小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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 トルコのスカーフ着用禁止の解除の件で、英字紙「ターキッシュ・デイリー・ニューズ」に一問一答が載っていた。以下は抜粋である。

―スカーフが問題になったのはいつか?

 トルコ共和国建国(1923年)時にまでさかのぼる。1925年、トルコの建国の父アタテュルクが「帽子法」を発効させた。男性に対し、イスラム教の帽子(フェズ=トルコ帽がその一例)の着用を禁止し、代わりに山高帽を推奨した。「近代化の象徴」だった。女性の場合は法律では禁止されなかった。80年代、地方の保守的な家庭出身の女性たちが大学に入るようになった。これ以前は大学に行くのは都市部のエリート層だった。1989年の法律で、大学キャンパスでのスカーフ着用が正式に承諾されたが、同年、憲法裁判所がこの法律を違法とした。トルコ憲法の原理である世俗主義をおかすことになるから、というのがその理由だ。これが未だに着用禁止の法的根拠になっている。

-与党公正発展党は何故今になって解禁を持ち出したのか?

 与党は常に禁止を解除したがっていたが、一期目(2002年から07年)はそうしなかった。自分たちが「イスラム教の政党」ではないことを証明しようとしていたし、世俗主義勢力からの反発を懸念したからだ。昨年7月の総選挙で47%の得票を得て、自信を得た。

―どこで着用が禁止なのか?

 公立、私立を問わず、大学、高等教育機関での着用だ。

―何故憲法改正が必要なのか?

 着用禁止は憲法裁判所の決定が基礎になっているため、スカーフ着用を認可する法律を成立させようとしても、同じ裁判所がまた却下する可能性がある。そこで、スカーフ着用の学生が大学での教育を除外されないよう、憲法に付帯条件をつけるなどが考慮されている。

―今後どんな動きがあるか?

 憲法裁判所は付帯条項さえも認めないだろうと予測する人もいる。世俗主義という「変更できない」憲法の原則を変えることになるからだ。上級裁判所の別の支部「国家委員会」(ステート・カウンシル)のトップが、最近、世俗主義をもてあそぶのは政党の解党理由になる、と述べている。与党にとっては警告だ。世俗主義信奉派団体がデモを起こす可能性もある。

・・・感想だが、「なかなか大変だなあ、変えるのも」という感じがする。国内が大きく2手に分かれてしまうのだ。(サイレント・マジョリティーも多いだろうけれど。)

参考:

http://www.turkishdailynews.com.tr/article.php?enewsid=95065

過去記事:

http://ukmedia.exblog.jp/8108284/

日刊ベリタの無料記事
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=200801302316583

大学教授インタビュー
http://ukmedia.exblog.jp/6841637/
by polimediauk | 2008-01-30 23:39 | トルコ

 28日夜、トルコの与野党が、大学でのイスラム教スカーフ着用禁止令の解除で合意をしたが、その詳細がロイター伝で伝えられている。

 その前にだが、トルコの国民は99%近くがイスラム教徒だ。しかし、1923年の共和国としての建国(その前は、オットマン帝国と呼ばれた)以来、政教分離を国是としている。

 何故そうなったかの説明は長くなるが、欧州列強に負けないためには近代化、急激な西欧化が必要となった経緯がある。そこで、後に「建国の父」と呼ばれるケマル・アタチュルク氏が、これもすごく大雑把な説明だけれど、イスラム教=古い、アラビア語に似た文字表記=古い、として、徹底的な西欧化・近代化をはかる。宗教関係者で弾圧・殺された人も結構いるのである。そして、アルファベットを浸透させようとして、アタチュルク自身が国中を回って、新しい文字を教えたぐらいだ。フェズ(トルコ帽)やスカーフなどこれまでのイスラム教徒としての装束も=古い、ダメなもの、となり、洋服を着るようにという雰囲気が出来た。

 (追記:上記の「イスラム教=古い、アラビア語に似た文字表記=古い、として、徹底的な西欧化・近代化をはかる」の説明で、西欧化の説明だけでアラビア語表記が推進されたという説明は正しくないのでは、という指摘を頂き、アンカラ在住のトルコ語研究者からの説明を元に、以下に追加します。既に様々な書物で以下の内容が書かれてあるので、特に個人名を出す必要はないと言われましたので、ご了解ください。)

 まず、アラビア文字表記は、西欧化・近代化を推進するための国策という面があったが、そもそも、トルコ語の純化運動と言う大きな流れがあった。

 「言語学的にアルタイ語系に属するトルコ語をセム語系に属するアラビア文字で表記することは不自然であった。アラビア語では長母音以外の母音は表記されないが、これに対してトルコ語には8つの母音があり、さらに母音調和の原則がある。したがって、アラビア文字でトルコ語を表記するとトルコ語の微妙な特性が十分に表現されないのみならず、トルコ人にとっては難解であり、識字率と教育や学問の普及の障害になっていた」。

 「オスマントルコ帝国末期、支配階級や上流階級で話されるトルコ語の語彙には多数の外来語が含まれ、特にアラビア語とペルシャ語の影響が著しかった。これに対して国民の大多数をしめる農民の間で話されていたトルコ語は外来語の影響の比較的少ないものであり、民衆文学として保存されていたが、それでも長い間に本来のトルコ語の単語がペルシャ語やアラビア語の単語に置き換えられていた。これらの外来語を追放して純粋トルコ語作りの動きは、19世紀半ばに民族主義的思想が高揚し、啓蒙思想家Ibrahim Sinasiなどによって始められたが、国家的事業としても推し進められた」。

