小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


by polimediauk
プロフィールを見る
画像一覧

<   2007年 05月 ( 14 )   > この月の画像一覧


 (日本語では「世界報道自由デー」と呼ぶようだ。)

 3日の午後、ロンドンの外国プレス協会でロシアの報道状況に関して、2人の専門家が話をした。

 2人は午前中の「世界報道自由デー」の討論にも出ていたが、ロシアのシンク・タンク、デモス・センターのタチアナ・ロクシナさんと、ジャーナリストで「極限状態のジャーナリスト・センター」の所長オレグ・パニフィロフ氏。

 両者共にプーチン下のメディアがいかに自由がないか、いかにジャーナリストたちがひどい状況に置かれているかを詳細に報告。英国にいると、こういうネガティブな話しか聞こえてこないのだが、一体、こういう意見は少数派なのか、主流なのか?

 英国王立国際問題研究所のロシア班の人の話によると、「プーチンはコントロール・フリークのようなところがある」そうである。(余談だが、英メディアでは、インディペンデントが親ロシア、タイムズとテレグラフが反ロシア的記事が多いという。)「ロシア政府は、西欧がロシアをどう見るか?を大変気にする傾向がある」。昨年ぐらいから始まったばかりの英語のテレビ局で「ロシア・ツデー」というのがあるが、「ロシアには独立メディアがある、ということを示すためにできた」とこの人は見ていた。

 通訳を通して話したオレグ・パニフィロフ氏の話は:

「ロシアでは共産主義がかつては長く続いており、『報道の自由』、『表現の自由』という概念が長らくなかった。元共産圏だったポーランドもそうだった、と人は言うが、ポーランドが共産主義国家だったのはたかだか50年ほどに過ぎないのだ」

 「ジャーナリストへの規制が出来てきたのは1990年代。結構最近だ。言論の自由がない時代が長かった。学生にジャーナリズムを教える先生たちも、自分たちは古いスタイルのジャーナリズム、つまりは言論の自由がなかった時代の考えに基づいて教えている。学校ではジャーナリズムのテクニックを教わる、ジャーナリズムについて教わる、というよりも、文学を題材として学ぶ」  

 「政府はプロパガンダを教えたがっている」

 「ロシアにはジャーナリストを守る法律がある。例えば憲法21条だ。これは、検閲を禁じ、言論の自由を唱えている。しかし、これが現実に実行されていないのだ」

 「最も自由があったのはエリツイン大統領の時代だったと思う。プーチン大統領になってすべてが破壊された。ロシアには5つのテレビのチャンネルがあるが、これは全て政府が支配している。第一次チェチェン紛争(1994―1996年。ロシア連邦からの独立を目指すチェチェン独立派武装勢力と、それを阻止しようとするロシアとの間で発生した紛争)の時、ジャーナリストが何が起きているかを世界に報道した。第2次戦争の時(1999-)、政府は報道を止めようとした」

 「今、本当の情報を欲しい人はNGOから得る。しかし、97%の国民は情報をテレビにたよっている」

 「ジャーナリストは危険にさらされている。殺された人、攻撃された人。毎年20人のジャーナリストが殺されているが、直接仕事に関わりがある理由で亡くなったとはされない。また、毎年50人ほどのジャーナリストが刑事犯罪に問われる。過激主義、テロ関連、中傷などの罪だ」

タチアナ・ロクシナさん

 「今、ロシアでテレビのニュースを見ると、どのニュースもほとんど同じで、非常に衝撃を受ける。全体主義的国家になっている。国会もプーチンの政党が独占している。野党勢力が破壊されている。声を出せるのはNGOだけだ。NGOの活動も制約を受けるが」

 「チェチェンの状況に関してだが、政府の見解は、チェチェンの事態は正常で、最も安全な場所、としている。実際は、犯罪が多発する、無政府状態の場所だ。ロシアの法律外にある。1994年前に何が起きたかを話すことはタブーだ」

