小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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カテゴリ:欧州表現の自由( 103 )


 13日は、デンマークの総選挙の投票日だった。まだ結果は分かっていないが、僅差で与党自由党が政権を再び握ることになるのではないかと言われている。

 結果が出る前の現時点で、例のムハンマド風刺画、ムスリム移民の要素が気になっている。

 右派中道のラスムセン首相は、好景気が続き、世論調査も上々ということで、2009年予定だった総選挙を今年に繰り上げることにしたようだ。BBCによると、税金問題が議論に上るのに先駆け、まず選挙で勝っておきたい、という要素があった。

 現政権が成立する前の政権は社会民主党系で、こちらも一定の支持を拡大すると言われており、台風の目になりそうなのが、、新党「ナショナル・アライアンス」のナッサー・カーダーと言う社会党系議員だ。

 この議員は、風刺画事件の時に、「民主ムスリムネットワーク」という市民組織を立ち上げている。自分は「世俗派ムスリム」と言っており、「イスラム教徒でも穏健派を支持する」という市民を集めるためのネットワーク作りで、急速に人気を高めた。

 もともとの風刺画掲載(2005年秋)から2年経ち、デンマーク国内はイスラム教徒を「良いムスリム=穏健・民主ムスリム」、「悪いムスリム=イスラミスト、宗教熱心なムスリム」と2つに分ける傾向があると現地のムスリムたちから、聞いた。前者を代表するのがカーダー議員。イスラム教徒であれば「自分は民主ムスリムだ」と声をあげなければ、「イスラミスト」と言われてしまうので、生きにくい、と言うのだ。

 選挙運動の中で、右派国民党(現政権に閣外協力)が、新たなムハンマドの風刺画を使ったポスターを作り、これも議論を呼んだ。昨日、BBCニュースを聞いていたら(ラジオ)、国民党に対し、このようなポスターを何故作ったのか?とインタビューしていた。答えは、「これがこの国の価値観だ。いやなら、極論を言えば、出て行けばいい」。デンマークで生まれた移民の2世、3世はどうなるのか、と思った。

 風刺画を掲載したユランズ・ポステン紙の文化部長フレミング・ローズ氏のブログを見る(タイトルは「ノーザン・ライツ」)と、「イスラム教徒は預言者に関する風刺を受け入れるべき」「表現の自由は最優先」という態度を崩しておらず、ポスターにも一理あるという見方を示している。議論はいつまでも平行線だなあとしみじみ思う。

 ローズ氏は、欧州ムスリムの「融和」論者タリク・ラマダン氏との対話をロンドンでしたそうだ。結果、「やっぱりムスリムはダメだ」というような思いをしたようだ。スウェーデンでも風刺画事件があって、画家が警備状態になったことも、ムスリムが宗教への批判を受け入れないことの証拠として否定的な意味で認識しているようだ。
 
 私が気になるのは、ローズ氏が「自分は絶対正しい」、「表現の自由の死守」とかたくなに考えているように見えることだ。何をどこまで言うべきかは、その時代や国民の気持ちによって変わる・・・という可能性を全く考えていないのかなあ、と。

 ‘デンマーク国内のムスリムの、今回の国民党のムハンマド諷刺画に対する反応は、落ち着いたものだったようだ。BBCラジオで、「一切反応しないことにした。いかに世界的にマイナスの反応を引き起こすかがわかったから」と述べていた。

 一方、イスラム教を批判してきた元オランダの国会議員ヒルシ・アリ氏の警備費用(批判した映画を作った脚本を書いたことで過激派から狙われたため厳重警備がつく)を、オランダ政府が支払いを停止したことで(本人が米国に移住したため)、デンマーク首相はオランダを厳しく批判した。

 これに合わせて、デンマークの複数の都市が、「ヒルシ・アリ氏にぜひ住民になって欲しい」と声をあげ、保護を申し出たそうだ。フランスのリベラシオン紙も、ヒルシ・アリ氏をフランス国民にして、警備をフランス国民の税金で払ってはどうか、と提案した。行き過ぎのような感じがしないでもないが。

イスラム教徒の風刺に関わる「表現の自由」を巡り、欧州内の一部の国の知識人(特にフランス、デンマーク、オランダ)には、一種の「表現の自由原理主義・ファンダメンタリズム」が存在し、英国の知識人(ムスリムに敬意を払いながらも表現の自由を守る)や欧州内のムスリムたちとの間に起きた亀裂は、ますます深くなっているように思う。融和、あるいは議論の解決の方向に向っていかない。デンマークの場合は、「右派中道」がより「右派」に、国全体が右にシフトしたような感じがする。こうした状態が何時まで続くのかな、とも思う。ある意味では外国人・ムスリム人口がまだ少ないからこそ、「少数民族は大多数の価値観に従え」という考えが有効なのかもしれない。

総選挙の結果、分析が楽しみである。(13日夜中までには判明するそうだ。)
by polimediauk | 2007-11-14 02:14 | 欧州表現の自由

 スウェーデンの風刺画事件は、17日、画家が自宅を出て、避難する事態に発展した。15日、「アブ・オマル・アルバグダディ」なる人物が、イスラム教の預言者ムハンマドを犬に見立てたイラストを描いた画家を殺害した者には10万ドル、イラストを掲載した新聞の編集者を殺害すれば5万ドルの賞金を出す、という殺害予告をネット上で出したことを受けての動きだ。

 画家のラース・ビルクス氏は、ロイターの電話取材に答え、スウェーデンの諜報機関SAPOから連絡を受けて、身を隠すようにいわれたという。

 ボルボ、エリクソン、イケアなどスウェーデン企業にも脅しが出ている。

 このイラスト・風刺画そのものは、フランス24のテレビ局のサイト上でも見れる。
http://www.france24.com/france24Public/en/news/world/20070916-swedish-cartoon-row-france24-exclusive-prophet-mohammad-editor-.html
〔画面右端のイラストをクリック〕

 フランス24によると、殺害予告者はアルカイダのイラク支部(?)の自称トップ。以下はインタビューの一部。

―この殺害予告をまともに受け止めているか?
アルフ・ヨハンセン編集長(ネリケス・アレハンダ紙):そうしている。自分の命に値段がつくことはしょっちゅうはない。

―今、身を隠しているのか?
編集長:隠していない。

―デンマークでも風刺画事件があった。何故このような風刺画を自分の新聞で掲載したのか?
編集長:今回は違うだろうと思っていた。多くのスウェーデンの新聞はこの風刺画を再掲載しているし、デンマークのような事態ではない。スウェーデンの外国人人口とスウェーデン人の間の雰囲気は、デンマークとは大分違う。このような風刺画を掲載しても、問題はないだろうと信じていた。

―掲載後、このような動きになると予想したか?
編集長:もちろん、こうなるとは思わなかった。他の新聞も掲載し、何の反応もなかった。地元では反応があり、それが国際的に広がった。それでも、スウェーデンのイスラム教徒たちは非常によく振舞い、殺害予告に反対し、私たちを支持してくれている。この点は非常に重要だと思う。

***

 一方、スウェーデンの英字紙「ローカル」によると、欧州のムスリム団体は今回の殺害予告を一斉に非難している。

 また、タイムズ紙17日付けによると、これまでにエジプト、イラン、パキスタンがスウェーデン政府に抗議を申し立てた。アフガニスタンやヨルダンの宗教指導者も風刺画を避難した。

 日刊紙Dagens Nyheterは風刺画を再掲載。 Svenska Dagbladet紙は、言論の自由を維持することを読者に呼びかけた。「表現の自由はメディアやジャーナリストの特権ではない。市民が様々な印象、無数の情報源、インスピレーション、自分たち自身の結論を導く可能性を持つための保証だ」と書いている。

by polimediauk | 2007-09-18 16:50 | 欧州表現の自由

 2006年初頭、イスラム教の預言者ムハンマドの諷刺画を巡って世界中で抗議デモがあったり、死者も出た騒ぎがあったが、今度はスウェーデンで同様の事件が起きていることを知った。

 スウェーデンの地方紙が、8月18日、頭部が犬になっているムハンマドの諷刺画を掲載したそうだ。イランがスウェーデンに対し抗議を正式に行い、パキスタンでは8月末、スウェーデン大使を外務省に呼びつけて抗議を行った。アフガニスタン、エジプト政府からも反感を買った。

 この新聞、Nerikes Allehanda (ネリケス・アレハンダ?)紙の編集長は、掲載に関して謝罪はしないという。「読者の一部を侮辱したとしたら残念だが、掲載に関して謝罪はしない。この諷刺画を掲載する権利を私は行使したし、他の人は民主主義社会なのだから、デモをし、抗議をする権利を持っている」。

 諷刺画はネットでは掲載されていないという。この地方紙を読めるスウェーデンの人に向けて紙面に掲載したものだからだ。「この地方だけで出版したので、イランやパキスタンの人を侮辱する、と聞いて、驚いている」。

 この諷刺画を描いたアーチスト、ラース・ビルクス氏は、TTというスウェーデンの通信社の取材に対し、「挑発は議論を起こすために必要だ」と述べている。

 「私たちには宗教を批判できる自由があるべきだ。ユダヤ教やキリスト教にとっては批判されることは普通になっている。何故イスラム教だけが免れるのか?」イスラム教に関してでなく、原則に関して議論を巻き起こしたかったという。(この「原則」の意味が不明確だが、社会の原則、という意味と解釈。)


