小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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カテゴリ:ロンドン( 13 )

 昨晩、閉会式があって、ロンドン夏季五輪が終了しました。

 白熱の競技が続き、いくつかのどきどきした情景が目に焼きついています。みなさんは、いかがでしょうか。

 閉会式はポップ音楽のメドレーで、私にはすべてのミュージシャンの名前が分からなかったけれど、私が若かった頃の音楽は非常に懐かしいものでした。

 特に感動したのは、もう亡くなってしまった、クイーンのボーカル、フレディー・マーキュリーの姿を映し出し、いかにも彼がまだ生きているかに見せて、生の観客と掛け合いをさせた場面です。やるなーと思いました。クイーンの残りのメンバー二人の演奏もいい感じでした。

 モンティ・パイソンのメンバーの一人、エリック・アイドルが出てきて、Always look on the bright side of life(いつも人生の良い面を見よう)という歌を歌ったところも、本当にそうだなあと思って、非常によい場面だと思いました。単に、のほほんと「人生の良い面を・・・」というだけじゃ、つまりませんよね。でも、この歌がどういう場面で前に使われたかで、その意味が深くなってきます。

ウィキペディアの説明によれば:

1979年の映画『ライフ・オブ・ブライアン(Monty Python's Life of Brian)』のエンディング曲として発表され、後にサッカーファンによって口ずさまれ、1991年にヴァージン・レコードよりシングルCDとして再リリースされ、ヒットした。

翻訳すれば『(深刻にならずに)人生の輝かしい面を見よう』という歌詞であるが、『ライフ・オブ・ブライアン』では主人公であるブライアンが磔刑にかけられ、死に行く真っ最中に同じく磔刑にかけられている囚人たちの合唱で歌われている。

とあります。

 ですので、ひねったユーモアで、なんだか胸がこそばゆくなるような可笑しみがあります。

 ツイートを見ていたら、閉会式の解説をしていたNHKのアナウンサーが、結構ボロクソにけなされていました。

 もしかしたら、こういうときこそ、この歌をアナウンサーたちに贈るべきなのかも知れません(某田淵氏のコメントを勝手にひねくりながら、引用)。

 この歌が閉会式のフィナーレになればよかったのにというツイートを英国のメディア関係者の何人かが書いてました。

 なんとも英国らしい感じの歌で、私もそうだなあと思いました。

 それと、閉会式でボランティアたちが壇上に呼ばれて、その献身に対して、会場の観客が一斉に拍手をする場面もありました。これもとっても英国らしい感じがします。

 ロンドン五輪が、終わりました。

 とっても面白いショーを見せてもらった思いがあります。みなさんは、どうでしたか。
by polimediauk | 2012-08-13 14:24 | ロンドン
c0016826_317515.jpg 夏季ロンドン五輪がいよいよ終盤戦に入った。「その後」を考える時期が到来したともいえよう。果たして、五輪招致はロンドンや英国全体にとって、どんな経済効果をもたらすのだろうか?

 「英国ニュースダイジェスト」最新号の筆者記事に補足したものが以下である。

***
 

 7月上旬に発表された、大手銀ロイズ・バンキング・グループによる調査報告書「ロンドン2012の経済効果―オリンピックとパラリンピック」の中から、要点を拾ってみた。

The Economic Impact of the London 2012 Olympic & Paralympic Games http://www.lloydsbankinggroup.com/media/pdfs/lbg/2012/Eco_impact_report.pdf


―GDPへの波及効果は165億ポンド

 報告書が調査対象としたのは、ロンドンが五輪開催地と決まった2005年から、2012年の開催から5年後の「遺産」(レガシー)期間を含む、2017年までの12年間だ。この間に、GDPにして165億ポンド(約2兆円)が新たに生み出されるという。

 この金額の中で約57%が開催のため施設建設に由来する。五輪に絡んだ観光業が12%、大会運営・開催費が6%、24%が閉会後のレガシー関連の建設業による。

 一方、ロンドンおよび英国全体で6万2200人分の雇用が生み出されるという。

 LOCOG=ロンドンオリンピック・パラリンピック組織委員会の調査によれば、五輪施設建設で雇用された人の中で、元失業者だった人たちの居住地域は、以下のように分かれた。場所、人数(全体に占める割合)の順だ。

ロンドンーグリニッチ 244(8%)
ロンドンーハックニー 397(13%)
ロンドンーニューアム 671(22%)
ロンドンータワー・ハムレッツ 397(13%)
ロンドンーウオルサム・フォレスト 427(14%)
ロンドンーバーキング・アンド・ダゲナム 122(4%)
他のロンドン地域 739(26%)

 合計は2997人だ。

 経済が潤うのはロンドン(約60億ポンド)ばかりでなく、そのほかの地域(約105億ポンド)も好影響を受ける。

 報告書によれば、大会施設の建設を担当した五輪実行委員会(ODA)が英国の建設業サプライヤーと交わした800件の契約の中で、ロンドンのサプライヤーであった場合が25%であったのに対し、残りがロンドンの外のサプライヤーであった。また、経済効果の発生場所も41%は大会施設が建設されたロンドンや南東部となったものの、他の地域も恩恵を受ける。

 経済効果の発生場所を地域別に見ると、以下のようになる。

ロンドン41%
イングランド南東部9%
イングランド北東部7%
イングランド東部6%
スコットランド6%
ウェスト・ミッドランズ6%
ヨークシャー&ザ・ハンバー 6%
南西部6%
イースト・ミッドランズ5%
そのほかの地域8%

