小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


by polimediauk
プロフィールを見る
画像一覧
更新通知を受け取る

カテゴリ:書籍( 5 )

c0016826_21513236.jpg 3月30日、現役ロンドン市長ボリス・ジョンソンが書いたチャーチルの伝記『チャーチル・ファクタ―』の邦訳版がプレジデント社から刊行されました。

 元日本経済新聞の論説委員で、これまでに『サッチャー回顧録』や『ブレア回顧録』(ともに出版社は日経)など、いくつもの翻訳本の経験がある石塚雅彦さんと当方が翻訳者になっております。

 もともとチャーチル(1874-1965年)の没後50年の区切りとして出版されたものですが、英国では発売後、すぐにベストセラーになりました。

 チャーチルは英BBCの「もっとも偉大な英国人」調査(2002年)で一位になるほど英国人からは尊敬され、慕われている存在ですが、すぐに売れた大きな理由はジョンソン・ロンドン市長が書いたからでした。

 ジョンソン市長を英国ではほとんどの人が「ボリス」というファーストネームで呼びます。根強いファンが全国にいて、次期首相候補の一人ともいわれています。ただし、「首相候補の一人」と言っても、「まさかね」と苦笑する人もたくさんいます。

 というのも、親しみやすい丸っこい体形、金髪のぼさぼさ頭と青い瞳のボリスは、人前でジョークを言ったり、言葉遊びが得意な人物で、そんないわばコメディアンのような人が首相になるなんて、普通には信じられないからです。

c0016826_21523177.jpg
 
(ロンドン市長のウェブサイトより)

 しかし、実はボリスは「政界のトップに立つ」という強い願いを心の中に長年抱いてきた人物でした。現首相のデービッド・キャメロン(49歳)はボリスの2歳年下ですが、同じころにオックスフォード大学に通い、あるクラブのメンバー同士でした。表に出したことはありませんが、「キャメロンには負けられない」という感情は、相当強いようです。

 ボリスは大学卒業後、ジャーナリスト、政治雑誌編集長を経て下院議員に当選。今も下院議員で、かつロンドン市長でもあります。全国紙にコラムの執筆も続けています。

 エリート層に属するボリスですが、会話の中にトレンドになっている言葉やジョークを散らばめることで、庶民層にもファンを拡大しました。

 ボリスはチャーチルが大好きなそうです。そんなボリスが書いた『チャーチル・ファクター』は英国では2014年秋に出版されました。

 第2次世界大戦時に首相になり、英国を一つにまとめながら、ヒトラーに勝利したチャーチル。しかし、首相になる前はどんな政治家だったのか、戦中、戦後に何を達成したのか、英国民でさえも、十分に知っていないーーそんな思いがあったボリスは、チャーチルの没後50年という節目で伝記を書くプロジェクトに喜んで乗ったようです。

 『チャーチル・ファクター(The Churchill Factor)』の「ファクター」には「要素」という意味があります。つまり、「チャーチルをチャーチル足らしめた、特別の要素とは何だったのか」ー。

 チャーチルの特色を「チャーチル・ファクター」と表現したことにも、ボリスらしさが出ています。

 英国では「Xファクター」という音楽オーディション番組(民放ITV放送)があります。これが大変な人気で、「Xファクターがある」というと、何か特別な、きらめくものがあるという意味になるでしょう。

 『チャーチル・ファクター』という言葉自体が国民的な人気番組のタイトルを想像させるような、洒落た題名です。誰がこれを決めたにせよ、トレンディな表現を会話に挟むのが得意なボリスらしい感じがしました。

 半世紀前に亡くなったチャーチル。戦時の名宰相として評判を得た第2次大戦の終結からもう70年以上が過ぎました。そんなチャーチルの人生をボリスは生き生きとした視点で、再現してゆきます。

 原書を読んだときに、自分自身、たくさんの知らないことがあることに気づきました。

 例えば皆さんは、チャーチルが勉強嫌いで、落第生と言ってよい頃があったことをご存知ですか?特に外国語の習得は苦手だったようです。ただし、読書はたくさんしたようです。

