小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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 アルジャジーラの英語放送があと少しで始まるそうだが、放送開始を待ちかねている人も多いのではないのだろうか。

 何せ、もともとアラビア語なので、評判だけは高くても、番組内容を紹介されても、やはりちゃんと見たことがなければ、自分で判断のしようがない。

 英語放送は、アルジャジーラ・インターナショナルという新組織になって、その社長には、英民間放送ITNというところにいた、ナイジェル・パーソンズ氏(写真)が就任。

 一体どんな放送になるのか?

 英語の国際放送だが、BBCともCNNとも違う、と。別の角度から見た、国際放送だ、と。でも、いくら聞いても、どうもイメージがつかめないでいた。

 先日、社長がロンドンに来たので、インタビューする機会があった。

 前にも何度か挨拶程度をしたことがあるのだが、とてももの静かな感じの人で、???本当は一体どんな人なんだろうなあ、と不思議に思っていた。

 話を聞いてみて、今回の英語の国際放送は、発想的に非常に新しいものであるらしいことがしみじみと分かってきて、これはおもしろいことになるか?と思った。BBCでもなく、CNNでもない、真の「国際的視点」を持った放送・・・。ホントにできるとしたら、今までになかったものができるかもしれない。

 これまで、世界のニュース報道は英米に支配されてきたが、他にももっと影響力の大きいところがでてきても良かった。フランスも始めているらしいが、ロシアのロシアン・ツデー(英語放送)とか、自分たちで自分たちのことを(世界に向かって)語りたい、という風潮が出てきていて、それが広がっていくとしたら、おもしろい。中南米のテルスールもそうだと聞いている。

 前に、オランダで放送会議に出たとき、アフリカの声を拾う、アフリカ独自の国際放送がない(少ない)という声を聞いたが、その後、どうなったのかな?と思ったりする。

 (インタビュー記事は、日刊ベリタで数日後に出る予定・・・です。)
by polimediauk | 2006-04-19 05:57 | 放送業界

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(3月、解放されたケンバーさんと奥さん BBCオンラインより)

 何年か前に、日本人のボランティアたちがイラクに行き、人質となった後に解放され、日本に戻ってから大きなバッシングにあった、という事件があった。

 英国でも、やや似た事件が起きていた。

 バグダッドで昨年11月、キリスト教系平和団体活動家のカナダ人2人と英国人1人が武装勢力に拉致されていたが、3月末、解放された。駐留英軍らが救出した。この中で、米国人男性1人は先に殺害されていた。

 過去に、仕事でイラクに出かけたケン・ビグリーという英国人男性や人権活動家の英人女性が人質なって殺害されるという事態が生じており、今回は、何としても英国人ノーマン・ケンバー氏(74歳、ロンドン在)を救わなければならない、という思いが英政府や国民の中で盛り上がった。イスラム教徒の国家議員らが交渉にイラクまででかけたり、著名ムスリムたち、家族らがテレビ画面を通じて誘拐グループに訴えかけた。

 3月23日、ケンバー氏は他の人質らとともに、英空軍特殊部隊SAS隊員らの手によって、救出された。

 ここまではいいのだが、救出されたときに、SAS隊員らに対して「十分に感謝の念を示さなかった」ことが大きな問題となった。英陸軍トップのマイケル・ジャクソン将軍は、チャンネル4のニュース番組で、ケンバー氏から「ありがとう」という言葉を「私はまだ聞いていない」と述べていた。

 番組を見ていて、陸軍のトップがこうしたことを公にするからには、英軍の中でよっぽどの怒りがあったに違いない、と思わざるを得なかった。

 救出後しばらくして、ケンバー氏は「感謝している」とする声明を発表している。

 何故ケンバー氏が感謝する・ありがとうとすぐ言えなかったのかは、イラク戦争開戦に反対し、武力を使うことに対する反対の姿勢を取り続けているため、というのが理由として解釈された。

