小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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 英「情報コミッショナー事務所」(ICO)が、24日、PlayStationシリーズの家庭用ゲーム機、ならびにゲームソフトの開発、製造、販売などを行うソニー・コンピューター・エンタテインメント欧州社に対し、2011年の個人情報大量流出によって個人情報保護法を重大に違反したとして、25万ポンド(約3500万円)の罰金を課すと発表した。

Sony fined £250,000 after millions of UK gamers’ details compromised
http://www.ico.gov.uk/news/latest_news/2013/ico-news-release-2013.aspx

 ICOは、公的機関の情報公開の促進、個人の情報保護のために活動する特殊法人。

 罰金は、2年前の4月、同社のプレイステーションの端末がハッキングされ、数百万人に上る利用者の名前、住所、電子メールのアドレス、生年月日、パスワード、クレジットカード情報などが流出した件を対象とする。

 ICOの調べによると、ハッキングによる攻撃は、プレイステーションのソフトウェアが最新のものに更新されていれば、防ぐことができた可能性があるという。また、パスワードも十分に保護されていなかった。

 ICOの副所長デービッド・スミス氏は、ICOのウェブサイトの動画の中で、「これほどの規模のカード情報やログイン情報を取り扱っている場合、個人情報の保全は最優先事項になるべきだった。今回はそうはなっておらず、データベースが攻撃されたとき、当時の保全対策では十分ではなかった」と述べた。

 「専門技術を取り扱う会社であるから、個人情報を安全にするための知識とリソースへのアクセスがあったはずだ」

 「この罰金が高額であることは承知している」が、「非常に多くの消費者が直接影響を受けた、少なくとも身元情報を他人に盗まれる可能性もあった」。 (つまるところ、一つの例として高額罰金とした、とも言えるのだろう。)

 スミス氏によると、もし今回の措置で明るいニュースがあるとしたら、ウェブサイト「PRウィーク」が調査をしたところ、プレイステーションへのハッキング行為が明るみに出た後、77%の消費者が個人情報をウェブサイトに出すときに以前よりも注意するようになったと答えていることだという。

 企業側が情報保全についてもっと気をつけることはもちろんだが、「私たち全員が、自分の個人情報を誰に公開するかについて注意する必要がある」。

 ソニーは英BBCの取材に対し、「ICOの結論には同意しない」とし、控訴予定だと述べている。

Sony fined over 'preventable' PlayStation data hack http://www.bbc.co.uk/news/technology-21160818
by polimediauk | 2013-01-24 22:01 | 日本関連
 先日、日本でメディアを研究する若手の人と、会話をする機会があった。

 この方はベースは日本だが、他国のトレンドも研究対象としており、今回は米国や欧州への出張中であるという。

 メディア利用者の生の声を取材しながら、メディアの役割、日本のメディアの現状、そして日本の将来などについて深く考察している方で、自分にとっても大いに知的刺激になった。

 メディアの現状や未来について、普段から考えてきたことと一致する部分があったので、メモ代わりに記してみたい。

 まず、

①同じトピックばかりが上に来る状況をどうするか?

 今、さまざまなニュース媒体、情報ポータルがネット上に存在している。

 この中で、例えば著名検索サイトのニュース・ポータルに注目すると、ヒット数によってランキングが決まってくる。昨年1年間で何が上位に来たかを見ると、研究者によると、ある芸能人の話題だったそうだ。

 芸能トピック自体が悪いというのではないのだが、大手ニュースポータルのランキングに注目すれば、「不特定多数の人=みんな=が興味のあること」が上に来る。これは構成上そうなっているので、これ自体が悪いわけではもちろんない。

 問題は、「ヒット数のランキング」=「最も重要」という視点でずっとサイトを作っている、あるいは読み手となっていると、「重要なことが抜け落ちるのではないか」という点だ。あるいは、多様性が減じるのでは、と。

 もちろん、この点をカバーするために、「ちょっと変わった話題」、「編集部お勧めトピック」などを、ポータルの中に入れるという試みが続いているわけだけれどもー。

 ポータルの作り手が、「今、これがおもしろい!」、「重要!」と思うものを目立つ所に置いて、読者をグングン引き込むーそんなサイトを(もっと)見てみたい。

 マイナーなトピックだけれども、一定の価値観で拾ったテーマをずっと追うというのもおもしろいだろう。作り手(チームでやっているにしても)の広く深い関心・興味・知識が物を言う。

 放送業の話になるが、例えば英民放チャンネル4が「Unreported World」(報道されない世界)と題するドキュメンタリー番組を放映している。

http://www.channel4.com/programmes/unreported-world/

 世界のさまざまな地域で起きている状況をリポーターが取材する。毎回、目からウロコ状態の内容が放送されている。

②似たようなトピックが上に並んだら、なぜ駄目なのか?

 似たようなトピックが上に並んだポータルサイトがたくさんあるとき、一体、「だから、どうなの?」と思われる方もいらっしゃるだろう。

 それ自体が悪いというのではないのだけれども、「言論の厚みが薄くなる」ことが一つの懸念だ。

 「言論」は、ここではネット空間の言論だ。

 言論の厚みを保障するには、いろいろな人が、「本気で書いた論考が、どんどんネット空間に出ていること」が必要だと思う。

 もちろん今でも、本気で書いている人はたくさんいるのだけれども、私が感じているのは、例えば新聞・雑誌の論考・意見が、ネット空間にもっと出てもいいのではないかと思う。具体的に言うと、例えば新聞の解説記事が、多くの人が読めるように=つまりは、無料か廉価で=どんどん出ればどうかと思う。

 経営上の理由があることは承知しているのだけれども、ネット空間の言論の更なる充実化、厚みを出す1つの方法として、解説面に出ているような記事が、どんどんネットに出て、これが一定の量になることが必要ではないかと思う。(ネット上では新聞報道への批判があることは承知しているけれども。)いろいろなやり方があるだろうから、これは1つの案だ。

③ソーシャルメディア上の言論はどうやったら、充実するか?

 (ソーシャルメディアを使うことの是非問題がまずあり、また、SNS上の言論が充実する必要があるかどうかも、一つの問題だがー。)

 具体的に私が頭に描いたのは、ツイッターだ。必ずしも日本が英米のまねをする必要はないのだが、ジャーナリズムの話をすれば、英国ではジャーナリストがツイッターを使うのはほぼ常識になっている。情報発信や収集などで、欠かせない。

 ツイッターがジャーナリズムの1手法になったのは、ツイッター利用者がたくさんいて、実際にジャーナリストたちが使ったから。

 ツイッターにしろ、そのほかのネット言論にしろ、さまざまな意見を本気で出してゆく人がたくさんいて、紙で言論を作ってきた新聞などがネットにも充実した記事をどんどん放っていって、一つの、厚みがある生態圏ができてゆくのではないかと思う。

 若手研究者と話していたときに、日本語空間では、「厚み」の面で、もっと充実してもいいのでは、と思った次第だーー主観的な見方になるかもしれないが。

 議論の厚みがない言論空間を持つ国では、例えばだが、強烈な意見を持った政治家が、選挙で圧倒的な票を得て当選する・・・といった事態が起きるのではないか。

④本気の議論を阻むものは何か?

 時々、ネット言論を見ていると(主に各種ニュースサイト、ブログなど)、議論がぐるぐる回っているような思いにかられることがある。本当の議論を迂回しているようなー。

 本当の議論とは何か?これはあまりにもドデカイ問いだが、あくまで主観的な話をすれば、日本のいろいろな難しい問題(原発の行方、沖縄基地問題、生活苦などなど)を根本的に解決しようとすると、どうも日米問題に行き着いてしまう気がしてならない(議論があまりにも唐突だと思う方がいらっしゃるだろうが、そんな風に感じている人は、私だけではないと思う)。つまるところ、日本はどうやってやっていくのか、その戦略というか、方針が定まっているのかどうか。(あえて戦略を表には出していない可能性もあるが。)

 「最後の最後には、米国が解決してくれる」―そんな「空気」を感じてしまう。

 これ自体がいいことか悪いことか、戦後に日本で生まれた私にとって、ストレートな答えは出ない。しかし、「誰かほかの人が、最終的には責任を取ってくれる」という生き方、国のあり方は、一体、どうだろうか?今、大きなひずみが出ている感じがする。

 自分の行動に自分で責任を取る状態になっていないと、本気での議論ができていかないのではないか。

 本当に、自分の頭を使って、自分の責任で、自分の手と足で物事を決められるーそんな事態が発生したのが、3・11の大震災だったのだと思う。避難するのかしないのか、被災地からの農産物を自分の子供に食べさせるのか、食べさせないのか。

 その後、外から見ているだけだが、(原発を推進してきた)自民党が先月の総選挙で圧勝し、「自分の責任で、自分で物事を決められる」機会は、一体どうなったのかなと思う。

****

 そのほかにも、ソーシャルメディアの多用によって、じっくりと物事を考える時間が失われているのではないか(トレードオフとして)、「ツイッターの言論は、信用しない」という外国の若者の話などが、会話に出た。あっという間の1時間半だった。
by polimediauk | 2013-01-21 21:04 | 日本関連
 日本帰国中に、メディアの研究会で話していたところ、「日本のメディア(新聞界)は、外に住む人からすれば、どう見えるか」と聞かれた。

 普段私は日本に住んでおらず、日本のメディアを詳しくウオッチングしているわけでもないので、十分に論評できるほどの事実をつかまえていないと思っている。

 しかし、印象論のレベルで言えば、「これはもしかして、まずいのではないか?」と思ったことはある。今回、特にそれを感じた。

 その印象をまとめて見ると、「いくつかの小さなことが日本で起きていない、あるいは非常に小規模でしか、起きていない。一つ一つは、ある意味ではたいしたことはないが、総合すると、これだけ知的レベルが高い国民がいる先進国としては、非常に残念な状態となっている」。私はこうした状況に、愕然としている。

 英国は日本からすると、別世界の感がある。言語も文化も、歴史も地政学的条件も違うから確かに別世界だけれども、あえて、この「別世界ぶり」を書いたほうがいいのかなと思った。

 日本が英国たれ、と思っているわけではない。住むほどにこれほど違う国もあるかなと思うほど、異なる二つの国。日本が英国の模倣をする必要はなく、「英国=日本が理想とするべき国」とも思っていない。