 1940年5月、チャーチルは初めて首相になりましたが、その数年前まで、ヒットラーの脅威を「大げさに書く、変なやつ」と思われていたことは?「まさか、チャーチルに任せるわけにはいかない」と多くの保守党議員が思っていたのです。戦時という緊急事態がなかったら、果たして首相になれていたかどうか。

 堂々としたふるまいのイメージがあるチャーチルは、妻となるクレメンティーンへの求婚には異様に長い時間がかかったようです。私は、チャーチルが生まれたブレナム宮殿に行って、プロポーズをした場所を確認してきました。木々が生い茂るなかの東屋のような場所でした。

c0016826_2205250.jpg
 
(ブレナム宮殿のこのベンチの上に、二人は長い間座っていたようです。)

 ページをめくる楽しみの1つは、チャーチルのジョークがたくさん入っていること。中にはほかの人のジョークでしたが「チャーチルが言った」とされるジョークもありましたが、チャーチルの本で、笑えることーこれもまた、ボリスらしい感じがしました。

 チャーチルファンのボリスが書いた、チャーチル論ともいえる『チャーチル・ファクタ―』。書店などで手に取っていただけましたら、幸いです。

(ボリス・ジョンソンとチャーチルの関係については、現代ビジネスの記事もご覧ください。)
by polimediauk | 2016-03-30 21:50 | 書籍
c0016826_17351516.jpg
 
(リービさん――左――と多和田さんの対談の様子)

 ネットには載っていないが、興味深い情報は紙の世界にもたくさんある。

 しばらく、「外国で生きる」ことをテーマに、いくつか拾ってみたい。

 月刊誌「世界」1月号に、米国人ながら日本語で書く作家リービ英雄さんと、ドイツに住み、日本語でもドイツ語でも書く多和田葉子さんの対談が載っていた。

 すでに作家として独自の地位を築いたリービさんだが、私が最も衝撃を受けたのは小説「星条旗の聞こえない部屋」だった。ある米国人の青年が60年代の新宿で自分の居場所を見つけてゆく話で、自叙伝風でもあった。

 なぜ衝撃を受けたのかというと、日本に住む白人系の外国人が日本社会を、日本人をどう見ているか、あるいは、日本人がどう見えているのかをリアルに描いていたことにはっとしたからだ。日本・日本人に対する白人・外国人の見方をこれほど明確に書いた小説はほかにはない「かも」しれない。小説の主人公からすると、日本人は徹底的に外国人である。読んでいてはっとし、ある意味では怖いような感じもあった。共感もあった。

 というのも、私は当時外国人の友人が何人かいて、時々、「外国人」というプリズムを通して日本社会が見えるように思えたことがあった。それまでに知らなかった、全く違う光景がそこには広がっていた。この光景は、普通は日本語では書けない。日本人であれば、その光景は(普通は)見えないからだ。

 リービさんは、日本人からすれば見えない日本を見事に日本語で表現したのだと思う。

 「異なる視点を持つ一人として、一定の違和感を持って、自分の周囲を見る」ことを、私はリービさんの本を読んで、再体験した。

 後でリービさんにインタビューする機会があったのだけれども、それをうまくリービさんには伝えられなかった。

 多和田さんにもインタビューする機会があったが、今では何を聞いたのか忘れてしまい、ただ、非常に聡明な方だったことを覚えている。

 「世界」の記事が興味深いと思ったのは、外国で生きることとは何か、異文化とはどう付き合うべきかについて、ヒントがあったからだ。

 「外国で生活をしている人」=広い意味の「移民」としてとらえた場合、リービさんは対談記事の中で、こんなことを述べている。

 「僕は移民であることは、じつはその国の人間になり切れないところに価値があるのではないかと考えます。どんなに生活がうまくいっていても、観点のずれが生じる」。

 リービさんは、「多和田さんがドイツにいらっしゃるのもその例でしょう」と続ける。

 「ドイツにいなければ、書けなかったかもしれない。もっと簡単に言えば、文学、特に世界文学は、いわゆる内部と外部の両方があるとすれば、外部にいながら内部のことを書く、その弁証法的な緊張感の中でつくりだされているものだと思います」。

