小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


by polimediauk
プロフィールを見る
画像一覧
更新通知を受け取る

<   2008年 01月 ( 15 )   > この月の画像一覧


 日本の貧困問題を遅ればせながら考え出すようになり、手元にあった雑誌を見てみると、「論座」昨年11月号に「特集:現代の連帯」という記事があった。「全労連」の専従者で作家の浅尾大輔さんの原稿で、全労連に労働相談に来た人の話が書かれてあった。低賃金、有期雇用(雇用期間が限定されている)若者たちの話で、解雇の脅し、「セクハラ、パワハラ」といった労働者いじめの具体例が出ている。「生存の破壊、誇りの破壊、未来の破壊」に苦しみ、「働いても働いても生命を存続させることが難しい、働いても働いても自分に自信が持てない、そして将来設計すら立てられない」若者たちがいる、と。

 「・・組合活動を始めた私は、働いている人々の表情を自然に意識するようになった・・・(中略)・・・いつも思うことは、みんな働いている、懸命に働いているのだという極めて単純な事実、しかしそれは耐えられない苦しみや悲しみと表裏をなしている場合があるという認識だ。私は、いつか、その苦しみと悲しみがこの世からなくなればいいと思う」。

 ページをめくると、ルポで、「論座」の小丸朋恵さんがある男性を追う。「船舶造修業・労務管理・正社員」の求人票を見て応募した男性が、採用後、「月給25万円」が「自給1000円」に、各種保健加入が任意加入に、休日が土日祝日から平日に変わったことに気づく。「もうキャンセルできない」と言われ、研修期間中に辞めたら、赴任費用を返還しなければならないと言われて、辞めることができなくなる。重労働の末、紆余曲折あって、「青年ユニオン」に別の職場で働きながらも加入する。新しい職場では、「年俸制」と言われたが、月に80時間の残業代が含まれていたー。本当に、読んでいて苦しくなるような壮絶な状況だ。

 「世界」2月号では、首都圏青年ユニオンの川添誠さんと「もやい」事務局の湯浅誠さんが対談をしている。「反・貧困を軸とした運動を」という題がつく。
 
 「困窮した生活の中で意欲も困窮化してしまう。貧困状態の中では世間を器用に渡るためのコミュニケーション能力もなかなか育てられない。そういう人が真っ先に解雇されてしまう。本人もそれに異議を申し立てたり、たたかっていこうとする意欲を持てない。何度も解雇されていくなかで自分への自信も失われてしまっている。貧困とはそういうもの」、「これだけ貧困問題で取材者が来ても、団交を報じたメディアはほとんどない。貧困を解消する労働運動という側面が、あまり出ない」。「障害者団体やシングルマザーの団体、多重債務問題に取り組む団体も、それぞれの問題の根っこに貧困が存在する。でも、これらの団体が連帯していくという発想がこれまでなかった」(川添氏の発言から抜粋)。

 「貧困の問題には社会的偏見が強いために、当事者が発言しづらい」、「貧困状態に追い込まれた人は、〈中略〉、『溜め』が小さくなっています。発言できるまで、『溜め』が回復していくプロセスを前提に考えなければいけない。生活保護を受けてようやくアパートへ入れた人が、翌日から発言できるようにはなりません」(湯浅氏発言の一部)。

 湯浅氏は丁稚奉公が続く美容師の例をあげ、「美容師に限らず、正社員であっても月給十数万で劣悪な長時間労働を強いられいてる人がたくさんいる」と指摘している。

 川添氏:「ある女性が労働条件が当初の約束とあまりにも違うので辞めようとしたら、『そんなにいきなり辞めるなら一か月分の給与は払わない』と経営者に言われた。その賃金は未払いのまま新しい会社に就職したのですが、給料日まで20日ぐらいある。その間の交通費がまかなえない。このままだと通勤できないために失業してしまう」。

