小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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 チャンネル4というテレビ局のMORE4というデジタル・チェンネルがある。この枠を通じて、時々ドキュメンタリー・クリップを出しているのが、イラク北部の油田都市キルクーク出身の、カルザイ・シェラバヤニ氏だ。(Karzan Sherabayani )14歳で、フセイン元大統領の下、逮捕され、投獄され、拷問を受けた。1990年ごろ、イラクを抜け出して、欧州諸国を渡り歩き、今は英国在住だ。

 初めて会ったのは、イラク出身の難民申請者を英国に強制送還してはいけない、という集まりで、今年初頭になる。

 キルクークに戻って、イラクの現状を伝えるフィルムが、何回かに分けて放映された。自分を当局に密告した人物とも、会う。その人は、自分が友人を密告しなければ、自分が拷問を受けていた、と説明し、2人は涙になる。シェラバヤニ氏は、許す、と言うしかなった。(この模様を含めた、イラクのドキュメンタリーは映画になる、と聞いた。)

 今週、25日、26日、今度はアメリカに行った様子を映像にしたものが出た。

 それほど長く画面に残っていないと思うのでMORE4のサイトから、是非、なるべく早く見ていただきたい!!最初、ニュース番組が始まり、1分半ぐらい後に、シェラバヤニ氏の作品となる。

 米国には、米軍兵士に対して、イラクでの赴任がスムーズに行くように、と、イラクに似せた町並み(イラク村)を作っている場所があるという。ルイジアナ州のフォート・ポークというところ。軍事施設の1つだ。

 そこで彼は、親友にであう。この親友は、「普段どんなことをここでやっているの?」と聞かれ、演技として、「フセインは正しい」ということを大声で主張してみせる。あまりにも迫真なので、シェラバヤニ氏が、「怖くなった」というほど迫力がある。怖いが、何とも滑稽な感じ、皮肉な感じ、哀しみも漂う。

 イラク村取材の26日放映分は、

http://www.channel4.com/more4/news/news-opinion-feature.jsp?id=337


 25日、在米イラク人への取材は

http://www.channel4.com/more4/news/news-opinion-feature.jsp?id=336


 
by polimediauk | 2006-07-27 23:58 | イラク

続く紛争


ロンドンでは暑い日が続いている。

東京では37度ぐらいになったと聞いたが、日本も随分暑いことだろう。

レバノンーイスラエル、アフガニスタンなど、どうしたらいいのか、自分でも頭を整理するためにいろいろなところに出かけたり、人の話を聞いたりなどしている。今のところ、新聞もテレビもレバノン・イスラエル問題で持ちきりだ。

難しいのは「中立」というのがない点だ。つまり、ある視点について書くと、必ず、他方からは、相手方の肩を持った、と思われる。というのは、2,3日前のCNNで指摘されていたポイントだ。

在英レバノン人ジャーナリスト、在イスラエルのジャーナリスト、BBCの英国人のジャーナリストがレバノン・イスラエル問題の報道のあり方に関して話す、という番組「インターナショナル・コレスポンデント」だった。ケイト・アディーという女性が間に入って、スタジオで話を聞く、というもの。

レバノン人とイスラエル人のジャーナリストたちが、全く意見がかみ合わないので、議論どころではなかったが、もちろん議論が大きく分かれてもいいのだが、アディー氏が、「メディア報道のあり方をどう思うか?」「レバノン人として、あるいはイスラエル人としてそれぞれの見方はあると思うが、個人的な感情は別として、ジャーナリストとして一歩引いてみたとき、状況をどう分析するか?」と聞いたところ、「ジャーナリストとして一歩引いてみる」ことが2人とも、できないようだった。それほどまでに、熱いトピックなのだろう、と、問題の複雑さを感じさせた。

英メディアはイスラエル、レバノン両方からの現地取材を延々としているが、世論的には「レバノンの市民が殺されている」「犠牲になっている」という点にシンパシーを感じる、というものが主だ.

ライス米国務長官がローマに行った。いろいろ話しあいがあったようだ。

イラク戦争開戦前に、英米政府はいろいろな理由付けをしたのだが、あの時も、よく考えるとつじつまの合わない理由付けを、大音響でずっと聞かされていたと記憶している。大量破壊兵器の存在のほかに、「このままフセイン政権が続けば、何万人もが殺される」という理由付けもあった。

特別な情報があるわけではないが、日を追うごとに人々が負傷し、殺されている現実は、どこかおかしい、という気持ちがぬぐえない。恒常的な平和のために・・・といわれても、そうかなあ、と思う。自分も英メディアのシンパシーに共鳴しているのだと思う。

イスラエルの外務大臣が、「戦争状態なのだから」という言葉を使っている。戦争=war。この「戦争」という言葉に、ブッシュ大統領の「テロの戦争war on terror」の文脈と同じものを感じる。きな臭い言葉だなあ、と思う。自分たちで「戦争」と呼ぶと、殺害行為が違法でなくなるのだろうか?

戦争だから自分の国を守るために殺害行為が起きるし、戦争だから仕方ないのだ、という論理は北アイルランドのIRAなども使ってきたと思う。英国側は戦争でなく、テロだ、と見なすわけだが。

イスラエル、イスラエルの自衛権、ヒズボラの過去と現在、他の国の関与など、その他もろもろの要素を考える前に、レバノン人とイスラエル人人が殺害されている状況を変えることはできないのだろうか?

今すぐとめることはできないのだろうか?

