小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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カテゴリ:放送業界( 162 )

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 (BBCニュースのサイトより)

 BBCが、6月29日、男女の報酬格差に抗議して辞任した元中国編集長の女性キャリー・グレイシー氏に対し、不当に低い報酬の支払いを行っていたことを謝罪した。数年にわたる不足分を支払うという。グレイシー氏は全額を慈善団体「フォーセット・ソサエティ」に寄付する。

 グレイシー氏は今年1月、抗議の辞任をした。その後はロンドンで勤務しながらBBC経営陣との交渉を続けてきたが、今回、両者は和解に至ったことを発表した。

 グレイシー氏は同日、BBCの建物の前で、報酬格差問題を「解決できたことを喜んでいる」と述べた。「私にとって、非常に重要な日。BBCを愛している。過去30年以上、BBCは私の仕事上の家族だった。だからこそ、最高のBBCであってほしい。時として、家族は互いに大声を出し合うこともある。それが収まったら、いつもほっとする」。

 不足分の報酬を全額寄付するのは、交渉がお金のためではなく(男女平等であるべきという)「原則のためだったから」。寄付金は女性ジャーナリストを支援するために使われる予定。

 グレイシー氏は今後半年間の無給休暇を取り、中国や性の平等について本を書いたり、講演に従事したりする。

男性との格差に呆然

 グレイシー氏が抗議の辞任をしたのは、BBCにいる4人の国際版編集長(男性2人、女性2人)の中で、男性陣が女性陣よりも「50%以上高額の」報酬を得ていたことに気づいたためだった。

 同氏が中国編集長に任命されたとき、BBCは北米編集長(男性)と同程度の金額の報酬となることを約束した。これを前提に、グレイシー氏は赴任した。

 ところが、昨年7月、BBCが15万ポンド(約2100万円)以上の高額報酬者のリストを発表した時、自分と同じく女性の欧州編集長の名前は入っていなかったのに、男性2人の国際版編集長の名前は入っていた。当時の自分の報酬(年間13万5000ポンド)よりもはるかに大きな額だった。

 上司と交渉を開始したグレイシー氏に対し、BBCは4万5000ポンドの増額を提示したが、それでも男性陣との報酬に大きな差があったため、グレイシー氏はこれを拒否した。

 今年1月上旬、グレイシー氏は男女の報酬差に抗議するため、中国編集長職を辞任したと自身のブログで発表した。

 同月26日、北米編集長ジョン・ソーペル氏も含め、6人の男性高額報酬者が減額に合意した。

 31日、下院の委員会が男女の報酬格差問題についての公聴会を開いた。

 証言者となったグレイシー氏は、ここで過去の屈辱的な体験を披露する。自分の報酬が同等の仕事をする男性と比較してはるかに低い理由について、上司はグレイシー氏に対し「あなたは開発途中だから」と言ったという。30年以上BBCに勤務し、中国にかかわる報道を統轄するグレイシー氏を「開発途中」というのは、侮辱にほかならなかった。

 性による格差に抗議して職を辞任したグレイシー氏。しかし、格差に不満を持つのは彼女ばかりではない。

 BBCラジオ(「ラジオ4」)の朝のニュース解説番組「トゥデー」で司会者の一人だったセイラ・モンタギュー氏も、同番組の男性司会者の報酬がはるかに高いことに大きな衝撃を受けた。

 現在は「トゥデー」を辞め、午後のニュース番組「ワールド・アット・ワン」で司会役として働きながら、交渉を行っている。

 グレイシー氏からの寄付額は、性別による賃金格差に悩む女性を対象に支援を提供するプログラムに使われ、年内にも稼働予定だ。

 BBCのメディア編集長は「BBCとしては、これで報酬格差問題はいったん終わったと線を引きたいだろう」が、今後、同様に男性と同等の報酬を求める女性が続くことが予想され、これをどうするかが課題となりそうだという(BBCニュース、6月29日付)。

 ちなみに、英国家統計局(ONS)によると、英国全体の男女の賃金格差は昨年時点で18・4%(女性の賃金が男性の賃金よりも18・4%低い)。BBCは、内部調査でその差は9~10%としている。

 経済協力開発機構(OECD)の調べでは、男女の賃金格差が最も大きな国は韓国(約37%、2015年時点)で、これに日本(約26%)が続く。


by polimediauk | 2018-07-12 20:45 | 放送業界

ガーディアン紙(1月15日付)とサン紙(1月19日付)

 (日本新聞協会が発行する月刊誌「新聞研究」の「世界メディア事情」3月号に掲載された、筆者記事に補足しました。)

 英リベラル系高級紙「ガーディアン」とその日曜版にあたる「オブザーバー」が今年1月、経費削減のため、縦に細長いベルリナー判から小型タブロイド判に移行した。字体を含めて紙面及びウェブサイトのデザインも刷新した。

 日本同様、英国の新聞も紙版の発行部数が長期にわたり減少傾向にあるが、小型化、デザイン刷新は果たして部数増加に貢献するのだろうか。

 小型化の背景や英メディア界の評価を紹介してみたい。

印刷費用を削減するためタブロイド化

 両紙を発行するガーディアン・ニュース&メディア社(GNM)は、来年4月までに財政を健全化させる3か年計画を実行している。今回のタブロイド化はその一環だ。

 2005年から導入されたベルリナー判での発行には専用の印刷機が必要だったが、タブロイド判であれば他の新聞社の既存の印刷機を使うことができる。

 そこで、全国紙「デイリー・ミラー」や地方紙など約260の新聞を発行するトリニティー・ミラー社がガーディアン(1月15日付から)とオブザーバー(同月21日付から)を印刷・発行するようになった。

 

 小型タブロイド化で「数百万ポンドを節約でき、ガーディアンの長期的将来を確固としたものにする」(プレスリリース)という。

経営状態は?

 ガーディアンとオブザーバーの経営状態を見てみよう。

 昨年4月決算によると、GNMを中核ビジネスとするガーディアン・メディア・グループ(GMG)の収入は前年比2・4%増の2億1450万ポンド(約335億円)、電子版からの収入は9410万ポンド(前年比14・9%増)、営業損失は3800万ポンド(同33%減)となった。

 電子版の収入増の要因は、購読料とは別に設定される会員費(購読者と合わせると、決算時で約40万人)、モバイル版アプリからの収入、読者からの寄付金など。損失の削減は従業員を1860人から1563人と大幅に減少し、費用を削減したことによる。

 

 3か年計画の柱は「新たな収入源の確保」「オーディエンスとより深い関係を作る」「経費を20%削減する」の3つ。GMGのデービッド・ペムセルCEOによると、今年4月までに営業損失を3800万ポンドから2500万ポンドに減少させ、翌年までに解消する見込みだ。

英メディア界の反応は

 ガーディアンはどのように変わったのか?

 小型化以外には、題字を変え、見出しには新規の字体「ガーディアン・ヘッドライン」を導入。「真剣で、信頼できるジャーナリズム」を提供する「質の高い、グローバルなニュース・ブランド」にふさわしい紙面づくりを目指した。

 英メディア界の評価を見てみよう。

 大衆紙サンは「タブロイド判ガーディアンより安い」という表現を1面の題字の上に記載した(1月16日付)。社説では「(ガーディアンは)他では読めない、大きなスクープを載せたらどうか。(高級紙は)そんなことは聞いたこともないだろうが、そうすれば1部か2部でも売れるだろう」と皮肉たっぷりだ。

 左派系高級紙「インディペンデント」の元編集長で現在はBBCのメディア記者アモル・ラジャン氏は、全体的に「魅力的」なデザインであると評価した。

 しかし、1面の題字を2段組にしたことで「最も弱い面」になった、と指摘もした(BBCニュース、1月16日付)。一段組だった「The Guardian」という題字が「The」が上段に、「Guardian」がその下に来る形となったからだ。これによって紙面の縦の間隔が狭くなり、保守系高級紙で同じサイズのタイムズ紙の1面と比べて中面に何があるかを示す情報も少ないという。

 新しい字体と、見開き両面を使って鮮烈な写真を掲載する「アイウイットネス(目撃)」、長文記事が冊子として組み込まれた「ジャーナル」、スポーツのドラマを再現する写真や記事の配置については称賛した。

 紙面刷新の目的が「コスト削減」、「編集長が自分はこれをやったということを示すため」、「デジタル化が進む中、印刷媒体の意義を読者に認めてもらえるかどうか」だったとすれば、もし最初の目的を果たし、黒字化に成功すれば、ガーディアン編集長キャサリン・バイナーとGMGのペムセルCEOは「歴史に名を残すだろう」(ラジャン氏)。

 筆者は新装初日の1月15日にガーディアンを入手し、大きな期待を持って紙面を開いた。全体としては、タイムズの紙面によく似ている印象を持った。

 ガーディアン(1月15日付)とサン(1月19日付)の1面を、この記事の冒頭に入れてみたが、直ぐに目が引き付けられたのはサンの方だ。ウィリアム王子の新しい髪型が180ポンドの高額であったことをユーモアを交えて報道している。

 一方、ガーディアンの方は、内部告発サイト「ウィキリークス」に米軍の機密情報を流したチェルシー・マニング氏の画像を載せている。

 マニング氏は長期の受刑を課せられていたが、昨年1月に恩赦を与えられ、5月からは一般市民の一人として生活している。 

 今回、サンの1面のようなパンチ力が、ガーディアンにはないように感じた。ただし、大衆紙のように「強く叫ぶ」スタイルを取らないのが、ガーディアンやタイムズなどの高級紙の特徴ではあるのだが。

紙は下落傾向、電子版はトップクラス

 英ABCの調査によれば、昨年12月時点でガーディアンの紙の発行部数は約15万部(前年比5・88%減、前月比3・32%増)、オブザーバーは約17万5000部(前年比3・7%増、前月比0.27%減)。

 一方、ウェブサイト(ガーディアンとオブザーバーは1つのサイトにある)の月間ユニークブラウザーは1億4000万を超え、英国ではトップクラスだ。寄付金、会員費、購読料など何らかの形で資金を提供する人は、年末時点で80万人を超えた。

 電子版で記事を読む人が圧倒的に多く、購読料とは別に会費あるいは寄附金を払う人も相当数いることから、両紙の将来はデジタルにあると見るのが妥当だろう。

 紙の新聞の印刷・発送を他の新聞社に委ねて身軽になったGMG社が、2016年3月に完全電子化したインディペンデントに続く決断をする、つまりガーディアンとオブザーバーを完全電子化する日はそれほど遠くないのではないか。

