小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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カテゴリ:欧州表現の自由( 103 )

 2003年のイラク戦争開戦から、今年3月19日―20日で5年目となる。BBCやチャンネル4は5周年ということでイラク特集を始めている。

 BBCのニュースで気づいたのが、もう既にそうなってずい分時間が経つのだろうが、イラク戦争は「米国主導のイラク侵攻」US-led invasion to Iraqになっていること。「侵攻」という言葉を使うと、ある国(地域)に不当に武力攻撃をかけた意味合いが出るだろう。宣戦布告なしに、勝手に侵攻したニュアンスが。

 2003年当時、それから1-2年ぐらいは、侵攻という言葉を使うのにためらいがあったような気がする。すっかり変わってしまった。

 以下は、デンマークのムスリムたちのインタビューの最後である。本当にこういう人がこれからを担うのだろうなと思う。デンマークに関しては、だが。デンマークで生まれ育ち、信仰深いが、パキスタンなど他国のイスラム教徒とは全く違う考えを持っている人たちだ。(掲載が07年であったため、今年=2007年、昨年=2006年などになっていることにご留意ください。)

2007年01月26日
日刊ベリタ掲載
http://www.nikkanberita.com/print.cgi?id=200701261317135
「少数派を攻撃する表現の自由はデンマークの伝統ではない」とイスラム教徒の若者イクバル氏

c0016826_17415155.jpg(コペンハーゲン発)カムラン・イクバル氏(29歳)は米国系大手ンピューター会社に勤務するITエンジニア。両親はパキスタンからデンマークにやってきたが、本人はデンマークで生まれ育った。英国中部バーミンガムでの留学経験もある。MUNIDA(デンマークの若いイスラム教徒の集団)のメンバーで、昨年秋、イスラム教の預言者ムハンマドの生涯を書いた本を仲間とともに翻訳して出版した。そのような若いイスラ教徒デンマーク人として、彼は風刺画事件が浮き彫りした移民の融合や表現の自由をふくめたこの国の将来をどのように考えているのだろうか。
 
イクバル氏とは、前回紹介したアーマド・カーシム氏と同様、ユランズ・ポステン紙のムハンマド風刺画を持って中東諸国を回ったアブラバン導師がいるコペンハーゲンのモスクで会った。 
 
▽民主主義はイスラムの価値観と同じ 
 
―デンマークと英国に住んでみてどうだったか? 
 
イクバル氏:非常に違う感じがした。ここで生まれたのでデンマークに関しては何が起きているか全てが分かる。デンマークの方がいいと思った。 
 
―英国にはインドやパキスタンから来た移民が多いので、パキスタン系英国人と思われたのでは? 
 
イクバル氏:英国でどこから来たかと聞かれ、「デンマーク人だ」というと、「そうか、デンマーク人か」ということで質問は終わった。ところがデンマークでは、移民がこの国に来るようになってからまだ年月が浅いので、自分はデンマーク人だと言っても「で、本当はどこから来たの?」と聞かれるんだ。英国ではそんなことは全くなかったのに。移民の社会融合のレベルが違うのだろう。 
 
―MUNIDAには何人ぐらい所属しているのか?活動内容は? 
 
イクバル氏:大体100人位いて、集まってサッカーをしたり、泳ぎに行ったり。このモスクにはたくさんイスラム教に関連する本が置いてあるのでイスラム教について一緒に学ぶ。5年か6年前から活動している。 
 
 学校や企業などに出かけてイスラム教やムスリムに関して講演をしたりする。企業側から来て欲しいと言う依頼がくることもある。 
 
 私たちの大部分はデンマークで生まれ、デンマーク語を母語として話すので、先住デンマーク人とイスラム教徒のどちらの立場も分かる。イスラム教は私たちが生まれ育った生き方だし、デンマーク社会も知っている。私たちにとってはこの2つは同じことだ。外に出て自分たちの状況を説明することで、この社会の構成員全員がより心地良く生きる助けになればと願っている。 
 
―イスラム教徒として西欧社会に住むことで何か対立を感じることは? 
 
イクバル氏:ない。基本的に、イスラム教の価値観は世界共通の価値観だと思っている。民主主義の価値観でもある。民主主義とはデンマーク人が新たに発明したものではない。世界共通の価値観だ。 
 
―男性と女性が職場でともに働くことに関してはどうか? 
 
イクバル氏:職場では男女は全く平等だ。つまり、女性は私よりもプロフェッショナルだ。例えばMUNIDAが手がけた預言者ムハンマドの生涯についての翻訳本を作る作業で、私たちはチームとして働いた。誰かが翻訳して、誰かが間違いを直したりした。女性たちの何人かは男性たちの何人かよりももっとプロフェッショナルだったと言わざるを得ない。何の問題もない。 
 
―しかし、イスラム教徒の男性の中には女性は家にいるべきだ、と考える人もいるが。 
 
イクバル氏:女性を家に置いておくというのはイスラム教の価値観とは思わない。確かに、女性たちは家で例えば子育てなどをしている。男性も家事はできるが、私は赤ん坊に授乳することはできない。女性がやる方が自然であることもあるし、女性が仕事をすることには何の問題もない。 
 
▽風刺は権力者に向けられるべき 
 
―本について教えて欲しい。 
 
イクバル氏:インド人の著名な作家でサフィル・レーマン・ムバラクプリという人が書いた預言者ムハンマドに関する本があって、これをMUNIDAでデンマーク語に翻訳した。この作家はムハンマドの自伝を書いてきた人で、サウジアラビアの大学で百科事典を作る仕事をしている。 
 
 昨年2月から3月にかけて、風刺画事件が世界中で大きな問題となった時、デンマークをよりよいものにするために私たちができることはないのかと考えた。それで、私たちはムハンマドを尊敬しているので、これを伝えることができないかと考えた。何故私たちがムハンマドを尊敬するのかを書いたら、人々がお互いをもっとより良く理解できる、と。それでデンマーク語への翻訳を思いついた。本の題名は「月が割れた時」だ。オリジナルは英訳もされている。 
 
―12枚の風刺画がユランズ・ポステンに掲載された時、あなたにとって衝撃だったろうか? 
 
イクバル氏:ショックだったし、失望した。問題の風刺画には相手に対する敬意の念が欠けていると思ったからだ。私たちはデンマークの少数派だ。デンマーク国内でイスラム教やイスラム教徒に関する議論は非常に否定的なものが多い状態が長い間続いてきた。それに加えて風刺画が掲載されたので、さらにがっかりした。 
 
―あの風刺画の掲載理由として、デンマークでは表現の自由の伝統がある、と言われたが。  
イクバル氏:違う、それは理解できない。私たちには人を傷つける伝統はない。そういうことが問題なのではない。 
 
 風刺画は、通常、権力を持つ人を風刺するために使われる。例えばデンマーク首相が風刺画に描かれる。首相には権力がある。私たちとは違うんだ。説明が難しいが、私たちはデンマークでは少数グループだし、少数派を攻撃するようなこういう形の表現の自由はデンマークの伝統ではないと思う。全く無目的の挑発行動だったと思っている。 
 
―ユランズ・ポステンも、それから風刺画を再掲載したドイツの新聞も掲載は表現の自由のためだったといい続けている。 
 
イクバル氏:しかし、デンマークでは誰も表現の自由に挑戦していなかったんだ。風刺画事件の前でも後でも、誰も挑戦していないんだ。だから何故ああいうことをしたのかと思ってしまう。 
 
 私とMUNIDAにとって、平和的に、調和を保ってお互いにこの社会生きるにはどうするかが重要だ。私を殴ってから、尊敬してくれと言われてもできない。私に尊敬してほしかったら、まず私を尊敬することだ。そうすれば、私も相手を尊敬する。その後で私たちはお互いを理解するように努め、話をすることができる。こんな風に、「風刺画を掲載できるぞ、私はあなたよりもっと力があるんだぞ、だからあなたを殴るぞ」、という形ではだめだ。あまり前向きの考え方ではない。 
 
▽カーダー議員には違和感 
 
―風刺画をきっかけに、デンマークのイスラム系国民の一部は過激化したと思うか? 
 
イクバル氏:そうは思わない。イスラム系国民といっても様々だ。私はここで生まれて教育を受け、MUNIDAの仲間もそうだ。ところがデンマークのイスラム系国民の一部は難民だ。例えばパレスチナ、レバノンなどから来ている。戦争が起きているような場所から来た人もいる。全員が同じというわけにはいかない。 
 
 デンマークに来たばかりの人の場合、この社会に欲求不満を感じているかもしれない。私も風刺画を見て苛立ちを覚えたが、本を出すなどが私の怒りの表現方法だ。しかし、表現方法が違う人もいるだろう。例えば、祖国での生活が尋常ではなかった場合、何か暴力的行動に走ったとして、だからといってイスラム教徒全員がそうだとは言えない。特殊な状況にこういう人たちはいたのだから。 
 
―風刺画事件の後、デンマークに住むイスラム教徒は生きにくくなったと思うか? 
 
イクバル氏:それほど大きくは変わっていないと思う。私はここで生まれ育ったからデンマーク社会の価値観を知っている。私が通っていた学校はすぐそこだし、ここら辺で全生涯を過ごした。でも、デンマーク国民全員がイスラム教とはどんな宗教かを知っているわけではない。 
 
 自分の個人的な体験から言うと、イスラム教に関して不満を言っている人は多くない。ただ、風刺画事件はあまりにも大きく報道されたので、人々の心に印象深く残っている。この本でイスラム教徒はどんな人たちなのかを知って欲しい。助けになって欲しい。平和的に暮らすには、互いに良い対話をすることで、そのためにはお互いの価値観を知ることだ。 
 
―「民主ムスリムネットワーク」を結成した、自分自身もイスラム教徒だったナッサー・カーダー議員をどう思うか? 
 
イクバル氏:彼には自分が達成したい目的があるのだろうと思うが、カーダー氏は自分たちを代表していないと思う。 
 
―どういう意味で?「穏健派ムスリム」を代表しているはずだが?あなたも穏健派ではないのだろうか? 
 
イクバル氏:分からない。自分のことは「穏健派ムスリム」だと思っていない。ムスリムかと聞かれればそうだし、穏健でもあるが。イスラム教は穏やかな宗教だと思う。過激主義が入り込む余裕はない。だから、私にとっては、まるで火と水を並べられたようで、過激主義とイスラムとはぴったりこない。 
 
 自分のアイデンティティーでは、私にとってはムスリムであることが最初に来る。でもデンマークに住むことに何の問題も感じない。ITエンジニアという仕事があるし、仕事が好きだし、職場の仲間も好きだ。お互いによく話すし、何の問題もない。今までずっとそうだった。何の問題もなくここで仕事ができるし、信仰を実践するムスリムでもある。お祈りをし、ビールなどのアルコールはとらない。ところが、カーダー議員を見るとムスリムという感じがしない。だから私を代表していない。 
 
―あなたを代表するような人が政治家になれば良いと思うか? 
 
