小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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カテゴリ:ウィキリークス( 33 )

 内部告発サイトウィキリークスに米国の機密情報を流したとされ、20を超える罪に問われた、米陸軍上等兵ブラッドリー・マニング氏の裁判の判決が、30日出た。

 上等兵は、訴追された中では最も重い罪となる「敵へのほう助罪」では無罪となったが、スパイ罪を含む複数の罪で有罪となった。最長で130年を超える禁固刑がかされる可能性もある。

 この件で、英米のいくつかのサイトを見てみたが、また判決が出てから3-4時間なので、どことなくきちっとしたものが出ていない感じがした。その媒体によって、どこに力点を置くかが微妙に違う。有罪を先に書くのか、無罪を先に書くのかで、その媒体の支持がどちらにあるかが微妙に出てしまう感じがした。
 
 ひとまず英ガーディアン紙の記事などから、あくまで現時点での概要をまとめてみた。表現が正確ではない点があるかもしれないことをご容赦願いたい。

 公判は、米ワシントンD.C.近郊のメリーランド州フォートミード陸軍基地で、6月から開かれてきた。

 マニング兵は、大量の外交公電を不正にダウンロードした疑いで、2010年5月逮捕され、機密情報不正入手などの罪で同年7月に訴追された。2011年には、新たに「敵支援」などの罪で追加訴追された。

 デニス・リンド裁判長が敵のほう助罪ではマニング氏を有罪にしなかったことで、多くの報道機関や報道の自由のために活動を行う組織はほっと胸をなでおろした面もあったかもしれない。というのも、多くの報道機関がリーク情報を報道した。もしこの罪で有罪となれば、公的利益のために内部告発によって出た情報を報道することができなくなってしまうからだ。

 裁判長はまた、多くの市民が亡くなった、アフガニスタンのファラ地域での米空軍による攻撃の動画を暗号化してリークしたことについても、有罪とはしなった。マニング氏自身は暗号化してない動画や関連資料をリークしたと後になって認めたものの、同氏の弁護士らがマニング氏はこの動画をリークしていないと主張したことが通った格好だ。

 20を超える罪で有罪となったが、その1つは「インターネットに出た諜報情報に敵がアクセスできるということを知った上で」、米国の諜報情報をネット上で出版する状況を「不当に、気まぐれに」引き起こした罪だ。これは報道機関にとっては、かせになる可能性があろう。

 人権保護団体は判決を非難している。米国自由人権協会(ACLU)のベン・ウイズナー氏は、「マニング兵が最も重い罪では無罪になったことについては安堵した」が、「公益から報道機関にリークを行った人をスパイ法で訴追するべきではないと思っている」。

 「情報漏えい罪では有罪になっているので、今後、貴重な情報をリークしようとする人を威嚇しようという意図があることが分かる」。

 マニング兵の家族は、ガーディアンへのメッセージで、マニング兵の弁護士デービッド・クームス氏に感謝の念を表するとともに、こう付け加えた。「本日の判決には失望しているが、ブラッドが米国の敵を助けようとは決して思っていなかったことについて、裁判長が同意してくれたことはうれしい。ブラッドは米国を愛し、軍の制服を着ることに誇りを持っていた」。
 
 マニング氏は2010年5月に逮捕された後、1157日間、拘束されてきた。最終的に刑が確定すれば、この日々は禁固日数から差し引かれる。裁判が始まる前の準備期間となった112日間も差し引かれる見込みだ。

 マニング兵は拘束期間中の一時、夜は裸で寝るように強制されるなど、過酷な日々を過ごした。

 裁判長は、今後、すぐに刑の長さを確定するための審理過程に入ると述べている。数ヶ月前にマニング兵はウィキリークスへの情報漏えいをしたと認めており、弁護側の焦点は、禁固刑をいかに短いものにするかになる。弁護側は、マニング兵が情報をリークしたときに精神的に弱い状態にあったなどと主張する見込みだ。

 ウィキリークスに対し、米政府の70万点に近い機密情報をリークしたマニング氏は、デジタル時代の大量リークのさきがけとなった。政府が機密を維持する必要性と、市民の知る権利との間でどうバランスを取るかが今後も議論になるだろう。
 
 マニング氏がアクセスできた「機密情報」は当時、米国内で300万人近くがアクセスできるようになっていた。この点を問題視する人も多い。これほど大量の人がアクセスできる情報は「機密」なのだろうかー?

―マニング兵の拘束状況

 2011年3月、フィリップ・クローリー米国務次官補(広報担当)が辞任したが、これは、マニング兵が、拘束中の海兵隊施設(バージニア州)で不当に扱われていると発言したためだ。

 当時の拘束状況を筆者のブログから拾ってみた。

 マニング兵は自殺防止のため、夜間は衣服を没収され、全裸で眠ることを強要されていた。クローリー氏は、3月上旬、米マサチューセッツ工科大学での会合で、マニング兵の取り扱いが「不合理、国防の面から言えば逆効果で馬鹿げている」と語った後、辞任をせざるを得なくなった。
 
 クローリー氏が「馬鹿げている」と表現した、マニング兵の拘束状況とはどんなものか?同兵の弁護士が公表した、マニング兵自身の説明を見てみよう。(ガーディアンの記事から)

***

 「3月2日から、私は夜間、衣服を没収されることになった。この処理は無限に続くそうだ。最初の夜、衣服を没収された後、翌朝まで寒い独房の中で眠るしかなかった」

 「翌朝、ブリッグ(米国の軍隊で罪人を一時的に拘留する場所)の検査担当官がやってくるため、ベッドから起きるように言われた。まだ衣服は戻してもらっていなかった。ベッドから起きると、すぐに独房の寒さが身にしみた。独房の前のほうに、自分の性器部分を手で隠しながら歩きだした。看守は、『休め』の姿勢をとるように言った。これは、両手を後ろに組み、両足を広げる形で立つことを意味した。検査担当官がやってくるまで、約3分間、そのままの姿勢でいた」

 「検査官とそのおつきが私の独房の前を通った。担当官は私の顔を見て、一瞬立ち止まり、その後、次の独房のほうに進んでいった」

 「自分が全裸でいるところを大勢の人に見られ、非常に決まりが悪かった」

 「担当官たちが行ってしまった後で、ベッドまで歩き、座っても良いと言われた」

 「その後衣服を返してもらうまでに10分ほどかかった」

 「私は、自殺を防止するための『スモック』とよばれる衣類を与えられるようになった。夜間にはまた全裸にならなければならないが、昼間はスモックを着られた」

 「最初、スモックを来たくなかった。非常にごわごわして着心地が悪かったからだ」

 「これまでの状況を考えると、夜間、無期限に全裸で寝ることを強要するのは懲罰であることは明らかだった」

 「私は24時間、監視されている。看守は私の独房からほんの2-3メートル離れた場所にいる。昼間は下着と衣類を身に着けられるが、この時間には私が自殺を起こす心配がないとでもいうのだろうか」

 「3月2日以降の、夜間の全裸強要には正当な理由がない。これは、裁判前の違法な処罰に値する」

 「現在、独房に入れられ、外に出るのは1時間のみ。23時間は、独房の中にいる。昼間は看守が5分ごとに、私が大丈夫かどうかを聞く。肯定的な返答をするのが義務となっている」

 「夜間、看守から私の姿が十分に見えなかったり、毛布で私が頭を覆っていたり、壁のほうに丸まって寝ていると、看守が私を起こし、大丈夫かと聞く。食事は独房の中で食べる。枕やシーツを使ってはいけないことになっている。個人的なものを独房の中に一切置いてはいけないことになっている。一度に持ち込めるのは1冊の本か、雑誌だ。本や雑誌は、私が寝る前に、取り去られる。独房の中で運動はしてはいけないことになっている。もしプッシュアップとかしていたら、やめさせられる」

「毎日、独房の外でできる運動は1時間のみだ」

―ウィキリークスへのリーク情報はどのように公開されたか?

 2010年夏以降、ウィキリークスは、英ガーディアン、米ニューヨークタイムズ、ドイツの週刊誌シュピーゲルなどといった世界の大手報道機関と共同で、米軍や米政府にかかわる機密情報を相次いで暴露した。

 7月末には駐アフガニスタン米軍にかかわる9万点余の機密情報、秋にはイラク戦争にかかわる機密情報40万点以上、そして米外交公電25万点が段階的に公開された。その規模の大きさに「メガリーク」という表現も使われるようになった。

―改めて、ウィキリークスとは

 オーストラリア出身のジャーナリストでインターネット活動家ジュリアン・アサンジ氏が立ち上げた内部告発用のウェブサイト「ウィキリークス」は、2006年、世界の権力者や大企業が隠したがる情報を公益のために外に出す仕組みとしてスタートを切った。

 ケニアの元大統領一家による汚職情報の暴露(07年)、高速増殖炉「もんじゅ」の火災事故に関わる非公開動画の公開(08年)、アイスランド・カウプシング銀行の内部資料公開(09年)などを通じて、着々とその認知度を広めてきたが、大きな注目を浴びるようになったのは、マニング兵からの情報リークを基にした、メガリークであった。

 政府や企業などの内部事情を知る人物が公益目的で行う内部告発には長い歴史があるが、その人物の素性が明るみに出た場合、雇用先からの解雇あるいは何らかの社会的制裁を受けがちだ。

 ウィキリークスではウェブサイトを通じて情報を受け取るが、暗号ソフトを通して情報が渡るため、ウィキリークス側にも告発者の素性が分からないようになっている。告発者を守りながら、外に出るべき情報を出せる。これこそネット時代の内部告発のあり方であると新鮮さを持って受け止められ、世界の最強国米国の機密情報を暴露して泡を吹かせたという意味からも、創設者アサンジ氏は一躍時代の寵児としてもてはやされた。

 英国に滞在していたが、スウェーデン出張中に、後に性的暴行を受けたと主張する二人の女性と関係を持った。昨年6月、この件でスウェーデン移送が決定。

 移送されれば、米国に送られ、スパイ罪などに問われる可能性があると見たアサンジ氏は、これを回避するためにエクアドルへの亡命を希望し、ロンドンの駐英エクアドル大使館に政治亡命を申請した。申請は同年8月に認められた。現在も、エクアドル大使館に滞在中だ。
by polimediauk | 2013-07-31 06:52 | ウィキリークス
 今年も、あと数日で終わることになった。メディ界では今年を振り返り、来年を予測する企画が目白押しだ。「週刊東洋経済」(12月19日発売号)にウィキリークスについて書いたが、題名は「ウィキリークス『消滅』?」である。しかし、原稿を準備していたときはやや悲観ムードだったのだが、年末になってみると、「いやいや、まだまだ」という要素が見えてきた。

 これまでの経緯なども入れて、「2011年末時点で、ウィキリークスや創始者ジュリアン・アサンジをどう評価するか?」という観点から、まとめてみたのが以下である。

***

 ウィキリークス、いまだ死なず

 オーストラリア出身のジャーナリストでインターネット活動家ジュリアン・アサンジが立ち上げた内部告発用のウェブサイト「ウィキリークス」は、2006年、世界の権力者や大企業が隠したがる情報を公益のために外に出す仕組みとしてスタートを切った。

 ケニアの元大統領一家による汚職情報の暴露(07年)、高速増殖炉「もんじゅ」の火災事故に関わる非公開動画の公開(08年)、アイスランド・カウプシング銀行の内部資料公開(09年)などを通じて、着々とその認知度を広めてきたが、大きな注目を浴びるようになったのは、昨年夏から秋にかけて行った、米英独の大手報道機関との共同作業による、大量の米軍の機密情報(昨年7月、10月)や米外交公電(同年11月)の公開であった。

 政府や企業などの内部事情を知る人物が公益目的で行う内部告発には長い歴史があるが、その人物の素性が明るみに出た場合、雇用先からの解雇あるいは何らかの社会的制裁を受けがちだ。

 ウィキリークスではウェブサイトを通じて情報を受け取るが、暗号ソフトを通して情報が渡るため、ウィキリークス側にも告発者の素性が分からないようになっている。告発者を守りながら、外に出るべき情報を出せる。これこそネット時代の内部告発のあり方であると新鮮さを持って受け止められ、世界の最強国米国の機密情報を暴露して泡を吹かせたという意味からも、創設者アサンジは一躍時代の寵児としてもてはやされた。ウィキリークスの活動資金となる募金は世界中からやってきた。

 果たしてウィキリークスは新しい形のジャーナリズム媒体と言えるのか、また、「公益」のために国家機密を暴露することは正当化されるのかどうかなど、公益・国益に関する熱っぽい論争も発生した。

―「自滅」?

