小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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 独シュピーゲル紙のオンライン版(英語)に、10月上旬、モスクワで射殺された女性ジャーナリスト、アンナ・ポリトコフスカヤさん(48)のこれまでと、ロシアのメディア状況に関する長い記事が載っている。http://www.spiegel.de/international/spiegel/0,1518,443543,00.html

 ポリトコフスカヤさんは自宅アパートのエレベーター内で射殺されているのが見つかった。読売新聞(8日付)によると、「ロシア南部チェチェン共和国で、武装勢力掃討を名目にロシア軍が一般市民を弾圧する事実を告発し、プーチン政権を厳しく批判」していた。

 
現場近くには「近くにはピストルと薬きょうが落ちていた。ポリトコフスカヤさんが評論員を務めるリベラル派の新聞「ノーバヤ・ガゼータ」編集長は、取材活動に関連し暗殺された、との見方を示した。
 ポリトコフスカヤさんは同紙記者として1990年代末からチェチェン共和国で取材を進め、ロシア軍兵士による住民への暴行や略奪などを暴露し、内外で高く評価された。2002年10月、チェチェン共和国のイスラム武装勢力がモスクワの劇場を占拠し、129人が死亡した事件では、政府と武装勢力の仲介役を務めた。取材をまとめたルポは各国で翻訳され、日本でも「チェチェン やめられない戦争」(NHK出版)として出版された。 (同読売新聞)

シュピーゲルは、ロシアではジャーナリストがいかに危険な職業であるかを詳細に書いている。ソ連崩壊後から現在までに、261人のジャーナリストが殺害され、犯人はほとんど見つからないことが多い。大きな政治問題になる可能性がある。

 以下、若干の紹介。

 ポリトコフスカヤさんは、ロシアのプーチン大統領が「国家的テロ」を行っているとし、「KGBのスパイ」と呼んでいた。ロシアの諜報機関が、チェチェンでの誘拐、拷問、殺害を牛耳っている、と。これほどの批判をすれば、現在のロシアでは何らかの罰が下る。ロシア政府は、「ポリトコフスカヤさんは国の評判を汚す」と言った。

 ポリトコフスカヤさんは右派でも左派でもなく、道徳的見地からロシアの政治家を監視した。同じジャーナリスト仲間には、狂信的で偏見がある、と見た人もいたという。

 親が外交官だったが、彼女自身は外交的ではなかった。プーチン大統領下のロシアでは、彼女の調査報道のジャーナリズムは正当な読者に欠けていた。

 ポリトコフスカヤさんが殺害されてから一週間ほどで、ロシアのイタルタス通信の経済部主任が殺されている。55歳のアナトリー・ボローニン氏(55)は通信社に23年勤務していた。ナイフで刺し殺されたのだった。

 野党議員のウラジミール・リジコフ氏は、国家がメディアをコントロールしている、と述べた。

 ソ連が崩壊し、エリツイン大統領だったころ、ロシアのメディアは活況を呈した。

 一方、プーチン大統領はロシアに政治的権威をもたらそうとした。ロシアのメディア起業家ウラジミール・グジンスキー氏が、プーチン氏の就任から5ヵ月後に逮捕された。グジンスキー氏の持ち株会社は国営ガスプロム社によって乗っ取られた。

 また、ロシア政府は国と密接な関係を持つ企業に出版社をどんどん買わせていった。9月には、政府に批判的な態度をとり、質の高い出版で知られたコメルサント社がその1つとなった。

 この出版社の新オーナーのアリシャー・ウスマノフ氏は、以前、共産党の青年部におり、ガスプロムの子会社を牛耳る人物だ。プーチン氏の広報を長年担当してきた、億万長者のアレクセイ・グロモフ氏は、編集方針には干渉しない、と述べていたが、出版社を支配下におくやいなや、プーチン氏の支持者を編集長にし、自分自身は「国家に絶対の忠誠を誓う」とした。

