小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

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カテゴリ:日本関連( 106 )

 16日、 安保関連法案が衆院を通過した。反対の声が日増しに強くなる中、今国会中に成立するのかどうか、大きな注目を浴びている。数人の識者に法案の評価、メディア報道、反戦デモについて聞いてみた。

 関連:内閣官房「平和安全法制などの整備について」「「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備についての一問一答」など。

 今回は、孫崎享氏にお話をうかがった。氏は駐ウズベキスタン大使、国際情報局長、駐イラン大使を経て、2009年まで防衛大学校教授。東アジア共同体研究所理事・所長。日米関係の戦後を綴った「戦後史の正体」(創元社)は22万部の売れ行きとなった。「日本の国境問題-尖閣・竹島・北方領土」(ちくま新書)などほかにも著書多数。最新刊は「日米開戦の正体」(祥伝社)。ニコニコ動画ツイッターで積極的に情報発信をしている。

 今回の安保関連法案の是非について考えるとき、日本の文脈だけで考えていては見えてこないものがあるのではないか、と思っていた。外務省の元国際情報局長で、米、英国、イランなど、世界を様々な視点から見てきた孫崎氏に、国際的な文脈を踏まえての視点を聞いてみたかった(取材日は7月10日)。以下はその一問一答である。論旨を明確にするため、言葉を整理した部分がある。

***

ソ連崩壊後の世界で

ー現在の安保関連法案をどう見ていらっしゃるか。

孫崎享氏:私は92-3年から(話が)スタートすると思っている。

  (1991年)ソ連が崩壊した。アメリカの軍需産業、作戦とか、戦略であるとか、武器であるとか、すべてがソ連と戦うために進んできた。ソ連が崩壊することによって、 もうアメリカの軍は要らなくなった。今後は経済に特化するべきであるという意見を、マクナマラ元国防長官などが言っていた。

 しかし、せっかく世界一になったので、この位置を維持したい、と考えた。その軍事を使って、アメリカの意図を政治に反映させていくという考えが主流になってきた。

 1992年に、こうした考えが一応完成し、93年のクリントン(民主党)政権にも引き継がれた。その後、共和党、民主党を超えて、ソ連崩壊後も米国の軍事力が展開されてきた。

 さて、ソ連がなくなったら、誰が「脅威」になるのか?当時は「脅威とはイラン、イラク、北朝鮮である」、という位置付けをした。

 しかし、イラン、イラク、北朝鮮といっても彼らはアメリカを攻撃するような力がないので、アメリカ側は積極的に相手に関与していくという路線を作った。それが今日まで続いているわけだが。

 アメリカにとって1990年代始めに一番脅威となったのは日本やドイツの経済力だった。ドイツと日本を蚊帳の外に置いたら、彼らは経済に特化するから、これを中に入れよう、という形が戦略になってゆく。

 じゃあ、日本をどうするかというと、日本には平和憲法がずっと続いているから、いきなり、日本を軍備に向かわせることはできない。だからまずは人道支援、災害救助、こういうところに自衛隊を使っていくことによって、軍隊が海外に出るアレルギーをなくしていこう、という動きが続いて、それが徐々に徐々に、1990年代、拡大していった。

 2002年ぐらいには、もうそろそろ自衛隊を軍備のほうに使っていいだろうという感じがアメリカの中に出てきて、それが日本政府には2004年ぐらいに明確な形で伝達される。こうして、2005年10月に、「日米同盟未来のための変革と再編」という文章ができる。

ーどんな形となったのか。

 国際的安全保障環境を改善する、という日米共通の戦略のために自衛隊を使う。その内容には、今の集団的自衛権で議論されているものがすべて入ってきている。

 例えば、秘密を守る法律を強化する、機雷の掃海を行う、後方支援を行うなど。2005年の時点で、日米が軍事的な関与をすることに。これは小泉首相が辞めて、小泉さんから安倍さんになった頃。安倍さんは第1回目の政権(2006年9月ー2007年9月)ではこの路線に非常に積極的に関与していく。集団的自衛権という言葉が、ここから出てきている。

 安倍さんはNATOに行って演説をした。私が防衛大学にいた時に、同僚の先生が数えたところ、安倍首相は「アフガニスタン」という言葉に13回言及していたという。アフガニスタンに入るという意思表示を既にしている。

 ところが先ほどの日米協力が重要だということで、こういう流れにはあまり反発はしなかったわけだ。

 安倍さんが首相を辞め、福田首相が就任した(2007年9月-08年9月)。福田さんは集団的自衛権の危険性をものすごく感じていた。具体的にアフガニスタンで協力をしてくれということを言われて、これを断っている。概念自体の集団的自衛権も断る、と。

ー福田首相の在任期間は短かったがー。

 次の自民党は短期政権で、民主党が政権党(2009年9月ー12年12月)になった。

 (日米の軍事協力についての)流れがいったん消えていたが、第2次安倍政権の発足(2012年12月ー)でまた出てきたーこれが現在までの流れだ。

ー今回の法案では、具体的にもっと自衛隊が関与できるように法制化することになったー。

 そうだ。集団的自衛権をやるといっても、実際に自衛隊を運用しなければいけないので、これまでは規制がかかっているから、その規制を取っ払わないといない、と。そういう作業が今、行われている。

ー特に新しいものではなくて、法律でしっかりとできるようにしてゆく、と。

 理念的には、出発点は93年で、日米間で方針が固まったのは2005年。その当時、憲法との関連はそれほどつけなかった。

憲法と関連付けて、国民が目を向け始めた

ーそれ以来、少しずつ、法律解釈などを変えることでやってきた、と。

 そうだ。そのようにしていれば、私は今度の法律も簡単に通ったと思う。

 ところが、安倍さんは政治的な野心があったから、自分は憲法に手をいれたという形にしたいと思って、この問題を憲法と関連づけてしまい、国民が目を向け始めた。

 9条に違反するという部分がクローズアップされて、今、かなりの批判勢力が出てきてしまった。

ー反戦を掲げる、いわゆるリベラル系の論壇は、それ以前の段階ではあまり声をあげなかった?

 黙っていた。勉強をしていないから。
 
 護憲派の一番の問題は、これまで、9条を守ることだけをやっていたこと。現実の政治の問題でどういう動きがあるのか、それを見ながら、一つ一つ、反論したり、問題点を提起したりという努力はせずに、9条だけ守ればいい、という姿勢だった。9条に抵触するようなことがあっても、勉強して問題点を提起するような流れまでには行かなかった。9条が残っていれば、それでいいんだ、と。

 そういう意味では、安倍政権やアメリカにとって一番良かったのは、憲法には手をつけない形でやってくれることだった。しかし、安倍さんに野心があったから、憲法にまで手をつけようとしてしまった。

 だから、今の関連法案というのは、もしも黙って法律を出してきたら、国民は全然反対しなかったと思う。憲法というものに関連づけてしまったから、 それが憲法に抵触するというので、いったい何が起きているのか、という形で反対が出てきた。

ー今回の法案が成立することで何が変わるのか。

 大きな違いがある。いろいろあるが、例えば今までは、自衛隊がイラクにも行ったが、これは特別措置法でやっている。法案が成立すれば,(海外派遣が)恒久法の下で行える。

ーいつでも行ける・・・。

 いつでも行けるようにしてある。

 概念的には、特別措置法で行っていたことを今回は恒久法で、というのは本来はそれほど抵抗がないはずだった。しかし、憲法と関連づけたので、国民はそんなことまでやるの、という話になってきた。

ー法律となれば、普通に海外派遣ができるようになる。

 私は、その時の政治的な空気に影響すると思う。例えば、「3条件」というのがあってー。

ー内閣官房のウェブサイトにある、「国の存立を全うし、国民を守るための切れ目のない安全保障法制の整備についての一問一答」に、「自衛の措置としての武力の行使の新3要件」が書かれている。これによると、(1)「我が国に対する武力攻撃が発生したこと、又は我が国と密接な関係にある他国に対する武力抗争が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること」、(2)「これを排除し、我が国の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないこと」、(3)「必要最小限度の実力酷使にとどまるべきこと」とある。

 安倍さんや安倍さんたちの周辺は、3条件を基本的にクリアできると思っている。あの3条件でできないことはない、と思っている。

 だが、一応3条件みたいなものがあるから、この問題がこれだけみんなの着目を浴びてきたら、今後の国民の反発の度合いによっては、そう簡単に実施はできないと思う。

 方便である3条件が、ある意味で実際上、有効なものになるかもしれない。

 よく、「関連法は成立するのだから、今さら抵抗してもしょうがない」という人がいるが、私はそうではないと思う。

ー確かに、私もそういう意見をよく耳にした。

 この問題に対する国民の反発が安倍政権の支持に影響を与える、ということが見えてくると、次の段階で実施する時にちゅうちょすると思う。

若者と女性の声

ーでは、反対の声を上げることは無駄ではない。

 全然、無駄ではないと思っている。

 非常に新しい動きは2つあって、今までの日本の(政府案への反対)運動のマイナスは、学生が動いていないこと、女性が動いていないこと。運動の展開に非常にエネルギーを欠いていた。だいたい反対というと60代以上の男性。ここにきて流れが変わってきた。

 「女性自身」と「週刊女性」が最近、同じようなタイトルで(安保関連法案について)書き出した。それも10ページの特集だ。一般人の関心事になってきたことを示す。1回火をつけると、どんどん広がってくる。

 学生さんの「シールズ」もある。

 今までとは違った雰囲気が出はじめた。

 ある週刊誌系の人と話していたのだが、「週刊文春」や「新潮」まで安倍批判を始めた。今までは、(大政)翼賛会みたいだったのが、ちょっと流れが変わってきた。

 もうすでに毎日新聞は政権批判の方が賛成を上回ったと言っており、実際に、政権批判の方がもう世論は強くなっている。

 今後反対の動向がどうなるかのターニングポイントに少なくとも来ていると思う。

ー反対運動は、もし法案が通ったとしても、実際の運用時に歯止めになる、と。

 歯止めになるし、通っても(実行できなくなる)。安倍政権が無理をしたということで、自民党政権の基盤がぐらついてくる。ぐらついてくれば、実行できるわけがない。

ー日本として海外派兵ができ、アメリカと一緒になってやることができるようになる状態というのは、これはいいことなのだろうか。

 いや、非常に悪い。

 一番簡単なことは、行く理由がないからだ。

ー海外派兵ができ、アメリカと軍事行動ができるようになると、アジアの他の国はどんな風に見るか。

 基本的には、アセアンは武力行使には消極的な地域だったが、中国の台頭の中で、ベトナムとフィリピンがかなり中国に対して好戦的な動きを出してきた。そういう中で、日本の軍事的な関与に対しては批判というよりは、中国にどう対応するかであって、全体として日本を批判するというふうには今はなっていないかもしれない。

 私は、ベトナムとフィリピンの動きというのは一時的だと思う。中国の経済力が圧倒的なわけだから、台湾と同じ路線をたどると思う。

 台湾は反中、独立志向だったわけだが、今は自分の国の生存は中国市場にあるということで、ベトナムもフィリピンもそのうちその方向に行くのではないかと思っている。

ー私が住むイギリスからすると、9条の憲法がある日本では、どうやって国を守っていくのかと不思議になる。

 冷戦が終わった時と今とは状況が違う。非常に大きな点として、西側に対しての攻勢があるわけではない。誰かが西側に対して攻撃があったから、西側がレスポンドしているのではなくて、自分たちの利害の為に戦争に行っている状況がある。

ー冷戦後にそうなった、と。

 そうだ。そういう意味で、西側が行動しなかったら、我々がやられるという状況ではないと思う。

 そういう中で、米国がなぜ軍事行動をしているのか。

 中東を見ると、大きな理由が2つある。1つはイスラエル寄りの政策を実行し、イスラエルの安全保障に向けて行動を起こしている。もう1つは、軍産複合企業体の利益、ということだと私は思っている。イギリスの保守層はアメリカと非常に密着している。

 イギリスの保守層から見ると、今のような議論(軍隊がないのにどうやって身を守る事ができるのか)が出ると思うが、国全体として日本がおかしいのではないかという考え方にはならないのでは。

ー自衛隊の能力について聞きたい。実戦に参加しなくても、十分に機能できるか。

 第2次大戦後の枠組みはそれ以前の枠組みから非常に大きく変化している。

 大きな枠組みの変化の1つは超大国同士では戦争できないということ。これは非常に大きな意味合いを持っていて、(米政治学者)ジョセフ・ナイが、私がハーバード大に研修に行っていたときに、戦争はどういうときに起きるか、と言って、それは、ナンバーワンがナンバーツーに覇権を脅かされる、そのようなときに戦争というものが起こってくる、と説明した。

 これに核兵器という問題が入ってきたので、核兵器で戦争をナンバーワンとナンバーツーがやると双方ともに破れてしまう。そこで、ナンバーワンとナンバーツーはどういうことがあっても戦争はできないという大きな枠組みが出てきた。

 2つ目は、イギリスが代表的だが、植民地経営というのは結局はマイナスだ、と。コストがかかって。ということだから、今の戦争でどこかの国がどこかの国を植民地にするような形の戦争というのはもうなくなってきたと思う。