 しかし、カリスマ性を漂わせたアサンジ個人がウィキリークスの活動に影を落しだす。

 昨年8月、アサンジは滞在中の英国からスウェーデンに出張し、女性2人と性的関係を持った。アサンジが英国に戻った後に、女性たちはアサンジが性的暴行を働いたと主張し(アサンジ側は否定)、スウェーデン検察局は「欧州逮捕状」(施行03年から)を用いて、アサンジが同国に戻るよう要求した。

 4ヵ月後(2010年12月)、アサンジはロンドンの警察に出頭し、その場で逮捕され、数日間を刑務所で過ごした。著名人らが巨額保釈金を積み、刑務所から出たアサンジだが、足元には電子タッグをつけられ、毎日、地元の警察署に出頭する不自由な生活を送っている。

 アサンジはスウェーデンへの移送を拒んでいる。もし身柄がスウェーデンから米国に移送されれば、機密情報を暴露したサイトを運営する自分がスパイ罪(もし有罪となれば死刑もあり得る)に問われることを恐れる。

 移送問題は裁判にまで発展した。既に、英裁判所は第1審、2審でスウェーデンへの移送を支持する判決を出したが、今月5日、英高等法院がアサンジの最高裁への上訴を容認する判断を出した。そして、22日、最高裁が来年2月から審理を行うとする報道が出た。移送問題の解決は長丁場になりそうだ。

 話をウィキリークス自体に戻すと、今年9月上旬、ウィキリークスの信憑性に疑問符がつく事件が起きた。

 昨年11月末、ウィキリークスは米国の外交公電を複数の大手報道機関との共同作業を通じて編集し、公開した。公電内容を精査し、暴露しては人命に危険が生じるなどの箇所を出さないようにした後、一部を公開していたのである。

 ところが、無修正の公電情報がネット上に出回っていることが判明し、アサンジは自暴自棄ともいえそうな行動に出る。もう既に出てしまった情報だから隠してもしょうがないと思ったのか、ウィキリークスのサイト上に無修正の公電情報全てを掲載したのである。この無修正公開は、人権保護団体、大手メディ機関から「無責任だ」と大きな批判を浴びた。

 アサンジは協力した報道機関の1つ英ガーディアン紙の記者が書いたウィキリークスに関する書籍の中に、公電ファイルを読むための暗号が記載されていたから、ネット上に無修正のファイルが流れたのだと主張し、ガーディアン記者らに対し激怒したが、ウィキリークスの内部あるいは以前に内部にいた人物が外に出した、という説もある。

 同じく今年9月のこと。アサンジの個人的な事情がまたウィキリークスの足を引っ張る。

 スウェーデンへの移送に関わる裁判費用を工面しようと、アサンジは自伝の出版を準備してきた。ドラフト原稿が出きあがった後、これを著作権保持者である自分が最後の承認を与える前に、出版社が9月末、出版してしまったのである。出版社側は、既にアサンジに前金を支払っている、本人から連絡が来ないなどの理由から、しびれを切らした末に行動を起こしたという。出版社もアサンジもウェブ上でそれぞれの主張を公表した。どちらの主張が正しいのかは第3者には判別しがたいが、アサンジといえば「自己管理を上手にできない人物」というイメージが増幅されてしまった。

 10月末、資金難のためにウィキリークスは一時的に活動を停止せざるを得なくなった(11月末、復活)。ビザ、マスターカード、ペイパル、ウェスタン・ユニオンなど、送金に関わる米企業が、米政府の機密情報を暴露したウィキリークスへのサービスを停止してしまったからだ。資金難による活動停止というリスクを抱きながらの活動が続く。

 目が離せないのが、ウィキリークスに対し、機密扱いの米外交公電を漏えいし、機密情報不正入手などの罪などで訴追されているブラッドリー・マニング米陸軍上等兵の処遇だ。

 マニング兵は、昨年5月イラクで拘束された後、長い間、独房に監禁されてきた。複数の容疑をかけられているが、その1つが敵のほう助罪。これも有罪になれば、最悪で死刑もあり得るという。

 今年12月16日、軍法会議を開くかどうかの予備審問が米メリーランド州のフォートミード陸軍基地の法廷で始まり、22日には弁護側の最終弁論が終了した。軍法会議にかけるかどうかの決定は、来月以降になる予定だ。

 米外交公電の暴露からほぼ一年を経た現在、ウィキリークスについて、当時のようなばら色のイメージはない。一時は「消滅」の危機も噂されたが、もし「消滅」するとすれば、その原因には①アサンジの自己管理能力(自己の振る舞いについての配慮不足及び管理する組織内部の情報保持に落ち度)や②敵の巨大さ(米国)が挙げられるだろう。

―ジャーナリズムの賞を得る

 しかし、内部告発サイトのパイオニアとしてのウィキリークスの存在意義は今でも不変だ。個人や数人の仲間でも技術と覚悟さえあれば、世界に挑む戦いができることを証明した。世界各国の政府、特に米国を敵に回しての情報暴露は、並外れたずぶとさと覚悟、「事実を外に出す」という意味でのジャーナリズム精神がなければ、実現できなかった。ジュリアン・アサンジという人物がいなければ、ウィキリークスも存在しなかっただろう。

 2011年を通じてごたごたに見舞われたウィキリークスだが、12月2日には、私たちの日々の生活を監視する企業の情報を「スパイ・ファイルズ」と名付けて公開し、「いまだ死なず」というスピリットを見せた。

 ウィキリークスの存在理由の根幹が、不当な権力の行使に挑戦し、権力者側が隠そうとする情報や事実を広く市民に公開すること、つまりはジャーナリズムであったとすれば、ウィキリークス的なものはこれからも続く。ネットを使うか否かに関わらず、世界中のジャーナリストや世の中を良くしたい人、もっと情報が出るべきと思う人によってウィキリークスの次が続々と生まれている。

 11月27日、ウィキリークスは、オーストラリアのピューリッツアー賞と言われるウォークリー賞の「ジャーナリズムへの最優秀貢献賞」を受賞した。アサンジにとって、今年、最もうれしい出来事の1つだったかもしれない。(「週刊東洋経済」12月19日発売号の筆者記事に補足。)
by polimediauk | 2011-12-27 02:17 | ウィキリークス
c0016826_19512181.jpg 明日19日発売の「週刊東洋経済」が来年を予測する記事を特集している。

 この中に、ウィキリークスを現時点で統括する原稿を書いた。めくってくださると幸いである。

 ウィキリークスは2010年夏から冬、それに今年年頭あたりまで、日本でもたくさんの論評・報道が出た。私も書き手の一人として、主にジャーナリズムの面から触れてきた。

 その後、日本でも世界でも、いろいろなことが起きて(3月の東日本大震災は言うまでもなく)、かつ、ウィキリークスの創始者ジュリアン・アサンジ個人に関わる事件(性犯罪容疑ー本人は否定)が大きくなったりして、ウィキリークス(賛美)熱は、いったんはおさまったのではないかと思う。

 そしていま、振り返ってみると、あれは一体なんだったんだろうー?これからどうなるのか(あくまで、予測)。

 そんなところを書いてみた。
by polimediauk | 2011-12-18 19:50 | ウィキリークス
 内部告発サイト「ウィキリークス」の創始者ジュリアン・アサンジは、スウェーデンでの性的暴行容疑を巡り、滞在中の英国からスウェーデンに移送されるべきかどうかー?

 アサンジがロンドンで逮捕された(自ら出頭して、逮捕)のは、昨年12月。その後、アサンジ側は裁判に訴え、現在まで移送を拒んできた。

 今月2日、ロンドンの高等法院(刑事事件の第2審にあたる)は、「アサンジはスウェーデンに移送されるべき」という一審判決を支持する判断を出した。

 世界の大企業や各国政府が隠しておきたい情報を暴露することで名をはせたウィキリークス。アサンジの性的暴行容疑は、サイトの業務やその評価とは、本来、別物の話である。

 しかし、アサンジ側はスウェーデンに身柄が移送されれば、米国への引き渡しにつながる可能性があるとして、移送を拒んできた経緯があった。

 米国といえば、近年、自国が主導をとったイラク戦争やアフガン戦争などに関する機密情報や、外交公電をウィキリークスに暴露され(情報自体は、米兵ブラッドリー・マニングがウィキリークス側に渡したといわれている)、「アサンジ、憎し」の状態にあるーーといっても、まあ、どの程度「憎し」かどうかは分からないが、いずれにせよ、何らかの処置をとったことを見せないと、機密情報が暴露されたのに、指をくわえたままで何もできなかった、というのは米政府側としてはしめしがつかない。

 そこで、米国はアサンジに対し刑事責任を追及する可能性が指摘されており(着々と準備を進めているとも言われている)、そうなったら、アサンジ側としては、いまだ確定はしていないものの何らかの罪で(「スパイ罪」など)「有罪」となる「かも」しれないー。

 ということで、アサンジ側は、米国への身柄引き渡しにつながるような、スウェーデンへの移送に対し、ずっと抵抗してきたのである。

 ご存知のように、「スウェーデンでの性的暴行」事件とは、2010年夏、オーストラリア人のアサンジが、滞在していた英国からスウェーデンに旅行をし、この時に性的関係を持った2人の女性が「アサンジに暴行を受けた」と主張している事件。アサンジは国際指名手配され、同年12月、ロンドン市内で逮捕された。現在は、保釈中の身である。

―EAW(European Arrest Warrant)を使われて

 英国に滞在中のアサンジがスウェーデンに移送されるのは、スウェーデン当局からの依頼によるものだが、移送の根拠として使われるのが「ヨーロピアン・アレスト・ウオレント」(欧州逮捕状、EAW、2003年施行)。欧州連合加盟国間での、主に刑事事件に関わる容疑者の引渡しについて、容疑の証拠を十分に示さなくても、引渡しを要求できる。欧州連合内の容疑者の身柄引き渡しを、よりスムーズに行うために作られた仕組みだ。

http://en.wikipedia.org/wiki/European_Arrest_Warrant

 アサンジ側は、「スウェーデンでは公平な裁判が期待できない」などとして抵抗してきた。

 そして、2日の高等法院は、移送を認める判断を出し、アサンジは報道陣に「次の手段を考える」と述べている。

 今後は、最高裁に訴える方法が考えられるが、ウィキリークスは資金難(米外交文書の公開後、米系クレジットカードの会社などが、ウィキリークスの活動資金の取り扱いを凍結した)に苦しみ、当面、活動を停止した状態だ。裁判費用を負担するためにアサンジが考えついたのが自伝執筆だが、出版社と締め切り時期などに関して意見が衝突。結局、著作権保持者であるアサンジの了解を得ないままに、9月、出版社が本を出す顛末となった。出版社側は既に支払い済みの、一部の前金以上に、アサンジ側に支払いをする予定はないと述べており、アサンジは、財政的には苦しい状況にある。果たして、最高裁に訴えるほどのお金を調達できるだろうか?

―「スウェーデンに行ったほうがよい」?

 米「フォーブス」のジャーナリストで、以前にアサンジに単独インタビューをしたこともあるアンディー・グリーンバーグが、「ジュリアン・アサンジは何故スウェーデンに行ったほうがよいのか」という記事を書いている(2日付)。

http://www.forbes.com/sites/andygreenberg/2011/11/02/why-julian-assange-might-be-better-off-in-sweden/

 グリーンバーグが取材した弁護士たちによれば、親米である英国の司法に身をゆだねるよりも、「予測がつかない」スウェーデンの司法にゆだねたほうが、アサンジにとって、有利ではないかという。「英国にいつづければ、スウェーデンに移送された場合よりも、もっと早く米国に連れて行かれるだろう」(弁護士ダグラス・マクナッブのコメント)。

 一方、アサンジ自身は、スウェーデン司法との戦いの「真相」を、新たに立ち上げたサイト(「スウェーデン対アサンジ」)に詳細に書いている。
http://www.swedenversusassange.com/

 「ガーディアン」報道によれば、アサンジの弁護士側は14日以内に、最高裁に上告する権利を取得するための司法手続きをするかどうかを決めるという。もし上告しないと決めた場合(裁判費用を負担できないなどの理由から)、あるいは上告する権利を却下された場合でも、欧州人権裁判所に「移送は人権違反」と訴える可能性もある。

 あっさりと移送が決まってしまうのか、それとも長い戦いとなるのか、今月中旬には少しは判明しそうだ。
by polimediauk | 2011-11-03 12:39 | ウィキリークス
 昨年夏から年末にかけて、ウィキリークスと共同で一連のメガリーク報道を行った、英ガーディアン紙のイアン・カッツ副編集長に、作業の一部始終と編集方針を聞いた。(朝日「Journalism」4月号などで一部紹介。)

***

―どうやってウィキリークスとの共同作業を始めたのか

イアン・カッツ:これまでにもいろいろな事件で協力体制をとってきた。2-3年前にはケニア政府の汚職の話を一緒にやった。これは大成功のケースで、ウィキリークスが情報を取得してガーディアンでもすぐに公開した。英極右派政党BNPの党員名簿公開でも協力した。ガーディアンの調査報道記者デービッド・リーがウィキリークスの代表ジュリアン・アサンジとずっと連絡を維持してきた。

 今回のメガリークに関しては、ニック・デービス記者が話を持ってきた。メガリークの話を聞いてアサンジに連絡し、捕まえた。このくだりはもうデービスが記事に書いているけれどね。デービスはアサンジにブリュッセルで会って、一緒にやろうと呼びかけたんだ。ニューヨーク・タイムズとシュピーゲルもこれに参加してね。

―情報はどうやって受け取ったのか?

