントに委任することにした。

 今年3月に入り、ニューズ社は「メディアの多様性」問題をクリアするための解決策を出した。当時、4つの全国紙を発行していたニューズ・インターナショナルに加えて、テレビ局BスカイBを所有するとなれば、「多様性」に問題があると見られることから、BスカイBのニュース部門を別会社として設置すると、政府に確約したのである。

 これで、多様性の面から厳しい判断を下したかもしれない、競争委員会(独占防止委員会に相当)に、BスカイB買収を審査してもらわなくてよくなった。

 後は政府、つまりはハント文化相のほぼ一任であった。

 7月1日、政府は買収に承諾を与えることをほぼ決定していたものの、それでも「きちんとすべての面をカバーした」と見えるように、買収に対する反論を一般公募した。しかし、意見を募る期間はほんの1週間だった。8日に締め切り、19日には買収計画承認というゴーサインを政府が出すはずであった。BスカイBの時価総額は148億ポンドにも膨らんでいた。

 しかし、4日頃から出始めた、NOWでの電話盗聴事件の深刻化が、政治問題にまで発展し、13日、ニューズ社は買収計画の断念を発表した。

―ジャームズ・マードックの去就は?

 一連の電話盗聴事件で、ニューズ社の経営への不信感が生まれた。フィナンシャル・タイムズのジョン・ガッパーは14日付で、ニューズ社が「家族経営」となっていることへの不満感が高まっていると書いた。
 
 デイリー・テレグラフ14日付によると、BスカイBの残りの株の買収計画を停止したことで、ニューズ社はBスカイBに3850万ポンドの取り消し金(ブレイク・フィー)や巨額の法律費用を払う必要があるという。

 同紙は、あてにしていた取引が実現しなかったことで、同社の株主が経営陣を訴えるだろうと書いている。今春、ニューズ社の副最高執行責任者になったジェームズ・マードックの地位も危ないという厳しい見方もある。ただし、ニューズ社の大株主はマードック一家で、それほど簡単にはジェームズが引きずり落とされる可能性は低いかもしれないのだが。

―BスカイBの始まりから関与したマードック

 マードックとBスカイBの付き合いは古い。

 まず、英国の衛星放送の歴史を振り返ると、政府は、1980年、衛星放送が産業界に与える影響について内務省に調査を命じている。

 しかし、行政の動きよりも一足早く動いたのが、欧州全域向けに放送する衛星テレビUK(SATV)であった。これは、ロンドン近辺の平日に番組を放送するテームズ・テレビの元職員ブライアン・ヘインズが立ち上げたサービスだ。

 1978年3月、実験用衛星を打ち上げ、主にオランダや米国で制作された番組を放送し始めた。英国内の放送免許を持っていなかったので、海賊放送である。

 しかし、資金難に苦しみ、1980年代前半、SATVの株80%をたったの1ポンドで売却した。買ったのはマードックのニューズ・インターナショナル社であった。
翌年、名称はスカイ・チャンネルに変更された。

 一方、放送業の監視団体IBAは、1980年代末、衛星放送の免許をコンソーシウム「英国衛星放送」(BSB)に与えた。

 BSBが技術上の調整に手間取ってサービス開始ができない状態でいた1989年2月、マードックが一歩先に動いた。それまで欧州向け放送を提供していたスカイ・チャンネルを、今度は英国向け放送局として放送を開始したのである。

 BSBが衛星放送を開始したのはその1年以上後の1990年4月。BSBはマードックのスカイ同様、業績が伸び悩み、同年11月、2社は合併した。新会社の名称はBスカイB(ブリティッシュ・スカイ・ブロードキャスティング)であった。出資比率は50%ずつであったが、事実上はマードックの乗っ取りで、旧BSBの経営陣は一掃された。

