小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

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カテゴリ:欧州のメディア( 36 )

ドイツの「Correctiv(コレクティブ)」の試み(ウェブサイトより)

 これまで、数回にわたり、読者とともにメディアを作る試みを紹介してきた。

 最後は、ドイツの新興メディアで調査報道を専門とする、「コレクティブ」を取り上げたい(4月4日セッション「独立した編集室の運営方法」から)。

コレクティブとは

コレクティブのクレッチマー氏(撮影Giorgio Mazza)
コレクティブのクレッチマー氏(撮影Giorgio Mazza)

 コレクティブとは、2014年、ドイツ・エッセンで創業した非営利の調査報道組織。ブロスト財団(Brost Foundation)が年間100万ユーロ(現在の計算で約1億1700万円)を3年間提供することで設立資金を賄った。40人が働く。ドイツ以外にイタリア、スペインにも拠点を持っている。

 ジャーナリズム祭のセッションで話したのは、マネジング・ディレクターのサイモン・クレッチマー氏である。

 コレクティブは非営利組織として始まり、最初は財団からの資金が100%の収入源だったという。しかし、現在は55-60%を占めるようになった。会員制とそのほかの事業から得る収入とが、それぞれ20-25%ほど。

 将来的には、以下の3つの収入源の中で、どれか1つが突出しないようにしたいという。

  (1)財団による寄付金・支援金など(中核となるプロジェクトに使う)

  (2)民間からの資金(企業との共同作業、ブランドビジネスほか)(大規模なプロジェクト用)

  (3)サポーターからの収入(定期購読者からの収入、プロジェクトごとの支援など)

  最後にある(3)「サポーターからの収入」には、一度きりの寄付も入る。来年以降、(1)にあたる財団からの支援を「25%程度にしたい」。

 「持続可能な財政体制」を重要視しており、そのためには「組織のミッションに沿った経営をすること」が重要と考えている。

 ではコレクティブのミッションとは、何か?それは、「調査報道を行うこと」。

市民を巻き込む

 新規企業としてのコレクティブが重要視するのは、「市民を巻き込むこと」。

 調査活動に市民を参加させれば、「市民側もこちらに何かを戻してくれる。結果的に、調査報道の質が上がる。コレクティブを中心とした、ネットワークができていく」。

 ちなみに、市民・読者・オーディエンスを巻き込む、という姿勢はジャーナリズム祭のほかのメディア(大小限らない)でも大きなテーマとなっている。

 クレッチマー氏は「自前のオーディエンスを築き上げるべき。オーディエンスを理解すること。注意を払うこと」。

 オーディエンスは「持続可能な、公正な社会の実現を望んでいる」という。おのずと、コレクティブの経営及び編集方針がこれを反映するものになる。

 現在、約3000人のサポーターがいて、コレクティブはこの人たちにコレクティブの方向性について、意見を募った。同時に、まだサポーターになっていない人にもツイッターやフェイスブックを通して、問いかけた。

 「コレクティブの仕事をどう評価するか」、「あなたにとって最も重要なことは何か」、「どのようにしたらもっと支援者を増やすことができるか」、「どのようなニュースレターを読んでいるか」など。最終的には1500人が質問に答えたという。

調査報道で協力

 コレクティブに所属しないジャーナリストを巻き込んでの調査報道にも、力を入れている。

 550億ユーロにも上る「脱税」疑惑(「CumExFiles」)を調査報道した時は、欧州12か国の19の報道機関と協力した。38人のリポーターが28万ページに相当する書類を共同で精査したという。

 

 ほかにも、いくつもの調査報道を国内外の報道組織と協力しながら行っている。

 提携している報道機関は、コレクティブによる調査結果を使うことができる。「コレクティブの調査であるとその記事の中で書いてもらう、あるいはリンクをつけてもらう」のが条件だ。

 コレクティブ側にとっては、調査報道の内容が多くの人にインパクトを持って伝えられることが利点だ。

地方メディアとの協力体制

 コレクティブは地方のジャーナリストと専門家をつなぐ試みも行っている。

(プレゼンテーションの画面を筆者が撮影)
(プレゼンテーションの画面を筆者が撮影)

 リサーチャー(研究者)とオーディエンスが協力して情報を集め、記事化する。

 ハンブルク、ベルリン、デュッセルドルフなど、特定の都市に焦点を置き、定期的にミーティングを開いている。

 また、「クラウドニュースルーム」も設置した。これはコレクティブと契約をしている報道機関の編集室を一本化する・共通化するもので、報道機関がそれぞれのコンテンツをここにアップロードし、情報を共有しながら作業をする。

クラウドニュースルーム(プレゼンテーションの画面を筆者が撮影)
クラウドニュースルーム(プレゼンテーションの画面を筆者が撮影)

 このシステムを使って、現在までに7つの調査報道が行われ、5000人が参加したという。7つの報道の中で、5つは不動産に関する話題だった。銀行、教育現場も対象となった。

 1つのトピックに1000人規模が参加する。たった1人の記者がたった1回の記事のために取材をするのではなく、「取り上げられたトピックをずっとフォローする人もいて、公的議論の下地が生まれた」という。

 クレッチマー氏はいう。「私たちは活動家ではない。ジャーナリストだ。問題に光を当てるのが仕事になる。人々が問題に対する答えを見つけることを助けたい」。

ファクトチェックの役割

 コレクティブは、ファクトチェックで中心的な役割を果たしていることでも知られている。

 創設当初、ドイツの総選挙でのデマ、フェイクニュースがたくさん広がっていた。そこで、コレクティブがファクトチェックを担当するようになった。事実確認の上、デマか真実かをウェブサイト上で公表する。

 すでに、200人ほどがコレクティブでファクトチェックのやり方を学習している。

イベント「キャンプファイヤー」

 

キャンプファイヤーのイベントの様子(プレゼンテーションの画面を筆者が撮影)
キャンプファイヤーのイベントの様子(プレゼンテーションの画面を筆者が撮影)

 コレクティブは、1年に1回、大きなイベント「キャンプファイヤー・フェスティバル」を開催している。

 昨年のイベント(3日間)では18のテントが設けられ、ワークショップ、セミナーなど(200のセッション)が開催された。1万人以上が参加した。

 調査報道は「ウェブサイト上で出すが、ワークショップや劇場で語ることもできる」とクレッチマー氏。

 「私たちはメディアと、メディアを消費する人を1つの場に置きたいと思っている。バリアがないようにしたい。いろいろな人が一堂に集まれば、そこで議論ができる」。参加費は無料だ。

エンパワーさせるための教育

 コレクティブは教育組織としての面も持ち、ジャーナリズムを学ぶウェブアカデミーを開設している。人々を「エンパワーさせる」という目的があるという。

 「ジャーナリストは職場で訓練を受けるが、誰もが情報発信するようになった今、ジャーナリストのいろいろなスキルは、ほかの多くの人にとっても役に立つものではないか」。

 100人を超える著名ジャーナリストを含む講師がデータの扱いやフェイクニュースの見分け方などを教える。1月29日にサービスを開始し、春までに「5000人が参加した」という。無料と有料(5ユーロから15ユーロ、約590円から1700円)がある。

 ちなみに、英ガーディアンも「マスタークラス」という名称でさまざまな講座を提供しているが、こちらはかなり高額で、例えば1日のライティングコースが249ポンド(約3万2000円)である。

 コレクティブのコースは、収入を得ることよりも教育面に重点を置いているようだ。

本社上階に書店を作った

書店で読者とジャーナリストが出会う(プレゼンテーションの画面を筆者が撮影)
書店で読者とジャーナリストが出会う(プレゼンテーションの画面を筆者が撮影)

 

 「ブックショップ」という試みもある。本社の上階を書店として、毎週水曜日、イベントを開催。記者が「なぜある記事を書いたのか」を話したり、著名人が講演をしたり。イベントはライブストリーミングされる。「ふらっと来て、本を買う」こともできる。これも「市民へのエンパワーメントの1つ」と位置付けている。

 この書店は、筆者もぜひ出かけてみたい思いに駆られた。

***

 欧州のメディアによる、「読者とのつながり方」を数回にわたって、紹介してみた。

 日本で、メディアが読者・視聴者にとってさらに身近で重要度が増す存在になることを願っている。


by polimediauk | 2019-09-10 16:30 | 欧州のメディア

会員制ニュースサイト「コレスポンデント」のウェブサイト

 メディア経営で、購読料でもなく、販売収入でもなく、「会員になってもらう」ことで収入を得て、ジャーナリズムにこれを投資する仕組みが世界各国で目に付くようになった。

 読者が会員になることで、コンテンツを作る側の意識が変わり、編集作業も変革している。会員になってもらうためには、どうしたらいいのか、これがメディアの悩みの1つでもある。

 ペルージャの国際ジャーナリズム祭のセッションから、具体例を紹介してみたい。

英ガーディアン紙の会員制はどうやって始まったか

 アマンダ・ミッシェル(英「ガーディアン」のグローバル・ディレクター・コントリビューションズ):収入は広告の方が多かったが、3年ほど前から会員制を開始し、寄付金(コントリビューション)も合わせると、読者からの収入が広告収入を上回るようになった(4月5日のセッション「会員制モデルの人気」)。

 そもそもは、ガーディアンが開催するイベントで始まった。イベントに来てくれた人には参加料を払ってもらえる。しかし、これはロンドン、あるいは英国だけだ。

 読者は世界中にいるし、大規模に読者から収入を得る方法はないか、と。

 まず、読者に大々的な調査を開始した。そこで分かったのは、読者はガーディアンの広告収入はどれぐらいで、寄付するとすればどれぐらいがいいのか、何に使われるのかを知りたがっていた。

 このため、ウェブサイト上では記事の後に、「ジャーナリズムを支えるために」会員制あるいは寄付を募っているという文章を入れるようにした。このやり方は自然発生的にできた。

 ガーディアンのウェブサイトによれば、現在、ガーディアンに何らかの形でお金を払って支援する人は約100万人(有料購読者、会員、寄付金を払う人)。3年後の2022年までに、これを200万人にする計画を立てている。

「ローカル」のスウェーデン版は

「ローカル」スウェーデン版のウェブサイト
「ローカル」スウェーデン版のウェブサイト

エマ・ロフグレンスウェーデン版ローカルの編集者):ローカルは欧州に住む外国人向けのニュース媒体で、9つの国で発行されている。自分はスウェーデン版を担当しているが、英語での情報発信だ(4月4日のセッション「新しいモデル、新しいジャーナリズム:資金繰り改革は内容も変える?」)。

 2年前、ローカルはもっと長期的に、かつ大きく収入を伸ばすにはどうしたらよいかと考えだした。そこで思いついたのがメンバーシップ(会員制)だった。

 ローカルは英語で情報を読む人のコミュニティーに向けて作られており、そのコミュニティーと住んでいる国との橋渡し的役割を持つ。「購読料はお金の行き来だ。しかし、会員制は関係性を築くことを意味する」。

 「クリック数を伸ばすことを最優先するのではなく、オーディエンスにかかわりのある問題を扱っている。オーディエンスからの意見を取り入れて、物事を決定するようにした」。

オランダ:会員と一緒に記事を作る

 さらに詳しく、見てみよう。会員制で知られている、オランダの「コレスポンデント」の例だ。

 ローザン・スミット(オランダの会員制ニュースサイト、コレスポンデント)編集長:オランダではすでに6万人の会員(有料購読者)がいるが、英語版でもサービスを開始し、こちらは5万人(注:本格的なサービス開始は今年秋)。会員は世界130か国にいる。90%の収入は会員からの購読料だ(4月5日のセッション「ニュースビジネスの次は何か?」)。

 日々のニュースを追うのではなく、私たちの生活に重要なトピックを追う。例えば気候温暖化やプライバシー保護など。

 原稿が出るまでの過程に、会員が関与する。例えば、議題を設定するのは編集長ではなく、ジャーナリスト自身。それぞれのジャーナリストが自分なりの議題を持っているので、編集部はジャーナリストに対し、どのようなことを書きたいと思っているかを細かく説明してもらう。

 この時、ジャーナリストは「嘘の中立性」を持たないようにしてもらう。自分なりの世界観(例えばプライバシーだったら、プライバシー侵害に抗議するという姿勢)を読者と共有してもらう。

 ジャーナリストは会員・読者に対し、なぜその特定のことを書くことにしたのかを明らかにする。このようにするのは、会員との関係を築くため。取材・執筆過程にも会員が参加できるようにするため、ジャーナリストは経過報告を出す。そこに会員がインプット。一緒に調査できるようにする。