 ちなみに、朝日新聞記事(今年3月8日)によると、91年のソ連崩壊から現在までに、ロシアでは200人以上の記者が殺害されたり、不審死しているという。チェチェン紛争における当局の弾圧を批判してきたアンナ・ポリトコフスカヤ記者が、昨年10月に射殺されたが、殺されたジャーナリストたちの事件の多くが未解明のままだそうだ。今年3月2日、「ロシアの有力紙で政財界に読者が多いコメルサント紙」のイワン・サフロノフ記者が自宅階段の踊り場の窓から転落死した。検察当局は自殺と見て捜査中(もう結果が出ているかもしれない)だった。何者かに殺害の可能性も否定できないようだ。

 ・・・英語圏ではこのようにロシアのメディア状況が大変なことになっているという報道が多い。一体、実際ロシアに住んでいる人はどう思っているのだろうか?(もし「それほどひどくない」と思われる方がいたら、コメントなどお寄せください。)また、ロシアのメディア状況でもう1つ疑問なのは、いわゆる西欧型(?)言論の自由という考えだけでは、理解できないのではないか、という点だ。ではどうやって、何をものさしとしてみるのかというと、私も分からないのだが。ロシアはロシアであって、英国でも米国でもフランスでもないような。とにかく、「プーチン=怖い=言論の自由なし」という論調ばかりが目に付く。

 タチアナ・ロクシナさんの午前中のスピーチはガーディアンで読めるようになっている。ベリタに無料記事で掲載中。気づかなかったが、彼女も「9・11テロ以降の言論の不自由さ」をスピーチの中で指摘していた。国家がテロ攻撃を口実にしてメディア統制・攻撃をするようになっている、と。

ベリタ無料記事 

http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=200705070229351
by polimediauk | 2007-05-06 23:59 | 欧州表現の自由

c0016826_2359043.jpg

(写真はロシアのデモス・センターのタチアナ・ロクシナさん、写真提供UNESCO)

 UNESCO「世界報道の自由の日」の集まりが、3日、ロンドンでいくつかあった。午前中開催されたのは、UESCO英国支部の主催の「世界の報道の自由は後退しているか?」というテーマのイベントだった。参加者はメディア関係者や一般市民、学生など。ロシアからのゲスト、英政治ブロガー、他メディアコメンテーターが、「後退している」、「後退していない」の2つの側に分かれてディベートを行なった。

 2006年は殺害されたジャーナリストの数がこれまでにないほど増加しており、「最も血なまぐさい年」とも言われているそうだ。

 パネリストの一人がロシアの人権関係のジャーナリストでデモス・センターhttp://www.demos-center.ru/projects/649C35 というシンクタンクの代表でもあるタチアナ・ロクシナさん。チェチェン問題を書いてきたジャーナリストで、昨年殺害されたアンナ・ポリトコフスカヤさんに言及した。「いかにジャーナリストが傷つきやすい状態で生きているかが分かった」。

 「ロシアでは、独立プレスというのは殆どない」、「ロシアの人が情報を得るのはテレビ。テレビは国家がコントロールしている」。

 おそろしい話となったが、質疑応答の時間になり、元BBCのモスクワ特派員スティーブン・ダルジエル氏が、「プーチン時代になって報道の自由が減ったというのはあたっていないのではないか。(その前の)エリツイン時代は共産主義だったのだ。あの時代の方が自由がなかった」と指摘。

 ロクシナさんは、むっとした表情で、「私たちはロシアで生きている(住んでいない人には分からない、とう意味だろうか)。プーチンはチェチェン問題を皮切りに、報道の自由を殺したのだ」と反論。

 作家で元BBCジャーナリストのニック・ジョーンズ氏もコメンテーターとして発言。彼も報道の自由が後退している、という意見。それは、(おそらくマードックを指してだが)、メディアが数少ない所有者に独占されつつある。だから、報道の自由が狭められている、と指摘した。

