小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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カテゴリ:日本関連( 104 )

(新聞通信調査会が発行する「メディア展望」7月号の筆者原稿に補足しました。)

書評:原野城治著(ホルス出版=1400円+税)

「日本の発言力と対外発信」

***

 日本の海外に向けた発信力は、今一つなのではないか?そんな疑問を持ったことはないだろうか。

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 本書の著者原野城治氏は、日本の発言力や対外発信の現状に強い危機感を抱く。同氏は時事通信社で政治部、パリ特派員、解説委員、編集局次長を務めた後で対外発信の現場に飛び込んだ。多言語季刊誌「ジャパンエコー」を経営・編集し、多言語サイト「ニッポンドットコム」の運営を約15年間、担当した。世界の舞台での日本の発言力・発信力を観察するには絶好の立場にいた。

 原野氏は、日本からの対外発信の目玉として「マンガ・アニメ」ばかりという選択肢のなさを見て、「日本の文化的劣化さえ覚える」という。また、「IT時代において、政府レベルに最低限必要な『国連公用語六カ国語』(英、仏、西、中、露、アラビア各語)の対外発信基盤が常設されていない現実は、『ダメな国だ』という諦めより虚しさに近いものだった」。

 第1章から3章まで、著者が見聞きした対外発信の具体例がつづられてゆく。

 第3章では多言語発信の現状が紹介されているが、最も多くの言語でラジオ放送を行っているのは「中国国際放送」(CRI)で61言語、これに米「ボイス・オブ・アメリカ」(42言語)、ロシアの「スプートニク」(39言語)と続く。NHKの国際放送(「NHKワールド」)は18言語だという。国際戦略の違いが出た格好だが、このままで良いのかと著者は問う。

 第4章では、日本のメディアによる英語での情報発信が「規模が小さく、採算的にも赤字を垂れ流し」、「英語力も質量的に不十分」と指摘する。かつて日本の英字媒体で働いていた筆者にとっては、耳が痛い。何とかならないものかと筆者自身が焦燥感を持ってきた。

 著者は第5章以下で、日本や欧米諸国が対外発信、対外文化事業に力を入れた1930年代の歴史を紐解く。1934年に発刊されたのが日本初の本格的なグラフ誌「Nippon」。写真家・編集者の名取洋之助氏が中心となって編集され、日本と日本文化の国際性をアピールすることを主眼とした。44年までの10年間に英語、ドイツ語、フランス語、スペイン語で刊行されている。同じ頃に設立された「国際文化振興会」の資金援助を得て、名取は「国内の多様な写真撮影を行い、アーカイブス化して海外に配信した」。

 第6章は戦後の動きを扱う。「国際交流、異文化交流の『民力』の拠点となった」、「国際文化会館」の創設に尽力したジャーナリスト、松本重治氏に焦点があてられる。

松本重治氏(ウィキペディアより)
松本重治氏(ウィキペディアより)

 米エール大学に留学した松本氏は歴史学の教授だった朝河貫一博士に出会い、「本物の国際人は、本物の日本人でなければならない」と教えられる。1951年に締結されたサンフランシスコ講和条約をめぐる過程で、松本氏は戦前の日米人脈を活用したという。日米文化交流の土台が作られてゆく経緯が本書に詳細に記されている。 

 国際文化会館を舞台とする松本氏らの国際交流は「日米の学者や有識者を中心とする人的ネットワークに依存したもの」で、終戦から独立の回復へという混乱の中で「物事を多面的に見ようとする知的エリートによる交流と対話の復活」を軸とした。これには「日米両国間のコミュニケーションが不全状態に陥った歴史に対する」松本氏の「強い反省の意が込められていた」。

 終章では著者が深く関わっていた「ジャパンエコー」創刊にまつわる話や、日本の等身大の姿を伝えるためのコンテンツ作りの肝が紹介される。例えば「知ったかぶりをしない」、「しっかり時間をかける」、「海外の読者をどんなことがあっても『見くびらない』」など。

 著者は、これからの日本は「静かなる有事」に備えなければならない、という。「静かなる有事」とは、「有事」ではないが、漫然とした「平和な時」でもない状態を指す。国際社会において日本からの発言力をこれまで以上に高め、「等身大の姿を説明するための持続的で強力な対外発信基盤の構築」を提唱する。そのための必要最低限の条件として著者が勧めるのは、国連公用語による対外発信だ。「言語戦略は極めて重要な国家戦略であって、言語はソフトパワーそのもの」だからだ。

 日本の対外発信の歴史を振り返り、今後を考えるための一冊と言えよう。 


by polimediauk | 2018-08-07 18:06 | 日本関連

 ロンドン近辺にいらっしゃる方、よろしかったら、ご参加ください。

***

伊藤詩織さんを囲む会 -BBC「日本の秘められた恥」放送後、 私たちに何ができるか


 セクシャル・ハラスメントや性的暴力に対して声を上げる「MeToo」運動が世界中に広がっています。日本でも、財務次官による女性記者へのセクハラが報道されたことでこの問題にスポットライトが当たり、ジャーナリズムに携わる女性による職能集団「メディアで働く女性ネットワーク」が組織化されています。

 日本の雑誌を手に取ると、続々と「セクハラ」「性暴力」が特集記事のトピックとして選択されるようになりました(「新聞研究」、「Journalism」、「世界」など)。

 英国では、6月26日に大和日英基金で「
日英のMeToo運動と題されたイベントが開催され、熱い議論が交わされた後、2日後の28日には、性犯罪に対する日本社会の状況を変えるために活動を続けるフリーランス・ジャーナリスト、伊藤詩織さんに焦点を当てたBBCのドキュメンタリー番組「日本の秘められた恥」が放送され、大きな反響を呼びました。

 
日本の性犯罪についての法律をより
実態に即したものに変えるため、7月9日から13日まで性暴力被害当事者団体「Spring」が英国を視察し、ロンドンで公開イベント(7月11日)を開催したこともあって、「状況を変えていこう」、「英国に住む邦人ができることを知りたい」という機運が高まっています。


 そんな今、滞英中の伊藤さんを囲み、性による差別を解消し、男女ともに生きやすい社会を作るにはどうしたらいいかを一緒に考えてみませんか。


 BBCの番組の裏話、SPRINGの視察イベントについて、また世界各国でドキュメンタリー映像を取材・制作する伊藤さんの米ニューヨーク・フェスティバルでの銀賞受賞作品について、そして世界の性教育、現在追っているテーマなどについてもお話しいただき、情報を共有してみませんか。


 番組を視聴したことを前提に、双方向の会話ができる会にしましょう。


日時:7月16日(月曜日)午後6時半から8時ごろまで


場所:ロンドン大学 SOAS: School of Oriental and African Studies, University of London

Room 4429, onthe 4th floor of SOAS Main Building

- Address: 10 Thornhaugh Street, London, WC1H 0XG
- Nearest tube station: Russell Square (Zone 1, Piccadilly Line)


参加費:無料


会場では、伊藤さんの著書「Black Box(1冊15ポンド)をお買い求めできます。


参加申し込み:電子メールで、dekirukoto988@gmail.com までお申込みください。お名前、当日に連絡がつく電話番号をご明記ください。伊藤さんにお聞きになりたいことなどありましたら、お書きください。


主催:日本の未来をイギリスから考える会 有志(小野信彦、小林恭子ほか)


ご参考資料:


*「日本の秘められた恥」  伊藤詩織氏のドキュメンタリーをBBCが放送
https://www.bbc.com/japanese/features-and-analysis-44638987

*メディアで働く女性ネットワーク
https://www.facebook.com/WiMNJapan/ 



by polimediauk | 2018-07-15 07:57 | 日本関連

(BBCのウェブサイトより)

 BBCテレビが、6月28日、性犯罪に対する日本社会の状況を変えるために活動を続けるフリーランス・ジャーナリスト、伊藤詩織氏に焦点を当てたドキュメンタリー番組「日本の秘められた恥」を放送した(チャンネル「BBC2」、午後9時から1時間)。

 その内容については、BBCニュースの日本語版が詳しく伝えている。英国内での反応や、日本では今のところ放送予定がないことが後半に記されている。

 ドキュメンタリーは、制作会社が数か月にわたって取材したものだ。番組は男性ジャーナリストからの性的暴力を告発した「伊藤氏本人のほか、支援と批判の双方の意見を取り上げながら、日本の司法や警察、政府の対応などの問題に深く切り込んだ」(BBCニュース日本語版より)。

 番組では「複数の専門家が、日本の男性優位社会では、被害者がなかなか声を上げにくい状況」であると指摘。伊藤氏は強姦の被害届を出し、「顔と名前を出して記者会見をした数少ない女性」だ。

 事件の経緯についてはすでに日本で広く報道されてきたため、ここでは詳細を繰り返さないが、基本だけ押さえておくと、事件が発生したのは2015年4月。伊藤氏に対する「準強姦罪」の被疑者となったのは当時TBSのワシントン支局長だった山口敬之氏。同氏に対し、一旦は逮捕状が出されたものの、直前に逮捕は取り消された。この年の8月、検察に書類送検され、2016年7月、不起訴が確定。

 2017年5月、伊藤氏は司法記者クラブで記者会見を開き、不起訴処分を不服として検察審査会に申し立てをしたと述べた。4か月後、審査会は山口氏を不起訴相当とした。刑事責任を問うことができなくなったため、伊藤氏は今度は民事訴訟で戦っている。

 番組は伊藤氏の体験ばかりではなく、性犯罪に対する日本社会の状況を学者、専門家が語り、伊藤氏が性犯罪の被害者を支援するセンターを訪ねたり、学生と対話をしたりする場面もあって、「日本の性犯罪を巡る状況を考える」内容になっていた。山口氏の主張、山口氏を支持する人々のコメントも入り、バランスの取れた作りになっていたように思う。

英国での反応は?

