小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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フセイン処刑の反応


 フセイン処刑の反応で、アラブ諸国、欧州、米国とそれぞれ反応が随分異なる。もちろん、イラク国民にとってどうなのか、イラク国民はどうしたいのか、が一番肝要なのだろうが。

 ヤフージャパンのニュースを見るだけで各地域の反応が読めるが、欧州とアラブの例を記録として貼り付けておきたい。

フセイン死刑執行>欧州の反応は複雑…原則は死刑反対だが
12月30日20時1分配信 毎日新聞
【ロンドン小松浩】フセイン元大統領の死刑執行に対する欧州側の反応は複雑だ。欧州連合(EU)は死刑制度の廃止を加盟条件にしており、EUはいかなる死刑にも反対の立場を崩せない。その一方で、国家再建途上にあるイラクの主権を尊重すべきだとの声も強い。欧州は「死刑反対」の原則論を掲げて米国とは一線を画しつつ、イラク当局への厳しい批判はできるだけ避けることでバランスを取っている。
 06年後半のEU議長国フィンランドは元大統領に死刑判決が下された11月、声明で「EUはあらゆる裁判、いかなる条件下の死刑にも反対している。フセイン元大統領であっても死刑は執行すべきではない」と強調していた。これはEUの共通認識を代弁したものであり、欧州は死刑執行にも同様の立場を示す。
 ただ、今回の死刑確定後の欧州主要国の反応には、イラク戦争への対応の違いがからみ微妙な温度差も生じている。
 米国と最も親密な関係にある英国は、外務省報道官が「死刑反対の我々の立場は不変だが、これは完全にイラク人が決める問題だ」と、異議や疑念ははさまなかった。しかし親米ベルルスコーニ政権を破って政権の座についたイタリアのプロディ首相は「イタリア政府も私個人も、どんな場合でも死刑には強く反対する」と繰り返し表明。英国とは異なり、執行反対を明言した。
 英国に本拠を置くアムネスティ・インターナショナルなど国際人権団体は、政治的思惑で進められた欠陥裁判として元大統領への死刑に反対しており、執行されたことに大きな失望を示している。人権や人道主義を基盤の価値とする欧州では、多くの政府や政治指導者がそうした見解を共有する。


死刑執行「最高の贈り物」「性急」…中東の反応複雑
12月30日21時33分配信 読売新聞
【カイロ=岡本道郎】イラク元大統領フセインの死刑執行が、巡礼明けの犠牲祭入りと重なった中東アラブ世界は、中東を幾多の混乱に陥れた独裁者の最期を複雑な表情で受け止めた。
 1990年、フセインのイラク軍の侵攻を受け、半年間にわたり占領されたクウェートは、公式には、サバハ社会問題労働相が「死刑執行はイラクの国内問題」と淡々とした声明を発表したが、アジミ元情報相はロイター通信に対し、「人道に対する犠牲祭最高の贈り物だ」と歓迎。一方、イラク戦争回避に尽力したアラブ首長国連邦(UAE)の政府高官はAFP通信に対し、「イラクの兄弟が苦しみのページを過去のものとして、暴力をやめ、国民融和に向かうことを望む」と語った。



 現在、BBCの英国ニュースのウエブサイトはこの件をトップニュースとして大々的に出している。私はこのページをネットを開くときの最初のページとしていており、開くたびに、いつもドキッとしてしまう。怖く、複雑な思いがするトップ面だ。メディアがこういうところ(人が死ぬ一歩手前)まで画像として出し、それを世界中の人が茶の間、勉強部屋、寝室で見れてしまうのだ。(もちろん今回に限ったことではないが。)英国とイラクの関わり、フセインと米英政府の過去の関わりなどに思いをはせても、複雑だ。

 http://news.bbc.co.uk/
by polimediauk | 2006-12-30 21:56 | イラク

c0016826_845255.jpg イラクのフセイン元大統領の処刑がもうすぐだそうだ。数時間後、あるいは1時間後、という説も出ている。

 英テレビを見ていると、米大統領官邸など、米政権の様子をレポートする特派員の姿が出てくる。米政権側としては、米国がフセインを処刑した、と思わせないようにすること、あくまでイラク人のシステムの中で行われたと思わせること(「思わせる」と書いたが、そうでないので故意にそう思わせる、という意味ではないが)、喜んでいる気分を出さないこと、などに気をつけているそうだ。

 そして、今か今か、と、「処刑が済みました」という一報を待っているところだそうである。

 こうした報道のどこまでが本当かは分からないが(刻一刻と待っているというあたり)、もしおおよその気分を反映しているとしたら、日本人の私は、60数年以上前、日本に落とされた原子爆弾のことと重なって見えてしまった。

 英国では、広島などに原爆が落ちた日のことを、刻一刻と連合国側から見た様子をドラマ化、ドキュメント化したものが結構放映される。日本人としてみると、恐ろしいが、相手方が何を考えていたのかが分かり、これが現実だったんだなとも思った。

 今回の処刑も、「今か今かと待っている感じ」の米政権・・・。

 殺さなければ・処刑しなければ一件が済まない、という状況のイラク。

 処刑の様子は目撃者はいるが(政権指導者、宗教関係者など)、フィルムに撮影されるものの、「公開」ではないそうだ。
by polimediauk | 2006-12-30 08:41 | イラク

 もう一つの新チャンネル「フランス24」はシラク仏大統領の発案と言われている。アングロサクソン的「帝国主義」に対抗して、フランスの視点から世界情勢を報じる。2003年のイラク戦争開戦に至る過程で、フランスは戦争に反対の立場を取っていたが、こうした声が影響力を持って報道されていたら、状況が変わっていたのではないかとされる。