 唯一残りは領土問題。これを戦争にしないような枠組みを作れば良いわけで、その努力をやれば、私は戦争は起きないと思う。

 例えば中国をどう見るかというときに、カザフスタンという国がある。石油やガスの、世界で5-6番の産油国だ。中国が一番欲しいものはエネルギーだ。じゃあ、カザフスタンをとってしまえばいいじゃないか、と。

 カザフスタンはアメリカと同盟関係にあるわけじゃない。軍事力が中国に対抗できるものではない。じゃあ何故とらないのか。

 答えはどういうことかというと、基本的に、中国も国際社会との連携によって発展しているわけだから、それにマイナスになることを行うことのほうが、とることによる利益よりも大きくなってきた。

 だから、軍事力でどこかがどこかをとるという時代では、私は基本的になくなっていると思う。

ーイギリスは古い考え方の国かもしれない。ずっと戦争をしている。自国ではなく他国に行って戦闘行為などを行い、常に干渉をしている。

 それを切り抜けたのがドイツだ。

 ではイギリスがどうしてやっているのかー。それは、戦争する層がいるからだろう。

ーイギリスメディアの論調を読んでいると、外国の中ではロシアや中国については、怖い事が起きている国というイメージを与える。東アジア地域においては、日本に一定の戦闘力を望む報道を見かける。

 欧州については、私はウクライナ問題というのは、アメリカのネオコンに仕掛けられたと思っている。

 今から3-4年前に、NATOが言葉の表現は別として、ロシアを敵にしないという決定をした。軍事的に欧州が努力する必要は何もない。米軍も欧州から撤兵した。

 安全保障を冷戦構造的にやってきた人から見ると、ものすごく困る状況だ。それで出てきたのが、ウクライナ問題。

 仕掛けていったのが、ヌーランド米国務次官補。夫はネオコンの(歴史家)ロバート・ケイガン。今、アメリカの中ではネオコンが国務省を乗っ取っている。ネオコンは、基本的に対立構造を求めている。ウクライナ問題は自然発生的に出てきた問題ではない。

 尖閣諸島も棚上げ合意という方法があって、これは、日中の間で合意しているので、本来的には紛争になるものではない。

 ところが、領土問題を利用することによって、日中の対立が深まる、日中の対立が深まれば、それは日本をより軍事的な方向に持っていくことができる。それはアメリカにとってプラスだという考え方がある。

ーアメリカにとって、都合がいい?

 そうだ。

 冷戦時代に、日本とソ連の間に領土問題を置けば、日本が自分たちが都合の良いように動いてくるーという報告をイギリス大使館が本国に出している。こういう考え方はイギリスには昔からある。

日米関係の注目は次の大統領選後

ー日米関係はどうなるか。

 (注目は)次の大統領選挙の後だと思う。

 共和党になれば、ものすごく好戦的な人が出てくる、これは間違いない。

 クリントンが大統領になれば、オバマよりは好戦的。オバマ本人は軍備を拡大しようとは思っていない。軍事(を推奨する)グループに抵抗する力はないから、彼らのいう通りにしなければいけないが、本人が率先しているわけではない。

 しかし、クリントンも含めて大統領候補になろうとする人は、本人が積極的に好戦的になろうとしている。だから、次の選挙には誰が出てくるかは分からないが、今よりは非常に好戦的になる。

 そういう意味で、(アメリカにとって)集団的自衛権を今やる意味がある。

ー将来、日本はこれからどうあるべきか?外交的により自立していくべきか。

 非常に大きな変動は中国の動きだ。GDPや購買力平価ベースではアメリカを追い抜いている。

 日本がどうこうすることとは関係なく、中国の経済力に従って、日本の対中政策の見直しが行われる。そのときに、当然のことながら、日米関係も変わる。

 流れ的にいうと、台湾が一番いい例だ。台湾は長い間、独立志向だった。西側との協力ということを一番重要視したが、最終的には独立はとっくの昔にどこかに行ってしまい、中国との経済をどうするかに台湾の繁栄がある、という方向に舵を切った。それと同じ流れが数年遅れで日本に多分、起きるのだろうと思う。

ー安保関連法案の話に戻ると、どうせ成立するのだから反対をしても意味がないという声を聞いた。

 (意味がないというのは)全く違う。

 反対という姿勢は、政権を揺さぶる可能性がある問題だ、として認識されるようになると、運用の段階で、変わってくる。

 法律があって、(自衛隊が)出る、というものではない。法律があって、米国が要請したときに、じゃあどういう判断をするか。そのときに安倍首相のときに政権を揺さぶられたが、とてもじゃないけど、私の政権ではそんな危ないものをやれないという雰囲気に、多分なると思う。

 女性週刊誌など、今まで、安倍批判はタブーだった。だけど(批判は)私たちが思っている以上に進んでいる。

ー日本の国民の中で、絶対戦争に行かせないという気持ちがこれほど強いとは、私自身、思わなかった。

 例えば、私は、ある大学の1年生300人ぐらいに、こういう質問をした。「あなたたちは戦争に行くことは絶対にない。自衛隊に入っていないから。しかし、あなたたちと同じ年代の人で自衛隊に入っている人たちがいる。この人たちは確実に、集団的自衛権で(海外の戦闘に)行ったら死にます。あなたたちは同情しますか、それとも、まあしょうがない、そんなに強くは同情しないか、どちらですか」、と聞いた。

 答えはどういう比率になると思うか?

ーピンと来ない、同情しないという人が多いのでは?

 と思うでしょう?ところが、全員が、同情だった。

ーそれは驚きだ。戦争反対の気持ちが強く、もし行って死んだらかわいそうということが若者の間に刷り込まれているのか。

 そうだ。そこはアメリカとは違う。

ーイギリスとも全然違う。

 アメリカは、富裕層と下層との認識が完全に分かれいて、富裕層は俺たちは戦争に行く必要がない、行くのは下の層・・・・。

ーイギリスもそうだ。ミドルクラスの人に聞くと、「志願兵だから、仕方ないだろう」という。同情心はあまりない。

 私もそうだろうと思った。しかし、質問したらみんな、「私たちは(戦争には)反対です」だった。後から一人やって来て、「だって私たちの友達で、(自衛隊として)行っている人がいるから」。

ー自衛隊には十分な実戦体験がないと指摘する人もいる。それで、怪我になったときも互いを十分に守れないと。

 私はそんな恐れはないと思う。自衛隊の人たちの適応能力は高く、世界の軍隊の誰よりも良い資質の人がいると思う。そう心配する必要はない。

 問題は、ものすごい量の精神的ショック受けた人が出てくる点だ。

 後方支援でやっていても生命がやられるわけだ。毎日毎日、死と向き合うという意識でないといけない。これは普通の人には耐えられない。相当に大きなショックが自衛隊の中に起きると思う。

ー70年間、一度も軍事的に人を殺したり殺されたりしたことがない・・・・。

 そうだ。防衛大学では学生同士で殴り合いは絶対に許されない。(もしそうしたら)退学だ。そういうカルチャーの中にいる。殴ることも許されないのに、人を殺すことへのハードルはものすごく高い。

ーそれでも今の自衛隊の対応力は十分と思うか。

 組織としては、対応できる。組織は上の人が判断して動かすが、個々人はものすごく、病んでいく。後方支援のストレスでそうなる。戦争の日常によって。

ーそうなったら、毎日が・・・

 恐怖との戦いだ。

アジアの「脅威」はどうする?

ー戦争で命を落とす兵士のニュースが頻繁にあるような国から来ると、日本では何もなくてどうやって国を守れるのかと心配になる面も。

 非常に簡単なことをある人が言っている。北朝鮮がなぜ今攻撃をしないか。攻撃をしないほうが得だから、しない、と。北朝鮮が攻撃をしたら、自分の国がなくなるわけだから。

 北朝鮮のように孤立している国でも、どこかの国を攻撃したらマイナスだということが分かっている。今の世界の指導者の中で、何処かの国を攻撃したら、利益になると思っている政治家というのは、まずないだろう。これは時代が共有する価値観だと思う。

 第2次大戦の後、世界は大きく変わった。

ー日本は今軍事的な脅威にはないのか。

 本質的には全然ない。全くない。

ー中国はどうか。

 アメリカの国防省の2012年の本によれば、中国の戦略は中国共産党の指導者によって決められる、と。これはいいだろう。中国共産党の指導者は、未来永劫的に指導層にいたいと思う。これもいい。指導層にいるためには、国民の支持を必要とする。これもいい。じゃあ、中国の国民にとって、一番重要なポイントは何かというと、自分たちの生活が日々良くなれば、共産党を支持する。

ー経済がモノを言う、と。

 ここもいいだろう。では、経済を良くするためには何が必要かというと、自分たちの作ったものが海外で売れなければいけない。海外で売れるためには海外と敵対的にはなれない。だから中国の基本的な戦略は、対外的に敵対的な行動はとらないことー。非常に論理的ではないか?

(取材日、7月10日)
by polimediauk | 2015-07-22 19:40 | 日本関連
月刊「新聞研究」3月号掲載の筆者原稿に補足しました。)

 イスラム教スンニ派過激主義組織「イスラム国」(イスラミック・ステート:IS、通常の意味の「国」ではない)による2人の日本人(湯川遥菜さんと後藤健二さん)の拘束事件と最悪の結末は筆者にとって大きな衝撃だった。

 1月20日、「イスラム国」グループは最初の動画をユーチューブに投稿し、身代金2億ドルの支払いを要求した。この動画を初めて英国のテレビで見たときのことを良く覚えている。オレンジ色のつなぎ服に身を包んだ後藤さんと湯川さんが砂漠に並んでいた。私は胃をぎゅっと誰かにつかまれた思いがした。

英国の体験

 英国はこれまでにもイスラム教過激主義グループが中東諸国にいる英国人を拘束し、身代金や政治目的での交換条件を要求する事件に何度も遭遇してきた。政府は身代金を支払わない方針を崩さず、「テロリストとは交渉しない」姿勢を(少なくとも建前上は)維持してきた。

 筆者が特に忘れられないのは2004年、イラクでジハード・グループに拘束された英国人ケン・ビグリー氏や、2005年、慈善団体で働いていたマーガレット・ハッサンさんのケースである。

 仕事でイラクにいたビグリー氏はオレンジ色のつなぎ姿で動画に登場し、「助けて欲しい」と訴えた。ハッサン氏も動画を撮影され、イラクにいる英軍の撤退を求めた。両者ともに拘束グループに命令された言葉を発しているのは明らかだった。

 家族や知人、友人、著名人を使った解放への訴えにもかかわらず、ビグリー氏は拘束から1ヶ月で、ハッサン氏も約1ヶ月後に拘束グループに殺害された。

 昨年夏、「イスラム国」のメンバーによって米国人ジャーナリスト、ジェームズ・フォーリー氏の斬首動画が公開された。夏から現在までに欧米人では5-6人、非欧米人(レバノン軍兵士、シリア軍兵士、クルド人兵士など)では数十人が残酷な手法で殺害され、動画がネット公開された。英国では国民2人がフォーリー氏と同様の手法で殺害されている。

 2月3日には、日本側が後藤さんとともに解放されることを望んでいたヨルダン軍の戦闘機パイロット、ムアーズ・カサーベス氏が殺害されたと見られる映像がネット上に投稿された。

 今回の日本人拘束・殺害事件は、その時々によって名前を変えてきたイスラム武装グループ(現在最も著名なのは「イスラム国」)による人質殺害事件の一つだった。

英国メディアの報道振り

 こうした経緯もあって、今回の日本人の人質事件を英メディアは連日、詳細に報じた。2人の経歴、家族の会見の様子、日本政府の動き、ヨルダン政府との交渉の行方などを特派員報告を中心に掲載した。

 ネット界でトレンドとなっていることを取りあげる「BBCトレンディング」(1月26日付)は、「アイ・アム・ケンジ」というハッシュタグが広がっていることや、いわゆる「クソコラ・グランプリ」について紹介した。後者は「イスラム国」の動画に出ていた人物をアニメや漫画を使った加工した画像の数々だ。

 ロンドン大学の講師グリセディス・カーチ氏は「ソーシャル・メディア上では2人がそもそもシリアに行くべきだったのかどうかについて、議論がある」と指摘した。

 BBCはウェブサイトで後藤さんについて充実したプロフィールを掲載した。NHKやテレビ朝日でのリポートにリンクが貼ってあり、ジャーナリストとしての後藤さんへの敬意がにじみ出た。

日本の安保政策の変更に注視

 英メディアが熱く注視するのは、今回のテロ事件をきっかけに日本の安保政策に変更があるかどうか、だ。

 英フィナンシャル・タイムズの知日派デービッド・ピリング記者(著書『日本‐喪失と再起の物語:黒船、敗戦、そして3・11』)は電子版1月28日付の記事で「平和憲法に基づいた日本の外交政策は今、転換期にある」と書いた。防衛専門家岡本行夫氏のコメントとして、「誘拐は日本国民に世界の不愉快な現実を顕在化させた。見せ掛けの中立性にもはや隠れているわけには行かない」を紹介している。

 「安倍首相にとって憲法の再解釈を行うための法改正は簡単ではなさそうだ」が、「後退は一時的だろう」とピリング氏は予想する。「世界は変わっている。中国は日本に対し領土権主張を求めてくる」、また米国は「いざとなったら、日本を守るために米国人の血を流すことはしないだろう」-。日本政府が「傍観する日々は終わりつつある」。