カッツ:3つの段階があった。最初に受け取ったのは戦闘記録で、データベースにアクセスするパスワードをもらった。米外交公電の場合は、リーがメモリースティックをもらった。この経緯に関してももう書いているけれど。そして、リーはこのメモリースティックを持ってスコットランドに行ったんだ。3ヶ月ぐらい、自分で吟味していた。すべてを1つのコンピューターに入れていた。

 掲載の約一ヶ月前になって、社内にデータベースを作って、みんなで共有できるようにした。この過程で、外国特派員が3-4人関わって、その後に8-9人ぐらいが関わった。仕事場からリモートアクセスでデータベースを使えるようにした。その後は、一人か二人の特派員にロンドンに帰ってもらって、作業した。駐在先の国ではデータベースへのアクセスが自由にできなかったから。

 こうして、最初のころは、デービッド・リー、それともう一人の調査報道部記者のロブ・エバンスも入れて、20人から40人ぐらいが作業に関わった。それからどんどんまた人を入れていって、専門記者も入れたな。経済記者、環境問題の記者とか・・。

―ITエンジニアも?

カッツ:そうだ。でもそのほとんどがジャーナリストだった。経済や金融記者、環境、エネルギー、医療、司法、スポーツ、メディアの記者も。全体では30-40人ぐらい。

―戦闘記録の分析には、軍事関係の人を入れたのか?

カッツ:そういう意味の専門家は入れなかった。ニューヨーク・タイムズやシュピーゲルと共同作業でよかったのは、三つの媒体が協力すれば、戦闘記録が何を意味するのかが分かって、すべての略語を読解できるようになっていた。

 原稿を書く段階になってから、よく専門家に聞きに行った。そのとき、ウィキリークスが出したこういう戦闘日記があるんだけどーという聞き方はしないで、「こういうことが起きた」ということなんだけど、ちょっとつながりを見つけるのに協力してくれないか?と聞いた。その後は、自分たちで文脈を探り当てることができた。

―英国の政府当局とは連絡を取ったのか?

カッツ:米外交公電の件で?

―そう。ニューヨーク・タイムズは官邸と連絡を取ったようだけれど。

カッツ:米外交公電に関しては、ガーディアンは確かに米政府に連絡した。しかし、私たちがやったこととニューヨーク・タイムズがやったことには違いがある。ニューヨーク・タイムズはどの公電を扱うかという情報を米政府と共有したが、私たちは共有しなかった。
 
 ガーディアンは、ロンドンの米国大使館やワシントンの米国務省と何度も議論の機会を持った。米政府側は特定の事柄に関して懸念を表明したよ。そこでこっちは「懸念の件は考慮する。しかし、どの公電を使うかは言えない」と言ったよ。

―英政府は?連絡をつけたのか?

カッツ:お伺いをたてる、ということはなかったな。特定の事柄に関して連絡を取ることはあったけど、つまり、アフガン戦闘記録について、英軍が関わったアフガン民間人の犠牲に関する事柄について聞いたことはあったけれど。

―特定の事柄に関して、政府に連絡を取るのは一つのルーティンかどうか?ウィキリークスの場合が特別というよりも?

カッツ:そうだ。それと、どこの国の政府とも、どれを使うかあるいは使わないかという点に関して、どの段階でも一切交渉をしなかった。

―ガーディアンとウィキリークスの関係だが、メガリークに関しては新聞が主導したことになったが。

カッツ:そうだが、協力関係は昨年末までだ。12月23日頃に解消した。年を越してもいくつかのウィキリークスがらみの記事は時折出しているけれど。 記事を出して、当事者に危険が及ばないように既に一部を消した公電情報をウィキリークスに送り、ウィキリークスが掲載する、というパターンだった。
 
 こうして、少なくとも昨年末までは、ウィキリークスが出したほぼすべての米外交公電は、ガーディアン、ニューヨーク・タイムズ、シュピーゲルが責任を持って、消すべきところは消したものだ。

―ロンドン市立大学に拠点を多く調査報道センター(CIJ)のギャビン・マクフェイデン所長は、アフガン戦闘日記の情報公開で、「間違いがあった」と言っていたが。これに気づいていたか?

カッツ:特にどの情報の事を指しているのか、分からない。一回か2回、掲載した後で、「待てよ、消すはずの名前が出てるぞ」と誰かが言って、すぐに修正したことは覚えているが。

 興味深いのは、米国防総省も国務省も、イラクやアフガンの戦闘記録や米外交公電の報道で、誰かが危険な状態になったことを示す証拠がひとつもないと言っていることだ。

―ニューヨーク・タイムズは生の外交公電情報をウィキリークススからは直接受け取らなかった。私の知人の一人が、「ニューヨーク・タイムズは直接情報を受け取りたくなかったので、ガーディアンからもらった」とガーディアンの編集者が言っていた、と話してくれた。 そういう話を私はガディアンのサイトでは読まなかった。

カッツ:私もだ。初耳だ。

 私たちはアサンジと最初に情報の取り扱いに関して約束をした。これは戦闘日記も外交公電も、すべての情報だと私たちは思った。アサンジはこれに同意しない。アサンジが同意したのは外交公電のみであって、戦闘日記のそれぞれにはまた別の合意約束が必要だ、と言ったんだよ。

 夏が過ぎて、アサンジはニューヨーク・タイムズと仲が悪くなった。それでデータをニューヨーク・タイムズにあげたくないと言い出した。デービッド・リーは、これは道のくぼみみたいなもんで、今後も、3つの媒体で仕事を進めるべきだ、といった。そこで、ニューヨーク・タイムズと情報を共有することにしたんだ。プロジェクト全体のために共闘して来た。これはほんの短期のことなんだ、アサンジが気難しくなっているだけなんだ、と。それで、状況を修復させて、作業を継続した

―どんどん、他の媒体も参加しているようだ。一体何が起きているのか?

カッツ:ウィキリークスは、地域ごとにパッケージとして情報を共有しようと考えている。例えば、オーストラリアやブラジルにはその地方のパートナーがいる。ただ、ノルウェーの新聞アフテンポステンはウィキリークスが出したのではない情報を使っていると言っている。

 ウィキリークス自体にリークが起きたんじゃないかな。ウィキリークスの端っこでリークして、アフテンポステンにあげたんだ。アフテンポステンはデンマークのポリティケン紙にあげたのかもしれない。どうやって情報を得たのかは、分からない。ただ、今じゃ複数のコピーがあるということだ。

―英民放チャンネル4とは共同作業をしているのか?メガリークのデータはチャンネル4にも行ったようだから。

カッツ:情報が渡っていたね。でも、ガーディアンがチャンネル4に情報を出したんじゃないんだよ。チャンネル4が持っていると聞いた時、強い怒りを感じた。アサンジが戦闘記録をチャンネル4にあげてしまったんだよ。チャンネル4とガーディアンは前に一緒に仕事をしたことがあるけど、この件に関しては共同作業はしてない。

―ガーディアンや他の媒体が時間をかけて修正をしたデータが他の媒体にすっと渡ってしまうのでは、ずいぶんと悔しい思いをしたのではないか?

カッツ:まあ、すごく心配になったね。こっちは何時間も、何時間も、何時間もの努力と頭を使って、情報を安全に、責任を持って出そうとしたんだ。誰かが修正なしに出してしまったら、全てが水の泡になりそうだった。アサンジにとっても問題になるよ。生の情報がそのまま出てしまったらね。私たちがやってきたこと全てが無駄になった気がした。

―編集方針について聞きたい。国益は公益よりも重要だろうか?これは二者択一の問題か?ガーディアンの方針は何か?

カッツ:いつもバランスをどうするかの話になる。一般的にいうと、今回は英国というよりも米国の国益だったが。

 ペンタゴン文書の裁判で非常に興味深い判定が出た。米最高裁の判事が、 文書の公開は公益ではなかったと言ったが、それでも、直接的なかつ回復不可能な損害を与えないと言ったんだよー細かい表現は忘れたけれど。つまり、判事が言っているのは、一般的に、法律は公開をして間違える側に味方するということだ、明確な損害が起きる場合を除いては。

 健全な社会では、出版して間違うほうが、情報を出さないで間違えるよりもいい。何かを知っていたら、これを出すというところから始まる。ガーディアンが何かを知っていたら、読者も知る、と。
 そうは言っても、外交公電報道の原稿を作っているときに、自問自答したことが何度もあったよ。「さて、この情報は米国務省が主張する損害を無視して余りあるほどの公益があるだろうか?」と。

 欧州では、一般的に、出版して間違いを犯すほうを選ぶと思う。

 しかし、ニューヨーク・タイムズとガーディアンを比較して(どちらが報道の勇気があったかを)論じるのは公正ではない。ニューヨーク・タイムズの場合は米国の国益が問題にされたわけだから。
 
 ニューヨーク・タイムズは本当に勇敢な新聞だと思う。ウィキリークスは、ニューヨーク・タイムズが批判の矛先を緩めた報道をしたという。しかし、優れた報道を行ったと思う。量的にはガーディアンほど多くはなかったけれど。私は、それには別の理由があったと思う。米国では少ない本数の記事をでかくやる。こっちはたくさんの記事を出す。

ーもし同様のことが起きたら、英国の新聞は政府に挑戦して報道を行えるか?

カッツ:同様の判断をするだろうと思いたいが、しかし、英国の司法状況は米国とはずいぶん違う。司法の縛りがはるかにきつい。公務守秘法があるし、名誉毀損法もある。事前差止め令があるし。例えば米国などと比べ、こっちでは差止め令がよく出る。

 米国では、政府が報道の差し止めをしようとしたら、大きな話になる。こちらでは日常茶飯事だ。もし英国の外交公電が出たら?出版を止めるよう、政府は差止め令を出そうとしただろうね。

―ガーディアンは差し止めが出されても、出版しようとしただろうか?

カッツ:そうだ。ニューヨーク・タイムズやシュピーゲルと協力しようと思った理由の1つは、世界中で掲載されているのだから、差し止めはできないと思ったことだ。

―これが共同作業の利点だった?

カッツ:そうだ。

―ウィキリークスはジャーナリズムか?

カッツ:ジャーナリズムだと思う。かつて、私たちが理解するところのジャーナリズムとは編集過程の全てを指していた。情報を得て、これを検証し、コンテクスト化し、分析し、読者に届ける、と。

 ウィキリークスは、この過程のすべてには関わらない。最初のところだけをやる。あるいは最後のところだけ。真ん中をやらないのだ。しかし、時には、私たちも真ん中だけ、あるいは最後だけやる。だからといって、ジャーナリズムではないとはいえない。すべての過程をやる必要は、もはやない。ウィキリークスはジャーナリズム・プロセスを満たしていると思う。

―ジャーナリズムを変えただろうか?

カッツ:それはいうのは早すぎる。本当の問題は、情報を持つ人がどんどんとウィキリークスのようなところへ行くことだ。大きなブランドだし、匿名を守る。リーク者はウィキリークスに行くのか、それとも、ジャーナリストのところへ行って、なんらかの関係を持ち、情報の処理の仕方や公開に色をつけることを助けるのかどうかーまだ答えはわからない。
 
 私たちのような伝統的なメディアでは、多くのエリアで、メディアのランドスケープが分断化している状況に慣れる必要があると思っている。
 
 例えばブログがある。政治に興味を持っている人であれば、ガーディアンは政治ブログと競争している。私たちが書く記事と同じぐらい良くて、権威があるブログがある。これまでは新聞が得意だとされていきた解説や分析だってネット上のどこかにあるだろう。
 
 メディアの生態圏が多様になっている。ガーディアンはブログと並列状態に存在していることに慣れつつある。機密情報を出すことができる人にも慣れないといけなくなった。ほかのニュース媒体の担い手にどうやって対抗していくのか。
 
 このメディアの生態圏は私たちのようなメディアがないと機能しないと思うけれど、私たちの役割は、いつも最初から最後までではない。他のメディアが取り扱わない、一部を担当するだけかもしれない。例えば事件を分析するブログがあれば、私たちの役割はニュースを出すこと。その後で、このブログがそのニュースに関して分析を出して、議論が始まる。ウィキリークスの場合はその反対で、ウイキリークスが情報を出し、私たちが文脈を配信する、と。

―ガーディアンは柔軟でないとやっていけなくなった。

カッツ:私たちみんながそうなる必要がある。

―他のリークサイトとも協力するか?