 


by polimediauk | 2018-04-06 16:55 | 放送業界
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(BBCの年次報告書を掲載するウェブサイト)

 「新聞協会報」(2月14日号)に掲載された筆者コラム「英国メディア展望」に補足しました。

英BBCが新体制に

 英国放送協会(BBC)が4月から、新たな「王立憲章」(ロイヤル・チャーター)の下で活動を始める。BBCはその存立と業務を規定する王立憲章と、BBCと担当大臣との間で交わされる「合意書」(王立憲章で規定された目的に沿って具体的な内容、サービスを詳細に記す)によって運営されている。後者は随時更新されるのに対し、王立憲章はほぼ10年毎に更新されてきた。

 新体制の特徴を見てみたい。

有料契約制、導入せず

 最新の年次報告書(2015-16年)によると、従業員数は1万8920人。英国の成人の96%がBBCのテレビ、ラジオ、オンラインのコンテンツのいずれかに毎週接している。

 主な収入は視聴家庭から徴収するテレビ・ライセンス料(NHKの受信料に相当、以下「受信料」)で、37億4280万ポンド(約5234億円)。これで国内の活動をまかなう。このほかに商業活動(出版、販売など)や交付金などの収入が10億8420万ポンド。合計で48億2700万ポンドに上る。民放最大手ITVの年間収入の約2倍だ。

 近年は、王立憲章更新に向けて活動範囲をできる限り拡大させたいBBCと巨大化への動きを阻止しようとする政治家やライバルメディアとの間で、活発な議論が繰り広げられた。

 争点の一つは受信料制度を存続するかどうかだった。全視聴家庭から徴収する受信料制度を廃止し、視聴したい人が有料契約(サブスクリプション)を結ぶ制度の導入をBBCは迫られた。もし有料契約制度になれば、BBCの収入は大きく減少すると見られている。

 しかし、政府との正式な交渉が始まる前に、BBCは政府と「手打ち」をする。75歳以上の視聴者がいる家庭は受信料の支払いが免除されるが、これまではこの分を政府が税金で負担していた。BBCは免除分を2020年度から全額負担することと引き換えに受信料制度の存続を政府との間で合意した。「正当な手続きを踏まなかった」と大きく批判されたが、いかにBBCにとって受信料維持が重要だったかを物語る。

 今回から王立憲章の有効期間が通常の10年ではなく11年となったことも新しい。英国では5年ごとに下院選挙が行われているが、王立憲章継続の議論が政治に左右されることを防ぐためだ。これに準じて受信料制度も11年間は変更しない。これまで凍結状態だった受信料は2021年度まではインフレ率とともに上がるため、経営陣にとっては朗報だ。

 ただし、動画をネットで視聴する人が増え、オンデマンドの動画サービスで有料契約制を採る米ネットフリックスが大人気だ。BBCのライセンス料制度は未来永劫には続かないだろう。

 大きな動きとしては、NHKの経営委員会にあたる「BBCトラスト」の廃止がある。トラストは新たなサービス導入の是非、経営陣のパフォーマンス、編集上の問題の最終処理に助言を行ってきた。人気テレビ司会者(故人)の性的虐待を追及する番組を取りやめたこと、関連調査報道番組での誤報、巨額を投じたデジタルプロジェクトの失敗が廃止決定につながった。

理事会に最終責任
 
 新たに発足するのが「BBC理事会」で、BBCの戦略、活動、番組制作に最終的な責任を持つ。14人体制で、理事長はイングランド中央銀行のクレメンティ元副総裁だ。4月3日から稼働予定で、クレメンティ氏は「特定の政党に所属する人物はメンバーに入れない」という。

 BBCトラストが担当してきた規制・監督もBBCの外に出る。これまでは、BBC以外の放送メディアは放送通信庁「オフコム」の規制・監督下にあった。今後はBBCもオフコムの管理下に入る。公益目的での番組制作・放送というBBCのミッションから逸脱するようなことがあれば、オフコムは制裁を科す権限を持つ。BBCには外からの風が大きく吹くことになりそうだ。

 BBCまた、4月以降、国際放送「BBCワールドサービス」で、朝鮮語を含む11言語による放送を新たに始め、インドや中東、ロシアを含む旧ソ連圏向けサービスを強化する。

 ワールドサービス放送は過去、政府の交付金で運営されていたが、緊縮財政により廃止され、14年度からBBCが受信料収入で負担している。2015年11月、政府が「安全保障における大綱」を発表し、BBCに対し16年度から政府資金を投入すると発表したことで事業拡大の道が開けた。19年度までの4年間で政府投入総額は2億8900万ポンド。ワールドサービスを含むBBCの国際発信メディアの利用者は世界で約3億人に上る。



by polimediauk | 2017-02-23 19:39 | 放送業界
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 ベルリンで開催された、テレビニュースの国際会議「News Xchange(ニュース・エクスチェンジ)」2日目(10月29日)に登壇したのが、米ニューヨーク・タイムズ(NYT)のアダム・エリック記者だ(ツイッター:@aellick)。

 NYTは昨年、デジタル戦略をまとめた「イノベーション・リポート」で内外のメディア関係者の度肝を抜いた。もともとは内部用資料だったが、一部がリークされ、多くの人が知るところとなった。
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 メディア関係者が驚いた理由は、NYTは既存メディアとしてはデジタル戦略に積極的で、先駆的な新聞として知られており、リポートはいかに同紙がデジタル化への体制転換に苦しんでいるかを暴露したからだ。新興サイトをライバル視していることも分かった。

 エリック記者がニュース・エクスチェンジにやってきたのは、イノベーション・リポートの後で、NYTがどう変わったか、今はどんな状況かを話すためだった。エリック記者はリポートの執筆者の一人である。

「モバイルからのアクセスは60%」

 記者は長年、外国での報道を中心にやってきたという。2012年にイスラム過激派武装勢力に銃撃されながら一命をとりとめた、マララ・ユスフザイさん(パキスタン出身、現在英国在住)。事件発生前の2009年、エリック記者はマララさんの家を訪ね、マララさんと父をインタビュー取材した。(この点について、記者は会場からの質問を後で受けた。「あなたがマララさんの名前を広げたことで、ターゲットになったのではないか。記者としての責任をどう考えるか」と。エリック記者は「そうは思わない。ほかにもたくさんターゲットになっている人はいて、当時、学校に通う子供たちは完全な対象外だった。取材によって危険が増したとは思わない」と答えている。マララさんは2009年、11歳の時に武装勢力タリバンの支配下でおびえる生活を続ける人々の惨状をBBCに訴えていた。)

 エリック記者によると、リポートはNYT自身の中を調査し、核となる部分を変えるのが目的だった。「デジタル・ファースト文化をいかに作ってゆくか」。

 現在、NYTのサイトへのアクセスは「60%がモバイル機器による。その半分はモバイル・オンリーだ」。次世代は「すべてがモバイルからになる。紙かネットかの選択肢ではもはやない。モバイル・デスラプション(モバイル機器の普及による既存の仕組みの破壊)が起きている」。

 デジタル・デスラプションが発生する現在、NYTの課題は「いかにデジタル読者を増やせるか。困難だが、挑戦しがいのある課題だ。デジタルツールを利用すれば、インフォグラフィックスが作れるばかりか、新たな物語の語り方ができる」。

350人に取材

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 NYTの将来図を作るために、リポートの執筆チームはメディア企業、テック企業50社の350人に取材した。そこで分かったのは、デジタル・デスラプションが起きる現在、つまりは、紙の新聞の部数が減る一方で電子版からの収入が十分に伸びていないという状況を「どの社も解決できていないこと」だった。

 しかし、前向きな動きの兆候も見つかった。米バイラルサイト「バズフィード」はソーシャルメディアを完全にものにしている。英フィナンシャル・タイムズは電子版読者を増やし、紙版の読者を上回るようになった。英ガーディアンは、購読者とは別に、「会員制」を導入。会員として一定金額を払えばガーディアンが主催するイベントに出席するなど特典があり、そうすることで、ガーディアンを中心としたコミュニティーを作っている。

 「NYTの場合は、電子版の購読者100万人を持ち、これだけで収入は2億ドルに上る。こうした数字に支えられ、いわゆる『釣り記事』を出さなくてもよい状況となっている」という。(補足:NYTの紙版の発行部数は約62万5000部)。

 それでも、「質の高いジャーナリズムを発信するだけでは十分ではない」。それは、オーディエンス(読者)を開拓する必要があるからだ。

記事を出した後に仕事が始まる

 エリック記者によると、原稿を書き、記事がウェブサイトに掲載された後に「仕事が始まる」という。せっかく書いた記事を読者に届けるまでの仕事、つまり「オーディエンスに届けること」が重要という。例えばソーシャルメディアを通じて情報を発信する、データを分析していつどのような形で発信すればいいのかを決めてゆく、など。

 ここで私は、ふと、日本のテレビ局のことを連想した。日本でも、定額制の動画配信サービスが徐々に出てきている。しかし、テレビ雑誌やネットで情報を追っていると、「テレビ用に番組を制作する。これをテレビで一定の時間に流す。後は視聴者が来るのを待つ」という姿勢を感じる。つまり、なぜ、いまだに「テレビがあらかじめ決めた時間に流す」ことを最優先しているのだろうか、と。

 視聴者がテレビの前に座ってくれないからと言って、「テレビ離れ」として騒いではいないだろうか?実は、視聴者は忙しい。ほかにもやりたいことがたくさんある。だから、人がいるところにコンテンツを運ばなければ意味がない。人がテレビに合わせるのではなく、テレビ側が人に合わせるべきではないのかー?

 英国で、無料でテレビ番組のオンデマンドサービスを利用していると、日本の様子が非常に不満に思える。

 NTYの話に戻ろう。

 エリック記者によれば、紙の新聞を読者の自宅まで配達したように、デジタル時代の今、オーディエンスにニュースを届けることが必要だという。

 NYTではこれまでにも、オーディエンスを探し、ニュースを届けるために様々な努力をしてきたが、これを「新しくするべきだ」という。具体的には、ソーシャルメディアのエディター、データ分析のエンジニア、デベロパーなどを雇用するよう勧めている――実際に、NYTではもうそうなっている。

動画を世界的に配信するには?

