小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


by polimediauk
プロフィールを見る
画像一覧
通知を受け取る

<   2007年 02月 ( 13 )   > この月の画像一覧


 先月、英国で大きな話題になったもう1つのトピックは、チャンネル4という民間テレビ局の「ビッグ・ブラザーBIG BROTHER」(今回の正式名は「セレブレティー・ビッグブラザー」)という番組が引き起こした、人種差別発言だった。

http://www.channel4.com/bigbrother/index.jsp

 「ビッグ・ブラザー」と聞いて、ジョージ・オーエルの同名小説を思い出す人も多いと思うが、この番組はある部屋に数人が数週間を過ごすために閉じこもり、これをカメラが24時間追う様子をテレビで放映する、というもの。テレビを見ている視聴者の投票で誰が追い出されるかが決まり、残った人の中で勝利者が決まる。

 若い人を中心に人気がある番組で、チャンネル4の広告収入の10%が、この番組のスポンサーが提供している、と書いた記事を読んだ。テレビ局にとってドル箱の番組だ。

 しかし、こうした番組は悪趣味だと考える人、退屈だと考える人も多く、知識人の間ではもし自分が「低俗」と見られたくなかったら、「自分は見ていないけどね」と言うと、よし、とされるような雰囲気がある。

 実際のところ、しどけない様子でベッドに腰掛けて話していたり、延々と食事をしながら会話する様子などを見続けるのは厳しいが、いわばBGMのように、帰宅後につけっぱなしにしておく人も多いようだ。

 狭い空間に、それまで何の面識もなかった市民、あるいは有名人が一緒にされる、という設定だけで何らかの衝突が起きないほうがおかしい。番組制作者側はわざとドラマが起きるようにと人選をする場合もある。例えば、米俳優シルベスター・スタローンの母と、かつてのスタローンの妻(離婚した)とを一緒にさせた。二人がお互いを非常に嫌っているのを知っていて、あえて一緒にする。

 参加する有名人は「かつて有名だった人」が多いが、普段はビッグブラザーを見ないような知識人の中であえて参加する人もいる。政治家も参加したことがあり、参加理由は「若い人の支持を増やす」ため。最後まで「ビッグブラザー・ハウス」の中に残った場合、大きな金銭的報酬が得られ、この報酬をチャリティーなど意義ある目的に寄付するために参加する著名人もいる。

 1月29日に終了した、今回のシリーズには、映画監督ケン・ラッセル、ポップ歌手のレオ・セイヤーなども参加していた。知名度を高めたい、報酬狙い、有名な番組に出たい、どんなものか体験してみたい、など参加理由は様々だ。

 しかし、今回スポットを浴びたのは、人種偏見だった。

 参加者の一人、ジェイド・グッディーという女性が中心となって、インド人の女優シルパ・シェティーにののしりの言葉を連発。インド人であること、英語にアクセントがあることを種にしたいじめに聞こえた。他の2人の白人女性参加者もこのいじめに参加した。

 この様子は国際問題にもなった。インドにニュースが伝わると、怒りが広がり、丁度インドを訪問していたブラウン財務大臣がコメントせざるを得なくなった。連日のように新聞が書きたて、ジェイド・グッディーは「悪者」になった。番組を放映したテレビ局や通信規制団体OFCOMに不満(後者は4万件)が殺到した。番組のスポンサーの一つが降りてしまった。

 視聴者からの投票でジェイド・グッディーが「ビッグブラザーハウス」から出させる一人と決まった。通常、外に出た晩には多くの視聴者が集まり、出された参加者はインタビューを受けるのだが、ジェイドの場合は聴衆なしの設定となった。そこで自分が厳しい言葉をシェティーに投げつける様子をビデオで見せられたジェディーは泣き出すが、「自分は人種偏見主義者ではない」と繰り返した。後に他のメディアのインタビューで「自分は人種偏見主義者だ」と認めるのだが。

 最終的には、シェティーは、視聴者からの投票で「ビッグブラザー」の勝利者となって、ビッグブラザーハウスを出た。2月1日のスカイニュースのインタビューで、他の女性参加者たちが「人種差別主義者だったとは思わない。自分に自信がないから、教育が欠けているから」あのような発言をした、と分析した。「クラスがちがうから」と。

 大論争になったビッグブラザー事件だが、一連の報道を通して(1)いかに「人種偏見」が英国人にとってタブーなのか、(2)しかし日常的に人種偏見をベースにしたコメントや扱いが起きていること・アジア系英国人がこれを経験していること、(3)人種偏見を娯楽の形で見せることが果たしていいのかというか、という放送局側の責任などがクローズアップされた。

 この中で、人種偏見(=タブー)に関する英国人の考え方について、「英国ニュースダイジェスト」2月1日号に書いた。これを元に付け足してみた。

―問題発言の数々

 果たしてどんな問題発言があったのか?