イクバル氏:できればね。誰か私の考えを共有するような政治家がいればいい、と思う。しかし、その政治家がイスラム教徒である必要はない。既にたくさん良い政治家がいるし、ムスリムに関する問題を考えてくれる人がいる。良い政治家だったら、イスラム教徒であるかどうかは関係ないんだ。 
 
          *** 
 
 インタビューはイクバル氏の仕事が終わった後に行われたので、取材後にモスクを出ると、既に外は真っ暗だった。近くのバス停まで送ってくれたイクバル氏と話しながら、イスラム教徒であることと欧州の価値観との間の対立を感じないという言葉を思い出していた。 
 
 イクバル氏が通うモスクのイマーム、アブラバン師は風刺画を見て侮辱を感じ、「アドバイスを求めるため」母国のエジプトを始め中東諸国を回った。同じ風刺画はイクバル氏にとっては「失望」だったが、彼と彼の仲間は、イスラム諸国に共感を求めて出かけるのではなく、旗を焼くのでもなく、裁判に訴えるのでもなく、預言者ムハンマドの本をデンマーク語に訳すことを選択した。 
 
 欧州社会の中で彼らのような新しいイスラム教徒の世代が増え、アブラバン師に代表される言わば旧世代のイスラム教徒が世代交代をして消えてゆくとしたら、表現の自由の信望者たちは挑発する相手を失うことにもなるのではないか。だとすれば、現在起きているような「表現の自由」、「価値観の違い」を巡る摩擦は自然に消えていくことになるかもしれない。(この項、おわり) 
by polimediauk | 2008-03-17 17:42 | 欧州表現の自由

(消えないようにこちらにも入れておきます。
http://it.blog-jiji.com/0001/
私のブログの先生と勝手に呼んでいる、時事通信の湯川さんが、米出張後、おもしろいことをいろいろ書いている。ブログの書籍化や広告の新しい形など。目からウロコです。)

 しばらく止まっていたが、表現の自由+デンマーク・ルポの最後の2つを出したい。今回は、風刺画事件を大きく世界に広げた人物(既に故人)がいた、あるモスク(といっても2階建ての普通の建物をモスクとして使っているだけ)の若手の人に話を聞いた。クールで、頭も良い感じだった。こういう人がこれからのデンマークのムスリムたちを引っ張っていくのだなと思った。事件を通して「学んだ」ことを話してくれた。(2007年の記事であることにご注意ください。2007年=今年、など。)

日刊ベリタ 2007年01月25日掲載
http://www.nikkanberita.com/print.cgi?id=200701251254474

風刺画論争後のデンマーク

「なぜ対話を拒むのか」 ユランズ・ポステン紙を提訴したイスラム教徒カシーム・アーマド氏 

c0016826_8132191.jpg (コペンハーゲン発)2005年秋「ユランズ・ポステン」紙に掲載された、イスラム教の預言者ムハンマドの風刺画は、多くのイスラム教徒にとって冒涜的、侮辱的と映った。衝撃を受けたデンマークのイスラム教徒のイマーム(導師)アーマド・アブラバン師は風刺画を携えて同年冬、中東諸国を回ったが、この訪問はデンマークと一部の中東諸国との関係を悪化させる結果にもなった。エジプト出身のアブラバン師が活動の本拠地とするコペンハーゲンのモスク(イスラム教寺院)を訪ね、風刺画がイスラム教徒の感情を傷つけたとして同紙に賠償金の支払いを要求する裁判を起こしたカシーム・アーマド氏に話を聞いた
 
▽イスラム教徒専用の墓地建設へ 
 
 コペンハーゲン中央駅からバスを2つ乗り継いで到着する、今や有名となったモスクは、外見だけからはモスクとは分からない。大きめの公民館のような2階建ての建物をモスクとして使っているからだ。欧州各国では、イスラム教徒の住民がある程度の数になり影響力を持つようになると、自分たちで資金を出し合ってあるいは地元政府からの資金を援助を受けて、モスクを建設するのが一般的だ。 
 
 デンマークの全人口の約5%にあたる20万人がイスラム教徒と言われているが、この中で熱心なイスラム教信者は1万から2万人とされる。新たにモスクを建設した例は未だない。しかし、イスラム教徒専用墓地の建設がこのほどようやく可能になった。 
 
 アーマド氏は、ユランズ・ポステンに対する裁判を起こすとともに、このモスクに通うイスラム教徒で、「イスラム教徒専用の墓を建設するための理事会」のメンバーでもある。 
 
―何故専用墓地が今までなかったのか? 
 
アーマド氏:中々建設許可が下りなかったからだ。政府当局側は、もしイスラム教徒だけの墓が欲しいなら、まず土地を見つけること、そうすれば墓地の建設許可を与えると言っていた。しかし、毎回私たちが土地を見つけると、「だめだ、そこには墓地は建設できない」とその度に言われた。最終的にブロンビーという町に見つけたのは5年前だ。 
 
 しかしこの土地はコペンハーゲン市が所有していた。コペンハーゲン市、ブロンビー町との交渉の末、提示された購入価格のための資金を24のイスラム教団体が出し合い、ようやく土地を購入することができた。昨年9月には文部大臣やこのモスクのアブラバン師が建設予定祝賀式に出席した。 
 
―国内で初めてのイスラム教徒専用の墓地か? 
 
アーマド氏:そうだ。現在のイスラム教徒の墓はキリスト教徒の墓地の一部を使っている。 
 
―風刺画事件の時、イスラム教徒の墓が頻繁に攻撃されたと聞く。本当に攻撃されたのか? 
 
アーマド氏:本当だ。墓が攻撃されると、私たちは教会に連絡を取って、警察に近隣をもっと頻繁にパトロールしてくれるよう頼んだ。警察は助けてくれるが、完全になくすることはできないと思う。イスラム教徒だけでなく、ユダヤ教徒やキリスト教徒の墓も攻撃されている。 
 
─建設開始はいつ頃か? 
 
アーマド氏:まだ分からない。建設費用が必要になり、今メンバーから資金を募っているところだ。 
 
―デンマークでモスクが建設されたことはないのか? 
 
アーマド氏:正式にはない。 
 
―欧州各国ではどこでもモスクが建設されている。デンマークでこれができないのは数が少ないせいか? 
 
アーマド氏:違う。力が弱いからだ。20万人しかいないし、建設するだけの資金がない。モスクが建てられるような場所はあるけれど、土地取得にかなりの金額が必要だ。 
 
▽「私たちはナイーブだった」 
 
― 風刺画事件では、政府は独立メディアへの干渉をしないということで、アブラバン師を始めとするイスラム教徒側への支援をしなかったが、現在、政府との関係はどうか? 
 
アーマド氏:良好だ。政府との間に問題はない。問題は風刺画とユランズ・ポステン紙だ。私たちは、ユランズ・ポステンと友好的な対話の場を持とうとしていた。表現の自由に関する原則を話し合おう、と持ちかけた。ユランズ・ポステン側はこれを否定してきた。言いたいことがあれば裁判所で訴えを起こしなさい、と。 
 
 こんなことでは話し合いはできない。こちらは尊敬について話している。ユランズ・ポステン側はこちらに敬意を払うべきだし、宗教の象徴に考慮して欲しいと思っている。しかし、新聞社側は表現の自由には限度がないという。デンマーク社会では神を含めて全てが風刺の対象になる、と。 
 
―この問題は世界中に広がった。暴力が起きた場所もあったが。 
 
アーマド氏:起きたことに関しては残念に思っている。しかし、ともに腰をおろして話し合いができれば、解決できると思っていた。政府とも対話の機会を持ち、風刺画掲載を非難するべきだ、と言った。そうでないと、政府がまるでユランズ・ポステンの側にいるように見える、と説明した。政府側はこれを拒絶した。「非難するというのは政府の見解ではない、報道は自由であり、どんな圧力もかけない」、と。 
 
 もちろん、そんなことは知っている。しかし、当事者全員がこの問題を間違って解釈していた。 これほど大問題になるとは思わなかった。随分たくさんのことを学んだ。私たちはナイーブだったのだ。私たちも、政府も、新聞社もそれぞれ間違いを犯した。当事者全員が事態の展開に責任がある。 
 
―これからも同様の事件が起きると思うか? 
 
アーマド氏:起きるだろうと思う。今度そうなったら、私たちは何も言わないだろう。私たちは、風刺画の件で、あらゆる市民的な方法を使って抗議をしようとした。世界の全イスラム教徒たちに向かって、デンマーク製品の購入ボイコットをするな、デンマークの旗を焼いたり、大使館を攻撃してはいけない、と呼びかけた。しかし、コントロールできなかった。すべてをコントロールはできない。 表現の自由や新聞をコントロールできない政府と同じだ。 
 
―しかし、声をあげなければ、あなたたちの心の痛みが伝わらないのでは? 
 
アーマド氏:いや、行動を起こしたくない。 
 
―それでは、もし新聞が同様のことをしたら、あなたたちは何もしないのか? 
 
アーマド氏:しない。私たちを挑発するためにやっているのは明らかだ。 
 
―何もしないというのは、あなたたちが何かをすると、必ずだれかがあなたたちの行動を使おうとするからか? 
 
アーマド氏;そうだ。昨年9月のローマ法王のイスラム教に関する否定的な発言を思い出して欲しい。数年前には、イスラム教徒の女性が不当に扱われているとする映画の脚本を書いた、(当時)オランダの国会議員アヤーン・ヒルシアリ氏がデンマークに来たことがあった。ヒルシアリ氏は、首相から自由の賞をもらった。その後でユランズ・ポステンの風刺画事件が起きた。 
 
こういう状況下では、私たちはデンマークの小さなイスラム教徒のグループだし、こちらが行動を起こすことで攻撃を受けることを恐れている。 
 
▽デンマーク人のイスラム教徒であり続けたい 
 
―それでもデンマークに住み続けるのか? 
 
アーマド氏:そのつもりだ。デンマークは私の国だから。私はデンマーク人のイスラム教徒だ。デンマークには私の居場所がある。問題はない。 
 
 しかし、誰かが私たちを挑発しようとする。デンマークや世界中にいるイスラム教徒たちに冷戦を仕掛けようとする。私たちの顔につばをかけ、イスラム教徒であるというだけで私たちをテロリストだと呼びたがる。しかし、関係ない。私たちはイスラム教を信じているし、イスラム教は世界で最高に美しい宗教だ。何があっても信仰は変えない。 
 
―風刺画事件の後、デンマークに住むイスラム教徒を巡る状況をどう見るか? 
 
アーマド氏:イスラム教徒は以前よりも力をつけていると思う。デンマーク人は、イスラム教に関してもっと知りたがっている。風刺画事件が大きくなった時、毎年開催しているオープン・モスクという日に、いつもは100人から150人ぐらいが来るのだが、今回は300人来た。もっと理解が深まれば、情報を持ってくれれば、こちらも助かる。できる限りイスラム教に関する情報を伝えたい。私たちの新しい使命だと思っている。 
 
 私はこの国の将来に関して楽観的だ。もっともっと多くの政治家が私たちの声に耳を傾けるようになると思うし、政府も社会ももっと深い理解ができるようになると思う。風刺画事件の前と後ではデンマークは変わった。今はデンマークで何かが起きたら、それが世界中に伝わる可能性があることを人々は知っている。 
 
 私はレバノンで生まれ、19歳でデンマークに来て今は36歳となった。デンマークで勉強して学位を取り、ITコンサルタントとして働いている。本当にデンマークは自分の国だと思う。デンマークの表現の自由を享受している。 
 
 私は今いろいろなことを言ったが、警察が来て私を捕まるということはない。風刺画が問題になってから、私はしょっちゅうテレビにも出てきたし、新聞にも取材された。それでも警察や政府が文句を言ってくることはないのだ。 
 
 これはとてもすばらしいことだし、自分は自由な人間なんだな、と感じる。何がやりたいかを自由に話せるのだ。何とすばらしいのだろう。 
 
―今後は? 
 
