小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


by polimediauk
プロフィールを見る
画像一覧
更新通知を受け取る

カテゴリ:日本関連( 107 )


 現物を見ていないのだが、「ラジオ・ネザーランズ」のサイトで、ワシントン・ポスト紙の広告面を使って、日本の知識陣が従軍慰安婦を否定した、とする小さな記事を見た。

 「新聞紙上で日本の戦時売春婦を否定

 日本の著名知識人たちが、ワシントン・ポストの広告面を使って、第二次世界大戦中に日本が女性たちを強制的に売春させたことを否定した。40人以上の議員、ジャーナリスト、教授らが「慰安婦」は性の奴隷ではなく合法的な売春婦として働き、十分なお金を稼いでいたと主張した。知識人らによると、広告を通して米国人に真実を語りたかったという。しかし、歴史家の大部分は、日本が占領したアジア諸国出身の約20万の女性たちが、戦時中、日本軍のために売春を余儀なくされたと言っている。

 3月、日本政府は、戦時の犠牲者に対し1993年に行なわれた公式謝罪から、遠ざかる姿勢を示した。猛烈な批判を浴びたため、安倍首相は、この謝罪を完全に支持すると表明した」

 というのがその内容だった。


 以下のサイトで見れると教えていただいた。

http://nishimura-voice.seesaa.net/article/44871251.html

 日本関係では、BBCラジオの「デザート・アイランド・ディスク」に、オノ・ヨーコが出演して話題を呼んだ。ラジオ評は読んでないが、放送前にはかなりの記事が各紙で出た。通常日曜日に放送で金曜日に再放送。http://www.bbc.co.uk/radio4/factual/desertislanddiscs.shtml

 私自身は聞いていないのだが、紹介しようとしたら、このシリーズはもう一度聞くことができなかった・・・。もし関心のある方は英国の新聞から検索すると内容が分かるかもしれない。

 ヨーコ・オノの評判というか一般的認識は英国では良くない。ビートルズをばらばらにした女性、ということになっている。この番組でファンが増えたかどうかは不明だ。
by polimediauk | 2007-06-15 18:20 | 日本関連

 ブレア首相は、来週、退任を表明するそうである。日にちはまだ未定だが、GMTVの番組でそう表明したからだ。2日で、首相になってから10年である。イラク戦争が人々の記憶に残りそうだが、何年も経ってからはどういう評価になるのは分からない。良い首相だったという評価をすることになるのかもしれない。次期首相はブラウン財務相が有力。

 ルーシー・ブラックマンさんの父親のインタビューがここ2,3日の紙面で掲載されるようになった。父親が巨額の見舞金をもらったことが問題になっている。「ルーシー・ブラックマン」基金のために使ったと本人は言っているが、本当にそうか?という疑念があると言われている。別れた元・夫人が、「血のお金を受け取った」と言っているようだ。

 千葉で殺されて見つかったリンゼイ・アン・ホーカーさんの英メディア報道について、「新聞通信調査報」5月1日号に書いた。

 最初は感情的な報道が多かったが、タイムズのウエブなどで記事を読むと、日本でリンゼイさんを知っていた人などからのコメントがある。様々な意見があって、これがインタアクティブということかなあと思った。

 以下はその分析記事。

 
3月末、千葉県市川市のマンションで、英会話学校の講師で英国人女性リンゼイ・アン・ホーカーさんの遺体が浴槽の中で見つかった。2001年、英国人女性ルーシー・ブラックマンさんが神奈川県三浦市で切断された姿で見つかった事件を彷彿とさせ、英メディアは連日ホーカーさん事件を詳細に報道した。

 元々、英国では日本に対する不信感や否定的感情を持つ人々が、特に年齢の高い層の一部に存在する。これは、主に第二次世界大戦中、日本軍による連合軍の戦争捕虜に対する及び他のアジア諸国に対する「残忍な扱い」を起因とする。また、日本は異質の価値観を持つ国という見方も継続する論調の1つだ。こうした流れが英国の日本報道の背後に常に存在することをまず了解しておきたい。

 ホーカーさん事件が発覚すると、英各紙は、毎回必ずと言っていいほどホーカーさんや家族の写真を掲載しながら報道し、読者の同情心を誘った。

 ブラックマンさん事件の際のように、ホーカーさんの場合も父親が来日し犯人逮捕を訴えると、涙の会見の模様をテレビが放映した。BBCのニュースサイトやガーディアン紙のウエブサイトでは、現在でも、この時のビデオを繰り返して見ることができるようになっている。

 一連の報道で、(1)治安の良さで知られる日本が今や危険な国になってしまった、(2)この事件は容疑者である一個人(遺体が発見されたマンションの居住者男性)が起した犯罪というよりも、日本あるいは日本社会全体が責任を持つ犯罪、とする見方が表に出てきた。

 (1)、(2)ともに性急なあるいは不当な判断のように思えるが、こうした見方の一つのきっかけは、ホーカーさんの父親の発言だった。

 日本での記者会見に臨んだ父親は、犯人は娘が日本に対して持っていた「信頼を裏切った、日本に恥をもたらした」と述べ、デーリー・テレグラフ(4月2日付)は、言葉の一部を拾い、「殺害者は日本に恥をもたらした」とする見出しをつけた。

 グレアム・フライ駐日英大使の関与も、ホーカーさん殺害は外交官がからむほどの重要な事件であり、また日本全体が何らかの責任を持つべき犯罪という印象を英国民に与えた。大使は、ホーカーさんの父親の声明文を会見場で読み上げた他、捜査を担当する千葉県警本部を訪れ、事件の早期解決を要請していた。

 浴槽の中の砂に埋められて亡くなっていたという点では衝撃的だが、ホーカーさん事件を過度に重大化し、感情に訴えかけるような報道をしていた部分が当初あったことは否定できない。

 しかし、分析記事では深みのある記事も登場するようになった。

 滞日12年で作家のレスリー・ダウナー氏は、タイムズ紙上(4月3日付)で、「日本人には本音と建前があり」、「何事も表面に見える部分とは違う可能性がある」と指摘。ここまでは「日本=訳の分からない、怖い国」という、この事件に限らず英国に常にある日本異質論的な論調だが、「安全と思える日本だが、西欧と比較して余りにも安全であったために」、ホーカーさんやブラックマンさんは「本国だったらとらないようなリスクをとり、それ故に殺害されたのではないか」とする鋭い分析を提示した。