 「弁証法的な緊張感」というとなんだか難しそうに聞こえるが、「中にはいるのだが、外の人であること、外の人の視線で中の人が住む社会を見ること」=これこそが、外国に住む人=移民の一つのだいご味ではないかと思う。

 その後、対談は難民・移民の話になって、多和田さんがこう続ける。

 「たとえばわたしはドイツで幸せに生活していますが、文化に対する違和感は消えません。違和感を幸せととらえる感覚の持ち主だから幸せなのかも知れませんが。それは日本人だからドイツ人に違和感を持つわけではなく、人間が共同体に対して持つ基本的違和感です。それが異文化だとはっきり見え、生まれた時から慣れてしまった文化だと深く考えなくても同化してるみたいに生きていけるという違いがあるだけではないでしょうか」。

 「そのことを意識的にテーマ化し続ける作家のわたしが、そうではない移民の若者の不満などに耳を傾けた時にいろいろ勉強になることがあるんです」。

 多和田さんは、「日本人だからドイツ人に違和感を持つわけではなく、人間が共同体に対して持つ基本的違和感」(がある)と述べた。

 「私自身はドイツの大学でも勉強する機会に恵まれ、ドイツ語でものを書いたりして、非常に同化しているみたいに見えますが、良い悪いではなくて、やっぱり違和感は持っています。だから非西洋からの移民の気持ちが理解できることがあるんです」。

 これ以下も、興味深い会話が続く。リービさんや多和田さんの文学を知っている方や外国に住むことの意味、異文化などに関心がある方は、「世界」1月号を手に取ってみていただきたい。
by polimediauk | 2016-01-08 17:35 | 書籍
c0016826_2244327.jpg
米書評共有サイト「グッドリーズ」のウェブサイト


 米アマゾンが、28日、書評共有サイト「Goodreads(グッドリーズ)」を買収すると発表した。買収手続きは4月以降に開始される予定。買収金額などは公表されていない。

 グッドリーズは利用者同士が読んだ本についての感想や書評を共有するソーシャル・ネットワーク・サービス。著者(登録者6万8000人以上)が自分の本を紹介したり、読者と結びつく場としても利用されている。

 2007年、本好きのオーティス・チャンドラー氏が、自分だったら「友人に勧められて本を選ぶ」ことに気づき、利用者同士が情報を交換できるサイトを妻と一緒に立ち上げた。

サイトによると、現在米国人を中心として1600万人が利用。3万のブッククラブ(本を書評しあうサークル)がある。2300万を超える書評が書かれ、登録されている本は5億2500万冊に上る。

 アマゾンはウェブサイト上に利用者による書評を掲載しているが、グッドリーズのような利用者同士の交流機能がない。Facebook, Twitter, Pinterestが人気となる中、買収によって、書評に「ソーシャル」というレイヤーを重ねることができる。

 アマゾン社によると、電子書籍キンドルとグッドリーズが協力することで「読者と著者の喜びとなるような多くの新たな活用方法を作りたい」という。

 しかし、グッドリーズの利用者からすると、特定の書籍販売小売サイトと結びつく点で、不安感はないのだろうか?

 デジタルメディアの動きを追うサイト「ペイドコンテンツ」によれば、グッドリーズは「中立」のサイトとして、利用者を増加させてきた。

 2012年まではサイトに掲載された書籍のメタ情報はすべてアマゾンのサイトから利用してきたが、途中から、情報入手先を書籍卸売業イングラムに変えた。当時、グッドリーズは、「すべての読者にとってオープンな場所にしたい」と利用者に通知した。

 書籍を購買する場合は、サイト上の書籍アイコンをクリックすると、複数の小売書店(左側にコボが出て、右側にアマゾン、バーンズ&ノーブル、アイブックスなど)を選択できる。

 ペイドコンテンツが、グッドリーズの最高経営責任者(CEO)オーティス・チャンドラー氏と、同氏の上司となるアマゾン・キンドルのコンテンツ担当幹部ラス・グランディネッティ氏にインタビューを行っている。その中から、一部を紹介したい。

 なお、ペイドコンテンツの親会社に投資するベンチャーキャピタルの1つがツルー・ベンチャーズだが、ここはグッドリーズにも投資している。

―グッドリーズは読者、作家、出版社のための自然な集合場所だった。アマゾンによる買収でどこが変わるのか?

