小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


by polimediauk
プロフィールを見る
画像一覧

カテゴリ:ネット業界( 148 )

 先日、境治さんが「日本版1周年にあたりハフィントンポストに期待すること」というブログ記事をお書きになっていた。ハフィントンポストで読ませていただき、私も一言と思い、まねをして(!)書いてみようと思う。

 私は普段、主に英国のメディアの動きについて書いており、欧州のメディアにも少し目をやる。BLOGOSさんやヤフーの個人ニュース、ビジネスニュースさんにもとてもお世話になっている。

 しかし、ハフィントンポスト日本というのは、一つ、違ったポジショニングがあるのだろうと思う。使命、というようなものがあるのではないか。
 
 私がハフィントンに期待することは、たった一つ。「リベラル論壇」であり続けてほしい、ということだ。

 具体的なイメージとして、昔、朝日が出していた「論座」という月刊誌があった。ちょっとふざけているような(?)記事もあったような感じがするが、これがまたいわゆる「遊び心いっぱい」で楽しかったものである。記者が、インタビューをされる著名人に叱られ、そのありさまを記すなど、非常に痛快であった。 (残念ながら、雑誌は廃刊になってしまった。)

―リベラル論壇とは何かーあくまで私的なとらえ方

 「リベラル論壇」といっても、これを思想的にきちっと説明するのは私の知識・学識・知能をこえてしまうのだけれども、イメージとして、「愛国主義的に陥らない」、「保守とは反対方向」、「自分とは異なる意見をすぐに否定しない」、「自由(言論の自由を含む)を尊重」-。

 逆に言うと、ハフィントンポスト日本誕生以前の日本のネット言論(実はネットだけではないのかもしれないが)は、どちらかというと保守系、右派系が強いように感じてきた。

 例えば、アジア諸国のことや領地問題にちょっとでも言及すれば、一定の方向の言説をいわなければ非難の嵐(?)。「英国ではこうですよ」と書くと「外国かぶれ」とされてしまうような。

 非常に呼吸がしにくい言論空間になっていたような気がする。

 その一方で、ネットの外の、例えば既存大手メディアに目をやれば、特定のイデオロギー色が非常に強いことがあり、これにもへきえきしていた。英国のタブロイド・大衆紙がそうするのなら分かるが、しっかりとした報道機関であるのだが、議論を一定の方向に向けるために必要な情報を入れないような記事を見かけたりし、暗たんたる気持ちにもなった。 

 イデオロギーにがんじがらめになるのは、よくないのだろうと思う。左も右も、である。息苦しくなってしまう。

 息苦しくならないための1つのやり方は、外に目を向けることだ。

 例えば、ここ数ヶ月、ハフィントンポスト日本では海外(欧州)の子育てや女性の生き方、男性がどれぐらい家事を手伝っているかなどの話がちょくちょく掲載された。外国の例がすぐに日本に採用されるとは思わないが、「ちょっと一息」つける話の数々であった。

 これからも、特定のイデオロギーに偏ることなく、自由な気風を全うしていただきたい。 

 そして、境さんが書かれていらっしゃるように、「世界」の話も継続して紹介していただきたい。日本で議論が熱っぽくなりつつある「戦争」の話は世界を見渡すことで、まったく違った立場で考えることができるだろう。「戦争」は日本にとっては70年前の遠い出来事かもしれないが、世界中で今、この瞬間にも起きていることも知ってほしい。理論ではない国がたくさんある。(ちょっとイデオロギーぽっくなってきたので、ここでやめようと思う。)

 時に軽く、時には愉快に、時には真剣に。

 でもでも、リベラル論壇であり続けますように。
by polimediauk | 2014-05-26 06:12 | ネット業界
 グーグルの広告ビジネスを概観する拙稿を「日経広報研究所報」2014年2-3月号に出しています。以下はそれに補足したものです。昨年末時点の情報をもとにしています。)

利用度低い国・地域も

 これからの広告市場とグーグルの位置づけを考えてみたい。

 広告市場の今後を占うキーワードは、デジタル、モバイル、動画の3つとされている。

 プライスウォーターハウスクーパースの予測によると、デジタル広告市場は12年の1002億ドルが17年には1854億ドルに拡大する。そのなかで検索連動広告がデジタル広告に占める割合は、12年の43%が17年には41%に低下するものの、首位を堅持するという。シェアの低下は、広告主の間でモバイルや動画への関心が高まるからだ。

 一方、ディスプレー広告はいかに目立たせるかという悩ましい問題が深刻さを増し、デジタル広告内のシェアは12年の29%が17年には27%に減る。動画広告は12年に前年比33%増を記録し、シェアは3・8%だったが、17年には6・5%に拡大する。もう一つ急拡大するのがモバイル広告で、17年には270億ドルに達し、ネット広告全体の15%(12年は8・3%)を占めるようになる。

 グーグルは全世界の検索エンジン市場で圧倒的な地位にあり、ネット広告分野でも同様の存在感を持つ。これを追いかけているのがフェイスブックだ。

 eMarketerによると、米国内のデジタル広告売上高のうち、グーグルは40%以上を維持しトップを独走している。2位のヤフーが徐々に比率を下げる一方、フェイスブックはシェアを増大させている。もちろんその差は2015年で見ても、グーグルの44・0%に対して、フェイスブックは8・3%とまだまだ大きい。しかしモバイル広告にしぼると、フェイスブックのシェアは2ケタ台にあり、その差が縮まっている。

 グーグルの広告ビジネスの課題をあげるとすれば、クリック単価の下落、パソコンからモバイルへのシフト、検索連動広告のネット広告内での比率低下などであろう。

 また、世界各国・地域での市場開拓も課題の1つだ。昨年10月、英オックスフォード・インターネット・インスティテュートはウェブサイト分析の専門会社米アレクサ社と共同で、世界各国の人気サイト調査の結果を発表した。それによると、グーグルは50カ国で最も訪問者が多いサイトとなった。フェイスブック(36カ国で訪問者が最多)、ユーチューブが続く。ユーチューブはグーグル傘下にあるので、合わせればグーグルが飛びぬけたトップともいえる。

 しかし、グーグルは世界各国でまんべんなく人気があるわけではない。強いのは欧州諸国の大部分、北米、オセアニア地域に限られる。フェイスブックは中東、アフリカ北部で首位に立つことが多い。中国では百度の人気が高い。2010年、グーグルは中国当局による検閲を嫌って市場から撤退している。日本や台湾ではグーグルよりヤフーの人気が高く、ロシアもヤンクスが首位にある。

フェイスブックとグーグル、ツイッターの戦い


 デジタル広告市場を誰が将来牛耳るようになるかについて、米ネット界では議論が沸騰しているが、最強のグーグル、これに続くフェイスブックのどちらが勝つかを米調査会社フォレスター・リサーチのネイト・エリオットが論じている(米サイト、All Things Digital、13年8月21日付)。

 フェイスブックで「いいね!」を押す、ツイッターでつぶやく、米電子商取引サイト、アマゾンでレビューを書き込むー世界中で、こういった行為に興じる人が世界中に存在するようになった。このようなソーシャルメディア上の活動は、利用者がある人(あるいは人々)、製品、モノについての好みや結びつきたいという思いの表れだ。

 自分は何(あるいは誰)について親しみ(アフィニティー=affinity)を感じるのかという情報がネット上に蓄積される一方で、何かを探しているときの情報が検索エンジンによって収集されている。

 エリオットによれば、後者、つまり検索エンジンは人がこれからやろうと思うこと、つまりある意図(インテンション=intension)についての情報を集めていることになる。人が何を欲しがっているのかが分かれば、何を売れるかも分かってくる。「意図についてのデータをターゲット広告に使い、売上げを上げているのがグーグル」だ。

 ところが、「親しみの感情」を貨幣化することは簡単ではない。その証拠は、グーグルは12年で約500億ドルの売上げとなったが、フェイスブックが50億ドル程度だったことだ。

 大きく差がついた1つの理由は、親しみの感情は普通、何かを購買・所有・消費した後で生じるためだとエリオットは説明する。「既に持っているものに対する感情」だからだ。意図についての情報ほどには、短期間の購買行動に結びつかない。親しみの感情をマーケティングに使うためには、ブランド価値を育むなど、中長期の戦略が適しているという。

 エリオットは、グーグルとフェイスブックのどちらが利用者について集めた情報をマーケティングに使う競争で勝つかを分析し、グーグルに分配をあげている。

 その理由は

 (1)「グーグルが広い範囲のアフィニティー・データを収集している」から。グーグルが収集しているのは検索を通じての意図の情報だけではない。傘下のユーチューブには毎月8億人が訪れ、500万人近くがユーチューブで視聴した動画をGメールを使って友人たちと共有している。グーグルの検索表示画面には様々な項目についてのレビュー、ブログ、ツイートなどが出てくる。不人気と言われるグーグル・プラスだが、2億人を超える利用者が自分が気に入った情報を載せている。

 (2)「データに意味を与える点で、グーグルはフェイスブックよりも優れている」。ある情報についてさまざまな文脈を示す情報をあわせて出すーこれは検索エンジンとしてのグーグルの得意とする点だ。グーグルが持つ、ネット広告の配信インフラ、ダブルクリックは過去15年間、検索エンジンの利用者に検索項目に合致した広告を表示してきた。広告主には結果を分析するツールを与え、グーグルが持つデータを活用もさせている。

 (3)「グーグルはブランドのインパクトを構築する広告ツールを持っている」。ブランドを強くアピールできる媒体をグーグルは既に持っている。例えば、ユーチューブで見たい動画が始まる前に流れる広告は100万単位の視聴者に届く。これは通常のテレビ番組並みだ。グーグルと提携するウェブサイトやGメール、ユーチューブの画面の一部にリッチメディアの広告を出す「グーグル・ディスプレイ・ネットワーク」もフェイスブックの同様のサービスと比較すると優れている、とエリオットは書いている。

ツイッターはどこまで伸びる?

