小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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カテゴリ:イラク( 27 )


 ・・・といっても、私が裏の情報を知っているわけではない。

 ただ、ウエブで日本のニュースを読んでいたら
久間防衛庁長官 「イラク開戦支持」見解で訂正
 久間章生防衛庁長官は8日午前の記者会見で、政府がイラク戦争に支持を表明していることについて「私は『早まったんじゃないかな』という思いがその時(開戦当時)もしていた。個人としては今でもそう思う」と述べ、当時の政府見解に疑問を示した。
 久間長官は会見で、米国が開戦に踏み切ったことに理解は示しつつも「終戦処理の仕方をもう少し詰めておくべきだった」と指摘。イラク国内で激化している宗派間対立を招かないための計画を事前に立てたうえで開戦に踏み切るべきだったとの認識を示した。
 久間長官は03年3月のイラク戦争開戦当時、自民党政調会長代理として「後世の歴史家は『あの時だけは米国は間違った判断をした』と指摘するんじゃないかと思う」などと発言していた。
 ただ、7日の参院外交防衛委員会で米軍のイラク戦争をめぐり「政府として支持すると公式に言っていない」と発言したことについて久間長官は「政府として閣議決定で談話を決めているので、公式な見解だったんだと思う。『公式でなかった』というのは私の間違いで、認識不足だった」と述べ、発言を訂正した。【山下修毅】
(毎日新聞) - 12月8日17時16分更新


 という記事に出くわした。

 随分正直な人だなあと思った。(前半部分。)

 戦後処理の仕方への批判にせよ、間違った判断の部分にせよ、英国でも政府閣僚が言うことはないが、それでも「ほぼ定説」になっている、と言っていいだろう。耳にタコができるぐらいの定説。常識。立場上言えないことはたくさんあるだろうが、本当に本当のこと(=事実、真実)が言えなくなったら、さぞつらいだろうと思う。

 これからどっちの方向に議論が展開するのだろう?
by polimediauk | 2006-12-09 08:41 | イラク

 チャンネル4というテレビ局のMORE4というデジタル・チェンネルがある。この枠を通じて、時々ドキュメンタリー・クリップを出しているのが、イラク北部の油田都市キルクーク出身の、カルザイ・シェラバヤニ氏だ。(Karzan Sherabayani )14歳で、フセイン元大統領の下、逮捕され、投獄され、拷問を受けた。1990年ごろ、イラクを抜け出して、欧州諸国を渡り歩き、今は英国在住だ。

 初めて会ったのは、イラク出身の難民申請者を英国に強制送還してはいけない、という集まりで、今年初頭になる。

 キルクークに戻って、イラクの現状を伝えるフィルムが、何回かに分けて放映された。自分を当局に密告した人物とも、会う。その人は、自分が友人を密告しなければ、自分が拷問を受けていた、と説明し、2人は涙になる。シェラバヤニ氏は、許す、と言うしかなった。(この模様を含めた、イラクのドキュメンタリーは映画になる、と聞いた。)

 今週、25日、26日、今度はアメリカに行った様子を映像にしたものが出た。

 それほど長く画面に残っていないと思うのでMORE4のサイトから、是非、なるべく早く見ていただきたい!!最初、ニュース番組が始まり、1分半ぐらい後に、シェラバヤニ氏の作品となる。

 米国には、米軍兵士に対して、イラクでの赴任がスムーズに行くように、と、イラクに似せた町並み(イラク村)を作っている場所があるという。ルイジアナ州のフォート・ポークというところ。軍事施設の1つだ。

 そこで彼は、親友にであう。この親友は、「普段どんなことをここでやっているの?」と聞かれ、演技として、「フセインは正しい」ということを大声で主張してみせる。あまりにも迫真なので、シェラバヤニ氏が、「怖くなった」というほど迫力がある。怖いが、何とも滑稽な感じ、皮肉な感じ、哀しみも漂う。

 イラク村取材の26日放映分は、

http://www.channel4.com/more4/news/news-opinion-feature.jsp?id=337


 25日、在米イラク人への取材は

http://www.channel4.com/more4/news/news-opinion-feature.jsp?id=336


 
by polimediauk | 2006-07-27 23:58 | イラク
 

 BBCを見ていたら、イラクのマリキ首相が、アルカイダのリーダーの一人と言われるザルカウイが殺害された、と発表したと言う。バグダット近くの空からの攻撃で命を落としたようだ。

