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カテゴリ:英国事情( 202 )

 3月29日、欧州連合(EU)から英国は離脱する(=「ブレグジット」)。実現まであと2か月を切ったが、英政界のゴタゴタが収まらない。

 メイ政権とEUは、昨年11月に離脱の条件を決める「離脱協定案」に合意しているが、これには英議会の承認が必要だ。12月に下院で採決予定だったが、否決の可能性が高いと見たメイ首相はこれを今年1月中旬に延期した。結果は、歴史的な大差での否決となった。

 29日、離脱に向けた今後の方針に関する採決が行われ、協定案の見直しを求める動議などが可決された。

 与党・保守党の議員委員会のブレイディ委員長による修正案は「離脱協定で定めた北アイルランドとアイルランドの国境問題の対応を他の案に置き換え、離脱案に賛成する」という内容で、これを踏まえて、メイ首相は「下院の支持が得られる協定案を得る」ため、EU側と再交渉すると表明した。

 しかし、今後の交渉次第では、「合意なき離脱」(EU側との合意が実現しないまま、突然離脱となる)や「離脱なし」(総選挙や再度の国民投票で、離脱が発生しない状況となる)の可能性も消えていない。

 詳細は:

 メイ英首相、ブレグジット協定を再交渉へ 下院は賛同 BBCニュース日本語

 【解説】ブレグジットでいま何がどうなった、次はどうなる 下院は再交渉に賛成 BBCニュース日本語

 EU他国(27か国)や日本を含めた世界中の国が、「一体、英国は何をやっているんだ?」と不思議に思うか、失笑しているに違いない。あと数十日しかないのに、どうやって離脱するかが決まっていないのだから。英国に住む人もあきれているし、怒りや困惑で一杯だ。「なんでもいいから、早く決めてくれ」という声がビジネス界で特に強い。

 ブレグジット交渉の進展を英国側から見てきた一人として、なぜこんなことになり、何が問題となっているのかを説明してみたい。

なぜ、この時期になって、議会が紛糾しているのか

 このような状況になった理由として挙げられるのは、まず

 (1)メイ政権の交渉のまずさ

 もともとEU加盟残留派のメイ首相は、まじめな性格で仕事を一生懸命やるのはよいのだが、自分の手の内をなかなか外部に明かさず、少人数の側近と物事を決めるタイプ。

 

 昨年7月、離脱交渉の英国側の方針をまとめた白書を発表したが、2016年6月の離脱決定から2年後である。

 ここに来るまで、一体どういう方針になるのか、報道陣の質問にも「交渉中には相手に手の内を見せられない」として明確には答えず、メディアも国民も(そして内閣の大部分も)蚊帳の外に置かれた。

 そして11月には白書の方針に沿った協定案をEUに持ち込み、ここで合意を取り付けてしまう。

 国内は離脱派と残留派で大きく割れているので、これを1つにまとめるのは一苦労であるが、国内での支持を十分に取り付ける前に先にEUと合意してしまったことで、現在の議会の混迷に直結してしまった。

 EUとの合意から戻ってきたメイ首相は、「私が取り付けた合意案=ディール=を受け入れるか、そうでなければ、合意なしの離脱になるわよ」と議員らに迫った。合意なしの離脱(ノー・ディール)になれば、何の取決めもなしにEUから出ることになり、大混乱が予想される。メイ首相のディールか、ノー・ディールかを迫る姿勢は、脅しにも見えてきた。

 (2)国民も、議会も、内閣も割れている

 ことも、混迷の理由だ。

 2016年の国民投票では離脱票が52%、残留支持票が48%の僅差であった。今でも、この傾向は続いている。


 メイ首相は閣内に離脱強硬派の大物政治家を入れて、「離脱を実行する政権」であることを内外に知らしめたが、首相を支えるはずの内閣が離脱派と残留派に分かれることにもつながった。

 首相が7月に閣内でまとめた離脱協定案は、「あまりにも親EU過ぎる」と離脱強硬派の閣僚二人が辞任した。11月、EUに最終交渉のために出かける直前、またも離脱担当大臣が「これでは離脱にならない」と辞任した。

 メイ首相がまとめた離脱協定案は離脱派からは「親EU過ぎる」と嫌われ、残留派からは「現状より悪い」と批判された。

 ご参考:英議会がブレグジット案に「No!」 ―離脱間近にもかかわらず手続きが進まぬ背景にある市民の怒り BLOGOS 

 (3)下院議員の頭と心がバラバラ

 下院議員の80%は残留支持だが、国民投票で国民が選んだのは離脱。自分の選挙区の有権者は離脱を選んだのに、自分は残留支持という議員がたくさんいる。頭(有権者の意思を尊重する)と心(でも離脱したくない)がバラバラなのである。

 メイ首相の協定案について、「実は離脱したくない」という議員や政党が「もう少し時間をかけたほうがいい」、「このままでは間に合わないから、交渉期間を延長しよう」、「もう一度国民投票をやるべきだ」と声高に主張してきた。

議員たちは、なぜ離脱協定案を承認しなかったのか

 12月に離脱協定案を否決した理由は

 (1)親EU過ぎるから(離脱強硬派)

 離脱強硬派は、英国がEUの関税同盟からも単一市場からも抜け出て、「きっぱりとした離脱」を求めている。

 メイ首相とEUが合意した離脱協定案は、「英領北アイルランドとアイルランド共和国との間に国境検問所を置かないようにする」(=「ハードボーダー」を置かない)ために、一時的に英国全体を一種の関税同盟に入れ、南のアイルランドと地続きになる北アイルランドは単一市場の一部にも参加する仕組み(これをバックストップ=安全策=と名付けた)を入れている。

 このバックストップは、通常は発動されない。EUと英国は、離脱移行期間(2020年12月まで)の間に新たな通商協定を決める予定で、もし移行期間内(1年の延長可能)に合意がない場合でも、ハードボーダーができないようにするために設置された。

 北アイルランドとアイルランドの間には、過去の紛争の再来を防ぎ、友好・通商関係を深めるためにハードボーダーが置かれておらず、現時点では英国はEU国であるため、人、モノ、資本、サービスが自由に行き来している。

 その背景はこちらをご参考に:

 EU離脱、一触即発の危険を捨てきれない北アイルランド ニューズウィークジャパン

 ところが、このバックストップは発動後、解消したい場合にはEUと英国の両方の合意が必要になる。また、無期限となっている。

 このため、離脱強硬派が嫌ったのは「いつまでも無期限にEUの関税同盟に入り続ける可能性」だ。離脱の意味がなくなる、というわけだ。

 (2)現状より悪い選択肢だから(残留派)

 (3)北アイルランドの政党による反対

 英議会で7議席を持つのが、北アイルランドの民主統一党(DUP)。メイ政権と閣外協力しており、バックストップによって北アイルランドと英国本土の間で違いが出ると、これが北アイルランドと英国との連合を脅かし、1998年のベルファスト合意(英国とアイルランドの和平合意)に抵触するので、絶対に受け入れられないと主張している。

29日の議会採決で見えてきたこと

 (1)離脱の実現を遅らせる修正動議が、次々と否決された

 離脱を止めようとする政治勢力(下院議員の大部分が残留支持であったことを思い出していただきたい)が提出した複数の修正動議は、次々と否決された。

 例えば「離脱協定条約の発効を延期する」、「議員にもっと討議の時間を与える」などが否決。

 つまり、

 (2)下院は3月29日午後11時過ぎからの離脱を遅らせたくないと思っている

 ということである。

 離脱に投票した有権者の声を無視するわけにはいかないからだ。

 同時に、

 (3)「合意なき離脱を回避する」という修正動議は可決された

 ただし、これには法的拘束力はないという。だからこそ、議員は本音で投票できたともいえよう。

 そして、

 (4)バックストップの選択肢をEU側に求めることで、再交渉する

 というブレイディ案が、ぎりぎりではあったけれども、可決された(賛成317票、反対301票)。

 メイ首相は、保守党内の離脱強硬派や残留支持派の議員の意見を集約させることに成功し、「バックストップを変更する選択肢をEU側に求める」という条件付きで、再交渉を進める機運を作ったのである。