 グーグル、フェイスブックと比較すれば規模が大きく異なるツイッターだが、米国の900の広告主を対象として調査したところ、その将来に大きな期待が寄せられていることが分かった(米サイト、Investing、12月13日)。

 米RBC Capital MarketsとAd Ageの調査によると、インターネットのトレンドである「モバイルでの利用」、「テレビに投入されていた広告費がネットに向かっている」がツイッターの広告媒体としての潜在的可能性を高めているという。

 900の広告主の中で、71%が既にマーケティング目的でツイッターを使っており、今後一年間に広告をだすことを考えているという広告主が81%だった。すでにマーケティング用にツイッターを使っている広告主の60%が14年はツイッターを使っての広告・マーケティング費用を増やすと答えている。

 RBC Capital Marketsの分析を担当したマーク・メハーニーは、ツイッターの魅力として「テレビとの相乗効果」を挙げている。

 日本でもテレビ視聴とツイッターを結びつける動きが活発化している。昨年12月10日、テレビの視聴率を記録するビデオリサーチ社は、今年6月から、テレビ番組に関連するつぶやきを番組ごとに集計し、視聴率とは異なる指標を作ることを発表した。

最後に

 本稿では大手広告会社としてのグーグルに焦点を当てたが、広告業で足場を固めながら規模を拡大させる同社は、「検索エンジンの会社」という呼び名では似つかわしくないほどに日々成長を続けている。

 めがね型コンピューター「グーグルグラス」で多くの人の度肝を抜いたかと思うと、新たにロボット事業を発表し、次々と新たな発明を形にしている。技術革新を行う、発明企業という捕らえ方が現在最もふさわしいかもしれない。広告の仕組みばかりか、社会を変えていく企業といえよう。 

 もしアキレス腱があるとすれば、「ソーシャル」だろうか。フェイスブックやツイッターはSNSとして大きく伸びた。情報が膨大になったからこそ、友人、知人のお勧めというフィルターを経た上での情報に価値が高まっている。巨大になりすぎたグーグルに人々が警戒感を持つようになれば、必ずしも安泰とはいえなくなるのではないか。

余談

 私自身は、何もかにもがグーグルでできてしまう世界・・・というのはどうにも奇妙な感じがしてしまう。なんだか、息苦しい。グーグルをしのぐような企業は出てこないものなのだろうか?これだけネットインフラで大きな位置を占めるようになったグーグルは、公共組織化するべきではないのだろうか?

 英誌「エコノミスト」のデータエディターで、ビッグデータについての本を書いた米国人記者ケネス・クキエ氏に、そんな疑問をぶつけてみたことがある。クキエ氏はグーグルが公共組織化するべきとは「全然思わない」。公権力は常に不正を働こうとするからだという。市場の力で動く民間企業のほうがよっぽど信頼できる、とー。公共放送BBCが提供する幅広い娯楽や報道番組を視聴でき、無料診療を原則とする国民健康保険サービスがある英国に住む自分は公共サービスの恩恵を日々享受しており、民間企業の限界を感じてしまうのだけれどもー。

 みなさんは、どう思われるだろう?

 (長い記事の拝読をありがとうございました。)

 (日経広報研究所が出している「日経広報研究所報」 2014年2-3月号掲載分の筆者記事に補足。)
by polimediauk | 2014-03-03 17:48 | ネット業界
 (グーグルの広告ビジネスを概観する原稿を日経広報研究所が出している「日経広報研究所報」 2014年2-3月号に出しています。以下はそれに補足したものです。昨年末時点の情報をもとにしています。)

***

 グーグルが展開するインターネット広告サービスの中核と言えるのが、アドワーズとアドセンスである。

3者がハッピーになれる広告とは

 2000年に開始したアドワーズは、企業などが製品・サービス・ビジネスに関連するキーワードのリストとともに広告を出稿する仕組みだ。グーグルを使って検索する利用者がリストにあるキーワードを入力すると、これに付随した広告が検索表示画面に連動して掲載される。広告の掲載位置や料金は入札で決まり、最も一般的なクリック単価制を採用した場合、利用者が広告をクリックした時だけ料金が発生する。広告主は、掲載先のウェブサイトや地域(国、都道府県など)を指定できるのも利点だ。

 サイトにコードを埋め込むことで、広告を通してサイトを訪れた見込み客数や、実際に購入や申し込みに至ったかどうかといった情報も取得できる。

 アドセンスのサービス開始は03年からで、広告が検索結果画面ではなく、利用者のウェブサイトに関連して出てくる。利用者は、自分が運営するサイトのどこに掲載するかを指定し、広告の種類を選択する。広告コードをサイトに掲載すると、広告主がリアルタイムオークションで広告枠に入札し、最高額の広告が常にサイトに表示されるようになる。大きな広告予算を持たない企業でも気軽に使えるため、参加企業が見る間に増えていった。

 利点として、競合他社や不適切な広告をフィルタリングできる、さまざまな広告フォーマットを選択できる、パフォーマンス報告と分析ツールの「グーグル・アナリティクス」を参考に改善が図れるなど。また、広告主は一度広告コードをウェブに追加すれば自動的に広告が表示されるようになるので、その後は何もしなくても収益が上がるといったメリットもある。

 グーグルについての著作「イン・ザ・プレックス(In the Plex)」を書いたスティーブン・レビーによると、最適な検索結果を出すことを目指すグーグルにとって、アドワーズの仕組みは同社らしいサービスで、「広告の質」を示す最初の試みとなった。「グーグル、広告主、そして特に利用者の3者全員がハッピーになれる」。自分に関係ない広告がサイトに出れば、利用者は不満を持つ、だからグーグルは「無関係な、いらいらさせるような広告を出さない仕組みを構築することを最優先した」としている。

増益基調も、クリック単価下落が悩み

 グーグルの財務状況に目を向けてみたい。12年決算は、売上高が501億7500万ドルで、前年に比べ32%増加した。営業利益は8・7%増加し、127億6000万ドル。純利益も10・3%増の107億3700万ドルだった。

 12年に買収したモトローラ・モビリティを除く売り上げは460億390万ドルで、21%の増加(2014年1月末、売却を発表)。

 10月に発表した13年度第3四半期(7-9月)決算によれば、売上高は前年同期比12%増の148億9300万ドル、純利益は36%増の21億7000万ドルと好調を維持している。
グーグル直営サイトを通じたアドワーズによる収入は22%増の93億9400万ドル(売上高137億7200万ドルの68%)で、アドセンスプログラムを通じたパートナー経由の収入はほぼ横ばいの31億4800ドル(同23%)。それ以外の9%は「その他の事業収入」で、85%増の12億3000万ドル。グーグル・アップスや携帯機器用OS(基本ソフト)のアンドロイドなどだ。

 ペイドクリック(利用者が広告をクリックした数)は前年同期比26%増と、過去一年で最高の伸び率を記録した。半面、クリック単価は8%、前期比でも4%減った。単価が低いモバイル広告への移行が進んでいるのが要因と言われる。

 ペイジCEOによると、グーグルが所有する動画投稿サイト、ユーチューブへのモバイル機器からのトラフィックは、2年前は10%足らずだったが、現在は40%前後に増えた。同社が携帯電話を製造するモトローラを買収したのも、モバイル強化の一環だ。13年2月にはクリック単価の低下に対抗するため、スマートフォン、タブレット、デスクトップの広告を統合するサービスを始めている。

全能か無能か

 グーグルが広告会社として成功した背景に、インターネットの急速な発展・普及といった時代の大きな流れがあったことは否定できない。

 「世界中の情報を記録・整理する」目的を掲げて、検索エンジンに優れたアルゴリズムを採用し、最新技術を駆使したサービスを次々と展開しながら、利用者の情報を絶え間なく収集してきた。

 検索などのサービスを世界規模で拡大した結果、地球上に張り巡らせたネット広告の大きなプラットフォームが出来上がった。個人や中小企業に対し、手持ち資金が少額でもネット上に広告を出せるシステムを提供し、市場を拡大させている。

 米オムニコムと仏ピュブリシスの合併は年間50億ドルの経費削減につながるうえ、メディア購入部門の拡充で広告主への貢献度合いが高まるのがねらいと言われる。

 しかし、この合併策も移り変わりの激しい広告業界で万全の策とは言えないと、英エコノミスト誌は警鐘を鳴らしている。同誌は13年8月3日付記事で広告会社の将来像を分析し、オムニコムの社名をもじって、見出しに合併が「全能か、無能か(Omnipotent, or omnishambles?)」を掲げた。

 「無能」となるかもしれない要素として、エコノミスト誌はグーグルやフェイスブックのようなネット企業はサイト利用者について豊富なデータを持ち、広告主は広告会社を通さずに直接モノやサービスを売りたい顧客に結びつくことを可能にした点を挙げる。

 テレビや新聞といったマスメディア広告が伸び悩むなかで、デジタル広告市場は拡大している。その要因の一つは、広告主が広告を掲載するまでの過程が簡略化され、迅速に出来るようになったことだ。かつて広告出稿には広告代理店が欠かせなかった。広告主とメディア企業の間には広告代理店が介在し、仲介役を果たしていたが、ネット広告市場ではこのスタイルが万能でなくなっている。

 一般企業などが魅力的な広告作品を独自に制作するところまで、広告市場が大きく変わるかどうかは分からない。広告会社は今後も存続するだろうが、巨大化が生き残り策と言えるかどうかは疑問である。