 会員が関与する動機は、「自分のインプットによって記事が変わる・人の物の見方が変わる・世界が変わる」と思うから。起きていることを批判するだけではなく、解決策も考える視点を持つ。

 これまでの経営で、学んだことをリストアップしてみる。

 まず、会員制とは1つの文化を作ることを意味する。

 また、会員制は双方向の動きで、ジャーナリストはこれまでの取材・執筆手法を変える必要がある。

 読者の方もジャーナリズムに対する期待を変える。つまり、コレスポンデントのジャーナリズムとは出来上がった記事をお金で買う、という商業行為ではなく、会員である自分たち自身も知識のプラットフォームとしてこれに参加することを意味する。ともに作る、ということである。それには会員も時間と知識をインプットする必要がある。

 これを可能にするには互いの連絡をスムーズに行うソーシャルのツールが必要で、会員がどのような専門知識を持っているかを見つけ出せるようなツールも必要だ。

 「対話のエディター」、「ソーシャル・エンゲージメント・エディター」など、新しい職種が生まれた。

 90%の収入は会員が払うことになるが、収入と歳出の内訳をオープンにしている。会員からの支持がなければ成り立たないことを示し、経営の透明性、ひいてはメディアへの信頼性を築くための1つの方法だ。

 会員は記事を非会員に贈り物として送ることができる。また、会員費はいくつかあって、選べるようになっている(払いたい分だけ、払う)。

インド:会員になってもらうために、何を読者に提供するか

「ブルームバーグ・クイント」のウェブサイト
「ブルームバーグ・クイント」のウェブサイト

 リタ・カプール(インドのクインティリオン・メディアCEO):「クイント」というニュースサイト(無料閲読)と同時に、米ブルームバーグと協力して、メーター制の「ブルームバーグ・クイント」というサイトを経営している(4月5日のセッション「ニュースビジネスの次は何か?」)。後者は毎月7本までは無料。2年間、1年間の有料購読、あるいは記事1本ごとのマイクロペイメント体制を取っている。この2年間で5000人の利用者を獲得した。

 先のクイントのウェブサイトの方は一般ニュースを扱っている。今後、会員制を新たな収入源にしようと思っている。

 会員制開始にあたり、3つの特徴を考えた。

 1つは市民記者としての参加だ。インドの山間地帯には、こちらのリポーターが入っていけない・入りにくい場所も多々ある。そういった地域で何が起きているかを知らせてくれる役目を果たす。読者はニュース作りに参加でき、こちらも重宝する。

 2つ目はファクトチェックへの参加である。読者に協力を呼び掛けている。インドではフェイクニュースが多いが、これは、通信が暗号化されるワッツアップで広がる。外からは何が起きているかは分からない。そこで、読者にどんなうわさが出ているかを聞くことで、フェイクニュースが出回っていないかどうかを探る。

 3つ目はオリジナルの特集記事で、この3つの点を持って、会員化を呼びかけた。4月から始めたばかりだが、大きく増えることを期待している。

スペイン:スクープで会員を増やす

スペイン「eldiario.es」のウェブサイト
スペイン「eldiario.es」のウェブサイト

 以下の2つの例は、4月5日のセッション「会員制モデルの人気」から。

 マリア・ラミレズ(スペイン「eldiario.es」のストラテジー・ディレクター):2012年、政治やルポ、調査報道を柱とする左派系メディアとして誕生した。

 当時、経済危機がようやく終わりそうな頃で、既存メディアに対する大きな失望感が人々の間にあった。危機につながる事態を十分に報道できていないのではないか、政治経済のエリート層にメディアは近すぎたのではないかという疑念が人々の間にあった。それで、私たちのメディアが人気になった部分があるのではないかと思う。

 急激に会員(現在は3万5000人)を増やせたのは、1年前のスクープ記事がきっかけだった。マドリード州首相クリスティーナ・シフエンテスの学歴詐欺を暴露した。彼女は最終的に辞任した。

 今後、会員数を拡大するにはスクープを出し続ける必要があるのが悩みだ。現在は購読料を含む読者からの収入が40%で、広告収入は60%。将来的にはこの比率を逆にしたい。

 ウェブサイトは無料で閲読できる。会員になればニュース記事が先に送られるようにしているが、プラスアルファを考える必要がある。イベントを開催すると、若い女性が多い。これを活用できないかと考えているところだ。

デンマーク:イベントで誘う

「ゼットランド」のライブイベントの画面(ウェブサイトより)
「ゼットランド」のライブイベントの画面(ウェブサイトより)

 リー・コースガード(デンマーク「ゼットランド」の共同創業者・編集長):ゼットランドは、ハイクオリティーの会員制電子ペーパー。コペンハーゲンに本拠を置く。

 会員が中核にあり、「会員の時間を無駄に使わせない」を読者への約束としている。広告は入っていない。毎月の購読料は17ユーロ。学生は半額だ。オランダのコレスポンデントの例を倣い、会員は記事をシェアできるようにしてあり、これで知名度を拡大させるようにしている。

 毎日、情報があふれるように出ているので、ゼットランドはそうせず、デイリーのポッドキャストとニュースレターをのぞくと、1日に2本ほどを掲載する。「読み終えた」という感覚を持てるようにする。

 最近の記事の1例として、厳しいしつけ・教育についての連載があった。連載終了後、書籍化した。執筆を担当したジャーナリストは国内各地で講演し、これがゼットランドへの勧誘にも貢献した。

 原稿作成過程では、読者から質問を募った。例えば「妊娠中に、1日3回コーヒーを飲んでもいいのかどうか」という質問が来る。記者は探偵のようにしてこれを調べ、記事にする。会員の興味・関心が核になって、作業が進んでいく。

 ポッドキャストを始めたのは、2年前に読者にどんなサービスを望むかと聞いたところ、「オーディオ」と言われたからだ。記事を読みあげてほしいという。これがすごく人気が出たので、専用アプリを作った。今、サイト利用の65%がオーディオである。読者との対話は非常に大事だ。

 時々、「ライブ・ジャーナリズム」という名前で、大きなイベント(有料)を行う。会員ではない人も含め、1500人ぐらいが集まる。そこで、10本のストーリーをジャーナリストが語る。その後、ビールやコーヒーを片手に話をする。「今は情報がたくさん出ているが、人が一堂に集まって、同じ話を一緒に聞くのは非常に珍しい体験ではないかと思う」。

英フィナンシャル・タイムズ紙のライブ・ジャーナリズムのイベント

「ライブ・マガジン」のウェブサイト
「ライブ・マガジン」のウェブサイト

 

 ジャーナリズム祭の別のセッションで、パネリスト(フローレンス・マーティン=ケスラー)が「ライブ・ジャーナリズム」を実践する会社「ライブ・マガジン」(フランス)を運営しているという。2014年創業。

 ジャーナリスト、作家、アーチストなどを劇場の壇上に呼び、そこで「ストーリーを語る」ことをライブ・ジャーナリズムと呼んでいる。欧州各国でこれまでにいくつものイベントを行っている。(2017年の関連記事

 

 今年4月9日、英国での最初の試みとして、ライブ・マガジンの協力によって、英フィナンシャル・タイムズ紙がイベントを行ったので、出かけてみた。

 場内の撮影・録音は許されず、「その場限り」のイベントである。場所は、ロンドン・バービカンセンター近くにある大学の講堂だ。

 著名コラムニストやジャーナリストたちが、舞台の右端に並べられた椅子に座っている。左端にはピアノが1台。

 一人ひとりが舞台の中央にやってきて、それぞれのストーリーを語る。例えば、昨年殺害された、サウジアラビアのジャーナリストについての思い出を語ったジャーナリスト、メイ首相(当時)への期待感がいかに失われていったかを「メイ政権は大きな冷蔵庫だ」というタイトルで面白おかしく話したコラムニスト、政治漫画家の話などに加え、株価の動きをオペラ歌手が「歌声でつづる」(株価が上がれば、声も上がるという演出)というアトラクションもあった。

 笑いあり、涙ありのストーリーイベントだったが、少々お堅い感じがあった。感動まではいかなかったように思う。特定のテーマがあれば、また来ようと思ったかもしれないが。

 チケットは35ポンド(約4500円)。ガーディアンの同様のイベントでは17-20ポンド(2000-2500円)ぐらいで、それに比べるとやや高い。観客は20代から60代。若者たちのグループが目立った。もしかしたら、安く入手していた可能性もある。

 FT、ガーディアン、ほかの英国の新聞もイベント自体はよく開いている。また、ジャーナリストや編集者が議論をする、講演をする場合も珍しくない。

 しかし、ジャーナリストたちが次々とストーリーを語る「ライブ・ジャーナリズム」的イベントは、どこかに「頂点」がないと、最後の感動にまではなかなかいかないように思う。「また来たい」という気持ちにさせてくれない。

 先のゼットランドのイベントは、パフォーマンスにかなり工夫をしていると聞いている(ジャーナリストが着ぐるみに入って登場。舞台劇を思わせる)。また、イベント後の「飲み物を片手のおしゃべり」が大好評であるという。英国メディアが学ぶ部分はいろいろありそうだ。

 (次回は、地方ジャーナリズムを救う試みを紹介します。)


by polimediauk | 2019-09-06 23:29 | 欧州のメディア

 (新聞通信調査会が発行する「メディア展望」1月号の筆者記事に補足しました。)

 「メディア・キャプチャー」という言葉を聞いたことがあるだろうか。

 「キャプチャー(capture)」には「捕獲する」、「保存する」などの意味があるが、政府、政治家、大企業、富豪などの権力者が政治力や財力などを用いて自分達に都合の良いようにメディアの言論空間を牛耳る状況だ。

 その現状を把握し、対処法を考えるためのイベントが昨年11月23日と24日、ベルリンで開催された。タイトルは「沈黙の乗っ取り:21世紀のメディア・キャプチャー」。「沈黙の」とは、多くの人が気づかない間にキャプチャーが起きている、という意味が込められている。

会議が開催された、ベルリンにある「メディアと開発のフォーラム」の入り口前(筆者撮影)
会議が開催された、ベルリンにある「メディアと開発のフォーラム」の入り口前(筆者撮影)

 

 主催は独「fome」(Forum Medien und Entwicklung、「メディアと開発のフォーラム」)で、報道の自由を世界中で推進するために結成された団体だ。現在、加盟組織は24に上り、開発途上国や紛争発生国での独立メディアの育成に力を入れている。

 冒頭でメディア・キャプチャーの定義を記したが、実は様々な説があり、研究が続いている状態だ。

 イベントの初日に基調講演を行ったアンヤ・シフリン氏(米コロンビア大学のテクノロジー、メディア&コミュニケーション部ディレクター)は専門家の一人で、「新たな検閲」の状況を紹介した。

 例えば、「民主的な」選挙で選ばれた国家元首によるメディア・キャプチャーの形がある。

 このような政治家は「民主独裁者(democrator)」であり、言論空間を「作られたコンテンツ」で満たしてゆく。エクアドル、トルコ、ロシアが具体例として挙げられた。

 デジタル時代に支配的な位置を占めるようになったフェイスブックをはじめとするプラットフォームの存在も、メディア・キャプチャーと考えられるという。

シフリン氏(右)(筆者撮影)
シフリン氏(右)(筆者撮影)

 対処法は何か?