 29日の投開票後の報道を見ている限り、「メイ首相の快挙」という論調が出ていた。1月15日、離脱協定案が大差で否決されたことを思えば、僅差ではあったけれどもここまで支持を集められたのは、確かに快挙といえよう。

EUの拒絶

 メイ首相の離脱協定案は、昨年11月にEUと合意しており、EU側は一貫して「離脱協定の話は終わっている」、「すでに合意ずみ」、「再開させるつもりはない」と主張してきた。

 29日、英議会が協定案の見直しを求める動議を可決した直後も、欧州理事会のドナルド・トゥスク常任議長は、離脱協定は「再交渉の対象ではない」とこれまでの立場を繰り返した。

 この日以前にも、多くのEU指導者が「再交渉はしない」と述べており、「なぜ英議会にはこの声が届かないのか」とイラつくように表明する欧州議員もいる。

 かつては、メイ首相自身が「バックストップの設置だけを変えることはできない」と説明してきた。もし「バックストップに代わる選択肢」を見つけ、これで新たな修正案ができるのであれば、以前の主張とは合致しないことになる。

 なぜ「再交渉はできない」という声が届かないのか?EUの政治指導者がいらつき、あるいは驚き、こんな問いを発するとき、「現実を見ない英政治家がいる」と指摘される。

 確かに「自分に都合が良いように現実を解釈する」、あるいはそのようなふりをする英政治家は、多いかもしれない。また、「きっとEUは譲歩するはず」という甘い読みもありそうだ。

 しかし、EU他国の側からは見えにくいこともある。

 例えば、行政府がEUという国外にある機関と重要な協定に合意してしまったことに対する、英議員らの無念さ、怒り、驚愕である。立法府として絶対的な権威を持つ議会で離脱協定案が合意される前に、国外の組織に自分たちの運命を決められた、という思いである(英国では、EUは「外の機関」として認識されている)。


 EUが言う通りに、昨年11月、確かにメイ政権とEUは離脱交渉協定案に合意した。EUにしてみれば、「英国=メイ政府」であるし、それは正しい。

 しかしながら、メイ政権がEU側との交渉に持って行った協定案は議会や国民の間で十分に議論された結果の案ではなかった。複数の世論調査や1月15日に議会で協定案が大差で否決されたことを考えると、議会や国民の十分な支持がない協定案だった。

 議員の大部分や国民が支持していない案を英国は黙って受け入れるべきなのだろうか?ここが今後の交渉の核になりそうだ。29日の採決の後では、メイ首相は「議会でこのような結果が出たから、バックストップを変えたい」と主張できる。

 EUと英国の溝はどこまで埋められるだろうか?

 メイ首相はEUと交渉後、2月中旬に離脱協定修正案を下院に提出する予定となっている。

- メイ首相と議会の綱引き続く 「英国ニュースダイジェスト」筆者コラム





by polimediauk | 2019-01-30 21:36 | 英国事情

 英国の欧州連合(EU)からの離脱=「ブレグジット」=に向けて、交渉が続いている。

 大詰めに入った現在、「アイルランドとの国境問題」が最大の障壁になってきた。

 改めて、その中身を見てみたい。

 参考:「Q&A: The Irish border Brexit backstop」(BBCニュース)

英国とアイルランドの関係

 「アイルランドとの国境問題」という意味は、地図を見ると納得する。英国の西側に位置するのが、アイルランド島。南部は英国同様にEU加盟国のアイルランド共和国だ。しかし、北の6州は英国の一部で「英領北アイルランド」(あるいは単に「北アイルランド」)と呼ばれている。

 なぜ北だけ英国なのか。

 歴史をさかのぼると、アイルランド島はお隣の英国(「イングランド王国」)に長年支配されてきた。イングランドによるアイルランドの植民地支配が始まったのは12世紀だ。

 18世紀になると、キリスト教・プロテスタント派の国である英国がカトリック教徒が住む国アイルランドを併合。

 英国からの独立運動が実を結んだのは20世紀に入ってからだ。1916年、独立を求める「イースター蜂起」がダブリン(現在のアイルランドの首都)で発生するが、英軍に鎮圧されてしまう。第1次世界大戦終了後、アイルランド独立戦争(1919~21年)を経て英愛条約(1921年)が結ばれた。1922年、アイルランドは英連邦内の自治領「アイルランド自由国」として独立した(1949年に、アイルランド共和国に)。

 

 この時、北部アルスターの6州はプロテスタント系住民が大部分で、英国からの独立を望まず、「北アイルランド」として英国にとどまった。

北アイルランドの紛争

 北アイルランドではプロテスタント住民が大部分でカトリック住民が少数派という時代が長く続き、警察や政界などの支配層のほとんどもプロテスタント系だった。1960年代に入り、それぞれの宗派が民兵組織を使ってテロや武力抗争が発生した。この紛争で3000人以上が命を落としている。

 1998年、北アイルランドの帰属を住民の意思にゆだねる和平合意(「ベルファスト合意」)が調印され、かつての敵同士プロテスタント系、カトリック系をそれぞれ代表する政治家が自治政府を発足させた。今からちょうど20年前である。

 しかし、現在、北アイルランド議会は機能していない。再生エネルギーの利用促進にかかわる補助金の使い方をめぐって議会内で意見が対立し、空転状態が続いているからだ。

 それでも、北アイルランドとアイルランド共和国にあった国境検問所が使われなくなり、互いを自由に行き来できるようになった事実は変わらない。1960年代、70年代と比較すれば、夢のような平和が実現していると言っても良いかもしれない。

ブレグジットで困ること

 英国もアイルランド共和国も、現在はEU加盟国だ。そこで、EUの関税同盟に入っており、域内の単一市場の一部でもある。「人、モノ、サービス、資本」の自由な行き来が可能だ。

 ところが、英国のEU離脱で、困った事態が発生した。英国がどのような条件で離脱するのかについては今まさに交渉が続いているが、離脱後、もし「移行期間」中(2020年12月末で暫定合意)までに新たな関税上の取り組みが決まらず、「交渉決裂」で離脱となった場合どうするか。

 つまり、アイルランド共和国はEU加盟のままになっている一方で、英国は離脱となると、アイルランド島の中で、北は非EU、南はEUというそれぞれ異なる貿易圏・市場圏になってしまう。

 そこで、北アイルランドと南のアイルランドの間に何らかの「線を引く」必要がある。異なる経済圏になってしまうわけだから、人、モノ、サービス、資本の行き来にはチェック機能が必須だ。

 しかし、国境検問所を復活させた場合、つまり「物理的な国境(ハード・ボーダー)」を設けるとなると、国は違えど「EU」という大きなグループの中に入っていた北と南が「(また)分断」してしまい、治安上の懸念(異なる宗派同士の争いの復活の可能性)が出てきたのだ。

 

 では、アイルランド島内では北も南もEUの規則をそのまま適用していこう・・・となったらどうなるか?そうすれば、新たなチェック機能は必要なくなる。

 これはまず、北アイルランドのプロテスタント系地域政党・民主統一党(DUP)が頑として許さない。

 というのも、そうなれば、英国の中で北アイルランドだけに別の規則が適用されることになる。英国への帰属を選択した北アイルランドの政治家としては、これは絶対にダメである。地理的にはアイルランド島にあるものの、「自分たちは英国人」と考えるのが北アイルランドに住むプロテスタント系アイルランド人なので、こんな形で「北アイルランドは南のアイルランドとくっついて、一つにまとまっていなさい」と言われても、受け入れられないのである。

交渉ではどうなっているか

 離脱を目指して、EU側と交渉を続けている英政府だが、EU側も英政府側も「ハードボーダーは築かない」方針だ。

 では、どうするのか?