アーマド氏:私たちは、ユランズ・ポステンと文化部長のフレミング・ローズ氏に対し、風刺画に感情を傷つけられたとして賠償金を求める裁判を起こしていた。昨年10月末、裁判所は風刺画が「イスラム教徒の一部の名誉を傷つけたことを否定できないが、イスラム教徒を矮小化する目的で描かれたのではない」として、訴えを却下したが、今後も必要があれば裁判所などを通じてこちらの主張を出していきたいと思っている。(つづく:次回はこの項の最後) 
by polimediauk | 2008-03-16 08:14 | 欧州表現の自由

Poreporeさま

 長いコメントが入らないコメント欄で、我慢強くコメントありがとうございました。

 いろいろな点を考えさせられ、どのように答えたらいいか?と思ったのですが、メディアに関係のある点に関し、「当のデンマークでは、どういう形でメディアで発信されておられるのでしょうか。あくまで国内をターゲットにしたデンマーク語による発信が中心なのか、それとも海外向け、それも欧州のみをターゲットにしているのか、あるいはイスラム圏も含む広範囲なまでの論争となるように発信しているのか」―というご質問がありました。

 私がこれまでに見聞したところでは(デンマークに実際に暮らしている方でほかの見方を持たれる方のご意見、歓迎します)、

――デンマークのメディアは、デンマーク語であるせいもあって(一部英語メディアは除く。特に英語のコペンハーゲンポストは、空港でも配られているので、海外からの訪問客に向ける、という意味もあるそうです。実際、投書は世界中から来るそうです、編集部談)、デンマーク国民向け、がもっぱらです。
―しかし、例の風刺画事件が世界中に飛び火して、そこで初めて、デンマーク国内で書いていることでも、世界の読者の目に触れることが改めて認識された、とよく聞きました。
―その後の反応としては、デンマーク語新聞であっても、トピックによっては海外に翻訳されてしまう、何らかの影響が出てしまうことが頭の片隅に入るようになったと言えるのではないか、と見ています。実際、ユランズ・ポステンのライバル紙「ポリティケン」の編集長は、一時期、故意に外国メディアの取材にどんどん応じていました。国際世論を味方にしたい、ライバル紙を攻撃したい、自説(ムスリムの権利の保護)を広めたい、という思いがあったのでしょう。後に、この人は一部始終を本にしました。
―現在は、風刺画のようなトピックに関しては、一挙一動が中東や欧州、あるいはほかの国に翻訳されて伝わる、ということが認識されていると言っていいのではと思います。

 メディアが危機をあおる、あるいは政治的な要素が背景にある、というの確かにあると思います。
 
 デンマーク風刺画の「危機」ですが、2006年の危機に関する限り、暴動が起きたのはパキスタン、シリア(国家が主導??)など、デンマークの外の出来事で、デンマーク国内では同様の行為は起きなかったと記憶しています。

 デンマークにとっての危機は、今回の、ある男性のインタビューのように、風刺画がきっかけとなった事件なのに(「風刺画事件」と呼ばれる)、デンマーク内では「ムハンマド危機」、つまり、ムスリムたちの事件として認識されていることに如実に現れているようにも感じます。

 今私の住む英国や、他の欧州の国でムスリムの多いところと比べると、デンマークのムスリムたちは数が少なく、モスクもまともなものはほとんどないようです(既存の建物をモスクとして使うのみ)。

 少数民族的な存在のムスリムたちを、「表現の自由」という名の下に、故意に挑発した事件という面があったと私は受け取っています。

 どうして挑発したかなあと、根っこのところを考えると、学校でもちょっと変わった服装をしている人をいじめたくなる、そんな気持ちもあったのかなあと思います。オランダの反ムスリム感情にも、「西洋の洋服を着ず、ビールを飲まず、サッカーもしない人たち」への違和感もあるのだろうか、と。・・あくまでも私の推測ですが。

 ある社会の少数派たちがどんな風に扱われているのか、という点に注目すると、どの社会でもいろいろ、見苦しい面が出るようにも思います。私が欧州のムスリムの問題に注目するのも、私自身が外国人だから、というのもあるのです。どうにも人事ではない思いを抱いています。


風刺画論争から1年のデンマーク・6 「風刺画事件で社会融合の努力が水泡に」 「新デンマーク人」のアヤーン・カーン氏

日刊ベリタ 2007年01月22日18時11分掲載
(2007年の記事であることをご了解ください。今年=2007年など)

c0016826_8234335.jpg(コペンハーゲン発)イスラム教の預言者ムハンマドの風刺画掲載は、異なる価値観を持つイスラム系移民とどのように向き合うかを欧州社会に問う事件でもあった。移民問題に関するシンクタンク「新デンマーク人」(「新デンマーク人」とは移民を指す)のアナリスト、アヤーン・カーン氏はデンマークで生まれ育ったが両親はアラブ国家の出身。国内での移民の位置と風刺画事件の影響に関する「個人的見解」を語ってもらった。 
 
▽「彼ら」と「私たち」 
 
―デンマーク紙のムハンマドの風刺画掲載は、広い意味ではイスラム教世界とキリスト教世界の対立の様相を見せた。デンマーク国内ではこうした対立はあったのだろうか? 
 
カーン氏:私が見るところでは、国内でキリスト教のバックグラウンドを持つ人とイスラム教のバックグラウンドを持つ人の間で、宗教を巡っての大きな対立はこれまでなかったし、これからもないと思う。 
 
 ただ、「イスラム教徒」、「イスラム諸国」、あるいは「移民」という時、非常に広い範囲の話をしていることに気づいて欲しい。イスラム教と言ってもシーア派、スンニ派、またアラブ人なのか、アジア系か、あるいは熱心なムスリムなのかそうでないのかによっても見方が変わる。 
 
 デンマークのムスリムに関しては第1世代か、第2世代か、高等教育を受けているのかどうか、高齢者か男性か女性か、女性でも子供がいるどうか、また、結婚しているか、いないかで受け止め方が変わる。 
 
 それでも、国内のムスリム移民の中では、「彼ら」(先住デンマーク人)と「私たち」(移民)という意識は、あまりうれしいことではないが存在する。 
 
―「彼らと私たち」という感情は強まっているのだろうか? 
 
カーン氏:これもどの人たちを話しているかによる。宗教心の強い人に関していっているならば、そうだ、といえる。 
 
 外部的要因としては、私たちはグローバルな世界に生きており、アフガニスタンやイラン、イスラム系諸国で起きたことに影響を受ける。そこで「私たち(ムスリム)と彼ら(非ムスリム)」という感覚を起こさせる。 
 
 内部要因としては、国内では数年前から移民に関する非常に厳しい議論が起きている。移民の社会融合に関して話すとき、政治家は非常に攻撃的、否定的なトーンで話す。 
 
―その理由は? 
 
カーン氏:私の見るところでは、長い間、デンマーク社会はほぼ完全に近かったと思う。教育は最高レベルだと自負していたし、医療サービスにも問題がなく、失業率も高くなかった。政治家が議論をするような大きな問題がなかった。それで、移民が焦点の一つとなった。 
 
 右派のデンマーク国民党は反移民キャンペーンに力を入れ、移民たちが集団レイプを行った、移民による犯罪率が高くなった、だから移民の流入を止めなければならない、と訴えた。次第に、移民には何か問題がある、というイメージができていった。特に2001年、現政権になってからはその傾向が強まった。 
 
 今では、移民の社会融和に関してポジティブなことを言う政治家は誰もいないと見ていい。しかし、10万人の新デンマーク人が労働市場にいるのも事実だ。グラスの半分が一杯と見るのか、あるいはまだ一杯ではないと見るかによるが、労働市場にいることは必要されている、ということだ。 
 
―移民あるいは親が移民だった場合の差別はどうか? 
 
カーン氏:17-18歳の移民出身者に差別があるかと聞けば、クラブに入れないから差別はある、というだろう。仕事が見つからない時も、差別されていると感じるだろう。また、新聞では風刺画やイスラム教、移民一般に関するニュースの殆どが否定的な文脈で語られているため、多くのムスリムたちは自分たちが社会から歓迎されていないと思うようになる。「状況は悪くは無いが、尊敬されているとは感じない」、と言うのが答えになるだろうか。 
 
―雇用面ではどうか? 
 
カーン氏:移民出身ということで断られる人もいるが、一方では、雇用される人もたくさんいる。移民と言っても誰と比較するかで変わってくる。移民がデンマークに来るようになって既に30年経っており、丁度、教育を受けた移民が増え、雇用面でも花開いているところだと思う。 
 
 注意したいのは、多くのデンマーク人が移民のことを知らない、友達がいない、という点だ。遊びでも一緒にならない。唯一移民のことを知るのは否定的な文脈のメディア報道を通してだ。 
 
 平均的デンマーク人からすれば、移民が問題に見える。実際にコンタクトがないので、そう思ってしまう。政治家やメディアにはこうしたイメージを変える責任、役割がある。 
 
▽表現の自由には責任が伴う 
 
―ムハンマドの風刺画問題についてどう思ったか? 
 
カーン氏:今「風刺画問題」といいましたね?デンマークでは「ムハンマド危機」と呼ばれている。「ムハンマド危機」と呼んでいるうちに、イスラム教自体やムハンマド側に問題がある、という考えるようになってしまう。「政府の危機」、「風刺画の危機」、「ユランズ・ポステンの危機」とも言えるが、「ムハンマド危機」という言い方を選択した。この表現にデンマーク国民の受け止め方が現れている。 
 
 殆ど誰も報道しないが、デンマークではイスラム教徒による目立った暴力事件はなかった。民主主義的価値観がデンマークにいる全ての人に非常に深く根付いているので平和的な抗議デモが起きただけだった。 
 
 ありとあらゆる議論が起きたが、中心になったのは民主主義、表現の自由、それにデンマークの価値観だった。 
 
―「デンマークの価値観」とは何か?民主主義的方法を使って、自分の意見を表明すること? 
 
カーン氏:そうだ。もしデンマーク人に、デンマークの価値観とは何かと聞けば、民主主義と表現の自由と言うだろう。ムスリムたちもここに住み、デンマークの価値観に基づいて、自分たちの意見を表明し,立場を明らかにしていた。この点に私たちは注目するべきだと思う。 
 
 この事件を通じて、デンマーク国民は自分自身のことを振り返った。それまで、デンマーク人といえば、いいやつ、ということだったと思う。正しいことをしている、と。環境、人権などの意識が高く、平和を愛する国と見られていた。ところが今は、世界はデンマークを非常に閉じられた国だと見ている。他の文化に対して排他的な国である、と。デンマーク国民としては悲しい。 
 
 過去30年間、人々は一生懸命働き、移民の社会融和が進むように努力してきた。しかし、特に2001年以降、社会融和は宗教の問題だと見なされるようになった。これは正しくないと思う。移民全員が(大多数のキリスト教徒から見れば異教徒である)イスラム教徒ではないし、イスラム教徒にも様々な宗派の人がいて、出身国も違う。風刺画事件が起きて、社会融和の面では今までの努力が水の泡になったことを悲しく思う。 
 
―イスラム教のバックグラウンドを持つナッサー・カーダー議員が中心となって立ち上げた「民主ムスリム・ネットワーク」に関してどう思うか? 
 
カーン氏:「ムスリム」という言葉を使っているのがひっかかる。他の言葉を使っているなら、私はいいと思う。しかし、民主的ムスリムというのはどうだろうか。私の父はアラブ諸国からデンマークにやってきて、30年経つ。父は常に民主主義者だし、ムスリムなので、「民主的ムスリム」だった。しかし、自分を民主的ムスリムと呼ぶ必要があるのだろうか。 
 
 ネットワークが立ち上げられた時、「あなたは民主的ムスリムか、もしそうでないならば、あなたは右派のイスラミスト(=イスラム教原理主義者)だ」、と言っていた。これは悲しい。 
 
 90%以上のムスリムが、自爆テロを起こそうとは思っていないし、無実の人を殺そうとも思っていない。しかし、ムスリムであるというだけで、通りに出て、自分はそうではない、と言う必要はないはずだ。 
 
―欧州には既にかなりの表現の自由があったという見方がある。ユランズ・ポステンは何故わざわざ表現の自由に挑戦する必要があったのか。 
 
カーン氏:私も分からない。何故メディアがそうしたのか。 
 
 表現の自由は大切だが、何をどこまで批判するのかを学ぶには教育が必要だ。イスラム教やキリスト教に関して、人々は十分には判ってない。あのような風刺画はある人たちにとっては非常に衝撃的で侮辱だったが、次回はどうするべきか。デンマークには風刺がきいたユーモアを楽しむ歴史があり、首相でさえもかなり戯画化した風刺画が描かれる。何をどう言うかの判断は難しい。自分自身も表現の自由にいかなる限度があるべきかに関しての考えは定まっていない。 
 
―表現の自由を最優先する考えをどう思うか? 
 