 シフリン氏によると、

 (1)情報源の多様化

 (2)独占禁止関連の法律や規制を強化

 (3)公共放送を支援

 (4)調査報道を行うための国際的なファンドを設置など。

 また、メディア関係者、学者、非営利組織などがいかに寡占化を防ぐかについて情報を交換し合う必要性も指摘した。

フィンランドでも言論の自由を巡る事件

フィンランドのヴォリコスキー氏(筆者撮影)
フィンランドのヴォリコスキー氏(筆者撮影)

 

 イベント2日目には、メディアの寡占化による言論空間への影響について、二人のジャーナリストが実体験を話したセッションがあった。

 一人目は世界的な報道の自由のランキングで常に高い位置を占めるフィンランドのジャーナリスト、サーラ・ヴォリコスキー氏である。

 同氏は現在、ニュース週刊誌「スオメン・クバレティ」で働いているが、2年前までフィンランドの国営放送「YLE」(フィランド放送協会)の調査報道チームにいた。ヴォリコスキー氏は「YLEゲート」と呼ばれる政治スキャンダルに関わり、YLEを離れることになった。

 発端は2016年。ユハ・シピラ首相の親戚が、破綻したタルビバーラ鉱業会社の所有者の一人となっていたことが発覚する。この会社はテーラフェイムと名を変えて再組織化されていたが、政府から巨額の資金援助を得ての再出発だった。首相が何らかの便宜を図ったのではないかという疑惑は議会の調査で払拭されたが、複数の報道機関がこの問題を取り上げ、YLEもこれに続いた。

 ヴォリコスキー氏のチームによる報道に対し、首相は「憤慨した」という。YLEの編集局幹部は報道の表現を和らげたり、放送予定の順番を変えたりなど、「チームに事前に告げないままに報道に干渉をするようになった」。

 そして、前代未聞の事態が発生した。シピラ首相が報道内容に対する苦情をヴォリコスキー氏にメールで直接送ってきたのである。「報道のために国民が私に対して怒りを向けている」、「YLEに対する敬意を失った」などと書かれていた。

 当時の編集長はチームに対し、関連の報道では一切首相の名前を出さないこと、またメールを受け取ったことを公にしないようにと伝えた。ある制作スタッフが疑惑について議論する番組を企画したところ、「企画を取り下げないなら解雇する」と脅された。しかし、YLEの内情は次第に他の媒体でも取り上げられるようになった。

 ヴォリコスキー氏は編集長の辞任を求めたが、これが叶わないことが分かり、自分が辞任した。上司も同時に辞任したという。しばらくして編集長は辞任し、2018年4月、新たな最高経営責任者が就任している。

 イベントの会場から、質問が出た。「疑惑報道を巡り、YLEに政治圧力がかけられたと思うか」。ヴォリコスキー氏はこう答えた。「YLEの運営は国民の税金によって賄われている。毎年、予算額を決めるのは政府だ。YLEの対応と政府の圧力との間には、何らかの関係があると思う」。

 辞職後、ヴォリコスキー氏は一連の事件を書籍にまとめている。

メディアの多様性が問われるチェコ

フィンランドのヴォリコスキー氏、右がチェコのソドムコバ氏(筆者撮影)
フィンランドのヴォリコスキー氏、右がチェコのソドムコバ氏(筆者撮影)

 

 チェコのメトロポリタン大学の調査によると、報道の自由度において過去20年間比較的安定していたチェコがここ5年で変貌を遂げているという。2016年時点で、メディアの所有者の92%が政治家や大企業の経営者となっている。その中でも目立つのが新興財閥で、その一人が現在は首相となっているアンドレイ・バビシュ氏である。

 チェコの調査報道記者マグデレーナ・ソドムコバ氏は、国内最古の新聞「リドブ・ノビニ」で働いていた。数年前に発行元マフラ社がコングロマリット「アグロフェルト」(バビシュ氏が創業者)に買収されてから、編集室の雰囲気がガラリと変わってしまったという。

 ビジネスで財をなしたバビシュ氏が2011年に設立した反体制派の政治運動「ANO」は、2012年に大衆政党としてその歴史を開始した。

 リドブ・ノビニ紙がバビシュ氏が経営するビジネス・グループの傘下に入った時、編集スタッフは「彼が何をやっているのかを十分に知らず、メディアを乗っ取られたらどうするかを考えたことがなかった」。民主主義や報道の自由が「永遠に続くものだと思っていた」。

 買収直後、編集長が辞任し、新たに抜擢されたのは調査報道の経験が長い女性記者だった。「これで編集スタッフは、もし新所有者から編集への干渉があっても、この人が守ってくれるだろう」と信じたという。しかし、「実際にはそうはならなかった」。

 社員全員が新たな雇用契約を交わすように言われ、この契約によって「社内で発生することを外に出さないことを義務化された」。また、「お金がかかりすぎる」という理由で調査報道部や国際ニュース部が廃止された。

 記者たちはバビシュ氏の政治目的を推し進め、ライバルを貶めるための報道を迫られるようになった。

 ソドムコバ氏も、ある原稿を不本意な形に書き換えられたことをきっかけとして辞職した。同氏は、イベントの参加者の前で、悔しそうに言葉を詰まらせた。「私が数えた限りでは、すでに75人が新聞社を辞めている」。

 2014年、バビシュ氏は財務大臣に就任したことを機にアグロフェルト社の最高経営責任者の職を辞した。

 マスメディアを使うことによって、バビシュ氏は自分への支持を大きく拡大させ、政治のトップの位置にまで到達したとソドムコバ氏は見ている。

 YLEにいたヴォリコスキー氏も、チェコのソドムコバ氏も、一人一人の記者が孤立し、職場のジャーナリスト全員で団結した行動を取れなかったことが心残りだったと話した。

 イタリアの非営利組織「センター・フォー・メディア・プルーラリズム・アンド・フリーダム」が毎年発表する「メディアの多様性モニター」(2017年)によると、チェコは「高い危険度」の範疇に入る。メディア所有の寡占化が進み、「商業上の事情や所有者の意向が編集内容に影響を与えている」状態にあるからだという。

 「モニター」によると、メディア所有の寡占化は欧州連合(EU)全体で広がっている。新聞の経営が苦難に陥り、小規模のメディアがより大きなメディア所有者の元に集約される傾向があるからだ。

 今年も報道の自由への負の影響を注視して行きたい。


by polimediauk | 2019-02-11 02:46 | 欧州のメディア

(新聞通信調査会が発行する「メディア展望」11月の筆者記事に補足しました。)

 10月6日、ブルガリア北部ルセの公園で女性の殺害遺体が発見された。地方テレビ局のジャーナリスト、ビクトリア・マリノバ氏(30歳)の最後の姿だった。同氏は欧州連合(EU)の補助金をめぐる不正疑惑について報道したばかりで、ブルガリア内外に波紋を広げた。

 報道と殺害との関連は現時点で判明していないが、汚職問題を追いかけていたジャーナリストが殺害されるのはEU加盟国では過去1年で彼女が3人目となった。

マリノバ氏が手がけていた疑惑とは

 ブルガリア(人口約710万人)は1989年に共産党独裁体制を終えんさせ、国民の生活レベルの向上と北大西洋条約機構(NATO)やEUへの加盟を念願の1つとしてきた。

 2004年にはNATO加盟、07年にはEU加盟を実現させるが、課題とされた組織犯罪・汚職の撲滅には手を焼いてきた。汚職をなくするための非政府組織「トランスペアレンシー・インターナショナル」はブルガリアを「EUの中で最も汚職度が高い国」と呼んだ。同組織が発表する最新の「腐敗認識指数」のランキングで、ブルガリアは180か国中72番目(日本は20番目)である。

 マリノバ氏はテレビ局「TVN」に所属し、殺害される1週間ほど前に「うそ発見器」と呼ばれる新番組で司会を担当。ルーマニアの調査報道組織「ライズ・プロジェクト」とブルガリアの同様の組織「ビボル」のジャーナリスト2人にインタビューした。2人はブルガリアの政財界によるEUの補助金の不正利用疑惑を調査していた。8月、疑惑に関連する人物を撮影しようとしてブルガリア警察に逮捕されたが、ルーマニア当局の介入で数時間の拘束後に解放された体験を持つ。

 10月6日朝、マリノバ氏はジョギングをするために公園に向かい、後に遺体となって発見された。死因は窒息と頭部打撲で、性的暴行を受けたあともあった。事件から数日後、21歳のブルガリア人の男性がドイツで逮捕された。検察幹部によると、容疑者は別の性的暴行殺人事件で警察に指名手配されており、マリノバ氏の殺害は「突発的な攻撃だった」としている。容疑者は「殺害しようとは思わなかった」、「性的暴行はしていない」と述べている(ガーディアン紙、10月12日付)。

スロバキアの事件

 ブルガリア同様に1989年に共産主義体制を終わらせたスロバキア(人口約544万人)は1993年にチェコと連邦制を解消した後、2004年にNATOとEUに加盟した。

 今年2月、27歳の調査報道ジャーナリスト、ヤン・クツィヤク氏はフィアンセとともに、首都ブラチスラバから約50キロ東方にあるベルカマカの自宅で射殺された。

 同氏は「アクチュアリティ」というウェブサイトで政府とマフィアによるEUの補助金をめぐる癒着を取材してきた。スロバキアでジャーナリストが殺害されるのは今回が初だという。

 クツィヤク氏の殺害事件を機に大規模な反政府デモが発生し、3月、フィツォ首相が辞任。ペレグリニ新政権が発足している。

 殺害はクツィヤク氏のジャーナリズムに関連していると見られ、これまでに4人が起訴された。7万ユーロ(約900万円)で殺害を引き受けたのは元警察官だった。誰が殺害を依頼したのかについては捜査が続いている。

「ダフネ・プロジェクト」

 昨年10月には、マルタ(人口約43万人、2004年EU加盟)のジャーナリスト、ダフネ・カルアナガリチア氏(53歳)が殺害された。

 同氏は自宅近くで乗用車に仕掛けられた爆弾が爆発し、死亡。前月、自分のブログに「命を脅かされている」と書いていた。カルアナガリチア氏はムスカット首相の妻や側近の汚職疑惑や、国際的な資産隠しを暴露した「パナマ文書」と国外の富裕層に向けたマルタの市民権や旅券の高額販売との関連を調べていた。

 事件発生から2か月後、警察は3人の男性を実行犯として逮捕したが、裁判では3人とも事件への関与を否定した。

 今年4月、米ニューヨーク・タイムズ、英ガーディアン、仏ルモンドなど18の報道機関で45人のジャーナリストが、カルアナガリチア氏の調査報道を続行し、暗殺事件の真相を究明するためのサイト「ダフネ・プロジェクト」を立ち上げている。

 ブルガリアのジャーナリストの殺害については報道内容とは関係なかったという説が今のところは強いものの、ジャーナリストが殺害される事件が相次ぎ、EU市民に衝撃を与えた。

 世界の状況を見ると、ジャーナリストの殺害は年間数人程度ではない。非政府組織「国境なき記者団」の調べによれば、昨年1年間で命を落としたジャーナリストは65人。紛争に巻き込まれて亡くなった人は26人で、殺し屋に暗殺された人は39人だった。非営利組織「ジャーナリスト保護委員会」の調べでは、昨年1年と今年秋までに殺害されたジャーナリスト(紛争時及び暗殺事件の合計)は90人に上った。

サウジのジャーナリスト殺害疑惑は「リトマス紙」

 最近、最も注目を集めたのはサウジアラビアの著名ジャーナリスト、ジャマール・ハーショグジー氏の殺害事件だろう(これまでの報道では「ジャマル・カショギ」という表記が多いが、最も原語に近いのはこちらの表記と言われている)。

 10月上旬、ハーショグジー氏が忽然と姿を消し、国際的な大問題に発展した。

 同氏はサウジ王室との関係が深い人物で、近年はムハンマド皇太子の政策を批判して反感を買い、米国に住むようになった。米ワシントンポスト紙のコラムニストとなり、反対意見に抑圧的な皇太子を批判的に書いた。サウジ側からすれば、「サウジアラビアのことを熟知し、耳に痛い記事を書く、危険なジャーナリスト」ともいえよう。

 10月2日、同氏は交際していたトルコ人女性と結婚するため、イスタンブールにあるサウジアラビア領事館を訪れた。女性は領事館まで同行し、館外でハーショグジー氏を待っていたが、同氏が出てくることはなかった。ハーショグジー氏がジャーナリストであったこと、著名な米新聞でコラムを持っていたことから英語圏では同氏が姿を消したことが大々的に報道された。トルコ当局は同氏が殺害されたと主張したが、サウジ側はこれを当初否定した。

 ハーショグジー氏の処遇に付随して広がってきたのが、反サウジアラビア感情である。真実がどうであれ、サウジの実権を握るムハンマド皇太子が「体制批判をしていたジャーナリストの殺害を指示した」となると、「言論の自由は保障されるべき」と考える欧米社会からすると「一線を越えた」展開となる。

 そこで、10月23日から25日までサウジアラビアで開催予定の会議「未来の投資イニシアティブ」でメディア・スポンサーとなっていた英フィナンシャル・タイムズ、米国のブルームバーグ、CNN,CNBCが参加を取りやめると発表した(ガーディアン、10月13日付)。スピーカーの一人として予定されていた英「エコノミスト」誌のザニー・ミントン・ベドーズ編集長は参加を取り下げた。