 ・・読めば読むほどにつらいなあと思うのと同時に、自分自身の体験を思い出す。実際に働き出して、当初の労働条件とは違っていたり、急に職務内容や時間が変わったり、経費支払いを約束された後で、突如「経費は払えなくなった」といわれ自腹を切ったりー。ある会社でアルバイトをしていた時、景気が悪化し、他のアルバイト仲間が「人員削減の際には、君から辞めてもらう」と言われた時のことも思い出す。会社が経営不振に陥り、未払いとなった給与、賃金もずい分ある。その時の悔しさ、悲しさを思い出す。労組にまともに入ったことなく、意識が低かった自分自身の未熟さ、弱さも。

 自分自身がいやだなと思ったことは、多くの人にも起きていたし、現在も起きていると改めて感じ、雑誌の記事が頭に残った。

 「世界」湯浅氏によると、厚生労働省は生活扶助基準に関する検討会を開き、11月30日、結論を出した。大臣は生活保護基準の切り下げを言明している。しかし、切り下げで生活保護を受けている人の収入が減るのだと湯浅氏は言う。最近では、「老齢加算や母子加算が削られることで、70歳以上の高齢者や母子家庭の人たちは、すでに収入が二割近くカットされて」いる。これに加えて生活保護基準が切り下がれば、「合計20%以上の切り下げになる」。一般の人で収入が20%以上減れば大変で、「ぎりぎりの生活をしている人にしてみればなおさら」だと言う。「弱い者にだけ収入の切り詰めを求めるのは、どう考えてもおかしい」。

 英国の貧困について、次回、書きたい。
by polimediauk | 2008-01-15 01:08 | 日本関連

 英語とフランス語(+アラビア語、スペイン語)で24時間、「フランスから見た世界」のニュースを報道してきた「フランス24」だが、サルコジ仏大統領が、英語版をなくすると表明した。純粋にフランス語放送のみにするそうである。独シュピーゲル・オンライン(英語版)が1月3日付で伝えた。

 フランス24は世界に向けた主に英仏語の24時間ニュース放送で、シラク前大統領が開始に力を入れてきたもの。米国のCNNや英国のBBCに対抗する、という目的だった。グローバルニュースが英語メディアに席巻されていることに、我慢がならない、ということで。

 今回の英語放送停止表明は、嫌・反シラクという意味合いも微妙にあるのかどうか。

 フランス24は2006年12月開始なので、始めてからまだ一年ちょっとしか経っていない。フランス語だけの放送は、「フランス・モンド」と名づけられる。フランス語放送TV5、ラジオ・フランス・インターナショナル、フランス24が協力して作り上げる新体制は、年内には(時期未発表)発足する予定だ。「フランスの視点」を出すためには、フランス語放送に英語、スペイン語、アラビア語の字幕が適宜つくことで「十分」としたようだ。

 フランスのテレビ局が多言語で放送をしていることを「心地よく思わない」と大統領は述べ、「国民の税金を使いながら、フランス語放送ではないチャンネルを放映はしたくない」と会見場で述べたそうだ。

 放送労組のSNJ-CGTは怒りを表明した。AFP通信によると、英語版担当スタッフは、「悲しみにくれ、衝撃を受けている」と語っている。英語・アラビア語放送が消えれば、「フランスが時代に遅れているというイメージを与える」とその一人は話している。

http://www.spiegel.de/international/europe/0,1518,527544,00.html
by polimediauk | 2008-01-13 21:50 | 放送業界

 オーストラリアの作家ベン・ヒルズ氏が書いた本の邦訳「完訳:プリンセス・マサコ」を読んだが(英語原本―訂正の前―も買ったのだが、何と言っても日本語の方が読むのが早いので)、最後まで読む前に、翻訳をした藤田真利子さんという方が、著作を「ある人権侵害の記録」として読んだ、とあとがきを先に見た。

 「人権侵害」(皇室の人間の)として、確かに読めなくもないだろうけれど、やはりストレートには、ある女性の物語、ということになるだろうか。ある一人の日本人女性の人生の話。雅子妃は私よりも5歳ほど若い。35歳から45歳(+)の日本人女性にとっては、多かれ少なかれ、自分自身の人生と重ねあわせる部分があるのではないだろうか。

 結論から言うと、読んで良かったと思った。が、感想をもし一言で言うなら、「肩すかし」だった。

 何故肩すかしだったと思ったのか?それは後で英ジャーナリストの指摘でやっぱり・・と思うのだが、その前にまず、日本の様々なしきたり、皇室の説明など、外国人向けに書かれた部分は結構おもしろく読んだ。知らなかったこともたくさんあった。

