小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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カテゴリ:放送業界( 171 )

自宅で取材に応じる、英キャスターのアレガイアー氏(BBCニュースのサイトから)

 日本では、テレビ朝日「報道ステーション」のメイン・キャスター、富川悠太氏が11日夜、新型コロナウイルスに感染していたことが分かり、「番組で繰り返し感染予防を呼びかけていた立場にもかかわらず、このような事態を招き、視聴者の皆様、関係者の皆様に大変がご迷惑をおかけしました。申し訳ございません」、という謝罪コメントを発表した。

 数日前に発熱したが、いったんは平熱に戻ったため「上司や会社に的確に報告せず、出演を続けていた」という(全文)(「報道ステーション」関連動画)。

 15日には、同番組のチーフ・プロデューサーとスタッフが感染していたことも判明した。

 発熱を軽視して「上司や会社に的確に報告せず、出演を続けていた」部分は、やや軽率だった印象があるけれども、会社の管理体制、番組制作における感染防止策、キャスターを含む出演者に対する教育等がどうだったのかなどの点が解明されないと、判断が困難だ(*補足を最後に書きました)。

 「視聴者の皆様」に迷惑をかけた…というのは意味不明だが(がっかりさせてしまった、という意味だろうか)、関係する人すべてに謝罪するべき、と思ったのかもしれない。

 いずれにしても、「感染した人=悪い人」・・・ではないだろう。本人の対処が遅れがちになったのも、理由があるのかもしれない。

 筆者が住む英国では、新型コロナウイルスには誰もが感染してしまう可能性があるので、感染者個人にその責任を問い、謝罪を求めるような雰囲気にはなっていない。

 その理由や背景に注目してみた。

英国では感染者約10万8000人、死者約1万4500人

 まず、英国での最新の感染状況を見てみよう。

 政府が毎日発表している数字によると、17日午前9時時点で累積検査数は43万8991件。1日に行われた検査数は2万1328件。検査で陽性となった人(感染者)は10万8692人。そして、16日時点で死者は1万4576人である(ちなみに、英国の人口は約6700万人)。この場合の死者とは、病院で亡くなった人の数だ。

 3月末時点では感染者は約1万7000人、死者は1000人を少し超えただけだった。1か月半で、死者は13倍増えている。新型コロナウイルスの急速な拡大が分かる。

 感染しやすく、かつ重篤な状態になりがちな人は、当初、「70歳以上の高齢者」、「呼吸器系やそのほかの持病、例えば糖尿病を患っている人」などとされていた。しかし、今は年齢や社会層にかかわらず「誰もが感染しうるウイルス」として認識されるようになった。


 感染してもすぐに表面化しない場合があり、検査を受けるまでは自分自身が感染している可能性もある(つまり、他者にうつす可能性が出てくる)。


 対策として、最強と言われているのが「手をよく洗うこと」、「他者との距離を取ること(「ソーシャル・ディスタンシング」)。こうして、英政府は「家に留まる(Stay at home)」ように、と国民に呼びかけている。3月末から始まった外出禁止令は、少なくとも5上旬まで続く予定である。

ジョンソン首相、保健相も感染者に

 感染した場合、感染者個人の責任を問わない雰囲気がある、と先に書いたが、国民がさすがに驚いたのが、「家に留まっていてください」と繰り返してきた政府閣僚らが感染した時だ。

 ソーシャル・ディスタンシング戦略を医療の面から主導してきたハンコック保健相や、国民に外出禁止令を出したジョンソン首相自身が感染者になってしまった。また、首相と一緒に毎日の記者会見に出ていた、イングランド地方主任医務官のクリス・ウィッティー教授が、自分は感染していないものの「大事を取って」、一時自宅療養に踏み切った。「手を洗う」をはじめとする対策を最も厳しく実行するはずの人々である。

 「国民には規則を守れと言っておいて、自分は逸脱したのではないか?」そんな疑問がわいてきた。しかし、ジョンソン首相の病状が悪化し、一時集中治療室に入るまでになると、懐疑の声は次第に消え、早期の回復を願うメッセージが国内外から送られるようになった。

 17日現在、ジョンソン首相は退院し、歴代の首相が使うチェッカーズ邸で療養中である。ハンコック保健相は現場に復帰した。「感染の経験がある身として・・・」という発言が、重みをもって響くこの頃だ。メディア取材に応じるハンコック氏の姿は「感染しても、回復し、職場に復帰できる」というメッセージを伝えている。

感染を公にしたBBCのキャスター

BBCのキャスター、アレガイアー氏(BBCのニュースサイトから)
BBCのキャスター、アレガイアー氏(BBCのニュースサイトから)

 英BBCのニュース・キャスターの一人、スリランカ出身のジョージ・アレガイアー氏は英国に住む人にはおなじみの顔である。

 アレガイアー氏は2014年と17年に大腸がんを発症したが、治療を受けて報道の現場に復帰していた。

 しかし、今年3月になって発熱があり、さまざまな検査を受けたところ、医師に新型コロナウイルス感染症にかかっているといわれたという。軽症ではあったが、しばらく仕事を休むことにし、3月31日、BBCの取材に応じた

 

 同僚のニュース・キャスターのリモート取材を自宅で受けたアレガイアー氏は、症状が軽かったので「何とかやっていける」と感じたという。

 「今、ガンの症状があって、コロナに感染したらどうしようと思っている人はたくさんいると思います。この人たちに何を伝えたいですか」と聞かれると、アレガイアー氏はこう答えた。

 「どうなるかわからない、不安定な状態に私たちはいます。ガン患者であれば、不安定さと付き合うことを知っていますよね」

 「自分が軽症だからといって、コロナ感染症を軽視するつもりは全くないのですが、ガン患者は人生の暗い日々のことを知っています」

 「私たちはより強いのだと思います。どのようなことになるのかわからない状況に入ることがどんなことかを知っているからです」

 「少なくとも私はそう思っています。6年間、ガン患者として生きてきたからです」

 「ガンとともに生きることができるのですから、コロナ感染症とも、ともに生きられると思っています」

 「自分の症状は軽いのですが、大部分の人は感染しても軽度なのですから」。

  自分の体験を語るアレガイアー氏の言葉が、心にあたたかく響いてくる。

  こうした流れの中で、「なぜどうやって感染したの?」、「感染防止策をフォローしなかったのでは?」という問いは呈されない。アレガイアー氏は感染したことを謝罪せず(少なとも公には)、視聴者も謝罪は求めない。非を責めるのではなく、「語ってくれてありがとう」という気持ちが生まれてくる。

犠牲者の人生を紹介するメディア

 BBCやガーディアン紙は、ウェブサイトを使って、新型コロナウィルス感染症で亡くなった人を遺族が提供した写真や逸話を基に紹介している。

 約1万3000人に上る感染死者は、遺族にとってはかけがえのない家族の一員だった。その人生をたどり、メディアで紹介されることで、その人を追悼することができるという意識がある。

 

父親(左から2人目)をコロナ感染症で亡くした遺族を紹介するBBCのサイト(ニュースサイトより)
父親(左から2人目)をコロナ感染症で亡くした遺族を紹介するBBCのサイト(ニュースサイトより)
医療関係者の感染死者を紹介する(BBCニュースのサイトより)
医療関係者の感染死者を紹介する(BBCニュースのサイトより)

 軽傷・重症に限らず、その感染体験を語る人もいる。感染未経験の人にとっては、いったいどのように感染したのか、どうやって回復したかを知るのは貴重だ。

 筆者は、今朝、フェイスブック上で自分の回復体験を語る投稿を読んだ。地域の助け合いのために設置されたフェイスブック・ページに掲載された投稿で、24歳の女性が数日、コロナ感染症で苦しんだ様子が書かれていた。どこで感染したか、彼女自身も分からないようだったが、はつらつとした笑顔の写真を見ると、元気づけられる。

 考えて見れば、あらゆるものすべてを常に殺菌するわけにはいかない。どれほどソーシャル・ディスタンシング規定を守り、手を頻繁に洗っても、室内外のいずれかのものから感染する可能性がある。

 「新型コロナ感染症=誰がもかかりうるもの」だから、ソーシャル・ディスタンシング下での生活の知恵や感染した場合の状況など、お互いに情報を共有しながら、新型コロナウイルスの拡大を阻止する機運を作っていきたいものだ。

***

*補足:富川キャスターの説明責任について:「発熱がありながら、報告が遅れた」という部分について、ここでは断定的な判断を書いてありませんが、それは「どれぐらいの発熱がどれぐらいの期間続いたのか」、「制作・管理側ではどのような規定があったのか」、「尋常の発熱ではなく、コロナ感染の疑いがあることを本人がいつ気づいたのか」という要素が第3者から見てわからないこと、また、「私たち自身が、どれぐらいの発熱がどれぐらい続けばコロナに相当という認識がまだ固まっていない」段階では、確定的なことが言えないと思ったからです。「xx度以上であれば、コロナ感染を疑う」という数字はすでに出されていますが、まだ今回のコロナについて十分な知識がない中では、見極める時間が必要になる気がします。度が過ぎた自主規制をすれば、おかしなことになるでしょう。また、仕事に対する献身の度合いも、もしかしたら関係していたかもしれません。あくまで仮説ですが。「もう少し、頑張ればよくなる」、と。

 いずれにしても、「誰もがうつす側になりうる」という感覚で、行動することが大切であることを今回の例が示したように思っています。


by polimediauk | 2020-04-25 17:30 | 放送業界

 以下のインタビューは、週刊誌「東洋経済」11月23日号掲載の「NHKの正体ー膨張する公共放送を総点検」の中の、筆者執筆記事(実は政府の影響を排除しきれていない 本当にNHKのお手本になる? BBCの意外な実態とこれから)のために行われたものです。

***

 NHKに対して逆風が吹く中、その英国版にあたるBBCの現状と将来について、専門家数人に話を聞いてみた。NHKの放送受信料にあたる、BBCのテレビライセンス料制度はいつまで続くのだろうか。

 これまでの記事は:

 英BBCはお手本になるか? 英国でN国党がない理由は「公共のため」を信じる国民がいるから

 

「BBCをぶっ壊す」英国でなぜ言われない? 特別な存在だが危機状態との指摘も

 今回(最終回)は、放送法に詳しい、リーズ大学のシルビア・ハーベイ教授に聞いた。

ー英国で、日本のN国党に相当する政党はあるのでしょうか?組織を「ぶっ壊す」ことを目標とする政党、という意味ですが。

 ハーベイ教授:該当する政党はないと思います。英国のEUからの脱退を目的とした英国独立党(UKIP)はシングル・イシューの政党ですが、ブレグジット(英国のEUからの離脱)党ができて、影が薄れましたね。ブレグジット党が特にBBC を批判していたわけではないですし。

ー与党・保守党が反BBC 政党だという人もいますが。

 保守党の一部は確かにそうかもしれません。特にジョン・ウィッティングデール元文化・メディア・スポーツ大臣(現在の省名はデジタル・文化・メディア・スポーツ省)がそうでした。反BBCで、テレビライセンス料(NHKの受信料に相当)制度も廃止したがっていました。

 でも、文化大臣として公式にそのようなことをすることはできなかったのです。保守党内では、どこまでBBCを攻撃するかについて意見がまとまっていなかった面もありました。

-なぜBBCを嫌うのでしょうか。

 

 経済及び政治的な立場がそうだからです。

 現行では、国民は法律によって特定の放送局(BBC)にライセンス料を払うことが義務化されています。

 市場経済を真に信じている人は、ライセンス料制度という、公がその活動資金を提供する形を受け入れがたく感じるのです。

 また、番組内容の面からもBBCを嫌っています。

ー新聞界とのコネが強いために、反BBCになっているという面はありますか。

 確かにそうです。

 デイリー・エクスプレス紙、デイリー・メール紙、デイリー・ミラー紙などの大衆紙がありますが、ミラーを除くと、ほかの新聞はすべて反BBCです。

 ニュース市場において、BBCは新聞界のライバルになります。ですので、新聞社の所有者は反BBCです。いくつも具体例があります。例えば、1面に常にBBCに対して批判的な記事を掲載する新聞もあります。

 新聞の販売部数が減っていますよね。これをBBCのせいだという人もいるわけです。BBCの報道が日常会話でよく出るというのです。BBCの存在が大きすぎる、という人も。新聞を読む人は減っていますので、危機感があります。

ー右派系の新聞はBBCの報道はリベラルで左派過ぎると言って攻撃します。どう思われますか。

 BBCは様々な理由で攻撃されます。

 最近ですと、75歳以上の高齢者がいる家庭はBBCのライセンス料が無料になっていますが、これを現行のように国の税金で負担するのではなく、来年からはBBCが負担するように変えられましたよね。

 でも、先日、BBCは支払いを拒否する報告書を出しました。低所得の高齢者、つまり、「年金クレジット」という支給を受ける人の分のみをBBCは負担するといいました。そこで、批判されたわけです。

ーBBCのジャーナリズムは左に偏向していると思いますか?