 宗教そのものを、世俗主義者のアーチストは批判しているが、さらには、この諷刺画で言論の自由の限界を広げてみたかったという。

 「どこで境界線が引かれるべきか?多くの人が、言論の自由は注意深く、責任を持って扱うべきだ、という」。

 「限度がどこにあるべきか、議論があっていいと思う。今回は言論・表現の自由の限度を超えたとは思わない」。

 アーチストは、スウェーデンのイスラム教徒たちが今回の諷刺画にどう反応するか、「民主主義の代表者として前に進む準備ができているのか」を見る機会でもあるとしている。

 9月7日付の「ザ・ローカル」紙によると(スウェーデンの英語紙)、このアーチストが作った木彫りの犬の作品に誰かが放火した。犯人はまだ分かっていない。アーチストに殺人予告のメールを送っていた女性が逮捕されている。

 首相は7日、国内のイスラム教徒の代表たちと会合を持った。首相は、かつてのデンマークの首相のように、「首相には新聞の編集権がない」として、「スウェーデンはオープンな社会、寛容な社会」であることをイスラム教徒側に伝えたという。

 首相側が直ぐに会合を持った点が評価されているようだが、かつてのデンマーク諷刺画とパターンが酷似しているのが気になる。

 つまり、両者(こうした諷刺画は表現の自由の一環だとして描くべきものと信じる側と侮辱されたと抗議する側)が、まったく平行線のように見える。

 前者は、イスラム教、イスラム教徒の扱われ方に、何らかの不自由感を感じているようだ。そこで諷刺の対象にするべき、と信じてそのように行動する。後者のイスラム教徒は、どのような抗議手段を取るにせよ、あるいは取らないにせよ、ほとんど全員がこうした諷刺画に傷けられた思いを持つ。

 溝は深い。しかし、いつかは埋まるだろうと今は思う。しばし火花は散るだろうが。







 
by polimediauk | 2007-09-09 06:03 | 欧州表現の自由

 英テレビ界の捏造問題の激震がまだ続いている。GMTVという朝のテレビ番組を放映する会社のトップが引責辞任したと、今朝ラジオで聞いた。視聴者がクイズに参加するために電話をかけるコーナーで、既に勝利者が決まり、視聴者には勝つ見込みがない間も、電話線がつながっていたなどの事態が生じていた。BBCなどでも、複数の視聴者参加番組で同様の動きがあった。GMTVは電話をしてきた視聴者にはお金を返す、とも言っている。

http://news.bbc.co.uk/1/hi/entertainment/6914999.stm

 BBCの秋の番組の予告編を巡る話題も続いている。

 予告編の中に、ある写真家が女王の写真を取ろうとしている場面があった。写真家は女王に王冠を脱ぐように言い、この場面の後で、女王が急いで廊下を歩いている場面をつなぎ、あたかも「女王が写真家の言ったことに頭に来て、部屋を出て行った」ように見えた。しかし実際は「急いで廊下を歩く」後に、「写真家が女王に王冠を取るように言う」流れになっていた。何故実際の流れと逆にしたのかの経緯を、元BBCのNo.2ウイリアム・ワイアット氏が調査することになった。

 BBCのためにこの番組を作っていたRDFという製作会社の人物が「海外の顧客向けに編集した」と「告白」したが、まだ全貌が十分に分かっていない。ワイアット氏の調査結果は9月にでるそうだが、何故これほど長くかかるかも疑問だ。

 デンマーク風刺画事件の一部の最後は、「ポリティケンPOLITIKEN」という新聞の編集長のインタビューである。これは、風刺画を掲載したユランズ・ポステン紙とはライバル関係にある。

 2006年2月、コペンハーゲンを訪れた時、すんなりとインタビューが決まったが、ポリティケン編集長は海外メディアに積極的に会い、事件の顛末に関わる自説をPRしていたようだ。「一つの見方」として読んでいただければ幸いである。

「表現の自由を支持し続ける」 
(ベリタ2006年04月16日掲載 )

c0016826_1853344.jpg デンマークの保守系新聞「ユランズ・ポステン」が掲載した、イスラム教預言者ムハンマドの風刺画事件を、ライバル紙「ポリティケン」はどう見たのか?「揺れるデンマーク」の最終回として、編集長トゥア・セイデンファーデン氏に、改めて事件の分析と今後の予測を聞いた。同氏は、風刺画は基本的に間違いであり、デンマークのイメージを失墜させたとしながらも、「表現の自由は支持し続ける」と述べ、表現の自由の将来について語った。
 
──風刺画を見て、どう思ったか。 
 
セイデンファーデン氏:基本的には、間違いだと思った。法律を犯しているわけではなく、表現の自由、報道の自由の範囲内だったとは思うが、私からすれば、自由の趣旨を間違って使っていたと思う。一切の肯定的意義はなく、純粋な挑発行為だった。 
 
 デンマークではイスラム教徒は少数グループだ。この中のさらに少数グループである、強い信仰心を持った人々を挑発する、という故意の目的があった。掲載をしたユランズ・ポステン紙自身の説明によれば、近代的、民主的な社会に住むイスラム教徒たちは、嘲笑されることを受け入れなければならない、という。こんなことは不必要で間違っている。 
 
▽デンマーク政府の責任大 
 
──ポリティケン紙はどのように対応したのか。 
 
セイデンファーデン氏;私が呼ぶところの、「馬鹿げたことと連帯をする」ことにした。表現の自由には、間違いをする権利、馬鹿げたことをする権利が含まれていると思う。従って、ユランズ・ポステンは表現の自由を間違った風に使ったとは思うけれども、この点から、ユランズポステンを弁護することにした。 
 
 ユランズ・ポステンが掲載に関して謝罪をするべきだとは思っていない。ユランズポステン自身が間違ったと思うなら、謝ればいい。しかし、そう思っていないなら、謝る必要はない。 
 
 ポリティケン紙自身は預言者ムハンマドを戯画化してはいけないと考えているわけではなく、場合によっては、ムハンマドに関する風刺画を出すこともあるかと思う。 
 
 しかし、ここまで大きな事件になった唯一の理由は、ユランズ・ポステンのせいではなく、デンマーク政府に責任があると思う。 
 
──その根拠は? 
 
セイデンファーデン氏;中東諸国の大使らが、首相との会談を要求したとき、他の国の政府だったらこれを受け入れて、大使らに対してこう言ったはずだ。「掲載をするかしないかは新聞が決めることだ。政府は関係していない」、「もし政府に決定権があったら、掲載はしていない。このような結果になったことを、嘆いている。デンマーク及び世界の人々の宗教に対する感情を攻撃するようなことを、デンマーク政府としては、しない」、と。実際には、政府は会談さえしていなかった。非常に致命的な、外交上の間違いだ。 
 
 この最初のつまずきの結果、デンマークのイスラム教指導者たちが掲載に対する抗議の支持を求めるため、中東を訪問する仕組みができてしまった。 
 
──イスラム教指導者たちの中東訪問こそが問題を大きくした、というのが通説のひとつだが。 
 
セイデンファーデン氏;私は外交上の間違いの方が大きいと思う。1つには、中東諸国には一般的に言って表現の自由はなくメディアの規制がきついが、風刺画事件が外交問題になったので規制をはずした、という流れがある。例えばエジプトの大手メディアがこの問題を報道するようになったのは、風刺画が外交問題になって、政府がこの問題を報道してよい、という態度を明らかにしたために、報道されるようになった。 
 
 また、イスラム指導者たちは中東で新聞社の編集長、政府高官らに会っているが、訪問した国の政府、外交官の助けがなければ会えるわけがない。訪問者たちは、デンマークのイスラム教人口の中でもごく少数のグループを代表している。実際にモスクに足を運ぶのは1000人程度といった規模のグループだ。中東諸国はヒエラルキーの社会だから、こうした少数グループの代表らが、通常は中東のトップグループに属する人々に自力で会えるわけがない。外交筋の助けがあったと考えるのが自然だ。 
 
 中東の大手メディアが風刺画事件を大きく扱うようになると宗教指導者たちはこの問題を無視することができなくなり、金曜礼拝でも話題に上ることになった。事態は誰も止めることができない速度で拡大していった。 
 
 風刺画が掲載された背景には、デンマークの政治が反移民を打ち出すようになっている、という事情がある。 
 
──2006年2月、ドイツとフランスの新聞が風刺画を転載した。デンマークの事情を考えると、状況をやや間違って解釈したと思うか? 
 
セイデンファーデン氏;ある意味ではそうだ。自発的な連帯精神を示したのだろう。ユランズポステンが攻撃されている、として、同じ風刺画を転載することで攻撃の圧力の重荷を共に背負う、と。 
 
 理解できる反応だが、私は転載は間違いだったと思っている。結果的に、火に油を注ぐことになったからだ。イスラム教諸国と欧州との対立を拡大した。やるべきではなかったと思う。例えば、フランスのル・モンド紙がしたようなやり方が良かったと思う。 
 
 ル・モンドは、独自の風刺画を掲載した。ムハンマドの顔を描くかのように見せながら、ひげの部分が文字になっていて、「預言者を描いてはいけない、預言者を描いてはいけない・・」と、繰り返した文句になっていた。非常に頭のいいやり方で、預言者を実際に描いたわけでなく、文字でやった。しかし、風刺画になっていた。 
 
 イスラム教は表現の自由の中で例外とはしないが、知的に風刺するべき、というのが私たちの姿勢だ。 
 
▽失墜したデンマークのイメージを回復を 
 
──読者の反応は? 
 
