小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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<   2008年 02月 ( 17 )   > この月の画像一覧

 英国教会の最上席の聖職者、ローワン・ウィリアムズ・カンタベリー大主教は、2月7日、BBCのラジオ番組の中で、英国内でイスラム聖法「シャリーア」を部分的に適用することは「不可避」と発言して議論を巻き起こした。異なる文化や価値観を尊重する多文化社会を標榜する英国だが、この発言は多くの反発を引き起こし、大主教の辞職を求める人さえ出た。英国におけるシャリーア法が担う役割と、大主教の発言の真意を追った。(「英国ニュースダイジェスト」、最新号より転載。)

 シャリーアはイスラム教に基づく法的、宗教的規定で、食生活から服装、結婚に至るまで、イスラム教徒の日常生活に関わる広義な行動規定を定めるが、多くの英国民にとっては、窃盗犯の両手を切り落としたり、姦通罪を犯した者は石打による死刑、断頭刑など、極刑を下す法というイメージが強い。さらには、イスラム教徒が多いパキスタン系英国人家庭を中心に、若年の娘を強制的に結婚させる慣行や、親が決めた結婚相手を拒否した場合、「家族の名誉を汚した」という理由で親類の手で娘を殺害するなどの衝撃的な事件が、近年表面化していることもあって、西欧では人権面から特にイスラム聖法の批判が根強い。

 もしイスラム法と既存の法制度の並立を大主教が提唱したのだとすれば、「法の前の平等」という英社会の大原則の1つが揺らぐことにもなる。多文化社会の英国だが、「法制度まで宗教によって分けるのは行き過ぎ」という声が上がった。「ますます社会が分断化される」と、平等人権委員会のフィリップス代表は警告し、「軽はずみな発言した大主教の見識を疑う」として、辞任を求める教会関係者も出た。

 数日後、英国教会の総会で、ウィリアムズ大主教は先日のスピーチは表現が「まずかった」と認めながらも、英国教会の最高指導者の自分が「全ての宗教のために発言をする」ことは重要、とした。また、「複数の法制度が平行して存在することを提唱したわけではない」として、社会的連帯を維持するためにもイスラム法容認不可避の姿勢は変わらないと繰り返した。

―大主教の真意は?

 英国には既にシャーリア裁判所やユダヤ原理主義裁判所が存在し、その判決に法的拘束力はないものの、離婚も含めた民事紛争の調停場所として機能している。近年は家庭問題などをこうした場所に持ち込むケースが増えていると言われ、大主教の発言は、冷静に考えれば、現実に即した発言とも取れる。「シャリーア」と聞けば極刑を連想する国民意識が、発言を巡る大論争を過熱化させたのかもしれない。

 大主教の真意は、大主教から見れば行き過ぎにも見える世俗主義社会と信仰の関係だった、と宗教専門家らは指摘する。 「法律は宗教心のある人々の良心を守るためにあると当然のように考えてきたが・・・社会がますます世俗化する中で、これが当然のことだと簡単に言うことができなくなってきた」とする箇所も含め、次第に宗教が生活とは切り離された存在になりつつある現代社会に、トップの聖職者として警告を発したのだ。自分の存在感を示した、とも言える。「今後も他の宗教に関わる懸念について、問題を提起していきたい」と語っているところを見ると、これからも大主教の「問題発言」は続きそうである。

                  ****

―カンタベリー大主教プロフィール

1950年、ウエールズ地方のスワンジーで、鉱山技師の息子として生まれる。ケンブリッジ大学、オックスフォード大学で学び、両大学で神学を教える。36歳でオックスフォードで最も若い教授に。ウェールズ大主教を経て、2002年、第104代カンタベリー大主教に任命される。イラク戦争反対、奴隷貿易で政府に謝罪を求めるなど、宗教以外の分野での発言で物議をかもす。同性愛者や女性が主教になることに寛容な姿勢を見せ、英国国教会やその世界的組織「聖公会」(アングリカン・コミュニオン)」を二分した人物、とも言われている。神学者、大学教授、詩人でもある。神学講師で作家の夫人との間に2人の子供がいる。

―英国の宗教人口内訳 (2003/04年)

キリスト教徒  71.8%
イスラム教徒2.8%
ヒンズー教徒1%
ユダヤ教徒0.6%
仏教徒0.3%
特定の信仰なし・無宗教23.5%
(Source: Office for National Statistics)

―シャリーア法とはQ&A

イスラム教における、宗教に基づく法体系。内容は宗教的規定のみでなく、民法、刑法、訴訟法、国家論、国際法など、イスラム教徒の生活のあらゆる側面を含む。「シャリーア」とはアラビア語で「水に至る道」で、コーランの教え、預言者の言行、イスラム教法学者が使う「ファトワ」(勧告、見解)などを基にする。その解釈には様々な説がある。

―実際にはどのように使われているか?

日々の生活の場面において、個々のイスラム教徒はシャリアの教えに影響を受けるが、裁判沙汰になった場合、イスラム教国家ではシャリーアの教えに基づいた罰則を適用する。非イスラム教国家でも、シャリーアの裁判所が設けられている場合があり、西欧諸国では家庭やビジネスに関わる紛争処理で使われていることがある。

―シャリーア法と英国の法律の関係は?

イスラム教あるいはユダヤ教の伝統に沿った食肉の流通・販売が、英国の食物規制法の下で許可されている。また、イスラム教は金利から利益を得ることを禁止しているので、利子がつかない金融商品の販売を行なうイスラム金融を、財務省が認可している。

―離婚について

イスラム教徒の男性が、アラビア語で「離婚」と3回唱えると離婚が成立する、という考えがあり、これで十分だと見なす男性と、十分ではないと見る男性がいる。実際には、言葉を唱えるのは単なる象徴的な行為だと言われている。
(参考:BBC他)


―関連キーワード

ARCHBISHOP OF CANTERBURY カンタベリー大主教。ケント州の大部分が入るカンタベリー教区の主教で、教区内の礼拝、指導や様々な関連業務の責任者。同時に、英国国教会とその世界的組織「聖公会」(アングリカン・コミュニオン)」の最上席の聖職者。英国教会内の及び世界中の異なる宗教間の関係を促進する役目を持ち、その発言は、大きな影響力を持つ。元々はローマ・カトリック教会のカンタベリー大司教だったが、ヘンリー8世がローマ教皇庁から離脱し、英国教会を創設して以来、イングランド王に選任されるようになった。現在では女王の名により指名されるが、実際には、聖職者と信徒で構成される委員会が選んだ候補者から、英首相が選ぶ。
by polimediauk | 2008-02-29 00:56 | 英国事情
 フィナンシャルタイムズのサイト(トップページ上)から「ビュー・フロム・ザ・マーケッツ」のビデオクリップが見れる。(25日分)