 個人的に言うと、そうは思っていません。不偏不党であることが義務化されていますし。でも、どの番組を取り上げるかで評価が違ってくるかもしれません。

 また、「左への偏向」とはどういう意味なのか。視聴者から集めるライセンス料という形になっていること、つまり公のお金を使っているということ自体を左的と言えなくもありません。

 でも、あくまでも私の見方ですが、不偏不党を逸脱しているという批判はいつでもありましたが、BBCのジャーナリズム全体を見れば、そうとは言い切れないと思います。

 チャンネル4という放送局のニュースを見ると、確かに左派的といってよい感じがしますが。

 チャンネル4は、ほかの放送局とは異なる視点を出すことを法律上定められていますので。また、BBCと比べると、視聴率ははるかに低いですよね。

 チャンネル4全体について確固とした意見を言えるほど、このチャンネルをしっかりと見ているわけではありませんが、権力に対して批判的な姿勢をとっていることは明白です。

 視聴占有率(ある時間にテレビを見ている人の中で、何%がどのチャンネルを視聴しているか)に注目してみましょう。

 業界誌「ブロードキャスター」によれば、トップ10にランキングするのは、BBC1,BBC2(いずれもチャンネルの名前)、ITV,チャンネル4、チャンネル5が入ります。(有料衛星放送の)スカイが作った番組や、BBCの教養チャンネルBBC4が作った番組が入ることは珍しい。

―ニュース番組で最も視聴されているテレビ局は?

 例えば9月23日の週では、ブレグジットの話題が多かったので、視聴者数は例年よりも増えています。

 最も人気が高かったのが、夕方のBBCのニュース番組でした。視聴者数は430万人です。次に人気があるのが民放最大手ITVのニュース番組でした。

 放送通信庁(「オフコム」)の調べによれば、最もニュースの信頼度が高かったのはBBCです。新聞社のニュースよりも信頼されています。

ーBBCの英社会における位置や公的組織としての存在感をお聞きしたいのですが、例えば国民医療サービス(NHS)は診察料を税金で負担していますよね。国民全体のために、全員が税金を払って、カバーすると。放送業ではBBCにライセンス料を払い、これがBBCの国内の放送活動をまかなっています。このように、公的資金がBBCの活動をカバーするという考えは、今でも支持されているのでしょうか。

 支持されていると思います。ただ、回答は難しいですね。どんな証拠があるのか、と考えた時にです。

 今のところ、BBCにとっての大きなリスクは政府との関係です。

ーそうなんですか?

 そうです。BBCの収入を大幅に減らしましたから。

 緊縮財政を実行した政府は、2010年から、BBCにこれまで以上に予算内からお金を拠出するようにさせました。ラジオの国際放送ワールド・サービスや、ブロードバンドの普及などのお金をBBCに負担させたんですね。総合すると、BBCの予算の20%ぐらいになりましたね。

 ウエールズ語の番組の費用は政府が持ってきましたが、途中からBBCに負担させるようにしましたし。新聞で大きく報じられたわけではありません。ひっそりと実行されました。

 2015年には、BBCが75歳以上の高齢者がいる家庭のライセンス料を負担することをBBCの経営陣に呑ませました。

 労働党政権時代に、こうした高齢者家庭のライセンス料は政府が払うことになったのですが、金額的にはかなり大きくて、7億ポンド(約1千億円)ほどに上りました。これを2020年からBBCが払うようにしたわけです。

 こうして、政府はBBCの予算を攻撃してきます。

 これはとても危険な動きだと思います。それは、今、オンデマンドの動画サービスが人気ですよね。ネットフリックスやアマゾンなど。BBCはこうしたサービスと競争をしているわけです。

 ネットフリックスは潤沢な資金を持っていますし、今のところは、BBCはネットフリックスと共同制作をして生き延びています。BBCが得意とするドラマの制作にはとてもお金がかかります。あと2-3年もすれば、予算の減額が制作に響いてくると思います。

―今後も、ライセンス料は続いていくでしょうか。

 私の感覚では、ライセンス料制度への一般的な支持はあると思います。

 その理由として、視聴者が有料視聴料(サブスクリプション)がどれほど払っているかに気付いた点があると思います。例えば、ネットフリックスのコンテンツを見るためには毎月6ポンド(約850円)ほど払いますが、これにはラジオやニュース報道が入っておらず、BBCが提供するサービスに比べると限定的です。

 全体として、ライセンス料制度に敵対心があるとは思いませんが、一部の人は嫌っています。

ーBBCの存在を今後も維持していくには、どうしたらいいのでしょうか。

 大きな哲学的質問でもありますが、直近の問題としてもとらえられますが。

―直近の問題としては、どうでしょうか。

 まず、予算の問題でしょう。

 10月、下院のデジタル・文化・メディア・スポーツ委員会が非常に興味深い報告書を出しています。フィナンシャル・タイムズ紙も報道していましたが。

 委員長は、保守党のダミアン・コリンズ議員です。保守党議員がこのようにBBCをサポートするような発言を表立ってすることは珍しいです。

 振り返ってみると、2015年に、BBCはライセンス料の値上げを政府に認めてもらう代わりに、高齢者家庭のライセンス料を負担するように求められ、これに経営陣がゴーサインを出しました。ちょうど、BBCの活動と存立を規定する「王立憲章」の更新が近くなっており、BBCは政府側の条件を認めざるを得なかったんです。当時、だいぶ批判されましたが。

 政府による、BBCに対する一種の脅迫だったと私は思っています(のち、BBCは支払いを拒否する)。

 コリンズ議員による報告書は、この政府とBBCとの交渉には落ち度があった、と書いています。

 ドラマ制作には大変な金額がかかります。サブスクリプションを取って、大型ドラマをテレビで視聴するサービスが広がっていますから、制作費は上昇するばかりです。

―日本では、民放に大きな存在感がありますが。

 ここ英国では、「公共サービス放送」が大きな位置を占めています。BBC,ITV,チャンネル4、チャンネル5ですね。視聴時間全体の70%をこの枠の放送局が制作しています。

―日本のNHKには逆風が吹いています。ジャーナリズム的には政府寄りではないかと批判されています。英国では、第3者機関の放送通信庁(オフコム)が独立規制・監督組織として存在し、放送局に免許を与えますが、日本ではこれにあたるのが総務省です。

 独立した規制・監督組織がないのですか?

―総務省がその機能を果たしています。

 (絶句。)

 英国では、ライセンス料の値上げは政府が規制しています。でも、日々の運営での規制・監督組織は別です。政府は、普通は直接介入しません。

 ニュース報道においては、不偏不党が定められていますし。日本でもそうでしょうか。

ーそこは同じです。ただ、何が不偏不党なのかについて議論が起きている部分があります。偏向しているとしてもし政府やほかの権力者が圧力をかければ、放送局側は右往左往してしまう傾向があります。

 不偏不党の問題を考えるとき、放送局側は、特に公共放送の場合、政府側の話に野党側の話よりも時間を割く場合があるでしょう。政府は国民が選んだものですから。

 一般的に言うと、オフコムの調査ではBBCの信頼度は高いといってよいでしょう。

 国民がどう考えているのかを測るのは難しい面もあります。保守系で反BBCのデイリー・メールの見方、政府の見方などが違うからです。

 また、テレビを視聴する時間は減っていますが、それでも、1日に3時間12分は視聴しているそうです。6年前と比較すると、49分減っています。テレビを持つ家庭の半分以上がネットにつながっているテレビだそうです。

―将来的に、ライセンス料制度は続くでしょうか。

 次に交渉が始まるのは2021年ですね。今後も続くかどうかはわかりません。

 放送業がすべて、サブスクリプション制になるという人もいます。

 英国では完全サブスクリプション化には時間がかかると思います。政府がもっとお金をつぎ込む限り、BBCは続くでしょう。

 現在の王立憲章の期間が終了するのは2027年です。これ以降もBBCは続くとは思いますが、放送を暗号化する可能性もあります。ライセンス料を払った人だけが視聴できるように。今のところ、導入には反対派が多いですが。

 将来どうなるか、私にもわかりません。

 誰にも同じサービスを提供する、というのが公共サービス放送の前提です。もしサブスクリプションのみになったら、これが崩れることは確実ですね。(終)


by polimediauk | 2020-01-24 21:32 | 放送業界

以下のインタビューは、週刊誌「東洋経済」11月23日号掲載の「NHKの正体ー膨張する公共放送を総点検」の中の、筆者執筆記事(実は政府の影響を排除しきれていない 本当にNHKのお手本になる? BBCの意外な実態とこれから)のために行われたものです。

***

 NHKに対して逆風が吹く中、その英国版にあたるBBCの現状と将来について、専門家数人に話を聞いてみた。NHKの放送受信料にあたる、BBCのテレビライセンス料制度はいつまで続くのだろうか。

 これまでの記事は:

 英BBCはお手本になるか? 英国でN国党がない理由は「公共のため」を信じる国民がいるから

 

「BBCをぶっ壊す」英国でなぜ言われない? 特別な存在だが危機状態との指摘も

 今回(最終回)は、放送法に詳しい、リーズ大学のシルビア・ハーベイ教授に聞いた。

ー英国で、日本のN国党に相当する政党はあるのでしょうか?組織を「ぶっ壊す」ことを目標とする政党、という意味ですが。

 ハーベイ教授:該当する政党はないと思います。英国のEUからの脱退を目的とした英国独立党(UKIP)はシングル・イシューの政党ですが、ブレグジット(英国のEUからの離脱)党ができて、影が薄れましたね。ブレグジット党が特にBBC を批判していたわけではないですし。

ー与党・保守党が反BBC 政党だという人もいますが。

 保守党の一部は確かにそうかもしれません。特にジョン・ウィッティングデール元文化・メディア・スポーツ大臣(現在の省名はデジタル・文化・メディア・スポーツ省)がそうでした。反BBCで、テレビライセンス料(NHKの受信料に相当)制度も廃止したがっていました。

 でも、文化大臣として公式にそのようなことをすることはできなかったのです。保守党内では、どこまでBBCを攻撃するかについて意見がまとまっていなかった面もありました。

-なぜBBCを嫌うのでしょうか。

 

 経済及び政治的な立場がそうだからです。

 現行では、国民は法律によって特定の放送局(BBC)にライセンス料を払うことが義務化されています。

 市場経済を真に信じている人は、ライセンス料制度という、公がその活動資金を提供する形を受け入れがたく感じるのです。

 また、番組内容の面からもBBCを嫌っています。

ー新聞界とのコネが強いために、反BBCになっているという面はありますか。

 確かにそうです。

 デイリー・エクスプレス紙、デイリー・メール紙、デイリー・ミラー紙などの大衆紙がありますが、ミラーを除くと、ほかの新聞はすべて反BBCです。

 ニュース市場において、BBCは新聞界のライバルになります。ですので、新聞社の所有者は反BBCです。いくつも具体例があります。例えば、1面に常にBBCに対して批判的な記事を掲載する新聞もあります。

 新聞の販売部数が減っていますよね。これをBBCのせいだという人もいるわけです。BBCの報道が日常会話でよく出るというのです。BBCの存在が大きすぎる、という人も。新聞を読む人は減っていますので、危機感があります。

ー右派系の新聞はBBCの報道はリベラルで左派過ぎると言って攻撃します。どう思われますか。

 BBCは様々な理由で攻撃されます。

 最近ですと、75歳以上の高齢者がいる家庭はBBCのライセンス料が無料になっていますが、これを現行のように国の税金で負担するのではなく、来年からはBBCが負担するように変えられましたよね。

 でも、先日、BBCは支払いを拒否する報告書を出しました。低所得の高齢者、つまり、「年金クレジット」という支給を受ける人の分のみをBBCは負担するといいました。そこで、批判されたわけです。

ーBBCのジャーナリズムは左に偏向していると思いますか?