 しかし、読み始めてすぐ感じたのは、おそらく自分が日本人のせいだろうと思うけれど、所々、どきっとするほど露骨でいやな感じの表現があった。皇太子の顔の表現で、「遠くから見ると目を開けているのか閉じているのか見分けにくい」という部分(23頁)や、「少なくとも片方は性体験のないであろう新郎新婦は」(36頁)など、ここに書くとなんでもないような感じだが、本を読んでいると、目に飛び込んでくる感じ。「性体験」うんぬんは、事実かもしれないが、「ここまで言われたくない」思いがした。

 ヒルズ氏はたくさんの人を取材している。雅子妃の恩師など。しかし、内情を深く知る人たちにせっかく時間を割いてもらったにも関わらず、この人たちからのコメントが非常に短く、浅く、さらっとしている。(ふと、本当に自分で会ったのかな??という疑問も出てきたが。リサーチャーを使ったと言うことはないのだろうか?)あまりにも取材からヒルズ氏が得た印象が薄いので、これでは雑誌や新聞の切抜きからコメントを取っただけでも足りたのではないか、と思えてくる。

 取材で会ってくれた人から、殆どたいしたコメントが取れていないー。これが非常に不思議だった。

 最後まで読み終えると、雅子妃の人生に、ヒルズ氏が一生懸命肉薄しようとし、たくさんの取材源にあたった「プリンセス・マサコ」は、雅子妃に対する熱い思いが出ていたと思った。

 しかし、ヒルズ氏の本には何かが欠けているような気もした。それは新しい発見と言うか、何らかの洞察、「あ!」という部分がなかった。私にとっての新しい発見がなかった、というよりも、ヒルズ氏にとって、取材や執筆を通して、新たな洞察がなかったのではないか?

 ・・・という説明は分かりにくいかもしれないので、フィナンシャル・タイムズのデビッド・ピリング氏の書評を紹介したいのだが、彼が読んだところでは、「プリンセス・マサコ」は雑誌や新聞記事の切り取りを集めただけのように見えた、という。(2006年12月23日付。The Daily and the Devine, by David Pilling)。著作は「部分的には楽しめるし、考えさせられるところもある。・・・しかし、絶望的な結婚の真実を見抜くことにも、日本の女性、子育て、精神病、皇室に対する考え方といった問題への納得のいくような説明を提供することにも失敗している。代わりに、当てこすりやステレオタイプだけだ」。「軽薄な表現」も絶えず、「近代日本の父であり、5人の別々の女性たちに産ませた15人の子供の父でもあった、放蕩な、外国人嫌いの、明治天皇」という表現を例にあげている。将来的に、雅子妃に関するもっと良い本が出たら、この本は棄てられる、として終わっている。

 「プリンセス・マサコ」―これはこれだが、もう少し、ヒルズ氏の洞察・新たな発見が知りたかった。いずれかは誰かが書くだろう。
by polimediauk | 2008-01-08 20:19 | 日本関連

王室と英メディア(下)

 昨年11月に「王室と国民をつなぐ英メディア(上)」を出して、
http://ukmedia.exblog.jp/7361638/

 その後、間があいてしまったのだが、「下」では「プリンセス・マサコ」の話もからめて、英王室と日本の皇室の報道を少し比較してみた。

 前に、プリンセス・マサコや雅子妃のことをこのブログで書いた時、読まれた方からいろいろなコメントを頂き、かなり勉強になった。それに答えるつもりで、やや回りくどいようだが王室と皇室がイコールではない状況の説明をしてみたつもりだ。

 講談社からの出版がうまく行かなくなったことを、前に書いた時は「言論の自由の侵害」と見て、かなり頭に血が上っていたのだが、平たく言えば確かにそうであるのだが、考えるほどに、様々な状況が違うなあと今回は思った。

 次回、私自身の「プリンセス・マサコ」の読後感も書きたい。


王室と国民をつなぐ英メディア(下)
過熱報道続く中、品位維持に苦心


(新聞通信調査会報2008年1月号掲載分)