フラットで自由な発想生む職場

 グーグルの広告ビジネスの発想法やイノベーションの生み出し方について、筆者がかつてグーグルの関係者に行ったインタビュー(「週刊東洋経済」2008年9月27日号)の一部を当時の編集者の許可を得て紹介したい。

 相手はグーグルの欧州及び新興市場向け製品とエンジニアリング部門のバイス・プレジデント、ネルソン・マトスで、スイス最大の都市チューリッヒにあるグーグルのエンジニアリング・調査開発センターに勤務していた。

 マトスはグーグルの検索サービスは他社サービスとは「質が違う」と説明、その要因として「カバーする地域の広さ、インデックス数の大きさ、クロール(ソフトウエアなどで自動的にウェブページを収集する作業)の頻繁さ」を挙げた。

 さらに会社組織が「非常にフラット」で「透明性が高い」と強調し、従業員ならだれでもCEOや創業者に連絡をとって議論することが可能で、全ての従業員の達成すべき課題を相互に確認できるといった体制を説明した。このシステムが会社の意思決定を迅速にし、各種サービスの開発などを効率化している。加えて「技術力が高く、起業家精神にあふれる人材を採用する」ことも、イノベーションを生み出す鍵になっている。

 以下はマトスとの一問一答である。

―グーグルのような検索サービスをほかの企業が何故できないのか

 「まずできないだろう。検索エンジンの結果の質が違うからだ。また、それぞれの地域や言語に応じた検索サービスを提供しているーこれほどの規模では他社はできない。第3として、グーグルのインフラの規模の大きさがある。検索エンジン業界で、おそらく最大のインデックスを使っている。どのウェブサイトをどれぐらいの頻度でクロールすればどれぐらいの質の高い検索サービスを提供できるのかを何年にも渡って研究してきた。他の検索エンジンはグーグルほど頻繁にはクロールしていない」

―製品開発やR&Dなどの面で、グーグルはほかの会社とどこが違うか

 「大きな違は会社の構造だ。グーグルは非常にフラットな組織体制を持つ。会社の中のコミュニケーションがスムーズに縦横に進む。会社の最高経営責任者や創業者たちに誰でもが連絡を取れ、議論できる。会社としての意思決定が非常に早く、ものごとが効率的に進む」

 「次に、雇う人材が違う。技術能力が高く、起業家精神にあふれる人を採用する。内部の仕組みも違う。プロジェクトは少人数のチームで手がけるので、良いアイデアが非常に早いスピードで発展して行く」

―エンジニアたちの「効率性」の達成をどのように行っているか

 「グーグルには他社と違う6つの要素がある。(1)「エンジニアのレベルが高い」、(2)「技術上の知識が豊富なだけでなく、起業家精神にあふれ、20%の勤務時間を独自のプロジェクトにつぎ込める人を選ぶ、(3)従業員同士のネガティブな競争をなくするために、透明性を重視する-すべての内部情報に誰でもがアクセスできるようにしている。(4)4半期ごとの達成目標がすべての従業員に設定されている。これは最高経営責任者から秘書職までの全員だ。ネガティブな競争がなくなり、共同で働くことができる」

―それでも競争が起きそうになったらどうするか?

 「良い・悪いなどの主観的決定をするには、データでの裏づけを示す(5)。データで良し悪しを判断できない場合はユーザーに焦点を合わせる。ユーザーにとって良いことかどうか。最後(6番目)の秘訣はスピードだ。ネットの世界ではスピードは本当に重要な要素だ。早く開発して、市場に出し、フィードバックを元にアップデートし、また市場に送り出すー何度も。とにかく早く動くことだ」

―世界中に散らばるエンジニアたちを統括する役目を担うと聞く。どのようにして「管理する」あるいは仕事の動機付けをしているのか?

 「モチベーションを与える必要がない。理由は、エンジニアたちが自分たちでモチベーションを見つけているからだ。グーグルは非常にフラットな組織になっている。そして、非常に技術力に優れた、かつ自分でアイデアを発想・開発できる人を雇う。そうすると、社内で、私がエンジニアのところに行って、『ある言語で検索をしやすくするにはどうしたらいいか考えて欲しい』と言わなくてもいい。エンジニアが私のところにやってきて、「ユーザーが検索ワードを入力する時、途中まで入力しただけで、検索が始まるサービスを作ったらどうか」と言う。私がやるのは、『それはいいアイデアだ。よしやってくれ』と言うだけだ」

 「ただ、折を見て、方向性を示すこともある。世界でどんな技術上の挑戦があるか、すべてのエンジニアに情報を出している。一旦、全体的な方向性を示すと、エンジニアたちは勝手にどんどんアイデアを考え出してゆく」。

 マトスは現在、チューリッヒでの勤務を追え、米サンフランシスコのグーグル・オフィスで働いている。(つづく)
by polimediauk | 2014-03-02 19:06 | ネット業界
 メッセージングアプリ、ワッツアップをフェイスブックが巨額で買収することになり、大きなニュースとなった。グーグルもワッツアップを買収する交渉をしていたといううわさが出た(グーグル側は否定)。

 世界で最も大きいネット広告の市場は米国だが、ここでシェアの奪い合いをしているネット企業といえば、グーグルとフェイスブックが視野に入ってくる。

 グーグルはこのところ、人口知能にかかわるネット企業の買収もしており、「検索大手」という呼び方におさまらない存在になっている。

 昨年末時点での情報を使って、日経広報研究所が出している「日経広報研究所報」(2014年2-3月号)に、グーグルについて書いた。

 以下はそれに若干補足したものである(題名や見出しを少し変えている)。

 グーグルなどのネット企業は刻々と変化をとげているので、3月上旬現在、若干古くなってしまった感さえある分析となったが、グーグルとはどんな会社で、これからどこに行こうとしていくのかを考える1つの「まとめ」あるいは「概観」として見てくださると幸いである。

 長いので何回かに分けている。また、事実の間違いがあったらご教示願いたい。

米オムニコムと仏ピュブリシスは合併を選択したが

 2013年7月、広告市場で売り上げ世界第2位の米オムニコムと3位の仏ピュブリシスは、合併することで合意したと発表した。これが実現するとトップの英WPPをしのぐ世界最大の広告会社が誕生することになるだけに、世界的な注目を集めた。

 オムニコム(12年の売上高約142億㌦、米eMarketer社調べ)とピュブリシス(84億㌦、同)を合わせた売上高は226億㌦だが、米大手インターネット検索会社のグーグルはこれをはるかに上回る広告収入を上げている。

 同社の年間売上高は500億㌦を超える。12年に買収した通信機器メーカー、モトローラ・モビリティの売り上げ(約41億㌦)を引いても、460億㌦に達し、その95%がグーグルサイトや傘下サイトからの広告収入だ(注:今年1月末、中国のパソコン大手レノボ・グループがモトローラを29億1000万ドルで買収することに合意したと発表した)。

 検索市場での独占的な地位や矢継ぎ早の新サービスに目を奪われがちだが、グーグルは堂々たる大手広告企業と言える。

 英プライスウォーターハウスクーパースの調査(「Global Entertainment and Media Outlook 2013-2017」)によれば、12年の世界広告市場でデジタル広告のシェアは20%だったが、17年には29%まで拡大する。その成長を支える最大の要因は検索機能である。

 グーグルは日々30億を超える検索要求に対応しており、世界中に11億人の利用者を抱える米交流サイト、フェイスブックとデジタル広告市場で激しい競争を展開している。

 今のところグーグルが圧倒的に優位な立場にあるが、2億人の利用者を持つ短文投稿サービス、米ツイッターや1億5000万人が使う写真投稿サービス、米インスタグラムが後を追っている。他のテクノロジー企業にも追いつかれないよう、グーグルには常に先を行く戦略が求められる。

 オムニコムとピュブリシスの合併は規模の拡大によって広告市場での影響力強化を狙った戦略と言えるが、欧米メディアの報道からは「大きさで勝負するのは古い発想だ」「大きな組織は小回りがきかない」「重視すべきはテクノロジーへの投資だ」といった声が聞こえて来る。多くの人々がインターネットへの依存度を高めており、各利用者の行動を数値で計測できるネット広告の重要性も高まっている。このような現状を踏まえた発言と言えるだろう。

 グーグルはどのように広告ビジネスを立ち上げ、インターネットおよび広告業界に影響を与えているのか、今後の展望を含めて考えてみたい(文中敬称略)。

二人の出会いとページランク


 まず、グーグルの成り立ちと基本的なビジネス構造を振り返る(あまりにも有名な話だけれども)。

 1995年、米スタンフォード大学で博士号取得を目指して勉強していた二人の青年ラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンが出会ったのが発端だ。二人はともに22歳だったが、翌年グーグルの前身となる検索エンジン、バックラブを開発する。

 98年には非公開会社としてグーグルを創業し、2004年に株式公開した。11年からは創業者の一人ペイジが最高経営責任者が、エリック・シュミットが会長を務めている。シュミットはペイジやブリンより18歳年上で、01年にグーグルのCEOに就任する前は米ソフト開発企業ノベル(Novell)のCEOだった。もう一人の創業者ブリンは現在、特別プロジェクトを担当している。

 グーグル検索の中核は「ページランク」と呼ぶアルゴリズムで、常に更新されている。検索要求に最も合致する結果を出すために、該当するウェブサイトと他サイトのリンクに注目、その他ウェブサイトの訪問頻度、検索キーワードの位置、サイトの誕生年なども考慮しているという。

 同社サイトなどによると、以下のような過程を経て検索結果が表示される。

 グーグルは60兆を超えるウェブサイトを巡回し、サイトのページ同士のリンクに注目する。内容やその他情報を取得し、インデックスを作る。インデックス情報は1億ギガバイトにも上る(13年12月現在)。