 しかし、いつぞやの「ハイテク日本」が「時が止まった昔の国」に見えてしまう部分があって、「これは、やばいぞ」と思わざるを得なかった。

 日本で起きていない、あるいは非常に小規模でしか起きていない「いくつかの小さなこと」、「一つ一つは、ある意味ではたいしたことはないが、総合すると非常に残念な状態」と私が思うことを、いくつか、挙げてみたい。

 (1)カード決済ができない店舗が、いまだに結構ある

 大量の現金を持ち歩かず、カード(クレジット、およびデビット)でほぼすべてを済ませてしまう英国で暮らしていると、日本の店舗でカードが使えないところがまだあったりすることに驚いてしまう。といっても、日本でも、ほとんどのところでは使えるのだけれども、英国ではカード利用ができる店舗が徹底している。現金中心の生活だと、いざ大きな買い物をしようとしたら、事前に銀行からお金を引き落とし、財布に持っていないといけない。いつ大きなお金(といっても、2-3万円のことだけど)を使うかは予測できない場合もある。現金中心主義は行動の自由度を狭められるようで、窮屈さを感じた。

 (2)ATMが24時間体制になっていない

 自分の銀行のATMでも利用時間に制限があり、他行となると、利用時間がもっと狭められる。行動の自由を縛るように思える。

 (3)海外で作ったカードを使えるATMが限られている

 郵便局とセブンイレブンのATMでは使えるが、私の経験からは、他行では原則、使えない。欧州他国やトルコでも、普通の銀行のATMから英国で作ったカードで現金引き落としなどができるのだが。銀行の決済体制が、よそ者に「閉じられている」感じがする。

 (4)プリペイドの携帯電話が多くない

 一部で限定的にはあるが、一般的にはプリペイドの携帯電話が選択肢の中に入っていないようだ。空港ではレンタルサービスがあるが、契約者として登録してから使えるようになる。外からふらっとやってきて、携帯電話を買って使うようにはなっていない。プリペイド携帯がある国からやってくると、日本では日本に何らかの形で根を下ろした人を対象にしたサービスになっているので、不自由な感じがする。

 日本に住んでいる人からすれば、(1)から(4)についてあまり不便さを感じないかもしれないし、「関係ない」と思われるだろうか?

 そんな方には、ある人による都市の定義を紹介したい。

 フィンランド・ヘルシンキで会った、ソマリア人の移民の男性と話していたときだ。「都市の特徴は、無名でいられること」と言われ、どきっとしたものだ。

 人口が極度に少ない、ある小さな村のことを考えてみよう(あくまで例として)。誰もが誰もを知っている。良くも悪くも互いの行動を知っている、ある意味では監視して・されている。無名では生きられない。ところが都市には、顔を見ても誰かを識別できないほど色々な人が生きている。

 村では派手と見られる服装をしたら、親戚や親が何か言うかもしれない(言わないかもしれないが)。ところが都市では、他人は眉をつり上げることさえしない。自分で行動に責任を持つならば、どんな風に生きても誰にもうるさく言われない。ロンドンに住んでいると、この「無名で生きられる自由」を感じる。

 そこで、メディア、デジタル面の話になる。

 (5)英国では、自由に生きるあなたのニーズを満たし、知識を与え、楽しませ、いつでも、どこでも情報(あるいは娯楽)が受け取れるように、メディア同士が競争をしている。

 冒頭の話に戻れば、「日本の新聞界は、外から見ると、どうか?」と聞かれ、私は、「日本のメディア組織は、現状維持と組織を守ることを非常に重要視しているように見える」と答えた。

 英国の場合、民間企業であれば、利益を上げることが目標ではあるのはもちろんだが、具体的には、(お金のことを考えつつも)利用者の利便性、自由度(=選択肢)を増大させ、自分たちのサービスを使ってもらえるようにする、つまりは、「利用者の心をつかむ」ことに、血道が注がれている。

 日本の場合は、「組織維持、現状維持」のほうに傾いているように見えるが、いかがであろうか。

 英メディアは、まず利用者のほうを向いている感じがする。利他的ということではなく、「市場」がそうする。競争が働くので、一社が便利なサービスをしたら、他者も同様のサービスを開始しないと、出遅れる(こうした市場中心主義への反対論も根強い。「占拠」運動はその1つだろう)。

 (6)金持ちでなくても一定の質のサービスが受けられるように工夫されている

 例えば、テレビのオンデマンド・サービスのことだが、これは1週間以内に放送された番組を無料で何度でも視聴できる仕組み(=見逃し番組再視聴サービス)。この件については前にも何度も書いているが、日本ではNHKなどもやっている。米フールーも利用できるようになっているが、有料である。

 色々な規制やしがらみなどがあって、有料になっていることは理解できる。

 しかし、英国ではBBCや民放テレビがこれを無料で提供している。

 不思議に思われるかもしれないが、テレビのオンデマンドサービスが無料で使える状態というのは、視聴者に大きな自由感、解放感を与える。まるで「別世界」である。誰にも気兼ねなく、自分の好きなときに、好きな番組を、好きなプラットフォームで見れるのだ。テレビの前に張り付いていなくてもよいし、自宅に録画機を持つ必要もない。テレビ局が自社でコンテンツを維持してくれている。

 例えば1ヶ月1000円を切るほどの利用料が、果たして高いかあるいは手ごろかといったら、「それほど高いとは思えない」という人が案外、いるかもしれない。しかし、ちょっと想像して見て欲しい、これがまったく無料になった状態を。

 無料ということは、オンデマンドサービスが社会の基盤として提供されていることを示すだろう。一部の人向けに、「プラスアルファ」として有料で提供されるのではない。「基本」として、誰にでも提供されている。この意味は大きいと思う。

 (7)大部分の新聞の記事が過去記事も含め、ネットで無料で読める

 経済紙フィナンシャル・タイムズや一般紙でもタイムズは、電子版を有料課金制にしているのだけれども、そのほかの新聞はPCをつければ、無料で原則すべてが読める。

 英国の新聞界は紙の部数がどんどん減っていて、台所事情は非常に苦しい。携帯機器用アプリを有料化するなど、苦心の策を講じているが、いったんPCをつけて、ブラウザーで該当新聞のウェブサイトに行けば、すべてが無料で読めるのである。

 自殺行為?確かにそうかもしれない。でも、取材や執筆に時間をかけた新聞の記事をネット上で誰でもすべてが読める状態にすることで、いかに市民の知的議論が深まることか。「民主主義社会」という言葉を持ち出さずとも、計り知れない好影響があることは想像できるかと思う。

 一方の日本の大手新聞の場合、ネット上には十分に記事が出ていない感じがする。先日、ある新聞の電子版を購読しようとしたら、紙を購読していないとだめと分かった。紙を守りたいのは理解できるが、がっかりしてしまった。読者(=私)が読みたい方法(電子版のみ)での購読の選択肢がないとはー!選択肢が狭められることは、自由度がせばめられることと同じだ。

 売店に行って、新聞を紙で買うか、あるいは、定期購読者=契約者にならないと、十分に新聞が読めないのだ。これがとても旧式に映ってしまう。「公共空間(=ネット空間)に高品質の論考を出す」という面での責任はどうなるのだろう?(無料で新聞が読みたかったら図書館に行けばよいというのは、やや酷だろう。家の隣に図書館があればまだいいかもしれないが、知識への渇望は開館している時間のみには限らないし、ネットで情報を取ることがますます主になっている現在、この公空間に十分に出さないのはまずい感じがする)。

                 ****

 ほかにもいろいろと目に付くことはあるけれども、いろいろなサービス形態が「日本に住む日本人」をもっぱら対象にしており、「ふらっと、自由に」かつ「無名」のままでは、サービスが利用できるようにはなっていないようだ。つまるところ、「閉じている」感じがする。窮屈な感じもし、自由度が少ない感じもする。

 最後に、「日本は大丈夫か」ということをしみじみと感じたことを挙げておきたい。

 (8)アマゾンのサービスが日本独特になっている

 まず、最も話題になっている、アマゾン・キンドルの件がある。

 もろもろの理由で、これまでに参入できず、いよいよ始まることになった経緯は、理解できる。それに、現時点で電子書籍端末には興味がない人がたくさんいるだろうことや、今後も大規模には広がらない可能性もまた、理解できる。

 それにしても、である。まず、米国でキンドルが発売されたのが2007年末。英国を含む諸外国で販売されたのが、2009年である。日本はさまざまな理由から、2012年末からとなった。この間、諸外国と比較しても、導入までに3年のギャップがあった。デジタルの世界で、3年はかなり長い。

 50年、100年単位で物事を考えたら、3年は短い。でも、この間に、米英では自費出版でベストセラーを出す人が続々生まれている。実際に使って見て、分かったこと、分からなかったこと、いろいろあるだろう。この間の知識や運用の経験・情報の蓄積はかなり大きいのではないだろうか。それに、実際に導入されていないと、この間、電子書籍端末にかかわる議論や商戦に、日本や日本のメーカーは、そして、日本に住む人の多くが本気では加われないことになる。これを私は悔しく思う。

 そして、止めを刺すのが、アマゾンで販売されている本の価格に自由度があまりないことだ。普通、英米でアマゾンを使って本を買う一つの醍醐味は、あるいはほとんど唯一の醍醐味は、配達の速さよりも、値段である。アマゾンで買うと、書店で買うよりもはるかに本が安いのである。日本語キンドルの開始で、この状況は日本でも変わるだろうが、アマゾンで「本を半額以下で買えた」という喜びを享受できない状態というのは、これまた悔しい感じがするー。

 このために、書店が大打撃を受けて、閉店に追い込まれるといった問題もあるだろうから単純な話ではないだろうが、どうも、出版社やそのほか、本を売る側の都合が大きな幅を利かせていたように見える。つまり、購買者としての国民が十分な利を得ていないのではないかという点が、心配なのである。

                    ***
 
 それでは、一体どうしたらいいのか?という話になるが、とにもかくにも、読者、視聴者、利用者の利便がもっと反映される社会になって欲しいと願っている。

 選択肢が幅広く、(より)自由な社会、かつ貧乏でも同等のサービスが受けられる国になって欲しいと、遠い国から思っている。勇気を持って一歩を踏み出せば、貧富の差や居住地の違いに関わらず、すべての人が享受できるサービスが実行できるのではないか。
by polimediauk | 2012-11-16 21:33 | 日本関連
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 早稲田大学の「公共ネットワーク研究会」が、13日午後1時半から4時半まで、シンポジウムを開催する。タイトルは「若者にだって社会は変えられる」だ。

 研究会(http://www.kikou.waseda.ac.jp/WSD322_open.php?KenkyujoId=2D&kbn=0&KikoId=01)が作成したパンフレットには、このシンポジウムのファシリテーターとなる、荻上チキさんのメッセージが載っている。

 「新しい公共」を作っていくには、何が必要で、どういったことをしていけばいいのか?