 英メディアの反応はどうなっているのか。

 先のBBCニュース日本語版でも終わりの方にいくつか紹介されていたが、ネットで拾ってみると、サン紙イブニング・スタンダード紙タイムズ紙ガーディアン紙テレグラフ紙、週刊「ラジオ・タイムズ」などに番組評が出ていた(閲読は、一部有料)。

 レベッカ・ニコルソン氏による、ガーディアン紙の番組評の出だしと最後を紹介してみよう。

 「強姦についての日本のタブーを破る」が見出しとなっている。

 冒頭は:

「日本の秘められた恥」は視聴が非常に困難な映画だ。痛ましく、悔しく、悲惨だ。同時に、とても重要な映画だ。勇敢で、必要な映画。制作者・監督のエリカ・ジェンキンが丁寧にそして静かな怒りを抱いて作っている。女性に対する暴力、その構造的な不平等性や差別という大きな物語を、より小さな、より個人的な物語を通して語っている」。

 最後は:

 「日本の秘められた恥」を見た視聴者は多くの怒りにかられる。私は冒頭から胃が締め付けられる思いがした。しかし、この恐ろしい物語の中に一筋の希望もある。(番組の中に出てくる)高齢の女性たちが自分たちの物語を語るようにさせた著名人として伊藤氏を見ていることだ。最後の場面では、強姦をされたが、伊藤氏に会うまでは一度もこの体験を話したことがなかった女性が出てくる。「一滴の水は何もできないけれど、たくさん集まれば、津波を起こせる」。

男性評者が「MeToo」

 デイリー・テレグラフの評者は星5つが最大の評価の中で、星4つを与えている。

 番組を通して、男性評者のジャスパー・リーズ氏は以下を学んでいく。

 ー性的犯罪の被害者を助けるセンターが日本には非常に少ない

 ー警察官の「ほんの8%が女性」

 ー強姦についての日本の法律では被害者が抵抗したことを示さなければいけない

 ―女性がアルコール飲料を飲めば、さらに悪いと見なされる

 ー女性が性衝動を持つことは女らしくないとされるので、日本のポルノは(男性からの性的アプローチに対し)最初はノーと言うが、後で征服される女性のイメージで一杯だ

 -女性が男性の性暴力について声を上げれば、「私的な恥を公的空間に出した」と解釈される。


 そこでリーズ氏は、「犠牲者を責める不快な風潮の中で声を上げるのは、さぞ勇気が必要だったろう」と感想を漏らす。


 伊藤氏が人形を使って暴行の様子を再現しなければならなかったのは「セカンド・レイプ」と呼ぶ人もいることを紹介する。「一方、時事番組に出演した山口氏と他の男性出演者たちはアルコールを飲む女性への嫌悪感を露わにし、不起訴処分が決定するとシャンパングラスを上げて祝った」。

 リーズ氏も、番組の冒頭で高齢の女性たちが伊藤さんについて「大ファンなのよ」と述べる場面に最後に触れている。

 同氏の最後の言葉は:「MeToo」(私も)。

何故被害者にバッシングが起きるのだろう

 BBCの番組の中では、オンライン上で様々な脅し、嫌がらせ的言論が伊藤氏に対して発せられたことが紹介されている。

 女性に対するオンライン上の嫌がらせは、日本ばかりではない。英国でも女性の学者、ジャーナリスト、議員など表に出る人へのヘイトメールや脅しの攻撃はすさまじいものがある。

 伊藤氏の例に限ると、何故嫌がらせやバッシングが起きるのかと、筆者は不思議な思いがする。

 例えば「女性が低く見られている」という面があるのかもしれない。被害者の女性の方を攻撃の対象にしてしまう、と。

 あるいは、筆者が思うには、「MeToo」という感情を共有できないからではないだろうか。「MeToo」、つまり、「ああ、やっぱりそうだよな、分かるよ」という気持ちである。この気持ちをどうか、思い出していただきたい。

 日本の女性の多くが学生時代に満員電車の中で痴漢行為にあったことがあるはずだ。男性も被害者になったことがあるかもしれないが、圧倒的に女性が多い。

 あるいは、組織に勤めていて女性であるがゆえに軽んじられたり、体を触られたり、冗談の的にされたりしたことがあるのではないか。

 こうしたもろもろの体験を心身が記憶しているはずだ。

 そうすると、番組の中で、伊藤氏が暴行を受けたホテルの前に立っているうちに表情が険しくなって、短時間で去ってしまう場面になると、その「身体のガクガク感」が実感としてよくわかるだろう。女学生が高校生の時にあった痴漢行為について話す場面にも、同感してしまうのだ。

 筆者にも、いろいろな過去の記憶が甦ってきた。

 古い記憶をたぐると、「仕事を紹介できる人を知っている」と言った男性に会うために、20代後半の時にホテルのバーに行ってお酒を飲んだことを思い出す。有頂天で、信じ切って出かけて行ったものだ。

 しかし、その「仕事を紹介できる人」は、2時間経っても現れなかった。男性は、「上に行って、ゆっくりしない?部屋を取ってあるから…」と言った(私は部屋に行かなかった)。そこで「帰ります」と言ってバーを出た私だったが、長い間、本当にやってくるはずの人が都合が悪くなって来れなかったのだろうと信じていた。

 もし当時がソーシャルメディアの時代だったら、恐らく最初から誘うことを目的にしていたこの男性ではなく、出かけて行った私がバッシングされていたのだろうか?「男性」と「2人きり」で、「夜」、「ホテルのバーで飲んでいた」から?

 しかし、バッシングされるのはいつもスカートをはいていた女性の方・・であって良いはずがない。

 「セクハラ・性的暴行は日常茶飯事」、「不快な行為をさばいていくのが女性の処世術」と思う方がいたら、かつての悔しい気持ち、不快な気持ちに思いを巡らせてみてほしい。あなたにも、「MeToo」体験があったのではないか。

 あるイベントで女性が言った言葉が忘れられない。「男性は自分のキャリアについて決定権がある女性には、決してセクハラをしない」。

 セクハラはパワハラ。セクハラをされたことがなくても、パワハラをされた経験がない人はいない。

 少なくとも米英では、女性がお酒を飲んでいようが、セクシーな洋服を着ていようが、同意なしに男性が手を出したら、「アウト」。英国の国防相は、十数年前に女性ジャーナリストの「膝に手を置いた」ことが発覚して、昨年秋辞職した。メイ英首相の右腕と言われた副首相も、同様の状況で辞任した。ここまで厳しくなっているのである。

 MeTooの意識が広がる英国で、BBCの「日本の秘められた恥」は強いアピール力を持つドキュメンタリーとなった。

***

 伊藤氏による、性的暴行疑惑についての日本の状況


by polimediauk | 2018-07-10 18:13 | 日本関連

(新聞通信調査会発行の「メディア展望」1月号掲載の筆者記事に補足しました。)

「メッセージの時代」に生きている

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ネット上で誰もが気軽に情報発信ができるようになり、私たちは溢れるほどの情報に囲まれている。しかし、果たして書き手の意図は十分に読み手に伝わっているのだろうか?「読める」文章を書くための手助けとなるのが坪田知己氏による『21世紀の共感文章術』(文芸社)だ。

メディア環境の激変を見てきた坪田氏は、私たちが「メッセージの時代」に生きているという。「ネットで交換するメッセージの質」が問われるようになった、と。

 また、21世紀は「感性の時代」でもあるという。「『人間らしさ』が尊重される時代」に、一番大事なことは何か。著者はコミュニケーションにおける「共感」を挙げる。文章術においても「共感を呼ぶ」ことが「成否の分岐点になる」、と。

 著者は、これまでに出版された著名な小説家による一連の文章読本は文学を志す人には必読書でも、「日常的な文章を読み聞きする私たちには別世界」と結論づける。

 また、読解に頼りがちで「文学」と実用的な「文章」の区別をしていない日本の国語教育にも疑問を抱く。授業では生徒は文学作品を読まされることが多いが、「人生を生きていくうえで重要なのは、『コミュニケーションとしての日本語』ではないか」、と読者に問いかける。

本書のタイトルにも入っている「共感」=エンパシー=の今日的な重要性については、筆者も最近実感しているところだ。21世紀のメディアのキーワードといってもいいだろう。

ソーシャルメディアの共有機能や「いいね!」ボタンはまさに共感を通じて交流が行われていることを示す。デジタル収入を増加させるための動画の活用でも、「感情(エモーション)」や共感が視聴回数を増加するための鍵を握る。

本書による「いい文章」の要素は

何が言いたいのかが簡潔・明瞭、

リズム感があって読みやすい、

筆者の気持ちが伝わること。

興味深いのは中立公正の原則がある新聞記者が書く文章が必ずしも「ベスト」というわけではない、としている点だ。 

また、文章はあくまでも本人のものであり、講師のまねをしても「上手にならない」と釘を刺す。

本書の元になったのは、著者が2011年から開催してきた文章講座だ。2015年末までに参加した生徒数は約900人に上る。

一つの教室の生徒は約6人。全4回で、生徒が書いた文章を坪田氏が添削する。

本書には添削の具体例が多数掲載されており、添削前後の文章を比較しながら、コツをつかめるようになっている。 頭の中で分かったつもりでいても、実際に文章を書いてみなければ身につかず、添削指導を受けることで文章力が向上するという

文章講座での学びがどんどん活動の幅を広げていく。昨年東京・二子玉川で開催された講座終了後、受講した生徒たちが在宅ライターの仕事をしたいと申し出たことで、今年3月には「合同会社・Loco共感編集部」が設立された。都内数カ所で文章講座を開催し、企業からの記事執筆依頼を受けて仕事をする生徒たちも出てきた。今年2月には、講座参加者による文章を 「心の華」として自費出版するに至った。

本書の終盤で坪田氏は日本人が自律するためにも文章力、表現力の向上を願う、と書く。「人間が自律できているかどうかは、その人の意見表明によって確認できます。ところが、話し方が下手だったり、文章力が不足していると、意見がしっかりと他人に届きません」。

著者は中学校、高校の国語の正課として「文章の書き方」が教えられることを望む。「筆者の個性が輝く」ように教えて欲しい、とも。「ひとりひとりが『自分の文章』をしっかりと身に付けて成長すれば、日本はもっともっといい国になると思います」。


by polimediauk | 2017-02-01 00:30 | 日本関連
 ブログサイト「BLOGOS」と松竹映画が共同で主催した映画「日本のいちばん長い日」の試写会に、先月末、足を運んだ。真夏の盛りの1日で、汗だくで東京・銀座の松竹の試写室に入った。

 戦後70年ということで、2015年現在の自分にとってこの映画がどう映るのかを確かめてみたかった。上映後のジャーナリスト田原総一郎氏と漫画家小林よしのり氏のトークにも大いに興味が湧いた。

 皆さんご存知のように、映画(原田眞人監督)は作家半藤一利氏のノンフィクション「決定版 日本のいちばん長い日」(文春文庫)が原作だ。1967年には岡本喜八監督が三船敏郎氏の主演で映像化している。

 戦争、そして日本でいちばん長い日と言えば、1945年8月15日の終戦記念日のことだ。降伏するのか、本土決戦を選ぶかを巡って、政治家たちが苦悩する日々をドラマ化している。

 公式サイトの紹介や物語の筋を読むと大体の流れが分かるが、15日の昭和天皇による玉音放送までのてんまつは、日本人であれば、知らない人はいないといってよいだろう。

 何故この映画が、今、作られたのか?