 BスカイBは1992年ごろから次第に利益を上げるようになって、そのビジネスは拡大していった。いまや、マードック一家が「金のなる木」として、メディアの将来を託すのがデジタルコンテンツの配信、放送が可能な放送業だ。BスカイBは、加入者1000万人を誇る、英国最大の有料テレビの放送局となった。

 一旦はBスカイBの売却から徹底せざるを得なかったマードックだが、半年後や1年後には又戻ってくるとみる人は英国では多い。一方、投資の割には利益が少ない英国の新聞業から全面撤退する、という見方もある。新聞っ子のマードックには苦しい選択かもしれないが、もしそうなった場合、新聞を見限ってまでBスカイBがほしいということの証拠にもなる。

 噂の噂だが、マードックが所有するのはタイムズ、サンデータイムズ、サンの3つの新聞。この中のどれかの買収に、アレクサンドル・レベジェフ(元KBG職員で、ロンドンのイブニング・スタンダードやインディペンデント紙を所有)が「興味がある」と表明したと伝えられている。(つづく)
by polimediauk | 2011-07-15 00:30 | 政治とメディア
 ルパート・マードックとその息子ジェームズが、下院のメディア委員会に来週火曜日、召喚されることになった。

 Phone hacking: MPs summons Murdochs
 http://www.bbc.co.uk/news/uk-politics-14148658

 すでに、ニューズ・インターナショナル社のCEOレベッカ・ブルックスは出席依頼を承諾しているという。ただ、マードック父子が出席するかどうかは分からない。依頼があった、という段階。

 マードック+BスカイB+電話盗聴に関して、論点が一杯あるのだけれど、改めて、自分でも考えてみようと思い、いくつかの話をテーマを決めて出していこうと思う。

 まず一回目は、BスカイBの完全子会社化をあきらめるまでの話で、BLOGOSに書いたものと重複するのだけれど、とりあえず、まとめてみた。2回目は、これに続いて、BスカイBの話。BLOGOSの方を読んで下った方は、第2回目をご覧いただければと思う。

***

 オーストラリア、英国、米国でメディア買収によってビジネスを広げ、「メディア王」と呼ばれるルパート・マードック。新聞ばかりか、テレビ、映画など様々なメディアを網羅する、米メディア大手ニューズ・コーポレーションを率いる。収益があまりあがらない新聞業よりも、将来は映像デジタル・コンテンツの販売、配信、放送に力を入れようと、現在39%の株を持つ英衛星放送BスカイBの完全子会社化を狙った。その望みはもう一息で実現するはずだったが、数年前に起きた電話盗聴疑惑に足を救われた。盗聴事件が発生した老舗新聞を廃刊にし、火消しに躍起となったが、政治の逆風のために買収を断念せざるを得なくなった。マードックのメディア帝国のほころびに、メディア王の終末を見る人もいる。反マードック感情が高まる英国で、事件の発展と現状をウオッチングした。

 日曜大衆紙「ニューズ・オブ・ザ・ワールド」(NOW)は、7月10日、168年の歴史を閉じた。同紙のスタッフが廃刊の知らせを受け取ったのは7日夕方だ。編集長にとっても寝耳に水の決定で、200人余のスタッフは職を失うことになった。

 NOW紙は日曜紙市場の中ではトップの位置(5月時点で約260万部)にあり、第2位を争うサンデー・ミラーやサンデー・タイムズ(約100万部)を余裕を持って引き離す。日曜紙市場のいわば巨人であったNOW紙が突如の廃刊に見舞われたのは、数年前に発覚した電話盗聴事件が深刻化したためだ。

―電話盗聴事件

 盗聴事件のきっかけは2005年。ウィリアム王子のひざの怪我に関する記事が、マードック傘下の日曜大衆紙「ニューズ・オブ・ザ・ワールド」(NOW)に掲載された。怪我について知っていたのはごく少数の王室関係者のみで、外に漏れたことを不審に思った王子の側近が、携帯電話に誰かが不正アクセスしたのではないかと考えた。そこでロンドン警視庁に連絡を取り、捜査が始まった。