 利用者が検索キーワードを入力すると、独自のアルゴリズムによって最適な結果が表示されるシステムが働く。検索キーワードに直接関係ないのに意図的に検索結果に表示されるような操作をするウェブページもあるが、これらは自動的にはじかれる仕組みができている。ただ、すべてを機械で取り除くことは不可能なので、同社の技術者が処理する場合もある。

 筆者がグーグルサイトで検索結果の表示過程を閲覧し最後の行まで読み終わったとき、閲覧時間内にグーグルに何件の検索要求があったかが表示された。閲覧に要したおよそ6分間に約1500万件の要求があったと知って、検索数の巨大さを改めて実感した。

世界の検索市場とグーグル

 インターネット上にはさまざまな情報が飛び交っているが、グーグル創業時、必要な情報を探し出すガイド役となる検索エンジンの重要性を認識していた人はそれほど多くなかったろう。今では誰でも、検索エンジンの重要性を知っている。

 グーグルはインターネット検索市場の最大手だ。米コムスコア社の12年調査(米ウェブサイト「サーチエンジン・ランド記事)によると、同年12月時点で、世界の検索市場の65・2%をグーグルが占める。これに続くのは中国の百度(8・2%)、米ヤフー(4・9%)、ロシアのヤンデックス(2・8%)、マイクロソフト(2・5%)で、グーグルの独走状態と言える。

 日本国内はどうか。朝日新聞社の調べによると(13年10月13日付)、日本の検索エンジンのシェアは05年ではヤフー!ジャパン(53%)、グーグル(30%)、マイクロソフト(10%)、その他(7%)の順だったが、12年はグーグルが85%(ヤフー経由も含む)と圧倒的な地位を占める。

 ヤフー!ジャパンは01年にグーグルと提携し、グーグルの検索技術を採用したが、04年いったんは自社の検索技術に変更。10年に再度、グーグルの検索技術を採用した。(つづく)
by polimediauk | 2014-03-02 01:03 | ネット業界
c0016826_6281625.jpg
 
       (欧州の媒体の取材に応じるサム・ガーディナー君)

 ロンドンに住む17歳の少年ニック・ダロイシオ君が開発会社Somoなどの協力で作ったアプリが米検索大手ヤフーによって巨額で買収され、世界をあっと言わせたのは、ちょうど1年前の昨年3月だった。

 「巨額で買収された」、「あのヤフーに」という要素よりも、最も注目を集めたのは「17歳の少年が作った」という部分ではなかっただろうか?

 ダロイシオ君が初めてアプリを作り、アップストアで販売を開始したのはそれよりももっと前の12歳のときだったというから、恐れ入る。私自身、「ずいぶんと早熟な少年だなあ、天才に違いない」と思ったものだ。

 昨年秋、雑誌「ワイヤード」がロンドンで開催したイベントでは、米国の高校生ジャック・アンドレイカ少年が、15歳のときにすい臓がんを早期発見する新たな方法を見つけたことを知った。少年の検査方法はこれまでにないほど低価格であるという点でも画期的だったという。

 2人の少年は、インターネットを使って、ああでもない、こうでもないと思いながら自分で知識を身につけていた。プログラミングもネットで学んだという。

 インターネットはいろいろな人にそれまではできなかったことを可能にする。エンパワーメント(力をつける)という意味でのネットの威力を感じたのが、ロンドン北部サム・ガーディナー君の経験だ。

 その一部始終を読売オンラインのコラムに書いたのだけれども、その後、本人に連絡がとれたので、彼自身の言葉を紹介してみたい。

 手短に言えば、ガーディナー君(17歳)は、英国の大手新聞に記事を書くサッカー・ジャーナリストのふりをして、ツイッターで情報を発信していた。フォロワーは2万5000人にまで増えた。

 サッカー選手の移籍やコーチの解任をもっともらしく発信し、本当のサッカー記者や選手からフォローされるようになった。ある選手の移籍の話を完全な思いつきで発信したところ、エジプト、アイルランド、ポーランドなど、世界各国の報道機関が取り上げたこともあった。

 今年1月、偽ジャーナリストであることがばれて、ツイッター側にアカウントを閉鎖されてしまったのだけれど、今度は本名でツイッターを続けている。将来の夢はジャーナリストになることだ。

 以下はガーディナー君との一問一答である。

 ツイッターは最初からプロのサッカー記者のふりをして、始めたの?

 最初は自分自身のアカウントを作った。でも、当時16歳だった自分の意見をまともに聞いてくれる人はいなかった。フォロワーも思うように増えなかった。

 そこで、2012年1月に、サッカー誌の架空のジャーナリスト、ドミニク・ジョーンズとしてアカウントをオープンした。いいところまでいったけど、途中でこの雑誌側にばれちゃった。だから、その後で、サム・ローズという別の架空の記者のアカウントを作ったんだよ。

 ローズ記者名義でのアカウントでは、2万5000人近くのフォロワーができたんだよね。競技場で取材しているとか、噂話をいろいろ発信したようだけど、情報はどうやって集めたの?

 新聞をよく読むよ。ウェブでね。スポーツ・ニュースも良く見ている。サッカーファンや選手、クラブのツイッターも追っている。どのクラブにどんな選手がいて、どんな特徴があるか、詳しく知っているよ。

 自分でもサッカーをやるの?

 よく試合を見に行くし、自分でもプレイする。11歳のときに、トッテナムホットスパーに入団する寸前まで行ったけれど、親が将来は違う道を選んだほうよいとアドバイスしてくれた。

 ツイッターの文章がかなりしっかりしているね。本をたくさん読むの?

 よく読むほうだと思うよ。といっても、小説とかフィクションじゃなくて、ノンフィクション。大学に進学して政治経済を勉強する予定なので、政治物、経済関係、金融破たん、開発途上国への援助問題についての本を読んでいる。

 将来はジャーナリストになりたいそうだが。

 なってみたい。サッカーだけではなくて、政治や経済、社会問題などいろいろなことを書くジャーナリスト志望だ。

 プロのサッカー記者のふりをしていることを、ほかには誰が知っていたの?

 家族や友人など、周囲の人は知っていた。両親は知っていたけど、別に大したことではないと思っていた。どういう意味を持つのか知らなかったんじゃないかな。

 偽のアカウントだということが判明し、記者のアカウントが閉鎖になったよね。この件が英国でニュースになったとき、どう思ったの?周囲の反応は?

 少しは罪悪感を感じたけど、それほどでもなかったかな。

 母は報道されたことを前向きに受け取ったようだ。父は最初、息子が悪いことをしたと思っていたけれど、僕がなぜそうしたのかを説明したら、納得してくれたよ。

 なぜ、サッカー記者のふりをしてツイッターを続けたのか?

 サッカーが大好きだから、できるだけ多くの人に話を聞いてもらいたかった。でもそれ以上に、16歳や17歳でもきちんと意見を持っていることを証明したかった。これはサッカーだけに限らない。常々、いつもそう思っていたんだ。

 自分はしっかりと考えて意見を述べているのに、大人はまともには聞いてくれない。「16歳だ」というだけで、心を閉ざしてしまうんだよ。でも、今回の一件を通じて、10代でも多くの人が注目するような、ニュースになるような情報を発信できることが証明できた。もし発信者が16歳と分かっていたら、受け取り手はまともにしてくれなかったと思う。

***

 テクノロジーの変化で社会の価値観や考え方が変わっている。「10代なのに、xxができたの?」なんて、驚くべき時代ではないのかもしれない。もうすでにツールが、しかも、そのほとんどが無料で提供されているのだから。
by polimediauk | 2014-02-12 06:29 | ネット業界
 エフゲニー・モロゾフ氏の「すべてを解決するには、ここをクリックしてください -テクノロジー、解決主義、存在しない問題を解決しようとする欲望」から、抜粋を紹介してきた。今回が最終回となる。「私たちの敵は、テクノロジーの世界に住む、ロマンチックで革命的な問題解決者だ」という。

***

第8章 スーパーヒューマンの状態

 マイクロソフトのエンジニア、ゴードン・ベルは1990年代末から自分についての記録をとり出した。首につけたカメラで視覚に入ったものを20秒ごとに撮影する。ほかにも、メール、写真、メモなどを記録する。

 自分の行為を記録することをライフ・ブロギングという。

 プルーストにとって、現実を描写するための鍵はデータを集めることではなく、想像力を使って、私たちの感覚を記憶と結びつけることだった。

 再生できないものを再生できるようにしたら(ライフブロギング、セルフトラッキングなど)、ノスタルジアの体験は崩れてしまう。

 コンピューターのメモリーと人間のメモリー(記憶)は違うのだ。人間は、過去の出来事の一部を選択して覚えている。旅行のすべての瞬間の録画対3枚の印象的な写真のように違う。コンピューターの「保存(リテンション)」が思い出すことを意味しないのと同様に、「削除」は忘れることを意味しない。

 セルフトラッキングにはもうひとつの動きがある。

 アイフォーン、アイパッド、キンドル、グーグルのメガネは何を読んでいるかを追跡する。将来は目の動きも追跡される。利用者について、情報が集まるーーどこにどれだけ目をおいたか、クリックしたかがわかる。これを数値化する動きもある。

 新聞やテレビは、グーグルのメガネや電子読書端末を使えば、それぞれの利用者に(さらに)あわせた情報を出せる。

 セレンディピティ(別のものを探しているときに、偶然に素晴らしい幸運に巡り合ったり、素晴らしいものを発見したりすることのできる)を入れたフィルタリングがデジタル技術で実現した。これによって、利用者がまだ消費していないが、消費するべきものを推奨できる。うまく使えば、消費者についての情報をもっと取得できる。