 BBCの女性記者も、ニュースサイト用記事(3月28日付け)で、外国人女性にとって日本社会は本当に安全かどうかを検証。自分自身の経験や他の外国人女性へのインタビューを通して、日本では「外国人女性であるだけで関心を引く存在」となる傾向があること、危険を防ぐにはどうするかを分析した。

 一方、タイムズのウエブサイトの関連記事には英国に住む読者だけでなく、日本に住む外国人などからも感想が寄せられた。「この事件で日本が怖くなった」と書く人がいれば、「このようなケースは非常にまれ。日本の治安は非常に良い」と反論する人もいた。「この事件で日本人男性が変だということが分かった」と書く読者がいるかと思うと、「欧州の男性にも変な人はたくさんいる」と返す読者もおり、誰でもがどこからでも書き込みが出来るネットの特色を生かし、議論に幅をもたらした。

 ホーカーさん殺人事件の英報道は、当初は感情面に訴える論調が主となったが、分析記事やネットも含めると、最終的には十分に多様な視点が提供されたと言っていいのではないだろうか。

by polimediauk | 2007-05-02 02:29 | 日本関連

 安倍首相の慰安婦問題に関する発言とエコノミストの記事を巡る論点は、今日位までに大体出たような気がするが、どうであろうか。慰安婦問題に関して、私自身の歴史解釈などをビシーっと出すことが出来ず、恐縮である。最後は、自分自身堂々巡りになっていくような気がしてならない。

 関連記事をウエブで追うと、米国の新聞でここ数日間にずい分と安倍批判が出ている。安倍バッシング状態になっているようだ。下院での決議案があるからだろうけれども、一体米国がこの問題で日本に何をさせたいのか?何か他意が(決議案の件を抜いても)あるのかどうか?大いなる疑問だ。

 ここでメディアの話そのものに一回戻る。慰安婦問題の中身でなく、メディアの問題として、見てみたい。

 改めて考えると、エコノミストの「恥を知れ」発言は、ある意味エコノミストらしいが、もし自分が英メディア界で働いていて、この記事を読んだら、厳しすぎる、と思うかもしれない。自分が日本人でなくても。

 安倍首相の発言を批判・非難するのはもちろん自由だが、慰安婦問題の重要性に関係なく、それとは別問題として、論調が変に厳しすぎる。

 言葉尻を取り上げて論評するのもなんだけれども、もし「恥を知れ」というのだったら、ジンバブエのムガベ大統領に言うとか、もっと適当な例があるのではないか。

 私は、最初、エコノミストが慰安婦問題を重要と考え、そのために厳しい発言になっているのかなとも思ったが、しばらく時間が経ってから言葉遣いを考えてみると、厳しすぎる感じがした。

 結局のところ
 (1)自分(自分たちが)、世界の事象を判断してやる、という態度
 (2)「過去を反省していない」日本にここで一回カツを入れておきたい
 (3)売れ行きが良い米国読者におもねった??

 などがその背景に考えられる。

 これは思い付きではない。

 (3)は、エコノミスト記者に聞いても、否定するだろうと思う。しかし、エコノミストが下院で決議案が出ている米国と価値観を共有している部分がある、と考えるのは自然ではないだろうか。エコノミストは、私のこれまでの印象では親米である。だからといって、全ての見方が偏っている、というわけではないが、それでも、こういう要素も一応考えておいてもいいかと思う。

 (2)は具体例を出すのが難しいのだが、英国に住んでいると、こういう論調がすごくあり、常に紙面の底を流れていると言っていいと思う。これはエコノミストだけではない。

 (1)は、具体例として実際に働いている人から直接聞いた。かつてエコノミストノの記者だったアンドリュー・マー氏も言っているし、現在の記者の一人もそう言う。他の新聞も、エコノミストをこのように評する。実際、読んでいてもそうである。

 そこで、(1)、(2)、(3)から言って、「エコノミストは傲慢だ」という言い方もできなくはないのだが、私は、むしろ、「これがエコノミスト、エコノミストのスタンス」と思う。

 調査・取材に関しては、エコノミストはずい分細かくしているような印象を受ける。データや様々な視点を、私も他の読者同様、大いに参考にする。

 こちらの考え付かない視点が書かれてあるので、目からウロコの時もある。

 結論として、今回の記事にせよ、他の記事にせよ、最終的には、「エコノミストはこう考えるんだな、こう見るんだな」と思って、読み、参考にしたり、あるいは無視したりすればいいのだと思う。「英国知識層はこう見るんだな」ということではないか。(もちろん、エコノミストは英国の全知識層を代表するのではないが。)

          ***

 来週、新たなコンピューター制度を取り入れた、デイリーテレグラフのオフィスを初めて見に行く。写真はきっと撮らせてもらえないだろうが、週中ごろに報告したい。
by polimediauk | 2007-03-25 07:29 | 日本関連

 この慰安婦問題が政治・外交問題のツールと化している部分、今回米下院で証言した女性たちの背景(もし特別な背景があるのだとして)への考慮をまだ自分は十分にしていないように感じているが、私自身の見方はどうなのか?という問いかけを時々頂く。先ほど見つけた村山氏のロイター記事に、一番親近感を感じるので、貼り付けてみたい。

従軍慰安婦問題、政府は道義的責任ある=村山元首相
3月20日17時24分配信 ロイター
 3月19日、村山元首相(写真)はロイターとのインタビューで日本政府は従軍慰安婦問題について道義的責任があると述べ、強制連行を示す証拠がないとした安倍首相の発言を暗に批判した(2007年 ロイター/Michael Caronna)

 [東京 19日 ロイター] 村山富市元首相(83)は19日、ロイターとのインタビューに応じ、日本政府は従軍慰安婦問題について道義的責任があると述べ、政府または軍による強制連行を示す証拠がないとした安倍晋三首相の発言を暗に批判した。
 村山元首相は、日本政府や軍が強制的に連行したか否かの議論は無意味だとした上で「軍が関与して慰安所を設置、監督したのは間違いない。その限りにおいては政府の責任はある」と述べた。元首相は第2次世界大戦を正当化するような政治家の動きにも触れ「アジアの人は、昔の日本に戻るのではと心配している」と話した。
 村山元首相はまた、今回の慰安婦問題に対する安倍首相の対応の一部に問題があったとの考えを示した。安倍首相は先に、旧日本軍の関与を認めて慰安婦への謝罪を表明した1993年の「河野談話」を踏襲する一方、日本軍または政府関係者が慰安婦の強制連行に直接かかわった証拠はないと発言している。
 さらに、米議会で慰安婦問題に対する日本政府の謝罪を求めた決議案が提出されたのを受けて、安倍首相が「決議が採択されてもあらためて謝罪しない」とした発言については「言う必要がないことを言っている」と述べた。
 旧社会党出身の村山元首相は戦後50年の1995年、アジア各国に対し、日本の過去の侵略や植民地支配に関する公式謝罪を行った。