 FTの電子版2月2日付の社説「日本のテロへの反応は孤立であるべきではない」は軍事力の施行を待望する論調だ。

 記事は人質事件によって、日本国内で「受動的な国際上の役割を維持する声」が大きくなる可能性を懸念する。人質拘束後に、安倍首相が2億ドルに上る人道支援を中東諸国に提供すると確約したことで、首相の批判者たちが「タイミングが悪かった」「人質の状況を悪化させた」「日本はグローバルなプロフィールを大きくしようとしないほうがいい」と言いだした。「しかし」、とFTは続ける。この事件が「安倍首相が計画している憲法上の変化の土台を壊してはならない」。

 最後の段落はこのように終わる。2人の殺害は「例え平和主義の国であっても、イスラム戦闘勢力の心無い暴力から逃れられないことを示した。日本の反応は国際的なエンゲージメントに根ざすものであるべきで、新たな孤立であるべきではない」。「国際的なエンゲージメント」は、戦闘も含めてのテロ戦参加を望んでいることを意味するだろう。

 筆者は、ここまでFTが日本に軍事的な対応を求めていることを知って、いささか驚いた。

 ガーディアン紙のジャスティン・マッカリー記者も、電子版2月1日付記事で安保政策の行方を案じた。

 物事がいったん落ち着いた後で、安倍首相は「日本は地域内の安全保障の分野で、より大きな役割を果たす必要があると主張するようになるだろう」。

 テンプル大学のアジア研究部門のディレクター、ジェフ・キングストン氏は記事の中で、後藤さん殺害のニュースに「日本の国民は恐怖感を感じ、事態を理解する段階にいる。どのように世論が動くのかは不透明だ」。

 記事は同氏のコメントで終わる。「国民は安倍首相の安保政策や、反ISIS(「イスラム国」)勢力に参加することへの深い懸念を持っている」―。首相が望むようには物事が進まないのではないかと示唆して終わっている。

 さて、どちらの方向に進むのだろう?
by polimediauk | 2015-04-01 07:30 | 日本関連
 安倍首相が26日、靖国神社を参拝した。英国のメディアはこれをどう報じたのだろうか?

 私はいま東京滞在中で、ネットで記事を読むぐらいなのだが、若干紹介してみたい。

 英BBCの報道の1つには、「中国が日本の安倍晋三首相の靖国参拝を非難」という見出しがつく(後で更新されるかもしれないが、日本時間の夜中12時頃のバージョンを使った)。

 その後の流れは以下のようだ。

***

 中国と韓国は戦争犯罪者を含む日本の戦没者が祭られている神社を参拝した日本の安倍晋三首相を非難した。

 韓国は「嘆かわしい」行為に激怒すると述べ、中国は参拝を「絶対に受け入れられない」として、日本の大使を呼びつけた。

 日本の隣国は靖国参拝を第2次世界大戦における日本の軍国主義の象徴と見る。

 米国高官らは参拝がこの地域の「緊張感を悪化させた」と述べた。

 中国、日本、韓国は東シナ海の領域をめぐって、いくつもの論争の渦中にある。

 紛争のために、どの国でも国粋主義的感情が熱を帯びている。

―「自省」

 安倍首相による参拝は現役の首相としては2006年の小泉首相以来で、その様子はテレビで生中継された。

 「中国、韓国の人々の気持ちを傷つけるつもりは、全くありません」と安倍首相は述べている。参拝は不戦の行為であったという。

 官邸によれば、首相は私人として参拝しており、政府を代表したわけではないという。

 しかし、その後間もなくして、中国は北京の日本大使を呼び、「強い抗議」の意を伝えた。

 中国のQin Gang外務省広報官は、「日本の指導者の行為を深刻に非難する」と述べた。

 「参拝は2国関係の向上に、大きな政治的な障害をつくる。日本は参拝が引き起こす結果全てに責任を持つべきだ」。

 中国の怒りは韓国や台湾でも繰り返された。台湾のデービッド・リン外務大臣は日本に対し、自省や隣国の感情を傷つけないよう求めた。

 20世紀初期、日本は軍国主義の国家に変貌した。天皇は神としてあがめられた。

 日本は台湾、韓国半島、中国の大部分を占領した。

 第2次世界大戦中、日本の帝国軍はアジア東部や南東部で残虐行為を行った。例えば、韓国の女性を性の奴隷とし、中国で虐殺を行った。

 上記の隣国は日本がその犯罪を償うために十分なことをしていない、歴史をごまかそうとしているとして、頻繁に不満を表明してきた。

―A級戦犯

 靖国神社は19世紀半ば、戦争で亡くなった男性、女性、子供を追悼するためにできた。

 神社にはこうした人々のなきがらが収容されているが、遺族が敬意を払うために向かう象徴的な場所となっている。

 現在、250万人の戦没者を「英霊」と称して祭っている。その多くが民間人だ。

 しかし、第2次大戦の戦犯となった数百人も祭られている。

 いわゆるA級戦犯となる14人――戦争を計画した人々――もこの中に含まれている。1948年、戦争犯罪で処刑された、参謀総長東條英機も入っている。

***

 以下は、上記の記事についている、BBCの特派員ルパート・ウイングフィールドヘイズ氏の分析だ。

―「神社が中国や韓国にとって侮辱的な存在なら、何故安倍首相は参拝したのか

 まず第一に、安倍氏がそうしたかったからだ。首相を深く観察してみると、その心は国粋主義者であり、歴史的修正主義者だ。日本の戦時の指導者たちを有罪とした裁判は「戦勝国による裁き」であったと見ている。

 安倍氏の祖父であった岸信介氏は、戦時内閣に入っており、A級戦犯の疑いで米国に逮捕された。後で釈放された。しかし、中国での日本の戦争犯罪に関わりがあったという汚点は完全には消えなかった。

 次に、安倍氏の支持ベースは自民党の右派勢力であることが参拝の理由だ。東京のテンプル大学のジェフ・キングストン教授によれば、安倍氏は「自分がタフ・ガイ(強い人物)であることを見せている」、中国を怖がっていないことを示しているのだという。こういう姿勢は、安倍氏を支持する人々に受けがいいのだ。

***

 英ガーディアン紙の見出しは「日本の安倍晋三が、戦死者の神社参拝によって隣国との緊張関係を危険にさらす」。

 内容はー:

 日本の首相安倍晋三氏が東京にある、論争がある戦争神社(注:靖国神社のこと)に参拝し、中国を激怒させている。

 丁度1年前に2度目の首相になった安倍氏は、7年前に靖国を参拝した小泉純一郎氏以来初めて現役の首相として参拝した人物となった。

 安倍氏は、アジアでの戦時中の行動についての「自虐的な」罪悪感を日本は終結する必要があると述べたことがある、保守派の人物だ。2006年9月からの最初の首相就任時に、最初の年に参拝しなかったことを残念に思うと発言したことがある。

 26日の参拝は中国と韓国から予想通りの怒りを引き起こした。この2つの国は、靖国が日本の軍国主義の強力な象徴であると見ている。政治家による靖国参拝を、20世紀の前半に中国や韓国半島の一部で行った残虐行為について日本が罪滅ぼしをしていない証拠ととらえている。

 「中国政府は、日本の指導者が中国やその他の犠牲となった国々の人々の感情を踏みにじったこと、歴史的正義への公然とした挑戦であることに強い憤りを表明する・・・そして、日本に対する強い抗議と深刻な非難を表する」とする声明文を中国外務省が発表した。

 中国外務省広報担当Qi Gang氏は、続けて、「日本の指導者の行動に強く抗議し、深刻に非難する。日本の指導者の靖国参拝の本質は、軍事的侵略と植民地支配の歴史を美化するものだ」。

 ロイター通信によれば、韓国は、参拝を日韓の絆に損害を与える、嘆かわしく時代錯誤的動きだと述べた。

 「私たちは、この参拝についての遺憾と怒りを差し控えることができない」と、韓国の文化・スポーツ・観光担当大臣ヨー・ジン・リョン氏が述べている。参拝は時代錯誤的な行為だ、と。

 靖国神社は19世紀後半以降、戦争で亡くなった250万人の日本人に敬意を表している。連合国による裁判でA級戦犯とされた、戦時の指導者数人もこの中に入っている。

 安倍首相は中国や韓国の人々の感情を傷つけるつもりは「まったくない」と述べている。

 「靖国参拝については、戦犯を崇拝するものだと批判する人がいますが、私が安倍政権の発足した今日この日に参拝したのは、御英霊に、政権1年の歩みと、二度と再び戦争の惨禍に人々が苦しむことの無い時代を創るとの決意を、お伝えするためです」。

 「国のために戦い、尊い命を犠牲にされた御英霊に対して、哀悼の誠を捧げるとともに、尊崇の念を表し、御霊安らかなれとご冥福をお祈りしました。貴重な人生を犠牲にした戦死者に経緯を表すために祈り、安らかに眠られるようにと願いました。靖国神社への参拝については、残念ながら、政治問題、外交問題化している現実があります」、「中国、韓国の人々の気持ちを傷つけるつもりは、全くありません」。

 後で発表された声明文で、安倍首相はこう続けた。「靖国神社に参拝した歴代の首相がそうであった様に、人格を尊重し、自由と民主主義を守り、中国、韓国に対して敬意を持って友好関係を築いていきたいと願っています」。

 安倍氏の参拝は日本と隣国との絆にもっと損害を与えると見られている。日本は中国とは東シナ海の戦略的に重要な場所にある複数の島――日本では尖閣といい、中国では釣魚島ーーを巡って、韓国とは、韓国では独島と言われる竹島の領有権を巡って長期の対立状態にある。

 安倍首相は今年、中国と韓国を怒らせてもいる。一般的になっている、日本がアジア本土で侵略戦争を起こしたという見方を疑問視したからだ。日本の隣国はまた、日本の自衛隊(注:原文は「軍隊」)を強くしようという最近の計画や、自衛隊が海外でもっと積極的な活動ができるようにするために日本の平和憲法を改正しようという動きについても、神経質になっている。

 安倍氏の靖国参拝が米国を困惑させたと見る人もいる。米国は日本と隣国との関係の良好化を願っているからだ。

 「(安倍首相は)おそらく、大丈夫だと思っているのだろう。比較的人気があるし、信念をもってそうしている」と上智大学の中野晃一教授(政治学)が話す。「小泉首相の場合は、彼が修正主義者・国粋主義者ではないことをみんなが知っていた。安倍首相はどうなのかと、人々は疑問に思っていた。その答えが、今出た」。

***

 参考:安倍首相談話「恒久平和への誓い」(全文)
by polimediauk | 2013-12-27 01:07 | 日本関連
 ホームレスの人が販売している雑誌「ビッグイシュー」日本版が創刊されてから、10年になるそうです。

 今まで続いてきたことを記念して、10周年のイベントが複数開催されます。


 ビッグイシューから送られてきたメールの内容を以下に貼り付けます。

***

 10周年記念イベント:その4/ジョン・バード氏と日本人若手社会起業家たちが語る「社会を変える仕事をしよう~社会的起業を通して見えてきたこと」

 今から22年前、1991年に雑誌『ビッグイシュー』はロンドンの街角でスタートしました。その2年後にはINSP(国際ストリートペーパーネットワーク)が立ち上がり、今では世界100カ国以上にメンバー誌がある「貧困問題の解決」のためのネットワークへと成長しています。そのムーブメントの創始者であるジョン・バード氏に「英国における社会的起業のいまとそれを取り巻く社会の状況」などについてお話をいただきます。

 そして、そんな彼と若い日本人社会起業家3人に、それぞれの起業のきっかけやビジネスを続ける中で見えてきた課題などをお話しいただいた後、パネルディスカッション、フロアも一緒になってのディスカッションを行います。その後、当日の司会者の料理研究家の枝元なほみさんに軽食をプロデュースいただいた懇親パーティもあります。レアでアットホームな集いにしたいです。

日時:2013年9月4日(水)18時~21時半
場所:UBS証券株式会社 会議室
東京都千代田区大手町1丁目5番1号大手町ファーストスクエア イーストタワー12階
登壇者:ジョン・バード氏(ビッグイシュー創始者)/永岡鉄平さん(株式会社フェアスタート代表取締役)/白木夏子さん(株式会社HASUNA代表取締役)/岩瀬香奈子さん(株式会社アルーシャ代表取締役)
司会者:枝元なほみ(料理研究家・チームむかご主宰、ビッグイシュー基金理事)/佐野未来(ビッグイシュー日本東京事務所長)
参加費:3500円(懇親パーティ参加費含む)
定員:100名
お申込方法:以下のフォームよりお申し込みください。
http://goo.gl/AAlzTd
申し込み締め切り:8月30日(金)
主催:(有)ビッグイシュー日本
助成:大和日英基金
協力:UBS (UBS証券株式会社、UBS銀行東京支店、UBSグローバル・アセット・マネジメント株式会社)

お問い合わせ:ビッグイシュー日本東京事務所(03-6802-6073)
http://www.bigissue.jp

 ☆以下のイベントも残席あります!☆

 ・9月1日(東京)浜 矩子さん×萱野 稔人さんの対談と講演「これからの日本を考える」&交流会。
 ・9月2日(大阪)[THE BIG ISSUE創始者] ジョン・バード×ビッグイシュー販売者「社会的な排除&包摂に取り組むビッグイシューのいま、これから」
 「すべての人に居場所と出番のある社会」を考える。