  戦後70年と言うことが背景にあるようだが、原田監督のBLOGOSでのインタビューを読むと、以前から構想があり、「昭和天皇を魅力的な人間として描きたい」という思いがあったという。昭和天皇が主役の映画「太陽」(2006年)でイッセー尾形が演じた天皇が「違うな」と思ったそうだ。

 戦争をテーマにしている、終戦にまつわる報道が増える夏に公開・・・と聞いただけで、戦争を好意的なトーンで描くのかな、だとしたら、それは一体どうなのか、とひねて考えてしまう自分だが、この映画については、すっと抵抗なく物語の中に入っていけた。

 一つ、映画を観ていて、「ああ、これは見たことがある」という思いを持ったことがある。政治家や軍人がこの先をどうするかをなかなか決められない中、天皇による「ご聖断」を待つ動きに、東京五輪に向けての新国立劇場建設についてのドタバタが重なった。誰も責任者がいないようで右往左往する、2015年のスポーツ関係者の動きだ。

 70年前の止むに止まれぬ状況と、現在の政治家やスポーツ組織の上層部の迷走振りを並列させるなんて、滅相もない話なのだろうけれどー。2015年の今だから、こんなことを言えるのだろうけれど。

 途中で、若い兵士たちが徹底抗戦を望んで、クーデターを試みる。その血気盛んな様子を見ていて、非常に悲しくなった。最期は結局、無理だったことが今となっては分かるせいだろう。今日まで米国と言う敵を倒すことに全身全霊を傾けていて、明日から終戦と言われても、納得がいかないだろうし、体もそうはいかない。

 話の展開を追うことに集中していたら、座席から飛び上がるほどに驚いたのが、爆撃されたときの音だ。東京大空襲の後の焼け野原の様子もありありと映された。原爆落下も。東京の試写室に座っているだけの自分だが、すさまじさを感じたし、怖いと思った。こういう場面を体感するだけでも、この映画を観る価値があると思った。

 最期は昭和天皇のご聖断で映画は静かに終わる(本木雅弘氏の演技が秀逸)。

 映画が終わる頃、私の頭は「何故」で一杯だった。それは、先ほどの「ドカン!」という爆撃・爆弾落下の音や映像による衝撃がまだあったからだ。悲惨な焼け野原の光景も見た。当時、米国は敵だった。それなのに、70年後の現在、日本人は米国が大好きのようである。何故なのか。いつから、どうやってそうなったのだろう?

「敵=米国」から、「米国、大好き」へ

 皆さんも不思議に思ったことはないだろうか?日本人の米国好きについて。

 70年前の日本では米国は敵だった。それが何故、現在に至るまで、米国への大きな好感が日本に存在するのだろうーこれが大きな疑問だった。国によっては、現在に至るまでも旧敵国を憎み続ける場合もあるのだから。

 広島、長崎に原子爆弾を落とされた衝撃は相当のものだったはずだ。どうやってこれを呑み込んで、先に進めたのだろう?

 私が(勝手に)理解しているところでは、戦後、米政府(進駐軍政府)による、徹底的な軍備排除政策及び親米策がとられたからだと思っている。しかし、それ以外にもたくさん理由があるだろう。

 敗戦国としての日本ばかりか、ほかの多くの国にとっても、経済的にはるかに豊かな国、米国は憧れの国として映ったはずだ。

 日本の場合は、他に何か理由があるのだろうか?

 そこで、上映が終わった後、田原氏に「何故そうなったのか」を聞いてみた。その時の様子はBLOGOSの記事に掲載されている。

 同氏によれば、3つ理由があった。一つは「憲法」、「日本国民は民主主義という考え方にしびれた」、「日本は戦後、経済復興に力を入れるようにされたから」だった。国防については考えなくても良いような政治がずっと続いてきたのである。

 以下、原文を書き取った部分である。(文中の「小林」は「小林よしのり」氏のこと。)

田原:日本人がアメリカを好きになっちゃたのは、結局、小林(よしのり)さんがダメだと言っている憲法だね。

憲法にはアメリカにとって3つの目的があった。1つは日本を弱体化すると。再び戦争を出来ない国にすると。

もう1つは、日本を徹底的な理想的な民主主義の国にしたと。それで、言論・表現の自由、男女同権、基本的人権の尊重。これにね、日本人は相当しびれたところがある。「いいじゃないか」と。

そしてもう1つ。戦後日本は、経済の発展のためには、エネルギーのほとんどを使ったの。安全保障は、ほとんどアメリカに委ねちゃったんですよね。委ねて、なんとなく安心したと。そこがあるんじゃないですか。

安全保障をアメリカに依頼するってことは、実は外交の主権をアメリカに委ねちゃってるんですよね。今になって、そこに気がついて、さあ、どうするかっていう問題になっている。

by polimediauk | 2015-08-26 22:13 | 日本関連
 神戸連続児童殺傷事件(1997年) の実行犯であった元「少年A」が書いたとされる「絶歌」。出版直後からずいぶんと話題が沸騰した。多く目に付いたのは「こういう本を出してはいけない」「被害者のことをどう思っているのか」という否定的なものだったように思う。「知りたい」「読んでみたい」と言えなくなるような雰囲気が、一時、あったように感じた。

 本が出版されるべきではなかった、遺族の感情を考えていない、十分な敬意が払われていない、お金儲けのためだろう・・・・それぞれの主張にはそれなりの正当性があるのだろうと思う。

 しかし、私は読んでみたかった。それは、1つには、1997年のあの殺傷事件が頭にこびりついて離れなかったからだ。

 ここでは詳細しないが、非常にショッキングな事件だった。

 事件のあらましを知ったとき、犠牲者となった男児や女児、それぞれの遺族の方への痛ましい思い、胸苦しさ、悲しさがあった。同時に、それと同じぐらいの強さで、当時14歳と言う少年の心中を思うと、胸が締め付けられるような感じがした。

 何故、加害者の心のうちなど気にするのかー?そう、それは確かにそうなのだが、こちらはどうしても何かをそこに読み取ろうとする。一体全体、いかほどのことがあって、あんな殺傷行為に走ったのか。

 また、どうしても「どこかの知らない人」がやった犯罪とは思えなかった。まるで自分の身内の1人がやったように感じるほど、身近に思えた。今回は少年Aだったかもしれないが、ひょっとしたら、自分の身内の誰かが殺傷行為をしたかもしれない、自分は止めることができただろうか、と。

 1997年と言うと、今の若い人にとってはもう昔のことで知らない・覚えていない人が多いかもしれない。

 しかし、当時は、「あの少年は自分の息子だったかもしれない」と思う母親たちがたくさんいた。そういう声がテレビや新聞、雑誌で取り上げられたし、母親たちの緊急集会なども開かれたように記憶している。私だけが自分のことのように感じたのではなかった。

 殺害者が14歳と言う年齢だったこと自体が、その若さ、幼さが衝撃だった。

 14歳と言えば思春期だ。もう小さな子供ではないが、大人でもない。急に背が伸びたり、声変わりをしたりする。家族の中で、この間まで子供と思っていた1人が、なんだか、別人のように思えてくるー。わが子ながら、わが子でないような。

 家庭の中の異人と化した息子に母親たちは少年Aの影を見た。

 少なくとも、私はそう記憶している。

 実際、そんな当時の熱風のような状態を、2015年の現在、この本について書くときに誰も指摘していないようなのが、非常に不思議である。当時、単なる殺人事件ではなかったし、「14歳」という年齢は非常に大きな意味を持っていた。誰しもが打ちのめされたのである。

 「一体何故、少年はあんなむごいことをしたのか」?私も母親たちもそう思った。何故かをみんなが知りたがった。

 そして、18年が経った。

 今年になって、ようやく、私たちはあのときの14歳の少年の生の言葉を聞くことができた(この本をあの少年が書いたものではないと言っている人も一部でいるようだが、ひとまず、彼が書いたものとして話を進める)。

 途中から、私は涙が止まらなくなった。少年の家族がどう反応しているかのくだりである。

 自分の子供がひどい殺傷事件を起こして、自分の元に返ってきたら、親としてどう対応するだろう?気持ち的にはどうなるだろう?

 書店の中には販売していないところもあると聞いたが、ぜひ手にとって、自分の目で元少年Aの言葉をたどってみて欲しいー特に、1997年当時、少年とわが子を一時でもクロスさせた親たちにとって、意義深いものになるのではないか。

 人を裁くとはどういうことか、罪はいつかは消えるべきものなのか、生きることはどういうことか、所定の刑期を終えた元少年Aには人間らしく生きる権利があるのだろうが、それは遺族や犠牲者にとってはどうなのか。自分が、あるいは自分の子供が加害者になったら、自分はどうするか?どうやって罪と向き合いながら、生きてゆくべきなのか。読みながら、そんなことを考えていた。
by polimediauk | 2015-08-21 02:21 | 日本関連
 17日、衆院を安保関連法案が通過し、27日からは参院審議が始まった。数人の識者に法案の評価、メディア報道、反戦デモについて聞いてみた。

 今回は、軍事ジャーナリストで作家の清谷信一氏だ。東洋経済オンラインの連載「総点検~日本の防衛は大丈夫か」では、自衛隊の装備の不備を追及している(最新記事)。氏は2003年から2008年まで英国の軍事専門誌『ジェーンズ・ディフェンス・ウィークリー』日本特派員を務める。香港を拠点とするカナダの民間軍事研究機関「Kanwa Information Center」上級アドバイザー、日本ペンクラブ会員で東京防衛航空宇宙時評(Tokyo Defence & Aerospace Review)発行人。『防衛破綻ー「ガラパゴス化」する自衛隊装備』『専守防衛-日本を支配する幻想』など著書は多数。

 海外の状況をよく知る軍事ジャーナリストの一人として、今回の法案議論をどう見るのか、ぜひ聞いてみたかった。以下はインタビューの抜粋である。文脈を明確にするために言葉を整理した部分がある。カッコ内の注釈は筆者によるものである。

***

「現実の把握ができていない」

ー安保関連法案を通そうとする安倍政権をどう見ているか。

清谷信一氏:安倍首相は自衛隊と外国の軍隊が同じだと思っているのではないか。多分、自衛隊の現実を知らない。

ー法案そのものはどう見ていらっしゃるか。

 そもそも、現実の把握ができていない。それなのに、例えばビルで言えば地盤がめちゃくちゃなのにペントハウスを建てる話をするようなものだ。

ー法律を作っても、実地がないからダメということか?