チャンドラー氏(CEO):重要な点は利用者が何を読んでいるかを共有できること。この点を変えるつもりはない。キンドル利用者にとっても利用しやすいように変えるが、そのほかは変わらない。

―別個のサイトのままなのか、スタッフはこのままか?

チャンドラー氏:アマゾンの独立した子会社の1つになる。これまでのようにサンフランシスコに本拠地を置く。CEO職もこのままだ。買収を機に特にサイトを変えようとは思っていない。

―アマゾンがグッドリーズの利用者データにアクセスすることになるのだろうか?

チャンドラー氏:グッドリーズはアマゾンの完全子会社となるので、そうなる。しかし、利用者の知らない間に何かが行われるということはない。アマゾンの棚にある書籍をグッドリーズに移動させたいと利用者が言えば、簡単にできるようにしたい。利用者には常に何が起きることになるかを知らせる。

―アマゾンは、グッドリーズ上に出た書評を、自社サイトに掲載するのか、それとも、アマゾンの読者による書評がグッドリーズのサイトに移動するのか?どれぐらいのコンテンツが両サイトの間で共有されるのか?

チャンドラー氏:利用者にとって何が最善かを考えている。現時点では特に計画はない。

グランディネッティ氏:(どちらの利用者にも)損害を与えないことを主眼としている。統合するのであれば、利用者に恩恵があるようにしたい。

―現状では、グッドリーズの書評はさまざまな小売店のサイトにリンクをつけている。今後はどうなる?

チャンドラー氏:利用者には様々な形で利用できるプラットフォームでありたい。リンクをどうするかは利用者の視点から考えたい。利用者がどうしても(アマゾン以外の小売店に)リンクをしたいのであれば、おそらく、そうなるだろうと思う。

―グッドリーズの国際展開は?

グランディネッティ氏:ここ2,3年、キンドルの国際展開に力を入れてきた。(英語以外の)新たな言語やほかの国でのサービスについては、グッドリーズとともに考えたい。

―グッドリーズはメタデータ情報をアマゾンから取ることを昨年、停止した。その後はイングラムから取得しているが、今後は?

チャンドラー氏:どういう形が最適かを決めることになるだろう。アマゾンのメタデータにアクセスできるので、おそらく、こちらを使うだろう。

―アマゾンはグッドリーズと同様のサービス、米Shelfari(シェルファリ)を2008年に買収したが、その理由は?失敗だったと思うか?

グランディネッティ氏:シェルファリを通して、書籍についての追加情報を発信することができた。(登場人物や、重要な場所、引用などの追加情報を出す)「ブック・エキストラ」や(映画鑑賞で補足情報を見せる)「X-Ray」などの開発に役立った。しかし、グッドリーズは単なるソーシャルな結びつきのサイトではない。大きなソーシャルネットワークなのだ。キンドル上で利用者同士を結び付けるには、グッドリーズが良い。

ーこれからも読者情報を公開してゆくのか?

チャンドラー氏:そうする。(昨年出した、ポルノ小説)「フィフティー・シェーズ・オブ・グレー」のグラフ(米国のどの州で最も読まれているかなどをグラフ化)のようなものを、もっと作りたい。

***

 ペイドコンテンツのローラ・ハザード・オーエン記者は、アマゾンによる買収で、グッドリーズは利用者についての情報をあまり公開しなくなるかもしれないという。

 例えば、過去には、グッドリーズは会議やブログを通じて、利用者がどうやって購買する書籍を見つけるのか、読書習慣、プラットフォームの利用状況(キンドル利用者の多くがアップルのアイブックストアも利用しているなど)を紹介してきたという。このような情報は、アマゾン側にすれば、競合他社には出したくないものだ。