 小さな出版社や政府に批判的な小規模の新聞などは政府からの耐えざる脅しをうけ、結果として、調査報道は、ロシアのメディア業界では珍しいものになっていった。

 ロシアのジャーナリスト組合によれば、261人のジャーナリストがソ連崩壊後、殺害された。この中で犯人が見つかったのは21人のみ。

 (中略)

 誰がポリトコフスカヤさんを殺害したのかは不明だ。

 ソ連の元大統領ゴルバチョフ氏とプーチン氏は仲がよくなかった。ゴルバチョフ氏は、政府や当局から独立した「ジャーナリスティックな捜査」が行われるべきだ、と述べた。

 それでも、ポリトコフスカヤさんの記事は常に十分に裏づけがなされていたとは思えない、ロシアの民主化への道は堅実だ、と話してもいる。

 (以上、シュピーゲル英語版記事の一部。正しくは本文をご参考に。)


 関連記事には近年殺害されたロシアのジャーナリストの情報も入っている。

 英国にいると、ロシアのメディア状況に関する記事(プーチン大統領のメディア制限)をよく見かける。相当にひどい状況になっている、というのが殆どだ。

 しかし、一体、ロシアに住む人から見ると、どうなのか。

 それにしても、殺される、というのはひどい。

 欧州ではムスリムの問題に関連して表現の自由うんぬんで議論が沸騰しているが、ロシアのメディアに関するこういった記事を読むと、英国、デンマーク(風刺画)の「表現の自由」の問題がまるで別世界の出来事のように思える。
by polimediauk | 2006-10-23 07:56 | 欧州表現の自由
 火曜夜、大衆紙・タブロイド紙「デイリー・スター」で、ちょっとした事件があった。

 月曜日から製作中だった6面紙面を、英ジャーナリスト組合の緊急会議の後で、差し替えることに決定したのだ。この紙面は、「デイリー・ファトワ」というテーマで作られたもので、イスラム教を茶化すような内容だった。ファトワとは「イスラム法の解釈・適用をめぐって, 権威ある法学者が提出する意見」(ヤフー辞書)。

 ガーディアン、プレス・ガゼット、インディペンデント紙の報道から何が起きたかを拾ってみる。

 このページは、「もしイスラム教のシャリア法が施行されていたら、デイリースターはどうなるか」という仮定の下で作られた、冗談・ジョークが狙いだった。

 内容は、大衆紙ザ・サンでは、3ページ目に,毎回半裸の女性のピンナップ写真がつき、これを「ページ・スリーPage 3」とも略して言われるが、これをもじった形の「ページ・スリー、ブルカ女性スペシャル」と題して、全身と顔の全面をおおうニカブを来た女性の姿があったという。

 また、「旗を燃やして、車を当てよう」という、読者参加のコーナー、ブッシュ米大統領の顔写真には、「不信心者には死」というキャプションがついた。また、社説のコーナーは空白になっており、「検閲」のスタンプがついて、「神は偉大」という文句もあった。面の上部には、「ニュースなし、ゴシップなしは楽しくない」という文章がついた。

 破棄された問題の面の最終判と思われる紙面構成は、プレスガゼット紙の最新号に掲載されるようだ。(今見たところ、まだウエブ上にはなかった。)

 この紙面ができあがり、今まさに印刷工場に送られようとしたところ、英ジャーナリスト組合のメンバーたちが、デイリースターがあるビルの9階の食堂で緊急会議を開催。25分ほどで、この紙面は「意図的にイスラム教徒を侮辱する」ものだ、とする決議に合意した。

 この決議は、「私たち組合支部は、この紙面に侮辱されたと感じた狂信者たちが暴力的及び危険な報復行為に及ぶ紙面構成になっていることに懸念を感じている。編集スタッフを大きな危険にさらす可能性もある。経営陣がこの紙面をすぐに取り去ることを要求する」。