カッツ:私たちは様々なアイデアに対し、完全にオープンだ。ウィキリークス元NO2のダニエル・ドムシャイク=ベルクとも話している。情報を出す人が望むような秘蔵性と匿名性を提供できるところであれば、誰とでも組みたい。(終)

***補足***

 4月26日、英テレグラフや米ワシントン・ポスト、米新聞グループのマクラッチー、フランスのルモンド紙、ドイツのシュピーゲルに加え、イタリアやスウェーデンの新聞などがウィキリークスからの情報を元にキューバの米グアンタナモ基地に関する機密を大々的に報じた。内容は、グアンタナモの収容者700人以上に関する調査をしたファイル。

 今回、ウィキリークスはガーディアンやニューヨーク・タイムズと共同作業をしなかった。しかし、この2紙も同日、大々的に報じた。ウィキリークスは情報を横取りされた格好になった。ウィキリークスは2紙に故意に情報を渡さなかった模様だ(暴露本などで、関係が冷えたと見られているー「新聞協会報」5月10日号、共同電)。2紙の情報源は明らかになっていないという。

 ・・・という経過を聞いての私の感想ー。この情報がもともと、いわゆるマニング上等兵からウィキリークスに渡った情報の一部であったとも考えられるが(そういう意味では、すでにガーディアンもニューヨーク・タイムズも生情報を持っていた)、別の意味では、元ウィキリークスNO2のダニエル・ドムシャイト=ベルクが本に書いたように、ウィキリークスが大手メディアと共闘した、あるいはウィキリークスあるいはアサンジが大手メディアをいいように扱った・・・のではなく、「大手メディアに食い物にされるアサンジ(あるいはウィキリークス)」という構図が見える。おそろしや、大手メディア!弱肉強食。
by polimediauk | 2011-05-16 22:14 | ウィキリークス
 ロンドン市立大学に本拠地を置く、英調査報道センター(CIJ)所長ギャビン・マクフェイデン氏に国家機密とジャーナリズムについて、聞いてみた。米国人のマクフェイデン氏はウィキリークスのジュリアン・アサンジ代表と個人的にも親しい人物の一人。(朝日新聞「Journalism」4月号掲載分に補足。)

―メガリーク報道をめぐる米政府やメディアの対応をどう見るか。

所長:米政府はすぐにウィキリークスとアサンジに対する攻撃を開始した。また、大部分の米国の新聞は暴露報道をしないようにと圧力をかけられた。政府側は新聞社の愛国心に訴えた。「どうか報道はしないでくれ。米政府が困惑するから」と。

 米国の大手報道機関は難しい状況に立たされた。ジャーナリストたちはスクープを欲しがる。しかし一方では、メディア自体が巨大化し、大きな権力になっている。そこで、政府が耳元でこうささやく。「この報道は勧められませんね。出さないほうがいいんじゃないですか。政府批判なら別のこんな話はどうですか。今回の話だけはやめてください」と。メディアはいつもアクセスをしたがる。アクセスがすべてといってもいいくらいだ。

―アクセスとは?

所長:権力へのアクセスだ。すべての大手メディアが、オバマ米大統領に電話して、プライベートに何かについて話してくれることを願っている。もしオバマ大統領に反対する記事を書けば、アクセスは難しくなる。アクセス権が、当局の情報開示を阻む武器になっている。

―「ペンタゴン文書」事件*(米国防相の指示の下で作成された極秘報告書「ベトナムにおける政策決定の歴史1945-68年」が、1971年、シンクタンクの調査員ダニエル・エルズバーグによってニューヨーク・タイムズにリークされた。政府は報道差し止め令を裁判所に出させたが、審理の結果、この差し止め令は解除された)のときと比較して、ニューヨーク・タイムズは変わったと思うか?

所長:そう思う。いや、タイムズ自体が変わったというよりもータイムズは前よりもリベラルになっているーー周りの環境が変わった。

 ペンタゴン文書の際には、米社会の非常に重要な階層の人々が、ベトナム戦争に反対していた。今でもイラクやアフガン戦争に反対の人がいるが、ベトナム戦争のときのようには、その声が表に出ていない。

 あの時、たくさんの人が参加する反戦デモが頻繁にあり、何万人もの兵士が軍隊から逃げて、カナダやスウェーデンに向かった。まだそういうことは米国では起きていない。

 ベトナム戦争のために社会に大きな変化が起きていて、ペンタゴン文書のリーク報道があった。今は、ペンタゴン文書のときのような、ニューヨーク・タイムズへの熱い支持は起きていないと思う。

 そして、ベトナム戦争時には、政権の上層部が戦争継続に反対だった。今はそうではない。少しはいると思うけれども。しかし、イラクやアフガンの戦況を見て、上層部が圧倒的に反戦となる動きにはなっていない。

―ペンタゴン文書の件についてだが、ある日本の論客が言うには、「ニューヨーク・タイムズは、国益に考慮した公益のために行動した」と述べた。したがって、ニューヨーク・タイムズによるペンタゴン文書のリーク報道はメディアの勝利ではない、と。私がそう思っているわけではないが。

所長:私もそうは思わないがー。変な論でもあるね、というのも、ニューヨーク・タイムズなどの大手の新聞が、何かに関する真実を報道したことで政府によって攻撃を受けるのは、この100年で最初だったから。それができたのは、裕福で権力も持つたくさんのひとが反戦だったからだ。

 アフガンやイラク戦争に反対する人は今いるけれども、数が小さい。米国が今危機状態にあるからだ(それどころではない、と)。

 ベトナム戦争が始まった時、米国は大きな繁栄時期にいた。本当に裕福な時代だった。イラクやアフガン戦争は、大きな金融危機の時期と重なっている。負債がこれまでにないほど膨らみ、崩壊の危機だ。国民はすべてのことに恐れを抱いているーベトナム戦争の時と比べると。

 今、右派勢力は当時よりももっと組織化されている。右派政治家セラ・ペイリンはその典型だ。こうした人たちがアサンジを殺せ、と主張している。二つの戦争を支持したのもこういう人たちだ。

 ペンタゴン文書の時代と今は、ずいぶんと違う。

―今回リークされたのは米国の外交公電だったが、例えば英国の外交公電がリークされたとしたら、ガーディアンを含めた英国の新聞は反政府的になって堂々と情報を報道できると思うか?

所長:できないと思う。英国の新聞は倒れてしまうのではないかな。公務員機密守秘法とか、米国と違っていろいろ厳しい法律があるからだ。米国には英国の公務員機密守秘法に相当するものはない。米憲法の第一条修正で表現や宗教の自由の権利が保障されている。

 英国、フランス、ドイツ、それにほとんどの欧州諸国、それと多分日本でも、法律の問題で外交機密レベルの情報を出すのは難しいだろうと思う。すぐに刑務所に送られることだってあるだろう。

 ガーディアン自体が、セーラ・ティズドール(Sarah Tisdall)という内部告発者を牢獄に送ったことがある(*ティズドールさんは元外務省職員。1983年、政府の機密書類を省内でコピーし、ガーディアンに送った。政府は裁判でコピー文書を渡すよう、ガーディアンに要求。ガーディアンが渡した書類を精査すると、外務省内のコピー機を使っていたことが判明し、ティズドールさんは公務機密法違反で実刑となった。)警察がガーディアンに告発者の名前を聞き、ガーディアンは名前を教える形になってしまった。ほかにもあるが、これが最悪のケースだったと思う。この事件は、その後の調査報道の進展に大きな悪影響を与えたと思う。

 英国の新聞は法律を真面目に考える。英国の名誉毀損法は非常に厳しくて、名誉毀損ではないことを、ジャーナリスト側が証明する必要があるために、さらに状況は厳しい。

―調査報道で、少々非合法の手段を使っても、真実を探るためには仕方ないと思うか?

所長:非合法な手法の大部分はコンピューターを使わなくてもできるものだ。例えば著名人のゴミ箱をあさるとか。「ゴミ箱男のベニー」と呼ばれる人物がいた。複数の新聞社に雇われて、著名人のゴミ箱をあさって情報を探した。まったく汚いやり方だけどね。

 私たちは全般的にいって、そういうことはやらない。ハッキングもしない。罰金が高すぎる。それに、原則として、よっぽどの理由がない限り、個人のプライバシーを侵害したりはしない。

 もしどうしてもやるとすれば、例えば、重要な社会問題、医療や軍事情報、人権の乱用などの本当に大きなことを探るときだ。

 しかし、普通は違法行為はやらないし、違法行為を可能性として考えることさえしないーよっぽど重要なことでなければ。他のやり方で情報をとることができるはずだ。時として、法律を破ることは正当化されるかどうか?社会的重要性がものすごく大きい場合、正当化される。

―ウィキリークスは調査報道の面から、何を変えたのか。

所長:内部告発者の力が、広く理解されるようになったこと。ウィキリークス以前は知っている人は少なかったが、今はみんなが知っている。公益のための内部告発を後押しする大きな動きだ。

 しかし、メッセージの中味よりも、メッセージを伝える人のほうが重要になってしまった。有名人文化が強い現在、仕方ないのかもしれないが。

―アサンジのように?

所長:そうだ。アサンジは確かにすごい人物で、大変勇気がある。しかし、ウィキリークスが暴露した情報の中味より、アサンジのほうが大きなニュースになってしまった。不幸なことに。

―アサンジに関する否定的な報道が多いので、ウィキリークスは支持するが、アサンジは支持しないという声も聞く。

所長:そうだ。しかし、忘れないでおきたいのは、国家がその批評家に対してよく使う手が、否定的な報道を広めることだ。アサンジは自分を攻撃対象にしてしまった。無理もない、あんな国家機密を暴露してしまったのだから。しかし、ああいう情報を暴露すれば、誰だってーー例えあなたでもーー悪者扱いされるだろう。誰にしろ、攻撃されてしまうようなことを抱えているものだ。

―アサンジとはどんな人物か。

所長:これまでにたくさんのジャーナリストに会ってきたが、疑いなく、最も頭のいいジャーナリストの一人だ。アサンジはメディアが何で、どんな風に機能するのかを知っている。情報をどのように安全にするかを知っているし、科学的過程を大事にする。もともと、科学を学んだ人物だー数学、物理学など。

 同時に、非常に好青年だ。嫌いにはなれない。非常にナイス・ガイだ。暴力的ではない。気が狂ってもいない。真面目で、言論や報道の自由を心から信じている。そのために、アサンジは他のジャーナリストたちを居心地悪くさせているかもしれない。私たちは妥協をすることに慣れているが、アサンジは妥協を好まない。

―ウィキリークスはジャーナリズムの一部だろうか?