 エリック記者が制作した動画の1つ(2014年)が、「イスラム国」(IS)による殺害を免れた一人の青年の物語。イラクのチクリート近辺に待機していたイラク軍の新兵たちが殺害された時、この青年は運よく生き延びることができた。

 いかに生き残ったかをとつとつとカメラに向かって話す青年の動画を、NYTは英語の字幕付きでサイト上に掲載。これを各国のソーシャルメディアで大きな影響力を持つ人にアピールすることで、世界中から視聴者を得た。

 NYTの調べでは、この動画を見た人の大部分がNYTのホームページではなくてほかのさまざまなサイトを通じて発見し、視聴していた。

 デジタル・ファーストの文化を作るため、3つの方針を作った。1つは「編集室に戦略チームを設ける」、「デジタルスタッフを雇用する」、「編集部門と営業・販売部門と協力を深める」。

 編集部では「デジアルメディアのスタッフをこれまでは紙を中心に作ってきたスタッフの隣にすらわせた」。調査報道のチームと同様に重要なのが「デジタルチームだ」。

 「ページビューよりも、読者をどれだけエンゲージさせたかが重要だ」。このために、データの分析(アナリティクス)が大きな要となる。どこからオーディエンスがやってきて、どれぐらい滞在し、どの記事を読んだのかー。どれぐらエンゲージさせたのか。

 ほかのメディア企業へのアドバイスは5つある。

(1)デジタルスタッフの雇用に力を入れること

(2)編集室にアナリティクスのチームを作ること

(3)編集室にオーディエンス用チームを作ること

(4)編集室に戦略チームを作ること

(5)編集室と商業部門(販売・営業)との関係を円滑にすること

 動画を世界各国に向けて拡散させるNYT。世界を相手にするからには、NYTの記者自身が世界中に飛び、各地から報道をすることも重要だという。

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 エリック記者は世界地図をスクリーンに出した。そのほとんどが水色だ。水色はNYTの記者が今年、現地から原稿を送った場所を指す。1年間で、スタッフが飛行機に乗ったのは「4500回」だという。訪れた国は150か国に上った。記事の信憑性・信頼性がこれまでに以上に鍵を握るようになった。実際に記者が現地に飛んで、生の情報を伝えることの価値がますます高まる。

 オーディエンスの開発、デジタルファーストになったメディアの物語の描き方(記事を1つの物語と見る)の多彩さ、そして、「世界を見る視点」が印象深いセッションだった。

 あるメディアが国際語である英語を使っているからと言って、自動的に「国際的メディア」になれるわけではない。編集スタッフが実際にあらゆる場所に足を運び、地元の事情を知ることで世界各地から記事を配信し、世界中の多くの人の目につくようなやり方で情報を出していくことで、国際的なメディアというブランドを次第につくってゆくのであることも、実感した。

 最後に、エリック記者が継続するイノベーションの1つの具体例として出したのが、アップルウオッチへのニュース配信だ。「ほんの1行で作るニュース記事の作成は難しい。頭を悩ませた」。

 身に着けるウオッチに送るニュースの文章は、よりパーソナルなものになるだろうから、通常の記事よりは「ややくだけた文章スタイルがいいようだ」。ウオッチを使って、写真をNYTに送ってくる読者もいるという。

 ある読者の感想がエリック記者の心をとらえた。「ある人がこう言ってくれた。NYTは『自分が読みたかっただろう記事を配信してくれる』、と。一人一人の読者が読みたいような記事を、メディアが予測することを期待されている。これが未来の1つの道であるかもしれない」。
by polimediauk | 2015-11-15 08:02 | 放送業界
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(「ニュース・エクスチェンジ」のオープニング。筆者撮影)

 秋になると、欧州では様々なメディア会議が開かれる。

 世界新聞・ニュース発行者協会(WAN-IFRA)による「世界出版エキスポ」(今年は10月上旬、独ハンブルグ)、フランクフルト・ブックフェア(10月中旬)、アイルランド・ダブリンではスタートアップの巨大サミット、「ウェブ・サミット」(11月上旬)-続々とある。

 しかし、近年、秋になると筆者が最も知的刺激を受けるメディア会議の1つが、テレビニュースの国際会議「News Xchange(ニュース・エクスチェンジ)」だ。今年はベルリンで10月28日と29日が本会議、30日にワークショップが開催された。

 主催は欧州放送連合=EBU=傘下にある組織ユーロビジョンだ。もともとは欧州域内の放送局の集まりだったが、「それだけでは面白くない」ということで、世界のほかの地域の放送局からも人を呼ぶようになった。

 参加者は欧米、中東、アジア諸国の大手放送局の制作者、編集者、学者、ジャーナリストなど約500人。

 テレビニュースの国際会議ではあるのだが、ネットニュースやテック企業、新聞社も巻き込んで、「ニュースの報道はどうあるべきか」について現場を知る者同士が議論をする場所になっている。ニュース好きにとってはたまらなく面白い会議だ。テレビ局がそれぞれのセッションを制作するため、見せ方にも工夫がある。その日のセッションが終われば、パーティータイムで盛り上がる。

 今年の会議の様子は「GALAC 1月号」(放送批評懇談会)や「メディア展望 12月号」(新聞通信調査会)に書いているが、1つか2つの記事で終わらせるにはもったいないほど、中身が濃い。
 
 そこで、興味深いトピックをいくつか、紹介してゆきたいと思う。

シャルリ・エブド事件の現場動画をどこまで出すか

 今年1月7日、パリで発生した風刺雑誌「シャルリ・エブド」での射殺事件は、世界中の注目を集めた。編集会議に出ていた風刺画家ら12が、アルジェリア系フランス人男性二人に襲撃を受け、命を落とした。

 実行犯の兄弟は襲撃後、パトロール中だった警官に銃を放っている(警官は死亡)。この時の模様を市民が撮影した動画を含め、生々しい映像がメディアを通じて拡散された。

 2日後にはパリ東部のユダヤ系スーパーで、別の襲撃犯が人質を取って籠城する事件が発生した。特殊部隊が突入する前に、4人の人質が殺害された。(この襲撃犯は8日、パリ南部で女性警官を一人射殺していた。)

 実行犯―兄弟と別の襲撃犯一人―は全員、捜査当局によって殺害された。

 シャルリ・エブド事件、女性警官殺害事件、スーパーでの人質事件を通して、計17人が実行犯3人の手によって、亡くなった。

 何をどこまでいつ出すか、24時間のテレビニュースの制作者は頭を悩ませた。28日午後のセッションではシャルリ・エブド事件について、英スカイニュースのヘイゼル・ベイカー、米CNNのトミー・エバンズ、フランスのデジタルテレビ局「iTele」のルカ・マンジェが壇上に上がった。

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(左から、マンジェ、エバンズ、ベーカー。News Xchange flickr photo)

 マンジェが事件を発生を知ったのは目撃者の一人となった友人からの電話だった。「銃声が聞こえた」と言われ、すぐに制作スタッフを現場に送った。「情報が真実かどうか、確かめる暇はなかった」。

 フェイスブック上に、ある男性が警官が撃たれた動画をアップロードしていることに気付いた。男性と連絡を取り、動画を静止画の形で放送した。

 スカイニュースのベイカーはフェイスブック上に関連動画がアップロードされていることを知り、放送に使うかどうかをデスクに相談。放送内で使ったのは発見から約30分後だった。

 CNNも慎重だった。エバンズによれば、局内の弁護士と相談し、スカイニュースやロイター通信など、ほかのメディアが使っていることを確認してから、自局でも放送した。

 マンジェによると、警官が撃たれた様子を撮影した男性はのちに動画を削除したという。

 ベイカーは市民がアップロードした生の画像は、今回の事件では「非常に大きなニュース価値がある」。事件が刻々と変化し、「ソーシャルメディアで情報が伝わってゆく」。

 iTeleのマンジェは、後で振り返ると、反省事項がいくつもあるという。一つには、「死者の名前を出すのが早すぎたー放送当時、全員が亡くなっていたわけではなかったから」。改めて、どのようにいつ出すのかについての基準を決めることが重要と思ったという。

 また、ユダヤ系スーパーでの人質事件では、自局も含め、メディア側が事態の推移を刻一刻と報道。これが捜査の邪魔になったというのが今は定説となっている。

みんなが「シャルリ・エブドと共に」ではなかった

 襲撃事件発生後、ソーシャルメディア上で急速に広がったのが、「私はシャルリ」という言葉が入った画像や、ハッシュタグ「#jesuischarlie」。

 ニュースメディアは「私はシャルリ」の画像を報道時に頻繁に使ったが、「その意味をあまり考えずに、使っていたところが多かったのではないか」とエバンズは言う。

 「『私はシャルリ』を意味するハッシュタグは、シャルリの側に賛同する、という1つの政治的姿勢を意味する場合がある」。そこで、CNNではどのようにするか、編集部内でよく話し合ったという。議論をし、局のガイドラインと照らし合わせることで、扱いを決めていったという。(会場内から、「CNNはガイドラインがないと動けないのか?規則にがんじがらめではないのか?」と聞かれ、エバンズが苦笑する場面もあった。)

 iTeleのマンジェは、局で働くジャーナリストの感情と報道姿勢との境界線を明確に引くために、「jesuischarlie」と書かれたバッジをジャーナリストが付けていた場合、放送の前には外すよう指示した。

 しかし、「世界中が『私はシャルリ』ではないことを気付くのに、時間がかかった」という。事件発生から数日後、学校で一連の事件の犠牲者のために黙とうする時間が設けられた。このとき、「黙とうをしたくない」という生徒がいたことを知って、「幅広い意見があることを実感した」という。

 事件後、初めてのシャルリ・エブドの表紙にはイスラム教の預言者ムハンマドのイラストが出た。ムハンマドの描写事態を冒とくとするイスラム教の教えがあることから、各メディアは表紙を出すかどうかで悩んだ。

 スカイテレビのベイカーは「見せないことにした」。CNNでも同様だった。

 フランスでは「出さないわけにはいかなかった」とマンジェ。ただし、1,2回、画像を短い時間出しただけだった。

 マンジェは、さまざまな不備な点、後悔する点がシャルリ・エブド報道にあったことを認める。「しかし、事件発生から24時間、記者たちが編集室で泣いていた。大きなショック状態で、ほかのことを考える余裕がなかった」とも述べた。