 これまでに、英政府とEU側は「オープンな国境」を維持することで合意している。アイルランド島全体の経済を支援し、ベルファスト合意を守ることも合意済み。しかし、これ以上になると、意見はまとまっていない。

 そこで、移行期間中内に新たな関税についての取り組みが決まらなかった場合、EU側が「バックストップ(最後の守り手)案」として提示しているのは、北アイルランドを関税同盟に加盟したままでおくこと(メイ首相は、ブレグジットになれば、英国は関税同盟からも単一市場からも抜け出ると宣言している)。単一市場やEUの付加価値税体制にも、北アイルランドは加盟を維持したまま、とする。これは「北アイルランドだけに適用される」とEUの交渉役ミッシェル・バルニエ氏は述べている。

 これでは、アイルランド島と英国本土の間の海に「線」が引かれることになる。英国本土の方は関税同盟も単一市場にも入らないが、北アイルランドのみが一時的にせよ、加盟していることになるからだ。

 この案では英国が分断されてしまうので、英政府は拒否しており、代わりにメイ首相が主張しているのは英国全体を一定期間、一時的に関税同盟に入れたままにすること。離脱強硬派としては、この「一定期間」が不安を誘う。いつまでもずるずるとEUの中に残り続けるのではないか、と。

 14日、離脱担当大臣ドミニック・ラーブ氏はブリュッセルに行き、バルニエ主席交渉官と緊急会談を行った。「交渉がまとまったのか?」と一時報道されたが、結局、明るいニュースは出なかった。18日のEUの定例首脳会議でも進展なし。

 現在、先を読める人がほどんといない状況だ。

***

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by polimediauk | 2018-10-23 18:26 | 英国事情

(「英国ニュースダイジェスト」掲載の筆者のコラム「英国メディアを読み解く」に補足しました。)

 英国では、9月から新学期が始まっています。

 筆者の自宅は、小学校に面しています。朝8時過ぎになると、子供を学校に連れてくる親が運転する車で、周辺の道路は大混雑します。午後3時半ごろの下校時には、再度、車の「ラッシュアワー」の到来です。

 日本からすると不思議な光景かもしれませんが、英国では親が子供の通学の送迎をすることが慣習になっているのです。仕事を持っている親は大変です。なかにはニーズに合わせて働き方を調整できる「フレックス制」を利用している人もいるかもしれません。

すべての従業員が利用できるフレックス制

 英国では2003年の法律により、仕事を持つ親に6歳以下の子供や、介護を必要とする子供(2007年からは成人も)がいる場合、雇用主に対して、就業時間を調整するなどのフレックス制を要求する権利が保障されています。2014年からは、すべての従業員にこの権利が認められるようになりました。

 フレックス制には、様々な形態があります。

 例えば、2人で一つの仕事を担当する「分担労働」、オフィス以外の場所、例えば自宅などで働く「リモート労働」、フルタイムより少ない時間で働く「パートタイム」。更に、フルタイムと同じ就業時間を少ない日で働く「まとめ勤務」や、就業時間の始まりと終わりを調整する「フレックスタイム」など。

 フレックス制を利用したい従業員は、雇用主にこの制度の利用を求める申請書を提出します。申請条件は、その会社に過去最低26週間は勤務していること。いつからどのように制度を利用したいか、ビジネスにどれほどの影響が出る見込みで、どのような方法でそれを回避するかなどを記します。

 申請書を受け取った雇用主は3カ月以内に返答をしますが、もし許可をしない場合、合理的と思われる理由を示さなければなりません。申請が却下され、従業員がこれを不服とした場合、雇用主に再考を求めるために労働裁判所に訴えることができます。

92%がフレックス制を導入

 実際に英国では、一体どれほどの人がフレックス制を利用しているのでしょうか?

 政府の依頼を受けて、英国の働き方について調査をした報告書「グッド・ワーク」(2017年7月発表)によると、雇用主の92%が何らかの形のフレックス制を導入しており、過去1年間に利用した従業員は60%。別の調査では70%を超えたとする結果もあります。

 近年、インターネットを通じて単発の仕事を受注する「ギグ・エコノミー」方式で働く人も増えていますから、働く人の大部分が何らかの形でフレックス制を使っているとも言えそうです。

 では、フレックス制で企業はどんな恩恵を得ているのでしょう?世論調査会社ユーガブによれば、89%の雇用主及び従業員がフレックス制は職場の生産性を上げると答えているそうです(2017年10月)。

 就業時間を調整する場合、朝の9時から午後5時までという通常の時間よりも早く始まり、早く終わる形を多くの従業員が求めている結果も出ています(同年11月)。最も好ましい就業時間は朝8時から午後4時でした。

 なるべく早く仕事を終わらせて、自分の時間を過ごしたいという英国人の気持ちが表れているようです。

 一人一人の働き手の生活事情に合わせて、より自由なスタイルで働く仕組みとして広がっているフレックス制ですが、決して良いことばかりというわけではないようです。

 例えば会計会社デロイト・トーマツと人材コンサルタント会社タイムワイズの調査によると、フレックス制利用者の中には、「フレックス制を使わない同僚よりも仕事受注の機会が減少した」、「昇進が遅くなった」と感じる人がいるそうです(「フィナンシャル・タイムズ」紙、2018年6月28日付)。

 来年、フレックス制の見直しが行われることになっています。見直しにより更に働きやすい環境が実現し、様々な生活環境を持つ人たちが、雇用市場に参加できる社会になるといいのですが。

キーワード Gig economy(ギグ・エコノミー)

「ギグ(単発の仕事)」を基盤とした働き方や、それによって成り立つ経済形態です。タクシー・サービス、出来合いの食事を運ぶサービスなど、インターネット経由で仕事を受注します。いつどれぐらいの時間働くかを決める自由度はありますが、最低賃金の支払い保証や有給休暇がないなど、労働者としての権利が十分に保護されない負の側面もあります。


by polimediauk | 2018-10-16 06:35 | 英国事情

 2008年9月15日、米国で第4位の規模となる(当時、以下同)大手証券会社・投資銀行「リーマン・ブラザーズ」が経営破綻した。多くの人にとって、同社の破綻とそれに続く世界的な株安、信用不安、不景気は世界金融危機を象徴する事件として記憶されている。いわゆる、「リーマン・ショック」である。

 筆者は、破綻が報道されたとき日本に一時帰国していた。テレビ画面でリーマン・ブラザーズのニューヨーク本社の建物から段ボール箱を抱えた社員が三々五々、出てきた光景を思い出す。

 同じ日、米証券第3位のメリル・リンチは第2位のバンク・オブ・アメリカに救済買収されることに同意し、翌日には財政難に陥った米保険最大手アメリカン・インターナショナル・グループ(AIG)が米政府から巨額の公的融資を受けることになった。米金融界が急速に瓦解して行く様を目撃しているようだった。

 リーマン・ブラザーズの破綻劇は英国の政界・金融界と奇妙に結びついている。

 というのも、リーマン社の売却先候補として最後まで交渉を行っていたのが、英バークレイズ銀行だったからだ。何とか破綻させまいと、米英の財務関係者、バークレイズ、リーマンとの交渉が連日続いた。交渉は難航したが、最後にリーマンの息の根を止めたのはダーリング英財務相だった。