 英バージン・メディアの創業者リチャード・ブランソン氏は同社が計画する宇宙事業へのサウジアラビアからの10億ポンド(約1475億円)規模の投資についての話し合いを中止する動きに出た。ブランソン氏は声明文の中で、もしハーショグジー氏がその体制批判の報道ゆえにサウジ側に殺害されたという報道が真実であるならば、西欧側はサウジ政府とビジネスを行うことができなくなると述べた。ハーショグジー氏の殺害疑惑は、欧米社会の「良心」を示す一種のリトマス紙として認識されるようになった。

 トランプ米大統領はサウジ政府の関与が判明した場合「厳罰を科す」という考えを示しているが、米議会が求めるサウジへの武器輸出停止に関しては拒否すると記者団に述べた。国内の雇用への悪影響を考慮したと思われる。

 「改革派」として欧米で好意的に受け止められてきたムハンマド皇太子の政治姿勢に、大きな疑問符が付くようになった。10月14日、英独仏の外務大臣はサウジ政府に対し、ハーショグジー氏の処遇について十分な調査を行うよう求める声明文を発表した。

 ハーショグジー氏の失踪は報道の自由をめぐる事件というよりも、中東情勢を反映した政治事件という面が日増しに強くなっている。

 トルコとサウジアラビアの関係が悪化するのどうか、中東でのイランの影響力を抑えるためにサウジ寄りだった米国がその姿勢を変えるのか、また英国にとっては武器売却先として大顧客となっているサウジとの関係をどうするつもりなのか、目を離せない状況となっている。

 真相は明らかになるだろうか。

 ・・・以上が10月15日時点で書いた原稿だが、その後事態は急速に展開し、現在ではサウジ側もハーショグジー氏が殺害されたことは認めている。11月16日、米CIAは、皇太子の関与は間違いないという結論を出した

 焦点は皇太子が関与した(もっとはっきり言えば、直接殺害を指示した)という共通の認識の下で、国際社会が彼に何らかの責任を取ることを求めるかどうかだ。すでに、トランプ米大統領は皇太子の責任を追及しない姿勢を明らかにしている。

***

 筆者による関連記事もご参考に

 サウジ記者殺害事件 ムハンマド皇太子との「蜜月」から一斉に引いた欧米諸国に感じる違和感(BLOGOS, 10月26日掲載)

 サウジを厳しく追及できないイギリスの冷酷なお家事情(ニューズウィークジャパン、10月16日掲載)


by polimediauk | 2018-12-11 15:46 | 欧州のメディア

(GENサミットは、リスボンのコメルシオ広場にある会場で開催された(撮影 小林恭子)


(新聞通信調査会が発行する「メディア展望」7月号の筆者原稿に補足しました。)

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 5月30日から6月1日まで、ポルトガルの首都リスボンでメディア会議「GENサミット」が開催された。「GEN」(ジェン)はGlobal Editors Networkの略である。今年は世界70カ国以上の約840人のメディア関係者が参加した。

 GEN(2011年創設)は約6000のメディア組織 の編集・経営幹部を中心とした集まりで、編集室のデジタル改革を進めることを目的とする。メディア界とテクノロジー業界が出会う場の1つだ。

 年に一度開催されるGENサミットには、メディア界の大物と共に第2のフェイスブックやグーグルを目指す起業家たちやジャーナリストらが参加。メディア界、テクノロジー業界が抱える諸問題をテーマに議論が行われると同時に、大手テック企業が指南役となっていかにデジタル・ツールを編集室で使うかを教えるワークショップも複数開催された。

 「テクノロジー」、「女性」という2つのキーワードに沿った議論を紹介してみたい。

AI、ブロックチェーンが話題に

 数あるセッションの中で繰り返し取り上げられたトピックが、「AI」(人口知能)と「ブロックチェーン」だ。

 サミット初日の最初のセッションは、人間が不要となる世界を連想させるAIに対する恐れを取り除く話から始まった。

 フェイスブックのAI調査部欧州担当のアントワン・ボーダーズ氏によれば、「簡単なAI」は編集作業の至る所で使われている。例えば「音声を書き取ったり、写真にキャプションを付けたりする作業」だ。ある男性がサーフィンをしている写真には、AIの利用でこれを正確に描写するキャプションが作られたが、画像が複雑になると絵柄とは異なる描写になってしまう。人間には簡単なことでも、コンピューターには難しいことがあるという。

 2つ目のセッションでは、英BBCが「チャットボット」を使って記事を構成する具体例を披露した。「チャット」はネットを使った主としてテキスト形式でのリアルタイムのやり取りのことだが、「ボット」とは「ロボット」の略で一定のタスクを自動化するためのプログラムを指す。「チャットボットを使う」とは、人間(利用者)とAIを組み込んだコンピューターとが互いに人間同士であるかのような双方向の対話をすることだ。

 例えば、BBCニュースのウェブサイト上にある、英国の欧州連合(EU)からの離脱(「ブレグジット」)についての記事(5月24日付)を開くと、「アスク・ミー(私に聞いてください)」というタブが文中に表示され、最初のメッセージとして「ブレグジットは難しすぎて分からないと思っていませんか?」という問いが出る。その下には、ブレグジットについて理解を深めるための3つの質問が示される。利用者がこの中の1つを選ぶと、該当する質問に対する答えが次々と会話形式で出てくる。まるで友人とメッセージの交換をしているようだ。BBCのポール・サージェント氏は、「友人に話しかけるように文章を書くこと」と担当者に教えているという。

 同じセッションに出た米サイト「クオーツ」のジョン・キーファー氏によれば、同社では社員同士の連絡用メッセージ・サービス「スラック」の中で「クワックボット」を使っている。このボットに音声ファイルを落とし込むと、自動的に音声を文章化してくれる。人間の手を使えば書き取りには膨大な時間がかかる。また、音声ファイルを聞く時間がない社員もいるが、文章であればさっと目を通すことができる。クワックボットは時間の節約になっているという。

 もう1つ、大きな注目の的となっていたのがブロックチェーン技術だ。これは仮想通貨ビットコインの中核となる、取引データ技術を指す。取引のデータ(履歴)は「トランザクション」と呼ばれ、複数のトランザクションをまとめたものを「ブロック」とする。

 デロイトトーマツによる資料「メディア業界におけるブロックチェーン」によれば、ブロックチェーンとは「トランザクションをほぼリアルタイムで時系列に記録する変更不可能な分散型デジタル台帳」。他の複数の資料によれば、ブロックが重なるように保存された状態(「ブロックチェーン」)になっている。分散して管理され、利用者のコンピューターに保存される。

 メディアはブロックチェーンをどのように利用できるのだろうか?

 30日午後のセッションでは、ブロックチェーン技術を少額決済、中間業者の撤廃、事実検証に活用できることが紹介された。

 ブロックチェーンのプラットフォームを提供する米シビル社のダニエル・シーバーグ氏は、この技術を使えば「コンテンツは数万、数十万のコンピューターに配信され、永久的に存在する。消えることがない」という。誰もがその真偽を検証でき、利用者から信頼を勝ち取ったニュース制作者あるいは検証者は少額決済で報酬を受けることもできる。ブロックチェーンは「書き手、コンテンツ、読者が直接つながることができる世界だ。中間業者は必要なくなる」。

 ブロックチェーンを生かして、どのようなビジネスモデルを作るのか。次回のGENサミットまでにより具体的な例が散見されそうだ。


女性の勇気に総立ちの拍手


 米国で始まった性的ハラスメントや性暴力の告発運動「#MeToo」が、世界中に広がっている。

 6月1日のセッション「#MeToo―ジャーナリズムの唯一無二の瞬間」では、女性ジャーナリスト、編集者、リサーチャーらがその体験談を語った。米慈善組織「プレスフォーワード」のダイアン・ピアスバージェス氏は、性的ハラスメント・暴力の問題は「ジェンダー問題ではなく、人権問題だ」と述べた。

アヤブ氏(撮影 小林恭子)
アヤブ氏(撮影 小林恭子)

 

 パネリストの一人、インドの調査報道記者ラーナ・アヤブ氏の話を紹介しよう。

 同氏は、2年前に出版した本の中で、モディ首相と与党・インド人民党のシャー党首が2002年に北西部グジャラート州で発生した地域紛争の共謀者だったと書いた。インドの下層カーストに属する人々や少数民族に対する暴力についても多くの記事を書き、モディ首相がこうした暴力に対し十分な対応をしていないと批判した。アヤブ氏は「反体制的な記事を書くこと、女性であること、ヒンドゥー教徒が大多数を占めるインドでイスラム教徒であること」などの理由から、ソーシャルメディア上で攻撃を受けてきたという。

 

 今年4月、アヤブ氏についての間違った情報がツイッター上で広がった。同氏が児童レイプを支持したという誤情報だ。これを受けて同氏への批判が殺到した。メッセージアプリ「ワッツアップ」では自分の顔と裸の女性の身体が合成された画像が流布し、ツイッターではアヤブ氏の電話番号や住所などの個人情報が拡散された。男性たちが裸の写真画像や「レイプするぞ」などのメッセージを同氏に大量に送ってきた。超過熱状態は約2週間、続いた。「心身ともにボロボロになった」という。

 アヤブ氏は一連の攻撃の背後には「政治的意図があった」と指摘する。政権を批判する複数の女性ジャーナリストたちが、同様の扱いを受けたからだ。国外で活動をしたほうがいいのではないか、とよく言われることがあるが、アヤブ氏はインドを去るつもりはない。「私を黙らせるのが攻撃の目的だから。その目的を叶えさせたくない。これからもインドに住み続ける」。勇気ある発言に対し、会場内の参加者全員が総立ちとなり、アヤブ氏に拍手を送った。

 サミットは42のテクノロジー企業がスポンサーとなって開催された。来年は今年同様リスボンで、6月19日から21日まで開催予定だ。

***

 以下のブロックチェーン(「現代ビジネス」より)についての記事もご参考に。

シリア難民支援で最先端のブロックチェーンが使われている深い理由

蔓延する「ブロックチェーンは善」という空気を鵜呑みにできない理由


by polimediauk | 2018-08-02 16:14 | 欧州のメディア

「地球温暖化」とは何か。

 非営利組織「気候ネットワーク」によれば、「自然の変動によるものでなく、人類の活動によって、地表付近の平均気温が上昇している状況」のことを指す。「熱波や洪水、干ばつ、そしてハリケーン」など、「気候変動による災害が頻発」している。私たちが住む生態圏全体や社会に重大な影響をもたらしかねない。

 しかし、私たちは「地球温暖化」という言葉が入った報道を十分に真剣に受け止めているだろうか?「なんだか、ピンとこない」という人も多いのではないか。

 もし深刻な影響をもたらすかもしれない現象を多くの人がぼんやりと意識するだけだったら、一体、地球はどうなってしまうのだろう?

 4月11日から15日まで、イタリア・ペルージャで開催された「国際ジャーナリズム祭」(参加スピーカー700人、セッション総数300)の中に、科学者とジャーナリストが地球温暖化について人々の関心を高めるためにできることを議論するセッションがあった。

 「できることはあるぞ」と筆者が感じたセッションの議論の流れの一部を紹介したい。

夜中に目覚めるほど心配することは何か?