セイデンファーデン氏:他の多くのデンマーク人同様、非常に混乱していた。デンマークが、これほど大きな国際的な関心ごとの中心にいたことはない。デンマーク人は世界中に旅行をして、歓迎されてきた。デンマークから来た、といえば、少なくとも人々は微笑んでくれた。デンマークのことをあまり知らない人でも、少なくとも肯定的なイメージがあった。 
 
 それが、突如、もはやそうした肯定的なイメージは持てないような状況に遭遇した。非常にトラウマチックな経験だった。これに加え、デンマーク製品の不買運動が起き、デンマークの安全保障にも危機感が出てきた。非常にショッキングな事態だった。 
 
 デンマーク国民党が支持を増やした、とも言われている。短期的には、ここ数年続いてきた、反移民の論理を補強することになったと思う。長期的には影響は複雑だ。例えば、何らかの形でデンマークの外の世界と関わりを持つ人々は、いろいろ違ったことを考えている。デンマークのイメージが低下し、本当に問題だ、と考え、風刺画の掲載が本当に必要なことだったのか、と疑問を抱く人もいるだろう。 
 
──将来は? 
 
セイデンファーデン氏;紙面上で、コペンハーゲンにモスクを建設することを提案している。否定的な議論の流れを変えたいと思ったからだ。表現の自由をどうするか、謝罪するべきかどうか、など、譲れない点に関して人々は議論を続けてきた。私たちは別の議題を提供したい。イスラム世界に対して、デンマークは自由と寛容精神の国であり、イスラム教徒はデンマークに居場所がある、ということを示したい。 
 
──表現の自由の将来に関しての意見を聞かせて欲しい 
 
セイデンファーデン氏;私は表現の自由の将来に関して、心配していない。私が心配しているのは、他にいろいろある。コミュニティー同士の関係がどうなるか、デンマークの国際的プロフィールがどうなるか、デンマーク人が海外に出たときに、危険な目にあう確率が増えるのではないか、イスラム教世界の中で狂信主義が強くなるのではないか、などだ。 
 
 今回の事件で最も悲しいのは、世界中の過激なイスラム教徒、イスラム諸国の政府、穏健なイスラム教徒を団結させたことだ。少なくとも、ムハンマドを侮辱するべきではない、という点では、過激派も穏健派も同意するからだ。 
 
 しかし、例え結果として良くない動きが出たとしても、私は表現の自由を支持する。支持するに足る良い理由があればよかったのに、と思う。 
 
 例えば、インド系の英作家サルマン・ラシュディー氏が、1989年、小説「悪魔の詩」を出版し、当時のイランの最高指導者ホメイニ師は小説がイスラム教を冒とくしたとして著者の処刑を呼びかけた。「私は当時、別の新聞の編集長だった。連帯感を示すために、問題となった「悪魔の詩」から長い抜粋をして、これを掲載した。「悪魔の詩」は非常に複雑な、芸術的な深みがあり、表現の自由を守るという点から連帯するまっとうな理由があった。 
 
 不幸なことに、今回は賛同に足る理由はなく、悪いケースだった。それでも、表現の自由を支持することに変わりはないが。(第一部終わり)

 (明日以降、日本での2009年からの裁判員制度発足に絡み、陪審員制度を持つ英国の法廷侮辱罪と報道のあり方について出してゆきます。)

by polimediauk | 2007-07-25 18:56 | 欧州表現の自由

 デンマークであったイスラム教徒の数人に聞くと、一方でイスラム教が生活の中心になるという人がいるかと思うと、「自分は世俗派イスラム教徒。イスラム教のバックグランドを持つ、というだけで、生活上はまったく関係ない」という人の二派に分かれた。

 デンマーク自体がキリスト教国でありながら、無神論者が多いということなので、お国柄にあっているのかもしれないが、欧州に住むイスラム教徒の中で、最もイスラム教徒らしくないイスラム教徒、いわば最も欧州社会になじんでいるのがデンマークのイスラム教徒のような気がした。

 ほとんどのデンマーク国民にとって、2005-2006年の風刺画事件以前は、イスラム教徒は遠い存在であり、議論にも上らない感じだったのではないか。つまりイスラム教徒の国民の社会への融合度が非常に高いので、という意味で。

 見た目にもその感じは表れる。英国にいると、イスラム教徒の人はそれらしい感じ、つまり男性だったらあごひげがあるし、女性もイスラム教の装束を身に着けていたりする。デンマークはそれが少ないように思った。一見したところ、まったく見分けがつかない。おそらく自然にそうなったのだろう。
 
ベリタ2006年04月12日掲載

「沈黙するムスリムの声を取り上げたい」

 連載の6回目で紹介した穏健派ムスリム作家タビシ・ケアー氏は、イスラム教徒であることを明確にして議論に加わることを提案した。これを一歩進めたのが、シリア出身のイスラム教徒の国会議員ナッサー・カーダー氏が旗振り役となった市民グループ「民主ムスリムネットワーク」だ。民主主義、人権、法のルールを宗教上の価値観よりも優先することを基本精神とする。

 風刺画事件でムスリム・非ムスリム市民の間の対話を進める必要性が強く叫ばれるようになったこともあって、2006年2月の旗揚げから、2ヶ月で1500人以上が会員となった。カーダー氏と共にネットワークを立ち上げた世俗派ムスリムのファティー・エルアベド氏にコペンハーゲンで話を聞いた。
 
―これまでの経歴は? 
 
エルアベド氏 イスラム教のバックグラウンドを持つパレスチナ人。デンマークには17年暮らしており、結婚し、娘が1人。現在、民間企業で、人材コンサルタントとして働いている 
 
―ネットワーク形成までの経緯は? 
 
 過去7-8年、デンマークーパレスチナ友好協会の副会長として活動してきた。政治家ナーサ・カーダー氏もパレスチナ人なので、つながりができ、二人で新ネットワークを立ち上げることにした 
 
―あなた自身は、「穏健派ムスリム」か? 
 
 違う。例えるなら、世俗派ムスリムだ。カーダー議員も含め、様々な国の出身の私たちにとって、宗教は日常生活の上では何の意味もない。他のデンマーク人たちも、キリスト教徒とは言っても、文化としてキリスト教であるだけだ。その意味で、私たちは、イスラム教の文化を共有するだけのムスリムともいえる。

 イスラム諸国に行くと分かるが、全員が非常に信心深いというわけではない。全員が日に5回拝むわけではない。私はアルコールを飲むし、妻はデンマーク人だ。多くの先住デンマーク人同様の暮らしだ。デンマークのイスラム教指導者たちは、イスラム教を文化として共有しているだけのムスリムは存在しない、というだろう。イスラム教徒かイスラム教徒でないかだけであり、それ以外にはないのだ、と。しかし、こういう見方は現実を反映していない。 

 「ユランズ・ポステン」紙による風刺画の掲載に抗議するため、指導者たちは昨年末中東諸国を訪問した。彼らはデンマークのムスリムを代表しているわけではないーこの点を、ネットワークを立ち上げることで、はっきりさせたかった。 
 
―いつ頃から構想を? 
 
 以前から同様の団体を作ろうと思っていたが、年末、立ち上げを決心した。2006年1月中旬ごろには、興味を持つ人は60人ほどだった。2月4日、国会で設立のための最初の集会を開いたとき、集まったのは250人になっていた。

 それからは毎日のようにメディアで紹介されて、現在会員は1500人ほどで、賛同会員が5000人ほどだ。デンマーク人の投資家や銀行などが資金援助もしてくれた。 
 
―どんな人が会員、あるいは支持者なのか? 
 
 さまざまな国の出身者がいる。イラク、レバノン、トルコ、パキスタンなど。女性、先住デンマーク人もいる。 
 
―具体的には、どんな活動を? 
 
 まだ詳細を決めていないが、社会の相互理解を促進するためのワークショップも一案だ。 
 
―2月13日、首相との会談があったそうだが? 
 
 首相の政策に同意しているわけではないが、社会融合と相互理解のために共に行動を起こそう、という話をした。先住デンマーク人たちと、ムスリム市民との間の懸け橋になりたい。やることはたくさんある。 
 
―「世俗派ムスリム」としては、風刺画を見て、どう思ったか? 
 
 確かに世俗派ムスリムではあるが、反感を持った。特に、頭に爆弾がついているのがいやだった。ムハンマドが描かれていたこと自体がダメだと思ったわけではない。 
 
―政治的挑発だったと思うか? 
 
 そう思った。私に対してではないが、宗教熱心な人たちに対しての挑発行為だと思った。2001年9月11日の米国大規模テロ以降、多くの人がテロとイスラム教を結び付けるようになった。ムハンマドとテロとを結びつけるような風刺画は、この点から、特にダメだと思う。侮辱されたように感じたのは確かだ。今回の風刺画は、信仰に対する敬意の欠如から起きたのだと思う。 
 
―ネットワークの名称には「ムスリム」とある。「デンマーク民主ネットワーク」なら賛同するが、「ムスリム」とついているので、入るのに躊躇する、というムスリムの声を聞いた。あえて「ムスリム」という枠で、自分のアイデンティティーをくくりたくない、という理由だ。また、イスラム教指導者たちのグループと反対位置にあることになると、デンマークのムスリム人口を二つの極端なグループに分断してしまう、という懸念もあるが。 
 
 20万人のイスラム教徒がいれば、20万人の異なる意見があるだろう。

 国内のムスリム人口を二分するつもりはない。むしろ、これまでは議論の場に出てこなかった、沈黙していたムスリムたちの声を集約したい。私自身、イスラム教や社会融合に関しての議論に、これまで全く参加してこなかった。「声なき過半数」の一部だった。ずっと眠り続けているようなものだった。自分が参加しなくてもいいだろう、と思っていたからだ。 

 しかし、もはやそうではなくなった。毎年、状況は悪化するばかりだ。今このようなネットワークを立ち上げなければ、今後、イスラム教徒に対する憎悪感がどんどん強くなるだろう、と思った。デンマーク人たちが見てきたのは、過激なイスラム教徒だけだった。自分がここにいること、世俗的なムスリムとして生きていることを示すこと、声をあげるときが来た、と思った。自分たちの物語を外に向けて語ることは、これまでなかったが、今がそのときだと思った。何かをすることが重要だった。強くなるばかりの憎悪をとめるために。 
 
―詳細は決まっていないというが、大まかな方向性として、どんなことを考えているのか? 
 
