小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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何故英タイムズ紙のタブロイド判は「いけてない」と判断されたのか?

 イギリスの高級紙タイムズが、同じく高級紙のインディペンデントの後を追い、通常の大型判と同時に小型タブロイド判の平行発行に踏み出したのは昨年の11月。インディペンデントの9月末の平行発行から2ヵ月後だった。

 最初に勇気ある一歩を踏み出したインディペンデントはそれだけで「偉い」。しかし、いかにも「後追い」となったタイムズは、それだけで若干価値が低くなってしまう。新聞はニュース、何か新しいネタが命。2番手となったら、もう最後でも同じ。

 それと、タイムズの場合は編集長の力の入れ方が若干違う・・・ように、外から見えた。

 これには若干の説明が必要となろう。タイムズ編集長ロバート・トムソン氏は元ファイナンシャル・タイムズ紙の優秀な記者で、オーストラリア人。タイムズを所有しているのはメディア王ルパート・マードック氏。マードック氏はもともとオーストラリア人。

 トムソン氏は40代半ば。まじめでおとなしそうな感じで、年齢よりは若干若く見える。昨年冬、ロンドンにある外国プレス協会のランチに出席した編集長は、「マードック氏から編集方針に関して指図されたことはない。全て自分が決めている」と宣言したものの、集まった報道陣でこれをそのまま受け取った人はほとんどいない。マードックのあやつり人形、という人もいる。マードック氏は今のところ現政権を支持しており、その姿勢が紙面にも色濃く現れているというのがメディア業界の大勢の見方だ。

 タブロイド判をやりたくても、もしタイムズが最初だったら、「マードック叩き」が始まる、例えば、「マードックが、質の高い高級紙を低俗なタブロイド紙のレベルに下げた」と言われるのを恐れて、2番手を選択したと、マードック氏はインタビューなどで語っている。「インディペンデントが最初にやってくれて、よかった」と。

 タイムズのタブロイド判発行開始は、いかにも、「上が決めたので、やりました」という構図がみえみえだった。

 経営上の判断からタブロイド判化を決定し、編集部がそれにしたがう、という流れそれ自体は悪いことではないだろう。

 しかし、トムソン編集長は、どうもタイムズがタブロイド判を発行することに対して、一種の恥ずかしさ、照れくささを持っていたようなのだ。イギリスではタブロイドというとサンを初めとするスキャンダル紙と思われるので、高級紙タイムズがタブロイド判を発行することを、一種の恥・・・だと。スーパーで売られている歯磨き粉の容器の大小をみて、「これだ!」とひらめき、情熱一杯でタブロイド化を推進したインディペンデントのサイモン・ケルナー編集長とは大違いだ。

 結果、どうしたか?

 タブロイド判の平行発行から2週間ほど経てからの先のランチの場で、トムソン編集長は、タブロイドを「コンパクト判」と呼んでいた。「僕はコンパクト判と呼びたい」。

 当時は大判とタブロイド判を同時発行していたので、「タブロイド判だけに将来はなるのか?」と聞かれると、「いや、そんなことはない」と宣言した。

 しかし・・・・。1年後の今年11月、先にタブロイド判のみになっていたインディペンデントの後をまた追って、完全タブロイド判化した。

  創刊から200余年の歴史を持つタイムズには、伝統を重んじる読者も多い。大判に愛着を持っていた読者は苦情の手紙をタイムズに送りつけ、一部の読者は大判のままのデイリーテレグラフ紙の編集長に「こっちに移ります」とする手紙を書いたりするという現象が起きた。

―レイアウトの迷い

 さて、小型になった紙面のレイアウトをどうするか?