最終更新:3月20日17時24分

 


 読めば読むほど、心にしっくりする気がしてしまう。

 それと、戦時中の行為の平和時の判断だが、これは近いところではイラク戦争での米軍や英軍の行動の是非、違法か合法かは、非常に大きな問題になっている。実際に戦闘にかかわった人から見れば、「平時の法律や常識で判断されたくない、裁かれたくない」というのが本音だと思う。さて慰安婦はどうなるのか?あまり論理的な説明ができないが、やはり個人的には同情心は私自身、大きい。

 (追記)
 みなさま、いろいろコメントありがとうございました。

 今回、しみじみ思ったのは、慰安婦問題に関して、西欧・欧米の見方に対し、きちっとした、まっとうなかつ多彩な反論が存在することでした。

 歴史的事件の判断は、それこそ戦争が起きるぐらい、国(あるいは人)によって解釈が異なるので、最後は「どれを自分は信じるのか」「どの見方を自分はとるのか」になってしまうのではないかと思っています。

 私は、この問題に限らず、犠牲者、少数者、人権を虐げられたと思われる人にかたむいたスタンスから見ています。

 慰安婦問題に関して、英国で誰かに聞かれて何らかのコメントを出すことは近い将来あると思うので、整理してみたいと思っています。

 今のところは、米下院で証言した個人数人だけに限らず、一般的に「慰安婦」寄りのスタンスです。

 現在外交問題にまでなっているということは、日本側に相手の気持ちを十分に汲み取れない部分があったのではないか、という思いが消えません。偏っている考えかもしれませんが。

 安倍首相のコメントは、国内の世論(一部かもしれないし、大部分かもしれない)を代弁しているところもある、とすると、これはどういうことなのか?と考えています。

 慰安婦問題に限らず、日本は戦時の過去ときっちり決別できていないのではないかと思います。

 昨日、ロンドン市長がガーディアン紙上で200年前の奴隷制度を謝罪しました。きっと、謝罪しても彼はあまり失うものがないからそう言ったのかもしれません。政治的意図はもちろんあるでしょうけれども、「200年前のことに謝罪する必要はない」という人もたくさんいます。ブレア英首相は、たしか、アイルランドのじゃがいも飢饉で英国が十分にヘルプできなかったなどということで、謝罪したように記憶しています。

 「許し」ということを最近良く考えるのですが、ちょっと離れますが、相手側に後悔の念があって初めて、しいたげられた方は許すことができるのではないか、と北アイルランドの話やキリスト教会の取材で考えさせられます。

 いずれにせよ、慰安婦問題と同時に、今現在様々な場所で様々な苦しい目にあっている人がいることが心に気にかかっています。(東欧から来て売春婦として売られた人など。)

by polimediauk | 2007-03-21 05:40 | 日本関連

 遅くなったが、安倍首相の従軍慰安婦発言に関し、英メディアの報道を見てみたい。

 まず大前提として、英メディアの論調の中では、「日本は過去=戦時中にやった残酷な行為を認めていない」、「慰安婦問題も含めた戦時中の事柄に正面から向き合っていない」という認識が広く共有されてきたように思う。これは今回の安倍発言に関する場合だけでなく、私が気づいた時からするともう数年(10年?)にもなる。

 第2次世界大戦中、日本はアジアで「悪行」を行い、これを十分に清算していないので、中国を始めとするほかのアジア諸国が怒っている、「過去を清算をせよ」、「不正行為を認めて、それから次の段階に進むべき」、今後の良いアジア関係発展のためにも、日本が「過去を清算し、和解をすることが大切」という論調だ。

 こうした論調や前提はほとんどの英メディアにある。基本的に、日本は第2次世界大戦でドイツと組んだ敵側にいたことを、英国は決して忘れていない、と言って良いと思う。(逆に言うと、世界の中で、この点を忘れている国は少ないかもしれない。)戦争中の日本軍の「悪行」「戦争捕虜の扱いの悪さ」を表に出した映画・ドキュメンタリーは時々テレビで放映もされる。

 日本に関する英国の報道を見るときに、こうした要素がまず前提としてあることを、今一度確認しておきたい。

 さて、日本と戦争がトピックになった時、果たして、英メディアは公正な報道をするだろうか?何をもって「公正」とするのかがまず問題になるが、それぞれの国はそれぞれの国の歴史観や文脈で物事を判断するので、慰安婦問題など戦争がらみのトピックの場合は特に、「英国では、こうなんだな」、として、私自身は英報道に接している。

 しかし、戦争がらみのトピックに関して言えば、英国の考え・見方が欧州あるいは他のアジアの国々(特にどこと指すわけではないが)でも漠然と共有されている部分はあるかもしれない。つまり、「日本が、慰安婦問題を含めた戦時中の行為に関して、十分に謝罪していない、きちんと清算していない」とする見方だ。

 このような日本の外での認識は、日本人が現時点でどう考えようと、ある程度広く共有されている、と私は見ている。英語でニュースを拾っていると、少なくともそういう思いがする。これを変えたければ、日本人自身が時には言論・表現の場で、あるいは政治の場で情報を発信していくしかないのではないか。

 ・・・ということで、「エコノミスト」3月8日号の記事を見てみたい。8日号には、2本この件に関して載っていた。2本、同じテーマ(安倍首相+慰安婦問題)で載るというのは珍しい。

 読んでみると、安倍首相に関して、これでもか!というほど厳しい表現が続くことに驚いた。エコノミストは以前イタリアのベルルスコーニ元首相に関しても「辞任しろ」とでも言うような表現でがんがんやったことがあるので、安倍首相だから、と特別視しているわけではないと思うが。これ以上強く言えないのでは、と思うほどにきつい、強い文章になっており、書いている側の怒りが強く出ている。