 前に東京支局長で今はFTのグローバルマーケットエディターのジリアン・テット記者がUSBシニア・エコノミック・アドバイザーのジョージ・マグナム氏にサブプライムロンーン問題の大きさ、これからどうなるか、今後このような問題を防ぐにはどうするか?に関して、聞いている。

 テット記者は日本の長銀が新生銀行になる過程を「セービング・ザ・サン」(邦訳)という本にも書いている。

 マグナム氏によると、未だサブプライムローン問題が引き起こす影響がどれぐらいになるのか、分からず、それは状況が悪化しているというよりも、まだ全貌が明らかになっていないから、と見ている。1兆ドルに上る可能性もあるという。

 問題解決には、よくメディアが言うような金融当局の金利調整や資金供給などは十分でなく、金融規制の見直しや、支払能力問題をどう解決するかを考慮することが必要としている。これまでの「金融危機」と比較しても深い、と分析している。米国では10月にも、ローンを払えなくなった住宅所有者への救出策が発表されると予測している。

  英国では国有化されたノーザンロックをめぐり、「誰が悪いのか?」と責任のなすりあいがある。英金融業界内では金融当局を責める声が高いようだ。英野党第2党の自由民主党は国有化を早い段階から提唱しており、保守党は政府の国有化決定を非難しているようだ。国民からすれば、誰が本当のことを言っているのか分からない状況が続く。
by polimediauk | 2008-02-25 23:42 | 英国事情
 日本に一時帰国し、夜中NHKの地球温暖化の取り組みの番組(おそらく再放送)を見ていたら、最後に、「日本はどうするべきか?」という議論があった。いわゆる「国際社会」の中での日本の戦略を識者が語る、という体裁を取っていた。

 番組の最後の方しか見なかったので、全体を見ない中での感想になるが、「日本はもっとがんばらなければ」、「世界に素通りされてはいけない」など、発言力を増大させるにはどうしたらいいのか、という論調と、「もっともっと(国内で)省エネをしよう」という論調があった。

 もし「国際」+「環境(地球温暖化)」ということで考える・議論をするなら、「中国やロシアをどうするか」、あるいは環境に配慮した経済成長を考慮に入れるひまのない開発途上国はどうするか、という話もあった方がいいのだろうし、不思議だなあと思って見ていた。中国、ロシアを日本がどうやって支援するのか、とかの方が、もし「発言力を増す」のが目的なら、よっぽど効くのではないかと思ったり。(もうやっているとは思うが。途上国の支援は。)


―英陪審制と報道とのかかわり (下)

―陪審員への取材も敢行

 英メディアは様々な規制に果敢に挑戦しながら、報道の自由の範囲を広げてきた。裁判報道を規定する法廷侮辱罪の場合も例外ではない。ライバル社との熾烈な競争の中、法の網の目を潜り抜け、時には違反の罰金を払いながらもこれをむしろ一種の勲章として報道を続けてきた。また、報道機関として根幹にある「真実の追究」も挑戦の原動力の一つだ。

 真実の追究への努力が実ったのが、BBCのドキュメンタリー番組「パノラマ」の例だった。BBCの女性キャスター殺害で有罪(2001年)となり、現在終身刑で服役中のある男性は、無罪を主張してきた。06年9月、自分自身が無罪の罪で服役経験のあったBBCの記者が、裁判で陪審員だった2人から事件の感想を聞き、「パノラマ」で放映した。1人は実名で登場した。これが1つのきっかけとなり、07年6月、刑事事件再検討委員会が、事件に関連して新たな情報があるとの判断を示し、同年秋、控訴院は今年再審理を開始することを決定した。

 これに先立つ05年3月、ロンドンの地下鉄工事を巡る汚職裁判が21か月の長丁場の後で停止となった。BBCラジオは停止から3ヵ月後、陪審員の一人から申し出を受け、ストレスに苦しんだと訴えるインタビューを実名で伝えた。 陪審員への取材・報道が実現するのは非常にまれだった。裁判終了後も評議内容について守秘義務が課される陪審員だが、感想については話すことには規定がなく、侮辱罪適用はなかった。

 もしメディア側が侮辱罪の規制をそのまま、あるいは厳しく解釈し、陪審員への一切の取材を自ら遮断していたら、途中で停止されてしまった地下鉄汚職裁判の実情への理解、キャスター殺害事件の再審実現が遠くなっていた可能性は高い。「真実を外に出したい」というメディア側の粘り強い信念があってこその快挙と言えよう。

―侮辱罪法見直しの動きも

 法廷侮辱罪の見直しがある場合、1つの焦点となるのが陪審員に対する報道のあり方だ。

 スマート氏は「陪審員の匿名性の厳守で自由な議論が保証される。陪審員制が英国の司法審理の公正性の根幹となっている」とし、現行維持を支持するが、ロンドン・ゴールドスミス大学でメディア史を教えるティム・クルック講師は、「陪審員は裁判官や証言者と同様に、公的業務に就く。その基本的個人情報が公開されるのは当然」と考える。しかし、これが実現しないのは、司法制度の議論よりも、英社会の中で「プライバシー保護に関しパニック的反応が起きやすいのと、評決に恨みを持った人物に復讐される可能性があるからだ。また、政府は陪審員制度の維持に必死で、広い支持が得にくい要求は出さないだろう」。氏は、陪審員に関する唯一の規則として、裁判が終了し、量刑が出るまで陪審員が事件に関して外部に情報を出さないということだけで良いのでは、と主張する。

 メディア団体「ソサエティー・オブ・エディターズ」のボブ・サッチェル代表は、報道が陪審員にどのような影響を与えたかに関する調査を重要視し、法廷へのカメラの導入も目指すべき、と考える「報道規制は少なければ少ないほうがいい。どんな規制も言論の自由を狭めることになる」。

 研究目的での評議内容の調査さえも不可の英国だが、同様の陪審制を持つニュージーランドで2000年実行された300人余の陪審員に対する調査によると、一部の陪審員が法律の概念を間違えて理解していたり、証言内容の信憑性に関して疑念を持っていたなど、今後の司法審理を向上させるためのヒントが得られている。

 裁判終了後、事件の全貌公開を望む声も根強い。調査報道ジャーナリスト、ボブ・ウイッフィデン氏は、陪審員を介さず、「密室裁判」となっている家裁審理の評議内容やテロ事件、またロンドン東部で起きた警察の汚職事件の全貌など「審理終了後、未公開のままとなっている事件があまりにも多い」と指摘している(「ブリティッシュ・ジャーナリズム・レビュー」誌、VOL18,No.2、2007」)。