 (次回はニューヨークタイムズの記者によるレポートを紹介します。)
by polimediauk | 2015-11-12 18:39 | 放送業界
 (TBSメディア総合研究所が発行する「調査情報」1月号の筆者原稿に補足しました。)

 日本でも、公共放送NHKばかりか大手民放による見逃し番組視聴サービスが近頃、本格化の兆しを見せている。

 英国では、2007年末頃から各局が競うようにオンデマンド・サービスに乗り出した。主要放送局のこうしたサービスはほとんどが無料で提供されており、ネットを使える状態にある人に広く開かれた視聴方法の1つとなっている。

 本稿では、英国放送協会(BBC)が提供するオンデマンド・サービス「BBC iPlayer(アイプレイヤー)」を中心に、テレビコンテンツのネット視聴の現状を紹介した後、昨年の英テレビ界のいくつかの動きに注目したい。

「公共のための放送」という強い概念

 改めて、英国の放送業界の仕組みを若干説明しよう。回り道のようだが、オンデマンド・サービスの普及に深く関係してくるからだ。

 1920年代前半創業のBBCが英国の最初の放送局であったことは良く知られているが、このとき、BBCを公共放送としたことが後々まで英国の放送業に影響を及ぼした。「放送=公益のため」という大前提ができたのである。現在は4大主要放送局(BBCのほかには民放ITV,チャンネル4、チャンネル5)がすべて「Public Service Broadcasting (PSB=公共サービス放送)」の枠に入る。

 視聴者が選択しやすいチャンネルの番号(例えばITVは「3」、チャンネル4は「4」、チャンネル5は「5」)を利用できる代わりに、番組ジャンルの規定、ニュース報道での不偏性、外部制作の比率など、さまざまな規制をかけられている。広告収入で運営されている、いわゆる商業放送であってもPSBの1つになるのが英国の放送業の特色だろう。

 「規制」の監督組織は通称「オフコム」(Office of Communications、情報通信庁)である。ネット時代の新たな通信法によって成立したオフコムが規制・監督の対象とするのは通信インフラ、ネット、放送、郵便だ。放送局もBTなどの回線業者も、ネット企業もすべて同じ傘の中に入る。「放送と通信の融合」を如実に示すのがこのオフコム体制だ。

ネットに近付いていった放送業


 放送業がネット上にもいわば「店を出す」動きを最も明確に実行したのがBBCだろう。

 新聞界が自社のウェブサイトを作り出すのが1990年代の半ばだが、BBCはこの頃、インターネットへの進出を局の方針として掲げるようになった。具体的には、1990年代末からニュースサイトの設置・拡充に取り組んだ。分かりやすい英語で書かれ、動画がついたBBCのニュースサイトは世界中からアクセスされ、英国の大手紙のウェブサイトをニュースの掲載スピードや量、質の面でしのぐレベルに成長してゆく。

 2004年、BBCの経営陣トップに就任したマーク・トンプソン会長が進めたのが、視聴者一人ひとりが好きなときに好きな番組を視聴できる「アイプレイヤー」オンデマンド・サービスの開始だった。

 当時、将来、テレビはどうなるのか、ネットに食われてしまうのかなど、テレビの未来について様々な議論が発生していた。インターネット時代、視聴者は情報にいつでもアクセスできる。「いつでも、どこでも、好きなときに」-ネットの特色を織り込んだ、新たなテレビ視聴の方法としてオンデマンド・サービスが捉えられた。

 2005年、動画投稿サイト「ユーチューブ」が登場した。各局はユーチューブやネット専業動画サービスの存在を意識せざるを得なくなった。

 プロトタイプのアイプレイヤーが試験的に出たのが2005年秋である。その後、改良を重ねているうちに、2006年末、チャンネル4が「フォー・オンデマンド」サービスを開始。BBCは遅れて2007年12月のクリスマスシーズンにアイプレイヤーを本格展開した。これを機に、英国のテレビ局のオンデマンド・サービスが一気に広がった。

 前後して、ITVも何度か改良を加えながら同様の「ITVプレイヤー」を、チャンネル5も見逃し視聴サービス「デマンド・ファイブ」を開始した。主要テレビ局のオンデマンド・サービスが出揃った。日本で言うと、東京の主要キー局全てがオンデマンドを提供している状態である。

 この数局のほかに、「ペイテレビ(有料契約のテレビ)としてほぼ市場を独占しているのが衛星放送のBスカイBがオンデマンド・サービス「スカイ・ゴー」を提供する。主要テレビ局のサービスは無料だが、スカイの場合はBスカイBとの契約が必要となる。

オンデマンドの中身とは

 当初、テレビ局が提供したのは見逃し番組の再視聴サービスで、これは過去一週間に放送した番組(すべてではないが主要な番組はほぼカバーされている)を次週まで繰り返し視聴できるものだった。

 しかし、現在までに視聴期間が延長され、どの主要局も過去30日以内(利用プラットフォームによって7日間の場合もある)に放送された番組の再視聴サービスを提供している。オフラインでも視聴できるよう、番組をダウンロードできるようにしている局もあるほか、BBCの場合はラジオも含み、番組によっては半永久的に再視聴できるようになっている。

 プラットフォームやテレビの種類によって利用手順が若干変わるのだが、ここでは筆者が加入しているケーブル・サービス「バージン・メディア」でのBBCアイプレイヤーの利用を紹介してみる。

 テレビをつけると、番組を映し出す画面の右上に赤い丸印(「レッドボタン」)が出る。リモコン上の赤いボタンを押すと、BBCアイプレイヤー・サービスの画面に変わる。ドラマ、コメディー、事実(ファクチュアル)、スポーツ、ニュースなどのジャンルを選択できるようになっている。どれかを選択し、見たい番組を選ぶ。リモコンで番組を指定すると、数秒後に動画が開始される。ジャンル別のほかに番組のタイトルでも選べるようになっている。

 さらに、バージン・メディアの場合は「ホーム」と題されたチャンネルをリモコンで選ぶと、過去1週間の主要チャンネルの番組が曜日別に並ぶ(既に放送が済んだ当日分も含む)ので、見たい番組を探して選択する。

 BBCで対象となる番組は4つのチャンネル(BBC1、2、3、4)用に制作されたもので、ITVも複数のチャンネル(1、2、3、4など),チャンネル4も同様だ。

 デスクトップPCで利用する場合は、BBCアイプレイヤーのサイトに行って、番組を選ぶ。スマートフォンやタブレットの場合はアプリをインストールした後に、ウェブサイトやテレビで番組を選択したように選び取る。一部のゲーム機器でも視聴できる。PCや携帯機器の場合、「お気に入り」を登録もできる。

 オンデマンド・サービスの対象は、かつては既に放送した番組のみであったが、現在までに放送と同時に、PCやモバイル機器の画面からリアルタイムでも数々の番組を視聴できるようになっている。つまり、テレビは通常リアルタイムでの番組放送となるが、これがPCやモバイル機器でも同様にリアルタイム視聴できるようになった。

 テレビで通常リアルタイムで放送される番組は、同時にほかのデバイスでも見られるし、後からでも見られる、かつ、オフラインでもダウンロードした場合に視聴できる状況になっている。

 そして、ネットの接続料やモバイル機器の購買代金などがかかるといえばかかるけれども、一旦ネットがある環境にいれば、主要テレビ局の番組のもろもろのオンデマンド放送は原則、無料で見られる(有料契約者用のスカイテレビは、ネット専業のナウ・テレビと提携し、番組を販売する形で非契約者にもオンデマンドサービスを提供している)。

 さらに、ITV、チャンネル4、チャンネル5にはリアルタイムでの放送から1時間後、あるいは2時間後に同じ番組を再放送するための特別なチャンネル(タイムシフト・チャンネル)も存在し、例えば帰宅時間が遅くなった場合でも少し待てば、好きな番組を最初から視聴できる環境がある。

 視聴者側からすれば、「いつでもどこでも、見たいときに見たい番組を視聴」できるーしかも、原則無料という世界が出現している。

 このような状況が実現した背景として、国内最大手BBCの影響力は大きい。

 視聴家庭から徴収するテレビ・ライセンス料で国内の活動の原資を作っているBBCからすれば、一旦放送したものを再度放送することで追加の料金を取ることは正当化できない。民放だが視聴者の奪い合いという点ではライバルとなるITVやその他の局も、PSBのグループの中のBBCが無料でオンデマンドを提供しているならば、無料にせざるを得ない。

 視聴者の目の玉がネットに移動し、これに伴って広告主もネットに移動しているなら、テレビ局側もネットの世界で勝負するしかないという認識が英テレビ界で広く認識されている。BBCがスマホやタブレットでサービスを展開するなら、他局もこれに続くしかないのである。

 英国でテレビ界によるオンデマンド・サービスが活発になったほかの重要な要因として、ネット動画サービスの人気が挙げられるだろう。

 アマチュア動画の投稿サイトとして始まったユーチューブにテレビ局が作った動画も並ぶ。動画コンテンツの提供者として、テレビ局はユーチューブの一般投稿者たちと並列に並ぶ。そういう時代になってきたし、英国のテレビ局はこれを強く自覚している。

 英国でのテレビとネットの相関関係を語るとき、もう1つ大きな流れが近年出てきた。それは、毎月定額のサブスクリプション(購読料)を徴収するサービスだ。米国発の有料動画サイト「ネットフリックス」がその代表例となる。

 かつて「ネットは無料」という感覚が支配的であったが、「有料化も可能」であることを具体的に示した例が音楽配信サービスの「スポティファイ」だろう。

 ネットフリックスの場合は月に約5ポンドを支払うことで、提供されている動画ドラマを際限なく視聴できる。英国での大々的なサービスの開始には、もともと英国製の政治ドラマだった「ハウス・オブ・カーズ」を投入。米俳優ケビン・スペイシーが主役で演じ、加入すれば10時間を越えるドラマを一度に連続して見ることができるという触れ込みで、大きな話題となった。9月からはバージン・メディアのプレミアムサービスの中に組み込まれ、利用者を増やした。

 米アマゾンは動画レンタルサービスの「ラブフィルム・インスタント」を買収し、「アマゾン・プライム・インスタント・ビデオ」として提供している。

 注目に値するのが、BBCが制作・放映したドラマ「リッパー・ストリート」の続編の制作資金を出したことだ。これはシリーズ2回目までをBBCが担当していたが、3回目の制作は中止していた。それをアマゾンが拾いあげ、アマゾン・プライム・インスタント・ビデオ用の配信作品として制作されることになったのである。英国のテレビのオリジナルの番組がオンライン動画専用のプラットフォーム用に制作された初のケースである。

 動画アプリをテレビの画面で楽しめるグーグルのクロームキャストサービス(7センチほどの専用端子をテレビに差し込む)も始まっている。

ネットが先に?