 今までは、実戦(実地)はできなくてもいいよね、ということでやってきている。(自衛隊は)「軍隊じゃないし、単なる行政機関だ」という意識だ。内輪同士で「いいよね」と言っている人たちが、いきなり実戦に出されたときに、どういうことが起きるか。

 現実を知らないから、そういった中で、法的なことだけを話していればいいんだ、というのが、おかしいと思う。

「今の態勢や技術、意識で、これで戦争をできるんですか」、という人がいない。そこがまず問題だと思っている。

ーこれまでは、日本では、戦争の現場、つまり武力行使の可能性についてはあまり考えないようにしてきたのかもしれない。

 演習だけ無難にこなせばそれでいい、という考えがあった。だから、(2011年の)東日本大震災でも大変だった。例えば無線機は3割ぐらいしか、ちゃんと動くのがなかった。

 今までは中隊規模ぐらいしか演習をしないので、連隊の他の中隊から借り、私物の携帯電話を使えばいい、と考えてきた。

 ところが、震災では連隊の全隊が行くことになった。そうすると、(他の部隊から)借りられない。今までは携帯電話で連絡をとっていたが、震災では現地に行ってみたら、携帯の支局が全部流されていた。「火の出るおもちゃ」、つまり戦車とかミサイルとかを買いたがるので、(十分な数の)無線機は買っていなかった。無線機は3世代ぐらいあるが、世代が違うと、互いに通じない。

 そもそも自衛隊に割り当てられている周波数帯は軍用にはそぐわない。このため普段から通じが悪い。当然現場で通じない、混線する場合も多かった。米軍の無線は電波がガンガン入ってくるのだけど、近くの自衛隊の無線は通じない。総務省から(周波数の)割り当てを変更してもらえばいいのだが、それをしていなかった。未だに周波数帯の問題は手付かずだ。

 災害だったからまだ良かったけれども、これが実戦だったらどうするのか。

 震災後に新型無線機の導入を進めているが、これまた同じ周波数帯を使っており、現場では全然通じないという声が聞こえている。

ー世論を気にして、思い切って機材を買えないという可能性は?

 関係ない。世論による批判を気にしているのだったら、オスプレイよりもまず災害派遣で必要不可欠な無線を何とかしよう、となっているはずだ。目立たないところにはお金を使わない。

 被災地にいた市民に温かい食事を与えて、自衛官は冷や飯を食っているという話が美談にされたが、実際には美談ではない。単に(温かい食事を提供する給食の)装備の不足だった。自衛隊では中隊規模を賄う牽引式の炊事車しかないが、諸外国ではより大規模なコンテナ式の食堂を使用している。

「実際の戦闘による被害を想定していない」

ー清谷氏のコラムでは、「陸上自衛隊は実際の戦闘による被害を想定していない」とし、具体例の1つとして個人用のファースト・エイド・キット(個人携行救急品)の不備を指摘しているが。

 兵站もそうだ。

 現場で中隊規模の演習さえ抑えればいいと思っているから、もっと大規模な部隊を動かしたりするスキルなどを持っていない。

ーお金がないわけではない?

 それよりも「火の出るおもちゃ」を買ってしまう。戦車とか、オスプレイとか。

 予算の面から言うと、今年の予算でオスプレイを買い、水陸両用装甲車AAV7を買う。高いおもちゃをいっぱい買っている。そうすると、既存の予算が圧迫を受ける。

 それほど予算が増えていないところに高いものを買ってしまうと、何を削るかという話になる。

 しかし、何を削っているのかと聞くと、(当局は)言わない。

 何かを諦めるときに、「火の出るおもちゃ」はあきらめない。兵站や訓練、整備費や出張費、果てはコピー用紙とかを削る。ますます軍隊として活動する能力が減ってきている。

 AAV7の場合、本来であれば6年ぐらい評価試験をして、採用か否かを決めるはずだった。ところがこれを縮めて約半年で導入決めた。

 ぼくは当時の陸幕長に会見で、例えば中国との軍事的緊張が高まるなど、国際的な環境が変わってきているから、緊急な必要性が生じて買うのか、と聞いてみた。

 答えは、「違います、国際状況は変わっておりません」と。

ー「変わっていない」ー?

 なぜ評価試験の期間を端折るのかと聞いたら、答えは「アメリカとの調整の結果です」。

 アメリカ様から言われたら、本来するはずの試験を端折っているという軍隊が、本当に「いや、アフガンに行きません」とできるのだろうか。

 ぼくは、実は法的話はあまり意味がないことだと思っている。日本はあまり遵法的なことをしない国ではないか。割と成り行きでやったりする。

 例えば、アメリカ大使館の前で、警察が平然と交通妨害をしている。本来は通れるはずの横断歩道を通さない。通ろうとすると邪魔される。理由を聞くと「お願いします」と。「お願いは任意ですよね?」「お願いします」。これは強要に当たり不法行為だ。法的根拠があるかと20分ぐらい説得したら、どうぞ、と。

 同盟国の大使館の目の前で、法執行機関である警察が市民に不法行為を堂々と行っている。そういう国が法治国家かと言ったら、ちょっと疑問だ。同盟国である米国がまともな法治国家として信用しているだろうか。

 代用監獄の例もある。検察側が99.9%で勝つとか。どう考えてもおかしい、

 マスコミが容疑者を犯人視して報道している。被害者の顔も出す。人権面から、おかしくないか、と。 そういう国で、文言だけやりあっても、どうなのか。

民間によるセカンドオピニオンの不在

ーそうすると、合憲か違憲かの議論が新聞報道などでは活発だが、清谷氏は醒めた思いでみている感じなのだろうか?

 はっきりいうと、神学論争だ。

 議論をする人たちが、今の自衛隊が戦争で怪我をしたらどういう対応をするのか、いかにケアできないのかを知らない。防衛省や自衛隊からの政治家向けの「ご説明」だけを論拠にして、それで議論している。

ーこれを機会に、まともな議論、まともな装備につながるか?

 多少は期待している。だからぼくも、同じテーマでしつこく書いている。

 この間は「自衛官を犬死にさせていいのか」、と書いた。犬よりも劣った(衛生)キットしか持っていないから。

 実際にそういうことがいっぱいある。空理空論を当たり前と思っていて、それをもとに装備を買ったり、訓練している。畳の上の水練だ。しかしそういう人がいきなり海に投げ込まれて、泳げるかということだ。

 日本の問題は、防衛に関して民間のセカンドオピニオンがないことだ。法務省や法律問題ならば法曹界や学者が発言するし、厚労省や医療の問題ならば医者が発言し、セカンドオピニオンが政界にも浸透している。だが防衛に関しては自衛隊とか防衛省の「ご説明」しか聞いていない。センセイ方はそれがオカシイと思っても調べたり検証する術を持っていない。

 大学でもそういう勉強をしているところがあるが、結局、首から上の話しかしない。実際に、戦略にしても最終的にはどういう装備を持つのか、どのような補給態勢を維持するのかという話になってくる。結局政策は予算で決まる。つまり予算の使い道を具体的に議論できなければ、実質的に防衛問題は語れない。

 そういう議論がなくて、うわずみのところだけで議論をするので、おかしくなるのだと思う。

(取材日:7月7日、東京有楽町にて)
by polimediauk | 2015-07-31 22:07 | 日本関連
 16日、安保関連法案が衆院を通過し、27日午後には参院での審議が始まった。反対の声が日増しに強くなる中、今国会中に成立するのかどうか、大きな注目を浴びている。数人の識者に法案の評価、メディア報道、反戦デモについて聞いてみた。

 今回は、日本初のニュース専門インターネット放送局「「ビデオニュース・ドットコム」を主宰する、ビデオ・ジャーナリスト神保哲生氏に外国特派員クラブで聞いた(取材日は7月7日)。

 神保氏は15歳で渡米し、コロンビア大学ジャーナリズム大学院修士課程を修了(1986年)。AP通信など米国報道機関の記者を経て独立し、日米のテレビ局向けに数多くのリポートやドキュメンタリー作品を提供してきた。1999年設立のビデオニュース・ドットコムは独立した公共的な報道を行うため、広告収入ではなく会員からの講読料で運営されている。

 大手マスメディアが十分に取り上げない、時事トピックの裏側を次々と取り上げるビデオニュース・ドットコムの動画を私自身、非常にスリリングな体験として視聴させてもらっている。

 今回、神保氏に特に聞きたかったのは日米でジャーナリズムを実践したご自身の経験から、安保関連法案を巡る議論をどのように受け止めたか、である。合憲か違憲かがメディア報道の中心となっているように見えたが、それだけでよかったのかどうか、また、次の話、つまり憲法を超えたところで、日本の国防あるいは国としての将来をどうするかの議論をしなくて良いのか、という大きな疑問があった。

 以下は一問一答である。論旨を明確にするために、若干言葉を整理したところがある。また、日本のメディア状況についてもじっくりと聞いているので、それは別途、ご紹介したい。法案の衆院通過前の話であることにご留意願いたい。カッコ内の情報補足は筆者による。

***

外務省の「アメリカの要請にはなるべく応えたいという強い思い」

ー安保関連法案に対し、マスコミ報道は合憲か違憲かを大きく報道してきた。若者たちによる反戦デモも大きな盛り上がりを見せている。一連の動きをどう見ているか。法案は戦争につながるから危ないとする反対派の声もあるが。

神保哲生氏: そういう短絡的なことではないが、「危ない」という指摘は当たっていると思う。その理由は、単純、単調なものではない。

 まず、法案には、かなり同床異夢の人が乗っかっている。

一番の首謀者は外務省だが、外務省ではご存知のようにアメリカ・スクール(アメリカ派)が圧倒的に強い。「アメリカ・スクールにあらずんば、外務官僚にあらず」、と。

 アメリカ・スクール主流派から言えば、アメリカもいろいろな意味で力も弱くなっているということもあって、アメリカから要請を受けたなら、なるべくこれに応えたいという強い思いがあった。

 ただし、憲法の制約があって、特にセキュリティーとか軍事面でのリクエストには日本はできないと言い続けなければならなかった。これに対し、非常に歯がゆい思いを持っていた。その一番最初の経験は1990年の湾岸戦争から始まっているのだけれども。

 外務省としては、前回の「2プラス2」(「ツー・プラス・ツー」=日米安全保障協議委員会」、今回の「2プラス2」で決めたようなことをできるようになるといいなあという願望があった。