 ザルカウイは、イラクのスンニ派の暴動・攻撃の中心人物といわれている。ヨルダン生まれのザルカイだが、これまでの人生に関しては諸説があり(少なくとも西欧メディア側からすればだが)、なぞが多い人物として描かれることが多い。今年初めには、ビデオテープが公開され、その中で、米国が「傲慢」と述べていたという。

 BBC記者によると、殺害が本当であった場合、イラクで続く反乱攻撃を抑える、という意味で及び、まだ首相になってから日が浅いマリキ氏にとっても、重要な展開となる。

(追記)

 この件に関して、何故殺したのか?という疑問が湧いていたら、ザルカウイの一味といわれるグループに人質となって殺された、ケン・ビグリーさんという英国人の弟(か兄)が、ザルカウイの家族のことを思うと、悲しい・・・というようなことをテレビで述べていて、やっぱりなあ、と思った。

 殺さずに、裁判にかける手はなかったのか、と思う。
 
 しかし、もちろん、懲罰的というか、見せしめと言う戦略的意味が十分にあって、米側はそうしたのだろうが。私が思うのはあまっちょろい考えに過ぎないのだろうが。
by polimediauk | 2006-06-08 16:48 | イラク

 BBCでイラク関係の記事2つが目に付いた。

 1つは、イラク戦争開戦後、英兵1000人以上が脱走している、という記事だ。

 2005年では377人が脱走し、現在居場所は不明。今年は189人が既に脱走した。

 BBCの調べでは1000人以上が脱走しているとのことだが、政府の正式な数字では900人。英軍部隊はイラクに現在約7500人いる。

 国防省は脱走兵の数が増加しているのかどうかに関して詳細な数字を取っていないそうだが、労働党議員ジョン・マックドネル氏が議会で述べたところによると、この3年間で増えている。

 議員が発言したのは、現在、海外勤務を断った場合、何らかの罰側を与えるかどうかを議論しているためで、最悪の場合は終身刑が課される場合もある。(ここまで読んで疑問が沸くのだが、どことなく、「脱走」といっても、軽い感じがするのだが。「非国民!」ということで、近所の人などからバッシングにあわないのだろうか?居場所が分からない、といっても、ちゃんと調べているのだろうか??)

 脱走兵の中で、何人がイラクに行きたくないということで脱走したのか、あるいは家族などの個人的都合で脱走したのかは分かっていない。

 軍法会議の弁護士達は、脱走するところまではいかないまでも、どうやったらイラクに行かないですむか、という相談を頻繁に受けると言う。

 英空軍のマルコム・ケンドール・スミス氏はイラクへの動員に関する命令を拒否したために、8ヶ月の禁固刑を受けた。ケンドール・スミス氏のケースを担当した弁護士のジャスティン・ヒューストン・ロバーツ氏は、毎日のように、イラクでの任務から逃れたいと言う軍関係者から連絡を受けるという。

 ベン・グリフィス氏はかつてエリート軍団と言われるSASのメンバーだった。今年年頭、イラクに戻るはずだったが、米軍がイラクで違法行動をしている様子を見たために、戻りたくない、と上司に告げた。

 これを機に英軍を去ったグリフィス氏。「米軍はイラク人を軽蔑していた。人間として扱っていなかった。イラク人の命や所有物に対して、全く尊敬の念がなかった」と述べている。

 グリフィス氏は脱走をすすめないが、「イラク戦争が間違っていると思ったら、上司に自分の思いを伝えるべきだ」としている。

 28日(日曜日)、BBCラジオファイブライブで、英時間の午前11時にディスカッションが、午後6時半にドキュメンタリーが放送される。(ウエブから入ると、後で聞ける様になっているだろうと思う。)

 もう1つはイラク・ボディー・カウントで、この団体はイラクでの犠牲者の数を数え続けている。

 今年5月26日付で、イラク人の市民で殺された人は38,990人。イラク人の警察官で殺された人は2,059人。

 イラクでどれだけ市民が犠牲になったかは、数え方によって異なる。米英政府側は少ない数を欲しがる。といって、市民の犠牲者数は詳細には数えていないそうである。ブッシュ米大統領は、昨年12月の時点で、3万人のイラク市民が殺された、と述べている。
by polimediauk | 2006-05-28 17:56 | イラク