 個人的に言うと、そうは思っていません。不偏不党であることが義務化されていますし。でも、どの番組を取り上げるかで評価が違ってくるかもしれません。

 また、「左への偏向」とはどういう意味なのか。視聴者から集めるライセンス料という形になっていること、つまり公のお金を使っているということ自体を左的と言えなくもありません。

 でも、あくまでも私の見方ですが、不偏不党を逸脱しているという批判はいつでもありましたが、BBCのジャーナリズム全体を見れば、そうとは言い切れないと思います。

 チャンネル4という放送局のニュースを見ると、確かに左派的といってよい感じがしますが。

 チャンネル4は、ほかの放送局とは異なる視点を出すことを法律上定められていますので。また、BBCと比べると、視聴率ははるかに低いですよね。

 チャンネル4全体について確固とした意見を言えるほど、このチャンネルをしっかりと見ているわけではありませんが、権力に対して批判的な姿勢をとっていることは明白です。

 視聴占有率(ある時間にテレビを見ている人の中で、何%がどのチャンネルを視聴しているか)に注目してみましょう。

 業界誌「ブロードキャスター」によれば、トップ10にランキングするのは、BBC1,BBC2(いずれもチャンネルの名前)、ITV,チャンネル4、チャンネル5が入ります。(有料衛星放送の)スカイが作った番組や、BBCの教養チャンネルBBC4が作った番組が入ることは珍しい。

―ニュース番組で最も視聴されているテレビ局は?

 例えば9月23日の週では、ブレグジットの話題が多かったので、視聴者数は例年よりも増えています。

 最も人気が高かったのが、夕方のBBCのニュース番組でした。視聴者数は430万人です。次に人気があるのが民放最大手ITVのニュース番組でした。

 放送通信庁(「オフコム」)の調べによれば、最もニュースの信頼度が高かったのはBBCです。新聞社のニュースよりも信頼されています。

ーBBCの英社会における位置や公的組織としての存在感をお聞きしたいのですが、例えば国民医療サービス(NHS)は診察料を税金で負担していますよね。国民全体のために、全員が税金を払って、カバーすると。放送業ではBBCにライセンス料を払い、これがBBCの国内の放送活動をまかなっています。このように、公的資金がBBCの活動をカバーするという考えは、今でも支持されているのでしょうか。

 支持されていると思います。ただ、回答は難しいですね。どんな証拠があるのか、と考えた時にです。

 今のところ、BBCにとっての大きなリスクは政府との関係です。

ーそうなんですか?

 そうです。BBCの収入を大幅に減らしましたから。

 緊縮財政を実行した政府は、2010年から、BBCにこれまで以上に予算内からお金を拠出するようにさせました。ラジオの国際放送ワールド・サービスや、ブロードバンドの普及などのお金をBBCに負担させたんですね。総合すると、BBCの予算の20%ぐらいになりましたね。

 ウエールズ語の番組の費用は政府が持ってきましたが、途中からBBCに負担させるようにしましたし。新聞で大きく報じられたわけではありません。ひっそりと実行されました。

 2015年には、BBCが75歳以上の高齢者がいる家庭のライセンス料を負担することをBBCの経営陣に呑ませました。

 労働党政権時代に、こうした高齢者家庭のライセンス料は政府が払うことになったのですが、金額的にはかなり大きくて、7億ポンド(約1千億円)ほどに上りました。これを2020年からBBCが払うようにしたわけです。

 こうして、政府はBBCの予算を攻撃してきます。

 これはとても危険な動きだと思います。それは、今、オンデマンドの動画サービスが人気ですよね。ネットフリックスやアマゾンなど。BBCはこうしたサービスと競争をしているわけです。

 ネットフリックスは潤沢な資金を持っていますし、今のところは、BBCはネットフリックスと共同制作をして生き延びています。BBCが得意とするドラマの制作にはとてもお金がかかります。あと2-3年もすれば、予算の減額が制作に響いてくると思います。

―今後も、ライセンス料は続いていくでしょうか。

 私の感覚では、ライセンス料制度への一般的な支持はあると思います。

 その理由として、視聴者が有料視聴料(サブスクリプション)がどれほど払っているかに気付いた点があると思います。例えば、ネットフリックスのコンテンツを見るためには毎月6ポンド(約850円)ほど払いますが、これにはラジオやニュース報道が入っておらず、BBCが提供するサービスに比べると限定的です。

 全体として、ライセンス料制度に敵対心があるとは思いませんが、一部の人は嫌っています。

ーBBCの存在を今後も維持していくには、どうしたらいいのでしょうか。

 大きな哲学的質問でもありますが、直近の問題としてもとらえられますが。

―直近の問題としては、どうでしょうか。

 まず、予算の問題でしょう。

 10月、下院のデジタル・文化・メディア・スポーツ委員会が非常に興味深い報告書を出しています。フィナンシャル・タイムズ紙も報道していましたが。

 委員長は、保守党のダミアン・コリンズ議員です。保守党議員がこのようにBBCをサポートするような発言を表立ってすることは珍しいです。

 振り返ってみると、2015年に、BBCはライセンス料の値上げを政府に認めてもらう代わりに、高齢者家庭のライセンス料を負担するように求められ、これに経営陣がゴーサインを出しました。ちょうど、BBCの活動と存立を規定する「王立憲章」の更新が近くなっており、BBCは政府側の条件を認めざるを得なかったんです。当時、だいぶ批判されましたが。

 政府による、BBCに対する一種の脅迫だったと私は思っています(のち、BBCは支払いを拒否する)。

 コリンズ議員による報告書は、この政府とBBCとの交渉には落ち度があった、と書いています。

 ドラマ制作には大変な金額がかかります。サブスクリプションを取って、大型ドラマをテレビで視聴するサービスが広がっていますから、制作費は上昇するばかりです。

―日本では、民放に大きな存在感がありますが。

 ここ英国では、「公共サービス放送」が大きな位置を占めています。BBC,ITV,チャンネル4、チャンネル5ですね。視聴時間全体の70%をこの枠の放送局が制作しています。

―日本のNHKには逆風が吹いています。ジャーナリズム的には政府寄りではないかと批判されています。英国では、第3者機関の放送通信庁(オフコム)が独立規制・監督組織として存在し、放送局に免許を与えますが、日本ではこれにあたるのが総務省です。

 独立した規制・監督組織がないのですか?

―総務省がその機能を果たしています。

 (絶句。)

 英国では、ライセンス料の値上げは政府が規制しています。でも、日々の運営での規制・監督組織は別です。政府は、普通は直接介入しません。

 ニュース報道においては、不偏不党が定められていますし。日本でもそうでしょうか。

ーそこは同じです。ただ、何が不偏不党なのかについて議論が起きている部分があります。偏向しているとしてもし政府やほかの権力者が圧力をかければ、放送局側は右往左往してしまう傾向があります。

 不偏不党の問題を考えるとき、放送局側は、特に公共放送の場合、政府側の話に野党側の話よりも時間を割く場合があるでしょう。政府は国民が選んだものですから。

 一般的に言うと、オフコムの調査ではBBCの信頼度は高いといってよいでしょう。

 国民がどう考えているのかを測るのは難しい面もあります。保守系で反BBCのデイリー・メールの見方、政府の見方などが違うからです。

 また、テレビを視聴する時間は減っていますが、それでも、1日に3時間12分は視聴しているそうです。6年前と比較すると、49分減っています。テレビを持つ家庭の半分以上がネットにつながっているテレビだそうです。

―将来的に、ライセンス料制度は続くでしょうか。

 次に交渉が始まるのは2021年ですね。今後も続くかどうかはわかりません。

 放送業がすべて、サブスクリプション制になるという人もいます。

 英国では完全サブスクリプション化には時間がかかると思います。政府がもっとお金をつぎ込む限り、BBCは続くでしょう。

 現在の王立憲章の期間が終了するのは2027年です。これ以降もBBCは続くとは思いますが、放送を暗号化する可能性もあります。ライセンス料を払った人だけが視聴できるように。今のところ、導入には反対派が多いですが。

 将来どうなるか、私にもわかりません。

 誰にも同じサービスを提供する、というのが公共サービス放送の前提です。もしサブスクリプションのみになったら、これが崩れることは確実ですね。(終)


by polimediauk | 2020-01-24 21:32 | 放送業界

以下のインタビューは、週刊誌「東洋経済」11月23日号特集「NHKの正体ー膨張する公共放送を総点検」に掲載された、筆者執筆記事(実は政府の影響を排除しきれていない 本当にNHKのお手本になる? BBCの意外な実態とこれから)のために行われたものです。

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 ジャーナリズムにも、ガバナンスにも懐疑の目が向けられるNHK。その英国版とも言えるBBCは、英国でどう受け止められているのか。課題は何か。日本の「NHKから国民を守る党」(N国党)のような政治勢力はあるのか。

 放送業の専門家数人に聞いてみた。

 最初の回は、英BBCはお手本になるか? 英国でN国党がない理由は「公共のため」を信じる国民がいるから になる。今回は、2回目である。

 英キングストン大学のブライアン・カスカート教授(ジャーナリズム)は、ジャーナリストとしても知られ、メディアに説明責任を持たせるためのロビー組織「ハックト・オフ」(俳優ヒュー・グラントが旗振り役となったことで著名に)の創業者でもある。

BBCは英国では特別な位置を占める

ー英国では、日本の「NHKから国民守る党」のような政治勢力はあるでしょうか。英国民にとって、BBCはどんな存在なのでしょうか。

カスカート教授:2つ目の質問からお答えしましょう。

 話の根幹になる部分です。

 英国社会で、BBCは特別の位置を占めていると言えます。

カスカート教授(キングストン大学提供)
カスカート教授(キングストン大学提供)

 英国はイングランド地方の他に北アイルランドもあれば、スコットランド、ウェールズもあります。人々の階級も色々ですし、人種も、出身国も違ったりします。

 しかし、これまでの歴史を振り返ると、英国を1つにまとめる役目をしてきた4つか5つの組織があります。

 1つは軍隊です。これは国のレベルですよね。

 その他には、第2次世界大戦後に作られた「国民医療制度」(NHS)。これは何十年にもわたって、英国の宝のような存在です。税金で診察料を賄うので、貧富の差を問わずにお医者さんに診てもらえる体制です。

 ゆりかごから墓場までの福祉体制もそうですね。

 王室制度もそうです。

 BBCは中でも最も力が大きいと言えます。

 第2次大戦時のBBCのニュースをみんなが聞いていました。その後も番組を視聴し続けてきたわけです。BBCは国民を一つにまとめる役割を果たしてきましたし、国民はBBCを自分たちのものとして、みんなで所有・共有してきたのです。

 これが可能になったのは、創立当初から政治的に不偏不党を頑固に貫いてきたからです。どこの勢力にも与せず、みんなのものであり続けました。

国が割れて、BBCは誰も満足させることができなくなった

ーBBCを壊すことを目指すような、日本のN国党に相当する政治勢力はありますか?

 それは現在の与党・保守党と言えるでしょう。

 過去何十年にもわたって、常に反BBCでした。保守党はBBCが民放になるべきと思ってきたのです。

 その理由は、イデオロギー的に言うと、英国の保守派はいかなる形であっても国家によるサービスというのものを信じていません。公共のために放送をするBBCの意義を信じていません。少なくとも、これが1つの理由です。

 BBCは今、危機状態にあると思っています。

 それは、これまでは不偏不党であることですべての人を満足させてきたのですが、今や、同じ理由ですべての人に不満を抱かせるようになったからです。

 今、英国はこれまでの歴史では見られなかったほどの分断が起きています。このことをいくら強調しても強調しすぎることはないでしょう。今ほど、英国が2つに深く割れたことはないと思っています。

ー英国の欧州連合からの離脱(「ブレグジット」)をめぐって、国民の意見が割れている、ということでしょうか。

 そうです。ブレグジットがあるので、BBCは機能しなくなってきています。すべての人を満足させることができなくなりました。

 BBCの現在の経営陣が弱体化していることも危機状態にある理由の1つです。この大事な時に、指導力を発揮できない状態です。

―朝の情報番組の司会者が個人的な見解を表明したとして、注意され、これが炎上して、その判断を引っ込めるという事件がありましたね。BBC、「差別批判は中立原則の逸脱」としたものの、後で撤回 一部始終を振り返る

 経営陣はすぐに対応できませんでした。自分たちが何をしようとしているのかを視聴者に伝えることができなかった。その結果、すべての人を怒らせたのです。

 それと、新聞メディアの影響もあるでしょう。

 英国の主要全国紙は非常に保守・右派系で、例外なく離脱支持派です。ですから、もしBBCが不偏不党を貫けば、新聞メディアの大攻撃に遭遇します。BBCは離脱を支持していない、と。