 建国の父と言われる「アタチュルクはこの目的を遂行するために、1932年にトルコ言語学協会を設立している」。アタチュルク自身がアルファベット表記を推進するために国内を回ったのはよく知られている。(以上、追加終わり。)


 といっても、人々の心から宗教を撤廃することはできず、今でもたくさんモスクがあるし、イスラム教がなくなったわけではないのだけれど(むしろ、根強く存在+熱心なイスラム教徒もたくさんー何しろ、90%以上がイスラム教徒なのだから)、国政の場からは消えた・・・ということである。公務員の女性はイスラム教を表すスカーフをかぶってはいけない。

 1980年の軍事クーデターが起きるまでは、大学ではスカーフ着用はそれほど厳しく規制されていなかったようだが、これ以降、事実上禁止となった。スカーフをかぶれないので大学に行くことをあきらめた女性も結構いるようなのである。スカーフ問題が政治問題になってしまい、スカーフの着用=国のイスラム化=政治的な動きと受け止められるようになってしまった。

 2002年から政権を担当した親イスラム政党の与党公正発展党(親イスラム政党が政権を担当するまでになったというだけでも、大きな一歩であった)は、スカーフ禁止を解除しようとしてきたが、これまでなかなかうまくいかなかった。軍部、司法関係者、高等教育関係者が、「スカーフ着用は世俗主義堅持を脅かす」として反対してきたからだ。

 そこで・・・というのが今回のロイターの記事になる。

 ロイターによると、トルコの与野党の2つの政党がスカーフ着用禁止で基本的に合意したことで、今後どうなるか?と心配げに見ているのが、世界の金融市場だそうである。それは、世俗主義者からの反対で、何らかの政治的緊張感が起きると(暴動や反対デモとか)、欧州連合(EU)に加盟を望むトルコにとって、悪いニュースにもなるからだ。「イスラム化が進み、民主化が遅れているトルコはEUには入れない」とか。

 両政党の合意の詳細を見ると、禁止解除は大学での女生徒のスカーフ着用に関するもの。公務員の女性や大学の教師陣は、今までどおり、スカーフ着用禁止は続く。従って、「部分解除」なのだ。

 そして、許されるスカーフは、端っこをあごの下で結ぶ、「通常のスカーフ」であって、はしっこを頭の後ろで結ぶ、「政治イスラムの象徴」のスカーフではない。結び方でさえ、意味があるのだ。

 これまでスカーフ着用禁止解除に反対してきた司法関係者や高等教育関係者は、既に、今回の禁止解除は「違憲である、社会の平和を乱す」と批判している。軍部そのものは何もまだコメントを出してないようだ。

 解除には憲法の2つの条項の改正が必要となる。1つは高等教育委員会(YOK)に関わる法律だ。YOKは世俗主義堅持の柱となってきたが、新たな委員長になってからはスカーフに関して柔軟な姿勢を示しているという。―以上、ロイター伝に私の見方を付け加えた。

 現時点では両政党の合意なので、実現にはまだ時間がかかる。

http://in.reuters.com/article/worldNews/idINIndia-31648820080129

関連
トルコのスカーフに関する、前のエントリー

http://ukmedia.exblog.jp/6841637/
by polimediauk | 2008-01-29 22:43 | トルコ
 英国のワーキング・プアのことを前に書いたが、それではリッチな人はどうなっているのだろう?超リッチ、あるいは上流階級の人は別にして、普通にリッチ、つまり収入が高い人の生活状況は?

 28日付のテレグラフにこの話が載っていた。レストランの食事代にしろ、ものを買うにしろ、何でも英国は馬鹿高いように感じ、「一体なんでこんなに高いのか?こんな値段を普通と思っている人がたくさんいるんだろうか?」と常に疑問に思っていたが、謎が解けたようにも思った。

 この記事によると、「ワーキング・リッチ」とも呼べるリッチ層の世帯収入は年間約8万8000ポンド(約1800万円)で、「金持ちだと感じていない」点に特徴がある。アウディに乗り、子供を私立の学校に入れ、高級スーパー(「ウエイトローズ」など)でショッピングする。海外旅行に頻繁にでかけ、たくさんの電子機器を持つ。14%が別荘を持ち、15%がオリジナルの芸術作品を所有する。

 過去10年でワーキングリッチは増えており、今や英国の全世帯の一割がこの層になる。不動産市場が高騰し、金融街の給与も上がってきたためだ。

 ヒスコックスという保険会社の調査(テレグラフの記事のネタ元)によると、この人たちは周囲の人が同様の収入であるために、自分たちがリッチ層であることを特に意識していないと言う。

 医者、弁護士などの給与も急上昇しており、2003年時点でホームドクターの給与は6万5000ポンド(約1300万円)だったが、2007年にはその二倍になっている。

 しかし、出費も大きくなったため、私立の学校に子供を送りたいと思っても学費が高すぎて遅れない人もいるそうだ。

 テレグラフで具体例として登場したのが、ムーアさん一家。世帯収入は12万ポンド(約2500万円)-英国は物価が高いので、使い勝手は日本円の2500万円とはまた違うことにもなるがー。英国の富裕な5%に入る世帯だ。

 アレックスさん(女性)は広報のディレクターで、夫のジェームズさんは特許弁理士。両者ともに39歳。ロンドン郊外のキングストンに5つの寝室つきの家がある。6年前に買った家だが当時は35万ポンド(7300万円)だったが今はその倍の価格になっている。