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(3月、解放されたケンバーさんと奥さん BBCオンラインより)

 何年か前に、日本人のボランティアたちがイラクに行き、人質となった後に解放され、日本に戻ってから大きなバッシングにあった、という事件があった。

 英国でも、やや似た事件が起きていた。

 バグダッドで昨年11月、キリスト教系平和団体活動家のカナダ人2人と英国人1人が武装勢力に拉致されていたが、3月末、解放された。駐留英軍らが救出した。この中で、米国人男性1人は先に殺害されていた。

 過去に、仕事でイラクに出かけたケン・ビグリーという英国人男性や人権活動家の英人女性が人質なって殺害されるという事態が生じており、今回は、何としても英国人ノーマン・ケンバー氏(74歳、ロンドン在)を救わなければならない、という思いが英政府や国民の中で盛り上がった。イスラム教徒の国家議員らが交渉にイラクまででかけたり、著名ムスリムたち、家族らがテレビ画面を通じて誘拐グループに訴えかけた。

 3月23日、ケンバー氏は他の人質らとともに、英空軍特殊部隊SAS隊員らの手によって、救出された。

 ここまではいいのだが、救出されたときに、SAS隊員らに対して「十分に感謝の念を示さなかった」ことが大きな問題となった。英陸軍トップのマイケル・ジャクソン将軍は、チャンネル4のニュース番組で、ケンバー氏から「ありがとう」という言葉を「私はまだ聞いていない」と述べていた。

 番組を見ていて、陸軍のトップがこうしたことを公にするからには、英軍の中でよっぽどの怒りがあったに違いない、と思わざるを得なかった。

 救出後しばらくして、ケンバー氏は「感謝している」とする声明を発表している。

 何故ケンバー氏が感謝する・ありがとうとすぐ言えなかったのかは、イラク戦争開戦に反対し、武力を使うことに対する反対の姿勢を取り続けているため、というのが理由として解釈された。

 たとえ戦争に反対していても、助けてくれたSASに十分な感謝をしないのは、おかしい、という声が強くなった。そもそも、何をしに行ったのか、内戦が起きているというほど暴力が日常茶飯事のイラクに出かけるとは、思慮が足りなかったのではないか、所属するキリスト教平和部隊(CPT)は、「平和団体」というのは隠れ蓑で、実はスパイ行為をしていたのでないか、という憶測も生んだ。

 帰国後、メディアの取材を受け付けなかったのも、こうした批判をさらにエスカレートさせることになった。

 私が見た限りでは、外務省はこうした批判に加担することはなかったと思う。ストロー外相は、イラクは危険で、外務省としては英国民にはよっぽどのことがないかぎり行かないことを勧めるが、個人が個人の理由でイラクにでかけることはあるだろう、とする趣旨のことを述べている。

 そして、今日(15日)、BBCのラジオでケンバー氏のインタビューが放送された。(Taking a stand という番組。泣いて言葉に詰まったり、大声で笑う場面もあり、感情豊かな人だなあと思う。もう一度聞きたい人はhttp://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/4911358.stm)

 聞いた後の私の感想は、筋金入りの信念を持った人だなあ、と思った。あくまでも軍事活動には反対なので、これでは反感を買うだろうなあ、とも。

 「武装していなかった」、「拘束中は小さなことが頭にきた。一緒にいる人質の、カナダ人の英語のアクセントがいやだった」・・・。

 平和活動のためにイラクを訪れ、人質になって、氏が「英軍の中でも最も暴力的な集団」と言う(本当かもしれないが)SASに助けられたケンバー氏。今でもSAS・英軍・英政府(イラク戦争を始めた)に対しては、反対の立場を取る。その「反対の相手」に救出された、という皮肉。そして、「感謝している」とは言うものの、「SASには救出されたくはなかった」という思いが、伝わってくる。