 グーグルのシュミットは、私たちがポスト世界主義の時代に生きている、という。「世界のどこでも人々は同じだ」。

 Facebookのザッカーバーグは、世界中の人をつなぐことが問題を解決する鍵だという。中東での憎悪は「つながっていない、コミュニケーションがない、同情心、理解がないこと」が原因という。FBでつながれば問題が消えるのだ、と。しかし、これはエセ人道主義ではないか。

 新しいテクノロジーの出現で「人間同士の理解を振興するだろう」とする言説は、過去にもあった。しかし、コミュニケーションの速度が高まったからといって、理解度が進むとは限らないのだが。

 私たちがシリアの問題に関心をもつのは中東の平和や人間の運命について関心を持つからであって、グーグルやFacebookがそうさせたからではないようにしたい。

 2011年7月から、グーグルニュースはたくさんニュースを読んだ人にバッジをあげるサービスを開始した。ニュースを読む行為をゲーム化するのは楽しいとしても、結局は企業にもっと情報を出すことになっている。

 「すべてがゲーム化する。政府もそうなる」という政治家がいるが、政府は企業ではなく、市民は消費者ではないという考えがゲーム化信奉者にはみあたらない。

 例えば、ポイントを得るために投票所に行くことに対し、私たちの多くは抵抗感を持つ。ゲームのインセンティブは市民性からその意味を取り去ってしまう。正しいことをさせるのではなく、正しい理由で行動を起こすようにするべきだ。経済の理論のみで人間行動の複雑さを説明できない。

第9章 スマートなメガネ、おろかな人間

 米サンタモニカのある駐車場にはスマートメーターが導入されている。車の滞在時間をセンサーで察知する。車が駐車場所を離れるとメーターを自動計算し、時間を過ぎても出ない場合、一定時間を超えたら、支払いを受け付けないようにする。違反者が出ないように、機械的にパーキングの規則を守るシステムを作った。運転者は頭を使う必要がない。しかし、選択があったほうが、交通混雑を避けられるのではないか?

 テクノロジーで問題を解決するやり方を拒否する必要はない。しかし、もっとオープンにし、選択肢を残すほうが良いと思う。

 サンタモニカの駐車場の仕組みを設計するのに、「正しい」方法はない。いかにも正しい方法があるかのアプローチの仕方はやめるべきだ。

 セルフトラッキングやゲーム化で私たちの生活が不快になったというのではない。生活の意味がやや減り、人間の要求や奇行にはより合わなくなったと思う。

 すべての制約を自由を縛るものと考えるのがコンピューター科学者やテクノロジー設計者たちだ。しかし、私たちは、プライバシーの保護についての制約があるからこそ、個人性を維持してきた。

 クーポンの代わりにプライバシーを屈服させている可能性がある。その結果どうなるか、私たちには十分に見えない。

 自動化されたプロファイリングやデータマイニング技術は、私たちの行動を予測する知識を持つ。私たちが訪れるウェブサイトや受け取る広告をカスタマイズする。

 自分の船の指揮官であることが人間であることだが、オンラインのプロファイリングはこの点で問題になろう。

 例えば、ベジタリアンになろうとして情報をネット上で探したとしよう。情報が売られて、サイト上には肉についての広告が増えることがあるかもしれない。ベジタリアンになりたいという気持ちと、冷蔵庫になぜ無料の肉が入っているのか(広告を見て、購入した)を関連付けられないかもしれない。

 何かがあなたの視覚を妨げていて、それをあなたが気づかないとしたら、自分に自治権があるのかを問うときだ。

 テクノロジーを否定しない。人間の状況を向上させるために使える。しかし、コンピューターの専門家、設計者、ソーシャルエンジニアは何が私たちを人間にするのかを考えてほしい。人間をロボットであるとするのではおぼつかない。

 デジタル技術が今後どのように展開するかは、インターネットがどう機能するか、コンピューターがどう機能するかではなく、私たちがどのように機能させたいかで決まる。

 インターネット、携帯電話、ウィキペディアなどについて、見かけの新奇性から「今後どうなるか見極めよう」としてはいけない。もうすでに「待つ」行為は終わったし、見えてきたものはきれいではない。

追記

 前作では、「インターネットの自由」などのあいまいな概念が、高度に洗練された専制政権を倒すことに役立つとする考えが、いかにナイーブで危険かと書いた。

 この本では、インターネット至上主義と解決主義について書いた。解決主義はこれからも続くだろう。「直したい人」をなくすることはできないが、私たちはインターネット至上主義から自分を切り離す試みはできるだろう。

 この本がデジタル技術の知的議論の最前線に貢献できればと思う。

 その「議論」とは、一方がインターネットが世界の問題を解く鍵とする考えで、もう一方はネットは政治家を混乱させており、デジタル活動家がインターネットにたよることなく議論を展開するようになればいいと考えている。自分は後者だ。

 ポスト・インターネットの社会とは何だろう?

 まず、ネットあるいはソーシャルメディアが、私たちの脳、自由、独裁者に何をするかについての議論には加わらない社会だ。ツイッターやアラブの春現象よりもゴミ箱や駐車場の問題について考える社会だ。個々の問題について考えるほうが、デジタル技術の機会や限度についてよく考えられる。「ソーシャルメディアが革命を起こすか」という問いについて考えるよりも、だ。

 ポスト・インターネットのアプローチは、デジタル技術を原因とするさまざまな主張について、非常に注意深い態度をとる。デジタル技術は原因ではなくて、結果だと思っている。デジタル技術は空から降ってきた(神聖な)ものとは考えず、その詳細を研究する。

 過去100年ほど、その時代の人々は自分たちこそがテクノロジーの最先端をゆく、と言っていた。2005-07年ごろ、実は自分も革命が起きたといっていた。ウィキペディアにはうっとりするようなスタイルがあった。

 だから、自分は現在の議論に満足するインターネットの専門家の気持ちは分かる。しかし、おそらく、(その言動を)許さないだろう。

 この本ではインターネット理論家の大部分が、自分たちで作った想像上の神をあがめ、否定の世界で生きていることを示したかった。

 テクノロジーに関する議論の世俗分離を行い、インターネット至上主義の邪悪な影響をきれいにすることは、今日のテクノロジー知識人のもっとも重要な課題だと思う。

 インターネットの言葉自体が争点となり、不確かさがいっぱいであるのに、「インターネットの自由」という言葉を使うことの意義がどこにあるのだろう?

 テクノロジーは敵ではない。私たちの敵は、テクノロジーの世界に住む、ロマンチックで革命的な問題解決者だ。これをおとなしくさせることはできない。しかし、解決者の最愛の兵器「インターネット」については、多くのことができる。できるかぎり、そうしようではないか。(終)

***

 モロゾフ氏のエージェントから許可を得て、本の概要を抜粋紹介してきた。日本語の翻訳は未定のようだが、どこかの出版社が興味を持ってくれることを期待して、訳出してみた。

 「インターネット=善=自明のこと」という見方に挑戦する論考だった。「疑え、とにかく疑え」という声が聞こえてくるようだった。

 私自身がこの本を読んで、ネットに関する見方が変わった。

 この本は昨年3月に出版された。その後、スノーデン事件(6月以降)があり、ネットとプライバシーについての人々の考え方は随分と変わったのではないかと思う。商業上の目的で企業が利用者から情報を集めていること、政府・当局が大規模に情報を収集していることなどについて、「いかがなものか」という意識が強くなってきたと思う。

 今回の抜粋の掲載の過程で、「でも、仕方ないじゃないか」「どうせ現状は変えられない」という声を聞いた。

 私はそうは思わない。

 インターネットの未来の話ばかりではない。日常生活でおかしいなと思うことがあったら、友人同士で会話する、関連の論考を読んでみる、情報をもっと探してみるなど、何でもいい。ちょっと視野を広げるだけ、つぶやいてみるだけで、自分が、そして周囲が変わる。池に小石を投げる様子を思い浮かべてほしい。小さな声は一つの塊になるまでに時間がかかるかもしれないが、最終的には世論形成につながってゆく。「世論形成」という言葉が堅苦しければ、「雰囲気作り」と言ってもいい。ある雰囲気を作ることは、それほど難しくないーそんな気がしないだろうか?