(以下は大体の訳ですが、意味の通じる範囲で言葉を省略・言いかえているところがあるのをご了承願います。間違い他はどうぞご指摘・アドバイスください。)

(1)3月8日号 No Comfort for Abe 
「安倍氏に慰安はなし」

 日本の首相が、数千人の女性たちの組織化されたレイプに関して、恥ずかしい闘いをしている

 (最初の段落は、6ヶ月前に小泉首相から安部首相になった経緯を説明)安倍氏は日本の市民が「美しい国」に新しい誇りを持つ、と語っている。

 国民は誇りを持つべきなのだ。しかし、安倍氏からもっとよいことを期待していた人々にとって悲しいのは、安倍氏が日本の過去に関する虚偽の上に将来の誇りを築くことができる、と考えている点だ。

 安倍氏が首相としてスタートした時には、十分に希望があるように見えた。中国や韓国に対しもっと微妙なアプローチを取ることで、小泉首相が靖国神社に強情に訪問したために起きた損害を大分取り消すことができた。先週になって、すべての善意を安部氏はめちゃくちゃにした。帝国日本の戦時の泥沼に自分の足を入れ、日本帝国軍によって運営されていた売春宿の制度に、20万人があるいは「慰安婦」たち(韓国、フィリピン、中国、台湾、インドネシア、ネパールや他の国)が集められたかどうかを疑問視したのだ。厳密に言うと、安倍氏は証拠はない、と言ったのだ。

 耳が聞こえないのだろうか?何十年間にも渡る恥辱の後で、1990年代初期から、こうした女性たちの何人かが沈黙を破り始めてから直接の証言が積み上げられてきたのに。最近では、米国下院の公聴会で、日本政府からの完全な謝罪を求める決議を通過させるために努力が続けられており、犠牲者の一部が戦争時の性の奴隷がどんなものだったのかを痛々しく説明した。もしこれまで日本政府が証拠のファイルを閉じてしまったり破壊してこなかったら、もっと証言が出たのかもしれない。

 (慰安婦の制度に疑問を呈するという)このような恥ずべき闘いを何故しようとするのだろう?注意深く行われた、戦時の侵略行為に対する(政府の)過去の謝罪にさえも憤慨している自民党内の保守系グループは、内閣の一員による1993年の声明を覆すための運動を行っている。この声明は、売春宿の設置に軍隊が関与していたことを認めていた。

 売春宿の生存者たちが望んでいるのは、日本(政府)からの完全な謝罪だ。生存者達は、民間資金によるお金を受け取ることを拒否した。こうした人々の証言を疑問視することで(実質的に証言者たが嘘をついている人たちだとしたので)、安倍氏は過去の損害に現在の侮辱を加えた。しかし、損害はさらに広がる。日本の近隣諸国に対して、安倍氏は不信感を復活させている。そして、世界中の危険な場所で、組織化された犠牲者である「慰安婦」のように、戦時のトラウマに苦しんだ人々を支援するために働いている、素晴らしい日本人たちの努力をけなすことになる。

 不快な過去に向き合うことを避けたがるのは日本だけではない。中国は安部氏の発言を厳しく非難したが、中国共産党は、例えば、1950年代、毛沢東が引き起こした飢饉で約3000万人が亡くなったことの責任を認めたことはない。しかし、戦後60年間、意識的に健忘症にかかるのは、近代的で民主的な日本に値しない。安倍氏よ、恥を知れ。


(2)3月8日号より
Scarely an Abe-rration

常軌を外れる行為では全くない(注「やっぱり」、の意味か)

 首相の最近の、そして最も侮辱的な失言は、典型的過ぎる

・・・昨年9月、圧倒的な勝利で、安倍氏が自民党の党首そして日本の首相に選出された時、若々しい(52歳)、新しい政治世代の経験豊富な人物、小泉氏の改革路線を継ぐ人物とたてまつられたものだった・・・・しかし、これまでに、唯一目に付くのは安倍氏の下降だ。

 3月1日、安倍氏は10月北京とソウルを訪問して成し遂げたものの多くを取り消してしまった。中国人と韓国人の多くの苦情の1つを公的に否定したからだ。この苦情とは、日本帝国軍が数万人の女性たち、多くは中国人や韓国人に対し、1930年代から1940年代にかけて売春を強制したというものだ。

 婉曲的に表現される「慰安婦」の全てが奴隷だったわけではない、一部は既に売春婦だったし、他の女性たちは家族の手で奴隷として売られた。しかし、多くの人たちが、女性たちは誘拐され、奴隷とされ、レイプされたと言っている。女性たちの証言があり、軍部の記録にあった書類が見つかったことで、1993年、日本政府は責任を認めた。今になって、安倍氏は、強制が行われた「歴史的証拠」はないと言った。つまり、女性たちはうそつきだ、と言ったのだ。

 これで安倍氏の本性が出た。日本の20世紀の歴史に関して、安倍氏は、リビジョニスト(修正主義者)的見方を長い間持ってきた、保守的な政治家なのだ。今回の発言は、政府の1993年の声明(国会では批准されていない)を覆すための法案を、自民党の保守主義者たちが無理に通そうとしている時に、出された。自民党の保守主義者たちは、米国の国会で性の奴隷問題で日本を非難するための動きがあることに反応していた。強い首相だったら、このようなセンシティブな問題に関してある姿勢を取ることに抵抗していただろう。しかし、安倍氏は、政党の中で基盤を築くことに一生懸命なのだ。

(この後は首相として安倍氏が生き延びられるかどうか、という話に進む。7月の参院選の結果によって、これが決まる、とある。最後が、)

・・(戻ってくることはないだろうが)今となってみると、小泉首相がいないのを寂しく思う。

by polimediauk | 2007-03-19 08:08 | 日本関連

 16日、こちらの時間の朝早く、ホリエモンの実刑判決の件で、アルジャジーラ英語(クアラルンプール)から電話を受けた。その日東京で判決が下っていたことを知らず、「ある意味では罰のような意味合いもあったのではないか」、「日本の伝統的ビジネス慣習にアンチであった存在だった」などと話すうちに、「日本のビジネスの何を持って問題としていたのか」と聞かれ、服装以外にとっさには浮かばず(!)、「2分後にかけ直してくれ」と言わざるを得なかった。