 映像で見ると分かりやすい(怒鳴る雰囲気が分かる)が、参加者の一人ダニエル・ロイド「(シェティーは)白人になりたがっているのよ。最低ね」、「英語も満足に話せないくせに」。「チャーチルって、アメリカの最初の黒人大統領だよね」。

 ジェイド・グッディー「(シェティーの)みよ字,何だっけ?・・・シェルパ・パパダム?(注:パパダムとは薄く平たいインドのパン)」

 ジャッキー・グッディー「(インド人のシェティーの名前を全く使わず、常に)あのインド人」

 ジャック・ツイード「(シェティーに対して)女性器=いやな奴」

 番組に対する政治家などのコメントは、「人種偏見が娯楽番組として提供されている。実にいやなことだ」(ジョウエル文化・メディア・スポーツ大臣)を始めとして、
「インド国民は怒りを感じている。どんな形の人種偏見も不幸なことで、受け入れられない」(インドの対外問題担当相アナンド・シャーマン氏)、「既に英国の視聴者が1万件の不満を表明したと聞いた。私は英国が公正さと寛容の国として受け止められることを望んでおり、この原則に沿わないものを非難する」(ブラウン財相)など。

 一方、「視聴者は時として番組に不快感を感じるかもしれないが、このような問題が番組を通して表に出て、議論がなされるのはいいことだ」(チャンネル4の社長アンディー・ダンカン氏)、また「西洋に気に入られるためにここまでしなければならないとは、情けない」(インドの映画作家マヘシュ・バート)とする見方もあった。

―「人種」偏見なら、大事に

 一連の問題発言に関する論調を追っていくと、誰しもが「人種差別」「人種偏見」という評価を下されるのを避けている傾向があった。逆に言うと、「人種差別主義者」だとなると、急に大問題として認識される。

 例えば、人種差別的発言があったのではという問いに対し、チャンネル4のアンディー・ダンカン社長は、「調べてみたがこれは階級(=クラス)、教育程度の違いによる発言であって、断じて人種偏見ではない」と言う。別の参加者ジャック・ツイードはシェティーに対し、「パキ(パキスタン人め)」と言ったことも人種偏見的発言として注目されていたが、実は彼は「カント(女性器=いやな奴)」と言っていた、とチャンネル4は説明。「カント」でも十分に悪い言い方だが、インド人に対して「パキスタン人」というのは最高に失礼な「人種偏見」的コメントであり、そうでなかったらよい、と言う発想だった。

―差別主義者であることを認めない
 
 ロンドン・スクール・オブ・エコノミックスのリサーチ・フェロー、マーティン・ジャック氏は、「英国では誰も自分が人種差別主義者だということを認めたがらない」と指摘する(「ガーディアン」紙1月20日付)。「人種差別は英社会の中で受け入れられない概念になってしまった」。

 何故そうなったのかに関して、氏の分析によると、「英国の白人たちは何世紀も世界中で上の立場にあったので、人種や肌の色によって差別されることの意味が認識できない」という。「自分たち自身が人種偏見・差別の現場に直面すると、黙り込むか、事実ではないと思うふりをする傾向がある」。

 「人種偏見と闘う全国議会」のリー・ジャスパー氏は、「人種偏見とは、例えば黒人を『ニガー』と呼ぶことだけではなく、もっと一般的な形は、他人の頭髪、言葉、出身地に関して何か言うことだ。これが英国の人種偏見だ」と定義している(「オブザーバー」紙1月21日付)。

 アジア系英国人のアヌシュカ・アスサナさんは「ビッグブラザー」を見ていて、インド人女優シェルティーが経験したいじめあるいは人種偏見を、自分を含めたアジア系英国人たちが日常的に経験していることに改めて気づいたと言う(同紙)。

 英国で暮らしていると、「自分は人種差別主義者じゃない」という英国人が、ドイツ人やポーランド人に関するジョークを言う場面に出くわす。英国に限らず、偏見が皆無の人はいないだろうが、それでも、「人種偏見をしてはいけない、あってはならない」(=建前)と「実際にはあるし、自分もそうしている。しかし、認めたくない」(=現実)が、如実になった事件だった。

