小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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カテゴリ:ネット業界( 154 )

「エンパワーメント」としてのインターネット ー「まだ10代なのに?」なんてことはない_c0016826_6281625.jpg
 
       (欧州の媒体の取材に応じるサム・ガーディナー君)

 ロンドンに住む17歳の少年ニック・ダロイシオ君が開発会社Somoなどの協力で作ったアプリが米検索大手ヤフーによって巨額で買収され、世界をあっと言わせたのは、ちょうど1年前の昨年3月だった。

 「巨額で買収された」、「あのヤフーに」という要素よりも、最も注目を集めたのは「17歳の少年が作った」という部分ではなかっただろうか?

 ダロイシオ君が初めてアプリを作り、アップストアで販売を開始したのはそれよりももっと前の12歳のときだったというから、恐れ入る。私自身、「ずいぶんと早熟な少年だなあ、天才に違いない」と思ったものだ。

 昨年秋、雑誌「ワイヤード」がロンドンで開催したイベントでは、米国の高校生ジャック・アンドレイカ少年が、15歳のときにすい臓がんを早期発見する新たな方法を見つけたことを知った。少年の検査方法はこれまでにないほど低価格であるという点でも画期的だったという。

 2人の少年は、インターネットを使って、ああでもない、こうでもないと思いながら自分で知識を身につけていた。プログラミングもネットで学んだという。

 インターネットはいろいろな人にそれまではできなかったことを可能にする。エンパワーメント(力をつける)という意味でのネットの威力を感じたのが、ロンドン北部サム・ガーディナー君の経験だ。

 その一部始終を読売オンラインのコラムに書いたのだけれども、その後、本人に連絡がとれたので、彼自身の言葉を紹介してみたい。

 手短に言えば、ガーディナー君(17歳)は、英国の大手新聞に記事を書くサッカー・ジャーナリストのふりをして、ツイッターで情報を発信していた。フォロワーは2万5000人にまで増えた。

 サッカー選手の移籍やコーチの解任をもっともらしく発信し、本当のサッカー記者や選手からフォローされるようになった。ある選手の移籍の話を完全な思いつきで発信したところ、エジプト、アイルランド、ポーランドなど、世界各国の報道機関が取り上げたこともあった。

 今年1月、偽ジャーナリストであることがばれて、ツイッター側にアカウントを閉鎖されてしまったのだけれど、今度は本名でツイッターを続けている。将来の夢はジャーナリストになることだ。

 以下はガーディナー君との一問一答である。

 ツイッターは最初からプロのサッカー記者のふりをして、始めたの?

 最初は自分自身のアカウントを作った。でも、当時16歳だった自分の意見をまともに聞いてくれる人はいなかった。フォロワーも思うように増えなかった。

 そこで、2012年1月に、サッカー誌の架空のジャーナリスト、ドミニク・ジョーンズとしてアカウントをオープンした。いいところまでいったけど、途中でこの雑誌側にばれちゃった。だから、その後で、サム・ローズという別の架空の記者のアカウントを作ったんだよ。

 ローズ記者名義でのアカウントでは、2万5000人近くのフォロワーができたんだよね。競技場で取材しているとか、噂話をいろいろ発信したようだけど、情報はどうやって集めたの?

 新聞をよく読むよ。ウェブでね。スポーツ・ニュースも良く見ている。サッカーファンや選手、クラブのツイッターも追っている。どのクラブにどんな選手がいて、どんな特徴があるか、詳しく知っているよ。

 自分でもサッカーをやるの?

 よく試合を見に行くし、自分でもプレイする。11歳のときに、トッテナムホットスパーに入団する寸前まで行ったけれど、親が将来は違う道を選んだほうよいとアドバイスしてくれた。

 ツイッターの文章がかなりしっかりしているね。本をたくさん読むの?

 よく読むほうだと思うよ。といっても、小説とかフィクションじゃなくて、ノンフィクション。大学に進学して政治経済を勉強する予定なので、政治物、経済関係、金融破たん、開発途上国への援助問題についての本を読んでいる。

 将来はジャーナリストになりたいそうだが。

 なってみたい。サッカーだけではなくて、政治や経済、社会問題などいろいろなことを書くジャーナリスト志望だ。

 プロのサッカー記者のふりをしていることを、ほかには誰が知っていたの?

 家族や友人など、周囲の人は知っていた。両親は知っていたけど、別に大したことではないと思っていた。どういう意味を持つのか知らなかったんじゃないかな。

 偽のアカウントだということが判明し、記者のアカウントが閉鎖になったよね。この件が英国でニュースになったとき、どう思ったの?周囲の反応は?

 少しは罪悪感を感じたけど、それほどでもなかったかな。

 母は報道されたことを前向きに受け取ったようだ。父は最初、息子が悪いことをしたと思っていたけれど、僕がなぜそうしたのかを説明したら、納得してくれたよ。

 なぜ、サッカー記者のふりをしてツイッターを続けたのか?

 サッカーが大好きだから、できるだけ多くの人に話を聞いてもらいたかった。でもそれ以上に、16歳や17歳でもきちんと意見を持っていることを証明したかった。これはサッカーだけに限らない。常々、いつもそう思っていたんだ。

 自分はしっかりと考えて意見を述べているのに、大人はまともには聞いてくれない。「16歳だ」というだけで、心を閉ざしてしまうんだよ。でも、今回の一件を通じて、10代でも多くの人が注目するような、ニュースになるような情報を発信できることが証明できた。もし発信者が16歳と分かっていたら、受け取り手はまともにしてくれなかったと思う。

***

 テクノロジーの変化で社会の価値観や考え方が変わっている。「10代なのに、xxができたの?」なんて、驚くべき時代ではないのかもしれない。もうすでにツールが、しかも、そのほとんどが無料で提供されているのだから。
by polimediauk | 2014-02-12 06:29 | ネット業界
 エフゲニー・モロゾフ氏の「すべてを解決するには、ここをクリックしてください -テクノロジー、解決主義、存在しない問題を解決しようとする欲望」から、抜粋を紹介してきた。今回が最終回となる。「私たちの敵は、テクノロジーの世界に住む、ロマンチックで革命的な問題解決者だ」という。

***

第8章 スーパーヒューマンの状態

 マイクロソフトのエンジニア、ゴードン・ベルは1990年代末から自分についての記録をとり出した。首につけたカメラで視覚に入ったものを20秒ごとに撮影する。ほかにも、メール、写真、メモなどを記録する。

 自分の行為を記録することをライフ・ブロギングという。

 プルーストにとって、現実を描写するための鍵はデータを集めることではなく、想像力を使って、私たちの感覚を記憶と結びつけることだった。

 再生できないものを再生できるようにしたら(ライフブロギング、セルフトラッキングなど)、ノスタルジアの体験は崩れてしまう。

 コンピューターのメモリーと人間のメモリー(記憶)は違うのだ。人間は、過去の出来事の一部を選択して覚えている。旅行のすべての瞬間の録画対3枚の印象的な写真のように違う。コンピューターの「保存(リテンション)」が思い出すことを意味しないのと同様に、「削除」は忘れることを意味しない。

 セルフトラッキングにはもうひとつの動きがある。

 アイフォーン、アイパッド、キンドル、グーグルのメガネは何を読んでいるかを追跡する。将来は目の動きも追跡される。利用者について、情報が集まるーーどこにどれだけ目をおいたか、クリックしたかがわかる。これを数値化する動きもある。

 新聞やテレビは、グーグルのメガネや電子読書端末を使えば、それぞれの利用者に(さらに)あわせた情報を出せる。

 セレンディピティ(別のものを探しているときに、偶然に素晴らしい幸運に巡り合ったり、素晴らしいものを発見したりすることのできる)を入れたフィルタリングがデジタル技術で実現した。これによって、利用者がまだ消費していないが、消費するべきものを推奨できる。うまく使えば、消費者についての情報をもっと取得できる。

 グーグルのシュミットは、私たちがポスト世界主義の時代に生きている、という。「世界のどこでも人々は同じだ」。

 Facebookのザッカーバーグは、世界中の人をつなぐことが問題を解決する鍵だという。中東での憎悪は「つながっていない、コミュニケーションがない、同情心、理解がないこと」が原因という。FBでつながれば問題が消えるのだ、と。しかし、これはエセ人道主義ではないか。

 新しいテクノロジーの出現で「人間同士の理解を振興するだろう」とする言説は、過去にもあった。しかし、コミュニケーションの速度が高まったからといって、理解度が進むとは限らないのだが。

 私たちがシリアの問題に関心をもつのは中東の平和や人間の運命について関心を持つからであって、グーグルやFacebookがそうさせたからではないようにしたい。

 2011年7月から、グーグルニュースはたくさんニュースを読んだ人にバッジをあげるサービスを開始した。ニュースを読む行為をゲーム化するのは楽しいとしても、結局は企業にもっと情報を出すことになっている。

 「すべてがゲーム化する。政府もそうなる」という政治家がいるが、政府は企業ではなく、市民は消費者ではないという考えがゲーム化信奉者にはみあたらない。

 例えば、ポイントを得るために投票所に行くことに対し、私たちの多くは抵抗感を持つ。ゲームのインセンティブは市民性からその意味を取り去ってしまう。正しいことをさせるのではなく、正しい理由で行動を起こすようにするべきだ。経済の理論のみで人間行動の複雑さを説明できない。

第9章 スマートなメガネ、おろかな人間

 米サンタモニカのある駐車場にはスマートメーターが導入されている。車の滞在時間をセンサーで察知する。車が駐車場所を離れるとメーターを自動計算し、時間を過ぎても出ない場合、一定時間を超えたら、支払いを受け付けないようにする。違反者が出ないように、機械的にパーキングの規則を守るシステムを作った。運転者は頭を使う必要がない。しかし、選択があったほうが、交通混雑を避けられるのではないか?

 テクノロジーで問題を解決するやり方を拒否する必要はない。しかし、もっとオープンにし、選択肢を残すほうが良いと思う。

 サンタモニカの駐車場の仕組みを設計するのに、「正しい」方法はない。いかにも正しい方法があるかのアプローチの仕方はやめるべきだ。

 セルフトラッキングやゲーム化で私たちの生活が不快になったというのではない。生活の意味がやや減り、人間の要求や奇行にはより合わなくなったと思う。

 すべての制約を自由を縛るものと考えるのがコンピューター科学者やテクノロジー設計者たちだ。しかし、私たちは、プライバシーの保護についての制約があるからこそ、個人性を維持してきた。

 クーポンの代わりにプライバシーを屈服させている可能性がある。その結果どうなるか、私たちには十分に見えない。

 自動化されたプロファイリングやデータマイニング技術は、私たちの行動を予測する知識を持つ。私たちが訪れるウェブサイトや受け取る広告をカスタマイズする。

 自分の船の指揮官であることが人間であることだが、オンラインのプロファイリングはこの点で問題になろう。

 例えば、ベジタリアンになろうとして情報をネット上で探したとしよう。情報が売られて、サイト上には肉についての広告が増えることがあるかもしれない。ベジタリアンになりたいという気持ちと、冷蔵庫になぜ無料の肉が入っているのか(広告を見て、購入した)を関連付けられないかもしれない。

 何かがあなたの視覚を妨げていて、それをあなたが気づかないとしたら、自分に自治権があるのかを問うときだ。

 テクノロジーを否定しない。人間の状況を向上させるために使える。しかし、コンピューターの専門家、設計者、ソーシャルエンジニアは何が私たちを人間にするのかを考えてほしい。人間をロボットであるとするのではおぼつかない。

 デジタル技術が今後どのように展開するかは、インターネットがどう機能するか、コンピューターがどう機能するかではなく、私たちがどのように機能させたいかで決まる。

 インターネット、携帯電話、ウィキペディアなどについて、見かけの新奇性から「今後どうなるか見極めよう」としてはいけない。もうすでに「待つ」行為は終わったし、見えてきたものはきれいではない。

追記

 前作では、「インターネットの自由」などのあいまいな概念が、高度に洗練された専制政権を倒すことに役立つとする考えが、いかにナイーブで危険かと書いた。

 この本では、インターネット至上主義と解決主義について書いた。解決主義はこれからも続くだろう。「直したい人」をなくすることはできないが、私たちはインターネット至上主義から自分を切り離す試みはできるだろう。

 この本がデジタル技術の知的議論の最前線に貢献できればと思う。

 その「議論」とは、一方がインターネットが世界の問題を解く鍵とする考えで、もう一方はネットは政治家を混乱させており、デジタル活動家がインターネットにたよることなく議論を展開するようになればいいと考えている。自分は後者だ。

 ポスト・インターネットの社会とは何だろう?