 毎週ウエイトローズでショッピングするが、自分たちがリッチとは思っておらず、それは「近所の人はみんな同じぐらいの収入がある。大学の同級生は金融街シティーで働き、既に退職した人もいるぐらい」だからだ。ただし、「お金で悩むことは少ない」。リッチと感じるには「家のローンを払い終わって、格好いいスポーツカーを持てた時かしら?」

 テレグラフのワーキング・リッチのリストによると、その特徴は
―世帯収入が8万8000ポンド以上
―英国南東部に自分の家を所有する。家は39万ポンド以上(約8200万円)
―年に2回海外旅行
―車は2台所有
―オリジナルの芸術作品を所有
―子供を私立に送っている
―個人負担の医療を受けている
―高価なコーヒーを買い、頻繁に外食し、衣料や電子製品に高額をはたく

 働けど生活が楽にならないワーキング・プアと贅沢をしながらもそれを感じないワーキング・リッチの生活の特徴の両方がミックスした中間層(私のような)もかなり多いのでは?と思うけれど。いや、収入はプアに近いのに、リッチのようなお金の使い方をしている人、と言ったほうが正確だろうか?(自己反省・・・。)


http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml;jsessionid=W3RYJCQTQUTHPQFIQMGSFGGAVCBQWIV0?xml=/news/2008/01/28/nmoney128.xml
by polimediauk | 2008-01-28 19:12 | 英国事情
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〈ウイルダース議員 「トラランス」サイトより)

 1月25日にテレビ放映の予定だった、オランダの極右議員ヘールト・ウイルダース氏制作の反コーラン映画の放映が、3月になることになった。理由は「制作が終わっていない」だが、果たしてそうなのかどうか??この経緯をオランダの「テレグラーフ」紙などから拾って、ベリタにまとめた。無料記事なので、ご関心のある方は見ていただきたい。

http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=200801270427270

 26日、アムステルダムではデモもあったようだ。
by polimediauk | 2008-01-27 04:35
 フランスの大手銀行の1つ、ソシエテ・ジェネラルのトレーダーが、不正行為を働き、日本円で約7600億円に上る損失を出していたことが、24日、分かった。一人のトレーダーが出した損失としては世界最大という。

 何故こんなことが起きたのか?もちろん、「どのように」という点での解明はたくさんの新聞が書いているとは思うけれども、基本的には強欲さ、成功したい(数字を出したい)というプレッシャーにつきるかもしれない。これはこのトレーダーだけが特別でなく、多くの人がそういう感情を持っている可能性があるし、お金をトレードする仕事をしていれば、誘惑も高いだろう。誰も見ていないと分かれば、誘惑はますます大きくなる。そのために、こうした事態を防ぐために規制・法律があるわけだが、米エンロン崩壊以降の規制強化や英国ベアリング銀行破たん(これも一人のトレーダー、ニック・ローソン氏の不正がきかっけ)の教訓が、フランスではあまり学ばれていなかったのか、それとも他の理由が?

 今朝のBBC24ニュースを見ていたら、金融アナリストや心理学者が、「こういう状況(不正)は大なり小なり、いつでも起きている。今回はたまたま表に出たけれども」、「上司から、利益を出すようにという非常に大きなプレッシャーも常にあった」などという指摘があった。

 ところで、元祖「悪漢トレーダー」(rogue traderという言葉が良く使われるのだが、日本語で定訳がないのかもしれない)のが英国では先のリーソン氏。その体験を本に書いて、日本語でも訳されている。

 リーソン氏が、今回のソシエテジェネラルの件で、結構コメントを出している。

 リーソン氏の経歴だが、25日付テレグラフによると、過去13年間、悪漢トレーダーと言えばこの人。ベアリングズ銀行シンガポール支店のトレーダーで、不正取引により約8.6億ポンド(約1,380億円)の損失を出した。当時の銀行の自己資本額を超えていた。これが明るみに出たときが28歳。今は40歳だ。1995年、詐欺罪などで懲役6年半の実刑判決を受けた。銀行勤務時代は有望な人材とされ、巨額利益を出していたが、損失の穴を埋めるための投資が膨らんだ。ベアリングズ銀行のロンドン本店は、なぜか使用目的を聞かずに、リーソン氏にお金を送り続け、氏は何ヶ月も投資を継続できた。

  膨れ上がった損失をどうするか、金融関係者が善後策を協議したが、誰もベアリングズズを引き受けようとするものはいなく(何となく、日本の長銀を思い起こさせる)、英中央銀行のイングランド銀行はベアリングズの再建断念を発表した。

 損失が明るみに出た後、妻とともにアブダビ経由フランクフルト行きの飛行機で逃亡したリーソン氏は、フランクフルトで逮捕後シンガポールに送還された。

 1999年、氏は釈放されたが、既に妻のリサさんとは離婚。大腸がんにも苦しんだ。英国に戻った時には、個人資産が凍結されていた。

 それでもリーソン氏は復帰してゆく。2005年、新しい妻のレオナさんとアイルランドに引越し、今は、「ゴールウエー・ユナイテッド」というサッカーチームのマネージャーとなっている。

 さて、今回の事件に関し、リーソン氏はどういっているのか?「悪漢トレードは金融市場では、多分毎日起きている。私が今回の事件で驚いたのは、損失の大きさだ。これほど大きな損失が出るようになるとは思わなかった」。

 仏ソシエテジェネラルは1864年、創立。77カ国で12万人を雇用する。フランスではBNPパリバに次いで2番目に大きい銀行だ。顧客は世界で2300万人。1945年に国有化されたが、1987年、民営化。
by polimediauk | 2008-01-25 17:55 | 英国事情