 フランス24は国営フランス・テレビと民放TF1が共同運営し、記者170年体制。放送は現在仏語と英語で行われ、来年半ば頃からアラビア語、3年後からはスペイン語放送も開始する予定。

 英インディペンデント紙(12月3日付け)にフランス24社長が語ったところによると、新チャンネルは政府の資金で設立されたが、「編集権は独立している。『シラクのテレビ』ではない」としている。また、テレビ局が採用する「フランスの価値観、視点」とは、「世界は多様であること、議論を愛すること、フランス式生き方を反映する番組作り」と述べている(同日付)。

 フランスの視点を伝えたい、という当初の目的にも関わらず、放送が全て仏語ではなく、2つのチャンネルの中で1つは全てが仏語、もう1つが75%英語で25%が仏語となっている。ニュースは英語、仏語それぞれのキャスターが同時に読み、視聴者はどちらかの言語のチャンネルを選ぶ。

 欧州、中東、アフリカ諸国、米ニューヨークとワシントンでは衛星放送かケーブルテレビで視聴可能。ネットではアルジャジーラ同様世界中で視聴可能だ。

 ネットにかなり力を入れており、アルジャジーラ英語のウエブと比較すると歴然とするが、フランス24のサイトは文化、生活様式にスポットを当てた画面を選択したり、ユーザーがサイトの作りを好みで変えることも可能だ。

 放送開始前には10数名の米国や欧州に住むブロガーをスタジオに招き、体験をそれぞれのブログに掲載する試みも行っている。

 放送初日、元CNNのキャスターが英語放送を担当したが、仏首相のインタビューで仏語から英語への通訳に不備が生じ、キャスターがスタッフに対してマイクを通して悪態をつくという一瞬の失態もあったが、ブロガーたちのチャンネル評はおおむね好評で、パリ市民向けネット媒体「パリス・リンク」の記者は、「これで出張中のホテルで見たくないCNNを見なくて済む」(12月6日付)と書いている。(実際のところ、海外出張をすると本当にこれは実感である。CNNが悪いというのでなく、どこにいってもCNNだと、いつまでも米国型消費主義から追いかけられているようで落ち着かない。)

 問題点として指摘されたのが、大手英米系ニュースチャンネルの他に、欧州をベースとする「ユーロニュース」(1993年開局)、「ロシア・ツデー」(2005年)、「DW-ワールド」(1992年)、そしてアルジャジーラの英語放送など、既に国際ニュース市場はライバルが存在するため、フランス24がどれだけシェアを伸ばし、広告主を集めることができるのかに対する懸念だ。

 ガーディアン(12月6日付け)は、経営困難となって「最後には仏国民がさらに税金を払う羽目に陥るのではないか」と仏政治家らが指摘している、と伝えている。

 また、アルジャジーラの英語放送にも共通する問題だが、英語圏の視聴者あるいは英語を理解する潜在視聴者をどこまでひきつけられるかという点も懸念だ。
   
 米ブルームバーグ(12月7日付、電子版)は、フランス24はBBCワールドと同様の視聴者数(約2500万人)を獲得することを狙っているが、「非常に競争の激しい市場に遅れてやってきた」ので、この目標を達成するのはむずかしいのではないか、という厳しい見通しを出している。

 両チャンネルとも、その設立目的は十分に意義があるにせよ、いかに視聴者数を伸ばすのか、広告主を多く集めるのかといった点で課題を抱えた格好となっているように思う。

 ・・・とやや悲観的な結論を出さざるを得ないのだが、「世界の市場の競争性が高い」という言い方だとぴんとこない人もいるかと思うが、つまり、本当にシンプルな疑問として、「限られた24時間の中で、どれだけアルジャジーラ英語やフランス24のために時間を割けるか?」ということだ。

 テレビを見るということは時間がとられることを意味する。はしょってみるわけにはいかない。また、地上波だったら「たまたま」ということもあろうけれども、ケーブルや衛星では、そのチャンネルに行き着くまでがちょっと大変である。そのチャンネルに行き着くまでに他のチャンネルの番組を見てしまうかもしれない。紙の新聞でさえも、全部読むのがまどろこしくてネットでニュースを見る人が増えているとしたら、自分の地域とは直接関係のない地域のニュースを、日常的に果たして人は見るものだろうか?

 ・・・という素朴な疑問に、私自身、答えが出ていない。

 しかしながら、こういう疑問と同時に、新しいチャンネルの出現に、わくわくした思いも抱いている。確かに、BBCやCNNだけではつまらない。

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 フランス24 (英語で見たい場合はEnglishを選ぶ)

 http://www.france24.com/

 アルジャジーラ英語

 http://english.aljazeera.net/NR/exeres/1EBB4C7F-7F2E-4257-A04C-56678862E31A.htm



 
by polimediauk | 2006-12-20 03:09 | 放送業界

 (新聞協会報」12月19日付・日本新聞協会発行に、アルジャジーラ英語とフランス24の原稿を書いたのですが、以下はその原稿を元に、雑感などを大幅加筆したものです。)

 カタールに本拠を置くアラビア語の衛星テレビ局アルジャジーラが11月15日、英語放送を開始した。国際ニュース報道といえばCNNやBBCなどのアングロサクソン系メディアが圧倒的影響力を持ってきたが、「中東の視点」からの情報発信を狙ったもの(このカギ括弧には意味を込めているつもりです)。一方、12月6日にはフランス初の24時間ニュース専門テレビ局「フランス24」が当初ネットで、翌日には衛星などを使って放送開始となった。フランスの視点を伝えることが目的で、英語とフランス語の両方の言語を使っている。