IISSという英シンクタンクの安全保障の人に話を聞いていたら、「米国がシリアとイランをたたくためにイスラエルを使っているだけ。これが本当の話なのに、誰もいえないだけ。イスラエルは使われているだけなんだよ」。

レバノン政府がヒズボラに働きかけるようにはできないのか?攻撃をやめるように?「できない。やったら、殺される」。

アラブ諸国は?「足並みがそろっていないからできない」。

今この瞬間に起きている、両側への爆破攻撃を、誰も止めることができない。衝撃を感じている。

また、米国からイスラエルへの武器輸送で、スコットランドの空港が使われていることが、今日分かった。英政府への事前申請なし、だったというので、英外務大臣がライス国防長官に抗議をした、と伝えられている。
by polimediauk | 2006-07-27 10:04 | 新聞業界
 23日付「インディペンデント・オン・サンデー」に、レバノン・ベイルートに長らく住んでいる、ロバート・フィスク記者のこの1週間の日記が出ている。(以下、大体の紹介。若干切ってあります。)

 英ジャーナリストの見方、ということで興味深く読んだ。また、エコノミスト7・20号には関連記事が3-4本載っている。もし手元に入るようであれば、ご参考に。フィスク氏の記事を訳していたら疲れきってしまったので(!!)、これまでの経緯と様々な要素に関して触れているエコノミストの記事の紹介ができなくなった。その代わりといってはなんだが、以下にその1つをコピーした。

7月16日(土曜)

 この戦争でミサイルを実際に見たのは今日が初めてだった。

 今朝、(運転手の)アベドと私は、ミサイルが雲を突き刺す様子を見た。「ハビビ(友人)!」とアベドが叫び、私は大声をあげた。「車を回すんだよ、車を回すんだ!」レバノン南部の郊外から、2人で命からがら逃げた。

 角を曲がったところで、爆発が起き、先ほど私たちがいた道路からたくさんの灰色の煙が出ていた。車から見た、イスラエルのロケット弾から走って逃げようとしていた男性たちや女性たちはどうなったのか?分からない。

 空襲が起きると、自分の周りの2-3ヤードしか見えなくなる。逃げて、生き残る。それだけで十分だ。

 アパートに戻ると、電力が切断されていることが分かった。きっと、もうすぐ水も出なくなるだろう。バルコニーに腰をおろし、自分がアフガニスタンのカンダハルやイラクのバスラの汚いホテルに押し込まれているのではなく、自分の家に住み、毎朝自分のベッドで目覚める状態にいることに思いをめぐらした。

 電力カット、それにイスラエルがガソリンスタンドを攻撃したために、ガソリンの欠如、あるいはなくなるかもしれないという恐怖のおかげで、朝の2時まで、自宅の外の路上から聞こえてきた車の警笛、騒々しい音がなくなった。

 夜中目覚めると、鳥の鳴き声、地中海の波の音、やしの木がゆらぐ、穏やかな音が聞こえる。

 夕方、買い物に出かけた。牛乳はなくなっていたが、水、パン、チーズ、魚はたくさんあった。アベドが車を止めたとき、後ろにいた4輪駆動車に乗っていた男性が手を警笛に置いた。私が車から出ると、男性は、「ケス・ウチャタク」(お前の姉をファックする、の意味)という言葉を声に出さずに発した。この戦争が始まって、侮辱的な言葉を発せられたのは初めてだった。

 レバノン人は、通常、外国人に対して侮辱的な言葉を発したりはしない。礼儀正しい。私は、レバノン人がやるように、「どうかしたのか?」というしぐさをしてみせた。男性は、走り去るだけだった。とにかく、私には、姉も妹もいない。

7月17日(月曜)

 電話はまだ通じる。携帯電話がインコのように鳴く。ベイルート、あるいはレバノンを去るべきかどうか、あるいは戻るべきなのかどうかを聞いてくる、友人からの電話が多い。南部の郊外のヒズボラがいるあたりに落とされる爆弾の音が聞こえる。

 友人たちの問いに答えることができない。もし残るべきだといって、殺されてしまったら、私の責任になる。去るべきだと言って、逃げる車の中で殺されたら、これも私の責任だ。戻ってくるべきといって命を落としたら、私の責任になる。いかにレバノンが危険になってしまったかを説明し、友人たち自身が決めることだ、と伝える。

 友人たちのことを思うと、悲しくてならない。この24年間で、4回、国外を退去しなければならなかった人が多い。今日はレバノンとイランの2重国籍を持つ、レバノンの女性から電話をもらった。子供の一人は米国のパスポートを持ち、もう一人がレバノンのみのパスポートを持っているという。状況は絶望的だ。ファラヤ地区のキリスト教徒が住む山岳地帯に行って、山小屋を見つけたらどうか、といった。そこなら安全だろう。そうあってほしい。

 イスラエルのミサイルかあるいは軍用機の尾翼が、車を運転していた男性の体の一部を切り落とす、という事態が起きた、カファー・チムという場所から戻ってきた。

 非常に悲劇的な光景だった。運転席に座っている体の、頭部が前方に曲がっていた。体から流れた血が、座席の下を覆っていた。

 私が現場に長くいすぎるので、アベドが怖がっていた。イスラエル軍は現場に戻る確率が高いからだという。「友人よ、時間がかかりすぎているよ。今度は、あんなに長くいては絶対にだめだ!」アベドは正しかった。後でイスラエル軍が戻ってきて、レバノン軍を爆撃したからだ。

 家政婦のフィデレがおびえている。ベイルートのキリスト教地域から私の家に来るのが危険すぎるというのだ。私の家の玄関から400メートル離れたところにある灯台の上部を、イスラエル軍が爆破してしまったからだ。