 保守系の新聞はBBCを国営放送とみなして、嫌っているという部分もあります。BBCはこうして、敵に囲まれていることになります。

 最初に、英国をまとめる複数の組織の名前を挙げました。BBCのほかには軍隊がありますが、かつての規模よりもだいぶ縮小しています。

 国民医療制度も、BBCが攻撃を受けるのと同じ理由で政府から攻撃されるわけです。お金を十分に投入しないという形での攻撃です。

 福祉制度も同様です。王室もこれまでに様々な理由で批判されてきました。エリザベス女王は高齢で、離脱をめぐる複雑な政治状況に対処しなければなりませんし、国自身がバラバラになっている状態です。スコットランド地方はますます独立志向を強めていますし、北アイルランド(注:離脱後、地続きとなるアイルランド共和国との関係がまだ決まっていない)では今後、何が起きるか予想できません。ひどい状態です。

―ブレグジット問題以前にも、BBCに対する信頼感は落ちていたのでしょうか。

 BBCの問題の1つは、常に不偏不党でなければならない、ということです。このため、議題設定をすることができないのです。ニュースの中でどの部分が一番重要なのかを決めることができない。新聞報道のニュース順位に即することになるわけです。

 新聞報道のニュース順位は全国紙の論調によって、決まります。全国紙はこの点で非常に重要な位置にいるわけです。

 BBC関係者は新聞報道に沿ってニュース順位を決めていることを否定しますが、ニュース番組を見ればわかりますよね。 

 

 新聞で報道されていないニュースを扱うとき、BBCは慎重にやっていますし、取り扱わないこともありますよね。

 BBCはすべての人を喜ばせようとするんです。中道にいる人からすれば、これはこれでよいわけです。でも、左右いずれかの強い意見を持つ人にとっては、物足りなかったり、BBCを嫌ったりします。

 でも、ブレグジットをめぐって、この中道という位置が消えてしまったわけです。ですから、BBCの居場所がなくなったのです。今英国には中道の位置がなくなってしまい、あるのは「残留」か「離脱」か、です。議論を動かしているのは、もともと、BBCを嫌っている人々です。

―なぜBBCの経営陣は慎重姿勢を維持するのでしょう?世論が両極端に分かれてしまったからでしょうか。

 経営陣の仕事は楽ではないとは思いますが、BBCは右派保守系新聞に常に攻撃されてきました。右派傾向を強めた保守党が政権を持っていますので、慎重にならざるを得ません。

―私が懸念するのは、人々がBBCに対する信頼感を失った結果、英国の「公共サービス放送」(BBCと主要放送局が入るカテゴリー)の考え方が壊れてしまうのではないか、ということです。

 その危険性は大いにあります。

 この公共サービス放送という概念が機能するのは、前提として、社会の中に同意(コンセンサス)が存在していることが必要になります。

 

 様々な人がいるわけですが、例えば議会は必要という点では一致しているわけです。軍隊も王室も、国民医療制度も必要であり、BBCも、その存在が肯定されているわけです。

 社会的コンセンサンスが存在していればよいのですが、いったんこのコンセンサスが崩れ、人々が両極端に行ってしまったら、最初に犠牲になるのがニュースです。つまり、「何が伝えるべきニュースか」についてのコンセンサスが崩れているわけです。

―メディアの話を超えた、大きな話ですね。

 非常に大きな問題です。英国は今、社会の分断、コンセンサスの消失という大きな過渡期にいます。

 これほどの大きな過渡期は、19世紀でいえば、選挙法を改正した1830年代でしょうか。その後はこれほど国が分断したことはなかったのではないでしょうか。

 今後ますます、社会は分断していくのではないでしょうか。

 この意味からいえば、BBCの将来は危ういです。

 スコットランド地方、北アイルランド地方が現在のように英国の一部であり続けるのかどうかが、怪しい。イングランド地方の中でさえ社会的コンセンサスを維持することも難しいのですから。

 町や村ごとに割れていますし、北部と(ロンドンがある)南部との分断、貧富の差による分断、若者層と高齢者層との間の分断もあります。

 こうした中、公共のための放送という概念も危機にさらされているというわけです。

―インターネットが普及し、メディア環境が激変しています。これもこうした分断に寄与していると思いますか?

 興味深い問いですね。ソーシャルメディアを使うことで、いわゆる「フィルターバブル」が起きていますよね。自分たちの空間の中で情報を交換し、自分とは違う意見を持つ人には耳を貸さないようになっています。

 ただ、こうした傾向はネットを介さない時代にもあったとは思います。

 今は、24時間のニュースサイクルとなっていますので、人々は落ち着いて考える時間がありません。これも影響しているでしょう。

 社会の分断の問題の原因をメディアだけに求めることはできませんが、私は常々、過去何十年にもわたって、全国紙による悪影響を指摘してきました。嘘に満ちた報道を続けてもかまわないという全国紙の報道です。英国社会の中で、こうした新聞によって損害を受けていないものはないと思います。

 例えば、国防、核兵器などについてまっとうな議論をしようと思っても、右派系新聞がかつての大英帝国をほめるような論調で報道を展開しますので、落ち着いた議論ができない状態になっています。

 国の福祉政策についてまともな議論をしようと思っても、難しいのです。新聞メディアは貧困層を嫌っていますから。

―新聞メディアが貧困層を嫌っている、とは?

 例えば、福祉制度を悪用する人は、全体からするとほんの少数です。富裕層による税金逃れの金額は巨大です。後者を攻撃し、税金を取り戻した方が、福祉の悪用者を追うよりはずっと効果的なのですが、新聞メディアは貧困層を攻撃するわけです。

 福祉制度だけではなく、これを移民あるいは外国への援助金問題と言い換えても、同様です。

 分断が激しい英社会でまともな議論ができない状況になっている、と言えると思います。

ー新聞プレスがまともに報じないトピックの1つに、EUがありましたね。

 過去30年、40年、EUについての報道はひどいものでした。不正確な情報ばかりです。驚くほどでした。人々はEUを敵とみるようになっていくわけです。大衆紙デイリー・エクスプレスやデイリー・メールが反EU感情を掻き立てる報道を出していくわけです。

ーBBCのテレビライセンス料制度(日本のNHKの受信料制度にあたる)は今後も続いていくと思いますか。

 ネット時代になって、ライセンス制度は通用しないという声をよく聞きます。

 でも、例えば衛星放送スカイの番組を視聴しようとしたら、月ぎめなり、年間なりで契約料を払うわけですよね。

 米ニューヨークタイムズを読みたければ、有料購読者(サブスクライバー)になる必要がありますね。今や私たちはサブスクリプションの世界にいます。

 英国では、BBCにライセンス料を払います。たとえBBCの番組を視聴しなくても、です。国民のほぼ全員がBBCのサービスを使っており、ライセンス料は一種の税金とみなされるようになりました。

 もしBBCが信頼を失ってしまえば、この仕組みが壊れてしまいます。

 BBCの将来が危うくなるのは、税金のような古い仕組みを維持するかどうかという問題ではなく、いつでもどこでも、だれもが視聴できるという放送局としてのBBCの仕組みが消えてしまうときです。

 ライバルとなる競争相手がいることは確かです。ネットフリックスやアマゾンなど非常に大きく、力がありますし、良いビジネスモデルを持っています。

 しかし、BBCはこれまで、オンデマンド視聴サービスの「BBCi(アイ)プレイヤー」を非常に効果的に使ってきました。

 同時視聴も見逃し視聴もできるアイプレイヤーは、成功したビジネスモデルです。非常に多くのドラマ、コメディ、そのほかの番組が視聴できますし、英国ではオンデマンド市場の首位になります。

 リスクがあるとすれば、BBCは映画は作れません(注:実際には、制作している)。また、すべての人を満足させることができません。視聴者の多くを満足させるニュースの制作にてこずっています。

―最後に、BBCや放送業の将来についての見方を教えてください。

 2つ、あると思います。

 まず、もっと指導力が高い人物がBBCの経営の指揮を執るべきです。新聞王ルパート・マードックのような人物であれ、と言っているわけではありません。でも、視聴者とつながり、BBCが何をしようとしているかを説明できる人物です。視聴者を自分たちの側に置ける人物です。

 もう1つは、ブレグジット。これを片付けてしまわなければなりません。一晩で終わるものではないことは承知していますが。

 終わったときに、BBCが指導力の高い人物をトップに置き、ニュース業の中でその地位を再度築き上げることができるかどうか、です。

 私はいつも、BBC型のメディア組織(公的資金をもとに、ジャーナリズムを行う)は良いビジネスモデルだと思ってきました。もしBBCが十分な収入を得ることができれば、生き延びていくでしょう。

 視聴者の社会的背景や貧富の差にかかわらず、誰もがいつでも視聴できるようにして活動を続けられるのであれば、将来は保証されていると思っています。


by polimediauk | 2020-01-23 22:45 | 放送業界

以下のインタビューは、週刊誌「東洋経済」11月23日号特集「NHKの正体ー膨張する公共放送を総点検」に掲載された、筆者執筆記事(「実は政府の影響を排除しきれていない 本当にNHKのお手本になる? BBCの意外な実態とこれから」)のために行われたものです。

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 「NHKは、大丈夫なのか?」

 そんな声をあちこちで聞くようになった。筆者は英国に住んでいるので、日本で放送されているNHKの番組をじっくり視聴する機会がない。一時帰国中も十分にニュース報道を比較することがないので、NHKのジャーナリズムが今どうなっているかを判断しにくい。

 しかし、日本に住む知人・友人からよく「NHKの報道が政府寄りになっている」という感想をもらうようになった。

 一方、NHKから国民を守る党(略称「N国党」)が支持を拡大させ、国会で議席を獲得するまでになった。その編集体制に疑問が呈される事件も次々と発生し、最近、テレビ番組を放送と同時にインターネットでも配信する「常時同時配信」について、NHKは実施基準の見直しを高市総務相に求められた。

 NHKに逆風が吹いているのを感じている。

 翻って、英国の公共放送BBCはどうなのか?

 筆者は、「なぜ英国でN国党のような政党が(まだ)ないのか」をテーマに放送を専門に研究する学者数人に話を聞いてみた。

 3回にわたって、紹介してみたい。

 第1回目は、英国で放送業行政の研究者としては第一人者となる、ウェストミンスター大学のスティーブン・バーネット教授の話である。

BBCの民営化を主張する人もいる

バーネット教授(ウェストミンスター大学のウェブサイトから)
バーネット教授(ウェストミンスター大学のウェブサイトから)

ー英国で、BBCに対して批判が高まり、N国党のような政治勢力の勃興に繋がったという事例はあるのでしょうか。

バーネット教授:反BBCの運動は、これまでにもありました。BBCの報道が「左寄りすぎる」ということでBBCを嫌っている人たちによるものです。BBCが「バランスの取れた報道をするよう」批判しているのだと説明するわけです。右派勢力の人がよくそう言います。「BBCは民営化されるべき」、と主張する場合もあります。

ーNHKは、リベラル系の人からも批判されているようです。NHKのニュース報道が政府の広報のようになっているという人もいます。権力に十分に批判的ではない、と。日本のテレビ界では民放の力が強いですし、多くの新聞社は放送局や出版社などの他のメディア企業を系列化しています。NHKに対するプレッシャーは大きく、自ら放送受信料を減少させているほどです。

 民業を圧迫してはいけないというプレッシャーがかかる、ということでしょうか。

 日本の放送受信料はいくらになりますか。

ー衛星放送を含むと年間2万円ぐらいですので、BBCのテレビライセンス料(NHKの受信料にあたる)と同じぐらいですね。NHKの報道は政府寄りになっていると言われており、政府にとって都合が悪い、いわゆる森友学園問題などを追求した記者が退職する事例もありました。

 政府寄りになっているかもしれないという指摘は、大変興味深いです。

ー英国では、どうなっているのでしょうか。

 英国では、「公共サービス放送」の強い伝統があります(筆者注:BBCと主要民放・商業放送の数局がこのカテゴリーに入る。報道番組は不偏不党にするなど、様々な規制がかかる)。

 この公共サービス放送も、かなりのプレッシャーを受けていますよ。

 特に、英国の欧州連合(EU)からの離脱(=「ブレグジット」)問題がそうです。残留するか、離脱するかで、国民の意見が二分されました。公共サービス放送として、これをどう報道するのが正しいのか。

 日本で、NHKに対する「民業を圧迫するな」というプレッシャーがあるというなら、ここでもそれはありますよ。特に、BBCオンラインのニュースが批判されています。新聞界が特に批判的です。無料でニュースを出すBBCがいるので、自分たちはニュースサイトで利益を出せない、と言います。BBCはラジオ放送も存在感が大きいですし、BBCのテレビ、ラジオ、オンラインが民放・新聞界からの批判対象になっています。

N国党はまだないが

ーでも、BBCを壊そうとする政党ができているわけではないですよね?