 英王室はイングランド王の歴史から数えると1000年近くの伝統を持つ。「君臨すれども統治せず」の原則に従う立憲君主制を持つ現在の英国で、王室は国民に愛され、支持されるために開かれた存在であることを目指す。しかし、開かれた存在であるために情報公開を進めるほど、神秘性が薄れ、特別な存在ではなくなってしまう可能性もある。在位50年を超えた女王エリザベス二世は、情報公開の度合いと一定の神秘性の維持とのバランスに苦心しているようだ。

 英王室報道の最近の例を、日本の皇室との比較を少々交えながら分析してみる。

▽王室は「腫れ物」ではない

 昨年7月、米政治スキャンダル、ウオーターゲート事件をもじって「クラウンゲート(クラウン=王冠)」と呼ばれる事件が起きた。BBCの秋の新番組の1つに、女王の1年間を追ったドキュメンタリー作品があった。放映開始を前に、BBCは番組の予告編を報道陣に公開した。この中で、バッキンガム宮殿の一室で、女流写真家が女王の写真を撮影する場面があった。写真家は女王に「王冠を取ったほうがいいのでは」と声をかける。女王はむっとした様子を見せ、その後、宮殿内を急ぎ足で歩く場面につながっていた。写真家の指示に怒った女王が、部屋を飛び出して行ったかに見えた。しかし、この二つの場面は時系列が逆に編集されていた。

 BBCの担当者は、逆編集であったことを知らないまま、「女王が怒って部屋を出た」点を番組の目玉として報道陣に紹介していた。予告編は、番組を撮影した独立制作会社RDFが自社を海外顧客向けにアピールする目的で作ったビデオだった。

 逆編集であったことが発覚し、BBCは女王に謝罪した。謝罪は事実とは異なる編集であったことを詫びるのが趣旨で、権威に屈服したのではなかった。関係者への処罰も、当初問題外とされた。もし日本で皇室に関わる同様の事態が発生した場合、関係者の降格はもちろんのこと、報道機関のトップの首も危うくなったのではないだろうか。

 英国では、「一国の君主に関わる番組制作では、事実確認を複数回繰り返すべきだった」という意見が表明された(テレグラフ紙)が、これはほんの一部で、「インパクトを高めるために、故意に事実とは異なる編集をした」、「制作会社が逆編集をした事実を、何故BBC側は察知できなかったのか」など、ジャーナリズムの品位やメディア側の管理責任を問う声が圧倒的だった。王室は重要だがあくまでも1つのトピックであり、「触ってはいけない腫れ物」とは考えられていない。この点が日本の皇室とは決定的に違う点かもしれない。

 秋になって、BBCの担当者は辞任した。失態が王室に関わることだったからではなく、逆編集であったことを掌握しておらず、その後の対応も遅れたなど、管理能力の欠如が問題となった。BBCでは、複数の視聴者参加型番組での不正事件が年頭から明るみに出ており、クラウンゲート事件の発覚で、誰かが責任を取らざるを得ない状態になっていた。経営陣が辞任するべきところを、代わりにスケープゴートになったとする見方も強い。

▽常に関心の高いトピック

 王室は常に国民の関心の高いトピックの1つだが、特に近年過熱報道の対象になったのは、10年前の夏、パリで交通事故で亡くなったダイアナ元皇太子妃だった。現在でも報道の頻度は高く、ゴシップ雑誌「ハロー」によると、元妃の記事を掲載すると販売部数が20%以上伸びると言う。

 昨年10月上旬からは元妃の死因審問がロンドンの高等法院で本格的に開始され、「新事実」の数々が紙面を飾った。報道フィーバーをよそに、高等法院に足を運んで審理を見学する人はまれだ。インディペンデント紙(10月22日付け)はこれを「観客のいないサーカス」と呼んだ。元妃の記事が部数増加に結びつくとしても、事故直後、英国全体が悲しみに暮れた時に見聞された、一種の熱狂はさめているのかもしれない。当時は、国民の多くが死の知らせに涙を流し、元妃が住んでいたケンジントン宮殿やバッキンガム宮殿前に献花を行う長い行列が続いたものだった。