 デンマークの社会融合政策に関わりたい。首相と会談の機会も持てたし、融合のためにアイデアを出したいと思っている。4月中に、何らかの具体的な活動策のアイデアをまとめる予定だ。 (続く。次回は第1部の終わり:ポリティケン紙の編集長インタビュー)

by polimediauk | 2007-07-24 20:57 | 欧州表現の自由

 欧州に住むイスラム教徒を話題にするとき、政治目的を果たそうとするイスラム教徒、あるいはいわゆる過激派とされるイスラム教徒の声ばかりが聞こえてくるような気がする。メディアを見る限りは、だが。

 そこで、今度は「穏健派」・あるい「普通の」イスラム教徒は何を考えているのか?という疑問が出る。

 声高に何かを主張するのではなく、目立つでもなくひっこむわけでもなく生きている人の声は、なかなか外には出にくい。

 この点について、思いを語ってくれた人がいた。

 デンマークの首都コペンハーゲンから快速電車で3時間ほどかかる、オーフスというところで話を聞いた。(ベリタ2006年4月8日掲載)



「穏健派の声は封じ込められた」

  デンマーク紙が掲載したイスラム教の預言者ムハンマドの風刺画がきっかけとなって、イスラム教徒による抗議デモやデンマーク国旗への放火、大使館への襲撃、デンマーク製品の不買運動などが世界中に広がったのは、2006年2月だった。

 死者も出るほどだったが、4月にはいると、事態はひとまず終息を迎えた。デンマーク国内に住む20万人と言われるイスラム教徒の国民は、一連の事件を通して、欧州に住むイスラム教徒としてのアイデンティティーに思いを巡られたようだ。

 デンマーク西部にあるオーフス大学で英文学を教え、小説「バスが停まった」(仮訳。原題はThe Bus Stopped)の作家でもある、自称「穏健派ムスリム」のタビシ・ケアー氏は、自分たちの声を代弁する人が、デンマーク国内で誰もいないことに強い不満感を感じた、という。「穏健派の声は封じ込められた」と題するコラムを英ガーディアン紙やデンマークの新聞に寄稿したケアー氏に、思いを語ってもらった。 
 
▽異文化を子ども扱いするデンマーク 
 
――風刺画を見てどう思ったか? 
 
タビシ・ケアー氏:残酷だな、と思った。風刺画を掲載したユランズ・ポステン紙は、何故もっと優れた風刺画家を使わないのだろう、と思った。例えば、ターバンを巻いたムハンマドと思われる人物の風刺画で、ターバンの先に爆弾がついていた。最も冒涜的と言われている風刺画だが、このターバンはインド式のターバンであって、アラブ式のターバンではない。理解が不十分なままに風刺画を出した点で、デンマークが異文化を持つ相手を小さな子供として扱う、いつものやり方が出ていると思った。 
 
――どういう意味か? 
 
ケアー氏:つまり、デンマーク側が「何でも知っている」、ということで、自分とは違うグループに属する相手の意見を全く聞かずに、自分たちだけで議論のトーンを設定していく、という意味だ。相手を、自分で考え、決定できる存在とは見ない、ということだ。 
 
 別の例としては、昨年末、風刺画に関して、主にアラブ諸国の大使らが首相との会談を要求したとき、首相はこれを拒否した。デンマーク以外の国では、首脳は大使らと会談の機会を持ち、その後で、「国内法の制約から、独立メディアに圧力をかけることはできない」、として遺憾の念を表明し、ひとまず事態を収拾しただろう。しかし、相手側にも何らかの考えがあって会談を求めた、とは考えないデンマーク政府側は会談を拒否してしまった。実質的に、デンマーク国内、アラブ諸国、及び世界の様々な国の穏健派ムスリムたちの声に耳を傾ける機会が失われた。 
 
 風刺画に抗議するために中東諸国を訪れた一部のイスラム教指導者たちの行為に、大部分のデンマークに住むムスリムたちは共感を持てなかった。国旗を焼くなどの暴力行為にも同意はできず、誰も私たちの声を代弁することができないままだった。穏健派ムスリムたちの声は封じ込められた、と思った。 
 
――風刺画事件が国内で議論を起こす良いきっかけになった、と見る人もいるが。 
 
ケアー氏:知識人のレベルでは、様々な議論がでてきているが、一般の感覚では、まだまだ感情的な意見が強い。落ち着くまでには時間がかかると思う。私の知人の中では、不必要な挑発行為だったと見る人もいる。 
 
――何が背景にあるのか? 
 
ケアー氏:国内の政治状況を見ると、反移民感情が強い。ターゲットになっているのは、イスラム教徒だ。一般的に、移民に対して、「もしここに住みたのなら、文句を言うな」という圧力がある。もちろんホスト国のルールを守るのは基本的なことだ。しかし、だからといって、自分の意見を変える必要はないはずなのだが。法律を遵守する範囲で、それぞれ異なる意見を持つ権利があると思うのだが。 
 
 表現の自由とは一体何なのか?まず個人とは何か、を考えてみると、個人は1人だけで存在しているのではなく、社会の中で生きている。社会の中の個人は、他の個人との関係性の中で生きている。何でも制限なく表現していいとはならないだろう。 
 
▽穏健派、非穏健派双方との対話を 
 
――欧州に住むイスラム教徒の国民とホスト国の欧州の間で、「文明の衝突」が起きている、という見方もあるが? 
 
ケアー氏:そういう言葉を使うことで、対立状況が作られているように思う。自分の敵を作ることで、自分の立場を政治的に確固としたものにしたい、という人々が、互いにそうしているのではないか。 
 
――「穏健派ムスリム」として、できることは? 
 
ケアー氏:ホスト国側と、穏健派ではない同胞のイスラム教徒側との両方との対話の機会を持つことだ。片方だけに話すと、もう片方から敵だと思われる可能性もある。両方と話すことで、両方から敵だと思われる可能性もあるだろうが。お互いに敬意を持って相手に接し、過激行動に走らずに物事を解決するためには、両方の側と対話のチャンネルを持つことが大切だ。 
 
――イスラム教は西欧型民主主義とは合致しない、という見方をどう思うか? 
 
ケアー氏:まず、私はイスラム教の教義の専門家ではなく、普通のイスラム教徒としての意見だということを了解していただきたい。 
 
 民主主義と合致する、しない、という点は、イスラム教の教義のどの部分に焦点をあてるか、によると思う。どの宗教も、聖なる存在をトップに置くとしたら、民主主義とは合致しない部分が出てくる。キリスト教にしろ、ユダヤ教にしろ、神が物事を決定してゆくとすれば、民主主義とは相容れない。 
 
 イスラム教は、一概に民主主義的か反民主主義的かで割り切れないと思う。他の全ての宗教がそうであるように、非常に複雑だ。 
 
――イスラム教は、女性を男性より一段低く扱っている、とする批判があるが? 
 
ケアー氏:この点は、確かに問題だ。しかし、熱心なイスラム教徒でフェミニストの人もいる。また一方では、女性たちはある種の特別な衣類を身にまとうべきだ、と信じているイスラム教徒もいる。 
 
 穏健派のムスリムたちが、女性の地位などを、人権の立場からどうやって変えていくのかを、他のムスリムたちと議論していくべきだ。人類の半分を占める女性たちに同等の権利を認めない、ということがあってはならない。 
 
――イスラム教が生活の中心にあって、イスラム教の法律を厳格に実行した社会を望む人々は、キリスト教がベースになっている西欧ではなく、イスラム教の国家で暮らしたほうがいいのでは、という意見があるが。 
 
ケアー氏:私も全くそう思う。もし非イスラム教国で暮らすことでその人が不幸せになるのなら、イスラム教国で暮らしたほうがいい。 
 
――ご自身は、イスラム教徒であって、デンマークで暮らすということに、不都合を感じているか? 
 
ケアー氏:全く感じていない。多くのデンマークに住むイスラム教徒たちも同様だと思う。デンマークの政治などに不満を持っているが、ここに住むことを望んでいる。時々、もしデンマークの政策に同意しないなら、自分の国に帰れ、という人がいるが、間違っていると思う。デンマークで起きていることに関して、同意しないことがあったら、議論をすればいい。 
 
 非常に宗教熱心な人は不満感が強いかもしれない。しかし、穏健派ムスリムたちがこうした人々に話しかけることで、不満感をポジティブな感情に変えるようにすることが重要だ。 
 
 今回、穏健派ムスリムは、一部のイスラム教徒の暴力行為に対して、「自分はイスラム教徒ではない」といってしまいたいような状況にあった。また、これまで、「イスラム教原理主義は自分とは関係ない。自分は宗教的熱心というわけではない」、「わざわざ自分がムスリムである、と表明もしたくない」という態度をとってきた。しかし、これでは、問題は解決しない。ムスリムであることを明確にして、議論に加わっていかなければならないと思う。(つづく) (第1部の6回目)

by polimediauk | 2007-07-23 18:52 | 欧州表現の自由

  イスラム教の預言者ムハンマドの生涯を児童書にした、デンマークの児童文学作家カーレ・ブルートゲン氏へのインタビュー。デンマークの新聞がムハンマドに関わる風刺画を掲載することを思いついたのは、氏の児童書がきっかけだった。コペンハーゲンの自宅で事件やアンデルセンの話を聞いた。

風刺画掲載は支持 

──ユランズ・ポステンが12枚の風刺画を掲載したことについて、どう思うか? 
 