 BBC打倒だけを目的とする、シングル・イシューの政党は、確かに存在していません。

 ただ、(小さな政府を目指す)保守党(現在の与党)は最もBBCに対して批判的な政党と言って良いでしょう。

 特にここ数年の動きを見ていると、そう思います。ライセンス料の金額が減らされたわけではありませんが、保守党政権はライセンス料を使ってBBCに追加の事業をさせようとしています。その中でも、もっともBBCにとってつらかったのは、75歳以上の人が住む家庭のライセンス料を負担するようにされたことです(注:この金額は、これまで政府が税金によって負担していた)。

ーひどいですね。

 その負担額は年間7億5000万ポンド(約1千億円)にもなります。ですので、(国民から意見を募って、その結果)低所得の年金生活者の家庭の分のみ、負担することにしましたね。

 このように、政府はBBCの運営を苦しくさせたり、その収入を事実上減少させたりするというわけです。それでも、表向きには、「保守党としてはBBCの存在価値を認めている」、と言いますね。

ー保守党議員で、以前にBBCを含む放送業の所轄省庁となる文化・メディア・スポーツ省(現在のデジタル・文化・メディア・スポーツ省)の大臣がずいぶんBBCに厳しい態度を取っていたことを記憶しています。ジョン・ウィッティングデール議員でしたね。一体どんな背景があって、BBCに厳しかったのかと不思議でした。

 確かに彼は厳しかったですね。BBCは彼が大臣だった時に厳しい時を迎えました。あの議員はいつもBBCに対して批判的だったんです。BBCの小規模化を志向していました。

ーなぜ、そう思ったのでしょうか。

 2つ、理由があると思います。1つはイデオロギーです。彼は保守党の右派になります。したがって、自由な市場が全ての答えになると考えています。公的助成や国家の干渉をなるべく少なくした方が良い、と考える人です。このため、BBCが潤沢な資金を持つことを歓迎しません。

 もう1つは、彼はいつも新聞界と近い位置を保ってきました。新聞王と言われるルパート・マードック氏が率いるマードック・プレス(タイムズ、サンデータイムズ、サン紙など)と常に近い関係を持ってきたのです。

 英国では、全国紙は非常に強い力を持っています。商業プレスが非常に強いロビー団体にもなっています。ですので、ウィッティングデール議員は新聞界のお気に入りになろうとしたのです。

ライセンス料を払うことに価値を見いだす英国民

ーそれでも、現在のところ、日本のN国党に相当するような、BBCを倒すことを目的とする政党は英国にはありませんね。これはつまり、国民がBBCの存在目的を認めている、ということを意味するのでしょうか?

 確かに、そうです。もし誰かが、BBC を攻撃することを唯一の目的としてシングル・イシューの政党を立ち上げたとしても、あまり支持は得られないでしょう。というのも、この国の多くの人にとって、BBCはとても人気がある組織だからです。

 複数の調査によると、中にはライセンス料を払いたがらない人もいますが、大部分の人はライセンス料は払う価値があると考えています。お金に見合うだけの質があり、多様性がある番組を放送している、と。

 BBCには公的価値があると見られています。公共サービスの一つである、ということが認識されていますし、多くの国民が公共サービスの価値を重視しています。

 ですので、そんなBBCを破壊することを目的とする政党は、それほど人々の支持を集められないと思うのです。

ーこの「公への奉仕(サービス)」という考え方をもう少し、説明していただけませんか

 社会の他の人のためにサービスを提供する組織の存在に信頼を置いている、ということです。

 例えば、BBCにはラジオ3という放送局がありますね。クラシック音楽を流す放送局ですが、リスナーは限られた人々です。でも、多くの人が、BBCがこうしたサービスを提供するべき、と考えています。

 アジア系音楽を専門に流す、BBCのラジオ局もあります。アジアに関係がない人、そんな音楽を聞かない人もいるのですが、それでも、BBCの業務の一つとして存在することを、人々は支持しています。

 自分には関係なくても、他の人が利用するサービスを支援するという考え方なのですね。

ーそういう考え方はどこから生まれたのでしょう?

 さて、どう説明したらいいでしょう・・・集団主義的考え方と言えるでしょうか。社会民主的なアプローチです。集団のために何かを行う、ということ。欧州的かもしれません。

 2016年、EUを離脱するか残留するかの国民投票がありました。

 離脱に反対した理由の1つは、英国の価値観が欧州の価値観に根ざしたものだと残留派市民が考えたからではないかと思うのです。市場や個人主義に大きな価値を置く米国とは異なるのだ、と。米国では、自分のためにお金を出し、欲しいものを得る、と。欧州のように集団のためにお金を払う、という価値観ではない、と。

 英国にはこの集団のための善行という考え方があると思います。あなたの質問は、非常に面白いですね。

ー欧州諸国では、公共サービス放送の強い伝統がありますよね。

 確かに、そうです。

「10年後も、BBCに対する英国民の見方は変わらないだろう」

ーBBCはこれからどうなると思いますか?今後10年、あるいは20年で、人々のBBCに対する見方は変わるでしょうか。

 私は、変わるとは思っていません。

 BBCに対して、敵意が募っている、あるいは反感が高まっている感じがしないからです。

 ブレグジットをめぐる報道では、確かにBBCに対する不満感はありますが。

 BBCが、離脱を推進したい政府の意見に追従しがちなのではないか、という批判があります。心配ではありますが、だからと言って、BBCに対する反感が強まっているとは思いません。

 英国に住む人は、ライセンス料は払う価値があると思っています。

 もしBBCに危機が訪れるとすれば、ネットフリックス、アップル、アマゾンなどによる有料ストリーミングサービスの人気ではないでしょうか。

 でも、こうしたストリーミングサービスが何を提供しているか(注:ドラマ、ドキュメンタリー、エンタテインメントなど)を見ると、もしこうしたサービスだけになってしまったら、集団の善のために何かをやることや、社会を構成する人全員に同じサービスを提供すると言ったことが、崩れてくると思います。

ーBBCは心配しているようですよね。ネットフリックスなどに自分たちが呑みこまれてしまうのではないか、と。

 確かにそのようですが、でも、私は過去40年ほど、BBCをウオッチングしていますが、BBCはいつも何かを心配しているんです!

 BBCが「心配している」という時、実は将来に歩を進めようとしていることを意味します。これから大きな変化が生じてくるので、BBCとしてはどうしたらいいのかを考えているのだ、と。ストリーミングサービスがさらに人気になった時、BBCとしてはどのような存在であるべきか。いかに、人々の生活に欠かせない存在であり続けるか。

 これまで、創業から約100年の間、BBCは常に人々の日常生活において、欠かせない存在となってきました。ニュース、ドラマ、子供向け番組、スポーツ番組などを提供してきたのです。これまでは、成功してきたわけですが。

ー言論空間について、お伺いしたいのですが、近年、政治的な議論において中道の行き場がなくなってきたと言われています。懸念をしていらっしゃいますか。BBCはニュース報道において、不偏不党が義務ですよね。すると、ブレグジットのような話題では、どちらも満足させることができなくなります。両方から批判が来る・・・。

 懸念はしています。

 ブレグジットは特別な現象です。こんな状況は今までに見たことがありません。国が離脱派と残留派の2つに大きく割れていますよね。

 BBCは妥協点を見つけるのがうまいんです。どこかに落とし所を見つけます。でも、今回は難しい。国民は、2つの方向にますます離れていってしまいました。

 BBCとしては、報道が非常に難しくなりました。離脱派からも残留派からも批判されます。特に、政府に近すぎるとさえ言われました。BBCとしては、全ての側の見方を紹介しようとしてきました。でも、非常に難しい。まだブレグジットは終わっていませんが、将来的に全てが終わった時、何らかの形での修復が必要かもしれません。

ライセンス料制度は続くのか?

ーこれからも、ライセンス制度は続くでしょうか。今のところ、今後5年先までは維持することになっていますが、その後のことは決まっていませんよね。

 数年先までしか決まっていないというのは、普通です。いつもそうでしたから。

 BBCの存立を規定する「王立憲章」ですが、これの有効期間は今回は11年間です。10年後にはBBCはないだろうという人もいましたが、今は少なくとも2026年度までは存在することになります。5年後にライセンス制度の見直しをする、というのは合理的だと思いますよ。

 私の予想では、結論を先延ばしにするだろうと思います。そしてまた「5年後に見直す」となるのではないでしょうか。

ーBBCについて、心配していることはありますか?

 資金繰りですね。緊縮財政を敷いてきた政府が、(ライセンス料の値上げ凍結という形で)BBCの収入を事実上削減したことで、大きな損害が発生したと思います。もっと資金を投入するべき分野があると思いますし、その一例はニュース報道だと思います。

 フェイクニュースの蔓延も懸念しています。BBCがこれにどう対応するか。

ーネットフリックスやアマゾンなど、有料購読制による動画視聴サービスの影響はどうでしょう?特に、若者層はテレビではなく、ネットでコンテンツを消費する傾向が高いので。

 負の影響が出ることもあり得ますが、この市場は動きが大きい市場ではないかと思っています。ディズニーも参戦しましたし、アップルもあります。複数のサービスが有料動画市場で戦っているわけです。みんなが視聴者からお金を取りたがっていますが、負債を抱えながらの経営ですから、それほど大きな利益を得ることができないのではないでしょうか。赤字の場合もあるでしょう。

 いつか、自然淘汰が起きるでしょう。そのうち、購読料を上げざるを得なくなります。

 公共サービスとしての放送業には安定性があります。質の高い番組を作っていく限り、市場のどこかにひっそりとでも生息し続けるのではないでしょうか。

ーそれでは、BBCの将来がどうなるかと案じて、眠れない夜を過ごす必要はないわけですね?

 まだそうする必要は、ないでしょう。


by polimediauk | 2019-12-28 15:07 | 放送業界

「プライベート主義」を維持しながら、アーチーちゃん誕生

 5月6日、エリザベス女王の孫にあたるヘンリー(通称ハリー)王子とメーガン妃の間に、初の子供(アーチ―・ハリソン・マウントバッテン=ウィンザー)が誕生した

 ハリー王子の兄にあたるウィリアム王子(王位継承順位第2位)の妻キャサリン妃の出産の場合とは異なり、ハリー王子とメーガン妃は出産を出来得る限り「プライベート」に行った。どこで赤ちゃんを産むかは公にされず、出産から数時間で母親メーガン妃が報道陣の前に姿を現すこともなかった。

 ハリー王子の継承順位は第6位で、アーチーちゃんは第7位。父子共に、国王になることはまずないとみてよい。この面から、いつどれぐらい情報公開をするかについて、自由度が高かったのだろう。

 しかし、ウィリアム王子とハリー王子の母は、王室に入る前後から執拗にメディアに追われ、1997年に交通事故で命を落としたダイアナ妃。両王子共に人一倍「プライバシーを守りたい」という気持ちが強く、メーガン妃自身も「情報を選択的に公にする」ことを望んだのだろう。

 出産当日の6日、バッキンガム宮殿が「メーガン妃は分娩に入りました」と午後2時頃に伝えたが、実はその日早朝にもう出産を終えていた。ハリー王子とメーガン妃は公式インスタグラムで出産のニュースを告げ、幸せいっぱいの王子が少数のメディアの取材に応じた。この時の動画がすぐに報道された。

 今か今かと誕生の一報を待ち構えていたメディア側は、「分娩に入った」とされながらも実は生まれていたことを知り、「一体、どうなっているんだ!」と右往左往。正確な情報が入ってこなかったことで、いら立ちや怒り、困惑を感じたメディアもあったようだ。

 出産から2日後の8日、王子とメーガン妃はアーチー君を抱いて、メディアの取材に応じた。短い動画だったが、二人の肉声が聞ける、貴重な動画となった。


 筆者はこの時、若い王室のメンバーが、「子供の顔を見たい、知りたい」という国民の要求を満たしながらも、「自分が設定した状況で子供を見せる」を一つのルールとしていることを、改めて知った。「メディアの都合に振り回されない」という姿勢だ。


 また、「自分たち自身がどう見せるかに深く関与する」ようになった。

 例えば、ウィリアム王子とキャサリン妃が子供たちの誕生記念の画像を公式に出す時、母親であるキャサリン妃自身が撮影した写真を使っている。

 メーガン妃とハリー王子の場合も、アーチーちゃんの姿を初めて公開するにあたり、二人で「こうしよう」と細かく決めたに違いない。どんな背景で、どんな場所で、どんな服装で、赤ちゃんをお披露目するのか、と。

