小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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カテゴリ:英国事情( 193 )

 昨年3月、日本では東日本大震災が発生し、福島県にある複数の原子力発電所が危機状態に陥った。その後、ドイツが原発からの完全撤退を表明し、イタリアでは国民投票で原発建設に反対の意が表明された。1950年代半ば、世界で初めて商用原子炉を稼動させた英国では、福島の原発事故以降も、新規原発の建設も含めこれまでの方針を変更しないようだ。

 原発における英国の立ち位置を検証してみた原稿を、「英国ニュースダイジェスト」に出している。最新号のニュース解説には、原発の場所や稼動年が入った地図がついているので、ご覧いただけたらと思う。

 http://www.news-digest.co.uk/news/news/in-depth/8732-nuclear-energy-in-uk.html

 以下は、本文部分に若干補足したものである。


***
 英国の原発の今 
―「クリーンなエネルギー」の行方は?


 
 原子力の民事利用の規制・監督団体「原子力規制庁」(Office for Nuclear Regulation=ONR)は、昨年10月、東日本大震災による原発事故が英国の原子力産業に与えた影響について調査報告書を発表した。福島原発の被害状況を査定した上で、ONRは、福島の事例によって英国の原子力産業のこれまでの方針や今後の計画を変える必要はないと結論付けた。

 その根拠として、事故が発生した福島原発では軽水炉型の原子炉が使われていたが、①英国ではガス冷却型であるため、同様の経緯での危機に発展しにくい、②ほぼ10年ごとに各原発が安全性の点検を監督団体から受けている、③規制・監督団体が原子力業界から独立している上に、原発推進策をとる政府からも独立している、③大規模な津波や地震が発生する確率が低い、などを挙げている。

 報告書は、最終的に「英国の原子力施設に、基本的な安全上の弱点があるとは思えない」とした上で、換気、予備の電力設備、使用済み核燃料棒の処理、洪水発生時の対策などを常に見直し、必要あれば改善させるよう推奨した。

 私たちが原子力と呼んでいるのは、ウランやプルトニウムの核分裂、放射性物質の崩壊、重水素・トリチウムなどの核融合により放出される核エネルギーだ。原子核反応により発生するエネルギーは、化石燃料の燃焼などの化学反応により発生するエネルギーに比べて桁違いに大きい。

 1940年代、英国の科学者たちは原子力を主に軍事目的で開発していた。英国最初の原子炉は、1947年、英南部オックスフォード州ハーウェルに設置された。世界初の商用発電の開始は1953年で、イングランド東北部カンブリア地方に設計された施設ウィンドスケールのコールダー・ホール原発(マグノックス炉―関連キーワード参照―を使用)であった。その後、より効率的でより出力の大きな原子炉の調査・開発が進んでいった。

 現在、英国では原子力が国内の電力供給の中で約19%をカバーしている。ちなみに、日本はこの割合が30%近くに上る。

 原発事故も経験済みだ。1957年にはウィンドスケールで火災が発生し、大量の放射線汚染物が拡散された。2005年にはセラフィールドのソープ核燃料再処理施設のパイプの隙間から20トンのウラニウム、160キロのプルトニウムが漏洩した。

―原子力=クリーンなエネルギー

 近年、地球温暖化への懸念が強まる英国では、原発は二酸化酸素を排出しないクリーンなエネルギーとして受け止められてきた。歴代の政府は「事故発生率が低い」点も原発の利点として挙げた。環境擁護運動の推進者たちは、核廃棄物の最終保管場所が決定していないことを問題視し、英国保守層の国民の多くは、英国が誇る田園の景観を損なう風力発電用施設の建設こそが大問題だと訴えてきた。

 原発の長い歴史を持つ英国は、初期に導入した国であるからこその悩みを持つ。原子炉の稼動期間は大体40年ほどだが、その後、効率や出力の面で機能が向上したにもかかわらず、国内に旧型の原子炉を多く抱えているのだ。

 今後、次々と旧型原子炉は稼動停止となる時期を迎える。現在稼働中の原子炉の中で、2024年以降も稼動予定なのはサイズウェルBのみ。この原子炉も2035年を最後に稼動停止となる。

 原子炉は建設計画から施設の完成までに10年から15年かかるため、2020年代以降、継続して原発を利用するのであれば、緊急に建設に着工しないと、電力出力に問題が生じる可能性がある。政府は新規原子炉の建設をすでに決定しているものの、福島原発事故以降、世論には逆風が吹き出してきた。

 電力生産に穴を開けないためにも、風力発電などの再生エネルギーの生産に政府としては力を入れたいものの、景観などの面から建設予定地の地元民からの反対運度が起きている。3月11日、東日本大震災の1周年記念日、新規原発建設予定地ヒンクリー・ポイントで、住民らによる建設に反対する抗議デモが起きた。

 福島原発事故の後、英国は欧州他国とは異なり、原発計画を大きく変更させなかった。しかし、「原発=国の将来を託すに値する、安全な、環境保護の面でも正しいエネルギー供給源」という楽観論は少々あせたように見える今日この頃だ。

―関連キーワード:Magnox:マグノックス炉。

 核分裂で生じた熱エネルギーを、高温の炭酸ガスとして取り出す仕組みを使う、英国が開発した原子炉のタイプ。名前の由来は、超高温に耐えうるマグネシウムの新合金「マグノックス」を使用したため。主に核兵器に使用する濃縮ウランを生み出すために設計されたマグノックス炉は、1956年、英コールダー・ホールで初稼動した。世界最初の商用原子炉で、これを原型として、多くのガス冷却型原子炉が実用化された。日本発の原子力発電所である東海発電所にも導入されている。コールダー・ホールのマグノックス炉は2003年稼動停止。47年間の長期にわたる稼動だった。
by polimediauk | 2012-03-23 03:15 | 英国事情
 エリザベス女王が、2月6日、即位から60周年を迎えた。英国の君主としてはビクトリア女王に次ぐ長い統治となる。父親ジョージ6世の急逝により、25歳で女王に即位した。6月上旬には即位60周年を祝う記念式典が開催され、さまざまなイベントが目白押しだ。邦字週刊誌「英国ニュースダイジェスト」最新号に女王の半生とその時代について書いている。以下はそれに補足したものである。

(ご参考:「英国ニュースダイジェスト」の解説記事には女王のこれまでの年表図がついている。http://www.news-digest.co.uk/news/news/in-depth/8605-uk-nhs.html)