 フィデレはアフリカ西部トーゴ共和国出身で、とてつもなくおいしいピザを作る。アベドを彼女の自宅から私のアパートまで連れてきてもらうことにした。フィデレは洗濯が必要な私の衣類を洗濯機に入れたが、5分後に、電気がカットされた。また洗濯機から衣類を出して、明日またやってみることになった。

 7月18日(火曜)

 午前3時45分。暗闇の中で、戦車の音がして目覚めた。階下に下りてゆき、レバノン軍が、私の家の反対側にある駐車場に、米製の人員運搬車を配置したことを知った。やしの木の下に置かれており、こうやればまるでイスラエルの飛行機が見つけられないだろう、とでも言うようだった。いやだなと思ったが、階下に住む、私の大家のムスタファも気に入らなかったようだ。レバノン軍はイスラエル軍のターゲットになってきており、この小さなグロテスクな物体が、戦車と見せかけたやしの木に見えるからだ。

 午前中、私の友人でもある、レバノン軍のある将軍に電話をすると、軍関係者から、場所を確認するための電話があった。駐車場の場所を確認するのに1時間かかったようだ。また電話があって、ヒズボラが駐車場を使ってイスラエルの戦艦を攻撃する事態が起きないように、私のアパートの隣に人員運搬車を配置させる、と言われた。空っぽになったアメリカのコミュニティー用の学校が近くにあり、レバノン軍は私たちを守ろうとしていた。

 7月19日(水曜)

 イスラエル軍がシーア派が住むレバノン南部郊外にあるアパート群を破壊している。このため、海上に雲の傘が恒常的に発生している。数万単位のシーア派ムスリムの市民たちが、ベイルートでまだ破壊されていない場所に逃げてきた。

 こうした市民たちは公園、学校、海辺に退避している。また、私のアパートの外を行ったり来たりしている。ムスリム用衣服を来た女性たち、ひげを生やした夫たち、兄弟たちが、黙って海を眺めている。子供たちはやしの木の周りで楽しそうに遊んでいる。

 人々は、イスラエルに対する怒りを私に吐露する。2人のイスラエル軍の兵士をヒズボラが拘束したためにイスラエルを挑発したという、深い皮肉な状況に関しては、話したがらない。

 ヒズボラがイスラエルに対してそうしているように、イスラエル軍はレバノンの食物加工工場、トラック、バス、それに橋などを攻撃している。ゴミ収集の担当者たちは、収集トラックがミサイル発射用の機材だと間違われることを恐れ、仕事を中断している。今朝はゴミの収集なしだ。

 ベイルートの新聞は、英国の新聞には載らないような写真がたくさんある。頭部を失った赤ん坊、足や腕をなくした女性たち、かつて老人だった男性たちの体の一部など。イスラエルの空爆はおびただしく、ひどい。その結果を私たちのように直接目撃ことができれば、そう思うだろう。

 ヒズボラが手をかけた、罪のないイスラエルの犠牲者もきっとこのように見えるに違いない。しかし、レバノンの殺戮はもっとひどい規模だと思う。

 レバノン人は、そして他のアラブ世界の人々も、こうした写真やテレビで映像を見る。多くの人が、9・11や7・7テロのような行動を起こそうと思うだろう。

 戦争は人々にどんな影響を及ぼすだろう?

 後で、私はオーストリアのジャーナリストに、彼女の父親の職業を聞いたことがある。「飲むことよ」。何故?「祖父がスターリングラードの戦いで殺されたから」。

 駐車場の人員運搬車にいる兵隊とお茶を飲んだ。全員がシーア派ムスリムが住むバールベックの出身だった。ヒズボラのミサイル発射要員には決して銃を向けないという。

 自宅に戻り、南部郊外に出かけ、戻ってみると、兵隊たちは全員いなくなっていた。今日の最初の良いニュースだった。

 財務大臣が記者会見を開き、イスラエルの空爆でどれほどの被害がレバノンにあったかを話した。「サウジアラビア、クエート、カタールから支援の約束を得た」と誇らしげに話す。アイルランドのラジオのジャーナリストが「シリアとイランからも?」と聞く。シリアとイランはヒズボラのサポーターだ。「ない」と大臣が答えた。

7月20日(木曜)

 悪いニュースの日。

 米国からの電話で、私がイスラエルを批判したので、反ユダヤ的であると言われているという。またか。まっとうな人間を反ユダヤ的と呼ぶことで、反ユダヤであることがまるで尊敬に値することに扱われる日も近いだろう。その前に、イスラエル軍に対して、市民を殺すのはやめろ、と言ったらどうか、と私は電話口で言った。

 カリフォルニアにいるユダヤ人の友人からファックスが来た。「イスラエル・ナショナル・ニュース」のコラムニスト、リー・カプランという男性が私が「反ユダヤの聴衆を相手に、高額のお金をもらってスピーチをしている」、と書いたという。私は、これまで、講演をしてお金をもらったことは一度もない。米国で私のスピーを聞いた何千人ものアメリカ市民を、私を反ユダヤと呼ぶことで馬鹿にしている、と思った。

7月21日(金曜)

 イスラエル軍がカイム刑務所を爆撃した。かつての親イスラエル民兵組織、南レバノン軍(SLA)が拘束者を拷問した場所だ。イスラエル軍が2000年撤退した後、レバノンはここを博物館にした。爆撃で、SLAの残酷性が消し去られることになった。これも「テロリスト」のターゲットだ。

 午後11時に電気が復活した。テレビで、イスラエルの総領事アリエ・メケル氏がBBCに対して、イスラエルはヒズボラを爆撃することで、レバノン人にとって良いことをしている、と述べていた。「レバノン人の多くが私たちのしていることをありがたく思っている」。

 これで分かった。レバノン人は、イスラエル人が命を奪ったりインフラを壊したりしたことで、感謝しないといけないのだ。空爆や子供が亡くなった事についても。まるで、ヒズボラが、シオニズムを攻撃したので、イスラエルはヒズボラに感謝するべき、ということと同じだ。この自己錯覚はどこまで広がるのか?