 たとえ戦争に反対していても、助けてくれたSASに十分な感謝をしないのは、おかしい、という声が強くなった。そもそも、何をしに行ったのか、内戦が起きているというほど暴力が日常茶飯事のイラクに出かけるとは、思慮が足りなかったのではないか、所属するキリスト教平和部隊(CPT)は、「平和団体」というのは隠れ蓑で、実はスパイ行為をしていたのでないか、という憶測も生んだ。

 帰国後、メディアの取材を受け付けなかったのも、こうした批判をさらにエスカレートさせることになった。

 私が見た限りでは、外務省はこうした批判に加担することはなかったと思う。ストロー外相は、イラクは危険で、外務省としては英国民にはよっぽどのことがないかぎり行かないことを勧めるが、個人が個人の理由でイラクにでかけることはあるだろう、とする趣旨のことを述べている。

 そして、今日(15日)、BBCのラジオでケンバー氏のインタビューが放送された。(Taking a stand という番組。泣いて言葉に詰まったり、大声で笑う場面もあり、感情豊かな人だなあと思う。もう一度聞きたい人はhttp://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/4911358.stm)

 聞いた後の私の感想は、筋金入りの信念を持った人だなあ、と思った。あくまでも軍事活動には反対なので、これでは反感を買うだろうなあ、とも。

 「武装していなかった」、「拘束中は小さなことが頭にきた。一緒にいる人質の、カナダ人の英語のアクセントがいやだった」・・・。

 平和活動のためにイラクを訪れ、人質になって、氏が「英軍の中でも最も暴力的な集団」と言う(本当かもしれないが)SASに助けられたケンバー氏。今でもSAS・英軍・英政府(イラク戦争を始めた)に対しては、反対の立場を取る。その「反対の相手」に救出された、という皮肉。そして、「感謝している」とは言うものの、「SASには救出されたくはなかった」という思いが、伝わってくる。

 「いい人」あるいは「悪い人」と、二者択一の枠の中では判断しきれないが、人間は様々な相反する要素を持っている存在だとすると、「こういう人もいるんだな」と思わざるを得なかった。
通常、同じく人質になっていた相手のことで、「カナダ英語のアクセントがいやだった」とか、助けられたSASのことを悪く言ったりはしない。ある意味、正直な人。本音を言う人。

 信念の人、とも言えるのだが、英国に住むと、こういう感じの人は結構多い。ケンバー氏自身とは離れた話になるが、一般的に、現在の英国では、かつては自分勝手と言われるような価値観でも、本音を出すことが、「いい」、とされるようだ。マナーを守るなんて、「古い」のだ。いかにも今が出ているインタビューにも思えた。BBCラジオはこんなインタビューが本当におもしろい。


――(抜粋です)――――

 私は50年代から平和活動家だった。私にとってはキリストの教えは平和だ。ゴスペルは非暴力。これが私にとってはキリスト教の中心になっている。

 私がやってきたのはソフトな活動で、パンフレットを書いたりとかデモをしたりとか。リスクをとる活動をしてみようと思った。兵隊は個人の命をリスクにしている。活動家もそうするべきと思った。

(イラクの危険性を事前にどれぐらい知っていたのか?)
あまり知らなかった。もっと知っているべきだった。十分に人質のリスクを認識していなかった。

(何を達成すると思っていたのか?)
何かを達成すると言うよりもイラクの国民に会うのが目的だった。
バグダットに10日いるだけでは何かを達成する、ということは無理だ。

既に予定された場所を通訳とともに回っていた。原子力発電所に行ったとき、たくさんのイラク市民が西欧から来た人に会うために寄ってきた。一番印象深かった。

(自分でもナイーブだったと思うか?何のプロテクションーー護衛武装などをさすーーもなく歩き回って?)
気をつけるように、と言われていた。自分たちだけで出歩くな、車で出かけるように、と。