 エリザベス女王(85歳)は、1926年4月、ヨーク公夫妻(国王ジョージ5世の次男となる父アルバートと母エリザベス)の長女として、ロンドン・メイフェアーで生まれた。エリザベスは王位継承順位では第3位であった。父の兄にあたるエドワードが継承順位では第1位で、その後を継ぐのはエドワードの子供たちと考えられていたため、エリザベスが将来女王になるだろうと思う人はほとんどいなかった。

 4歳になると、妹のマーガレットが誕生した。家族の絆は強く、エリザベスは幸福な少女時代を過ごしたといわれている。

 1936年、ジョージ5世死去後、エドワードが国王エドワード8世として即位したが、その時代は1年も続かなかった。離婚経験がある米国人女性ウォリス・シンプソンと交際していたエドワードは、離婚女性と国王との結婚が許されないことを知って、王位を捨てる方を選択したからだ。

 そこでエリザベスの父アルバートがジョージ6世として即位し、その統治は1952年まで続いた。健康が悪化していた父の代わりに、夫のフィリップとともに外国を訪問中だったエリザベスは、同年2月6日、父が亡くなったことをケニアで知った。

 女王として英国に急きょ帰国したエリザベスを、当時の首相ウィンストン・チャーチルが飛行場で出迎えた。25歳という若くかつ美しい女王の誕生に、国民中が湧いたという。戴冠式は翌1953年。その模様がテレビで放映されると、国内外の視聴者は画面に釘付けとなった。女王は国民のアイドルになっていた。

―変わる英国とともに60年

 エリザベス女王の統治の当初は、ちょうど大英帝国が解体しつつある頃であった。インド、パキスタンの両国が独立したのは1940年代だったが、その後もかつての植民地国の独立が相次いだ。元植民地国を中心とした各国は1931年に英連邦としてまとまり、現在までに54カ国が加盟。人口は約18億人で、これは世界の人口の約三分の1にあたる。女王は英連邦の元首である。また、英国教会の首長という役割も持つ。国を代表して外国からゲストを迎えるとともに、議会を開会するのも女王の重要な役目だ。英国を代表する「顔」ともいえよう。

 複数の世論調査では王室の存続を支持する人が過半数を占め、エリザベス女王の人気も高いが、その影響に影が見えたことが、一時あった。

 長男チャールズ皇太子と結婚したダイアナ妃が不仲となり、1980年代から90年代にかけて、夫婦の不倫関係などのゴシップ記事がメディアで連日報道された。夫妻は1996年に正式離婚したが、翌年、ダイアナ妃がパリで交通事故で亡くなった。

 多くの国民がダイアナ妃を慕い、女王から何らかの追悼の言葉を欲していたが、事故死から数日間、女王一家はスコットランドにある避暑用住居バルモラル宮殿にこもり続けた。これが国民の大きな反感を買った。後、女王はロンドンに戻り、国民がダイアナ妃にささげた追悼のカードや山のような花を見て、その死が国民にもたらした悲しみと衝撃の深さを知った。女王はテレビに出演し、ダイアナ妃の突然の死をいたむメッセージを送り、国民の怒りは氷解していった。(ここら辺の経緯は、2006年公開の英映画「クイーン」でもよく分かる。)

 エリザベス女王の側近らの話によれば、女王は恥ずかしがり屋で、人間よりも動物に話しかけるほうが楽と考えるタイプだという。女王の犬好きや競馬好きはよく知られている。派手なことを嫌い、「名声にも興味がない」(ウィリアム王子)女王は、その一生を女王としての役割を全うするために生きてきた。叔父のエドワードが王位を放棄したことへの衝撃と、「絶対に自分はそんなことをしない」という強い思いが、女王の日々の活動の糧になっていると、女王の伝記を書いた作家ロバート・レーシーは述べる(『ロイヤル』)。

 移民出身の国民が全人口の10%を占め、キリスト教以外の信者も増えている。スコットランド、ウェールズ、北アイルランドではそれぞれ独自の地方議会が成立した。英王室は分権化、多様化が進む英国を、ゆるやかに1つにまとめる、象徴的な存在だ。即位60周年記念は、さまざまなイベントに参加することで英国に住む隣人との一体感を感じたり、英国のここ数十年の変化を振り返る機会となりそうだ。

―関連キーワード:

 Jubilee: 「ジュビリー」、通例50年目の記念行事。旧約聖書のレビ記の第25章で「ヨベルの年」として言及され、「50年目の聖なる年」の意味に。この年に奴隷が解放され、借金が帳消しになり、野に自然に生えたものを食するよう書かれている。これに沿って、ローマ・カトリック教会でも、聖地を巡礼した者に罪の特赦を与える「聖年」が定められた。Siliver jubileeは25周年記念日あるいは式典、diamond jubileeは60周年の記念日あるいは式典を指す。

―60周年記念の主なイベント

6月2日(土曜):エプソン・ダービー
ロンドン郊外エプソン競馬場で開催される、「ダービーステークス」(または「エプソン・ダービー」を女王が鑑賞。競馬好きの女王は熱心なファンの1人。

6月3日(日曜):「ビッグ・ジュビリー・ランチ」
近所の人や友人、知人らとランチを共にすることでコミュニティー意識や友好を楽しく深めることを目的として始まったイベント「ビッグ・ランチ」を即位60周年記念にも実行しようという試み。参加希望者はウェブサイトから「ランチ・パック」を申し込むと、イベントの始め方、ポスター、料理のアイデアなどを入手できる。www.thebiglunchcom/

テームズ川でのダイヤモンド・ジュビリー・ショー:
英国内外からやってきた、1,000隻以上の船がテームズ側を下る。先頭には王室の一家が乗る「ロイヤル・バージ」号が位置する。川くだりの様子はバタシー公園の特別イベントでも視聴できる。http://www.thamesdiamondjubileepageant.org/

6月4日(月曜):ダイアモンド・ジュビリー・コンサート
バッキンガム宮殿の前で、BBCにより開催されるコンサート。著名アーチストが出演予定。5000枚の無料チケットはくじ引きで割り当てられる。締め切りは3月2日。
申し込みは以下のサイトから。http://www.bbc.co.uk/diamondjubilee/concert-tickets.shtml.