7月22日(土曜日)

 大家のムスタファと庭でコーヒーを飲む。イチジクの木に古い木製のはしごをかけ、果物の一皿を私にくれた。「毎日、イチジクが食べられる。午後、この木の下に座る。海からの風がエアコンの役目をするんだ」とムスタファ。私は、鉢に入った植物が並ぶムスタファの小さな天国を見ながら、ブルーのコーヒーカップからアラビア風コーヒーをすする。

 私たちは、ベイルートの港に戦艦が入ってくる様子を見る。「外国人が全員いなくなったら何が起きるのか?」とムスタファが聞く。

 みんながそれを知りたがっている。今週、答えが分かるだろう。

(大体の訳なので、ご参考、ということで見てくださると幸いです。ご関心のある方は原文をご参照ください。オンラインだと、有料購読になっているようです。)
(原文 http://news.independent.co.uk/world/fisk/article1191934.ece)


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The Economist

The accidental war

Jul 20th 2006
A pointless war that no one may have wanted and no one can win. It should stop now

THE war that has just erupted apparently without warning between Israel and Lebanon looks miserably familiar. The wanton spilling of blood, the shattering of lives and homes, the flight of refugees: it has all happened in much the same way and just the same places before. In 1982 an Israeli government sent tanks into the heart of Beirut to crush the “state within a state” of Yasser Arafat and his Palestine Liberation Organisation. A quarter of a century later, Israel's air force is pulverising Lebanon in order to crush the state within a state established there by Hizbullah, Lebanon's Iranian-inspired “Party of God”. That earlier war looked at first like a brilliant victory for Israel. Arafat and his men had to be rescued by the Americans and escorted to exile in faraway Tunis. But Israel's joy did not last. The war killed thousands of Palestinian and Lebanese civilians, along with hundreds of Israeli and Syrian soldiers. It brought years of misery to Lebanon—and, of course, no peace in the end to Israel. The likeliest outcome of this war is that the same futile cycle will repeat itself.



Why it started
As in 1982, it started with a pinprick. Then, it was a Palestinian assassination attempt on an Israeli diplomat in London. This time it was the decision of Hizbullah's leader, Sheikh Hassan Nasrallah, to send his fighters on a cross-border raid into Israel on July 12th, where they killed several soldiers and captured two. This was, as Israel complains, an unprovoked attack on its sovereign territory. Israel says the timing—three days before the G8 summit in St Petersburg—was no coincidence, that Iran was using Hizbullah to deflect attention from its fishy nuclear programme. An equally plausible explanation is that the war is the product of a mistake.

In launching his raid Mr Nasrallah was in fact doing nothing new. In recent years, Hizbullah has mounted several similar raids into Israel. It got away with them, even when Israel was led by Ehud Barak and Ariel Sharon, tough prime ministers who had been war heroes too. Their reactions were astonishingly mild. The reason for this, as Mr Nasrallah constantly boasted, was his arsenal of around 12,000 Iranian and Syrian rockets and missiles. With these as a deterrent, Mr Nasrallah felt free to pursue an intermittent cross-border war against his much stronger neighbour, piling up prestige for resisting the Zionist “occupier”—even though, in point of fact, Israel withdrew from all of Lebanon's territory six years ago, and has a certificate from the United Nations to prove it.

This time, too, Mr Nasrallah may have expected the usual tokenistic response. If so, he miscalculated. Shortly before the Hizbullah raid carried away two Israeli soldiers, the Palestinian Hamas movement had mounted an equally daring raid into Israel from the Gaza Strip (another place from which Israel had completely withdrawn), killing two soldiers and nabbing another. Perhaps precisely because his non-military background required him to look strong, Israel's new prime minister, Ehud Olmert, decided that this double humiliation was more than he could survive or Israel could bear. So he has chosen to go to war (see article).

To much of the world, that looks like a crazily disproportionate response. And so it is, measured against the offence. But measure it against the threat that Israel feels from Hizbullah and it may not be. From that perspective, this war did not spring from nowhere, even if its timing is an accident. The conditions for it have been building, in slow motion, for years.

In the decades since Israel's invasion of 1982, Hizbullah has emerged as the strongest local military force in Lebanon. Since last year, when Lebanese public opinion and forceful diplomacy pushed out the Syrians, it has been the strongest force, period. It certainly cannot be disarmed, as Israel says piously it should be, by the official Lebanese army. And Hizbullah has shown little interest in Security Council Resolution 1559, which calls equally piously for the disbanding of all Lebanon's militias (there is in fact now only one) but suggests no way of enforcing this. Hizbullah is a political party, with representation in Lebanon's parliament and government, but its militia does not take orders from that government. It almost certainly pays more attention to the ideological and tactical advice it receives from Iran, its chief armourer and mentor.