 2006年、NOW紙の王室報道記者クライブ・グッドマンと私立探偵グレン・マルケーが逮捕された。この時、警視庁はマルケーの自宅から約1万1000点に上る書類などを押収した。この書類があとで議論の争点になる。

 2007年、2人は不正アクセスの罪で有罪となった。グッドマンには4ヶ月の、マルケーには6ヶ月の禁固刑が下った。

 当時のNOW編集長アンディー・コールソンは盗聴に関して「まったく関知していなかった」としながらも、責任を取って辞職した。

 同年3月、下院の文化・メディア・スポーツ委員会の公聴会に召喚された、NOWを発行するニューズ・インターナショナル(NI)社の会長(当時)レス・ヒルトンは、盗聴は「一部の記者が関与したもの」と発言した。

 しかし、ここで話は終わらなかった。2009年7月上旬、左派系高級紙ガーディアンが、NI社を傘下に置く米メディア大手ニューズ・コーポレーション(ニューズ社)が、盗聴行為の被害者に巨額の賠償金を支払っていた、と報道。また、盗聴などの不正行為を行っていたのはグッドマンやマルケーばかりではなく、NOWではほかの記者もかかわっており、「組織ぐるみ」であったと報道した。さらに、携帯電話に不正アクセスされたのは王室関係者のみではなく、政治家や有名人を含む「数千人規模」である、と書いた。

 記事を書いたのは、ガーディアンのベテラン調査報道記者、ニック・デービスであった。

 ガーディアンの連日の報道を受けて、下院の文化・メディア・スポーツ委員会はデービス記者やNOWの元編集長コールソン、現在の編集幹部とNI社の経営幹部などを公聴会に召喚し、事情を聞いた。

 デービス記者は「警察筋からの情報」として組織ぐるみの盗聴行為や盗聴対象の規模の大きさを説明したが、NOW及びNI社側の代表者たちはいずれも「グッドマンのみ」「今はそういうことは行われていない」を繰り返した。コールソン元編集長は「まったく知らなかった」と述べた。

 しかし、その後もガーディアンの報道は続いた。また、盗聴行為をめぐって賠償金を求めて著名人などが裁判を起こし、「自分の電話も盗聴されたのではないか」と疑念を感じた政治家などが警視庁に問い合わせるようになった。こうして、かなりの広範囲で盗聴行為が行われていたらしいことが次第に推測されるようになった。

この時、警視庁の上層部にいたジョン・イエーツは、再捜査の可能性を調査するが、「新しい証拠がない」として、再捜査を却下した。イエーツが時間をほとんどかけずに結論を出したことで、警視庁がNI社に遠慮して、再捜査をしなかったのではないか、という疑惑が起きるようになった。

 11月、新聞業界の自主規制団体「報道苦情委員会」」(PCC)が、NOWで組織ぐるみの盗聴行為が行われていたことを示す証拠がない、とする結論の報告書を発表。後に、PCCはまったく実効力を持たなかった、廃止されるべきだという批判が出るようになる。

 12月、文化・メディア・スポーツ委員会の一部委員が、NI社の最高経営責任者レベッカ・ブルックスを公聴会に召喚することを求めるが、同社は間接的にこれを拒否。2010年、委員会はブルックスの召喚を断念。ここでも、委員会に圧力がかかったのではないか、と言われた。

―口止め料と賠償金

 ガーディアンが主張するように、もし盗聴行為が「組織ぐるみ」で行われていたかどうを調べるには、先に禁固刑になったマルケーやグッドマンに聞くという方法があった。

 ところが、2007年、グッドマンとマルケーはNOWを不当に解雇されたという理由でNOWから賠償金をもらっていたことが、ガーディアンの調べで分かった。その金額は明らかにされていないが、これは「口止め料」ではないか、とデービス記者は書いた。