 ブルートゲン氏 掲載したことを支持している。つまり、表現の自由の範囲内だったと思う。ライバル紙の「ポリティケン」も同様の立場を取っていると聞いた。ユランズ・ポステンは政府を支持しているから、政治的な意図もあったと思う。 
 
 2月に風刺画を転載したフランスやドイツの新聞も、単に表現の自由というよりも、それぞれ自分たちなりの政治的・国内上の事情があってそうしたのだと見ている。 
 
──表現の自由に関してどう思っているか。 
 
 ブルートゲン氏 例外はごく少ないものであるべきだ。デンマークには神を冒涜することを違法とする法律がある。私は、こうした法律は必要ないと思っている。神々は自分で自分を弁護できるだろう。神を笑うことがあってもいいと思う。この本ではそうしなかったけれど、新たに本を書いて、神を風刺することもできるし、そうした行為は違法であるべきではない、と思っている。 
 
──ユランズ・ポステンの風刺画掲載は世界の大事件に発展したが、もともとのきかっけはあなたの本だった。命を落とした人もいる。これに関してどのように感じているか? 
 
 ブルートゲン氏 いつもニュースを見ているが、アフガニスタンやパキスタンでデモ参加者が命を落とした場面も見る。元をたどれば私のところに来る、と思うかもしれないが、実際のところ、私自身は責任があるとは思っていない。 
 
 つまり、この本を出版し、人々は受け入れてくれた。発売されてから数週間がたっているし、ムハンマドのイラストに関して批判が起きているわけではない。犠牲者が出たのは、もちろん、悲しい。しかし、ユランズ・ポステンの風刺画掲載以降、随分物事が様々な風に解釈されてしまったので、自分自身がこうした展開に責任があるとは思えないのだ。 
 
 また、デンマークのイスラム教指導者たちの一部が中東を訪問し、その後で問題が世界的な問題になっていったという部分があるので、ことさら自分に責任があるとは思っていない。 
 
▽キリスト教批判の小説も書いた。 
 
──本の出版を取りやめよう、とは思わなかったのか? 
 
 ブルートゲン氏 思わなかった。出版を停止するのは間違っている、問題が悪化する、と私は思い、予定日に出版された。 
 
──イラストを描いた画家は安全か? 
 
 ブルートゲン氏 安全だ。名前が出ていないから、誰もわからない。私自身も身の危険を感じていない。 本には、通常は出ている出版社の名前も、レイアウトデザイナーの名前も出していない。著者の私は出版の責任をおうべきだと思って、本の後ろに、自分のメールアドレスを入れた。 
 
──これまでの著作に関して、教えて欲しい。 
 
 ブルートゲン氏 これまで、若い読者だけでなく大人向きにも書いてきたが、中心は第3世界で、南アフリカ、メキシコ、パレスチナなど。キリスト教や仏教に関しての本もある。第3世界での貧しい人々の暮らし、子供たちの様子などを書いてきた。  子供の権利にも高い関心があって、アフリカ西部リベリア共和国の子供戦士の話やアジアで奴隷になっている子供たちの映画も制作した。  キリスト教に関してかなり批判的な小説も書いた。 
 
──どういう点からキリスト教に関して批判的だったのか? 
 
 ブルートゲン氏 キリスト教が、自分たちの文化を他の文化に力によって押し付けてきた、といった側面だ。キリスト教に関してこうした本を書いても問題はないのに、これがイスラム教だと問題になる。 
 
──ということは、西欧側の価値観を上から押し付けられているかのように感じるイスラム教徒の気持ちが理解できる、ということだろうか? 
 
 ブルートゲン氏 もちろんだ。現在でも、西欧による文化的帝国主義は健在だ。政治上の帝国主義だけではない。 
 
 デンマークの外のイスラム教徒たちの気持ちは、分かるつもりだ。しかし、風刺画が触発したとされる中東諸国での暴力事件は、実は風刺画そのものとは関係ないと思う。食物、教育、仕事、自由など、人間の基本的ニーズを提供することができないでいる現在の政権に対する、人々の不満が出たのだと思う。 
 
 デンマークであれば、不満があれば、それを声に出していえる。 
 
 表現の自由がもっと実行されるべきなのは、中東諸国ではないか、と思っている。問題は西欧側が権力を押し付けているのではなく、自国内の政府が国民に考えを押し付けている部分だ。自国内の宗教指導者も自分たちの考えを国民に押し付けているのではないだろうか。 
 
──イスラム教徒であって、民主主義を実行するということは、可能か? 
 
 ブルートゲン氏 もちろん可能だ。イスラム原理主義者だったら、できない。しかし、デンマークに住むほとんどのイスラム教徒は民主主義を実行しているし、全く問題はない。 
 
▽戯画化を楽しむのがデンマークの文化 
 
──ユランズ・ポステンの風刺画を見て、どう思ったか? 
 
 ブルートゲン氏 99%のデンマーク人がこれを見て、笑ったか、あるいはあまり笑わなくても、目を通した後で、すぐ次のページに行ったはずだ。腹を立てたりはしなかっただろうと思う。様々な人や出来事が風刺画で戯画化されている状態にデンマーク人は慣れている。まさか、何かが笑いの対象とされたことで怒り出すなんて、思わない。 
 
 12枚の風刺画の中で2枚は私を笑ったものだったけれど、私自身、笑っていた。「分かったよ」と思って、頁をめくり、日々の出来事に戻って行った。他の人もそうしていたと思う。 
 
──しかし、デンマークの風刺画には戯画化の度合いがきついものもある。例えば、ポリティケン紙の風刺画では首相は常に原始人として描かれている。ある風刺画では、閣僚の数人が環境大臣に放尿している場面があり、全てがカラーで非常にグラフィックに描かれていた。例えば、欧州でも英国の新聞では、人の下半身がグラフィックに描かれている風刺画は掲載されないだろう。 
 
 ブルートゲン氏 デンマークでは、女王も同様の扱いを受ける。女王だって、きっと、自分の風刺画を見て笑っているだろうと思う。 
 
 戯画化を楽しむデンマーク人の考え方と、風刺画のために互いを殺しあう人々の考え方には、大きなギャップがあると思う。非常に大きなギャップだ。 
 
 風刺の許容範囲が、デンマークでは広い。しかし、悪意があって笑う、という意味でなく、笑うことで相手をこちら側に受け入れている。私はあなたを笑うことができるし、あなたも私を笑う。みんなが笑う。仲間になる。 
 
──そうした笑いを他の国の人が理解するのは難しいときがあるのではないか? 
 
 ブルートゲン氏 そうだ。風刺画掲載はデンマーク国内での一つの動きだった。しかし、デンマークのイスラム教指導者たちが、掲載された風刺画やそれに加えて掲載されなかった画像とともに中東諸国を訪問し、「デンマークでは預言者ムハンマドがこれほど馬鹿にされている」と訴えたとき、ユランズ・ポステンの風刺画はデンマーク国内での文脈とは全く違う文脈で解釈されたのだと思う。 
 
 外国に出かけると、何かしら頭にくることが見つかることがあるだろう。その部分だけを取り上げて、その国全体を判断すると間違うこともあるだろうと思う。少なくとも、相互理解や社会融合を促進する動きではない。 
 
──第3世界に関して書くときは、どのような態度で臨んでいるのか? 
 
 ブルートゲン氏 国際政治の方向性に大きな懸念を抱いている。裕福な国と貧しい国とのギャップは広がるばかりだ。この点をどうにかしたい、ということで書いている。 
 
 欧州連合(EU)の政策にも反対の立場を取っている。補助金制度や税制度に問題があると思うし、機会があるたびに自分の意見を表明してきた。 
 
 しかし、今回の「ムハンマドの生涯」の本は、自説を主張するために書いたのではない。子供たち同士の相互理解を深めるための手助けになれば、と思い、史実に忠実に、ストレートに書いたものだ。 
 
──次のプロジェクトは? 
 
 ブルートゲン氏 まだ決めていないが、ウガンダでエイズにかかって苦しむ子供たちの映画を作らないか、という電話を受けたばかりだ。アフリカのエイズ問題に関してはこれまでにも沢山書いてきたが、デンマークの子供たちは、この問題に関してまだあまり知らないと思う。ウガンダは地理的に遠いし、エイズも身近な問題ではないからだ。 
 
──デンマークの児童作家といえば、ハンス・クリスチャン・アンデルセン(1805~1875)が著名だ。彼をどう思うか? 
 