 この「メーガン・ハリー流」は現代的で、手作り感がある。筆者は好感を持った。

 しかし、実は、懸念もあった。

 先の動画の中で、カメラがアーチーちゃんの顔のクローズアップを撮ろうとしていた。クローズアップは瞬時で、アーチーちゃんの顔の片側が垣間見えたのみ。

 テレビでこの動画が紹介されていた時、キャスターが「よく顔が見えないんですよね・・・」と何気なく、言っていた。筆者も、「そうだなあ、もっと見たいなあ」と思ったものだ。


 しかし同時に、筆者は嫌な予感がした。メーガン妃はアフリカ系の血を引く。もしかしたら、アーチーちゃんの肌が浅黒いのかあるいは白いのかをじっくり見たいという人も出てくるはず。そうすると、将来、人種差別主義的な人やメーガン妃を批判する人の攻撃対象になるのではないか。そういうことが起きないといいなあと思った。

 しかし、すでに、「事件」が起きていた。

BBCの司会者がツイート発信

 BBCの「5ライブ」というラジオ・チャンネルで自分の番組を持つ司会者ダニー・ベーカーが、ハリー王子とメーガン妃の赤ちゃんについて、BBCが後で言うところの「重大な判断の誤りがある」ツイートを発信していたのである。

 問題とされたツイートは、ベーカーがすでに削除してしまったが、成人の男女が洋服を着たチンパンジーの手を取っている画像に「ロイヤルべビー、病院を出る」というキャプションがついていた。男女はハリー王子とメーガン妃、チンパンジーが赤ちゃんを指すのは明白だ。

 ベーカーはこのツイートで、アーチーちゃんをチンパンジーに例えてしまった。メーガン妃がアフリカ系であることから、彼女の出自を嘲笑したとも受け取られかねない。

 

 2016年、ミシェル・オバマ米大統領夫人(当時)を「ヒール付きの靴を履いたサル」と評したフェイスブックのコメントを支持し、後に辞職したウェストバージニア州クレイの町長の話を筆者は思い出した。

 BBCは、ベーカーが「素晴らしい放送人」ではあるが「放送局の価値観とは逆行する」として、彼を番組から降板させると発表した。

これまでにも番組降板の経験があった人物

 ベーカーはロンドン生まれの61歳。庶民的で、歯に衣を着せぬ物言い、鋭いジョーク、番組に電話をかけてくるリスナーやゲストに「自分も同じスタジオにいる感じにさせてくれる」ことで人気を博するベテランだ。

 しかし、これまでにもBBCを離れざるを得なくなったことがある。

 最初は1997年。サッカーの試合で「レフリーを痛めつけろ」と番組中に発言して、解雇された。2012年には、平日放送の自分の番組が週末に移動する予定となり、当時の上司らを「愚かでずるがしこい」と批判。これがきっかけで信頼関係が崩れ、BBCを去った。

ベーカーの言い分は

 今回問題となったツイートについては、まずソーシャルメディア上で批判が高まり、ベーカーはツイートを削除。その後で、新たにツイートした。「もう一度(いう)。馬鹿で、思慮に欠けたギャグの画像について、深く謝罪する」。

 先のツイートは「王室対気取った服装をしたサーカスが大好きな人々についてのジョークのつもりだった」。ここでいう、「サーカス」とは赤ちゃんの誕生で大騒ぎをするメディアとこうした報道を追う人々を指すのだろう。しかし、これが「サルと人種についてのものであるとして解釈されてしまった。だから、正しくも、削除した」。

 続けて、「王室のウオッチングは自分の得意な分野ではない」。

 その前後のツイートでは、「ほかの王室のメンバーや(白人の大物政治家)ボリス・ジョンソンの子供」にも、この画像を使っただろうという。「笑えるイメージだから(使った)」、「大きな間違いだった」、「グロステスクだ」、「アーチー君、ごめんね」。

 その後、彼の家の前に集まった報道陣に対しては、「人種差別的とは思わない」と述べている。この画像を使用したことについては「考えが足りなかった」ことを認めている。

 彼のツイートへの反応を見ると、圧倒的に先のツイートを非難する声が多い。

 ちなみに、「人種差別的とは思わない」という表現は、人種差別的発言をした人が良く使う表現だ。「つい、うっかりして」そんな発言をしたが、「自分は人種差別的ではない。人種の異なる友人がたくさんいる」というのである。

 ベーカーは、確かに人種差別のつもりはなく、画像も単に「笑える」と思って使ったのかもしれない。赤ちゃんにまつわる大騒ぎ(「サーカス」)を批判するのも、まっとうな行為だと思う。

 しかし、発信する前に、どうしてピンとこなかったのか?感覚が鈍すぎたように思えて仕方ない。

そのツイート画像とは

 削除されたツイート画像だが、その内容の描写を聞いて、筆者はぞっとした。しかし、オリジナルの画像にはどういう意味があったのだろうか?

 …と思っていたところ、10日付のデイリー・テレグラフ紙に問題のツイートの画面が掲載されていた。

 

 ここまでの話で、読者の方も心の準備ができていると思うので、テレグラフの記事やハフィントンポストの記事から、ツイートで使われた画像の背景を紹介してみたい。

 ベーカーの問題ツイート(5月10日付、テレグラフ紙を筆者撮影)
 ベーカーの問題ツイート(5月10日付、テレグラフ紙を筆者撮影)

「紳士のチンパンジー」

 中央にいるのは「ジェントルマン・チンパンジー(チンパンジー紳士)」とも呼ばれたチンパンジーで、名前は「ジョー・メンディ」。

 米国のサーカス興行者ルー・バッケンストーに買われて、1920年代を中心に米ブロードウェーやコメディア界で人気者になった。バッケンストーの妻がチンパンジーに芸を教え、「5歳の子供と同じ知的能力がある」という触れ込みで、米国内を巡業した。

 最も著名な例としては、テネシー州デイトンで行われたショーの中で、メンディはミニチュアのピアノを弾き、カメラの前でポーズを取った。ある飲食店でコーラを飲んだとも言われている。

 初代メンディは1930年に死亡。2代目のメンディが巡業を行ったが、バッケンストーが窃盗罪で捕まり、デトロイト動物園に送られたという。死亡は1934年。

 写真に写っているのは、1925年、メンディが「*スコープス裁判」(通称モンキー裁判 )に出廷するためにやってきたところ

 *大辞林によると、「宗教と科学をめぐるアメリカの裁判事件。1925年、聖書の天地創造説に反する理論を公立学校で教えてはならないというテネシー州法に反して進化論を教えたとして、生物教師スコープス(J. T. Scopes)が訴えられ、裁判の結果有罪とされた。67年、同州法は廃止された」。

 (注:ツイート内の写真のオリジナルのキャプションは、Roland Robbins, Joe Mendi & Gertrude Bauman at the Scopes Monkey Trial. 12/14/25. Credit: Library of Congress。ローランド・ロビンス及びガートルード・バウマンは関係者とみられる。テレグラフ記事では「男性と女性はバッケンストー夫妻」という説明がついている。)

再びの謝罪

 10日、ベーカーはツイッターで、先日のツイートについて改めて謝罪した。「本当に、配慮に欠けた、破滅的な間違いだった」。なぜ特定の画像を選んだのか、何を目的としていたのかについて真摯にかつ詳細に記した。

 将来、「4度目の正直」でベーカーはBBCに戻るかもしれない。ふと、そんな気がした。


by polimediauk | 2019-06-26 15:11 | 放送業界

(新聞通信調査会が発行する「メディア展望」の筆者記事に補足しました。)

 5月29日、NHKのテレビ放送のインターネットへの常時同時配信を認める改正放送法が、参議院本会議で自民党や立憲民主党などの賛成多数で可決・成立した。

 英国では、現在までにBBCを含む主要放送局が常時同時配信を行っている。過去の番組を再視聴できる「見逃し視聴(キャッチアップ)サービス」も含めて原則無料で提供されており、インターネット視聴も可能なので、ネットに接続していれば「いつでも」「どこでも」「どの端末でも」番組コンテンツを視聴できる環境がある。

 その法的根拠やどのように使われているかについて、ニュースの消費状況を中心に紹介してみたい。

放送と通信の融合

 2003年、電気通信及び放送サービスの在り方を規定する「放送通信法」が成立し、この中で「放送通信庁(Office of Communications)」(通称「オフコム」)が規制・監督を行う組織として新設された。

 放送通信法はいわゆる「放送と通信の融合」を象徴する。BBCを例にすれば、テレビやラジオで番組を放送するばかりか、ネットではニュース情報や動画を配信し、「放送」と「通信」の両方にまたがるサービスを展開している。インターネットの普及を背景にしたメディア環境の激変を反映したのが、この放送通信法と言えよう。

 英国で放送局による番組コンテンツの同時配信が実現したのは、10年ほど前だ。

 テレビ番組視聴の際にはNHKの受信料にあたる「テレビ・ライセンス料」を支払う必要があるが、通信法の詳細を定める「通信(テレビ・ライセンシング)規制」(2004年)は、対象となる「テレビ受信機」をインターネットやそのほかの方法での「放送・同時配信を受信できる装置」と規定している。この「受信機」にはPCやタブレットなども含まれると解釈されている。

 2006年から主要放送局の1つチャンネル4が見逃し番組の視聴サービスを開始し、BBCも2007年には本格的にこのサービスを提供した。翌08年、BBCは放送と同時の番組配信を始め、放送界で同時配信が常態化していく。

 こうした市場の変化を踏まえて、2016年、先の「通信(テレビ・ライセンシング)規制」が改正され、テレビ受信機が「受信」するサービスの中に「BBCが提供するオンデマンド・サービス」が付け加えられた。オンデマンド・サービスには見逃し番組の視聴サービスも含まれる。

 BBCはオンデマンド・サービスや同時配信サービスに対し、ライセンス料の支払い者となる視聴家庭に追加の使用料の支払いを求めていない。ただし、ライセンス料を支払っていることが前提であり、テレビ受信機を持っていなくても視聴できる媒体を持っていれば、支払い義務が生じる。

 PC、スマートフォン、タブレットなどでBBCの番組を視聴する場合、画面上でライセンス料を払っているかどうかを聞かれる。また、ログインIDを作る必要がある。BBCは後者を「利用者のし好にあったサービスを提供するため」と説明している。

24時間報道の生態圏と同時配信

 さて、具体的にはニュースはどのように発信されているのか。

 3月中旬、英政界が大紛糾し、筆者が自宅のテレビ、PC,英議会前と様々な場所で取材した模様を伝えたい。

 3月12日、英国の欧州連合(EU)からの離脱日(予定は同月29日)を間近に控え、英下院の動きが大きく注目された。昨年11月にメイ首相とEU側が合意した離脱条件を決める「離脱協定案」の修正版の採決を取るため、数時間にわたり、議論が続いた。

 流れを追うため、筆者はPC上でBBCのニュースサイトからテレビ番組視聴アプリ「BBC iPlayer」を開き、ニュース専門チャンネル「BBCニュース」を見た(テレビをつけて、BBCニュースのチャンネルを見ることもできた)。画面には、前日深夜、最終交渉のためにフランス・ストラスバーグに出かけたメイ首相の疲れ切った姿があった。

 筆者は、PCがある部屋から出て台所でコーヒーを沸かす間、スマホの同じアプリで同じ番組を視聴し、議員らの発言を聞き続けた。

ライブ・ブログで情報を収集する

ガーディアン紙の政治ブログ(ウェブサイトより)
ガーディアン紙の政治ブログ(ウェブサイトより)

 テレビと同時に、BBCや大手新聞社が立ち上げる「ライブ・ブログ」にも目をやった。それぞれの記者数人が、議論の要点やほかの政治家の言動、コメンテーターの評価などを時系列に記していく。著名なブログが、ガーディアンのアンドリュー・スパロー記者による政治ブログだ。

 海外から、ツイッターで議論に「参加」する人もいる。例えば、修正案の採決直前には、EUの交渉担当官ミッシェル・バルニエ氏が英国の議員らに慎重な対応を求めるというツイートを発信。これをライブ・ブログが拾い、これにまたコメントがついていく。

議会前で人の話を聞く

 午後7時の採決になったため、議論はまだ続いていたが、筆者は夕方、議会前の広場に集まるEU離脱派、残留派の市民の声を拾うために家を出た。

 電車に乗っている間や広場で市民に声を聞く合間に、スマホでツイートをチェックし、ライブ・ブログで議論の進展を確認する。ここでも見ようと思えば、先ほどのアプリで議論の生中継を視聴できる