 「いい人」あるいは「悪い人」と、二者択一の枠の中では判断しきれないが、人間は様々な相反する要素を持っている存在だとすると、「こういう人もいるんだな」と思わざるを得なかった。
通常、同じく人質になっていた相手のことで、「カナダ英語のアクセントがいやだった」とか、助けられたSASのことを悪く言ったりはしない。ある意味、正直な人。本音を言う人。

 信念の人、とも言えるのだが、英国に住むと、こういう感じの人は結構多い。ケンバー氏自身とは離れた話になるが、一般的に、現在の英国では、かつては自分勝手と言われるような価値観でも、本音を出すことが、「いい」、とされるようだ。マナーを守るなんて、「古い」のだ。いかにも今が出ているインタビューにも思えた。BBCラジオはこんなインタビューが本当におもしろい。


――(抜粋です)――――

 私は50年代から平和活動家だった。私にとってはキリストの教えは平和だ。ゴスペルは非暴力。これが私にとってはキリスト教の中心になっている。

 私がやってきたのはソフトな活動で、パンフレットを書いたりとかデモをしたりとか。リスクをとる活動をしてみようと思った。兵隊は個人の命をリスクにしている。活動家もそうするべきと思った。

(イラクの危険性を事前にどれぐらい知っていたのか?)
あまり知らなかった。もっと知っているべきだった。十分に人質のリスクを認識していなかった。

(何を達成すると思っていたのか?)
何かを達成すると言うよりもイラクの国民に会うのが目的だった。
バグダットに10日いるだけでは何かを達成する、ということは無理だ。

既に予定された場所を通訳とともに回っていた。原子力発電所に行ったとき、たくさんのイラク市民が西欧から来た人に会うために寄ってきた。一番印象深かった。

(自分でもナイーブだったと思うか?何のプロテクションーー護衛武装などをさすーーもなく歩き回って?)
気をつけるように、と言われていた。自分たちだけで出歩くな、車で出かけるように、と。

(拘束はどのように起きたか?)
私たちは、シーア派の指導者に話を聞いて、今度はスンニ派にも会うべきだ、と思った。それであるモスクに行き、人に会い、写真を撮って、車に戻った。通訳とドライバーを入れて4人だった。走り出すと、他の車が来て、道路にふせるように言われた。

(何を感じたか?)
怖いと言うよりも、自分の身に起きているとは思えなかった。

ある家に連れて行かれ、手錠をかけられた。私たちが「マジックシート」と呼ぶところの紙を見せた。CPTの活動を記した紙だ。

(相手は顔を出していたか?)
そうだ。
これまでに西欧人を人質にとったことがあっても、平和活動家たちを捕まえたことがなかったので、どうしたらいいのか分からないようだった。また、カナダ人にはどうしたらいいのか、イラクに派兵もしていない、と。

(怖かったか?)
怖くなかった。記憶を消してしていた、現状を否定していたのだと思う。
今も同じだ。家に帰ってみて、前と同じだし、普通の生活に戻る。教会にいったり、と。心を閉ざすことで人質とされていた期間を過ごすことができたのだと思う。

(どんなグループだったか?)
1週間はある家で過ごし、後で違う家に移った。たくさん嘘をつかれた。カナダ人たちが先に解放される、イスラム教は暴力を使わない、と。

(家族のことはどう思ったか?)
私の行動がこんな状況をもたらしたことに、妻に対して申し訳なくなった。しかし、決心をしたのは私だし。変える事はできない。

(また会えると思ったか?)
分からない。でも、一日一日を過ごすだけだった。

(犯行グループの一人は少年が、家族がファルージャで殺害された、と。)
本当だ。3人いて、一人、おじさんと呼ばれる男性がいた。冗談を言ったりした。23歳ぐらいのジュニアと呼んだ男性もいた。薬の男と呼ぶ人は英語を良く話した。

(暴力は?)
 最初のころ、トム(フォックス、米人)は何度か殴られた。逃げようとしたからだ。自分も逃げようとした。しかし、セキュリティーがとてもタイトだった。手錠をかけられていた。窓は閉じられて、カーテンから薄い光が。窓には鉄格子がはまっていた。電気ストーブもあった。外にはトイレ。

リスクをとって逃げようとすることもできた。しかし、相手は銃を抱えていた。

(死を考えたことは?)
ある。落ち込んだときは。手段がなかった。カナダ人を助けられると思った。英国人が死ねば。ひどく落ち込んだことがあって。誰にも言ったことはなかったが。