 BBCのアイプレイヤーの本格投入から7年が過ぎた。

 オンデマンドサービスはますます拡充し、リアルタイムでの放送を同時にネットでストリーム放送するところまで来た。無料が主であった英国のオンデマンド・サービスの隣にはスカイテレビのスカイ・ゴーやネットフリックスなどの有料サービス制が並ぶ。

 テレビ界がネットに近付く過程で「ネットでも番組を見ることができるようにする」という段階には達したわけだが、一歩進めて「ネットは主でテレビは次」に向かう動きも出てきている。

 先取りの動きとしては、10月にはチャンネル4が、11月にはBBCが特定のドラマを先にオンデマンドのプラットフォームで流し、1週間後などにテレビで放送する仕組みを開始した。また、昨年6月には若者向けチャンネル「BBC3」を閉鎖し、BBC3用に制作した番組を今後はアイプレイヤーのみで放送すると発表した。BBC3の番組のファンが大反対し、国民的議論が発生した。

 今のところ、テレビでのリアルタイムでの番組視聴が最も人気が高い視聴方法だが、もしネット視聴の比率がテレビ視聴と半々ぐらいまでに伸びれば、ネット視聴のみの番組制作・配信が主になる場合もあるだろう。

 かつて、トンプソンBBC元会長(現在は米ニューヨーク・タイムズの最高経営責任者)は「将来、テレビ番組はテレビ受像機では見ないようになるかもしれない」と言ったことがある。テレビ受像機そのものの形も今後変わっていく可能性もあり(1枚の紙のようになる、タブレット状になる、壁にかかった鏡のようになるなど、いろいろ聞いたことがある)、「テレビ視聴」と「ネット視聴」とを分けない未来は近そうだ。

貧しい家庭を描いたドラマ、議論を呼ぶ

 最後に、2014年、英テレビ界で目に付いたニュースについて触れておきたい。

 1月から2月にかけて放送された、チャンネル4のドキュメンタリー「ベネフィット・ストリート」(「給付金通り」の意味)は国民的な議論を巻き起こし、日本でも論争が紹介された。

 5回にわたる番組は、イングランド地方中部バーミンガム市のある通りに住む人々の生活を描いた。この通りの住民は「90%以上が政府から生活保護費用を受けている人」(英ガーディアン紙ほか)と言われる。生活保護の給付金をもらいながら、犯罪を犯す人や勤労意欲の低い人などの生活の様子を記録した。放送後、警察、チャンネル4、オフコムが数百もの苦情を受け、番組に登場した人たちに対し、ツイッターで殺害予告をする人もいた。「貧困ポルノ」(貧困の状態を見せることで性的快感を感じさせる)という批判も出た。

 以前から生活保護費用を悪用している人がいるという疑念が一部の国民の間で存在し、見方によってはこの番組はそんな疑念を裏付ける面があった。一方、実際にこのような貧困に苦しむ人の声が主要チャンネルで出ることは少なく、「別の視点を出す」ことを局の存在理由とするチャンネル4の野心作となった。

 同チャンネルはニュースでも物議をかもした。夕方のニュース番組「チャンネル4ニュース」のメインの司会者ジョン・スノーが7月末、イスラエルによる空爆の被害がおびただしい中東パレスチナ自治区ガザ地区で取材した。その後、「ガザの子供たち」という約3分半の動画を作り、チャンネル4の公式サイトと同局のユーチューブ・チャンネルで流した。平日午後7時から1時間の番組内では放送されなかった。

 スノーは、現場で目撃した子供たちの惨状について、個人の思いせつせつと述べた。動画は数十万回以上、視聴されたが、次第に、番組内で放送されるべきだったという声が大きくなった。「優秀なジャーナリストたちが現場に出かけ、見たことについての自分たちなりの判定を放送できない」のはおかしいというという見かたである(ガーディアン記事、7月29日付)。ネットではさまざまな表現、主張があふれている。テレビのニュースでも強い意見が表明されてもよいのではないか、と。

 オフコムは放送ニュースには「正確さ」が担保されていること、「偏向していないこと」と定めているが、ネット上の動画にはこの縛りがない。

 チャンネル4ニュースを制作する英ITNニュース社の経営陣は「テレビでは放送できなかった。放送ニュースを感傷的な表現が許されるものにしたくない」(9月9日のテレビ会議にて)と語っている。動画はテレビ用に制作されておらず、スノーが番組のウェブサイト上に書くブログの動画版という扱いだったという。

 テレビで放送されるニュースのガイドラインとは別のガイドラインがネット動画に適用されていることが分かる。前者は公的なサービス、後者は独自の意見を述べてもよい、ということだろうか。今後、ネット配信が主になった場合、ガイドラインも変わってくるだろうか。

 8月にはオフコムによる通信市場リポートが出た。毎年、オフコムは「テレビ・オーディオビジュアル」、「ラジオ・オーディオ」、「インターネットとウェブを使ったコンテンツ」、「通信とネットワーク」、「郵便業」についての調査結果を報告している。

 これによると、2013年、通信業界(約600億ポンド)の中で最も大きな収入増加率を見せたのはテレビ界(約129億ポンド、3.4%増)であった。テレビ界の収入増加の理由はサブスクリプションとネット広告の収入の増加による。テレビ業界の全収入の中でサブスクリプションは46%を占めている。

 成人が1日に視聴するテレビ視聴の時間のうち、2時間59分(全体の69%)はライブ視聴だった。録画した番組の視聴は40分(16%)、オンデマンド視聴は19分(8%)であった。一方、過去12ヶ月間にオンデマンドを利用した人は全体の50%に上った。

 英テレビの未来にも影響を及ぼす、BBCの動向についても記しておきたい。

 テレビなのかネットなのか、その境目が限りなく不透明になりつつある現在、日本のNHKの受信料のようなBBCのテレビライセンス料体制が今後維持されべきかについて、大きな議論が起きている。視聴家庭から徴収される形のライセンス料ではなくて、BBCの番組を見たい人がサブスクリプションを払って見るべきだという根強い声がある。政府は今のところ、「今年5月の総選挙後までは変更はない」としているがー。

 昨年本格的に始まったのが新たな地方テレビ局の開局だ。2008-9年の金融ショックで広告収入が激減した地方局は経営難に陥った。打開策の一つとしてテレビ局開局の規則を変え、新しい資本を入れる試みがスタートした。

 昨年11月末までに開局の運びとなったのは12ある。まだその評価は定まっていないが、大手紙数紙を持つイブニング・スタンダード社の持ち主が出資したロンドンの地元局「ロンドン・ライブ」が苦戦している。監督庁のオフコムに対し、開局条件に定められていた地元コンテンツの割合を減少させて欲しいと懇願した。10月、その願いは聞き入れられたが、十分な視聴者がいないことに苦しんでいる。ロンドン・ライブの番組はネットでも同時配信されているが、常時コンテンツを作り、一定の視聴者を集めることの難しさが露呈した一件となった。

 11月に発表されたオフコムの子供の視聴行動についての調査は、大人と子供の間の差を露出させた。成人がリアルタイムでテレビを見る時間は1日に約3時間だが、11歳から15歳では1時間32分となる。テレビを見る代わりに、子供たちはユーチューブなどの短いオンライン動画を見ていた(33分)。この年代が20歳、30歳になる時、テレビはどんな形状になっているだろう。
by polimediauk | 2015-03-06 16:58 | 放送業界
 以下は「メディア展望」(新聞通信調査会発行)9月号に書いた拙稿に若干の補足をしたものです。最新の10月号には、欧州諸国からイラクやシリアに向かう聖戦戦士の話を書いています。購読者のみへの公開になりますが、機会がありましたら、ご覧ください。

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 9月9日、英下院の文化・メディア・スポーツ委員会に、英フィナンシャル・タイムズ・グループの元CEOローナ・フェアヘッド氏(53歳)が姿を現した。

 同氏はBBCトラストの次の委員長になるといわれている。BBCトラストとは、日本で言えばNHKの経営委員会にあたる。トラストは視聴者の代表としてBBCの活動をチェックし、戦略を決めてゆく。

 トラストの委員選考には公募制が導入され,所管の文化・メディア・スポー省内の公職任命チームが選考作業を担当する。メディア担当相の助言に基づき,女王が任命する。

 2011年に任命されたパッテン卿が健康上の理由で職を去り、次期引継ぎ者を探していたが、政府が有力に押しているのがフェアヘッド氏。最終的な任命前に、文化・メディア・スポーツ委員会(下院議員で構成される)に呼ばれ、質疑を受けた。

 「朝起きたときから夜寝るまで、生活がBBCとともにある」と答えたフェアヘッド氏。幅広い番組を視聴しているというフェアヘッド氏の応答はおおむね好意的に受け止められた。公的な「面接」を無事に終えたようだ。トラストの委員長として女性を任命したかったという政府の意向に沿った人事になりそうだ。

 フェアヘッド氏が統括するBBCは、一体どんな状況なのか。7月に発表された最新の年次報告書(2013-14年)を見ながら、BBCの現況、その背景や今後を考えてみたい。

BBCの収入は?

 2013-14年度、BBCが徴収したテレビライセンス料(NHKの受信料に当たる。視聴家庭から徴収)は37億2200万ポンド(約6900億円)となった。ライセンス料でBBCは国内の活動をまかなっている。これを補足するのが商業部門による収入だ。今年度はBBCの番組を海外で販売する「BBCワールドワイド」などによる14億4100万ポンドとなった。

リーチ力は?

 BBCのリーチ力とはどの程度のものか?