 ブルートゲン氏 非常にデンマーク的な語りをする作家だった。説明が難しいが…。物語には、大きな声明文があるわけではない。シンプルな物語で、最後に少しひねりがある。ぼうっとしていると、見逃すほどの微妙なヒントが入っている。 
 
 一見、退屈といっていいぐらいのなんでもない物語展開だが、イノセントでシンプルな表現方法を通じて、多くのことが語られる。読んだ後、物語が心に残る。いろいろな感情が中に入っているからだ。たった一つの文章、たった一つの言葉が、読み終わった後で、ああ、そうだったな、これはこうだったんだな、と気づく。デンマークを代表する童話作家だったと思う。 (つづく)

 (明日からブレア政権のメディア戦略を書きます。)

by polimediauk | 2007-07-16 03:34 | 欧州表現の自由

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 デンマーク風刺画事件で、2005年秋、デンマーク紙が風刺画を掲載する構想のヒントになったのが、預言者ムハンマドの生涯を書いた児童書にまつわる話だった。

 この児童書を、06年初頭、コペンハーゲンの書店で見つけた。イラストレーターの名前が入っていない代わりに、作家の連絡先が記されていた。短期間のコペンハーゲン滞在だった私は、早速コンタクトを取ってみると、取材が実現した。

 コペンハーゲンの勝手が分からないので、とりあえずタクシーで自宅まで入ってみた。早く着きすぎてしまったので、アパートの隣にあるコインランドリーの中で待った。雪が降りしきり、曇り空。暗い感じの早朝だった。

 アパートのブザーを押し、建物の中に入り、階段を上ると、ドアには作家の名前があった。大騒動となったにも関わらず、逃げ回っているわけでも隠れているわけでもないのだった。
 
 (長いので上下に分けました。)

ベリタ2006年03月10日掲載
http://www.nikkanberita.com/print.cgi?id=200603101607415

「相互理解願い、書いた」

  2005年夏、デンマークの児童文学作家カーレ・ブルートゲン氏は、イスラム教の預言者ムハンマドの生涯について書いた自著に挿絵を描くイラストレーターを探すのに苦労したことを、あるジャーナリストにぼやいた。

 全国紙「ポリティケン」がこの経緯を9月中旬に記事化し、それに触発される形でライバル紙「ユランズ・ポステン」が約2週間後に、「メディアの自己検閲をテストする」ため、12枚のムハンマドに関わる風刺画を掲載した。これが今回の騒ぎの発端だ。

 「児童書はイスラム教との相互理解を進めるために書いた」もので、「風刺画に対する抗議デモに自分の責任はない」と言うブルートゲン氏に、コペンハーゲンの北にある自宅で、風刺画事件への感想やデンマークの風刺文化などについて聞いた。
 
──児童書「ムハンマドの生涯」を書くに至った経緯は? 
 
 ブルートゲン氏 この本を書いたのは、預言者ムハンマドについて学ぶことで、イスラム教徒の子供たちとデンマークのほかの子供たちとの間の相互理解が進むことを願ったからだ。私が住むこの界隈にはイスラム教徒の移民が多い。私の子供たち(13歳の娘と17歳の息子)の同級生もほとんどがイスラム教徒の子供たちだ。相手の価値観や信条に全て同意する必要はないが、まずはお互いのことを知ることが必要だと思う。 
 
 数人の画家に声をかけたが、何人かは時間がないために断り、何人かはイスラム教過激派からの攻撃を恐れてやりたくない、と言った。近年、デンマークでは、講義の途中でコーランの一部を暗唱した教授が過激派イスラム教徒らに殴られたという事件があった。最終的には匿名を条件にやってくれる人を探すことができたのだが。 
 
──風刺画掲載に関して、ユランズ・ポステン紙とは何らかの協力があったのか? 
 
 ブルートゲン氏 全くない。掲載日の朝、母から電話をもらって、掲載されたことを知った。そのうちの2枚は私に関わるものだったので(注:1枚は、ターバンを被ったブルートゲン氏の風刺画で、「(本の)宣伝行為」とする文字がついており、もう1枚では、ブルートゲン氏の本にイラストを書いた漫画家が、隠れるようにして作業をしているもの)、母は「闘え!」と私にけしかけた(笑)。 
 
▽イスラム諸国にも「ムハンマド画はある」 
 
──デンマークでは、児童書でムハンマドの挿絵が入ったものは他にないのだろうか? 
 
 ブルートゲン氏 他にもあると思う。知っている限りでは、教科書で1冊あったと思う。そこでこのイラストを描いた人物にも声をかけたが、もう退職しているのでやりたくない、と言われた。 
 
 いずれにせよ、イスラム諸国でもムハンマドの肖像が描かれている場合があるし、デンマークのイスラム教過激派は絶対にダメだというが、そうではないと思う。私自身、ムハンマドのイラストを入れること自体が間違ったことだとは思っていなかったし、それほど危険だと思ってもいなかった。ただ、2004年にはイスラム教を批判した映画を作ったオランダの映画監督テオ・ファン・ゴッホが過激派イスラム教徒に殺害されていたし、状況が緊張感をはらんだものであることは認識していたが。 
 
 イスラム教だけでなく、他の宗教に関しても書いてきた。批判的な文章もあれば、そうでないものもあった。今回の児童書は、イスラム教あるいはムハンマドを批判的に見た本ではない。史実に従って、ムハンマドの生涯を淡々とつづったものだ。イラストも風刺が目的でなく、物語の挿絵だ。 
 
―─父親が書いた「ムハンマドの生涯」に関する、自分の子供たちの反応は? 
 
 ブルートゲン氏 最初の頃は、いいアイデアだと思っていたようだ。今は父親の名前が本に出ていないといいのに、と感じているようだ。息子の高校の生徒はほとんどがイスラム教徒だけれど、全く問題ない、と言っていた。 
 
 自分自身に脅しが来てもいないし、子供たちが危険な目にあった、いじめられた、という話も聞いていない。子供たちの母親は私立のイスラム教徒の学校で教師として働いているけれど、全く問題ない、と言っている。 
 
 世界中で風刺画問題が大問題になったけれど、コペンハーゲンの普通の市民のレベルでは、大きな問題ではない。 
 
▽すべての原理主義に反対 
 
──デンマークのジャーナリストの中には、あなたが「反イスラム」である、とする人もいるが? 
 
 ブルートゲン氏 全ての原理主義に反対している、という意味では正しい。イスラム原理主義に反対だ。私が政治的イスラム、あるいは「イスラミズム」と呼ぶところの、イスラム教徒の中の一部のグループに対して、反対の立場だ。極右の考え、不寛容で攻撃的な人々だと思うからだ。心の底から反対している。 
 
 しかし、デンマークに住む90%のイスラム教徒は穏健派であり、民主的で、良い人たちだと思っている。しかし、狂信主義者のおかげで、イスラム教に随分ダメージが与えられていると思う。 
 
──反移民のデンマーク国民党に関してはどう思うか? 
 
 ブルートゲン氏 これも極右であるのは確かだ。イスラム原理主義者と国民党は、1つの同じケーキの一部だと思う。お互いに反目しているが、実は同じなのだ。 
 
──あなた自身は穏健派か? 
 
 ブルートゲン氏 そうだが、やや左だ。例えば、私が信じるのは男女間の機会均等だから、男性が女性よりも優れていると信じる人々とは反対の立場をとる。宗教が社会に影響を持つことに反対だ。宗教は個人的な分野に属するし、宗教と国家は切り離されているべきだ。 
 
──「ムハンマドの生涯」を政治目的のために書いた部分はあるのか? 
 
 ブルートゲン氏 政治目的ではない。しかし、ある意味では政治的ともいえる。相互理解が進むことを目的としているからだ。相互理解の結果、社会の中の調和、平和、幸福度が増大することを願っている。 
 
 ムハンマドのことを嘲笑するような本を作ることもできた。しかし、そうしないと決めたのは、イスラム教に関する議論をデンマークで始める時が来たように感じていて、多くの人はイスラム教に対してあまり知識がなく、コーランやムハンマドに関しても知らないのだから、まず知ることから始めるべきだ、と思った。

(下につづく)

by polimediauk | 2007-07-14 21:16 | 欧州表現の自由

 デンマークの移民・非移民問題や風刺画事件で私が???と思ったのは、「私たち」という言葉の定義だった。特にドイツの新聞の編集長が使っていたのが「私たちの文化」。「先住の白人・キリスト教をベースにした私たち」という意味だと思ったが、違和感を感じ続けた。

 デンマークに住む米国人のケビン・マッグイン氏も、この微妙な点に気づいていたようだった。

ベリタ2006年03月09日掲載

「『私たち』とは何か再考の時」
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  デンマークの首都コペンハーゲンで最も広く読まれている英字紙「コペンハーゲン・ポスト」(www.cphpost.dk)は、市内の約8万人の外国人居住者と、海外からの旅行客らが読者層だ。2006年2月、風刺画掲載の影響が世界中に広がる中で、風刺画がイスラム教を冒涜しているとする声とデンマークの表現の自由を受け入れるべきだという声の両方を掲載し、オンライン版には海外からも投書が殺到した。同紙の副編集長で米国人のケビン・マッグイン氏は、今回の事件を機に欧州諸国は、イスラム教徒とともに「私たちとは何か」を問い直すべきだ、と提言する。
 
▽ポスト紙は風刺画を転載せず 
 
──ユランズ・ポステン紙が、昨年9月、イスラム教徒の預言者ムハンマドの12枚の風刺画を掲載した。紙面で見たときに、どう感じたか? 
 
 マッグイン氏:個人的には、特に強い印象はなかった。デンマークの風刺画はかなり戯画化が強いので、これまでの風刺画と別に変わったものとは思わなかった。女王が風刺画に出ることもあるし、もしイスラム教徒でなければ、通常のデンマークの風刺画の1つ、といってよいと思った。 
 
──コペンハーゲン・ポストのスタンスは、どういうものだったのか?転載は? 
 
 マッグイン氏:ポスト紙では、既に掲載されているものを転載するという計画はなかった。 
 
 転載することで、イスラム教徒の感情を傷つけるであろう事は想像できたし、それ以上に、新聞のスタンスとして、中立であることを心がけている点があったからだ。私たちの新聞には社説もないぐらいで、デンマークを初めて訪れる人、あるいは海外からウエブサイトにアクセスする人、また英語での情報にたよっているデンマーク在住の外国人に対して、様々な情報を提供し、情報の判断は読者にまかせるというやりかただ。 
 
──読者の反応は、どのようなものだったのか? 
 