The untidy political arrangements of its neighbour might be of no interest to Israel but for the fact, now being underlined daily in fire, that by giving Hizbullah all those rockets and missiles Iran has transformed a small militia into a strategic threat to the Jewish state. None of the strong states on Israel's border, such as Egypt or Syria, would dare to plaster Israel's towns and cities with rockets. A non-state actor such as Hizbullah, inside a weak state such as Lebanon, is much less easy to deter. Hizbullah retorts that it needed all these weapons as a deterrent of its own. Israel did after all invade Lebanon and occupy bits of it for 22 years. But it was utter hubris for Hizbullah to believe that, with its rockets in reserve, its fighters could keep crossing into Israel with impunity.

How to end it

A war that starts by accident is not necessarily easy to end. This one is what Israelis call a “war of choice”. Mr Olmert did not have to react the way he did. But now that he has, the stakes could hardly be higher for both sides. It is no longer a matter of wounded pride or the fate of the kidnapped soldiers.

If Hizbullah is beaten, it risks losing its position as the strongest power in the fractious Lebanese state, with damaging consequences in the region for its Iranian sponsor and Syrian ally. If Israel falters, many of its people think, the iron wall of military power that has enabled it to win grudging acceptance in the Middle East will have been seriously breached.

It is because the stakes are so high that both sides have rushed so fast up the ladder of escalation. Israel's aim is not just to even the score by hurting Hizbullah and then stopping. Before stopping, it says, it wants to deprive Hizbullah of its power to strike Israel in future. That means destroying Hizbullah's rocket stores even if they are concealed in villages and bombing its command bunkers even if they are located under the crowded residential suburbs of south Beirut. It also means cutting off Hizbullah's resupply, even if the subsequent blockade by land, sea and air brings Lebanon's economy to its knees. If hundreds of civilians are killed, and hundreds of thousands put to flight, so be it: in war, under Israel's philosophy, moderation is imbecility. Hizbullah is no different, and in some ways worse. The “open war” declared by Mr Nasrallah consists chiefly of firing rockets indiscriminately into Israel's towns. Israel says it is killing civilians by accident, but the disparity in firepower means the Lebanese still suffer much more.

This is madness, and it should end. It is madness because the likelihood of Israel achieving the war aims it has set for itself is negligible. However much punishment Mr Olmert inflicts on Hizbullah, he cannot force it to submit in a way that its leaders and followers will perceive as a humiliation. Israel's first invasion of Lebanon turned into its Vietnam. It is plainly unwilling to occupy the place again. But airpower alone will never destroy every last rocket and prevent Hizbullah's fighters from continuing to send them off. No other outside force looks capable of doing the job on Israel's behalf. At present, the only way to disarm Hizbullah is therefore in the context of an agreement Hizbullah itself can be made to accept.

George Bush is in no rush to rescue Hizbullah. And why, he must wonder, should he? This organisation killed hundreds of American marines in 1983. It is part of an alliance, consisting also of Iran, Syria and Hamas, working against America's interests and friends. Pro-American governments, such as Egypt and Saudi Arabia, bluntly blame Hizbullah for this latest wasteful war. Israel is asking for more time, perhaps another week or two, to complete its demolition of Hizbullah's arsenal and create a new order in Lebanon. Though Condoleezza Rice, Mr Bush's secretary of state, says she is bound for the region, there is no concealing the American temptation to dawdle.

Hurry, please

That is a mistake. Hizbullah cannot be uprooted. It is not going formally to surrender. Its past struggle against Israel has won it the fierce loyalty of many Lebanese Shias, and its present one will add to their number even if it comes off worse. Israel's security will not be enhanced by destroying the rest of Lebanon. By weakening the Lebanese state, and its fragile but well-intentioned government, Israel just weakens the already feeble constraints Lebanon tries to impose on Hizbullah's actions.

What is needed now is a way for both sides to climb down. Israel must get its soldiers back, Hizbullah's departure from the border area and an undertaking that Hizbullah will not attack again. The Lebanese army or a neutral force should then man the border. Hizbullah needs to be given a way to consent to these changes without losing face. Squaring this will take time, ingenuity and the full engagement of the United States. It will not bring peace to the Middle East but it might silence a dangerous new front. America should start its work at once.

by polimediauk | 2006-07-24 00:20 | 新聞業界
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 昨年7月7日のロンドンでの爆破テロはよく知られていると思うけど、7・21にもテロ未遂があって、その一日後の22日、ブラジル人男性が自爆テロ犯と思われて、警察に電車内で射殺された。

 後で間違いだったと分かったのだが、あれから1年。

 一体何が起きたのか、警察の行動に落ち度はなかったのかを、独立調査会がずーっと調査してきた。この後、調査会の報告書は検察当局に回り、また時間が経った。そして今日、検察当局は警察官らに刑事責任は問わない、と発表した。
 
 結局、安全管理を怠った(男性に対する)という変な理由で警察の責任は問われることになったが、それにしても、ここまでの結論がでるまでにほぼ1年。これ自体も由々しきことだが、それに加えて、殺害しても刑事責任なしでは、遺族は怒りと悲しみでいっぱいのようだ。

 本当につらいことになった。いつ何時、警察に疑われ、撃たれるか、分からないのだ。

 警察の仕事の一環として、射殺した(間違った情報を元にして)というのはあるだろう。そういう意味では、警察官は責任をとる必要がない、という見方もあるかもしれない。しかし、誰かが何らかの判断の失敗をしたなら、責任をとらないと、公正さがなくなってしまう。どのような責任の取り方が一番良いのだろう?