カーン氏:馬鹿馬鹿しいことだ。誰しも考えていることを全ていつも言っているわけではない。時々、私たちは馬鹿馬鹿しい事をする。私が何かを言うとき、人々に対する敬意の念から全ては言わない。もちろんだ。誰もそうしていない。誰もだ。他人と意見が合わなくてもそれをいつも口に出すわけではない。表現の自由には責任が伴う。(つづく) 









by polimediauk | 2008-02-16 08:25 | 欧州表現の自由
 昨日、12人の風刺画家の中の1人を暗殺する計画をデンマーク当局が察知し、反テロ法を違反した疑いで3人を逮捕した。

 ユランズ・ポステン紙の該当英語記事と、問題となった風刺画の1枚は以下のアドレスから、ユランズポステンのサイトに入り、右端のターバンを巻いた画像下の英語の表記をクリックすると見れる。

http://jp.dk/

 コペンハーゲンポスト紙によると、2005年9月には他のデンマーク紙はユランズポステンの風刺画を再掲載しなかったが、今回は、大手新聞の殆ど全紙が再掲載したという。

http://www.cphpost.dk/get/105596.html

 昨年初頭、コペンハーゲンで風刺画問題の背景を探った連載をベリタに出した。その5から8を出してゆきたいが、今回はムスリムたちに話を聞いた。(文章の中で年月の表記は2007年当時の表記になっています。今年=2007年など。ご留意ください。)

風刺画論争から1年のデンマーク・5
「イスラム系移民への雇用提供に奔走」 民主ムスリム・ネットワークのエルベド氏


日刊ベリタ 2007年01月20日10時34分掲載

c0016826_19454498.jpg (コペンハーゲン発)「ユランズ・ポステン」紙のムハンマド風刺画がイスラム諸国で次々と抗議運動を発生させていた頃、デンマークでは、シリア出身の国会議員ナッサー・カーダー氏が中心となって、市民団体「民主ムスリム・ネットワーク」が結成された。民主主義、人権、法のルールを宗教上の価値観よりも優先する同団体は、瞬く間に支持者を増やしたが、国内のイスラム教徒(ムスリム)を二分したとも言われる。ネットワークの中核グループの一人で、結成直後に会ったことのあるファティー・エルベド氏に、その後の動きを聞いた。
 
▽「人気は上々」 
 
―結成からそろそろ1年だが、最近の状況は? 
 
 エルベド氏:人気は上々だ。「カチネット」という会社が昨年7月に行った調査によると、イスラム教徒の国民の中で、ネットワークは14%の支持率を得た。正式には3月結成なのでほんの数ヶ月でこれほど人気が出たことになる。一方、(風刺画を抱えて中東を訪問した)イマームのアーマド・アブラバン導師が率いるイスラム教徒のグループへの支持率はたった3%だった。 
 
 掲載から1年経ち、カーダー議員はネットワーク立ち上げが表現の自由に貢献したということで、ユランズ・ポステン紙が創設した「表現の自由賞」を受賞した。 
 
―会員数は? 
 
エルベド氏:「正会員」としては1100人だが、支援者と言う部類の人も入れると何倍にもなる。今まではコペンハーゲンが中心だったので、全国に地方支部を作ろうとしているところだ。 
 
―活動内容は? 
 
エルベド氏:一つにはセミナーやワークショップの開催だが、昨年9月30日には「風刺画掲載から1年―何を学んだか?」というテーマで国際会議を開いた。米国、フランス、エジプトなどから学者やパネリストを呼び、イスラム教を批判的に見ることをテーマに議論を行った。メディアでも大きく報道された。 
 
 もう一つは労働市場に関しても行動を開始している。ムスリムのバックグラウンドを持つ人を対象に求職フェアを開くために奔走している。8月末開催したフェアは非常に好評で、23社が参加し1000人が訪れた。移民融合省や「新デンマーク人」という団体、それに商工会議所とも協力をし合っている。今後は2,3ヶ月ごとに同様のフェアを開催していくつもりだ。社会融合と雇用市場の開拓の支援に力を入れている。 
 
―ムスリムたちの失業率は高いのか? 
 
エルベド氏:残念だがそうだ。理由はいろいろある。景気は良く失業率も全体では低いのだが、イスラム教徒となると失業率は高めになる。ネットワークの力で雇用の機会を提供したい。 
 
―活動の資金源は? 
 
エルベド氏:人材を必要としている企業などからの寄付が主だ。このネットワークの支援団体が資金集めを専門に行なっている。 
 
―何故企業はネットワークの活動を助けるのか? 
 
エルベド氏:利益にかなうからだ。私たちは、企業に話しかけるとき、こう言う。「イスラム系青年たちの雇用はネットワークだけの仕事ではなくて、社会全体の義務でもある」と。もし私たちが過激主義、原理主義などから若者たちを遠ざけておきたいなら、若者たちに何かやること、つまり仕事を与えなければならない、と。雇用を見つけることで、ムスリムの若者たちに対しては、「社会があなたたちのことをケアしていますよ」、というメッセージを伝えることができる。雇用を提供することは自分たちの会社だけでなく社会全体にとって恩恵がある、という認識を持ってもらうようにする。 
 
▽「イスラム教徒」ひとくくり視は減る 
 
―イスラム教徒の観点からすると、デンマークは事件後どう変わったか? 
 
エルベド氏:もはやデンマークでは、「イスラム教徒は…」とは誰も言わない。「この宗派の」あるいは「こういうグループのイスラム教徒は…」という言い方をする。デンマークに住む20万人のイスラム教徒は一人ひとりが違う。それを「イスラム教徒は…」として、ひとくくりにして言って欲しくない、というのが、ネットワーク結成時の私たちの言いたかったことだった。今からすると当たり前のことだし、デンマークの政治の現場ではもう既にそうなっている。 
 
―「政治の現場では」とは? 
 
エルベド氏:例えば、(反移民で右派の)デンマーク国民党は、かつて「イスラム教徒は」と言っていたが、今は、「イスラミスト(イスラム原理主義者、過激主義者)は」と言う。区別をするようになったということだ。 
 
─国内ではネットワークに対する批判が高いと聞く。デンマークでイスラム教徒だと「民主的ムスリムだ」と表明しないと、イスラミスト、つまりテロリスト予備軍に見られてしまうことの窮屈さを指摘する人もいるが、どう思うか。 
 
エルアベド氏:確かにそういう状況はある。しかし、批判者たちの言うことを聞くと、実はこのネットワーク自体を否定しているのではなく、リーダーとなっているカーダー議員を批判している場合がほとんどだ。「このネットワークの悪いところを言って欲しい」と言っても、相手からの答えはない。ネットワークはイスラム教徒のために活動をしているので、反論ができないのだ。 
 
 このネットワークの活動の中で強調しているのは、「自分たちがデンマーク人だ」と表明することの重要性だ。まず最初に来るのがデンマーク人であること。次にパレスチナやトルコ出身だという要素もある。しかし、とにかく第一がデンマーク人であることなんだ。自分が生活している社会を受け入れることが社会融合の最初のステップになる。どうやって自分が住む社会を受け入れるか?それはその社会の価値観を受け入れることだ。 
 
―カーダー議員はネットワークを母体にして新しい政党を作ろうとしていると言われているが? 
 
エルベド氏:ない。絶対にない。 
 
―何故か? 
 
エルベド氏:それは、ネットワークの目的は自分たちがこの社会の中の一部であることを示すことだ。独自の政策を実行するためではない。このネットワークには様々な政党、様々な意見を持った人がいる。多様性がある。一つの政治的考えがあるのではない。

▽「イスラム政党はいらない」
 
―国内にイスラム教の政党があるべきだと思うか? 
 
エルベド氏:全く思わない。そんなものができないように闘うだろう。 
 
 ここデンマークでは宗教には何の意味もない。だから、一定の政治的影響を及ぼしたいと考える時、宗教は問題にならない。既に政党があるし、それで十分なんだ。もし新しい政党を作りたいんだったら、環境に優しい政党とかを作ればいい。イスラム教の政党を作りたいなんて考えている人はいない。 
 
 よく誤解されるけれど、このネットワークを新政党の母体に、ということは絶対にない。カーダー議員は社会自由党の議員で満足している。 
 
▽風刺画事件の功罪 
 
―ユランズ・ポステンに掲載された12枚の風刺画についてどう思うか?振り返ってみて、デンマークにとっては良かった点もあると思うか? 
 
エルベド氏:ある意味ではそうだ。風刺画事件の後で、良いこともたくさん起きた。結果として、イスラム教徒に対しての関心が高まったし、社会全体で何かをしよう、イスラム教のバックグラウンドを持つ人と対話しよう、仕事の面で助けよう、とう意識的な動きが出てきた。 
 
―マイナス面は? 
 
エルベド氏:右派政党が支持を増やしたことだろう。事件の直後、非常に支持を増やした。今はそうでもないが。右派の国民党の支持率は現在3%ほどで、これ以上大きな影響力を持つようにならないことを願っている。 
 
―1年経って状況は落ち着いたようだが。 
 
エルベド氏:そうだと思う。 
 
―ユランズ・ポステン紙は例の風刺画を掲載するべきではなかったと思うか? 
 
エルベド氏:掲載する権利はある。もっと知恵を働かせた風刺画だったらな、と思う。風刺画と同時に掲載された、ユランズ・ポステンの文化部長フレミング・ローズ氏の文章には怒りを感じた。その記事の方が風刺画よりも悪影響を及ぼしたと思う。 ローズ氏は「お前たちイスラム教徒は侮辱されることを受け入れるべきだ」と書いていた。 
 
―攻撃対象はイスラム教徒だった、ということか? 
 