(拘束はどのように起きたか?)
私たちは、シーア派の指導者に話を聞いて、今度はスンニ派にも会うべきだ、と思った。それであるモスクに行き、人に会い、写真を撮って、車に戻った。通訳とドライバーを入れて4人だった。走り出すと、他の車が来て、道路にふせるように言われた。

(何を感じたか?)
怖いと言うよりも、自分の身に起きているとは思えなかった。

ある家に連れて行かれ、手錠をかけられた。私たちが「マジックシート」と呼ぶところの紙を見せた。CPTの活動を記した紙だ。

(相手は顔を出していたか?)
そうだ。
これまでに西欧人を人質にとったことがあっても、平和活動家たちを捕まえたことがなかったので、どうしたらいいのか分からないようだった。また、カナダ人にはどうしたらいいのか、イラクに派兵もしていない、と。

(怖かったか?)
怖くなかった。記憶を消してしていた、現状を否定していたのだと思う。
今も同じだ。家に帰ってみて、前と同じだし、普通の生活に戻る。教会にいったり、と。心を閉ざすことで人質とされていた期間を過ごすことができたのだと思う。

(どんなグループだったか?)
1週間はある家で過ごし、後で違う家に移った。たくさん嘘をつかれた。カナダ人たちが先に解放される、イスラム教は暴力を使わない、と。

(家族のことはどう思ったか?)
私の行動がこんな状況をもたらしたことに、妻に対して申し訳なくなった。しかし、決心をしたのは私だし。変える事はできない。

(また会えると思ったか?)
分からない。でも、一日一日を過ごすだけだった。

(犯行グループの一人は少年が、家族がファルージャで殺害された、と。)
本当だ。3人いて、一人、おじさんと呼ばれる男性がいた。冗談を言ったりした。23歳ぐらいのジュニアと呼んだ男性もいた。薬の男と呼ぶ人は英語を良く話した。

(暴力は?)
 最初のころ、トム(フォックス、米人)は何度か殴られた。逃げようとしたからだ。自分も逃げようとした。しかし、セキュリティーがとてもタイトだった。手錠をかけられていた。窓は閉じられて、カーテンから薄い光が。窓には鉄格子がはまっていた。電気ストーブもあった。外にはトイレ。

リスクをとって逃げようとすることもできた。しかし、相手は銃を抱えていた。

(死を考えたことは?)
ある。落ち込んだときは。手段がなかった。カナダ人を助けられると思った。英国人が死ねば。ひどく落ち込んだことがあって。誰にも言ったことはなかったが。

(どうやって思いとどまったか。)
祈っていたとき、家に戻ったとき、私が家に戻ったとき・・・(涙で言葉がつまる)・・・何を言ったか思い出した、神をどんな名前で呼んでもいい、と・・。

多くの人が私たちのために祈っていることを知っていた。

(妻がアルジャジーラを通じて解放の訴えをしたが。)
犯行グループの人がそう言っていた。申し訳ないと思った。こんなことに巻き込まれて。

(罪悪感は?)
ある。疑いはない。

(妻の反応は?)
親切だった。許して欲しい、と言った。

(クリスマスのときは?)
人質の間でクリスマスキャロルを歌った。ダイアモンドの形のパンの中にご飯が入っているのを持ってきた。

(キリストのDVDを与えたそうだが?)
そうだ。変だった。米軍への攻撃の様子をまず見せられた。何故見せたのかは分からなかった。逃げたいと思わないように、ということだったのかと思う。

(人質同士の関係は?)
あまり他の人質とは話さなくなった。それぞれが違う性格だった。外の廊下で、走ったり歩いたり、階段を上ったり、というエクササイズの時もあった。その後は、手錠をかけられた。

(関係が緊密になったのでは?)
そうだが、お互いに言わないほうがいいことは言わないようにしていた。例えば私はカナダ英語のアクセントには我慢ならなかった。(笑い)これを相手に言うことはできない。喧嘩に近いことも1-2回あった。