 さて、学生のみなさんは自身の課題として、明日から何をしたいと思いますか?

 主催者によれば、「朝まで生テレビ」の若者版にしたいという。

 申し込みフォームは以下から。私も予定が入っていなかったら、ぜひぜひ、行ってみたいイベントだ。

 フォームから若干内容をコピーしてみると、

https://docs.google.com/spreadsheet/viewform?formkey=dEIzN293YUFvcm5KeGZZOW1xTkhmWHc6MQ

『公共ネットワーク研究会』シンポジウム2012

日本経済が弱体化する中、その脆弱な社会基盤が露わになっています。雇用、福祉、教育、医療など、様々な分野でのひずみが大きくなる中、セーフティーネットである「公共サービス」の重要性が問われています。

今回のシンポジウムでは、基調講演やパネルディスカッションを通じて、不安社会からの脱却に向けた「公共サービスの真にあるべき姿」を追究します。

 パネリストには、”公共サービス従事者の代表”として、公務公共サービス労働組合協議会の加藤良輔氏、”地域の現場を知る実践者”として内閣官房地域活性化伝道師の木村俊昭氏、”社会的弱者を支援する民間団体の代表”としてあしなが育英会の林田吉司氏、”若者の雇用不安の専門家”として教育学者の本田由紀氏をお迎えし、新進気鋭の評論家である荻上チキ氏にファシリテーターとしてまとめていただきながら、熱い議論を繰り広げて参ります。

学生・一般を問わず、積極的な参加をお待ちしています!!


 【日時】  2012年11月13日(火)13:30~16:30 (12:30開場)

 【会場】  早稲田大学大隈講堂(小講堂・300席)

 ●第一部<13:30~13:55>

 基調講演:片木淳メディア文化研究所所長(早稲田大学公共経営大学院教授)

 ●第二部・第三部<14:00~16:30>

 パネルディスカッション
   ・ファシリテーター: 荻上チキ氏(評論家)
   ・パネリスト:
    加藤良輔氏(公務公共サービス労働組合協議会議長)
    木村俊昭氏(東京農業大学教授・内閣官房地域活性化伝道師)
    林田吉司氏(あしなが育英会東北事務所長)
  本田由紀氏(東京大学大学院教授)

 【参加費】   無料

by polimediauk | 2012-11-08 20:06 | 日本関連
 英国で始まった、ホームレスの人が販売する雑誌「ビッグイシュー」。その日本版「ビッグイシュー日本」(http://www.bigissue.jp/)が、創刊9周年を迎えた。ホームレスの人たちを助けるために設立された「ビッグイシュー基金」も設立から5年をむかえ、このほど、NPOとして認定されるに至った。

 3日、NPO取得を記念するパーティーがあり、早速、会場となった東京・四谷にある聖イグナチオ教会に足を運んでみた。

 会場入り口では、ビッグイシューの販売者の人たちや雑誌、基金で働くスタッフ、その支援者たちが参加者を迎えてくれた。

 「パーティー」と言っても、せっかくの集まりであるので、参加した方やビッグイシュー関係者らがホームレスについて考える機会、「場」にもなっていた。この日、みんなで考えたテーマは「いま、ホームレス問題を問い直す -誰もが包摂(ほうせつ)される社会へ」である。

 最初のあいさつはビッグイシュー日本の共同代表の水越洋子さん。

 10年近くビッグイシューを発行してきたわけだが、「常に不安を抱えながら」の作業であったという。もうベテランだろうと見るのは正しくなく、「今でもアマチュアである」と思いながら発行しているという。

 この数年のホームレスの状況を振り返ると、いわゆるリーマンショック以降、ホームレスの人の「年齢が10歳若くなった」と感じているという。昨今はネットカフェなどで夜を過ごす若い人が増えたために、厚労省の数には入らないホームレスが増えている、ホームレスの人が見えなくなっている事態が生じているという。

 昨年の3.11の大震災後には、家を失った人が多く出た。「ホームレスと何か?という定義が変わっていると思う」。

 水越さんは、ホームレス問題とは「住宅問題である」とも指摘した。

 その後は、「ルポ若者ホームレス」を書いた飯島裕子さん、自立生活サポートセンター・もやい代表理事の稲葉剛さん、ビッグイシュー協同代表の1人でビッグイシュー基金の理事長佐野章二さんのお話が続いた。

 飯島さんによると、調査を行った2008年から今年の間で、20代前半から30代後半のホームレスの人が増加しているという。10代―20代前半の若いホームレスの人の場合、仕事の経験がほとんどない場合が多い。「両親がいて、子供が2人」という近代的な家族のモデルが崩壊している、と飯島さんは指摘した。

 稲葉さんは、自立を目指す人がアパートを見つけるのに苦労する、と話す。「誰もが権利を主張できる社会」をめざすべき、と。

 最後に、佐野さんが「誰もが包摂される社会」の意味を説明する。これは、「誰にでも居場所があり、出番がある社会」ではないか、と。「包摂」の意味がピンと来ていなかった私にも、これでイメージがはっきりした。

 その後、参加者は、いくつかのテーブルの周りに座って、互いに自由に意見を述べた。テーブルには、それぞれのテーマが設定されている。例えば、「自立とは何か?」「誰もが包摂される社会」、「住まいとホームレス問題」、「若者をホームレスにしないためには?」「女性とホームレス」、「震災とホームレス」など。雑誌ビッグイシューの将来について話すテーブルもあった。

 この議論の方式を、ビッグイシューでは「ワールドカフェ」と呼んでいた。これは、「知識や知恵は機能的な会議室の中で生まれるのではなく、人々がオープンに会話を行い、自由にネットワークを築くことのできる『カフェ』のような空間でこそ創発される」という考えに基づいた話し合いの手法だそうだ。

 私が最初に行ったテーブルは住宅問題について話しあう場で、次のテーブルは女性とホームレスがテーマだった。

 一人ひとりが自分の体験を話す中で、いかに多くの人が住居や福祉制度に不安を抱いているかをひしひしと感じた。

 いくつかを紹介してみるとー。

 ある男性は、「注目しているのは『0円ハウス』の存在」と話し出した。

 「0円ハウス」とは、建築家坂口恭平さんのプロジェクトだ。http://www.0yenhouse.com/house.html

 熊本にある築80年の日本家屋を、坂本さんは弟子2人とともに作り変え、被災者避難相談所にすることにした。「色んなことをゼロから、根本から考え、これからの人生を生き延びていこうという願いを込めて、ゼロセンター」と名付けたのだという。「ただ避難するのではなく、徹底的に考え直し、新しい生活を作り出す。ゼロセンターはそんな行動の拠点になればと思っています」とブログには書かれていた。

 一方、最初の男性の隣に座った人がこう語った。「東京で家賃が月4万円のところに住んでいるが、独身者が住める住居がドンドン減っている。都市には潤いが減っていると思う。周囲には高層建築物が立ち並ぶけれども」。

 私も自分の思うところを話した。「日本国内で、あるところでは住む場所がたくさんあるのに、住む人がいない。その一方で、住居がなくて困っている人がいる。マッチングが機能していない」。

 私の隣に座っていた男性は、「六本木ヒルズを見ていると、怒りを覚える。普通の人が住める場所が欲しい」。

 ホームレスの人の自立支援を行っているという別の男性は、「月に年金15万円をもらっても、満足な家に住めない人もいる。年金のほとんどをギャンブルに使ってしまうから。救いたいが、こうした人を収容する住居を設置したいと思っても、地域からの反発、偏見がある」。また、「生活保護の申請を、故意に受け付けない自治体が多い」。

 女性とホームレスのテーブルでは、

 「女性でホームレスって本当にいるのだろうか?」

 「実際にいるし、見たことがある」

 「女性は職場でも、年金受給額でも差別を受けている」-などの意見が出た。

 このテーブルで心に残ったのが、2人の女性のコメントだった。1人は「40代で、独身。自分もホームレスになるかもと思って、ここのテーブルに来ました」という。もう1人は、20代後半から30代ぐらいの女性。「私も独身なので、ホームレスになったらどうしようとう思いがある」。

 日本で、普通に働いていている独身女性たちが、将来、ホームレスになるかもしれないと思ってしまうなんて、一体、どういうことなのだろう。

 毎日、仕事に出かけて、賃金を得るという行為が、何らかの形で停止したとき、社会に居場所がなくなってしまう・・・そんな国なのだろうか、日本は?いやそんなはずではー。しかし?

 日本で、貧困問題がクローズアップされたのは数年前からになる。貧困とはお金がない状態だけでなく、住居問題だったり、家族の問題だったり、心のトラウマの問題だったりするのだろう。

 もっともっと、ホームレス、貧困、社会福祉の問題に光があたってもいいのではないか、もっと税金が使われてもいいのではないかーそんな思いを持った。テクノロジーの開発でも、「こんなアプリを使うと、安いものが買える」という、消費行動につながる発案よりも、社会福祉に関連したアプリ、開発、努力がもっとあってもいいのではないかー。そんな感じがした。そして、自分には何ができるかな、と考える日でもあった。

 ビッグイシュー日本版は月2回発売。最新号の特集は「人々をホームレスにしない方法」だ。

 ウェブサイトには、特集についての以下の記載があった。

 
(引用)
 今、日本には100万人をこえるホームレスやホームレス予備軍の人が存在する?