―観光客は1000万人以上増加

 2017年末までに、観光業は20億ポンドのGDPを生み出す。そのうちの3%は五輪開催前、49%が開催中、48%が閉会後である。

 約1000万人が五輪観戦を目的としてロンドンを訪れると予想されており、そのうちの12%(約120万人)は海外からの旅行客だ。結果として、2017年までの訪英者の中で、追加で1080万人が観光や五輪関連ビジネスで訪れると予想されている。混雑したロンドンを嫌って、国内のほかの地方を訪れる人も増える見込みだ。

 五輪ビジネスで利を得るのは大企業だけと思うのは間違いだ。ロンドン五輪組織委員会(LOCOG)によると、LOCOGと契約を交わした企業の中で、72%が中小企業なのだ。

 複数の調査によれば、大きなイベントを開催した場合、その国の国民の中に「幸福感」(feelgood factor)が生まれる。そのイベントに参加した、あるいはイベントの近くにいた、イベントを開催できたことによるプライドなどが理由となる。

 調査報告書はこうした幸福感が消費につながる場合もあるとし、国民一人当たり少なくとも165ポンド相当の贈り物をする可能性がある、と計算する。

―大会が生み出す本当のレガシーとは

 この報告書は12年間という長期スパンでの推測だが、一部では「楽観的過ぎる」という批判が出た。

 また、「それほど期待はできない」という調査も各種出ている。

 しかし、広大な自然公園となるオリンピックパークの出現、土地の再利用、住宅・雇用の機会の提供など、さまざまな環境が大きく変わったことは確かだ。

 元失業者で五輪施設建設のために雇用された人の場合、人生が変わったともいえる。

 閉会後はオリンピックビレッジ内に3000戸前後の低価格の住宅ができる。これは近辺の住民の生活水準を上げ、さらには、報告書によれば、「健康状態の改善、医療費の減少、犯罪の低下」につながる可能性があるという。

 私は、五輪開催による、英国にとっての良い影響を挙げるなら、

 ①スポーツ振興(今回の大会で金メダルを取った英選手の中で、4年前の北京五輪で触発されたという人が結構いる。また、青少年にとっても「やってみたい」と考える人は少なからずいるだろう。スポーツおよび教育機関が予算をもっと増やそうとすることも想像できよう)

 ②先の「幸福感」(feelgood factor)―これは数字でははかることができない、さまざまな波及効果があるだろう

 ③大きな公園ができた(これも幸福感につながるはずだ)

 ④英国の強みが増えた

 などの点が少なくともあるだろうと思う。

 ④についてだが、環境面に配慮しながら競技施設を建設し、競技運営のみならず、競技後のレガシーまで計画して実行した英国流五輪開催のやり方は、1つのビジネス・モデルとして、また都市計画の1つとして世界に広める価値があるだろうと思うー少なくとも、英国関係者はそうするだろう。強みを増やしたという点で、ここが最終的には「経済効果」になるのではないかと思う。

―関連キーワード:Olympic budget:(ロンドン)五輪の開催予算。

 招致の際に提出した予算は約240億ポンド(今年7月末計算で約2960億円)だったが、後に警備費などを入れて膨らんだ。2007年に再計算した額(93億2500万ポンド)を発表し、開会までに予算内の92億9800万ポンドに収まった。財源は中央政府(62億4800万ポンド)、ロンドン市(8億7500万ポンド)、宝くじ(21億7500万ポンド)。使途は会場用地のインフラ整備、五輪競技施設の建設、警備費、交通費、公園設置、メディア・センター建設など。
by polimediauk | 2012-08-09 03:17 | ロンドン
 五輪と情報発信が簡易なツール、ツイッターが絡んだトピックが、最近、話題をさらった。

 まず、ツイッターの送信数が多すぎて、競技に支障が出たという話。

五輪ツイート多過ぎで障害、「緊急時限定」の呼びかけも
http://www.cnn.co.jp/tech/35019822.html

(一部引用)
 問題が起きたのは28日に行われた自転車男子ロードレース。GPS(全地球測位システム)と通信システムに障害が発生し、選手間の距離が判定できなかったとされる。

 国際オリンピック委員会(IOC)広報のマーク・アダムズ氏は英紙ガーディアンの取材に対し、原因はツイッターや携帯メールが過剰に使われたことにあるとの見方を示した。五輪の映像を各国のテレビ局に配信するオリンピック放送機構(OBS)は、ネットワークの問題を解決するため負荷分散に努めているという。

 アダムズ氏は「ソーシャルメディアの利用をやめさせたいわけではない。ただ、送信は緊急時のみとするよう配慮してもらえればと思う」とも付け加えた。

 一方、IOCの別の広報担当者はCNNに宛てたメールで、ネットワークの障害により一部のデータが放送局に配信できなかったと説明。ただ、記録の計測や競技結果に影響が出ることはなく、29日の自転車女子ロードレースまでに問題は解決されたとしている。観客に対しソーシャルメディアの利用を控えるよう呼びかけたとの情報については「事実とは思えない」と話した。(引用終わり)


 もうひとつは、英インディペンデント紙の米ロス支局員ガイ・アダムスのツイートの件だ。米NBCの五輪放送責任者ガリー・ゼンケルの電子メールアドレス(局の公式アドレス)に抗議のメールを送ろうとツイッターで呼びかけ、ツイッター社がアダムスのアカウントを使えなくしたという。

 アダムスは、ツイートの中で、ロンドン五輪の開会式の生放送が、米国の西海岸ではすぐには放映されず、6時間後の放映となったことに問題を呈した。

 以下のようなツイートを流したという。

"America's left coast forced to watch Olympic ceremony on SIX HOUR time delay. Disgusting money-grabbing by @NBColympics." (米国の左岸地域は五輪開会式を6時間もの遅延のあとで視聴を余儀なくされた。@NBColympicsは最低、強欲)