混迷のパキスタンと英国

 2005年7月7日のロンドン同時テロの実行犯4人の中で3人がパキスタン系英国人であったことで、「パキスタン系英国人とは何ものか?」に(改めて)注目が集まったように思う。

 インド・タイムズ紙のロンドン支局長が、「パキスタン系の若者は、どうしようもない人が多い」と話していて、何故?と思ったものだったが。これにはインドとパキスタンのライバル意識があったのかもしれない。映画「ベッカムに恋して」(だったと思うが、原題はBend it like Beckham)の中で、インド人の女性が、「パキ!」〈パキスタン人〉といわれて、侮辱されたと感じて大きく取り乱す場面を見ても、パキスタン人に対する蔑視感情があることを想像させた。

 英国にはパキスタン。インド、バングラデシュの南アジア・アジア亜大陸からやってきた移民の家族が多く住む。また、これは南アジア系に限ったわけではないが、どの移民たちもお互いにある程度固まって住む。例えばロンドンやイングランド北部には、人種で固まったコミュニティーが多い。中には英語をマスターしていない人も(家族を自国から呼び寄せた場合など)、高齢者・女性に割りと多い場合がある。パキスタンの人はイスラム教信者が圧倒的で、全身をおおう長く黒い装束を身に付けて通りを歩いていることもある。こういったことが、9・11テロ、7・7テロの後、反パキスタン系感情をはぐくむ要因となってしまうこともあるだろう。若者の雇用率を見ても、インド系に比べて、パキスタン系、バングラデシュ系の失業率は高い(反パキスタン系感情のためにではなく、教育程度や技術取得レベルの違いが理由だろう〉。

 英米で教育を受け、カリスマ性にも恵まれたベナジル・ブット元パキスタン首相が、昨年12月末、選挙運動の遊説中に暗殺されたことがきっかけで、パキスタンに関する記事が英メディアで殺到した。パキスタン民主化の鍵を握る人物として大きな期待がかけられていただけに、国際社会にとっても大きな衝撃が走った(ただし、「国際社会」といっても、主に英米かもしれない)。

 60年前、大英帝国から分離・独立して建国されたパキスタンの将来は、現在の英国にとっても大きな関心事となっている。2国の過去と現在、その周辺事情について「英国ニュースダイジェスト」最新号に書いたものに、付け加えてみた。

在英学生が政局の要?
 混迷のパキスタンと英国


 「母は常に民主主義が最高の復讐だと言っていました」-。昨年12月末、8年ぶりに帰国した祖国パキスタンで暗殺されたベナジル・ブット元パキスタン首相の息子ビラワル・ブット・ザルダリ氏は、殺害から数日後、集まった報道陣を前にこう述べた。

 ビラワル氏(19歳)は、元首相が率いるパキスタン人民党(PPP)の新総裁に就任したが、政治経験は皆無で、英オックスフォード大学で勉学を始めたばかりだ。在学中は勉学に専念する予定で、父親のアシフ・アル・ザルダリ氏がパキスタンで総裁代行を務める。しかし、既に政敵のヒット・リストの中に入っているとパキスタン現地紙は伝えており、普通の学生生活は送れそうにない。

 ビラワル氏の身辺警護には英情報機関が責任を持ち、故ブット首相の暗殺の死因究明にパキスタン政府と協力をしているのもロンドン警視庁から派遣された調査団だ。かつての宗主国英国とパキスタンの絆は未だに強い。

 米国・英国にとって、パキスタンは、9・11米同時テロ発生以降の「対テロ戦争」の重要な同盟国であると同時に、テロリストを産み出す危険な国でもある。国際テロ組織アルカイダや7・7ロンドン・テロの実行犯を含めたイスラム過激派のテロリストのトレーニング場所にもなっているためだ。パキスタンの政情安定化や民主化は米英の国益になる。

 PPPはパキスタンの最大野党で、今月予定されていた下院議員選挙で大きく票を伸ばせば、ムシャラフ大統領率いる与党とPPPとの連立政権発足の可能性や民主化が大きく進むと米英側は見ていた。その矢先の暗殺で、パキスタンの政情は流動的となった。

―半世紀以上前の分離独立

 60年前、大英帝国の支配下にあったインド亜大陸の中で、イスラム教徒が主だった(東西)パキスタンとヒンズー教徒が主だったインドが分離・独立をはたしている。「パキスタン」とは5つの地域の名称の頭文字を取ってつけられた名前だ。インド内にいたイスラム教徒、パキスタン内にいたヒンズー教徒約1400万人が住んでいた場所から移動せざるを得なくなり、混乱の中で100万人単位で死亡者、餓死者も出た。十分な事前準備がないままに実行された、大英帝国の分離独立政策を失策として批判する声は未だに強い。

 パキスタンは隣国インドとカシミール地方の帰属件を巡ってこれまでに3度、戦争を起こし、両国は互いへのけんせいのために核兵器を所有する。両国ともに核実験を行い、世界でも最も危険な地域の1つとも言われている。

 ビラワル氏に限らず、母の故ブット首相、また祖父のズルフィカル氏もオックスフォード大学で勉学しており、両国の知識層、学問界の交流の歴史は長く、深い。パキスタンの将来がPPPの健闘ぶりにかかっているとすれば、鍵を握る人物、ビラワル氏が今現在英国にいることの重要性も大きい。政治の名門ブット家を起点に、両国は切っても切れない関係であり続けるようだ。