テレビでも視聴

 帰宅後、今度は居間にあるテレビを先ほどのBBCニュースのチャンネルに合わせ、採決結果を追うと同時に、スマホ上ではライブ・ブログでの識者のコメントを読んだ。もう一度聞きたい表現があった場合は、生番組をリモコンを使って「巻き戻し」ができる。

 これは自分だけの特別の視聴方法ではなく、例えば特定のスポーツに関心がある人は試合の実況中継や関連ツイートを熱心に追っていることだろう。

 英国メディアのジャーナリストはツイッターを頻繁に使うので、ツイッターを追うだけでもいろいろなことが分かってくる。

 大きな事件・事故があったとき、人々はテレビばかりか、ネットで情報を常時探す。

 英国では、テレビ、ラジオ、PC、タブレット、スマホなど媒体を選ばず、常時番組コンテンツに切れ目なくアクセスする生態圏が出来上がっている。

 ニュースに関しては、1990年代後半以降、「24時間ニュース・チャンネル」が存在し、「切れ目ない」報道の生態圏に向かってすでに舵が切られていたということも押さえておく必要があるだろう。

 今はそのようなチャンネルが複数あり、ネットでも視聴できる。例えば、BBCニュース・チャンネルのほかに、スカイニュース、英国発以外では、「フランス24」や「アルジャジーラ」(それぞれ複数言語版がある)など。

なぜ、同時配信が必要か

 英放送業界が同時配信をせざるを得なくなった理由として、メディア消費環境の変化がある。

 オフコムの調査「メディア・ネーションズ 2018」(3月発表)によると、英国でテレビ受信機で番組を視聴する人は、年々減っている。2018年上半期で、1日当たり平均視聴時間は3時間16分(前年同期比4・9%減)だったが、若者層(16歳から34歳)では特に低下した(12%減、1時間51分)。

 代わりに増えているのが放送局以外、例えばユーチューブやネットフリックス、アマゾンプライムなどが提供するコンテンツだ。

 つまり、視聴者がネットに移動したので、これに合わせて放送局もネットに移動した。

 ライバルはユーチューブやネットフリックス、アマゾンプライムになるので、BBCを始めとした主要放送局は、シリーズ物の番組の場合、すべての回がまとめて見られる「ボックスセット」形式での配信を始めている。

 BBCと民放最大手ITVが協力して、新たなオンデマンド視聴サービスを提供するための話し合いも進めている。

 国内の放送局にとって、潤沢な資金をかけて作品を制作・配信するネットフリックスやアマゾンに「勝つ」ことが重要となっている。

負の影響は?

 放送局による同時配信が新聞メディアに悪影響を与えるのかどうかについては、十分な調査が行われていないが、ニュース報道におけるBBCの地方紙・地方テレビへの圧迫問題については、これまでにも指摘されてきた。

 ジャーナリズム業界の今後を考える調査報告書「ケアンクロス・レビュー」(2月12日発表)によると、ネットで無料のニュースがあふれ、人々のメディア消費の動向が大きく変わる中、新聞、放送、ニュースサイトなどで働くジャーナリストの数が減っている。2007年の2万3000人から17年の1万7000人という下落傾向に、歯止めがからないという。

 全国紙の発行部数は1日平均1150万部(2008年)から580万部(18年)に転落し、地方紙も6340万部から3140万部と半分以下となった。

 英国民がニュースにアクセスする媒体として最も大きな位置を占めるのはテレビで、最も頻繁にアクセスするニュースサイトはダントツでBBCのニュースサイトだ。

 「レビュー」は、オフコムに対し、BBCがほかのニュースメディアのビジネスを阻害していないかどうかの調査を開始するよう、提案している。


by polimediauk | 2019-06-13 16:49 | 放送業界

(新聞通信調査会が発行する「メディア展望」2月号の筆者記事に補足しました。)

 誰が高齢者のテレビ視聴料を負担するべきなのか?英国で、そんな議論がひっそりと続いている。

 通常であれば大きな話題になるはずだが、「英国の欧州連合(EU)からの離脱」=「ブレグジット」=についての報道が連日トップニュースとなっており、影に隠れた格好だ。

 

 英国では、視聴家庭が「テレビ・ライセンス料」(NHKの受信料に相当)を払い、これでBBC(英国放送協会)の国内の放送業務を賄う伝統が続いてきた。しかし、2000年からは、75歳以上の高齢者がいる家庭はライセンス料の支払いを全額免除される制度ができた。時の労働党政権が、年金生活者の貧困を緩和するための施策として導入したものだ。

 

 免除されない場合、年間のライセンス料は現行ではカラーテレビで150.50ポンド(約2万円)だ。

 

 過去18年にわたり、高齢者の支払い免除分は政府が税金で負担してきたが、2020年6月以降、BBCが責任を持つことになった。

 今後の高齢者層の支払い免除について、BBCは昨年11月から今年2月中旬まで意見募集を行った。全額免除を踏襲した場合、BBCにとっては大きな負担となるため、なぜそれが現実的ではないかを明らかにして何とか「損害」を最小限に抑えたいという意図が見え隠れする。

 意見募集のためにBBCが作成した文書を参考にしながら、状況を見てみたい。

なぜBBCが高齢者の救済役に?

 その前に、なぜ高齢者のラインセンス料支払い免除がBBCの責任になったのかを説明したい。

 労働党政権が開始した高齢者特別措置は、2010年に発足した保守党・自由民主党連立政権でも続行となった。しかし、15年、保守党単独政権はBBCの経営陣トップと会合を持ち、政府負担を解消すること、代わりにBBCが負担することで合意した。

 BBCトップがこうした条件を呑んだのは、ライセンス料の値上げ凍結の解除をしてもらい、BBCの存立を規定する「王立憲章」更新のための交渉を有利に進める狙いがあった。

 値上げ凍結は、2007年から08年にかけての世界金融危機の発生がきっかけだ。政府は緊縮財政を実行し、凍結を実施させた(2010年から17年)。かつてはインフレ率と連動し、これに上乗せした値上げ率が採用されてきたため、大きな変化となった。

 同時に、政府はBBCに対し様々な業務を肩代わりさせた。例えば放送業界のアナログからデジタルへの移行や人口の少ない地域でのブロードバンドの展開支援など英国のデジタル化進展費用を負担させた。

 こうした要素が背景となって、BBCの計算によれば、過去10年間で実質的にはライセンス料収入は20%減少したも同然となった。ちなみにBBCは国営ではなく「公共サービス放送」だが、ライセンス料の値上げ率は政府との合意をベースにして国会が承認する形を取る。

 2015年時点、ほぼ10年毎に更新される王立憲章の更新が2017年に迫り、識者の間に「ライセンス料制度は廃止されるべき」という声が再燃していた。この制度が廃止されて代わりに視聴したい人が視聴料を払う制度になれば、BBCの収入は大きく減少するといわれている。経営陣としては、確実な将来の計画を立てるためにライセンス料制度を死守し、凍結を何としても解除する必要があった。

 そこで、オズボーン財務相(当時)とBBCのホール会長は更新のための本格的な交渉が始まる前に、「ライセンス料制度は維持される」、「値上げはインフレ率と連動する」などを政府側がBBCに約束する代わりに、政府が2020年6月以降、高齢者のライセンス料支払い免除分を負担せず、免除分の取り扱いはBBCの責任とすることで合意した。

 2017年、通信法(2003年)への補足事項の追加によって、BBCが高齢者(ここでは65歳以上)に対し支払い免除制度を設けるかどうか、設置するとすればどのようにするかについて決定する責任を持つことが立法化された。

 高齢者の支払い免除分はすでにBBCがその一部を負担しており、2020年夏以降、税金による負担が完全停止することになる。現行では446万戸が対象となっている。

高齢化社会の到来と強力なライバルの出現

 BBCが昨年11月20日に発表した、意見募集用の文書「年齢に関係づけたテレビ・ライセンス料の政策」、調査会社「フロンティア・エコノミックス」が作成した2つのリポート「ディスカッション・ペーパー」(同年10月)と「75歳以上の資金繰りの見直し」(同年11月)によると、支払い免除が導入された2000年当時と現在では、状況が様変わりしている。

 例えば年金生活者を主とする高齢者家庭の所得の低さが免除導入の理由となったが、仕事を持つ家庭の収入の伸びよりも、高齢者家庭の所得の伸び率が大きくなっていることが調査で分かった。

 また、免除分の金額は2001-02年度では3億6500万ポンド(約500億円)だったが、2021-22年度では倍以上の7億4500万ポンドに上昇。後者の金額はBBCが2017-18年度に番組制作や関連サービスに費やした総額の18%に当たる。2000年、75歳以上の高齢者は総人口の7%だったが、16年には8%に上昇した。2026年には10%を占めると予想され、2030年では免除額が10億ポンドに上ると推測されている。

 社会の高齢化がこれからも続くことは確かで、国の福祉政策の一端を担うことになったBBCには、免除分の負担が際限なく増えることへの危機感がある。

 将来のメディア環境を展望するとき、BBCは強力なライバルの出現で苦しい展開を強いられているという。例えば、アップル、アマゾン、フェイスブック、BT、ネットフリックスなどが動画コンテンツを英国内の視聴者向けに提供するようになっており、「巨大なグローバル企業が放送業界全体の制作費用を押し上げている」と指摘する。高品質のドラマや不偏不党のニュース、オリジナルの番組を制作することが義務化されているBBCにとって、厳しい時代となっている。

 過去7年間で若者層がBBCのテレビ番組を視聴した時間は週に5時間から3時間に減少している。逆に、ネットフリックスに代表されるオンデマンド動画の同年齢層の視聴時間は、この4年間で週に3時間から7時間に増えた。

 こうしたメディア環境の激変を鑑み、BBCは(1)高品質で、英国を反映した番組作り、(2)オンデマンド・サービスの「iPlayer」の対象番組について、現行では放送から30日以内だが、これを30日以上にする、(3)子供向け番組、教育番組の充実化、(4)信頼できるニュース番組の制作、(5)ロンドン以外の英国の地域の番組の拡充などによって乗り切る予定だ。しかし、これらの実現には十分な収入があることが前提となる。

 意見募集のためのBBCの最初の質問は4択になった。(1)現行の高齢者の支払い免除制度を維持する、(2)年齢層による支払い免除制度を停止する、(3)高齢者の支払い免除制度は維持するが、中身を改変する、(4)分からない。

 もし(3)の「改変する」を選択した場合、(1)高齢者は半額を払う、(2)80歳以上の高齢者のみを支払い免除とする、(3)低収入の高齢者のみを支払い免除とする、の中でいずれかを選ぶ。65歳上に適用するべきかどうか、そして免除制度についての一般的な意見も提出できるようになっている。

 BBCは 6月までに最終的な判断を下す予定だ。「すべての年齢層の国民にとって、最善で最も公正な解決方法」を見つけることを目指しているという。

 BBCは「高齢者層にとってテレビが重要な友人のような役割を持っていること」を認識しているという(フィナンシャル・タイムズ紙、2018年11月20日付)。しかし現行制度をそのまま維持すれば、「BBCは大きく変わらざるを得ない」と指摘する。


by polimediauk | 2019-03-20 18:13 | 放送業界

 英国の公共(サービス)放送大手「BBC」。世界中で広くその名が知られている放送局だが、「国営放送」として紹介される事例をネット上でよく見かける。

 改めて国営放送とは何かというと、例えば「ブリタニカ国際大百科事典」の定義によれば、

 国家自身が管理運営する放送。国家予算や国庫交付金などを主たる財源とし,国家機関の一部局として,あるいは国家の強い管理下で放送事業を行い,営利を直接の目的としない。中国などの社会主義国のほか,開発途上国の放送機関の多くが国営放送である。

 では、公共放送とは何か?