 年次報告書によると、英国の成人の96%がBBCのテレビ、ラジオ、オンラインのコンテンツのいずれかに毎週接している。一人当たり週に平均18.5時間接している計算となるという。昨年度と比較して1時間の減少である。

 BBCのテレビ番組に15分以上接したことがある人は国内の99・6%。平均では1人で週に9時間視聴している。最も人気が高い番組はSFドラマ「ドクター・フー」だった。

 英国の民放局では時間をずらせて全番組を放送する「タイムシフト」と呼ばれるチャンネルが複数設定されており、BBC及び他局ではBBCのiPlayer(アイプレイヤー)のような、番組再視聴用のオンデマンドサービスを提供している。それでも、テレビ番組を放送時に見るという人がまだ圧倒的に多い。ただし、その割合は次第に減少している。BBCも例外ではなく、13年度では84%が毎週BBCのテレビを視聴しているが、前年度は86%だった。

 報告書が特記するのはモバイル機器(携帯電話、タブレット)を使って番組を視聴する人の急速な伸びだ。アイプレイヤーでの番組再視聴の数(特定の番組のリクエスト数)は2013年で30億に到達した。前年より33%増である。

 2014年度から、BBCはアイプレイヤーをデジタルでBBCの番組を見る際の基幹プラットフォームとして位置づけるようになっている。

 BBCのニュースサイトには今年年頭時点で2500万人の月間ユニークユーザーがあったという。「BBCのニュースに対する信頼度は依然として高い」。

 ただし、2012年秋、BBCの元人気司会者が性犯罪者であった疑惑が発生し、BBCの管理体制の不備が指摘された。同時期に、老舗のニュース番組「ニューズナイト」での調査報道の失敗が明るみに出た。重なった失態の直前の信頼度よりは「若干低い」状態だという。

いかに経費を節約したかを強調

 年次報告書のBBCやほかの英メディアの報道を見ていると、お金に関するものが多い。BBC自身の報道でも、この1年でいかに経費を節約したかが強調されている。

 背景にはこんな理由がある。日本の放送業では主要民放局が圧倒的な規模を誇るが、英国で予算額で比べた場合に最大級となるのが、ご承知のようにBBCだ。公から集めた資金で活動するBBCに対し、国民(そしてライバルとなる民放局や新聞社、その声を代弁するロビー団体、政治家)から資金の使い道をつまびらかにすること、つまり説明責任を果たすことへの強い要求が存在している。

 「いかに経費を節約したか、いかに無駄なくライセンス料を視聴者のために使ったのか」を示す一つの場が年次報告書となる。

 BBCがライセンス料を十分に効率的に使い、質の高い番組を届けたとなれば、国民に存在を納得してもらえる。同時に、10年に一度更新される、BBCの存在を保証する「王立憲章」や、ライセンス料の値上げや活動内容を規定する(政府との)「合意書」に向けての交渉もスムーズに行く。そんな目論見もBBCの側にある。

 年次報告書によると、BBCはこの1年で3億7400万ポンドの経費を節約できたという。かねてから批判されてきた、一部の人気出演者への高額報酬も是正したと経営陣は述べている。例えば、10万ポンド以上の報酬をもらう「高額タレント」陣への合計の予算は2008年度時点で7100万ポンドだったが、13年度では4900万ポンドに減額された。それでも、他局や国民の一部からも「まだ巨額すぎる」という批判がたえない。

 報告書全体の構成を眺めると、戦略を決める役目を持つトラストの評価と経営陣の見解とが交互に掲載される形となっている。

 トラストがBBCの年間の活動を評価するときに物差しとするのが「(番組の)質と独自性」、「コストパフォーマンス(投資された金額に見合ったコンテンツを生み出しているか)」、「(貧富、性別、居住地域に別にかかわらず)全ての視聴者に仕えているか」、「オープン性と透明性の確保」である。

 この中の「(貧富、性別、居住地域に別にかかわらず)全ての視聴者に仕えているか」に、「公共の利のための放送業」という英国の伝統が根付く。

 BBCのコンテンツを週に一度でも利用する人は英国の成人のほぼ全員に相当するが、トラストは、「全ての視聴者のそれぞれが利用しやすい形でBBCはコンテンツを提供するべき」、「番組や制作スタッフが英国内の多様性(性別、人種など)を反映するものであるべき」と記している。

 BBCアイプレイヤーは(民放局の同様のサービスも同じだが)、最低限インターネットにつながっている家庭に住む人誰もが無料で利用できる。BBCのデジタルサービスの拡充には、放送に関わる最新のテクノロジーやサービスを(無料で)幅広く国民が享受できるようであるべきだ、という考え方が底流にある。

管理職は男性の白人が多い

 ほかにBBCの課題の1つとなっているのが、多様性の確保だ。

 番組制作スタッフや出演者、管理職のメンバーは男性、しかも白人であることが多い。また、男性は中高齢になっても司会者として画面に出演できるのに対し、女性は高齢になると表舞台からはずされるとも言われている(実際に、高齢を理由に職を下ろされたとして何人かの女性がBBCに訴訟を起こしている)。

 あらゆる領域でさまざまなバックグラウンドの人が放送業に参加しないと、多様性にあふれる国民の姿を反映しない番組作りになるし、さまざまな差別の温床になる可能性がある。そこで、BBC経営陣にとって、多様性確保が重要課題となる。

 年次報告書の中で、BBC経営陣は「有色人種、障害者、女性を活用するための管理者プログラムを実行した」「テレビ番組にもっと女性が登場するよう努力している」と説明したが、トラスト側は「黒人、アジア人、そのほかの有色人種のスタッフの割合を12・5%にまで上げる」という経営陣の目標達成への歩みののろさを指摘した。

お金の使い方に疑問符も

 トラストは、BBCのお金の使い方に大きな疑問符が付けられた例を挙げている。そのうちの1つは1億ポンドに上る「デジタル・メディア・イニシアチブ」プロジェクト(ビデオテープの利用を停止し、全てをデジタル化する)が頓挫したこと、また、旧経営幹部退職の際の支払いが過剰であったのではないかという疑念があることだ。

 この「旧幹部」の1人は前会長のジョン・エントウイッスル氏だ。先の人気司会者による児童への性犯罪疑惑を毅然とした態度で対処しなかったことで、会長職就任から54日で自己退職に至った。このときにエントウイッスル氏に支払われた退職金が高額で、支払額を決めたトラスト委員長のクリス・パッテン氏の責任問題にまで発展した。同氏は辞任には至らなかったが、体調を崩し、辞任を申し出た。新委員長が就任するまで、BBCトラストは委員長代理が統率している状態だ。

地殻変動、近し?

 BBCの現在の王立憲章と活動合意書は2016年末に失効する。前回はテレビライセンス料を視聴家庭が払い、これでBBCの活動をまかなうという形は変更しなかった。17年からはさらにライセンス両方式をとるのか、それともネットで見る人が増えることを見込んで、新聞の購読料のような購読料を体制をとるのかー?BBCは購読料体制になれば、収入が大きく減ることを懸念している。ここ1-2年で、ラインセス料体制が崩れる可能性もある。地殻変動の時代がすぐそこまで来ている。
by polimediauk | 2014-10-03 16:40 | 放送業界
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(「シャーロック」のウェブサイト、BBCより)

 18日、スコットランドでは独立の是非を問う住民投票が行われている。結果は19日未明にも判明する見込みだ。

 もし独立賛成派が多数となり、独立することになったら(実現は早くても2016年3月以降)、現在は英国全土をカバーするBBCの番組を見たいとき、「外国」となったスコットランドではどれほど自由に見ることができるのだろう?例えば、BBCの見逃し番組再視聴サービスは英国内のテレビライセンス料(NHKの受信料に当たる)を払っている人向けに提供されている。新たなルールを決める作業が必須となりそうだ。

 ネットでテレビを見る時代となり、BBC自体の将来に不透明感も出ている。

 先月25日、米テレビ界で最高の栄誉とされる第66回エミー賞の授賞式が、ロスアンゼルスで開催された。ミニ・シリーズ/テレビ・ムービー部門の主演男優賞、助演男優賞、脚本賞を獲得したのが探偵ドラマ「シャーロック」。英国ドラマの威力を印象付けた。

 日本でも人気の「シャーロック」(2010年夏に初放送、2回目が2012年1月、3回目が今年1月)は世界224の国・地域で放送権が販売されており、BBCにとって最大の「輸出品」だ。

 BBCの最新の年次報告書(2013-14年)によると、テレビライセンス料は年間約37億ポンド(約6400億円)。BBCは国内の活動をこれでまかなっているが、緊縮財政を敷く英政府の方針の下、年間のライセンス料(145・50ポンド)はここ数年、値上げなしの凍結状態だ。

 収入増の頼みの綱が商業部門で、今年度はBBCの番組を海外で販売する「BBCワールドワイド」などが14億4100万ポンドを稼ぎ出した。このうちの1億7400万ポンド分がBBCの番組制作に回っている。前年度から11%増だ。

 「シャーロック」は初回放送から視聴率がうなぎのぼりとなり、最新シリーズ放送後には中国の動画共有サイト「Youku」で7000万回を超えるヒットを記録した(BBC)。来年1月の次回シリーズの放送はさらに大きな注目を集める見込みだ。

 筆者は番組のファンだが、実のところ、3回目のシリーズにはずいぶんとがっかりしたものだー見ていただければ、同意する方もいらっしゃると思う。4回目もきっと見るとは思うがー。内輪話から脱却し、最初の頃の「謎解きで勝負!」に戻ることを望んでいる。

 BBCは1920年代の放送開始からテレビライセンス料を主たる資金源として活動してきたが、デジタル時代にライセンス料制度は成り立たなくなるという見方が業界内では強い。見たいチャンネルあるいは番組を購読料(サブスクリプション)を払って見る手法が自然になるだろう、と。ライセンス料制度が瓦解すれば、BBCは収入の安定性を失ってしまう。世界中で販売できる質の高い番組の制作がBBCにとって死活問題になってきた。

 (「週刊エコノミスト」のワールド・ウオッチコラム掲載分に若干補足しました。)
by polimediauk | 2014-09-18 21:04 | 放送業界
 筆者が住む英国のBBC(英国放送協会)とNHKとを比較してほしいという依頼を、ときどきいただく。

 今年、そうした依頼が生じたのはNHKの新会長による年頭のさまざまな発言に起因する。

 実際にBBCとNHKを比較した場合に、例えば組織としての成り立ち、監督制度の仕組みなど、骨組みのところを見ただけだと、一言で言えば「非常に良く似ている」。

 どこか違うところがあるとすれば、(当然だが)これまでの歴史、つまりは一つ一つの報道の積み重ねが異なる。番組を受け止める視聴者や批評家、政治家、ライバルとなるほかの放送局などの反応も違う。ジャーナリズムについての考え方も違う(例えば、放送メディアでは不偏不党が報道の中心にあっても、ジャーナリズム組織とは権力を批判するものという意識が広く共有されている)。