 2者の登場で、米英メディアが独占してきた国際ニュース報道に風穴ができつつある。

 アルジャジーラは10年前、カタールの国家元首・ハマド首長が、BBCのアラビア語サービスにいたジャーナリストたちに声をかけ、カタールの首都ドーハに設立した。サウジアラビア政府とBBCとの間の意見の相違が違いで支局が閉鎖されたと言われているが、ジャーナリストたちはBBCと同様の表現の自由が保障されていることを条件として、ハマド首長からの雇用と政府の資金援助を受け入れたという。中東で最初のアラビア語による24時間ニュースチャンネルで、アラブ地域で初の検閲のない自由なメディアとして人気を博してきた。 

 その報道内容への関心は非アラビア語圏でも高く、英語放送開始が待たれていた。

 英語放送初日の英各紙の評価だが、共通して指摘されたのが、アングロサクソン系メディアとは一線を画すのが放送開始の目的だったにも関わらず、米英のテレビ局、特に英衛星ニュース放送のスカイテレビなどに、ニュース速報の出し方、キャスター2人が男性と女性の2人が並んでカメラの前に立ってニュースを読む、などの面で酷似しているという点だった。

 キャスターらにイギリス英語のアクセントがあった点も指摘され、BBCやCNNのような、「24時間ニュースのフォーマットを踏襲している」(ガーディアン11月16日付)と書かれた。

 実際、これまで放送開始から数週間が経つが、いまだに、「イギリスの放送みたい」という声を良く聞く。見た人の感想を複数のグログを通して読むと、特に英国以外の視聴者がそう書いている。

 この「イギリスみたい」は、実は意味が深い。つまり、「植民地主義が色濃く出ている」ように見える、というのだ。

 例えばテレビをつけて、いかにもアラブ系のキャスターが画面に出ているとしよう。その人が英国や米国、あるいは他の英語圏にいて報道しているのだったら、外見は関係ない。英語を話すのが自然だ。しかし、そのキャスターは中東に本拠地を置くテレビ局のキャスターなのだ。それなのに、外国語=英語=かつて世界各国に植民地を持っていた英国の言葉(と理解される)でしゃべっている、と。そして、アラビア語が母語の人が、外国語として英語をしゃべる(つまり何らかの地域のアクセントなどが自然に出る)のでなく、ものすごく流暢に(英国人みたいに)英語を話している、と。テレビ画面を見て、顔+言葉を見て、即、なにやら植民地主義的な匂いを感じ取る人は多いのだった。

 この点に関して、11月にトルコ・イスタンブールで開かれたテレビ会議で、アルジャジーラのトップは、「英語が流暢な記者を雇う必要性があった」と事情を説明している。

 プロらしさ、洗練されたイメージを与えることに力を入れた結果、米英衛星ニュース局のクローンのようになってしまった、というわけだ。

 既にBBCやCNNを見てきた視聴者にとっては、馴染み深い顔がテレビに出る結果ともなった。「どこかで見たような」(同日テレグラフ紙)イメージを英語放送に与えた。

 報道内容のみならず、報道スタイルにも既存のニュース放送局とは違う斬新なイメージを期待していた英国のテレビ評論家たちはやや失望感を感じたようだ。

 冒頭で「中東の視点」と書いたが、これは日本の新聞の報道から取ったのだが、実は今回目を通して、あれ、と思った。

 私の記憶では、放送開始前、どんな放送局になるのかと様々な報道陣がこれまでに聞いてきたが、英語放送経営陣は「中立」、「360度の視点を出したい」(パーソンズ取締役)と繰り返してきたように思ったからだ。

 もしかしたら、単に広報宣伝の意味で(中東の放送局、というイメージを避けたい)そういっていたのかもしれない。

 実際には「アラブ地域偏向・重視」(同日ガーディアン紙)のニュース選択となっており、中東に本拠地を置く放送局としては自然ではあるのだが、「英語を使用言語としながら、米国、英国のニュースが極端に少ないのはおかしい」(ガーディアン)とする指摘があった。

 また、開発途上国の問題を焦点にあてたニュースも大きくカバーされており、他の国際ニュース放送ではなかなか中心にならない分野に光りを当てたという意味では評価できるのだが、アルジャジーラ英語放送のみを見ていると、「世界は悲惨で気持ちが沈むようなことばかり起きている」(タイムズ)印象を持つ。

 アルジャジーラばかり見ていると、一体何が世界では今主なニュースなのか(中東での主なニュースは分かるのだが)、分からなくなってくる思いを、私も感じた。

 アルジャージラらしさといえば、BBCが取材を許されていないジンバブエでの独自取材や、通常英米メディアでカバーされにくい中東諸国の首脳陣の一対一のインタビューなどが光った。例えばパレスチナのハマスの代表、エジプト首相のインタビューなど。後者のインタビューでは、国内の過激派に手を焼いている、また、女性は顔の全体を隠す(目だけ出す)ような装いを公的場所ではするべきではないなどの発言があって、自分にとっては発見があった。