 まず、ネットあるいはソーシャルメディアが、私たちの脳、自由、独裁者に何をするかについての議論には加わらない社会だ。ツイッターやアラブの春現象よりもゴミ箱や駐車場の問題について考える社会だ。個々の問題について考えるほうが、デジタル技術の機会や限度についてよく考えられる。「ソーシャルメディアが革命を起こすか」という問いについて考えるよりも、だ。

 ポスト・インターネットのアプローチは、デジタル技術を原因とするさまざまな主張について、非常に注意深い態度をとる。デジタル技術は原因ではなくて、結果だと思っている。デジタル技術は空から降ってきた(神聖な)ものとは考えず、その詳細を研究する。

 過去100年ほど、その時代の人々は自分たちこそがテクノロジーの最先端をゆく、と言っていた。2005-07年ごろ、実は自分も革命が起きたといっていた。ウィキペディアにはうっとりするようなスタイルがあった。

 だから、自分は現在の議論に満足するインターネットの専門家の気持ちは分かる。しかし、おそらく、(その言動を)許さないだろう。

 この本ではインターネット理論家の大部分が、自分たちで作った想像上の神をあがめ、否定の世界で生きていることを示したかった。

 テクノロジーに関する議論の世俗分離を行い、インターネット至上主義の邪悪な影響をきれいにすることは、今日のテクノロジー知識人のもっとも重要な課題だと思う。

 インターネットの言葉自体が争点となり、不確かさがいっぱいであるのに、「インターネットの自由」という言葉を使うことの意義がどこにあるのだろう?

 テクノロジーは敵ではない。私たちの敵は、テクノロジーの世界に住む、ロマンチックで革命的な問題解決者だ。これをおとなしくさせることはできない。しかし、解決者の最愛の兵器「インターネット」については、多くのことができる。できるかぎり、そうしようではないか。(終)

***

 モロゾフ氏のエージェントから許可を得て、本の概要を抜粋紹介してきた。日本語の翻訳は未定のようだが、どこかの出版社が興味を持ってくれることを期待して、訳出してみた。

 「インターネット=善=自明のこと」という見方に挑戦する論考だった。「疑え、とにかく疑え」という声が聞こえてくるようだった。

 私自身がこの本を読んで、ネットに関する見方が変わった。

 この本は昨年3月に出版された。その後、スノーデン事件(6月以降)があり、ネットとプライバシーについての人々の考え方は随分と変わったのではないかと思う。商業上の目的で企業が利用者から情報を集めていること、政府・当局が大規模に情報を収集していることなどについて、「いかがなものか」という意識が強くなってきたと思う。

 今回の抜粋の掲載の過程で、「でも、仕方ないじゃないか」「どうせ現状は変えられない」という声を聞いた。

 私はそうは思わない。

 インターネットの未来の話ばかりではない。日常生活でおかしいなと思うことがあったら、友人同士で会話する、関連の論考を読んでみる、情報をもっと探してみるなど、何でもいい。ちょっと視野を広げるだけ、つぶやいてみるだけで、自分が、そして周囲が変わる。池に小石を投げる様子を思い浮かべてほしい。小さな声は一つの塊になるまでに時間がかかるかもしれないが、最終的には世論形成につながってゆく。「世論形成」という言葉が堅苦しければ、「雰囲気作り」と言ってもいい。ある雰囲気を作ることは、それほど難しくないーそんな気がしないだろうか?

 実際、スノーデン氏による暴露で、オバマ米大統領が情報収集体制の見直しを命じている。米ニューヨークタイムズがスノーデン氏に恩赦を与えるべきとも書いている。国家の機密を暴露した人物に恩赦を、とー。ウィキリークスを通じて機密をリークした米マニング兵は数十年の実刑判決を受けて受刑中だが、今後、釈放される可能性だってないわけではないだろう。

 当局から情報を取られないようなネットの暗号化をどうするかで専門家による話し合いも続いていると聞く。

 2014年の私たちはスマホを活用し、トラッキングに慣れ、グーグルめがねを奇妙とは思わなくなった。私自身はウェラブル機器がさらに発展したとき、究極には「おろかな人間は必要がない」方向にまで進むのかなと思い、複雑な思いがするーそれでも「構わない」方向に最後には進むのかな、と。

 昨日までは奇妙だと思っていたことが、今日は普通になる。そんな世界に私たちは生きている。

***

 モロゾフ氏のツイッターは皮肉ときついジョークで一杯だ。
by polimediauk | 2014-01-12 18:51 | ネット業界
 東欧ベラルーシ出身のジャーナリスト、リサーチャー、作家エフゲニー・モロゾフ氏の反シリコンバレーの本「すべてを解決するには、ここをクリックしてください -テクノロジー、解決主義、存在しない問題を解決しようとする欲望」から、その一部を紹介する。今回はアルゴリズムの門番としての危険性についてだ。

***

第5章 アルゴリズムの門番(=ゲイトキーパー)の危険性

 グーグルの検索では、アルゴリズムが不適切と判断したものは、検索結果にあがってこないことがある。

 問題は、グーグルが自分たちは検索エンジンとして中立である、客観的であると主張する点だ。

 実はそうではないことを示す一つの例が、オートコンプリート機能だ。利用者が文字の入力を開始すると、グーグルが何を検索しようとしているかを察知し、文章を自動的に入れてくれる。

 その結果は必ずしも中立でも客観的でもない。誰かが意図的に児童性愛主義者という言葉の後に、ある人の名前を大量に入力し、すぐに出るようにすることもできるはずだ。

 日本、イタリア、フランスでは同様の事例にあった犠牲者が声をあげ、修正してもらった例もあるが、グーグルのアルゴリズムが管理しているため、修正する道はないといわれている。

 グーグルはアルゴリズムは中立で、オートコンプリートはほかの人の検索結果を基にしていると説明するが、なぜもっと人間的な方針を導入できないのだろう。

 実際に違法なファイル共有サイトについては厳しく、パイレートベイについてはオートコンプリートがきかないのだ。個人や企業が消したいと思うネガティブな情報については、グーグルは同様な処理をしてもよいのではないか。

 しかし、グーグル側がアルゴリズムは正当で、客観的で現実を反映しているだけだと主張する限り、実現できない。

 グーグルはよく、検索の結果は現実を反映しているだけだという。自分たちは鏡であると。しかし、果たしてそうか。グーグルはものごとを形作り、創造し、捻じ曲げているのではないか。鏡よりもエンジンと言えないだろうか。

 グーグルは自分たちは鏡だからといって隠れていないで、自分たちが公的領域を作るうえで大きな役割を果たしていることを認めるべきだ。

 グーグルはよく、アルゴリズムによる計算が客観的であるばかりか正しいということを示すために「民主化」という言葉を使う。「ウェブの世界の民主化」だと。利用者は、好みのウェブサイトをリンクで示すことで投票している、これがグーグルのページランクのアルゴリズムで数えられ、どれが最初に来るべきかを決めているのだ、と。

 しかし、これは民主主義の変なとらえ方だ。リンクで投票したとしても、一人一票ではない。お金のある人が検索結果の中で上位に来るようにすることもできるし、オプティマイズ化(最適化)もできる。ページランクにはサイトのアップロードまでの時間を含め、200の要素が考慮されている。

 そして、「一票を入れた」ら、利用者についての別の個人情報も知らぬ間に取られている状態だ。

 グーグルは自分たちが科学者というだけで行動を正当化し、議論を停止させている。シュミット会長はこういった。「私たちは科学的だ。もしうまくいけばすばらしい。そうでなかったら、別のことを試すまでだ」。こういわれたら、誰も反論できない。

 しかし、科学にも道徳上の規範がある。人間がかかわる実験を試みたことがある人は誰でも知っている。だからこそ、さまざまなパネルや諮問会議が人間にかかわる実験を行う前に議論・認可する仕組みがある。「まずやってみる、その後で実験の社会的および政治的結果を考える」ものではないだろう。

 といって、ストリートビューやGoogle Buzz(グーグル・バズ。Twitterに類似したソーシャルサービス。利用を促すためにGmailと連動させたことで、開始当初から個人情報の流出を巡る議論に巻き込まれた)の開発を認可する諮問機関はないだろう。グーグルバズの失敗時、創業者の一人はこういった「プライバシーについてはまったく考えなかった」。

 インターネットから派生しているというだけで神のようなもので、バイアスとは無縁だと考える必要はない。

 技術者やコードを書く人は、公的議論についての姿勢を明確にするべきではないか。

 デジタルフィルターやアルゴリズムにもっと注意を向け、何を隠し何を出しているのかをつかめば、インターネット至上主義の神話が崩れる。

 その神話とは、ネット上ではアイデアが急拡大し、こうした情報は報道する価値があるというものだ。また、インターネット至上主義者はオフラインとオンラインがまったく別物とするが、そうではない。ネットは実際はリアルとつながっている。

 しかし、オンラインという衣をまとわせることで、ミーム(ここではインターネット・ミーム=インターネットを通じて広まる情報、画像、映像、単語、表現など)としてカバーする価値がある存在になる。

 重宝するのはPR企業だ。PR会社の隠された操作が、ユーチューブやFacebookなどミームを広めたいプラットフォームによって拡大されてゆく。

 公的生活がミーム化されることで、何がネット上でヒットになるかという観点から、報道の仕方や報道の内容が決まってゆくことは問題だろう。

 オーディエンスがどんな反応をするかで物事を決めるやり方はどんどん広がっている。

 クリストファー・スタイナーは著書「Automate This」の中で、音楽レーベルがアルゴリズムによって音楽家や音楽を決める日を予測する。

 前は人間が決めていた。今はもっと客観的方法としてアルゴリズムを使う。しかし、芸術分野で主観性が果たす役割を忘れるべきではない。また、過去に何が売れたかで決めると、同じものばかり作るようになるだろう。

 ジャーナリズムはどうだろうか?