"I have 1000 channels on my TV. Not one will be showing the Olympics opening ceremony live. Because NBC are utter, utter bastards."(私のテレビは100ものチャンネルがある。どれも開会式を生放送していない。それはNBCが本当に、完璧にろくでなしだからだ)

 NBCは米国での五輪公式放送局となっており、高額の放送権料も払っている。西海岸でゴ-ルデンタイムとなる時間に流せば(たとえ生放送の時間よりはかなりずれても)、広告などでお金をがっぽり稼げる・・というのが、アダムスがNBCを「強欲」と呼ぶ理由のようだ。

 ツイッター社は、他者の個人および秘密の情報を流すことを禁じる規約に違反したとして、アダムスのアカウントを使用停止にした(ガーディアン報道)。

 NBCはアダムスの一連のツイートについてツイッター社から連絡を受け、停止を求める依頼をツイッター社に行い、これが受け入れられた、という経過だったようだ。

 アダムスのページの最新コラムを見ると、「ツイッターアカウントをまた使いたい」とあるが、読者のコメントには、「ツイッターなんかに戻るな」という声も。

 ガイ・アダムスのページ
http://www.independent.co.uk/biography/guy-adams-6255066.html

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 米ジャーナリスト、ダン・ギルモアは、ツイッターとNBCが五輪ビジネスで提携関係にあることが、今回のアカウント使用停止と関係があるかもという疑念を指摘している。

If Twitter doesn't reinstate Guy Adams, it's a defining moment
http://www.guardian.co.uk/commentisfree/2012/jul/30/twitter-suspends-guy-adams-independent?intcmp=239

 この一件、後日談がまだまだ続きそうである。

 ひとつだけ、日本との比較で思ったこと。英国の場合、アダムスの所属先インディペンデント紙はアダムス支持で動いている。日本だったら、謝罪、およびトカゲの尻尾きり状態になるかもなあと思ったりした。

Twitter suspends British journalist critical of NBC's Olympics coverage http://www.guardian.co.uk/technology/2012/jul/30/twitter-suspends-guy-adams-account-nbc
Twitter urged to explain ban on British journalist over NBC Olympic tweets http://www.guardian.co.uk/technology/2012/jul/31/twitter-urged-explain-suspension-journalist?intcmp=239


(ちなみに、別人の話だが、CNNジャパンは「アダムズ」を使っているが、私はインディペンデント記者の話で「アダムス」としてみた。どう聞こえるかによるのだが。)

 追加:後、記者のアカウントは利用可能になりました。
ツイッター社は謝罪。

 http://www.guardian.co.uk/technology/2012/jul/31/guy-adams-twitter-growing-pains
by polimediauk | 2012-07-31 18:56 | ロンドン
 少し報告が遅くなったが、27日(金)の午後、ロンドン・ウオータールー駅の構内にいたら、なんだかやたらと、アイスクリームをなめている人が多いことに気づいた。

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 あれ?と思ってみていたら、ロンドン市が用意した「情報ボックス」(適当に名前をつけたのだが、五輪観戦などでロンドンを訪れている人、あるいはほかの理由でロンドンに来た人のために、ボランティアを使って、市内の情報を広めるための拠点が設置されている)が構内にあった。ボランティアたちは「チームロンドン・アンバセダー(大使)」と名づけられているようだ。

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 そこで、通りかかった人にアイスクリームを配っていたのだった。これは毎日ではなくて、この日は夜に開会式が予定されていたため、あくまでも「初日だから」というサービスであったようだ。お祭り気分を盛り上げる、とてもよいサービスだと思った。私はウオータールー駅を中心にして、歩くことを想定した地図をもらった。このウオーキング用地図はこの駅ばかりでなく、いくつかのほかの駅(例えばビクトリア駅)からのものも発行されている。

 ちなみに、ロンドン市がウオーキングを勧めているのは単に親切さとかそいういうことよりも、公共の交通機関の混雑を避けるためだ。何しろ、これが一番の悩みなのだ。ただえさえ、サービスがあまりよくないという評判なので、これを悪化させてはいけないと必死である。タクシーは排気ガスが出るし、道が混雑してしまう。だから車はなるべく使わないようにしてもらって、かつ、混雑しそうな時間にはオリンピックパークに近い駅の利用をなるべく避けることが提唱されている。
by polimediauk | 2012-07-29 18:38 | ロンドン
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 五輪開会式後の初日、英国では自転車ロードレースで自国選手マーク・カベンディッシュが金メダルを逃し、失望感が出た。

 このとき、レース全体の様子が十分には放映されなかったようで、BBCに苦情が殺到したようだ。しかし、BBCによれば(サンデー・タイムズ紙、29日付)、映像は国際オリンピック委員会(IOC)が撮影したものなので、BBCとしてもほかにやりようがなかったということであった。

 いまひとつ、問題になっているのが、カメラが競技の会場を映し出すとき、場所によっては空席が目立ってしまったこと。チケットはほぼ売り切れで、観たい人がたくさんいるのに、「これはいったい何事か」と。どうも、まとまった空席はスポンサーやIOC関係者に配られていたものらしい。ラジオで昨晩ちらっと聞いたところでは、ハント文化・メディア・スポーツ大臣も、誰がこうしたチケットを買って会場に姿を見せなかったのか、名前を出すことも考えているとか。まったくもって、残念なことである。