所長:絶対にそうだ。世界の中で、一見ジャーナリズムとは思えないものがジャーナリズムだったりする。例えば印刷機だ。コンピューターも。ジャーナリズムの一部と見なされるようになったのは、これを使ってジャーナリズムが生み出されるからだ。印刷機を使った人の多くがジャーナリストになった。

 米国の著名ジャーナリストの中で、自分の印刷機を持っていた人が結構いる。 有名なのが I.F. Stone.という人で、ニックネームがIzzy Stone(イジー・ストーン、1907-1989年)だった。毎週、自分の印刷機を使って、週刊新聞を発行した。数千人規模の購読者に新聞を郵送したんだ。みんながこの新聞を読んだものだ。ストーンは印刷業者だったけれど、非常に良い記者でもあった。

―今で言うと、ブロガーのようだ。

所長:電子メールが生まれる前の時代の「印刷ブロガー」だったのかもしれない。
 現在はみんながコンピューターを持つようになった。印刷機を持つ人は少ないけれど、コンピューターだったら買える。

 ウィキリークスはジャーナリズムか?今までとは異なる種類だが、そうなのだと思う。

――調査報道にとって、現在は良い時期だろうか。

所長:インターネットの出現でやりやすくなった面もあるが、本当の理由は戦争だと思う。米英両国は今、イラクやアフガニスタンなどの戦争に関与している。戦争は人々を批判的にし、考えさせ、疑い深くさせる。真実を学ぶ機会にもなり得る。私たちがやっているような調査報道が、人々の物事に対する見方を変えられたらいいなと思っている。

―確かに、戦争をめぐっては論争が起きやすい。

所長:しかも、何人もの人が亡くなる。イラク戦争では嘘を元にした戦争で、多くの人が殺害された。とても大きな論争を引き起こすのも無理はない。

―これまでにも、それほど十分ではない理由で、あるいは国民に理由を説明しないままにたくさんの戦争が起きたー。

所長:それこそ、「国益のために」だ。

ー確かに。

所長:そんな理由付けのほとんどがいかに間違っていたかを、私たちは今、知っている。道徳上間違っていたし、倫理的にも間違っていた。嘘を元にしていたんだ。米国人であろうと、日本人であろうと、ドイツ人であろうと、ロシア人であろうと、何人であろうと、戦争は常にーーほとんど常にーー嘘の理由に基づいて開戦となった。すべてとは言わないが、そのほとんどは嘘だった。

―民主主義社会に生きる私たちにとって、「国益」とは何かを本当に査定するときが来たー。

所長:査定するのはジャーナリストであり、国民だ。今すぐ、行動を起こしてほしい。

***こぼれ話

 CIJの事務所は、ロンドン市立大学の通常の建物の端っこにある。「センター」というからある程度大きいのかなと思うと、秘書の部屋一つ、これが荷物置きと本を置く場所になっている。所長の部屋も本が一杯で、ゲストがひとり入るともう何も入らないほど小さい。「ようこそ、調査報道センターへ!」と言って向かいいれてくれた。インタビューは真面目な話と大笑いが錯綜。大笑いは、「誰でも隠したいようなことが一つか二つはあるよ」といって声が低くなったときと、最後、「行動を起こすのはあなただ!」とボールがこっちに返ってきたとき。米国のジャーナリズムの状況を一生懸命弁護する姿も印象的だった。
by polimediauk | 2011-05-15 18:16 | ウィキリークス
 国家機密に相当するリーク情報をメディアが入手したとき、これをいかに扱うべきだろうか。

 国家機密とメディアの関係について、ロンドン市立大学に拠点を置く非営利組織「調査報道センター」(CIJ)の所長で同大教授ギャビン・マクフェイデン氏に見解を聞いた。(朝日新聞「Journalism」4月号掲載分に補足したものです。http://publications.asahi.com/ecs/detail/?item_id=12525)

 米国人のマクフェイデン氏は、所長就任前、米英両国でドキュメンタリーや調査報道番組のプロデューサーとして活躍した。ウィキリークスの創始者ジュリアン・アサンジの知人でもある。メガリーク報道では、ウィキリークスから直接生情報を入手し、これをCIJの姉妹組織で非営利の番組制作団体「調査報道局」に提供する橋渡し役を演じた。

―どのようにしてウィキリークスと関わるようになったのか?

マクフェイデン所長:ウィキリークスに関しては、その名前が有名になるはるか前から知っていた。

 ウィキリークスに興味を持ったのは内部告発者の身元が本当に擁護されていると思ったからだ。内部告発者は身元が十分に守られていると確信できないと、告発しようとは思わないものだ。きちんと守ってくれる体制があれば、もっと告発者が出てくるだろう。ウィキリークスはこうした見方があたっていることを十二分に証明した。

 私たちがウィキリークスに注目し始めたのは2007年ごろ。実際に、直接ウィキリークスと関わるようになったのは2010年の5月から6月ごろ。代表者ジュリアン・アサンジがアフガンやイラクでの戦闘日記や外交公電情報を公開する準備のために、ロンドンに戻ってきたころだ。最初は、アサンジはガーディアン紙と共同作業を行っていた。
 
 CIJの妹的な存在となるのが、「調査報道局」(Bureau for Investigative Journalis、BIJ)だ。これはCIJ同様に拠点をロンドン市立大学に置いているが、番組制作を担当している。テレビ用の映画を作る。
 
 BIJがウィキリークスとイラク戦闘日記の件で共同作業を行った。CIJやBIJなどから人が集まって、情報の処理に取り掛かった。アフガン戦闘日記の情報を公開したときのような間違いをおかさないように、とね。消すべき名前が消されなかったことがあったから。すぐに間違ったことをしたとみんなが思ったし、これを繰り返してはいけない、と。

―何人ぐらいが関わったのか?

所長:大体20人ぐらい。最多でも23人ほど。生の情報から危険だと思われる部分を消してゆく作業に関わった。作業は大成功で、不意に出てしまった名前などは一つもなかった。

―作業を通して、見えてきたことは何か?

所長:民間人が数千人規模で組織的に殺害されたという点だ。ベトナム戦争と比較しても、バグダッドの道路上でさらにたくさんの人が殺害された。例えば、ある場所で680人が亡くなったことがあった。このうちの11人は戦闘員だったが、そのほかは、民間人で、女性や子どもたちもいた。
 
 こういう情報は米政府を喜ばせなかった。そこで、米政府はすぐにウィキリークスやアサンジを攻撃しだした。すべてではないが米国の新聞の大部分が、メガリークの情報を掲載しないようにと政府から圧力がかかった。今でもそうだ。

―イラク戦争の情報が出た後での圧力か?

所長:アフガン、イラクの戦闘記録、外交公電―すべてだ。愛国心に訴えて、「頼むから掲載しないでくれ。政府が困ってしまうから」と。

 CIJやBIJのジャーナリズムは違う。ジャーナリズムは独立した存在であるべきだ。政府や野党勢力のプロパガンダのための広報官にはならない。

―英政府と一連の報道に関して連絡を取ったのか?

所長:取らなかった。全然だ。興味深いことに、英政府がまったく関与しないというのは珍しい。

 政府と私たちは全然関係ない。政府はこちらに連絡を取らなかったし、こちらからも政府に連絡を取らなかった。ただ、ガーディアンの上部は連絡を取ったかもしれないけれど。

―しかし、政府あるいは軍事関係者に連絡をとって、情報の信憑性を確認する必要はなかったか?

 所長:なかった。元軍隊にいた人からの情報があって、「この数字は正しいか?」「この場所は、これで合っているか?」などと聞くことができたから。

―先ほどの、20人ほどの作業者というのは全員がジャーナリストか?

所長:ジャーナリストとコンピューター関係の人だ。実際に、数千もの名前を消す作業にはコンピューター技術の知識が必要だった。データベースの専門家なども使った。CIJではこうしたことも教えているので、普通のジャーナリストよりはデータベースやコンピューターに関して詳しい。

―どうやって秘密を守らせるようにしたのか?

所長:厳しい統制だ。作業室には他の人が誰も入れないようにした。作業に関しては、他の人とー家族も含めてー話してはいけないことにした。これが作業に参加する条件で、情報を門外不出とする契約書に署名してもらった。誰一人、情報を漏らした人はいない。

―それはすごい。

所長:みんな調査報道をやってきた人たちばかりなので、仕事をしていて自動的に政府に何かを話したりするような人たちではない。

―お金のために情報を売る人もいるが、ここのスタッフはもちろん、そういうことではなかった、と。

所長:そうだ。

―情報は、ウィキリークスから直接受け取ったのか?

所長:そうだ。

―内部告発で得た情報は「盗まれたもの」であるという理由から、情報の正当性を疑問視し、これを大手報道機関が公開することを批判する声があるが、どう思うか。

所長:政府や企業との雇用契約の中で、職務上知り得た秘密を口外しないという項目があった場合、雇用主は従業員に情報の守秘を要求する権利がある。

 しかし、良心の問題がある。情報を得て、それが道徳的あるいは倫理的に悪いことだと思ったら、内部情報を広く公開することは市民の義務だと思う。大きな犯罪を露呈させるために機密情報を明るみに出す行為は、公益という目的において正当化される。企業の利益や政府が困惑するかどうかよりも、公益目的の内部告発を優先するべきだ。

 政府がある情報の公開を拒むときのほとんどは、自分たちが恥をかきたくないためだ。政府は国民が払う税金によって仕事をしている。恥をかいたって、それはそれでいい。政府は困るかもしれないが、国民は心配しなくてもよい。

―しかし、国益のために、政府は秘密を守る権利があるのではないか。

所長:政府はいつも「国益のために」という。たいがいの場合、政府が誰かから賄賂を受けとり、その事実を暴露されたくないときにこれを理由として使う。

―民主主義社会では、国民には国家に関わるほぼすべての情報について知る権利がある、ということか?

所長:そうだ。ほぼ100%に関して、知る権利がある。

―公開されれば人命を危険にさらす、あるいはプライバシーを侵害するなど、ごく少数の例外を除いては。

所長:そうだ。例外というのは、個人の例になるかと思う。私やあなたの健康関連の情報は公開されるべきではないと思う。銀行口座の情報もそうだろう。こうした情報はあなたの情報であって、政府の情報ではない。

―米国メディアは人々の知る権利よりも、国益を優先化していると思うか?

所長:そうは思わない。同意しない。そういう見方に反論したい。国民のために、つまり、「公益」というのは原則だ。国民が政府に対し、国民のために働くように権力を与えている。国民のためにであって、国民の利に反するために働くのではない。国民は自分たちが支払ったお金がどのように使われているかを知る権利がある。選挙で選んだ人がどんな仕事をしているのかを、知る権利がある。

 どのように公的なお金を使っているのか、どのような仕事をしているのかに関して透明性がないと、説明責任がなくなる。政治家にしてみれば、何も質問をしない国民は扱いやすい。何でもやりたいことができる。私たちは何が起きているのか知らされなくなる。しかし、もし国民が何が起きているかを知っていれば、もし間違った方向に物事が進んでいれば、これを正すことができる。

―ジャーナリストは公益よりも国益を時に重視するべきか。

所長:ジャーナリストは公益のためにこそ存在する。国益という考え方そのものが何を指すのか。一体誰のための国益なのか、一握りの銀行家のための国益か。どこかの軍人のための国益か、あるいは国民全体の利益のことか。私自身は、一般的にいって、国益という概念を容認しない。国益が何を意味するのか、権力者は説明しない。

―つまり、それで人が殺されるとかの場合以外の「国益」ということ?

所長:まったくその通り。

***(下)に続く
by polimediauk | 2011-05-14 18:28 | ウィキリークス
c0016826_18323057.jpg このところ、ウィキリークスが入手した外交公電情報で、日本に関わる分が報道されだした。

 ほかに最近の動きとして、5月11日付のガーディアンによると、米バージニア州で、ウィキリークスに国家機密を漏らしたことに関連して、大陪審が審理を開始したようだ。まずはボストンから召喚された男性が証言をすることになっている。この審理は非公開であるという。ガーディアンによれば、これは最終的にはスパイ罪違反として、ウィキリークスの代表者ジュリアン・アサンジを裁く方向に向かうことを狙っているという。

WikiLeaks: US opens grand jury hearinghttp://www.guardian.co.uk/media/2011/may/11/us-opens-wikileaks-grand-jury-hearing

 もう1つは、ウィキリークスの元NO2のドイツ人活動家ダニエル・ドムシャイト=ベルグが、ウィキリークスを批判という話。これは、アサンジがウィキリークスのスタッフに対し、機密を守る文書に署名をするよう迫り、もし機密を漏らせば巨額の賠償金を支払うという項目が入っていたという。そこで、「これはおかしい」と発言している。まるで機密を隠す政府・当局のような動きではないか、と。

Ex-WikiLeaks spokesman criticises Assange's gagging order for staff
http://www.guardian.co.uk/media/2011/may/13/wikileaks-spokesman-assange-gagging-order

 ちなみに、今、日本語でウィキリークスの関連本がいろいろ出ているが、このドムシャイクト=ベルグ氏の本はお勧めである。というのも、ウィキリークスの中から見た話で、知らなかったことがいろいろ入っている。最初の部分はアサンジの話があってちょっとゴシップめいているのだが、段々、新たな事実が出てくる。例えば、アフガン関連のメガリークで、ウィキリークスは、危険が及ぶような人物名などを十分に消さなかったとして人権団体などに大きく批判された。しかし、アサンジ側からの「消すように」という指示が、公開予定日の直前であったので、すべてを消せなかったという理由があったと分かる。

 少し前になるが、朝日新聞の「Journalism」4月号に書いたウィキリークスの記事をいかに転載したい。ニューヨークタイムズとガーディアンの編集長がどうやって当局と距離を置いたのかと具体的な編集作業をどうしたのかを書いたもの。既にウィキリークス本などを読まれている方にとっては重複部分が多いとは思うが、結論あたりを見てくださると幸いである。(ちなみに、「Journalism」4月号には立花隆さんのインタビューなど、盛りだくさん。http://publications.asahi.com/ecs/detail/?item_id=12525)