 説明責任度の高い裁判制度の存在は民主主義社会の基盤であろう。審理内容の全貌公開やメディア報道の陪審員への影響に関する調査が近く進むことを願う。

 最後に、英国の裁判報道を調べる中で、日本の裁判員制度と報道の行方に関心を寄せている人々が英メディア、法曹界に少なからずいたことを記しておきたい。その中の一人、クルック講師は、日本には、英国の法廷侮辱罪に相当するような報道規制は必要ないと見る。裁判員は裁判官と一緒に評議を行なうことになるため、裁判官のプロフェッショナリズムや厳格さに助けられ、偏見を与えるようなメディア報道があったとしても裁判の審理過程で無視されるのではないか、と分析する。「それぞれの国には独特の国民性や文化がある。日本人は何事も一生懸命やろうとするから、もし裁判員に選ばれたら、悪意のある報道がかつてあったとしても、法廷での証言を下に公正な 判断を下すことに力を注ぐのでないか?」

 日本の法曹界やメディア界が裁判員制度を巡る報道環境に関してどのような結論に達するにしろ、その動向を国外の関係者も注目していることは確かである。日本の例を英国でも採用しようという動きとなる可能性もある、と私は見ている。(終)
 
by polimediauk | 2008-02-25 05:21 | 英国事情
 セルビア南部の自治州コソボの独立は「国連の承認なしに一方的に宣言されたもので、国際法違反だ」(セルビアとロシア)とする側と、「国連決議1244がある、合法」(米国、EU主要国)とする側とに、真っ二つに分かれている。私自身、「違法ではないか?」とひっかかる。しかし、米EU主要国側は「合法」とゆずらない。

 米国(+英国)が、国連を素通りしてイラクに武力侵攻してから(特に)、「国際法」の脆弱さ、あやむやさ、あるいは合法性がむちゃくちゃにされたな、と感じる。「全てが政治」と誰かが言っていたが、本当にそうなのだろう。また、一体私たちが今考えるところの「国際法とは何か?」という問いもあるだろう。国連を考えると分かり易いけれど、それでも、「一定数の国の間の合意」というのが基本とも言える。絶対に動かせないもの、ではないはずだ。・・・という議論が、2003年のイラク戦争開戦以降、ずい分と英国内であったことを思い出す。

 (いったんデンマークを途中保留し)、2月もそろそろ終わりに近づいてきたので、2月1日紙媒体に出た、法の話を出したい。ただし、国際法でなく、英国の法廷侮辱罪と日本の裁判員制度に関してである。

 裁判員制度が始まるようになったのは、何故なのか?

 朝日新聞の昨年4月22日付の記事「選択のとき 裁判員時代 あなたの参加、道のり10年」によると、2009年から始まるこの制度は、「政府の司法制度改革審議会の01年の意見書で方向付けられた」という。

 審議会は判決までに時間がかかる、裁判を活用しにくい、官僚的などといわれる司法の「大手術」をしようと1999年に始まったというので、10年後の実行となる。

 「有罪か無罪かだけを判断する陪審員と違い、裁判員は刑の重さも決める。多数決になれば、一票は裁判官と同じ。責任は重い」。

 同年4月18日の読売新聞の記事「あなたも裁判員 誕生の軌跡2」によれば、戦前に陪審員制度は存在していた。「刑事事件を対象に、1928年から15年、実施された。陪審員の資格があったのは、一定額の税金を納めた30歳以上の男性。12人の陪審員が多数決で有罪・無罪を答申し、裁判官がこれを基に、量刑を含めた判決を出す」方式だった。しかし、段々陪審員を使った裁判の数は減っていった。「被告が陪審制度を辞退することを認める制度だったため、裁判官での裁判を選択する被告が年々増えて行き、1943年、停止された」。

 そして、同記事によれば、日本の陪審制制度導入を提唱したのは、福沢諭吉で、英国の陪審について「西洋事情」で触れているというのだ。(この2つの記事、どこかで手に入るようだったら、是非読んでいただきたい。沢山取材したことが良く分かる、ためになる記事だった。)

 60年以上経って、日本で同様の制度がいわば復活することになった。民主主義制度の1つのやり方として、今回は根付くのかどうか?

 メディアの問題としてみると、前にも書いたのだが、どこまで規制をかけるかも一つのポイントだ。英国では陪審員への取材は基本的には不可能状態というか、あまりやられていない。判決に至る評決を外に漏らすことは厳禁されているからだ。また、過剰取材によって被告が後の裁判で不利にならないよう、法廷侮辱罪で報道規制がかかる。

 日本では、裁判員制度と報道のあり方に関して議論が続いている。この流れで、英国の事情を、改めて「新聞研究」2月号に書いた。以下に転載したい。(長いので2回に分ける。)


報道規制に果敢に挑戦するメディア
―英陪審制と報道とのかかわり (上)


 英国の裁判報道では、未成年(18歳未満)の個人情報報道には厳しい規制がかかる。レイプ事件の犠牲者の個人情報の報道も同様だ。開廷中の報道各社による写真撮影や録音は許されない。

 しかし、英メディアが規制を忠実に順守するのはここまでで、「メディアによる裁き」をけん制するため、陪審員に予見を与えるとされた報道に差し止め令や、編集者に禁固刑などを科せる法廷侮辱罪に関しては、抵触の可能性を承知しながらも、あえてこれに挑戦するような報道が続く。

 背景にあるのは、報道のグローバル化、インターネットの普及、表現の自由や司法審理のオープン化への要求に加え、メディア間の熾烈な競争だ。侮辱罪と報道のあり方を変えるべきだという声は日を追うごとに強くなるばかりだ。

 本稿では、陪審員制度を基本にした英国の司法審理と取材・報道の現状を、法廷侮辱罪の適用を中心に検証する。

―法廷侮辱罪の適用をめぐって

 まず、法制度の若干の説明だが、英国の法廷侮辱罪は、1981年、成文法となっている。これ以前は慣例法で処理されてきた。目的は、「司法審理の品位の維持」、「容疑者・被告に公正な裁判を保障」、「陪審員に予見を与えることを防ぐ」ことだ。

 司法審理の開始後の報道が対象となるが、いつから「開始」と見なされるかの解釈が一律ではない。刑事事件では容疑者の逮捕時、逮捕状発行時、起訴時などで、民事事件では公判時期の開始決定時あるいは開始時など。報道側からすると混乱を招く一因ともなっている。もし法律を厳守した場合、容疑者逮捕時から一切の報道ができなくなる。違反した場合、罰金か最大で2年の禁固刑だが、後者の例はほとんどない。

 ある報道が陪審団に重大な予見を与えたとすると判断されると、場合によっては陪審団の解散、裁判の一時停止となる。この場合、裁判終了までの費用や時間が大きく増大することから、裁判官は侮辱罪適用の効果とその影響を慎重に判断する必要に迫られる。地方により異なる司法制度を持つ英国だが、法廷侮辱罪は英国全体をカバーする。