 テレビ放送はどうなっているかというと、まず、BBC1(日本で言うと、NHKのチャンネル1)がオリンピックの専門局となっている。一日中、オリンピックを放送。普段BBC1で放送されている番組はBBC2に移動したり。ただし、定時のニュースがあったりした場合は、BBC2でオリンピック放送。BBC3もオリンピック専門。ニュース専門局BBCニュースも、実際にはオリンピック中心で、時々、「スポーツハイライト」として、オリンピックのまとめが入る。

 それと、ここが驚くのだが、BBCは、「すべての競技を放送する」をモットーにしている。そこで、上のBBC1とかBBC3のほかに、24のオリンピック専門チャンネルを作ったのである。

 ケーブル放送のバージンメディア、衛星放送スカイのサービス、およびフリーサットの契約者になっている場合(合計で、契約者は少なくみても1300-1400万家庭を超える)、テレビをつけると、24の新たなチャンネルができたことになった。「オリンピック1、オリンピック2・・・・オリンピック24」など。

 ほかにも、セットトップボックスを使うフリービューというサービスがあるが、これと、それからBTビジョンというサービスに契約している場合は、2つの新しいチャンネル(301と302)ができており、これを観れば、ハイライトが放映される。

 そして、「もし」こうしたサービスの契約者になっていなくても、ネットがあれば、BBCのスポーツサイトで、http://www.bbc.co.uk/sport/0/ 現在・過去の競技が見れる。

 ラジオはBBCラジオ・ファイブ、BBCファイブ・ライブオリンピックスエキストラ、BBCファイブ・スポーツエキストラなどで聞ける。

 チケットがなくても、戸外で開催されるロードレース競技の沿道に立つか、ハイドパークなどビックスクリーンのある場所でわいわい言いながら応援できる。パブなどもスクリーンを用意している。

「今、起きていることを」「すぐに」「無料で」「過去情報も含めて」、「どんなデバイスでも」視聴できるーこれが2012年現在の特徴だ。

 「もし」東京にオリンピックが招致されたら、きっと、これをしのぐマルチチャンネル化になっているのだろうなー。

 

 
by polimediauk | 2012-07-29 17:41 | ロンドン
 27日夜、いよいよ五輪の開会式が行われた。待ちに待ったという感じである。

 4年前の北京オリンピック開会式は、その派手さ、豪華さで人々をあっと言わせた。いったい、ロンドンはどうするのか?規模の大きさで勝てないなら(そんなお金はない)、何で勝負するのだろうか?

 そこで起用されたのが映画監督のダニー・ボイル(「スラムドッグ$ミリオネア」など)であった。

 その前にまず、開会式の冒頭の紹介だ。この間ツール・ド・フランスで優勝したばかりの英ブラッドリー・ウィギンス選手(スカイチーム所属)が出てきたのだ。開会の合図となる「オリンピック・ベル」を鳴らしたそうだが、この部分、見逃してしまったので、以下は時事通信の記事の引用である。
 
 ロンドン五輪の開会式は、荘厳な鐘の響きで幕を開けた。先の世界最高峰自転車ロードレース、ツール・ド・フランスで英国勢初優勝の快挙を果たしたブラッドリー・ウィギンズが、万雷の拍手で迎えられ、巨大な鐘をゴンと鳴らした。

 ウィギンズは今回が4大会連続の五輪。過去に金3個を含む6個のメダルを獲得している。ツール・ド・フランス優勝で地元英国の新たな英雄となった旬のスポーツマンが、開会に花を添えた。

 この「オリンピック・ベル」は世界最大。英国会議事堂時計塔の大時計ビッグベンの鐘、米ペンシルベニア州にある自由の鐘を鋳造した由緒ある会社が手掛けた。今後200年間、五輪公園に残される予定で、スタジアムで繰り広げられるさまざまなスポーツシーンを見届けることになる。(引用終わり)


 さて、ボイル演出の開会式のテーマは「驚きの島」(Isles of wonder)、つまりは英国である(英国はいくつかの島が集まって形成されている)。

 そこで、スコットランド、ウェールズ、北アイルランド、イングランドの各地方で子供たちが歌う様子を集め、「英国=驚きの島」という様子を表現して見せた。

 その後は、スタジアムの中央部に用意されたのが、広がる田園風景。いかにも、「イングランド地方の田園」という感じで、緑がいっぱいだ。そこで生活する人々もたくさんいる。

 ・・と思ったら、今度は、俳優ケネス・ブラナーが演じる、グレート・ウェスタン鉄道の施設や車両を設計した技術者イザムバード・キングダム・ブルネル(ブラナーはシェイクスピア作「テンペスト」から一節を読んだ)や産業資本家たちが現れて、世界に先駆けて産業革命を起こした英国の姿を描いてみせた。工場の大きな煙突に相当するオブジェが立ってゆく。

 「そうか、英国は『歴史』でやることにしたのか」-と私は見ていて思った。

 開会式の内容は直前まで秘密だったので、世界で見ている人にいったいどれだけアピールがあるのだろうなあとも、ふと思った。

 この煙突が次第に熱い炎の輪になって、最後には五輪を作ってゆくーこうなるともう、歴史も何も分からなくても、「すごい!」と感動してしまう。

 この後、戦後の福祉体制の要となった、健康保健サービス(NHS)をテーマにした場面があり、看護婦さんと子供がいっぱい出てくる。この看護婦さんのエピソードやNHSの意味(原資は税金だが、貧富の差に限らず国民全員が無料で医療を受けられる)がどれだけユニバーサルに伝わるのかなあとやや思ったことは確かだが、英国内ではこの点も含め、支持を得たようだ。