(どうやって思いとどまったか。)
祈っていたとき、家に戻ったとき、私が家に戻ったとき・・・(涙で言葉がつまる)・・・何を言ったか思い出した、神をどんな名前で呼んでもいい、と・・。

多くの人が私たちのために祈っていることを知っていた。

(妻がアルジャジーラを通じて解放の訴えをしたが。)
犯行グループの人がそう言っていた。申し訳ないと思った。こんなことに巻き込まれて。

(罪悪感は?)
ある。疑いはない。

(妻の反応は?)
親切だった。許して欲しい、と言った。

(クリスマスのときは?)
人質の間でクリスマスキャロルを歌った。ダイアモンドの形のパンの中にご飯が入っているのを持ってきた。

(キリストのDVDを与えたそうだが?)
そうだ。変だった。米軍への攻撃の様子をまず見せられた。何故見せたのかは分からなかった。逃げたいと思わないように、ということだったのかと思う。

(人質同士の関係は?)
あまり他の人質とは話さなくなった。それぞれが違う性格だった。外の廊下で、走ったり歩いたり、階段を上ったり、というエクササイズの時もあった。その後は、手錠をかけられた。

(関係が緊密になったのでは?)
そうだが、お互いに言わないほうがいいことは言わないようにしていた。例えば私はカナダ英語のアクセントには我慢ならなかった。(笑い)これを相手に言うことはできない。喧嘩に近いことも1-2回あった。

(フォックスがいなくなってから、どうなったか?)
薬番の男が、私たちは移動する、などと言っていた。ジュニアは私たちにキスした。そこでフォックスを連れていき、私は連れて行かれなかった。最初は大丈夫といったが、後で、フォックスが殺された、といった。

フォックスは米海軍にいたことがあったので、いつかはそういう日がくるだろう、と。米軍のIDカードを持っていたので、私たちがスパイだと思われたのだと思う。

(殺されたと聞いたときは?)
彼らが殺した、とは言わず、殺したことを発表した、と聞いた。
静かですばらしい男だった。

(殺したことに関して、距離を置いているようだが?現実否定か?)
そうだと思う。いろいろ考えたが、家のことは考えないようにしていた。現実否定。

(救出は?)
布団の上に寝ていた。突然外に音があって、誰かが窓を割った。SASがやってきた。朝8時ごろだった。薬番の男もいた。警告されていたのだと思う。何が起きたか詳しくは聞いていない。

信じられなかった。突然だった。(泣き出す。)

最初、私たちは英国人だったので・・・ケンバー氏は?と聞かれた。

薬番の男がいて、何か声をかけようかとも思ったが、言わなかった。

(SASに何を言ったか?)
感謝した。ヒースロー空港に着いたときの声明でも、感謝した。

(身勝手だ、感謝が足りないと批判されたがどう思うか?)
その行動に感謝する。勇敢な人たちだ。その職業には大反対だが。しかし、皮肉ではないだろうか?平和のために出かけて、(笑い)英軍の中でも一番暴力的だと言われるSASに助けられるなんて。

(それが人生だ。世界は暴力的だし、暴力で助けられる。SASが必要だ、あなたのような人を助けるために。)
そうかもしれないが、私が興味を持っているのは、平和主義者と英軍の考え方が変わっているという点だ。英軍は、英ブラッドフォードにある教育機関で平和的に揉め事を解決する方法を学んでいる。境界線はぼやけている。とにかく感謝している。

(元英軍のボブ・スチュアートが、イラクに行くなんて、あなたは、馬鹿で、向こう見ずで、物事を悪化させるだけの市民だ、と言っているが?)
あたっているところもある。しかし、西欧の市民として、CPTの平和運動家以外に誰が行くだろう?イラクの国民に話しかけ、友愛をはぐくみ、相手のことを理解しようとしていることを伝えるには?イラクの人は十分に苦しんできた。

(あなたに怒りを感じる人がいることを承知しているか?)
承知している。ヘイト・メールを受け取る。今朝受け取ったのは、「あなたは馬鹿だ。勇敢な若者を感謝しなかった。今でもイラクにいればよかったのに」と。人々は自分の意見を持つことができるが、事実に基づいて欲しい。