 討論の内容はロシアに比重がかかったものとなり、最後、参加者が挙手でこの日のテーマに賛同するかを聞かれた。60人ほどが手をあげた中で、50数人が「後退した」。私もこの中の一人だった。

 私自身が「後退した」理由の1つで、議論に出なかった要素に、「テロの戦争のレトリック」があるのではないかと思った。確か、一時、チェチェン問題に関し、プーチン大統領も「これはテロの戦争だから」という言い訳をしていたような記憶がある。「テロとの闘い」といってしまえば、何でも許されるような雰囲気がある。全てがとまってしまう。言い訳になるのだ。無実の人がテロ容疑で捕まって、後で無罪になっても、その汚名ははらされない。「テロとの闘い」で捕まったのだから、仕方ない、と。キューバにあるグアンタナモ基地収容所に拘束されている人も、普段なら正当な裁判を受けるべきだが、裁判まで行かない場合がほとんどで、ずっと拘束されたままだ。

 前にも書いたが、この中の一人にアルジャジーラのサミ・アルハジ記者がいる。5年間拘束されっぱなしだ。アルジャジーラ・アラビア語放送ではテレビで「サミをすくえ」というキャンペーンをやっているそうだが。もともとスーダン人で、アルジャジーラの仕事でアフガニスタンに行き、捕まった。戦闘地にいたわけではないのだが。

 UNESCO討論の会場には、「BBCのアラン・ジョンストン記者を救え」というポスターが貼ってあった。3月中旬、パレスチナ地区で誘拐されたのだ。

 しかし、他の参加者とも話していたのだが、「BBCはお金があるから、大々的にキャンペーンができる」、「無実だが捕まっているジャーナリストは世界中にたくさんいるのに・・」という思いがした。オーマイニュース英語を読んでいたら、パレスチナ人の人の話で、何と、パレスチナでは誰が誘拐したか、周知だという。犯人がほぼ分かっていても手が出ない状態。政府同士が情けないのか、政治的意思がないのか。


http://commentisfree.guardian.co.uk/tatiana_lokshina/profile.html
http://commentisfree.guardian.co.uk/category/world_press_freedom_day/
by polimediauk | 2007-05-06 00:03 | 欧州表現の自由

 イランに拘束されていた英海軍の15人が、4月上旬、イラン大統領の「恩赦」によって解放された。帰国直後、英国中が歓喜にわいたもが、国防省の許可の下、英兵たちが体験談をメディアに売り、巨額の報酬を得ていたことが発覚すると、国防省ばかりか英兵全員に対する非難が噴出。非難の矛先はやがて英海軍の管理能力にも向けられるようになった。

 この件では今調査が続行中で、1つは拘束にいたる経緯、もう1つはメディア戦略の是非だ。5月一杯に報告が出ることになっている。

 以下、元英兵で本を書いた人の話を入れて、振り返ってみた。

―イランのプロパガンダに捕まった?

 3月末、ペルシャ湾岸でパトロール中だった15人の英兵が「イラン海域を侵犯した」としてイラン軍に拘束された。約2週間の拘束状期間中、英兵たちの一挙一動はイランのメディアを通して広く放映され、「侵犯」(英政府側は否定)に関してテレビカメラの前で謝罪させられるなど、様々な形でイラン側のメディア戦略に使われた。

 4月4日、アフマディネジャド・イラン大統領は、突如、恩赦と称して英兵たちの解放を表明。英兵たちの一人一人が拘束した国の大統領と談笑し、おみやげの紙袋を手に取る様子は、多くの英国民にとって屈辱的な光景でもあった。

―メディア戦略の是非

 英兵たちが帰国すると、間もなくして大きなバッシングが起きた。国防省が、英兵側に報酬付き取材を特別に許可したことがきっかけだった。

 元英兵で除隊後、「スクワディー(新兵)」を書いたスティーブン・マクログリンさんの話によると、現役兵士は国防省の許可なく取材を受けることは許されない。オフレコでもメディアの取材を受け、報酬を得ることは禁止で、禁止令解除は国民の関心が特別に大きい場合などの例外のみ。国防省の許可の下で取材を受ける場合でも、内容などに細かい規制がつく。また、インタビュー記事が出る前に国防省高官が内容を点検し、場合によっては一定箇所の削除やあるいは拡大するなどを決める場合が多いという。