 タイムズは長い間、どうやればベストなのか?を決めかねていた。

 最もインディペンデントと差がついたのは1面だった。インディペンデントは目立つ見出しと写真で、一種のポスターのような1面を作り、人気が出た。これをそのまままねするわけにはいかないだろう。

 すると、小さくなった紙面に、これまでのパターンで1面を組むものだから、ちょっとごちゃごちゃした紙面になった。インディペンデントよりも大胆に、人目を引く1面にすることは、不可能だった。

 平均2本の記事を組み合わせた1面。特に特徴もインパクトもない1面・・・。人々が、タイムズの1面を見て、よい意味での驚きと興味に引かれ、思わず手に取る・・・ことはなかった。

 「タイムズは大判の紙面をタブロイドに入れているだけ」とする評価が下った。そして、発行部数の増加率に大きな差がついていった。

 しかし、タイムズを応援し、インディペンデントをこき下ろす人が現れた。

 それは、ライバル紙ガーディアンのアラン・ラスブリジャー編集長だった。


 
by polimediauk | 2004-12-31 20:06 | 新聞業界
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(大判と小型タブロイド判の2種類を同時発行していた頃のインディペンデント)

なぜ英インディペンデント紙が「いけてる」のか?

 新聞の発行部数が落ち続けるイギリスで、高級紙(日本の朝刊紙にあたる)の「タイムズ」と「インディペンデント」が通常の大型判と小型タブロイド判との並行発行を開始してから、1年が経つ。念願の発行部数増加は両紙ともに成就したものの、評価は大きく別れた。

 つまり、「インディペンデント」はいけてるが、「タイムズ」はちょっと・・・・という人が専門家の間でも多いのだ。

 まず部数増加率だが、「タイムズ」は今年9月時点で年間4・5%増で、「インディペンデント」の21%と比較すると大きな差をつけられた。

 理由は、「インディペンデント」は読者層が若く、多くは都市近辺に住み、新しいものを好む傾向が強いのに比べ、「タイムズ」の読者は年齢層が上で、伝統の継続を好む傾向があるためではないかといわれている。
 
 先に始めた方の利というのもあるだろう。「インディペンデント」がタブロイド判に先べんをつけたのは昨年の9月。これを「タイムズ」が11月に追った。本家はあくまでも「インディペンデント」。

 また、編集長主導でタブロイド判化をはじめた「インディペンデント」では、売り上げも当初の予想を超えて伸び、部内は「久しぶりに活気がある雰囲気になった」という部員の証言もある。作っている本人たちが元気なところは、こうしたムードが紙面にも何かしら反映されるのではないだろうか。

 イギリスの新聞は家庭での購読率が低く(全体の10数%といわれる)、読者は主に新聞販売代理店や駅や街角にある新聞スタンドで、1面を見てから、新聞を買う。ずらりと1面を表にして並べられている数紙から選ぶので、紙面が格好いいもの、見出しが目を引くものが売れる。

 「インディペンデント」は、人目を引く見出しと写真で格好いいポスターのような1面を作り、読者のハートをつかんだのだ。

 一例として、ケン・ビグリーさんというイギリス人のエンジニアが、バクダッドで人質になって殺されるという痛ましい事件があった。長い交渉の後で、とうとうビグリーさんは首を切られて命を落とした。何とも悲しく、むごい事件だった。

 このとき、他紙は、ビグリーさんが人質になっている写真を一面で使い、これに「ビグリーさん、殺される」といったような見出しをつけた。ストレートで分かりやすい。人目を引くような見出しなど不必要になるほど、衝撃的な殺害事件だったとも言える。

 しかし、「インディペンデント」は「殺害」という言葉を一切使わず、一言、「ビグリーの苦悩」とした。連日のようにビグリーさんの状態はテレビや新聞などで報道されていた。「殺害された」という意味の言葉を見出しに入れた他紙をよそに、あえて「ビグリーの苦悩」とすることで、読者に「おや?」と思わせた。何らかの深い読み物が展開されるであろうことが期待され、その期待感で思わず一部、手にとってしまう。