女王のダイヤモンド・ジュビリーのかがり火:
2,000以上のかがり火施設が、国内の各地に設置され、午後10時過ぎに点火される。ロンドン内には「ナショナル・ビーコン」と名づけられた施設が設けられ、午後10時30分頃、女王が点火を行う。www.diamondjubileebeacons.co.uk/

6月5日(火曜):聖ポール大寺院でのミサ
聖ポール大寺院で、即位60周年を祝う特別のミサが開催される。女王のための祈りが大寺院のウェブサイトに公表されている。ミサの開始時間などの詳細は後、発表。www.stpauls.co.uk/

ほかの情報は以下を参考に:
http://www.thediamondjubilee.org/
http://www.2012queensdiamondjubilee.com/
by polimediauk | 2012-02-23 18:51 | 英国事情
 拙著「英国メディア史」に関する書評がアマゾンにはまだ出ていないので、関心をもたれても、「???」という方がいらっしゃるかもしれません。

 書いた本人からしても、「読まれた方は一体どう思われたのだろう?」という点は大いに知りたいところです。

 そこで、グーグル検索などで少々拾ってみました。

*お勧め本を紹介するサイト、「HONZ」の書評

http://honz.jp/6818

 こんなにしっかり読み込んでくださり、恐縮です・・・。

*産経新聞SANKEI EXPRESS 掲載
Viva Europe イギリス 時代超える記者魂に感動 
http://sankei.jp.msn.com/world/news/120109/erp12010910430003-n1.htm

 これを書かれた記者さんに、「技術の進展がメディアを回してきた」といわれ、改めて、そうだなあと気づいた次第。やはり読む人によって、いろんな読み方ができるのだろうなあと思いました。

*新世界読書放浪
http://neto.blog10.fc2.com/blog-entry-7611.html

「タネ本があってもこれだけの量を書くのは大変だろう。読むのも大変だったけど」-という箇所に、思わず苦笑!!!「本当に読むのが大変だったでしょうね・・・」と思いつつ、「分かります!」の気持ちでした。

*読書メーターブログ
http://book.akahoshitakuya.com/b/4121100042


*資料保管庫・管理人のひとりごと

http://blog.goo.ne.jp/4thestate/e/c7aefed46d39a8e1778c7cc9c35b8823
感謝。

*「週刊読書人」2011年12月23日号
マスコミ回顧 上智大学鈴木先生のレビュー
http://pweb.cc.sophia.ac.jp/s-yuga/Article/Media_BookReview11.pdf

*私が時々、書いている、「メディア展望」1月号の書評もあります。2月になると、画面からダウンロードできるはずなのですが、発行している「新聞通信調査会」のサイトは以下です。 http://www.chosakai.gr.jp/news/mokuji_h24.html

 評者は黒岩徹東洋英和女学院大学名誉教授、元毎日新聞ロンドン支局長です。後でダウンロードできる状態になりましたら、またご紹介します。

*週刊東洋経済1月21日号

―5世紀を超える変転の姿が描かれる大著。政治権力と戦いつつ、同時に大衆の興味をかき立てることに腐心する。いかにも個性豊なメディア人たちが担い手として続々と登場し、異国とはいえ新聞・放送のあり方を考えさせられる。
 電話盗聴によってニューズ・オブ・ザ・ワールドが廃刊になる、21世紀冒頭の10年が本書の真骨頂だ。放送ばかりでなく、Webとの戦いも熾烈になり、新聞界ののたうち回る姿が印象的だ。無料紙や「Webファースト」戦略、さらには「ウィキリークス」活用も功を奏さず、2010年にはインディペンデントのような高級紙も、全面カラー廉価版を創刊して窮状を打開しようとする。
 膨大な史料をひもときつつ、著者は冷静にジャーナリズムの観点から見つめる。日本のメディア界との違いが浮き彫りになるが、激変するメディア環境は共通しており、必ずしも英国の特異性だけではとらえ切れない事実に満ちている。―

***

 みなさん、ありがとうございました。

 (好意的な評ばかりだなあと思われた方へーー特に好意的なものを選んだつもりはないのですが、検索ですぐに出たものと自分が知っているものを入れてみましたーーご容赦ください。ボリュームがある本であることと、ほかに似た本がないので、容易には批判しにくいのかなと思います。)

 個人的に読後感を送って下さった方もたくさんいらっしゃいます。感謝します。日本にいたときには、直接の感想もいただきました。「知らないエピソードがたくさん入っていて、驚いた」、「一気に読んだ」、「私だったら、タイムズが頂点となる章を先に置くよ」、「インターネットへの言及が少ない」、「ロイターが金融経済情報を専門に扱って変身してゆくさまをもっと知りたかった」などなどなどー。

 手に持つと厚い本なのがやや難ですが、「おそらく」、「ええ!」というエピソードが見つかるのではと思います。

 将来的に重版になる可能性もありますので、てにをはや事実の間違いを見つけられた方、「これを入れてほしかった」、あるいはお叱り・批判の感想など、引き続き、メールしていただけたら幸いです。ginkokoba@googlemail.com
by polimediauk | 2012-01-30 07:13 | 英国事情
 昨年末、フランスの会社(PIP)が製造した豊胸用シリコン・バッグに医療上の問題があることが発覚した。最悪の場合、シリコン材が体内で破裂する可能性があり、豊胸手術を受けた女性たちの間にパニックが起きた。本国フランスやドイツでは女性たちに摘出手術が勧告されたが、英政府は「必ずしも手術は必要ない」と発表し、国によって対応がまちまちになっている。(「英国ニュース・ダイジェスト」最新号に掲載された原稿に若干補足したのが以下である。)

「ニュースダイジェスト」の英国ニュース解説:グラフつき
http://www.news-digest.co.uk/news/news/in-depth/8476-faulty-french-pip-breast-implants.html

 まず、こだわるようだが、このニュースを日本語で拾うと、「豊胸」という言葉が出てくる。英語では、breast implant (乳房インプラント)になる。英語ではニュアンスとして、ニュートラルな感じがする。「豊」がつくと、どうもすでにあるものを(より)大きくする・豊にする、というイメージが出る。これは事実を述べているだけかもしれないが、どうも個人的にはぴんとこない。乳がんなど、病気で乳房を失われた方が利用するもの、というイメージが自分の中であったせいかもしれない。

 しかし、英国では、このインプラント手術を受ける人の90%が、乳がんなどの胸の病気よりも、「胸が小さい、あるいは形が気に入らないので、大きくしたい・形を変えたい」という理由で、これを利用しているという。胸が小さいことは大きな精神的なコンプレックスやダメージにつながることも多いので、この手術を受けたことで、人生が変わった、気持ちの持ちようが変わって幸せになったという女性がたくさんいる。

 英国では乳がんに関しての関心が高い。BBCで見つけた情報によれば、毎年4万5000人が乳がんにかかっており、がん患者のなかでは、乳がん患者がもっとも多いという背景がある。家族、知人・友人の中に乳がん患者がいることは、珍しくないのだ。