 5月1日付ガーディアンに、英軍の従軍記者となってアフガニスタンに行った特派員のレポートが出ている。原稿は出す前に国防省あるいは現地上官が目を通した、と書かれている。

 今回、「もし禁止しても、メディア側の関心が高いので話す人が出てくる。それなら正式に許可したほうが良い」(国防省)という考えだったという。

 ところが、女性兵士が体験談を10万ポンド(約2300万円)で売るなどの巨額報酬を手にしたことが分かると、イラクで兵士だった息子あるいは娘を亡くした遺族から怒りの声が出た。「自分の子供は亡くなっても巨額の報酬は出ない」、「不公平だ」。

 また、敵に拘束された兵士は、通常、名前やランクなど最低限の情報以外は出さないのが原則だが、今回の15人はイラン側の言いなりになりすぎたのではないか、とする批判も出た。英兵の一人が「Mrビーンに似ていると言われて、泣き明かした」と語ったエピソードは兵士の未熟さも示唆した。

 英兵たちが、「お金をもらうこと自体は悪いことではないと思う」とメディアに語ると、さらに国民の反感は強まった。

 歴史家アンドリュー・ロバーツ氏は、「現役兵士が体験談で巨額の報酬を得ても構わない」、「おみやげをもらってもいいじゃないか」と思えたら、その人は「新英国人」で、怒りを感じるようだったら、「旧英国人」と分析している(サンデー・タイムズ4月8日付け)。

 「新英国人」を所轄する国防省は、9日までに謝礼付きインタビューを当面禁止する方針を発表。ブラウン国防相は、国防省のメディア戦略が間違いだったことを、16日、議会で正式に認めた。

―英国、イランのプロパガンダに利用された拘束兵

 元英兵の作家マクログリンさんによると、帰国した英兵たちは、「今度は英政府に都合の良いことがメディアに出るように」という目的の下、英政府のプロパガンダに利用された、という。

 実際に大きなインタビュー記事がメディアに出たのは、20歳の「MRビーンに似ているとされて泣いた英兵」と、「母親でもある英兵」だったが、この2人は「意図的に注意深く選ばれた」英兵たちであり、「おそらく、インタビューの中で何を言うかに関し、国防省から細かい指示があった」、「決して自由に、一個人として話していたわけではない」と、マクログリンさんは主張する。

 ちょっと「陰謀説」のような見方かもしれないが、国防省、海軍上層部(+官邸?)の、体験談を売ることへの異常な情熱のかけ方を見ると、「意図的に体験談販売を許可した」と思われても仕方ないだろう。プロパガンダ戦争、メディア戦争といっていい。どの戦争でもあるのだろうと思う。(今回は2国間が武器を使った戦闘状態にあったわけではないけれども。)もしこれがプロパガンダ戦争だったとしたら、英国は負けたのだろう。

 一方、メディア以外の話になると、無事に英兵が解放されたことで、英政府側は「英国は勝った」と述べたものの、英兵が近隣海域でイラン側に拘束されたのは2004年に続いて今回が2度目。再度イラン側の拘束を許してしまったのは、「大きな失態」(複数の国会議員)と言うしかないだろう。

 また、「例え禁止しても、英兵側の誰かが体験談を売る可能性があった」とブラウン国防相が議会で繰り返すたびに、「兵士に規律を徹底できない国防省」という印象が裏打ちされるばかりだ。

 「英海軍も国防省も、すっかり威厳がない存在なのだ」―。英メディアの分析が、核心を突いているように思えた事件だった。

 問題になったSHATT AL-ARABだが、アラビア語読みではシャットル・アラブ(シャタル・アラブ)川(「アラブの海岸」の意味)、ペルシャ語ではアルバンドラド川と呼ぶようだ。ペルシャ湾のイランとイラクの国境にある。近隣の水域支配は何世紀も前から紛争の元になってきた。