 広告収入が減っている出版社は、インターネットを使って読者の情報を詳細に得るようになった。ウェブサイトやソーシャルメディアから情報を取る。読者のコンピューターのクッキーに蓄積された情報、あるいは「指紋装置」(ネット上の足跡)を使う。クッキーを消したり、使わない読者の情報も得ている。

 こうして、「デイリー・ミー」(「日刊私」)が生成される。個々の人に合わせてカスタマイズされたニュースが利用者に送られる。サッカーの記事を読めば、関連記事や広告が出る。

 ニュースの選別のみならず、読解力にあわせて文章や語彙が変わることもありそうだ。米女優アンジェリカ・ジョリーの話で、国際問題についての側面を出す記事を送ったり、ゴシップ好きには夫ブラッド・ピットの話と関連付けるなど。

 将来、個人にあったストーリーを作る、新世代のコンテンツファームが出てくるかもしれない。

 公的生活(パブリックライフ)が、個人それぞれの空間に割れて行く。

 全体が同じストーリーにアクセスしなくなると、連帯感や十分な情報が入った議論の機会を破壊するかもしれない。

 効率性という面からのみでは判断できない。かつてはオーディエンスについての情報が少なく、いわば非効率だった。しかしどの記事がどれぐらい読まれているかわからないこそ、さまざまな記事に投資できたのではないか。

 かつては広告の効果が計測できなかったので価格はインフレされていた。今はターゲット化されている。広告費が下がり、メインストリームのメディアがインフラの維持をまかなえないほど小さくなった。

 インターネットを使うことで、情報の門番(ゲイトキーパー)や中間業者がなくなるという説には疑問がある。

 逆にたくさんの仲介業者が生まれているのではないか。見えないだけなのだ。

 2012年、商業プラットフォーム(タンブラーやワードプレス)を使うと、コメントが第3者のDisqusなどを通る。ディスカスはImpermium(インパーミアム)と協力し、コメントがスパムかどうかをチェックしている。したがって、中間業者の消失ではなく、むしろ増えているのだ。

 インパーミウムはさらに先に進み、スパムのみならず、損害を与えるコンテンツを識別するテクノジーを開発した。たとえば暴力的、人種差別的、憎悪スピーチなどのコンテンツが読者に届けられることを防ぐ。

 カリフォルニアの一企業が30万ものウェブサイトのために、何が憎悪スピーチで、何がみだらな言葉かを決定している。そのアルゴリズムが偏向していないか、過度に保守的かではないかの検証はされていない。インパーミウムのアルゴリズムのブラックボックスの中を見るべきだ。

 中間業者の消失による利点は本の未来に関する書物によく出てくる。図書館も書店もいらない、編集者もいらない。読者のニーズに合致した記事や書籍を出せるのだから、と。極端に言えば、アルゴリズムで書けるのだから、著者もいらない、と。門番をバッシングするこの考え方は、プロテスタントの宗教改革にも似ている。教会は不必要なもので、神と信者の間の直接的なコミュニケーションを邪魔する門番だと。

 そう考える一人がアマゾンのベゾス氏だ。門番はイノベーションを遅らせ、利用者を満足させるプラットフォームの邪魔になると。目標はたくさんの本を出し、たくさんの読者を持つこと。内容が何かは関係ない。ベゾス氏の考えは解決主義者と似ている。いわゆるイノベーショントークだ。「すべてのイノベーションが善」。結果は考えない。

 アマゾンがめざす、門番がいない世界では、企業が力を持つ門番になることを意味しないだろうか?アマゾンはしぶしぶ門番になったのかもしれないが、門番であることに変わりはない。将来、アマゾンは作家の代わりにロボットを使うようになるかもしれない。作家もアイデアの門番といえるのだ。(ただし、アマゾンは買い手をロボットにはしない。誰かがお金を払う必要があるから。)

 アマゾンはキンドルのおかげで、読者の情報をたくさん入手している。キンドルの辞書で何を調べたか、どこに頻繁に下線を引いたか、読み終えるまでに何回開いたかなど。すべての読者の体験を増大させるために情報を収集している、とアマゾンはいう。

 アマゾンが個々の読者にあった本を自動的に作ることも不可能ではない。新聞や雑誌も同様の動きに向かっている。Narrative Scienceはアルゴリズムで作った記事(スポーツ、金融)を提供する。

 アマゾンはもっとうまくやれる。もし文学の目的がミームの幸福感を増大させること、つまり読者を満足させることなら、アマゾンは文学の救世主だ。

 しかし、もしアイデアすべてがよいとは限らず、文学の目的が挑戦し、滅ぼすことでもあるなら、アマゾンの門番がいない世界を祝福することもない。

 レビューサイト、イェルプ(Yelp)はプロのレストラン批評家よりも数が多く、かつもっと客観的といわれている。しかし、レビュー数が多い=これに相当するほどのたくさんの人が行ったとは限らない。ザガットは科学的に評価するという。しかし、食体験を集めたものだ。そこにいって食べたいとき、イェルプやツイッターでもよい。しかし、料理を芸術としてみるなら不十分ではないだろうか。(続く)
by polimediauk | 2014-01-10 19:13 | ネット業界
 東欧ベラルーシ出身のジャーナリスト、リサーチャー、作家エフゲニー・モロゾフ氏の新たな反シリコンバレーの本「すべてを解決するには、ここをクリックしてください -テクノロジー、解決主義、存在しない問題を解決しようとする欲望」(To Save Everything, Click Here (Technology, Solutionism and the urge to fix problems that don’t exist))から、その一部を紹介したい。


第1章:解決主義とその議論

 BinCam(ビンカム)というアプリがある。ゴミ箱のふたにスマートフォンをつけて、中身を撮影し、写真をFacebookのアカウントに送る。リサイクル度に応じて、スコアを得る。これも友人たちと共有する。センサーの技術と友人たちが見ているというプレッシャーで、リサイクルが進むという仕組みだ。

 解決主義(ソリューショニズム)の問題点は、解決方法よりも何かを「問題」とする定義の仕方だ。たとえば、ハンマーを手に持つ人にとっては、すべてが釘に見えるのと同じだ。非効率、あいまいさ、不透明さ、これはすべて問題なのだろうか?

 スマートテクノロジーのおかげで、料理についての知識はいらなくなった。台所のセンサーが何をすべきかを教えてくれる。

 ある科学者たちは台所を「拡大現実」(argumented reality)に変える。天井にカメラなどをつけて、どの食材を使うかまでコントロールする。魚を切ろうとするとバーチャルなナイフがどこを切るべきかを教えてくれる。

 このロボットあるいは「拡大された現実」がほかの場所にも入ってくるのではないか?

 テクノロジーを拒絶せよというのではない。もっとほかに人間が栄える方法があるのではないか。

 解決主義は昔からあったが、今は新しい形がシリコンバレーからやってくる。

 インターネットには神話ができたと思う(注:神話としてのインターネットという意味を込めて、モロゾフ氏は本の中で “the Internet” と表記している)。現代の解決主義者のさまざまなイニシアティブを生み出すのがインターネットであること、また私たちが解決主義の欠点を見ないようにしているのもインターネットだ。インターネットの到来で、解決主義的態度が正当化されるようになった。

 インターネット至上主義とは、インターネットがあるために、私たちは特別に固有な世界に生きており、すべてが深い変化の中にあり、「物事を直す」ことへのニーズが高まっていると考えることを指す。いわば、「科学」と「科学主義」(科学万能主義)のようなものだ。

第2章:インターネットのナンセンスとこれをどうやって止めるのか

 インターネット、といえば、真剣な議論が止まってしまう状況がある。

 今はどんな記事にもインターネットのアングルをつけて語られる。よく「インターネットはそんな風には働かない」などというが、本当だろうか?

 グーグルもあのような活動になるのは仕方ないのだろうか?グーグル、Facebook、Twitterそれぞれの企業がそれぞれやりたいようにやっているだけではないのか?

 どれほどTEDなどでトークをしても、たとえばグーグルのような大手検索エンジンに定期的に監査をかけるべきではないか、という議論は出てこない。そういう話になると、ネットのオープンさに対する戦争だという人もいるが、そう主張することで、インターネットの神話を作っている。

 インターネットがなくなることも想定されていない。インターネットが存在する前のことを私たちは思い出さないようになっている。物理的に消えたブリタニカ百科事典のような例もあるのだが。

 ネットにつながらない生活を1週間やってみる人もいる。しかし、オフラインはオンラインによって規定されている。

 インターネットの終わりを想定できないのは、これを究極のテクノロジーとして考えているからだろう。インターネットの終わりは歴史の終わりだ、というわけである。まるで宗教のようだ。

 グーグルのシュミット氏は政策立案者たちがインターネットの流れに沿って働くべきだ、といった。黙って眺めていれば、インターネットがすべてを解決してくれる、とでもいうようだ。

 インターネットは単にケーブルとネットワークルーターがつながったものに過ぎないのに、これを知識や政策の源だとみなすことで、わくわくするようなテクノロジーに変わってゆく。

 科学者スティーブ・ジョーンズは、インターネットはフランス革命、あるいはベルリンの壁の崩壊ほどに画期的な出来事だという。

 そして、クラウドファンディングの仕組み「キックスターター」はインターネットを使う、だからよいものだ、と考えられている。しかし、実はいつもよい結果を生み出すとは限らない。間違った政治メッセージをあっという間に広げる可能性もある。果たして、公正で正義があるもの、と言い切れるのだろうか。

 別のインターネット至上主義者ジェフ・ジャービスは、「インターネットはオープン、パブリック、共同作業的のように見える。グーグルもそのように見え、繁栄している。したがって、インターネットの価値とはオープンで、パブリック、共同作業的だ」と書いた。

 しかし、グーグルは市場で競争をしている企業だ。オープン、パブリックなどの精神で機能しているわけではない。いまや多くのプラットフォームを閉鎖し、お金をとるようにもなっている。

 オープンに使えるというウィキペディアも誰がどうやって動かしているのか、わからない。こうした点を分析することが必要ではないか。単に情報を引き出しているだけでいいのだろうか。

 ハーバード大のジョナサン・ジトランはインターネットが普及したのはオープンなプラットフォームだったからといった。少しでもそのオープン性について門番的な動きをするものには懐疑の目を向けられてしまう状況がある。

 ソーシャルメディアの発達は産業革命に匹敵するほど画期的な出来事だという人もいる。「画期的」といわれると、分析や議論がとまってしまう。どうしても変えられないものだと思うからだ。「デジタル革命」という言葉が独り歩きする。

 インターネットは特別な出来事と解釈されているため、歴史と無関係と思われている。

 まるで宗教のようになったインターネット至上主義には、「世俗分離」が必要だ。

第3章:オープンすぎて、痛い

 インターネット至上主義者によれば、透明性はより活発で、責任ある市民生活につながるという。はたしてそう言いきってよいのか。

 一旦インターネット上に出たものは消えないのだから、何でもオープンにするよりも、一定の歯止めをかける方法を考えてもいいのではないか?(続く)
by polimediauk | 2014-01-09 17:29 | ネット業界
 インターネットは必ずしもばら色ばかりの世界ではない、すべての情報がつながり、ネットに乗るということは、ネット上の行動が誰かに詳細に見られている可能性も意味するー。そんなことを広く実感させる契機となったのが、昨年から続いている、いわゆる「スノーデン事件」あるいは「米NSA(国家安全保障局)事件」だった。

 元CIA職員スノーデン氏によるリーク情報を元にして、米英の情報機関による大規模な個人情報収集の実態が報道されたことは記憶に新しい。

 私は、ここ1-2年、インターネットと個人のプライバシー保護とのバランスについて、漠とした不安を感じるようになり、つながっていることの危機感を書いた本を、読売オンラインのコラム「欧州メディアウオッチ」で紹介してみた。

(11)「デイリー・ミー」(日刊・私)を手にする近未来とは?

 このコラムの中で取り上げたのが、エフゲニー・モロゾフという人物だ。

 モロゾフ氏の名前を聞いたのは、数年前だったように記憶している。インターネット界を席巻する米大手ネット企業グーグル、フェイスブック、アップル、アマゾンに批判的な目を向ける、反シリコン・バレーの論者だという。1984年生まれというから、今年30歳になるはずだ。まだ若い。

 英国のテレビに出ている様子を見たら、メガネをかけた男性が強い東欧のアクセントの英語で話していた。「インターネットが『アラブの春』を起こしたのではない」という趣旨の「ネットデルージョン」という本を書いたという。

 私はネットを仕事でもプライベートでも良く使い、ソーシャルメディアも人並みにやっている。しかし、ネット上のプライバシー情報が米大手企業のサーバーにどんどん蓄積されていることへの不安感がある。どうすればいいのかと思うが、コンピューターの電源を消したり、ネットを一時的にでも使わないだけでは、事態は解決できそうにない。グーグルメガネが市場に出て、ますます居心地の悪さを感じていた。

 そこで、2013年3月に出版されたモロゾフ氏の第2作――書評によると、新たな反シリコンバレーの本――を真剣に読み出した。題名は「すべてを解決するには、ここをクリックしてください -テクノロジー、解決主義、存在しない問題を解決しようとする欲望」(To Save Everything, Click Here (Technology, Solutionism and the urge to fix problems that don’t exist)だ。

 中には「もしシリコンバレーが思い通りにやれば、近未来はこうなる」という社会の姿が描かれていた。

 モロゾフ氏のエージェントに連絡を取る機会があり、「クリック」の中味を紹介する許可を得た(特に契約を交わしたというわけではない)。モロゾフ氏及びエージェント側から、一切、金銭はもらっていない。できれば、どこか日本の出版社が翻訳をしてくれればと個人的には思うけれど、探してくれとエージェント側に言われたわけでもない。「勝手に紹介してくれ」というレベルの話である。

 そこで、何回かに分けて、本の内容を紹介してみようと思う。

 やや小難しい部分があるが、意図を汲み取っていただければと思う。(以下は以前に、ネットサイト「日刊ベリタ」でも紹介している。)

***

-序ー

 シリコンバレー(=米テクノロジー業界の総称)は誰かが作り出した問題を解こうとしている。

 例えば、グーグルのシュミット会長は2011年、テクノロジーの目的は世界を良くすることだといった。Facebookのザッカーバーグ社長は2008年、グローバルな問題を解決するのが同社の目的だと述べた。

 シリコンバレーのスローガンは「問題を解決すること」、ものごとを向上させることになった。

 何が問題かよりも、物事を変え、人間に行動させる、効率を高めること=善と考える。カリフォルニアは常に楽観主義だったが、デジタル・イノベーションでその傾向が強まった。この向上へ向けての大騒ぎはいつ終わるのだろうか?