Breast cancer
http://www.bbc.co.uk/health/physical_health/conditions/in_depth/cancer/breast_cancer.shtml

 以下、便宜上、「豊胸手術」という言葉を使用する。

―昨年から出始めた懸念

 フランス製の豊胸用シリコン・バッグが、体内で破裂する危険性があるという恐れが出て、昨年末ごろから、世界各国で大きな健康上の懸念に発展している。

 この豊胸材はフランスのポリ・アンプラン・プロテーズ(PIP)社が製造したもの。同社は医療用としては未認可の産業用シリコンを使い、フランス政府は使用禁止措置にした。会社は2010年に倒産している。

 豊胸出術は、乳がんで乳房摘出手術をした人が乳房再建のためや、胸を大きくする美容整形上の理由などから利用されている。PIP社製の豊胸材でがん腫瘍が拡大するといった結果は1月時点で出ていないが、懸念は体内破裂の可能性だ。シリコンの中に入っているジェル状の物質が体内に流れ出て、細胞に損傷を与えると、痛みや炎症が発生したり、乳房の変形につながる。豊胸材の摘出も困難になる。

―世界で30万人、英国では4万人

 PIP社製の豊胸材は世界65カ国の約30万人の患者に販売された。英国では豊胸手術を受けた25万人の中で、4万人がPIP社の製品を使ったと見られている。正確な数がはっきりしないのは、豊胸手術の95%は民間の医療クリニックが手がけているためだ。国民保健サービス(=NHS。税金で運営され、原則無料で医療サービスが受けられる)にはほんの一部の患者情報しかない状況だ。

 英国医薬品庁(MHRA)によると、英国では女性に施される手術の中で豊胸手術の数がもっとも多いが、医療上の理由から豊胸手術を受けた人は全体の1割のみだ。

 豊胸手術を受けた女性たちは、現在、大きな不安を抱えながら生きている。安全性についての情報が確定していないのと、摘出が必要となった場合、誰が手術費用を負担するかがはっきりしないからだ。

 例えばフランス政府は「破裂の可能性は5%」とするが、MHRAによれば1%に下がる。一方、大手民間クリニックのトランスフォームは7%という。

 フランス政府は予防策として摘出を推奨し、ドイツ、オランダ、チェコ、ベネズエラなども同様の姿勢をとる。

 英国では、女性たちの懸念に後押しされる形でアンドリュー・ランズリー保健相が専門家グループに事態の分析を依頼。1月6日に発表された報告書は「原則としての摘出の必要は認められなかった」と結論付けた。ただし、「不安感はこれ自体が健康上の懸念になるので、もし女性たちがそう望めば、摘出できるようにするべきだ」とも書かれていた。すっきりとしない結論である。

 費用負担についての政府の不明確な態度が豊胸手術を受けた女性たちの怒りを大きくしている。保健相は「民間のクリニックには、女性たちが無料で摘出手術を受けられるようにする、道義上の義務がある」と述べたが、「道義上」のみではなく、もっと強い口調で民間クリニックに訴えてほしいと思う女性たちが多い。

 フランスでは、PIP社の豊胸材を使った女性たち約3万人に対し、政府が摘出の手術代を負担すると宣言。英国ではNHSが費用を負担すると述べているが、これはNHSで豊胸手術を受けた人のみ。ただし、民間のクリニックで豊胸手術を受けて、そのクリニックが閉鎖していたり、無料の摘出手術を行うことを拒絶した場合には、摘出手術のみ(ただし別の豊胸材との交換はしない)を行うという。民間の医療機関が行った手術の後始末をどこまでNHSが面倒を見るべきなのだろうか?

 政府や民間医療機関の支援が十分ではないことに対し、豊胸手術を受けた女性たちが中心となって、抗議デモが各地で発生した。最終的に求めているのは、どの医療機関で治療を受けたかにかかわらず、無料で診察を受け、患者たちがそう望んだ場合には摘出と交換までも含め、無料ですべてをやってもらうということー患者たちは医者を信じて、この手術を受けたのだから。

 今回の一連の事件では、豊胸手術について、公的機関による情報の一元管理を求める声が出た。また、医療以外の理由で豊胸手術に踏み切る女性たちに、豊胸材を身体に入れることへの強い警告を発した。

 事態が今後どのような方向に進むにせよ、現在大きな犠牲者となっているのが、医療機関に身をゆだねた女性たちである。医療関係者がせめてできることは、すでにこの手術を受けた女性たちに安心感を与えるような環境を一日も早く築き上げることだろう。

 本当になんだかつらないなあ・・・と思う事件である。医療上あるいは美容(あるいは生活)上の理由から身体に異物を入れることー様々な理由から人間はこれをよしとしてきた。(小さなことかもしれないが、私自身もコンタクトレンズを目に入れている。)ほかにも身体の一部を入れかえる医療技術の発展は目覚しく、恩恵を受ける人は私の家族も含め、たくさんいるのだけれども、人間は一体どこまでこの「入れかえる」道を進むのかなあ・・・と、しばし思いをめぐらせる事件でもあった。

―関連キーワード

Mammography:マンモグラフィー。乳がんの早期発見のために、乳房をX線撮影する方法、あるいはその装置。受診者の乳房を装置の撮影台に乗せ、プラスチックの板で乳房を台に強く押さえつけてから、撮影する。約30分間の処置となる。

 英国に住む47歳から73歳の女性(昨年までは50歳から70歳)は、3年ごとに無料でマンモグラフィーを受けるよう国民保健サービス(NHS)から連絡を受ける。私自身、この検査を受けた。義務化されているのが非常にうれしい。無料なのだ!

 2007-8年の1年で、170万人を超える女性がマンモグラフィーを利用した。早期発見となったために乳がんの進展による死を免れた割合は20-30%と言われている。しかし、すべてのケースを発見できるわけではなく、10%は見逃すとされる。初回で疑わしい兆候が見られ、再検診を受けるのは20人に一人であるという。
by polimediauk | 2012-01-26 19:45 | 英国事情
c0016826_2132827.jpg 小説「クリスマス・キャロル」や「大いなる遺産」などで知られるのが、ビクトリア朝を代表する作家チャールズ・ディケンズ(1812-1870年)だ。来年2月には生誕200周年を向かえ、英国各地で様々なイベントが開催される。「英国ニュースダイジェスト」(12月22日号)にディケンズの生涯や作品群を振りかえるコラムを書いた。以下はそれに若干付け足したものである。なお、ニュースダイジェストのウェブサイトでは、きれいな表をつけたものが載っているので、PCで見ている方はそちらへどうぞ。

http://www.news-digest.co.uk/news/news/in-depth/8317-charles-dickens.html

 また、いま非常に評判が高いディケンズの伝記で、私も読んでいる最中なのが以下の本である(表紙の写真は上に)。

Charles Dickens: A Life  著者:Claire Tomalin

***

 いよいよ、今年もクリスマスの時期がやってきた。この時になると頁をめくりたくなる小説の1つが、けちで意地悪な商売人スクルージが心を入れ替えるまでを描いた作品「クリスマス・キャロル」だろう。「スクルージ」といえば「守銭奴」として英語の語彙にもなっている。「クリスマス・キャロル」や、「オリバー・ツイスト」、「大いなる遺産」など、いまや英国の社会や文化の一部となった作品をたくさん書いた小説家チャールズ・ディケンズの生誕から、来年2月で200年となる。 