 最初の協定は1639年、時のペルシャ帝国とオスマン・トルコ帝国で結ばれた。現在のイランとイラクにとっては重要な貿易路で、70年代両国間で国境線の合意が交わされたが、フセイン元イラク大統領がこれを破棄。1980年代のイラン・イラク戦争勃発の理由の1つとなった。2003年のイラク戦争では同盟国軍の重要な軍事拠点となり、戦後は国連決議により英国が近隣をパトロールする権限を与えられた。2004年、イランは領海を侵犯した疑いで英兵8人を2日間拘束し、後解放した。

 今回の英兵たちはどこにいたのか?イラン側はイランの海域にいたとしており、英国側はイラク海域にいた、としている。かみ合っていないのだ。「どちらでもない」、「議論が続いている」というのが正確だろうか。(まとめのおおよそは「英国ニュースダイジェスト」4月26日号掲載。)

ー英兵拘束事件の主な流れ

3月23日 ペルシャ湾岸で商船の検査をしていた英海軍兵士15人をイラン革命防衛隊が拘束。「イラン領海侵犯」とされる。
25日 ブレア首相、領海侵犯を否定。
28日 拘束中の英女性兵士が、イランのテレビで領海侵犯を認める。
30日 イラン大統領、英政府に謝罪要求
31日 国連安全保障理事会が、イランの英兵拘束に「重大な懸念」を表明。
4月2日 イランのテレビが、英兵全員が領海侵犯を認め、謝罪したと報道。
3日 イランの高官が外交的解決を呼びかけ
4日 イラン大統領、英兵全員の解放を決定
5日 英兵が帰国。
6日 英兵たちが記者会見で、イラン領海への侵犯はなく、脅かされ謝罪した、
   と語る。
   英国防省、元拘束英兵に対し、報酬付き取材を特別許可。後、国内で批
   判高まる。
イラン外務省、「会見はやらせ」と批判
9日 英兵の会見を「サン」などが掲載。ITVでも放映。
   英国防省、謝礼付きインタビューを当面禁止する方針を発表。
16日 ブラウン国防大臣が議会でメディア戦略での間違いを認める。
by polimediauk | 2007-05-03 02:22 | 政治とメディア

 ブレア首相は、来週、退任を表明するそうである。日にちはまだ未定だが、GMTVの番組でそう表明したからだ。2日で、首相になってから10年である。イラク戦争が人々の記憶に残りそうだが、何年も経ってからはどういう評価になるのは分からない。良い首相だったという評価をすることになるのかもしれない。次期首相はブラウン財務相が有力。

 ルーシー・ブラックマンさんの父親のインタビューがここ2,3日の紙面で掲載されるようになった。父親が巨額の見舞金をもらったことが問題になっている。「ルーシー・ブラックマン」基金のために使ったと本人は言っているが、本当にそうか?という疑念があると言われている。別れた元・夫人が、「血のお金を受け取った」と言っているようだ。

 千葉で殺されて見つかったリンゼイ・アン・ホーカーさんの英メディア報道について、「新聞通信調査報」5月1日号に書いた。

 最初は感情的な報道が多かったが、タイムズのウエブなどで記事を読むと、日本でリンゼイさんを知っていた人などからのコメントがある。様々な意見があって、これがインタアクティブということかなあと思った。

 以下はその分析記事。

 
3月末、千葉県市川市のマンションで、英会話学校の講師で英国人女性リンゼイ・アン・ホーカーさんの遺体が浴槽の中で見つかった。2001年、英国人女性ルーシー・ブラックマンさんが神奈川県三浦市で切断された姿で見つかった事件を彷彿とさせ、英メディアは連日ホーカーさん事件を詳細に報道した。