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THE BRITISH EMPIRE:大英帝国。英国とその植民地、海外領地の総称。15世紀の「大航海時代」、スペインやポストガルに次いで、イングランド王(18世紀以降はスコットランド王も兼ねる)も探検隊を出すようになった。アイルランド、北米大陸、カリブ海地域などを植民地化し、19世紀半ば以降はフランスやドイツなどの帝国列強と競い合いながら植民地拡大に力を入れた。1921年、総人口は4億5000万人(当時の世界総人口の4分の1)に達し、「太陽の沈まない帝国」と言われた。司法制度、経済体制、軍事、教育制度、スポーツ、英語の使用など多くの面で世界中に影響を及ぼした。1940年代以降、インドを含め独立する国家が続出し、末期は英連邦となった。旧植民地の多くが英連邦に任意で参加している。

―政治の名門ブット家の家系

ズルフィカル・アリ・ブット(1928-1979):パキスタン人民党(PPP)創始者。大統領(1971-1973)、首相(1973-1977)職を務めた。社会主義政策を進めたがクーデターで失脚し、政敵暗殺の容疑をかけられ、1977年、投獄。1979年、処刑された。

ヌスラット・イスパハニ・ブット(1929-):ズルフィカルの妻

ベナジル・ブット(1953-2007):ズルフィカルの長女。カラチ生まれ。ハーバード大学、オックスフォード大学で学ぶ。学生時代、当時外務大臣だった父の国連での仕事を手伝い、政治活動に目覚める。パキスタン帰国当時、父が監禁、処刑の目にあい、自身も自宅軟禁状態になった。1984年、英国に一時亡命。1988年―1990年、1993年-1996年の2度に渡り首相になるが、汚職疑惑で失脚。1999年故国を出て、アラブ首長国連合で家族と暮らしていたが、2007年秋帰国し、民主政権の発足を目指した。12月末、遊説中に暗殺された。

ムルタザ・ブット(1954-1996):ズルフィカルの長男。父の政治失脚で当時共産主義国家だったアフガニスタンに亡命。中東諸国でパキスタンの軍事政権に対する反対運動を展開した。亡命中ながら1993年の総選挙で当選し帰国したものの、1996年、何者かに銃撃され42歳で命を落とす。元首相となった姉は政治上のライバルでもあり、アシフ・ザルダリ(姉の夫)にムルタザ氏の殺害嫌疑がかかったこともある。

サナム・ブット(1957-):ズルフィカルの二男。

シャナワズ・ブット(1958-1985):ズルフィカルの三男。政治活動を続けていたが、1985年、南フランスのアパートで死んでいるのが見つかった。27歳だった。毒殺の噂も。

アシフ・ザルダリ(1956-)ベナジル・ブットの夫。夫人とともに汚職の嫌疑をかけられ、8年間投獄される。2004年、釈放された。妻の暗殺後、PPPの総裁代行に。

ビラワル・ブット・ザルダリ(1988-)暗殺されたブット元首相の長男。オックスフォード大学クライスト・チャーチ・カレッジ(祖父も勉学した)で歴史を専攻する学生。PPPの新総裁だが、学業が終了するまで父が総裁代行となる。スポーツを好み、クリケット、射撃、乗馬を楽しむ。「カリスマ性があり、とにかく明るい」(友人の弁)。「ビラワル」とは「他に匹敵する者なし」の意味。母親が首相になる1ヶ月前に生まれ、生涯のほとんどをパキスタン国外で暮らした。

バクタワル・ブット・ザルダリ(1990-):ブット元首相の長女

アシファ・ブット・ザルダリ(1993-):ブット元首相の次女

パキスタンの歴史―抜粋―

1947年:大英帝国の統治からインドが独立。イスラム国家東西パキスタンが建国する。
1948年:「建国の父」、モハメド・アリ・ジンナー総督が死去。カシミール地方の領有権を巡り、インドと戦争(第1次印パ戦争)
1951年:リヤーカト・アリー・ハーン首相が暗殺される
1956年:パキスタン・イスラム共和国憲法制定。
1958年:戒厳令敷かれる。アユーブ・ハーン大佐(後大統領)が統治。
1965年:第2次印パ戦争
1970年:東パキスタン(後のバングラディシュ)に独立の動き。内戦勃発。インドは東パキスタンを支援。
1971年:第3次印パ戦争
1972年:カシミール地方和平案成立。
1973年:ズルフィカル・アリ・ブット氏が首相に。
1977年:ブット氏が率いるパキスタン人民党の不正選挙疑惑で暴動が起き、ジアウル・ハック大佐が軍事クーデーターを起こす。(翌年、大統領に就任。)
1979年:ブット氏が絞首刑に。
1980年:ソ連がアフガニスタンに侵攻後、米国はパキスタンに軍事支援を確約。
1988年:ハック大佐、米大使などが原因不明の飛行機事故で亡くなる。グラム・イスハーク・ハーン氏が統治者に。ブット氏の娘ベナジル・ブット氏が首相に。
1990年:ブット首相、汚職疑惑で解任される
1991年:ナワズ・シャリフ首相が経済自由化を始める。
1993年:ハーン大統領、シャリフ首相が軍部からの圧力で辞任。総選挙でブット氏が首相に返り咲く。
1996年:ブット首相、汚職疑惑で再び解任。
1997年:シャリフ氏が首相に。
1998年:インドが数度に渡り核実験を行なったことを受けて、パキスタンも核実験を実施。
1999年:ブット氏と夫が汚職疑惑で禁固5年の有罪に。ブット氏が出国。カシミール地方でインドと武力紛争。パルベーズ・ムシャラフ陸軍参謀総長が無血クーデーターで政権掌握。英連邦から加盟停止措置を受ける。
2001年:ムシャラフ氏、大統領に。米国に接近し、「対テロ戦争」に協力。インドがカシミール地方でパキスタン軍向けに発砲し、米政府は制裁を発効。
2002年:ムシャラフ大統領、国民投票で5年続投が承認される。中距離弾道ミサイルのテスト発射。
2003年:カシミール地方での休戦を宣言。インドもこれに応じる。
2004年:核開発の専門家カーン博士が核兵器開発の機密を他国に漏洩していたことを告白する。英連邦に再加入認められる。
2005年:核弾道の搭載可能な巡航ミサイルの発射実験。
2006年:イスラム武装集団などによるテロ攻撃続く。
2007年:職権濫用を理由に最高裁長官を職務停止させ、内外から批判を浴びる。大統領選挙で、ムシャラフ氏が当選。ブット元首相がパキスタンに戻る。ムシャラフ大統領、軍籍を離脱。
12月27日:ブット氏が選挙運動中に暗殺される。
2008年1月:総選挙が1月の予定から2月18日に延期。
(参考:BBC)