 マッグイン氏:2月初め、ドイツとフランスの新聞が風刺画を転載してから、世界中に波紋が大きく広がったが、その後の2-3週間で、1000通ほどのメールが来た。風刺画を掲載するべきでなかったとする意見、あるいは掲載して良かったという意見と、両方の見方が寄せられた。風刺画家は殺されるべき、とか、デンマーク人は人種偏見主義者だ、など、極端な意見も少数だがあった。自分の意見の理由付けをきちんと書き込んだ人の投書を紙面に掲載した。海外からの読者の意見も掲載するようにした。 
 
──市民のデモなどはあったのか? 
 
 マッグイン氏:2005年9月の掲載以降、イスラム教徒の国民を中心に、2,000人、あるいは3,000人規模で抗議デモがあったが、それほど大きなものではなく、ほとんどが平和的デモだった。中東諸国では暴力に発展したデモもあったようだが、ここデンマークではデモは平和的だった。 
 
▽米国とは異なるデンマークの表現の自由 
 
──個人的には、どのように状況を見ていたか? 
 
 マッグイン氏: 両方の側が、お互いをもっと理解するべきだ、と思っていた。例えば、デンマークに住むイスラム教徒たちは、イスラム諸国に住んでいるわけではないのだから、デンマークのルールをより理解して、タブーなしに多くのことを戯画化するのがデンマークの文化であることを認める努力をするべきだ、と思った。一方、他のデンマーク人も、表現の自由を行使した結果、傷つく人がいるかもしれないことを、もっと踏まえてもいいのではないか。 
 
 それでも、デンマークを含め、どの国にもタブーはあるし、人を傷つけるトピックもあるだろうが、こうしたタブーがおかされたり、自分が侮辱されたりした時に、建物を焼いたりしてはいけないのだと思う。中東諸国ではデンマーク大使館が襲撃された。暴力を使っては絶対にいけない。 
 
──デンマークの表現の自由をどう見てきたか? 
 
 マッグイン氏:米国人としてみた場合、違った状況が見える。デンマークでは何でも掲載できるので、驚いてしまう。例えば、米国の新聞で、赤裸々な裸の女性のイメージが新聞に堂々と出ることはないだろう。ののしりの言葉も米国ではメディアには出ない。デンマークの表現は時として度を越しているように感じることもある。 
 
 また、米国では、人々は宗教に関わる事柄の報道に気を使う。沢山の人が教会に通っているし、表現行為には配慮がなされる。書いてはいけないもの、掲載してはいけないものが米国にはある。表現や報道の権利がないのではない。権利はあっても義務ではない。 
 
 デンマークでは、閣僚が互いに放尿している場面を描いたものなど、いくつかの風刺画を見て、最初の頃、私もショックだった。しかし、段々慣れてきた。デンマークの人にとっては、こうしたレベルの風刺画は当たり前だ。 
 
 デンマークのメディアには、表現の許容範囲を狭められるのはいやだ、という思いがあると思う。しかし一方では、イスラム教徒にとっては、非常に神聖で戯画化しない事柄もある。だからといって、イスラム教徒のタブーに考慮すると、描いてはいけないトピックがどんどん増えてしまう恐れもある。 
 
──風刺画掲載を決めたユランズ・ポステンの文化部長フレミング・ローズ氏は、事態の影響が世界中に広がる中で、今度はホロコーストに関する風刺画を掲載しようとした。現在は休暇中だが、何故このように非常に対決的と見られるやり方をするのだろうか? 
 
 マッグイン氏:それがローズ氏のやり方なのだと思う。風刺画を掲載することで、問題を提起したい、と。イスラム教徒の読者が預言者ムハンマドの風刺画を受け入れられないものと感じるだろうということを確実に知っていて、あえて出したのだと思う。デンマークのメディアとして、自己検閲が起きているのかどうか、テストするべきだ、と思ったのだろう。挑発のためというよりも、状況をテストするためだったのだと思う。 
 
▽両者の率直な意見交換が必要 
 
──この事件以降、デンマークのジャーナリズムは変わったと思うか? 
 
 マッグイン氏:印刷する前に、その影響を考えるようになっているのではないか、と見ている。 
 
──風刺画を転載したドイツの新聞の編集長が、宗教上の権威を含め、全てのことを笑いのめすのが「私たちの文化」だとBBCテレビで発言し、英ジャーナリストから「私たちの」とはどういうことか?と問われた。つまり、欧州には多い場合には人口全体で10%の移民が既にいるからだ。 
 
 マッグイン氏:確かに、元々欧州に住んでいなかった人も増えている。今後の大きな問題になってくるだろう。つまり、移民たちが、「私たち」の一部になるのかどうか、「私たち」とは何なのか、を定義しないといけない。 
 
 米国の場合は、移民の立場をより良く理解できている部分があるようだ。米国では、「私たちの」文化とは、米国に住む、移民を含めた様々な人の文化だからだ。 
 
──しかし、あまりにも多文化に対する配慮が強すぎて、米国の一部では、クリスマスのときに、「メリークリスマス」といっては「政治的に正しくない」と解釈される場合がある、と聞くが? 
 
 マッグイン氏:確かにそうだ。時々、行過ぎるときがあるだろう。あまりにも配慮が強すぎて、表現の自由が狭まる状況だ。 
 
 こういう方向に行かないように、ということで、ユランズ・ポステンが風刺画を掲載したのだと思う。行過ぎを防ぐために。 
 
──デンマークの旗が焼かれたことに関しては、どう思うか? 
 
 マッグイン氏:自分自身は米国人で、米国の旗が焼かれている映像をこれまでにも見てきたので、ある意味では慣れていたけれど、多くのデンマーク人にとっては、大きなショックだったと思う。デンマークは世界中に広く知られている国、というわけではなかったし、イメージは良い国だったと思う。それが、急に悪い国として見られるようになったからだ。 
 
 結果的に悲しい状況が起きた。対立が明確になった。しかし一方では、デンマークを含めて欧州諸国に住むイスラム教徒の問題を、多くの人はあまり議論をしてこなかったと思う。無視してきた、と言ってもいいだろう。社会の一部だとは見られていなかったのではないか。従って、対立が表面化することが必要だったのだと思う。人々が、率直にこの問題について話し合うことができるようになった、という意味では、良い結果をもたらしたと思う。(つづく) 





by polimediauk | 2007-07-11 21:32 | 欧州表現の自由

 2005年9月末、デンマーク紙に掲載された預言者ムハンマドの風刺画が世界的なトピックになった1つのきっかけは、同年末、デンマーク内のイスラム導師アブラバン氏が中心になって、風刺画(掲載されていない分もあったという)を携えて中東諸国を回ったことだったと言われる。06年年明けに欧州各紙、雑誌が再掲載し、大きな問題になってゆく。

 このアブラバン師が、BBCラジオでインタビューされている様子を私は自宅で聞いていた。コペンハーゲンのモスクで記者会見が行われ、BBCの記者は「あなたが騒動を広めたんですね。何故そんなことをしたのか」と、詰問調で、質問をしていた。糾弾する感じだった。ダミ声で答えるアブラバン師。「わけの分からない、怖いイスラム教イマーム」というイメージが伝わってきた。

 しかし、本当かな?とも思った。どうして最初から相手を悪人として問い詰めるのか?この人物が「悪人」なのかどうか、私には分からなかったが、もしそうだとしても、最初から戦闘態勢の質問は、いかにも西欧的だとは思ったが、何か重要なヒントがこぼれ落ちる部分があるのではないかとも思った。

 コペンハーゲンに06年02月行き、アブラバン師に会う機会を得た。

 師はなぜか、毎週金曜日の説教を英語で行っていた。「何故デンマーク語でやらないのか、と批判がある」と地元紙の記者が教えてくれた。この記者自身、アブラバン師が非常におもしろいキャラクターであると見ており、「密着取材をしたい」と話していた。

 師が来るモスクは、2階建ての建物をモスクとして使っているだけなので、外側から見ただけではモスクとは分からない。

 説教を終えたアブラバン師が、私と地元紙記者が待つ場所にやってきた。祈りをする場所の上にある図書館兼応接間には、黒いソファーと低いテーブルが置かれている。テーブルの上にはチョコレートの箱やお茶が並べられた。

 風刺画騒動がおきてからは、説教の後、毎回記者会見を開き、世界中からやってきた記者と会話をしたという。その日は私を含めて取材者は二人だけ。チョコレートを勧められ、お茶を飲みながらの取材だった。穏やかな、あたたかみを感じさせる雰囲気があった。パレスチナ人だが、「デンマークは自分の国。この国を愛している。民主主義を愛する」といっていた。
 
 そのほぼ1年後、アブラバン師は60歳でがんで亡くなった。

 06年の秋には、一連の騒動に疲れ果て、体調を悪くし、「デンマークを出たい」とも言っていたという。最後に私が電話で話したとき、「体調は何とか戻った。デンマークにいることにした」と言っていたのだが。妻と7人の子供を後に残した。


ベリタ2006年03月04日掲載

「イスラム教徒の価値観に理解を」

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  デンマークで最もよく知られているイスラム教イマーム(導師)のアーマド・アブラバン師は、イスラエルの海港ジェッファでパレスチナ人家族の子供として生まれ、1984年に政治的亡命者としてデンマークにやって来た。預言者ムハンマドの風刺画掲載への抗議の一環として、昨年末、エジプト、レバノンなどの中東諸国を訪問したグループの一人だ。新聞に掲載された風刺画とともに、ムハンマドをブタに見立てた写真なども持参し、中東諸国の中で反デンマーク感情を扇動した人物とも言われている。コペンハーゲン市内のイスラム教礼拝所の1つで、金曜礼拝の儀式を終えて声を枯らせたアブラバン師に話を聞いた。
 
▽イスラム教徒挑発が目的 
 
――これまでの経緯を確認させて欲しい。風刺画を掲載したユランズ・ポステン紙とはどのようなコンタクトをとってきたのか? 
 