 詳細は以下のリンクをご覧ください。
 http://www.bigissue.jp/anniversary.html


by polimediauk | 2013-08-08 16:53 | 日本関連
 毎日のように次から次へとニュースが発生するので、やや遠い事件のようにも思えるが、今年1月から3月ぐらいまで、アルジェリア人質事件で犠牲者の実名をいつどのように報道するかで大きな議論が起きた。

 この件について、月刊冊子「メディア展望」4月号(新聞通信調査会発行)に思うところを書いた。以下はそれに若干補足したものである。

 この問題については、電子雑誌「ケサラン・パサラン」14号に浅野健一同志社大学大学院教授が論考(アルジェリア犠牲者報道問題だけではない 日本メディアの問題点 「実名報道」による「報道被害」を放置・容認してもよいのか?)を寄せている。教授の記事をご参照いただければ、より理解が深まるように思う。 

 なお、この問題については賛否両論の論点がひとしきり、出尽くしたと思う。私は賛成派と反対派の溝に注目した。長いので、強調したい部分は太字にした。

***
 
日揮とテロ事件
大手メディアは実名、ネットは匿名支持 
人質死亡事件で大論争に

 今年1月中旬、アルジェリア・イナメナスの天然ガス精製プラントで、イスラム武装勢力による人質拘束事件が発生した。アルジェリア軍による掃討作戦で日本人10人を含む外国人多数が死亡する痛ましい結果となった。これに付随して、日本国内では犠牲者の実名報道の是非について、大きな議論が沸き起こった。実名報道をジャーナリズムの基本に据える大手メディアと、遺族の感情に配慮して、匿名も可とする国民との溝の深さが露呈した。

 本稿では、この2つの考えの溝に注目した。匿名を支持する国民の声の中にはマスコミへの大きな不信感が垣間見えた。何故こうした不信感が出るかの検証は大手新聞、テレビ界の将来にとっても、極めて重要と思える。

 ここで取り上げる「国民の声」は、主としてネット空間で発された言論だ。国民全体を代表するとは言えないかもしれないが、時代の変化に敏感に反応するネット利用者の発言は考察の対象に値する。

 実名報道が問題視された経緯、諸外国の事例、匿名報道が原則のスウェーデンの例などを紹介したい。

―英国は遺族の意向を尊重

 事件発生から一ヶ月ほどの経緯を、英国の視点から振り返ってみる。

 アルカイダ系武装勢力「イスラム聖戦士血盟団」がアルジェリア南東部イナメナスの西南に設置されたガス精製プラント(アルジェリアのソナトラック、英BP、ノルウェーのスタトイルなどによる合弁事業)を襲撃したのは、1月16日のことである。日本企業日揮の社員、派遣社員などもここに勤務していた。アルジェリア人、外国人など多数が人質となった。17日からアルジェリア軍が掃討作戦を開始する。21日までに武装勢力の駆逐に成功するが、この間、日本人10人を含む30余人が命を落とした(3月末の判明時点)。

 人質の数や国籍、その後の死亡者の情報は刻々と変化した。キャメロン英首相が「英国人3人が死亡」と述べたのは、事件発生から4日後の20日であった。このとき、個人名は出さなかった。BP側は「18人がプラントに勤務していたが、身元情報はプライバシー保護と家族の依頼で公表できない」と同日のウェブサイトで述べた。

 21日には、海外での英国人の身元情報を管理する英外務省が、遺族の同意を得て、犠牲者の個人名の一部を公表した。この日から、英メディアは独自取材で亡くなった英国人の実名を報道していく。外務省は自らが個人情報を出すのではなく、メディアが取材して分かった情報を外務省に問い合わせ、外務省が遺族の確認をした後、問い合わせに返答した。

 BPが亡くなったBPの従業員3人の名前と経歴をウェブサイト上に出したのは28日だ。4人目は「身元情報を出せない」とした。4人目の名前を公表したのは2月12日である。同日、BBCは、英国側の犠牲者は7人(BP関係者4人とほか3人)であったと報道した。

 ここまでの話が少々細かくて恐縮だが、全員の実名が出るまでに、事件発生から一ヶ月弱かかったということだ。

 2月4日には、外務省が報道陣に向けてメールを流し、翌週の英国人2人の犠牲者の葬式への取材を控えること、遺族や関係者への取材ではプライバシーに考慮するよう呼びかけた。

 毎日新聞(2月2日付)によると、政府が犠牲者名を発表したのは米国、フランス、アルジェリアである。

 「米国務省は(1月)21日に米国人犠牲者全員(3人)の実名を発表。しかし、国務省は『遺族のプライバシーを尊重し、これ以上のコメントはない』と付け加えた」という。

 フィリピン政府は遺族の意向で犠牲者の名前を公表せず、メディアは独自取材で実名報道した。ノルウェーは「行方不明5人(その後全員死亡確認)の名前を企業(スタトイル)が発表した」。

 各国によって対応にばらつきがあること、遺族の意向やプライバシーが重要視されていることが分かる。


―日本では実名報道の是非が大問題に発展

 1月16日の人質拘束から翌日のアルジェリア軍による攻撃作戦、これが終了する21日までの数日間は、作戦の意図、経過、人質の人数、国籍、犠牲者数などの重要情報が錯綜した時期である。

 正確な事態把握が困難な中、日本では政府や日揮が犠牲者の身元情報を出さないことへの不満感がメディア側に募っていたようだ。週刊「新聞協会報」(1月29日付)から政府・日揮側とメディアとの対立の経過を拾ってみる。

 「事件発生から5日後の(1月)21日、日揮の日本駐在員7人(筆者注:後に10人と判明する)の死亡が確認された」、官房長官が同日の会見で「ご家族や会社の方々との関係もあるので、(氏名の公表は)控えさせていただく」と説明。翌22日、内閣記者会が「官邸報道室を通じ被害者の氏名・年齢公表を文書で申し入れた」。この日、朝日新聞が一部の犠牲者氏名を報道している。

 政府が亡くなった10人の氏名を公表したのは、「遺体を乗せた政府専用機が羽田空港に到着した25日。内閣記者会の常駐する記者室に貼りだし、国会記者クラブ、国会映放クラブ、国会民放クラブにファックスで送信した」。この後で会見した官房長官は、「遺体の帰国後、家族と対面するタイミングを捉え、政府の責任の下に公表することが適当」と判断したと説明した。年齢、出身地、住所は「遺族の意向」で発表しなかった。

 日揮の川名浩一社長が同日、会見を開き、「政府発表以上の詳細な情報の発表は差し控えたい」と語っている。「本人、家族や遺族にこれ以上のストレスやプレッシャーをかけてはならないという考えが根底にある。この考えは決して変わらない」と述べている。「決して」と言う部分に固い決意が見て取れる。3月末の時点で、日揮自身からの被害者氏名の公表は実現していない。

 メディアによる被害者情報の開示要求は、21日前後から、思わぬ反響を呼んだ。国民の代表としての情報開示要求だったが、ネット利用者を中心とした国民の側は遺族への配慮をより重要視し、マスメディアへの反発が膨らんだ。

 実名報道の是非についての対立が明瞭になった1つの例が、1月21日、毎日新聞社会部長小川一氏がマイクロブログ・サービス「twitter」でつぶやいた発言である。「亡くなった方のお名前は発表すべきだ。それが何よりの弔いになる。人が人として生きた証は、その名前にある。人生の重さとプライバシーを勘違いしてはいけない」。これに対し、「そっとしておいてほしい」(yokorocks)、「報道機関っていうのはホント悲しみを食い物にして視聴率や部数で利益を欲しがる、そんな強欲なセイブツなんだろうか?」(northfox_wind)というツイートが続いた(表記は原文のまま)。

 22日、犠牲者の一人の甥、本白水智也氏が自分のブログで、「実名を公表しない」という約束で対応した朝日新聞の取材にもかかわらず、掲載された記事には実名とフェイスブックの写真が「無断で掲載されていた」と書いた。「ただでさえ昨夜の発表(注、叔父の死の政府発表)を受け入れるのが精一杯の私たち家族にとって、こんなひどい仕打ちはありません。記者としてのモラルを疑います」と批判した。

 23日、本白水氏は「叔父の子供が住むマンションに報道各局が押し寄せ」、「近隣に迷惑をかけて」いる、「やめてくれ」とツイートし、同日、朝日新聞社長にあてた抗議の書簡を出した。

 同じ日、ITジャーナリストとして著名な佐々木俊尚氏(元毎日新聞記者)が自分のブログで、先の小川氏のツイッターに間接的に触れ、「新聞記者は『一人の人生を記録し、ともに悲しみ、ともに泣くため』などと高邁な理想で被害者の実名報道の重要性を語るけれども、実際にやっているのはメディアスクラムで遺族を追い掛け回しているだけ」、と書いた。Twitterで17万人を超えるフォロワー(Twitterの呟きを追う人)を持つ佐々木氏の発言は、ネット界で大きな影響力を持つ。

 この日の夜、テレビ朝日のニュース番組「報道ステーション」が、当時分かっていた7人の犠牲者の名前を報道した。日揮の要請を受けて、政府は犠牲者の名前を公表していなかったが、「喜怒哀楽を抱えて生きてきた人生」が「断ち切られてしまった」その無念を「お名前で伝えさせていただく」と司会者が前置きをしての報道だった。この実名公表の決断は、ネット空間で大きな批判の嵐を呼び起こした。

 一方、24日付の産経新聞記事では、岡田浩明記者が、政府が死亡者の氏名や年齢を公表しないでいることについて「説明責任の観点から情報隠蔽(いんぺい)の批判にさらされかねない」と書いた。

 こうして、25日の政府による正式発表以前、マスコミ側の焦燥感は募るばかりとなった。

 同じ頃、Yahooのニュースサイトに設けられたクイックリサーチ(簡単な質問にウェブサイト上で答える仕組み)によると、「氏名を公表すべきだ」が1万6335票(約30%)、「公表すべきではない」が3万7241票(約70%)で、ネットユーザーの圧倒的多数が「公表すべきではない」を支持していた。

 元産経新聞ロンドン支局長で現在はフリージャーナリストの木村正人氏は、実名報道を求める報道機関と集団的過熱取材による報道被害を懸念する市民感覚との「かい離」を、自分のブログ(23日付)で指摘した。

 同氏は同日付で数本の投稿を行い、その中の1つ(「僕は『Aさん』では死にたくない」)では、「みんなで泣き叫んだり、怒ったり、笑ったりする記憶を共有する社会は『匿名』の中からは生まれてこない」と書いた。

 一連の木村氏のエントリーには多くの否定的な意見が寄せられた。「悲しんでいる遺族の所にマスコミがメディアスクラムを組んで押しかけるのは許されない」、「遺族が否定する犠牲者の氏名をマスコミは何の権利があって公表するのか」など。

 木村氏は、「高度経済成長を経て、次第に個人の権利意識が高まり、プライバシー保護が重視されるようになった」現在、「匿名発表」や「匿名報道」が市民権を受けるようになったのに対し、マスコミは「なぜ実名報道を原則とするのか」の「十分な説明を怠ってきたのではないか」と問いかけた。

 全国の新聞社が加盟する日本新聞協会は、2006年末に出版した小冊子「実名と報道」の中で、実名報道の意味を、「訴求力と事実の重み」、「権力不正の追及機能」、「被害の事実と背景を広く訴える」、「実名の尊厳」(氏名は人が個人として尊重される基礎)として挙げる。

 実名報道の現状を英国に留学して研究した経験を持つ共同通信の澤康臣記者(ニューヨーク支局次長)は、「ニュースは社会に生きる一人一人が何をし、何に巻き込まれたかを記録し伝えるもの。どんな人でも社会と歴史の主人公だというのが実名報道の立場だと思う。でもそれは時に大変残酷で、申し訳ない面を持つ。それを重く受け止め謙虚に取り組むべきだ」と筆者に語る。

 実名公表の是非議論を通して、メディアスクラムに対する一般市民の嫌悪感、メディア報道への不満が一気に噴出したが、時事通信社会部の柴田裕之記者は「新聞協会報」の署名記事(3月5日付)の中で、一連のメディア批判は必ずしも正しくなかったのではないかと疑問を投げかける。

 同氏は、犠牲者や生存者を独自取材で割り出す取材を続けたこと、慎重に遺族取材を進めたことを記す。日揮側の「遺族にストレスを与えたくない」としたコメントがネット上で「断片的に引用され」、「メディアスクラムを既成事実化する書き込みが散見された」と指摘し、「事実と異なるメディア批判の呼び水になったとすれば残念というほかない」と書いた。

―スウェーデンでは

 犯罪事件の被疑者、被告人を匿名で報道するのがスウェーデンだ。
 
 月刊誌「Journalism」(2009年5月号)に掲載された、高田昌幸氏(当時北海道新聞記者、現在高知新聞記者)の現地取材によると、スウェーデンでは、「政治家・公務員、大企業経営者らが職務に関して犯罪や不正を働いた場合を除き、一般私人の犯罪は判決確定まで、ほとんど匿名で報道する」のが常だという。