 撃ってしまった警察官も、殺された側も悲劇だし、詳細もリークでしか今のところでていないので、すっきりしない。とりあえずは、何としても、「何が起きたのか」をできうる限り公表するべきでは、と思っている。家族が警察官に撃たれ、詳細の説明がないのでは、何とも苦しい。次に進むことができない。



 
by polimediauk | 2006-07-18 00:54 | 英国事情

(間があいてしまっている。書きたいことはあるのだが、どんどん時間がたってしまう・・・。)

 以下、裏づけ・事実調査なしの、ほんの心に浮かんだことだが。

 ーサッカーでフランス代表主将のジネディーヌ・ジダンが、最後の試合で何故頭突きをしたかをテレビで説明したようだ。母と姉を傷つける言葉を3回言われたから、という。試合をテレビで見なかった人にはわかりにくいかもしれないが、突然、彼がイタリアの選手を頭突きをしたかに見えた。私はサッカーの知識がゼロに近いが、初めてワールドカップのファイナルを見て、いかに選手が疲れているかを見て、驚いてしまった。それはそれとして、ジダンのことは気になっていて、よっぽど頭に来ることを言われたんだろうなあと思った。こちらのテレビでもずっと放映されていた。フランスの人をインタビューしているのを見たら、彼に対して批判的な人と、許せるという人と、半々ぐらいだった。

c0016826_8144827.jpg -北朝鮮。実はあまり深く追っていなかったので、日本の報道と英報道がどう違うか、を示すことができない。ぼうっとした情報だが、英外務省の人が、「北朝鮮の問題は米国が仕切っているから、英国は深く関われない」と言っていたのを思い出す。後、前にファイナンシャルタイムズで、韓国の人は、いろいろあっても、北朝鮮の人にはぐっと親しみを感じており、日本の人は嫌いだけど、北朝鮮の人には好感を持っている、と。「だって、同じ半島だし、本当は1つの国なんだから」というコメントが紹介されていて、なるほどなあ、と思ったのを記憶している。

 今回のミサイル事件では、さすがに英新聞も大きくとりあげていた。その中で、タイムズの記者が、「北朝鮮がどんなことをしても、世界の国は手も足も出ないーー何とすることもできない。制裁を決定したら、北朝鮮の国民が苦しむだけだし、爆撃するわけにもいかない。それを知っていて、ミサイル攻撃をしたのだ」と。なるほど、と思った。(こういうことは日本にいる方がすでに詳しいだろう。お許し願いたい。)

 -今日もいろいろこちらでは大きいニュースがあったが、その1つが、エンロン・スキャンダルに関係したと見られる、ナットウエストという英銀行の幹部(元かもしれない)3人の処遇だ。何せ米国のスキャンダルなので、米側が英国の幹部を米国に移送して欲しい、とリクエストをしている。明日の朝、飛行機で米国に連れて行かれる予定だ。ここで問題になったのが、この海外移送の仕組み・条件で、米側は英国に対し、何故この3人が必要なのか(罪を犯したということを示す証拠)を示さなくてもいい、ということ。テロ容疑者の引き渡しがスムーズにできるように2003年、こうしたことを可能にする法律ができていた。ところが、英国は同様のことを米国にリクエストできないのだ。片方にだけ有利な法律、ということらしい。

 そこで、「ナットウエストの3人」を引き渡すな!という大きなうねりがおきている。

 しかし、私は、変だなあとも思っている。

 つまり、「テロ容疑者」だったら、いいのか、ということ。それと、まったく何も悪いことを(違法なことを)していないのだったら、米国から海外移送のリクエストがくるわけがないのでは?また、米国は民主主義国家、法治国家のはず。英国の同盟国のはず。だったら、拷問を受ける、とかそういうことではないんだからなあ・・・と。そもそも、何でこんな不合理な法律を作ってしまったのだろう?そこが一番おかしい。「テロの戦争」にのっかてしまったということか?「テロの戦争」で米国を信じてはいけない、というのはグアンタナモ収容所の例をみるまでもないことなのになあ・・と。

 ・・・というのは私がテレビから得た情報によるものなので、明日以降、新聞記事をじっくり読もうと思っているのだが。
 
by polimediauk | 2006-07-13 08:09 | 英国事情

 ロンドンテロのことを考えていたら、イラク・バグダッドでは、爆弾を仕掛けた車が爆発して、一日で60人以上が命を落としたことを知った。

 衝撃を受けている中、イラクの現地報告の記事を、読売新聞で読んだ。在ロンドンの飯塚記者は前にも英軍と同行してイラクに取材に出かけている。この結果を、通常の記事以外に、「新聞研究」という雑誌に書いていて、英軍のいる場所から比較的近いところにいた自衛隊の取材をすることができず(日本政府から許可がおりない、という理由だったと思う)、苦しい思いをしたくだりを書いていた。

 今年6月にも取材に出かけており、そのときの様子を6月29日付の新聞で書いている。イラクがいかに危険か、取材さえままならない状況かがしみじみと分かる。

 もう1つ、ウエブを見ていたら、日本政府が英外務省に対して、日本人記者を英軍同行取材者として受け入れないように依頼した、という報道があった。

 危険だから、という理由なのだろうか?