 この決議後、問題の紙面はデイリースターのコンピューターから削除されたという。

 インディペンデント紙にスタッフの一人が語ったところによると、「編集局のあるビルが攻撃される可能性があった。外でデイリースターを燃やす可能性もあると思った。新聞販売店で新聞を販売する多くの人がパキスタン系(のイスラム教徒)であり、紙面内容に侮辱を感じる可能性もあった。スタッフの身の安全と、スター紙の将来を考えた」という。

 組合の決議が出た時点で、既に編集長は社を出ていたが、夜のデスクなどとの相談で、もともとの紙面を掲載しない決定がなされたという。代わりに別の内容に差し替えた。スタッフの一部には、記事の差し替えは、表現の自由に反する、と抵抗した人もいるという。(インディペンデント紙)

 水曜日の時点で、ジャーナリスト組合のトップ、ジェレミー・ディア氏は、「ひどい、無責任なアイデアだった。メンバーが勇気を持って抵抗したことは幸運だった」、と述べている。(プレスガゼット紙)

 「組合の規定は、社会の中の差別と憎悪を増やすような余計な素材を使うことを非難している。デイリースター紙には、賢明にそして責任を持って行動することを望む」。(メディアガーディアン)

 在英ムスリム・ニューズ紙のアーマド・ベルシ氏は、インディペンデントに対し、「もしこの紙面が印刷されていたら、デンマーク風刺画のような反応があっただろうと思う。世界の英国大使館の前でデモも起きたかもしれない」。

 ジャーナリスト組合のバリー・フィッツパトリック氏によると、通常、組合が新聞の編集内容に関してこのような形で介入することはないが、今回は、常識を超えていた、という。「こんな紙面がジョークとして受け取られるだろう、と思うのは馬鹿げている」。

 ここまで読んで、デンマーク(の一部)、ドイツ、フランスとは温度差の異なる英国のメディア状況があるように感じた。つまり、大雑把な言い方だが、表現の自由を声高に叫ばないところだ。(もちろん、デイリースターの意図は、笑い・茶化す・販売数を増やしたい、であって、表現の自由のためではないことは、英国に住んでいる人ならば、ピンとくる、という点もあるのだが。)
by polimediauk | 2006-10-19 19:23 | 新聞業界

ベール問題がさらに発展

 イスラム教徒の女性たちの顔を隠すベールだが、これまでは「受け入れるべきかどうか」に関して、理論的な話ばかりだったが、ある中学校の英語の先生がベール着用を理由に勤務停止となり、新たな議論が始まっている。
http://news.bbc.co.uk/1/hi/england/bradford/6050392.stm

 アイシャン・アズミンさんという23歳(24歳という報道もある)の先生が、英ヨークシャーのデューズベリーという町のヘッドフィールド中学校で教えていたという。この先生の教師としての正式なタイトルが報道によって違うのだが、例えば「バイリンガル教育の補助教員」となっている時もある。基本的には、英語を教えていた、ということのようだ。

 BBCなどの第一報では、英語の授業中、先生が何を言っているのかを生徒たちが理解しにくいという理由で、職を追われた、とあった。

 ヘッドフィールド中学校は、英国教会の学校。といっても、英国全体では、様々な宗教及び無宗教の親の子供たちの多くが、キリスト教系の学校に通っているのが実態だ。

 学校側は、教室の外(廊下、教員室など)ではベールをかぶってもいい、と言っていたそうだ。

 ここからが双方の言い分がやや違ってくるのだが、アズミン先生は、「教室内でベールをとることを拒否したため、勤務停止となった」(学校を管轄する、カークリーズ市役所の話)。

 先生は裁判所にこれを不当解雇として訴えを起こしており、2週間後にはその結果が出る。

 この学校には7歳から11歳までの529人の生徒が通学している。生徒たちの多くは様々な人種で、英語が母語でない生徒もいるという。

 学校の教育水準をチェックしたオフステッドという団体が、2月、報告書を出しており、生徒たちの多くが英語をどうやって話すかを学ぶ状態にあり、大きな改善が必要、と書かれていた。「子供たちの話す能力が低い」ので、勉強がはかどらない、と。