 !ここ20年ほどで、生活保護受給者は2.4倍(95年88万人から12 年210万人)、非正規雇用者の比率は2.2倍(85年16パーセントから11年35パーセント)となった。このようななか、08年リーマン・ショックでは多くの若者が雇い止めされ、路上では見えない若者ホームレスが増えた。この背後には、若年無業者60万人、ひきこもり70万人、フリーターなどの人々が控えている。さらに、震災や原発事故によって、数十万人がホームレス状態になり、いまだ避難所で暮らす人もいる。

 彼らを路上に出さないためには?安定した暮らしへの希望を持ってもらうためには?その鍵は住宅問題にあるのではないか。

 そこで、住宅政策を研究する平山洋介さん(神戸大学大学院教授)と、路上生活者を支援する稲葉剛さん(NPO法人「自立生活サポートセンター・もやい」理事長)に「人々をホームレスにしない住宅政策」について対談をお願いした。また、「もやい」のスタッフに「若者ホームレスの今」について、作家の雨宮処凛さんに「ホームレス状態の若い女性」について聞いた。さらに、今も県外の避難所に残る福島県双葉町の方々に取材した。

 ホームレスとはいったい誰なのか?人々をホームレスにしない方法は?今、ホームレス問題を問い直したい。(引用終)


***

ビッグイシュー日本版の過去記事はこちらへ
http://bigissue-online.jp/

大分前になりますが、創始者の英国人ジョン・バードさんにインタビューしました。
【インタビュー】「ホームレスに機会を与えたい」 英雑誌「ビッグイシュー」創始者
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=200405251410322

関連:ホームレスが売るストリート・ペーパーが、世界中で部数増加 -慈善団体INSP調べ
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201011220534341
by polimediauk | 2012-11-04 22:40 | 日本関連
 国会事故調査委員会(東京電力福島原子力発電所・事故調査委員会)http://www.naiic.jp/が、5日、報告書を発表した。

 この件について、ツイッターを通じて感想を出してきたのだが、記録のために、ブログにも記しておこうと思う。報告書の英文に、日本人一人ひとりにとって、宿題のようなことが入っているのに対し、日本語原文のほうには入っていないように見受けられるからだ。

 まずお断りしておきたいのが、私は日本に住んでいらっしゃるみなさんほど、原発事故や福島についての詳細な情報を把握していない。また、600ページ余ある報告書本編の全部をまだ読んでいない。

 それでもここで書いておこうと思ったのは、報告書の最初のほうにある委員会の黒川委員長の言葉から、原発事故のみならず、日本の現状や将来について、また私が書いてきたメディアの世界について、深く学ぶことが多いと思ったからだーーある意味では、原発や震災自体の話でもないのである。しかし、重要なのだ!

 ・・・と前置きをした後で話を始めると、この報告書発表についてのニュースを私はガーディアン、フィナンシャル・タイムズ、およびBBCの報道で知った。それぞれがショッキングな見出しで、たとえば、FTの場合は(登録後に全文が読める設定であることにご注意)ー

Fukushima crisis ‘made in Japan’
http://www.ft.com/cms/s/0/55edd178-c673-11e1-963a-00144feabdc0.html#axzz1zvHh8OAC

最初の段落
The chairman of an investigation ordered by Japan’s parliament into last year’s failure of the tsunami-crippled Fukushima nuclear plant has declared that it was a crisis “Made in Japan” resulting from the “ingrained conventions of Japanese culture.”

 なんと、原発事故は、「日本文化に根付いた慣習」によってもたらされた、「日本製」の危機と書いてあった。

 次の段落では、黒川委員長が、報告書の中で、原発関係者、規制団体、政府を厳しく批判した、とあるのだが、その次がまた驚く。英文のあいさつの中で、委員長は、事故が起きたのは、日本の(あるいは日本人の)「反射的な従順性、権威に問いかけをしたがらない気質、「『計画を守ることに固執する』ことへの没頭」、「集団主義」、「偏狭性」のためだと書いている、というのだ。

 私はここを読んで、非常にどっきりしたー日本を、日本人全体を指していたからだ。

 あいさつ部分の次の表現もさらに驚く。

 「とてもつらいことだが、私たちはこれが『日本製』の災害であったことを認めなければならないだろう」、「もしこの事故に責任を持つ人たちの立場に、ほかの日本人がいたとしても、結果は同じだったかもしれない」。

 ここは、深い。というのも、これまで、元首相や政府、官僚、マスコミ、東電関係者、原発監督組織などなど、いわゆる「当局」あるいは「関係者」に、非難がごうごうであった。もちろん、その非難は正当なものであるといってよいだろう。

 しかし、委員長の英文あいさつが指摘したのは、私流の解釈でいえば、「他者を批判するだけでいいのか?」という点である。さらにいえば、国民一人ひとりが、当事者として、考えてみる必要はないのか、という点である。

 これは私が専門とするメディアにも関連する。マスコミ批判がネット上で渦巻いていたことがあった(今でもそうだろうけれども)。その1つの1つの指摘は、決して間違っているとはいえないのだろうけれども、日本の外にいる私からすると、マスコミの特質といえるようなものは、日本社会の文化、価値観に根ざしているところがあって、いわば子が親を批判しているような、かつ当事者としての視点が欠けているような思いがしてならなかった。

 たとえば、委員長のあいさつの中にもあった、「権威に問いかけをしない」という部分である。原発・震災報道で、日本のマスコミ報道に不十分さ、苛立ちを感じた人はたくさんいると思う。

 でも、権威(大企業、政府、上司、親、自分より年上の人など)に対する、一定の敬意が、少なくとも英国よりは、まだまだある日本社会。報道機関はもちろん、権威に対する挑戦をするべき存在ではあるが、マスコミ「だけ」にそれを期待してもどうかとも、少し思うわけである。(補足:また、いつも思うことだが、マスコミも、パワフルな権威だとすれば、その言っていることを疑うことも重要だ。マスコミ報道に過度に一喜一憂しないほうがよいかもしれない。どうせ他人が言っていることだ、と少し突き放してみることも必要かもしれないのだ。自分の頭で考えたことが一番なのだから。)

 国民の中の「権威に挑戦をしない」という部分が如実に現れたのが、原発再稼動に反対する大規模市民デモである。英国と日本は違うし、同じである必要はまったくないが、それでも、デモが起きたこと自体がニュースになる、というのは、英国に住む感覚からいえば、大きな驚愕である。その一方で、私自身が、日本でデモに参加したことがなかった。デモに参加するようになったのは、英国に来てからである。

 そんなこんなで、いろいろと考えさせてくれる報告書であった。

 また、日本語のあいさつ文には、私が指摘した+英国メディアが重要な点として報道した箇所がない。

 日本人にとってこそ、重要な箇所だったのに、残念である。日本語版に入らなかったために、国民の一人ひとりが原発事故を自分の問題としてーー当事者の問題としてーー考える機会が、少し失われたと思う。日本語だけ読むと、まだまだ「誰かほかの、悪いやつが引き起こした事故」という印象になってしまうと思うが、いかがであろうか。

 以下に、報告書の日本語部分とそれに該当する英文をあげておくので、関心のある方はご参照願いたい。(一部の色を変えたのは、こちらの編集です。画面設定上、英文表記で単語が2つの行に分かれている部分があることにご留意ください。)

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(日本語)

はじめに

 福島原子力発電所事故は終わっていない。

 これは世界の原子力の歴史に残る大事故であり、科学技術先進国の一つである日本
で起きたことに世界中の人々は驚愕した。世界が注目する中、日本政府と東京電力の事故対応の模様は、日本が抱えている根本的な問題を露呈することとなった。

 福島第一原子力発電所は、日本で商業運転を始めた3 番目の原子力発電所である。日本の原子力の民間利用は、1950 年代から検討が始まり、1970 年代のオイルショックを契機に、政界、官界、財界が一体となった国策として推進された。

 原子力は、人類が獲得した最も強力で圧倒的なエネルギーであるだけではなく、巨大で複雑なシステムであり、その扱いは極めて高い専門性、運転と管理の能力が求められる。先進各国は、スリーマイル島原発事故やチェルノブイリ原発事故などといった多くの事故と経験から学んできた。世界の原子力に関わる規制当局は、あらゆる事故や災害から国民と環境を守るという基本姿勢を持ち、事業者は設備と運転の安全性の向上を実現すべく持続的な進化を続けてきた。

 日本でも、大小さまざまな原子力発電所の事故があった。多くの場合、対応は不透明であり組織的な隠ぺいも行われた。日本政府は、電力会社10 社の頂点にある東京電力とともに、原子力は安全であり、日本では事故など起こらないとして原子力を推進してきた。

 そして、日本の原発は、いわば無防備のまま、3.11 の日を迎えることとなった。

 想定できたはずの事故がなぜ起こったのか。その根本的な原因は、日本が高度経済成長を遂げたころにまで遡る。政界、官界、財界が一体となり、国策として共通の目標に向かって進む中、複雑に絡まった『規制の虜(Regulatory Capture)』が生まれた。そこには、ほぼ50 年にわたる一党支配と、新卒一括採用、年功序列、終身雇用といった官と財の際立った組織構造と、それを当然と考える日本人の「思いこみ(マインドセット)」があった。経済成長に伴い、「自信」は次第に「おごり、慢心」に変わり始めた。入社や入省年次で上り詰める「単線路線のエリート」たちにとって、前例を踏襲すること、組織の利益を守ることは、重要な使命となった。この使命は、国民の命を守ることよりも優先され、世界の安全に対する動向を知りながらも、それらに目を向けず安全対策は先送りされた。

 3.11 の日、広範囲に及ぶ巨大地震、津波という自然災害と、それによって引き起こされた原子力災害への対応は、極めて困難なものだったことは疑いもない。しかも、この50 年で初めてとなる歴史的な政権交代からわずか18 カ月の新政権下でこの事故を迎えた。当時の政府、規制当局、そして事業者は、原子力のシビアアクシデント(過酷事故)における心の準備や、各自の地位に伴う責任の重さへの理解、そして、

 それを果たす覚悟はあったのか。「想定外」「確認していない」などというばかりで危機管理能力を問われ、日本のみならず、世界に大きな影響を与えるような被害の拡大を招いた。この事故が「人災」であることは明らかで、歴代及び当時の政府、規制当局、そして事業者である東京電力による、人々の命と社会を守るという責任感の欠如があった。

 この大事故から9か月、国民の代表である国会(立法府)の下に、憲政史上初めて、政府からも事業者からも独立したこの調査委員会が、衆参両院において全会一致で議決され、誕生した。