 高級紙スベンスカ・ダーグブラーデットの編集局次長は「名前や現場住所を抜いても詳細な報道はできるし、読者は容疑者氏名を知らずとも、事件の背景、問題点は理解できる」と高田氏に語り、大衆紙アフトン・ブラーデットの編集局次長は、「司法のプロセスをきちんと伝えるのが報道の役割だ」、「容疑者逮捕は警察の仕事であってメディアの仕事ではない」と述べた。

 英国では、報道する側つまり記者の署名記事も含め、事件事故報道でも実名報道が原則だ。ただし、性犯罪の被害者及び18歳未満の未成年が加害者になった場合にのみ、匿名となる(重大事件は別)。実名報道の歴史があるので、事件発生時には実名が出るという認識が社会の中で共有されている。

 国際的な犯罪事件、テロ事件が発生すると、英外務省・政府は外部に公式に出す情報について非常に慎重になる。犠牲者、負傷者情報の公表は、家族・遺族の了解後になるが、必ずしも自らは情報を出さない。今回は、BPの犠牲者について正式に情報を出したのはBP自身であった。

 BPによる氏名発表(3人分)は、先述したが、1月28日。日本政府の25日発表と比較し、遅れること3日である。BPによる同社の最後の犠牲者の名前は2月12日に発表されている。その一方で、1月21日ごろから英メディアは遺族の協力を受けながら、氏名を報道している。

 「実名報道が実現したかどうか」と言う点において、日本も英国も最終的結果は一緒になった=実現した。しかし、英国では、遺族やプライバシーに配慮しながら、公表内容や時期をずらすことはなんら報道の自由とは衝突せず、むしろこうした配慮がなされることが当然と考えられていたという点で、政府による実名報道の(早急な)公表を迫り、「権力と対峙するメディア」という争点を作ったように受け取られてしまった、日本の場合と一線を画したように思う

―匿名社会は何をもたらすか

 共同通信の澤記者は、「日本のネット社会はとりわけ匿名で出来事を記述する志向が強い」と語る。「ウィキペディアの同じ項目で(英語版では実名が入っている場合でも)日本語版は匿名になっていることがあるのは特徴的だ」。

 同氏の観察によれば、「日本は既に匿名記事やモザイク映像が英米に比べ極めて多く、だから『匿名で社会に参加できる』という考え方が広まった可能性がある」、「取材に応じてくれた方に名前を出すことのお願いすらせず匿名記事にする記者が増えていると聞いて驚いた」。

 もし、日本で匿名化があらゆる報道に拡大した場合、行き着く先はどうなるのだろう?

 澤氏は、著書「英国式事件報道 ―なぜ実名にこだわるのか」の中で、公開の場所から人の名前が消える「匿名社会」は、市民の共感、そして連帯をも妨げる」のではないかと指摘した。

 民主主義社会で「主権者である私たちが主権者として行動するため欠かせない『知る』ということを提供」する存在としてジャーナリズムを捉える澤氏は、メディアと国民(=私人)とのあるべき関係をこのように説明する。

 (民主主義社会の中では)「観客とステージがつながっているかのように、どんな『私人』であっても誰もが意見を言い、意見を求められる。その中にあって記者は、つらい立場の人を気遣いながらも、声の小さな人や少数派である人ほどに多くの意見を言ってくれるよう促し、励ます存在でありたい。それも衝立の向こうではなく、こっちに来て話してくれませんか、と。私たちの社会で生きる隣人、一人一人の人間としての同僚市民に心を寄せ、お互いの声を響かせあうマス・コミュニケーションとなるために」。

 氏名公表をめぐる大手メディアの実名の主張と国民の間のマスコミ批判や匿名志向との「溝」を埋めるためには、この「社会で生きる隣人、一人一人の人間としての同僚市民に心を寄せ」る努力が、いま一度必要なのではないだろうか。
(終)
by polimediauk | 2013-05-01 06:38 | 日本関連
 新聞通信調査会が発行する月刊冊子「メディア展望」の4月号に、アルジェリア人質問題をめぐる実名報道について、寄稿しています。

 ご関心のある方は、調査会のほうにメールなどでお問い合わせくださると幸いです。

 一定期間を置いた後、ブログなどでも補足した分を掲載しようと思いますが、この問題、本当に随分と議論を巻き起こしましたよね。これほど、2つの意見が平行線をたどったケースも珍しい感じがします。

 犠牲者の実名を出すかどうか、いつ出すかで議論百出でしたが、2つ、海外に住む自分からは目立つ点がありました。

 それは、(1)英国の知人・友人の間では衝撃が伝わりにくかったことと、(2)実名報道支持派と非支持派の意見の大きなギャップです。

 私はこの問題が論争になったことだけでも、ジャーナリスティックな意味でとても興味深いケースだと思い、英国の知人・友人や英語媒体の編集者などと話してみたのですが、「大きな論争になった」ということには興味が引かれたようでしたが、ほとんどの人が「何故問題になるのか、分からない」と言っていました。もちろん、知っている人の中だけの反応ですので、全体を示しているわけではないのですが。

 英国では実名報道が基本で、匿名になるのは例外のみ(未成年者の保護、性的被害者の身元、あるいは裁判官が報道禁止令を出したときなど)なので(日本もほぼそうであるとは思いますが)、実名を出すときの考慮、出されたくないという思いなどへの共感度が低いのかもしれません。

 今回のケースの場合、犠牲者の名前を出すときに遺族への配慮が英国では(=政府レベル)十分にあったように思います。遺族の意思を無視して、という感じはなかったと思います。

 一般的に、事件事故報道で、実名が出るというのが慣習になっていますので、遺族の側も「そういうものだ」という意識があるようです。

 (2)の実名支持派と非支持派の間の溝はものすごく深いと今回感じました。何故なのかな、と。

 私自身は、今回のケースに限っては、「すぐに実名を出す必要はなかった」という側にいます。

 実名報道を支持する側の意見をじっくりと読みましたが、最後まで、「ケースバイケースでいいじゃないか」と思わざるを得ませんでした。四角四面の話ではないようなー。(もっと重要なのは、アルジェリアとテロの話じゃないか、ともー。日本人が巻き込まれるようになっていることへの実態をどうするのか、など。)

 一方、ネット上で、マスコミ嫌いの声がたくさん出て、目や耳を覆いたくなるような表現に出くわしました。ショックでした。「この人たちは、一体何を憎んでいるのだろう」と考えました。

 日本のマスコミが、世界の中でも特に行儀が悪い、執拗に対象を追いかけすぎるから・・・という見方もできますが、それだけでしょうか。

 メディア嫌いというよりも、社会の既得権をもつ人たち=エスタブリッシュメントへの憎しみもあるのかどうか。こんなに憎むのは、マスコミへの信頼感・期待度が高いせいなのか、と。逆説的ですが、「こんなもんだよ」と期待が低ければ、暴言を吐くほどの情熱もないのではないかと思ったからです。

 とにかく、溝は深い。この溝を何とかしなければ、マスコミの将来は危ないーそんなことを考えながら、原稿を書きました。

***

 電子雑誌「ケサランパサラン」14号に、浅野健一同志社大学大学院教授が、この問題について論考を寄せています(アルジェリア犠牲者報道問題だけではない 日本メディアの問題点 「実名報道」による「報道被害」を放置・容認してもよいのか?)。

 浅野先生は「繰り返される実名報道の犯罪性」について述べています。実名報道の英国で生きる私にとって、考えてみたい論点がいくつもありました。

 
by polimediauk | 2013-04-02 02:44 | 日本関連
 大震災・原発事故以降のマスコミ報道について、色々な方からコメントをいただきました。コメント紹介の後半部分です。

***

新サイト「byus」(バイアス)のco-founder、デザイナー
山田寛仁さん


ーマスコミ不信はいつごろ生まれたと感じていらっしゃいますか?

 私は震災以前、“ニュース”に対して強い疑問を抱く事はありませんでしたが、「スキャンダルや不祥事といった内容が過度に扱われ、世論が変に傾いたまま“事件が起こっては過ぎ去る”という事が淡々と繰り返している。」といった認識はありました。ただ、多くの人がマスゴミと揶揄しながらも、報道内容を信用しないというまでにはなっていなかったと思います。

 どちらかというと、そのマスコミに振り回されないようにするために“ニュースと一定の距離を置く”という事をしていたかもしれません。

 私は以前、広告制作会社に勤めており、マスと受け手側の不都合な関係を作る側にいたので“マスコミュニケーション”自体に関しては以前から不信感を感じていました。

 本当に必要なことよりも、利益をより多く求める為に盛られていく情報、飾られるコンテンツ。そしてそれによって踊らされる消費者。このマスコミュニケーションの構図への疑問、不信感は震災前にも自分の中に強く持っていました。

ー大震災の前後で、大きく変わったという実感はありますか?

 震災後でマスコミ/マスメディアが大きく変わったという印象はありません。ただ、多くの“受け手側”に立つ人達の意識が変わり始めるきっかけにはなったと実感しています。

 様々な職業、立場によって伝えるべき/伝えられるべき情報は変わり、現状のような誰かが特定の一つの立場からマスコミを通して情報を発信する以上、その情報には偏りが生じており、私が感じたマスコミへの疑問感は抜けないと思います。

 むしろ、その発信された情報をもって私たち一人一人が考えなければいけません。情報が足りなければそれを得るためにマスメディア以外の情報を得るなど、行動しなければいけない状況になったのだなと多くの人が気づいたと思います。

ーもしそうである場合、なぜだと思いますか? 

 震災当時は多くの人がTwitter,Youtubeやfacebookなどのインターネットを用いたメデ ィアを使って必要な情報を得る為に模索しました。インターネットにも未だ多くの問題はありますが、マスメディアでは流れてこない、マスメディアを待っていては遅い情報が、これらのメディアを通して手に入れる事ができました。

 これによってマスコミの構造の不完全さを体験しました。

 メディアが間違った情報を提供してしまう事もありました。CNN は福島原発が水蒸気爆発を起こした際、宮城で行っていた生中継内でアナウンサーが一目散に逃げる場面を報道したり、放射能の影響で一部の地域での水が「contaminated = 汚染されている」という言葉をつかって報道してしまい、国外からの評価を大きくマイナスの方向に傾かせたと思います。

 これによってマスコミが伝える情報の不明確さを体験しました。

 そして、原発が爆発し、多くの人が今の場所を離れなければ「命」に関わるかもしれない状況なのにも関わらずマスメディアを通して政府が発表した内容はあまりにも不明確でした。

 また、会見の際にも、記者クラブという特定のジャーナリストしか入れないなどという権力構造が見えたり、ジャーナリストと政治家、政治家とジャーナリストとの癒着が幾度となく浮かび上がり、どこを信用したら良いのかわからない状態になりました。その疑いは今でも多くの人が持ったままだと感じます。

 これによってマスコミと政府、企業の関係が織りなすプロパガンダを体験しました。

 これらの事のどれか1つだけでも感じると、一気に信用していた情報のインフラが崩壊します。

 しかし、今回のような当事者性の高い出来事では、判断の責任は自分にまわってくることになるので、多くの“受け手”側だった人の意識が変わったのだと思います。

ーbyus さんの立ち上げには震災報道が関連していますか?

 弊社は震災前、小さなサイドプロジェクトとして考えていました。ですが、震災での経験から byus の意義と必要性を強く感じ、共同創業者に声を掛け、多くの人へ価値を提供するべく、他メディアと同じ土俵に立ち、会社として立ち上げることを決心しました。

 一つ、byus の立ち上げの想いを決心に変えた体験があります。 

 私は震災翌日から CNN と行動を共にし、被災地に入り通訳としてスタッフと共に行動していました。私や関わっている現地のドライバー含め、報道の現場に一度も関わった事のない人達が初めて体験した被災地の現場はあまりにも強烈で、余震が続く中、食べるものも無く、シャワーも使えない状況での緊迫した空気を今でも強く覚えています。

 毎日一日中、被災地を様々な場所へ向かい取材をしていました。

 そんな中、報道していてある事に気づきました。「救援が足りなさ過ぎる。」

 私が被災地に入る前にマスコミやネット上で言われていた情報は、「阪神・淡路大震災の時はボランティアが来すぎて渋滞を起こし、自衛隊や救急隊が現地に入れず助からなかったケースが多かった。だから被災地にいくな、彼らに任せろ。」というものが多かったのですが、どう見てもおかしい。

 東北 3 県をまたぐ程の規模の津波での被害、それを自衛隊や救急隊だけに任せても絶対に足りない。

 今誰も居ないこの状況で一刻も早く物資を届けなければ助かる命も助からなくなってしまうと感じました。

 ちょうどその時現地での食料を確保する為に東北のドライバーさんに 2t トラック分の食料を積んで仙台に向かってもらう手配をしていました。

 僕でも連絡次第でこういった手配ができるのに、他のNPO などの団体は動いていないのかあまり見当たらず、不思議でした。

 その中で、堀江貴文さんが他の twitter ユーザーの「都内で買い占めて被災地に送る人…なんてほぼいないよなぁ…。」というつぶやきに「届ける手段無し」という引用ツイートをしていたので、「秋田から 2t トラックでスーパーの中の物買い占めて仙台向かってますが、遠過ぎると不可能でしょうか?」と引用ツイートすると、「正直言って悪いが、意味ないよ」とツイートされました。