 現在、メディアの論調は大きく2手に分かれている。大衆紙は、悲劇のプリンセスを愛情を持って振り返ったが、高級紙には過去の感情の吐露を一種の恥、あるいは狂気であったとする記事が複数出た。ウーマンズリブの旗手として人気が高い、学者ジャーマイン・グリアー氏は、8月末エジンバラで開催されたイベントで、元妃を「頭の回転が遅く、神経質で、心の曲がった、馬鹿者」と定義した。過去の興奮状態を恥じ、元妃を知的高みからバッシングするのが、一種の流行となった。

 タイムズのコラムニスト、マシュー・パリス氏は元妃の評価が2手に分かれるのは、階級の問題だと指摘した(9月1日付け)。 確かに、元妃の死を未だに自分の友人や家族の死のように悼み、ダイアナ・グッズを集めることに熱中する人は大衆紙やゴシップ雑誌の読者、つまり労働者階級やローワー・ミドル・クラスに属する場合が多い。パリス氏は、英国全体がかつて元妃の死を悲しんだことに対し知識人が「恐怖感を感じる」のは、自分たちの階級の存在が脅かされると思う不安感ではないか、と分析している。

▽「一時代の終わり」?

 昨年夏の死後10年追悼式典で、元妃の二男ヘンリー王子は、「メディアではいろいろ言われたが」、元妃は「最高の母親だった」と述べた。これを機に事故死を巡る陰謀説や元妃に関する様々な憶測報道を終息させたいという思いが伝わった。翌日の各紙は「一時代の終わり」(タイムズなど)とする見出しをつけた。

 しかし、同年秋から始まった死因審理では元妃が妊娠していたかどうかも死因判定の要素となったため、腹部の線をあらわにした元妃の水着姿が新聞各紙に掲載され、「一時代の終わり」どころではなくなった。

 ヘンリー王子と兄のウイリアム王子は、母親をパパラッチに追跡された後に遭遇した事故で失った。今さら水着姿の写真は目にするのもつらいだろうが、王室側にはこうした報道を止める手立てはない。

 婚約時代のダイアナ元妃に対する過熱報道をほうふつとさせたのが、ウイリアム王子の恋人、ケイト・ミドルトンさんの登場だった。王子は、ミドルトンさんが頻繁にパパラッチに付け回され、嫌がらせ行為に達しているとして、昨年、王室の弁護士を通じて英報道苦情委員会を通し、メディアに報道自粛を何度か申し出ている。これに対し、王子の思いを汲んだと言うよりも、王室に愛着を持つ読者からそっぽを向かれることを嫌った新聞数紙が「パパラッチの撮った写真は使わない」と宣言した。しかし、外国メディアのパパラッチの行動には報道苦情委員会の手は及ばず、メディア側の需要が高いこともあって、いつの間にか、ミドルトンさんを付け回して撮ったと見られる写真が掲載され、自粛はなし崩し状態になっている。

 これより先の2006年11月には、スクープ記事を多発していた日曜大衆紙ニューズ・オブ・ザ・ワールドの王室記者がウイリアム王子の携帯電話の会話を違法傍受し、有罪となっている。

 王室はあらゆる手を使ってスクープを得ようとするメディアに、常時執拗に追われている。

 過度の報道を避けたいと思っても王室が出来ることは少ない。せいぜいの対抗策としては、広報を通じてメディア各社に報道自粛願いを出す、あるいはもし事実と異なる報道がなされた場合はこれを正すよう各社に直接連絡するなどだが、自粛依頼には正当な理由(例えば王子2人が勉学中の取材自粛依頼など)が必要となる。

 王室は決して報道の聖域ではないことを王室側も、メディアや国民も承知しており、テレビのコメディー番組などでも王室は頻繁に諷刺の対象になり、謝罪するあるいは訂正を出す状況にまでは発展しない。先のクラウンゲート事件で女王への謝罪にまで発展するのはまれだ。王室側がこうした風刺や批判に表立って抗議をすれば、「表現の自由の侵害」として大きな非難にあうのは必須だ。王室に限らず、政府、企業、非営利団体などは表現の自由への干渉ととられかねない行動をしないよう、かなり神経を使うのが現状だ。