 市役所では、アズミン先生の停職処分は、「宗教とは無関係」という。「子供たちに最高水準の教育を提供したい。英語を話せない子供たちは、どうやって発音するのかを学ぶために口の動きを見る必要が出てくる」、「英語を教えるときにベールを脱ぐように先生にお願いしたが、拒否された」。

 アズミン先生は、BBCなどのインタビューに何度か応じている。

 BBC24でインタビューされた様子によると、かなりプレッシャーを受けている感じがあった。ベールをかぶるのは自分がイスラム教徒であり、コーランがそうするべきだと言っているから、という。

 また、ベールをかぶっていることで、「生徒が不満を言ったことは一度もない。生徒たちとの関係は最高だ。ベールをとってもいいが、男性教師の前では脱げない。」

 「子供たちは、私の体の動きや、目の表情、言葉の言い方を見てくれる。もしこれが問題なら、目が見えない子供はどうなのか?見えなくても、すばらしい教育を受けることができる。ベールが教育に影響を与えるとは全く思えない」。

 他のインタビューでは、「もし相手の顔を見えないことが問題なら、電話やメールはどうなのか?顔が見えなくても、良いコミュニケーションはできる」。

この学校に勤務する際の面接では、ベールを脱いでいたこともあきらかにした。

 やはり、本当のところが、良く分からないが、ふと、「本当にベール問題だけで、この先生は勤務停止になったのだろうか?」とも思う。何らかの形で学校のルールに合わせない人、という部分もあったのかどうか?

 生徒から不満が出ていない、とアズミン先生は言っているが、これは本当かもしれない。(嘘を言っている、という意味ではないが。)ただ、生徒が直接先生にベールに関しての文句を言うのかどうか?が分からない。

 常識的に考えると、語学の先生で顔にベールをしたままで教える、というのが、どうもやや無理があるように聞こえる。また、先生自身が、教室でベールを脱いでいたのかどうかを、はっきりさせていない。市役所側は脱ぐことを拒否した、という。先生は子供たちの前でベールを脱いでも構わない、とも言っているが、それでも、「教室内では脱いでいた」とははっきりといっていないので、つまりは、「つけたままだった」ということなのだろう。

 もしベールをつけたままで教えたかったなら、「何故イスラム教の学校に勤務しなかったのか?」という質問も、BBCのキャスターがしていた。この点も、多くの視聴者が気になるところだ。先生は深くは語らなかったが、イスラム教の学校ということだと、勤務先が限られるし、メインはキリスト教学校なので、こちらのほうを選んだ、というのは(彼女がそういっているわけではないが)、自然なのだろうと推測する。

 それにしても、この若い先生の答えに、無理があるように、英報道だけを追っていると聞こえてしまう。目の見えない生徒の話、電話やメールの話を理由としてあげているが、へりくつっぽい。

 ベールをつけても、英語・語学を良く教えることは可能だろうし、実際に英国のほかの場所、あるいは他の国で、これが実際に行われているだろうと思う。しかし、英国民の一般的考えからすれば、ベールをつけたままで語学を教える、ことには奇異な印象がわく。

 通常、語学を学習する場合、顔を布で覆わず、口元の動きなどがはっきり分かる先生に教わるのがより自然だと思うだろう。しかし、この理論で全てを割り切ることはできないのが、英国の「多文化」政策なのかもしれない。ベールをかぶるのが「自分の文化、信念、信仰、ライフスタイルであり、教わる側も文句は言っていない」と、もしある人が言ったら、引っ込まざるを得ないのだ。

 果たして、2週間後、どんな結果が出るのか?
by polimediauk | 2006-10-15 18:55 | 英国事情
 (日刊ベリタに中東側から拾った話が出ているが。nikkanberita.com)