 バークレイズとしては、買収にはリスクが伴うため、英政府から何らかの保証を得たいところだった。しかし、ダーリングはこれに同意せず、ポールソン米財務長官にもそう伝えた。「英国の納税者が米国の銀行を救済するようであってはいけない」と思ったからだ(同氏の著書『バック・フロム・ザ・ブリンク』)。

 バークレイズは買収を断念。買い手を失ったリーマン・ブラザーズは破綻申請を行った。

 しかし、バークレイズはすべてをあきらめたわけではなかった。投資銀行部門を充実させることが長年の願いであったため、リーマンの北米投資銀行業務を買収したのである。

 ロンドンから見た、世界的な金融危機の様子を振り返ってみたい。

フランスの銀行の不振が赤信号を灯らせた

 危機発生の直接のきっかけは、信用力が低い個人や低所得者層を対象にした米国の住宅ローン「サブプライム・ローン」の焦げ付きだ。米国の金融機関ばかりか、英国の金融機関もこの種の貸し付けをどんどん提供していた。

 このローンは通常の融資よりも審査基準が甘く、かつ金利が高く設定された。当初は低金利でも途中から大幅に上がる仕組みとなっていた。住宅を担保とし、住宅価格の上昇を背景に2000年以降、急速にこの種のローンの販売が増えた。

 しかし、04年、米連邦準備制度理事会(FRB)が住宅バブルを抑えるために金融引き締め策を導入すると、06年頃から住宅価格が下落に向かった。これがサブプライム・ローンの焦げ付きを多発させるようになった。

 

 2007年8月9日、リーマン・ショックのほぼ1年前、ダーリング財務相はあるニュースを目にした。フランスのBNPパリバ銀行が傘下のファンド凍結を発表したという。ファンドが投資していたサブプライム関連の証券化商品の価値が急落したことが原因だ。

 住宅ローン専門の金融会社ノーザン・ロックのアダム・アップルビーCEOは、パリバ銀行の窮地に衝撃を受けた。「この日、世界が変わった」と発言している。ノーザン・ロックは積極的にサブプライム・ローンを提供しており、資金難に陥っていたのである。

 欧州中央銀行(ECB)は短期金融市場に948億ユーロを供給し、米FRBも240億ドルの資金供給を行うことになった。FRBは4日後、公定歩合の0・5%緊急引き下げを決定している。

ノーザン・ロックの取り付け騒ぎ

 8月14日、ノーザン・ロックの代表が英中央銀行(イングランド銀行、BOE)に対し、資金繰りが厳しくなったことを相談する。国内の銀行業務を監督する金融サービス庁(FSA)がノーザン・ロックの会計を検査し始めた。ノーザン・ロックは十数行の銀行に融資ビジネスの引継ぎを打診したが、応じる銀行が見つけられず、BOEに対し、緊急融資を依頼した。

 9月13日、金融市場の安定化のため、BOEが市中銀行に44億ポンドの資金を提供する。ノーザン・ロックが資金繰りに悩んでいるという噂が出て、同行の株価は過去4年で最低値に下落した。

 この日、BBCはBOEがノーザン・ロックに財政支援をするとスクープ報道した。これが引き金となって、翌日、140万人の顧客がノーザン・ロックから預金の引き出しに走った。一日で10億ポンドが引き落とされてしまった。19世紀以来、初の取り付け騒ぎである。

 ダーリング財務相がノーザン・ロックの預金全額を政府とBOEが保証すると宣言したのは、取り付け騒ぎから4日後だった。「遅い!」と国民から批判されたものの、銀行前に並ぶ預金者の数が次第に減少し、騒ぎはいったんは収束した。2008年2月、ノーザン・ロックは一時的に国営化された。

リーマン・ショックの後で

 2008年9月のリーマン・ショック以降、英銀行界は政府に助けられながら、何とか息をつないだ。

 10月8日、政府は大手銀行への資本注入を中心とする包括的な銀行救済案を発表した。これによって、ロイヤル・バンク・オブ・スコットランド銀行の83%、ロイズ銀行の43%を国が所有することになった。政府はその後、後者の株を売却し、ロイズ銀行は民営に戻った。ロイヤル銀の方の株は若干売却されたが、ほとんどの株はまだ政府が所有中だ。

 この後、欧州ではアイルランド、ギリシャ、ポルトガルが危機状態となり、欧州当局が救済策を提供する事態も発生した。

もう1つのスキャンダル、LIBOR

 リーマン・ブラザーズをもう少しで買収するところまで行ったバーククレイズ銀行に、ある不祥事が発覚する。

 2005年ごろからくすぶっていた疑惑で、短期金利の国際的指標となる「ロンドン銀行間取引金利(LIBOR)」の不正操作を行ったという。

 12年6月、バークレイズ銀行は「銀行間貸出金利の操作未遂と不正報告」によって、英米の捜査当局から総額2億9000万ポンドの罰金の支払いを命じられてしまう。

 LIBORは住宅ローンなどの設定基準として使われる金利だが、不正行為は大手銀行への信頼をますます損なう結果となった。

▽金利不正操作で巨額罰金 バークレイズ銀行不祥事の背景とは

 関与していたのはバークレイズだけではなかった。JPモルガン証券、ゴールドマン・サックス、シティグループ・フィナンシャル・マーケッツのトレーダーも不正操作に関与していたが、大手銀行として注目度が高いバークレイズは国民や政治家の怒りを一気に買ってしまった。 

 ボブ・ダイヤモンドCEOは、財務相や中央銀行からプレッシャーをかけられ、辞任せざるを得なくなった。

 経営難や不正行為を発生させたのに巨額の報酬を受け取る銀行経営陣たちを、メディアや国民は「太った猫」と呼ぶようになった。

また起きる?

 今回のような、グローバルに広がった金融危機は再発するのだろうか?

 これまでに何度も金融危機は発生してきたので(もっとも著名なのは、1929年の米国市場の株価暴落による大不況)、いつかはまた起きると考えても良いだろう。

 金融街をテーマにした数冊のノンフィクションで知られる作家フィリップ・オーガー氏(最新作はバークレイズ銀行の歴史を描いた『少し生きた銀行(ザ・バンク・ザット・リブド・ア・リトル』)が筆者に語ったところによれば、「10年前と比べて、金融体制は安全になったと思う」。

 しかし、返済の見込みがない顧客を対象にしたサブプライム・ローンを多くの金融機関が大量に販売していたことが象徴するように、「顧客のケアよりも収益を上げることを重視する銀行のビジネスモデルは変わっていない」と指摘する。「利益を上げれば、巨大なボーナスをもらう仕組みもほとんど変わっていない」。

 オーガー氏の懸念は「10年前に発生した危機についての記憶が、人々から薄れてしまうことだ」という。

 (*オーガー氏との一問一答インタビューをWeb Ronzaに出しております。よかったら、ご覧ください。)

リーマン・ショック10年 英でインタビュー 1 作家・オーガー氏「銀行のビジネスモデルが変わらない限り、危機はまた起きる」

***

参考

「実録 世界金融危機」(日本経済新聞社編、日経ビジネス人文庫)

 ノーザン・ロック事件の教訓

リーマンブラザーズの破綻と英国経済への影響


by polimediauk | 2018-09-19 17:25 | 英国事情

(英国の邦字誌「英国ニュースダイジェスト」に掲載されている、筆者のコラム「英国メディアを読み解く」に補足しました。)