▽「プリンセス・マサコ」と英王室

 オーストラリアの作家ベン・ヒルズ氏が雅子妃の生涯を描いた「プリンセス・マサコ」(原文英語)を、2006年に出版した。この邦訳版の出版を巡り、日本で表現・言論の自由に関わる問題が起きた。

 講談社から出版予定だったが、「事実の間違いがある」とする書簡を宮内庁側が出版者側に提出し、出版は中止された。理由は、「著者との信頼関係を持てなくなった」(講談社担当者、日刊ベリタ07年4月30日付け)だ。

 同年8月下旬、第三書館から邦訳版が出版された。講談社用の邦訳から削除された雅子妃の鬱病、愛子内親王誕生の経緯など149カ所を入れ直し、事実の間違いを訂正し、「完訳プリンセス・マサコ」として出た。発売時、全国紙や地方紙の一部が本の広告掲載をしないという事態も起きた。

 「完訳」が出るまでの経緯をつづった「『プリンセス・マサコ』の真実」を同じ出版社から出した野田峯雄氏は、「宮内庁や外務省の圧力」が広告不掲載の背後にあったとし、ベリタ(9月8日付け)紙上で、「戦後の紙誌を舞台とする言論出版史においては、いわゆる前代未聞の出来事が発生している」と評した。

 英国の作家が書いた、ダイアナ元妃の生涯に関する本だけでも数十冊ある英国の状況からすると、「プリンセス・マサコ」の日本での出版に関わる事態は異様である。しかし、「言論の自由の度合いが違う」として、締めくくってしまう前に、日英の状況の違いを見てみたい。

 本稿(上)で見てきたように、メディアを通じ、長い年月をかけて英王室は国民とつながってきた。王室は常に諷刺や批判の対象になってきた歴史があり、国民は王室を笑いながらも愛情を持ち続けてきた。王室を批判するコメンテーターの出演をBBCが拒否したのは1950年代半ばだったが、民放局の開始でBBCの独占状態が崩れると、こうしたコメンテーターを民放が出演させ、視聴率率を稼いだ。エリザベス女王の教師だった女性が、1950年、退職後に体験談を米雑誌に語った時、女王はこれを快く思わず、当初、英国では内容は公開されなかったが、時代の変化とともに、王室批判の書籍、雑誌、テレビ番組、映画を、女王自身も国民も受け入れるようになった。

 1960年代以降、社会全体も大きく変容した。堅苦しさを嫌う風潮が広まり、表現・言論の自由の度合いも拡大した。これに伴い、王室に関する報道の規制緩和や情報公開の度合いが進んだ。

 「プリンセス・マサコ」の邦訳版に関わる経緯には、これまで外国の作家による本格的な著作がなかったことや雅子妃の生涯にまつわる困惑するような要素が入っていた、つまりは、様々な面で初めての動きであったがための過剰反応という要素があったのではないか。また、皇室に関する批判や諷刺が英国ほどは一般的でない状態での出版だったことも一因であろう。

▽議会が王に優先

 英王室報道と日本の皇室報道の違いの根本的な要素として、王室、あるいは皇室の日英での位置づけの違いがあるだろう。

 英国では13世紀以降、国家大権を拡大しようとする国王と王の権限を狭めようとする議会との間で闘いが続いてきた。17世紀の「権利の章典」は王位に対する議会の優位を認め、国王といえども法の支配下にあり。議会が最終的な決定権を持つことになった。近年の具体例は1936年のエドワード八世の王冠放棄だった。国民が選ぶ下院議員の支持しない、離婚経験を持つ米国人女性との結婚を選ぶなら、王位を放棄するしかないと首相は王に迫っていた。

 立憲君主制国家英国のエリザベス女王は、自分を国民に「仕える存在」として見る。自分の1年を追うドキュメンタリー作品の制作を承諾したのも、開かれた王室としての1面をアピールし、国民からの継続した支持を得るためだ。政治問題に関する言及は一切せず、表現の自由を侵犯したと言われないよう、細心の注意を払っているようだ。メディアの巨大な影響力におびえているかにも見える。王室を自由に報道、批判できる英メディアを日本のメディアはうらやましく思うかもしれないが、10年前に亡くなった母親の水着姿の写真を高級紙で目にしなければならない王子2人の気持ちは相当つらいのではないか。また、携帯電話を盗聴されるほどメディアに追い掛け回される状態は、果たして望ましいことだろうか?