 実際、スノーデン氏による暴露で、オバマ米大統領が情報収集体制の見直しを命じている。米ニューヨークタイムズがスノーデン氏に恩赦を与えるべきとも書いている。国家の機密を暴露した人物に恩赦を、とー。ウィキリークスを通じて機密をリークした米マニング兵は数十年の実刑判決を受けて受刑中だが、今後、釈放される可能性だってないわけではないだろう。

 当局から情報を取られないようなネットの暗号化をどうするかで専門家による話し合いも続いていると聞く。

 2014年の私たちはスマホを活用し、トラッキングに慣れ、グーグルめがねを奇妙とは思わなくなった。私自身はウェラブル機器がさらに発展したとき、究極には「おろかな人間は必要がない」方向にまで進むのかなと思い、複雑な思いがするーそれでも「構わない」方向に最後には進むのかな、と。

 昨日までは奇妙だと思っていたことが、今日は普通になる。そんな世界に私たちは生きている。

***

 モロゾフ氏のツイッターは皮肉ときついジョークで一杯だ。
by polimediauk | 2014-01-12 18:51 | ネット業界
 東欧ベラルーシ出身のジャーナリスト、リサーチャー、作家エフゲニー・モロゾフ氏の反シリコンバレーの本「すべてを解決するには、ここをクリックしてください -テクノロジー、解決主義、存在しない問題を解決しようとする欲望」から、その一部を紹介する。今回はアルゴリズムの門番としての危険性についてだ。

***

第5章 アルゴリズムの門番(=ゲイトキーパー)の危険性

 グーグルの検索では、アルゴリズムが不適切と判断したものは、検索結果にあがってこないことがある。

 問題は、グーグルが自分たちは検索エンジンとして中立である、客観的であると主張する点だ。

 実はそうではないことを示す一つの例が、オートコンプリート機能だ。利用者が文字の入力を開始すると、グーグルが何を検索しようとしているかを察知し、文章を自動的に入れてくれる。

 その結果は必ずしも中立でも客観的でもない。誰かが意図的に児童性愛主義者という言葉の後に、ある人の名前を大量に入力し、すぐに出るようにすることもできるはずだ。

 日本、イタリア、フランスでは同様の事例にあった犠牲者が声をあげ、修正してもらった例もあるが、グーグルのアルゴリズムが管理しているため、修正する道はないといわれている。

 グーグルはアルゴリズムは中立で、オートコンプリートはほかの人の検索結果を基にしていると説明するが、なぜもっと人間的な方針を導入できないのだろう。

 実際に違法なファイル共有サイトについては厳しく、パイレートベイについてはオートコンプリートがきかないのだ。個人や企業が消したいと思うネガティブな情報については、グーグルは同様な処理をしてもよいのではないか。

 しかし、グーグル側がアルゴリズムは正当で、客観的で現実を反映しているだけだと主張する限り、実現できない。

 グーグルはよく、検索の結果は現実を反映しているだけだという。自分たちは鏡であると。しかし、果たしてそうか。グーグルはものごとを形作り、創造し、捻じ曲げているのではないか。鏡よりもエンジンと言えないだろうか。

 グーグルは自分たちは鏡だからといって隠れていないで、自分たちが公的領域を作るうえで大きな役割を果たしていることを認めるべきだ。

 グーグルはよく、アルゴリズムによる計算が客観的であるばかりか正しいということを示すために「民主化」という言葉を使う。「ウェブの世界の民主化」だと。利用者は、好みのウェブサイトをリンクで示すことで投票している、これがグーグルのページランクのアルゴリズムで数えられ、どれが最初に来るべきかを決めているのだ、と。

 しかし、これは民主主義の変なとらえ方だ。リンクで投票したとしても、一人一票ではない。お金のある人が検索結果の中で上位に来るようにすることもできるし、オプティマイズ化(最適化)もできる。ページランクにはサイトのアップロードまでの時間を含め、200の要素が考慮されている。

 そして、「一票を入れた」ら、利用者についての別の個人情報も知らぬ間に取られている状態だ。

 グーグルは自分たちが科学者というだけで行動を正当化し、議論を停止させている。シュミット会長はこういった。「私たちは科学的だ。もしうまくいけばすばらしい。そうでなかったら、別のことを試すまでだ」。こういわれたら、誰も反論できない。

 しかし、科学にも道徳上の規範がある。人間がかかわる実験を試みたことがある人は誰でも知っている。だからこそ、さまざまなパネルや諮問会議が人間にかかわる実験を行う前に議論・認可する仕組みがある。「まずやってみる、その後で実験の社会的および政治的結果を考える」ものではないだろう。

 といって、ストリートビューやGoogle Buzz(グーグル・バズ。Twitterに類似したソーシャルサービス。利用を促すためにGmailと連動させたことで、開始当初から個人情報の流出を巡る議論に巻き込まれた)の開発を認可する諮問機関はないだろう。グーグルバズの失敗時、創業者の一人はこういった「プライバシーについてはまったく考えなかった」。

 インターネットから派生しているというだけで神のようなもので、バイアスとは無縁だと考える必要はない。

 技術者やコードを書く人は、公的議論についての姿勢を明確にするべきではないか。

 デジタルフィルターやアルゴリズムにもっと注意を向け、何を隠し何を出しているのかをつかめば、インターネット至上主義の神話が崩れる。

 その神話とは、ネット上ではアイデアが急拡大し、こうした情報は報道する価値があるというものだ。また、インターネット至上主義者はオフラインとオンラインがまったく別物とするが、そうではない。ネットは実際はリアルとつながっている。

 しかし、オンラインという衣をまとわせることで、ミーム(ここではインターネット・ミーム=インターネットを通じて広まる情報、画像、映像、単語、表現など)としてカバーする価値がある存在になる。

 重宝するのはPR企業だ。PR会社の隠された操作が、ユーチューブやFacebookなどミームを広めたいプラットフォームによって拡大されてゆく。

 公的生活がミーム化されることで、何がネット上でヒットになるかという観点から、報道の仕方や報道の内容が決まってゆくことは問題だろう。

 オーディエンスがどんな反応をするかで物事を決めるやり方はどんどん広がっている。

 クリストファー・スタイナーは著書「Automate This」の中で、音楽レーベルがアルゴリズムによって音楽家や音楽を決める日を予測する。

 前は人間が決めていた。今はもっと客観的方法としてアルゴリズムを使う。しかし、芸術分野で主観性が果たす役割を忘れるべきではない。また、過去に何が売れたかで決めると、同じものばかり作るようになるだろう。

 ジャーナリズムはどうだろうか?

 広告収入が減っている出版社は、インターネットを使って読者の情報を詳細に得るようになった。ウェブサイトやソーシャルメディアから情報を取る。読者のコンピューターのクッキーに蓄積された情報、あるいは「指紋装置」(ネット上の足跡)を使う。クッキーを消したり、使わない読者の情報も得ている。

 こうして、「デイリー・ミー」(「日刊私」)が生成される。個々の人に合わせてカスタマイズされたニュースが利用者に送られる。サッカーの記事を読めば、関連記事や広告が出る。

 ニュースの選別のみならず、読解力にあわせて文章や語彙が変わることもありそうだ。米女優アンジェリカ・ジョリーの話で、国際問題についての側面を出す記事を送ったり、ゴシップ好きには夫ブラッド・ピットの話と関連付けるなど。

 将来、個人にあったストーリーを作る、新世代のコンテンツファームが出てくるかもしれない。

 公的生活(パブリックライフ)が、個人それぞれの空間に割れて行く。

 全体が同じストーリーにアクセスしなくなると、連帯感や十分な情報が入った議論の機会を破壊するかもしれない。

 効率性という面からのみでは判断できない。かつてはオーディエンスについての情報が少なく、いわば非効率だった。しかしどの記事がどれぐらい読まれているかわからないこそ、さまざまな記事に投資できたのではないか。

 かつては広告の効果が計測できなかったので価格はインフレされていた。今はターゲット化されている。広告費が下がり、メインストリームのメディアがインフラの維持をまかなえないほど小さくなった。

 インターネットを使うことで、情報の門番(ゲイトキーパー)や中間業者がなくなるという説には疑問がある。

 逆にたくさんの仲介業者が生まれているのではないか。見えないだけなのだ。

 2012年、商業プラットフォーム(タンブラーやワードプレス)を使うと、コメントが第3者のDisqusなどを通る。ディスカスはImpermium(インパーミアム)と協力し、コメントがスパムかどうかをチェックしている。したがって、中間業者の消失ではなく、むしろ増えているのだ。

 インパーミウムはさらに先に進み、スパムのみならず、損害を与えるコンテンツを識別するテクノジーを開発した。たとえば暴力的、人種差別的、憎悪スピーチなどのコンテンツが読者に届けられることを防ぐ。

 カリフォルニアの一企業が30万ものウェブサイトのために、何が憎悪スピーチで、何がみだらな言葉かを決定している。そのアルゴリズムが偏向していないか、過度に保守的かではないかの検証はされていない。インパーミウムのアルゴリズムのブラックボックスの中を見るべきだ。

 中間業者の消失による利点は本の未来に関する書物によく出てくる。図書館も書店もいらない、編集者もいらない。読者のニーズに合致した記事や書籍を出せるのだから、と。極端に言えば、アルゴリズムで書けるのだから、著者もいらない、と。門番をバッシングするこの考え方は、プロテスタントの宗教改革にも似ている。教会は不必要なもので、神と信者の間の直接的なコミュニケーションを邪魔する門番だと。

 そう考える一人がアマゾンのベゾス氏だ。門番はイノベーションを遅らせ、利用者を満足させるプラットフォームの邪魔になると。目標はたくさんの本を出し、たくさんの読者を持つこと。内容が何かは関係ない。ベゾス氏の考えは解決主義者と似ている。いわゆるイノベーショントークだ。「すべてのイノベーションが善」。結果は考えない。

 アマゾンがめざす、門番がいない世界では、企業が力を持つ門番になることを意味しないだろうか?アマゾンはしぶしぶ門番になったのかもしれないが、門番であることに変わりはない。将来、アマゾンは作家の代わりにロボットを使うようになるかもしれない。作家もアイデアの門番といえるのだ。(ただし、アマゾンは買い手をロボットにはしない。誰かがお金を払う必要があるから。)

 アマゾンはキンドルのおかげで、読者の情報をたくさん入手している。キンドルの辞書で何を調べたか、どこに頻繁に下線を引いたか、読み終えるまでに何回開いたかなど。すべての読者の体験を増大させるために情報を収集している、とアマゾンはいう。

 アマゾンが個々の読者にあった本を自動的に作ることも不可能ではない。新聞や雑誌も同様の動きに向かっている。Narrative Scienceはアルゴリズムで作った記事(スポーツ、金融)を提供する。