 考えてみると、スカーフ問題で、中東のトップの政治家に質問をする、ということを英国のテレビ局が何故今までしなかったのかとも思う。英国でテレビを見ていて、エジプトなどの政治家のコメントが出ることは、まずないと言っていい。ブレア首相が訪問した場合や、紛争があってイスラエルやレバノンの首相の発言が紹介される時ぐらいだ。もっと普通のトピックに関しての様々なコメントを聞きたいものだ。相互理解にも非常に役立つ。

 問題になるのは、時間だ。つまり、どこまで人はアルジャジーラ英語を見るために時間を割くか、だ。英語のアルジャジーラとアラビア語のアルジャジーラと、どこがどう違うのか、という点もまだ明確になっていないようにも思う。

 言語の重要性ということも、最近よく考える。答えの出ない問いになるが。

 英語を使い出した瞬間から、アラビア語版とは異なるメッセージが伝わっているということはないだろうか。言葉にはそれぞれの考え方、表現方法、文化がある。英語=国際語、といっても、中立な言葉ではないような気がする。(これ以上は今のところ、明確にいえないのだが。さらに考えてみたい。)

 英語放送は欧州、中東、アジア諸国で衛星あるいはケーブルテレビを使って視聴できるが、米国ではワシントンの一部を除き、ケーブルテレビとの契約が不成立で視聴できない。ネットを通じては日本を含め、世界中で視聴可となる。

 約300人のジャーナリストを抱える英語放送は約2000万人から3000万人の視聴者獲得を目指しているという。(続く)
by polimediauk | 2006-12-19 17:08 | 放送業界

 (ブレア氏が中東にいるので、速報が続々届く。たくさん記者が随行しているのだ。BBCのウエブサイトを見ても、どんどん写真が変わる。従軍記者がどれだけ真実を報道できるのか、という話があったが、これほどブレア氏にくっついていると、批判しにくくなりはしないだろうか?あまりにも逐一、報道があるので。・・・お疲れ様です・・・・・。)

 未だ、サウジへの戦闘機売却に関する収賄疑惑捜査が取りやめになったことの衝撃が消えていない。

 今、ブレア首相は労働党にお金を貸してくれた人たちに貴族院の議員としての資格を与えた、つまり金で貴族院の資格を売った件のスキャンダルに巻き込まれている。こっちの方の扱いが今メディアでは大きいかもしれない。それよりも、5人ぐらいの娼婦たちが路上で殺された事件の報道が一番大きい。

 しかし、サウジの件は、どうしても衝撃である。

 それは、収賄があったかどうか、という問題をはるかに超えている。

 私がショックを受けているのは、最終的には、もし私が英国籍を持つ英国民であった場合、いざとなったとき、私は見殺しにされるだろうな、ということだ。サウジアラビアかあるいは外国の高官あるいは政権担当者を助けるために。これがしみじみと実感できるので、怖いのだ。

 しかし、最終的に英国民の命を助けない(英国の国益を守るという意味では英国民の命を守っていると現政権は言うかもしれないが)英政府は、意味がないのではないか。役目を果たしていないのではないか。本当に、本当に困ったときに、命を助けてくれない政府は、まずい。何のために法律があって、投票して政権を選んでいるのか、分からない。

 1年ぐらい前にここに書いたのだが、数名のイギリス人とカナダ人(英国籍も持つ人)がサウジアラビアで数年前にビジネスマンとして働いていて、当時起きたテロの容疑者としてつかまった。レイプも含む拷問を受けて、テレビで「自分はテロリストだった」と告白するよう強要され、全員が「自白」してしまう。全員が、「国際テロリスト」になった。

 後に、人質交換のようなことで、英国に戻された。でも、「国際テロリスト」という汚名は、消えないのだ。今でも。

 今年になって、最高裁まで行ったけれども、だめだった。外国の政府高官の役目は「免責」になるのだそうだ。(ぼやけた書き方で恐縮であるが。)

 王立国際問題研究所の法律問題チームのミーティングに出たときに、この件が話題になった。結局、結論として、複数の国にまたがるこのような問題が生じたとき、これを解決する法律が「ない」のだそうだ。どうすることもできない、と。

 この件は、国内では、もっぱら、「サウジとのビジネス関係を重視しているために、英政府は手が出せない」ということで、みんな妙にあきらめたり・納得したりしているのだった。

 英国籍であっても英国政府は守ってくれないのだ。

 ――これ以下、未確認の話になるが、雑談として聞いていただければ幸いであるーー

 ・・・という話を友人たちの間でしていたら、「ジェイソンの耳事件」というのが18世紀にあったと聞いた。細かいところは違っているかもしれないが、その昔、英国人ジェイソン氏がフランスにいて、何らかの犯罪か侮辱行為かに巻き込まれ、片方の耳を切り取られたそうである。ジェイソン氏が英国に戻り、事情を説明すると、英国はフランスに宣戦布告したそうである。

 ある意味ではドンキホーテ的・漫画チックな展開かもしれないが、ここまでの気概がほしいものだが・・・。やり方は宣戦布告でなくて別のやり方で。

 オブザーバー紙の社説を読むと、最後にこう書いてある。(17日付)

 「本当の長期的見方によると、法の支配を支持することは『広い意味の公的利益』と対立しない。法の支配は、政府に合法性を与えるものであり、これがないと、何が国の安全保障で何がそうでないかについて人に指図するとき、全く権威がないことになる」。