エルベド氏:そうだと思う。記事がなかったら誰も反応しなかったのではないか。絶対にそうだ。世俗派ムスリムと自分を呼ぶほど、イスラム教が生活の中にほとんど入ってこない私でも、侮辱されたと感じた。風刺画よりも記事のほうに侮辱を感じたのだ。「これをお前たちは受け止めるんだ」という形で出されたからだ。 
 
 私自身もユランズ・ポステン側に対して怒りを感じたが、それでも、デンマークのイマームたちやイスラム諸国に住むイスラム教徒の抗議者たちの過剰反応は、風刺画自体よりももっと大きな損害をイスラム教徒たちに与えたと思う。 
 
 ローマ法王の預言者ムハンマドに関する否定的な発言でも同様な反応が起きた。批判されたからと言って、あんなふうに過剰反応しないことが重要だと思う。デンマークの風刺画事件が、人々が何かを学ぶ機会になれたらと思う。(つづく) 
by polimediauk | 2008-02-13 19:50 | 欧州表現の自由

c0016826_751312.jpg
 デンマーク紙「ユランズ・ポステン」に2005年掲載された、12枚のムハンマドの風刺画の中の1枚を描いた風刺画家を殺害しようとしていた3人が、12日、デンマーク当局に逮捕された。

 BBCニュースによると、ポステン編集長は、「爆弾を仕掛けたという脅しが出たことはあったけれど、風刺画家を殺そうとするなんて、驚いた」と報道陣に語っていた。新聞社は3ヶ月前からこの殺害計画のことを警察から聞いていたという。

 風刺画家と家族は現在、自宅にはおらず、秘密の場所で生活している。BBCの取材に、「風刺画を描いただけでここまでの犠牲を強いられるとは思わなかった」と語っている。警察の保護は一生涯続くようだ。

 逮捕された3人の中で、2人がチュニジア人で、もう一人がモロッコ系デンマーク人。チュニジア人の一人の妻がBBCの記者に語っているところによれば(真っ黒のブルカを着て、目だけが見えていた。普段もこのブルカを着ているのか、撮影のためにそうしたのかは分からない)、「主人は殺害を計画したりするような人物ではない。静かで、対立を好まない」と話していた。単に巻き込まれただけなのか、あるいは誰かの陰謀なのかどうか?

http://news.bbc.co.uk/1/hi/world/europe/7240481.stm


 デンマークの情報機関によると(BBC)、長い間この3人を監視した結果の逮捕だったという。

 風刺画事件が一段落したと考えたデンマークの多くの人にとって、驚きとして受け止められているという。

 私も驚いた。デンマークではこういうことは起きないのではないか?と思っていたからだ。

 それにしても、殺害計画があったとすると、ますますムスリムに否定的な論調が広がってしまう。もちろん、殺害計画を立てる人たちはムスリムたちの代表者ではないのだけれども、「やっぱり・・・」と受け止められてしまいがちなのが困るのだ。

 ブルームバーグによると、ラスムセン首相は「不幸なことに、デンマーク国内にはデンマーク社会の基本原理を認識しない、あるいはこれに敬意を払わない過激主義者たちがいる」と述べたそうだ。「デンマーク政府は言論の自由への攻撃を非常に真剣に受け止めている。デンマークでは、人は思考や言論の自由だけでなく、何を描くかの自由もある」。

http://www.bloomberg.com/apps/news?pid=20601088&sid=aPQVFq1li4Go&refer=home
by polimediauk | 2008-02-13 07:51 | 欧州表現の自由
 トルコのスカーフのニュースが日本でも報道されるようになったようだ。ヤフーのコメント欄を見ると、「宗教って難しい」というコメントが。一般的に、宗教と言うとやはり日本にいると遠い感じがする人が多いのかもしれない。特にイスラムとなるとそうなのだろう。

 ここ英国では宗教の話で、ここ2-3日、議論百出状態となっている。このトピックを拾っていたのが産経新聞だ。本当に細かくきちんと追っているなと感心してしまう。

 ヤフーからコピーしてみる。

 英国国教会大主教「イスラム法部分適用」 「1国2制度になる」論争に 2月9日16時10分配信 産経新聞

英国国教会の最高指導者、カンタベリー大主教が7日、英BBCラジオの番組で、英国内で「シャリア法(イスラム法)」を部分的に適用することは「避けられないと思う」と述べ、大論争を巻き起こしている。

 大主教は、英国内の移民が持つ抑圧感を和らげるためには、すべての移民社会が公的手続きに参加できるようにすることが重要との認識を示し、「シャリア法の一部を適用することを考える余地がある」として離婚手続きを一つの例に挙げた。

 英国には約160万人のイスラム系移民が地域社会を形成しており、離婚や結婚では英国の司法体系とは異なるイスラム独特の手続きを取っている。英国と母国で一人ずつ妻を迎える例もある。

 シャリア法には、公開処刑やムチ打ちの刑、女性差別など人権問題に発展する内容も含まれているため、大主教は、過剰な刑罰や女性差別は認められないと強調した。

 しかし、1国2制度を認めると法の支配を根幹から揺るがしかねない。英首相官邸の報道官は「英国の法律に違反する行為をシャリア法で正当化することは認められない。シャリア法を民事裁判に適用すべきではない」と即座に大主教の考えを退けた。大主教周辺からも「発言は英国を驚かせた」などと批判的な意見が相次いだ。(ロンドン 木村正人記者)


 今のところ、英国内では大主教の発言に否定的な見方が多い。擁護者及び本人は、後になって、「英国の法律とは別の法律体制を作るべきと言ったわけではない」などと弁解しているが、どうも変だ。

 十分に説明せずにこのような発言をしたことだけで、軽率な感じがするが、真意が今でも十分に分かりかねる。

 私はいろいろな理由から、シャリア法を入れる、その考え方を反映させることに反対である。一つには、「法の前で英国民が平等」という原則が崩れる。何世紀もかけて、宗教と法を切り離してきた、世俗主義の流れに逆行する。何故イスラム教だけを特別とするのか?

 特に、離婚や遺産相続などの面でシャリアの考えを反映させたいようだが、これにも反対だ。例えば、記事の中にもあったが、先のテレビ番組で見たのだが、英国では複数の相手と結婚することは禁じられているが、シャリアでは禁じられておらず、パキスタン系英国人の女性は、夫がパキスタンにも妻がいることで、非常につらい思いをしていた。

 キリスト教でも、カトッリクの場合、中絶はしてはいけないことになっている。これがもし英国の法律に入ったら、中絶は違法となり、違法した人は罰せられる。これが現代に即していないことは明らかだ。

 「法の前の平等」原則が崩れてしまう点が一番気になる。一定の宗教・信条を持つ人が「法の外」の存在として扱われてしまうなら、めちゃくちゃになってしまう。

 ある国の法律の背後にはその国の文化やそれまでの経緯、歴史がある。一夫多妻制がある国の法体系の女性の地位、財産権、離婚の条件などは、一夫一妻を取ってきた国(英国など)の女性の地位、財産権、離婚の条件などとは異なるだろう。英国に居住する、ある女性は、「イスラム教徒の女性」という存在なのか、それとも「英国民の女性」という存在なのか?自分は「英国市民」という意識であっても、「イスラム教徒だから」と、別の決まり・法体系で扱われたら、どう感じるだろう?

 私はこれまで、欧州の中のイスラム社会・文化とホスト社会の文化との融合に関して考えをめぐらせてきた。ホスト社会がもっと変わるべきとも主張してきた。しかし、どこかで互いに結びつくための共通の価値観を共有することは非常に重要だし、これは譲れないものと思う。価値観の「同化」ではなく、互いに了解の上の、「共有」が肝心だ。

 現在の英国において、シャリア法の一部反映は社会をばらばらにするだけのように思える。

 「多文化社会」と言われてきた英国で、本当の議論が始まりつつあるような気もする。多文化の否定は知識階級では一種のタブーになってきたからだ。

****

 デンマークの話に戻ると、風刺画を掲載した「ユランズ・ポステン」には、「同化」の強要を私は感じてきた。後で風刺画を掲載したドイツの新聞の編集長の「私たちの」価値観という表現にも。

 この事件では、英国と比較して、デンマークやドイツは、イスラム社会に対し、ホスト社会の価値観を「当然のもの」として押し付けた印象を持った。多文化礼賛がある意味では行過ぎているかもしれない英国とは大分違う感じがしている。(実際のところ、英国の新聞は国内のイスラム教徒からの反発をおそれ、再掲載をしなかったのだから、確かに違うのだ。)

ルポ:風刺画論争から1年のデンマーク・4
「教訓得たが編集方針は変わらず」 ユランズ・ポステン紙の総括


日刊ベリタ 2007年01月19日掲載
(注:今年=2007年などであることをご留意ください。)

(コペンハーゲン発)表現の自由に関する論争を世界中に引き起こしたデンマーク紙「ユランズ・ポステン」は、イスラム教の預言者ムハンマドの風刺画掲載を現在どのように見ているのだろうか?論争が欧州から世界に広がった昨年年頭、編集長や文化部長などがメディアに頻繁に登場し掲載に至る経緯や心境を語っていたが、現在は「風刺画に関する取材には一切応じない」という原則を通している。そこで、風刺画掲載から1周年の同紙記念号とライバル紙「ポリティケン」を中心に、その後の見方を紹介する。 
 
▽世論は掲載支持が半数以上だが… 
 
 ムハンマドの風刺画12枚がユランズ・ポステン紙に掲載されたのは2005年9月30日。1年後、デンマークの各新聞はそれぞれ風刺画事件の特集を掲載した。 
 
 ユランズ・ポステンで紹介されたランボール・マネジメント社の世論調査によると、昨年9月上旬時点では53%が風刺画掲載を支持。理由は「表現の自由を表していたから」。一方、38%が「掲載は間違いだった」、9%が「分からない」と答えている。 
 
 同様の調査を2005年11月上旬行った時には、54%が掲載を支持、25%が「間違っている」、21%が「分からない」。1年経って、掲載が間違いだったと考える人がやや増えているようだ。 
 
 この調査結果は私自身がデンマークで知識人にインタビューした結果と共通する部分があった。ほぼ全員が表現の自由は重要と答えていたが、それでも、表現の自由という権利は必ず行使する義務ではなく、かつ今回の風刺画に権利行使の必要性があるとみるかどうかでは意見が分かれた。 
 
▽「自分たちの信じることを最後まで貫けた」 
 
 掲載から一年後、昨年9月30日付のユランズ・ポステンは特集冊子を作り、カーステン・ユステ編集長のインタビューを掲載した。ユステ氏は、「大きな出来事だったが、自分たちの信じることを最後まで貫ぬくことができ」、移民のデンマーク人たちが何を考えているのかを「健全な議論を通じて理解できた。結果として良かった」と述べた。 
 
 世界中に論争が飛び火し、一部のイスラム諸国では抗議運動中に命を落とした人もいることに関しては、「他の国で起きたことに私たちは責任はないと思う。それぞれの国で固有の事情があったのだと思う」。 
 
 ユランズ・ポステンの編集方針は事件の後も変わっておらず、「ムハンマドがコーランに放尿しているような風刺画は掲載しない。もし同様の状況になったら、事前によく熟考する」。結果を恐れてではなく、「イスラム教徒の一部を不必要に侮辱することを避けるため」だという。「宗教的感情を風刺対象の例外とするべきではない」。 
 
 また、「預言者を描くこと自体がタブーとは思わなかった。これほど強い侮辱感を相手に与えるとは思わなかった」と、イスラム教に関する知識や想像力の面で足りなかった部分があったことを認めながらも、「国民の大多数も知らなかったのだと思う。私たちだけが無知だったのではない。教訓を学んだ」としている。 
 
▽「表現の自由は狭まった」 
 
 ユステ編集長は、風刺画事件の影響で表現の自由の度合いが狭まったと見ている。一例が、昨年9月、ローマ法王ベネディクト16世のドイツの大学でのスピーチだ。法王は14世紀のビザンチン帝国皇帝の言葉を引用し、ムハンマドがもたらしたものは邪悪と冷酷だったと発言していた。この時、風刺画事件をほうふつとさせるような、非難と抗議運動がイスラム諸国で起きた。 
 
 この事件に触れ、編集長は、現在では「表現の自由、言論の自由の度合いは減少したと思う。法王の発言は大学での知識層相手のスピーチの一部だった。それでも攻撃された。これでは、イスラム教に関して学問的議論をすることができない。西欧では学問的議論の場では何でも言える。私たちの文明の基本に対する攻撃だった」。 
 
 ユランズ・ポステンにとっては良い点と悪い点があったという。良い点とは「世界中に名前が知られたことだ。尊敬されたと思う」。 
 
 悪い点としては、ライバル紙ポリティケン編集長のネガティブ・キャンペーンだと言う。「私たちが意識的にイスラム教徒を攻撃するために風刺画を掲載をしたと繰り返して言っている。外国人のメディアに会ってユランズ・ポステンは右派の新聞だと説明している。本当に最悪で、我慢できない」。 
 
 ユステ氏によると、「ユランズ・ポステンの編集長と言う立場を利用して、個人的な目的のために国内の一部の人を紙面を使って攻撃をするなど、実際には不可能だ。そんなことをしたらスタッフがついてこないし、解任される」。 
 