 今回の事故原因の調査は、過去の規制や事業者との構造といった問題の根幹に触れずには核心にたどりつけない。私たちは、委員会の活動のキーワードを「国民」「未来」「世界」とした。そして、委員会の使命を、「国民による、国民のための事故調査」「過ちから学ぶ未来に向けた提言」「世界の中の日本という視点(日本の世界への責任)」とした。限られた条件の中、6か月の調査活動を行った総括がこの報告書である。100 年ほど前に、ある警告が福島が生んだ偉人、朝河貫一によってなされていた。朝河は、日露戦争に勝利した後の日本国家のありように警鐘を鳴らす書『日本の禍機』を著し、日露戦争以後に「変われなかった」日本が進んで行くであろう道を、正確に予測していた。

 「変われなかった」ことで、起きてしまった今回の大事故に、日本は今後どう対応し、どう変わっていくのか。これを、世界は厳しく注視している。この経験を私たちは無駄にしてはならない。国民の生活を守れなかった政府をはじめ、原子力関係諸機関、社会構造や日本人の「思いこみ(マインドセット)」を抜本的に改革し、この国の信頼を立て直す機会は今しかない。この報告書が、日本のこれからの在り方について私たち自身を検証し、変わり始める第一歩となることを期待している。

 最後に、被災された福島の皆さま、特に将来を担う子どもたちの生活が一日でも早く落ち着かれることを心から祈りたい。また、日本が経験したこの大事故に手を差し伸べてくださった世界中の方々、私たち委員会の調査に協力、支援をしてくださった方々、初めての国会の事故調査委員会誕生に力を注がれた立法府の方々、そして、昼夜を問わず我々を支えてくださった事務局の方々に深い感謝の意を表したい。

 東京電力福島原子力発電所事故調査委員会(国会事故調)
 委員長 黒川 清

(英語)

Message from the Chairman

THE EARTHQUAKE AND TSUNAMI of March 11, 2011 were natural disasters of a magnitude that shocked the entire world. Although triggered by these cataclysmic events, the subsequent accident at the Fukushima Daiichi Nuclear Power Plant cannot be regarded as a natural disaster. It was a profoundly manmade disaster – that could and should have been foreseen and prevented. And its effects could have been mitigated by a more effective human response. How could such an accident occur in Japan, a nation that takes such great pride in its global reputation for excellence in engineering and technology? This Commission believes the Japanese people – and the global community – deserve a full, honest and transparent answer to this question.

Our report catalogues a multitude of errors and willful negligence that left the Fukushima plant unprepared for the events of March 11. And it examines serious deficiencies in the response to the accident by TEPCO, regulators and the government.

For all the extensive detail it provides, what this report cannot fully convey – especially to a global audience – is the mindset that supported the negligence behind this disaster. What must be admitted – very painfully – is that this was a disaster “Made in Japan.”

Its fundamental causes are to be found in the ingrained conventions of Japanese culture: our reflexive obedience; our reluctance to question authority; our devotion to ‘sticking with the program’; our groupism; and our insularity.

Had other Japanese been in the shoes of those who bear responsibility for this accident, the result may well have been the same.


Following the 1970s “oil shocks,” Japan accelerated the development of nuclear power in an effort to achieve national energy security. As such, it was embraced as a policy goal by government and business alike, and pursued with the same single-minded determination that drove Japan’s postwar economic miracle.

With such a powerful mandate, nuclear power became an unstoppable force, immune to scrutiny by civil society. Its regulation was entrusted to the same government bureaucracy responsible for its promotion. At a time when Japan’s self-confidence was soaring, a tightly knit elite with enormous financial resources had diminishing regard for anything ‘not invented here.’

This conceit was reinforced by the collective mindset of Japanese bureaucracy, by which the first duty of any individual bureaucrat is to defend the interests of his organization. Carried to an extreme, this led bureaucrats to put organizational interests ahead of their paramount duty to protect public safety.

Only by grasping this mindset can one understand how Japan’s nuclear industry managed to avoid absorbing the critical lessons learned from Three Mile Island and Chernobyl; and how it became accepted practice to resist regulatory pressure and cover up small-scale accidents.

It was this mindset that led to the disaster at the Fukushima Daiichi Nuclear Plant.


This report singles out numerous individuals and organizations for harsh criticism, but the goal is not—and should not be—to lay blame. The goal must be to learn from this disaster, and reflect deeply on its fundamental causes, in order to ensure that it is never repeated. Many of the lessons relate to policies and procedures, but the most important is one upon which each and every Japanese citizen should reflect very deeply.


The consequences of negligence at Fukushima stand out as catastrophic, but the mindset that supported it can be found across Japan. In recognizing that fact, each of us should reflect on our responsibility as individuals in a democratic society.

As the first investigative commission to be empowered by the legislature and independent of the bureaucracy, we hope this initiative can contribute to the development of Japan’s civil society. Above all, we have endeavored to produce a report that meets the highest standard of transparency. The people of Fukushima, the people of Japan and the global community deserve nothing less.

Kiyoshi Kurokawa
by polimediauk | 2012-07-07 18:11 | 日本関連
 英ニュース週刊誌「エコノミスト」東京支局記者ケネス・クキエ(Kenneth Cukier)氏に、東京事務所で話を聞いた。今回はその2(最後)である。

―3月の東日本大震災の発生で、現地に飛んで取材をしたこと、大きな衝撃を受けながら原稿を書いたことを聞きました。その後、東京に戻ってからの報道はどんな感じになりましたか。

クキエ記者:東京に戻ってからは、震災の影響がどうなっているのかを書くことになりました。その後、私たちは東北に何度も戻りました。トリックス支局長は破壊された都市のほとんどをたずねました。避難所を全部回り、第一原発から2-3キロのところまで行きました。

 今回の震災は、日本の歴史にとって画期的な事件になりましたが、ここで強調しておきたいことがあります。それは、この震災についての最も驚くべきことが、ここ東京で起きていたということです。

 この事務所から霞ヶ関まではタクシーで5分ほどです。その霞ヶ関の愚かさ、政治階級の愚劣さ、日本国民のニーズにこたえることができない無能さが、震災を通じて表面化しました。国民を失望させました。メディアも例外ではありません。国民は官僚、政治家、メディアが自分たちを裏切ったことを知っています。現状に適応することができなく、是正することもできませんでした。この震災は、こうした人々をテストする機会でした。

 日本の中の変化はゆっくりと起きるので、官僚、政治家、メディアが本当に現状に適応できるようになれるのかどうか、明確ではありません。しかし、官僚、政治家、メディアはかなり非情だったと思います。今後、日本国民の期待にこたえることができないとすれば、深刻な問題に発展すると思います。

 また、経済団体はすぐに政治階級に連絡をつけて、エネルギー市場を変えさせないようにするでしょう。独占的状況にあるエネルギー市場は日本国民を裏切っています。日本人は裏切られたことを知っています。若い年代の人たちは、物事を変えたいと思っています。

ー日本に良い意味での変化が起きると思いますか?

 日本は世界の中でも最も重要で、文明が進んだ国の1つです。芸術、文化、国力、知性、優れた先端技術を持っています。こうしたものは消えません。資産を国民全員が平等に共有することはできなくなるかもしれませんが、日本は依然として地球上の文明化の動きの中心的存在ですよ。

―世代が変わらないと、なかなか変化が起きにくいのではないでしょうか。人口構成の要素も影響しているのではないでしょうか。若い層にはなかなかチャンスが与えられていない感じがしています。

 確かに、私もそうは思います。日本社会全体で見ると、それほどいい状態というわけではない。日本は2つの層に分かれる社会になっていくと思いますーもう既にそうなっているのでしょうが、これがもっと進むと思います。ギャップが大きくなる。古い日本と新しい日本に分かれる。新しい日本は現代的で、地球全体につながっており、豊かです。古い日本は貧しく、内向きで、経済もうまく行かない、と。

―前向きの動きが起きていると思いますか?

 起きていると思いますよ。国民は先ほどの既成組織が自分たちを裏切ったと感じています。日本を変えたいと思っています。しかし、おそらく、既成の組織を通して変化を起こそうとしているのかもしれません。

 政治で言えば、政治などどうでもいいと考える人が増えています。企業に関しても、どうせ変わらないだろう、と。しかし、どういう方向で変化を起こしたいのか、日本国民自身がまだ分かっていないのではないでしょうか。

 国民は、変化を起こしたいとは強く思っているーーもっとグローバルに、もっと市場主義の要素を導入し、自分の人生を自分でコントロールするようになりたいと思っている。

 現在の日本では、国民が自分の人生を所有していないと思っているのではないでしょうか。学校に行く年齢のときは、学校が自分を所有している。従業員のときは、雇用主が自分を所有しているのです。

 ただ、地震で日本がいかに変わったかを語ることができるのは、今から10年か20年後になるのかもしれません。いまではない感じがします。私は日本の将来に関して楽観的ですが。

―日本にはどれぐらいいらっしゃるのですか?

 もう4年半です。

―米国のご出身ですか?

 国籍はそうです。

―日本のメディアについてどう思いますか。例えば米国と比べてどうでしょう?

 どこも完全なメディアを持っている国はないですね。日本人のジャーナリストたちに会うと、皆さん非常に優秀です。自分がやっていることに非常に心を傾けています。

 しかし、組織としてみると、まるで19世紀のやり方をしている感じがします。日本のメディアは日本国民を裏切っているのだと思います。つまり、「自由なメディア」がやることは、権力の監視です。日本のメディアはこれを実行していません。やっているふりをしているだけなのです。自分たちのことを「フリー・プレス(自由な新聞)」と呼ぶなんて、本末転倒といってよいレベルです、偽りの行為です。権力者の速記者になっているだけなのですから。

―この部分はオフレコの発言でしょうか?

 いいえ、違います。喜んで今言ったことを繰り返します。

 といっても、この類に入るのはすべてのメディアではありません。もちろん、例外はあります。個人のレベルでは、どのジャーナリストもすばらしい。優れた報道をしているメディアもあります。しかし、主流のメディアに関しては、「自由なプレス」がその責務として行うような形では、社会に仕えていないと思います。

―何故「エコノミスト」は世界中で部数を伸ばしているのでしょうか。独自の視点を出せる秘密は何だと思いますか?