パネリストたち(左からミキュート氏、ライリー氏、ジャー氏、ラスブリジャー氏、グレイ氏)
パネリストたち(左からミキュート氏、ライリー氏、ジャー氏、ラスブリジャー氏、グレイ氏)

 

 冒頭、紹介役として話したのはシンクタンク「欧州森林インスティテュート」の椿梨奈氏。「科学とジャーナリズムには共通点がある。事実を集め、証拠を確保し、信頼性のある結果にたどり着くことだ」、「この場が科学とジャーナリズムを地球温暖化防止のために結び付ける機会であってほしい」。

 パネリストたちへの最初の問いは「地球温暖化について、夜中に目覚めるほど心配することは何か?」だった(司会はエリザベッタ・トレイ氏)。

 ジョン・ライリー氏(米マサチューセッツ大学ジョイント・プログラムの副ディレクター):米国の話になるが、「事実は意味がない」という風潮があることが気にかかる。これは事実を基にする科学はどうでもいい、ということにもつながる。

 米社会では一種の「トライブ(部族)」ができている。例えば、フェイクニュースを真実だと思って信じている。地球温暖化を信じないというトライブに属する人に地球温暖化の深刻な影響を伝えようとしても、「そんなことはあり得ない」と否定してしまう。もし「深刻な影響がある」と考えてしまったら、自分たちの「信じない」というイデオロギーを脅かすことになるからだ。

 地球温暖化問題は特にこのトライブ化が発生しやすい。あまりにもグローバルな動きで、問題が大きすぎるので「自分にはどうにもできない」と無力感を持ってしまう。

 科学者はこういった人々の感情に訴えかけるような、自分の問題として受け止めてもらえるようなやり方をする必要がある。地域社会のレベルで何が問題かが分かるように。これは科学者にとっては、挑戦だ。事実を集めて、客観的に物事を見る癖がついているからだ。

 どうやったら、一般市民に「大変なことが起きている」と分かってもらえるのか。これが最大の懸念事だ。

 アラン・ラスブリジャー氏(元英ガーディアン編集長、現在はオックスフォード大学のレディー・マーガレット・ホール学長):地球温暖化は最大に深刻な、世界的な問題だと認識している。しかし、ジャーナリズムはこの問題の報道に失敗したのだと思う。

 次世代にも影響が及ぶ問題なのに、新聞の1面に毎日載るわけではないし、テレビのニュースで刻々と報道されるわけでもない。

 なぜかと言うと、英国の例で言えば、イデオロギーの問題もあるのかもしれない。英国の新聞のほとんどは温暖化を否定する傾向にある。

 ジャーナリズムの収入の仕組みも関係するかもしれない。どこの編集長もいかに数字で結果を出すかで頭がいっぱいだ。昨日起きたことについてはたくさん書くけれども、20年後にどうなるという話は数字が取れないので、出さない。あることが起きても「温暖化のせいなのかどうか、わからない」、とジャーナリストも市民も考えているのかもしれない。

 しかし、こういう時こそ、ジャーナリズムの出番のはずだ。市民が関心を持っていないトピックでも、これを取り上げて書く、関心を持ってもらうように書くことが。

 

 ジョナサン・グレイ氏(キングス・カレッジ・ロンドン):地球温暖化は複雑で幾層にも広がる現象だ。これを取り上げた記事が何を社会にもたらすのかまで、踏み込んで書くべきだ。

 アロク・ジャー氏(医学研究支援等を目的とする英公益信託団「ウェルカム・トラスト」のパブリック・エンゲージメント・フェロー):確かに、地球温暖化は複雑な現象で、ジャーナリズムのように白黒をはっきりさせて単純化した結論を下せるものではない。ただ、こうした現象を取り上げる際には、ジャーナリズムも科学の方も新しいやり方を考えるべきではないかと思っている。

 例えば、ジャーナリストは複雑なテーマについてもっと時間を費やしてもいいのではないか。AIもそうだが、複雑な問題を理解する時間を取るべきだと思う。

 ビクトリア・ミッキュト氏(「コントラストVR」の記者):4-5分のバーチャル・リアリティの動画を作っている。地球温暖化でいかに生活が変わったか、実際に影響を受けた人の例を動画にしている。自分の問題として考えられるよう、影響を受けた地域に住む人のところに行って、話を聞く。動画を作ってからは上司や同僚に見てもらうが、「ここが分からない」、「もっと説明して」と言われながら、編集している。

関心を持ってもらうにはどうするか?

 地球温暖化についての関心が低い状態をどう変えるのか?

 ラスブリジャー氏:前にある人に言われたのだが、地球温暖化問題を書くのは専門記者、つまり環境ジャーナリストのみにしてはいけない、と。記者全員を地球温暖化について書く人として、安全保障、移民、食料、スポーツ、政治、経済にからめて地球温暖化について書くようにする。

 新聞社全社で地球温暖化防止のためのキャンペーンを開始する、という手もある。グローバルな環境問題は「大きすぎる話」、「こちらでは何もできない」、「難しすぎる」と読者に思わせるのではなく、「職場で、あるいはプライベートな場で何ができるか」を提示する。報道の仕方は関心を引くようにドラマチックにする。

 グレイ氏:興味を持ってもらうやり方は、色々あると思う。例えば、欧州レベルのリサーチプロジェクトで、「クライマップス」がある。地球温暖化防止のためのさまざま見方をデジタル技術を使って提供している。

「クライマップス」のウェブサイト
「クライマップス」のウェブサイト

 

 それから、例えば科学が事実を積み上げるまでにどれほどの労力をかけているのかを記事化するのはどうだろうか。でっち上げではないことが分かれば、科学についての疑念も減少するだろう。

 ジャー氏:ジャーナリズムが考え方を変えることも一案だ。まず、最初に「市民の声から出発するにはどうするか」、「市民に力をつけるためにはどうするか」を考えて欲しい。これまで、編集室で何を書くかを決めるのがスタート地点になっていた。これを逆にする。

 例えば、米国のあるメディアはコーヒーショップやタクシー乗り場、色々な場所に記者を放った。そこで医療サービスについての人々の懸念やどんなことを考えているかを聞いて回った。そこからヒントを得て、医療ケアについての記事を作っていった。地球温暖化についても、同様にできる。人々の懸念は何なのか。それから何を書くかを決める。この過程を透明化して、読み手の信頼を取り戻してゆく。

 今、人は専門家の言うことを信じなくなっていると聞く。「事実」と言われていることに、疑念の目が注がれている。だからこそ、どうやって「事実」を積み上げて、ある記事ができてゆくのかをオープンにすればいいのだと思う。今まで通りにジャーナリズムをやっているのではなく。

***

 

 感想:「情報を受け取る人を巻き込んで、報道を作る」、「自分の問題として受け止めてもらうために、実際に温暖化の影響が出ているところに行って、現地の人の懸念に応える形にする」、これによって「信頼感を取り戻す」、温暖化をも含めた複雑な問題に対し市民が「どう立ち向かえるのか、何ができるのかを具体的に提示する」などの提案が心に残った。

***

 参加者の英語名は以下:

 

パネリスト

John Reilly

Alan Rusbridger

Jonathan Gray

Alok Jha

Viktorija Mickute

進行役

Elisabetta Tola(Formicabluの創業者)

Rina Tsubaki


by polimediauk | 2018-05-06 20:20 | 欧州のメディア

 英ウィリアム王子(王位継承順位2位)の妻キャサリン妃が、23日、第3子(王子)を出産した。

 その後、王子の名前は「ルイ・アーサー・チャールズ」とする発表があった。称号は「プリンス・ルイ・オブ・ケンブリッジ」となり、これからは「ルイ王子」と呼ばれるようだ。

 出産翌日の英国の新聞は、ウィリアム王子と赤ちゃんを抱くキャサリン妃を様々な角度から撮影した写真を大きく扱った。

 国民的慶事ではあるのだけれども、若干の疑問を感じた人もいたかもしれない。筆者もそんな1人だ。

 出産から退院までの速さに、まず驚いてしまった。何しろ、出産は23日の午前11時。同じ日の午後6時ごろ、白いレースの襟が付いた赤いワンピースを着たキャサリン妃は報道陣の前に姿を見せ、カメラのフラッシュや声援に対応した後、病院から自宅へと向かった。病院に入ったのはこの日の朝8時過ぎだったので、10時間ほどですべてを済ませて帰宅したことになる。

スピード退院が可能になったわけは

 この「スピード退院」については、いくつかのメディアが取り上げており、日本語では「Elle Online」がこれが可能になった理由を書いている。

 

 記録更新!? キャサリン妃が産後7時間でスピード退院したワケ

 これによると、最初の出産では産後26時間で、第2子では産後10時間で退院していたという。今回の産後7時間は、それを上回る。

 その理由として、(1)英国では「無痛分娩&日帰り出産が主流」であること、(2)マスコミ対策と他の母子たちへの配慮、(3)退院後も24時間体制のメディカルサポートがあることを挙げている。

 しかし、それにしても、なぜこれほどまでに急がなければならないのか。

 筆者は子供を産んだ経験がないので想像になるけれども、普通に考えて、出産は女性の身体にいくばくかでも負担になるだろう。その直後に、ヘアをセットしてもらい、完璧なメークをしてもらい、世界中からやってきた報道陣のカメラの前に立って「にっこり」する・・・これはまるで仕事である。

 当日は「少し1人でゆっくりしたい」、「夫や子供たち、新しい子供とプライベートな時間に浸りたい」とは思わないのだろうか。

 例えば、出産日は病院でゆっくり休んで、病室内で子供と一緒に撮影した写真を公にするだけにし、自分達は後で病院の裏からそっと帰宅する、という形でも国民の期待には十分応えられるはずである。

 私たち(メディアと国民)はキャサリン妃に対して、過度の献身ぶりやサービスを期待しすぎているのではなかろうか。キャサリン妃が(想像上の)「過度の期待」に「過度に応えている」ことはないのだろうか?

 英王室はこれまで、世界中のタブロイド紙、ゴシップ雑誌、パパラッチから追いかけられてきたが(その典型がウィリアム王子やヘンリー王子の母親である故・ダイアナ妃)、過度にメディアや国民の期待に応えようとすれば、「何もかも知りたい」、「何もかも知る権利がある」という気持ちに火をつけることにつながるのではないか、という問いかけである。

 また、出産経験のある女性、あるいはこれから出産をする女性に「ここまで完璧にしなければ」というプレッシャーを与えることにつながらないだろうか。

子供を持つ母親からすると

 そんなことを考えていたら、米ワシントン・ポスト紙の女性コラムニストが、キャサリン妃の病院前の姿に対する違和感について書いていることを知った。

「そう、ケイトは出産後完璧に見えた。いいえ、これは普通ではない」

 Yes, Duchess Kate looked flawless after giving birth. No, this isn’t normal.

 書き手のエイミー・ジョイス氏は、キャサリン妃のスピーディーな退院、カメラの前に出た姿の完璧さに驚き、何故キャサリン妃がこんなことができたのかを説明した後で、出産のあるべき姿について議論が起きるだろうと予測している。

 いずれにしろ、それぞれの母親が自分の子供にとって何が最善かを決めるしかない、と書きながらも、キャサリン妃の例を見て、「居心地が悪い比較をしてしまう」母親がいることも事実だと指摘する。

 例えば、米国人サマンサ・シャンリーさんはドイツの病院で2008年冬に赤ん坊を出産した。出産の翌日に帰宅することにしたシャンリーさんの場合、子供を抱きかかえた当時の夫と共に、トラムの駅までかなりの距離を歩かなければならなかった。「吐きそうだったわ。それでも(トラムに乗った後に)最寄りの駅で降りて」、それからまた自宅までかなり歩いた。「公園のベンチで休み休み、歩いたわ」。

 シャンリーさんがジョイス氏に語ったところによると、シャンリーさんの母親は1970年代のウーマンリブの世代に育ったので、女性は何でも完璧にできると考えるような出産を続けた。しかしこれは、「普通ではない基準に合わせようと、自分を駆り立てることを意味していた」。

 冬の日、産後にかなりの距離を歩いたために、シャンリーさんは風邪を引き、乳腺炎にかかり、完璧にはできないことへの罪悪感を持ったという。「理想に合わせようとしていたのだと思う」。キャサリン妃は「帰宅後に、家の中のすべての面倒を見る必要はないわよね」。

 ジョイス氏によれば、多くの母親にとって、キャサリン妃の病院前での笑顔は「出産を理想化する文化を示す、1つの例だった」。

 「出産後の憂うつや、そんな状態からいかに立ち直るかなんて、誰も話したがらない」(シャンリーさん)。「自分は失敗したんだという気持ちがつきまとう。赤ん坊と過ごす優しい時間を写す写真をネット上にたくさんの人が出している・・・出産がどれだけ女性の身体に変化を与えるかについてはほとんど無視しているみたい」。

 ジョイス氏自身は、キャサリン妃の映像を見ていて、「彼女は私たちの大部分とは全く違う生活をしているのだと改めて感じた」という。

 母親たちは「みんな、頑張っている。出産はとても困難なものだし、外からどんな風に見えるかは別として、完璧なおとぎ話ではないのは確か」と締めくくった。


by polimediauk | 2018-05-01 17:37 | 欧州のメディア

ドイツ・ハンブルクを舞台に、最愛の夫と息子をテロで失った女性の苦闘を描く映画「女は二度決断する」。監督はトルコ系ドイツ人のファティ・アキン氏だ。30代で世界3大映画祭の主要な賞を受賞する「強者」である。アキン氏もハンブルクで生まれ育った。

 「テロ」と言っても、ここでは近頃欧州で目に付くイスラム系テロではなく、極右ネオナチ系によるテロだ。主人公の夫はトルコ系移民。背景には、2015年以降にメルケル政権が積極的に受け入れた難民・移民の急増がありそうだ。

 ここ数年、欧州で最大の難問の1つがこの難民・移民の流入だ。

 2011年に始まった内戦の終わりが見えないシリアを含む中東、アフリカ諸国などからやって来た人々がトルコから対岸のギリシャの離島へ渡り、あるいは陸路でバルカン半島を北上し、北部欧州に殺到するようになった。これが極右政党の台頭の遠因と言われている。

 時節柄、非常にタイムリーなトピックを扱った映画である。また、女性の「二度」の「決断」とは?