 ポリティケンのトウア・セイデンファーデン編集長は、「反移民の現政権に近いユランズ・ポステンが、イスラム系移民を攻撃するために風刺画を掲載した」と表明してきた。 
 
 現在までに、こうした見方を全面的に否定するユランズ・ポステンとの溝は広まるばかりだ。 
 
▽「イスラム諸国の抗議は政治的利用」 
 
 一方、ポリティケン紙の昨年9月30日号は、ユランズ・ポステンでの風刺画掲載を決定したフレミング・ローズ文化部長のインタビュー記事を掲載した。ローズ氏は現在長期休暇中となっており、米国で講演などをしながら生活している。 
 
  ローズ氏は2005年の風刺画掲載時、紙面にエッセーを書いた。この中で、「イスラム教徒は特別な扱い、特別な条件を社会に期待している」が、「西欧の民主主義と表現の自由の価値観の中では、イスラム教徒だけではなく全員が嘲笑され、侮辱されることを我慢しなければならない」とし、「デンマークはまだそうなっていないけれども、私たちは自己規制の下り坂を駆け下りている」と危機感を表明した。 
 
 ローズ氏は現在、護衛付きの不自由な生活を送ってはいるが、諷刺画掲載は「十分に意味ある行為だった」と考えており、世界中で数人が命を落とした件は「残念に思うが、自分には関係がない。掲載の決定を後悔していない」、と繰り返した。 
 
 ユステ編集長同様、ローズ氏も人命の犠牲に関しては自分たちは関係ないと、見ているが、同様の考えを在デンマーク及び在欧州の知識人からも聞いた。つまり、大きな抗議デモが起きたパキスタン、シリアなどでは既に住民の中に国内政策に関する不満がたまっており、政府側が国民の不満のガス抜きとして、風刺画事件を利用したという見方だ。 
 
 「風刺画はカタリスト(触媒)として働いた。表現の自由に圧力がかかっていることが、風刺画事件を通してもっとはっきりと見えるようになったのだと思う」。 
 
 かつて、キリスト教徒から見れば冒涜的とされるようなキリストの風刺画の掲載を却下した件について聞かれると、ローズ氏は「毎日フリーランスからたくさんの作品を受け取る。問題の風刺画は質が良くなかったので掲載を見送っただけだ」と答えた。 
 
 ムハンマドの新たな風刺画を将来的に掲載するかと聞かれ、ローズ氏は、「仮定の話には答えられない」としている。 
 
 ローズ氏、ユステ編集長ともに、ユランズ・ポステン側の掲載は正しい判断だったとする姿勢を、現在まで(注:追加ですが、これは2008年でも同様です)貫き通している。(つづく) 
 
by polimediauk | 2008-02-10 03:12 | 欧州表現の自由
 セルビアで、3日の大統領選で、親欧米のタディッチ大統領が再選を果たした。コソボ自治地区の独立はどうなるのか?もしコソボが独立すれば、欧州のみならず世界の様々な地域の独立運動が高まると予想されている。在英のロシア系ジャーナリストによると、何と、「台湾も独立を宣言する可能性がある」(?)という噂が出ているそうである。まさかそこまで?という感じなので噂に過ぎないだろうけれど、影響は大きいかもしれない。

 日刊ベリタに昨年書いた、現地ルポの転載である。今年=2007年などとなっていることにご留意願いたい。

ルポ:風刺画論争から1年のデンマーク・2 「希望を捨てずに平和的に闘え」 移民融合コンサルタントのアルマジド氏

2007年01月13日日刊ベリタ掲載
http://www.nikkanberita.com/print.cgi?id=200701131146066

c0016826_17344390.jpg(コペンハーゲン発)「ユランズ・ポステン」紙に掲載された風刺画が大きな国際論争となっていた昨年2月、この新聞のコラムニストの一人で移民融合問題コンサルタントのファーミー・アルマジド氏は、デンマークで取材をした筆者に対し、論争をきっかけにイスラム系と非イスラム系国民の間に「新たな対話の機会が開けた」と楽観的な見通しを示した。約1年後に再会したアルマジド氏の表情は暗かった。強まる反イスラム感情への懸念が日々高まっているからだ。
 
▽「74%がイスラム系の友人なし」 
 
―イスラム系移民への視線は現在までに変わったのか? 
 
アルマジド氏:移民に対する国民感情を知りたいなら、昨年6月のある新聞の調査を見て欲しい。74%の先住デンマーク人がイスラム教のバックグラウンドを持つ人を今まで友人に持ったことがない、と答えている。69%が、デンマークで将来的にイスラム教の存在が否定的な面で大きくなることに懸念を抱いている。 
 
 米ギャロップ社が行った7月の調査によると、デンマークの移民の社会融合に関して、74%が失敗したと答えている。私自身これはものすごく悪い数字だと思っている。 
 
 同じ調査では、18歳から35歳の若者たちがたくさん外国人や移民の友人がいると答えている。それでもこの年齢層に入る人たちの76%が融合は失敗している、と答えている。この比率は高すぎる。 
 
 書店に行けば、「イスラミスト、ナイービスト」という本が昨年9月発売され、ベストセラーとなっている。 
 
―どんな本か? 
 
アルマジド氏:「イスラミスト」とはイスラム原理主義者、過激主義者を意味する。テロリストともイコールとみなされる。「ナイービスト」は作者の造語だが、イスラム原理主義者たちにナイーブな人、馬鹿な人、ということだ。 
 
 本はカレン・ヤスパーセン氏とラルフ・ピッテルコウ氏の夫婦による共著で、ピッテルコウ氏は左派系社会民主党の党員で元文学部の教授だった。社会民主党党首で首相だったポール・ナイロップ・ラスムセン氏(現首相のラスムセン氏とは別人)のアドバイザーだったが、現在は風刺画を掲載したユランズ・ポステンのコラムニストだ。妻のヤスパーセン氏は前政権で内務大臣を務めたことがある。若い時分は2人とも社会主義者で、移民を肯定的に見ていた。現在は両者が反イスラム教だ。以前は親移民の立場をとっていた政治家、アドバイザーが、いわば180度転換をしたことになる。 
 
 著者は、イスラミストたちの脅威を無視する欧州人は新しい、危険な種族「ナイービスト」(ナイーブな人たち)であり、イスラミストたちをナチズム信望者や共産主義者に例えている。誰でもイスラム教に関して肯定的なことを言う人はイスラミストになる。イスラム教が拡大することを防げない人たち、つまりナイービストたちへの警告の本だ。 
 
 今、デンマークではイスラム教徒なら2つの選択肢しかない。つまり、イスラミスト=イスラム原理主義者か、「民主的イスラム教徒」かだ。「民主的イイスラム教徒」とは、野党社会自由党議員で自分自身も移民のナッサー・カーダー氏が中心となって設立したネットワークの呼び名から来ている。カーダー氏は「良いイスラム教徒」だ、それは、彼が「民主的イスラム教徒」だからだ。もしイスラム教のことを何らかの形でほめたり、熱心なイスラム教徒だと言えば、「イスラミスト」、危険な人物になる。 
 
―「イスラミスト、ナイービスト」がベストセラーになっているのは、風刺画問題の影響か? 
 
アルマジド氏;風刺画だけのせいではない。2001年、現政権が成立してからは、外国人やイスラム教徒の国民に関して、何を言ってもいい、表現の自由を優先するという傾向が強まった。風刺画事件が起きて、現政権は「表現の自由には限度なし」という姿勢を続けた。 
 
―振り返ってみて、風刺画掲載は馬鹿げた決定だったと見ているか? 
 
アルマジド氏;ひどいことだったと思う。ユランズ・ポステンのフレミング・ローズ文化部長は、掲載時の紙面上で「対話を始めるきっかけとしたい」と書いた。しかし相手を侮辱しておいてから対話を始めようとするのはどうだろうか。コーヒーを飲んで、握手をして、対話が始まるのではないか。あのような風刺画では対話は始まらない。掲載した側はそれを知っていたはずだ。 
 
 ユランズ・ポステンには、イスラム教に関する専門家が2人いる。風刺画を掲載するなと警告していた。それでも掲載したのだ。問題が起きるのは分かっていたことを示す。 
 
▽イスラム教徒のジレンマ 
 
―人気ある「民主的イスラム教徒ネットワーク」をどう評価するか? 
 
アルマジド氏:ネットワークは、先住デンマーク国民に対してイスラム教徒が民主的でもあることを示すと言う。私自身は民主的だしイスラム教徒だ。だからといって、外に出て行ってイスラム教の悪口を言う必要はないだろう。 
 
 イスラム教の名の下でテロ活動を行う人がいても、だからといってイスラム教自体が悪いとは限らない。キリスト教のテロリストもたくさんいる。キリスト教自体に問題があるとは限らない。ユダヤ教とユダヤ人の場合もそうだ。宗教自体でなく、宗教を間違って使う人間の方が悪いのだと思う。 
 
 政治家たちがイスラム教のバックグラウンドのある人たちに関して否定的なことばかり言っているので、先ほどの調査のように74%の先住デンマーク人がイスラム系の友人が誰もいない、と答えることになるのではないか。デンマーク国民は寛容精神に富むと言うことになっているが、どうもこの数字からするとそうは思えない。 
 
―デンマークでイスラム系移民擁護の立場で意見を述べる人はいないのだろうか? 
 
アルマジド氏:ユランズ・ポステン紙のライバル紙となる「ポリティケン」紙のトウア・セイデンファーデン編集長が学者とまとめた本がある。セイデンファーデン氏は、問題となった風刺画の掲載は不必要で間違いだった、としている。デンマークに住むイスラム教徒の国民の多くは高い教育を受けており、社会に貢献している、と書いた。結果として非難の的になっている。 
 
―デンマークの多くのイスラム教徒の人たちは「民主的イスラム教徒ネットワーク」をどう受け止めているのか? 
 
アルマジド氏:私は移民問題コンサルタントとして多くのイスラム系国民に会う。狂信的ではない普通のイスラム教徒は、このネットワークに所属したくないという。それは、カーダー議員が反イスラム教だからだ。 
 
 イスラム教徒の若者が過激主義に走る1つの理由は、社会が自分を受け入れてくれないと思ったときだ。受け入れもらうためには、自分は民主的イスラム教徒だと宣言しなければならないとしたら、「自分はいやだ」と背を向けてしまう。 
 
 ここにジレンマがある。デンマークには、高い教育を受けたたくさんのイスラム教徒の若者たちがいる。デンマーク社会の一員だと感じている。しかし、難しいのは、この人たちが自分たちのことを「デンマーク人」と言えば、カーダー議員のグループに入ったと思われてしまう。「イスラム教徒」と言えば、「イスラミスト」と見られる。「どうしたらいいのか、わからない」といわれるのだ。 
 
 カーダー議員は護衛つきで暮らしている。彼が言うところのイスラム教徒の過激主義の青年たちから身を守るためだ。議員は、ある学校にはイスラム過激主義の生徒がいるから自分の子供をその学校に送れないと話す。これがメディアで大きく報道される。人々のイスラム教徒に対するイメージは悪くなるばかりだ。 
 
▽イスラム系の友人もつ「26%」に期待 
 
―疎外感を感じるイスラム系移民の若者を過激主義に走らせる結果になるのでは? 
 
アルマジド氏;もちろんだ。しかし、イスラム教徒の若者たちで、預言者ムハンマドに関する本をデンマーク語で書いて出版したという前向きの動きもある。この本「ムハンマドー月が割れた」で、人々がムハンマドに関する知識を深めて欲しいと願っている。出版記念記者会見に先日行ってきたのだが、メディアが誰も取材に来ておらず残念だった。 
 
 出版に関わった若者たちは完璧なデンマーク語を話していた。父親たちが移民としてデンマークに来て、自分たちはここで生まれた若者たちだ。 こういう人たちを見ていると、デンマークではテロは起きないと思う。しかし、何かがきっかけで社会が自分たちを受け入れてくれないと感じた時、変わる可能性もあるのだ。 
 
─イスラム系移民たちへのアドバイスは? 
 