 また、BBCは英語圏の大手放送局で、かつ世界中にたくさんの読者をかかえるニュースサイトを運営していることから、国際的に群を抜く大きな影響力を持つ(英語の国際語としての位置、大英帝国の歴史なども要因として絡んでくるだろう)。

 そこで、日英の放送局は「組織的には非常に似ている」が、「中身は違う」。人間一人ひとりの顔かたちが違うようにBBCとNHKも「違う」が、これは当然とも言えよう。

 そうは言っても、「BBCはどうやって権力との一定の距離を保ってきたのか」という疑問はわくだろう。

 そこで、新聞通信調査会発行の月刊誌「メディア展望」3月号に書かせていただいた。

 以下はそれに若干補足したものである。「非常に似ている」が「中身が違う」という部分を汲み取っていただけたら幸いである。また、骨組み(規定など)をまったく同じにしたとしても、これをどうやって応用するかで結果は劇的に違ってしまうことも推察していただきたい。

 「メディア展望」は過去記事を無料でダウンロードできるので、時事問題にご関心のある方は閲覧いただけたらと思う。

***

 NHKの籾井勝人・新会長が、今年1月末の就任会見で、国内外で論争となっている事柄について政権寄りと見られかねない発言を行った。同月31日の衆院予算委員会で会長は「個人的意見を放送に反映させることはない」と答弁したが、放送法で規定された「不偏不党」を貫くべきNHKに対し、何らかの政治的圧力がかかるのではないかという懸念が出た。

 民主主義社会を支える独立した報道を行うには、メディアは時の政権とは距離を置く必要がある。日本の公共放送NHKに相当するのが英国のBBC(英国放送協会)だ。その前身は民間事業体だが、当時から政府の言いなりにはならないための努力があった。

 1922年、政府の提案を元に国内の無線機製造業者が共同で設立したのが、現在のBBCの前身となる英国放送会社(British Broadcasting Company)である。BBCは政府からラジオの販売と放送の独占権を与えられた。公共事業体のBBC(British Broadcasting Corporation)として発足したのは、27年だ。

存立の理由と組織の構成は

 BBCの存立とその業務運営を規定する基本法規は、国王の特許状(ロイヤル・チャーター)と、BBCと担当大臣との間で交わされる協定書(アグリーメント)になる。

 特許状はBBC存立の基礎となる。公的目的、独立性の保障、「BBCトラスト」(視聴者の代表として業務全般を監督する)や執行部の任務を規定している。約10年ごとに更新され、現在の特許状は16年末まで有効だ。

 英国の放送局は商業放送も含めオフコム(情報通信庁)の規制・監督下に入るが、BBCについては報道の正確さ、不偏不当性について判断するのはトラストの管轄となる。ただし、日々のニュース報道の判断は編集幹部あるいはその上の経営幹部による。

 トラストを率いる委員長職は、放送・通信業を管轄する文化・メディア・スポーツ省が新聞などに広告を出して公募する。官僚が面接をして候補者を絞り、推薦された人物が下院の文化・メディア・スポーツ委員会で質疑応答を受けた後、就任決定となる。トラスト委員(11人)も公募で、管轄の省や首相などが選定に加わる。選定には特許状に明記されたBBCの目的、意義を全うできる人物かが考慮される。

 一方の協定書は特許状明記のBBCの目的に沿って、業務内容、運営資金の値上げ率や調達方法などを規定している。国防上必要な場合あるいは緊急時には、政府による告知を放送することが義務付けられている。政府はまた特定の事柄を放送しないよう書面でBBCに指令を与えることができ、BBCは指令があったことや拒否したかどうかを公表することができる。

 BBCには編集上の独立が保障されているが、財政面では政府に首根っこを捕まえられている。テレビ受信許可料(NHKの受信料に相当)の値上げ率を政府が決めているからだ。

ジャーナリズムの独立性をどうやって示してきたか

 BBCが政権批判を堂々と行えるのは、報道の不偏不党が法律で規定されている上に、新聞、ネットも含めたメディア及び社会全体で報道組織の独立性を重要視する認識が確立しているためだ。BBC自身の過去の報道の積み重ねがこうした認識に貢献してきた。

 若干の具体例を報告したい(以下、肩書きは当時)。

 BBCが最初に報道機関として国民から高い評価を得たのは、1926年、ゼネラルストライキが発生したときだ。まだ民間企業だった頃である。当時、BBCは新聞界からのロビー圧力で、すでに通信社が報道済みのニュースの要約版のみを午後7時以降に放送することが許されていた。

 労働争議が深刻化していた26年5月2日夜、政府と労組幹部との交渉が最終段階で決裂した。3日午前1時、ゼネスト開始予定のニュースを最初に伝えたのは当時のBBCのトップ、リース卿であった。BBCに対する報道規制は解かれたも同然となった。公共の交通機関がほぼ停止し、新聞も休刊か大幅にページ数を減少させる中、最新のニュースを報道したBBCのラジオ放送に多くの人が耳を傾けた。

 政府側はチャーチル財務相(後の首相)が統括した公式新聞「ブリティッシュ・ガゼット」を臨時発刊させた。チャーチルはリースにガゼットの内容を放送で読み上げるよう依頼したが、断られた。国家の緊急事態に政府はBBCを国の管理に置くことができたが、内閣内で見解が統一されておらず、リースが時の首相ボールドウィンと良好な関係を持っていたことも幸いした。BBCはガゼットの記事の要約を紹介する一方で、労組幹部の演説の内容も報道した。当事者の両方の主張を放送することで、国民から高い支持を得た。

 BBCは戦時でも中立を守る報道を行うのか、それとも英国側に立つべきなのか?一つの答えを出したのが、アルゼンチンとのフォーククランド戦争(1982年)の報道である。

 大衆紙が愛国主義的報道を行う中、BBCのニュース番組「ニューズナイト」の司会者は国防省の情報を「英国側(の情報)を信頼するとすればだが」と表現。「我軍」ではなく「英国軍」と呼ぶなど、距離を置く言葉を使った。大衆紙サンは政府の情報を信じない司会者がいるBBCを「裏切り者」と呼び逆風を吹かせたが、BBCは方針を変えなかった。

 サッチャー政権(1979-90年)と戦い、辞任するに至った経営陣トップもいる。対英テロ闘争を行っていた武装組織アイルランド共和国軍(IRA)によるテロを、宿泊先のホテルで経験した(1984年)サッチャー首相は、「テロリスト」がメディアに登場すること自体を嫌った。

 85年、BBCがドキュメンタリー・シリーズ「リアル・ライブズ」の中でIRA関係者のインタビューを収録。レオン・ブリッタン内相はBBC経営委員会(現BBCトラストの前身)のスチュアート・ヤング委員長に放送しないように依頼する書簡を出した。

 経営委員会はそのままの形では「放送不可」とする結論を出したが、BBCスタッフは反対の姿勢を見せた。経営陣は「放送の検閲は断固として許されない」とする声明文を発表したあと、アラスデア・ミルンBBC会長がヤング経営委員長と内相を訪問した。紆余曲折の後、当初の予定から2ヵ月後に放送が実現した。

 同時期、BBCは政府が秘密裏に開発した偵察衛星「ジルコン」にかかわる疑惑を含む「秘密社会」と題するシリーズ(6部構成)を制作した。これが大きな政治問題となり、ロンドン警視庁が制作の中心となったジャーナリスト宅やBBCの編集室を家宅捜査する事件に発展した。

 放送のめどがたたないままの86年1月、ミルン会長は新たなBBCの経営委員長で政権に近いと言われたマーマデューク・ハッセーに、解任を伝えられた。会長の去就は経営委員会が決めることになっている。解任は委員全員の総意であった。4月以降、6部のうち5部が放送された。最後の1本を民放チャンネル4が新たな編集を加えて放送したのは91年だ。

 政府側が報道したくない内容であるほど、抵抗は強くなる。放送までの粘り強い努力が制作側に求められる。

イラク戦争の開戦理由をめぐり、政府と大対決

 近年のBBCと政府の戦いで記憶に新しいのは、イラク戦争(2003年)の開戦理由を巡る、ブレア政権とBBCとの争いである。「情報を誇張して、英国を戦争に向かわせた」とするBBCの報道とこれを否定する政府側との大きな対立は、報道の情報源となった人物が自殺したことで急展開した。

 死の状況を解明するために立ち上げられたハットン調査委員会は、04年報告書を出し、BBCの報道を批判した。経営委員長と会長が引責辞任という結末となったが、後の調査で、BBCの報道が真実を突いていたことがほぼ証明されている。

 独立した報道を行った結果、経営陣の首が飛ぶこともあるし、報道が正しかったかどうかの判定には年月がかかることもある。BBCはこれまでに相当の犠牲を払いながら、政権批判を辞さない報道を続けてきた。

 数々の具体例を紹介したが、その概要はBBCのウェブサイト上に紹介されている。自分たちの優れた報道の勲章として掲載しているのである。この点もまた、興味深いのではないだろうか。

最後に

 ここまでを読み返してみると、BBCをずいぶんとほめすぎてしまった感じがする。BBCはがんばっているが、ほかの報道機関もそれぞれに質の高いジャーナリズムを実践している。BBCだけではない。BBCを神格化しないようにしよう。決して完璧ではない。

 蛇足めくが、「もし」公共放送が権力(政府、官僚、大企業など)から独立したジャーナリズムを堂々と実行するにはどうするか、という問いの答えをBBCに求めるとすれば、「公共放送=権力を監視し、堂々と批判するジャーナリズムを実行するメディア」という認識を国民の側がしっかりと認識するところから始めるべきかもしれない。「不偏不党」の部分で、がんじがらめにするべきではないだろう。
by polimediauk | 2014-04-03 20:09 | 放送業界
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(「データ・ベビー」のウェブサイト)

 英民放チャンネル4(フォー)が、「データ・ベビー」を使って、様々な面白い実験を行っている。

 データ・ベビーとは架空の人物だ。番組制作者がネット上に「レベッカ・テイラー」という女性を作り上げ、彼女のデジタル上の行動がどんな波紋を呼び起こすのかを調べることで、ネットを使う私たちの生活について考える、という仕組みだ。

 この件については、読売オンラインのコラム(ネットの裏をあぶり出す「データ・ベビー」)で一通り、書いている。

 当時、番組のテクノロジー担当編集者ジェフ・ホワイト氏とジャーナリストのセーラ・スミス氏に取材して話を聞いた。記事の中には一部しか入れることができなかったので、以下に会話の大部分を紹介したい。日本のテレビ界の制作者、あるいはテクノロジー関係の方に、何らかのヒントになればと思う。

***

なぜデータ・ベビーを作ろうとしたのか?