 英国の人種差別はRACE RELATIONS ACT(人種関係法令)で禁じられている。1960年代に定められ、現在までに何度か改正されている。人種、肌の色、国籍、民族的背景などによる差別を違法とする。関連法によって人種に対する憎悪を扇動すること、嫌がらせをすること、虐待、暴力行為を働くこと、人種に対する憎悪を扇動する資料を出版することも違法。

 人種関係法令は一部の信仰を持つ人だけを優遇しているという批判がある。現行の「人種」にはユダヤ人(=ユダヤ教徒)、シーク教徒が含まれるが、イスラム教徒は含まれないためだ。2005年、英政府は宗教による差別を違法とする法律を成立させようとしたが、宗教を風刺の対象にできなくなる、表現の自由が侵害される、と主張した知識人、市民団体などの反対で実現しなかった。
by polimediauk | 2007-02-01 23:44 | 放送業界

 2004年4月、スイスへのスキー旅行中に撮られたウイリアム英王子とのツーショットで、王子の恋人として広く知られるようになった、ケイト・ミドルトンさん。英国の新聞、テレビにミドルトンさんの映像がひんぱんに登場するようになった。特に昨年末から今年にかけて過熱化した。

 ところが、ミドルトンさんの25歳の誕生日(1月9日)をピークに、大衆紙を中心に報道自粛の動きが相次き、パパラッチの撮った写真の使用停止を各社が宣言した。ミドルトンさんの弁護士側の自粛リクエストが功を奏したともいえるが、ダイアナ元英皇太子妃の例を出すまでもなく、英国王室報道と言えば世界中で大きな需要のあるマーケット。何故一斉に報道自粛措置に出たのか?モラルを守るため?それとも??

 ・・・という部分を1月30日付「新聞協会報」に書いた。以下にその原稿を貼り付けたい。

 また、ケイト・ミドルトンさんが誰なのか?を知りたい方は、欧州で発行されている「ニュースダイジェスト」英国版1月25日付けのWEEKLY EYEに詳しい。以下のアドレスから過去のE BOOKをたどると読める。

http://www.news-digest.co.uk/news/component/option,com_wrapper/Itemid,25/

パパラッチ写真 英紙が使用自粛
脳裏に残る 元妃事故死
 -厳しい司法判断の流れも影響

 英大衆紙は、パパラッチが撮影したウィリアム王子の恋人、ケイト・ミドルトンさんの写真の掲載を自粛している。この判断の背景には、王子が母、ダイアナ元皇太子妃が亡くなった自動車事故にパパラッチが関係しており、販売促進にはミドルトンさんに対する読者の同情心を重視した方がよいとのメディア側の思惑や、近年のプライバシー侵害を巡る訴訟の動きもある。

 ミドルトンさんへの取材攻勢は昨年末から年頭にかけ、王子との婚約が噂されたことで過熱した。弁護士が報道苦情処理委員会(PCC)にプライバシー侵害で申し立てると言明し、訴訟の可能性も報じられた。

 取材攻勢が最も過熱した1月9日、王室の広報は「王子は何よりも、パパラッチがミドルトンさんに嫌がらせをしないことを望む」とする声明を発表した。これと前後し、ニューズ・インターナショナル社をはじめ大手メディアは相次いで、パパラッチの写真を使用しないと宣言した。

  この理由について、1月14日付のインディペンデント・オン・サンデー紙の中で、PCCのメーヤー委員長は「王子ほどパパラッチを非難できる人物はいない」と話す。王子は1997年、母のダイアナ元妃を自動車事故で亡くした。

 その原因をロンドン警視庁は、運転手の飲酒運転とした上で、追跡していたパパラッチにも責任があるとした。取材が過熱した1月上旬、元妃の事故死の原因を究明するため王室検視官が審問を始めたことも手伝い、英国民はミドルトンさんに元妃の姿を重ねた。

 一方、同紙の分析によると、ニューズ社がパパラッチ写真の掲載自粛を決断したのは、婚約が噂だけだったことや、国民のミドルトンさんへの同情心を重視したためだという。読者の感情つまり販売促進を第一に置いたとすれば、英新聞業界の競争の激しさの一端をうかがわせて興味深い。

 1月9日付BBC(電子版)は、「ミドルトンさん側がプライバシー侵害を訴えていれば、パパラッチの立ち入り禁止令が出ていただろう」と予測。ニューズ社をはじめメディア側の自粛は、近年のプライバシー侵害訴訟の動きも加味したと言う。欧州人権裁判所は2004年、モナコのキャロライン王妃がドイツのパパラッチを訴えたプライバシー侵害訴訟で、公人でも私生活を守る権利があると判断を示している。