 今年夏、英国でもかなり暑い日が続きました。炎天下を避けてカフェに入り、友人とおしゃべりに興じながら冷たいジュースを飲んでいるうちに「あれ?」と思いました。ストローが「ふにゃり」と曲がっていることに気づいたのです。これまでのようなプラスティック製ではなく、紙製でした。「プラスティックから出るゴミを減らそう」という動きが、ここまできていることをしみじみと実感しました。

 元々、英国は家庭から出るゴミのリサイクル率が低い国ですが、近年は耐久性が高いことで知られるプラスティック(合成樹脂)製品のリサイクルを進める動きが活発になっています。スーパーマーケットでは、以前は無料だったレジ袋が今では有料になっていますが、これは「デーリー・メール」紙によるレジ袋有料化運動が大きな役割を果たしたと言われています。

プラスティック製品と海洋動物

 今、特に注目となっているのが、海に流れたプラスティック製品の海洋動物への影響です。

 ストローが鼻孔に突き刺さり、身動きができなくなった亀の姿を映したYouTubeの動画(2015年)は3100万回以上視聴されましたし、昨年秋にはBBCの自然ドキュメンタリー番組「ブルー・プラネット2」が放送され、この中でもプラスティック製のロープやビニール袋などに捕らわれ、泳げなくなっている海洋生物が映し出されました。

 番組の影響力は絶大で、これを機にBBCは、局内の使い捨てプラスティック製品を2020年までに撤廃すると決めています。

 今年1月には、メイ首相が2042年末までに不要なプラスティック廃棄物をゼロにする「25カ年計画」を発表しました。翌月、今度はエリザベス女王が、バッキンガム宮殿やウィンザー城などで使用していた使い捨てプラスティック製品を、リサイクル可能なものに差し替えると宣言しました。

 そして4月、メイ首相は改めてプラスティック製のストロー、飲み物をかき混ぜるマドラー、プラスティックを芯の原料とする綿棒の使用禁止の意向を明らかにしました。

 英国では、年間85億本ものプラスティック製ストローが捨てられているそうですが、スターバックスを始めとするコーヒー・チェーンが続々と、使い捨てプラスティック製ストローを使わないという方針を自主的に発表するようになりました。

 国内で1年に数十億単位で消費されている紙コップには、飲料の温度維持や、素材強化のためにプラスティックが使われています。これをリサイクルできる技術を持つ工場は英国内には希少のため、ほとんどが使い捨てとなっています。それを何とかしようと、自分のカップを持ってきた人にはディスカウントをするコーヒー・チェーンもあります。

 国連の調べによると、世界50カ国以上が、使い捨てプラスティック製品の撲滅を2022年までに達成する計画を持っているそうです。

 英国のテスコ、セインズベリーズなどのスーパーマーケットは、商品の包装などに使われているすべてのプラスティックを2025年までにリサイクル可能な物質にするよう決めました。

 ただ、プラスティック製ストローの完全廃止は、手に障害のある人にとっては不便という声もあります。

 また、紙製ストローが普及することで、原料となるパルプのために森林伐採が進むとすれば、環境保護の点から見るとどうなるのかという問題もありますね。

 もう一つ気になるのが、プラスティックごみの海外輸出です。

 7月末、プラスティック製包装のリサイクルの現状について、国家統計局が報告書を出しましたが、これによると、昨年時点で再処理されたプラスティック製包装の66%が海外に送られていました。このうちの25%が中国への輸出です。

 ところが昨年7月、中国はプラスティックを含む廃棄物の輸入を停止すると宣言。そこで英国は今年からマレーシア、トルコ、ポーランドなどにプラスティック廃棄物の処理をより多く頼むようになりました。

 英国のゴミを外国で処理してもらう……なんだか、これでいいのかなという気がしますね。

キーワード 包装リサイクル義務(The Packaging Recycling Obligations)

 1997年に政府が定めた、欧州連合(EU)の取り決めに沿った包装物リサイクルの義務(%)のことです。国家統計局の報告書によると、昨年、英国の7002社がこのスキームに参加して、リサイクル率64%を達成しているそうです。同年、国内の包装ゴミは1100万トンに上り、過去15年で海外への包装ゴミの輸出量は約6倍に増加しました。


by polimediauk | 2018-09-12 16:26 | 英国事情

 英国の邦字誌「英国ニュースダイジェスト」に掲載されている、筆者のコラム「英国メディアを読み解く」に補足しました。)

 ここ数か月、英国では「ウィンドラッシュ世代」の話が連日のように報道されて来ました。

 ウィンドラッシュ世代とは、1948年から70年代初頭にかけて、当時英領だったジャマイカなど西インド諸島から英国にやって来た移民とその子供たちを指します。第二次大戦後の英国の労働力不足を補うために、渡英した人たちです。

 「ウィンドラッシュ」とは移民の第1陣を乗せてきたエンパイア・ウィンドラッシュ号から来ました。

 1948年6月21日、1,027人を乗せ英南東部エセックスのティルベリー港に到着しましたので、今年はちょうど70年目にあたります。

 この世代に該当する人が何人いるのか、正確には分かっていません。と言うのは、当時、英国の植民地であった地域から親と一緒にやって来た子供たちの多くは、自分自身の旅券や査証など公的書類がないままに入国し定住したからです。

 1971年の移民法(73年1月施行)によって、施行日以前に渡英した英連邦出身の市民には永住資格が与えられましたが、このとき、政府はその記録を残しませんでした。

改正移民法で生活が激変

 今回、ウィンドラッシュ世代が窮地に陥ったきっかけは、2014年の改正移民法です。英国内で欧州連合(EU)からの移民急増への反発が発生したことを受けて、政府は不法移民に「敵対的な環境を作る」政策を打ち出しました。

 これによって移民たちは、就労、不動産賃貸、医療を含む社会保障を受け取る際に、国籍証明書、あるいは永住許可証などの在留資格を示す正式な書類が必要になったのです。書類を出せない人は「不法移民」となり、職を失う、社会保障を受けられないなどの危機に見舞われました。国外退去を迫られた人もいるようです。

 半世紀近くも英国に住み、自分は英国民だとばかり思っていたジャマイカを含むカリブ海地域出身者やその子供たちにとって、大きなショックだったに違いありません。

 オックスフォード大学による移民観測分析では、1971年以前に渡英し、現在までに英国に定住した英連邦出身者は約52万4000人で、英国の国籍を取得した人は46万7000人だそうです。国籍を取得していない5万7000人のうち、1万5000人がジャマイカから来たと推測されており、数千規模の人が不利な状態に置かれたと見られています。

ガーディアン紙の報道がきっかけ

 一連の事態は、「ガーディアン」紙の報道で広く知られることになりました。2010年、内務省が新たな建物に引っ越したときに、ウィンドラッシュ移民の到着記録を大量に破棄していたことが発覚したのです。

 今年4月19日と20日にはロンドンで英連邦首脳会議が開催されていたこともあり、ウィンドラッシュ世代をめぐる政府の不手際が大きな政治問題となっていきました。

 テリーザ・メイ首相は、該当する人々に適切な補償の支払いを約束し、カリブ海12カ国に書簡で正式に謝罪しました。

 アンバー・ラッド内相(当時)はウィンドラッシュ世代を支援するための特別な作業部会を設置し、必要な在住証明書の収集、新たな在住許可書類作成費用の全額免除(229ポンド=約3万2,000円)、問い合わせ先の窓口となるウェブサイトの設置を下院で発表しましたが、4月29日、引責辞任に追い込まれました。

新内相が謝罪 「見せかけ」?