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 (アルジャジーラ英語、フランス24などのこれまでの分析を集めたものを明日以降、出していきます。)




 
by polimediauk | 2006-12-18 08:55 | 新聞業界

 私が時々記事を書いてきたオンラインの「ベリタ」が、隔月で紙の雑誌となって発売されることになった。発売日は20日だそうである。208ぺージで定価1200円(税別)。発行は柘植書房新社。もしどこかで出くわしたらページをめくってみていただけたらと思う。私は9月ー11月ごろあまり出していなかったので、前に書いたオランダの記事が載っていると聞いた。

  c0016826_704276.jpg
 英週刊誌「エコノミスト」の表紙だが、ますますジョーク系雑誌「プライベートアイ」と見分けがつかなくなってきたように思う。(表紙的には。)

 それにしても、ここ2,3日英国では大きなニュースが続いた。ダイアナ元英皇太子妃の死因調査の結果が出たりなどだが、その中でも日本ではあまり大きなニュースにならなかったようなのだが、サウジアラビアに対する、BAEシステムズという会社の武器(戦闘機)売却話。

 売却が悪いのでなく、BAEシステムズが、わいろを使って契約をとった、という話があって、これを重大不正捜査局というところが、2004年ごろから調べていたのだが、14日、突如、この捜査が中止になったのだ。理由は、もっぱら、「サウジアラビア政府が怒ったから」、「10日以内に捜査をとりやめないと、契約を打ち切って、フランスか他の国から戦闘機を買うぞ」といったらしい。「らしい」と書いたが、ほぼ事実らしい、限りなく。

 英法務長官が言うには、「このまま捜査を続けても、起訴になる可能性が低い」、「法の支配よりも国益を考えた」。!!!!驚きませんか?

 一国の法務長官が、「法よりも国益」。不正は不正ではないか?それを無視してもいいとは???

 ・・・という話をベリタに書いたが、アクセス数を見ると、この記事を読んでくれている人がやや少なく、淋しいなあと思っている。

 驚くのは、15日になって、ブレア首相が今度は、「起訴がないままで(といっても捜査が全部終わらないと起訴になるかどうかは、誰も分からないのに、であるが)、何ヶ月も何年もが過ぎると」、「サウジアラビアと英国との間に悪い感情が存在する」。「サウジアラビアは、中東関係、テロとの闘いなど、様々な面で英国にとって重要な国」だから、という。

 ここまで堂々と言われてしまうと、どうだろう?

 もともと、この疑惑を報道したのは最近ではガーディアン紙。15日付の新聞で、大きく載せたのはガーディアンだけ。インディペンデントもタイムズも扱いが小さかった。特に、タイムズは記事は非常に短いのに、写真がどでかく、しかも、掲載はビジネス面。

 これはビジネスだけじゃなく、正義・不正義・法律の中立性などに関わる、大問題だと思うのだが。ガーディアン紙以外の新聞に、サウジや英軍事産業の息がかかっているのか、どうか。15日付の各紙を見て、扱いの大小に驚いてしまった。(といっても、ガーディアンのスクープだったので、他紙は後追いはいやだ、ということで小さく載せた可能性もあるのだが。)

 OECDが海外企業との契約も含めた汚職禁止法のようなものを出していて、これに英国も批准しているはずなのだが。

 サウジとのビジネスで英国が(および各国が)賄賂を使って契約をとっている、という話はこれまでにもあったし、これを暴露した元英官僚もいるのだが、せっかく捜査を開始したなら、最後までやって欲しかった。

 法務長官のゴールドスミス氏自身、今回の結論に、「やや居心地の悪さを感じる」ともらすほどだ(BBCなど)。

 FTも結構書いているが、各紙、ガンガンと毎日1面でやり続けて欲しいトピックなのだが。やはり、自国を叩くのも限界があるのかもしれない。法を踏みにじられても、「国益」・・・。私自身、腑に落ちないし、非常に「居心地が悪い」。

 あるオランダの学者に、「英国は外交ばかりに力を入れすぎている。真っ向から問題解決にあたろうとしない」と言われたことを思い出す。これはテロに関してだったけれど。

 この件だけでなく、どれほどの知らない分野で法を犯した行為が行われているのだろう、国益の名の下で。

 

 

 
by polimediauk | 2006-12-17 07:20 | 新聞業界

 ・・・といっても、私が裏の情報を知っているわけではない。

 ただ、ウエブで日本のニュースを読んでいたら
久間防衛庁長官 「イラク開戦支持」見解で訂正
 久間章生防衛庁長官は8日午前の記者会見で、政府がイラク戦争に支持を表明していることについて「私は『早まったんじゃないかな』という思いがその時(開戦当時)もしていた。個人としては今でもそう思う」と述べ、当時の政府見解に疑問を示した。
 久間長官は会見で、米国が開戦に踏み切ったことに理解は示しつつも「終戦処理の仕方をもう少し詰めておくべきだった」と指摘。イラク国内で激化している宗派間対立を招かないための計画を事前に立てたうえで開戦に踏み切るべきだったとの認識を示した。
 久間長官は03年3月のイラク戦争開戦当時、自民党政調会長代理として「後世の歴史家は『あの時だけは米国は間違った判断をした』と指摘するんじゃないかと思う」などと発言していた。
 ただ、7日の参院外交防衛委員会で米軍のイラク戦争をめぐり「政府として支持すると公式に言っていない」と発言したことについて久間長官は「政府として閣議決定で談話を決めているので、公式な見解だったんだと思う。『公式でなかった』というのは私の間違いで、認識不足だった」と述べ、発言を訂正した。【山下修毅】
(毎日新聞) - 12月8日17時16分更新


 という記事に出くわした。

 随分正直な人だなあと思った。(前半部分。)