 事件が発覚すると メディア側は、法廷侮辱罪を適用されないよう注意を払う。容疑者・被告にのみではなく、証言台に立つ人物やその他の審理関係者が、裁判所に個人情報報道規制願いを出している可能性もあり、その都度確認することが肝要となる。法廷侮辱罪の下、基本的には容疑者の名前、住所、年齢、職、逮捕あるいは起訴理由以外の情報を出せなくなる。裁判過程の報道には正確さが求められる。

 12人の陪審員は判決に至る評議の内容を外に漏らすことが禁止され、この禁止令は一生涯続く。陪審員の名前、人種といった個人情報の報道は不可で、陪審団の男女構成の比率のみが許される。1982年、裁判所内で陪審員の一人に話しかけたガーディアン紙記者が逮捕されている。

 ロンドンのテームズ・バレー大学でメディア法を教え、治安判事でもあるウルスラ・スマート講師によれば、法廷侮辱罪が適用されやすい報道は「起訴判断の批判」、「判決の憶測」、「容疑者・被告の前科や不利となる報道(過剰報道・扇情的報道など)」だが、「司法審理に重大な予見を与えると思われるすべて」が違反対象になるため、「どれほど経験を積んだジャーナリストであろうと、誰でもが侮辱罪抵触となる可能性がある」と指摘する。

 こうした状況下、メディア各社は自主的な報道対応や法的手段(「司法審理開始とは認知していなかった」、「議論を呼び起こす目的で公益にかなうと判断した」などと反論)を通じて対応し、時には適用を回避し、時には高額の罰金を払い、編集長が引責辞任(2002年のサッカー選手暴行事件に関わるサンデーミラー紙の報道)するなどの犠牲も払ってきた。

 ところが、「犠牲」の後でも、侮辱罪抵触とおぼしき報道は日常茶飯事となっている。法曹当局が扇情的な報道をけん制する声明を出すことはあっても、実際に侮辱罪適用に至るところまではいかない場合が多い。「連日、規制破りが行なわれているのが現状」(スマート氏)だ。

 侮辱罪適用寸前だったがスクープに転じさせたのは、昨年3月、巨額融資を受けた人物に労働党が上院議員の地位を売ったとの疑惑に関するガーディアンの報道だ。捜査中複数の人物にかかわる電子メールの存在をBBCが報道しようとしたところ、英法務長官が捜査の支障に関わるという理由から法廷侮辱罪を使っての報道差し止め令を依頼。これが裁判所に認められてBBCは報道をあきらめた。ほどなくして、ガーディアン紙が同様の報道を掲載し、法務長官側はこれも差し止めようとしたが、既に早版が配達途中であったことなどから断念した。

 ガーディアン編集長は「掲載した後で、これを批判され、罰金を払うのが英新聞の歴史」とし、掲載前の検閲を批判した。当局からの介入を退け、法律違反の可能性よりも、「国民の知る権利、報道の自由」を重視したガーディアンの決断は、BBCや扇情的報道が得意な大衆紙など他メディアとの競合に勝ったという意味でも、業界内で高い評価を受けた。

―グローバル化とネットの影響

 法曹界が侮辱罪適用に関しやや腰を引いているのではないか、と思わせたのが06年末発生した、英東部イプスイッチでの連続婦女殺害事件だった。当初事情聴取した男性が人気SNSサイトに個人情報を出していたこともあって、この男性を容疑者と見なした報道が各紙に大量に出た。高級紙デーリー・テレグラフ紙でも、この男性の自宅と殺害された女性たちの遺体が発見された場所を示す地図を大きく掲載するほどの超過熱取材が続いた。この後、別の男性が容疑者となり、殺人罪で起訴されたが、今度はこの男性の家族のインタビューを含め、さらに過熱取材が続いた。法務長官は後の裁判で容疑者が不利にならないような報道を求めるとメディアに注意を喚起したが、侮辱罪適用依頼には動かなかった。理由は明らかではないが、もし侮辱罪適用となれば、ほとんどのメディアが対象になり実際的ではないことや、起訴から裁判開始までに一定期間が置かれる(本格的な公判開始は08年の年明け)ため、報道の影響は薄れるとの判断があったと推測された。

 07年5月、当時の法務長官は「公正な司法審理と表現の自由について、メディアと定期的に論議したい」と講演で述べた。法廷侮辱罪できつく規制がかけられてきたはずの事件・裁判報道が、オープン化の方向に大きく動きつつある象徴として受け止められた。

 一方、先のスマート講師によれば、「報道の自由がすべてに優位性を持ち、裁判所で証拠が陪審員に届く前に、メディアが容疑者を裁く方向に、英国は向っている」。

 法廷侮辱罪法の成立前夜、1970年代にはサンデー・タイムズ紙の連載記事に差し止め令が出た。多くの奇形児を産んだ睡眠薬サリドマイドの製薬会社を相手取って、複数の民事訴訟が発生しており、訴訟が続行中の報道は「重大な予見」を与えるとして、最高裁(上院)で差し止め令が確定した。上級裁判官はメディアが「裁判所の役目を果たすことは避けるべき」と述べた。

 もし現在、「メディアによる裁判」の方向に向っているとすれば、司法審理の正当性が脅かされていることになるが、果たして、メディア報道は裁判の行方にいかほどの影響を及ぼしているのだろうか。その影響の程度はメディア界や学者、法曹界の中で意見が分かれる。容疑者の逮捕から起訴、裁判開始までに、数ヶ月から1年近くなど一定の時間を置く場合が多く、裁判開始までに人々の記憶から以前の報道の印象が消える「フェイド・ファクター」の存在を指摘し、「覚えていない人が多い」という見方もある。

 いずれにしろ、ニュース報道のグローバル化、インターネット利用の拡大で、ある国のニュースを国内にのみに限定しておくことができなくなったという点から法廷侮辱罪と報道のあり方を見直すべきという声は高まっている。

 2005年、ロンドンで同時爆破テロが起きたが、これに使われたと見られる爆発物の詳細を米メディアは報道できたが、英国では「捜査に支障が出る」、「後の司法審理に影響が出る」という理由で直ぐには報道されなかった。報道の自由を自負してきた英メディア界にとって、滑稽で、恥ずかしい顛末だった。

 また、ネットで検索すれば、容疑者の前歴を記す過去の報道に触れることは容易で、ブログなど個人が設定するウエブサイトの人気で個人の表現の場も拡大しており、既存報道機関を法廷侮辱罪で縛ったとしても、不特定多数の個人の表現を罰金で縛るのは非現実的となった。

 情報公開への国民の要求も拡大する一方で、どんな理由にせよ報道規制を科せば、司法制度への不信感につながる可能性もある。厳格に侮辱罪を順守し、容疑者逮捕時から報道を制限すれば、国民が最も事件に関して知りたい時に情報が遮断されることにもなる。