 そのツイートを見た多くの方々から、いろんな批判や罵倒を頂きました。

 阪神・淡路大震災を経験した議員さんのブログや、震災経験者の方々からのつぶやきで、「その善意は無駄になり、逆に被災した人の迷惑になる。」というものでした。

 自分の見ているものと、冷静に外から考えた場合にこれほどのギャップがあるのかと驚いたのと、自分の判断が間違っているのかと悩みましたが、答えは時が過ぎるごとに明確になっていきました。現地の、当事者である人達の声が届いていなかったのです。

 少しインフラが回復し、インターネットや電話回線もつながるようになると南相馬市のYoutube動画が最たる例ですが、被災地の困窮した状況は明確になっていきました。

 そのすぐ後から、多くのNPOが立ち上がり、多くの人が東北に実際に足を運び、活動し始めたのはみなさんがご存知の通りです。

 「愚者は経験から学び、賢者は歴史から学ぶ」という言葉がありますが、「今」や「本人」をしっかり見ずに「歴史/過去」のみで判断することは、同じくらい愚かで、盲目だと私は確信しました。

 この体験がきっかけとなり、マスと消費者、政府と国民、人と人のコミュニケーションの穴に潜む問題を解決できるメディアを立ち上げたいという想いが決心にかわりました。

 いろんな立場、当事者の人達の意見をもちより、それを自分で考えるきっかけを作る事。

 それを通して双方への偏見を無くす事が、これから起こる出来事に対するよりよい判断への鍵だと震災での体験を通して学ばされました。震災で亡くなられたの多くの方々の犠牲の上で、私は大切な事に気づかされました。

 東日本大震災で亡くなられた方のご冥福と、未だ行方不明の方々の全員発見と、今も避難を続けている被災者の方々の一日も早い安定した生活を、深くお祈り申し上げます。

***

早稲田大学
森治郎教授

 一言でいうと「不信が増幅された」ということですが、それには正当なものと「厳しすぎる」ものとがあるように思います。

 ご承知の通り、原発事故についてはメルトダウンの事実、それがちゃんと機能していれば早期に住民を避難させることができるかもしれなかったのに機能しなかったSPEEDI事故の隠蔽など、さまざまな事実が発表されませんでした。したがって報道されませんでした。メディアの追及が甘かった、 あるいは非力であったと思います。そのことが多くの人たちから「メディアも政府と結託していた」と批判・非難されました。しかしその原因のかなり は「追及の甘さ、取材力のなさ」にあったように思います。その意味では批判の多くは「買いかぶり」に根ざしたものであるといえるように思いま す。

 もう1つはSNSに比べての情報量の少なさでしょうね。それもある側面では既存のメディアにはない機能をSNSが持ったからこそでしょう。なお、 ある側面とは、目下のところSNSは「たまたま目撃したり知っていた」ことの交換による情報の伝播であり、目撃のないところでの情報発掘において 既存メディアを超えることができるかどうかについては今後を待たなければならない、ということです。

 震災とその後の展開によってメディアは自らの至らなさ(政府情報のうのみ、政府や企業との癒着あるいは癒着寸前の友好関係、取材力の弱さなど)を 痛感したように思います。したがって自らに鞭打つ姿勢と粘り強い取材が見えました。

 ところが日本のメディア(だけではなく社会全体にある)の1つ の性格である「のど元過ぎれば熱さ忘れる」で、政府の原発・エネルギー政策についても「経済姿勢のためには仕方がない」といったムードに乗ったり かき立てたりという傾向が現れてきています。また報道内容も「震災で家族を亡くした人」や「涙をふるって立ち上がる人たち」のお涙ちょうだい的な ものが多く、事故原因や再建策について冷静綿密に追究した報道はあまり見あたりません。やもちろんさまざまな例外はありますが、全体としては元の木阿弥状態になりつつあるように感じています。(さまざまな例外の「例」として朝日の長期連載「プロメテウスの罠」や中期連載「原発とメディ ア」、NHKの検証ドキュメントがあります)。

***

英ガーディアン紙東京特派員ジャスティン・マッカリー

 参考になる記事として、デービッド・マックニールが書いた記事を挙げておきます。

-大震災の後、マスメディアに対する日本国民の見方は変わったと思いますか?

 どこに住むかによって、その答えは変わってくるでしょう。福島に限って言えば、マスコミへの批判が強くなった感じがします。それは、東電や政府の言うことを鵜呑みにしたからです。

 私が2-3週間前に福島に行った時、最も心配の種になっていたのは、全国メディアがもはや福島のことに関心を抱いていないということでした。何周年とかそういうとき以外は、です。福島で会った何人かは、今や福島の問題を報道し続ける海外メディアに頼るしかないと言ってました。

―どういう風にして、人々のマスコミに対する視線が変わったのでしょうか?

 1つ目の質問の答えにも含まれていますが、手短に言うと、メルトダウンや東電のやり方について独立した報道ができなかったからです。このため、大手メディアに対する信頼感が薄れたのだと思います。報道されていることと、実際に発生したことの間のかい離が見えたわけです。

 といっても、国全体がこの面で変わったということはあまりないようです。いかなる形の調査ないし、新聞の編集幹部による自省にもつながっていないからです。NHKは破壊の様子を人々に伝える素晴らしい仕事をしましたが、福島原発をめぐるコンセンサス、つまり「単純な事故だった、誰が悪いわけでもなかった」という考えに挑戦することは怖くてできないように見えました。

 30万人の避難民の様子や除染がなかなか進まないことはよく報道していたとは思いますが(特に朝日新聞など)、危険なのは、時が経つにつれて、報道しなくなることです。(小林訳)

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学生ブロガー
坂田航(わたる)さん

(1)マスコミ不信(もしあるとすれば)はいつごろ生まれたと感じていらっしゃいますか?

 不信は原発事故の詳細が明らかになり、ネットに出ている専門家や海外からの情報との食い違いが鮮明になってきた頃からでてきたのではないだろうか。そのきっかけをつくったのはフリージャーナリストだ。自らの取材とマスメディアの報道内容を比べることで報道に遅れが出ていることや虚偽があることを指摘し、問題の本質を明らかにしていったことが大きい。

(2)震災、原発事故を通して、国民のマスコミに対する見方は変わったと思いますか?

 変わった。変化には2通りの変化があったことが言える。

 まず1つがマスメディアつまり新聞・テレビなどの既存メディアに対する関わり方だ。恣意的であったかどうかは別にして、マスメディアは当初当局が確認できた信ぴょう性の高い情報しか出さず、専門家や技術者による想定を報道せずに国民への注意喚起を怠った。後になって当局は情報をきちんと出していなかったことが発覚し、当局の発表をそのまま記事にしていたマスメディアは国民に大非難を浴びることになった。そして国民はマスメディア経由の情報入手を中心としつつも、放射能汚染や原発事故などの情報に関してはインターネットで流される専門家や海外からの情報をよく見るようになった。

 一方、インターネットを基盤としたブログ、ソーシャルメディアへの期待が高まった面は大いにある。多くの人々がマスメディアを中心として情報を入手していたが、危機管理の手段としてのマスメディアに期待感が減少し、専門家や海外からの情報が多く掲載してあるウェブサイトを参照する機会が増えたように感じる。

 ただ放射能や原発事故、デモ等の情報以外に関してはマスメディアへの依存が多くある。国民の中でのマスメディアへの信頼は変わらず大きいためだ。しかしそうではないリベラル派の人々は東京新聞や「週刊金曜日」といった、マスメディアの媒体である新聞・雑誌を基盤としたメディアを購読する傾向もある。

 そして「インターネットには正しい情報は載っていない」とするかつての神話は日本の中で崩れたようにも感じる。若者を中心としたデジタルネイティブ世代はインターネットの可能性に早くから気が付き情報入手の手段としていたが、それ以上の世代はネットを基盤としないマスメディアを情報の中心としていた。しかし震災によりメディアとしてのインターネットに注目が集まると、多くの人々が積極的に情報の送受信を始め、メディアとしてのインターネットの地位が確立された。

 マスメディアについては、「大本営発表」と批判を浴びたことやインターネットのメディアとしての地位が確立されたことで自らの報道を見直す姿勢が出てきたように感じる。インターネット上に上がっているTwitterからの意見も多くマスメディアが取り上げる場面が見られるようになり、マスメディアとソーシャルメディアの融合が少しずつではあるが進みつつあるようにも見受けられる。

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 ありがとうございました。
by polimediauk | 2013-03-18 19:11 | 日本関連
 非営利組織「欧州ジャーナリズムセンター」のウェブサイト用に、大震災・原発事故以降、日本のマスコミに対する人々の見方は変わったのかについて、寄稿する機会がありました(15日付で掲載。)

 フェイスブック、ツイッター、電子メールでの急な取材依頼にコメントを下さった皆さん、本当にありがとうございました。この場を借りて感謝します。

 スペースほかの理由から、すべてのコメントを入れることができず、あまりにももったいないので、ブログなどでの公開を許可いただいた方の分を、掲載させていただきます。

***

BLOGOS
編集長大谷広太さん

―マスコミ不信はいつごろ生まれたと感じていらっしゃいますか?

 私は1981年生まれですが、今振り返ると、むしろ昔の方が過激な番組制作、報道(たとえば、犯罪被害者、加害者への取材とプライバシー問題)が多かったように思います。そういった表現の自主規制はじわじわと厳しくなっているように思います。

 一方、いわゆる「ウソ・大げさ・まぎらわしい」というような表現、報道への不信感は、やはりインターネットの普及によってより増幅されたように思えます。

 テレビ業界においては、視聴者離れと、それに由来する制作費削減のスパイラルが厳しいがゆえの問題ある表現、報道が指摘されていると思いますが、そうしたことも含めて、インターネットの普及によって、一部の人しか知らなかった、既存メディアの"お約束"、取材の裏側、制作の裏側などが、どんどん拡散されるようになってしまったこと、そして、既存メディアがカバーしきれなかった情報が見えやすくなってきたのだと思います。

 こうした変化は、直感的には2000年くらいから、より表面化したように思います。

ー大震災の前後で、大きく変わったという実感はありますか? もしそうである場合、何故だと思いますか?

 どの既存メディアも、それぞれの立場で、懸命に報道をしようとしていたのではないかと思います。

 地方でおきた災害であることから、全国紙に対する地方新聞、全国ネットのテレビ・ラジオに対する、コミュニティFMの意義などが見直されるキッカケになったのではないでしょうか。

 また、ソーシャルメディアによって、メディアがカバーできないミクロで多様な一次情報や意見が、しかもリアルタイムで広がったことで、ソーシャルメディアの可能性が一斉に目に見えるようになり、相対的にその地位が高まったように思います。

 原発事故関連は、今も様々な議論がなされていますが、あまりにも専門的だったり、事故との因果関係が学術的にはっきりしない事象も多く、大手メディアだけでなく、ネット・ソーシャルメディアでも、それぞれに過大だったり、誤った情報が流れてしまったこともないとは言えないとおもいます。

 また、これをきっかけに、政府・官公庁・企業の情報公開のありかたが厳しく問われるようになったとも思います。

ーBLOGOSと既存マスコミのとの違いはどこにあったと思いますか?(以前に、震災時にヒットがたくさん出たとおっしゃっていましたよね。)

 著作権の問題であれば漫画家、ミュージシャンなど、評論家的ではなく、社会問題に直結する現場の立場からの発言が、やはり共感や説得力を生むのではないかと思います。

 たとえば、これはブロガーの記事ではありませんが、私が取材させていただいた、若手官僚のインタビューは、とても大きな反響を呼びました。

「キャリア官僚だって人間」
ー30歳元キャリア官僚の語る霞ヶ関の実態
 

 官僚と言えば、既存メディアでは何かと批判の対象になりがちですが、一方で、実際に現場で真摯に働いている方々の声を聞く機会はあまりにも少ないと思い、実施しました。読者から、「知らなかった」「そうだったのか」という声をたくさん頂戴しました。

 また、最近では、「テレビではこの部分の発言が取り上げられましたが、本来の主張はこうです」と、ブログやソーシャルメディアでしっかりと、補足、説明を行う政治家の方も増えてきたように思います。

 どうしても、既存メディアでは、わかりやすく要約することで、端的なイメージばかりで語られてしまうことが多いお話も、本人の声を通すことで、理解が進むのではないかと思っています。

***

世界のジョニーさん @zyonysan

 はじめまして、意見あります、ほんとうのこと伝えないではないですかーもう被爆者ですよ。

 何よりテレビはフクイチ事故を隠蔽し続け、プルトニウムもストロンチウムも一切触れない。この方が桁違いに悪質な犯罪ではないのか!

***

グッチのぐちさん @gucchi2797

 知りたいのは、事実だけでいい。記者のくだらない解説がいらないことがよく分かった。ネットで十分。それじゃまずいんだろうけど。

 二月に50年以上取っていた朝日新聞をやめた。全く困らないので、妻と驚いている。たまに、朝日や読売や毎日を購入しているが、ニュースで特に読まなければならないところがない!