 シリコンバレーが主導する世界は、2020年では以下のようになっているかもしれない。

 人はセルフトラッキング(自分の行動をスマートフォンなどを通じて追跡されている状態)装置を身につけており、肥満、不眠、地球温暖化などの問題が解決されている。トラッキング装置がすべてを記憶してくれるので、人間が記憶する必要もない。車の鍵、人の顔ももう忘れない。過去をノスタルジックに思い出すこともない。瞬間がスマートフォンやグーグルのメガネに記憶されるからだ。過去を知りたければ、単に巻き戻せばよい。アップルのSIRI(発話解析・認識インターフェース)を使えば、過去に直面しなかった真実を音声で教えてくれる。

 政治は選挙民から常に監視されているので、裏の駆け引きがなくなった。政治家の言葉が記録され、保存されるので、偽善が消えた。ロビイストはいなくなった。政治家の行動すべてがネット上に出て、誰でもが見れるからだ。

 人はオンラインゲームでポイントを稼ぐために投票行為に参加する。「人間性を救うために」といわれてスマートフォンで投票所にチェックインする。自動運転車があるので、投票場に行くのも簡単だ。町をきれいにするゲームに参加することで、通りは清潔になる。行動のインセンティブがポイントを得ることになるため、市民の義務や責任という考え方がなくなる。

 データの分析で犯罪の発生を未然に防ぐため、犯罪はなくなった。犯罪者がいないので刑務所が必要なくなった。

 誰でもがブログを書き、アイデアの売買市場ができた。新聞はもはや、読者が興味を持たない記事は印刷しない。セルフトラッキングとソーシャルメディアのデータが活用され、人は自分にカスタマイズされた記事を読む。どの言葉が使われるかまでが最適化されている。ウェブサイト上の記事をクリックすると、個々の利用者にカスタマイズされた紙面が数秒でできる。

 セルフ出版の本(電子本)が急増する。本の結末はリアルタイムで変わってゆく。

 映画館では観客はグーグルのメガネをかけており、一人ひとりの気持ちの持ちようで結末が変わる。

 プロの批評家はいなくなった。アルゴリズムで働くクラウドに出た評価が代わりになる。

 このような未来は恐ろしい。この本(「クリック」)では、こうした1つ1つの具体例に疑問をはさんだ。

 前作の「ネット・デルージョン」(=ネットの妄想)ではいかに独裁体制がデジタルテクノロジーを駆使しているかを書いたが、この本では、シリコンバレーが主導する、問題を解決するための手段とその目的に疑問を投げかけた。

 シリコンバレーのやり方に疑問を投げかけるという行為を私たちは十分にやってこなかった。

 「政治から偽善をとりのぞく」、「物事の決定のためにもっと情報を出す」、あるいは「地球温暖化のために行動を起こそう」という目的を誰が疑問視できるだろう?まるで啓蒙主義を問うようなものだ。しかし、こうした問いかけは必要だ。

 シリコンバレーが今のままで進んだら、どんな長期的な結果になるのだろうか。不完全さや不秩序を取り除くことをシリコンバレーは目的とするが、不完全さや不秩序は人間の自由の一部だ。不完全さや不秩序をなくしたら、自由を失うことにもならないか。異端の声が出なくなる社会にならないか。

 すべての問題が解決される必要はないのではないか?(続く)

 (以上は「すべてを解決するには、ここをクリックしてください -テクノロジー、解決主義、存在しない問題を解決しようとする欲望」(To Save Everything, Click Here (Technology, Solutionism and the urge to fix problems that don’t exist」から、一部の抜粋翻訳)
by polimediauk | 2014-01-08 16:57 | ネット業界
英「Wired 2013」から ー長尺のジャーナリズム目指す「Epic」、「Sugru」で遊ぶ_c0016826_175622100.jpg
 
(Epicのウェブサイトより)

 前回に続き、英「Wired」誌がロンドンで開催したイベント「Wired 2013」(17日ー18日)から、印象深いプレゼンテーションを紹介したい。

―ノンフィクションの長い記事を出すEpic

 米「ワイヤード」に長年寄稿してきたジョシュア・デービスの話が興味深かった。

 ひょろりとした風貌の青年が壇上に立った。デービスは、いかに自分の人生が偶然と失敗に満ちているかを話し出した。

 データエンジニアとして働いていたときに、新聞で腕相撲の試合があるという記事を見た。腕相撲についてほとんど知識がないデービスだったが、暇だったので、出かけてみることにした。

 そこで数人が参加する試合を見たデービスは、ある部門の選手が来なかったために、観戦者であった自分がその部門の優勝者にされてしまった。

 後に、腕相撲の大きな大会があり、自分はいつのまにか代表者にされてしまったために出席せざるを得なくなった。試合では負けたのだけれども、一定のタイトルを与えられてしまった。その後、デービスは相撲、サウナ選手権、後ろ向きに歩くレースなどに挑戦した。

 挑戦しては負けてばかりの話の一部始終をワイヤードに書く機会ができて、いつしか、デービスはジャーナリズムの世界に入ってゆく。イラク戦争やエストニアとロシアとの間のサイバー戦争についても書き、ジャーナリスト、そして作家として着実に歩を進めた。

 ワイヤードで書き続けたデービスは、コントリビューティング・エディターという地位につくまでになった。最近の大きな体験は、ウイルス対策ソフトのマカフィーを作ったジョン・マカフィーと長い時間を過ごしたことだ。

 英国生まれのマカフィーは、2009年、世界的な金融危機で個人資産を大きく減少させた。昨年秋、滞在していた中央アメリカの国ベリーズで、地元警察に殺人容疑で指名手配された。

 デービスは、昨年、記事を書くためにベリーズのマカフィー宅に滞在していたことがあった。常識を逸したマカフィーが銃を手に持ち、デービスの隣の砂の上に向けて発砲したとき、デービスは「ここを出よう」と思ったという。

 ここからが、デービスの話の本番である。

 デービスはマカフィーと過ごした日々など、普通は体験できないような興味深い事柄をじっくりと時間をかけて取材した、長文の記事=「ロングフォーム(長尺の)ジャーナリズム」=を掲載し、場合によっては映画化もできるようなメディアを作れないか、と思ったのだ。「ジャーナリズムとハリウッド映画をつなぐ」というアイデアだ。

 このために立ち上げられたのが「Epic」(エピック)というプラットフォーム。

 エピックのジャーナリストは今のところ、デービスともう一人、雑誌のライター、ジョシュア・バーマン。バーマンが過去に「ワイヤード」に書いた記事は、イランの米大使館人質事件を扱った米映画「アルゴ」になった。「アルゴ」はベン・アフレック監督・主演で、アカデミー賞作品賞を受賞している。

 エピックは、ツイッターの創業者たちが作ったブログメディア「メディアム」の一部として存在している。

 デービスは「スペースを気にせずに、飛びぬけて変わったノンフィクションが書ける場所」を確保したかったという。


ー「Sugru」で遊ぶ

 「Sugru」=すぐる、と聞いたとき、日本語の「優(る)」という意味なのかなあと思ったものだ。

 実際には、アイルランド語で「遊ぶ」(sugradh)という意味なのだそうだ。
 
 Sugruについては、1年ぐらいまでに新聞で写真を見て、面白いなあと思っていた。粘土のように見えるのだが、シリコン・ゴム製だという。

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(Sugruのウェブサイトより)

 さまざまな色があり、銀色のパッケージから取り出すと、少し湿っている触感がある。自在に形を作って、さまざまな用途に利用できる。決まった使い方というのはないのだが、ものとものをくっつけたり、つないだり、穴をふさいだりできる。

 断熱材にもなり、固まった後では、ボールのように床に打ち付ければ跳ね返ってくるという。詳しくは使い方の動画を見ていただきたい。

 Sugruを開発したのはアイルランド生まれのJane Ni Dhulchaointigh(読み方が不明なので、ひとまず、ジェーン・ニ・ダルチャオインティ、としておく)。

 ニ・ダルチャオインティは、大学で製品デザインを勉強した後、将来何をするべきかと悩んだ。あるとき、シリコン製封止剤とおがくずを合成しておもしろい物質ができるなあと思ったそうだ。これが2003年だった。

 研究助成金を得て、リサーチャーらと研究し、「持っているものを簡単に修理したり、改善、あるいは自分の好きなように改変できる」物質を作ろうとした。

 最初はこれでお金がもうかるのかどうかが分からず、大きなビジネスを狙っていたが、友人に「小さく初めて、その後で改良していけばいい」とアドバイスを受けた。
 
 あるとき、英デイリー・テレグラフ紙に記事が載り、6時間で100パックがはけた。

 ウェブサイトを拡充させ、買った人がどうやってSugruを使っているかの例を載せたことで、コミュニティーができていった。

 最初は二人で始めたビジネスが30人に増えたという。「コミュニティーのおかげで、Sugruの輪が広がっている。Sugruを使って、モノを直せた、自分の思い通りにできたという達成感があるのだろうと思う」。


***

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英「Wired 2013」から -米キックスターターの価値観、インドのSMS,イスラエルの活動家
コンピューターは嘘を見抜けるか?―WIRED 2013
by polimediauk | 2013-10-23 17:49 | ネット業界
英「Wired 2013」から -米キックスターターの価値観、インドのSMS,イスラエルの活動家_c0016826_23523440.jpg
 (インドのスタートアップ、innozのウェブサイト)

 今月17日と18日、ロンドンで「Wired(ワイヤード)2013」というイベントがあった。「Wired」といえば、米国が本家となるテクノロジー系の月刊誌。その英国版が開催したイベントだった。(ちなみに、日本では年に4回、紙版で発行。ネットではさまざまな記事が常時読める。)

 発想の奇抜さとテクノロジーを使って遊ぶ精神に満ちたイベントだった。テクノロジー業界の外の著名人も多数登壇した。

 例えば、中国生まれのピアニスト、ラン・ランがこれまでの経歴を語り、壇上でアイパッドを使いながら、ミニ演奏。アイスランドのミュージシャン、ビョークがマルチメディアの作品「バイオフィリア」の制作秘話を披露。米映画「トルーマン・ショー」(ジム・キャリー主演)で、主人公を助けるという重要な役割を演じたナターシャ・マケルホーンがテクノロジーの楽しさを語っていた。

 米国のソーシャルメディアに関心のある方なら見逃せない、バズフィードやキックスターターの創業者もやってきた。2005年、単独で世界一周最短記録(当時)を打ち立てたエレン・マッカーサーが世界のエネルギー循環を促進するために立ち上げた財団の活動を説明したときの迫力も忘れられない(敬称略)。

 いくつかのプレゼンテーションについて、読売新聞オンラインの「欧州メディア・ウオッチ」に書いたので、ご拝読いただければ幸いである。(27)コンピューターは嘘を見抜けるか?―WIRED 2013