 ディケンズが生まれたのは、イングランド地方南部ハンプシャー州ポーツマス郊外、ランドポートであった。

 父は海軍の会計士。中流階級の長男として生を受け、お金には不自由なく暮らせるはずであった。ところが、両親はそれほど金銭感覚に長けた人たちではなかったらしく、負債が急増。1820年代初期、一家は破産状態となり、ディケンズは12歳で靴墨工場で働くことになった。ディケンズの小説にはロンドンの債務者監獄マーシャルシーの様子が出てくるが、実際にこの頃、父親がこの監獄に収監されている。

 法律事務所で働き出したディケンズは、速記を学ぶようになり、ジャーナリストを目指した。日刊紙「モーニング・クロニクル」の記者となったのは1834年、22歳頃のこと。靴墨工場での勤務から、独立独歩でここまでやってきたディケンズは、意思が相当強い人間であったに違いない。

 記者の仕事の合間に「ボズ」という筆名でエッセイを書き始め、雑誌に掲載されるようになる。エッセイを集めた作品が1834年に出版され、ディケンズは夕刊紙「イブニング・クロニクル」紙編集長の娘キャサリン・ホガースと結婚した。公私ともに、また1つ階段を上がったわけだ。
 
―いよいよ、作家に

 ディケンズが長編小説「オリバー・ツイスト」を、自分が編集する雑誌「ベントリーズ・ミセラニー」に発表したのは1837年であった。その数年後には「クリスマス・キャロル」を出版。後者はその後も毎年刊行するようになる、クリスマスに関わる本=「クリスマス・ブックス」の最初であった。その後も次々と小説を発表し、国民的な人気を得る作家となってゆく。作家であると同時に複数の雑誌(「ハウスホールド・ワーズ」、「オール・ザ・イヤー・ラウンド」)編集長でもあった。また、自分の作品の公開朗読も英国内の各地や米国で積極的に行った。米国にも出かけ、朗読会を敢行している。

 ディケンズの作品はリアリズム、喜劇的表現、優れた散文表現、性格描写、社会評論では群を抜くといわれているが、過度に感傷的と批判する人もいる。

 小説では主人公が貧しい少年・少女で、幾多の事件を乗り越えて、最後は幸せを掴むというパターンがよく見受けられる。幼少時の貧困の体験、自力で成功していったことなど、ディケンズ自身の人生とダブるようにも見える。しかし、暗い話ではあっても楽天主義とユーモアが隅々に顔を出し、読者に充実した読後感を与えてくれる。

 ディケンズはビクトリア朝(1837-1901年)の時代を生きた。英国が最も繁栄した時代だったが、貧富の差が拡大した時でもあった。晩年のディケンズが目を向けたのは社会の底辺層を救うこと。小説やエッセイを通じて、貧困対策や債務者監獄の改善などを主張した。

 1865年、ディケンズは列車事故に遭遇し、九死に一生を得たものの、その5年後、1870年6月8日、ケント州の邸宅で脳卒中の発作に見舞われた。亡くなったのは翌日である。書きかけの「エドウィン・ドルードの謎」は未完成となった。享年58。各地を回った朗読会が死期を早めたという説がある。

 妻キャサリンとの間には10人の子供をもうけたが、本当に結婚したかったのはキャサリンの妹メアリ(後、病死)であったといわれている。夫人とは亡くなる12年ほど前から別居していた。ディケンズの遺体はウェストミンスター寺院の詩人の敷地に埋葬された。

 小説を書くばかりか、朗読会で読者と直接つながる場を持ち、社会問題の解決にも言論人として積極的に関わったディケンズ。いまもし生きていたら、ブログやSNSでたくさんのファンを作る人気者となっていたかもしれない。生誕200周年を記念するイベントや作品は、英社会の貧富の差について考えたり、ユーモア精神を楽しむ良い機会になりそうだ。

―関連キーワード
Christmas carol:クリスマス・キャロル(=クリスマス聖歌)。キャロルには元々、踊りのための歌という意味があるが、共同体の「祝歌」あるいは宗教儀式などにおいて歌われる賛美歌の一種とされるようにもなった。クリスマス・イブの夜に歌うのがクリスマス・キャロル。「清しこの夜」、「もりびとこぞりて」など複数の歌が日本でも著名だ。チャールズ・ディケンズの「クリスマス・キャロル」で冒頭部分に使われているのが、1830年代に出版された「世の人忘るな」(God Rest Ye Merry,Gentlemen)というクリスマス・キャロルである。

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「生誕200年」を記念するイベント、ウェブサイト

「ディケンズ2012」

http://www.dickens2012.org/
ディケンズの生誕200周年を記念する各種のイベント、テレビ番組の放映予定など、あらゆる情報を集約するウェブサイト

「ディケンズのロンドン」展(ミュージアム・オブ・ロンドン、2012年6月10日まで)
http://www.museumoflondon.org.uk/London-Wall/Whats-on/Exhibitions-Displays/Dickens-London/Default.htm

「チャールズ・ディケンズ生誕地での祝賀会」(ポーツマス、2012年2月5日―12日)
http://www.portsmouthmuseums.co.uk/events.htm

「チャール・ディケンズ・レクチャー・シリーズ」(大英博物館、2012年2月21日―24日)http://www.bl.uk/learning/tarea/secondaryfehe/dickenslectures/dickenslectureseries.html

サイモン・カウエル著「チャールズ・ディケンズと世界の大きな劇場」の紹介(ニューシアターロイヤル劇場、ポーツマス、2月7日)
http://www.newtheatreroyal.com/index.php/whats-on/simon-callow

ディケンズの映画回顧展(2012年1月ー3月、BFI Southbank、ロンドン http://www.dickens2012.org/event/dickens-screen)