 前PLOのトップ、アラファト議長が亡くなった時も目立っていたのが「インディペンデント」だった。どの新聞も凝った作りになっており、甲乙つけがたかったが、「インディペンデント」は、モノクロの写真で、アラファト前議長の顔のクローズアップ。これだけで、記事はなし。非常に迫力のある紙面になっており、かつ、典型的な「ポスター紙面」で、そのまま壁に貼りたくなるような1面になっていた。

 すでに「高級タブロイド紙」という新たなジャンルを作り出した、ともてはやされた「インディペンデント」。一方、何故「タイムズ」は、「いけてない」とされたのだろうか?

by polimediauk | 2004-12-30 09:07 | 新聞業界
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英国新聞界の新しい流れ
「タブロイド化」の張本人に聞く


インディペンデント紙編集長 サイモン・ケルナー氏

最近の英国新聞界の大きな流れの1つに、「ブロードシート」(「高級紙」として日本では訳されることが多い)と呼ばれる、日本で言うと全国紙にあたる新聞の小型化があげられる。昨年9月、4大高級紙の中では発行部数が最小のインディペンデント紙が、小型タブロイド判とブロードシート判の同時発行を開始。通勤電車の中での読みやすさ、手軽さが受けて、発行部数を急速に伸ばした。同年11月には、英国エスタブリッシュメントが読む新聞として216年の歴史を持つタイムズ紙も、これに追随。この1年で、小型化の動きは、欧州全体に広がっていった。

今年9月のインディペンデント紙の発行部数は約26万部で、前年同月比21%の増加。流れを追ったタイムズ(約62万部で4.5%増)に、伸び率で大きな差をつけた。

インディペンデント紙は、今年5月、大型判の発行を停止し、タブロイド判のみになった。11月にはタイムズ紙もタブロイド判のみに移行。大型判に愛着を持つ読者がタイムズ紙離れをするのでは、という声があがっている。残る2つのブロードシート紙の中で、ガーディアン紙は編集長自身が将来のタブロイド化を否定し、その代わりに、2006年までに、仏ル・モンド紙と同様の、縦に細長い「ベルリナー」型発行を明言している。高級紙の中では最大の発行部数を誇りつつも発行部数が落ち続けるデイリーテレグラフ紙が、近くタブロイド判の発行を開始するのでは、という噂は絶えない。

それにしても、新聞のサイズが変わっただけで、果たして発行部数を増やせるものなのか?――誰しもが、そう思うだろう。新聞は内容で勝負するのが本筋だ、いや、そのはずだ。

英国で「タブロイド」といえば、3面に決まって裸の女性の写真を載せる「サン」をはじめとして、事実無根に限りなく近い記事が満載の低俗紙というイメージを人々は持つ。高級紙があえてタブロイド判を出すまでには、相当の勇気がいったはずだ。

果たして何がきっかけだったのか?タブロイド判発行から3ヶ月ほどたった、2003年の末、インディペンデント紙の編集部をたずね、サイモン・ケルナー編集長に直接聞いた際のコメントを紹介したい。(ロンドンの日刊紙「英国ニュースダイジェスト」掲載分に加筆)

―何故、タブロイド判とブロードシート判の平行発行を決定したのか?売り上げ低迷が理由か?

まさに、そうだ。秘密でも、なんでもない。ありとあらゆる販売促進活動をやってみたが、うまくいかなかった。読者を失うのはあっという間だが、取り戻すのは難しい。非常に難しい。

この5年ほど、自分が編集長になってからは、無数の読者調査をしてきたが、繰り返して現れたのは、読者が、特に若い通勤者たちだが、小型のタブロイド判が手軽でいいと思っているということだった。

しかし、一方では、質の高さと信頼性という点からブロードシートを好む読者がいることも分かり、この2つの層をどうやったら同時に満足させられるか、を考え続けてきた。

―タブロイド判発行のきっかけは?

どうやってその発想を得たか、知りたい?