 そのほかの印象深いプレゼンテーションを紹介してみたい。

ーキックスターターの創業者のお金についての考え

 クラウドファンディングのサイトとして著名な米キックスターター。創業者の一人ヤンシー・ストリクラーが壇上で英ワイヤード誌編集長デービッド・ローワンからの質問に答えた。

 現在、約70人のスタッフが勤務。ビジネスの目的は、群集(クラウド)からお金を集め、ほかの人のビジョンが形になることを助けること。お金儲け自体が目的ではないという。

 新たなビジネスを始めたい人、さらにビジネスを大きくしたい人が銀行に行くよりももっと簡単に資金を集められるようにした。創業から4年半で8億5000万ドルの資金を集めたという。来年念頭には「10億ドルに達するかもしれない」。

 どのプロジェクトを取り上げるかについて、何かルールがあるのかと聞かれ、ストリクラーは「どんな市場でも、助けてくれる人が必要だ」とした上で、ルールとして、「チャリティー団体を対象としない」という。

 「例えばある人がハイチを救うために募金を求めていて、私が詩を出版するために資金を募っていたとしよう。2つのプロジェクトが平行して並んでいたら、私がろくでもないやつに見えてしまう」。

 また、「広告という文化は不健全なものだと思う」とも発言した。「誇大宣伝につながる」からだ。

 キックスターターが目指すのは「共有、正直、他人を同列に扱うという原則がある空間を作ること」。

 1日に350件ほどの問い合わせがあるので、この中から決めるのはかなり困難だという。

 実際に希望の金額を集めることができるのは全体の約44%だという。それでも、「資金を募ってみて、誰もサポートしてくれなかったときでも、学べることがある」。自分で資金を集めようと思うかもしれないし、そのプロジェクトは捨てて、次に進もうと思えるかもしれないからだ。

 これからキックスターターを使おうとしている人へのアドバイスとして、「ありのままの自分でいるように」、「正直であれ」。

―普通の携帯電話をスマホ並みに使う

 インドの起業家ディーパック・ラビンドラン(Deepak Ravindran)は、スマートフォンではない普通の携帯電話でもスマホ並みのネット利用ができる仕組みを開発した。ラビンドランはInnoz社のCEOだ。

 スマホの利用が広がっているといっても、インドでは携帯電話のほとんどは非スマホの旧来型のものだ。そこでラビンドランが考えたのは、SMS(ショートメッセジサービス:携帯電話同士で短いテキストによるメッセージを送受信する)を使ってさまざまな情報を取得できる「SMSGYAN」というサービス。多くの人が使える、シンプルなプラットフォームを考えた。

 インドで人気があるスポーツの1つがクリケット。そこで、通信会社と協力し、クリケットのスコアをSMSで送れるサービスを開始した。

 さらにサービスを拡大し、何かあったら警察に通報できるツール、ツイッター、エバーノート、人探し、英語の学習など、さまざまなアプリを提供するようになった(アップストア)。

 2011年3月から開始されたSMSGYANの利用料は月に30ルピーで、これは約1ドルに相当するという。現在、1億2000万人が利用している。

 英「Wired 2013」から -米キックスターターの価値観、インドのSMS,イスラエルの活動家_c0016826_018173.jpg例えばどんな感じの画面になるのか?その例を画像で見ていただきたい。左側に「インド・デリーの天気」という問いが発せられる。右側にデリーの気温などの文字情報が出る。

―イスラエルの人権擁護活動家がメディアを発足させた

 英ワイヤードのローワン編集長が数年前から雑誌に出てほしいと声をかけていたものの、「表に出たくない」として断ってきた人物が、今年初めてワイヤード誌に登場。今月の「ワイヤード2013」のステージに登壇した。

 イスラエル人のオレン・ヤコボヴィッチ(Oren Yakobovich)は、保守系の家庭に40数年前に生まれた。母国に誇りを持ち、10代で軍隊に入った。

 次第に昇進し、イスラエルの占領下にあるウェストバンク(ヨルダン川西岸地区)に配置された。そこで初めて、不当な暴力行為が発生している状況を目にした。

 軍役を果たすことを拒絶したヤコボヴィッチは刑務所に入れられた。ただし、すでに上官だったので、刑務所の待遇は「食事のまずさをのぞけば、まるでホテルに滞在しているようだった」。

 自分が目にした状況をイスラエル国民に知らせないと社会は変わらないと思い、動画を撮影するようになった。

 人権擁護団体B’Tselemに所属し、ウェストバンク近辺に住む100を超える家族にカメラの使い方を教えた。

 イスラエル人の入植者たちが、話しかけようとして近づいてきた男性を野球のバットで殴ったり、目隠しをされたデモ参加者が兵士に撃たれる様子を撮影した動画は、イスラエルの主要テレビ局で放送された。「イスラエル軍に対して説明責任を求める声が強くなり、ウェストバンクで暴力が減少した」。

 2008年、友人たちと真実を伝える団体「Videre」を結成。最初からメディアを作ろうとしていたわけではないが、世界中で何が起きているかを伝えるために、いつしか動画コンテンツの制作者になっていた。

 Videreでは、「ほかの人が隠したいことを見せる」、「市民にカメラを持たせる」が柱となる。スタッフだけでは人権侵害の様子を撮影することはできず、当事者である市民自身が撮影することが特徴だ。

 撮影していることがばれないよう、車の鍵やライターなど、小型カメラを別のものに隠しての撮影だった。
動画は容量が大きく、これを電子的に送信する機材を持っている人が少ない。また、例えば送信を政府側が把握すれば、市民が危険にさらされる。

 このため、Videreではスタッフ自らが市民を訪ね、動画をもらう形をとっているという。

 世界中に、隠密行動をとる約400人の活動家たちがいる。1500時間分の動画があり、350の物語として編集されたコンテンツは世界中の120以上のメディアで放送された。放送時、Videreの名前は出ないようにしているという。

 Videreが入手した動画の一部が、会場内で流された。もっとも私が衝撃的に感じたのは、ケニアでの「女性器切除(略称FGM)」(すべてを取り去るのではなく、一部を切除)の現状の動画だった。数人の女性のインタビューが出た。一人の女性は切除を拒否したため、父親に勘当された。もう一人の女性は経験済みで、FGMは停止されるべき、という。

 最後が中年の女性のインタビュー。この女性は村の女性にFGMを施す役割を長い間続けてきた。どんな風に行うのかと聞かれ、女性性器の一部を伸ばし、削除すると説明。その後、切られた性器の一部は「もちろん、捨てますよ」と大笑いしながら、カメラに向かって答えていた。

 アフリカ諸国の一部などで、FGMは大人の女性への通過儀礼として行われてきたが、欧米では女性虐待として非難の声が上がっている。

 地域によって習慣やものの見方は異なるが、この映像を見ていて、むごいと思わない女性は少ないのではないかと感じた。 (続く)
by polimediauk | 2013-10-22 23:50 | ネット業界
少年少女が利用する質問交流サイト「Ask.fm」で自殺事件  -バッシングで広告主撤退も_c0016826_821172.jpg
 

 「あなたの好きな動物は何?」など、単純な質問に答える仕組みの交流サイト「Ask.fm」(アスク・エフエム)が、欧州を中心とした数カ国に住む10代の少年少女の間で、人気になっているという。

 利用の手始めは、新たに名前、電子メールのアドレス、生年月日などを使って登録するか、フェイスブック、ツイッター、あるいは「VK」のアカウント(主としてロシア語圏で人気があるソーシャルメディア)を使って、プロフィールを作る。友人を誘って、質問を投げかけてもらう。ほかの利用者もさまざまな質問を投げかけることができる。フェイスブックとは違い、匿名でも利用可能だ。ウェブサイトでもモバイル機器のアプリとしても使えるようになっている。

 このサービスの利用者の中で未成年者数人が、いじめを苦にして自殺したと推測される事件が相次いでいる。

 今月2日、14歳のハンナ・スミスさんが、英イングランド中部レスタシャーのラターワースの自分の部屋で首をつって自殺した。

 ハンナさんの父親デービッドさんは、自分のフェイスブックのページに「Ask.fmで娘が受けた虐待がどんなものかを読んだ。いじめた人たちが匿名であるのは許せないと思う」と書いた。父親はAsk.fmが娘を追い詰めたと信じているという(ガーディアン紙、7日付記事)。

 ラトビアの首都リガに本拠地を置くAsk.fmは、2010年6月にサイト運営を開始した。

 フェイスブックやインスタグラムのプロフィールにAsk.fmのプロフィールを入れている利用者も多く、なるべく数多くの人に質問をしてもらうことを目指して、使っているようだ。答えは写真や動画の形でも可能で、ツイッターやフェイスブックのタイムラインのように、自分のプロフィール欄の下に、質問と自分の答えが時系列に並んでゆく。

 CNETが今年6月、サイトの創業者マーク・テレビン氏とイルジャ・テレビン氏に取材したところによれば、4月、サイトは130億のページビューを記録。ユニークビジター数は1億8000万人だったという。毎日、新しい利用者が20万人増えている。

 現在、150カ国で利用できるようになっており、特に利用者が多いのが米国、英国、ブラジル、ロシア、ドイツ、フランス、トルコ、ポーランド、イタリアだ。(ちなみに、日本語でも利用できる。)

 利用者の半分が18歳以下だという。少年少女にしてみれば、大人がいない空間で、他愛ないことをおしゃべりできる点が魅力のようだ。

 質問によっては、いじめが発生することもある。例えば、ガーディアンの記事によれば、ハンナさんのプロフィールには「牛」、「太ったカタツムリ」、「見醜い馬鹿」などの言葉が書き込まれていた。

 昨年秋には、アイルランドに住む13歳と14歳の少女たちが、サイトで匿名の利用者からきつい言葉を浴びせられ、自殺した、とガーディアン紙は伝える。

 4月には、イングランド北部ランカシャー州の15歳のジョッシュ・アンワース君が庭で首吊り自殺をした。生前、Ask.fmで「お前はまったく気が狂ってるな」、「悪いことが起きて当然だな」などの文句を何ヶ月にわたり、書かれていた。

 1月には16歳の利用者アントニー・スタッブ君が自殺し、スタッブ君のガールフレンドやいとこも「ひどい」言葉を残されたという。

 アイルランド政府はラトビアに対し、このサイトと自殺との関係について調査を依頼しており、米メリーランド州の法務長官がサイトの広告主に対し、広告をひきあげるよう、呼びかけている。

 Ask.fmではこれまで、サイトのマイナス面は「社会の欠点を映し出していることを意味する」と説明してきた。昨年、自分のサイトのプロフィールの中で、創業者マーク・テレビン氏は、「問題の根本を考えるべきだ。Ask.fmは単にツールに過ぎない。電話と同じだ。ツールを責めても始まらない」。

 テレビン氏はまた、あるサイトのインタビューの中で、自動アルゴリズムと手作業によってポルノ的表現、言葉による虐待などをチェックし、その都度削除するか、利用者をブロックしている、と述べている。

 しかし、「1日に3000万の質問と3000万の答えがあり」、検証が大変であることも指摘した。

 自殺したハンナ・スミスさんの父親デービッドさんが複数の英国のメディアによる取材に応じたことで、Ask.fm事件はここ2日ほど、大きなニュースとして紹介されている。

 デイリー・ミラー紙(8日付)の報道によると、娘のハンナさんが首をつった姿を発見したのは姉で16歳のジョアンさん。父のデービッドさんはトラックの運転中だった。

 「ハンナは死んだと言って、ジョアンが電話を切ってしまった。こちらからかけ直して何が起きているかを知ろうと思った。それから兄弟に電話して、兄弟が事情を探ってくれた。ハンナが首をつったと言われて、『死んだのか』聞くと『そうだ』と言われ、泣き崩れた。すぐにトラックを家に向けて走らせた」。

 父親はAsk.fmが殺人罪に問われるべきではないかと考えている。「こんなサイトはいらない。(なくさないのなら)規制されるべきだ」。

 妹同様にAsk.fmを利用していたジョアンさんのプロフィールにも悪質な質問が出され、ハンナさんに捧げられたフェイスブックのページにも同様のコメントが送られたという。

 BBCの報道(8日付)によれば、いくつかの大手広告主がサイトへの広告出稿を取りやめる事態が発生している。取りやめを決定したのは、大衆紙サン、エネルギー会社のEDF,通信会社BT、メガネ販売のスペックセーバーなど。

 Ask.fm社は公開書簡を8日公開し、「今週ツイッターが発表したような、ツイート内で悪質なつぶやきを報告するような機能を昨年から採用している」と述べている。「これによって、懸念がある人は何でも報告できる。もし10代の利用者の親が懸念がある内容を見つけたら、このボタンを押して、モデレーターに教えて欲しい」。

 「当社のサイトの利点の1つは、すべてがオープンであることだ」、「問題があるコメントを見つけたら、誰もが報告できる」。

 今週早々には、Ask.fm社はハンナさんの死を「悲劇」と呼び、警察の捜査に「喜んで協力する」と述べている。

ー安全のためのヒント、利用規約は?