テロの痛みとクルーガーの熱演

 映画の冒頭では、麻薬所持で有罪となり受刑していた男性ヌーリ(トルコ系移民)と主人公となる女性カティヤの結婚式の様子が紹介される。黒い長髪の男性と金髪・青い目の女性。異なる文化を背負った者同士が愛情で結ばれた。

 それから数年が過ぎる。夫妻には男の子が産まれている。

 ある日、妻は子供を連れて夫の事務所に入ってゆく。子供を夫に預けて外に出るまでの、家族3人の愛情表現が心に染みる。何と仲が良い家族なのか。

 しかし、その後、事務所前で爆発事件が発生し、妻は夫と子供を失ってしまう。

 妻を演じたのはドイツ出身のダイアン・クルーガー。家族を失った女性の衝撃、悲しみ、絶望感を全身を使って表現する。筆者は見ていて、鳥肌が立つほど「怖い」と思った。西欧諸国ではこのところ、イスラム系テロが市中で続発し、どこで自分もテロに遭遇するか分からない。クルーガーの演技を通してテロの犠牲者の衝撃と悲しみが初めて体感できたように思った。

 クルーガーは映画の迫真の演技が高く評価され、カンヌ国際映画祭で主演女優賞を獲得している。

 クルーガー扮するカティヤが警察の捜査を受け、家族には身勝手な言葉を浴びせられた後で、友人に支援されながらもとうとう自暴自棄になる様子を、映画は洗練された、独特のペースで映し出してゆく。

 「異文化」同士の結婚を夫の家族も妻の家族も、実は喜んでいなかったことが分かってくる。

 妻は爆破事件がすぐに「ネオナチの犯行だ」と直感したけれども、警察はすぐには信じようとせず、「トルコ系ギャングの争いなのでは」と言う線で捜査する。夫は昔、麻薬所持で受刑していたことがあるから、「麻薬がらみの犯罪に巻き込まれたのだろう」とか、「イスラム系テロでは?」と妻に聞いてくる。

 しかし何とか容疑者が見つかり、次のドラマの幕(第2幕)が開ける。今度は裁判の話である。

 第2幕で「正義」を得られなかったカティヤは、最終章のドラマに突入してゆく。

推定無罪の限界

 ドラマ全体の流れの美しさや、物語の展開の斬新さ(次にどんな場面になるのか、予測ができない)に心を奪われながら見ていたが、欧州に住む筆者からすると気になる点もあった。

 世界中の法治主義国家の原則となっている「推定無罪」という考えがある。「何人も有罪と宣告されるまでは無罪と推定される」という基本原則だ。いかに状況証拠がそれらしくても、裁判の場で「有罪」とならなければ、人は「無罪」になる。

 裁判になって結果がどうなるかは、すでにいくつかの映画評で概要が出ているので隠す必要はないだろうが、「正義は行われなかった」とだけ書いておきたい。

 この映画の裁判の結果を見た時に、推定無罪の原則がある社会の限界にぶち当たった気がした。

「判断」をどう評価?

 最も割り切れない思いをしたのは、裁判後に始まる「第3幕」の展開だ。裁判ではらちが明かないと思ったカティヤは、ある行動を起こしてゆく。最終的にはこれが彼女の「決断」につながってゆく。

 映画の結末について、英語圏で及びドイツ語圏でどう評価されているのかをネット検索してみた。筆者が拾ったものの中では英ガーディアンの映画評が最も厳しく(星5つの中の2つ)、英タイムアウト誌も星2つだった。

 この映画は一時米アカデミー賞の外国映画賞を獲るかもしれないと言われていたので、「その価値はない」と書いた評価もあった。これは欧州ニュースを扱うサイト「ザ・ローカル」の映画評で、書き手はザ・ローカルのドイツ版編集者のヨルグ・ルイケン氏である。

 一方、日本の映画評の中では、例えば「シネマトゥデイ」には映画評論家の清水節氏が「『眼には眼を』を乗り越え憎しみの連鎖を断ち切るひとつの可能性」として短評を寄せ、星4つを付けている。

 先の辛い評価は、「クルーガーは名演」、しかし「途中から論理性を欠く」、「描写が表面的になる」といった点を挙げている。特に最後の結論には賛同しかねるようだ。

 見ていない方にとっては、カティヤがどんな決断をしたのかが分からないため、「?」となりそうだが、第3幕については、筆者自身が大いなる疑問を持ったのは確かだ。

 というのも、ロンドン、パリ、バルセロナ、ニース、ブリュッセル、ベルリン、マンチェスター、またロンドン・・・と、イスラム系テロの発生を何度も欧州内で身近に見てきた筆者にとって、火に油を注ぐような展開に思えたからだ。明日は自分や友人、親戚、誰かの友人の身の危険が冒される可能性があるかもしれないと感じるような切実な怖さを感じた。

 推定無罪の世界は、犠牲者の遺族にとってはやりきれないこともあるだろう。しかし、そういうやりきれなさを含めたものが私たちが生きる社会なのである。限界はある。しかし、だからと言って、これを否定する道に進めば、テロリストたちの側に行ってしまう。

ネオナチに家族を殺害された人たちは、どうなった?

 この映画では最後に、旧東ドイツのネオナチ組織NSU(国家社会主義・地下組織)の暴力による犠牲者に捧げるという文章が出る。

 2000年から07年にかけて、NSUのメンバーと自称する3人のネオナチが移民出身の9人と警察官1人を殺害した。攻撃の対象になったのは、移民出身者だったからだ。警察はトルコ系マフィアが実行したものと判定し、3人は捕まらないままに犯行を続けた。

 この映画の展開と現実が重なってくる。

 ある時、3人は銀行強盗を決行する。警察が彼らを逮捕する前に2人は自殺し、生存者は1人(女性)だけである。ミュンヘンで行われている裁判は、4月時点でまだ最終判断が下っていない

 犠牲者の遺族や友人たちからすれば、「正義が行われてない」状況と言えそうだ。

 先のザ・ローカルのルイケン氏の記事によれば、「当初の殺害からすでに17年が過ぎているが、犠牲者の遺族や関係者が私的制裁を加える行動を起こそうとしたことはない。ナチスに対するシンパが一部で存在していたとされる警察に対して復讐しようとした気配はない」という。

 国家が何もやってくれないから、自分の手で・・・という考え方はNSUの同類になることを意味するのではないか、と同氏は警告している。

 自分なら、どうするか。

 映画館で、クルーガー扮するカティヤのドラマを是非ご覧いただきたい。

***

ご参考

*クルーガーについて

映画・COM

「女は二度決断する」でカンヌ戴冠!ダイアン・クルーガー、極限演技を生んだ“出会い”とは

*ドイツとナチズム

独断時評 ナチス絶対悪の社会

*ドイツの難民問題

ドイツを悩ます難民積極受け入れのジレンマ

欧州では「反移民の風」が強まっている

「毎日、残してきた自宅の夢を見る」ドイツで暮らすシリア人難民ジャーナリストの思い


by polimediauk | 2018-04-29 19:18 | 欧州のメディア

(朝日新聞の月刊メディア誌「Journalism」8月号に掲載された筆者記事に補足しました。)

スマートフォンの普及によって、ニュースをモバイル機器で閲読する行為は多くの人にとって習慣の1つとなった。

英ロイター・ジャーナリズム研究所が毎年発表する「デジタル・ニュース・レポート」の2016年版によると、調査対象となった26カ国(内20カ国は欧州諸国)に住む約5万人の中で53%がスマホを使ってニュースに接触していた。全米新聞協会の調べでも新聞社のデジタルコンテンツを消費する人の半分以上がモバイル機器の(スマホあるいはタブレット)のみを使っているという。

一方、世界新聞ニュース・発行者協会(WAN-Ifra)がまとめる「世界プレス・トレンズ」最新版によると、昨年世界中で出荷されたスマホの台数は14億に達した。これまでで最多の数字で、世界の人口の約30%が所有している割合になる。

今後もニュースとモバイル機器とがますます深く結びつく流れの中で、欧州の各メディアは小さな画面に向けたサービスにこれまで以上に力を注ぐようになっている。

利用者の行動が変わるとともに自分たち自身も変わってゆく、欧州メディアの最近の動きを紹介したい。

習慣を作ってもらうために配信されるキュレーション・サービス

まず、欧州メディア各社が手掛けているニュースのキュレーション・サービスを見てみたい。

英国のニュース週刊誌「エコノミスト」が2014年11月から開始したのが、毎朝配信される「エスプレッソ」と呼ばれるサービスだ。

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(「エスプレッソ」の画面)

目覚めるとスマートフォンに手を伸ばし、メールやソーシャルメディアをチェックする人は多いが、こうした習慣を利用したサービスとなる。創刊から170 年以上の歴史を持つエコノミストが毎朝情報を発信するのはエスプレッソが初となる。

専用アプリをインストールすると、平日の早朝、その日に読むべきニュース5本がスマートフォンにダウンロードされる(エスプレッソはスマホ向けサービスだがメールアドレスに配信されるように指定すれば、デスクトップでも閲読できる)。

内容は政治経済から社会ニュース、国際事情まで幅広い。1本が120から140語で、閲読すると「読了」と言う印が付く。通常のエコノミストの記事は1本400から500語である。

エコノミストのジャーナリストは通常の記事とは別に、エスプレッソ用に短く、簡潔は記事を作成する。読者が5本すべてを読み切ると、「これで終わりです」という文章が出る。ロンドン、香港、ニューヨークの早朝をめがけて、1日に合計3つのバージョンを作っている。読者はいずれかのバージョンを読む形だ。

料金はすでにエコノミストの購読者になっていた場合は無料で、非購読者の場合は月に2・29ポンド(約304円)だ。

配信サービスの開始時期から現在までにアプリは110万回ダウンロードされ、読者は週に20万人。エコノミスト本誌の購読者の40%がエスプレッソを利用しているという。

興味深いのはエコノミストがエスプレッソを本誌購読のための呼び水とは考えていない点だ。このため本誌の記事へのリンクを貼っていない。忙しい読者のニーズに応える、あくまでも独自のサービスとして提供している。

筆者も時折利用しているが、1つ1つの記事が短いので読みやすい。その日に発生する出来事、例えばどんな国際会議があるか、どこで選挙があるか、閣僚が予定している演説は何かなどが分かり、ニュースを先取りできる利点がある。記事数が5本と限定されており、最低でも見出しや最初の文章を読んでおけばその日に知るべきニュースをひとまず押さえたという満足感がある。

デジタル時代のニーズに合わせ、フランスの夕刊紙「ルモンド」も新たな領域に踏み出した。モバイル用のサービス「夜明け」(La Matinale)だ。

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(「夜明け」の画像例)

登録すると、毎朝7時に、ルモンドの記事20本が配信される。記事は自動的にダウンロードされ、オフラインでじっくり読める。最初の月は無料で読めるようになっているが、それ以降は月に4・99ユーロ(約567円)を払う。

ルモンドは夕刊紙であり、朝をめがけてニュースを配信するのは大きな転換だった。年間1000万ユーロの負債を抱えた同紙は2010年、破産の一歩手前まで行った。

ルモンド・グループのルイ・ドレイフュス社長が6月中旬に開催された「世界ニュースメディア大会」(コロンビア、WAN-IFRA主催)で語ったところによると、窮地から脱却のために「イノベーション」、「新時代に活躍できる人材の雇用」、「新たなデジタル戦略の策定」で社内改革を決行したという。その一つの試みが朝の配信サービスだった。

グーグルがフランスメディアに提供したデジタル化推進基金の中で、ルモンドが得た180万ユーロの一部が「夜明け」の開発に使われた。昨年のローンチから現在までに48万回アプリがダウンロードされ、ページビューは月に2600万。1回の訪問の平均滞在時間は10分だ。アプリでの閲読のみのために有料購読をしている人は1万人。47%が1日に一度アプリを利用し、26%が2度、27%が3度以上利用している。

夕刊紙という伝統を破って毎朝ニュースを配信するサービスを開始したルモンド。ドレイフュス社長は会議のセッションの中で、「箱の外から考えるようにとスタッフに言ってきた。そうして初めて、読者を増やすことができる」と述べた。

12本の記事を昼の12時に出す

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(スイスの「12」サービス)