 ガーディアンやAPの報道で知ったのだが、デンマークではまた風刺画関連の事件が起きている。

 まず、6日、デンマークの国営テレビが、あるビデオを流したそうである。これは、芸術家団体 「デンマークを守る・Defending Denmark」というグループが作ったビデオだった。この団体は、右派政党デンマーク国民党の若者支部に入り込み、昨年夏のパーティーの様子を撮影した。

 この中では、若者支部のメンバーが、アルコールを飲み、ある女性がらくだの頭にイスラム教の預言者ムハンマドの頭がついた風刺画をカメラに向かって見せている場面がある。このらくだは、ビールの缶をしょっている。また別の風刺画では、ターバンをかぶり、ひげを生やした男性と「+」というマークと爆弾の絵があり、「=」のサインの右側には、核爆発のマッシュルームの雲があった。極右団体の実態を見せるために、撮影されたという。

 このビデオは、デンマークのDRTVとTV2で、6日放映された。

 しかし、中東諸国から反発が出て、デンマーク政府は、ガザ、ヨルダン川西岸、サウジアラビア、レバノン、エジプト、イラクなどへの旅行には注意するように、と発表。
 
 9日は、在デンマークの中東大使数人が、外務省で会談の時間を持ったという。

 ビデオをウエブに載せた数紙は、同日、ビデオを削除した。

 デンマーク首相は、「このビデオは、デンマーク国民を代弁していない」と、8日、述べたという。
by polimediauk | 2006-10-10 18:25 | 欧州表現の自由
c0016826_923234.jpg 昨日あたりから、英国では、ストロー英元外相が、ムスリムの女性たちで、顔を隠すようなベールをかぶっている人は、自分と会うときは脱いでほしいと思っている、と発言し、大きなニュースになっているようだ。

 最初、え?と思ったのだが、今日もBBCのニュースをウエブで読むと、ラジオのインタビューで、「できれば、全面的に脱いでほしいと思っている」と答えており、ずいぶん正直な人だなあと感心してしまった。
http://news.bbc.co.uk/1/hi/uk_politics/5411954.stm

 ムスリム女性たちのベール、スカーフ、といってもいろいろあるが、ストロー氏が言っているのは、全身を真っ黒な装束で包み、顔部分にも布のベールがあるので、話しているときにまったく相手側の顔、表情が見えない状態のことだ。話す相手の顔や表情が分からないと、コミュニケーションがうまくいかない、ということだ。そして、これは、相手に要求しているのではなく、リクエストしている、と言っている。また、議論のはじめになればいいと思う、と。彼個人の意見だそうだ。

 一部のムスリム団体はこれに反発し、野党保守党も反発の声を、BBCの記事の中ではあげている。つまり、「何を着るかは個人の自由」、「宗教上の理由があって着ている」など。

 ムスリム評議会というところの代表は、なぜストロー氏がそういうのか「理解できる」としている。

 ストロー氏によると、彼自身が、自分の選挙区(30%がムスリム)でベールをつけた女性たちと話していて、顔を隠したベールが他人に何らかの否定的な印象を与えていることに気づいていなかったことに、衝撃を受けたと言う。

 私がストロー氏のことを勇気があるな、正直だなと思うのは(他の面では正直ではないのかもしれないが)、ムスリムの女性たちに対して、ベールを脱いだほうがいいと思う、と公に言うのは、今の欧州あるいは英国では勇気がいるからだ。反イスラム・ムスリムと思われてしまうし、宗教や個人の自由、人権をおかす、とも受け取られてしまう。激しいバッシングにあう可能性もある。

 デンマークの例の風刺画をドイツやフランスの新聞は今年になって再掲載し、世界中で大きな反響となっていったが、掲載理由は主に「表現の自由を守る」ということで、ドイツ・フランスからちょっと離れた英国にいると、なんとなく、対決!という雰囲気が感じられ、うーん・・・と思っていた。英国では、どの大手新聞も掲載しなかった。