BBCのディケンズ特集(現在―2012年2月)
http://www.bbc.co.uk/mediacentre/mediapacks/dickens/
by polimediauk | 2011-12-25 20:03 | 英国事情
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 スコットランド出身の歴史学者N・ファーガソンが、米ウオール・ストリート・ジャーナル紙に書いた記事「2021:新しい欧州(The New Europe)」〔11月19日付)が、なかなか面白い。先ほどまた見たら、ツイート数が1700を超えていた。

http://online.wsj.com/article/SB10001424052970203699404577044172754446162.html
 
 ファーガソンは現在ハーバード大学の教授で、何冊も著作がある。よく「気鋭の若手歴史学者」と紹介されている。私も何冊か、著作を持っているのだがーーとても勉強になったものもあれば、??と思うものの個人的にはあったけれどもーー私の印象では保守派ではないかと思う。右か左かというと右という感じ。(左右で分けるのはもう古いと何度かいろいろな人に言われているのだが)。そこをとりあえず踏まえて読んでみたのだが、2021年の欧州像が当たっているのかどうかは別としても、「ありそうな話」なので、一種の知的遊びとしても非常に面白い、ということになる。本当にそうなりそうな感じもしてくる。

 ファーガソン氏によれば、

*ユーロはなくならない。生き残る。

*しかし、欧州連合・欧州はいまの形では残らない。

*英国はEUから抜け出て、アイルランドはかつて独立した国、英国と再統合するーーアイルランド人は、ベルギー(いまのEUの本部)よりも、英国のほうがいい、というわけである。英国では国民投票が行われ、僅差でEUからの脱退が決まる。支持を得たキャメロン首相は、今度の総選挙で自分が党首となる保守党の単独政権(2011年現在は、親欧州の自由民主党との連立政権)を成立させる。2021年時点で、キャメロン首相は4期目を務める。

*EUの本部はベルギー・ブリュッセルではなく、オーストリア・ウィーンに移動する(ウィキペディア:ウィーンは第一次世界大戦まではオーストリア=ハンガリー帝国の首都としてドイツを除く中東欧の大部分に君臨し、さらに19世紀後半まではドイツ連邦や神聖ローマ帝国を通じて形式上はドイツ民族全体の帝都でもあった)。

*独立心の強い北欧諸国は、アイスランドを入れて、自分たち自身のまとまり=北部同盟を作る。

*EUはドイツが中心となって、「ユナイテッド・ステーツ・オブ・ヨーロッパ」(欧州合衆国)となる。さらに東欧諸国が入り、2つの言語で割れていたベルギーは原語圏に応じて2つの国となるので、加盟国は29になるという。ウクライナも加盟を望む。英国や北欧諸国は、合衆国を「全ドイツ帝国」と影で呼んでいる。

*合衆国内では、ドイツがある北部と、ギリシャ、イタリア、ポルトガルがある南部には大きな差がある。南部諸国では失業率が20%近くになるが、心配することはない。連邦制だから、北部から資金が流れてくるのだ。

 欧州から目を離し、中東や米国はどうなるのだろう?

 ファーガソンによれば、

*「中東の春」は長く続かなかった。2012年、イスラエルがイランの核施設を攻撃し、イランはガザ地区やレバノンに攻撃を返す。イスラエルのイランへの攻撃を米国は防げなかった。イランは米国の戦艦をとりおさえ、乗組員全員が人質になる。この大きな失態で、オバマ米大統領の再選への夢は消えたのであるー。

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 この将来像はあくまでも1つの仮説、あるいはお遊びであろうし、ファーガソン氏の政治傾向も考慮して判断しなければならないが、「英国とアイルランドがくっつく」・・・というのがなんとなくありそうで、連日のEU論争を少し長い目で見れそうな気がする。

 ファーガソン流に考えれば、決して将来は暗くなく、それぞれの国は引力のようなものによって、落ち着くべきところに落ち着く。外に出たい国は出るし、中にとどまりたい国はとどまるのである。それぞれに違った状況があるのに、「何とかして、全体を守ろう・現状を維持しよう」とするから無理があるのかなと思えてくる。

 
by polimediauk | 2011-12-11 21:10 | 英国事情
 「紳士のスポーツ」とも言われるクリケットで八百長を行ったパキスタン人選手数人に対し、英高等法院は、11 月上旬、有罪判決を出した。元々は英国で発祥したスポーツであるクリケットは、現在ではインド、パキスタンといったインド亜大陸の諸国を始めとする世界各国で本国以上の人気を集めている。クリケットの歴史と八百長事件の経緯に注目した記事を、「英国ニュースダイジェスト」の最新号〔ニュース解説〕に書いた。

http://www.news-digest.co.uk/news/content/blogcategory/18/263/

 以下は「ダイジェスト」の筆者原稿に若干補足したものである。

 野球の原型とされるクリケットは、11人で構成されたチーム同士が、緑の芝生の中に作られたフィールドの中で対戦する球技だ。この競技が生まれたのは、16世紀のイングランド南部においてだったと言われている。やがて19世紀に大英帝国がその領地を世界中に拡大していくにつれて、クリケットも世界各地に広まっていった。現在ではとりわけインド、パキスタン、オーストラリア、ニュージーランド、西インド諸島、南アフリカ共和国、ジンバブエなどで人気が高い。競技人口の多さでは、サッカーに次いで世界第2位である。1909年には、クリケットを統括する国際組織「国際クリケット評議会(International Cricket Council, ICC、本部ドバイ)」が設立された。

 クリケットいえば、ファッションもお楽しみの1つ。選手のユニフォームは原則白で、男性の場合は白い襟付きのポロシャツに白いスラックス。女性は下に白のキュロットスカートなど。手には白い打者用手袋をはめ、足には白い脛あてをはく。靴も白だ。ひさしのついた白い帽子かハンチング帽をかぶる。緑の芝生の上を、白で全身を固めた選手たちが球を追うこの球技は、公正さを重要視する、紳士・淑女のスポーツといわれている。「それはフェアじゃない」という意味で「It’s not cricket」(関連キーワード参照)という表現を使うように、クリケットは公正さの象徴となっている。