 ラッド氏が引責辞任をした後を引き継いだのが、サジド・ジャビド氏です。彼の両親は、ウィンドラッシュ世代と同じ頃にパキスタンからやってきました。移民第2世代ということになります。同氏にとって、ウィンドラッシュ世代の苦境は他人事とは思えないとこれまでのインタビューで述べています。

 今月21日、ジャビド内相は下院の内務問題委員会に対し、これまでの調査結果を報告しました。

 これによると、先の大臣が設置した作業部会に連絡を取ったウィンドラッシュ世代関係者は6,507人に上りました。このうち2,272人に英国の在住資格を裏付ける書類が送られました。2,272人のうちの1,093人(最多)がジャマイカ出身でした。

 作業部会は、1万1,800人を対象に調査を行いました。このうち18人が、先の移民法が施行された1973年以前から英国に住み、この法律によって永住資格を得ていたにもかかわらず、これを証明する書類がなかったために英国に住めなくなったり、移民管理センターに拘束されたりしていました。

 18人のうち14人に連絡が取れ、ジャビド内相は謝罪の書簡を送りました。補償金を支払うこと、すでに英国を去ってしまった人には帰国への支援を行うことも書かれていました。

 政府の調べによると、18人以外には、カリブ海諸国出身者の146人が英国から強制送還されたり、移民管理センターに拘束されたりしていました。

 ウィンドラッシュ世代にどのように補償金を払うかについては、現在、広く意見を募っているところです(締め切りは10月11日)。

 両親がウィンドラッシュ世代となる、デービッド・ラミー労働党議員は、「18件は雀の涙だ。内相の謝罪は見せかけだ」、と述べています。「現在も支援金が与えられず、仕事や住居を失って、食事も満足にできない人々に対する侮辱だ」。

欧州列強による「三角貿易」とウィンドラッシュ世代

 歴史をさかのぼれば、西インド諸島に黒人の住民がいるのは、英国を含む欧州列強による「三角貿易」の結果でもあります。

 例えば、英国からアフリカ大陸に工業製品を運んだ船は、そこで現地の黒人住民を奴隷として西インド諸島や米国に運び、次にそこからタバコや綿花などの産物を積んで英国を含む欧州に戻って来たのです。

 ウィンドラッシュ号やその後の船で英国にやって来た人々は、有色人種であることから様々な人種差別にあう場合もありました。その大部分はブルーカラーの仕事、例えば清掃人、運転手、看護婦として働きながら、大戦で荒廃した英国が現在の姿になるまで力を貸してきました。

 希望に満ちた若者たちの当時の写真をよく目にしますが、これまでの経緯を思い合わせると、今回の危機には本当に胸が痛みます。

キーワード 英連邦(Commonwealth of Nations)

 英国を中心とする自治領、旧植民地諸国で構成される緩やかな連合体のことです。53の加盟国には約24億人が住んでいます。英国に住む加盟国の国民は、英国の国政及び地方選挙で選挙権・被選挙権を持っています。首長はエリザベス女王、次期首長はチャールズ皇太子。隔年で首脳国会議を開催し、今年は4月19日~20日、英国で開催されました。


by polimediauk | 2018-08-28 22:25 | 英国事情

 (英国の邦字紙「英国ニュースダイジェスト」に掲載中の筆者のコラム「英国メディアを読み解く」に補足しました。)

 「ボリスはどこだ? 」

 6月末、ウェストミンスター議会での審議中、野党の労働党議員から叫び声が上がりました。日本人にとってもなじみが深いヒースロー空港(ロンドン西部)に、第3の滑走路を新設する法案を国会で審議していたときのことです。

 「ボリス」ことボリス・ジョンソン外相(当時。7月9日辞任)は、前職のロンドン市長であったときから新滑走路の建設には大反対の姿勢を取ってきましたが、この日、その姿が見当たらなかったのです。

 空港の設備拡張賛成派と反対派の議論が白熱する中、最終的に政府の建設案は可決されました。ジョンソン氏はアフガニスタンを訪問中で、票を投じることはできませんでした。

 新滑走路は2021年に建設が着工され、26年までに完成する予定です。総事業費は140億ポンド(約2兆460万円)に上るそうです。

 ヒースロー空港は、第1次世界大戦中に軍用機の発着地となったのがその始まりです。1930年代には、航空機の組み立てや試験飛行に使われるようになりました。第2次大戦が勃発すると小規模の商業空輸を取り扱い、戦後は空軍に接収されました。「ロンドン空港」が敷地内で建設されたのは1944年。2年後には民間航空局に返還され、民間空港として正式オープンします。「ヒースロー空港」と名称変更されたのは1966年です。現在は「ヒースロー空港ホールディングス」が所有者になっています。

 国際線利用者数では世界第2位(2017年は約7320万人)の同空港ですが、敷地面積はほかの欧州の主要空港と比較すると半分以下で、滑走路も2本しかありません。国際競争の面から、そして旅客サービスを向上させるためにも、空港設備の拡張が長年の課題となってきました。

 今回の新滑走路建設決定までには、長年の紆余曲折がありました。設備拡張を掲げた白書が公表されたのは2003年。07年のパブリック・コンサルテーションを経て、09年、当時の労働党政権が新滑走路建設を支持します。しかしその後、地球温暖化への影響、地域住民からの騒音や大気汚染問題への懸念が、大きな抗議運動に発展していきます。

 2010年の総選挙戦では、野党だった保守党と自由民主党が新滑走路建設反対を主張し、当時のロンドン市長ジョンソン氏は、テムズ川河口に浮かぶ人工島に新空港を建設するという大胆な計画をぶち上げました(!)。このときの総選挙で勝利した保守党と自民党が連立政権を組み、新滑走路建設案を中止してしまいます。

 それでも、英南東部の空の旅の受け入れ能力を拡大するための試みは続いていきます。

 2012年には拡張の可能性を査定する「空港委員会」が立ち上げられ、その翌年出された3つの提案の中の一つが第3滑走路の建設でした。政府がこれを支持する意向を示したのが、その3年後。そして今年6月上旬、政府が建設計画を閣議で了承し、これを踏まえて議会で同月25日に採決が行われ、ようやくゴー・サインが出ました。

 この採決に関してクリス・グレイリング運輸相は、「5つの誓約」を表明し、その中で「事業費に税金は投入しない」と約束しました。拡張計画は10万人以上の新規雇用を生み出し、740億ポンド相当の経済効果があると述べています。

 この第3滑走路の建設により、ヒースロー空港の年間の旅客輸送能力は1億3000万人に増える予定だそうです。また、環境対策や周辺住民への補償として26億ポンドを使うことも明言しています。

 でも、不安要素も多々あります。

 本当に事業費を民間資金だけで賄えるのか、ほかの空港と比較して高いと言われるヒースローの空港使用料が更に上がるのでは、そしてこれが運賃に転嫁されるのではという懸念です。新滑走路周辺の道路整備による交通渋滞も、頭痛の種と言われています。立ち退きを余儀なくされる約800戸の住人にとっては、大きな決断のときとなります。

 サディク・カーン現ロンドン市長を含め、滑走路建設反対派の声は依然として強く、これからも論争が続きそうです。

キーワード 5つの誓約(Five point pledges)

 グレイリング運輸相は、ヒースロー空港拡張で5つの原則を確約しました。(1)税金は使わない、(2)経済効果(新国際線の開通、10万人の新規雇用、740億ポンドに上る恩恵)、(3)国内全体での恩恵(国内線航路を15%増発、地域経済活性化)、(4)環境保護(温暖化や大気の質の基準を維持、夜間飛行制限に新基準など)、(5)誓約順守に法的縛りをかける。さて、これは守られるでしょうか。


by polimediauk | 2018-08-10 20:07 | 英国事情

(英国の邦字紙「英国ニュースダイジェスト」の筆者コラム「英国メディアを読み解く」に補足しました。)

 英国のNHS(National Health Service)こと「国民医療制度(国民保健サービス、と訳されることもあります)」が先月、創設から70周年を迎えました。税金で運営されているため、英国に住む人は基本的に無料で医療サービスを受けられます。

 社会を構成するすべての人々に一律の医療サービスが無料で提供されるようになるまでには、どんな経緯があったのでしょう?