 まず、第1の要素として、「エコノミスト」は普通のメディアでは適合しないような人を惹きつけます。ジャーナリストだったら、何でも簡単に説明する能力が求められますが、「エコノミスト」は強い好奇心を持ち、簡単に説明してしまいたくないと思う人を惹きつけます。読者に記事を読んでもらうには、物事の複雑さをやや緩和して書くことが必要なことは知っていても、物事の複雑さを楽しみ、きれいに書かれた文章を作るために時間を割き、もっと時間をかけて考える人が集まる場所なのです。

 週刊の発行物なので、すぐに書かなければならないというわけではありません。また、書くスペースが小さいので、簡潔に書かなければなりません。記事は分析記事で、高い水準を維持する必要があります。こうしたことが全てが「エコノミスト」ならではだと思います。

 さらにもっと重要なのは、「エコノミスト」には非常によい同僚たちがいます。家に呼んで家族とともに過ごしたいと思わないような同僚は1人もいません。

―それは珍しいですね。

 本当に珍しいです。私はアメリカ人ですし、オックスフォード大学に行ったわけでもありません(注:「エコノミスト」には同大学の卒業生が多いといわれる)。ほかの会社で働いた経験もあります。典型的な「エコノミスト」のジャーナリストではないわけです。

 聖人君子である必要はありませんが、英国式のマナーがありますよね。たとえ何が起きても、気持ちよく人とつきあうことを重要視する文化です。アメリカ人には同じような考え方はありません。フランス人は反対でしょう。もし自分の気分がくさっていたら、それを表現し、同僚にぶちまけるのが自分の権利だと思っているようです。

 でも、英国は違います。議論をしていて、自分が相手の論旨に同意しないときはどうするか?「多分、あなたの言っていることは正しいかもしれないが」とか、「ほかの意見も聞くに値するのではないか」というわけです。非常に礼儀正しいやり方で、同意しないことを伝えてくれます。

 最後に、署名原稿の形を取らない点があります(注:英米では署名原稿が一般的だが、「エコノミスト」では記事に特定の署名がつかない)。このため、ほかのメディアで働いていた場合に芽生える虚栄心が、少し失せるのです。例えば「ニューヨーク・タイムズ」だったら、たくさんの著作があるコラムニストや、官邸記者、外交問題の記者だったら、自分の名前がついた記事が1面に載るわけですから、自分が特別な人間だと思ってしまうでしょう。

―自分もそうなりたいという気持ちはないのでしょうか?

 ジャーナリストだったら、誰しもがモーチベートされたいと思っていますよね。でも、(無記名の記事を出すことで)そんな感情や虚栄心を昇華させて、もっとより良いことのために書こう思えるようになってくるはずです。自分自身を検証することもできます。自分の名声のために記事を書くわけではないことが分かってきます。ほかの記者や編集者と一緒に一つの原稿を作り上げる過程で、原稿の質が上がっていきます。

 署名を失う代わりに、もっと純粋に書く事ができるのではないでしょうか。誰が書いたかよりも、何を書いたかの方が重要だと思っています。(終)
by polimediauk | 2012-01-09 08:24 | 日本関連
 昨年秋、日本に滞在したときにインタビューさせてもらったメディア・出版業界の方々の中で、オンレコで内容をブログ掲載してもよいと言ってくれた3人の方の声を紹介してきた。今回は、その最後にあたる。

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 英ニュース週刊誌「エコノミスト」東京支局のケネス・クキエ(Kenneth Cukier)記者(写真、右)は、日本のビジネス・金融問題を担当している。その前には「エコノミスト」のロンドン本社でテクノロジーや通信問題について書いてきた。「エコノミスト」の前には「ウオール・ストリー・ジャーナル・アジア」(香港駐在)、「インターナショナル・ヘラルド・トリビューン」(パリ駐在)などを経験している。 http://www.economist.com/mediadirectory/kenneth-neil-cukier

 インタビューはオリンパスの粉飾決算がらみで英国人社長が解任されて間もなくの頃に行われた。東京事務所に先に到着して待っていると、クキエ記者は約束の時間にほんの少し遅れて姿を見せた。聞けば、元社長とのインタビューで、原稿を書いていたという。一仕事を終えたばかりのすっきりした表情をしたクキエ氏は、東日本大震災の報道の様子や日本のメディアについて語ってくれた。

                 ***

―「エコノミスト」の締め切りまでの1週間の流れと、今回の東日本大震災をどうやって報道したかを教えてください。


クキエ氏:締め切りは毎週水曜日になります。英国時間の木曜までに原稿が印刷所に送られて、金曜日には新聞の形になって(注:「エコノミスト」は自分たちの媒体を「新聞」と呼ぶ)、駅の売店や購読者のもとに届けられます。

 地震が起きたのは金曜日の昼でした。そこで、すぐに私たちは(自分とヘンリー・トリックス東京支局長)は、地震発生の第一報を書きました。最初はほとんど何も情報がなかったのですが、そのうちに段々新しい情報が入ってきたので、原稿をアップデートしていきました。地震の悲劇があって、津波の犠牲者が発生し、当日の夜には今度は過熱した原発の問題が発生しました。こういうニュースをまず東京で、金曜日に書いていたわけです。

 私自身はまず家族が無事だったかどうかを確認しました。余震が何度もありまししたし、4ヶ月の赤ん坊と4歳の子供がいたので、家族の安否を確かめるのが最優先でした。

 私たちのオフィスは銀座にありますが、ビルの外に出てみると、たくさんの人が六本木から渋谷方面に向けて歩いていました。赤信号のところで止まっている様子などを見ていましたが、がんばろうという雰囲気、我慢しようという雰囲気が感じられましたね。

 週末の土曜と日曜に、私たちは1日に2本の原稿を書きました。まず前の晩に起きたことを入れた話を朝書いて、午後にもそれまでに分かった情報で新たな原稿を作りました。

―その原稿というのは、ウェブサイト用に書いたということですね?

 そうです。朝1本書いて、午後も1本書くというパターンを1週間ほど続けました。他の人はもっと書いていましたけれども、とりあえず、「エコノミスト」のウェブサイトに利用者が来れば、何か読むものがあるように、現在の動きが分かるように、と思っていました。

 週明けの月曜日の朝、編集会議が開かれました。そこで、誰かが現地に行くべきだという話になり、その役が私に回ってきました。うちに帰って荷物をまとめて、現地に向かいました。

―現地には誰かと一緒に行ったのですか?

 そうです。いま「エコノミスト」があるこのビルの中で働いているオーストラリア人のジャーナリストと一緒に、お昼12時頃、車で出かけました。福島めがけて東北道を走っていましたが、福島ではメルトダウンが起きていたので、東京から1時間走ったところで新潟方面へ。新潟に着いたのは午後10時か11時だったと思います。それから山形に向かい、午前3時か4時ごろ到着。そこで一晩を過ごしました。寝たのは3-4時間ぐらい。7時には南三陸に向かっていました。国際救援センターを目指していたのです。

―いつもとは違う仕事ですね。

確かに。

―「エコノミスト」は分析・解説記事で知られています。今回は分析記事を書くのは難しかったのでは?

 確かに分析記事で知られていますが、外に出て取材をするのも私たちの伝統の1つです。ロンドンの本社で、忍耐強く省察を試みるという伝統からすれば、現地取材はあまり目立たないですが。どんなジャーナリストも、現地に行って目撃したいという思いがあるはずです。

 例えば、2008年に、チベットで暴動がありました。そこにいた唯一の西洋のジャーナリストが「エコノミスト」の記者でした。過去8年間、チベットに行きたいと申請を出していたのですが、その記者は当局にいつも断られ続けてきました。しかし、その年には中国政府から渡航許可を得たのです。暴動があるとは思っていなかったのですが。もちろん、当時は、誰もそんなことが起きるとは思わなかったのです。(注:ウィキペディアによると、2008年3月10日、中国チベット自治区ラサ市において、チベット独立を求めるデモをきっかけとして暴動が発生。「エコノミスト」のジェームズ・マイルズ記者がその場にいた。)

―当初、どのぐらい現地に滞在したのですか?

 私は6日間、行っていました。陸前高田に行って、大船渡にも行きました。それから青森にも。どこに行っても、目にしたのは破壊でした。特にひどかったのは、陸前高田でしたが。

―あれだけの破壊を目にしたら、1人の人間としても影響を受けたのではないでしょうか。

非常に深い影響を受けました。いまはこんなことを話すときではないかもしれませんが、あの光景を見てから、私の人生観が、そして私自身が変わりました。生涯、忘れることはないでしょう。

―本当に?

 もちろんです。

 いかに自然が破壊的になるかを目の当たりにしました。信じられないぐらいの破壊力です。人生とはいかに説明がつかないものなのかー。陸前高田では、町中から5キロほど離れたところに田んぼがありました。倒壊した家や木々や枝が散らばっていました。ここにいた家族が、その生活が、根こそぎバラバラにされたのだということがよく分かりました。その家だけでなく、ほかの人の家でもまったく同じことが起きていました。家族の誰かがそこで亡くなったり、消えてしまったのです。

 人間には、自分には制御できないことがあるのだということをしみじみと感じました。人生は非常にでたらめなのです。そこで私は、「心配する必要はないー私の人生の終わりの時が来たら、もうそれから逃れることができない」、と思いました。

 ある民家が無事で、ある民家がまったく無傷のままだったのは何故なのか。理由はないのです、単にそういう結末になったというだけです。「自分がやるべきことをやれ、そこでゲームオーバーになったら、それはそれなんだ」ーそう思うことができました。

―来るべき時が来たら、すべてが終わり、と。

そうです。それと、日本的な心の持ちようにも救われました。「これが人生だ、何かが起きたらこれを受け入れ、進んでゆく」という考え方です。自然災害を体験したことがある国だからこそ、一種の国民的な性格になっているのでしょう。そして、日本国民のタフさ、無私の精神にも感銘を受けました。

幸運にも津波を生き残ったある人に取材しました。全てを失った人でした。家が流され、屋根の上にあがって生き延びたのです。いまは妻と一緒にカナダに移住している人ですが、今でもメールで連絡を取り続けています。

ジャーナリストとして、何が起きたかの報道することは、道義的な面からも意味がありました(目に涙がたまる)。震災は感情に訴えかける出来事でした。報道、ジャーナリズムという手法だけでなく、詩によって表現したほうがもっと実情が伝わったかもしれないと思います。

―日本のジャーナリストや小説家の中で、「今回起きたことを表現するには時間がかかる」、「自分の中で言語化するにはもっと時間が必要だと思った」、と書いているのを読んだことがあります。