 同記者の記事に寄せられた反応のいくつかを紹介してみる。

 「非常におもしろい」、「自分の情報をどれほど自分で管理できるのか、成り行きを見守りたい」(Black’n Write Reviewer)

 「ほかの小売店でもリンクで本を買える部分はなくなるのじゃないか」、「アマゾンはリンク以外にはグッドリーズのコンテンツには影響を及ぼせないと思う」(bmljenny)

 「アマゾンはマルチのプラットフォームで販売できるとして、書店からもっとお金を巻き上げようとするのではないか」(David Thomas)

 「自社サイトの書評もきちんと管理できないアマゾンがほかの書評サイトを買収する権利があるのだろうか?自分の本がめちゃくちゃに評された」、「一体アマゾンの書評のどれぐらいがサクラなのか?」(Sharon Bakar)
by polimediauk | 2013-03-29 22:05 | 書籍
c0016826_23284547.jpg
 

 ふと、世の中の物事の風向きが、あるいは自分の気の持ちようが変わっているのを感じとるときがないだろうか?まるで木の葉っぱが緑からいつしか黄色、そして赤に変わってきたことに、突然気づいたときのように。

 一つ一つの変わったことは他人に言うまでもなく、自分の心の中でそっとひそかに感じ取るだけだ。動いていく雲の端をとりあえず手につかんで溜めて置くだけー。

 英ロンドン・ビジネス・スクールのリンダ・グラットン教授が書いた「ワーク・シフト」(原題は「The Shift」)を読んだとき、溜めて置いた雲の切れ端が、まるでパズルのようにつながってゆくのを感じた。教授は「パッチワーク」という表現を本の中で使っているのだけれども、ちょっと遠目で全体を見たら、「ああ、こんなでかいことが起きていたのか」と思ったのだ。

 もう既にかなり日本で評判になっているようだが、「ワーク・シフト」とは、新しい働き方、つまり人生の生き方を自分で考えてみよう、という本だ。その手助けとして、2025年の近未来で生きる人々の働き方をシュミレーションで描いてみせる。

 シュミレーションは単なる想像と推測を基にしたのではなくて、共同研究プロジェクト「働き方の未来コンソーシウム」による調査をベースにしている。プロジェクトには世界中の企業が参加した。

 参加企業は、未来を規定するであろう5つの要因(テクノロジーの進展、グローバル化、人口構成の変化と長寿化、社会の変化、エネルギー・環境問題)についてのデータをもとに、「2025年、世界で人々はどのような働き方をしているか」を具体的なエピソード(物語)の形で提出した。その結果がこの本である。

 まず目を引くのが本の謳い文句である。「孤独と貧困から自由になる働き方の未来図(2025)」とある。

 なんだか素晴らしい未来が待っているようだが、それには、本の題名にもあるように働き方および生き方の面で「シフト=転換」をしないければならない。

 そのシフトとは、(1)ゼネラリストから「連続スペシャリストになること」、(2)孤独な競争から「協力して起こすイノベーション」へ、(3)大量消費から「情熱を傾けられる経験」への転換を指す。

 中身を読まずして(1)から(3)を並べられてもピンとはこないだろうが、おそらく、この文章を読まれている多くの方が、自分の働き方に何らかの疑問を持ちながら生きていらっしゃるのではないだろうか?

 なぜこれほどたくさん働いているのに正当に評価されないのか、あるいは賃金が安すぎるのか、あるいは仕事と家庭生活とのバランスをどうするべきか悩んだり、どうしてこんなに仕事がつまらないのか、と思ったり。そんな一人ひとりの私たちに、この本はある回答を授けてくれる。

 ただ、その「回答」は、一義的には例えば「連続スペシャリストになれ」ということでもあるのだが、それぞれの働き方のエピソードを読み進んでいくうちに、自分のこれまでの働き方を反省したり、「ああ、こういう方向でやっぱりいいんだな」と思ったりする。読む過程で、「自分の心の中に、次第に浮かび上がってくる回答」なのだ。