 アマゾンはもっとうまくやれる。もし文学の目的がミームの幸福感を増大させること、つまり読者を満足させることなら、アマゾンは文学の救世主だ。

 しかし、もしアイデアすべてがよいとは限らず、文学の目的が挑戦し、滅ぼすことでもあるなら、アマゾンの門番がいない世界を祝福することもない。

 レビューサイト、イェルプ(Yelp)はプロのレストラン批評家よりも数が多く、かつもっと客観的といわれている。しかし、レビュー数が多い=これに相当するほどのたくさんの人が行ったとは限らない。ザガットは科学的に評価するという。しかし、食体験を集めたものだ。そこにいって食べたいとき、イェルプやツイッターでもよい。しかし、料理を芸術としてみるなら不十分ではないだろうか。(続く)
by polimediauk | 2014-01-10 19:13 | ネット業界
 東欧ベラルーシ出身のジャーナリスト、リサーチャー、作家エフゲニー・モロゾフ氏の新たな反シリコンバレーの本「すべてを解決するには、ここをクリックしてください -テクノロジー、解決主義、存在しない問題を解決しようとする欲望」(To Save Everything, Click Here (Technology, Solutionism and the urge to fix problems that don’t exist))から、その一部を紹介したい。


第1章:解決主義とその議論

 BinCam(ビンカム)というアプリがある。ゴミ箱のふたにスマートフォンをつけて、中身を撮影し、写真をFacebookのアカウントに送る。リサイクル度に応じて、スコアを得る。これも友人たちと共有する。センサーの技術と友人たちが見ているというプレッシャーで、リサイクルが進むという仕組みだ。

 解決主義(ソリューショニズム)の問題点は、解決方法よりも何かを「問題」とする定義の仕方だ。たとえば、ハンマーを手に持つ人にとっては、すべてが釘に見えるのと同じだ。非効率、あいまいさ、不透明さ、これはすべて問題なのだろうか?

 スマートテクノロジーのおかげで、料理についての知識はいらなくなった。台所のセンサーが何をすべきかを教えてくれる。

 ある科学者たちは台所を「拡大現実」(argumented reality)に変える。天井にカメラなどをつけて、どの食材を使うかまでコントロールする。魚を切ろうとするとバーチャルなナイフがどこを切るべきかを教えてくれる。

 このロボットあるいは「拡大された現実」がほかの場所にも入ってくるのではないか?

 テクノロジーを拒絶せよというのではない。もっとほかに人間が栄える方法があるのではないか。

 解決主義は昔からあったが、今は新しい形がシリコンバレーからやってくる。

 インターネットには神話ができたと思う(注:神話としてのインターネットという意味を込めて、モロゾフ氏は本の中で “the Internet” と表記している)。現代の解決主義者のさまざまなイニシアティブを生み出すのがインターネットであること、また私たちが解決主義の欠点を見ないようにしているのもインターネットだ。インターネットの到来で、解決主義的態度が正当化されるようになった。

 インターネット至上主義とは、インターネットがあるために、私たちは特別に固有な世界に生きており、すべてが深い変化の中にあり、「物事を直す」ことへのニーズが高まっていると考えることを指す。いわば、「科学」と「科学主義」(科学万能主義)のようなものだ。

第2章:インターネットのナンセンスとこれをどうやって止めるのか

 インターネット、といえば、真剣な議論が止まってしまう状況がある。

 今はどんな記事にもインターネットのアングルをつけて語られる。よく「インターネットはそんな風には働かない」などというが、本当だろうか?

 グーグルもあのような活動になるのは仕方ないのだろうか?グーグル、Facebook、Twitterそれぞれの企業がそれぞれやりたいようにやっているだけではないのか?

 どれほどTEDなどでトークをしても、たとえばグーグルのような大手検索エンジンに定期的に監査をかけるべきではないか、という議論は出てこない。そういう話になると、ネットのオープンさに対する戦争だという人もいるが、そう主張することで、インターネットの神話を作っている。

 インターネットがなくなることも想定されていない。インターネットが存在する前のことを私たちは思い出さないようになっている。物理的に消えたブリタニカ百科事典のような例もあるのだが。

 ネットにつながらない生活を1週間やってみる人もいる。しかし、オフラインはオンラインによって規定されている。

 インターネットの終わりを想定できないのは、これを究極のテクノロジーとして考えているからだろう。インターネットの終わりは歴史の終わりだ、というわけである。まるで宗教のようだ。

 グーグルのシュミット氏は政策立案者たちがインターネットの流れに沿って働くべきだ、といった。黙って眺めていれば、インターネットがすべてを解決してくれる、とでもいうようだ。

 インターネットは単にケーブルとネットワークルーターがつながったものに過ぎないのに、これを知識や政策の源だとみなすことで、わくわくするようなテクノロジーに変わってゆく。

 科学者スティーブ・ジョーンズは、インターネットはフランス革命、あるいはベルリンの壁の崩壊ほどに画期的な出来事だという。

 そして、クラウドファンディングの仕組み「キックスターター」はインターネットを使う、だからよいものだ、と考えられている。しかし、実はいつもよい結果を生み出すとは限らない。間違った政治メッセージをあっという間に広げる可能性もある。果たして、公正で正義があるもの、と言い切れるのだろうか。

 別のインターネット至上主義者ジェフ・ジャービスは、「インターネットはオープン、パブリック、共同作業的のように見える。グーグルもそのように見え、繁栄している。したがって、インターネットの価値とはオープンで、パブリック、共同作業的だ」と書いた。

 しかし、グーグルは市場で競争をしている企業だ。オープン、パブリックなどの精神で機能しているわけではない。いまや多くのプラットフォームを閉鎖し、お金をとるようにもなっている。

 オープンに使えるというウィキペディアも誰がどうやって動かしているのか、わからない。こうした点を分析することが必要ではないか。単に情報を引き出しているだけでいいのだろうか。

 ハーバード大のジョナサン・ジトランはインターネットが普及したのはオープンなプラットフォームだったからといった。少しでもそのオープン性について門番的な動きをするものには懐疑の目を向けられてしまう状況がある。

 ソーシャルメディアの発達は産業革命に匹敵するほど画期的な出来事だという人もいる。「画期的」といわれると、分析や議論がとまってしまう。どうしても変えられないものだと思うからだ。「デジタル革命」という言葉が独り歩きする。

 インターネットは特別な出来事と解釈されているため、歴史と無関係と思われている。

 まるで宗教のようになったインターネット至上主義には、「世俗分離」が必要だ。

第3章:オープンすぎて、痛い

 インターネット至上主義者によれば、透明性はより活発で、責任ある市民生活につながるという。はたしてそう言いきってよいのか。

 一旦インターネット上に出たものは消えないのだから、何でもオープンにするよりも、一定の歯止めをかける方法を考えてもいいのではないか?(続く)
by polimediauk | 2014-01-09 17:29 | ネット業界
 インターネットは必ずしもばら色ばかりの世界ではない、すべての情報がつながり、ネットに乗るということは、ネット上の行動が誰かに詳細に見られている可能性も意味するー。そんなことを広く実感させる契機となったのが、昨年から続いている、いわゆる「スノーデン事件」あるいは「米NSA(国家安全保障局)事件」だった。

 元CIA職員スノーデン氏によるリーク情報を元にして、米英の情報機関による大規模な個人情報収集の実態が報道されたことは記憶に新しい。

 私は、ここ1-2年、インターネットと個人のプライバシー保護とのバランスについて、漠とした不安を感じるようになり、つながっていることの危機感を書いた本を、読売オンラインのコラム「欧州メディアウオッチ」で紹介してみた。

(11)「デイリー・ミー」(日刊・私)を手にする近未来とは?

 このコラムの中で取り上げたのが、エフゲニー・モロゾフという人物だ。

 モロゾフ氏の名前を聞いたのは、数年前だったように記憶している。インターネット界を席巻する米大手ネット企業グーグル、フェイスブック、アップル、アマゾンに批判的な目を向ける、反シリコン・バレーの論者だという。1984年生まれというから、今年30歳になるはずだ。まだ若い。

 英国のテレビに出ている様子を見たら、メガネをかけた男性が強い東欧のアクセントの英語で話していた。「インターネットが『アラブの春』を起こしたのではない」という趣旨の「ネットデルージョン」という本を書いたという。

 私はネットを仕事でもプライベートでも良く使い、ソーシャルメディアも人並みにやっている。しかし、ネット上のプライバシー情報が米大手企業のサーバーにどんどん蓄積されていることへの不安感がある。どうすればいいのかと思うが、コンピューターの電源を消したり、ネットを一時的にでも使わないだけでは、事態は解決できそうにない。グーグルメガネが市場に出て、ますます居心地の悪さを感じていた。

 そこで、2013年3月に出版されたモロゾフ氏の第2作――書評によると、新たな反シリコンバレーの本――を真剣に読み出した。題名は「すべてを解決するには、ここをクリックしてください -テクノロジー、解決主義、存在しない問題を解決しようとする欲望」(To Save Everything, Click Here (Technology, Solutionism and the urge to fix problems that don’t exist)だ。

 中には「もしシリコンバレーが思い通りにやれば、近未来はこうなる」という社会の姿が描かれていた。

 モロゾフ氏のエージェントに連絡を取る機会があり、「クリック」の中味を紹介する許可を得た(特に契約を交わしたというわけではない)。モロゾフ氏及びエージェント側から、一切、金銭はもらっていない。できれば、どこか日本の出版社が翻訳をしてくれればと個人的には思うけれど、探してくれとエージェント側に言われたわけでもない。「勝手に紹介してくれ」というレベルの話である。

 そこで、何回かに分けて、本の内容を紹介してみようと思う。

 やや小難しい部分があるが、意図を汲み取っていただければと思う。(以下は以前に、ネットサイト「日刊ベリタ」でも紹介している。)

***

-序ー

 シリコンバレー(=米テクノロジー業界の総称)は誰かが作り出した問題を解こうとしている。

 例えば、グーグルのシュミット会長は2011年、テクノロジーの目的は世界を良くすることだといった。Facebookのザッカーバーグ社長は2008年、グローバルな問題を解決するのが同社の目的だと述べた。

 シリコンバレーのスローガンは「問題を解決すること」、ものごとを向上させることになった。

 何が問題かよりも、物事を変え、人間に行動させる、効率を高めること=善と考える。カリフォルニアは常に楽観主義だったが、デジタル・イノベーションでその傾向が強まった。この向上へ向けての大騒ぎはいつ終わるのだろうか?