 途中、見世物=ショーとして面白いことは面白いのだけれども、ちょっと長くないかなあと思いながらも見ていたが(1時間半ぐらいだったそうである)、とても分かりやすく、かつ非常に面白かった場面が2つ。

 1つは、BBCが作った短編映画で、ジェームズ・ボンド役を演じた俳優がバッキンガム宮殿を訪れ、エリザベス女王を迎えに行くところ。部屋に入ると、本物の女王がいて、「こんばんは、ボンドさん」などという(女王がドラマに出て『演技』するとは、最初で最後かも??)。二人でヘリに乗って(ただし、実際には女王は同乗はしていないと思うが)、スタジアムまで飛ぶ。そして、実際に、女王が会場から出てくる場面につながる。とてもうまくできていた。

 もうひとつは、「ミスター・ビーン」などで知られる俳優ローワン・アトキンソンがビーンらしき男性として登場。楽器を操り、映画「炎のランナー」をパロディー化したものに「出演」する。会場が笑いに包まれた。

 このいわば「前半」ともいう部分の終わりに、コンピューターを操る一人の男が出た。ティモシー・ジョン・バーナーズ=リーだ。WWW,つまりはワルドワイドウェブを考案した人物だ。世界に先駆けたアイデアを出した人物が英国人であったというのが、英国のイメージをアピールするには最高に格好いい感じであった。

 順番が前後になったが、途中には、メアリー・ポピンズに扮した女性たちや、ハリーポッターシリーズのJKローリングが出る場面もあった。映画「エクソシスト」で使われていた、チューブラーベルズという曲も、作曲したマイク・オールドフィールド自身が演奏した。以上、主として記憶を元にして書いてみた(気づいたことがあったら、更新します)。

 もろもろあったショーが終わり、次に、選手入場となったが、ここまでが結構長かった。3人のニュースキャスターが番組の声を担当していたのだが、「ここが一番見たかったんですよね」という声が続いた。やっぱりなあ、と。何時ごろ日本が出るのかなあ(日本についての説明はあまり長くなかった)と思いながら、どきどきしながら見た。

 最後の英国で、旗を持った選手はずっと涙目のようであった。感動と興奮でそうなっているのだろう。バックに流れていた曲は、デビッド・ボウイの「ヒーローズ」であった。

 ここで感動したと思っていたら、さらなる、もっと大きな見せ場が待っていた。

 その1つは、国際オリンピック委員会会長ジャック・ロゲ氏のスピーチである。ロゲ氏は、どこの都市で開催されても、喜んでもらえるようなことを言っているのだろうと思うけれども、今回も、やはりうれしいことを言ってくれた。

 まず、「参加してくれた何千人ものボランティアたちに感謝します」と言うと、会場内のボランティアたちを中心に、大きな歓声と拍手が沸き起こった。会長はしばしスピーチを中断せざるを得なくなった。

 また、「どのチームにも女性が入った。これは初めてである」というくだりにも大きな拍手。

 「ある意味では、オリンピックは(ロンドンに来て)ふるさとに戻ったという感じもあります。英国は近代スポーツを生み出した国だからです。スポーツマンシップとフェアプレイが、明確なルールの形で決定された国です。学校の教育課程にスポーツを入れた国でもあります」

 「英国のスポーツに対するアプローチは、クーベルタン卿が19世紀末、近代オリンピック運動を開始するために大きな影響を与えました」――ここまで言われたら、英国に住む人は誰しもが感動してしまう。

 「フェアプレイとフレンドシップを忘れずに戦ってください」「メダルよりも品性のほうが重要ですよ」「ドーピングは拒否しなさい。対抗相手を尊敬しなさい。自分たちがロールモデルであることを忘れないでください」-一つ一つの言葉が響いてきた。

 しかし、最大の感動はまだ最後に残されていた。最後、全国を回ってきた、聖火がスタジアムに届けられた。その聖火を10代の少年少女数人が地上に置かれた銅製の「花びら」のようなものに、それぞれ点火した。

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 最初は、丸い輪状態だったのだが,火が円周を一回りすると、次第に「火の花」状態になり、さらに見ていると、なんと、これが筒状に立ち上がってゆく。最後は、これまでに私たちがよく目にしたように、アイスクリームのコーンのような形になって、アイスクリームがのる部分が炎になって聖火台に変身したのである。その後は大花火大会。発想がユニークな上に、見た目もよい。英国のクリエイティビティの表出でもあった。

(英国でしか見れないかもしれないが、とりあえず、アドレスをあげておく。)
http://www.bbc.co.uk/news/uk-19024254

 最後の締めは、ポール・マッカートニーの「ヘイジュード」であった。

 翌日の新聞はどこも絶賛であった。
http://www.bbc.co.uk/news/uk-19025686

 タイムズ「傑作」

 テレグラフ「すばらしい、息を呑むような、羽目をはずした、完全に英国的な」開会式

 アンドリュー・ギリガン(テレグラフ):「一部はすばらしかった、あまりよくないところもあったし、大部分は外国の視聴者には意味が不明だったのではないか」

 サン「マジックのようだった」
by polimediauk | 2012-07-28 18:52 | ロンドン
 BLOGOSさんに、ロンドン五輪開催直前の雰囲気をリポートしている。もしよかったら、ご覧ください。

 ロンドン五輪、開幕直前 -へまを想定しながらも、静かに盛り上がりつつある英国
  http://blogos.com/article/43843/

 ***

 先日、前にこのブログでも紹介したことがある、市民参加型ニュースサイト「BLOTTR」で面白い写真を見た。ある衣料店(正装用コスチュームを販売およびレンタル)のウインドウにあった、ロンドン五輪を示す文字であった。