―八百長疑惑が発覚

 ところが、2010年夏、クリケットの試合中に八百長が行われたとの疑惑が発覚する。大衆紙「ニューズ・オブ・ザ・ワールド」(現在は廃刊)は、ロンドンに住むスポーツ・エージェントのマザール・マジャードに、パキスタンの選手たちに反則投球を行わせたら、15万ポンド(約1800万円)を払うと持ちかけた覆面取材を敢行。そして、同年8月にロンドンで開催されたパキスタン対イングランドの国際選手権において、パキスタン選手たちは、同紙に事前に告げられていた予定通りに反則投球を行った。さらに、お金を受け取ったマジャードの様子を映した画像が同紙のウェブサイトなどに掲載されてしまう。マジャードはこのとき受け取ったお金を使って、同試合の出場選手であるモハメド・アジフに6万5000ポンド(約788万円)、サルマン・ブットに1万ポンド、モハメド・アミールに2500ポンドを払ったと後に説明している。 

 疑惑がかけられたブット、アシフ、アミールは潔白を表明したが、今年2月、試合出場の5年間の禁止措置をICCから受けた。

 今月上旬、ロンドンのサザク高等法院は、マジャード、アシフ、アミール、ブットが、賄賂受領目的で故意に反則投球を行い、賄賂を受領したことへの共謀罪で有罪とした。

 パキスタンのスポーツ紙「ドーン」の記者によると、パキスタン選手の多くが不正行為への誘惑を受けるという。クリケットはほかのスポーツ競技同様、賭博の対象になっており、胴元が巨額のお金を選手に渡し、「反則投球などを依頼するようになっている」、「世界中の著名なチームの選手たちが巨大な八百長マフィアのメンバーになっている」。

 今回はおとり取材によって明るみに出た、パキスタン選手らによる違法行為。ほかにこうした違法行為に手を染める選手がどの程度いるのか、そして、英国も含む他国ではこのような不正行為は行われていないのだろうか?今回の事件は、パキスタンのみならず、クリケットという球技自体への信頼感を大きくゆるがせる結果となった。


ーパキスタン選手による八百長事件の経緯

2010年7月:国際クリケット評議会(ICC)が、イングランド地方で行われた国際選手権での八百長疑惑に関し、パキスタン人選手らに連絡を取る。
8月:大衆紙「ニューズ・オブ・ザ・ワールド」が、おとり取材の手法を使い、スポーツ・エージェントのマザール・マジャードが賄賂で受け取った金を数える様子を撮影した動画をウェブサイトに掲載。マジャードは数人の疑惑のパキスタン人選手の名前を挙げた。ロンドン警視庁がこのエージェントを逮捕。
9月:疑惑がかけられたサルマン・ブット、モハメド・アシフ、モハメド・アミールの3選手は潔白を表明。ICCが3人を停職処分にする。3人はこの処分の撤回を求めて訴えを起こす。
10月:アシフが撤回の訴えを中止する。ブットとアミールによる停職解除の訴えが、裁判所によって却下される。
2011年2月:ICCが3人の選手の試合出場を数年間、禁止する。
11月:サザク高等法院が、マジャード、アシフ、アミール、ブットらが、試合での不正行為や賄賂の受領への陰謀罪で有罪とした。後日、ブットには30ヶ月、アシフには1年、アミールには6ヶ月、マジャードには2年と8ヶ月の実刑が下った。
 

ー関連キーワード

It’s not cricket. 「それはフェアじゃない」。

直訳は「それはクリケットではない」だが、クリケットは公正なルールを順守する、紳士のスポーツという意味合いがあり、「クリケットではない」とは、「スポーツマンらしくない」、「スポーツマンにふさわしくない」、「スポーツマンシップに反する」などの意味として使われる。ちなみに、これまでに「It’s not cricket」という名がついた英映画が2つ(1937年、49年公開)公開されている。前者はクリケット狂いの英国人の男性と結婚したフラン人女性の話で、後者はクリケットがからんだ、スパイ物だ。
 
by polimediauk | 2011-11-25 23:01 | 英国事情
 ロンドンを中心に、イングランド地方に広がった夏の暴動事件。その原因について、社会全体の観点から考えてみたインタビュー記事が、BLOGOSに掲載されました。

「過剰な社会保障が負の連鎖を生んだ?」在英ジャーナリストが語る英国暴動の正体http://news.livedoor.com/article/detail/6035691/

 暴動の原因・理由については、何せいま、英国内でも究明中であるということでもあり、ひとことで「これ!」とはいえないのだけれども、その背後にあるもろもろのことを、思いつくままに話してみました。

 この「思いつくままの話」をまとめるのは、相当大変だったろうなあ・・・と思うのだけれど、ご興味のある方はどうぞー。

 この中で、タイトルに「過剰な社会保障」とあるが、私が社会保障が過剰だ!と思っているわけでは(必ずしも)ない。ただ、様々な生活支援を受ける人が「本当に、正当に受け取る状況にいるのだろうか?」という点に関して、社会の中で大いなる疑問があがっていることも事実。あくまで英国内の話ですが。

 前に、「空気が読める・読めない」という表現が流行ったけれど(2年前?)、日英間でそういう「空気が違う」ことや、何故そうなるのだろうということを、私になりに解説してみました。舌足らずな部分もたくさんあるが、行動の背後にある、ものの考え方の違いや雰囲気の違いを感じ取ってもらえると、幸いです。
by polimediauk | 2011-11-17 13:40 | 英国事情
 10月31日発売号の「週刊東洋経済」の就活特集に寄稿したのが以下の文章である。題名をこちらで変えたり、若干補足をしている。

 「就活」と一体になっている、新卒一括採用制度。これをどうにかしないと、いつまでも日本の雇用市場は硬直化し続けるのではないか?そんなことを考える。

 「みんなが一斉に・・・」というやり方が通じなくなっている。周囲がドンドン変わっているのに、大企業を中心とした会社組織がこれに対応して十分に変わっていないのかもしれない・・・などと思ったりするがー。

 若者にとって超厳しい雇用市場が存在し、「底辺層」を何とか「働く層」に変えようともがく英国の例を見てみようー。

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若年雇用不安とロンドン大暴動の実像


 今年8月上旬、ロンドン各地は度重なる暴動に見舞われた。「暴動」といっても、実態は路上駐車中の車両に放火する、家電販売店やスーパーの窓ガラスを叩き割って中に入り、窃盗行為を行うなどの反社会的行為である。

 ロンドン東部の貧困地域トッテナムに住むある黒人青年を警察が射殺したことがきっかけとなって発生した地元商店街の破壊行為は、瞬く間にロンドンからイングランド地方各地に拡大した。ロンドンだけでも3000人以上が逮捕された。

 英法務省が9月15日に発表した資料によると、逮捕後、裁判所に出廷するところまで行った暴動参加者の大部分は若者であった。その半分が20歳以下で、5分の1が10歳から17歳、31%が18歳から20歳であった。