スイスの複合メディアグループ「タメディア」が始めた新たなニュース・キュレーションサービスがスマホ専用アプリの「#12」だ。

タメディアが発行する20を超える新聞や雑誌(ターゲス・アンツァイガー紙、女性誌、地方紙など)の中から、これはと思う12本をスタッフが選び、スタイリッシュな、モバイル専用のデザインに再パッケージ(見出しやリード、写真などを変える)して、毎日、昼の12時に配信する。

記事はロボットではなく、人が選び、時間をかけてスマホ用に再編集している。記事はカード形式に表示され、読者は左右あるいは上下に画面をスライドさせて次の記事を読む。

アプリ自体は無料だが、閲読は購読制だ。すでに媒体の印刷版を購読している場合は無料だが、それ以外は月に6スイスフラン(約623円)を払う。音楽配信サービスの「スポティファイと比べても安い」がうたい文句だ。

2015年10月12日にサービスを開始して、これまでに3万5000回ダウンロードされた。読者は1日に1万5000人。この中で、プリント媒体を購読しておらず、デジタル購読料を払っている人は1500人。利益が出るようになるには、2400人の有料購読者が必要だ。

ターゲス・アンツァイガー紙のデジタル部門統括役マイケル・マルティ氏によると、同社は#12を読者の反応を見ながらサービス向上させていく、一つの実験として位置付けている(4月にウイーンで開催された、欧州デジタルメディア会議にて)。

読者がある記事を好きか嫌いかなどのフィードバックを簡単にできるようにしてあるため、どのような記事が好まれているのかが分かるようになったという。毎日、2000から3000の反応があり、ライフスタイルについての記事は評価が高くなかったのであまり入れないようになった。また、ほかの媒体のサイトとのカニバリゼーション(共食い)を防ぐため、配信する記事の本数を12本以上には増やさない予定だ。

マルティ氏はこのアプリは新聞社にとっては「ワークショップのようなものだった」という。「読者は賢明だ。質の高い記事を好んでいる。読者との対話の機会を設けることで、読後の満足感や記事の質が高まった。将来のジャーナリズムがどうあるべきかを学んだ」と述べた。

なじみやすい形でアピールする、ヴェルト・コンパクトのモバイルサービス

ドイツの新聞社大手アクセル・シュプリンガー社が発行する高級紙「ヴェルト」には、小型タブロイド判の「ヴェルト・コンパクト」というバージョンがある。

このコンパクトが2014年5月に開始したモバイルサービスは、昨年、Wan-Ifraが選ぶ最優秀デジタルメディア賞の1つ(「最優秀モバイルサービス賞」)を受賞している。

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(ヴェルトのコンパクト版)

紙版のヴェルト・コンパクトができたのは2004年5月。大判のヴェルトを若者層に訴えるように小型版に編集した直したものだが、モバイルサービス「コンパクト (Kompakt)」最初からモバイルでニュースを読む人を想定に作られている。利用者の半分が30歳以下だ。

このアプリの発想は、アクセル・シュプリンガー社が行っているスタートアップ支援事業「プラグ・アンド・プレー・アクセレレーター」から生まれたものだ。

細長いスマホの画面に短い記事(段落2つが平均)と写真が1枚のカード状に映し出される。画面を左にスワイプすると、見ていた画面の内容とは別の(関連しない)記事が出る。右にスワイプすると、同様のあるいは関連する記事が出る。垂直に(上の方に指を滑らせて)スワイプすると、画面に出ている記事の詳しい内容が出る。

読者が自分で読みたいニュースを選ぶ「NewsCase」

ドイツのスタートアップのNewsCase社の前身「niiu(ニュー)」は2009年、起業家ワンヤ・オベルホフ氏が「個人の好みに合わせた新聞」を作るために創刊された。

自分の好きな新聞記事をウェブ上で選び、ソーシャルメディアにアップロードした写真などの素材とともに紙面に印刷。翌日の朝までに読者の元に届けるサービスだった。自分だけの新聞である。

しかし、一部毎にすべて異なる内容となる新聞の印刷には多額の費用がかかった上に、全国に配送するための経費も高額だった。2011年、紙のniiuはサービスを停止した。

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(「ニュースケース」の画面)

 ドイツ語を中心に約100の新聞、雑誌から記事をキュレーションする。米英のメディアの一部も参加している。 この頃、アップル社のiPadが欧州市場にも進出してきた。Niiuはタブレット版アプリとしてよみがえり、2013年8月から新規サービスを開始した。しかし、その後、タブレット版でキュレートしたニュースを出すライバルが続々と出てきて苦戦した。現在はスマホを中心としたサービスとし、社名もオフィスも変えた。

フリーミアム制となっており、アプリをダウンロード後、新聞社などのコンテンツ提供先が無料で出している記事は無料で読める。この時点では広告が入っている。新聞社の「有料の壁」に入っている記事をすべて広告なしで読めるサービスは月に9・9ユーロ(約1126円)の有料プレミアムとして提供している。

アプリを開くと、画面左側に複数のカテゴリー(政治、ビジネス、文化、スポーツなど)が並ぶ。それぞれに好みの媒体を指定できる。カテゴリー毎の指定媒体は何度でも変更でき、ニュースはネットが接続されている場所でアップデートされるので、最新の情報が並ぶ。その日に読みきれない記事や気になる記事は「お気に入り」に保存しておく。利用者が 削除しない限りいつまでも保存されているという。

利用者は「28歳から55歳ぐらいの忙しい人」だ。購読者数は公表していない。

利用者が払う購読料はアプリ販売プラットフォーム(アップル社など)に払う料金を差し引いた後、残りの額をニュースケースとコンテンツを作る新聞・雑誌の出版社側とが折半している。閲読の頻度によって出版社の収入が上下する。

ほかのアグリゲーションサービスでは、利用者が記事を選択すると、閲読のために元の記事を掲載した新聞社などのウェブサイトに飛ぶ必要がある。ネットの接続がない場所では記事が読めないことになるが、ニュースケースは出版社側とコンテンツ使用についてのライセンス契約を交わしているため、利用者は記事をタブレットにダウンロードした後、ネットが通じていないところでもじっくりと閲読できる。

新聞社のビジネスモデルを瓦解させる可能性も

ニュースケースのアプリの月極購読料は一つ一つの新聞社に払う金額よりもかなり低い。「新聞社のウェブサイトに来て、読んでもらう」「そのためには有料購読制をとる」というビジネスモデルを瓦解させる可能性もあるサービスだ。

ニュースケースが力を入れているのは、いかに読者が読みたい記事・読むべき記事を画面に集めるか。キュレーション力がニュースケースの頭脳部分になる。

筆者がベルリンでテクニカル担当役員マレク・スパーク氏に聞いたところによると、情報があふれる一方で自分の興味があることだけしか読まない「フィルター・バブル」(フィルターのかけすぎによる)を避けるため、記事の構成には独自の分析ツールを使う。分析はいくつかの層に分かれている。

(1)「意味の分析」――言葉の意味から判断する、(2) 「機械学習」――データから反復的に学習し、そこに潜むパターンを見つけ出す、(3)「ディープ・ラーニング――大量データの中に潜んでいる複雑なパターンを学習する、例えば同様の嗜好を持ったある人の閲読歴を学習し、読んだことがなくても読みたい記事を探し出す、(4)「人工知能」――人口知能を使っていくつかの層の結果や読者についてのほかの情報を総合的に分析し、「読みたい記事」が並ぶようにしているという。

個人化したニュースを広げるドイツの「Upday」

(「アップデイ」の画面)

 昨年、アクセル・シュプリンガー社が韓国の通信大手サムスン社の協力で立ち上げたニュース・アプリが「Upday」。これも個人の特性に合わせたニュースを配信するサービスだ。最初から縦型のスマホでの利用を前提として9月にベータ版をドイツとポーランドで開始し、今年2月から本格的にリリースした。現在までに100万人の利用者がいるが、「年内には1000万人までにしたい」(編集長マイケル・ウジンスキー氏)と大きな目標を持つ。

スタッフはパリ、ロンドン、ワルシャワ、ベルリンにいる80人。各国にいるそれぞれ6-7人の編集者がネット上でニュースを探し、これはと思う記事について概要をまとめ、「トップニュース」というカテゴリーに送る。読者がこの項目を開けると、選択した記事から新聞社やブログ記事などのサイトに飛ぶことができる。

もう一つの項目が「マイ・ニュース」。これまでに利用者がどのような記事をクリックしたか、どれぐらいの滞在時間をかけたかなどの情報からUpdayのアルゴリズムが読者が読みたいような記事を拾ってくる。これまでに2000を超えるニュース源と協力体制にあるという。

まだ利益は生み出していないが、「読み手の邪魔にならないように、記事と同じ画面ではなく全面広告のみを使うなど工夫している」という。読み手の特性が分かるので、ターゲットを絞った広告により収益を上げることを目標としている。 

動画、そしてメッセージ・アプリへ

先の「世界プレス・トレンズ」によれば、オンライン動画の人気は高まるばかりだ。フェイスブックで動画を楽しむ人は世界中で1日に90億人近くに達し、スナップチャットでは80億人、ユーチューブでは40億人に上る。

16-34歳の若者層の95%近くがオンライン動画を視聴し、55-64歳の中高年層の10人に8人も動画に魅了されているという。

こうしたトレンドの動きに合わせ、欧州各紙も動画コンテンツの充実に力を入れる傾向が続いている。

アクセル・シュプリンガーは2014年に24時間放送のテレビ局N24を買収したが、傘下の高級紙ヴェルトの編集室の一角に本格的なテレビチームを常駐させている。

先に紹介したルモンド・グループでは傘下のメディア媒体毎に特徴ある動画サービスを展開している。ルモンド紙の場合はソーシャルメディアでの拡散を担当する人員を含めて全8人の動画専用チームを置いている。ニュースの動きに合わせて動画を素早く出せるようにしてあり、今年3月時点で1700万の視聴を達成した。前年比で100%の増加だ。

ハフィントン・ポストのフランス語版も傘下にあり、こちらはブログが中心のコミュニティに合わせたトピックを扱いながら、月間900万の視聴を得るようになった。

週刊誌L’obsはソーシャルメディアでの情報の共有を表に出した形にし、スマホ画面の縦型に合わせた動画、バーチャル・リアリティ(VR)動画に加え、動画サイト「ペリスコープ」やフェイスブックのライブ動画配信サービス「フェイスブックライブ」を活用。月間800万の視聴がある。

モバイル機器での動画視聴が増える中で、ジャーナリズム自体も変わる必要があるというのが英BBCでモバイル・ニュースを担当するナタリー・マリナリッチ氏だ。同氏が実体験を通じて分かったこととして挙げるのは「動画の長さは1分から3分が最善」、記者は「視聴者一人に語り掛けるつもりで話す」こと(昨年10月、ハンブルクで開催された「モバイル・サミット」にて)。スタジオあるいは戸外でマイクを持ち、不特定多数の視聴者に向かって話す場合とは大きく異なるという。

スマホで視聴する人は「縦型画面で、一人で見ている」。これを想定した話し方、カメラの移動などが必要になる。記者自身がスマホを使って撮影し、動画を中継する場合は、さらにこの「一人一人に語り掛ける調子」がなじむ。「上から目線」ではそっぽを向かれるという。

視聴が多くなる動画は「瞬時に関心を引く内容であること」が肝心だ。視聴開始から3秒以内に関心を持ってもらわないと見てもらえないという。さらに、動画が「簡潔であること、明快であること、信ぴょう性があること、シェアできるようになっていること」を秘訣として挙げた。

ソーシャルメディアの「次」として注目を浴びているのがメッセージ・アプリだ。ツイッターやタンブラーなどのスタートアップに投資したベンチャー・キャピタリストのフレッド・ウィルソン氏が「これまでのソーシャルメディアの時代は終わった」「メッセージングこそが新しいソーシャルメディアだ」とブログで発言したのは2014年末だった。この年の2月、フェイスブックがWhatsAppを巨額で買収している。

昨年9月時点で、フェイスブック・メッセンジャーとWhatsAppのアクティブ利用者は16億人に達し、フェイスブックのアクティブ利用者の14億9000万人を超えた。

メッセージ・アプリを使うメディアは米バズフィード、ハフィントン・ポスト、ウォールストリート・ジャーナル、CNN,ニューヨーク・タイムズ、英国ではBBCなど、次第に増えている。