 急いでネットで見てみると、ものすごい大きなニュースになっていて、英国でもロイターやBBCが詳しく伝えていることが分かった。

 ある日本のサイトでは、大きな同情というか、「かわいそう」「実刑が下るとは・・・」という声があって、「日興事件」との比較があった。

 今回の実刑判決に関する衝撃、分析、などなどは日本にいる方が一番良く分かるだろうと思う。翌日付の新聞でもガーディアンを始めとして書かれており、一通り結構詳しく書かれているという印象を持った。ただし、日興との関連に触れた記事はないようだった。(そこまで書いたら詳しすぎるのかもしれない。)プロレスラーの格好(?)になった数人が堀江氏の仮面をかぶっている、おかしな写真がよく使われていた。

 日興の不正会計問題は既に日本にいる方は知っている通り、昨年末不正会計問題が発覚して会長、社長らが辞任。東証上場がキャンセルされるかどうか?というところまでいったが、そのままになったと。日興コーデュアルのケースと堀江氏のケースが全く同じとは思えないが、状況が似ている、という指摘を日本語のウエブの何箇所かで見た。コーデュアルの場合、逮捕者なしで実刑もなしらしかった。日興の件をこの時まで知らなかったので、日興の件=堀江氏の件つまりは、日本の司法制度が堀江氏に不公平だった・・・と直結の結論を出すことはできないのだが、「疑念」とまでは言えるかもしれないなと思い、さらに資料を集めていた。

 日本の新聞報道をウエブで見ただけだが、「反省の色が見られない」など、堀江氏側の態度が問題になっていることに衝撃を覚えた。罪を認めなかったのも実刑につながった、という説明もどこかにあった。ホワイトカラーの犯罪の場合、罪を認めた上で、執行猶予をつけて、実際に刑務所に行かなくてすむようにする、というのが多くの場合だ、という説明も。(今日、ロンドン警視庁の元幹部だった人に話を聞いたら、容疑者の「態度が悪い」ということで有罪になることは、英国でも当たり前だそうである。)

 フィナンシャルタイムズは、自分たちのラインがあるのか、前日までの分析・報道では、(実刑が下るなど、堀江氏に処罰が下れば)これで日本の経済の合理化の動きが遅れてしまう、残念だ」という論調が目に付いた。

 例えば、3月14日付のジョン・プレンダー氏の記事だ。堀江氏は、「会社が、伝統的に、経営者や従業員を株主よりも重視するように運営されている」日本で、「西欧的な資本主義」のビジネスをやる人物とされた、と紹介。

 ここからが日本経済の分析の話に移るのだが、プレンダー氏は、「過剰投資とグローバルなスタンダードからすれば貧弱なリターン」となりがちな日本のビジネスを変えるには、さらなる西欧式のコーポレートガバナンス(企業統治)が必要だ、と見ている。

 様々な説明があって、最後の方に、「痛みのある改革の期間の後に、さらなる変化をしようという日本の意欲は限定されている。コーポレートガバナンスは多くの経営陣にとって危険な輸入品だと今後も見なされるだろう。スキャンダルに見舞われた株主優先活動をした堀江氏や村上氏にもあまり同情心は起きていない」とする文章があった。この記事は堀江氏に関してのものではないが、FTは堀江氏に関して好意的な記事を多く出し続けている。

 アルジャジーラ・クアラルンプールからまた電話があり、「何故エスタブリッシュメントから嫌われたのか?」の理由を聞かれ、通常のビジネススーツでなく軽装を通していたこと、若くして起業家として成功したこと、株式分割・交換を行い、ネット企業を始めとして様々な企業を買収してビジネスを大きくしたこと、ビジネスでリスクをとったこと、既存の企業系列の枠組みを超えて大手の既存ビジネスを買収の対象にしたこと、敵対的買収は日本ではポピュラーではない、などなどを話したが、「・・・それがどうして反感を買うか?」と逆に聞かれ、さらに説明。堀江氏のことを説明するには、逆に「日本とは何か?」を説明することでもあるなあと実感。(後でメディアの話=「ニュースのランク付けをしないこと」もあったと思ったが、とっさには頭に浮かばなかった。)

 午後ロンドンのスタジオで数分話すことになり、出かけた。着いてみると、既にクアラルンプールの支局で、堀江氏が法廷に入るところなどを映した、よく出来たビデオが出来ていた。放送の15分前にスタジオに入り、クリップを見てから、クアラルンプールのキャスターが、イアホーンを通じて質問をするのだが、何故か音が非常に小さい。とりあえず「堀江氏は英国で言うと、(バージンの)リチャード・ブランソンかもしれない」、「ネット上では同情する声もあった」などと説明。3,4の質問で、あっという間に終わった。

 私が見た限りでは英語メディアの堀江氏実刑判決報道は、それぞれよく出来ているように思ったけれど、ホリエモン憎し、あるいは未だに支援、怒り、などなどの熱気は、日本にいる人でなければ到底分からないだろうなあと感じていた。






 
by polimediauk | 2007-03-19 06:01 | 日本関連

 英兵が亡くなったことに涙していたら、alfayoko2005さんからタイムズの記事を教えていただいた。

http://www.timesonline.co.uk/tol/news/world/asia/article1437667.ece

 記事を書いたのはリチャード・ロイド・パリーという人だ。私からすると、この記者は何となく変な人で、「日本ってこんなに奇妙な国」というアングルでいつも記事を書く。記事を読むと間違ったことを書いているわけでもないのだが、微妙な視点が常に「こんな奇妙な・・・」なのだ。

 私がいやだなあと思うのは、おそらく英国にも日本に対する(及び他の国に対する)偏見を持った人がたくさんいるだろうし、無知な人もたくさんいるだろうし、そういう人におもねっているような点だ。つまり、「ね、ね、日本って奇妙だよね」という感じ。つまり、読者を馬鹿にしていると思うのだ。タイムズを読むぐらいだと知的読者も多いだろうし、FTを読んでいる人だっているかもしれない。すると、かなり等身大の日本を知っている可能性が高い。(編集長だって、知日派なのだ。)それなのに、読者の知識度を低く見ている感じなのがいやだ。

 自分も含め、外国のことは中々わかりにくく、それだからこそ自分なりに謙虚に物事を見ていかなければならないと思う。「どうせこんなもんでしょ」という態度で、読む側のレベルを低く見て書いた記事を読むのはつらい。(説明が難しいが・・。)