 少年少女及び若年層による反社会的行為は、ここ何年もの間、英国社会の大きな問題となってきた。

 移民や教育程度の低い貧困層が多く住むロンドン東部ハックニーの下院議員ダイアン・アボットは、複数のメディアの取材に対し、若者たちが破壊行為に走ったのは、「自分がこの社会と利害関係を持っているという感覚を持てないからだ」と説明した。貧困層の若者たちには高等教育を受ける機会がなく、働き口を見つけることも困難である場合が多く、社会的疎外感が破壊行為の背後にある、と。

 所得や教育程度が低く、失業が慢性化した一家に育った子どもたちは自分自身も失業者になる確率が高いばかりか、犯罪を犯して刑務所に入る確率も高い。一説には受刑者1人の維持費用は数百万ポンドに上る。英政府は前政権の労働党政権時代(1997-2010年)から、こうしたいわゆる「アンダークラス=底辺層」の救済に力を入れてきたが、それほど成果は出ていない。

 長年、都市の貧困地域で取材を続けてきたBBC記者マーク・イーストンは、暴動終息後に書いた記事(BBCニュース、8月11日付)の中で、多くの少年・少女たちが、「最も関心がある消費社会に参加する機会を与えられないことに当惑し、嫌悪感を抱いていた」と報告した。欲しいものがたくさんあるのに十分なお金が手元になく、親もそれを与えることができず、お金を稼ぐ機会も与えられていないと。いみじくも、今回の暴動で暴動者たちが大挙して押しかけ、破壊・窃盗行為を働いたのは普段は手に届かない家電製品を置く店やスポーツ用品専門店であった。

ー若年層の失業率は過去最高

 英国の雇用市場が特に若年層に厳しい状態であることを改めて示したのが、英国家統計局(ONS)が10月に発表した「労働市場統計」だ。

 今年6月から8月までの3ヵ月間で、16歳から64歳までの雇用可能年齢人口を対象にした失業率は8・1%だが、対象者を16歳から24歳の若年層に限ると、21.3%に急上昇する。この年齢層の失業者数は99万1000人。ONSが若年層の数字を記録し出した1992年以降、最高となった。

 ただし、この失業者数には、学生でパートタイムの雇用を探している26万9000人が含まれているため、学生以外で雇用を必要と考える若者は72万2000人となる。

 このほかに、教育、労働、職業訓練のいずれにも参加していない「ニート=NEET, Not in Education, Employment or Training」状態にある若者たちは 約300万人に上る(「ニート」は、英国では16歳から24歳が対象)。

 失業率・失業者数の上昇理由には、不景気や政府の緊縮財政策(雇用支援政策の縮小あるいは廃止、公的部門の雇用縮小など)が挙げられる。

―「スキルが不足する若者はいらない」

 日本のような新卒一括採用制度が存在しない英国の雇用者は若年層をどう見ているのだろうか?BBCラジオの若者向け番組「ニューズビート」が、10月17日、英国の大手民間企業50社を対象にした、雇用に関するアンケート調査の結果を発表した(回答は27社)。

 これによると、大部分の企業が、多くの若者は数学や英語(母語)など、仕事に必要なレベルのスキルを身につけずに学校を卒業していると見ていた。「基本的なスキルの欠落と経験のなさ」のため、若年層の雇用を敬遠していたのだ。即戦力になりにくい若年層は、大卒という資格があっても、容易には職を見つけられない状態が続いている。また、企業側は若者にスキルを身につけさせるのは学校か税金を使った政府の役目と考えている。

 若年層の就職難は高等教育を受けたかどうかに関わらず存在するが、英国で特徴的なのが社会の底辺層・貧困層が落とす影だ。貧困のためにあるいは親の教育程度が低いために子供に高等教育の機会を与えることを度外視している家庭や、親あるいは祖父・祖母の世代が失業者であったために「働く」ことの意味を理解しない家庭で育った子供たちは、仕事に必要なスキル(単純計算を行う、敬語を使う、他人と臆することなくコミュニケーションを取る、定時に毎日出勤するなど)、母語の運用能力(明瞭な発音ができる、正しいつづりで書けるなど)が低い場合が多い。雇用市場に参入する以前の段階で、はじかれ、行き場のない若者たちが少なくない数で存在する。英社会の闇の部分ともいえよう。

 ロンドンでは、10月中旬から「ロンドンを占拠せよ」運動の参加者が金融街シティーなどで座り込み運動を開始している。元々は米国のそして世界の金融の中心地ウォール街で始まった、貧富の格差と高い失業率への抗議運動「ウォール街を占拠せよ」である。シティーでは初日3000人ほどが参加し、イングランド地方各地やスコットランド地方にも広がった。「金融機関の傲慢さには我慢がならない」、「私たちの声は小さいかもしれないが、行過ぎた資本主義への抗議を示すべきだと思った」-。BBCテレビのインタビューに答えていた参加者の声である。

 BBCのワシントン特派員キャッティー・ケイは、米国の抗議デモが暴力行為に走らず、座り込みが主であることに「やや驚いた」と感想を述べている(10月13日付、BBCニュース)。欧州各国では昨年来から、雇用問題や大規模財政削減への抗議デモが発生しており、デモ隊が警察隊にゴミ箱や火炎瓶を投げつけたり、警察側がデモ隊に催涙ガスを発射するなど、暴力を含む対立となっているからだ。

 経済危機状態にあるギリシャの若者の失業率は42・9%、スペインでは45%にも上る(2011年第2四半期、EU統計局)。若年層の失業率が経済危機で急速に悪化した。

 9月中旬米で始まり、翌月から英国を含む他国に広がった「占拠」デモと財政難の欧州各国の抗議デモの共通点は、自分たちの声が政治に反映されないことへの国民の怒りの表明である点であろう。

 両者の違いは、前者はデモの具体的な目的が明確になっていないが、後者は政府の緊縮策可決を阻むなど、具体的な目標を持つ点だ。暴力沙汰になるかどうかも大きな違いとなる。

 ギリシャ、スペインほどには英国の若年層の失業率は高くないが、ロンドン暴動発生後、多くの人が、これまで十分に取り組んでこなかった若者たちの雇用問題に改めて注目するようになっている。
by polimediauk | 2011-11-07 12:10 | 英国事情
c0016826_2149069.jpg 「週刊東洋経済」の月曜日(31日)発売号に、ロンドンを中心とした英国の若年労働市場について書きました。もし良かったら、ページをめくってくださると幸いです。

 欧州各国では、若年層だけに限ると、失業率がグンと急上昇します。悩みは深い感じがします。

 
by polimediauk | 2011-10-29 21:49 | 英国事情