 英国の新聞は、結局、「腰抜け」だったのだ、という批判はメディア内にあった。当時ストロー氏は外務大臣だったのだが、首相官邸や政府当局と大手新聞との間で何らかのすりあわせがあった、という情報を、私自身、メディアに勤める人などから聞いた。

 (ちょっと議論が飛ぶようだが)、それで今回のストロー氏の「ベールはできれば全面的に脱いでほしい」発言。この議論が、まともに発展していくことを願っている。

 なぜかと言うと、この「脱いでほしい」発言は、英国の多くの人の気持ちを代弁しているように思うからだ。反ムスリムではなく、本当に、真っ黒のベールで顔を隠した女性たちは、英国の通りではちょっと「怖い」感じがする、という声を友人、知人などなどからよく聞いた。(ところが、私が中東カタールに行ったとき、この全身黒姿は、特に目立たず、異様にも見えなかった。場所によっては、まったく普通の光景なのである。)

 私は黒ベール(顔を隠す)がイコール女性蔑視云々と言う、西欧人の知人たちの意見に同意はしないが、それでも、「相手の表情が見えないので、なんとなく不気味だな」「ちょっと怖いな」という感情は実によく分かるし、そういう感情を、相手側に伝えてみることは、やってみていいと思うのだ。むしろ、今までこれを伝えてこなかったことのほうがおかしいようにも思う。

 英国で、「対決」(自分の価値観はこうだから、君たちはこれに絶対にならいなさい)ではなく、「自分はこう思うんだよ」と自分の気持ちを出すところから、徐々に始まる対話、議論が深まるといいな、と思っている。

 しかし、こういう素朴な感情は、なかなか伝わっていかないかもしれないな、ともちょっと思うが。

 その証拠と言うわけでもないが、すでBBCウエブサイトの分析記事では、政治的意味合いの文脈が出ている。

http://news.bbc.co.uk/1/hi/uk/5411642.stm

 英国の多文化主義、移民の融和がうまくいっているかどうか、の議論の中の一つ、という捕らえ方をこの記者はしている。

 (追記)英国に戻ってみると、やはり新聞のトップ面に大きく出ていた。今晩のBBCのニュース解説番組で、ベールをかぶった女性たちのインタビューを含め、短い議論があった。いろいろな論点が入っていて、キャスターも1つの結論にまとめることができないようだった。

 私自身、どうするべきなのか、分からない。飛行機に乗りながら、ストロー氏も政治家だし、何らかの政治的文脈があったと考えるのは不自然ではないのだが。それと、心配なのはどこで線を引くかで、ベールがダメのとき、例えばひげはいいのか?など、どこまでダメになるのだろう。際限なくなる可能性も全く無いとはいえない。

 それでも、番組「ニューズナイト」で、ベールの2人の女性が、「自分たちにとって一番ぴったりするから」「姿かたちでなく本当の自分を見て欲しいから」といっていたが、外から見た場合、やはり一種排他的な印象を与える。こういう考えが古いのかどうか、政治的に正しいのかどうか、は別だが。自分自身が古いのだろうか?私自身もどうするべきか、まだまだ分からない。
by polimediauk | 2006-10-06 19:34 | 英国事情
 デンマークでは、3日、国会の新たな会期が始まった。首相のスピーチの中で例の預言者ムハンマド風刺画に関連することをいうかも知れず、それを聞けるかもしれないと思い、国会議事堂の建物まで歩いていった。

 英国と違うのは、議事堂前をマシンガンを抱えた警察官が見張っていないことだ。議事堂裏口のようなところに人が集まっていたので、自分も並んでみた。何を待っているのかと聞くと、国会開催には女王が来るそうで、みんな一目見ようと待っていたのだった。外側に向かった階段には赤いじゅうたんが敷かれていた。数十人が、物静かに待っていた。

 しばらくして、女王一家が出てきて、プロのカメラマンに混じって、私も思わずデジカメで撮っていると、一段落してから、今度は小学生たちがやってきて、その赤いじゅうたんの上に寝転がって、ごろごろ転がっていく。こういうことをするのが、「慣習」だというのだ。