「National Health Service」という言葉を最初に使ったのは、英北西部リバプールのベンジャミン・ムーア医師だと言われています。1910年出版の著作の中で言及し、1912年には「国家医療サービス協会」を立ち上げました。

 NHS発足前は、病気になったら自分で医療費を払うのが原則でした。貧困者が治療を受けるのは容易ではなく、いったん職を失えば、路頭に迷う可能性もありました。

 1911年、転機が訪れます。自由党政権のデービッド・ロイド=ジョージ財務相の主導で、「国民保険法」が成立したのです。政府、雇用主、被雇用者が保険料を拠出することで、疾病時に医療費を負担し、失業時には給付金を支払えるようになりました。

 当時は社会福祉というと「貧困者など一部の人に慈善で与えられるもの」「貧困度を測り、必要な人にだけ提供するべき」「国家予算を悪用されないようにしなければ」という意識が根強かったものの、第2次世界大戦(1939~45年)が勃発し国民総動員で戦う時代になると、「すべての人に与えられる一つの権利」として次第に認識されるようになりました。戦時中、オックスフォード大学ユニバーシティ・カレッジの学長だった、経済学者のウィリアム・ベバリッジが、政府から社会保険制度の状況を検討するよう依頼されます。1942年に発表された「ベバリッジ報告書」は、すべての人の疾病を予防・治療する保険医療制度の設立を提唱していました。

 1945年の総選挙で、この報告書の実現をマニフェストの一つに掲げて戦ったのが野党・労働党でした。第2次大戦で英国を勝利に導いた宰相、ウィンストン・チャーチルの率いる保守党を打ち破って政権に就いた労働党は、1946年に国民保健サービス法(National Health Service Act)を成立させます。その2年後、NHSと呼ばれる国民医療制度がいよいよ始まりました。

 NHSは地域ごとに4つ(イングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランド)に分かれて運営されています。合法的に英国に滞在する外国人も加入できますが、2015年以降、欧州経済領域(EEA)以外の国籍を持つ移民の場合、査証取得・延長時にサービス利用料として年間150~200ポンドを支払うことが義務付けられました(永住権保持者は含まれません)。

最近は「常に危機状態」

 ここ数年、NHSの財政難や人手不足、混雑した病院の内情を伝える報道をよく目にするようになりました。

 NHSは今、膨れ上がる医療のニーズに病院側が対処しきれず、苦境に陥っているのです。

 政府の公的サービスへの支出額の中で、NHSへの拠出は30%にも上りますが、支出が増えている大きな原因の一つは高齢化です。医療技術の進歩で、70年前と比べて平均寿命が13歳も伸びています。

 65歳以上の人口比率が増加の一途をたどっており(2015年では約18%)、高齢になるほど長期的な疾病(糖尿病、心臓病、認知症など)の比率が高まっていきます。また、平均的な65歳のNHSでの医療ケアにかかる費用は30歳の2.5倍になるそうです(BBC ニュース、5月24日付)。

 新薬の価格高騰、政府の緊縮財政でNHSへの予算の増加率が抑えられていることも運営を圧迫しています。緊縮財政策は、高齢者に対する自治体の生活支援サービスの削減にもつながりました。

 NHSの恩恵を何年も受けてきた筆者は、「すべての人が無料で利用できる」という伝統をぜひ死守して欲しいと願っているのですが、担当の家庭医(GP)への予約が取りにくく、予約時にクリニックに行っても長い間待たされることが続くと、NHSも「そろそろ限界に来ているのかな」と思ったりします。

キーワード

Beveridge Report(ベバリッジ報告)

 経済学者ウィリアム・ベバリッジが委員長となった「社会保険及び関連サービス各省連絡委員会」が、1942年に社会保障制度の拡充のために提出した報告書です。健康保険、失業保険、年金などを、すべての国民が対象となる統一制度として提唱しました。「ゆりかごから墓場まで」と言われる、第2次大戦後の社会保険制度の土台となりました。


by polimediauk | 2018-08-08 19:43 | 英国事情


 米国人女優のメーガン・マークルさんが、エリザベス英女王の孫にあたるヘンリー王子と結婚して2か月半が過ぎた。

 結婚前から、「なんだか危ないなあ・・・」と筆者が思っていたのはマークルさんの家族の行動だ。

 父親トーマスさんは、結婚式の直前、娘のために良かれと思って、パパラッチと示し合わせて自分の日常生活を紹介する写真を撮らせた。一見、「たまたま写真に撮られた」ようにも見えたが、あらかじめ準備していたことが発覚すると、「やらせ写真だ」として非難の嵐となり、式の出席を辞退せざるを得なくなった。トーマスさんの「イメージ向上」のために写真撮影を父に勧めたのはメーガンさんの異母姉妹だった(トーマスさんとメーガンさんの母親はすでに離婚している)。

 しかし、父親として娘の結婚式に出ないのはあまりにもつらいことである。メーガンさんがトーマスさんに出席するよう説得し、いったんは「出席する」としたトーマスさんだったが、直前になって心臓手術のために結局出席できなかった。式前後の様々な心労が災いしたのかもしれないが、「お騒がせ男」と言ってよいだろう。

 

結婚式の様子を伝える、英各紙 (撮影 筆者)
結婚式の様子を伝える、英各紙 (撮影 筆者)

 さて、結婚式が終わり、ヘンリー王子とメーガンさんは新たな人生のスタートを切った。

 しかし、父トーマスさんは黙っていられない。

 先月末、英国の日曜紙「メール・オン・サンデー」の長時間インタビューに応じ、娘と全く連絡が取れない状態であることを暴露したのである。

 「娘は私を完全に切ってしまいました。とても傷ついています」

 「娘にかけられる電話番号を持っていたんですが、『王室が娘を変えている』などと私が批判した後、使えなくなりました」

 「電話が不通になりました。もう娘と連絡できる番号がないんです」

 そして、こんなことまで言った。「私が死んだ方が娘にとってはいいのだと思います」。しかし、「和解を望んでいます。娘と話をしないままに死ぬのは嫌ですね」。

 ここまで言われたら、娘はどうしたらいいのだろう。

 さらにトーマスさんはこうも言っている。「メーガンや王室にはもう我慢がなりません。黙っていてほしいと思っているんですよね。いなくなればいい、と。でも、黙ってはいませんよ」

 「沈黙なんかしない。いらいらするのは、メーガンが自分は私よりも上だと思っていることですよ。私がいなければ、何でもない存在なのに。今のメーガン妃があるのは私がいたからなんだ。メーガンのすべてが、私が作ったようなものなんだ」。

 ヘンリー王子の母になる故ダイアナ妃(1997年、事故死)にもトーマスさんは言及する。もし現状を知ったら、ダイアナ妃は怒るだろう、と。

 身内がメディアに出て、家族の内情を吐露する・・・これは英王室にとって、ご法度だ。

 ただし、もちろん、故ダイアナ妃は夫であるチャールズ皇太子との不仲をBBCのテレビ番組「パノラマ」で暴露し、それ以降、皇太子とダイアナ妃の間でメディアを使った戦いが発生してゆくのだがー(2人は1996年8月末に離婚した)。前例がないわけではないのだが、それにしても、である。