 それにしても、メディアは政府とは独立しているのだから、日本政府がこのような形で口を出すとは、どういうことだろうか?英軍があるいは英外務省が、「危険だから日本人記者は連れて行けない」というのなら、まだ分かるのだが。日本政府が英外務省に頼む・・・という構図は、メディアを独立機関として扱っていないように見える。不自由な感じ、息苦しい感じがする。

 2つの記事をペーストしてみる。
 
外務省、日本人記者のイラク英軍同行拒否を英側に要請
イラク情勢
 【ロンドン=飯塚恵子】英外務省は6月28日、イラク南部ムサンナ県で7月に行われる英側からイラクへの治安権限移譲式典について、日本の報道機関の同行取材申し入れをすべて却下した。

 日本政府が27日、イラクへの英軍同行取材に日本の報道機関の記者を受け入れないよう英外務省に申し入れたのを受けたもので、英側は「極めて異例な措置だが、(日本政府の要請に)配慮せざるを得ない」としている。

(2006年6月30日23時43分 読売新聞)



2006. 06. 29
[イラク取材記](上)軍ヘリも欠航 テロの街(連載)

 ◆記者2人、警護に英兵16人 「無謀だったか」一瞬弱気 
 イラク南部で6月8日までの9日間、英軍と行動を共にした。1年3か月ぶりの南部取材だった。セ氏50度に迫る酷暑に焼かれ、テロ警戒の緊張感に息をのみ、取材の制約で欲求不満が高じた毎日。ボロぞうきんのようになってロンドンに帰り、取材帳を読み返し、取材行の意味を考えてみた。(ロンドン 飯塚恵子)
 砂漠のただ中のバスラ空港に英軍C130輸送機で降りたのは5月31日未明。英軍基地は空港に隣接し、敷地面積約25平方キロ・メートル。記者(飯塚)とロンドン駐在の中村光一・本紙カメラマンの英軍宿営地暮らしが始まった。仏国営テレビ記者とカメラマン、オランダ紙記者の計3人も一緒だ。
 同日夕、マリキ・イラク首相が同国第2の都市、バスラ市に1か月間の非常事態を発令。「取材はできるのか」。テントの寝袋で、なかなか寝付けなかった。
 同市は基地の東約8キロ・メートル。前回取材時は防弾仕様の四駆車で市中を動き回れたが、今回は装甲車両でなければ無理という。爆弾があちこちに仕掛けられている。この5月、ヘリ撃墜や路上爆弾で英兵9人が犠牲に。基地と同市を結ぶ軍用ヘリ便も「危険情報」でしばしば欠航する。治安は著しく悪化している。
 6月1日午前5時過ぎ、陸上自衛隊の駐留する、ムサンナ県サマワに向けて英軍宿営地を出発。昨年のサマワ取材では記者3人に対し警護兵は4人だったが、今回は我々2人を警護する英兵は16人。加えて、イクバル・ハミデュディン報道官(英海軍大尉)(29)も同行した。装甲車3両と防弾仕様の四駆車1両でコンボイを組み、約250キロ・メートル北西へ。
 7時間後、サマワにある英軍とオーストラリア軍の合同宿営地に到着。ヒューゴ・ロイド英陸軍大尉は「ムサンナ県がイラク民主化と復興の象徴になる」と語り、「自衛隊関与の歴史的意義」を強調した。ただ、出会ったイラク人たちは「自衛隊が来て2年たったのに暮らしは良くならない」「最も必要なのは電力。自衛隊は街に来て、地元の要望をもっと聞いて欲しい」と不満を口にした。
 帰路、「輸送機からあぶれた。どうしても今日中にバスラに戻る必要がある」と言う英陸軍大佐が我々の軍用車に乗り込んだ。記者が衛星電話で通話していると、「見せてくれ」と取り上げ、電池のフタを外すなど調べ回して、「変だ」。
 理由を聞くと、「この車には電波妨害装置が搭載されている。路上爆弾の遠隔操作を不可能にするためだ。電話が通じてはいけない」と説明。報道官に後で尋ねると、「装置のことは秘密」と困った顔をした。
 数日後、仏テレビのマガリ・フォレスティエ記者がすごいけんまくで怒り出した。「早くバスラ市内で英軍の活動を撮りたい!」
 3日は市中心部の市場で車爆弾がさく裂し市民ら28人が死亡。4日未明にかけて市内のイスラム教スンニ派モスク内の集団と警察の銃撃戦が発生、モスクの9人が死んだ。「危険」を理由に市内入りできない日が続いていた。
 ヘリ便で市内に入ったのは5日。英部隊の警戒パトロールに同行すると、50メートルほど先で火炎瓶が破裂。数分間、地面に伏せた。「やっぱりイラク入りは無謀だったかも」と一瞬弱気になった。警察車両にカメラを向けると、「撮るな!」。「写真が出回ると、テロリストに狙われる」と警察官。
 イラク人通訳(25)は酷暑の中でも目出し帽を決して脱がない。英軍勤務が知れると、「僕も家族も消される。警察は頼りにならない」と言う。
 サマワの治安は不安定のまま。バスラは非常事態にある。陸自はサマワ撤収を進め、英国はムサンナ県に続き、残る南部3県も順次イラク側に治安権限を移譲し、年内には撤収したい意向だ。
 残される人々の不安を思う。

by polimediauk | 2006-07-01 23:03 | 日本関連

オランダ内閣総辞職


 アヤーン・ヒルシ・アリ(元)議員の国籍はく奪問題がきっかけとなって、オランダの内閣が、30日、総辞職となった。alfayoko2005さんが指摘してくださったように、オランダの政治史に、ヒルシ・アリ氏は名前を残すことになった。私自身、驚いてしまった。

 オランダの政治は、長いこと、退屈なことで知られていたようだが、ここ数年、変わってきたようだ。

 
(読売記事+若干変更―名前部分のみ)