 また、ガーディアンの副編集長と調査報道のジャーナリズム機関CIJの代表者へのインタビューは、記事の中でも紹介されているが、いずれも全部は入っていないので、別の形で、この後出す予定。編集幹部のいろいろな見方が入るので、何らかのご参考になればと思う。

***

英ガーディアンとウィキリークス 「メガリーク」報道の舞台裏 

 昨年後半から、内部告発サイト「ウィキリークス」が世界の話題をさらっている。数カ国の大手報道機関が、ウィキリークスが入手した米軍に関わる大量の漏洩機密情報と米外交公電を元に、大々的な報道(「メガリーク」報道)を展開したからだ。

 このメガリーク報道に参画した主な報道機関は、米ニューヨーク・タイムズ紙、英ガーディアン紙、独シュピーゲル誌、仏ル・モンド紙、スペインのエル・パイス紙、英テレビ局チャンネル4、カタールの衛星テレビアルジャジーラなど。

 本稿では、ニューヨーク・タイムズとガーディアンの例を中心に、機密情報の取り扱い方や公開時の編集判断を振り返る。

―調査報道記者がアサンジに接触

 英国の左派高級紙ガーディアンの調査報道の現状については、「Journalism」誌2010年4月号で詳しく書いたが、同紙は専任記者を2人置き、調査報道に力を入れている。普通の取材ではなかなか手に入れることができない内部事情を明るみに出すリークと調査報道は、切っても切れない関係にある。

 専任記者の一人デービッド・リー記者のあまたの情報源の中に、06年にウィキリークスを創設するジュリアン・アサンジがいた。ケニア元大統領の汚職疑惑報道(07年)や、多国籍石油取引企業トラフィギュラの産業廃棄物に高い毒性があることを示す報告書の公開(09年)など、複数の事例でガーディアンとウィキリークスは協力してきた。

 今回のメガリーク報道につながるきっかけを作ったのは、ガーディアンの特約記者ニック・デービスである。専任記者ではなかったが、デービスも調査報道を長年手がけてきた。昨年6月、デービスは、ガーディアン紙上で、ブラッドリー・マニングという名前の米上等兵が大量の外交機密文書をウィキリークスに流した疑いで逮捕(5月)され、これに関し米当局がアサンジの居場所を探し出そうとしているという記事を読んだ。

 デービスは、この機密文書を入手し報道できれば大きな注目を集めると直感、アラン・ラスブリジャー編集長に相談した。すぐに取材許可が出た。

 デービスが住所不定のアサンジとベルギーのブリュッセルで会合を持ったのは、10年6月末であった。デービスは、アサンジに対し、ガーディアンと手を組まないかと持ちかけた。常日頃から、サイト上での情報公開だけでは注目度がいま一つと感じていたアサンジは、これに同意した。しかし、その情報量が巨大であったため他のメディアにも参画してもらうことにし、オバマ米政権があまり干渉をしないだろうと踏んだ、リベラル派の米ニューヨーク・タイムズに声をかけることにした。複数の国の報道機関が関与すれば、当局も一斉に報道を差し止めることは難しいだろうと両者は考えたのだ。

 アサンジはデービスにリーク情報を引き出すためのパスワードを与えた。パスワードは、アサンジが立ち上げる仮のウェブサイトを閲読するために使うものだった。このウェブサイト自体はほんの1、2時間のみネット上に存在し、情報にはさらに暗号ソフトによって鍵がかけられていた。

―本社5階の一室で始まったアサンジとの共同作業

 ロンドンに戻ったデービスは、ラスブリジャー編集長から、無事、企画進行の合意を得た。
 
 その2、3日後、デービスの元にアサンジから仮のウェブサイトの存在を知らせるメールが届いた。デービスは自宅でパスワードを使って情報をダウンロードしたものの、暗号を解くことができなかった。

 いったんメモリー・スティックに落とした情報を、ガーディアンの編集部に持ち込み、システム編集者に開けてもらう。この準備段階で、ガーディアンのベテランジャーナリストたちがてこずったのは、ネット時代の情報の取り扱い方であった。機密が漏れないよう、関連書類を維持するサイトを暗号化したり、メールアドレスや携帯電話を頻繁に変えたりするなどの方法が取られた。
 
 ラスブリジャー編集長から共同作業の打診を受けたニューヨーク・タイムズのビル・ケラー統括編集長は、ウィキリークスの情報が本物の米軍の機密情報かどうかを確かめるため、ワシントン支局のエリック・シュミット記者をガーディアンに送った。シュミットは軍事の専門家だった。情報を閲読したシュミットは、ケラー統括編集長に「本物」であると報告し、ニューヨーク・タイムズの参加が本格化した。その後、ウィキリークス側からドイツの週刊誌シュピーゲルも加えてほしいという依頼があり、3媒体の共同作業が始まった。

 ロンドンのキングス・クロス駅から歩いて数分の所にあるガーディアン本社5階の一室が共同作業の準備室になった。6台のアップル・コンピューターを前に、調査部長のデービッド・リー、デービスに加え、ニューヨーク・タイムズとシュピーゲルの記者、そして6月末からはアサンジが加わり、データの整理作業が始まった。

 手元にあったのは、アフガン戦争に関する米軍の戦闘報告書(約9万点)である。専門用語が多く入っており、まずこれを解読する必要があった。同時に、情報量が巨大すぎて標準のデータ整理用ソフトでは扱いきれず、データバンクと独自の検索エンジンを作成する必要が出てきた。そこで、準備チームにはガーディアン社内からコンピューター技術やデータ分析を専門とするスタッフが参加した。戦闘機の種類やその他の軍事情報を解析するため、世界各地にいる特派員がロンドンに呼ばれた。

 メガリーク報道がこれまでのリーク情報の編集作業と大きく異なるのは、データの整理、解析作業に時間と困難が伴うことだ。例えば、「データ・ビジュアライザー」という役目を担ったスタッフは、戦闘報告書が記録する数千の爆撃行為を視覚的に分かりやすくするために、アフガニスタンの地図の上にカーソルを合わせると攻撃の日時、犠牲者などの情報が現れるようにした。

 こうした作業は関係者以外には極秘のプロジェクトとされ、ガーディアン内部でも関係者以外のスタッフにはその存在を知られないようにされた。

 ニューヨーク・タイムズ、ガーディアン、シュピーゲルの3媒体は、ウィキリークスの生情報を事前に閲読・検証し、あらかじめ決めた日に一斉に報道することで合意した。情報の整理や検証の段階で協力できる部分は協力しても、どこを使ってどのような記事を作るかは、各媒体が決めることにした。この決まりは、メガリーク第2弾、3弾についても同様だった。

―情報をそのまま出すか、出さないか

 3媒体は、人命が危険にさらされると考えた箇所など、情報の一部について掲載しないことにしたが、「文脈を丸ごと出す」ことを方針とするアサンジは、「修正はいらない」と当初言い続けた。後に、リー記者はメディアの取材に対し、「考え方の違いの大きさに愕然とした」と述べている。人命に損害を与える箇所を事前に修正する「損害最少化方針」が合意事項となっていることをウィキリークス側全体が知ったのは、アフガン文書公開予定日の数日前であった。

 フルタイムで働くスタッフが大急ぎで修正作業に取り掛かったが、時間が足りず、3媒体からの提案で、アフガン人からの警告をもとに治安リスクを査定する「脅威報告書」約1万4千点を公開しないことにした。それでも、一部に実名が出てしまい、ウィキリークスは人権団体から抗議を受けた。

 その後、ウィキリークスは情報の一部を修正する方針に変わっていき、第3弾の米外交公電の公開では、原則として、主要報道機関が編集・掲載したものを自らのウェブサイト上に載せるようになった。

 メガリーク報道の第1弾となる7月25日のアフガン文書報道の数日前、ニューヨーク・タイムズはホワイトハウスと国防総省にコメントを求めた。ケラー統括編集長によると、「オンレコ・コメント」を他の参加媒体に伝え、「人命に損害を与える情報は出さないでほしい」というホワイトハウスからの要望をウィキリークス側にも伝えた。

 公開後、ガーディアンとシュピーゲルはそれぞれの記事に、ウィキリークスのサイトへのリンクを貼ったが、ニューヨーク・タイムズは貼らなかった。後に、この点について、ガーディアンのラスブリジャー編集長はウィキリークスとガーディアンの関係を「相互補完」と説明しているが、ニューヨーク・タイムズのケラー統括編集長はウィキリークスを「パートナーとは考えていない」「あくまでも一つの情報源」(『オープン・シークレッツ』より)と述べている

 10月22日にはイラク戦争関連の米軍の機密書類約40万点を元にした報道が第2弾として開始され、新たに英テレビ局チャンネル4と衛星テレビ局アルジャジーラが報道に参加した。

―「外交公電」報道数日前に米側がガーディアンに接触

 第3弾の11月28日の米外交公電(約25万点)報道までに、3媒体のほかに、仏ル・モンド紙、スペインのエル・パイス紙が加わった。

 報道の数日前、ロンドンの米大使館から2人の官僚がガーディアン本社を訪れた。その内容は明らかにされていないが、ラスブリジャー編集長は、26日に、米政府中枢部に電話するよう言われた。

 26日、編集長はワシントンの電話番号を回した。電話口に出てきたのはクローリー米国務次官補(当時、広報担当。3月に辞任)であった。クローリーはクリントン国務長官の秘書、国防総省代表者、諜報関係者、国家保安委員会の代表者に囲まれていた。クローリーは、外交公電は「盗まれた書類」で、「慎重に扱うべき軍事機密を明るみに出し、人命を危うくする」と述べた。もし、ガーディアンが「書類を共有する」なら、米政府は「助ける意思がある」と続けた。この謎めいた言葉は、掲載する公電が何かを教えてほしい、という意味だと編集長は察した。

 ラスブリジャー編集長がこれに直接答えないでいると、クリントン国務長官の秘書が「どの公電かを教えるのか、教えないのか」と重ねて聞いた。しかし、編集長は情報を「渡さない」と答えた。それでも、1日目はイラン、2日目は北朝鮮、3日目はパキスタンに関する公電だと大まかな予定を教えた。会話はこれで終了した(ガーディアン、2011年1月31日付)。

 同日、英政府は、ガーディアンを含む複数のメディアに対し、慎重に扱うべき外交情報があれば通知してほしいという「国防通知」を出している。この通知に応じる法的義務はないが、報道機関は国防に配慮した報道を行うよう要請される。英首相官邸は「この通知によって報道差止め令を裁判所に求める意図はない」と説明した。
 一方米国では、クローリー国務次官補が公電報道は米国と外国政府との信頼関係を壊す、と述べた。

 ニューヨーク・タイムズは報道前に、米政府と何度か交渉の機会を持った。11月19日、ニューヨーク・タイムズはホワイトハウスに外交公電報道の予定を知らせたところ、その2日後、ワシントン支局長と他の2人の記者がホワイトハウスに呼ばれた(『オープン・シークレッツ』以下同)。ホワイトハウス、国務省、CIA、FBIなど政府関係者とニューヨーク・タイムズ記者たちとの会合内容はオフレコのため、公開されていないが、ニューヨーク・タイムズ側の一人によれば、政府側からは「抑制された怒りと不満感が伝わってきた」という。

 その後は、連日、電話での交渉が続く。ワシントン支局が掲載予定の公電をホワイトハウスに送ると、この公電は該当地域の担当者に回された。後日、政府関係者が「修正すべき項目やその理由」を電話でニューヨーク・タイムズに伝えた。その内容はニューヨーク・タイムズから他の媒体にも伝えられた。

 政府側が「修正すべき項目」としてあげたのは、①人命に損害をもたらすと思われる部分、②諜報活動の秘密を暴露すると思われる部分、③外国の政治家に関わる率直な感想を述べた部分であった。ニューヨーク・タイムズは①に関しては理解を示したものの、②と③については政府の懸念に同意しないとする場合もあったという。最終的に、「一部は修正し、一部は修正せず」という方針をとった(「読者へのお知らせ」11月28日付)。
 
―機密情報と報道の基準「きちんとした方式はない」

 国家機密を手にした報道機関は何を基準にして掲載に踏み切ったのか。
 
 アフガン文書公開時、ニューヨーク・タイムズはこの文書は「実際に戦闘行為や再建を行っている兵士や官僚という重要な、有利な視点から語られたリアルタイムの戦争の歴史」と呼んだ(7月25日付)。「機密情報を掲載するかどうかの決定は困難で、リスクと公益をはかりにかけて、掲載しないことを選択する時がある」。しかし、情報に大きな公益性がある時があり、「今回がその時だった」と。