 「百科事典マイペディア」の定義によれば、

 放送事業体が営利を目的とせず,聴視者からの聴視料などをおもな財源として,公共の福祉と発展を事業目的として行う放送を商業放送と対比していう。日本のNHK,英国のイギリス放送協会(BBC)などはその代表的なもの。

 英国の主要放送局はBBC,ITV、チャンネル4、チャンネル5、そして有料放送のトップ、スカイなどがあるが、いずれも国営ではない。

 細かく言えば、最初の4つの主要放送局はすべてが「公共サービス放送」(Public Service Broadcasting=PSB)というカテゴリーに入り、放送業を公共サービスの1つとしてとらえる伝統が続いている。

 ちなみに、BBC以外の放送局ITV,チャンネル4、チャンネル5はその運営を広告収入によってまかなっている。運営資金調達方法からいえば、この3局は「商業放送」と言ってよい。しかし、チェンネル4は政府が所有しており、通常の「公共放送か民放か」の2者択一では分類できない形になっている。

 公共放送と商業放送の違いについて、「世界大百科事典」を見てみると、 

 企業として利潤を得ることを目的とせず,もっぱら広く一般の人々の福祉のために行われる放送。放送事業体の類型の一つで,商業放送との対比で設定されるもの。主として,(1)事業目的 公共放送は一般の福祉向上,商業放送は利潤の獲得,(2)運営財源 公共放送は主として受信料,それに対して商業放送は広告収入,(3)番組編成基準 公共放送は全国民的ニーズ,これに対して商業放送は市場性,以上の3点で公共放送は商業放送との対比において特徴づけられる。

なぜ、区別が大事なのか

 筆者がこの原稿を書こうと思いたった1つの理由は、「国営放送のBBC」,「BBCは国営放送」という表現を日本語のネット空間でよく見かけるからだ。

 当初は、「BBCが国営放送ではないことを知ったうえで、ジョークや皮肉としてそう書いているのだろう」と思ったものだ。「まるで国営放送のように、政府寄りの報道をしている」など、一種の批判として書いているのだろう、と。

 しかし、この頃はジョークや皮肉、批判的表現ではなく、これを事実として認識している人が次第に増えているのではないか、と思うようになった。

 というのも、メディア関係者でさえ、「BBCは国営放送」という前提で話したり・書いたり、あるいはそのような前提での論考や批判を「うっかり(?)」と事実として受け止めている例をたまに見かけるようになったからだ。

 しかし、「BBCは国営放送」とするのは、事実誤認である。もちろん、「国営放送のようだ」と表現するのは大いにありだが。

 BBCを国営放送として認識してしまうと、その存在意義が全く無視されてしまうことになる。誰がその運営費を払い、何を重要視しているのかについて、全く違う理解をしてしまうことになる。

 国営放送では何をどのように放送するかを決めるのは時の政府になるし(政府を「国民の代表」と解釈することもできるが)、公共放送では(受信料を払う)みんな(=国民)が決める。いわゆる「お上」が決めるのか、社会を構成するみんなが決めるのか、という話である。そして、BBCは後者である。

BBCの成り立ち

 英国は、なぜ放送業を公共サービスの1つとしてとらえるようになったのだろうか?

 それは放送業の始まりに由来している。英国の放送業の開始は、BBCの誕生と同義語だ。

 拙著「英国メディア史」に書いた個所を参考にしながら、説明してみたい。

 19世紀後半。世界中の科学者が電波を利用した無線通信の実用の可能性を探っていた。

 1896年、イタリア人の発明家・無線研究家のグリエルモ・マルコーニも自己流の実験に没頭し、投資家を求めて英国に渡った。翌年、英郵政省向けの実演が評価されたマルコーニは無線電信機の英国での特許を取得する。

 マルコーニ無線会社を立ち上げ、1899年、英仏ドーバー海峡横断の無線通信に成功。1901年、大西洋横断の無線通信を成就させ、09年にはノーベル物理学賞を受賞するまでになった。

 第1次大戦(1914-18年)を経て、ロンドン郊外チェルムスフォードにあったマルコーニの通信施設では、実験的なラジオ放送が始まっていた。1920年、「新聞王」ノースクリフ卿が当時の著名なオペラ歌手ネリー・メルバによるラジオ・コンサートを実施させた。

 大好評となったメルバの歌声を聞き、「ワイヤレス」(無線、あるいは無線機。当時はラジオの代名詞)メーカーは大きな市場が生まれることを予感した。そこで郵政省に対し、放送局を設置するための申請書を送るようになった。政府は、周波数の混乱を防ぐため、メーカー側が一つの組織にまとまることを希望した。

 1922年、200以上の無線機メーカーがまとまって民間企業「BBC](British Broadcasting Company)が生まれた。

 BBCは、政府からラジオの販売と放送の事実上の独占権を与えられた。民間企業としてのBBCの収入の大部分はラジオの販売からの売り上げと聞き手が郵政省に払う「受信免許料」(ライセンス料)であった。

「公共」の概念が入るまで

 放送を公共サービスとしてとらえ、そのサービスを提供する組織も公的存在であるべきという考えは、アマチュアの無線愛好家たちや政府のレベルで次第に支持されるようになっていく。

 背景には、英国の政治家や知識人の間に広がっていた「資本主義は悪くないが、市場競争に任せてばかりでは富の配分はうまく行かない」とする考え方があった。郵便体制、漁業、水道、電気が公共体として運営されており、放送も射程に入った。

 政府高官らによる米国への視察も影響を及ぼした。世界に先駆けて放送業が発達した米国では、数千にも上る放送局が乱立していた。英政府は米国が「混とん状態にある」と判断し、中央からの規制体制を構築して、大小の無線機メーカーを統合させて1つの放送体を形成させる道を選んだのである。

 こうして、1927年1月、公共放送としてのBBCが生まれた。

国営化への抵抗

 公共組織に変わる直前の1926年5月、英国でゼネストが発生した。

 公共交通機関がほぼ停止し、新聞は休刊かページを大幅に縮小。唯一の最新ニュースを得られる媒体として、BBC(当時はラジオ)を誰もが聞きたがった。BBCの放送内容を書きとったものがあちこちに貼りだされ、電気店や新聞社など、人々はラジオがあるところに集まって放送を聞いた。

 政府は、ウィンストン・チャーチル財務相(のちに首相となる)に御用新聞「ブリティッシュ・ガゼット」を制作させている。

 チャーチルはBBCに対し、ガゼットの報道を読み上げるよう依頼したが、BBC側に断られた。国家の緊急時には政府はBBCを国の管理下に置くことができたが、今回どうするかについて内閣では意見が割れた。チャーチルはBBCの臨時の国営化を主張する一人だった。

 当時の経営陣のトップ、リース卿はボールドウィン首相との連絡を密にしながらも、ニュースの扱いが公平で、当事者の両方の主張を紹介するよう尽力した。

 BBCは「本当に何が起きているかを知らせてくれる」報道機関として、国民や政治家らから頼りにされて、国営化を免れた。

 現在も、公益を目的として報道する伝統が続いている。BBCばかりではなく、ほかの英国のPSB放送局にもこの精神が根付いている。

情報があふれる時代、公共放送の意義をホールBBC会長が力説

 11月14日と15日、スコットランド・エディンバラで、メディア会議「NewsXchange」(欧州放送連合=EBU=主催)が開催された。EBUは欧州を中心とした56か国の公共放送局が加盟する組織で、毎年、このタイトルでメディア会議を開いている。筆者は2005年頃から、この会議を何回か取材してきた。

 情報があふれるこの時代、公共放送の意義は何なのか?

 14日、BBCのトニー・ホール会長の基調講演を聞いてみた。

 印象深かったのが、「視聴者を中心に置く」という立ち位置だ。「視聴者に対して、責任を持つこと」。

 現在、「自分の意見に同意しなかったら、あなたは自分の敵だ」とみなす風潮が強い。しかし、公共(サービス)放送の役目は片方だけの意見を出すのではなく、「偏らないこと。BBCが理解するところの世界のありようをそのまま出すこと」。

 BBCの課題は「視聴者に仕える・役立つための最善の方法は何か」を考えることだという。

 「トップダウンで、視聴者に向かって放送コンテンツを流す、というのではなくて、視聴者とともにある放送局であるべき」、とホール会長は言う。

 視聴者が「自分たちで物事を決定する」ことを支援する存在としてのBBCである、と。

 そのためにBBCが具体的に手掛けるのは、「フェイクニュース(正しくは「ミスインフォメーション」と言い換えた)の撃退」、「説明する」、「リアリティ・チェックというコーナーで、何が事実なのかを明らかにする」、「専門性を持ったジャーナリズム」。

 何度も会長が繰り返したのが、BBCは「視聴者のために」存在していること。ジャーナリズムの役目は「人々に力をつけさせる(エンパワーする)こと」、「人々が自分たちで物事を決定することを可能にすること」。

 リップサービスだと思うだろうか?

 筆者はそうは思わなかった。この理想が十分に現実化しているかどうかの評価は別にしても、BBCの国内放送の主たる運営費は視聴家庭が払うライセンス料によるので、このような表現は当然であろうし、これが公共(サービス)放送とは何かの意味なのだと思う。

 

 


by polimediauk | 2018-12-06 22:58 | 放送業界

BBCが、報酬格差に怒り中国編集長を辞任した女性に謝罪 不足分の支払いへ_c0016826_20511514.jpg
 (BBCニュースのサイトより)

 BBCが、6月29日、男女の報酬格差に抗議して辞任した元中国編集長の女性キャリー・グレイシー氏に対し、不当に低い報酬の支払いを行っていたことを謝罪した。数年にわたる不足分を支払うという。グレイシー氏は全額を慈善団体「フォーセット・ソサエティ」に寄付する。

 グレイシー氏は今年1月、抗議の辞任をした。その後はロンドンで勤務しながらBBC経営陣との交渉を続けてきたが、今回、両者は和解に至ったことを発表した。

 グレイシー氏は同日、BBCの建物の前で、報酬格差問題を「解決できたことを喜んでいる」と述べた。「私にとって、非常に重要な日。BBCを愛している。過去30年以上、BBCは私の仕事上の家族だった。だからこそ、最高のBBCであってほしい。時として、家族は互いに大声を出し合うこともある。それが収まったら、いつもほっとする」。

 不足分の報酬を全額寄付するのは、交渉がお金のためではなく(男女平等であるべきという)「原則のためだったから」。寄付金は女性ジャーナリストを支援するために使われる予定。

 グレイシー氏は今後半年間の無給休暇を取り、中国や性の平等について本を書いたり、講演に従事したりする。

男性との格差に呆然

 グレイシー氏が抗議の辞任をしたのは、BBCにいる4人の国際版編集長(男性2人、女性2人)の中で、男性陣が女性陣よりも「50%以上高額の」報酬を得ていたことに気づいたためだった。

 同氏が中国編集長に任命されたとき、BBCは北米編集長(男性)と同程度の金額の報酬となることを約束した。これを前提に、グレイシー氏は赴任した。

 ところが、昨年7月、BBCが15万ポンド(約2100万円)以上の高額報酬者のリストを発表した時、自分と同じく女性の欧州編集長の名前は入っていなかったのに、男性2人の国際版編集長の名前は入っていた。当時の自分の報酬(年間13万5000ポンド)よりもはるかに大きな額だった。

 上司と交渉を開始したグレイシー氏に対し、BBCは4万5000ポンドの増額を提示したが、それでも男性陣との報酬に大きな差があったため、グレイシー氏はこれを拒否した。

 今年1月上旬、グレイシー氏は男女の報酬差に抗議するため、中国編集長職を辞任したと自身のブログで発表した。

 同月26日、北米編集長ジョン・ソーペル氏も含め、6人の男性高額報酬者が減額に合意した。

 31日、下院の委員会が男女の報酬格差問題についての公聴会を開いた。

 証言者となったグレイシー氏は、ここで過去の屈辱的な体験を披露する。自分の報酬が同等の仕事をする男性と比較してはるかに低い理由について、上司はグレイシー氏に対し「あなたは開発途中だから」と言ったという。30年以上BBCに勤務し、中国にかかわる報道を統轄するグレイシー氏を「開発途中」というのは、侮辱にほかならなかった。

 性による格差に抗議して職を辞任したグレイシー氏。しかし、格差に不満を持つのは彼女ばかりではない。

 BBCラジオ(「ラジオ4」)の朝のニュース解説番組「トゥデー」で司会者の一人だったセイラ・モンタギュー氏も、同番組の男性司会者の報酬がはるかに高いことに大きな衝撃を受けた。

 現在は「トゥデー」を辞め、午後のニュース番組「ワールド・アット・ワン」で司会役として働きながら、交渉を行っている。

 グレイシー氏からの寄付額は、性別による賃金格差に悩む女性を対象に支援を提供するプログラムに使われ、年内にも稼働予定だ。

 BBCのメディア編集長は「BBCとしては、これで報酬格差問題はいったん終わったと線を引きたいだろう」が、今後、同様に男性と同等の報酬を求める女性が続くことが予想され、これをどうするかが課題となりそうだという(BBCニュース、6月29日付)。

 ちなみに、英国家統計局(ONS)によると、英国全体の男女の賃金格差は昨年時点で18・4%(女性の賃金が男性の賃金よりも18・4%低い)。BBCは、内部調査でその差は9~10%としている。

 経済協力開発機構(OECD)の調べでは、男女の賃金格差が最も大きな国は韓国(約37%、2015年時点)で、これに日本(約26%)が続く。


by polimediauk | 2018-07-12 20:45 | 放送業界