 ・・などとちょっと偏見+お説教がましいことを書いてしまったた。先日も、同じ記者が「日本人がカラオケのやりすぎで喉を痛め困っている」という記事を出していた。これにも嘘はないとは思うが、それでも書き方が微妙に変だなあと思っていた。

 そう思いながらもこの記事を読んでみて、驚いた。「何故今なのか?」という問題は置いておくとしても、第2次世界大戦中フィリピンで日本兵として戦っていた人の話で、生体実験をしていたことを告白したというのだから。かなり衝撃的だ。この人は現在83歳。昔の話を記者に語ったらしい。本人が「生体実験をした」というのだから、否定できないだろう。

 鍵コメントの方のご指摘の中にもあったが、記事の流れ、持っていき方が確かに反日っぽいのはあると思う。日本人として、読んでいて不快だし、この記事の目的は「真実を語る」というより「日本ってこんなにひどい国」を示したい、という部分はあるだろうと思う。

 しかし、タイムズのこの記者が「日本ってこんなにひどい国」とするトーンでショッキングな記事を出したとしても、それほど私は頭にこない。1つには、この告白をした人が大嘘を言ったならともかく、真実だとして、いやなことでも事実は事実として受け止めるべき、という部分がある。もう一つは(こちらの理由が大きいが)、ウエブを見ると、この記事についた読者からのコメントが秀逸なのだ。コメントが記事を補足しているというか、コメントを含めて見ると、いろいろなことを読者に考えさせてくれる、良い記事になったような気がする。

 コメントを紹介したい。

 「で、今になって私たちは日本を同等に扱えっていうこと?」(デーブ、ロンドン)

 「新しいものは何もない。本当はニュースじゃないよね。こういうことを報道するなら、ちゃんとやれよ。多くの中国人や韓国人たちが、同盟国側の捕虜だった時、拷問されて殺害されたんだよ。これは通常は忘れられているけどね。戦後、多くの日本の軍医たちは(ドイツのロケット科学者のように)学んだことの代わりに起訴されなかったんだよね。ところで、日本の帝国海軍がより狂信的ではなかった(勇敢で愛国的だった)って、誰が言ったの?戦艦ヤマトは?勝つ見込みが全くなくても米海軍と戦った場合もあったよね」(ケビン・ラックス、上海)

 「(オーストラリア人の)デビッド・ヒックスはテロリストの疑いで5年間、『ブッシュのホリデーイン』キューバ(つまりグアンタナモ)に拘束されていたよ。誰かを殺したわけでも、傷つけたわけでもなく、反米国人だっただけで。この記事の中で告白した日本人は戦争犯罪人だけど、誰からも処罰を受けていない。人類に対する犯罪や戦争犯罪が何らかの意味を持つものだとしたら、こうした犯罪に関与した人は、絶対に罪を問われるべきだ。普通の人が、戦争犯罪は悪いことだ、上司からの命令でも従ってはいけないんだということが分かるようにさせて初めて、このようなことが起きなくなるんだと思う」。(マーク・カーター、オーストラリア・パース)
by polimediauk | 2007-02-27 09:14 | 日本関連
 
 もう大分報道されているとは思うが、ベリタでも今、無料記事で、「プリンセス・マサコ」の日本語版翻訳本の出版中止記事が出ている。

 http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=200702171324256

 講談社の方からは、「信頼関係がくずれた」ということで出版中止を決めたと言うくだりがある。

 作者の方は、「これは日本政府のいじめ」と言っている。

 週末考えていたのだが、出版されたらされたで、読んで苦しむ人は多いだろうし、「そっとしておきたい」「見ないでいたい」「畏れ多い」「大切にしたい」と考える人、あるいはもっと強い感情を持つ人(それにおそらく雅子妃ご自身も??)などにとって、大きな衝撃になろうことは想像できる。また、「報道の自由」「表現の自由」が何よりも大事とは、私自身考えない。

 それでも、やはり、国民の知る権利というか、日本国民の中で知りたい人もいるだろうし、それを否定する形になったのは非常に残念だ。特に、外国語(英語)で既に出版され、世界中で興味のある人が読んでいる状態の中で、日本にいる人だけが蚊帳の外状態にあること、そんな状態にさせておく権利は、日本政府にはないのではないか。

 雅子妃のこと、皇室のことが気にかかるからこそ読みたいという人も多いはずだ。

 ある本が出版されたとして、もし私がその本を読みたくないと思ったら、私は読まない。でも、読みたくない私には他の人に「読むな」という権利はないのだと思う。他人の読む権利を取り去る権利はない。

 今回、日本政府と出版社が、(日本語で)読む権利・機会を国民から(=読み手から)取り去ってしまった。読み手(私かもしれないし、友人・知人もしれない)が何を読むかを、政府に決められたくはないものだ。他者に決められたくはない。まるで読み手(=私)に何を読むべきか、読んだことをどう咀嚼するかの判断能力がないとして扱われたようにも感じる。

 ナイーブかもしれないが、これは本当にまずいと思う。あまりにもアナクロな展開だが、これが現実なのだろうか?

 「妖怪さん」のおっしゃられるように、日本の皇室と欧州の王室は本当には比較できないのだろうと思う。それでも、様々な議論、本、説、話が出れば出るほど(議論は健全なものであると想定して)、免疫がついていくるというか、少々批判されようと過剰反応しないようになるのではないかと思う。(楽観的+欧州的考えかもしれないが・・・。)

 もう1つ気になっていて答えが出ないのが、日本国民が(私を含め)、日本の中で、どれほど「タッチできない(批判しない)聖域」を維持したいと考えるのか、だ。日本にはたくさん聖域がある。これ自体は悪いことではない。むしろ、貴重と言うか文化が深いようにも感じる。聖域は聖域のままでそっとしておくのか、それとも・・・・?