BBCは2014年、西アフリカで広まっていたエボラ熱についての医療情報を伝えるため、WhatsAppを利用した。利用者がBBC側が用意したある電話番号を携帯電話(スマホ及びフィーチャーフォン)の連絡先の1つに登録し、「参加する」を選択すると、関連情報が英語とフランス語で1日に3回、流された。この地域で最も使われているメッセージ・アプリがWhatsAppだった。

BBCトラスト(NHKの経営委員会にあたる)のメンバー、トルシャ・バロット氏が作成した「チャットアプリに対するガイド」と題された報告書によると、メディア企業にとっての利点は今現在発生しているコミュニケーション空間の中に入っていけること。利用者が主として携帯電話を使っていることから、デスクトップ向けにコンテンツを作った場合とは異なり、純粋にモバイル向けのコンテンツ作りを学習する機会ともなる。

14年のエボラ熱でのプロジェクトを本格的に開発するため、BBCは翌年、グローバル・ニュースの編集部内に専用の電話番号を設置し、ニュースの利用者から情報を募った。その後の自然災害時の情報収集などに役立てることができた。市民から寄せられた情報の信ぴょう性確認にも、情報には携帯電話の番号が付いてくるため、より早く、確実に行えるようになったという。

目下のところ、メディアの新しいツールとして最も話題に上っているのはいかにVR、あるいは360度画面の映像を効果的に使うか、だろう。

英左派系新聞ガーディアンによる「独房監禁」の映像を初めとして、ニューヨーク・タイムズなど大手がやり出しているが、「まだまだ実験段階」、「キラーコンテンツがない」とも言われている。

VR推進者の中でも第一人者となる、NYCメディアラボのエグゼキュティブ・ディレクター、ジャスティン・ヘンドリクス氏は「2018年がVRの本格的な年になる」(WAN-IFRAのブログ記事、6月6日付)と述べている。


by polimediauk | 2016-09-20 01:17 | 欧州のメディア

(日本新聞協会が発行する月刊誌「新聞研究」8月号に掲載された筆者記事に補足しました。)

デジタルでニュースを読む習慣が一般化する中、紙媒体の発行から得られる収入でジャーナリズムを支えてきた欧州新聞界は経営戦略やニュース編集の現場を変えることで次世代への生き残りを図る努力を続けている。

本稿では変わり続ける欧州メディアの実践例を紹介したい。

統合編集室で社内を刷新

ネットでニュースを読む人が増えたことを背景に、欧州で2006年ごろから採用されるようになったのが「統合編集室」(integrated newsroom)だ。それまで別々だった紙媒体と電子版の編集を統合させた。

米新聞社の統合編集室の事例を基にして一つの典型となったのが中心に丸い輪(ハブ)があり、そこから自転車の車輪のようにスポークが外側に広がる形のレイアウトだ。中央のハブの部分に紙版および電子版のデスク陣が集まって編集会議が開かれる場所になったり、コンテンツを集約する場所になったりする。それぞれのスポークが政治部、社会部、経済部、文化部などになる。ワン・フロアに広がる編集室にはマルチメディアのコンテンツを作るためのミニ・スタジオが設けられていることも多い。 

「電子版=主」となったヴェルト紙

統合編集室からさらに一歩先を行ったドイツの高級紙ヴェルトの例を見てみたい。同紙が特筆に値するのは「デジタル・ファースト」を率先し、編集室のレイアウトを「電子版=主、紙版=従」に大きく変更した点だ。

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(「アイ」の部分、2014年撮影)

ヴェルトでは統合編集室の中央のハブ部分を「アイ」と呼ぶ。

ここにコンテンツを集約させ、どの記事や画像を電子版のどこに入れるかを決定する。スポークは政治、経済、文化、スポーツ、写真、動画、インフォグラフィックスなどの部門になる。編集室の右端にある「アリーナ」と呼ばれる場所で編集会議が開かれる。その隣にあるのが日刊(平日)の紙版制作班だ。その後ろが日曜版の制作班。日刊紙の制作班には全編集スタッフ約120人の中で12人が充てられている(細かいレイアウトは2014年当時のもの。現在までに若干の配置を変えている)。編集部のレイアウト的にもまた人数的にも日刊紙の制作は「全体のほんの一部」となっている。

興味深いのは日刊紙制作班は原則、オリジナルのコンテンツを発注できないという仕組みだ。例えばインフォグラフィックスが必要であれば、デジタルメディアのチームが電子版用に作ったものの中から選ぶようになっているという。「オンライン用に作ったものをプリントに出す」という方針が徹底している。

ヴェルトは2006年から統合編集室を導入したが、紙版を主と考える編集スタッフの意識を変えることは難しかった。ヤンエリック・ピータース編集長(当時)は「考え方を変えるにはワークフローを変える必要がある」として、2012年、電子版=主のレイアウトに変えた。「デジタル化を本格的にやるなら、ストーリーは最初からデジタル用に制作されるべきだ」(ピータース氏)。

編集室が生み出すコンテンツはウェブサイト、紙版のヴェルト平日版、その簡易版ヴェルト・コンパクト、週末版(土曜日)、日曜日版として出力される。

スイスでも統合編集室

スイスの地方紙「24時間新聞」は生き残りのために統合編集室を取り入れた。過去10年で収入が45%下落し、部数は2009年の9万5000部から約6万部に落ち込んだという。収入の90%以上を紙版から得ているにも関わらず、電子版の制作を中心に1日の編集作業を進めている。

ティエリー・マイヤー編集長によると、電子版に力を入れることで以前よりも読者の意見を取り入れるようにしているという(2015年10月、ハンブルクで開催された「出版エキスポ」のセッションでの発言)。どんなトピックが好まれているかを調べるチームを立ち上げ、読者との意見交換会も設ける。フェイスブックも読者の声を拾うスペースの1つだ。マイヤー氏は「電子版の読者は紙版の読者よりも20歳は若い。この層にリーチするよう、力を入れている」という。

意識を変えるのに一苦労

統合編集室への移行は必ずしもスムーズには運ばない。同じセッションの中で、ドイツのミュンヘンを本拠地とする大手紙「南ドイツ新聞」は統合化を行っているが、紙を重視する思考をどう変えるかが大きな課題の1つになっているという。

同紙はリベラルな気風を持つ新聞だが「デスクは保守的」という現実に直面しながら、一人一人のスタッフにどんな業務が期待されているかを説明し、紙版と電子版のスタッフの席を隣同士にするなど、常時情報交換ができるようにした。

記者は紙版および電子版に原稿を書くばかりではなく、動画を制作し、ソーシャルメディアでも情報を発信する必要に迫られる。「仕事量が増えることを懸念するスタッフや、デジタルに慣れない記者を切る人員削減につながると心配するスタッフもいる」(ウォルフガング・クラチ編集長)。「統合化は楽ではない。成功しているという人がいたら疑ってかかることだ」。

今年4月、南ドイツ新聞はパナマにある法律事務所から流出した文書を元に「パナマ文書報道」を主導した。ウェブサイト上ではドイツ語版と英語版を作り、データを駆使した報道を行った。現在も統合過程の悩みは続いているのかもしれないが、デジタルによる情報発信の衝撃度が社内でも改めて実感できた事例となったのではないだろうか。

紙版と電子版を別々にする新聞社も

紙版と電子版の制作をあえて別々にする方針を取る新聞社も少なくない。英国では大衆紙デイリー・メールとその日曜版メール・オン・サンデーを発行するDMGT社が両紙の電子版「メール・オンライン」と紙版の制作を別にしている。電子版は米バズフィードのような口コミで広がりやすい話題とともにスターのゴシップ記事、保守右派の政治姿勢を明確にした編集方針に基づいた記事を掲載し、人気を博している。

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(無料で読める「Vol.at」のサイト)

オーストリア西部の地方紙出版大手ラスメディアも紙版と電子版の制作を別々にしている。ただし、ラスメディアはこの2つを「有料サービス」と「無料サービス」として区分けしている。

無料紙が人気のオーストリアでは公共放送ORFがウェブサイト上でニュースを無料で出していることもあって、新聞社はウェブサイト上のニュースを無料化せざるを得ない状態にある。地方紙のウェブサイトの場合、「有料化はさらに難しい」(ラスメディア社のデジタル幹部)という。

そこで、有料サービスでは同社の主力紙「VRナヒリヒティン」の紙版および電子版(ウェブサイト、タブレット、スマートフォン、電子ペーパー版)を有料購読してもらう形をとる。ウェブサイトでは紙版のレイアウトで出るようになっており、非購読者は1面のみが閲読できる。

無料版は別のアドレスになり、地方ニュースに特化したウェブサイトだ。その日に発生するニュースを中心に内容が刻々と更新される。読者から寄せられた動画や写真、通常新聞には掲載されない特定の地域のスポーツイベントなどもカバーしている。

閲読の分析に力を入れる

電子空間での存在感が問われるようになり、デジタル・ニュースのパフォーマンスをリアルタイムで計測し、分析するツールを使い、状況を映し出す画面を編集内に設置する新聞メディアが増えている。

英ロイタージャーナリズム研究所のレポート「編集分析―ニュースメディアはいかにオーディエンスのデータと測定を開発し、活用しているか」によると、オーディエンス分析が最も進んでいるのは米英のメディアだという。

デジタルニュースのレポート
デジタルニュースのレポート

その1つが英ガーディアン紙だ。2012年から使用しているのが、社内で開発された「オーファン」(Orphan)というツール。ブラウザーに組み込まれ、ガーディアンに勤務する人が自分のメールアドレスとパスワードを入力するとパソコンとモバイル機器から簡単にアクセスできる。

オーファンを使うと記事ごとのページビューに加え、ソーシャルメディアのシェア状況、閲読時間、どのサイトからたどり着きその後どこに行ったのか、どのデバイスでどのブラウザーでどこの国からアクセスしているのかまで分かる。

オーファンを担当するクリス・モラン氏によると、編集室に「データの文化を持ち込む」ことに苦心したという。閲読者の行動を理解し、一人一人の記者及び編集者がどの記事をどのように書くかあるいは出すかの意思決定を助けるようにした。具体的には、チーム担当者が見出しをつけるサブエディターに表現のアドバイスをするなど。担当者とサブエディターの会話はメッセージ・アプリを用いるため瞬時に情報交換ができる。

日々の作業においては見出し、写真、記事の配置、ソーシャルメディアでどのように拡散するか、いつ出版するかなどを常時相談し合う。最も重要なアドバイスは読者が起きている時に出せ、だった。「馬鹿げているように聞こえるかもしれないが、紙版の制作では真夜中の締め切りに向けて作り、出す形だった」(モラン氏)。

オーファンのチームが編集部の制作過程の中に組み込まれていること、「データの文化」が編集室に染み込むことが重要だったという。

日本経済新聞社の傘下に入ったフィナンシャル・タイムズ(FT)紙は昨年、大手広告代理店ハバス・ワールドワイドのコンテンツ統括者だったルネ・キャプラン氏をチームリーダーとする「オーディエンス・エンゲージメント」チームを設置した。

オーディエンス・ファースト

FTは「デジタル・ファースト」を実践してきたが、「オーディンエンス・ファースト」に舵をきっている。

エンゲージメントチームはソーシャルメディア担当者、編集者、エンゲージメント担当者、データ分析家、マーケティング担当者から構成され、編集部の中央部に陣取っている。オーディエンス重視、データ重視の精神が「編集部の他のスタッフを『感染させる』ことを狙っている」(ライオネル・バーバー編集長、昨年11月のロンドン・スクール・オブ・エコノミックスでの講演で)。

キャプラン氏の指導の下に社内で開発したのが「ランタン」と呼ばれるダッシュボード・ツールだ。記者が簡単に画面上に出して、オーディエンスの滞在時間、どれぐらい読まれたか、コメント数などの確認できる。

ヴェルトは記事毎に点数が出る仕組みを開発している。記事のパフォーマンスの計測にはさまざまなやり方があり、記者や編集者レベルでは十分に査定で来ない。これを解決するために作られたもので、ページ・インプレション、滞在時間、動画視聴、ソーシャルでの拡散率などを下に0点から30点までのスコアを出す。毎朝、編集長が記事の点数が入ったメールを編集スタッフに送る。点数とその内容を見てスタッフはどのように改良できるかを考えるという。

読者を捕まえ、サイトへのアクセスを増やし、有料購読者を増やすためにはどうするかと知恵をしぼる新聞界。

読者獲得のための戦いは記者や編集者一人一人のデバイス上で繰り広げられるようになってきた。


by polimediauk | 2016-09-16 22:59 | 欧州のメディア