  パパラッチ自身は「自分たちがやらなければ、他国のパパラッチがやるだけだ」「カメラ付き携帯電話を持っている人は誰でもパパラッチになれる」と本音をもらす。

 この報道自粛がいつまで続くかは不明だ。王子とミドルトンさんが婚約すれば、他社との競争や販売促進のため、公共性を理由にした過熱取材が繰り返される可能性も否定できない。

 1月13日付のデーリー・テレグラフ紙は、有名人の写真を売買する業界が入手方法を問わない点は、ダイアナ元妃の時代から全く変わっていないし、これからも変わらないと述べている。


by polimediauk | 2007-02-01 20:39 | 新聞業界

 前回のNHK問題の判決結果に対し、いろいろコメントを頂いた。それぞれに重いコメントで、考えさせられた。

 再度裁判所の判決部分を読んでみた。

 法律に詳しい人・専門家から見たら又違うのだろうが、毎日に出ていた判決部分を読んだ限りでは、この一連の事件で、とかげの尻尾きりのような構図が浮かぶ。つまり、トップは政治家たちだ。

 何故トップは政治家だ、政治家にまず責任があるのではないか?と考えるのかを説明するのは難しい。

 実際に手を下したのはNHKの人で、これに関する裁判・判決があったのはこれはこれとした場合でも、「番組作りは公平・中立であるようにとの発言」をした人・政治家の責任はどうなるのか?という不思議感は消えない。

 繰り返しになるが、《説明義務違反と不法行為》の判決の箇所で、「番組制作者や取材者は特段の事情がある時に限り、内容や変更を取材対象者に説明する義務を負う」となって、「特段の事情」と但し書きがあるにせよ、これも変だなあ・・・という思いがする。

 訴えた側に反対の立場あるいは支持の立場をとっているわけでなく、前代未聞の判決に驚いた、といったところだ。

 あまりにも多くのメディア上の問題が含まれている件なので(言論・報道・表現の自由、編集権、取材された側の権利+タブーとされているトピックをどう扱うか)、すぐに答えが出ない。

 いずれにせよ、鍵つきコメントを寄せてくださった方が「もう一度再放送」と書かれていたが、今後の訴訟の行方は別としても、視聴率を払っている人(+払っていない人)のためにも+議論を続けるためにも、(1)今一度再放送するか、(2)いつでも見て、考えたり議論できるようにウエブ上、あるいはDVDを入手できるようにするか、(3)上映会を頻繁に開く、などの機会があっても良いように思った。

 この番組が取り上げたトピック(慰安婦、戦後の責任、天皇など)は、もちろん日本人であれば(そして日本のことを知っている多くの人が)知っているように、タブーというか、論争を呼ぶ、センシティブな問題で、なかなか自由には議論・番組作りがしづらい。もっと自由に議論できるようにならないか、と思う。

 英国でこの裁判がどう報道されたのか?ざっと見たところで私が見つけたのはBBCだけだった。

 クリス・ホッジ記者のレポート(1月29日付、電子版)、第3段落目に、「現在の首相を含めた政府高官の介入で、NHKが変更を加えた」とある。5段落目に、日本では「昭和天皇に関するどんな批判も論争を呼ぶ」。さらに、「放送前に安部現首相がNHKに対し、内容の変更を求めた。それは、番組内容が偏向していたと安部氏が思ったからだ」。「安部氏は番組に関して不満を述べたのは認めているが、NHKに圧力をかけていないと主張してきた」。

 レポートは淡々と書かれてあるが、首相の関与が疑われていた事件、という捉え方だ。

http://news.bbc.co.uk/1/hi/world/asia-pacific/6310291.stm

(追記)

 日刊ベリタに無料記事でこの件の分析が出ている。ご関心のある方は。

http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=200702011913264

 これを読むと、日本ではNHKに対する反感が相当強いことが分かる。政治家にも責任がある、と上に書いたが、その上は?と考えると、国民(一部かもしれない)が見えるように思う。政治家は一定の支持者の支援を減らしたくないから、「中立に」という話をNHK制作者側にするのだろう。メディアの問題からは離れるが、オリジナルの番組をそのままでは受け入れられない存在がまだまだ強い、ということのなのか、と。この点の方が気になる。
by polimediauk | 2007-02-01 08:43 | 日本関連