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宮前ゆかりさん @MiyamaeYukari

 この話題には大変興味があります。日本の報道機関、特に主要全国紙新聞(読売、朝日、毎日)に対する信用はガタ落ちです。 @ginkokobayashi 3・11の震災・原発事故後、日本のジャーナリズム(あるいはメディア報道)に対する見方が変わった・・・と思われた方、もし関心がある方

 米国でも同様のことが起きていて、ワシントンポスト紙やニューヨークタイムズ紙の「ジャーナリズム」への信用もドンドン落ちている。>宮:日本の報道機関、特に主要全国紙新聞(読売、朝日、毎日)に対する信用はガタ落ち @ginkokobayashi

***

大森 玲さん、大学生 、23歳

 3.11以降、「大切なのは、メディアを使いこなすことだ」と思うようになりました。

 目で見たこと・書き言葉だけが現実のすべてではない、事実はひとつではない、ということ、報道に自分の経験や視点、調べた事実などをプラスして、現実を捉えることが大切なのだなと。

 また、ジャーナリストの、組織にいるからこその窮屈さも知りました。「ペンは剣より強し」と言いますが、日本では、“ペン”に自由は許されていない。そして、その“ペン”の自由を奪い、陰で操っている“剣”に対して、怒りを抱くようにもなりました。(“剣”とは権力であり、権力とは企業、つまりお金です。)

 「新聞や雑誌などの、“完結しているメディア”には、その裏で多くの権力が働いている」、そういう事実を知った今でも、その“完結しているメディア”を捨て去ることは難しいです。なぜならそれが、(たとえ制限がある中で行われたものだとしても)「ひとつの編集されたもの」であるからです。

 わたしは、閉鎖的なムラ社会をこじ開け、風通しをよくするための道具としてインターネット上でのメディア報道には期待感を抱いています。

 しかし、インターネット上での自由な活動ができるのは、(多くの場合)それが匿名の下に行われるからです。

 「なんの企業的組織にも属さず、何も失わない」、そういう立場にいなければ、きかない自由です。そういう世界では、あふれる情報の量は当然、膨大なものになります。

 その膨大な量の報道から、可能な限り現実に近い事実をすくい取ることができる力量や視点(それも、ありとあらゆる分野に対する)、それを受け取る側がもっているかというと、自信をもって「イエス」とは言えないです。

 ありとあらゆる分野に対して、つねに自分の経験や視点、調べた事実をプラスすることは難しく(正直に言えば、面倒くさく)、完結しているもの、パッケージングされたもの、編集されたもの、そういうものを受け取るほうがずっと楽なのです。

 だからこそ、「メディアを使いこなす」ということが大切である現実に対する意見を外へ発信するよう求められたときに、目の前にあるメディアだけから影響を受けて、自分の意見をつくりあげるのはよくない。(その裏には権力が働いているかもしれない、からです。)

 だけど、広く浅く、こういうも世界もあるのだな、と知るぶんには既存の“完結されたメディア”のもつ力を存分に利用するとよいです。

 自分からわざわざ、自分の頭にも浮かばないような国の情報を調べたりはしません。“完結しているメディア”は、それを教えてくれます。いろんな分野の記事が盛り込まれ、編集されている。それこそが“完結しているメディア”のもつ大きな力です。


 どんなメディアにも長所があり、短所があります。

 だからこそ、いろんなメディアがあってよい。

 そして、世界が多様であるならば、その視点も多様であるはずです。

 自分が消費者でしかいられない分野、そういう分野に関しては、“その道のプロ”におまかせしていたほうが、ずっと楽です。(それにきっと、そうしていれば“平和”でしょう。)

 だけど、いまが続いていくため・これからに続けていくために現実・事実に近づくこと、知ることを怖がってはいけない。

 ジャーナリストも、そして、受け取り手であるわたしたちもサボってはいけない。そう思うようになりました。

***

49歳の医者の方

 震災前から漠然と感じていたメディアに対する不信感(専門性が必要とされる記事の信頼性に対する疑い)が、震災後は明確な不信となりました。

 記者が

1)きちんと取材していない
2)取材に関する事項を勉強していない
と考えるようになりました。

 私自身は医者ですが、以前より医学関連の記事には違和感を感じていました。

***

ジャーナリスト、大貫康雄さん

ーマスコミ不信(もしあるとすれば)はいつごろ生まれたと感じていらっしゃいますか?

⇒「マスコミへの不信感」は人によって様々ですが、一般的にはやはり、2年前の東京電力福島第一原発事故とその後の放射能汚染・被曝に関しマスコミが真相を伝えようとせず、政府・原子力関連産業からの情報を一方的に報道する「体制(政府・業界)広報機関」になったと判ってからです。

 更にいわゆるマスコミが既得権益擁護機関になっていた現実が具体的な事実で明らかになったこともあります。

 マスコミ=マスゴミ 一部の人たちは既に2000年代中ごろから使っている言葉ですが多くの人たちが考えるようになったのはやはり東日本大震災、特に原発事故関連の動きがインターネットメディアや外国メディアで指摘してからでしょう。

ー大震災の前後で、大きく変わったという実感はありますか?

⇒前の質問と関連しますが、大きく変わりつつある、という実感は抱いています。

 「変わりつつある」と進行形を使ったのは、業種を超えて、インテリ層、考える習性を持つ人たちの間で特に公共放送NHKの報道が「面白くなくなった」とか「民放化している」、「見る番組が少なくなった」との声が大きくなっています。

 しかし一方でNHKを通して出しか情報を得てない、いわゆるB層と言われる人たちは未だにNHKの報じることは正しい、と単純に思う人たちが相当数います。

 この人たちは今も多数派であるため、世論調査ではこうした人たちの声が反映されています。

ーもしそうである場合、何故だと思いますか?

⇒これも先の質問と関係あり 変わりつつあるのはやはりインターネットの普及が最も貢献しているでしょう。

 次いで、東日本大震災の取材に外国メディアが関心を持って取り組み、これまで日本のメディアが取り上げなかった「政府・関連業界の不都合な真実」を報道するようになったからでしょう。

 一方でマスコミとは別にネット世界では多岐多様な言論が展開されており、既存の新聞・テレビが伝えないことをどんどん伝えたりしています。

 私が理事・大賞選考委員長を務めている自由報道協会は福島の若いお母さんたちから頼りにされ、避難騒ぎなどの最中感謝のしるしとして200円・300円と寄付を寄せて来られたのもインターネットが言論を変える、変え得る、との実感をもつ材料になっています。

***

ジャーナリスト 団藤保晴さん

―マスコミ不信(もしあるとすれば)はいつごろ生まれた?

 1997年の (「インターネットで読み解く! http://dandoweb.com/ )
第25回「インターネット検索とこのコラム」 (97/10/30)


  新聞メディアと読者の現状を、当時の私はこんなふうに整理した。

 「高度成長期に入るまでは、新聞がカバーしていた知のレベルは社会全体をほぼ覆っていた。技術革新の進展と裏腹の矛盾、歪みの集積は社会のあちこちに先鋭な問題意識を植え付け、新聞がふんわりと覆っていた知の膜を随所で突き破ってピークが林立するようになった。特定のことについて非常に詳しい読者が多数現れ、新聞報道は物足りない、間違っているとの批判がされている。

 新聞の側はそれに対して真正面から応えるよりも、防御することに熱心になった。読者とのギャップはますます広がっている。なぜなら、知のピークはどんどん高くなり、ピークの数も増すばかりだから」

 と書いています。これがマスコミ不信の出発点でしょう。

―大震災の前後で、国民のメディアに対する見方が大きく変わったという実感はありますか?

 福島原発事故の在京メディアの報道ぶりが「大本営発表」だとネット市民には見えてしまいました。ネット上で日々、あれだけ呆れられたのに、メディアの反省は希薄です。

 第282回「原発震災報道でマスメディア側の検証は拙劣」 (2011/10/15)

 で検証した通りです。上記のような意識が高い少数者に批判される初期の不信現象から進んで多数の市民が見切ってしまったと言えるでしょう。

 2011/3/12に大阪から書いた

 第244回「福島第一原発は既に大きく壊れている可能性」 (2011/03/12)

 ほどの実証性志向もメディア報道からは感じられませんでした。

***

科学ジャーナリスト 小出重幸さん

1)マスコミ不信(もしあるとすれば)はいつごろ生まれたと感じていらっしゃいますか?

 第二次大戦の大政翼賛会報道時にもありました。常に一定程度、不信が存在するのが「自然」な姿だと思います。メディア問題の「主人公」は主権者たる読者ですので、マスコミの情報をいかに選別・料理して(自身の糧として)、活動や情報発信に役立てるか――ということが肝要だと思います。

 一方で、報道で一番大切なのはFactsですね。これに疑義があるときは、まず、メディアに直接アクセスすることが必要で、メディアもこう した読者の真摯な批判、指弾によって、本来の姿を回復する、そうした性格の存在だと思います。「一律な不信」だけでは、何も産み出さないと思います。

2)大震災の前後で、大きく変わったという実感はありますか?

  マスメディアの信頼は、大きく失墜しました。

3)もしそうである場合、何故だと思いますか?

 大震災・津波・福島原発事故――この混乱の最大の特徴は、官邸、政府、原子力業界、科学者コミュニティーが、いずれも情報の適切な発信、 PublicへのCommunicationに失敗して、信頼を大きく損なった、ということです。合わせて、マスメディアもこの情報発信が適切にできず、これが不信が拡大する背景となりました。Authorityに頼っていた情報収集と記事の発信は、そのAuthorityがコケれば、マスメディアもコケル、というあんばいで、独自の取材の大切さ、電力業界やAuthorityとの距離を日ごろからきちんと取っておくことの重要さが、あらためて明白になりました。

 一方で、Authorityを無視しては、報道はできません。特に核物質をあつかう原子力など専門的な取材対象では、ミリタリーも関わって くるだけに、ピンポイントの独自取材では「全貌」は明らかにできません。このバランスが難しいところですね。

 今回の騒動を俯瞰すると、日本の大手新聞などのマスメディアは、Authorityから発信される情報がほとんど役立たなかった――という 結果をそのまま伝える形になり、それが批判につながりましたが、一方では、広大な被災地、各地の現状、政治、経済、国際社会の動き、生活、さ らにその間も続くスポーツ、文化活動など、「社会全体」を36ページに凝縮して発行する、という総合的な力は、結局、他のどのメディア(紙、 電波、ネット……)もできなかった――ということも事実だと思います。

 WeblogやTwitter、そして自由報道協会などの活動は、特定の分野やテーマではすぐれた情報伝達ができたと思いますが、この世の 中の全体像や相場観をコンパクトに、しかも継続的に伝えたところは、結局ありませんでした。局地戦はできても、NHKニュースや、36ページ の新聞で伝える総合的な情報発信は、ジャーナリストをどれだけ大量に抱え、それが24時間体制で対応しているか、という力勝負の世界なのだと 思います。こうした側面を考慮せずに、局地戦だけで優劣を論じるのは、むなしい印象がありますね。

 「ミドルメディア・シンポジウム」の活動を1月から始めましたが、このミドルメディアとは、マスメディアが伝えきれない、きめ細かいコミュ ニケーションということで、これまで一部で使われてきた、ネットを使った小規模発信の試みとは、違った意味で使っています。特に、科学と社会 のはざまで起こるさまざまなコンフリクトが、近年増加しています。科学や技術の問題でありながら、科学者や技術者だけでは結論が出せない領域 を「トランスサイエンス」といいますが、この世界が主な対象になります。

 次回シンポジウムは、4月14日で、「低線量放射線影響と地域コミュニティの復興」がテーマです。
by polimediauk | 2013-03-18 19:08 | 日本関連
c0016826_18433525.jpg 昨年夏のロンドン五輪の取材中に、目がきらきらした日本人青年に会った。小柄な体の片手には大きなカメラ機材を抱えていた。

 日本から五輪取材のためにやってきたという、ジャーナリスト、レポーター、コーディネーターの川合亮平さん(35歳)だった。

 彼のブログ「東京発ロンドン経由世界行き」や英語学習に関するブログを読むと、川合さんがイギリス英語にこだわって仕事をしていることが分かった。英語学習者に向けての著作(「イギリス英語を聞く The Red Book」、「イギリス英語を聞く The Blue Book」など)もたくさんある。

 ブログによれば、大阪で生まれ育った川合さんは、高校時代、決して英語が得意ではなかったそうだ。それが現在では英語を使った仕事をするまでになった。一体、どのようにして学習したのだろう?そして、イギリス英語にこだわる理由とは?

 今年2月、英国に取材旅行でやってきた川合さんに話をじっくり聞いてみた。

―英語との出会いはどうだったのでしょう?

川合亮平さん:母親がわりと教育熱心で、もともと英語に興味がある人でした。小さいときに、母親からABCの手ほどきを受けました。出会いですね。

―あまり英語の成績がよくなかったとブログで書かれています。本当ですか?

 本当なんですよ。

 中学校の英語と高校の英語は、似て非なるものだと思っています。

 中学英語は割りと感覚で良い成績がとれました。具体的な英語の勉強としては、音読を繰り返して、英語のリズムをたたきこむとか。でも高校の英語は、分析が中心です。理論が一番のようなことがあってー。

―文法に比重を置いた勉強だったんですか?