 そういう思いはよく分かります。今回も、また震災以前の別のときにも、「時が熟していない」、「言葉がまだ準備できていない」、あるいは自分自身がもっと考えを熟成する必要があるなどの理由で、言語化をためらう経験をしたことがありました。

「言葉でいかに伝えるか」

 現地にオーストラリア人のジャーナリストたちと行ったときに、車で回っていたのですが、同乗していたのがオーストラリア人の写真家でした。この写真家は、10分おきぐらいに車を止めさせて、外に出て行って、写真を撮っていました。

 このとき、私はメモ帳を手にして、車の後部座席に座っていました。周りの光景を見て、メモを取りながら、考えていました。写真家だったら、車の外に出て、シャッターを押します。そこで仕事は終わりで、人々は写真を見て、感動するでしょう。そこで私は自分に誓ったのです。よし、ここで見たことを熱をこめて書くぞ、と。読んだ人に忘れられない強い印象を残すような記事を書くぞ。と。

 1枚の写真が数千語の文字に匹敵すると人は言います。そこで私は言葉を使って、強い印象を残す文章を書こうと思いました。読み手に何が起きたかを本当に伝えることが使命だと思いました。

―それほどまでに記者個人として強く感じたのであれば、「エコノミスト」では記事は無記名で、「1つの声」として書くので、こうした点に限界を感じなかったのでしょうか。

 それは大丈夫でした。締め切りの話に戻りますが、次の号が出る頃には、震災発生から一週間が過ぎていました。既に読み手はたくさんの写真や動画をテレビや新聞で見たり、記事を読んだりしているわけです。ドラマを越えた何かを読者のために提供する必要がありましたので。

 トリックス支局長は東京にいて、情報収集に力を入れていました。私は現場にいて、何が起きているか、人々の反応を探る作業をしていました。

 記事の中に、もっと感情的な要素を入れたいと思ったのは確かです。でも、最終的にバランスよくできたと思っています。この大きな人間の悲劇に心を動かされなかった人はいないだろうと思います。自然が引きおこした・・・(言葉に詰まる)・・・自然の破壊です。心で感じて、頭でも感じるわけですね。何が起きているのか、何が起ころうとしているのか、再建策は何か、当局がどうやって避難民を扱ったのか。

 私が衝撃を受けたのは・・私たちが作り上げた文明が破壊され、流されてしまったことです。バラバラにされて、無になるほどめちゃくちゃにされてしまいましたー。

 これを口に出すのは厳しいようですが、最後には、あなたが誰であろうと、どこからきて、身分証明書に何が書いてあろうと、最後には、すべてが瓦礫になってしまう。木やダンボールの一部、壊れたガラス、瓦礫の山―そんなものが最後には残っただけなのですーそんなことを考えていました。(つづく)
by polimediauk | 2012-01-08 07:12 | 日本関連
 横手拓治・中公選書編集長に、前回は出版事情と選書シリーズ創刊の背景を聞いてみた。今回は、どういう企画を選書シリーズに入れようと思っているのかについてうかがった。

―今度は編集者に関する質問をします。横手さんは選書の編集者ですが、書き手が横手さんに出版を考えてアプローチした場合、どういった展開になりますか。気になる人は多いと思います。「こういう企画が欲しい」という方向性が先にあるのでしょうか? 刊行したいと思ってもらえる本は、どういう基準で選ばれるのですか?

 横手氏:正直にいいます。公的には「編集方針」みたいなことを言う場合はありますが、究極は主観というか、カンですね。答えになっていませんか?

―その「主観」っておっしゃったのは、いままでの経験則から判断する、という意味ですか?

 経験則は大きい。それがないと素人と同じになります。それから情報、そしてデータです。とりわけ数字のデータ。これは営業関係者など、会社の他の人間に説得するためです。ただ数字というのはあくまで近過去のもの。本は将来の読者に向かって出すのですから、数字は判断材料の、多くのもののうちの一つに過ぎません。

 その上で決定的に重要なものとして、「なにか惹かれる」というニュアンスがあります。これも「好きだ」といった、趣味的な、アマチュア的なレベルに過ぎないと、説得力、パワーを持ちません。やはり何らかの、プロフェッショナルな知見に基づき、その上で、動物的なカンを働かせるのです。「説明しろ」と言われれば、苦し紛れに理屈を出せるのですが、どうもウソっぽくなる。「何か」を感得した、それはカンであり、主観だ、と言いきるほうがむしろスッキリしています。

 カンというのは、答えになっていない答えのようですが、今回の小林さんの本『英国メディア史』の中で、「同じジャーナリストとして、すごくシンパシーを感じた人がいる」と書かれていましたね。あの感覚とよく似ています。人だったり、活字だったり、作品だったり。たくさんある中で、特定の一つに強いシンパシー感じる、というのは、私のいうカンとか、主観というのと、かなり似ていますよ。

―主観というと誤解があるかもしれませんね。

 主観という語は誤解がありますね。訂正します。感覚的なものも含めての、経験の総合力だといったほうが正確でしょう。そこには、ある種の客観性みたいなものが宿されます。そして「何か」を直感的に把握するきっかけが、そこからもたらされます。

―すると、つまるところ、このシリーズで出版される本というのは、個人的趣味嗜好ではなく、プロ編集者としての横手さんが選んだ本、ということですね?

 経験による総合力ですから、個人の好みだけではないのです。経験を積ませてくれたすべての人や会社に感謝しつつ、その総合力を、価値ある本の制作を行うことで、業界にフィードバックしたいわけです。

―話題を転じますが、日本の出版社との交渉で驚いたのは、編集者と遣り取りしているとき、お金の話が一切出てこないこと。お金を稼ぐ仕事とは思っていない、という印象でした。

 商業出版ですから、お金の話は欠かせないのですが、著者の方とは普通、その話はしません。海外ではビジネスとしてきちっとやるようですね。お金の話をツメてから、編集活動をはじめる、といったシステムだと聞いています。その点、日本はまだのんびりしていますね。

―コストがいくらかかるとか、そういうことは別に置いておいて、考えていないように見受けましたが。

 いつも考えていますよ。そればっかりです。ただ、著者の方との話では出てこないだけで。

―ビジネスの考えを持ち込むと、何かが失われてしまう、と日本の出版社人は考えているのかな、と思いました。

 そう思ってくれて、こそばゆいような、複雑な気持ちです。根本はビジネスなのですが、確かに、少なくとも私は、取引相手となる著者とはビジネス的な話はあまりしない。考えてみれば不思議ですね。信頼関係で成り立っている、といえばそうでしょうが。ただこれで、30年近く、無事にやってこられたわけです。

―中公選書は今後、どういったペースで出していかれるのでしょうか?

 最初からガツガツやらないようにしよう、とは思っています。現時点では、2か月に2冊程度のペースでやっていくつもりです。定期刊行物という位置付けはずっと変わりません。

―書き手は、ふだんどうやって探すのでしょうか?

 基本的にはものすごくアナログ的、かつ原始的です。論文をひたすら読み、人の評判を聞き、の繰り返しです。

―シリーズの狙いとして、やはり、質の良いものを出してゆきたい、というのがあるわけですよね? 「知は自在である」というキャッチコピーが、選書創刊時のシリーズ紹介文には入っていましたけれども。

 そうです。質というのは、これまた論議のあるテーマですが、端的にいえば、中公の教養書の基本路線でやります、ということです。新しい時代に、中公の教養書の基本を踏まえて本を出していく、ということになります。その意味では原点回帰、コンサバティブでしょう。ただし、守旧ではない。「知は自在である」としたのは、「知」とか「教養」を、なにか固定的な、堅いものと考えないようにしよう、という意味です。柔軟にみていこうという、こちらの心構えでもあるのです。

 著者も、大家・中堅の方々とお付き合いするのは当然ながら、一方で新人発掘を必ずやります。小林さんもその一人で、今回ご一緒に仕事ができて、ほんとうに光栄でした。それから旧人の新才能発掘。これもやります。編集者をやっていて最も面白いのは、わくわくするのは、やはり新人発掘と旧人の新才能発掘、この2つですから。

 中公新書ラクレのとき、まだ京都大学の院生だった中島岳志さんを著者に迎え、『ヒンドゥー・ナショナリズム』を作りました。その後、中島さんは、大佛賞をとり、研究者のみならず、論壇人として大きな存在になったのですが、いまだに最初、電話を掛けて、「書きませんか」と話したときのことを覚えていますよ。やはり、デビューを手伝った新人著者がのちのち偉くなるのは、嬉しいのです。子育てと同じ。またやりたいですね。いや、きっとやります。中公選書でデビューした新人はみんなすごい存在になる、という、「伝説」を作りたいですね。もちろん、旧人に新しい方向性でものを書いてもらう、というのも、必ず、そして頻度多くやりますよ。
by polimediauk | 2011-12-24 06:43 | 日本関連
 c0016826_18382947.jpg先日、『英国メディア史』という本を、中央公論新社が創刊した「中公選書」シリーズから出させていただく機会を得た。このとき、担当者として面倒を見てくれたのが、前中公新書ラクレ編集部長であった、横手拓治・現中公選書編集長である。

 横手氏は約30年の編集者経験があり、850冊余の雑誌や本を出してきた、プロ中のプロ。手がけてきた分野は漫画以外のすべてという。

 仕事をともにした書き手も多数だが、中公新書ラクレの時代では、『リクルート事件・江副浩正の真実』(「当事者がすべてを語った、現代史の証言にしてすぐれたノンフィクション」と言われている)や、渡邉恒雄氏の『わが人生記―青春・政治・野球・大病』などが記憶に新しい。一方で、『世界の日本人ジョーク集』(77万部)『となりのクレーマー』(26万部)ほかベストセラーも生みだしている。また、ご自身も書き手で、筆名にて近代文学の評論を2冊刊行しており(河出書房新社『宮澤賢治と幻の恋人』ほか)、2012年2月には理論社より子供向けの本を出版する予定だ。

 編集者のプロとして、現在の出版業界をどう見ているのだろう? そして、なぜ「選書」をやろうと思ったのだろうか? 都内で横手氏にじっくりと話を聞いてみた。

***

―中公では選書がいままでなかったのですか?