 両者が口をつぐんでいるので、真相は外に出ないと思われたが、07年7月に、英国プロサッカー選手協会のゴードン・テイラー会長(当時)が、自分の携帯電話にNOWが盗聴行為を行ったことで提訴し、翌年、NOWがテイラーに70万ポンドを支払ったことが分かった。これで、「王室関係者のみの盗聴行為」と表向きには主張していた、NOWや発行会社の主張がぐらついた。

 2010年1月、PR会社を経営するマックス・クリフォードがNOWによる携帯電話の盗聴行為をめぐって提訴し、3月には100万ポンドと推計される賠償金を受け取ったことが明るみに出た。

 年頭には、携帯電話企業3社が、ガーディアンに対し、グッドマンとマルケーにより盗聴されていたと思われる、100近い携帯電話の番号があったと報告。ますます、複数の記者が関与していたこと、かつ、広い範囲の人物が盗聴対象になっていたことを示唆した。

 2月、文化・メディア・スポーツ委員会が聞き取り調査を終え、盗聴問題に関する報告書を出した。NOWや経営幹部が「集団健忘症にかかっている」、編集室の中で「グッドマン以外にこの件を知らなかったというのは信じられない」とした。

 同月、PCCは、NOW内では「もはや盗聴は行われていない」とする報告書を出した。

―キャメロンとNOW

 2007年1月、NOW紙編集長のアンディー・クールソンが、「自分は関知していなかった」としながらも、責任を取って辞任した。

 5月、当時野党の保守党党首デービッド・キャメロンは、クールソンを党の報道を一括する仕事を与えた。

 盗聴疑惑が消えていないNOWの元編集長を雇用するのはまずいのではないか、という声が保守党内でも出たが、キャメロンはこれを聞かなかった。すでに2人が有罪となり、クールソンは編集長職を辞任した。「第2の機会を与えたい」とキャメロンは報道陣に語った。

 一方、自分の携帯電話も盗聴されたのではないかと懸念した政治家や有名人が警視庁に連絡を取ったり、NOWに対し賠償金を求めて裁判を起こすケースが次第に出てきた。

 映画俳優ヒュー・グラントは、携帯電話盗聴の事実を暴露しようとして、元NOWの記者と会い、世間話をするふりをしながら、自分の携帯電話に会話を録音。NOW内で広範囲に盗聴行為が行われていたという言葉を録音した後、これをメディアに伝えた。

―ミリー殺害事件で国民の怒りを買う

 国民がNOWでの盗聴行為に鋭い批判の目を向けるようになったのは、今年7月上旬だ。

 警視庁が今年1月から再捜査を始めていたが、その過程で、2006年に私立探偵マルケーの自宅から押収した書類の中に約4000人の電話番号を含む個人情報が入っていた。これは、盗聴をされた疑いのある人物のリストであった。

 ガーディアンを筆頭とする数紙が、2002年に殺害された13歳の少女ミリー・ダウラーの携帯電話がNOWの記者によって不正アクセスされていた、と報じた。電話の留守電のメッセージを聞いた後、たくさんのメッセージがメモリーを使い切ってしまうと困ると思ったのか、メッセージを適宜消していた、というのである。ミリーの両親は留守電メッセージが消去されていることを知り、「まだミリーは生きている」と望みをつないでいた。この留守電メッセージ消去疑惑が報道されるや否や、NOWの盗聴事件は一気に国民の怒りを買った。

 さらに、2002年、英南部ソーハムの町で殺害された2人の小学生女児の両親の携帯電話やイラクなどで亡くなった英兵たちの携帯電話や電子メールに、NOWの記者が不正アクセスを行っていた疑惑が報道されると、国民の怒りと非難はエスカレートした。NOW紙への広告の出稿をフォード、ブーツ、ボックスホール、ルノーなどが次々と取りやめるようになった。7日、ニューズ社の副最高執行責任者ジェームズ・ルパートは声明文を出し、NOWの廃刊を発表した。スタッフに廃刊のニュースを知らせたのはNI社の最高経営責任者レベッカ・ブルックスであった。