人質犯行グループが処刑されたりしていないといいと思う。人間愛を見せてくれた。

(あなたのグループの一人を殺したんですよ)
そうだ・・・。私たちの一人が、グループの「ジュニア」に自爆犯になるな、といったことを思い出す。

 (戻ってきて、最初に妻に会ったときは?)
(泣いている様子)。解放されて、すぐは電話で話すことができなかった。後で2回目の電話のときは大丈夫で、今みたいに感情的にならず、話せた。

(メディアに攻撃されたが)
クレージーだと思った。

(普通の生活には?)
現状否定をしてきたので、難しくなかった。

CPTが、シカゴに行って、他の人質と会ってカウンセリングを、と言われたが、いったら、トラウマになると思った。(笑い。)悪夢は見ない。

(何かを達成したと思うか?)
何を達成したかは分からないと思う。CPTの知名度は広がった。

(また行くか?)
また行かもしれない、ただし、あのモスクに行くと言う間違いをしないようにすれば、と。

(イラクに行くだけでも危険だと言う人もいるが。)
そう思うが、私たちはそういうリスクをとっていた。あのモスクのリスクは高すぎた。

(何を学んだか?)
1年後に聞いて欲しい。

by polimediauk | 2006-04-16 07:17 | イラク

 英時間で14日の午後10時30分から、BBCの夜の解説番組「ニューズナイト」が、「同盟国を裁判にかける」とする特集を放映する。

 イラク戦争にまつわる様々な論点(開戦が合法だったのかどうか、刑務所の虐待問題、秘密収容所など)も含め、テロの戦争で、米英がやってきたことを裁く、という特集のようだ。

 人権弁護士が「有罪」としての立場で話し、もう一人が、「有罪ではない」という立場からそれぞれの論を説明する。

 今、読者からのインプットをホームページを通じて募集している。

 この番組は、放送開始時間と同時にライブでオンライン上で見れるようになり、放送終了後も、24時間、同じ番組が見れるようになっている。(私が日本にいたとき、BBCの番組をオンラインで見ようとしたら、英国外なので、料金を払わなければならなかったように記憶しているが、今はまた事情が変わって、無料でも見れるかもしれない。)

 ためしに、今晩の放送分を見てみると、私のブロードバンドのスピードが十分に早くないせいかもしれないが、画面は、静止画面のコマ送りのようなもので、音声は普通に流れた。

 内容でおもしろい展開があれば、後で紹介したいと思う。

http://news.bbc.co.uk/1/hi/programmes/newsnight/default.stm
http://news.bbc.co.uk/1/hi/programmes/newsnight/4507010.stm

(追記:あまりにも展開が大急ぎで、「やっつけ」仕事的な番組になっていました・・・。)


 
by polimediauk | 2005-12-14 08:52 | イラク

イラク人質 救出の努力


テロ容疑者が呼びかけに協力?

c0016826_1975752.jpg イラクで人権活動団体の米、英、カナダ人メンバー4人を「正義の剣旅団」を名乗る組織が人質として拘束している。8日までにイラクの刑務所にいる囚人を釈放しなければ、人質を殺害する、としていたが、この期限は48時間のびることになった。

 しかし、英政府や関係者の中で、衝撃が走ったのは、犯行組織が、英国人の人質ノーマン・ケンバーさんらにオレンジ色のつなぎを着せ、「英国軍をイラクから撤退させてほしい」と言わせているビデオを、アルジャジーラに送り、これが放映された点だ。

 オレンジ色のつなぎは、米軍グアンタナモ基地に拘束されている「テロ容疑者たち」がかつて着せられたものをほうふつとさせる。そして、このようなつなぎを着せられた英国人ケン・ビグリー氏は、昨年9月誘拐され、翌月、犯行グループに首を切られて殺されている。

c0016826_1983139.jpg ケンバーさんのオレンジ色のつなぎ姿はショックだったが、もう1つ、英国民が驚いたのは、「非常に危険なテロ扇動者」「アルカイダの欧州の伝道師」とされ、現在英国の厳重警備の刑務所に拘束されている、ヨルダン生まれだが英国に長年住んできたアブ・カタダ氏が、犯行グループにアラビア語で、人質解放を呼びかけた点だ。既にヨルダンではテロ容疑で有罪となっており、ヨルダン送還の可能性もある、という状態だ。