 現在のところ、予見を与える報道は法律に抵触するとしながらも、陪審員の評議内容が非公開のため、メディア報道がどのような影響を与えたかが分からない。調査目的の取材も許されないため、ある特定の報道が侮辱罪違反とする時の説明が説得力に欠ける。「重大な予見を与えるかどうか」の判断は個々の裁判官に頼るしか方法はなく、侮辱罪は「家父長的」、「押し付けがましい」、「陪審員の判断力を十分に信頼していない」と批判される一因になっている。(続く)
by polimediauk | 2008-02-22 23:07 | 英国事情

BBCがiTuneで番組販売

 BBCの商業部門、BBCワールドワイド社が、アップルのiTuneを通じて番組を有料販売することになった。英各紙が報じている。英国のオンラインの動画市場にとっては大きな動きと言えるそうだ。

 BBCはアイプレイヤーと言う無料ソフトをコンピューターにダウンロードすれば、英国内に住んでいる人であれば、過去の番組(最近のものも含む)が(全部ではないが)見れる。BBCは受信料で成り立っているので、無料で見せることになるが、それではBBC側にはお金が入ってこない。

 BBCの受信料収入は、2012年度まで(13年の春分まで)決定されているけれど、伸び率が低く、インフレ率を入れると実質ゼロかマイナス成長になる可能性もあるほどだ。また、今年度以降、受信料収入の全額を、今まで80年そうしてきたように、BBCだけで使えるのか、あるいは他のテレビ局(例えば公共放送のチャンネル4)とシェアするのか、まだ分からない。すると、「ほんの数年後には収入が全く未知の世界」に入ることになる。

 そこでBBCは、何とか、受信料収入以外の収入を増やすことに躍起だ。

 BBCの番組をiTuneで見た・買った場合、どれぐらいの料金がかかるのかは、間もなく発表されるようだ。通常、アップルでは1・89ポンド(約400-500円ほど)チャージしている。これは、米国での1・99ドル(約200円)と比較すると、倍である。英国は何でも物価が高いので、それを加味したのかどうか分からないが、ユーザーからすれば不当な額であろう。経費がそれだけかかっている、ということだろうか?

 アイプレイヤーは去年のクリスマス時に、新たにデビューし(前は試験版という説明だった)、一体何人がソフトをダウンロードしたのかは分からないが、再デビューから2週間で、350万本の番組がダウンロードされた、あるいはストリーム視聴されたそうである。
by polimediauk | 2008-02-19 19:36 | 放送業界

Poreporeさま

 長いコメントが入らないコメント欄で、我慢強くコメントありがとうございました。

 いろいろな点を考えさせられ、どのように答えたらいいか?と思ったのですが、メディアに関係のある点に関し、「当のデンマークでは、どういう形でメディアで発信されておられるのでしょうか。あくまで国内をターゲットにしたデンマーク語による発信が中心なのか、それとも海外向け、それも欧州のみをターゲットにしているのか、あるいはイスラム圏も含む広範囲なまでの論争となるように発信しているのか」―というご質問がありました。

 私がこれまでに見聞したところでは(デンマークに実際に暮らしている方でほかの見方を持たれる方のご意見、歓迎します)、

――デンマークのメディアは、デンマーク語であるせいもあって(一部英語メディアは除く。特に英語のコペンハーゲンポストは、空港でも配られているので、海外からの訪問客に向ける、という意味もあるそうです。実際、投書は世界中から来るそうです、編集部談)、デンマーク国民向け、がもっぱらです。
―しかし、例の風刺画事件が世界中に飛び火して、そこで初めて、デンマーク国内で書いていることでも、世界の読者の目に触れることが改めて認識された、とよく聞きました。
―その後の反応としては、デンマーク語新聞であっても、トピックによっては海外に翻訳されてしまう、何らかの影響が出てしまうことが頭の片隅に入るようになったと言えるのではないか、と見ています。実際、ユランズ・ポステンのライバル紙「ポリティケン」の編集長は、一時期、故意に外国メディアの取材にどんどん応じていました。国際世論を味方にしたい、ライバル紙を攻撃したい、自説(ムスリムの権利の保護)を広めたい、という思いがあったのでしょう。後に、この人は一部始終を本にしました。
―現在は、風刺画のようなトピックに関しては、一挙一動が中東や欧州、あるいはほかの国に翻訳されて伝わる、ということが認識されていると言っていいのではと思います。

 メディアが危機をあおる、あるいは政治的な要素が背景にある、というの確かにあると思います。
 
 デンマーク風刺画の「危機」ですが、2006年の危機に関する限り、暴動が起きたのはパキスタン、シリア(国家が主導??)など、デンマークの外の出来事で、デンマーク国内では同様の行為は起きなかったと記憶しています。

 デンマークにとっての危機は、今回の、ある男性のインタビューのように、風刺画がきっかけとなった事件なのに(「風刺画事件」と呼ばれる)、デンマーク内では「ムハンマド危機」、つまり、ムスリムたちの事件として認識されていることに如実に現れているようにも感じます。

 今私の住む英国や、他の欧州の国でムスリムの多いところと比べると、デンマークのムスリムたちは数が少なく、モスクもまともなものはほとんどないようです(既存の建物をモスクとして使うのみ)。

 少数民族的な存在のムスリムたちを、「表現の自由」という名の下に、故意に挑発した事件という面があったと私は受け取っています。

 どうして挑発したかなあと、根っこのところを考えると、学校でもちょっと変わった服装をしている人をいじめたくなる、そんな気持ちもあったのかなあと思います。オランダの反ムスリム感情にも、「西洋の洋服を着ず、ビールを飲まず、サッカーもしない人たち」への違和感もあるのだろうか、と。・・あくまでも私の推測ですが。

 ある社会の少数派たちがどんな風に扱われているのか、という点に注目すると、どの社会でもいろいろ、見苦しい面が出るようにも思います。私が欧州のムスリムの問題に注目するのも、私自身が外国人だから、というのもあるのです。どうにも人事ではない思いを抱いています。


風刺画論争から1年のデンマーク・6 「風刺画事件で社会融合の努力が水泡に」 「新デンマーク人」のアヤーン・カーン氏

日刊ベリタ 2007年01月22日18時11分掲載
(2007年の記事であることをご了解ください。今年=2007年など)

c0016826_8234335.jpg(コペンハーゲン発)イスラム教の預言者ムハンマドの風刺画掲載は、異なる価値観を持つイスラム系移民とどのように向き合うかを欧州社会に問う事件でもあった。移民問題に関するシンクタンク「新デンマーク人」(「新デンマーク人」とは移民を指す)のアナリスト、アヤーン・カーン氏はデンマークで生まれ育ったが両親はアラブ国家の出身。国内での移民の位置と風刺画事件の影響に関する「個人的見解」を語ってもらった。 
 
▽「彼ら」と「私たち」 
 
―デンマーク紙のムハンマドの風刺画掲載は、広い意味ではイスラム教世界とキリスト教世界の対立の様相を見せた。デンマーク国内ではこうした対立はあったのだろうか? 
 