横手氏:中公選書というのはありませんでしたが、中公叢書と自然選書があり、前者は現在でも続いています。なお、類似のシリーズとしては、他社で双書、選書、ライブラリーの名称が付くものがあり、人文系の版元を中心に、教養書シリーズとしていくつか刊行されています。

 いま日本の書籍出版の中心ともいえる「新書」は、縦長の小さな、いわゆる新書サイズ。定価も3桁で廉価版です。これに対して、選書、双書(叢書)、ライブラリーと言っているシリーズは、基本的に四六(しろく)判です。昔からある、単行本の標準形です。

―中公選書もこの四六判なのですね?

 多少変形して、手に持ちやすく小さくしていますが、四六判です。本の判型は、書籍の場合、シリーズ分けのポイントの一つですが、文庫は小さい「文庫」サイズ、新書は縦長のサイズ。ともに軽装廉価本となります。これに対して、四六判とは、「普通の単行本の大きさ・体裁の本」と思ってくれればいいでしょう。

―読むほうは、サイズに一定のカラーが付いているとして解釈しがちです。たとえば、大きいサイズの本は、「じっくり読む本だろう」とか。

 中公選書に関していえば、その通りです。私は文庫編集を6年、新書編集を10年やり、そのうえで選書の刊行を行うわけですが、文庫・新書といった廉価軽装本とは違う方向性で、「じっくり読む本を作ろう」というのが選書編集の前提です。世界中どこでもそうですが、価格を安くしてたくさんの人に売るというのはペーパーバック。日本では、あるいは新書がこれに当たるのでしょう。これに対して、「じっくり読ませる」ものとして四六判の選書があるわけです。

 そして、中公選書はすべて一次コンテンツで、書き下ろしが中心。一次コンテンツとは、最初の本、という意味です。文庫やアンソロジー系の書籍は、一度刊行されたものを、形態を変えて再刊するわけで、これらを二次生産物といいますが、その点で違います。中公選書は「じっくり読ませる」ことと、「最初の本」にこだわります。

―今回の創刊にはどのような意図があったのでしょうか?

 90年代から00年代にかけて、ネット社会が急速に進展しました。印刷物の制作がメインだった旧来の出版社の人間は、みな脅威を感じています。ネットでは情報の伝わりが早く、しかもコストが低い。また、フェイスブックなどでもわかるように、コンテンツが短く、細切れです。ワンイメージで「伝えること」が成立してしまう。

 こうした潮流に対して、選書を創刊することを通じて、長いものの制作活動に、却ってこだわりたいと思っているのです。長いというのは、400字×300枚とか500枚といった分量のコンテンツです。全体の構成力がないと書き上げられません。ネット的なワンショットの文章をいくら積み重ねても、構築できないのです。そうした構成力のあるコンテンツが制作できるのは、紙の時代にコンテンツを作ってきた人間の強みです。短い、早い、ワンイメージ、といったものへのアンチテーゼは、選書だというわけです。

 選書を出すのは、電子出版の時代だから「ゆえ」という受け身のものではありません。電子出版の時代だから「こそ」なのです。長くて構成力のあるもの、時代が変わっても古びない普遍的なものを作る。制作過程でも、一人の著者とじっくり付き合いながら、本へと仕上げていく。小林さんの『英国メディア史』もそうでした。短く、早く、イメージ重視のメディアが広がっているから「こそ」、本づくりの原点に立ち返ることが必要だ、と考えたわけです。

―出版業界のいわばコンサバティブな動きとして、原点回帰しようという流れがあって、その答えの一つが、選書というわけですか。

 実は選書、双書という形は、いま静かに業界で立ち上がっています。筑摩書房や河出書房新社にて、近年、創刊が相次いでいますし、ほかにも創刊予定をいくつか聞いています。みんな人文系の中堅版元ですが、その位置にある他社で、似たような発想をする人がいるのでしょう。そうした発想が出てくる時期となっているのかもしれません。

―アマゾンが黒船としてやってきて、日本語の電子書籍地図が激変するといわれています。旧来の出版社は変化を強いられるでしょう。選書創刊が原点回帰的な流れとしてあるのなら、ほかにもいろいろな動きがありそうですね。

 電子の世界を通じて、桁違いの、たくさんの出版コンテンツが入ってくるでしょう。しかし、いまのところ、そこで登場するコンテンツのほとんどは、旧来の出版社によって最初に送り出されたもの、つまり紙の時代の制作物です。それがデータを電子化されて二次生産しているだけなのです。電子出版は、現時点では、何も創造してはいない。ただ流通させているだけです。

 電子の世界のコンテンツクリエーターが、最初から、本当に良質な作品――文学としても、教養としても――を作ったというのはまだ見いだせない。グーグルでもアマゾンでも、紙の時代にわれわれが作った本を、廉価で出しているだけです。

―コンテンツを作るのは、(コストや時間が)かかりますものね。

 「最初の本」である一次コンテンツというのは、結局、細かな人間どうしの遣り取りを経ないと、成せないものだと思います。永遠に終わらないかと思えるほどの、実務の繰り返しです。クリエーター+編集者というのは、どうあってもアナログな関係、リアルで具体的な人間関係です。そこでの細かな協同作業を経ることでしか、一次コンテンツが出来ないとしたら、紙の世界で、日々対人交渉で修業してきた編集者は、業態としては生き残るはずです。ただし、個人は選別されるのでしょうが。

―紙のコンテンツを作ってきた人が、デジタルのコンテンツを作り出す、ということはあり得るのですか?

 もちろんあり得ます。紙はなくなるとは思いませんが、たとえ紙がなくなっても、電子の世界で一次コンテンツを発表すればいいのですから。出口が紙か電子かというのは、本質的な問題ではありません。一次コンテンツの創生、クオリティーの追求、そのこと自体が問題です。これを本質的に担っている編集者は、デジタル時代でも必要とされると思います。

 これに対して、出版社という存在はどうでしょうか。中長期的には合従連衡で整理されるか、性格が激変すると思っています。

―いまや、伝統的な存在だった出版社も、生き残りがテーマのようですね。

 いま、会社をあげて電子出版、電子出版とやっているところがあります。それより、いまこそ、一次コンテンツ・メークにマンパワーとカネ、社員の時間を投下したほうがいい、と私は思っています。あと、一次コンテンツのキープにもね。

 それから、文庫やアンソロジーに力を入れるのも首をかしげます。遠からず電子出版に移行する時代に、再刊にすぎない二次生産本にこだわるより、旧来の出版社のほうにいまなお一日の長がある、一次生産本にこだわるべきです。出版社が力を入れるのは、やはり「最初の本」ですよ。

―さきほどの「一次コンテンツの創生」ですが、そのときに編集が重要になるという点について、くわしくお願いします。

 現実に、いまネット上では、小説や詩、エッセイや論評のたぐい、そして写真、コミックなどヴジュアル作品の一次コンテンツが溢れています。素人が自分の書いた作品、作った作品を、そのままネットで公開している。ただ、それが大きなベストセラーになった例ってありますか? ないと思います。ネットで発表しても、自分自身と、近い人たち、たとえば自分の友人しか見ないわけですよ。もちろん例外はあるでしょうし、例外的事態が今後、起こる可能性は否定しません。でもそれは例外が起きた、というに過ぎない。例外はどこまでも例外です。

 小説でもノンフィクションでもコミックでも、広く読者に開かれていくためには、制作過程に、作者以内の他人が介在しなければならないと思います。それは力のある作品を生み出すさいの、本質的なことがらだと思っています。

 いまネット社会が広がり、個人が公に何かを発表しようとすると、すぐできますね。誰かを介さなくてもできる。すごく簡単です。ただ、そうしたコンテンツには、必ず何かが足らなくなります。読者という他者へ通じるものを作りだすためには、制作過程で他者感覚を入れて作っていくプロセスが必要なのです。他者と出会って、自分のなかのクリエイティブなものが客観的になっていく作業が、です。私たち編集者は、そのあたりに関わるわけです。

―編集を入れるとなると、コスト問題もありますね。

 そうです。ネット時代を迎え、コスティングの問題は重要です。たとえば、今回、小林さんを著者に迎え『英国メディア史』を作りました。ネットで見解をざっくり述べるのと違い、相当な作業をして頂いた。編集した私も、なかりの読み込み作業をしたし、校閲関係者など、たくさんの人の手を経ています。これはすべてコストに跳ね返る。ネットで自分の見解を述べるだけならタダですが、本にする一次コンテンツを作るとなると、生半可なことではない。労力とコスト。それをどうするかです。クオリティーを犠牲にすれば、いくらかは安くやれます。でも、そのぶん、出来上がったものの価値は確実に落ちるのです。

 とはいえ、タダメディアのネットが広がるなか、紙の時代と同じコストを掛けているのは……。

―ビジネスとして成り立ちませんよね。

 そうだと思います。コストを掛けるところは掛けても、知識、経験、人脈などを広げ、総合的なスキルアップによって個人の能力を高くし、なるべくコストに反映させないようにする努力は、不断にしていかないと、わたしたち編集者も生き残れません。

 ブランドにしがみついていると大変な目に遭います。読者や著者が必要なのは、ブランド自体であり、そこにたまたま所属する編集者ではないからです。

―再販制はどうですか。

 日本の出版社は再販制度に守られてきたといわれます。ただ、再販制度よりも私が本質的だと思うのは、東販・日販といった大手取次に口座を開ける特権です。それに出版社が守られてきた、というほうが重要だと思っています。

 かつて、たとえば小林さんがイラスト集を出版したいと思ったら、イラスト作品を持って出版社に日参したはずです。編集者に会って、何度もダメ出しをされたでしょう。そして狭い門をくぐってゴーサインを得ると、やっと本の形に制作されます。それが大手取次を介して全国の書店に届けられ、読者が見て、いいなと思って買ってくれる。この流れでした。大手取次は、口座を開いている出版社としか取引をしません。これが一種の壁となって、そのなかで出版社が守られてきた。

―出版社が、ですか?

 そうです。いきなり「ビジネスしたい」と大手取次に行っても、口座を開くには、条件面ですごく高い壁があります。これに対して、中央公論新社とか文芸春秋といった出版社はすでに口座を持っている。明日にでも、小林さんが作ったイラスト集を納品できます。その違いというのは、すごく大きかった。

 アマゾンがこれを崩しつつある、といっていい。大手取次を通さなくても、いまでは、アマゾンなどヴァーチャル書店を通じて、本は自在に販売できる。離島でも海外でも、宅配で届けることができます。(②-2に続く)
by polimediauk | 2011-12-23 18:35 | 日本関連