 急な廃刊の背景には、ニューズ社の最高経営責任者でメディア王と呼ばれるルパート・マードックの衛星放送BスカイB買収の狙いがあるといわれた。ニューズ社は1年ほど前からBスカイBの完全子会社化(現在は39%の株を所有)の交渉を続けている。BスカイBの完全子会社化とNOWの電話盗聴事件とは直接的には結びついていないが、NOWがまだ存在していた時点で、いわゆる「マードック・プレス」(NOW,サン、タイムズ、サンデー・タイムズ)は英国の新聞市場の40%ほどを占めるといわれ、新聞市場でのプレゼンスを少なくしてBスカイBの件を成功させたいという思いがあった。

 しかし、盗聴事件がこれほど深刻化してしまったので、ニューズ社によるBスカイBの完全子会社化を阻止するべきだという声が政界で強まった。

 キャメロン首相は、今年1月までクールソン元NOW編集長を官邸の報道局長として起用していたが、野党労働党はこの判断が間違ってことを謝罪するべきだと要求した。

―政界の変化

 これまでクールソンをかばい続けたキャメロンだが、世論の風向きが変わったことを察知し、ニューズ社への批判的な言動をするようになった。友人でもあるレベッカ・ブルックスが「もし辞職願を出していたなら、自分はこれを受け取っていただろう」と話すようになった。

 6月末頃までは、ニューズ社のBスカイBの完全子会社化は確実視されていたが、盗聴事件が深刻化し、大きな逆風が発生してきた。

 12日、ブラウン前首相が、いかにサンが自分の息子の病状を「犯罪的行為を用いて」探り出し、紙面に載せたかを暴露。

 13日には、ニューズ社に対し、BスカイBの完全子会社化の断念を促すための議論が下院で行われると、ブラウン前首相は、いかに自分がNI社に手荒く扱われたか、サン以外にも、同社が発行する高級日曜紙サンデー・タイムズでも「犯罪者」を使って情報を収集していると述べた。前首相が議会で長々と意見を述べて議論に参加するのは珍しい。

 しかし、この議論が開始される直前、ニューズ社は、「現在の環境のもとでは、完全子会社会の実現は難しい」として、買収を断念すると発表した(それでも下院での議論は中止とならなかった)。

 思わぬ政治の逆風に、マードックは熱望していたBスカイBの完全子会社化を、少なくとも一旦はあきらめざるを得なくなった。(つづく)
 
by polimediauk | 2011-07-15 00:05 | 政治とメディア
 エジプト・シャフィク首相が、カイロ・タハリール広場で、政府支持派と不支持派との間で起きた衝突に関し、謝罪を行ったとBBCが伝えた(GMT、昼の12時46分)。(ムバラク大統領でなく、シャフィク首相:訂正)

http://www.bbc.co.uk/news/world-middle-east-12351831

 大規模デモが起きたのに、即時辞職を考慮に入れず、「9月の選挙後」に退陣を示唆したことで、多くの政府不支持者の間で反感をかったムバラク大統領。

 一体、どんな戦略があるのだろう?30年間もトップの座にい続けたのだから、単にその地位に固辞しているだけなのか?そんな疑問を思った人もいるのではないだろう。

 ロイヤル・ユナイテッド・サービス・インスティテュート(RUSI)のリサーチ・アソシエート、シャシャンク・ジョシ(Shashank Joshi)が、BBCニュースのサイトで、ムバラクの戦略を解説している。
http://www.bbc.co.uk/news/world-middle-east-12356064

 シャシャンク・ジョシによれば、彼には3つのいわば「選挙区」があるという。まず一つが、米国が主導する国際社会、次に軍部、最後にエジプト国民。長年の暴君としては、この3つの相手に力を分散することになる。