 ケラー統括編集長は、メガリーク報道の経緯をまとめた書籍『オープン・シークレッツ』の中で、報道機関の役目である「政府が持つ秘密の暴露」と「国民に情報を与えること」とのバランスについて、きちんとした方式はないと書いた。情報を出そうとするメディアと情報を守ろうとする政府との間には常に緊張が生じるからだ、と。

 ガーディアンの場合は、今回のメガリークは米軍あるいは米外交公電であったため、英国の国益を特には問題視せず、「公益」を理由に掲載したと説明してきた。

 ガーディアンのイアン・カッツ副編集長は筆者の取材に対し、同紙では「編集部が入手した情報は、読者にも伝える」ことを原則としているという。機密情報であっても、「これを掲載しないことで間違いを犯すよりも、情報を掲載して間違いを犯すほうを選ぶ」とも語った。

 もし今回の外交公電が英国のものであったとしても、カッツ副編集長は「編集部の判断(=公益と見なして報道する)は変わらないだろう」という。そして公務員機密法、名誉毀損法、法廷侮辱法などを使って、政府側が報道差止め令を裁判所に申請する可能性が高いと予測した。

 ニューヨーク・タイムズは、アサンジとマニング上等兵について否定的な視点で書いた記事を掲載したことでウィキリークスと仲違い状態となり、外交公電はガーディアンから迂回して入手した。そのせいもあってか、ケラー統括編集長はウィキリークスを「一つの情報源」であり、共同作業の相手とは認めていない。ウィキリークスをジャーナリズムと呼ぶことにも抵抗があるという。

 一方、ガーディアンのカッツ副編集長は、報道機関がジャーナリズムの編集の全過程をもはや担当しえなくなっている、と指摘する。伝統メディアのガーディアンと、ブログやウィキリークスのような内部告発サイトなどが編集過程のそれぞれの部分を担う時代になった、と。

 シュピーゲルの記者マルセル・ローゼンバッハとホルガー・シュタルクは共著『全貌ウィキリークス』(早川書房刊)の中で、ウィキリークスのようなサイトの将来像に思いをはせる。「機密文書公開のための、検閲が不可能なウェブサイトは」、その国の法律に時に縛られ、為政者との緊張関係に身をおく大手報道機関の外に位置する「国家の枠を超えた第5の権力になりうる」と。

 一方、ウィキリークスの元ナンバー2、ダニエル・ドムシャイト=ベルクは、著書『ウィキリークスの内幕』(文藝春秋刊)の中で、ウィキリークスに送られたリーク情報を、特定の報道機関が独占的に報道することに疑問の声をあげている。

 「機密情報の所有者が政府から大手報道機関に移動しただけという側面はなかったのか」と問いかける。実際に、アフガン文書公開時、ウィキリークスが未公開とした1万4千点余の文書の閲読をワシントン・ポスト紙がウィキリークスに申請したところ、「3媒体と約束をしたから」という理由でアサンジに断られた経緯があった。ウィキリークスは自分たちが受け取った情報の使用権を特定の報道機関に譲り渡す形となった。

 内部告発情報を広く世に出すことがウィキリークスの目的とすれば、「独占契約」は正しい選択だったのか、とドムシャイト=ベルクは問う。

 国家機密の報道のあり方、内部告発の情報の取扱方法など、様々な論点を喚起したメガリーク報道であった。〔終)

Journalism 4月号
http://publications.asahi.com/ecs/detail/?item_id=12525

Journalism 最新号
http://publications.asahi.com/ecs/66.shtml
by polimediauk | 2011-05-13 18:32 | ウィキリークス
 昨年後半のウィキリークスと大手報道機関との共同メガリーク報道で、欧州各国の反応を入れた記事を、月刊誌「新聞研究」(日本新聞協会発行)4月号に書いた。以下はそれに若干補足したものである。

 その前に、3月上旬に原稿を出してから掲載までにおきた主な動きだが、

―現在、ウィキリークスの創始者ジュリアン・アサンジ氏は英国に滞在中だが、スウェーデンで起きた性犯罪容疑のために身柄を移送するよう、スウェーデン当局が求めている。身柄引き渡しを巡る裁判で、英治安裁判所は2月24日、引渡しを認める決定を下したが、アサンジ氏側は、3月3日、これを不服として高等法院に上訴した。結果はまだ出ていない。
―3月2日、メガリーク情報を漏らしたとされるブラッドリー・マニング米上等兵に対し、敵支援などの追加訴追が行われた。
―マニング兵は海兵隊施設で拘束されている身だが、自殺防止のため夜は衣服を没収されている上に、1日のほとんどを独房で過ごす。こうした対応は「おろかなことだ」と、フィリップ・クローリー国務副次官が発言し、波紋が広がったため、クローリー氏は3月13日、辞任した。
―最近の事件に関連したウィキリークス情報を拾うと、フランス・ルモンド紙が22日暴露した米外交公電の中に、駐日米大使館のある人物が、日本の原発がコスト優先となっており、安全性への疑念を持っていたことが分かった。また、リビアのカダフィ大佐に関するウィキリークス情報によると、テロネットワーク、アルカイダが反カダフィ勢力に手を貸していた可能性を示唆している。

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ガーディアンの編集方針と勇気
 -欧州各国の反応から


 昨年夏以降、欧米数カ国の大手メディアは、内部告発のウェブサイト「ウィキリークス」が入手した大量のリーク情報を元に、米軍の機密情報や外交公電を大々的に報じた。一連のリークは情報量の巨大さから「メガリーク」とも呼ばれ、国家機密の暴露の是非、外交やウィキリークス時代のメディアのあり方に関わる様々な議論を引き起こした。

 本稿では、このメガ・リーク報道の中でも、最も議論が沸騰した米外交公電報道を巡る、英国を中心とした欧州各国の政府、メディアの反応や議論を振り返る。最後に、ウィキリークスと大手メディアとの共同作業を提案した英ガーディアン紙の編集方針を紹介しながら、国家機密とメディアの関係を考察したい。

ー共同作業の開始

 ウィキリークスと世界の複数の大手報道機関によるメガリーク報道が始まったのは2010年7月25日である。ウィキリークスが所有していた米軍のアフガニスタン紛争に関わる約9万点の書類を、公開から1ヶ月ほど前までに入手したガーディアン、米ニューヨーク・タイムズ、ドイツの週刊誌シュピーゲルは、独自の検証を行い、それぞれの視点から編集した記事をこの日から掲載した。

 第2弾は同年10月22日からで、前記の3報道機関に加えて、英国の民放チャンネル4と中東カタールの衛星放送アルジャジーラが、イラク戦争関連の米軍の機密文書約40万点を元に連載報道を行った。

 第3弾が、世界中で最も注目を集めた米国の外交公電報道である。ウィキリークスが入手していた約25万件の外交公電の中から219件を選び、11月28日から報道を開始した。今回は新たにフランスのルモンド紙、スペインのエル・パイス紙が参画した。

 ガーディアンは「米国の世界観を赤裸々にする25万点のリークされたファイル」とする見出しがついた記事を1面トップとし、10ページに渡り特集した。米政府が国連加盟国に「スパイ活動」を奨励していた、サウジアラビア国王がイランの核兵器開発計画を阻止するために、米政府にイラン攻撃を促していたなど、衝撃的な記事が続いた。同時に、メガリークの元情報の漏えい経緯を、このときまでにリーク者であると見なされるようになっていた米陸軍上等兵ブラッドリー・マニングの顔写真付きで解説した。(現在までに、リーク者の匿名性を守るウィキリークスはマニング兵がリーク者だと公式には認めていない。同兵は機密情報漏えいの罪で、2010年5月米当局に逮捕され、軍法会議を待つ身である。)

 論説面にはコラムニスト、サイモン・ジェンキンスによる、「メディアの仕事は権力者を困惑から守ることではない」と題する論考を入れた。ジェンキンスは「公的な秘密を守るのは、ジャーナリストではなく政府の仕事」「ウィキリークスの暴露により国家が危機に瀕することはない」とし、公電報道を援護した。その下には、オックスフォード大教授で歴史家のティモシー・ガートン・アッシュの「秘密の晩餐」という見出しの論考が入った。公電報道は「外交官にとっては悪夢だが、歴史家にとっては夢のような話だ」「データのご馳走は私たちの理解を深めてくれる」。

 ドイツ・シュピーゲル誌は表紙にドイツ、フランス、イタリア、ロシア、リビア、イランなど複数の国の元首の顔写真を並べた。メルケル・ドイツ首相の顔写真の下には、外交公電の一部から「リスクを避ける、創造性が少ない」という絵解きがつき、リビアの元首カダフィ大佐の下には「華麗なブロンドの看護婦」(=常に大佐に同伴する看護婦を指す)と入れた。公電はイタリアのベルルスコーニ首相を「虚栄心が強く」「精神的、政治的に弱い」、ロシアのメドベージェフ大統領はプーチン首相をバットマンに例えたら「助手役のロビン」と論評している。各国首脳に対する辛口の論評は、世界各国のメディアで拡散報道されていった。

 報道直後、南ドイツ新聞は「自由の名の下で公電を掲載する」のは「政治を破壊し、人々を危険に陥れる」とし、ディー・ツァイト紙は「信頼感を壊した」とシュピーゲルを批判した。

 一方、戦後生まれのシュピーゲルの創始者兼元編集長のルドルフ・アウグシュタインの息子ヤコブ・アウグシュタインは、12月3日、雑誌「デル・フライターク」(「金曜日」)で、「ウィキリークスのデータに関する最初の反応が安全保障や、もっと悪いのは西側世界の安全保障と考えるジャーナリストは、本来の仕事をやっていない」、と援護射撃した。

 仏ルモンドが大きく扱ったのはサルコジ大統領の意外な親米路線を暴露する記事であった。大統領は反米姿勢をとったシラク前大統領を批判し、訪米の際には「いかにブッシュ米政権がすばらしいか」を伝えたという。また、ワシントン側に対し、自分を「第2次世界大戦後、最も親米の仏大統領」と呼んで欲しいと述べた。一方、米側はサルコジを「影響を受けやすい」「権威主義者」と見ていることも分かった。米国や米国的なるものと一定の距離を持つ姿勢を少なくとも表向きにはとるフランス人及びフランス政府にとって、米政府にへつらうようなサルコジの姿は困惑以外の何ものでもなかった。

 公電報道に対し、英国では、外務省が報道を非難する声明文を発表した。「機密書類の漏えい行為とこの情報の非認可の公開を非難する」「国家の安全保障を危うくする」「国益にならない」「多くの人命を犠牲にする可能性がある」(11月28日)など。

 イタリアのフランコ・フラッティーニ外相は、外交公電報道は「世界の外交における(米国大規模テロ)9・11だ」「国同士の信頼関係を粉々にする」(28日)と述べた。

 12月、米アマゾンが、ウィキリークスへのサーバー提供開始を決定した後、フランスのネット接続会社「OVH」が同サイトにサーバーを提供したと報道された。フランスのエリック・ベッソン産業担当相は、12月3日、仏のネット管理の公的機関に書簡を送り、OVHがウィキリークスにサーバーを使用させないよう求めた。

 一方ロシアの大統領報道官は、「論評に値する興味深い情報はなかった」(29日)と述べた。

 英国を含む欧州各国の政府の反応は、おおむね、外交公電という門外不出の情報が公にされたことを非難したが、自国の外交機密を暴露された米政府や政治家の間に湧き起こった、ウィキリークスやその創設者で編集主幹のジュリアン・アサンジ個人に対する強い困惑や怒りは起きなかったと筆者は観察している。

 例えば、米国ではクリントン国務長官が「米国や国際社会に対する攻撃だ」(11月29日)と述べている。共和党の前副大統領候補サラ・ペイリンは、スウェーデンで発生した性犯罪容疑(本人は否定)で逮捕・拘束されたアサンジを「国際テロ組織アルカイダ指導者と同様に追い詰めるべきだ」とさえ述べた。政治家のウィキリークス批判は米国民の愛国心に訴えかける。当局が「国家機密だぞ」と言えば、それだけで有無を言わせぬ威嚇の圧力が出る。