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 でもよく見ると、つづりが間違っている!特に、オリンピックOlympics をOimplycsとやっているため、後者の発音が「オインプリックス」などになる。この「オイン」という言葉の響きだが、つづりは違うが「oink」(豚の鳴き声、ブーブーなど)という言葉の響きにも似てくるし、失笑してまった。

 しかし、である。

 このショーウインドウ、どっかで見たことがあるなあと思ったら、私が時々使うバス停前にある店舗のものだった。昨晩、このバス停付近を歩いていて、発見したのである。

 じっと見ていたら、下に白い紙が貼られていた。中には、「ロンドン2012」も、「オリンピック」も「ロンドン・ゲームズ」(ロンドン競技、ロンドン大会の意味)も、使っていけないことになっている、だからこういう表記にしてみた、と書いてあった。

 
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 なんと、わざと間違ったつづりで書いているのだった。

 なぜ普通に「ロンドン2012」という表記を使ってはいけないかというと、もしそうすれば、27日から始まる五輪大会とビジネス上の提携関係にあるという意味になってしまうからだ。

 ロンドン五輪競技およびパラリンピック競技法(2006年)と五輪の象徴(保護)法(1995年)の下、限られた数の公式スポンサー(マクドナルド、コカコーラなど)のみがこうしたロゴの使用可なのだ。それ以外のビジネスが使った場合、違法となる。ケーキ屋も五輪競技をほうふつさせるような5つの輪を飾りにして作ってはいけない、と言われてきた。

 BBCの参考記事によれば、使用に制限がかかる言葉はグループAとグループBに分かれている。Aグループから2つ、あるいはAから1つ、Bから1つで合計2つの言葉を使用した場合、五輪のスポンサーシップの規則に違反したことになるという。

Protected words

Use of two words in Group A, or one word in Group A and one in Group B, could see you falling foul of Olympics sponsorship rules:

Group A
•Games
•Two Thousand and Twelve
•2012
•Twenty-Twelve

Group B
•London
•Medals
•Sponsors
•Summer
•Gold
•Silver
•Bronze

 こうした縛りについて、行過ぎた官僚主義と考える人は多い。

 「ロゴ使用禁止」の縛りに対し、故意に違うつづりを使って抵抗した衣料店に反骨スピリットを感じた。

参考
London 2012: The great Olympics sponsorship bandwagon
http://www.bbc.co.uk/news/magazine-18182541
by polimediauk | 2012-07-26 23:30 | ロンドン
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 来週金曜日の27日、英国ではロンドン五輪開会を祝うイベントが一斉に始まる。

 運営委員会が送ってきた資料によれば、まず、午前8時過ぎから3分間にわたり、国内の鐘(教会などにある大きな鐘や自分が手に持つ鐘でもよいらしい)が鳴り響く。音頭を取るのは、斬新な芸術作品に贈られる「ターナー賞」の2001年の受賞者で、奇術師のマーティン・クリードだ(上の写真の真ん中の男性、クレジット:Chris Watt)。

 その後は、海軍、陸軍、ナショナル・トラスト、国立劇場、国教会、アーツ・カウンシル、外務省、国立サッカー博物館、ロンドン市長のオフィスなどなど、たくさんの団体がさまざまなイベントを国内各地で催す。その模様はBBCで放映され、約1000万人がテレビやラジオで視聴する見込みだ。

 先の「鐘」だが、何でもよいそうだ。自転車のベルでもいいし、ドアの呼び鈴でもいい、と。誰もが簡単に参加できる。よっぽど人気のないところにいて、テレビもラジオもつけていない人を除けば、英国にいるかぎり、鐘のキンコン、カンコン(あるいはチリン、チリン?)といった音が聞こえてしまいそうだ。

 5月に開始され、国内のほとんどを回ってきた聖火リレーは、この日、最終日を迎える。27日の朝、まず、かつてヘンリー8世が根城にしていた、ハンプトン・コート宮殿から出発し、ここで有名な「メーズ」(=「迷路」)を通り抜ける。エリザベス女王の特別船「グロリアーナ」号に設置された儀式用聖火台に火をともした後、数人の走者が聖火をタワー・ブリッジまで運ぶ。この橋に五輪競技を示す5つの輪が備え付けられているのを、見た方もいらっしゃるだろう。

 その後、聖火は夜の開会式が始まるまで、ロンドン市長舎に置かれている。(昨日のイブニング・スタンダード紙によれば、地下鉄にも運び込まれる、と書いてあったが、どうだろう。どの駅になるかは極秘だ。)

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 午後9時ごろから、映画監督ダニー・ボイル(「スラムドッグ$ミリオネア」など)が演出する開会式典が始まる。テーマは「驚きの島」(Isles of wonder)である。イングランド地方の田園風景をイメージしているようだ。(上の写真はそのミニチュア・モデル。クレジット:LOCOG)

 式典の様子はテレビで放映されるが、同時に、ロンドン各地やそのほか国内のあちこちに設置された、「ライブ・サイト」という大きな画面でも見れるようになっている。(場所の情報は:http://www.london2012.com/join-in/live-sites/)

 サンデー・タイムズ紙は、ポール・マッカートニーが式典の最後にビートルズ時代のヒット曲「ヘイ・ジュード」を歌うと伝えている。

 同じ夜、「オープニング・ナイト・イン」と名づけられたパーティーが、各地で行われる予定だ。

 2008年の北京五輪のような、度肝を抜くようなでかさや豪勢さは期待できないだろうが、多くのシニカルな英国人たちも、この日ばかりは飲み物を片手にどこかの画面の前に(あるいは式典会場に)集まりそうだ。