カーン氏:私が見るところでは、国内でキリスト教のバックグラウンドを持つ人とイスラム教のバックグラウンドを持つ人の間で、宗教を巡っての大きな対立はこれまでなかったし、これからもないと思う。 
 
 ただ、「イスラム教徒」、「イスラム諸国」、あるいは「移民」という時、非常に広い範囲の話をしていることに気づいて欲しい。イスラム教と言ってもシーア派、スンニ派、またアラブ人なのか、アジア系か、あるいは熱心なムスリムなのかそうでないのかによっても見方が変わる。 
 
 デンマークのムスリムに関しては第1世代か、第2世代か、高等教育を受けているのかどうか、高齢者か男性か女性か、女性でも子供がいるどうか、また、結婚しているか、いないかで受け止め方が変わる。 
 
 それでも、国内のムスリム移民の中では、「彼ら」(先住デンマーク人)と「私たち」(移民)という意識は、あまりうれしいことではないが存在する。 
 
―「彼らと私たち」という感情は強まっているのだろうか? 
 
カーン氏:これもどの人たちを話しているかによる。宗教心の強い人に関していっているならば、そうだ、といえる。 
 
 外部的要因としては、私たちはグローバルな世界に生きており、アフガニスタンやイラン、イスラム系諸国で起きたことに影響を受ける。そこで「私たち(ムスリム)と彼ら(非ムスリム)」という感覚を起こさせる。 
 
 内部要因としては、国内では数年前から移民に関する非常に厳しい議論が起きている。移民の社会融合に関して話すとき、政治家は非常に攻撃的、否定的なトーンで話す。 
 
―その理由は? 
 
カーン氏:私の見るところでは、長い間、デンマーク社会はほぼ完全に近かったと思う。教育は最高レベルだと自負していたし、医療サービスにも問題がなく、失業率も高くなかった。政治家が議論をするような大きな問題がなかった。それで、移民が焦点の一つとなった。 
 
 右派のデンマーク国民党は反移民キャンペーンに力を入れ、移民たちが集団レイプを行った、移民による犯罪率が高くなった、だから移民の流入を止めなければならない、と訴えた。次第に、移民には何か問題がある、というイメージができていった。特に2001年、現政権になってからはその傾向が強まった。 
 
 今では、移民の社会融和に関してポジティブなことを言う政治家は誰もいないと見ていい。しかし、10万人の新デンマーク人が労働市場にいるのも事実だ。グラスの半分が一杯と見るのか、あるいはまだ一杯ではないと見るかによるが、労働市場にいることは必要されている、ということだ。 
 
―移民あるいは親が移民だった場合の差別はどうか? 
 
カーン氏:17-18歳の移民出身者に差別があるかと聞けば、クラブに入れないから差別はある、というだろう。仕事が見つからない時も、差別されていると感じるだろう。また、新聞では風刺画やイスラム教、移民一般に関するニュースの殆どが否定的な文脈で語られているため、多くのムスリムたちは自分たちが社会から歓迎されていないと思うようになる。「状況は悪くは無いが、尊敬されているとは感じない」、と言うのが答えになるだろうか。 
 
―雇用面ではどうか? 
 
カーン氏:移民出身ということで断られる人もいるが、一方では、雇用される人もたくさんいる。移民と言っても誰と比較するかで変わってくる。移民がデンマークに来るようになって既に30年経っており、丁度、教育を受けた移民が増え、雇用面でも花開いているところだと思う。 
 
 注意したいのは、多くのデンマーク人が移民のことを知らない、友達がいない、という点だ。遊びでも一緒にならない。唯一移民のことを知るのは否定的な文脈のメディア報道を通してだ。 
 
 平均的デンマーク人からすれば、移民が問題に見える。実際にコンタクトがないので、そう思ってしまう。政治家やメディアにはこうしたイメージを変える責任、役割がある。 
 
▽表現の自由には責任が伴う 
 
―ムハンマドの風刺画問題についてどう思ったか? 
 
カーン氏:今「風刺画問題」といいましたね?デンマークでは「ムハンマド危機」と呼ばれている。「ムハンマド危機」と呼んでいるうちに、イスラム教自体やムハンマド側に問題がある、という考えるようになってしまう。「政府の危機」、「風刺画の危機」、「ユランズ・ポステンの危機」とも言えるが、「ムハンマド危機」という言い方を選択した。この表現にデンマーク国民の受け止め方が現れている。 
 
 殆ど誰も報道しないが、デンマークではイスラム教徒による目立った暴力事件はなかった。民主主義的価値観がデンマークにいる全ての人に非常に深く根付いているので平和的な抗議デモが起きただけだった。 
 
 ありとあらゆる議論が起きたが、中心になったのは民主主義、表現の自由、それにデンマークの価値観だった。 
 
―「デンマークの価値観」とは何か?民主主義的方法を使って、自分の意見を表明すること? 
 
カーン氏:そうだ。もしデンマーク人に、デンマークの価値観とは何かと聞けば、民主主義と表現の自由と言うだろう。ムスリムたちもここに住み、デンマークの価値観に基づいて、自分たちの意見を表明し,立場を明らかにしていた。この点に私たちは注目するべきだと思う。 
 
 この事件を通じて、デンマーク国民は自分自身のことを振り返った。それまで、デンマーク人といえば、いいやつ、ということだったと思う。正しいことをしている、と。環境、人権などの意識が高く、平和を愛する国と見られていた。ところが今は、世界はデンマークを非常に閉じられた国だと見ている。他の文化に対して排他的な国である、と。デンマーク国民としては悲しい。 
 
 過去30年間、人々は一生懸命働き、移民の社会融和が進むように努力してきた。しかし、特に2001年以降、社会融和は宗教の問題だと見なされるようになった。これは正しくないと思う。移民全員が(大多数のキリスト教徒から見れば異教徒である)イスラム教徒ではないし、イスラム教徒にも様々な宗派の人がいて、出身国も違う。風刺画事件が起きて、社会融和の面では今までの努力が水の泡になったことを悲しく思う。 
 
―イスラム教のバックグラウンドを持つナッサー・カーダー議員が中心となって立ち上げた「民主ムスリム・ネットワーク」に関してどう思うか? 
 