ジェフ・ホワイト:近頃、米国家安全保障局(NSA)や英政府通信本部(GCHQ)による、個人情報の大規模収集の実態が暴露され、注目を浴びているね。個人情報が知らない間に収集されていることに、危機感を抱く人が増えている。

 私たちはNSA報道が始まる前から、個人情報収集の問題に注目してきた。つまり、私たちはデジタルの足跡を残している。その結果として、集められた情報に基づいて画面上に広告が出ている。いったい誰がこんなことをしているのだろう。誰が情報を集め、私たちに広告を投げているのかー。

 チャンネル4で働き出して2年半ほどになり、テクノロジーについてのトピックを映像化してきたが、いつも最後には「誰がどんな風に情報を収集しているのだろう」という疑問がわいた。

セーラ・スミス:制作班の仲間と、クッキーについて話していたことを覚えている。サイトの閲覧情報がクッキーの中に保存されているということは、どういう意味を持つのか、と。

ホワイト:普通の人は、どのようにどんな情報が収集されているかを理解しにくい。

 そこで、考えた。ある人を媒体にして、ネット上で何が起きているのかを示すことができるのではないか、と。架空の人物を作ることにした。この人をできうる限りリアルにする。ツイッターやフェイスブックのアカウントも作った。

 ある情報をこの人を通じて流す。するとネット上で何が起きるかを追跡しよう、と。何がその人に戻ってくるのか。その情報がどこから来てどこに行くのか、誰が受け取っているのか。次に誰に受け渡しているのかーということを「データ・ベビー」を使ってやろうとした。

なぜ「データ・ベビー」と呼んでいるのか?

ホワイト:ちょうど意味が通じると思ったからだ。

 2つの意味があって、1つはデータ、利用者のデータである、と。それと、私たちが生み出した「赤ん坊」であること。ちょっとフランケンシュタインのような響きがあるけれども。

 実際に赤ん坊のようなものだ。みんなで面倒を見ているのだから。チーム全員でデータ・ベビーについてツイートし、ストーリーのアイデアを得る。

 架空の人物を私たちが作ったため、最初はゼロだった。そこから成長してゆく、という意味もあって、「データ・ベビー」になった。

 やり方としては、まず最初に、「レベッカ・テイラー」(データ・ベビーの名前)の人物像を作った。名前、年齢、住所(ロンドン)、そして、ある会社の従業員でもある、と。ある意味では操り人形のようなレベッカの特徴を作った。何に関心があって、休暇はどこに行くか、など。27歳のロンドン在住の女性のパーソナリティーを作るのはそれほど難しくはなかった。

誰がレベッカの面倒を見ているのか?

ホワイト:自分とそれからチャンネル4のチーム、テクノロジーのプロデューサーなどが担当している。
 
ネットの活動は今、24時間となった。レベッカの維持にはずいぶん手間がかかるのではないか?

スミス:それほどは(24時間は)忙しくレベッカは活動しているわけではない。ある意味では、故意にそうしている。

 私たちニュースチームの活動は24時間だが、レベッカには特定の行動をとってもらい、これをフォローする形をとっている。例えば、レベッカが航空券を買おうとする。この価格は同じ航空会社であれば別のサイトでも同じなのかどうか。それとも、ネットのブラウジングの履歴に関連するのかどうか、とか。

 レベッカは24時間、ショッピングをしたりしないし、24時間、ニュースを読んだりもしない。私たちよりは忙しくない。私たちが彼女の活動を分析できるようにするには、そうしないと駄目だった。

 彼女は白いキャンバスのようなものだ。私たちがいろいろなことを実験できるようにした。

ホワイト:たった1時間、ネットをブラウジングするだけでも、非常に大量の情報が行き来する。驚くほどだ。フェイスブックを1時間やるだけでも、350回以上の情報の行き来がある。これを24時間やってしまうと、膨大な量になってしまう。

レベッカは携帯電話も使うようになるのか?

スミス:そうだ。最近、使い出している。

ホワイト:携帯電話は面白い。利用者の生活の中に食い込んでくるからだ。

 人々は、携帯電話(スマートフォン)がコンピューターを持ち歩いているようなものだということにまだ気づいていない。スマートフォンはラップトップと同じほどの個人情報を抱えている。しかも、携帯には位置情報が入ってくる。さらにパーソナルな情報が出てゆくことになる。

レベッカを使っての、フェイスブックのエピソードがあった。「いいね!」を販売する業者があって、これをチャンネル4が買う。その後で、レベッカがカップケーキを販売するフェイスブックのページを開いてみると、ここに「いいね!」が押し寄せた。後で、チャンネル4がカップケーキのページにいいね!を押した人に取材してみると、「押した覚えがまったくない」といわれた、という結末となった。知らない間に、「いいね!」を押していた仕組みがあった。(詳細は上記の記事を参照。)恐ろしい話だった。

ホワイト:確かに、恐ろしい話だった。

スミス:すべてのストーリーがデータ・ベビーの中から生まれるわけではない。例えば、フェイスブックについての懸念が別にあった。しかし、データ・ベビーの存在は、テストをするのに最適だったというわけだ。

 テクノロジーの話はテレビの映像に出しにくい。ケーブルがコンピューターの後ろから出る画像などを使っても、限界がある。テレビ向けの話に作り変える必要がある。レベッカはこの点でとても役に立つ。
 
ホワイト:でも、ずっとやっていると、ちょっと奇妙な、少し哲学的な領域にも入ってくる。データ・ベビーの携帯電話についての話だったので、携帯電話を誰かが持って歩く必要があった。架空の人物の携帯電話を持ち歩くなんて、なんとも奇妙な感じだった。

 それと、データ・ベビー自身は自分がモニターされていることを知っているのか、という問いだ。

 データ・ベビーにはツイッターのアカウントがあって、データ・ベビーのストーリーをやるときは、私たちはこのアカウントを使う。フォロワーたちがこのアカウントを通じて、私たちと双方向のコミュニケーションをとる。

 こんなとき、データ・ベビーのアカウントは、番組のチャンネル4ニュースのアカウントとなるのだろうか?そうだとすると、これとは別にレベッカ・テイラーのアカウントを作るべきなのかどうか。

 大きな問題は、支払をどうするかだ。架空の人物ではものを買ったときの支払いはほぼ不可能だ。クレジットカードを使わなければいけないからだ。カードを作るとすれば、カードが届けられる場所を作らないといけない。どんな風にしても、支払いには物理的な足跡が残る。

スミス:郵便局を使うとしても、支払う人の身元情報が必要だ。ペイパルにも銀行口座が必要だ。バーチャルコインとして人気の「ビットコイン」を使っても、いずれかは払わないといけない。どこかで物理的にお金を渡さないといけない。

レベッカにはフェイスブックのアカウントがあるそうだが、架空の人物がアカウントを作ってはいけないというのがルールでは?

スミス:確かに、そうだ。

フェイスブックは文句を言わないだろうか。

スミス:知らないのだと思う。架空の人物の口座はたくさんあるし。

ホワイト:まだフェイスブックからは何も言われていないが、もし架空のアカウントだといわれたら、2つの理由を言うだろう。まず、リアルな人が後ろにいる。それと、リアルなアカウントよりもリアルで実り多い相互関係がある、と。

最終的な目的は?

ホワイト:興味深いテーマを放送するのが目的だけど、自分的には、リアルな人物の具体的な名前を出したい。この会社がこんなことをやっている、と。会社や個人の名前に行き着くところまでやりたい。そうすると、リアルなストーリーになる。

 レベッカはバーチャルな存在だが、私はリアルな人々を画面に出そうと思っている。

ジャーナリストとして、データ・ベビーを通して感じたことは?

スミス:テクノロジーの専門家ではないし、自分についての情報やパスワードの保全について、深く考えたことがなかったので、巨大な量の情報の行き来の事実を知って、衝撃を受けた。不用意にデジタルの足跡を残していたなと今では思う。

ネット上の行動を変えたか?

スミス:そうしようとは思っているがー(笑)。実際にはフェイスブックの利用などを変えた。

 まじめに答えると、学んだことがある。情報がどこに行くのかを考えることと、プライバシーを守ることを考えるべきだと思った。

 携帯電話を持てば、どこにいてもトラッキングされているということを知っていることは重要だ。無線LANのスイッチを切ったりなど、そうしようと思えば、トラッキングされないようにするいろいろな方法がある。

 どの情報を外に出すのか、どの情報を出さないのかについて、考えないといけない。無料でサービスを受けるために、こちらの情報を出す前に、いわば哲学的な問いかけを行うべきではないか。私たちはこの問いかけを十分にやってこなかったと思う。

このプロジェクトで意識が変わった?

ホワイト:そうでもない。いつも情報について強い関心を抱いてきたからだ。ただ、大量の情報が行き来していたことを知って、その規模に驚いた。

視聴者へのアドバイスは?

ホワイト:物事を自分で決めることだ。ラップトップや携帯電話に情報をあげっぱなにしていないかどうか。車で言えば、ボンネットの中のエンジンなどをまったく見ずに、ディーラー側が「こちらでやってあげますよ」という言葉をそのまま信じていたりはしないか、と。(ボンネットの)中を開けてみて、自分で決めるべきだ。

 アプリを利用するとき、携帯電話の番号を聞かれるときがある。果たして教える必要があるのか。理由も与えず、そうした情報を聞いてくるとき、そのサービスを使いたいと思うのかどうか。自分のプライバシーを便利さのために引き渡している可能性を考えてみてほしい。

スミス:無料のものはないということを思い出してほしい。誰かが無料のサービスを提供しようとするとき、あなたの情報を使って十分な利益をあげているから、それができる。

 誰がその情報を使っているのか、サービスを無料で提供するほど、その情報がなぜその会社にとって価値があるのか、と問いかけてみてほしい。  

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チャンネル4ニュースのウェブサイト
クリップの多くは海外でも視聴できる。
by polimediauk | 2014-01-26 06:45 | 放送業界