 そして、ムバラクは国際社会、軍部、国民の順番で対処した、という。

 まず、仲が悪かった内務大臣を含む、政府を解散させた。これは、エジプト国民に向けてというよりも、米国に向けた動きで、正直で活発な改革がこれから行われることを見せるためだったという。

 カイロ国内で、政府解任の決定に心を動かされた人は「一人もいなかっただろう」とジョシは書く。しかし、米政府にとっては時間稼ぎの機会を与えたわけである。

 その後、抗議デモが巨大化し、堪忍袋の緒が切れた状態となった米政府だが、できたことはムバラクに9月に辞任するように告げただけだったという。

 さて、国際社会にひとまず対処したムバラクは、次に軍隊への対処に向かった。軍部と権力を共有するための地盤作りを始めたのだとう。

 副大統領のスレイマン氏は軍出身者であるばかりか、軍内の情報収集にも関わっていた人物。シャフィク首相は空軍を統括していた人物だ。

 ムバラクは「絶望の内閣」を作ったのではなくて、クーデーターを起こしうる唯一の組織を「買った」のであった。

 「戦車の指揮官が権力の中核を握ろうとしない限り、政府不支持派は、革命のエネルギーを現政権に対する真に決定的な攻撃に変える手段をもてないことになる」。

 ムバラクの譲歩で不支持派の数が減少すれば、軍にクーデータを起こすようなリスクを取るよう、説得することが難しくなってしまう、とジョシは見る。

 実際、軍部はクーデーターを実行できる能力はあるかもしれないが、大量の脱落兵が出ないと、例えば大統領の宮殿を包囲するなどはできない。そして、もし、ムバラクが「うまく動けば、こうした脱落は起きないかもしれないのだ」。

 ムバラクが軍に対し、市民に発砲しないよう告げたというのは、「単に友愛の印というよりも、デモ参加者の貴重な信頼を得るためなのだ」―この点をオバマ米大統領も誉めたぐらいなのだから。

―若い将校はどう動くか?

 ジョシが「もっとも予測しがたい」とするのは、若者将校たちの動きであるという。

 将校たちのクーデターは、エジプトにとって忘れられない事件である。ウィキペディアによれば、「1952年、自由将校団がクーデターを起こしてムハンマド・アリー朝を打倒、1953年に最後の国王フアード2世が廃位され、共和制へと移行し、エジプト共和国が成立」しているのである。

 今のところ、この点がどうなるか、ジョシも分からないようだ。

 一体、どこまで現状が続くのだろう?ジョシによれば、現在、エジプトの国民の5分の1が貧困層。いつまでも抗議はしていられないし、いつかは、仕事に戻らざるを得ない。その「いつ」が来るまで、ムバラク大統領は「待ちのゲーム」をやっているのかもしれない。

 国内のプレッシャーが高まり、まるで沸騰したやかんの中の水のようになった時ーージョシはこれをはっきりとは書いていないがーー武力衝突及び弾圧という事態が起きないとも限らないようだ。

 ジョシは1991年のイラク民衆蜂起を具体例に挙げる。この時、「クルド人住民を中心にした反サダム国内のシーア派住民とクルド人が政権への反乱を起こした」「しかし、シーア派が期待したアメリカや多国籍軍の支援はなく、サダム政権は弾圧に成功する。この際、反政府蜂起参加者に対して、非常に苛烈な報復が行われ、シーア派市民に対する大量虐殺が発生した(ウィキペディア)」。

 この1991年の民衆蜂起時、「米国はこれを当初奨励したが、抵抗を指示するところまでは行かなかった」とジョシは書く。「結果として、国際社会の眼前で、大量殺戮が行われたのである」。

 暗い結論となったが、一触即発状態が続いている。
by polimediauk | 2011-02-03 23:32 | 政治とメディア