 だから、決まった回答はないにも等しい。自分で考えて、答えを引き出す本なのだ。

―2025年の価値観とは

 2025年という近未来の価値観はどうなっているのだろう?この本を読むと、実は、2012年の段階で未来の変化のきざしが既に起きていることが分かってくる。

 例えば、ネットの急激な進展、お金を稼ぐことや消費に熱中することへの懐疑、社会全体に役立つことを達成しようという考え方、環境への配慮、大企業至上主義の崩壊、会社に張り付くような仕事への拒否感、マイクロ・ビジネスの萌芽などなどー。

 私たちの働き方や働くことにまつわるさまざまな価値観は、既にかなり変わっている。例えば、今、「定年までひとつの会社にいられる」と考えている人はかなり少なくなった。もしかしたら皆無かもしれない。どこまでコミットするかは人それぞれとしても、環境保護を考えない人もいないだろう。どうせ何かやるなら、社会の役に立つことを、と考える人も増えている感じがする。

 高度経済成長以降の「追いつき、追い越せ」主義はもうすっかりなくなってしまったような感じがする。

 1980年代末、ソニーがコロンビア映画を買ったときのように、「日本が世界で一番」になるようにと夢見るような人は、今の日本にいるのだろうか?もしかしたら、まだ少しはいるのかもしれないが、「ナンバーワンにならなくても良い」と思う人も、随分と増えているのではないだろうか。少なくとも、私自身がそうだ。時代の雰囲気が、風向きが変わっている。

―お金を稼ぐよりも、もっと違うもの

 お金を稼ぐことについての考え方の大きな転換という指摘に、私自身、はっとした。最近、うすうす感じていることだったからだ。

 もちろん、お金を稼がなければ(いかなる形にせよ)ご飯が食卓に上らない。しかし、それが最終目的ではないー。

 例えば私が良く見ている英国の新聞業界の動きである。あるいはテクノロジー業界の動きでも良い。少し前までは、「稼いで、利益を出して何ぼ」という考え方があった。良いウェブサイトやコンテンツがあったとして、例えそれがどんなに素晴らしくても、「利益を出せなければ、黒字にならなければ、評価されないよ」という考え方が過去にあったが、今はこれが消えた気がする。

 代わりに、どこで評価されるかというと、「どんなに面白い、素晴らしい、斬新な、社会の役に立つアイデアか」、という点なのだ。

―働くことの新しい目的は?

 それでは、お金を稼ぐことをのぞくと、何のために働くだろうか?

 それは、「ワーク・シフト」が言っている、あるいは暗示しているのだけれど、充実した、感動する、興味深い体験を自分がすることーこれが自分にとっての働く意味。

 その働くことの結果・目的として、社会全体に何らかの良いフィードバックがあることー。実際、私たちは最近、そう考えるようになっていないだろうか?

―コラボの世界

 そして、働くときに、これまでは自分が一生懸命がんばって、出世するとか、お金をたくさん稼ぐとかが目的だったわけだけど、ある特定の仕事の目的を果たすために、これからは、ほかの人とのいろいろなレベルでの共同作業(コラボレーション)になってゆく。

 これもまた、実に自然に、そういう感じがしませんか?

 おそらくこれは、インターネットが普及したせいがあるのだろうと思う。有料コンテンツもたくさんあるけど、それと同時に無料のものもたくさんある。みんながアイデアを出し合って、コラボしたり、ヒントを与えたり、授かったりー。これがどんどん、より自然になってくるのだー。

 この本を読まれた多くの人が、おそらく、「ひっそりと、気づく」ことがいくつもあるのではないかと思う。

 「ワーク・シフト」の著者グラットン教授に、先月、インタビュー取材をする機会があった。これをプレジデント・オンライン用に執筆した。もともとはこのために本を読み出したのだけれど、時代が変わり、価値観が変わり、働き方も変わっていることをひしひしと感じる読書体験となった。

 自分の生き方や働き方に少しでも疑問を持っている方は、人生模索の意味で、この本からヒントが見つかるかもしれない。「ヒント」を感じ取るには、アンテナが必要だから、悩みを持っている人ほど、つまりはアンテナをめぐらせている人ほど、大きなヒントが見つかるのかもしれない。