カーン氏:「ムスリム」という言葉を使っているのがひっかかる。他の言葉を使っているなら、私はいいと思う。しかし、民主的ムスリムというのはどうだろうか。私の父はアラブ諸国からデンマークにやってきて、30年経つ。父は常に民主主義者だし、ムスリムなので、「民主的ムスリム」だった。しかし、自分を民主的ムスリムと呼ぶ必要があるのだろうか。 
 
 ネットワークが立ち上げられた時、「あなたは民主的ムスリムか、もしそうでないならば、あなたは右派のイスラミスト(=イスラム教原理主義者)だ」、と言っていた。これは悲しい。 
 
 90%以上のムスリムが、自爆テロを起こそうとは思っていないし、無実の人を殺そうとも思っていない。しかし、ムスリムであるというだけで、通りに出て、自分はそうではない、と言う必要はないはずだ。 
 
―欧州には既にかなりの表現の自由があったという見方がある。ユランズ・ポステンは何故わざわざ表現の自由に挑戦する必要があったのか。 
 
カーン氏:私も分からない。何故メディアがそうしたのか。 
 
 表現の自由は大切だが、何をどこまで批判するのかを学ぶには教育が必要だ。イスラム教やキリスト教に関して、人々は十分には判ってない。あのような風刺画はある人たちにとっては非常に衝撃的で侮辱だったが、次回はどうするべきか。デンマークには風刺がきいたユーモアを楽しむ歴史があり、首相でさえもかなり戯画化した風刺画が描かれる。何をどう言うかの判断は難しい。自分自身も表現の自由にいかなる限度があるべきかに関しての考えは定まっていない。 
 
―表現の自由を最優先する考えをどう思うか? 
 
カーン氏:馬鹿馬鹿しいことだ。誰しも考えていることを全ていつも言っているわけではない。時々、私たちは馬鹿馬鹿しい事をする。私が何かを言うとき、人々に対する敬意の念から全ては言わない。もちろんだ。誰もそうしていない。誰もだ。他人と意見が合わなくてもそれをいつも口に出すわけではない。表現の自由には責任が伴う。(つづく) 









by polimediauk | 2008-02-16 08:25 | 欧州表現の自由
 前にelmoiyさんから指摘されたトピックだが、英国オリンピック委員会が、北京五輪の代表選手に、開催地で政治的な発言を行わないよう求めていた件があった。13日、委員会はその方針を撤回した。人権団体などからの批判が相次いだことを受け、選手の自由な発言を保障したもの。「政治的に正しくない判断だった」と認めたことになるのだろうか?ある意味では恥ずかしいようなてんまつになった。

 一方、ブリュッセルでは、イスラム批判の元オランダ女性議員、アヤーン・ヒルシアリ氏が、欧州議会の議員に対し、「身辺保護費用のファンドを立ち上げるので、これに協力して欲しい」と呼びかけたが、賛同してくれた議員があまりにも少なかったようだ。このファンドの名前は「EUファンド」と便宜上呼ばれ、ヒルシアリさんだけでなく、表現の自由を行使した後で、何らかの保護を必要とするための支援費ということになるはずだった。

 ヒルシアリさんは、オランダに難民としてやってきて、後で国会議員になった。イスラム女性虐待を告発する映画「服従」で脚本を執筆したことでも知られる。監督が04年、イスラム過激派に暗殺されたが、ヒルシアリさんにも殺害予告が出た。

 それから現在までに、ヒルシアリさんは身辺保護を受けながら暮らしている。06年に米国へ移住してからは、オランダ政府はそれまで負担してきた、身辺保護費の支払いを停止した。そこで、ヒルシアリさんは新たな資金提供先を探している。米政府は「個人の警護に税金は使わない」とする態度のようだ。

 今回、ヒルシアリさんは当初フランスも訪れていたが、彼女をフランスに招いた議員は、身辺保護費の支払いを停止したオランダ政府の対応を「恥」と呼ぶ。しかし、オランダ政府は、ヒルシアリさんがオランダに戻ったら、保護費を払う用意があるようだ。悲しいような、困惑するような事態になっている。

 米国に移住してしまったのなら、オランダ人の税金を使ってヒルシアリさんの身辺警護費を払う必要は、私もないと思うのだが。国レベルでの身辺保護費の負担は、つまり税金を使うわけだから、個人には基本的には適用されない、という米国の論理は、筋が通っているように思う。誰も引き取り手がいない状況になったヒルシアリ氏。これからどうなるのか???
 
by polimediauk | 2008-02-15 07:09
 昨日、12人の風刺画家の中の1人を暗殺する計画をデンマーク当局が察知し、反テロ法を違反した疑いで3人を逮捕した。

 ユランズ・ポステン紙の該当英語記事と、問題となった風刺画の1枚は以下のアドレスから、ユランズポステンのサイトに入り、右端のターバンを巻いた画像下の英語の表記をクリックすると見れる。

http://jp.dk/

 コペンハーゲンポスト紙によると、2005年9月には他のデンマーク紙はユランズポステンの風刺画を再掲載しなかったが、今回は、大手新聞の殆ど全紙が再掲載したという。

http://www.cphpost.dk/get/105596.html

 昨年初頭、コペンハーゲンで風刺画問題の背景を探った連載をベリタに出した。その5から8を出してゆきたいが、今回はムスリムたちに話を聞いた。(文章の中で年月の表記は2007年当時の表記になっています。今年=2007年など。ご留意ください。)

風刺画論争から1年のデンマーク・5
「イスラム系移民への雇用提供に奔走」 民主ムスリム・ネットワークのエルベド氏


日刊ベリタ 2007年01月20日10時34分掲載

c0016826_19454498.jpg (コペンハーゲン発)「ユランズ・ポステン」紙のムハンマド風刺画がイスラム諸国で次々と抗議運動を発生させていた頃、デンマークでは、シリア出身の国会議員ナッサー・カーダー氏が中心となって、市民団体「民主ムスリム・ネットワーク」が結成された。民主主義、人権、法のルールを宗教上の価値観よりも優先する同団体は、瞬く間に支持者を増やしたが、国内のイスラム教徒(ムスリム)を二分したとも言われる。ネットワークの中核グループの一人で、結成直後に会ったことのあるファティー・エルベド氏に、その後の動きを聞いた。
 
▽「人気は上々」 
 
―結成からそろそろ1年だが、最近の状況は? 
 
 エルベド氏:人気は上々だ。「カチネット」という会社が昨年7月に行った調査によると、イスラム教徒の国民の中で、ネットワークは14%の支持率を得た。正式には3月結成なのでほんの数ヶ月でこれほど人気が出たことになる。一方、(風刺画を抱えて中東を訪問した)イマームのアーマド・アブラバン導師が率いるイスラム教徒のグループへの支持率はたった3%だった。 
 
 掲載から1年経ち、カーダー議員はネットワーク立ち上げが表現の自由に貢献したということで、ユランズ・ポステン紙が創設した「表現の自由賞」を受賞した。 
 
―会員数は? 
 
エルベド氏:「正会員」としては1100人だが、支援者と言う部類の人も入れると何倍にもなる。今まではコペンハーゲンが中心だったので、全国に地方支部を作ろうとしているところだ。 
 
―活動内容は? 
 