 戦後処理の仕方への批判にせよ、間違った判断の部分にせよ、英国でも政府閣僚が言うことはないが、それでも「ほぼ定説」になっている、と言っていいだろう。耳にタコができるぐらいの定説。常識。立場上言えないことはたくさんあるだろうが、本当に本当のこと(=事実、真実)が言えなくなったら、さぞつらいだろうと思う。

 これからどっちの方向に議論が展開するのだろう?
by polimediauk | 2006-12-09 08:41 | イラク

フランス 24の開始

 
 フランス語(+英語)の24時間ニュースのテレビ局、フランス24が、昨晩から放映を開始している。ウエブでも見れる。

 アルジャジーラ英語の放送をウエブから見ようとすると、何故かやや見にくい。(持っているPCのせいかもしれないが。)

 ところが、フランス24では、ウエブ向きに画像を変更しているだろう、普通のテレビ番組のような鮮明な、ぶれのない映像が見れる。

http://www.france24.com/live/index.html

 非常に見やすいのでご関心のある方は見ていただきたい。

 英語とフランス語とで選べるようになっている。

 昨日のBBCの報道によると、このフランス24は、イラク戦争開戦までの過程で、フランスの声が広く報道されないことに不満を感じたシラク大統領が音頭をとったものだそうだ。

 ちょっと見ただけだが、イランがNYタイムズなどメディアを検閲していること、フランスや他の欧州の話など、確かにアングロサクソン系のメディアであまり出ないトピック、見せ方だ。

 英国に住み、BBC,CNNを見ていると、圧倒的にかけているのが隣国の話、つまり、欧州のほかの国の話が、不思議なことに異様に少ない。英国自身が自分たちは欧州の一部ではないと思っているのか、かつての植民地の国、あるいは中東に関心が高いためか。

 コメントを頂いているが、ご指摘のように、24時間ニュース(英語)はBBC,CNN,アルジャジーラ英語、フランス24だけでなく、「ロシアテレビ」もある。

 英語を使っているので、アルジャジーラ英語もフランス24も、BBCやCNNに似ている感じというか、「兄弟」のようにも聞こえる・見えてしまうのだが、それでも、米英の見方は世界の一部の見方であるわけなので、他のテレビ局が出てきて、一先ず良かったなと思っている。

 
by polimediauk | 2006-12-07 19:11 | 放送業界

ーー反イスラムの本が人気

  この1年でデンマークで大きく変わった点といえば、反イスラム感情の高まりが挙げられる。

 デンマークでは現在外国人人口が8%ほどだが、反移民感情が表面化してきたのは1990年代以降。移民たちはデンマークの社会福祉制度や文化を脅かす存在、重荷と見られるようになってゆき、反移民のデンマーク国民党が人気を博すようになった。

 2001年には、9年続いてきた社会民主党率いる連立政権を破り、右派連立政権が成立している。厳しい移民規制策の実行を公約とした自由党が票を伸ばし、保守党と組んで新政権を樹立。

 今年9月、ある知識人の夫婦が書いた本『イスラミストとナイービスト』が発売され、あっという間にベストセラーとなった。「イスラミスト」とはイスラム教原理主義者・過激主義者を指し、「ナイービスト」とは作家の造語で、「原理主義者に甘いナイーブな人たち」を指すと言う。

 本はカレン・ヤスパーセン氏とラルフ・ピッテルコウ氏の共著で、ピッテルコウ氏は社会民主党の党員で元文学部の教授だった。社会民主党党首で首相だったポール・ニューロップ・ラスムセン氏(現首相のラスムセン氏とは別人)のアドバイザーだったが、現在は『ユランズ・ポステン』のコラムニストだ。

 妻のヤスパーセン氏は前政権で内務大臣を務めたことがある。以前は親移民の立場をとっていた政治家、アドバイザーが、いわば180度転換をしたことになる。

ーー「民主的」イスラム教徒たち

 この本の題名にも使われているが、現在のデンマークでは、もしイスラム教徒であれば、自分は「イスラミスト」なのか、あるいは「民主的イスラム教徒」なのかを明確にしなければならない、という雰囲気がある。民主的イスラム教徒でなければ、イスラミストと見なされるのだ。

 こうした雰囲気の背景となったのは、2月上旬、シリアからの難民で現在は社会自由党の国会議員ナッサー・カーダー氏が中心となって立ち上げた、「民主ムスリム・ネットワーク」というグループの発足だ。

 風刺画をきっかけにイスラム諸国でデンマークの国旗が焼かれたり、大使館が攻撃を受けたりしたが、自分たちはこうした過激行為に走るイスラム教徒とは一線を画する、「民主的な」イスラム教徒であることを伝えたい、と考えたイスラム系国民が中心となったネットワークだが、デンマーク国民もこれに一斉に支援を送った。

 ラスムセン首相もカーダー氏らを官邸に招き、政府がイスラム教徒のために何かしている、という印象を与えることに成功した。カーダー氏は、今秋、『ユランズ・ポステン』紙が創設した「自由の表現賞」を受賞した。

 一方、昨年末、風刺画を携えて中東諸国を訪ねたイスラム教徒たちも『ユランズ・ポステン』同様、「教訓を学んだ」と話す。

 北コペンハーゲンのモスクに所属するカシーム・アーマド氏は、今後、もしデンマークのメディアがイスラム教や預言者を冒涜するような報道をしても、「一切コメントを出さない」という。「こちらの思いを分かってもらえると思っていたが、甘かった」。今後は「民主的方法で闘っていく」。