―是非

(身を乗り出して)1年ほど前、歯磨き粉を買おうと思って、スーパーマーケットの店内を歩いていた。棚を見ているうちに、突然、歯磨き粉はチューブ入りとかポンプとか、パッケージが様々で、サイズも大小あることに気づいた。同時に、歯磨き粉だけでなく他のどの商品も、多様なパッケージで販売されていることに改めて気づいた。

パッケージやサイズにバリエーションがあっても、中身は同じー。「これだ!」と思った。新聞がもし1つの商品だったら、同じ新聞でも様々なサイズがあっていい。2種類の大きさで出せば、ブロードシートが好きな人は従来の大判を、小型を好む人ならタブロイド判を選べる。

―部内からの反対意見はなかったのか?「タブロイド」という言葉に染み付いた、低俗な新聞というイメージが、英国では強いが。

本当に毎日発行できるか、心配だった。編集内部からの反対意見も少しあったが、説得した。(注:スタッフの一人によると、このアイデアが部会に出されたとき、もうすでに「やることが決まっていた」。だから表立って反対する人はいなかったが、乗り気だったのは、「おそらくケルナー編集長一人だけ」。)

―実際に始めてみての結果は?

「混んだ電車の中でも読みやすい」「小さいので抱えやすい」ととても好評で、部数も信じられないくらい伸びた。それまでの発行部数は18万部ほどだったが、タブロイド判を始めた翌月の10月は9月より約6%伸び、前年同月比では8%伸びた。以来、部数増加が続いている。

―タブロイド判とブロードシート判の読者層の違いは?

 タブロイド判の読者は主に通勤する人で、若い人や女性が多い。

―「タイムズ」のタブロイド判をどう評価するか?

 悪くないと思う。しかし、どうもインディペンデントのようなひらめきがないような気がする。ちょっと平坦な印象がある。

―他のブロードシート紙もタブロイド判を発行することになったら、どう対抗してゆくのか。

いよいよ、内容で勝負だ。うちには、すばらしい記者やコラムニストがいる。写真もいい。大きさよりも中身で判断してもらいたい。

―新聞はインターネットに淘汰されると思うか?

印刷された言葉への信頼感はこれからも残ると思う。ある事柄に関して深く突っ込んだ、読者が自分の意見形成に役立てることができるような、分析記事を出せるのが新聞の強みだ。

(写真: ケルナー編集長 「インディペンデント」紙提供)

ケルナー氏のこれまで

1957年12月9日生まれ。マンチェスター出身。地元の専門学校でジャーナリズムを勉強後、地方紙に見習い記者として就職。スポーツ記者として経験をつみ、83年、全国場版日曜紙「オブザーバー」紙のスポーツ記者になる。その後、「インディペンデント」紙の日曜版である「インディペンデント・オン・サンデー」紙のスポーツ面担当、「インディペンデント」紙の特集面担当などを経て、99年「インディペンデント」紙の編集長に就任。04年12月、BBC他主催の「What the Papers Say Award」で最優秀編集長賞 (Editor of the Year)を昨年に引き続き受賞。

インディペンデントは「左派中の左派」に
「インディペンデント」紙の創刊は1986年。支持政党や所有者の意見・意向が紙面に直接反映される英国の他の主要紙と違い、「中立」「独立」を柱に置く編集方針を誇ってきたが、現在は、イラク戦争への徹底した反対姿勢をとるなど、左派中の左派。7月のガーディアン紙のインタビューの中 で、こうした編集方針の変化を問われたケルナー編集長は、「質の高い記事を掲載するタブロイド判の新聞がなかった。だからインディペンデントがその隙間を埋めるべきだと考えた」と述べている。

 
ガーディアンのインタビュー “It's the most effective promotion in the history of newspapers” は以下を参照。
http://media.guardian.co.uk/mediaguardian/story/0,7558,1268882,00.html

by polimediauk | 2004-12-29 10:00 | 新聞業界