パキスタン
首都:イスラマバード
人口:1億5000万人(イスラム教徒:96・6%他)
識字率:54%
GDP伸び率:7%

インド
首都:ニューデリー
人口:10億2700万人(ヒンズー教徒:80.46%、イスラム教徒13・46%他)
識字率:64%
GDP伸び率: 9・4%

バングラディシュ
首都:ダッカ
人口:1億4000万人(イスラム教徒:88.3%、ヒンズー教徒:10・5%他)
識字率:49・6%
GDP伸び率:6・5%

(参考:外務省情報+BBC)
by polimediauk | 2008-01-24 18:33 | 英国事情

 オランダの右派議員ヘールト・ウイルダース氏が作った、イスラム批判のテレビ映画が、1月25日、放映されるそうだ。中身はイスラム教徒の怒りを買うような表現が一杯のようで、オランダのバルカネンデ首相は「落ち着いた反応を望む」と呼びかけている。

 3年前、別の国会議員(当時)アヤーン・ヒルシ・アリ氏が脚本を書いた、イスラム教徒の女性が屈辱的状態で生きていることを描いた・批判したテレビ映画「服従」が放映された。その後で、監督がイスラム教狂信者に「イスラム教の名の下で」銃殺されている。ヒルシアリ氏は今米国に住む。

 首相は「オランダには表現の自由、信仰の自由の伝統があるが、尊敬、寛容、責任の伝統もある。不必要に、特定の信仰・団体を攻撃するのはオランダの伝統ではない」と述べている。

 フォルクスクラント紙によると、政府は20ページに渡る書類を作り、放映後の何らかの脅しや治安不穏状態に対処する準備を進めているという。これには、海外のオランダ大使館に向けた、避難手順もあるという。何というか、命がけである。すごいことになってきたな、という感じである。

 現時点では、「ちょっと大げさ?」とも思うが、前回の映画の後で思いもよらぬ反応があったわけで、「まじで怖い」と思っているオランダ国民は結構いるかもしれない。また、「普通の」イスラム教徒の国民で、「悪者扱いされるんじゃないか」、「自分たちを見る目が変わるんじゃないか」と非常に心配している人は多いかも。さらに、過激派は「これを口実にして何かやってしまおう」と思うのか??

 お騒がせな映画だ。表現の自由のためにやっているのではなく、この政治家の売名行為(のみ)なのかどうか?

 まだ放送局は発表されていない。何らかの危害が加えられるのを警戒しているのだろう。

 http://thestar.com.my:80/news/story.asp?file=/2008/1/19/worldupdates/2008-01-19T000419Z_01_NOOTR_RTRMDNC_0_-314789-1&sec=Worldupdates
by polimediauk | 2008-01-19 09:41
 ガーディアン紙によると、インディペンデント紙が一部地域での無料化を考えているという。「噂」として伝えた。

 有料紙だが無料紙化した「マンチェスター・イブニング・ニュース」紙の成功例にあやかろう、というもの。この新聞はマンチェスター紙の中心部では無料紙として配布しており、郊外部では有料となる。

 現在のところたくさん無料紙が出ているものの、高級紙の中で無料紙をだしているところはない。そこで、いわば「隙間を埋める」効果がある。インディペンデントは発行部数では高級紙市場のなかでも最小で、もしこれがうまくいけば、「部数を伸ばし、広告費も稼げる」ことになる。しかし、制作費ほかをまかなうことができるのかどうか、一部有料で採算があうのかどうかが問題だ。

 以前、タイムズ紙が安売り競争をして、テレグラフ紙の発行部数に打撃を与えたことがあったが、現在は無料紙が市場に氾濫しており、「状況はずい分変わっている」(ガーディアン紙)。しかし、ブランドイメージを壊すというリスクもある。

 12月の発行部数は22万8000部。11月と比較して4・3%の減、1年前との比較では5・7%減。12月の発行部数で、高級紙はフィナンシャルタイムズ紙を除き、減少している。全体的に発行部数が軒並み下がりがちの英新聞市場で貢献しているのはFTで、雑誌も入れると、エコノミストも上昇の一途。「経済は強い」というのが定説となってきた。

http://www.guardian.co.uk/media/2008/jan/17/theindependent.pressandpublishing
by polimediauk | 2008-01-17 19:45 | 新聞業界
 日本の捕鯨船にオーストラリア人が「拘束」されている件で、こちら英国でも夕方のニュースから聞き出したところ、注目度が高い。と言っても、トップニュースではないが。