 氏のグループは、風刺画に感情を傷付けられたとして、『ユランズ・ポステン』側に賠償金を求める裁判をデンマークで起こした。

 10月末、裁判所は風刺画が「イスラム教徒の一部の名誉を傷付けたことを否定できないが、イスラム教徒を矮小(わいしょう)化する目的で描かれたのではない」として、訴えを却下した。アーマド氏は、今後も「必要があれば裁判所などを通じてこちらの主張を出していきたい」と語る。

 『ユランズ・ポステン』のユステ編集長は、判決は風刺画を掲載する権利を再確認させた、と歓迎。しかし、「世界には過激な人々が存在しており、この問題を解決したくないと望んでいる。いつまでも溝を作り、これを維持するために風刺画論争を使うだろう」と見通しを述べた。

 ラスムセン首相は、今年10月3日、デンマークの国会開会スピーチの中で風刺画事件に言及し、国内には「私たちの社会の基本原則を認識しない人々がいる」として、デンマーク社会の基本原則は「自由、心の広さ、民主主義」と定義した。

 「デンマークには表現の自由がある、女性と男性は平等、政治と宗教の区別をつける」。

 ユステ氏の言う「過激な人々」も首相の「基本原則を認識しない人々」も、一部の移民、特にイスラム教徒を指すのは明らかだ。

 今回の事件は、世界中で「風刺画問題」と呼ばれたが、デンマークでは「ムハンマド危機」となる。イスラム教、預言者ムハンマド、あるいはイスラム教徒自体に問題があるようなニュアンスが出る。また、表現の自由の是非はイスラム系移民の社会融合と関連付けて語られる傾向があった。

 この傾向は多かれ少なかれ、イスラム系移民を抱える欧州諸国で共通しており、ローマ法王の件に限らず、今後も、デンマーク風刺画事件の再来が欧州各国で起きるのは避けられないように見える。
(終わり)

 (その1とその2は新聞通信調査会報12月号掲載の再録です。)
 http://www.chosakai.gr.jp/index2.html
by polimediauk | 2006-12-02 07:59 | 欧州表現の自由

 今年2月、デンマーク紙の風刺画掲載が世界中で大きな事件に発展したことをまだ覚えている方はいらっしゃるだろう。今年9月にはローマ法王のイスラム教に関する否定的と受け取られる発言があって、やや似た状況も起きてしまった。

 風刺画掲載そのものは昨年の9月で、そういう意味では、デンマーク国民からすると、丁度1年経ったことになる。

 果たしてデンマークは、そして表現の自由はどう変わったのだろう?そして、人々はどんなことを考えて生きているのだろう?もちろん、風刺画のことなど、考えないで生きている人のほうが多いには違いない。それでも、ムスリム国民、非ムスリム国民との間の関係には何か変化があるのか、ないのか?

 そんなことが気になって、9月末から10月上旬にかけて、コペンハーゲンを再度訪れてみた。2月の風刺画事件の渦中に行ったのが初めてなので、今回が2回目となった。

 その結果を、新聞通信調査会というところの「調査会報」12月1日発売号に書いた。
 
 以下はその再録(若干プラス)である。

 ブログで読むと文章がかたく、やはり、紙とウエブは違うなあと自分でも思うのだが、お許しいただきたい。

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高まる反ムスリムの機運
 風刺画事件から1年

 デンマークの保守系新聞『ユランズ・ポステン』が、イスラム教の預言者ムハンマドの風刺画12枚を掲載したのは昨年9月30日だった。

 掲載直後、国内ではそれほど大きな議論にはならなかったが、今年になって欧州の数紙が風刺画の一部を再掲載し、表現の自由をめぐる国際的な論争に発展した。

 掲載から1年後のデンマークでは、表現の自由論争はすっかり影をひそめたが、人口の5%を占めるイスラム教徒に対する反感が強まった点が目立つ。

 「民主的イスラム教徒」のネットワークを築き上げた政治家が人気を博し、「民主的」と自ら名乗らないイスラム教徒は、イスラム原理主義者=テロリストに近い、と見なされる。

 最初に、これまでの論調の流れを振り返る。

ーー国際的論争へと発展

 人口540万のデンマークで、最大の発行部数を誇る保守系新聞『ユランズ・ポステン』の文化部長フレミング・ローズ氏は、通信社の記者から、あるデンマークの児童作家がムハンマドの生涯に関する本を書いたところ、挿絵を描く画家を見つけられずに困っている、という話を聞いた。

 イスラム教では預言者を描く行為を冒涜(ぼうとく)とする。イスラム教徒からの報復を恐れて挿絵を描くことを断ったという件を知ったローズ氏は、同様の「自己規制」が、最近、幾度となくデンマークを始めとする欧州諸国で起きていることに気付いたという。

 ローズ氏は、表現の自由に挑戦する意図で、ムハンマドの風刺画を掲載することを企画した。

 集まった12の風刺画の中には、ターバンをかぶった、ムハンマドを思わせる人物がおり、そのターバンの先が爆弾とつながっているものもあった。

 国内に20万人いると言われるデンマークのイスラム教徒の中で、モスクなどに頻繁に通うのは一万から2万人と言われている。この中の一部が一連の風刺画に衝撃を受け、『ユランズ・ポステン』側からの「誠意ある回答」がなかったため、エジプトをはじめとする中東諸国を風刺画の見本(豚の顔をしたムハンマドの絵など、掲載されていない風刺画も入っていた)を携えて訪問した。