 もう1つ、日本には、旧民主党時代から流れをくむ、タカ派と言われる人たちが厳然といる。日本は独自の軍隊を持っていない、戦争に負けて、憲法9条を作られた。日本がある種のインポテンツであるとー性的なものではなくてー不能者であると思っている人たちだ。

 これに、単に軍事という意味ではなくて、国際貢献という綺麗な言葉も一緒に乗っかることで、そこそこの数になる。日本がもっといろいろできるようになったほうがいいじゃないか、と。

 例えば、この間亡くなってしまったが、岡崎久彦さん(注: 駐サウジアラビア特命全権大使、外務省情報調査局局長、駐タイ特命全権大使を歴任)とか、防衛大学校名誉教授佐瀬(唱盛)先生とかは、かなり早い段階でそのようなアジェンダをクリアするために、安倍さんを90年代の当選直後から教育してきた。いずれ、安倍というのがそれを実現してくれる総理になるだろう、と。

 安倍さんはもうちょっと次元が違って、おじいちゃん(注:岸信介、第56-57代首相、在位は1957年2月ー1960年7月)が成し遂げられなかったことをやりたいという意味と、今回首相としては2回目なので、前回何も名前を残せなかったために今回は何か名を残すことをしたい、という思いがある。

 憲法を最初に改正した総理になるという強い願望があったけれども、さすがに憲法改正は議会の3分の2の支持を得るだけでも大変だと。下手に国民投票にかけたら過半数に行かないと、本当に憲法を変えられなくなる。最初は(憲法の改正過程を規定する)96条を変える可能性をチラつかせたのだが、それはあまりにもちょっとひどい、と言われた。

 結局、最後に絞り込んだのが、集団的自衛権を行使できるようにした最初の総理になることが、彼の政治的野望だ。そういうレベルで乗っかっている人もいる。

 法案の本質としては、サブスタンス(実体)として何があるのかというと、分からない。

 僕が見る限りにおいては、結局は、一番のエッセンスを構築しているのは外務省だ。アメリカから要求があったときに、その要求に・・・

ー応えて、海外派兵ができるように?

 派兵でも何でも、応えられるようになっておく状態にする必要があるので、首相は「存立危機事態」と言っている。「サバイバル・オブ・ザ・ベリー・エグスタンス・オブ・ザ・ネーション」と。それが揺らぐような事態、という言い方までしておいて、決して具体例は言わない。言ってしまったら、それに縛られてしまうので。

 「米国がやろうとすることは何でも」、というのが本当の答えだと思う。

 ただ、安倍首相にとっては、集団的自衛権を達成した総理になりたいというような、非常に小さな功名心からだと僕は思う。

 同時に、(党内の)右側の人たちは自分たちなりのアジェンダを持っている。

民主党政権の失敗と対抗勢力の弱体化

 また、対抗する左側が民主党政権の失敗によって決定的に弱体化している。これも、今回の安保関連法案がここまできたもう1つの要因だ。

 ある種、オポチューニストというか、場当たり的状況が可能になっており、本当にどれくらいニーズがあるのか、メリットがあるのかということが、十分に整理されないまま、(法案が)実行されてしまう可能性がある。

 その場合の問題は、実際に実行された時に、ちゃんとコントロールできるのかどうか。

 誰かが本当に、例えば安倍さんが全部事態を把握して、掌握した上でやっていることであれば、安倍さんの意図しないことまでは絶対に起きない。

 でも、安倍さんやその一派が、今回の法案が可能にしている事態すべてを自分で掌握できているとは思えない。

 外務省は所詮は官僚であるため、最後は責任をとらなくていいという立場なので、結局、いざこういう法案が通った時に暴走してしまう可能性がある。

 暴走する時に、作った人の意図と関係ない形で行ってしまう可能性があるというのが、危ないといえば危ない。「No one is controlling the situation」(誰も状況をコントロールしていない)という可能性がある。

合憲か、違憲かの議論だけで良いか


ー反対する議論の中で、合憲か違憲かという議論がある。それも一つの論点だが、結局、最終的にはどうしたいのか、どうあるべきかという議論が十分にないのではないか。アメリカとの関係をどうしたいのか、という論点もほとんど目にしないが。

おっしゃる通りだ。

 違憲か合憲かという議論だけになって、例えば「違憲だからだめだ」となると、いずれ、合憲にするために憲法を変えようという話になったときに、何の抵抗もできなくなる。

 憲法を変えるのが、なぜ難しいのかというときに、そこまで本当の必要がないからだと国民が思っていないから、というのであれば、それはそれでいいが、むしろアレルギー的なものに乗っかっている。憲法を変えることへのアレルギーがあることに依存している形の違憲論だ。

 今後日本が国内的にも国際的にもどういう国を目指すのかということを、本当は根本的に議論をして、その骨格に基づいて、じゃあ、日本は例えば個別的自衛権しかやらないということはこういう意味になるけれども、それでも日本はそれを目指すべきなんだという議論であれば、それはそれで、そういう根拠で今回の集団的自衛権に反対するならそれは別に構わないけれども、その集大成として憲法があるわけだから、憲法にそう書いてあるからだめなんだというのは、憲法を変えればいいという話になりかねない。僕もそこは弱いと思う。

 憲法が憲法になっているのは、その後ろにこういう民意の裏付けがあるんだ、と。その民意というのはこういうものであると。だけど、そういう議論にはなっていない。

ーこういう議論が出る時に、日本人として、いくつかの選択肢を示す論考を目にしたい。いつも戦争、つまり戦闘行為を他国でやっている英国に住んでいると、70年間、日本は戦争をしてないが「戦争がいやだ」と言い続けて戦争が起きないならーここでは紛争地での戦闘行使という意味だけれどー例えば、ウクライナの人もいやだろうと思う。だからといって、紛争を避けられるとも限らない。世界中で起きている、戦争、紛争地での戦闘について、どれだけ認識されているだろうか。安保をどうするのか、日米同盟はどうか、アメリカとどのような関係にしたいのかなど、根本的に考える必要があるのではないか。

 なぜここで憲法を盾に議論が強くなっているかというと、1つにはイデオロギー主義的な、教条主義的に反対している人がいるからだ。

 でも、それだけではなく、今おっしゃった、アメリカとの関係も今のままでいいのか、アメリカに依存するとき、アメリカはお金がないから、それを日本が埋めると言って、集団的自衛権も入れるというそんな議論でいいのかを考える必要がある。それとも、これは共産党ぐらいしか言っていないことだが、日米同盟を徐々に、軍事同盟から、対等な友好同盟にして行くのか。

 そういう議論は時間をかける必要がある。でも今回、突然、国会の法案の形で出てきてしまった。通すと通さないになっている、と。そうすると、止める側は、じっくり時間をかけて議論していこうと言っても、通されてしまう。一番手短にあるツールでとにかく防がなければならない。止めるためには有効である、という判断では(合憲違憲の議論は)戦術論としては間違っていない。

 もっと大きなピクチャーの中で考えるとそれだけでは不十分だ。

 対米関係も含めて、日本は長期的にどういう国を目指すのかという議論を本当は同時に始めないといけない。でもそれは少なくとも今国会中には結論が出ないのでー。

アメリカの核には反対でも、核の傘の下に生きること

ーどうにも、いつも嘘をつかれている感じがしてならない。自衛隊は実質的には軍隊ではないのかどうか、また個別的自衛権、集団的自衛権などの言葉がいろいろあるが、広い意味ではわかりにくい感じがする。

 日米協定のことは色々、考えるべきことはあると思う。もはや、昔の占領時代ではないのだから。

 ただ、それはそれとして、沖縄がどれだけ戦略的に重要かというと、軍事面としての議論はあるが、米軍に頼らないということは、共産党のような非武装中立に行くんでなければ、それを自衛隊で見なければならなくなる。

 実は沖縄では、日本軍に痛い目に合わされているので、米軍よりもむしろ日本軍の方がよっぽど嫌と思われている。

だから、ただ、アメリカ帰れと言ったところで、じゃあそこは公園にしますというだけで済むかという問題があって。そこは避けて通っているところだ。

 みんながアメリカの核には反対だが、アメリカの核の傘にいて平気でぬくぬくやってきたことと同じようなところがある。そこが、戦後レジームからの脱却と安倍さんが言うのだったら、一番大きな矛盾はまさにそこだろう。

ーアメリカとの関係だ。

 憲法9条で軍隊を明確に否定しているのに、自衛隊は「隊」だ、と。でも英語では、「セルフ・ディフェンス・フォース」だ。結局、あれは軍隊じゃないことになっている。

 PKOで自衛隊が海外にいっても、派遣先で日本は軍隊ではないことになっているので、例えば、撃ってきて自衛隊が応戦した場合にそれは軍事行動ではないので、刑事裁判にかけられてしまう。それが正当防衛だったかどうかを。軍隊が発泡して、日本に帰ってきて刑事裁判にかけられるなんていうような状態になっている。

 自衛隊は軍ではなく、裁くための軍法がない。そんな法的に不安定な立場にいる自衛隊が軍と同じ海外に出て行って、危険に晒されるという状態はあってはならないのではないか。

 (戦後70年で)もし戦後レジームの転換というならば、一番本当は、やらなければならないことは、日米関係をどうするのか、自衛隊をどうするのか、軍隊にするのかしないのかだろう、本当は。

 でも、とてもではないけども、これをまだ議論できるような成熟度が今あるようには見えない。

日本をどういう社会にしたいのか

ーもっと報道すること、書くべきことはあるようだ。

 ある。しかし、そういうことを書くと、叩かれたりする可能性もあるが。右からも左からも叩かれることを覚悟の上で、議論の地平を開拓しないといけないのだが。その手前のところで、ああでもないこうでもないとやっている。要するに、この集団的自衛権だ、個別的自衛権だというのは55年体制の議論だ。

 55年体制下の旧社会党と自民党がずっとやってきたようなことの、結局はまた繰り返しで、それ自体は僕は無意味だとは思っていないけれども、もう一段上の、「日本はどうしたいんだ」ということの議論は、絶対に必要だと思う。

 でも、これは経済についても全く言えることだが、日本をどういうような社会にしたいのかという時に、やっぱり今は安倍政権に代表される、小泉さん以降だが、新自由主義な政策をとっていて、結果的に日本の租税負担率というのはアメリカにならんで、世界的にも最も低いものになっている。