 これまで、運営者側のさまざまな不手際が報道されてきたが、お祭り気分に浸る時がすぐそこまで来た。
by polimediauk | 2012-07-20 22:51 | ロンドン
 前回、ロンドンが五輪夏季大会を開催したのは1948年であった。

 1936年のベルリン大会の次の大会で、第2次大戦後初の大会となる。1940年(当初東京で開催予定)、1944年(ロンドンで開催予定)の両大会が大戦前後の国際関係の緊張化により実現しなかった。

 「緊縮財政の五輪」と呼ばれたが、これは大戦で国の財務状態が悪化し、お金がない状態で開催されたからだ。競技場や関連施設は既に建築されていたものを再利用するか改装は最低限とされ、選手村も設置されなかった。外国の選手は軍用基地や大学の寮などに宿泊するように言われた。メダル獲得の最高は84個の米国で、英国は23個で12位だった。

ー大会のハイライト

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①1万メートル競走 奇妙な走り方をする選手

 31人の選手が走行を開始したとき、チェコスロバキアを代表するエミール・ザトペックに注目した人は多くなかった。

 「人間機関車」との異名を持つザトペックは26歳の陸軍将校で、軍用ブーツを履いて、歩きと走りを交互に行う訓練を続けた。妻を背負いながらの走行も練習したという説もある。400メートルを早く走り、100メートルをゆっくり走るという奇妙な走行を行ったザトペクは次第に聴衆の関心を引き、競技が進むにつれて、「ザトペック」という応援の声が競技場全体に沸き起こった。後半の4000メートルでほかの選手を全て抜き、12秒早い世界新記録を作って、ゴールした。第2位の選手とザトペックはゴールの歓喜に互いを抱き合った。数日後には5000メートルで銅メダルを獲得。

 「戦争の暗い日々の後で、五輪の再開はまるで太陽がまた姿を見せたようだ」とザトペックは語っていたという。
 
②スポーツと女性たち ―「空を飛ぶ主婦」

 女性選手の比率は全体の10%ほどであったが、本大会のスターとなったのがオランダ代表のフランシナ・ブランカース=クン選手であった。元陸上競技選手ヤン・ブランカース=クンと1940年に結婚し、ロンドン大会では女子200メートル、女子100メートル、女子ハードル、女子リレーで金メダルを獲得した。当時、女性選手が参加できる競技は最大で4つであった。欧州選手権やオランダ選手権でも優れた成績を残し、1955年の引退まで、12回の世界記録を樹立した。金メダルを祝うため、在英のオランダ人学生たちは選手のためにダンスを披露した。当時は女性に対する偏見が濃厚であった。

 妻や母でありながら選手を続けるブランカース=クンに「空飛ぶ主婦」というニックネームがついた。現役引退後はオランダ代表の指導にあたった。2004年、没。

③体操競技で圧倒したフィンランド選手たち

 個人としては最多のメダルを受賞したのがフィンランドの体操選手ベイッコ・フーテネン。3つの金メダルに加え、銀と銅を1つずつ獲得した。フィンランド選手団が五輪に参加し出したのは、1908年のロンドン大会から。当時はフィンランド大公国と呼ばれ、ロシア皇帝が同君連合の形で支配下に置いていた。

 本大会で圧倒的な強さを見せたのがフィンランド選手で、あんま種目ではトップの3人全員がフィランド人であった。得点数が同点になったため、フーテネンはほかの同国人選手2人と金メダルを分け合った。

 その後、フーテネンは国内競技ではロンドン五輪のような好成績を残せず、1952年のヘルシンキ大会の代表チームに選出されたなかったことを機に引退した。後、体操競技のレフリーとなった。

④マラソン 最後のドラマ

 マラソンの最終走行で、聴衆の心を大きく掴んだのが、ベルギー人選手のエティエンヌ・ガイイであった。第2次大戦で落下傘兵であったガイイは、戦前からロンドンの陸上クラブで走るランナーでもあった。

 ロンドン大会はイイにとって初のマラソン競技だった。当初からスピードを上げ、2番手を大きく引き離したガイイは、ウェンブリー・スタジアムにトップで入ってきた。相当の疲労感を見せながら走るガイイに聴衆は歓声を送ったが、アルゼンチン選手に追い越され、倒れてしまったところで、英国代表トム・リチャーズにも抜かれた。極度の疲労とともに3番手でゴールインしたガイイに観客はスタンディング・オベーションで迎えた。スタジアムから病院に運ばれたガイイは、表彰式に出席することができなかった。

⑤サッカー 開催国の負け

 先の五輪であるベルリン大会(1936年)からロンドン大会開催までの12年間で、サッカーはプロフェッショナルなスポーツとして大きく成長していた。

 1908年のロンドン大会で正式な競技となっていたが、当時の五輪はアマチュア選手だけに参加資格を認めていた。五輪憲章からアマチュア規定が削除されたのは1970年代で、国際オリンピック委員会がプロ参加を容認したのは1980年代である。

 本大会の優勝は、決戦でユーゴスラビアのチームに3対1で勝ったスウェーデンだ。5対3で英国チームを破って銅メダルを獲得したのは、英クラブの1つ、マンチェスター・ユナイテッドを指導していたマット・バズビーが鍛えたデンマーク代表。最多ゴール数を誇ったのはスウェーデンとデンマークの選手だった。

(参考:London Olympics 1908 and 1948 by Janie Hampton、BBC、英新聞各紙。「英国ニュース・ダイジェスト」1360号掲載分に補足。)
by polimediauk | 2012-07-20 14:54 | ロンドン
 1896年に始まった近代オリンピックで、第4回目(1908年)と第12回目(1948年)の開催地となったのがロンドンだ。