 なんとも愛らしい光景に見とれていると、文化大臣がデンマーク記者数名の質問にあっている。私も中に入って、「風刺画事件を今はどう思うのか?」と聞いてみた。

 大臣は、「表現の自由を守る、という原則や、メディア報道に対して政府としては中立を守る、という姿勢を維持できたことに満足している。これからも中立の立場を守りたい」、「すべてのイスラム教徒が悪いわけではない。過激なイスラム原理主義の人とではなく、大部分の民主的な、穏健派イスラム教徒たちとともにやっていきたい」。(デンマークでは、こうやって、「分ける」ことが大流行なのだ。)

 私は軽装で、フリースのジャケットにリュックサック姿。突然現れていろいろ聞いても、答えてくれる、と言うのは欧州では基本的に同じかもしれない。

 デンマークではいろいろなことが起きていたが、人の立場によって見方はずいぶん違う。しかし、イスラム教徒の国民に対する警戒感は、1年前の9月30日、デンマーク紙ユランズ・ポステンが例の風刺画を掲載する以前に比べて、強くなったような気がした。いくつかのそれを裏付ける世論調査も、あった人に見せてもらった。

・・・と言っても、例えば国内のイスラム教徒が「とても」生きにくくなっているか、というと、そうでもない。そう書くと、話的にはおもしろいのだろうが。実際、イスラム教徒に国民が最近殺された国(オランダ、英国)での、非イスラム国民のイスラム国民に向ける目と言うのは、やはり言論の自由問題があった国――デンマークーとはまた違う。

 最も希望が持てたのは、若いイスラム教徒の青年たちだった。彼らはほんの一部の人たちなのかもしれないが。デンマークで生まれ育った青年たちはすべてを超越している感じがした。多くが「自分はイスラムのバックグランドがあるだけだ」「自分は世俗分離のイスラム教徒だ」「デンマーク人だ」という。洋服、アクセサリー、仕事、考え方が、先住デンマーク人とまったく変わらない。「ムスリム」あるいは「親がイスラム教国から来た」ということで分けるのが意味をなさなくなる。

 結局、デンマークを筆頭に欧州で幸せでないのは、風刺画を掲載する必要を感じた側なのではないか、と思ったりする。問題は、自分たちの言論の自由が脅かされていると感じている側なのではないか、と。(説明不足で申し訳ないが。いつか論理だてて書きたいが。)

 それでも、ユランズポステンで例の風刺画に関わった人々は今でも警護つきだという。これもまた事実なのだ。

 今人気を集めているのが、デンマーク民主ムスリムネットワークと言うグループ。「民主的な、穏健派のグループ」と言うわけだ。自分たちは原理主義者とは違う、と。これを推進しているのがシリア出身の政治家ナーサ・カーダー氏。彼の知人でネットワークの広報を担当している男性にあった。

 彼は、自分自身、世俗派で、デンマーク人女性と結婚しており、子供もいる。「ムスリムとしてのバックグランドがあるだけ」だそうだ。それでも、風刺画には腹がたったという。「ムスリムは、世俗社会に生きるなら、侮辱を受け入れるべきだ」という、風刺画についた文章の方に腹がたったという。
 
 最近、ユランズポステン紙は、このネットワークのカーダー氏に、「表現の自由賞」を与えたという。

 デンマークのムスリムたちは、「民主的ムスリム」か、「原理主義のムスリム」かどっちかに区分けされることになった。原理主義ではなく、わざわざ民主的と宣言したくもない、多くのムスリムたちは、「あーあ」という感情がある、と聞いた。

 ただの、普通の、「ナントカのナニガシ」ということは、許されない、と言うことだ、もしムスリムなら。

 デンマーク首相の国会演説は、なんと、9・11テロの話から始まった。あれから世界が変わったのだと言う。そう、ブッシュ氏やブレア氏の論理とそっくりなのだ。そして、デンマークはイスラム原理主義者と戦っていかなければならない、というのだった。