 それでいて、アメリカよりもはるかに充実した、まあ中福祉ぐらいの福祉を提供している。低負担、中福祉になっているから、日本は大赤字だ。

 じゃあ、その福祉を切るほうをやるのか、それとも、日本はより高負担な、中負担ぐらいまで負担を増やすけれども、その代わりちゃんと中福祉を維持するのかというのも、本当は国のあり方として議論しなければいけないが、全部場当たり。

 ちょっと社会保障費が高いからちょっとずつ削っていきましょう、とか。結局、それは弱者の方に全部しわ寄せがいく。生活保護を絞られたり。老人医療を絞ったりとか。

 特に公的保障に依存しなくてもいいお金持ちの人たちは、みなさん、ぬくぬくとくらしている。

ー政治の選択が必要ではないか。自民党以外に政権を担える党として、投票できる政党が必要だ。

 自民党が心中主義政党になったと思えるのであれば、対立政党がもうちょっと出てくるのだが、まず右と左で言えば左側が今、どこにいるのかわからない。

 自民党内に、いわゆる経済保守という新自由主義者とそうじゃない、オールドライト(旧右派)の人たちがいる、宏池会に見られるような。これが非常に弱体化してしまっている。

 自民党の今回の選挙での得票率は20%ちょっと。公明党と合わせても25%。野党は全部合わせると、それよりも取っている。

 票だけでは、自公民よりも野党の方が多いのだけれども、こっちは、維新があり、民主党があり、共産党あり、社民党ありだから、結局、わずか20-25%の支持の人たちが3分の2の議席を取ってしまっている。

 当面、対抗勢力がすぐに出てくるというのが見えない状態。

ー野党勢力がなぜ弱いのかについてはまたじっくりと。

 デモも大事だし、僕はどんどんやったらいいとは思うのだけれど、同時にやっぱり、野党を結集させるにはどうしたらいいか。自民党内の、安倍さんの政策を決していいとは思っていない勢力と野党の一部をもうちょっと連携させるような流れとかをつなげることができる人がかつてはいたのだが、今はもうそんなことをできる人は誰もいなくなった。

ー残念だが、ここから政治的状況は変わっていくか。上に上がる可能性は?

 底を打てば、そこから上がる。まだ底を打ったかどうかは見えない。

ーしかし、様々な新しい動きが出てきたのでは?危機感が大きな声として出てくるようになった。
さすがに、あまりにも政権党が実は少数党でありながら議席をたくさん持っているというだけの理由で、かなり横暴な政策をごり押ししてきたということで、危機感が出てきている。

 ただ、果たして、それが投票行動に繋がるかどうか。

 政権としては、来年の参議院選挙までには、このことは忘れられるだろうと思っている。まだ1年以上あるから。だからなるべく早く通したい。

 でも、その間にまたいろんなことが起きる。ギリシャもどうなるかわからないし、経済も。そうなったときに、本当に、去年の8月何日に、あるいは9月に、あの法案を無理やり通されたんだよ、と国民が覚えているかどうかー。

(取材日、7月7日。東京・外国特派員協会にて。)
by polimediauk | 2015-07-28 09:38 | 日本関連
 16日、 安保関連法案が衆院を通過した。反対の声が日増しに強くなる中、今国会中に成立するのかどうか、大きな注目を浴びている。数人の識者に法案の評価、メディア報道、反戦デモについて聞いてみた。

 関連:内閣官房「平和安全法制などの整備について」「「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備についての一問一答」など。

 今回は、孫崎享氏にお話をうかがった。氏は駐ウズベキスタン大使、国際情報局長、駐イラン大使を経て、2009年まで防衛大学校教授。東アジア共同体研究所理事・所長。日米関係の戦後を綴った「戦後史の正体」(創元社)は22万部の売れ行きとなった。「日本の国境問題-尖閣・竹島・北方領土」(ちくま新書)などほかにも著書多数。最新刊は「日米開戦の正体」(祥伝社)。ニコニコ動画ツイッターで積極的に情報発信をしている。

 今回の安保関連法案の是非について考えるとき、日本の文脈だけで考えていては見えてこないものがあるのではないか、と思っていた。外務省の元国際情報局長で、米、英国、イランなど、世界を様々な視点から見てきた孫崎氏に、国際的な文脈を踏まえての視点を聞いてみたかった(取材日は7月10日)。以下はその一問一答である。論旨を明確にするため、言葉を整理した部分がある。

***

ソ連崩壊後の世界で

ー現在の安保関連法案をどう見ていらっしゃるか。

孫崎享氏:私は92-3年から(話が)スタートすると思っている。

  (1991年)ソ連が崩壊した。アメリカの軍需産業、作戦とか、戦略であるとか、武器であるとか、すべてがソ連と戦うために進んできた。ソ連が崩壊することによって、 もうアメリカの軍は要らなくなった。今後は経済に特化するべきであるという意見を、マクナマラ元国防長官などが言っていた。

 しかし、せっかく世界一になったので、この位置を維持したい、と考えた。その軍事を使って、アメリカの意図を政治に反映させていくという考えが主流になってきた。

 1992年に、こうした考えが一応完成し、93年のクリントン(民主党)政権にも引き継がれた。その後、共和党、民主党を超えて、ソ連崩壊後も米国の軍事力が展開されてきた。

 さて、ソ連がなくなったら、誰が「脅威」になるのか?当時は「脅威とはイラン、イラク、北朝鮮である」、という位置付けをした。

 しかし、イラン、イラク、北朝鮮といっても彼らはアメリカを攻撃するような力がないので、アメリカ側は積極的に相手に関与していくという路線を作った。それが今日まで続いているわけだが。

 アメリカにとって1990年代始めに一番脅威となったのは日本やドイツの経済力だった。ドイツと日本を蚊帳の外に置いたら、彼らは経済に特化するから、これを中に入れよう、という形が戦略になってゆく。

 じゃあ、日本をどうするかというと、日本には平和憲法がずっと続いているから、いきなり、日本を軍備に向かわせることはできない。だからまずは人道支援、災害救助、こういうところに自衛隊を使っていくことによって、軍隊が海外に出るアレルギーをなくしていこう、という動きが続いて、それが徐々に徐々に、1990年代、拡大していった。

 2002年ぐらいには、もうそろそろ自衛隊を軍備のほうに使っていいだろうという感じがアメリカの中に出てきて、それが日本政府には2004年ぐらいに明確な形で伝達される。こうして、2005年10月に、「日米同盟未来のための変革と再編」という文章ができる。

ーどんな形となったのか。

 国際的安全保障環境を改善する、という日米共通の戦略のために自衛隊を使う。その内容には、今の集団的自衛権で議論されているものがすべて入ってきている。

 例えば、秘密を守る法律を強化する、機雷の掃海を行う、後方支援を行うなど。2005年の時点で、日米が軍事的な関与をすることに。これは小泉首相が辞めて、小泉さんから安倍さんになった頃。安倍さんは第1回目の政権(2006年9月ー2007年9月)ではこの路線に非常に積極的に関与していく。集団的自衛権という言葉が、ここから出てきている。

 安倍さんはNATOに行って演説をした。私が防衛大学にいた時に、同僚の先生が数えたところ、安倍首相は「アフガニスタン」という言葉に13回言及していたという。アフガニスタンに入るという意思表示を既にしている。

 ところが先ほどの日米協力が重要だということで、こういう流れにはあまり反発はしなかったわけだ。

 安倍さんが首相を辞め、福田首相が就任した(2007年9月-08年9月)。福田さんは集団的自衛権の危険性をものすごく感じていた。具体的にアフガニスタンで協力をしてくれということを言われて、これを断っている。概念自体の集団的自衛権も断る、と。

ー福田首相の在任期間は短かったがー。

 次の自民党は短期政権で、民主党が政権党(2009年9月ー12年12月)になった。

 (日米の軍事協力についての)流れがいったん消えていたが、第2次安倍政権の発足(2012年12月ー)でまた出てきたーこれが現在までの流れだ。

ー今回の法案では、具体的にもっと自衛隊が関与できるように法制化することになったー。

 そうだ。集団的自衛権をやるといっても、実際に自衛隊を運用しなければいけないので、これまでは規制がかかっているから、その規制を取っ払わないといない、と。そういう作業が今、行われている。

ー特に新しいものではなくて、法律でしっかりとできるようにしてゆく、と。

 理念的には、出発点は93年で、日米間で方針が固まったのは2005年。その当時、憲法との関連はそれほどつけなかった。

憲法と関連付けて、国民が目を向け始めた

ーそれ以来、少しずつ、法律解釈などを変えることでやってきた、と。

 そうだ。そのようにしていれば、私は今度の法律も簡単に通ったと思う。

 ところが、安倍さんは政治的な野心があったから、自分は憲法に手をいれたという形にしたいと思って、この問題を憲法と関連づけてしまい、国民が目を向け始めた。

 9条に違反するという部分がクローズアップされて、今、かなりの批判勢力が出てきてしまった。

ー反戦を掲げる、いわゆるリベラル系の論壇は、それ以前の段階ではあまり声をあげなかった?

 黙っていた。勉強をしていないから。
 
 護憲派の一番の問題は、これまで、9条を守ることだけをやっていたこと。現実の政治の問題でどういう動きがあるのか、それを見ながら、一つ一つ、反論したり、問題点を提起したりという努力はせずに、9条だけ守ればいい、という姿勢だった。9条に抵触するようなことがあっても、勉強して問題点を提起するような流れまでには行かなかった。9条が残っていれば、それでいいんだ、と。

 そういう意味では、安倍政権やアメリカにとって一番良かったのは、憲法には手をつけない形でやってくれることだった。しかし、安倍さんに野心があったから、憲法にまで手をつけようとしてしまった。

 だから、今の関連法案というのは、もしも黙って法律を出してきたら、国民は全然反対しなかったと思う。憲法というものに関連づけてしまったから、 それが憲法に抵触するというので、いったい何が起きているのか、という形で反対が出てきた。

ー今回の法案が成立することで何が変わるのか。

 大きな違いがある。いろいろあるが、例えば今までは、自衛隊がイラクにも行ったが、これは特別措置法でやっている。法案が成立すれば,(海外派遣が)恒久法の下で行える。

ーいつでも行ける・・・。

 いつでも行けるようにしてある。

 概念的には、特別措置法で行っていたことを今回は恒久法で、というのは本来はそれほど抵抗がないはずだった。しかし、憲法と関連づけたので、国民はそんなことまでやるの、という話になってきた。