 前者はローマが開催を返上したためロンドンとなり、後者は第2次世界大戦で中止あるいは延期されていた大会が実現したもの。「困った時のロンドン頼み」で主催地となった経緯が共通している。英国は、過去116年間、継続して選手を送ってきた国でもある。

 果たしてどんな大会になったのか、過去の大会の様子を振り返ってみたい。(「英国ニュース・ダイジェスト」1360号掲載分に補足。)

―1908年大会総括

 1906年、イタリアのベスビオ山が噴火し、当初開催予定となっていたローマが開催を返上。これを引き取ったのがロンドンであった。

 英国と国力を増大させていた米国とが互いをライバル視し、関係が険悪化した。これを納めるために米選手団に随行中の司教が「重要なのは勝利することよりも参加したこと」と説教を行った。近代五輪の創始者クーベルタン卿がこれを五輪精神として広めていったという。

 この大会でマラソンの走行距離が42・195キロメートルに設定されている。メダル獲得の最高は英国(146)で、2位は米国(47)だった。

―大会のハイライト

①「ドランドの悲劇」を見せた伊走者

 マラソン競技で、コース最終地点であった競技場に最初に到達したのがイタリア人選手ドランド・ピエトリであった。

 暑さと疲労で数回にわたって倒れ、係員に抱えられながらゴールしたピエトリ選手が勝者とされたが、米国がこれに抗議。ピエトリ選手の勝利は取り消され、ジョニー・ヘイズ米選手が金メダルを獲得した。ヘイズはテーブルに乗せられ、競技場を練り歩いたが、聴衆はヘイズを勝者とは認めなかったという。米国と主催国英国との関係はこれもあって悪化した。

 クーベルタン卿が五輪は「参加することに意義がある」という主旨の米司教の説話を友人たちに繰り返したという。

 閉会式にピエトリが登場すると聴衆は大きな歓声をあげ、アレクサンドル王妃が特製のゴールド・カップを授けた。米国関係者の反英感情はますます強くなってしまった。

②綱引き 英国に負けた米国チーム

 米国チームにはなじみのない競技で、突き出た釘などがついた靴の使用は規則で禁じられていた。そこで米チームは普通の靴を履いて参加した。

 英国のチームは北部リバプールの警察官たちで構成され、警察官が履く、ごつく、重い靴を使用した。まるで子供対大人の競技のように、あっという間に結果が出た。英チームの圧倒的勝利である。

 米側は英側の靴が不当だと抗議したが、英側は警察官が日常的に履く靴だと説明した。英側は2回戦を申し出たが、米側は、英側が別の不当な手段を使うと考え、申し出を拒否して、競技場から立ち去ってしまった。

 綱引き競技の金メダルはロンドンシティー(金融街近辺)警察が、銀はリバプール警察が、銅はロンドン警視庁のチームが獲得した。英国チームの独壇場となった競技であった。

③400メートル競争

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 上位4者の走者はスコットランド出身のウィンダム・ハルズウェルと米国の3選手となった。

 接戦となったのがトップを走るハルズウェルと米国のジョン・カーペンター選手。当時、トラックには個々の走路を区別する線が引かれていない状態だったが、カーペンターは追いつこうとして、ハルズウェルのトラックに入り、抜かれないようにした。聴衆はカーペンターがずるいことをしたと見て抗議の声を上げだした。全員が英国人であった審査スタッフは競技を無効とし、カーペンターを反則、失格とさせた。米国チームの統括者はこれに激怒し、2日後に予定されていた再競技に米チームを出場させないことに決めた。

 当日、ハルズウェルは1人でトラックを走り、金メダルを獲得した。ハルズウェルにとって最後の五輪だった。1915年、第1次大戦中に戦死したからである。

④水泳 世界初が続々と

 100メートルの水泳競技では、5つの世界記録が出た。選手の質が高いことの証明でもあろう。

 5つの新記録の中で、3つを打ち立てたのはランカシャー州の炭鉱労働者の息子ヘンリー・テイラーであった。地元の川で泳いで力をつけたテイラーは、クロール泳法の原型となった泳法「トラジオン・ストローク」を駆使して、金メダルを受賞した。

 ダイビングが五輪競技に初めて入り、高所から水中にダイブする女性選手の姿は多くの聴衆の耳目を集めた。ダイビング競技用のプールは、もともと、ルアー釣りのコンテストに使われたものだった。

⑤アーチェリー:最高齢の女性の金メダリスト

 アーチェーリー競技に女性が参加したのは1904年のセント・ルイス大会である。ロンドン大会では38人の女性選手が競い合った。

 女子金メダルは53歳の英国人女性シビル・ニーウォールが獲得。彼女は五輪のこれまでの金メダリストの中で、女性では最高齢となる。

 女子銅メダルは同じく英国選手のシャーロット・ドッド。ドッドは類まれなるスポーツ選手で、ウィンブルドン・テニスの女子シングルスで5回優勝した上に、ゴルフ、ホッケー、スケートでも優れた才能を見せた。兄のウィリアム・ドッドも五輪選手で、男子金メダルを44歳で達成した。兄弟が五輪の同大会で金メダルを獲得する最初の例となった。

 ちなみに、本大会の最高齢の参加選手はライフル射撃で金メダルを得た、60歳のスウェーデン人オスカー・スワーンであった。(次回は「1948年のロンドン五輪」)

(参考:London Olympics 1908 and 1948 by Janie Hampton、英各紙ほか)
by polimediauk | 2012-07-19 16:11 | ロンドン