 一体どんなことが起きているのか、Ask.fmのサイトの規約を読んでみた。日本語になる部分があったので、以下はサイトからの引用である。

 安全のためのヒント

 Ask.fmのコミュニティのメンバーになることで、 利用規約に従うことになります。 安全のためのヒントはAsk.fmを賢く、責任を持って利用するための基本的な指針です。

 一般的な安全

 インターネットに接続中は、いくつかの重要な安全対策を忘れないでください:

 共有する内容に注意する。自分のページで電話番号、メールアドレス、自宅の住所などの個人情報を決して共有しないでください。 利用規約, に違反しているユーザーをブロックして、報告してください。 ターゲットにされている場合は大人に相談してください。不適切な質問には返信しないでください。

 プライバシー

 プライバシー設定 で匿名の質問をオフにできます。こうすると匿名のユーザーは質問できなくなり、受信箱で受信する内容をより安全に管理できます。 Ask.fmやウェブでは誰もがあなたのプロフィールやコンテンツを閲覧できます。投稿する前に十分注意してください。

 不適切な質問

 理由の如何に関わらず不快な質問を受け取った場合は、返信せずに両親や信用できる大人に相談してください。送り主のユーザーをブロックすると、二度と連絡が来なくなります。 それでも不愉快な行動が続く場合は、「報告」ボタンを押して当社に報告してください。警察などにも通報してください。

 匿名性

 匿名性を利用して不快な質問や有害な質問をしないでください。Ask.fmで匿名で質問をすると、あなたの名前は質問相手や他のユーザーには表示されません。 当社があなたの身元を他のユーザーに公開することはありません。 恥ずかしい時や、質問者が誰か分からない方が回答者が答えやすいと思う場合は匿名性は便利です。 規約に違反した場合は、責任を負っていただきます。必要とあれば、捜査機関に身元を特定する情報を提供します。


 そして、以下は利用規約である。読み出して、私は驚いた点があった。(お断りしておきたいが、私はフェイスブックやツイッターなどの利用規約と細かく比べてみたわけではない。あくまで、このサイトの利用規約で驚いた部分である。)

 気になったのは、3番目の項目のユーザーが送信、投稿、表示したコンテンツは他のユーザーに公開されます。ユーザーはAsk.fmのサービスを通じて送信するデータに責任を負いますという点である。(黒字は筆者。)

 4番目と5番目の項目も気になる。

 ユーザーはAsk.fmのサービスを通じて送信、投稿、表示したあらゆるコンテンツの権利を留保します。 Ask.fmのサービスを通じてコンテンツを送信することで、それらコンテンツをすべてのメディアや配信方法で使用、コピー、複製、処理、脚色、修正、出版、発信、展示、配布するための全世界共通、非独占的、著作権使用料のないライセンスをAsk.fmに付与します。 Ask.fmあるいはAsk.fmと提携している他の企業、組織、個人によって、ユーザーが送信、投稿、発信、あるいはAsk.fmのサービスを通じて利用可能にしたコンテンツに対し報酬を支払うことなく二次利用できるものとします。

 このプラットフォーム上で発信・受信したものはすべて、Ask.fmのものになるということだ。

 10番目の項目も注目だ。

 Ask.fmはコンテンツをコンピューターネットワークや様々なメディアを通じて発信、展示、配布するために修正、脚色、および/またはネットワーク、端末、サービス、メディアの要件や制限に応じてコンテンツを適合させる必要がある場合はコンテンツを変更することができます。Ask.fmのサービスの利用にあたり、好ましくない、節度に欠ける、悪趣味と見なされるコンテンツを目にすることがありますが、それらコンテンツが不適切な表現であると特定されるとは限りません。Ask.fmは匿名のコンテンツを認めており、監視を行うことはありません。ユーザーは自己責任でAsk.fmのサービスを利用し、ユーザーが好ましくない、節度に欠ける、悪趣味と見なすコンテンツに対し、Ask.fmが法的責任を負わないことに同意するものとします。

 Ask.fmは、ここではっきりと、「Ask.fmは匿名のコンテンツを認めており、監視を行うことはありません。 ユーザーは自己責任でAsk.fmのサービスを利用し、ユーザーが好ましくない、節度に欠ける、悪趣味と見なすコンテンツに対し、Ask.fmが法的責任を負わないことに同意するものとします」と書いている。

 また、プライバシーのところで「 Ask.fmやウェブでは誰もがあなたのプロフィールやコンテンツを閲覧できます。投稿する前に十分注意してください」とある。

 私が驚いたり、気になったりする理由とは、このAsk.fmの利用者の半分が10代の少年少女であるのに、「匿名でもいいですよ」、「好き勝手にやっていいですよ」、「悪趣味な言葉をかけられても、自分で責任を負ってください」――ということでいいのだろうか、ということだ。

―実際に、質問を見てみると

 利用者ではない(=登録していない、またはログインしていない)私でも「見れる」というので、早速サイトで見てみた。

 最初の画面の下に、小さな写真のアイコンが並ぶ。これをクリックすると、誰でもその利用者プロフィールと質問が読める。10人ほど、読んでみた。それぞれ、13歳から16歳ぐらい。

 時には無邪気な質問もあるが(「好きな食べ物は何?」など)、ほとんどの利用者の場合、性的な嫌がらせあるいは、性的なアプローチの問いがある。時には、子供たちは「気味悪い!」と言い返したり、「児童性愛主義者ね、あっち行って」などと切り替えしている。

 一人の男の子の顔写真の下に、フェイスブックのアドレスがあった。一体、中高生なのか、あるいは働いているのかと思って、クリックしてみた。写真がやたら多いサイトである。家族の写真もある。しかし、よく見ると、数人の家族の中で、「兄」や「姉」と説明してある人の名前が本人とはファーストネームもラストネームもまったく別なのだ。全員がすべてまったくつながりのない名前になっている。友人同士を「家族」としている可能性もあった。

 しかし、ふと、この可愛らしい写真の少年は、少年でもなんでもなく、大人だったり、あるいは女性だったりするかもしれないー。また、本当にそのままの少年で、何らかの「仕掛け」があるのかもしれない。そこで私はこの少年のフェイスブックの探訪をやめた。

 大の大人が少年少女の顔写真が一杯掲載されているフェイスブックを熱心に見ていようものなら、児童性愛主義者と見なされないとも限らない。児童ポルノは所持だけでも違法になるのが英国だ。

 「仕掛け」というのは、不用意にクリックした部分に何らかの隠れたセッティングがある可能性のことだ。(最近、テレビを見ていたら。フェイスブックの「にせいいね!」の手口の1つは、あるサイトをクリックしたと思ったら、その裏に隠されている別の「いいね!」用サイトをクリックしたことになった・・・というものであった。真実のサイトの上に、薄紙を置いたように、偽のサイトがかぶさっていたのである。別件になるが。)

 このサイトで精神的に虐待されて、自殺を図った少年少女は全体からみればごく少数かもしれないから、「サイトの閉鎖」まで行くべきなのかどうかは分からない。どんなツールを使っても、サイバーいじめはなくなりにくいとは思うし。第一、携帯メール(テキストメッセージ)でも、いじめるような言葉を発信できる。

 しかし、子供たちは、あまりにも無防備にこのサイトでわが身をさらしていることにならないだろうかー?

 考えて見ると、このサイトは

 (1)10代の子供たちに写真付プロフィールを設置している

 (2)これをそのソーシャルメディアでなくても誰でも見れる、読めるようにしている
ここまではフェイスブックやツイッターも踏襲しているのだろうが、だんだん危険度が高まってくるのが、以下だ。

 (3)匿名で子供たちに質問ができる

 (4)その質問に性的嫌がらせ、冷やかし、あるいは性的アプローチを目的とするものがかなりひんぱんに入っている

 (5)サイト運営者はチェックをしているというものの、結果的に、嫌がらせ、冷やかし、性的アプローチを目的とした質問が出るのが常態となっている

 などの点が、非常に気になる。

 実際に使っているほうの子供たちは、結構平気なのかも知れないがー。

 さて、ソーシャルメディアを楽しみ、言葉による攻撃を受け続けないようにするにはどうするか?

 BBCのデイブ・リー記者が6つの提案をしている(7日付ウェブサイト)。

 1つは「悪用を報告」ボタンをどこでも使えるようにしておく

 2つは自動的な仲裁機能(機械化)をとりつける

 3つは、実名利用を義務化すること

 4つは事態が深刻になった場合は、警察を呼ぶ

 5つは運営者のほうで、モデレーター(仲裁者)の数を増やす

 6つはオンライン上で互いに不快な言動を行わないように、教える、だ。
by polimediauk | 2013-08-09 07:47 | ネット業界
 米ワシントンポスト紙をアマゾンの創業者ジェフ・ベゾス氏が個人で買収した。

 すぐに思ったのは、「ほかに誰も買う人がいなかったのかなあ」と。よりによって、税金問題や働く環境の苛酷さで批判されているネット企業の創業者に買われてしまうとはー。米国で紙の新聞を印刷・販売するというビジネスは、先行きのないビジネスとして把握されているのだろうなあ、とも。将来性があって、投資家が続々と押し寄せて「ぜひ買いたい!」という代物とは見られていないのだー。

 今後、ワシント・ポスト(WAPO)紙はアマゾンの税金問題や就労環境の件を厳しく追求した記事を掲載できるのだろうか?矛先が緩むことはないのかどうか。ワシントンの政界で広く読まれている新聞だから、ロビー活動をするにも役立つという面もあるのではないか。

 それと、ベゾス氏にとっては、いわゆる「トロフィー」なんだろうな、と。つまり、「すごいでしょ」と他人に見せるものとしてのWAPO紙。

 「トロフィーワイフ」という英語の表現があって、これは富も名声も手に入れた男性が、自分の社会的地位を誇示するため迎えた若くて美人の妻のことを指す。WAPO紙を「美人の妻」というわけではないが、同紙は伝統的な、世界のジャーナリズムのトップとして名高い(映画「大統領の陰謀」をご参考)新聞だ。そんなメディアを手に入れれば、はくがつくのは目に見えている。富をたくさん手にしたベゾス氏。手に入れたいのは、「売った本の冊数がすごいだけじゃなくて、売る内容もすごいぞ!」という部分だろうか。

 アマゾンというビジネス自体も歴史に残るだろうが、WAPO紙の所有者として、ベゾス氏はこれでジャーナリズムの歴史にも名を残すことになった。

 オーストラリア出身のマードック氏(米ニュース社の会長)も、ニューヨーク・タイムズを欲しがった。英タイムズは手中にしたから、次は米メディアのトップを狙ったがうまく行かず、結局、それでもウオール・ストリート・ジャーナルを手に入れた。

 WAPO紙とアマゾン、ベゾスの買収については在米大原ケイさんのブログがほぼすべてを言い表していると思う。このトピックにご関心のある方は、ぜひご一読を。

ワシントン・ポストをベゾスが買ったワケ(「マガジン航」掲載)