 いくらメーガンさんが新しい家族・王室の一員としてがんばろうとしても、家族(の一部)が足を引っ張る…といった構図が見える。

 トーマスさんの行動は英王室から眉をひそめられるばかりか、多くの国民にとっても驚愕であり、決して好感は持たれないだろう。

 

 というのも、「米国からやってきた」、「黒人の血を引く女性」、「元女優」ということでメーガンさんは大人気だし、トーマスさんはそんなメーガンさんを批判していることになる。かつ、英メディアに出ることでトーマスさんが巨額の報酬を得るのは確かで、「お金儲けのために告白をしているのではないか」と思われても仕方ない部分がある。

 読者の皆さんも、ご経験があるだろう。結婚後、当人同士がいくら互いを気にいっていても、それぞれの家族同士が相手を嫌っていたり、衝突したりすることが。自分の家族や親せきが「見苦しい」振る舞いをしてしまうことも多々ある。当人たちにはどうしようもない。

 筆者自身、トーマスさんの行動は「ちょっとなあ」と思う。娘に連絡できないつらい心情は理解できるとしても、メディアを通じて訴えるというやり方はどうなのか。娘のことを考えるなら、どれほどつらくても表に出ないやり方でアプローチするべきではないか。娘よりも、自分の気持ちを優先する行動をしているように見えて仕方ない。

 ・・・とはいうものの、一定の同情も感じる。

 トーマスさんは英国の市民ではないし、娘が王室に嫁いだからと言って、沈黙を強いられる必要はない。言論の自由があるはずだ。どこかで自分の言いたいことを言わないと、病気になってしまう可能性もある。今回のインタビューがたとえみっともないものであったとしても、少なくともトーマスさんの声は娘に届いたはずだ(気持ちを傷つけただろうが)。今、メーガンさんを慰め、彼女の相談相手になっているのが、ヘンリー王子の兄にあたるウィリアム王子の妻キャサリン妃だというが、本当だろうか。2人はともに「一般人」で王室に嫁ぎ、年も36歳同士である。

 一番の責任は英王室にあるように思う。誰か父トーマスさんをケアする人はいないのだろうか?

 一抹の憐れみを感じさせるトーマスさんの姿だ。

 そろそろ、メーガンさんが米国に「里帰り」をして(トーマスさんはメキシコに住んでいるそうだけれども)、2人がお互いの気持ちを十分に話す機会を持ち、心を通い合わせることができるようにと筆者は強く願っている。


by polimediauk | 2018-08-03 16:26 | 英国事情

 英国で6月27日、異性同士のカップルでも、これまで同性同士のカップルにのみ認められていた「シビル・パートナーシップ」を結ぶことが出来る道が開けた。

 ロンドンに住むレベッカ・スタインフェルドさん(37歳)とチャールズ・ケイダンさん(41歳)にとって、最高裁の判断は待ちに待ったものだった。

 同性同士のカップルの法的結びつきとなるシビル・パートナーシップを異性カップルが選択できないのは、欧州人権条約に「そぐわない」とする判断が下されたのだ。

 これで法律がすぐに改正されるわけではないが、その可能性は高くなったと言えよう。

 レベッカさんとチャールズさんは2010年に出会い、すでに2人の子供がいる。しかし、結婚は「何世紀にもわたって、女性を男性の所有物と見なしてきた」制度のように感じており、自分たちの関係を結婚の枠組みで規定されたくないと思ったという。2014年、市役所にシビル・パートナーシップを結ぶ書類を提出したが、「前例がない」と却下されてしまった。裁判への道のりが始まった。

 2人の願いを支持する署名運動には、13万人が署名したという(6月27日、BBCニュース報道)。

英国のシビル・パートナーシップ制度とは

 英国では、同性カップルが異性間の婚姻に準ずるものとして「シビル・パートナーシップ」という法的関係を持つことができるようになった(2014年のシビル・パートナーシップ法による)。

 同性及び異性カップルが利用できる「結婚」と、同性カップルのみが利用できる「シビル・パートナーシップ」を比べてみると、どちらの場合でもカップルは同等の権利と義務(遺産相続、税金、年金、最近親者として扱われるなど)を付与される。

 違いはシビル・パートナーシップの対象が同性カップルに限られていること。また、宗教性がないことだ。

 英国では結婚というと、異性カップルの法律上の結びつきであると同時に、宗教儀式としても認識されてきた歴史がある。

欧州内では?

 BBCの調べによると、フランスでシビル・パートナーシップに相当するのは「パクト」と呼ばれる関係で、これは同性及び異性カップルが選択できる。同様に、両方で利用できる法的関係を提供しているのはオランダ(1998年から導入、以下同)、ベルギー(2000年)、ルクセンブルク(2004年)、ギリシャ(2008年に異性カップル向けに導入され、15年からどちらでも可能に)、マルタ(2014年)、キプロス(2015年)、エストニア(2016年)など。

英国では結婚件数が減っている

英イングランド・ウェールズ地方の結婚件数(国家統計局資料)
英イングランド・ウェールズ地方の結婚件数(国家統計局資料)

 英国家統計局の調査によると、英国(ここでは人口の5分の4を占めるイングランド・ウェールズ地方)では結婚の件数が長年、減少傾向にある。上記のグラフは1935年から2015年までの分だ。異性間のカップルの結婚件数は2015年で23万9020。前年から3・4%の減少だ。1970年代以降、減少傾向が続いている。

 次に、「結婚率」を見てみる。「16歳以上の1000人の男性(あるいは女性)の中で、どれぐらいの人が結婚しているか」を示すグラフが以下である。青色の線が男性、黄色が女性だ。1000人の男性の中で21・7人、女性の場合は19・8人が結婚していた。それぞれ前年と比較して5・7%減、5・3%減。この統計は1862年から開始しているが、これまでで最も低い数字だそうだ。ただし、「50歳以上の男性、そして35歳以上の女性の結婚率は上昇している」(調査官)。

結婚率を示すグラフ(国家統計局)
結婚率を示すグラフ(国家統計局)

親の約半分が婚姻関係を結ばずに出産・子育て

 もう1つ、あるデータを紹介しておきたい。

 国家統計局の別の調査によると、イングランド・ウェールズ地方での出産数は69万6267件で、前年より0・2%減。「妊娠率」は1.81で、前年は1.82だった。、

 興味深いのは、結婚もシビル・パートナーシップも結んでいないカップルから生まれた子供の比率だ。2016年で47・6%。前年は47・7%だったので、微減だ。逆から見ると、半分強が結婚あるいはシビル・パートナーシップ関係にある親から生まれている。

 結婚もシビル・パートナーシップも結んでいないが子供を持つカップルの場合、その60%以上が生活を共にしている。2016年はこれが67%になった。一切の法的関係を結ばないにもかかわらず一緒に暮らし、親となって子育てをするカップルが珍しくなくなってきた、という。いわゆる「事実婚」である。

 筆者の周囲を見ても、あるいは著名人、政治家などを見ても、このパターンがよく目につく。

 英国では、「事実婚でも子供の養育に関する権利や責任において、それほど大きな法的違いがない」要素も影響しているのだろう(もっと深く知りたい方は長野雅俊氏による「英国ニュースダイジェスト」の記事をご参考にされたい)。

 異性カップルにおいては、結婚という形にとらわれず、より自由に、より平等に暮らしたいと考える人が社会の主流になりつつある。

 ちなみに、以前にも別の原稿で言及したが、日本の厚生省の「人口動態」によると、2015年時点で、出生総数に占める非嫡出子の比率は2・29%。日本では結婚と出産がほぼイコールとなっている。

 


by polimediauk | 2018-07-20 16:53 | 英国事情