 国内向け国会開会の演説で9・11が最初に来るとは、驚いてしまった。
 
by polimediauk | 2006-10-06 05:35 | 欧州表現の自由
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 英エコノミスト(9・30-10・06号)の表紙に、保守党党首デビッド・キャメロン氏が黒いコートを着て、ちょっと「何者?」という感じでこちらを見ている写真がついている。見出しが、「デビッド・キャメロンとは何者か?」。

 非常に人気が出ているキャメロン氏だが、どんな政策をやりたいのかが見えてこない。わざとそうしている、という説もあるが、彼自身がちょっと空っぽなのではないか、という疑念が一部の人々の間(私もそうだが)では、消えない。

 そこで、保守党の党大会が開かれるのにあわせて、エコノミストが彼を取り上げ、アドバイスをしている。(アドバイス、というのもおせっかいそうで、上から見た感じでいやなのだが、それがエコノミストなのだ、といわれるとそうなのだろう。)

 まず総選挙が大体2009年ごろといわれている。ブレア首相は労働党党首の座を来年の夏までに降りることになっているが、それまでに労働党はおそらくブラウン党首になっており、どういう政策にするかなどをかなり固めている可能性が高い。それで、エコのミストの3つアドバイスとはー。

 まず、政府が何をし、何をしないのかに対する自分の考えを描くこと。保守党の伝統では、小さな政府を目指すだろうが、財政が逼迫状態にあるので、減税を誓うことはできない。それでも、将来的には政府の介入はなるべく少なくし、税金は減らす方向にあるようにすることを目指すことを明確にすること。

 国家の介入を減らすには、公共サービスを民間やボランタリー業界に渡していくことで、現在ブレア氏はこれをどんどん進めたいと思っているようだが、ブラウン氏はこれにあまり乗り気ではない。なので、キャメロン氏はこの方針を進めること。民間化が進むことで、国民の選択の幅が広がり、権利も強くなる、と説得する。

 2つめは、白人の男性ばかりというイメージの保守党を変えること。どんな人が議員候補になるのかに関して、自分が支配権を握ること。

 3つめには、外交政策に関して野党党首ではなく、政権党の党首のように振舞うこと。例えば、欧州連合に関しても、保守党の右派は距離を置くことを支持するけれども、欧州連合の大きなグループに属すことで、欧州での影響力を高めること。さらに、反米であると見られているので、これを変えること。9月11日、大規模テロの記念日の前後、キャメロン氏は、アメリカの言いなりになってはいけない、と発言していた。この発言はタイミングが悪すぎた。

 キャメロン氏とブラウン氏が、それぞれ党首として総選挙で戦うとき、これはおもしろいものになる、とエコノミストは言う。両者はまったく違うタイプの政治家だからだ。ブラウン氏は実態がある政治家と言えるが、スタイルはなく、世論調査などで数字を伸ばしにくい。逆に、キャメロン氏は中身よりもスタイル。

 もしキャメロン氏が、スコットランド人、つまりはブラウン氏、のような知的なまじめさを少し増やせば、次の総選挙でよい対抗馬となる、とエコノミストは見ている。

 キャメロン氏のことを、なぜ中身がないと私が、そして多くの人が思うのかというと、別に全員が政策に関して詳しく知っているわけでも、キャメロン氏の一挙一動を見ているわけでもない。判断の基準は、主に発言、スピーチの中身である。何度聞いても、実体部分が見つからないのだ。なんとも不思議な人である、ここまで急に人気が高まってしまったというのは。

 保守党支持の新聞デイリーテレグラフの調査-9月30日―も、多くの人がキャメロン氏には実体がない、と思っているそうである。http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml?xml=/news/2006/09/30/ntory30.xml
by polimediauk | 2006-10-01 05:03 | 政治とメディア