 まず、議会(上院)で議論されたのだ。そのニュースを夜遅い時間にラジオで聞いた。「日本側は拘束者に危害を加えないと言っている」というコメントが、ニュース内と、上院議員の説明の中にあった。「危害を加えない」・・・って???まるでイランかどこか、「悪者」、「危険な奴ら」につかまった、とでも言うニュアンスだ。一体何故危害を加える必要があると言うのだろう。そう思うこと自体が失礼だなと思った。まあ、そういう風に見ているのだろうーー。

 議員は、「調査捕鯨と言っていますが、全く何の調査書も出していないんですから。それで、鯨肉は日本のレストランに行くわけです」。調査書はともかくも、レストランに行くっていうのは事実なんだろうけどね。「ビジネスのためにやっている」と言いたいのだろう。

 英メディアに関する限り、日本は完璧に悪者で、その、いかにも、「日本=悪者」的報道が、あまりにもストレートで、驚いてしまう。ニュース報道の客観性はどっかに飛んでしまっている。

 日本の外務省の人が、BBCラジオ4のPMという番組に出演し、一生懸命説明していた。

 もし日本・日本政府がこの件で、自分たちが正しいと思うなら、外のメディアにこうやってどんどん出て、きっちりと説明していくしかない。


 明日以降も、どんどんエスカレートしそうだ、「日本=悪者」報道が。

 しかし、日本もどうしてここまでしてやらないといけないんだろうー。こんなこともふと思う。海外に住む日本人の勝手な思いだろうか。

(以下、ヤフージャパン参考)

日本の調査捕鯨船に豪連邦裁判所が操業停止命令
1月15日23時44分配信 読売新聞


 【シドニー=新居益】オーストラリア連邦裁判所は15日、同国が国内法に基づいて南極海の一部に設定している「クジラ保護区」で、日本の調査捕鯨船がクジラを殺傷しているのは違法だと訴えた豪動物保護団体の主張を認め、日本船に操業停止命令を出した。

 日本政府は判決を拒否し、捕鯨を継続する方針だ。南極大陸の一部に領有権を主張する豪州は沿岸海域に排他的経済水域を設定。同水域を「クジラ保護区」と定め、クジラの殺傷を禁止している。

最終更新:1月15日23時44分

捕鯨反対の米活動家引き渡しへ、水産庁が手続き
1月16日14時21分配信 読売新聞


 南極海上で15日、日本の調査捕鯨船「第2勇新丸」を妨害するため、同船に乗り込んで拘束された米国の環境保護団体「シー・シェパード」の男性活動家2人について、水産庁は16日、団体側に身柄を引き渡す手続きに入ったことを明らかにした。

 同庁によると、2人が同船に乗り込んできたのは、日本時間15日午後4時ごろ。2人は船員に抗議文を手渡したが、その後、拘束された際も抵抗はしなかった。水産庁所管の財団法人・日本鯨類研究所では「2人に危害を加える意思がないことが確認された」として、16日未明から、電話や電子メールを通じて同団体側に2人を引き渡す意向を伝えているが、団体側から回答はないという。

最終更新:1月16日14時21分

by polimediauk | 2008-01-17 09:22 | 日本関連

英社会を悩ます貧困問題


英国の「ワーキング・プア」が生み出す現実

 それでは英国の貧困問題はどうなっているだろう?

 最近、「児童貧困」がニュースになった。政府統計によると、英国の児童の22%が貧困家庭で生活しているという。政府はこうした児童の親が無職あるいは適切な職を得ていないことに注目して、手当ての支給の他に雇用奨励策に特に力を入れてきた。しかし、職を得たとしても、今度は低賃金という問題が立ちはだかったために、貧困児童の総数は思うようには減少していない。英国のワーキング・プアの背景を分析した。(「英国ニュースダイジェスト」今週号に加筆。)

 まず貧困の定義だが、統計でよく使われるのは、世帯単位の計算だ。ある世帯の収入が国内全世帯の平均収入の60%未満である場合、貧困状態にあると見なされる。住宅費、光熱費、住宅ローン支払いなどの住宅関連費を差し引いた後の所得での比較と差し引く前の所得での比較がある。

 具体的には、1人暮らしの家庭:住宅関連費を引いたネット所得が週に108ポンド(約23000円)未満、子供がいない夫婦の家庭では、ネット所得が週に186ポンド(39000円)未満、子供が2人に両親がいる家庭は週に301ポンド(64000円)未満、子供が2人の母子・父子家庭は週に223ポンド(47000円)未満。英国の物価は日本よりも高い点を考えると、一人暮らしで週に23000円、月に96000円と言っても、日本での生活と比べて、使い勝手ははるかに小さくなる。

 チャリティー団体Joseph Rowntree Foundationの調べ(BBC記事より)では、貧困家庭にいる児童の中で、両親が揃った家庭で、少なくとも親の1人が働くのは全体の43%、無職の1人親家庭は33%、両親共に無職の家庭は15%、働く1人親家庭は9%。

 貧困の比率は人種によっても大きく変わる。白人家庭よりも南アジア系家庭が高くなる。(ちなみに、失業率も南アジア系が高い。)白人家庭の貧困率は十数%であるのに対し、パキスタン系は54%、バングラディシュ系は64%、他アジア系は30%、カリブ海系は21%、アフリカ系は38%、中国系は27%となる。(Households Below Average Income, 2005/06)