 それでも、どうも今回は、日本政府側が勝手に「これは聖域。国民の皆さん、見ちゃいけませんよ」と言われた感じで、後味が悪い。
by polimediauk | 2007-02-20 06:56 | 日本関連

 図書館で「エコノミスト」をめくっていたら、日本の痴漢裁判の(映画の)話が載っていて、驚いてしまった。何しろ、見出しが、「日本の正義(司法制度):自白しろ」とでも訳せるような記事だったからだ。

  この映画に関してはすでに会見が日本で開かれていて、ヤフーで以下を見つけた。

周防監督、海外メディアへ熱弁!「痴漢摘発する前に満員電車なくせ」

 最新映画「それでもボクはやってない」がヒット中の周防正行監督(50)と主演の加瀬亮(32)が1日、東京・有楽町の日本外国特派員協会で海外メディア向けに会見を行った。同作で日本の裁判制度のあり方に深く切り込んだ周防監督は、「日本でこのようなことが行われているんだという怒りを伝えたかった」と力説。欧米各国の記者を前に約90分間熱弁を繰り広げた。

 「再審の決定を1度は下しておきながら、取り消す。裁判時の証拠・証言にある程度疑いがある場合は再審制度を適用するとした白鳥決定(昭和50年)以降、『疑わしきは被告人の利益に』と言ってきたではないか。この決定は本当に恥ずかしい!」

 三重県名張市内で昭和36年に女性5人が死亡した名張毒ぶどう事件。名古屋高裁が昨年12月26日に死刑が確定していた被告の再審を取り消した件に対し、周防監督は感情を隠さず声を荒らげた。

 監督の口から次々と飛び出す日本の裁判制度の実情に、驚きながらも真剣な表情でペンを取る外国人記者たち。「Shall we ダンス?」の世界的ヒットで知られるだけに、この日は英、米、仏、独、シンガポールの記者やAP、ロイターの通信社記者、同協会会員など約120人が参加。海外メディアからは「なぜ11年間も映画を撮らなかったのか」「なぜ裁判をテーマにしたのか」「裁判官からの反応はあったか」などの質問が矢継ぎ早に飛んだ。

 そんな外国人記者の反応を1つ1つ確かめながら周防監督は、「この映画は海外の人に見てほしかった。世界の人が、人が人を裁くということをどう考えているのかを知りたかった」と熱弁。

 さらに外国と日本の考え方の違いにも触れ、痴漢対策の1つとして実施中の女性専用車両について「満員電車が走っている時点でおかしい。外国だったら(痴漢にあった女性は)そんな満員電車をつくる電鉄会社を訴えていると思う。痴漢を摘発しようとする前に、痴漢が起こらない努力を僕はするべきだと思う」と力説した。

 演説は度々ヒートアップし、「また長くなっちゃったね~」と苦笑いする場面も。周防監督は「(平成21年に実施予定の)裁判員制度は司法改革のチャンスだ」と日本の裁判制度が変わることを強く願い、「海外の人に、日本の裁判をどう思うかを伺っていきたい」と真摯に訴えていた。[ 2月2日8時1分 更新 ]

 監督は、「海外の人に日本の裁判をどう思うかを伺っていきたい」と語ったそうだが、エコノミストの記事を読んだ海外在住の人は、「日本ってひどいね」と受け取ったのではないかと思った。私自身、エコノミストの記事を読んで怖くなった。(裁判関係に詳しい方からすると、無知をさらけ出すようだが。) なぜ「自白」してしまうのか、なんとなく想像できるような気がしたのだ。エコノミストの説明が、何となく「やっぱり」みたいな部分があった。

 警察や司法だけでなく、こういう「自白へのプレッシャー」はいたるところにあるような気がするのだ。周囲からのプレッシャー。異議を唱えにくい雰囲気が。

 エコノミストの記事を読んだ人は、大部分の人が「日本ってひどいな」「日本人ってちょっとなあ」と思うのではないかと思う。

  少し話がそれるが、一般的に、「海外の人に」とか言うとき、気をつけなければならないのは、「海外」や「外国」が必ずしも正しいというわけでもないことだ。欧州あるいは海外の他の国に日本にはないような正義があるかというと、必ずしもないかもしれない・・・という思いを最近している。

 以下は大体の訳である。(もっといい訳を見つけたら教えてください。)

「日本の正義:自白しろ、次に進める」
2月8日付けのエコノミスト記事。

 富山県のタクシーの運転手がレイプとレイプ未遂で逮捕され、自白し、短い裁判の後、有罪となり、3年の禁固刑となった。一方、もう一人の男性がレイプ容疑で逮捕され、自白し、先の男性が告白した罪で有罪になった。この男性も禁固刑となる。

 これはボルヘスの作品か、あるいはスターリン時代のロシアの話か?いいや、違う。最近の出来事だ。そして、日本の司法制度の中では珍しくないことだ。

 1月26日、日本の法務大臣は、タクシー運転手を間違えて逮捕したことについて謝罪し、調査を開始すると述べた。この容疑者にはアリバイがあったし、罪を犯したのではない証拠もあった。容疑を否定もしていた。しかし、外部との接触を閉ざされて3日目、自白書類に署名するように説得された。

  間違った逮捕や有罪があまりにも多いので、法務省の調査から何かが明らかになるとは期待する人はほとんどいない。しかし、警察の尋問のやり方や裁判所のはじめに有罪ありきの姿勢に注目が集まってきた。 日本の司法制度の熱心さ(注:何としても有罪にしようとする、という意味と受け取られる)の無実の犠牲者たちが、だんだんと、警察や裁判所での取り扱いを明らかにするようになったからだ。

 日本の周防監督が間違って逮捕された人に関する映画を作った。この映画は「それでもボクはやっていない」というタイトルで、実話に基づいている。ある若い男性が、混雑した電車の中で痴漢に間違われる。この男性は自白書類に署名することを断固として拒否する。家族や友人の支援のおかげで、2年間抗議を続けた後で、再審の機会を得て、現在は自由の身になった。

 米国と英国で日本より先に公開されたこの映画は、有罪だろうと無罪だろうと容疑者たちがいかに日本の警察に残酷な扱いを受けるか、いかに裁判官たちが検察官と協力するかを明らかにしている。監督は容疑者が無罪と証明されるまで有罪とみなされている状態を描く。

 民主主義国家の中でも、日本がユニークなのは、逮捕された人の95%が自白し、裁判所に連れてこられた容疑者の99%が有罪となる点だ。検察官は、無罪放免となるケースに関わることを恥と感じ、もしそうなれば自分のキャリアに傷がつくと恐れる。裁判官はこなした件数で昇進が早くなる。陪審員は日本には存在していないー「裁判員」システムを導入しようという話はあるが。明らかに、一般大衆は、特別な知識が必要とされるような裁判事件に関しては、信用されないと日本では見られている。裁判事件で判断を下すのは裁判官だけなのだ。