 かつてメディアに対し自分の不倫を告白したチャールズ皇太子が国王になった時、王室報道が一気に低俗化するのではと私は危惧している。(この項終わり)
by polimediauk | 2008-01-02 09:05 | 英国事情

 夜中の12時を回る少し前から、花火を打ち上げる音が近所で響く。12時には一斉にその数が増した。クリスマスは家族で過ごし、12月31日は友人や恋人と一緒に過ごすという人が多いようだ。

 年末から気になっていることが2つある。パキスタンで元首相だったブット氏が暗殺された。パキスタンの歴史に関しては、ALL ABOUTのサイトが非常に分かりやすい。

http://allabout.co.jp/career/politicsabc/closeup/CU20071129A/index.htm

 パキスタンは1947年英国の植民地の地位から独立したが、隣国インドと比べても民主化が遅いという見方が英国内でも一致している。今回の暗殺事件関連の記事を読むと、インドの識字率は65%でパキスタンは45%ほどと低く、しかもさらに低下傾向にあると言う。

 英国内で「パキ」(パキスタン人)と相手を呼べば、一種の侮蔑表現にもなる場合がある。パキスタン系英国人若者たちの失業率は他の人種に比べてダントツに高い。7・7のロンドンテロの実行犯4人のうち、3人がパキスタン系英国移民の青年たちだったこともあるし、あまり良いイメージはない。

 亡くなったブット夫人の19歳の息子が跡を継ぐことになったが、息子は今オックスフォード大学の学生だ。これでパキスタンの問題が英国民にとって、一段と身近になった。因縁というか、パキスタンと英国の仲は切っても切れない。核保有国でもあるパキスタンの安定化が世界の安定化に大きく貢献することは確かだ。息子もいつかは暗殺される可能性が少なからずあるだろう。何となく、はらはらしながら注目している。

 もう1つは日本の貧富の二極化現象だ。本当に二極化しているかどうか、小泉政権が悪かったという人もいたが、ほんの数年の統治でそれほど社会が変わるものかどうかーと思っていたが、「世界」1月号を読み、目からうろこが落ちる思いがした。

 内藤克人氏の対談の中の指摘で、日本は長い間「会社一元支配社会」の中に生きており、会社にロイヤリティを差し出しさえすれば、「会社福祉体系」の恩恵から排除されずに済んだ、とある。しかし、「その代償として、社会全体の近代的な福祉・社会保障体系は構築されないまま放置され」た。

 同じ「世界」で、後藤道夫氏が今度は戦後日本の貧困問題を分析する。欧州との比較の文脈も出てくる。「現在の日本の税制と社会保障は、勤労世帯の貧困急増を緩和する機能をほとんど持っておらず、しかも日本の政府はそうした機能がなければならないとは考えていない。これは先進国の政府としてはきわめて異例」だという。ワーキングプアーは常に存在していたが、忘れられた存在になっており、近年再び社会の強い関心を集めたに過ぎないのである。「勤労能力がある働き手を持つ世帯が貧困生活におちいるのは、例外的、あるいは一時的事態であるはずだ、という理解が支配的だった」。自分自身もそう思っていた。「貧困は一時的・恒常的な労働不能者(高齢、傷病・障害など)の問題だという『社会常識』は、高度経済成長後半期以降、強力に日本社会を覆っていた」-。

 そして、「日本の最低賃金が単身者の生計費にも達しない水準であり続けた最大の理由は、最低賃金が実際に規制する主婦パートや学生アルバイトの賃金が、それだけでその当人の生計費をみたすのではなく、日本型雇用で遇される男性世帯主の賃金収入の補助部分と考えられてきたからである」-。(これが男性に労働を頼る構造、つまり過労死を生みやすい構造にもつながるのだろうか?)