ー法律となれば、普通に海外派遣ができるようになる。

 私は、その時の政治的な空気に影響すると思う。例えば、「3条件」というのがあってー。

ー内閣官房のウェブサイトにある、「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備についての一問一答」に、「自衛の措置としての武力の行使の新3要件」が書かれている。これによると、(1)「我が国に対する武力攻撃が発生したこと、又は我が国と密接な関係にある他国に対する武力抗争が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること」、(2)「これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないこと」、(3)「必要最小限度の実力酷使にとどまるべきこと」とある。

 安倍さんや安倍さんたちの周辺は、3条件を基本的にクリアできると思っている。あの3条件でできないことはない、と思っている。

 だが、一応3条件みたいなものがあるから、この問題がこれだけみんなの着目を浴びてきたら、今後の国民の反発の度合いによっては、そう簡単に実施はできないと思う。

 方便である3条件が、ある意味で実際上、有効なものになるかもしれない。

 よく、「関連法は成立するのだから、今さら抵抗してもしょうがない」という人がいるが、私はそうではないと思う。

ー確かに、私もそういう意見をよく耳にした。

 この問題に対する国民の反発が安倍政権の支持に影響を与える、ということが見えてくると、次の段階で実施する時にちゅうちょすると思う。

若者と女性の声

ーでは、反対の声を上げることは無駄ではない。

 全然、無駄ではないと思っている。

 非常に新しい動きは2つあって、今までの日本の(政府案への反対)運動のマイナスは、学生が動いていないこと、女性が動いていないこと。運動の展開に非常にエネルギーを欠いていた。だいたい反対というと60代以上の男性。ここにきて流れが変わってきた。

 「女性自身」と「週刊女性」が最近、同じようなタイトルで(安保関連法案について)書き出した。それも10ページの特集だ。一般人の関心事になってきたことを示す。1回火をつけると、どんどん広がってくる。

 学生さんの「シールズ」もある。

 今までとは違った雰囲気が出はじめた。

 ある週刊誌系の人と話していたのだが、「週刊文春」や「新潮」まで安倍批判を始めた。今までは、(大政)翼賛会みたいだったのが、ちょっと流れが変わってきた。

 もうすでに毎日新聞は政権批判の方が賛成を上回ったと言っており、実際に、政権批判の方がもう世論は強くなっている。

 今後反対の動向がどうなるかのターニングポイントに少なくとも来ていると思う。

ー反対運動は、もし法案が通ったとしても、実際の運用時に歯止めになる、と。

 歯止めになるし、通っても(実行できなくなる)。安倍政権が無理をしたということで、自民党政権の基盤がぐらついてくる。ぐらついてくれば、実行できるわけがない。

ー日本として海外派兵ができ、アメリカと一緒になってやることができるようになる状態というのは、これはいいことなのだろうか。

 いや、非常に悪い。

 一番簡単なことは、行く理由がないからだ。

ー海外派兵ができ、アメリカと軍事行動ができるようになると、アジアの他の国はどんな風に見るか。

 基本的には、アセアンは武力行使には消極的な地域だったが、中国の台頭の中で、ベトナムとフィリピンがかなり中国に対して好戦的な動きを出してきた。そういう中で、日本の軍事的な関与に対しては批判というよりは、中国にどう対応するかであって、全体として日本を批判するというふうには今はなっていないかもしれない。

 私は、ベトナムとフィリピンの動きというのは一時的だと思う。中国の経済力が圧倒的なわけだから、台湾と同じ路線をたどると思う。

 台湾は反中、独立志向だったわけだが、今は自分の国の生存は中国市場にあるということで、ベトナムもフィリピンもそのうちその方向に行くのではないかと思っている。

ー私が住むイギリスからすると、9条の憲法がある日本では、どうやって国を守っていくのかと不思議になる。

 冷戦が終わった時と今とは状況が違う。非常に大きな点として、西側に対しての攻勢があるわけではない。誰かが西側に対して攻撃があったから、西側がレスポンドしているのではなくて、自分たちの利害の為に戦争に行っている状況がある。

ー冷戦後にそうなった、と。

 そうだ。そういう意味で、西側が行動しなかったら、我々がやられるという状況ではないと思う。

 そういう中で、米国がなぜ軍事行動をしているのか。

 中東を見ると、大きな理由が2つある。1つはイスラエル寄りの政策を実行し、イスラエルの安全保障に向けて行動を起こしている。もう1つは、軍産複合企業体の利益、ということだと私は思っている。イギリスの保守層はアメリカと非常に密着している。

 イギリスの保守層から見ると、今のような議論(軍隊がないのにどうやって身を守る事ができるのか)が出ると思うが、国全体として日本がおかしいのではないかという考え方にはならないのでは。

ー自衛隊の能力について聞きたい。実戦に参加しなくても、十分に機能できるか。

 第2次大戦後の枠組みはそれ以前の枠組みから非常に大きく変化している。

 大きな枠組みの変化の1つは超大国同士では戦争できないということ。これは非常に大きな意味合いを持っていて、(米政治学者)ジョセフ・ナイが、私がハーバード大に研修に行っていたときに、戦争はどういうときに起きるか、と言って、それは、ナンバーワンがナンバーツーに覇権を脅かされる、そのようなときに戦争というものが起こってくる、と説明した。

 これに核兵器という問題が入ってきたので、核兵器で戦争をナンバーワンとナンバーツーがやると双方ともに破れてしまう。そこで、ナンバーワンとナンバーツーはどういうことがあっても戦争はできないという大きな枠組みが出てきた。

 2つ目は、イギリスが代表的だが、植民地経営というのは結局はマイナスだ、と。コストがかかって。ということだから、今の戦争でどこかの国がどこかの国を植民地にするような形の戦争というのはもうなくなってきたと思う。

 唯一残りは領土問題。これを戦争にしないような枠組みを作れば良いわけで、その努力をやれば、私は戦争は起きないと思う。

 例えば中国をどう見るかというときに、カザフスタンという国がある。石油やガスの、世界で5-6番の産油国だ。中国が一番欲しいものはエネルギーだ。じゃあ、カザフスタンをとってしまえばいいじゃないか、と。

 カザフスタンはアメリカと同盟関係にあるわけじゃない。軍事力が中国に対抗できるものではない。じゃあ何故とらないのか。

 答えはどういうことかというと、基本的に、中国も国際社会との連携によって発展しているわけだから、それにマイナスになることを行うことのほうが、とることによる利益よりも大きくなってきた。

 だから、軍事力でどこかがどこかをとるという時代では、私は基本的になくなっていると思う。

ーイギリスは古い考え方の国かもしれない。ずっと戦争をしている。自国ではなく他国に行って戦闘行為などを行い、常に干渉をしている。

 それを切り抜けたのがドイツだ。

 ではイギリスがどうしてやっているのかー。それは、戦争する層がいるからだろう。

ーイギリスメディアの論調を読んでいると、外国の中ではロシアや中国については、怖い事が起きている国というイメージを与える。東アジア地域においては、日本に一定の戦闘力を望む報道を見かける。

 欧州については、私はウクライナ問題というのは、アメリカのネオコンに仕掛けられたと思っている。

 今から3-4年前に、NATOが言葉の表現は別として、ロシアを敵にしないという決定をした。軍事的に欧州が努力する必要は何もない。米軍も欧州から撤兵した。

 安全保障を冷戦構造的にやってきた人から見ると、ものすごく困る状況だ。それで出てきたのが、ウクライナ問題。

 仕掛けていったのが、ヌーランド米国務次官補。夫はネオコンの(歴史家)ロバート・ケイガン。今、アメリカの中ではネオコンが国務省を乗っ取っている。ネオコンは、基本的に対立構造を求めている。ウクライナ問題は自然発生的に出てきた問題ではない。

 尖閣諸島も棚上げ合意という方法があって、これは、日中の間で合意しているので、本来的には紛争になるものではない。

 ところが、領土問題を利用することによって、日中の対立が深まる、日中の対立が深まれば、それは日本をより軍事的な方向に持っていくことができる。それはアメリカにとってプラスだという考え方がある。

ーアメリカにとって、都合がいい?

 そうだ。

 冷戦時代に、日本とソ連の間に領土問題を置けば、日本が自分たちが都合の良いように動いてくるーという報告をイギリス大使館が本国に出している。こういう考え方はイギリスには昔からある。

日米関係の注目は次の大統領選後

ー日米関係はどうなるか。

 (注目は)次の大統領選挙の後だと思う。

 共和党になれば、ものすごく好戦的な人が出てくる、これは間違いない。

 クリントンが大統領になれば、オバマよりは好戦的。オバマ本人は軍備を拡大しようとは思っていない。軍事(を推奨する)グループに抵抗する力はないから、彼らのいう通りにしなければいけないが、本人が率先しているわけではない。

 しかし、クリントンも含めて大統領候補になろうとする人は、本人が積極的に好戦的になろうとしている。だから、次の選挙には誰が出てくるかは分からないが、今よりは非常に好戦的になる。

 そういう意味で、(アメリカにとって)集団的自衛権を今やる意味がある。

ー将来、日本はこれからどうあるべきか?外交的により自立していくべきか。

 非常に大きな変動は中国の動きだ。GDPや購買力平価ベースではアメリカを追い抜いている。

 日本がどうこうすることとは関係なく、中国の経済力に従って、日本の対中政策の見直しが行われる。そのときに、当然のことながら、日米関係も変わる。

 流れ的にいうと、台湾が一番いい例だ。台湾は長い間、独立志向だった。西側との協力ということを一番重要視したが、最終的には独立はとっくの昔にどこかに行ってしまい、中国との経済をどうするかに台湾の繁栄がある、という方向に舵を切った。それと同じ流れが数年遅れで日本に多分、起きるのだろうと思う。

ー安保関連法案の話に戻ると、どうせ成立するのだから反対をしても意味がないという声を聞いた。

 (意味がないというのは)全く違う。

 反対という姿勢は、政権を揺さぶる可能性がある問題だ、として認識されるようになると、運用の段階で、変わってくる。

 法律があって、(自衛隊が)出る、というものではない。法律があって、米国が要請したときに、じゃあどういう判断をするか。そのときに安倍首相のときに政権を揺さぶられたが、とてもじゃないけど、私の政権ではそんな危ないものをやれないという雰囲気に、多分なると思う。

 女性週刊誌など、今まで、安倍批判はタブーだった。だけど(批判は)私たちが思っている以上に進んでいる。

ー日本の国民の中で、絶対戦争に行かせないという気持ちがこれほど強いとは、私自身、思わなかった。

 例えば、私は、ある大学の1年生300人ぐらいに、こういう質問をした。「あなたたちは戦争に行くことは絶対にない。自衛隊に入っていないから。しかし、あなたたちと同じ年代の人で自衛隊に入っている人たちがいる。この人たちは確実に、集団的自衛権で(海外の戦闘に)行ったら死にます。あなたたちは同情しますか、それとも、まあしょうがない、そんなに強くは同情しないか、どちらですか」、と聞いた。

 答えはどういう比率になると思うか?