(フォックスがいなくなってから、どうなったか?)
薬番の男が、私たちは移動する、などと言っていた。ジュニアは私たちにキスした。そこでフォックスを連れていき、私は連れて行かれなかった。最初は大丈夫といったが、後で、フォックスが殺された、といった。

フォックスは米海軍にいたことがあったので、いつかはそういう日がくるだろう、と。米軍のIDカードを持っていたので、私たちがスパイだと思われたのだと思う。

(殺されたと聞いたときは?)
彼らが殺した、とは言わず、殺したことを発表した、と聞いた。
静かですばらしい男だった。

(殺したことに関して、距離を置いているようだが?現実否定か?)
そうだと思う。いろいろ考えたが、家のことは考えないようにしていた。現実否定。

(救出は?)
布団の上に寝ていた。突然外に音があって、誰かが窓を割った。SASがやってきた。朝8時ごろだった。薬番の男もいた。警告されていたのだと思う。何が起きたか詳しくは聞いていない。

信じられなかった。突然だった。(泣き出す。)

最初、私たちは英国人だったので・・・ケンバー氏は?と聞かれた。

薬番の男がいて、何か声をかけようかとも思ったが、言わなかった。

(SASに何を言ったか?)
感謝した。ヒースロー空港に着いたときの声明でも、感謝した。

(身勝手だ、感謝が足りないと批判されたがどう思うか?)
その行動に感謝する。勇敢な人たちだ。その職業には大反対だが。しかし、皮肉ではないだろうか?平和のために出かけて、(笑い)英軍の中でも一番暴力的だと言われるSASに助けられるなんて。

(それが人生だ。世界は暴力的だし、暴力で助けられる。SASが必要だ、あなたのような人を助けるために。)
そうかもしれないが、私が興味を持っているのは、平和主義者と英軍の考え方が変わっているという点だ。英軍は、英ブラッドフォードにある教育機関で平和的に揉め事を解決する方法を学んでいる。境界線はぼやけている。とにかく感謝している。

(元英軍のボブ・スチュアートが、イラクに行くなんて、あなたは、馬鹿で、向こう見ずで、物事を悪化させるだけの市民だ、と言っているが?)
あたっているところもある。しかし、西欧の市民として、CPTの平和運動家以外に誰が行くだろう?イラクの国民に話しかけ、友愛をはぐくみ、相手のことを理解しようとしていることを伝えるには?イラクの人は十分に苦しんできた。

(あなたに怒りを感じる人がいることを承知しているか?)
承知している。ヘイト・メールを受け取る。今朝受け取ったのは、「あなたは馬鹿だ。勇敢な若者を感謝しなかった。今でもイラクにいればよかったのに」と。人々は自分の意見を持つことができるが、事実に基づいて欲しい。

人質犯行グループが処刑されたりしていないといいと思う。人間愛を見せてくれた。

(あなたのグループの一人を殺したんですよ)
そうだ・・・。私たちの一人が、グループの「ジュニア」に自爆犯になるな、といったことを思い出す。

 (戻ってきて、最初に妻に会ったときは?)
(泣いている様子)。解放されて、すぐは電話で話すことができなかった。後で2回目の電話のときは大丈夫で、今みたいに感情的にならず、話せた。