 アブラバン師:昨年12月8日、掲載を企画したユランズ・ポステン紙の文化部長フレミング・ローズ氏らと面会した。ムハンマドに関する知識を深めるためのセミナーを一日か二日で共催しないか、と誘った。ユランズ・ポステンやイスラム教徒のコミュニティーが資金を出して、大学にも協力を呼びかけよう、と。こうしたセミナーを開くことで、デンマークは反イスラム教ではないというメッセージを世界中に広げることができる、と言った。 
 
――会談はどのような雰囲気で進んだのか?対立的? 
 
 アブラバン師:和やかな雰囲気で進み、ローズ氏と握手もした。 
 
――今回の12枚の風刺画のどこが侮辱になるのか? 
 
 アブラバン師:最も侮辱的だったのは、一連の風刺画が、ムハンマドやイスラム教に対して否定的なイメージを伝えていた点だ。 
 
 誰しもがテロリストのことを話すこの時代に、爆弾の形をしたターバンを巻いたムハンマドの風刺画があれば、ムハンマド自身が、そしてイスラム教徒たちがテロリストだという印象を与えるだろう。非常に悪いイメージだ。 
 
 ユランズ・ポステン紙の編集長カーステン・ユステ氏は、社説の中で、頻繁に「暗闇の人々の脅し」という言葉を使ってきた。イスラム教を信仰する人々を、彼は「暗闇の人々」と形容していた。掲載にイスラム教徒を挑発する目的があったことは確かだ。 
 
 ――デンマーク政府に謝罪を要求したのか? 
 
 アブラバン師:決してそんなことは要求していない。決して。 
 
 私たちは、首相宛に公開書簡を書いた。何故私たちが(11月から12月にかけて)中東諸国を訪れたのかを説明した手紙だ。この手紙の中で、これは政府の問題ではない、ユランズ・ポステンの問題だ、と書いた。 
 
 ――では、ユランズ・ポステンに謝罪を要求したのか? 
 
 アブラバン師:していない。ユランズ・ポステンへの英語の手紙を一緒に読めば、分かる。フレミング・ローズ氏に手渡した手紙の中では私たちはこう書いた。「私たちは、両者が勝つような状況を作りたい。私たちは、デンマーク政府や制度、人々に対して怒っているのではない。大きく考え、大きく行動したい」 

 「現在の状況は一触即発の雰囲気になっている。私たち全員が力をあわせてこの状態を変えなければならない」 

 「私は楽観的だ。ゲームのルールは変わるだろう。大学の教授などに話しかけて、ムハンマド・セミナーなどを開いたらどうだろう。ムスリムコミュニティーが75%を払い、デンマークの大学が払い、ユランズ・ポステンは5%払うという形ではどうだろう」。 
 
 この提案をいくつかの大学にも送った。 
 
▽真剣な反応示さぬ政府・新聞社 
 
――反応は? 
 
 アブラバン師:大学側の答えは否定的だった。 
 
 今年1月12日には、公開書簡を首相に送った。この中で、私たちはデンマーク国民であり、他の国民と同様の平等な扱いが欲しい、と書いた。中東諸国を訪問したのは、風刺画問題に関して、文化的かつ知的アドバイスを受けるためだった、と説明した。そして、私たちイスラム教徒のコミュニティーは首相を支持する、と書いていた。 
 
 この書簡以前にも、文化大臣宛てに昨年から、意見交換のための書簡を送っていたが、返事はなかった。 
 
 政府や新聞社に声をかけても、何度も何度も何の反応もない、という状況が続いていた。 
 
 ――確認だが、これまでに、政府にもユランズ・ポステン側にも謝罪の文面を要求したことはないのか? 
 
 アブラバン師:ない。しかし、いつでもまともに扱ってもらえなかった。話を一応は聞いてくれたとしても、答えに真剣さがなかった。結果的に、中東諸国の訪問につながった。 
 
 ――訪問をすることで、デンマークに対する憎悪感を扇動した、という報道がされているが? 
 
 アブラバン師:そんなことはない。カイロ大学などでイスラム教の権威に会ったのだが、カトリックの人がローマのバチカンに行って相談するのと同じだ。私たちは、デンマークの指導者たちが私たちを真剣に受け止めていない、聞いてくれない、と感じていた。そんな時、私たちは道に出て抗議デモを組織化するような行動はとらない。中東に行って、スピリチュアルなリーダー達に会って、これからどうするべきかを相談したのだ。 
 
 ――ユランズ・ポステン紙に掲載されていない、しかしムハンマドを侮辱するような風刺画や画像などを持って行き、このおかげで怒りを故意に増幅させた、とも報道されているが? 
 
 アブラバン師: 単なる疑惑だ。どれが掲載された風刺画でどれがそうでないのかは、一目見ればすぐ分かる。イスラム教徒が侮辱されている状況の説明をしたかっただけだ。問題の指摘はできたと思っている。 
 
▽スケープゴート探し 
 
 ――BBCを初めとした西欧のメディア報道では、あなたを悪者として描くものが多いが、どう思っているか。 
 
 アブラバン師:それはそれで生きていくしかない。私たちは独立した宗教グループだ。人材がたくさんあるわけではないし、新聞やテレビ局を持っているわけでもない。しかし、神が助けてくれる。 
 
 世界中の10億人にも上るイスラム教徒が感じている風刺画掲載への怒りに耳を傾ければ、真実が分かる。紳士、淑女の皆さん、全人類のみなさん、私たちは全員、人間だ。しかしそれぞれ違う。中にはイスラム教を信じている人もいる。イスラム教徒にはイスラム教徒の価値観がある。この点を最も訴えたかった。 
 
――あなたは「過激的な(ラディカルな)イマーム」と言われているが、これは正しいと思うか? 
 
 アブラバン師: 自分ではいえない。デンマークでは20年間、ラディカルなイマームということになっている。しかし、イスラム教は過激な宗教ではないと思っている。これもまた不正確な報道なのだ。 
 
――世界中のイスラム教徒が各地でデンマーク製品のボイコットを始め、抗議運動が広まっていった時、あなたは中東のテレビ局アルジャジーラの取材の中ではボイコットを奨励し、同じ日のデンマークのテレビではボイコットをしないように、と言っていた。このため、ラスムセン首相は、あなたのことを「二枚舌の人物」と呼んだが。 
 
 アブラバン師:誰かスケープゴートを探そうとして、必死なのだろう。二枚舌のことを言うならば、イスラム教徒を侮辱するつもりではなかったと言いながら、あのような風刺画を掲載するというのは、どう考えるべきか。 
 
 例えば、フレミング・ローズという名前のラディカルなイマームがいるようなものだ。ユランズ・ポステンは、毎日のようにイスラム教やムスリムに関する否定的な文脈の報道をしてきた。ユランズ・ポステンもラディカルなイマームとしての面があったのだ。 
 
 批判的であることは、民主主義の権利だ。しかし、誰かを2枚舌だというなんて、こういっては申し訳ないが、政府こそ二枚舌なのではないか。中東で、ムスリムたちをだましたり、うそをついている。だから人々は怒りを感じているのだ。 
 
▽文明の発展に力を合わせたい 
 
――「表現の自由」をどうするべきだと思うか? 
 
アブラバン師:欧州や世界が、この問題をもう一度じっくり考えてみることを望んでいる。政府の上層部は表現の自由を弁護し続けているが、私たちは、モラル上のそして倫理上の配慮が伴うべきだ、と思っている。 
 
 表現の自由は、内戦を引き起こすためにあるのではなく、他人を侮辱するためにあるのでもないだろう。表現の自由とは、人種上あるいは宗教的背景の違いを盾にして、他人を貶めるためのものではない。この点に同意して欲しいのだ。これが、最初からの私たちの要求だ。 
 
 ユランズ・ポステンのユステ編集長は、もし風刺画がこれほどの怒りをかうのだったら掲載していなかった、と今は書いている。掲載が間違いだったと認めた、と私たちは受け止めた。 
 
――イスラム教徒に対するメッセージは何か? 
 
 アブラバン師:金曜礼拝の時にも言ったが、平和的な手段での抗議を勧めている。私は将来に関して非常に楽観的な思いを抱いている。世界中が、叫び声を上げているイスラム教徒たちの存在に気がついたからだ。世界中が目覚めた状態になったのだと思う。 
 
――西欧に住みながら、西欧に敵対心を抱いているのか、あるいはその価値観に反対してるのか? 
 
 アブラバン師: 反対していない。敵対心もない。例えば、たくさんのジャーナリストが西側や日本から来たが、ここでゲストとして迎えている。欧州に住むイスラム教徒として、文明の発展に参加したい、と思っている。 
 
 世界中の非ムスリムの人たちには、客観的に物事を見て欲しい、と思う。メディアには正しい文脈を伝えて欲しい。 
 
 小さいときに虫歯があって、父に歯医者に連れて行かれたが、私は怖かったので、痛くない歯を見せた。結局、おかげで今でも同じ虫歯に悩んでいる。もし、ジャーナリストや政治家が違う歯を見ていたら、私の子供のときのように、虫歯を治すことはできない。私たちは、協力して、虫歯を治療し、痛みを取り去らなければならないと思う。  (つづく) 

by polimediauk | 2007-07-10 19:09 | 欧州表現の自由