 そうです。文法解説があって、単語、熟語をいくつ覚えてー。

―構文がどうだ、とか。

 そうです。

 高校に入って、英語は結構自信があったんですけど、最初の授業で、これはダメだな、と。完全に落ちこぼれました。アカデミックな英語に関しては。ただ、小学校からロックが結構好きだったんですね。

―ブリッティシュ・ロックですね?

 そうです。結局、イギリスの原体験は何かと言ったら、小学校のときにパンクロックを聞いて、雷に打たれたような衝撃を受けたこと。セックスピストルズや、パンクロックに影響を受けた日本のバンド、ザ・ブルーハーツも大好きでした。

 当時は芸術家になりたかったので、卒業後は大阪芸術大学に入学したんです。

―卒業なさったんですか?

 中退なんです。芸術を実際に仕事にしてゆくのは無理だな、と気づきました。気づいたからには、4年間無駄な時間を過ごしたくなかったので、きれいさっぱり辞めたんです。

―その後は?

 海外に出ました。英語の勉強のためと言うよりも、自分の人生がどうなるかと思って、海外に出たんです。そのためにアルバイトをして、稼いだ分だけのお金で、オーストラリアに10週間留学した。当時は、まったく英語力がゼロの状態です。でも、このときに英語でコミュニケーションすることの快感を知ったんです。

―そこから、ずっと勉強を?

 そこからです。20歳から。自分の部屋にこもって、一人で、通信講座とか教材を使って勉強しました。

 年はどんどんとっていくし、お金も稼がないとダメだしー。そのときの目標は、コミュニケーションレベルの高い英語を使える人になることでした。

 当時、良い英語のコミュニケーターと言うのが、仕事としては何になるのか分からなかった。なけなしの知識から考えたのが、通訳者でした。

 通訳になるために勉強をしていましたが、通訳にはまだなれないので、仕事しながら英語力を磨くために、英会話の講師になりました。

 英語を使いながら、社会の中で職を見つけたのが、自分のブレークスルーになりました。23歳です。

 20歳で中退して、3年間は、塾とかでバイトはしていたんですが、ほぼ勉強だけの生活でした。自分の中で、大学に行っていないので、大学に行ったと仮定して、4年目で何らかの職を得たいなというのがあったんで。仕事が見つかってよかったなあと思いました。

―勉強法は人によって違うと思いますが、今英語を学習している人は知りたいだろうと思います。お勧めの勉強法はありますか?

 (しばらく考えて)最近良く、英語学習のブログとかで書いているのは、ちょっと哲学的な話になって申し訳ないのですが、ほとんどの人が「how」(いかに)の部分に注目していますよね。それはいいのですが、そのもっと前に、「why」(何故)というのがあります。何故自分は勉強しているのか、そこさえしっかりしていれば、「how」は何でもできると思います。英語学習の分かれ道はここです。

 僕の場合は、あとがない状況で、学歴もないし、コネもないし、当時は、英語でやっていくしかない。そこが強力なモーチベーションになっていました。

 今英語を学習している人は、何故勉強をしているのかと言う部分を振り返ってみるといいと思いますね。

―教材は何でもいいわけですね?

 何でもいいと思います。

 ただ、一つ言えるのは、何がいいかはそれぞれ違うということなんです。自分にあう教材は、しっくりくる感じがある。その感覚は大切にして欲しい。ぼくもいろんな教材を試したけれども、どれだけ人が良いといっても、自分にとっては合わないものがあります。

 学習者は立場が弱いので、合わない教材を使っているときに、自分が悪いと思ってしまいます。絶対にそうではありません。

 英会話の先生にしても、授業が楽しくない、乗らないというときに、自分が英語の才能がないのかなと思う学習者がほとんどだと思うんですけれども、教育の責任者の方に問題があると思うんです。

 学習者は、もっとのびのびと自由に学べばうまくいくはずです。

―川合さんの場合、英会話の講師になって、そこから仕事が広がるわけですね。

 そうですね。そのときはまだずっと通訳になりたくて、英会話講師をやりながら、通訳の学校に行っていたんですが、2年間勤めて、達成感が得られないもやもや感がありました。お金をもらった分のものを生徒に与えているかどうか、システムそのものが生徒さんにいいものを与えているのかどうかに、疑問が出てきたんです。

 そこで、住んでいた大阪から東京に来ました。でも、何のあてもないし、実力も何もないし、英語力もそんなにあるわけじゃないし。

 以前に大阪で勤めていた英会話学校の東京の事務所で翻訳コーディネーターの仕事を募集していたのですが、これに応募して、採用されました。サラリーマン生活に慣れてきた数年後から、少しずつ副業として今の仕事のきっかけになるような事を始めたんです。

―アルクの英語教育雑誌「English Journal」に書いたり、映画「ホビット」の主演男優マーティン・フリーマンなど、著名な方にたくさんインタビューしていますよね。

 そうですね、全英アルバムチャート1位を獲得したエド・シーラン、アークティック・モンキーズ、キャサリン・ジェンキンスなど、英国出身のミュージシャンや俳優にインタビュー取材しています。

 昔からメディアが大好きで、アートが好き、音楽が好きでした。今はフリーで仕事をしています。

―好きなことを職業にしたともいえますね。

 そうです。本当にいろいろなことにトライしてきました。表に出た分の10倍ぐらいは失敗しています。

 若い人はどんどんチャンレンジするべきと思います。やってみて、断られるのは当たり前。一個でもうまくいったら、そこからまた広がるんです。僕は、本当に細い糸を辿って、一個ずつ紡いでやってきました。広がっているとはいえ、基本スタンスは今でも一緒です。

―英会話講師や英語を使って仕事をしている人として、日本の英語教育について、提言したいことがあったら、教えてください。

 考え方の転換です。僕もここに気づいてから、英語力が伸びました。

 日本の英語教育は減点方式です。テストがあって、間違ったらダメ。「答えがあっていたらほめられる」よりも、「間違ったら怒られる」ほうに比重が置かれています。

 言語は、発して何ぼやと思っています。間違っていると指摘され、自分を否定されたら、絶対に人は引っ込みます。

 自分から前に出て行くのが言語だとしたら、日本の英語教育はまったく逆のことをやっている。やればやるほど、良いコミュニケーションをする人にはなれないと言う悪循環になっていると思います。

 これはすごく根が深いです。意識していなくても、間違った英語を話したらダメという強迫観念が強いのです。頭では分かっていても、潜在意識の深いところまで入ってしまっています。

―ある意味では、英語以前の問題ですよね。

 そうなんですよ。

 知識があっても、コミュニケーションできないというのはそれが問題だったと思います。

 僕の場合はそれをどうやって克服したのかと言うと、仕事で、いわゆる有名な人とか政府高官の人などを取材をさせてもらう機会に恵まれました。取材をしていたら、間違える場面は必ずある。だけど仕事は続けなければならない。

 今までにいろんな方と仕事をさせていただきましたけど、自分の文法の間違いを指摘されたことは一度もない。極論で言えば、通じればいいということがあるからだと思います。

 結局、間違う、あっている、というのは二の次で、仕事も友人関係も、相手と気持ちよくコミュニケーションをすることを優先することでいいと思っているからでしょう。

 逆に言うとものすごく文法的に正しい英語を話していても、相手が不快な思いをしたら・・・それはコミュニケーションとしては丸ではない。

 子供たちが、学生が、英語を発することで賞賛されるようなシステムを作れば、どんどん良くなると思います。

―英語を国際語として勉強し、小学校から英語を導入するべきと言う考え方についてはどうでしょうか?

 基本的には、間違ったらダメという考え方があるかぎりは、どれだけ低年齢にしても一緒だと思います。高学歴の人が必ずしも英語が話せないというのは証明されていますし。

 僕のような適当な性格のほうが、英語は伸びる傾向があると思います。言語は四角四面のものではなくて、流動的なものです。四角四面になると文法重視になり、それはいいのですが、それだけになると、流動的な部分がついていけなくなります。

ー何故、イギリス英語にこだわっているのでしょうか?

 好きになったと意識したのは、ちょうど英会話講師になった23歳ぐらいの時。英語にアクセントと言うのがあるということが、耳で分かってきたのです。それまではどんな英語を聞いても一緒くたに聞こえたのですが。アメリカ英語、イギリス英語の区別ができるようになった。

 友達の女性がイギリス英語を話したときに、その人が魅力的だということもあいまって、ものすごくいい音に聞こえたのです。そこから、イギリス英語にはまりました。

 単純に好きだということのほかには、自分の独自性を出す意味でイギリス英語にこだわっています。

―将来の目標は?以前は、高いレベルのコミュニケーション力を身につけることでしたよね?

 いろいろな意味で、イギリスと言う国にお世話になっています。だからできる範囲で、恩返しをしたいと思っています。

 具体的には、日本でイギリスについての啓蒙活動をすることです。イギリスについてブログに書いたり、面白い人にインタビューして、日本語のメディアに発表したい。視野は広ければ広いほうがいいと思うのです。

 僕と言う人間を通して、広い世界を日本人の、特に若い人に知ってほしいのです。夢を持てるような海外の人を紹介したいし、海外にもどんどん行ってほしい。

 僕は、不完全でも、英語の世界に入って仕事ができることを体現しています。悪い所も含めて、自分をさらけ出しています。日本人の英語学習者が元気付けられるようにー。完璧じゃなくてもいいんだよ、と。不完全な自分を見せることで、英語教育に貢献したいと思っています。
by polimediauk | 2013-03-06 18:28 | 日本関連
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 沖縄問題、沖縄報道は、気になるトピックである。

 沖縄の現地と東京を中心とした報道界には「温度差」があると言われている。その温度差(もしあるとすれば)は一体、どういうことなのか、現地で報道する人はどんな気持ちを持っているのか?

 これを検証したのが、朝日新聞出版の月刊誌「Journalism2月号。沖縄報道の特集が組まれている。

 国の中央と地方の間の、個々の問題に対する、いわゆる温度差は、ここ英国でもある。例えばだが、北のスコットランド、それから英領北アイルランドとロンドンでは随分とものの見方や政治環境が異なる。

 しかし、沖縄の場合は、見方・感じ方の違いが、報道の熱さの違いになるばかりか(ここまでは英国も同じ)、「沖縄の問題を東京で決めている」ことで、沖縄に対して差別といわざるを得ない状況が生じている点だろうー少なくとも、私の理解ではそうである。

 沖縄問題(ここでは基地問題だけれども)の解決は、原発(=エネルギー)問題と同じかそれ以上に日本にとって、大きな問題の1つだろう。これは沖縄から遠く離れた土地にいても、理解は難しくない。

 「本土紙との溝を埋める」、「『沖縄』を感じる皮膚感覚」を、「中央の取材記者に求めたい」という表現が、記事の1つに出てくる。英国のスコットランドや、北アイルランドとは別の意味での溝があるなら、それはなぜ発生しているのだろう?

 沖縄に住んでいない人にとって、沖縄問題は理論的な問題として認識されがちな面は避けられないとしても、本当に普通に考えると、基地が集中していることへの問題意識は、実はとても持ちやすいと思う。地理的に離れていることはあまり理由にならないだろう。

 そこで、なぜ「本土の報道陣」が「皮膚感覚がもてない」のか、この部分を探りながら読んだ。

 いくつかの答えが特集の中で示唆されている。例えば、琉球新報政治部長松元剛氏は、「外務省や防衛省で政治部の主流に携わっている記者」が、「政府の言う『日米同盟の強化』『アメリカとの関係の強化』という枠の中で、思考停止して、官僚と似たような目線で沖縄問題を扱ってないでしょうか」と問いかける。

 ジャーナリスト外岡秀俊氏が、「外務省には、アメリカが撤退したらどうしようという恐怖心があるんだと思います」、「アメリカが守ってくれているから退かれたら大変だという恐怖心でがんじがらめになっている。記者も取材しているうちに自然とそうなっていく気がします。」

 ほかにもいろいろ、興味深い指摘が続く。

 以下はその主な見出しである。

特集

沖縄報道を問い直す

[鼎談]

本土紙と地元紙の溝を埋める -「沖縄報道」に欠けている視点(松元 剛、琉球新報政治部長、比屋根 照夫、琉球大学名誉教授、外岡 秀俊、ジャーナリスト)

普天間問題の打開策を探る -メディアの役割とメディアへの期待( 長元 朝浩、沖縄タイムス社論説委員長)

沖縄報道を考える -問われるのは国民国家としての日本 (大野 博人、朝日新聞論説主幹)

地元メディアと本土メディア -沖縄報道を考えるための基礎知識 (語り手、音 好宏、上智大学文学部新聞学科教授)

復帰40年の幻想と現実を映す -沖縄イメージと地元雑誌の変遷 (新城 和博、沖縄県産本編集者)

アメリカの大手メディアでは「沖縄」はどう伝えられているのか(瀧口 範子、フリーランス編集者、ジャーナリスト)


(詳細は上のウェブサイトからご覧ください。)

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 私も、今月号に性犯罪疑惑放送中止事件とBBCについて、寄稿している。この事件は、当初、BBC上層部からの圧力があって、番組の放送が中止になったといわれていた。しかし、12月末に発表された調査報告書によると、そうではなかった。担当者の自粛や他部署との連絡の悪さなど、管理上の問題から生じていた、という話だ。
by polimediauk | 2013-02-16 23:18 | 日本関連