(メディアに攻撃されたが)
クレージーだと思った。

(普通の生活には?)
現状否定をしてきたので、難しくなかった。

CPTが、シカゴに行って、他の人質と会ってカウンセリングを、と言われたが、いったら、トラウマになると思った。(笑い。)悪夢は見ない。

(何かを達成したと思うか?)
何を達成したかは分からないと思う。CPTの知名度は広がった。

(また行くか?)
また行かもしれない、ただし、あのモスクに行くと言う間違いをしないようにすれば、と。

(イラクに行くだけでも危険だと言う人もいるが。)
そう思うが、私たちはそういうリスクをとっていた。あのモスクのリスクは高すぎた。

(何を学んだか?)
1年後に聞いて欲しい。

by polimediauk | 2006-04-16 07:17 | イラク

風刺画いろいろ

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デイリーテレグラフのある日の風刺画
ニック・ガーランド氏画
(ブレア首相の言葉で、「俺はストレートな人間なんだよ」という決まり文句があるが、実は・・・というのが分かる。ドリアン・グレイにかけたものなんですけど・・・すみません、分かる方はもっと分かるでしょう・・。英国で最も「文学的な風刺画家と言われている人です。左上のロゴ写真は、デンマークの新聞に風刺画を描いている人のポスターです。)

 デイリーテレグラフでは、政治風刺画の画像をオンライン上に残してあるので、上に載せてみた。ガーディアンも、スティーブ・ベル氏の風刺画を残している。

 英国、フィンランド、デンマーク、英領北アイルランドの新聞に目を通す機会があった。例の風刺画の事件で、デンマークに行って新聞を見ると、やたら風刺画というか、イラストが多い!一紙に数枚はある。小さなイラストも入れて、だが。逆に、同じスカンジナビアでも、フィンランドは写真ばかりで、1枚あるかないか。英国(ロンドン)、北アイルランドは1-2枚位。

 国によって、随分違う。同じ「風刺画」あるいは「新聞」といっても、その国の文化の文脈の中では、随分違った風に受け止められているのだろうな、と思う。と、すると、「表現の自由」という言葉が意味するところも、国によっては、随分違うかもしれない、と思う。

 デイリーテレグラフは(最近自宅でとるようになったので、急に詳しくなったのだが)、フロント面に、マットという風刺画家が、毎日風刺画を出している。これがなかなかおもしろい。例えば、生理の前、女性がいらいらする症状を解消する良い薬が出た、というニュースがあった時、夫婦らしきカップルの風刺画を描いていた。女性が何かものを男性に投げつけていて、確か、生理前のいらいらを解消する薬が出た、というトピックに対してものすごく怒っている絵柄だった。この女性には薬は効かないようだ・・・。(絵を見てもらうと、おかしみがいっぺんに出るのだが・・。分かりにくくて申し訳ない。)

 北アイルランドの新聞でおもしろかったのは、新聞ごとに読者層が全く異なるので、同じ人物、同じニュースでも全く扱いが異なることが多いのだ。例えばDUPの党首イアン・ペイズリーという人がいるが、ある新聞では「プロテスタント強硬派」でこわもてのイメージだが、他のある新聞では、「80歳の誕生日、おめでとう」「いいおじいさん、孫には弱い」というイメージだった。もちろん、人間には様々な面があるのだが・・・。


 
by polimediauk | 2006-04-10 08:30 | 新聞業界

(しばらく間があいてしまいました。更新しない間にも来てくださった方、ありがとうございます。)

 ここ数週間、家をあけることが多く、しばらくぶりに戻ってきて新聞やテレビを見ると、欧州のほかの国のニュースが少ないなあ、と感じる。国内ニュースがメインなのは世界のどこの国でも同じだとは思うが、欧州の大陸に行くと、他の欧州の国の生ニュースが結構入る。また、英国では中東、特にイラクの話題が随分中心になっている。世界に目をやるのはいいのだが、これでは欧州にいる、という感覚が人々の間で希薄になっても仕方ないだろう。

 しばらく英領北アイルランドにいたが、カトリック系とプロテスタント系の住民の居住地が分かれていることが多く、フェンスや壁で自分たちの住宅を守っている光景によく出くわす。壁にもそれぞれの信念を表すトピックの壁画がある。また、それぞれの旗も居住地を囲む。これでは、差別感情、相手への憎しみをはぐくまないほうがおかしい。何とかならないものか、と思う。
by polimediauk | 2006-04-08 08:15 | 放送業界