 前後して、在デンマークのイスラム諸国からの大使がラスムセン・デンマーク首相との会談を希望したが、首相側は「独立メディアの報道の自由には干渉しない」方針からこれを拒否。これを機にイスラム諸国の外交筋の中で風刺画掲載が問題視されるようになった。

 今年1月にはノルウエーの雑誌が、2月にはフランス、ドイツを皮切りに欧州の数紙が風刺画を「表現の自由を守る」ために再掲載したことで、あっという間に、表現の自由をめぐる国際問題に発展した。

 中東諸国の1部ではデンマーク大使が送還され、デンマーク大使館前ではイスラム教徒による抗議、デンマークの旗を焼く、という行為が起きた。結果、イスラム諸国では50人以上が死亡した(BBC他)。


ーー世論は掲載をおおむね支持

 風刺画掲載に関する国民の一般的な認識だが、表現の自由を支持する声が過半数を占めながらも、イスラム教徒を挑発するような風刺画掲載はよくないと考える人も少なからず存在している。

 今年9月30日付『ユランズ・ポステン』紙上に掲載された世論調査によると、九月上旬時点では53%が風刺画掲載を支持していた。理由は「表現の自由を表していたから」。一方、38%が「掲載は間違いだった」と見ている。9%が「分からない」。同様の調査を昨年11月上旬行ったところ、54%が掲載を支持し、25%が「間違っている」、21%が「分からない」、と答えていた。

 この調査を見る限りでは、掲載を支持しない人は今年になって増えている。デンマークのメディアを通じてさまざまな議論があった結果として、あるいは世界中に問題が広がっていった様子を目撃して、「掲載は間違っている」と思うようになったのだろうか。

 筆者が、今年2月以降デンマークを訪れ、さまざまな知識人にインタビューしたところ、表現の自由が重要である点に関しては全員が一致していた。それでも、「表現の自由を行使する権利はあるが、果たして今回のような形で、行使する必要性があったのだろうか」と疑問視する声も聞いた。

ーー1周年日の報道

 掲載から1年後の今年9月30日、デンマーク紙はそれぞれトップ記事扱いで事件を振り返った。

 まず問題の発端となった『ユランズ・ポステン』はカーステン・ユステ編集長のインタビューを掲載。ユステ氏は、「大きな出来事だったが、自分たちの信じることを最後まで貫くことができ」、移民のデンマーク人たちが何を考えているのかを「健全な議論を通じて理解できた。結果としてよかった」と述べた。
 
 世界中に論争が飛び火し、1部のイスラム諸国では抗議運動中に命を落とした人もいることに関しては、「他の国で起きたことに私たちは責任はないと思う。それぞれの国で固有の事情があったのだと思う」。

 『ユランズ・ポステン』の編集方針は事件の後も「変わっていない」が、もし同様の状況に遭遇した場合、事前に「よく熟考する」としている。また、「預言者を描くこと自体がタブーとは思わなかった。これほど強い侮辱感を相手に与えるとは思わなかった」と、イスラム教に関する知識や想像力の面で足りなかった部分があったことを率直に認めた。

 それでも、「国民の大多数も知らなかったのだと思う。私たちだけが無知だったのではない。教訓を学んだ」と続けている。

 今後、ムハンマドの風刺画を新たに掲載するかどうかに関しては「しない」と答えている。

 今年9月、ローマ法王ベネディクト16世がドイツの大学でのスピーチで14世紀のビザンチン帝国皇帝の言葉を引用し、ムハンマドがもたらしたものは邪悪と冷酷だったと発言した一件があった。この時、風刺画事件をほうふつとさせるような、非難と抗議運動がイスラム諸国で起きたが、ユステ編集長はこの件に触れ、現在では「表現の自由、言論の自由の度合いは減少した。法王の発言は大学での知識層相手のスピーチの一部だった。それでも攻撃された。これでは、イスラム教に関して学問的議論をすることができない」とし、欧州の「文明の根幹に対する攻撃」と感じたという。

 一方、ライバル紙『ポリティケン』の方は、ローズ文化部長のインタビュー記事を掲載した。氏は現在長期休暇中となっており、米国で講演などをしながら生活している。他の数人の諷刺画家同様、イスラム教過激主義者からの脅しを受け、護衛付きの生活だ。

 ローズ氏は昨年の風刺画掲載時の紙面で、「イスラム教徒は特別な扱い、特別な条件を社会に期待している」が、「西欧の民主主義と表現の自由の価値観の中では、嘲笑(ちょうしょう)され、侮辱されることを我慢しなければならない」と書いた。「私たちは自己規制の下り坂を駆け下りている」と表現の自由に危機が起きていると指摘した。

 現在でも諷刺画掲載は「十分に意味ある行為だった」と考えており、世界中で数人が命を落とした件は「残念に思うが、自分は関係しているとは思わない。決定を後悔していない」と繰り返した。

 ムハンマドの新たな風刺画を将来的に掲載するかと聞かれ、ローズ氏は、「仮定の話には答えられない」としている。

 ローズ氏、ユステ編集長ともに、『ユランズ・ポステン』側の掲載は正しい判断だったとする姿勢を、現在まで貫き通している。

 (続く)

(追記:この編集長インタビューだが、その他のコメントとして、「この事件のおかげで新聞の名前が世界中に知れ渡った。良い新聞だということが広まって、良かった」という部分があった。私は???と思っていた。むしろ、「困った新聞」(あたっているかどうかはともかく)というイメージが世界全体に広まったと思うのだが。不思議である。全くの認識のギャップだ。)
by polimediauk | 2006-12-01 09:00 | 欧州表現の自由