 BBCの7日の解説番組{ニューズナイト」によると、カタダ氏自身が、政府側にコンタクトをとり、呼びかけをしたい、と言ったそうである。

 しかし、果たして刑務所に入っている人物のメッセージをこのような形で利用していいのかどうか、前代未聞だ、と驚く声が、同番組内であげられた。

 英政府はテロ組織とは人質解放に関して交渉をしないことを明言しているが、コンタクトの糸口が全くないので、何らかの形で英外務省にコンタクトをとってくれることを望んでいるという。

  kanakottonさん という方から、「CPT メンバーの解放を求める緊急署名のお願い」のサイトがあることを教えていただいた。ご参考までに。

  http://www.petitionspot.com/petitions/freethecpt
by polimediauk | 2005-12-08 19:08 | イラク
c0016826_4132452.jpg イラクで、欧州、カナダの人たちが人質になっている。

 カタールのアルジャジーラや、ドイツのテレビ局にビデオテープが届き、人質の様子を映し出してる。

 ビデオの右横にマークがあり、アラビア語で「正当な集団の剣」と書いてあるそうである。アルジャジーラは、このグループの詳細などに関して、分からない、としている。グループは、人質らが、キリスト教の平和活動に従事するといってはいても、実はスパイだ、としているそうだ。

 この写真の白髪の人が英国人のノーマン・ケンバー氏。ボランティアで、バグダッドにある、人権運動をやる団体を訪ねていた。

 同じグループによる誘拐かどうかはわからないが、以下の記事が時事に出ていた。

2005/11/29-12:54 イラクで独女性ら2人誘拐か=TV局に殺害警告ビデオ届く
 【ベルリン29日ロイターES=時事】ドイツ公共第1テレビ(ARD)は29日、イラクでドイツ人女性とその運転手が何者かに誘拐されたと報じた。2人の殺害を警告するビデオテープがARDのバグダッド支局に届いたという。
 ARDのウェブサイトに掲載されたビデオの映像では、2人は目隠しされた状態で座っている。武器を持った覆面の3人に囲まれ、うち1人が紙に書かれた声明を読み上げているように見える。
 ドイツのシュタインマイヤー外相の訪米に同行中の外務省スポークスマンも、この女性がイラク国内で25日から行方不明になっていることを確認した。女性の安全確保のための対策チームを設けたという。

by polimediauk | 2005-11-30 04:12 | イラク

 イラクで4人が人質になり、そのうちの二人はカナダ人だったが、残りの二人が英国人だったのではないか?というので、現在、英国では人質のニュースがトップストーリーになっている。

 その少し前、一日中繰り返して報道されていたのが、英海軍内のいじめだ。裸での殴りあいを強制されているビデオ画像が、テレビで頻繁に流れた。全裸なのでかなりモザイクをかけた画像になっている。

http://www.newsoftheworld.co.uk/story_pages/news/news1.shtml

 とてもこのウエブで出す気にはなれないが、映像はショックではあるが、これをどう解釈したらいいものか、と思う。

 軍隊は最終的には人を殺し、殺されるところまでいくのだろうから、相当、想像を絶するような訓練(あるいはいじめ)がある可能性もある。いじめを正当化するわけではないが。