***
 
『ワーク・シフト』著者、リンダ・グラットン教授に聞く「なぜ私たちは漠然と未来を迎えるべきではないのか」(上)

http://president.jp/articles/-/7240

『ワーク・シフト』著者、リンダ・グラットン教授に聞く「なぜ私たちは漠然と未来を迎えるべきではないのか」(下)
http://president.jp/articles/-/7242

***

 ブロガーのちきりんさんが、10月6日(土)にツイッターでこの本について語り合おうというイベントを開催する。午後8時から10時まで。興味のある方は参加してみてはいかがだろうか?

http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20120816








by polimediauk | 2012-10-04 23:28 | 書籍
 英国の書籍業界の雑誌「ブックセラー」によると、いまや国内の電子書籍の売り上げは年間約2億6000万ポンド(約320億円)に達し、書籍市場全体の15%を占めるという。

 実際に、電子書籍端末市場の80%を牛耳るアマゾン・キンドルを片手に読書を楽しむ人の姿を電車内でよく見かける。

 英国で電子書籍が人気となっている理由として、1つの端末に複数冊保管できるため「場所をとらない」、「軽く、持ち歩きやすい」などの物理的利便さとともに、紙の単行本よりも値段が安いことが挙げられる。

 ところが、サンデー・タイムズ紙(9月30日付)が人気の高い本(フィクションおよびノンフィクション)の価格を調査してみると、電子本の価格が紙版よりも高い場合が3分の1を占めた。

―JKローリングの新作も電子本の方が高い

 サンデー・タイムズがアマゾンのウェブサイトで調べたところ、先週発売されたばかりの、「ハリーポッター・シリーズ」のベストセラー作家JKローリングが書いた「ザ・カジュアル・ベイカンシー」の場合、ハードカバーの単行本が1冊9ポンド(約1130円)で、電子書籍は11・9ポンド(約1490円)。売れっ子コメディアンのデービッド・ミッチェルが書いた自伝「デービッド・ミッチェル、バックストーリー」が紙版は10ポンド(約1250円)、電子本は12・99ポンド(約1630円)であった。それぞれ、300-400円の差がある。

 ちなみに、出版社がつけた「ザ・カジュアル・ベイカンシー」の価格は20ポンド(約2500円)、「バックストーリー」は同じく20ポンドである。アマゾンでは、電子でも紙でも大幅ディスカウント価格で販売されてしまうのだ。

 電子書籍にすると、確かに印刷、製本、配送をしなくてよくなるが、実際には、制作費は書籍の出版コストの中で「ほんの5%」であるため、それほど大きな節約にはならない、と出版社側は説明する。残りは著者への執筆の前払い金や販促・マーケティング費用で、この部分は電子であろうとなかろうと、変わらないのだ。

 調査会社「エンダース・アナリシス」のベネディクト・エバンズ氏は「書籍作りの費用構造はあまり変わっていない。電子本だからといって、紙の本よりも価格を低くする必要はない」という(サンデー・タイムズ紙)。

 欧州全体では電子書籍はまだまだマイナーな存在だ。別の調査会社「フューチャーソース・コンサルティング」によれば、昨年の欧州内の書籍の売り上げの中で、電子書籍の比率はほんの6%。しかし、2016年には16%にまで伸びると同社は予測する。

 欧州の中で最も電子書籍の利用が広がっているのが英国だが、電子本所有者の45%が専用端末(アマゾンのキンドルやソニーのイーリーダーなど)ではなく、パソコンの画面で閲読しているという。

 現在は、同じ本であれば電子版のほうが価格が低い場合が普通だが、「本」といえば電子本を指すところまで市場が変化すれば、紙の本の価格を低くして何とか買ってもらおうとしたり、あるいはいっそ、紙版は無料にして、電子本のおまけになる、ということもあるかもしれない。

 英国のベストセラー本の一部で、紙版の価格が電子版よりも低かったという調査結果は、書籍市場の近未来を垣間見せた感じがする。
by polimediauk | 2012-09-30 21:14 | 書籍