オランダ内閣総辞職、移民議員の国籍はく奪めぐり

 オランダ・バルケネンデ政権の全閣僚が30日、ベアトリックス女王に辞表を提出、3党連立内閣は総辞職した。

 ソマリア出身の女性でイスラム社会における女性解放を訴えている元下院議員アヤーン・ヒルシ・アリさん(36)のオランダ国籍はく奪問題をめぐり政局が混乱、連立が崩壊した。

 リタ・フェルドンク移民相は5月、ヒルシ・アリさんが亡命申請時に姓や生年月日を偽った」として、国籍のはく奪を決定。ヒルシ・アリ氏は議員辞職した。

 だが、虚偽申告についてはヒルシ・アリ氏がすでに公にしていたことなどから、「決定は政略がらみだ」との批判が国会で高まり、政治問題に発展した。
(読売新聞) - 6月30日20時12分更新


 オランダは、3つの政党の連立政権だったが、この中で最も小さいD66という政党がフェルドンク移民相の辞任を要求。これがかなわなかったため、内閣から抜けることを表明。連立がくずれた。

 今後の過程はいくつかのオプションがあるようだが、D66抜きの2つの政党(CDAとVVD)で短期の政府を作り、今年秋に総選挙、というパターンが1つ。元々2007年5月に総選挙が予定されていたが、オランダ各紙によると、早まる見込みが高いようだ。

 これまでの経緯の若干の補足だが、フェルドンク移民相はヒルシ・アリ氏の国籍をはく奪しないことを発表していたが、このとき、ヒルシ・アリ氏の声明文も同時に発表され、この中で、ヒルシ・アリ氏はフェルドンク移民相は今回の一連の国籍問題に関して一切の責任はない、と表明していた。28日、オランダの議会はこの問題を討議する中で、ヒルシ・アリ氏の声明文が書かれたのは、ヒルシ・アリ氏がフェルドンク移民相から圧力を受けたからではないか、という点が焦点となった。

 政府側はこの疑惑を否定し続けたが、バルケネンデ首相が答弁の中で、ヒルシ・アリ氏の声明文が付帯されたのは、「移民相の今後のために」という趣旨の発言を「ついうっかり」してしまい、何らかの政府の圧力があったのでは、という疑念をさらに深める結果となったようだ。29日の未明まで続いた議論の後で、30日、総辞職となった。

 バルケネンデ氏が首相になったのは2002年。連立を組んでいたリスト・ピム・フォルトイン党の内紛により、いったん政権が崩壊し、総選挙の後、2003年から2期目だった。
by polimediauk | 2006-07-01 09:00 | 欧州表現の自由

ラマダン氏―2 雑感



 前回、タリク・ラマダン氏のことを書いたのだが、会見時から頭に残って離れない疑問があった。

 それは直感のようなものなのだが、一人のムスリムとして、西欧社会(イスラム文化がメインではない社会、キリスト教的価値観の社会、と想定した上で)に向かって発言をするときに、西欧社会の中の「ムスリム観」を前提として話していたようだった。この点に私が違和感を持ったのには理由がある。

 英メディアを見ていると、特に7・7ロンドンテロ以降その傾向が強いが、ムスリムたちに対するネガティブな報道が多い。「ネガティブ」というのは、報道のスタイルがそうだというよりも、もっと根っこの部分のことだ。つまり、議論の最初の出発点が、「ムスリム(あるいはイスラム教)=問題」、だから、「何とかしなければならない存在」、となっているように見える。

 私はこの点に疑問を感じるようになった。欧州とムスリムという問題を考えるとき、むしろ、西欧社会側に問題があるのではないか、と思うようになったからだ。

 それは、英国、オランダ、デンマークなどの欧州の国でムスリムたち、非ムスリムたちに、ムスリムを巡る問題に関して、あるいは表現の自由に関わる問題に関してここ1年ほど取材してきて感じたことだ。特に今年2月デンマークに行って、「え?」と改めて思ったのだが、デンマークにいる・欧州に住むムスリムたちは、西欧社会で暮らすことを特に不都合だとは思っていない。西欧で生まれた世代も多いし、かつ、移民としてやってきたムスリムたちも、元の国に帰ろうとは思っていない。差別はあるかもしれないし、特に9・11テロ以降、否定的な視線を感じることもあるだろう。警察の路上質問に捕まる可能性も高いかもしれない。

 それでも、西欧社会にいつづけることを望んでいる。

 すると、一体、問題は何なのか?と考えると、どうも、ホスト国側の西欧社会の知識人なり、メディアなりが、ムスリムたちを「何らかの対処をする必要がある存在」と見ているのではないか、と思っている。

 ラマダン氏の話しに戻ると、ムスリム側に問題がある、という前提で話しているようなニュアンスを感じた。それは西欧社会でそういう前提があるからそれに乗っ取って、話を進めているのか、彼自身が少しでもそう思っているのか?見極めが難しかった。

 長々と雑感めいたことを書いたが、7・7ロンドンテロの1周年がもうすぐ来る中で、結局のところ、自分たちにとっては身近でない宗教を信じ、スカーフや長いチューニック風ローブなど、着ているものも異なるムスリムたちに対する、知識層のとまどいが欧州社会にあるように思う。(おそらく、米主導の「テロの戦争」という看板が下りれば、ムスリム=問題、という見方はしずまっていくような気がするのだが。)


 (追記)
 私の解釈は別にしても、ラマダン氏のインタビュー記事が、英雑誌「プロスペクトProspect」に載っている。ウエブでも読め、今ならダウンロードも可だ。

 http://www.prospect-magazine.co.uk/article_details.php?id=7571
by polimediauk | 2006-07-01 08:29 | 欧州表現の自由