 地域別を見ると、英国全体の貧困家庭の比率は全体の22・7%にあるのに対し、ロンドンは28.1%。ロンドンは英国内での住宅費を含む生活費が高い。平均より低いのはイングランド南西部、南東部、東部。スコットランドは20・4%だった。

 近年日本で話題になっている「社会の二極化」、「ワーキング・プア」の存在は、かつてに比べて階級間の格差が減少したといわれる英国でも、議論が続いている。いかに貧困層を減らすか?は常に政策課題となってきたが、1997年発足の労働党政権で、1999年、ブレア首相(当時)が、貧困児童の数を2010年までに半減させ、2020年には撲滅すると宣言したのが記憶に新しい。

 貧困世帯とは同様の家族構成の世帯の平均所得の60%未満を得る世帯を指すと説明したが、一つの目安は、週に35時間勤務で年収約12000ポンド(約260万円)以下である場合。政府によれば、1997年時点で、貧困の危機にさらされている世帯に420万人の児童がいた。児童全体の27%が貧困家庭で生活をしており、これは欧州連合(EU)諸国の中でも最高だった。

 こうした世帯の多くでは適切な働き手がおらず、貧困撲滅にはまず親を職に就かせることが鍵となった。特に雇用率が低い一人親家庭で、11歳以下の子供のいる家庭の親が仕事に関係のある活動に参加した場合には支援金を払う、トライアルで仕事を始めてもらうなどの積極的な雇用支援策に政府は力を入れてきた。現在までに貧困世帯の57%に働き手がおり、60万人-80万人の児童が貧困状態から抜け出すことができたとの調査結果もある。

 しかし、貧困児童の総数は思ったほどには減少していない。昨年3月発表された、平均所得以下の世帯に関する政府統計によると、2005年―2006年時点で、貧困児童数は280万人。これは全児童の22%にあたり、前年よりも10万人増加していた。住宅費や光熱費、住宅ローンの支払いなど、収入の大小に関わらず出費が必要になる、住宅関連費用を差し引いた所得を基準にして比較すると、380万人の児童が貧困家庭に住み、これは全児童の30%にもなる。

 シンク・タンク「インスティテュート・フォー・パブリック・ポリシー・リサーチ」(ippr)が今月上旬発表した調査も、貧困児童の全体数はここ10年で殆ど変わっていないことを指摘した。働き手のいない貧困家庭にいる児童の数は200万人から140万人に減少したが、手当ての増加や税金優遇策の追加が実行されたものの、そのスピードや量が十分ではなく効果をあげるところまでいっておらず、職を持ちながらも貧困から抜け出せない家庭、つまりワーキング・プアが増えたのがその理由、とシンク・タンクは分析した。

―低賃金、人種、雇用体系

 生活が楽にならない原因の主因は低賃金だ。1999年からは最低賃金額が定められているものの、最低賃金以上だが貧困から抜け出せない少額の所得を得る世帯への政府の支援策が少ないと、ipprは分析する。

 労働が十分な報酬に結びつかない理由として、ipprは労働者の技術不足、該当する労働の低生産性に加え、人種、性別、雇用形態による不平等を挙げている。さらに近年の住宅費高騰も低所得者にとっては大きな打撃となる。打開策として、ipprは最低賃金額の上昇、現在は22歳以上が対象となる成人最低賃金額の21歳からの適用、住宅費が特に高いロンドンでは通常の最低賃金額に上乗せした額を適用、また、一世帯で2人の働き手を奨励するような税金優遇策を提供する(2人目が働くことで、それまで提供されてきた扶助金額が減少され、生活が逆に貧しくなるなどの事態が起きないように)などを推奨している。英国における児童貧困問題とは、ここ10年に渡って好景気を謳歌してきた英国の経済システムと密接に関連した、根深い問題とも言える。

 日英の貧困に関する認識度の違いがあるとすれば、おそらく、日本は戦後の高度経済成長以降、「国民=全て中流」とする考えが広く流布し、「貧困」が目に見えなくなった(先述の「論座」、「世界」のコラム指摘)のに対し、英国では社会格差があること自体がーおそらく階級制度の存在のためにー常に意識されてきた、という部分がまずあるかもしれない。また、英国では、貧困に限らず、「社会的に疎外された人々」(貧困、人種、言語、女性、心身の障害など)の生活水準をいかにして上げ、社会参加させるかも大きな政策課題の1つになってきた経緯がある。未だに解決すべき大きな問題であるという点で、英国の状況が日本より良い、とも言えない。起点が違うのだと思う。

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NATIONAL MINIMUM WAGE

全国最低賃金。全国最低賃金法(1998年)に基づき、1999年から実施。額は政府とは独立の低賃金委員会が決定する。昨年10月以降、22歳以上(成人賃金)は時給5・52ポンド(約1150円―日本円にするとずいぶん高いが、英国の物価を加味すると低いのである)、18歳から21歳までは4・60ポンド(958円)、16―17歳は3・40ポンド(708円)に。対象者は約130万人。21歳を成人扱いにするかどうかが政府と労組側の争点になっている。20世紀初頭、一部産業の労働者に最低賃金が定められたが、労働市場の硬直化や生産性低下などを理由に、1993年保守党政権下で廃止され、労働党政権になって復活した。

「英国ニュースダイジェスト」
http://www.news-digest.co.uk/news/component/option,com_wrapper/Itemid,25/
by polimediauk | 2008-01-16 18:22 | 英国事情