 後藤氏によると、英国で貧困の再発見が行われ、勤労低所得層が公的援助を受けやすい方向への制度改革が行われた時、日本では、公的扶助の対象を、能力欠如・欠陥に由来する弱者層に絞り込む転換が起きたという。つまり、勤労所得者は自分で働いて自分の生活をまかなうことが期待されるので、政府からは支援はあまりない方向になってしまったようだ。基本的考え方が違うようなのだ、欧州と日本では。

 英国で暮らしていると、様々な金銭上の扶助サービスが提供されているのを実感できる。低・中所得であるがゆえに提供されるサービスがどれか、今ここでは正確に分けられないので思うままに挙げてみると、例えばロンドン近辺在住で60歳になると、「フリーダムパス」という定期券のようなものが得られる。ロンドン市内の公共交通費(電車、バス)がすべて無料になる。朝のラッシュ時を除くので、午前9時半以降になるのだけれども、一日中無料とほぼ同じだ。英国全体の電車賃もディスカウントが受けられる。また、年金をもらうのは男性で65歳からだが、60歳を過ぎると、「ペンション・クレジット」という名称で、年金を先にもらうことができる(大雑把な説明で恐縮である。)企業を退職してもし年金をもらうまでにはまだ間がある人にとって、大変助かる補助となる。

 高齢者の例をあげたが、シングル・マザーであるとか、疾病のために働けないとか、様々なハンディがある場合にももちろん金銭的支援がある。冬には「燃料費」という名目でお金がもらえる。例えば、具体的には、我が家の場合、日本円にして6万円ほどをもらった。国民医療サービスは税金によってまかなわれるので、基本的に診察料は無料である。収入が少ない場合、薬代も無料になることがある。 

 細かい点の話でなく、全体的な考え方が違うのだろう。英政府は貧困撲滅を政策目標の1つとしている。

 かつて、私は、英国が貧困撲滅をマニフェストに入れているのを知った時、「先進国であるのに何故?」と思い、日本は既に先を行っていると思ったけれども、そうではなかった。低・中所得層に対し様々な財政支援がある英国で暮らすと、確かに、日本には欠けている部分があると感じ、いつまでも貧しい生活から抜け出せないシステムが、近い将来少しでも改善されることを願う。

 話がそれるようだが、日本社会の社会保障や雇用に関する厳しさを感じた具体例として、私の日本の家族の一人は障害者認定を受けているが、仕事を探し、昨年秋から2度、試用勤務をした。どちらも2週間ずつ。いずれの場合も交通費も日当も出ない。これが現実だ。2週間分の勤務時間と一日に1000円近くかかった交通費。「使えるかどうか分からないのだから、最初は給与は払わなくて当然」ということだろうか。日本にいたら、「仕方ない」と思ったのだろうが、英国に住んでいると、何と厳しい制度だろうと思う。自腹を切って、頭を下げて仕事をもらうのだから。

 「世界」同月号の「釜が崎」の賃金ピンハネ記事も残酷だ。

 他にもいろいろ思い当たるふしがあるが、結局のところ、自分自身うすうすそう思っていたのだけれど、指摘されてみて、「やっぱり」と思った。つまり、一旦会社のシステムから出てしまうと、かなり厳しいことになるのが日本ということになるのだろう。ワーキングプアは前からあったが、今になって、多くの人が気づきだした、と。・・・そうすると、昔のバブル経済も含めて、好景気で騒いでいたときも、こうした状態が一方ではあったことになる。愕然とする。「中流」というのは幻想だったんだな、と。

 日本の新聞を読んでいて、税金の記事で、「両親に子供2人・男親がホワイトカラー」というケースがよく具体例としてイラストつきで説明されてきた。ここ30年ぐらい、自分はこれに入らず、常に疎外感を感じてきたが、実は該当しない人の方が多かったのかもしれないな、と思ったりする。今となってみると。

 年末、某パーティーで会った日本からの特派員の方が、「日本に戻ったら、じっくりと地に足を下ろした取材をしてみたいと思っている」と話していた。二極化の文脈の中の話だったように記憶しているが、今になって、その意味が分かるような気がしている。
by polimediauk | 2008-01-01 21:32 | 日本関連