アルマジド氏:私は、例え74%の先住デンマーク人がイスラム教徒の友人を誰も持っていないといっても、26%の方を見るように、とアドバイスするだろう。26%は君たちを受け入れている、と。肯定的に物事を見て行動すれば、来年はこれが30%になるかもしれない。否定的に考えれば26%が16%に下がってしまうかもしれないのだ、と。あまりにもたくさんのことがマイナスに動いているので、肯定的に物事を見るのはとても難しいが。 
 
 しかし、私は決してあきらめない。若い人にも、あきらめるなと言う。「自分はデンマーク人だ」と言い続けることだ。自分の権利のために闘え、自分がデンマーク人であるために闘え。過激主義がはびこるような機会を与えるな。 
 
 「闘う」と言ったが、良い教育を受け、働き、記事や本を書くなど平和的方法を使え。絶対に、絶対に暴力を使ってはいけない。暴力を使えば状況は悪くなる。民主的な方法で民主的な権利を使って平和に闘うのだ。 
 
 本の出版会見で会った青年たちは熱心なイスラム教徒たちだった。自分たちのモスクはないけれど、それでもみんなで一緒に祈ると聞いた。「もちろん、私たちはデンマーク人だ」と言う。私はとてもうれしかった。(つづく) 
by polimediauk | 2008-02-06 17:35 | 欧州表現の自由
 国会議員とテロ容疑者が、刑務所で接見時、その会話が盗聴されていた件が大きなニュースになっている。「議員の会話が録音されていた」点に焦点が置かれ、議員たち(+メディア)が大騒ぎをしているが、会話録音・盗聴はテロ容疑者の心理や動向をつかむためであったのは最初から歴然としていたはずだった、議員以外の一般人にとっては。

 刑務での会話がどこまで盗聴されているのか、テロ容疑者の監視はどこまでなのか、など、こっちが大きい問題のはずだったが、騒ぐ人=議員(+メディア)からすれば、自分たちに関わることの方が大きいから、焦点がずれてしまったのではないか。

 ここ2日ほど、議員が盗聴されることのうんぬんばかりに紙面や時間を大きく割いたメディア報道に大きな不満感を感じた。ロンドンのウエストミンスター議会(いわゆる英議会)の議員、議員のために働く人々、政治メディアをひとくくりにして、「ウエストミンスター・ビレッジ」、ウエストミンスター村の話、と呼ぶ言い方がある。自分たちの周りの話だけで、「大変だ、大変だ!」と騒ぐが、国民は「???」と思っている、という時に使う。今回、ややそれを感じた。

 デンマーク風刺画事件の拡大から2年程が経つが、スウェーデンの風刺画事件(昨年末)、オランダの反イスラム映画放映予定(今年3月)など、「あえて挑発して様子を見る」動きが続く。これは一体どういうことなのか?

 昨年のルポになるのだが、「事件から1年後」の様子をベリタに連載で書いた。「デンマーク、風刺画」のキーワードでこのブログにたどり着く方が多いようなので、現地の声を伝える目的で、これを転載したい。記事は2007年時点の表記(今年とは2007年を指すなど)になっていることをご留意いただきたい。

ルポ:風刺画論争から1年のデンマーク・1
表現の自由論争は影をひそめたが…


2007年01月06日日刊ベリタ掲載

(コペンハーゲン発)デンマーク紙「ユランズ・ポステン」が掲載した、イスラム教の預言者ムハンマドの風刺画をめぐる世界的な論争からほぼ1年。「表現の自由」を主張する欧州のメディアに対して、偶像崇拝を厳しく禁じムハンマドの肖像自体が許されないイスラム諸国やデンマークのイスラム教徒は風刺画に強く反発し、抗議デモやデンマークの国旗の焼き捨て、大使館の襲撃などの暴力行為が発生したことは記憶に新しい。イスラム教世界対欧州のキリスト教世界の対立の様相も呈した風刺画事件は、異なる価値観を持つイスラム系移民とどのように向き合うかを欧州社会に問うことにもなった。 
 
▽「デンマークは尊敬されている」 
 
 デンマークのラスムセン首相は今月1日、テレビ放映された恒例の年頭スピーチの中で2006年を振り返り、ムハンマド風刺画騒ぎについて「デンマークの国旗が焼かれ、大使館に火がつけられ、デンマークやデンマーク人に対する脅しが、私たち全員の中に強い印象を残した」と述べた。 
 
 首相はつづけて胸を張った。「現在、デンマークは(世界から)尊敬を受けている。その理由は、私たちの根本的な価値観に圧力をかけられた時、私たちが自分たちの立場を堅持したからだ。私たちは、私たちにとって最も貴重な自由である、言論の自由を守ったのだ」。 
 
 大晦日にはマルグレーテ女王も国民に語りかけた。風刺画事件に直接は言及しなかったが、2006年を「かなり異例の年」と呼んだ。「世界の模範であることに誇りを持ってきたデンマークが扇動や怒りの対象になった」年だった、と。 
 
 女王は、国民に対し、デンマークの価値観と伝統を維持することを提唱しながらも、移民がデンマークに到着してからすぐに自分の習慣をホスト社会の習慣に合わせるように変えるだろうと期待するべきではない、と述べた。デンマーク社会の価値観を、移民としてやってくる人々に説明する努力をまずするべきで、移民たちが「自分たちの居場所を見つけ、幸せに暮らせるように」しようと、呼びかけた。 
 
 風刺画掲載はデンマーク国内で、宗教に関わる批判を受け入れられない一部のグループとその他のグループの人々との間の深い溝を表面化させたが、首相の方が片方のグループ、つまり「表現の自由」の名の下で風刺画を掲載したユランズ・ポステン側を支持するような発言になっているのに対し、女王は両方のグループが互いに手を差し伸べあって生きることを提唱していた。 
 
 騒動の震源地となったデンマークを数ヶ月ぶりに訪れてみると、表現の自由論争はすっかり影をひそめていた。「昨年2月以降、国内では風刺画事件に関してありとあらゆる議論が起き、連日メディアで報道されたので、国民はもうこの問題を語ることにあきあきした」(シンクタンク「新デンマーク人」のアナリスト)のかもしれない。 
 
 掲載から1年と数ヶ月経ったデンマークは一見落ち着いたかのように見える。一体何が変わったのか? 
 
 風刺画掲載以降イスラム諸国で起きたデンマーク製品の不買運動は、デンマーク産物の輸出量を激減させ、悩みの種となっていた。だが、事件がきっかけに本国に召還されたサウジアラビアの大使はデンマークに戻り、一時は閉鎖された複数のデンマーク大使館も既に全て再開され、外交関係は以前に戻ったと言ってよいようだ。 
 
 エジプト出身のイマーム(導師)アーマド・アブラバン師は、掲載に衝撃を受け、12枚の風刺画とともにムハンマドが豚の顔になった漫画などさらに侮辱的な作品も携えて、中東諸国を回っていたが、現在はどうしているだろう。連絡を取ると、師は「一時はあまりにも騒動が大きくなり、自分が問題を大きくした張本人だと言われたので、悩み、体を悪くした。デンマークを去ろうと真剣に思った」という。しかし、「言論の自由があるデンマークにい続けよう」と思い直し、今は元気でやっているという(注:その後、ガンで亡くなった)。 
 
 アブラバン師はつづけた。「風刺画事件がきっかけで、人々はイスラム教にもっと興味を持ってくれるようになった。私がいるモスクにも前より多くの人が訪れてくれる」。「イスラム教徒たちは信仰が以前よりも強くなったと思う。もっと日常生活の中に信仰を取り入れたいと感じるようになったと思う」。 
 
 昨年9月上旬には、デンマークに住むイスラム教徒たちの念願の、イスラム教徒専用の墓地を建設する場所が決定され、政府閣僚やアブラバン師らはともに記念式に出席したという。宗教問題担当大臣のベルテル・ハーダー氏は、「デンマークはイスラム教徒にとって天国だ」とさえ述べている(BBC報道)。 
 
 一方、英字紙コペンハーゲン・ポストによると、コーランのデンマーク語版がクリスマス・プレゼントとして、非常に良く売れたという。これ以前のデンマーク語版は1967年発売で、新たな翻訳版だったためと人々の関心が高まっているせいだ。 
 
 「新聞、ラジオ、テレビ、どこを見てもイスラム教やイスラム教徒の話ばかり出る。人々がイスラム教に関心を持つのは自然だ」とコペンハーゲン大学のヨルゲン・バーク・シモンセン教授はポスト紙に語っている。 
 
 デンマークで生まれ、アラビア語を十分に理解できないイスラム教徒の若者にとっても、デンマーク語版コーランは人気だと言う。 
 
▽イスラム教徒を二分 
 
 事件後に広がった新たな動きとして、「民主的イスラム教徒」運動があげられる。シリアからの難民で現在は社会自由党の国会議員ナッサー・カーダー氏が中心となって立ち上げた、「民主ムスリム・ネットワーク」というグループの活動だ。 
 
 風刺画をきっかけにイスラム諸国でデンマークの国旗が焼かれたり、大使館が攻撃を受けたりしたが、自分たちはこうした過激行為に走るイスラム教徒とは一線を画する、「民主的な」イスラム教徒であることを伝えたい、と考えたイスラム系国民が中心となって、昨年2月発足したネットワークだ。デンマーク国民もこれに一斉に支援を送った。 
 
 ラスムセン首相は発足と同時にカーダー氏らを官邸に招き、政府がイスラム教徒のために何かしている、という印象を与えることに成功した。カーダー氏は、昨年末、ユランズ・ポステン紙が創設した「自由の表現賞」を受賞している。 
 
 しかし、この動きは、結果的に人口の5%を占めるイスラム教徒を二分することになった。 
 
 「民主的」イスラム教徒の反対の存在として、イスラミストという言葉がある。これはイスラム教原理主義者・過激主義者を指すが、どこまでがこの範疇に入るかの判断は人によって異なる。 
 
 風刺画事件を通じて、世界中のイスラム教徒の暴力的抗議運動をメディアを通じて目にしたせいなのか、あるいは「民主的イスラム教徒のネットワーク」が発足したために、「民主的」ではないイスラム教徒=悪いイスラム教徒=イスラミスト=テロリスト、という連想がされてしまうのか、現在のデンマークでは、どのメディアを見ても、どの人に話を聞いても、イスラム教徒の話が出てくれば、「民主的」か「イスラミスト」かの区分けがなされる。後者は決まって否定的な文脈で語られる。 
 
 元々、デンマークで反移民感情が高まってきたのは90年代。移民はデンマークの福祉制度を脅かす存在として見られるようになり、反移民で極右の国民党(現政権と閣外協力)が人気を博してきた。「民主的イスラム教徒のネットワーク」ができたにも関わらず、反イスラム移民感情は一部でより強くなっている。 
 
 デンマーク語の通訳を頼んだユーニケ・ハンセンさんと共にデンマーク数紙に一通り目を通した時のことだ。ある新聞に載っていたカーダー議員の大きな写真に、ハンセンさんは「この人はイスラム教徒だけど、すごいと思うわ。デンマークは民主主義社会なんだから、ルールに従ってもらわないと」と言った。 
 
 「でもデンマークに住む大部分のイスラム教徒は、ここで生まれ育った人も多いし、ルールに従っているのでは?」という私を、ハンセンさんは不思議そうに見つめた。「若い人は高等教育を受けた人もたくさんいるだろうし・・」と続けると、ハンセンさんは信じられないと言う顔になり、一瞬沈黙してから反論した。 
 
 「そうかしら?イスラミストか、デンマーク語もうまく話せず、税金を食い物にしている人ばかりじゃないの?」 
 
 英語とデンマーク語の通訳の国家資格を持ち、時事問題を追っているというハンセンさんでさえこう感じることに、私は衝撃を受けた。イスラム教徒に対するこれほどの反感は、昨年2月の時点ではなかったように思った。イスラム系移民からすると、生きにくい風潮ができあがっているのだろうか。 
 
▽風刺画家らは護衛つき生活 
 
 「国境無き記者団」(本部パリ)は、2005年、デンマークを世界で最も言論の自由がある国とした。しかし、風刺画事件後、やや窮屈な状況が生じている面は否定できない。 
 
 例えば、12枚の風刺画を描いた画家たちの大部分と、ユランズ・ポステンでの掲載を決めたフレミング・ローズ氏は、「民主ネットワーク」を代表するカーダー氏同様、事件以来現在に至るまで警護付きの生活になった。イスラム教過激主義派からの脅しを受けているためだ。ローズ氏は長期休暇措置となっており、米国滞在中。米国の大学などで講演をする生活となっている。何かを言えば、脅しが来て、護衛付きの生活になるとすれば、言論・表現の自由の度合いは狭まったことになりはしないだろうか? 
 