 元々、英国では日本に対する不信感や否定的感情を持つ人々が、特に年齢の高い層の一部に存在する。これは、主に第二次世界大戦中、日本軍による連合軍の戦争捕虜に対する及び他のアジア諸国に対する「残忍な扱い」を起因とする。また、日本は異質の価値観を持つ国という見方も継続する論調の1つだ。こうした流れが英国の日本報道の背後に常に存在することをまず了解しておきたい。

 ホーカーさん事件が発覚すると、英各紙は、毎回必ずと言っていいほどホーカーさんや家族の写真を掲載しながら報道し、読者の同情心を誘った。

 ブラックマンさん事件の際のように、ホーカーさんの場合も父親が来日し犯人逮捕を訴えると、涙の会見の模様をテレビが放映した。BBCのニュースサイトやガーディアン紙のウエブサイトでは、現在でも、この時のビデオを繰り返して見ることができるようになっている。

 一連の報道で、(1)治安の良さで知られる日本が今や危険な国になってしまった、(2)この事件は容疑者である一個人(遺体が発見されたマンションの居住者男性)が起した犯罪というよりも、日本あるいは日本社会全体が責任を持つ犯罪、とする見方が表に出てきた。

 (1)、(2)ともに性急なあるいは不当な判断のように思えるが、こうした見方の一つのきっかけは、ホーカーさんの父親の発言だった。

 日本での記者会見に臨んだ父親は、犯人は娘が日本に対して持っていた「信頼を裏切った、日本に恥をもたらした」と述べ、デーリー・テレグラフ(4月2日付)は、言葉の一部を拾い、「殺害者は日本に恥をもたらした」とする見出しをつけた。

 グレアム・フライ駐日英大使の関与も、ホーカーさん殺害は外交官がからむほどの重要な事件であり、また日本全体が何らかの責任を持つべき犯罪という印象を英国民に与えた。大使は、ホーカーさんの父親の声明文を会見場で読み上げた他、捜査を担当する千葉県警本部を訪れ、事件の早期解決を要請していた。

 浴槽の中の砂に埋められて亡くなっていたという点では衝撃的だが、ホーカーさん事件を過度に重大化し、感情に訴えかけるような報道をしていた部分が当初あったことは否定できない。

 しかし、分析記事では深みのある記事も登場するようになった。

 滞日12年で作家のレスリー・ダウナー氏は、タイムズ紙上(4月3日付)で、「日本人には本音と建前があり」、「何事も表面に見える部分とは違う可能性がある」と指摘。ここまでは「日本=訳の分からない、怖い国」という、この事件に限らず英国に常にある日本異質論的な論調だが、「安全と思える日本だが、西欧と比較して余りにも安全であったために」、ホーカーさんやブラックマンさんは「本国だったらとらないようなリスクをとり、それ故に殺害されたのではないか」とする鋭い分析を提示した。

 BBCの女性記者も、ニュースサイト用記事(3月28日付け)で、外国人女性にとって日本社会は本当に安全かどうかを検証。自分自身の経験や他の外国人女性へのインタビューを通して、日本では「外国人女性であるだけで関心を引く存在」となる傾向があること、危険を防ぐにはどうするかを分析した。

 一方、タイムズのウエブサイトの関連記事には英国に住む読者だけでなく、日本に住む外国人などからも感想が寄せられた。「この事件で日本が怖くなった」と書く人がいれば、「このようなケースは非常にまれ。日本の治安は非常に良い」と反論する人もいた。「この事件で日本人男性が変だということが分かった」と書く読者がいるかと思うと、「欧州の男性にも変な人はたくさんいる」と返す読者もおり、誰でもがどこからでも書き込みが出来るネットの特色を生かし、議論に幅をもたらした。

 ホーカーさん殺人事件の英報道は、当初は感情面に訴える論調が主となったが、分析記事やネットも含めると、最終的には十分に多様な視点が提供されたと言っていいのではないだろうか。

by polimediauk | 2007-05-02 02:29 | 日本関連