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 新聞通信調査会発行の「メディア展望」7月号に、イタリア・ペルージャのジャーナリズム祭の様子をデータジャーナリズムを中心してまとめてみた。この祭りについては読売新聞オンラインで何度か書いたが、今回は、もっと詳しく書いてみた。以下は、それに若干補足したものだ。

 最後に、データジャーナリズムについて参考になる文章を書いている方をまとめてみた。
 
―「データジャーナリズム」とは

 イタリア中部の都市ペルージャで、毎年春、国際ジャーナリズム祭が開催されている。地元のジャーナリストらが2006年に発案し、恒例行事となった。世界中からやってくるジャーナリスト、学者、メディア関係者らがジャーナリズムの現状や未来について話し合い、意見を交換する。参加費は無料で、ペルージャを訪れた人は誰でもセッション会場に入り、議論に参加できる。

 今年は4月24日から28日、ペルージャの旧市街に建つ複数のホテルを会場で200を超えるセッションが開催された。500人を超えるスピーカー、約1000人の報道陣が詰めかけ、参加者は5万人以上となった。

―データを活用するジャーナリズム

 欧州最大規模のジャーナリズム祭とされるこのイベントで目立ったテーマは「データジャーナリズム」だ。その意味するところや実践例をジャーナリズム祭での進行をたどりながら紹介してみたい。

 データとは情報を数値化したものを指し、データジャーナリズムとは「データを活用するジャーナリズム」の意味になるが、これが近年、注目を浴びている。さまざまな情報がデジタルデータ化されており、同時に、大量のデータを分析したり、視覚化するためのツールが容易に手に入るようになったことが背景にある。データ分析ツールを使い、それ以前には見えなかった事実や視点を提供するジャーナリズムを意味するようになった。

 ジャーナリズム祭の協賛組織となっている欧州ジャーナリズムセンター(EJC、本部オランダ・マーストリヒト)と英オープン・ナレッジ・ファウンデーション(OKF)は、昨年のジャーナリズム祭で、「データジャーナリズム・ハンドブック」(英語版)をオンライン上で出版した。これからデータジャーナリズムを始めようとする人へのガイド本だ。70人以上の国際的なジャーナリストたちのアイデアを基に作成された。紙版は書籍として有料販売されている。現在までに、無料オンライン版がスペイン語版、ロシア語版で出版されている。

 今年のジャーナリズム祭では、EJCとOKFは共同でデータージャーナリズムについてのワークショップ(「データジャーナリズム学校2013」)やセッションを複数開催した。

 まず、「データジャーナリズム学校」のワークショップの様子を伝えてみる。

 初日の講師となったのは、アリゾナ州立大学ウォルター・クロンカイト・ジャーナリズム・スクール教授のスティーブ・ドイグ氏だ。ハンドブックの作成にも力を貸した。

 1980年代、コンピューターを趣味として使っていたドイグ氏は、仕事にも使えることに気づいた。当時は米フロリダ州マイアミ・ヘラルド紙の記者だった。同州のハリケーンによる被害がずさんな建築基準によって悪化したことをデータ分析で証明し、1993年のピューリッツア賞を受賞している。

 ラップトップのパソコンを持ち込んで授業に臨んだ参加者の前で、ドイグ氏は「ジャーナリストがデータジャーナリズムを手がける目的は、ストーリー(ネタ)を見つけるため」と切り出した。

 小型コンピューターの普及で、記者がデータの中に「パターンを見つける」ことが容易になった、と語る。例えば、以前であれば、飲酒運転についての原稿を書くときに具体的な逸話をいくつか例に出し、結論に導いた。データを使って書けば、「単なる逸話を超えて、論拠を示すことができる」。

 データジャーナリズムが頻繁に話題に上るようになったのは「ここ2-3年」だが、米国では1960年代初期、司法体制が有色人種を差別していることを突き止めた例があるとドイグ氏は言う。

 データの分析という社会学の研究手法をジャーナリズムにも応用しようという議論が出たのは1970年代。1980年代以降、コンピューターの小型化が進展し、ジャーナリストが大量のデータを活用することが次第に容易になった。

 近年の例としては、米国ではUSAトゥデー紙の実践があるという。同紙は、生徒の試験の成績と教師が受け取るボーナスの支払い状況を分析した。結果、教師側がボーナスをもらうために試験の成績をごまかしていたことが分かった。

 データ解明ツールには表計算(エクセルなど)、データベース(アクセスなど)、マッピング・位置情報検知(ArcMapなど)、統計分析、ソーシャルメディア分析(NodeXLなど)のソフトをあげた。位置情報検知ソフトを使えば、どの場所で犯罪が発生したかを示す地図が作成でき、NodeXLは人がどんな風に他人とつながっているかを視覚化できる。

 ジャーナリズムに利用できるデータは、「例えば予算、歳出、犯罪のパターン、学校別の試験の点数、自動車事故、人口動態、大気環境、スポーツについてのさまざまな数字など」。

 データの視覚化にはデータ管理ソフトGoogle Fusion Table、プログラミングのための言語としてRuby, Django, perl, pythonなどをドイグ氏は紹介した。

 しかし、プログラミング言語を学ぶところまで行かなくても、エクセルなどの汎用ソフトを使うだけでもジャーナリストはデータをさまざまな形で分析できると教授は言う。例えばソート、フィルター、トランスフォームなどの機能を駆使し、数字の裏にある真実を見つけることができる。

 ドイグ教授は会場内で、イタリアの各都市で発生する犯罪件数のファイルを参加者に開けさせた。使用ソフトはエクセルだ。そして、人口当たりの犯罪発生件数を表示してみる。「何故この都市はほかの都市と比較して、犯罪率が格別に高いのか?ここからストーリーが生まれてくる」。

 2日目の講師マイケル・バウワー氏は、ジャーナリズム祭に参加したツイッター利用者のつぶやきを分析する方法を見せてくれた。

 どんなつぶやきを発しているか、誰が誰のつぶやきを追っているか、誰のつぶやきをリツイート(=他人のつぶやき内容を再発信する)しているかなどの要素を拾い、数理ソフトを使って、グラフ化した。ツイッターの利用者が誰にどのようにつながっているかが分かる図が目の前に広がった。

 筆者は、ドイグ教授の授業には終始ついていけたものの、バウアー氏の講義でグラフを自分のラップトップで再現するには時間がかかった。出席したほかの参加者も途中で戸惑いを感じたようで、会場内がざわつく場面が何度かあった。バウアー氏は「もし自分で今できなくても、がっかりしないでください。後で自習できる教材を流します」と説明した。

 講義終了後、データジャーナリズムを実践するには、ジャーナリスト側にはどれほどコンピューターの知識が必要なのかをバウアー氏に聞いてみた。「プログラミングができるほどの知識は必要ないと思う。コンピューター技術の専門家とジャーナリストとの共同作業がデータジャーナリズムだと思う」とバウアー氏。「しかし、データを使えば何ができるのかをジャーナリストが知っていることは重要だ。技術者は『こういうことをやってくれ』とジャーナリストから言われることを待っている」。

 授業の中でツイッターを通じた人のつながり方がグラフ化されたが、例えばこれはどんな記事を書くために使われるのだろうか?バウアー氏はこの問いにやや呆然としたようだ。少し間があり、「どんな記事ができるのか、という視点では考えていない」と答えた。筆者は、原稿を書く側にいるため、この答えは意外だった。改めて、データによって明るみに出そうとする事柄・文脈を考えるのはジャーナリスト側なのだ、と思った。

 「データの学校」の3人目の講師はグレゴール・アイシュ氏。「データの視覚化」のワークショップにはたくさんの人が詰め掛け、会場内に全員が入りきれないほどだった。同氏はグラフ作成ソフトを使って、データをカラフルなグラフに変換する具体例を次々と見せる一方で、「グラフの美しさにごまかされないように」と釘を刺すことを忘れなかった。データジャーナリズムの批判の1つが、「きれいなグラフを作るだけではないか」だからだ。

 次に、データジャーナリズムをテーマにしたセッションを見てみよう。

 初日のセッションの1つ「データジャーナリズムの2013年の現状」で、パネリストの一人で米ニューヨーク・タイムズ紙のインタラクティブ・ニュース部門を統括するアーロン・フィルホファー氏は、「データジャーナリズムという言葉の響きは地味だが、ピューリッツア賞を取る場合もある」と述べた。

 具体例は米南フロリダ州のサン・センチネル紙による「スピーディング・コップス」(スピード違反の警官たち)だ。同紙は、調査に3ヶ月をかけ、約800人の警官がスピード違反をしていたことを暴露した。2012年の一連の報道で、今年、同紙は公共サービス部門でピューリッツア賞を受けた。

 データジャーナリズムを担当するチームの話になり、フィルホファー氏はニューヨーク・タイムズでデータジャーナリズムの専門チームは自分ひとりという時代から、現在は18人のスタッフを抱えるまでになったと述べた。

 米コンピューター雑誌「ワイヤード」のイタリア語版で働くパネリスト、グイド・ロメオ氏が同誌のデータチームはいまだに自分ひとりだけだと発言すると、フィルホファー氏はデータジャーナリズムの実践には「大掛かりなチームは必ずしも必要ではない。サン・センチネルも小規模のチームで実行した」と補足する。「どのニュース編集室でも、やろうと思えばできる」。

 ニュース編集室とウェブ技術とをつなぐ活動を支援する米ナイト・モジラ・オープンニュースのディレクター、ダン・シンカー氏もパネリストの一人となった。同氏は、最近のデータジャーナリズムの優れた例として、米大統領選挙をめぐる報道をあげた。「4年ごとに行われるので、テクノロジーの進展振りが比較できる」。

 例えば、公益のための調査報道を主眼とするニュースサイト、プロパブリカが生み出した、選挙期間中に送られた募金依頼の電子メールを分析した「メッセージ・マシン」。プロパブリカはメールと人口動態から、どこでどんなことがトレンドになっているかをサイト上で示した。

 複数のパネリストが、選挙結果の予想家として知られる統計学者でブロガーのネイト・シルバー氏の分析を優れたデータジャーナリズムの1つとして挙げた。

 2008年、シルバー氏は政府が公表するデータや世論調査の結果から、大統領選で全米50州49州の勝敗を的中させた。昨年の大統領選では50州の投票結果を完璧に予測した。フィルホファー氏は「データジャーナリズムの勝利だ」という。「現状を切り取って見せたと同時に、未来を予言して見せたからだ」。しかし、「危ないのは、世界中の編集幹部が『自分たちもシルバーが欲しい』と言い出すこと」という。


 実際に、伊ワイヤード誌のロメオ氏は「何故、シルバー氏のような人材がイタリアにいないのかと悩んだ」という。

 「シルバー氏の予測はあくまでも過去の例に基づいたもの。必ずそうなる、ということではない」(フィルホファー氏)。

 聴衆の中にいた、英ガーディアン紙のデータジャーナリズム担当者ジェームズ・ボール氏は「確かにシルバー氏は間違うこともある。2010年の英国の総選挙の結果でも予測がはずれた」と発言した。

―共同作業とデータジャーナリズム

 EJCとOKFが共同開催した別のセッション「データとジャーナリズム -国境を超えた共同作業」は、ジャーナリズム祭の2日目に開催された。

 2010年、内部告発サイト「ウィキリークス」が、米軍にかかわる大量のデータを入手し、ニューヨーク・タイムズ、ガーディアン、仏ルモンド紙、ドイツのシュピーゲル誌など欧米の大手メディアと共同でデータを分析し、数々の報道につなげたことを記憶している方は多いだろう。データの量が膨大で、複数国にまたがる事象を取り扱う場合、共同作業は欠かせないーこれがこのセッションのメイン・テーマだった。

 ガーディアンは日常的にデータジャーナリズムのプロジェクトを手がけているため、その手法をウェブサイトに掲載し、情報を共有できるようにしている。

 「扱うデータ量が大きくなるにつれて、複数のメディア間で協力をせざるを得なくなっている」と同紙のデータジャーナリズム担当者でパネリストの一人、ボール氏が語る。税金逃れを暴露するプロジェクトの実行には、40以上のメディア組織と共同作業を行ったという。