 デンマークの風刺画論争は表現の自由の問題だけでなく、イスラム教世界の価値観と欧州社会(=キリスト教世界)の価値観との衝突という面もあった。こうした衝突は決して人口540万のデンマークだけに特有のものではない。 
 
 昨年9月には、ローマ法王がイスラム教に関して否定的と受け取られる発言をしたが、これに対しイスラム諸国で一斉に抗議運動が拡大し、デンマーク風刺画事件を彷彿とさせる展開となったのがその一例だ。 
 
 デンマーク風刺画掲載から1周年の論調、人々の生の声を紹介しながら、衝突の解決の糸口を探りたい。(つづく) 
 
 
◆デンマークを中心とした、風刺画事件の経緯◆ 
 
 2005年夏、デンマークの児童作家カーレ・ブルートゲン氏が、移民と非移民との間の理解と融合を深めるために、預言者ムハンマドに関する児童書を書こうとした。イラストを描く漫画家を見つけるのが難しく、最終的には、ある風刺画家が匿名を条件に描いた。 

 この顛末をライバル紙「ポリティケン」紙を読んで知ったユランズ・ポステン紙の文化部長フレミング・ローズ氏は、「メディアの自己検閲がどれくらいかを試すために」、ムハンマドの風刺画掲載を思いついた。
 
 ローズ氏は、25人の画家にムハンマドの風刺画を依頼したが、13人が断り、12人が承諾。 
 
 9月30日、「自分が見たとおりのムハンマド」というテーマの風刺画が掲載された。 
 
 10月上旬 国内の16のイスラム教団体が抗議声明を発表。声明文は、ユランズ・ポステン紙が、漫画の掲載を「イスラム教徒の感情、聖地、及び宗教上のシンボルを馬鹿にし、軽蔑する目的で」行い、「イスラム教の倫理上及びモラル上の価値観を故意に踏みつけた」、としている。 
 
 10月17日 エジプト紙「アルファグラ」が風刺画の一部を掲載。「侮辱」、「人種差別の爆弾」として紹介。 
 
 10月20日 イスラム諸国からの11人の大使が、風刺画に対する抗議のため、ラスムセン・デンマーク首相との会談を希望するが、首相はこれを拒否。 
 
 12月、デンマークのイマーム(イスラム教の伝道師)たちは中東を訪問して抗議活動への協力を求めた。このとき、12枚の本物の風刺画とは別に、ムハンマドが児童性愛主義者として描かれるなどさらに過激な風刺画も加えられた、と言われている。 
 
2006年1月10日、ノルウエーのキリスト教週刊誌「マガジネット」が風刺画を「表現の自由」のために転載。 
 
 26日にはサウジアラビアがデンマーク大使を送還。国内でのデンマーク製品のボイコットが始まった。 
 
 30日、ユランズ・ポステン紙は風刺画掲載でイスラム教徒の感情を傷つけたことに関して謝罪。しかし、掲載自体に関しては謝罪せずに現在に至っている。ラスムセン首相も、「独立メディアに政府は干渉できない」という姿勢を崩していない。 
 
 2月1日、フランス、ドイツ、イタリア、スペインの新聞が風刺画を転載。 
 
 シリアで、首都ダマスカスにあるデンマークとノルウエー大使館をイスラム教徒のデモ参加者が襲撃。 
 
 レバノンの首都ベイルートにあるデンマーク大使館はイスラム教徒らによって放火された。レバノン内相は放火の責任を取って辞職。アフガニスタンやソマリアでは、デモ参加者が警察とのもみ合いの中で命を落とした。 
 
 2月8日、仏漫画週刊紙シャルリー・エブドが、問題となった風刺画とあわせて新たなムハンマドの風刺画を掲載し、売れ行きを大幅に伸ばした。 
 
 抗議運動はインドネシア、パキスタン、ガザ地区など世界中のイスラム諸国で発生。少なくとも数十人が死亡。 
 
 4月12日 国連教育科学文化機関(ユネスコ)が風刺画問題の解決を目指す決議案を採択。表現の自由への尊重を求めた上で、その行使に当たっては「相互の尊敬と理解の精神を持ち、文化の多様性と信教、宗教・文化の象徴に対する相互の尊敬を求める」とした。 
 
 10月26日 複数のイスラム団体がユランズ・ポステン紙に対し、風刺画掲載で中傷を受けたとして損害賠償などを求めた訴訟で、裁判所は訴えを退けた。「風刺画自体がイスラム教徒を侮辱しているわけではない」と判断。 
 
(資料:BBC他) 
by polimediauk | 2008-02-05 18:20 | 欧州表現の自由
 今、イングランドの教育のことをちょっと調べているが、クラス・階級システムを背負っている部分が色濃くあって、驚き、かつ感無量だ。

 自分には子供がいないせいか、英国の教育システムのことを何度聞いてもうまく理解できず、今も結構四苦八苦しているけれど、日本語で書いた英国・イングランドの教育の本で、クラスの説明をかねているものはあるのだろうか?

 ・・・もちろん、言及している本はたくさんあるだろうが、自分でちょっと調べてみると、教育の歴史の話はまさに=階級意識の話そのもの、という感じがする。階級の差があるからこそ、これを乗り越えよう、「すべての児童に平等の機会均等を」というスローガンになるのだろう。

 夜、チャンネル4を見ていたら、イスラムのシャリア法を英国にも導入するべき、というイマムの人の番組があった。「不倫したら石打ちの刑にする、盗みを働いたら両手を切るー。一度やってみせれば、不倫をしたり盗む人はいなくなる。一回だけでいいのだ」とシャリア法の徳を説く。

 私はこの部分だけを聞いて、これはひどい!と思った。これは受け入れられない。極刑そのものの議論でなく、極刑を「戒め」と思う大衆とは、いったいどんな大衆だろうと思ったのだ。

 何か犯罪を起こして、石打の刑や両手を切るなどをしなければその犯罪を防止できない、というのはおかしい。これでは中世の時代の話だ。人間はもっと進化したはずだ。両手を切られなければ、「盗みをしてはいけない」と思えない人は、あまりにも文明度が低すぎる。イスラム教が中世でとまったままの宗教だ・・・とよく西欧人が言うのだけれど、まさにそれを裏付けてしまうような考え方だ。

 私はムスリムに寄り添ったスタンスで西欧とイスラム教の衝突をルポしてきたが、このイマムのこの発言には賛同できない。がっかりだ。英国がこういう形のシャリア法を自分の法体系の中に入れることはあり得ないと思う。すべてが何世紀も前に元に戻ってしまう。

 デンマークの風刺画問題が「問題」になってから今年年頭でちょうど2年になる。前にベリタに書いてここに出していないものがあったことに気づいた。「風刺画事件後の1年」という話なのだが、デンマークのイスラム教徒の「底抜け感」に心打たれた。よく「融合・インテグレーション」が問題にされるけれど、デンマークのイスラム教徒で私が会った人たちは、十分過ぎるほどに融合していた。「融合」うんぬんを語るのが馬鹿らしいほどに。明日以降、出していきたい。(現在の様子も後で加えたい。)
by polimediauk | 2008-02-04 07:39 | 欧州表現の自由
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(デンマークの国会の建物の階段を転げ落ちる子供たち。国会開会日の習慣と言う。)

 デンマーク総選挙の結果が出た。与党自由党と保守党、極右の国民党(閣外協力のみ)は、179議席中、90議席を獲得し、中道右派の第3期目政権が成立することになった。ただし、2005年は94議席だったので、若干減少した。本当にきわどい戦いとなったようだ。総議席数のやっとぎりぎり半分だ。

 シリア出身のナッサー・カーダー議員(ムスリム)が作った新党「ニュー・アライアンス(新同盟)」は5議席だが、ラスムセン首相はこの政党から誰かを内閣に入れるかどうか協議に入っている模様だ。もし誰か入れば、反移民政策を緩和することになるのかどうかが注目される。

 産経新聞の木村特派員が選挙前夜、分析記事を出している。「イスラムが鍵」と言うので、やっぱり、と思った。ヤフー・ニュースから読めるのだが、以下貼り付ける。

デンマーク総選挙 イスラム社会との距離も争点
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/101111/TrackBack/

 【コペンハーゲン=木村正人】デンマークの総選挙の投票が13日始まった。同国では2年前、有力紙がイスラム教預言者ムハンマドの風刺画を掲載、イスラム諸国の激しい抗議行動を巻き起こした。選挙戦はムハンマドの漫画入りポスターを掲げた極右政党や「イスラムと民主主義の共存」を唱える新党などが混戦模様の中、与党と野党の支持率は伯仲、予断を許さない展開だ。投票は即日開票され、同日深夜(日本時間14日午前)に大勢が判明する見込み。

 「表現の自由を!」

 ムハンマドの漫画をあしらった極右政党「デンマーク国民党」の選挙ポスターにはこう大書きされている。女性のピア・キャースゴー党首(60)は「デンマークの価値を守ろう」と声高に主張している。

 風刺画騒動の発端となったユランズ・ポステン紙の元コラムニストで、シリア系デンマーク人のファーミー・アルマジド氏(61)は「イスラム社会は国民党の挑発に乗らなかった。今、この国はイスラム社会をどう扱うか重要な時期に差しかかっている」と語る。

 同国では1970年代から外国人労働者が流入し、現在、全人口542万人のうち約20万人がイスラム系だ。イスラム系住民の急増を背景に、デンマーク国民党は移民・難民対策の強化を唱え、98年の選挙で13議席、前回2005年は24議席に躍進した。国民党は、01年からラスムセン首相が党首を務める自由党と保守党の連立による中道右派政権に閣外協力、欧州で最も厳格とされる移民法制定にも一役買った。

 今回の選挙では当初、与党側が有利とみられていたが、厳しい移民規制に対する批判の声もあって、直近の世論調査では社会民主党を中心とする野党勢力が与党勢力を激しく追い上げている。

 今年5月、国民党の主張に反発するシリア出身の国会議員、ナサ・カダー氏(44)が結成したイスラムとの共存を訴える「新同盟」が、どこまで票を伸ばすのかも注目される。

 「世論がどちらに触れるにせよ、デンマーク王国のキングメーカーは今やイスラムになった」。英BBC放送の番組で風刺画騒動を追ったデンマークのテレビ制作会社社長、カーステン・キヤー氏(57)はこう指摘した。〔貼り付け終わり)

by polimediauk | 2007-11-14 20:34 | 欧州表現の自由