 人間は誘惑に負けていろいろひどいことをする、という部分があると思う。英海兵隊のビデオの一部を見て、そういう面がでたように思った。

 元海軍で議員になった人などが、メディアにインタビューされ、「こんなことはあってはならないことだ」とコメントをしている。

 英海軍にとって、大困惑の日だった。

 以下は、時事の報道。



2005/11/27-10:58 海兵隊でいじめ?=国防省が調査開始-英
 【ロンドン27日ロイターES=時事】英国防省は27日、海兵隊内でのいじめについて調査を開始した。海兵隊が歓迎儀式と称して新兵に全裸での殴り合いを強要しているとして、証拠写真を掲載した同日付日曜紙ニューズ・オブ・ザ・ワールドの報道を受けた措置。
 報道によると、写真は今年5月に南西部プリマスの軍施設で隠し撮りされたビデオからのもので、十数人の裸の男が野外に立ち、殴り合いをする男性2人を囲んでいる。また上官らしい男が新兵の頭部をけり、意識を失った裸の男性が倒れている場面もある。
 隠し撮りをした海兵隊員は、局部への電気ショックなど他のいじめについても証言。イバラの中を全裸でほふく前進するよう強制したり、寝室の窓から飛び降りるよう命令して新兵に脚を骨折させたりした例もあるという。
 同省スポークスマンは「告発の内容は深刻」と表明、特別調査委員会(SIB)が調査を始めたことを明らかにした。

by polimediauk | 2005-11-28 08:41 | イラク

 テロの資金の流れを書いた「Terror Inc.」という本をかつて出し、小説も書くというイタリア人の作家、ジャーナリストのロレッタ・ナポリオーニLoretta Napoleoniという人が新刊を出した。ヨルダンでの同時爆弾テロで急激に注目を浴びている、イラクをベースに活動をしていると言われるヨルダン人テロリストのアブムサブ・ザルカウイ容疑者について書いた本だ。タイトルは「Insurgent Iraq—Al Zarqawi and the New Generation(仮訳 反乱分子 イラクーアルザルカウイと新世代)だ。

 16日、著者の会見がロンドンであった。

 本はもらったが、最初の数ページを読んだだけなので、内容を正確に書くことはできないが、会見で出た話を、少し拾ってみる。

 「私は特にイスラム過激派の専門というわけではない。どちらかというと、テロのお金の動きとか経済関係をよく知っていた。あるテレビのドキュメンタリー番組を作ったことがきっかけで、この本を書くようになった」

 「ザルカウイ容疑者1966年生まれ。貧しい環境で育ち、16歳で学校からドロップアウト。性的暴行の罪で、刑務所に入る。その後、結婚。ジハードに関してロマンチックな思いを抱き、ひかれてゆく。1980年代後半、アフガニスタンに。政治をよく理解できず、戦闘にも参加できず(一説には、彼が戦闘に加わったという話もあったが、著者はこれを否定。アフガニスタンでは、ある団体で事務職員をしていた、という。)1991年から92年ごろは、ヨルダン政府の転覆を狙う。また投獄され、このとき、変化を遂げる。イスラム教過激思想への心酔か?」

 「2000年に、オサマビンラーディンに初めて会う。当初、ザルカウイ容疑者は、ビンラーディンに特に強い印象を持たなかったらしい。」

 「2004年、ファルージャで、米軍とイラクの抵抗勢力とが激しい戦いをしたとき、戦いの前後にファルージャにザルカウイ容疑者はいたけれども、戦闘があった時期には、ファルージャにはいなかった。戦ったというのは、伝説だ」

 「アンマンのテロはヨルダン政府転覆を狙う。自爆テロを告白した女性は、おそらく、直接はザルカウイ容疑者を知らないと思う。いかにもこのテロのやり方が彼らしい。いつも外国人をテロ犯に使う。ビンラーディンはヨルダンには興味がない」

 「イラク人をテロ犯に使うのは、安い。爆弾が国中にたくさんあるからだ」。

 「ザルカウイ容疑者は、新世代のテロリスト。ビンラーディンとは目指すものが違う。社会的なあるいは政治的な目的があるというわけではない。ヨルダン政府を倒した後は、自分たちの意にそう宗教的国家を作りたいと考えているだけだ」。

 この本の最初にある解説文から、若干とると、

 「ザルカウイ容疑者は、ビンラーディンなどの年長のリーダーたちに挑戦する、若く、教育程度が前の世代よりも低く、政治的意思の希薄な世代を率いている」。

 イラクで人質を捕まえ、仲間や自分の手で人質の首を切り、これをビデオ映像にして流す、ということをザルカウイ容疑者はやった、といわれているが、この残酷さにはわけがあって、世界中のイスラム教徒に向けて、「ここまで自分は覚悟している、ということを示すため、という理由があった。もう1つは、テログループの中でも仲間内の覇権争いがあって、例えばビンラーディンの向こうをはって、ここまでできる、という部分があった」としている。
by polimediauk | 2005-11-17 09:57 | イラク