ーピンと来ない、同情しないという人が多いのでは?

 と思うでしょう?ところが、全員が、同情だった。

ーそれは驚きだ。戦争反対の気持ちが強く、もし行って死んだらかわいそうということが若者の間に刷り込まれているのか。

 そうだ。そこはアメリカとは違う。

ーイギリスとも全然違う。

 アメリカは、富裕層と下層との認識が完全に分かれいて、富裕層は俺たちは戦争に行く必要がない、行くのは下の層・・・・。

ーイギリスもそうだ。ミドルクラスの人に聞くと、「志願兵だから、仕方ないだろう」という。同情心はあまりない。

 私もそうだろうと思った。しかし、質問したらみんな、「私たちは(戦争には)反対です」だった。後から一人やって来て、「だって私たちの友達で、(自衛隊として)行っている人がいるから」。

ー自衛隊には十分な実戦体験がないと指摘する人もいる。それで、怪我になったときも互いを十分に守れないと。

 私はそんな恐れはないと思う。自衛隊の人たちの適応能力は高く、世界の軍隊の誰よりも良い資質の人がいると思う。そう心配する必要はない。

 問題は、ものすごい量の精神的ショック受けた人が出てくる点だ。

 後方支援でやっていても生命がやられるわけだ。毎日毎日、死と向き合うという意識でないといけない。これは普通の人には耐えられない。相当に大きなショックが自衛隊の中に起きると思う。

ー70年間、一度も軍事的に人を殺したり殺されたりしたことがない・・・・。

 そうだ。防衛大学では学生同士で殴り合いは絶対に許されない。(もしそうしたら)退学だ。そういうカルチャーの中にいる。殴ることも許されないのに、人を殺すことへのハードルはものすごく高い。

ーそれでも今の自衛隊の対応力は十分と思うか。

 組織としては、対応できる。組織は上の人が判断して動かすが、個々人はものすごく、病んでいく。後方支援のストレスでそうなる。戦争の日常によって。

ーそうなったら、毎日が・・・

 恐怖との戦いだ。

アジアの「脅威」はどうする?

ー戦争で命を落とす兵士のニュースが頻繁にあるような国から来ると、日本では何もなくてどうやって国を守れるのかと心配になる面も。

 非常に簡単なことをある人が言っている。北朝鮮がなぜ今攻撃をしないか。攻撃をしないほうが得だから、しない、と。北朝鮮が攻撃をしたら、自分の国がなくなるわけだから。

 北朝鮮のように孤立している国でも、どこかの国を攻撃したらマイナスだということが分かっている。今の世界の指導者の中で、何処かの国を攻撃したら、利益になると思っている政治家というのは、まずないだろう。これは時代が共有する価値観だと思う。

 第2次大戦の後、世界は大きく変わった。

ー日本は今軍事的な脅威にはないのか。

 本質的には全然ない。全くない。

ー中国はどうか。

 アメリカの国防省の2012年の本によれば、中国の戦略は中国共産党の指導者によって決められる、と。これはいいだろう。中国共産党の指導者は、未来永劫的に指導層にいたいと思う。これもいい。指導層にいるためには、国民の支持を必要とする。これもいい。じゃあ、中国の国民にとって、一番重要なポイントは何かというと、自分たちの生活が日々良くなれば、共産党を支持する。

ー経済がモノを言う、と。

 ここもいいだろう。では、経済を良くするためには何が必要かというと、自分たちの作ったものが海外で売れなければいけない。海外で売れるためには海外と敵対的にはなれない。だから中国の基本的な戦略は、対外的に敵対的な行動はとらないことー。非常に論理的ではないか?

(取材日、7月10日)
by polimediauk | 2015-07-22 19:40 | 日本関連
月刊「新聞研究」3月号掲載の筆者原稿に補足しました。)

 イスラム教スンニ派過激主義組織「イスラム国」(イスラミック・ステート:IS、通常の意味の「国」ではない)による2人の日本人(湯川遥菜さんと後藤健二さん)の拘束事件と最悪の結末は筆者にとって大きな衝撃だった。

 1月20日、「イスラム国」グループは最初の動画をユーチューブに投稿し、身代金2億ドルの支払いを要求した。この動画を初めて英国のテレビで見たときのことを良く覚えている。オレンジ色のつなぎ服に身を包んだ後藤さんと湯川さんが砂漠に並んでいた。私は胃をぎゅっと誰かにつかまれた思いがした。

英国の体験

 英国はこれまでにもイスラム教過激主義グループが中東諸国にいる英国人を拘束し、身代金や政治目的での交換条件を要求する事件に何度も遭遇してきた。政府は身代金を支払わない方針を崩さず、「テロリストとは交渉しない」姿勢を(少なくとも建前上は)維持してきた。

 筆者が特に忘れられないのは2004年、イラクでジハード・グループに拘束された英国人ケン・ビグリー氏や、2005年、慈善団体で働いていたマーガレット・ハッサンさんのケースである。

 仕事でイラクにいたビグリー氏はオレンジ色のつなぎ姿で動画に登場し、「助けて欲しい」と訴えた。ハッサン氏も動画を撮影され、イラクにいる英軍の撤退を求めた。両者ともに拘束グループに命令された言葉を発しているのは明らかだった。

 家族や知人、友人、著名人を使った解放への訴えにもかかわらず、ビグリー氏は拘束から1ヶ月で、ハッサン氏も約1ヶ月後に拘束グループに殺害された。

 昨年夏、「イスラム国」のメンバーによって米国人ジャーナリスト、ジェームズ・フォーリー氏の斬首動画が公開された。夏から現在までに欧米人では5-6人、非欧米人(レバノン軍兵士、シリア軍兵士、クルド人兵士など)では数十人が残酷な手法で殺害され、動画がネット公開された。英国では国民2人がフォーリー氏と同様の手法で殺害されている。

 2月3日には、日本側が後藤さんとともに解放されることを望んでいたヨルダン軍の戦闘機パイロット、ムアーズ・カサーベス氏が殺害されたと見られる映像がネット上に投稿された。

 今回の日本人拘束・殺害事件は、その時々によって名前を変えてきたイスラム武装グループ(現在最も著名なのは「イスラム国」)による人質殺害事件の一つだった。

英国メディアの報道振り

 こうした経緯もあって、今回の日本人の人質事件を英メディアは連日、詳細に報じた。2人の経歴、家族の会見の様子、日本政府の動き、ヨルダン政府との交渉の行方などを特派員報告を中心に掲載した。

 ネット界でトレンドとなっていることを取りあげる「BBCトレンディング」(1月26日付)は、「アイ・アム・ケンジ」というハッシュタグが広がっていることや、いわゆる「クソコラ・グランプリ」について紹介した。後者は「イスラム国」の動画に出ていた人物をアニメや漫画を使った加工した画像の数々だ。

 ロンドン大学の講師グリセディス・カーチ氏は「ソーシャル・メディア上では2人がそもそもシリアに行くべきだったのかどうかについて、議論がある」と指摘した。

 BBCはウェブサイトで後藤さんについて充実したプロフィールを掲載した。NHKやテレビ朝日でのリポートにリンクが貼ってあり、ジャーナリストとしての後藤さんへの敬意がにじみ出た。

日本の安保政策の変更に注視

 英メディアが熱く注視するのは、今回のテロ事件をきっかけに日本の安保政策に変更があるかどうか、だ。

 英フィナンシャル・タイムズの知日派デービッド・ピリング記者(著書『日本‐喪失と再起の物語:黒船、敗戦、そして3・11』)は電子版1月28日付の記事で「平和憲法に基づいた日本の外交政策は今、転換期にある」と書いた。防衛専門家岡本行夫氏のコメントとして、「誘拐は日本国民に世界の不愉快な現実を顕在化させた。見せ掛けの中立性にもはや隠れているわけには行かない」を紹介している。

 「安倍首相にとって憲法の再解釈を行うための法改正は簡単ではなさそうだ」が、「後退は一時的だろう」とピリング氏は予想する。「世界は変わっている。中国は日本に対し領土権主張を求めてくる」、また米国は「いざとなったら、日本を守るために米国人の血を流すことはしないだろう」-。日本政府が「傍観する日々は終わりつつある」。

 FTの電子版2月2日付の社説「日本のテロへの反応は孤立であるべきではない」は軍事力の施行を待望する論調だ。

 記事は人質事件によって、日本国内で「受動的な国際上の役割を維持する声」が大きくなる可能性を懸念する。人質拘束後に、安倍首相が2億ドルに上る人道支援を中東諸国に提供すると確約したことで、首相の批判者たちが「タイミングが悪かった」「人質の状況を悪化させた」「日本はグローバルなプロフィールを大きくしようとしないほうがいい」と言いだした。「しかし」、とFTは続ける。この事件が「安倍首相が計画している憲法上の変化の土台を壊してはならない」。

 最後の段落はこのように終わる。2人の殺害は「例え平和主義の国であっても、イスラム戦闘勢力の心無い暴力から逃れられないことを示した。日本の反応は国際的なエンゲージメントに根ざすものであるべきで、新たな孤立であるべきではない」。「国際的なエンゲージメント」は、戦闘も含めてのテロ戦参加を望んでいることを意味するだろう。

 筆者は、ここまでFTが日本に軍事的な対応を求めていることを知って、いささか驚いた。

 ガーディアン紙のジャスティン・マッカリー記者も、電子版2月1日付記事で安保政策の行方を案じた。

 物事がいったん落ち着いた後で、安倍首相は「日本は地域内の安全保障の分野で、より大きな役割を果たす必要があると主張するようになるだろう」。

 テンプル大学のアジア研究部門のディレクター、ジェフ・キングストン氏は記事の中で、後藤さん殺害のニュースに「日本の国民は恐怖感を感じ、事態を理解する段階にいる。どのように世論が動くのかは不透明だ」。

 記事は同氏のコメントで終わる。「国民は安倍首相の安保政策や、反ISIS(「イスラム国」)勢力に参加することへの深い懸念を持っている」―。首相が望むようには物事が進まないのではないかと示唆して終わっている。

 さて、どちらの方向に進むのだろう?
by polimediauk | 2015-04-01 07:30 | 日本関連