 シリコンバレーが主導する世界は、2020年では以下のようになっているかもしれない。

 人はセルフトラッキング(自分の行動をスマートフォンなどを通じて追跡されている状態)装置を身につけており、肥満、不眠、地球温暖化などの問題が解決されている。トラッキング装置がすべてを記憶してくれるので、人間が記憶する必要もない。車の鍵、人の顔ももう忘れない。過去をノスタルジックに思い出すこともない。瞬間がスマートフォンやグーグルのメガネに記憶されるからだ。過去を知りたければ、単に巻き戻せばよい。アップルのSIRI(発話解析・認識インターフェース)を使えば、過去に直面しなかった真実を音声で教えてくれる。

 政治は選挙民から常に監視されているので、裏の駆け引きがなくなった。政治家の言葉が記録され、保存されるので、偽善が消えた。ロビイストはいなくなった。政治家の行動すべてがネット上に出て、誰でもが見れるからだ。

 人はオンラインゲームでポイントを稼ぐために投票行為に参加する。「人間性を救うために」といわれてスマートフォンで投票所にチェックインする。自動運転車があるので、投票場に行くのも簡単だ。町をきれいにするゲームに参加することで、通りは清潔になる。行動のインセンティブがポイントを得ることになるため、市民の義務や責任という考え方がなくなる。

 データの分析で犯罪の発生を未然に防ぐため、犯罪はなくなった。犯罪者がいないので刑務所が必要なくなった。

 誰でもがブログを書き、アイデアの売買市場ができた。新聞はもはや、読者が興味を持たない記事は印刷しない。セルフトラッキングとソーシャルメディアのデータが活用され、人は自分にカスタマイズされた記事を読む。どの言葉が使われるかまでが最適化されている。ウェブサイト上の記事をクリックすると、個々の利用者にカスタマイズされた紙面が数秒でできる。

 セルフ出版の本(電子本)が急増する。本の結末はリアルタイムで変わってゆく。

 映画館では観客はグーグルのメガネをかけており、一人ひとりの気持ちの持ちようで結末が変わる。

 プロの批評家はいなくなった。アルゴリズムで働くクラウドに出た評価が代わりになる。

 このような未来は恐ろしい。この本(「クリック」)では、こうした1つ1つの具体例に疑問をはさんだ。

 前作の「ネット・デルージョン」(=ネットの妄想)ではいかに独裁体制がデジタルテクノロジーを駆使しているかを書いたが、この本では、シリコンバレーが主導する、問題を解決するための手段とその目的に疑問を投げかけた。

 シリコンバレーのやり方に疑問を投げかけるという行為を私たちは十分にやってこなかった。

 「政治から偽善をとりのぞく」、「物事の決定のためにもっと情報を出す」、あるいは「地球温暖化のために行動を起こそう」という目的を誰が疑問視できるだろう?まるで啓蒙主義を問うようなものだ。しかし、こうした問いかけは必要だ。

 シリコンバレーが今のままで進んだら、どんな長期的な結果になるのだろうか。不完全さや不秩序を取り除くことをシリコンバレーは目的とするが、不完全さや不秩序は人間の自由の一部だ。不完全さや不秩序をなくしたら、自由を失うことにもならないか。異端の声が出なくなる社会にならないか。

 すべての問題が解決される必要はないのではないか?(続く)

 (以上は「すべてを解決するには、ここをクリックしてください -テクノロジー、解決主義、存在しない問題を解決しようとする欲望」(To Save Everything, Click Here (Technology, Solutionism and the urge to fix problems that don’t exist」から、一部の抜粋翻訳)
by polimediauk | 2014-01-08 16:57 | ネット業界
c0016826_175622100.jpg
 
(Epicのウェブサイトより)

 前回に続き、英「Wired」誌がロンドンで開催したイベント「Wired 2013」(17日ー18日)から、印象深いプレゼンテーションを紹介したい。

―ノンフィクションの長い記事を出すEpic

 米「ワイヤード」に長年寄稿してきたジョシュア・デービスの話が興味深かった。

 ひょろりとした風貌の青年が壇上に立った。デービスは、いかに自分の人生が偶然と失敗に満ちているかを話し出した。

 データエンジニアとして働いていたときに、新聞で腕相撲の試合があるという記事を見た。腕相撲についてほとんど知識がないデービスだったが、暇だったので、出かけてみることにした。

 そこで数人が参加する試合を見たデービスは、ある部門の選手が来なかったために、観戦者であった自分がその部門の優勝者にされてしまった。

 後に、腕相撲の大きな大会があり、自分はいつのまにか代表者にされてしまったために出席せざるを得なくなった。試合では負けたのだけれども、一定のタイトルを与えられてしまった。その後、デービスは相撲、サウナ選手権、後ろ向きに歩くレースなどに挑戦した。

 挑戦しては負けてばかりの話の一部始終をワイヤードに書く機会ができて、いつしか、デービスはジャーナリズムの世界に入ってゆく。イラク戦争やエストニアとロシアとの間のサイバー戦争についても書き、ジャーナリスト、そして作家として着実に歩を進めた。

 ワイヤードで書き続けたデービスは、コントリビューティング・エディターという地位につくまでになった。最近の大きな体験は、ウイルス対策ソフトのマカフィーを作ったジョン・マカフィーと長い時間を過ごしたことだ。

 英国生まれのマカフィーは、2009年、世界的な金融危機で個人資産を大きく減少させた。昨年秋、滞在していた中央アメリカの国ベリーズで、地元警察に殺人容疑で指名手配された。

 デービスは、昨年、記事を書くためにベリーズのマカフィー宅に滞在していたことがあった。常識を逸したマカフィーが銃を手に持ち、デービスの隣の砂の上に向けて発砲したとき、デービスは「ここを出よう」と思ったという。

 ここからが、デービスの話の本番である。

 デービスはマカフィーと過ごした日々など、普通は体験できないような興味深い事柄をじっくりと時間をかけて取材した、長文の記事=「ロングフォーム(長尺の)ジャーナリズム」=を掲載し、場合によっては映画化もできるようなメディアを作れないか、と思ったのだ。「ジャーナリズムとハリウッド映画をつなぐ」というアイデアだ。

 このために立ち上げられたのが「Epic」(エピック)というプラットフォーム。

 エピックのジャーナリストは今のところ、デービスともう一人、雑誌のライター、ジョシュア・バーマン。バーマンが過去に「ワイヤード」に書いた記事は、イランの米大使館人質事件を扱った米映画「アルゴ」になった。「アルゴ」はベン・アフレック監督・主演で、アカデミー賞作品賞を受賞している。

 エピックは、ツイッターの創業者たちが作ったブログメディア「メディアム」の一部として存在している。

 デービスは「スペースを気にせずに、飛びぬけて変わったノンフィクションが書ける場所」を確保したかったという。


ー「Sugru」で遊ぶ

 「Sugru」=すぐる、と聞いたとき、日本語の「優(る)」という意味なのかなあと思ったものだ。

 実際には、アイルランド語で「遊ぶ」(sugradh)という意味なのだそうだ。
 
 Sugruについては、1年ぐらいまでに新聞で写真を見て、面白いなあと思っていた。粘土のように見えるのだが、シリコン・ゴム製だという。

c0016826_1757893.jpg
 
(Sugruのウェブサイトより)

 さまざまな色があり、銀色のパッケージから取り出すと、少し湿っている触感がある。自在に形を作って、さまざまな用途に利用できる。決まった使い方というのはないのだが、ものとものをくっつけたり、つないだり、穴をふさいだりできる。

 断熱材にもなり、固まった後では、ボールのように床に打ち付ければ跳ね返ってくるという。詳しくは使い方の動画を見ていただきたい。

 Sugruを開発したのはアイルランド生まれのJane Ni Dhulchaointigh(読み方が不明なので、ひとまず、ジェーン・ニ・ダルチャオインティ、としておく)。

 ニ・ダルチャオインティは、大学で製品デザインを勉強した後、将来何をするべきかと悩んだ。あるとき、シリコン製封止剤とおがくずを合成しておもしろい物質ができるなあと思ったそうだ。これが2003年だった。

 研究助成金を得て、リサーチャーらと研究し、「持っているものを簡単に修理したり、改善、あるいは自分の好きなように改変できる」物質を作ろうとした。

 最初はこれでお金がもうかるのかどうかが分からず、大きなビジネスを狙っていたが、友人に「小さく初めて、その後で改良していけばいい」とアドバイスを受けた。
 
 あるとき、英デイリー・テレグラフ紙に記事が載り、6時間で100パックがはけた。

 ウェブサイトを拡充させ、買った人がどうやってSugruを使っているかの例を載せたことで、コミュニティーができていった。

 最初は二人で始めたビジネスが30人に増えたという。「コミュニティーのおかげで、Sugruの輪が広がっている。Sugruを使って、モノを直せた、自分の思い通りにできたという達成感があるのだろうと思う」。


***

関連記事

英「Wired 2013」から -米キックスターターの価値観、インドのSMS,イスラエルの活動家
コンピューターは嘘を見抜けるか?―WIRED 2013
by polimediauk | 2013-10-23 17:49 | ネット業界