 ルモンドのシルビー・カウフマン編集長は外交公電の報道開始直後、「情報の支配権を失った」と受け取った外交官や政治家から、情報公開への反対の声が上がったと話す(ガーディアン、12月10日付、以下同)。ルモンドは「盗んだ情報を洗浄しているだけ」と言った政治家もいた。しかし、「政府の反応は非常に抑制されており」、最終的には「ルモンドが責任を持って必要な情報を報道した」という評価に収れんされていったという。
 ラガルド仏経済相は、12月16日、アサンジを「興味深い人物」とテレビ番組の中で述べ、その行為を「すべて賞賛する気はないが、中心にあるのは、結果的な迷惑を含む表現の自由だと思う」とまで語っている。

 しかし、政治の犠牲者も出た。シュピーゲルが報道したある公電は、2009年ドイツ総選挙後、連立政権樹立のための協議内容を、当時の駐独米大使に「情報漏えい」した人物がいたことを暴露した。「スパイ」の正体は与党・自由民主党の党首ウェスターウェレ外相の側近の秘書室長ヘルムート・メッツナーだったことが、後、判明し、メッツナーは解雇された。

 英国では、アサンジは昨年7月末のアフガン戦闘記録の公開以降、報道の自由の戦士として支持者を増やした。この頃から現在まで、主に英国に滞在していることもあって、12月7日、アサンジがスウェーデンでの性犯罪容疑をめぐってロンドンで逮捕されると、映画監督ケン・ローチなどの著名人らがすぐに保釈金の提供を申し出た。性犯罪容疑の詳細報道や、ウィキリークスの活動とアサンジの個人生活に関わる暴露本が年明けに複数発売されたことで、「報道の戦士」のイメージはやや崩れたものの、現在でも「ロックスター」(ガーディアン記者談)並みの人気がある。

 しかし、ウィキリークスとの共闘に参加できなかったライバル紙の間には「スクープを取られたというくやしさがある」、とタイムズのコラムニスト、デービッド・アーロノビッチは語る。タイムズはガーディアンの外交公電報道の翌日、ウィキリークスは外交官の役割を破壊する恐れがあるとするコラムを掲載した。12月6日には、米国の権益に重大な影響を及ぼす可能性が高い世界中の施設や設備、資源などに関して米国務省が作成したリストをそのままサイトに載せたとして、ウィキリークスを批判。このリストは外交公電の中にあり、軍需施設や原油・天然ガスのパイプラインに関する情報を列記したものだ。シュピーゲルはこの公電を目にし、あまりに衝撃度が高そうであったために、概要のみを誌面に出した。フィリップ・クローリー米国務次官補(3月、辞任)は公開は「無責任極まりない」と批判した。

―ガーディアンの編集姿勢とは

 大手報道機関とウィキリークスの共同作業によるメガリーク報道は、もともと、ガーディアンの特約記者ニック・デービスの創案による。

 調査報道に力を入れるガーディアンでは、編集部内に専属の調査報道記者を置く。リーク情報は調査報道に欠かせないが、ウィキリークスや創始者アサンジは、ガーディアンの調査報道の情報網の一部であった。例えば、ガーディアンは、2007年、ケニアの元大統領一家の汚職報道、2009年の国際石油会社トラフィギュラによる毒性の高い産業廃棄物遺棄報道で、ウィキリークスからのリーク情報を元に記事を作った。ゆるやかな共同作業はメガリーク報道の前に存在していたのである。

 昨年夏以降のメガリーク報道の共同作業は、デービス記者がマニング兵に関わる小さな記事をガーディアンで読み、アサンジに興味を持ったのがきっかけだ。同年6月、ブリュッセルで開催された会議に出るためにベルギーにやってきたアサンジをデービスが捕まえた。アサンジから大量の米軍や政府に関する機密情報を持っていると聞かされたデービスは「一緒にやろう」と呼びかけた。

 情報量が巨大であること、他国の報道機関と歩調を合わせて作業を行うことを除くと、ガーディアンとウィキリークスの仕事は、これまでガーディアンがやってきたリーク情報の取り扱いと原則は変わらない。「情報の信憑性を確かめ、公益性を判断し、リーク者の身元が割れないよう考慮して、原稿を作り、掲載する」流れだ。

 しかし、ウィキリークスはリーク情報を持っているばかりか、これを独自でサイト上に掲載して発信できる媒体でもある。「ありのままを出すことによって、情報の是非を読み手に判断してもらいたい」というアサンジ独自の編集方針を持つ。

 これが、当初、ガーディアン側との対立の争点になった。ガーディアンは「掲載によって人命などに危害が及ぶと思われた場合、該当する情報を消してから記事を出す」方針であったが、アサンジは当初、「そのまま情報を出して、その結果、人命が失われるなら、それはそれだ」という姿勢であった、とガーディアンの調査報道記者デービッド・リーが筆者に語った。
 
―国益か「報道の自由」か

 メガリーク報道はいずれも米軍の機密情報、米外交公電を扱ったため、英国を含めた欧州各国のメディアは「国益擁護か、それとも公益あるいは報道の自由を取るか」などの議論に巻き込まれることはなかった(ただし、二者択一の話なのかどうかは議論が必要であろう)。

 しかし、国家機密を巡る、報道機関と国家権力との距離感の問題は、問う価値が十分にあるだろう。

 ニューヨーク・タイムズは、外交公電の報道前に、米大統領官邸に連絡し、どの公電を公開するかを伝えた後で、人命に損害を与えるなど国家の安全保障上問題と思われる部分があれば教えて欲しいと聞いた。官邸からの提案に対し、ニューヨーク・タイムズは一部を受け入れた、と説明している。そして、米官邸の「懸念」を、ウィキリークスを含めた他媒体に伝えている。

 筆者がガーディアン副編集長イアン・カッツに聞いたところによれば、ガーディアンも駐英米大使館や米官邸側と何度か話し合いの機会を持ったという。しかし、どの公電を掲載するかは知らせず「あくまでも米当局側がどんな『懸念』を持っているかを聞く姿勢を維持した」という。また、英政府に特定の事実確認のために問い合わせをしたことはあったが、米政府とのような話し合いは一切なかったという。

 もし英国の国家機密に関する情報を入手した場合、国益と公益の見地からの報道について、どのようにバランスを取るかと重ねて聞くと、カッツは、「一概に答えるのは困難だ」が、「編集部が知っていることは読者も知るべき」という姿勢をガーディアンは持つという。「情報を出さずに間違いを犯すよりも、情報を出して間違いを犯すほうを選ぶ」-これがガーディアンの基本方針であるという。「欧州の他国でも、このような編集方針は大体共有されていると思う」。

 複数の報道機関が協力する「共同メガリーク報道」は、ひとまず、昨年末で終了した。ウィキリークスはその後、英テレグラフ紙にリーク情報を提供し、今度はテレグラフが連載を始めた。アサンジの下で働いていたダニエル・ドムシャイト=ベルクが、新たな内部告発サイト「オープンリークス」を開設し、衛星放送アルジャジーラもウェブサイトを通じて、リーク情報を募るようになった。

 メガリーク共闘作業は、ある問いかけを私たちに突きつける。国家機密に相当する情報を入手して、その公開が公益にかなうと判断したとき、真実を明るみに出すために「情報を出して間違いを犯す」ほうを選ぶような勇気があるメディア、あるいはジャーナリストになれるだろうか、と。(「新聞研究」2011年4月号掲載分より)
by polimediauk | 2011-04-01 17:57 | ウィキリークス
 フィリップ・クローリー米国務次官補(広報担当)が、13日、辞任した。ウィキリークスに機密情報を流したと推測されるブラッドリー・マニング米上等兵が、拘束中の海兵隊施設(バージニア州)で不当に扱われていると発言したためだ。

 マニング兵は自殺防止のため、夜間は衣服を没収され、全裸で眠ることを強要されている。クローリー氏は、先週、米マサチューセッツ工科大学での会合で、マニング兵の取り扱いが「不合理、国防の面から言えば逆効果で馬鹿げている」と語った。
 
 これに対し、オバマ米大統領は、11日、国防省からマニング兵の取り扱いが適切であると報告を受けた、と述べた。米政府トップから見放された形となったクローリー氏は辞任をせざるを得なくなった。

 クローリー氏が「馬鹿げている」と表現した、マニング兵の拘束状況とはどんなものか?同兵の弁護士が公表した、マニング兵自身の説明を見てみよう。

 以下は、ガーディアンの掲載記事の抜粋である。http://www.guardian.co.uk/world/2011/mar/11/bradley-manning-strip-clothing-prison

***

 数ヶ月の拘束が続いていたマニング兵は、パパキー海兵隊保安警護官に、どうやったら厳しい拘束条件(1日のほとんどを独房に閉じ込められているなど)を緩和できるかと聞いたー。「パパキ警護官は、拘束状態を緩和するために私ができることは何もない、私には自傷の危険性がある、と言った」

 「そこで焦燥感を抱き、拘束規制は馬鹿げているし、もし私が本当に自分を傷つけたかったら、下着のゴムバンドかサンダルを使うこともできるよ、と皮肉をこめて言った」

 「その日、後になって、私がパパキーに言ったことのために、夜間は全裸にされると言われた。驚いて、何も言っていないと答えた。現在の拘束がいかに馬鹿げたものかを指摘しただけだ、と」

 「私の精神の健康状態を見る担当者に相談せず、施設のオフィサーであるデニス・バーンズが、私の皮肉の言葉を理由にして私には自殺の危険性があるとし、規制を厳格化することに決めた」

 「私に自殺の危険性があると認定されたわけではない。認定には精神の健康状態をチェックする担当者の査定が必要だからだ」

「精神科医がやってきて私の精神状態を調べ、自傷の危険性は低いという判断が出た」

 「3月2日から、私は夜間、衣服を没収されることになった。この処理は無限に続くそうだ。最初の夜、衣服を没収された後、翌朝まで寒い独房の中で眠るしかなかった」

 「翌朝、ブリッグ(米国の軍隊で罪人を一時的に拘留する場所)の検査担当官がやってくるため、ベッドから起きるように言われた。まだ衣服は戻してもらっていなかった。ベッドから起きると、すぐに独房の寒さが身にしみた。独房の前のほうに、自分の性器部分を手で隠しながら歩きだした。看守は、『休め』の姿勢をとるように言った。これは、両手を後ろに組み、両足を広げる形で立つことを意味した。検査担当官がやってくるまで、約3分間、そのままの姿勢でいた」

 「検査官とそのおつきが私の独房の前を通った。担当官は私の顔を見て、一瞬立ち止まり、その後、次の独房のほうに進んでいった」

 「自分が全裸でいるところを大勢の人に見られ、非常に決まりが悪かった」

 「担当官たちが行ってしまった後で、ベッドまで歩き、座っても良いと言われた」

 「その後衣服を返してもらうまでに10分ほどかかった」

 「私は、自殺を防止するための『スモック』とよばれる衣類を与えられるようになった。夜間にはまた全裸にならなければならないが、昼間はスモックを着られた」

 「最初、スモックを来たくなかった。非常にごわごわして着心地が悪かったからだ」

 「これまでの状況を考えると、夜間、無期限に全裸で寝ることを強要するのは懲罰であることは明らかだった」

 「私は24時間、監視されている。看守は私の独房からほんの2-3メートル離れた場所にいる。昼間は下着と衣類を身に着けられるが、この時間には私が自殺を起こす心配がないとでもいうのだろうか」

 「3月2日以降の、夜間の全裸強要には正当な理由がない。これは、裁判前の違法な処罰に値する」

 「現在、独房に入れられ、外に出るのは1時間のみ。23時間は、独房の中にいる。昼間は看守が5分ごとに、私が大丈夫かどうかを聞く。肯定的な返答をするのが義務となっている」

 「夜間、看守から私の姿が十分に見えなかったり、毛布で私が頭を覆っていたり、壁のほうに丸まって寝ていると、看守が私を起こし、大丈夫かと聞く。食事は独房の中で食べる。枕やシーツを使ってはいけないことになっている。個人的なものを独房の中に一切置いてはいけないことになっている。一度に持ち込めるのは1冊の本か、雑誌だ。本や雑誌は、私が寝る前に、取り去られる。独房の中で運動はしてはいけないことになっている。もしプッシュアップとかしていたら、やめさせられる」

 「毎日、独房の外でできる運動は1時間のみだ」

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 マニング兵は、大量の外交公電を不正にダウンロードした疑いで、昨年5月逮捕され、機密情報不正入手などの罪で同年7月に訴追された。今月上旬、新たに「敵支援」などの罪で追加訴追された。現在まで、10ヶ月に渡り、処罰が決まらないままで拘束状態にある。軍法裁判がいつ開かれるかは未定だ。

 20日、マニング兵が拘束されている施設の前で、解放を求める支援者たちによる抗議デモが行われるという。

 
 
by polimediauk | 2011-03-15 04:09 | ウィキリークス