 日本の憲法の第38条にも関わらず(この条項は疑いをかけられた人には黙秘権がある、としている)、警察や検察官は、証拠を基に立件するよりも、むしろ自白を得ることに力を入れる。公式見解は、自白書類は、法を犯した人をリハビリするための、欠かせない最初のステップなのだ。日本の裁判官は、自白が後悔の念とともに出された場合、刑を軽くする傾向がある。 さらに重要なことには、検察官は、嫌疑をかけられた人が特に協力的だった時、軽い刑を求める権利がある。

 警察の自白書類の取り方が、人権運動家たちを悩ませる。警察は容疑者を弁護士の接見や外部とのコンタクトなしに48時間拘束できる。この後、検察に身柄を引き渡され、24時間拘束される。裁判官は、この後で、10日間の拘束を可能にし、その後さらに10日間の拘束延長を許すことができる。

 日本の憲法は、強制、拷問、脅し、あるいは長期の拘束の後で得られた自白は、証拠として認められない、としている。それでも、脅しや拷問さえも、拘置所では広く行われている、特に尋問官が尋問を録音する必要がないときは。拘留中の事故死はしばしばだ。 強く非難されたり、それ以上の悪いことが23日間も続くかもしれないと思うと、間違って逮捕された人の多くは運命だとあきらめ、自白書類に署名することが、すべてを終わりにする最も早い方法だと思ってしまうのだ。


 ・・・こういう書き方をされてしまうと、すごいと思ってしまうだろう。

 英国の政治や法制度も、悪いように書けば書けるのである、ということもとりあえず指摘しておきたいが・・・。例えば、イスラム教徒の人がひどい目にあっている。テロ計画に関する「重要な情報が得られた」ということで、何人もが逮捕され、取調べを受ける。自宅で拘束され、警察官に肩を撃たれた青年もいる。謝罪は現在のところ、ない。最終的に、証拠なしということで、その多くが釈放されている。イスラム教徒の人からすると、いつ何時、事情聴取でひっぱられていくのか、分からない状態となっている。びくついている人も相当いるのではないかと思う。

  いずれにしろ、この映画が公開されているとは気づかなかったが、ぜひ見てみたいものだ。
by polimediauk | 2007-02-16 22:12 | 日本関連

雅子妃の本と謝罪

 雅子妃の本と謝罪_c0016826_19211661.jpg
 昨日、ベリタで雅子妃のスクープが!と書いたが、雅子妃のことをオーストラリアの作家が本にし、外務省が謝罪を要求したという一件だったが、日本の新聞では出ているのだろうか?今朝ヤフーなどでみた限りは見つからなかったのだが。(追記:後で見つけました。毎日新聞など。共同でも出たと聞きました。)

 グーグルの英語版を見ると、ロシア、インド、オーストラリア、英国、などなど世界中のメディアが報道している。

 ベリタの記事は筆者に取材した貴重なものだったが(ご興味のある方はご覧いただきたい)、15日付テレグラフにも特派員伝で概要が載っていた。

 
それによると、日本政府は作家の出身国オーストラリア政府に抗議文を送った、とある。雅子妃の本は「尊敬の念を欠き、歪曲している」として、謝罪を要求した。

 オーストラリアにある日本大使館を通じての干渉に、オーストラリア人の作家で元東京のジャーナリストだったベン・ヒルズ氏は、謝罪をすることを拒否し、日本政府が自分の著作を検閲しようとしている、と述べたという。

 雅子皇太子妃は、43歳で、うつ病に悩み、2003年12月から皇室の公務にほとんど参加していない。

 ヒルズ氏は、本のサブタイトルで「菊の王座の囚人」と書き、1993年、皇室に入ってから雅子妃が受けた扱いのおかげで病気になった、としている。

 オックスフォード大学やハーバード大学で教育を受けた雅子妃が皇太子とともに行うことを願っていた、目立つ公務を行うことを皇室側は否定したという。その代わりに、ほんの2,3の海外訪問や後継者としての男の子を産むための圧力に苦しんだ、と。

 日本のジャーナリストたちは、伝統的に皇室を畏敬の念に満ちた口調で報道する。非常に敬語や丁寧な言葉遣いで記事を書く。エリザベス女王を描いた英国の映画「ザ・クイーン」でのような描写は考えられない。皇室の物まね芸人もいない。

 オーストラリアと米国で出版されたがまだ英国では出版されていないヒルズ氏の本は、雅子妃の結婚の「悲劇的な」物語は、「ダイアナ妃の試練をまるでピクニックであるかのように思わせる」。

 日本版は現在準備中。日本のアマゾンのウエブサイトで、輸入英語版がベストセラーになっている。

 王室について批判的な・抽象的な・プライバシー侵害の報道が出て、王室側(広報)が何らかの抗議をする、異議を唱える、というのは、英国でもある。しかし、王室側はよっぽどでないとこうした行動をとらない。テレビ番組を見ても、私自身驚くほど失礼な解釈がたくさんあるが、次第に英国民はこういう事態に慣れていったのではないかと思う。(私自身は度を越していると感じるけれども、これは私が日本人のせいか。)

 日本の場合は皇室の位置が英国や欧州の王室の位置とはずいぶん違うように思う。それにしても、政府(外務省)が抗議・・・というのは、どう考えたらいいのだろう。

 この件は日本の関係者にとっては非常に重い事件かもしれないが、海外からすると、本が何を書いたか、というよりも、日本では皇室に関する報道や表現の自由度が少ないこと、一種のタブーになる面があること、そのタブーに触れられたと感じた日本政府側が行動を起こしたことが、興味の焦点になっているように思う。政府側の行動自体が興味を引いている。「それほど、こだわることなのか」と。

 日本に限らず、どの国の人でも、海外・外国の人から、自国内で大切に思っていることをネガティブに語られたら、いやだろうな、と思う。それでも、出てしまったものをとめることはできないだろう。(カザフスタン共和国や米国人が「ボラト」という英映画で散々馬鹿にされたことを思い出す。)いずれにせよ、日本語版が無事出ることを願っている。

 BBCでも報道されていた。

http://www.bbc.co.uk/worldservice/learningenglish/newsenglish/witn/2007/02/070214_japan_princess.shtml
by polimediauk | 2007-02-15 19:24 | 日本関連