「データの学校」のワークショップについてさらに詳しく知りたい方は関連ウェブサイトをご参照願いたい。

―データジャーナリズム賞を選出

 ジャーナリズム祭4日目の27日、非営利組織「グローバル・エディターズ・ネットワーク」(GEN、本部パリ)が今年の最優秀データジャーナリズム賞の最終候補72を発表した。世界中から送られてきた、300を超える実践例の中から、選出された。

 調査報道部門、ストーリーテリング(伝え方)部門、アプリ部門、ウェブサイト部門があり、それぞれの最優秀賞が選ばれる。1つの部門に対し、大手メディアから1つ、中小メディアから1つ選出されるため、合計8つのメディア組織あるいは個人が最優勝賞を受け取る。賞金総額は1万5000ユーロ(約190万円)だ。最終結果は6月19日と20日、パリで開催されるGENニュース・サミットで発表される。日本の媒体では、朝日新聞による、憲法改正についての政治家の姿勢を表にした例が出ている。

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補足:

この賞の結果を、朝日新聞の平和博記者がブログで報告している。

データジャーナリズム賞を受賞した7作品

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 最後に、基調講演を振り返りたい。

 3人のスピーカーの中で、最初が米テクノロジー系ウェブサイト「ギガ・オム」のブロガー、マシュー・イングラム氏だ。講演のタイトルは「魚に歩き方を教えるには?――旧来メディアが新しいメディアから学べる5つのこと」。「旧来メディア」(伝統メディア)とは新聞やテレビを指し、「新しいメディア」とはネットメディアのことだ。

 5つの提言とは①オープンであること(「読者と意思疎通を取らない旧メディアはまるで『要塞』のようだ」)、②情報源を示すこと(「ネット・サイトはハイパーリンクで情報源を示している」)、③人間らしさを出すこと(「間違えることもあることを認める」)、④ニュースを過程としてとらえること(「24時間の報道体制が現実化し、どんなニュースも『その時点でのまとめ』に過ぎない)、そして⑤「焦点を絞ること」(「すべてをカバーしようとするな」)だった。

 筆者は会場で、「ネットで無料情報があふれているが、職業としてのジャーナリズムは将来なくなるか?」と聞いてみた。イングラム氏は「これまでにもお金をもらえなくても発信をする人はいた、例えば芸術家や詩人だ」。市民から報酬をもらうためには「その他大勢とは違う何かを提供できることだ」。

 二人の目のスピーカー、エミリー・ベル氏は、米コロンビア大学のタウ・センター・フォー・デジタル・ジャーナリズムのディレクター。同氏もこれからの流れとして「特化と個人化」を指摘したのが印象的だった。「将来、ジャーナリズムの規模はもっと小さくなる」、「一人ひとりの記者が読者とつながり、一つのコミュニティー空間を作ることが必要だ」。

 最後のスピーカーは、米起業家でエンジニアのハーパー・リード氏。昨年の米大統領選挙では、オバマ大統領の再選運動に参加した。ビッグデータの分析やソーシャルメディアの活用など、デジタル技術を駆使した。ビッグデータを活用すれば、より深みのある報道ができるとして、「数学をジャーナリズムにもっと使ってもいいのではないか」―。

 日々増えてゆくデジタル・データを分析しながら、新たなジャーナリズムを生み出す過程を追体験した数日間だった。

 同時に、日本でもこのような国際的なジャーナリズムのイベントが開催されたら、大きな活性剤として働くのではないかとも思った。しかし、「個人化と特定化」といわれても、「中立報道」への圧力が強く、署名記事が一般化してしていない日本の新聞ジャーナリズムにとって、馬耳東風に聞こえる可能性もあるがー。

ご参考

データジャーナリズムについては、上で紹介した朝日の平記者のほかに、以下の方々が継続して書いている。

佐々木俊尚さんによるデータジャーナリズムとは

津田大介さんによる解釈

赤倉優蔵さんによる解説
by polimediauk | 2013-08-07 21:23 | ネット業界
 インターネットを使って、誰もが気軽に情報を発信できるようになったが、自由闊達な議論が発生すると同時に、嫌がらせ行為に相当する発言、暴力的な発言も、ネット界にそのまま流れる状況が生まれている。

 報道の自由を維持しながら、いかに暴力的な、あるいは差別的な表現から市民を守るのかが、焦点となってきた。

 英国やフランスで発生したネット上の暴言の事例を紹介してみたい。

―英国の事例 ツイッターの場合

 最も最近の例は古典学者で歴史物のテレビ番組のプレゼンターでもあるメアリー・ビアード教授のケースだ。

 長い銀髪のヘアスタイルとメガネがトレードマークとなっている教授は、過去にBBCのパネル番組に出演した後で、容姿を批判したり、女性であることを蔑視するつぶやきを自分のツイッターのタイムラインに受けるようになった。

 こうしたつぶやきを発する一部の利用者と「対話」をネット上で行うことで窮地を切り抜けてきた教授だが、今月3日、「爆弾をしかけたぞ」というつぶやきを受け、警察に通報した。

 4日時点で、ツイッター社は「個々のケースについてはコメントしない」としている。

 7月末には、新たな10ポンド(約1400円)紙幣に女性作家ジェーン・オースティンの姿が印刷されるよう、キャンペーン運動を行った女性活動家キャロライン・クリアドペレス氏と、彼女を支援した議員ステラ・クリーシー氏のツイッターに、脅し文句のツイートが1時間に数十も送られる事件が発生した。

 ツイッター社側は当初すぐには対応せず、米本社のニュース部門担当者が自分のツイッター・アカウントをロック状態にし、苦情を受け付けないかのような姿勢を見せた。

 その後、一定の知名度を持つ女性への暴言ツイートは女性の新聞記者や雑誌記者にまで拡大した。

 一連の事件がメディアで報道されると、より使いやすい「悪用を報告する」ボタンを採用するようにツイッター側に求めるオンラインの署名が、12万5000件集まった。野党・労働党の女性幹部もこの事件の重要さを取り上げるようになった。

 3日、ツイッター英国社のゼネラル・マネージャー、トニー・ワン氏は、暴言ツイートを受け取った女性たちに対し謝罪した。また、ツイッター社のブログ上で、暴言を防ぐために方針を見直すことを明言し、アップル社が採用するIOSを使う機器ばかりではなく、すべてのプラットフォームで「悪用を報告する」というボタンを9月末までに付けると発表した。

 4日、女性ジャーナリストのカイトリン・モーラン氏は、象徴的な行為として、この日一日、ツイッターを使わないと宣言した。

―既存の複数の法律で対応

 英国のそのほかのネット上の暴言の多くが、既存の法律で処理されてきた。

 昨年4月、あるサッカー選手が19歳の女性への性的暴行罪で有罪となった。性犯罪の事件では、報道機関は犠牲者の名前を報道することを禁じられている。これはソーシャルメディアにも適用される。しかし、数人がこの19歳の女性の個人情報の割り出しをはじめ、実名がツイートされてしまった。男性7人と女性2人が性犯罪改正法違反で有罪となり、罰金を科された。

 秋には、ある上院議員が、5万人を超えるフォロワーを持つ人権運動家の女性から、児童性愛主義者であることを暗示するツイートを発信された。議員はこれが事実無根であるとして、女性を名誉毀損で訴えた。裁判で、女性は5万ポンド(約750万円)の損害賠償を支払うことを命じられた。

 リアルの世界の法律がソーシャルメディアでも適用されるケースが増えている。ネット以外の世界でやってはいけないことは、ネット界でも許されないと考えると、分かりやすい。

―欧州諸国とヘイトスピーチ

 日本では、最近、在日コリアンを「殺せ」などとデモ行進をする一部団体がいると聞く。これは「ヘイトスピーチ」の1つだろう。

 ヘイトスピーチの直訳は「憎悪のスピーチ」。憎悪に基づく差別的な言論を指す。人種、宗教、性別、性的指向などを理由に個人や集団を差別的におとしめ、暴力や差別を助長するような言論だ。

 世界では多くの国がヘイトスピーチを禁止する法律を制定している。

 国際的には個々の人間の自由権に関する国際人権規約ICCPR(International Covenant on Civil and Political Rights)が「差別、敵意、あるいは暴力を先導する、国の、人種のあるいは宗教上の憎悪の主張は法律で禁止されるべき」としている。また、人種差別撤廃条約が人種差別の煽動を禁じている。

 英国(イングランド、ウェールズ、スコットランド地方)では複数の法律(公共秩序法、刑法と公共秩序法、人種及び宗教憎悪禁止法、サッカー犯罪法など)によって、肌の色、人種、国籍、出身、宗教、性的指向による、ある人への憎悪の表現を禁じている。もし違反した場合は罰金か、禁錮刑、あるいはその両方が科せられる。

 ドイツでは、「民主的選挙で政権を取ったナチスがユダヤ人大虐殺を引き起こした反省から、人種差別的で民主主義を否定する思想を厳しく批判する『戦う民主主義』を採用している」という(共同通信記事、「新聞協会報」7月30日付)。

 ヘイトスピーチには刑法の民主煽動罪が適用され、これは「特定の人種や宗教、民族によって個人、団体の憎悪をあおることを禁止し、違反すれば最長で禁錮5年」が科せられる(同)。

 ナチスやヒトラー総帥を賞賛する言動、出版物の配布も刑法によって禁じられているという。

 フランスでも英国やドイツと同様の働きをする複数の法律があり、1990年には、ホロコースト(ナチスによるユダヤ人虐殺)の否定を禁止するゲソ法が成立している。

―フランスと「良いユダヤ人」

 昨年10月、フランスで、「unbonjuif」というハッシュタグ付きのつぶやきが氾濫した。これは「良いユダヤ人」という意味だが、「良いユダヤ人とは死んでいるユダヤ人」など、反ユダヤ的な文章や画像、ホロコーストを笑うジョークなどがツイートされた。

 同時期、「もし私の息子が同性愛者だったら」、「もし私の娘が黒人男性を家に連れてきたら」などを意味するフランス語のハッシュタグを使って、人種差別的な、または同性愛差別的なツイートも発生した。

 一連の反ユダヤ主義的ツイートについて、フランスユダヤ学生連盟(UEJF)が抗議運動を開始。ツイッター幹部とミーティングの機会を持ち、問題のツイートの削除と利用者情報の開示を求めた。ツイッター社は問題となったツイートの一部を削除することに合意したものの、利用者情報は渡さなかった。

 同時期、ドイツ警察からの依頼を受けて、ツイッター社は、独ハノーバーを拠点にするネオナチ・グループが使っていたアカウントを閉鎖している。

 今年1月、UEJFが反ユダヤ的なツイートを広めた利用者の情報開示をツイッター社に求めていた件で、パリの裁判所は、この情報をUEJFに渡すよう命じた。

 もしこの命令にツイッター社が2週間以内に従わないと、1日に最大で1000ユーロ(約13万円)の罰金を科すという厳しい判決となった。

 言論の自由を信奉するツイッター社がこれに応じなかったため、3月、UEJFは同社を刑法違反で訴え、CEOのディック・コストロ氏に3850万ユーロ(約50億円)の損害賠償の支払いを求めた。

 ツイッター社は控訴したものの、7月、最後の判定が出て、UEJF側に利用者情報の一部を渡すことになった。

 ツイッター社が「フランス政府に屈服した」という評価が一部で出た。

ー市民レベルでの運動が発達

 欧州各国では、ヘイトスピーチを行った人を罰する法律が存在する場合が多く、ほかには名誉毀損法、人種差別禁止法など関連する法律を適用して、ネット上の暴言を処理している。市民が反対運動、抗議運動を行って署名を集めたり、著名人が「ツイッター利用をボイコットする」と宣言したりなど、市民レベルでの運動が活発だ。

 報道の自由の維持と暴力的な発言の削減との兼ね合いの間で、試行錯誤が続いている。
by polimediauk | 2013-08-05 08:19 | ネット業界