エルベド氏:一つにはセミナーやワークショップの開催だが、昨年9月30日には「風刺画掲載から1年―何を学んだか?」というテーマで国際会議を開いた。米国、フランス、エジプトなどから学者やパネリストを呼び、イスラム教を批判的に見ることをテーマに議論を行った。メディアでも大きく報道された。 
 
 もう一つは労働市場に関しても行動を開始している。ムスリムのバックグラウンドを持つ人を対象に求職フェアを開くために奔走している。8月末開催したフェアは非常に好評で、23社が参加し1000人が訪れた。移民融合省や「新デンマーク人」という団体、それに商工会議所とも協力をし合っている。今後は2,3ヶ月ごとに同様のフェアを開催していくつもりだ。社会融合と雇用市場の開拓の支援に力を入れている。 
 
―ムスリムたちの失業率は高いのか? 
 
エルベド氏:残念だがそうだ。理由はいろいろある。景気は良く失業率も全体では低いのだが、イスラム教徒となると失業率は高めになる。ネットワークの力で雇用の機会を提供したい。 
 
―活動の資金源は? 
 
エルベド氏:人材を必要としている企業などからの寄付が主だ。このネットワークの支援団体が資金集めを専門に行なっている。 
 
―何故企業はネットワークの活動を助けるのか? 
 
エルベド氏:利益にかなうからだ。私たちは、企業に話しかけるとき、こう言う。「イスラム系青年たちの雇用はネットワークだけの仕事ではなくて、社会全体の義務でもある」と。もし私たちが過激主義、原理主義などから若者たちを遠ざけておきたいなら、若者たちに何かやること、つまり仕事を与えなければならない、と。雇用を見つけることで、ムスリムの若者たちに対しては、「社会があなたたちのことをケアしていますよ」、というメッセージを伝えることができる。雇用を提供することは自分たちの会社だけでなく社会全体にとって恩恵がある、という認識を持ってもらうようにする。 
 
▽「イスラム教徒」ひとくくり視は減る 
 
―イスラム教徒の観点からすると、デンマークは事件後どう変わったか? 
 
エルベド氏:もはやデンマークでは、「イスラム教徒は…」とは誰も言わない。「この宗派の」あるいは「こういうグループのイスラム教徒は…」という言い方をする。デンマークに住む20万人のイスラム教徒は一人ひとりが違う。それを「イスラム教徒は…」として、ひとくくりにして言って欲しくない、というのが、ネットワーク結成時の私たちの言いたかったことだった。今からすると当たり前のことだし、デンマークの政治の現場ではもう既にそうなっている。 
 
―「政治の現場では」とは? 
 
エルベド氏:例えば、(反移民で右派の)デンマーク国民党は、かつて「イスラム教徒は」と言っていたが、今は、「イスラミスト(イスラム原理主義者、過激主義者)は」と言う。区別をするようになったということだ。 
 
─国内ではネットワークに対する批判が高いと聞く。デンマークでイスラム教徒だと「民主的ムスリムだ」と表明しないと、イスラミスト、つまりテロリスト予備軍に見られてしまうことの窮屈さを指摘する人もいるが、どう思うか。 
 
エルアベド氏:確かにそういう状況はある。しかし、批判者たちの言うことを聞くと、実はこのネットワーク自体を否定しているのではなく、リーダーとなっているカーダー議員を批判している場合がほとんどだ。「このネットワークの悪いところを言って欲しい」と言っても、相手からの答えはない。ネットワークはイスラム教徒のために活動をしているので、反論ができないのだ。 
 
 このネットワークの活動の中で強調しているのは、「自分たちがデンマーク人だ」と表明することの重要性だ。まず最初に来るのがデンマーク人であること。次にパレスチナやトルコ出身だという要素もある。しかし、とにかく第一がデンマーク人であることなんだ。自分が生活している社会を受け入れることが社会融合の最初のステップになる。どうやって自分が住む社会を受け入れるか?それはその社会の価値観を受け入れることだ。 
 
―カーダー議員はネットワークを母体にして新しい政党を作ろうとしていると言われているが? 
 
エルベド氏:ない。絶対にない。 
 
―何故か? 
 
エルベド氏:それは、ネットワークの目的は自分たちがこの社会の中の一部であることを示すことだ。独自の政策を実行するためではない。このネットワークには様々な政党、様々な意見を持った人がいる。多様性がある。一つの政治的考えがあるのではない。

▽「イスラム政党はいらない」
 
―国内にイスラム教の政党があるべきだと思うか? 
 
エルベド氏:全く思わない。そんなものができないように闘うだろう。 
 
 ここデンマークでは宗教には何の意味もない。だから、一定の政治的影響を及ぼしたいと考える時、宗教は問題にならない。既に政党があるし、それで十分なんだ。もし新しい政党を作りたいんだったら、環境に優しい政党とかを作ればいい。イスラム教の政党を作りたいなんて考えている人はいない。 
 
 よく誤解されるけれど、このネットワークを新政党の母体に、ということは絶対にない。カーダー議員は社会自由党の議員で満足している。 
 
▽風刺画事件の功罪 
 
―ユランズ・ポステンに掲載された12枚の風刺画についてどう思うか?振り返ってみて、デンマークにとっては良かった点もあると思うか? 
 
エルベド氏:ある意味ではそうだ。風刺画事件の後で、良いこともたくさん起きた。結果として、イスラム教徒に対しての関心が高まったし、社会全体で何かをしよう、イスラム教のバックグラウンドを持つ人と対話しよう、仕事の面で助けよう、とう意識的な動きが出てきた。 
 
―マイナス面は? 
 
エルベド氏:右派政党が支持を増やしたことだろう。事件の直後、非常に支持を増やした。今はそうでもないが。右派の国民党の支持率は現在3%ほどで、これ以上大きな影響力を持つようにならないことを願っている。 
 
―1年経って状況は落ち着いたようだが。 
 
エルベド氏:そうだと思う。 
 
―ユランズ・ポステン紙は例の風刺画を掲載するべきではなかったと思うか? 
 
エルベド氏:掲載する権利はある。もっと知恵を働かせた風刺画だったらな、と思う。風刺画と同時に掲載された、ユランズ・ポステンの文化部長フレミング・ローズ氏の文章には怒りを感じた。その記事の方が風刺画よりも悪影響を及ぼしたと思う。 ローズ氏は「お前たちイスラム教徒は侮辱されることを受け入れるべきだ」と書いていた。 
 
―攻撃対象はイスラム教徒だった、ということか? 
 
エルベド氏:そうだと思う。記事がなかったら誰も反応しなかったのではないか。絶対にそうだ。世俗派ムスリムと自分を呼ぶほど、イスラム教が生活の中にほとんど入ってこない私でも、侮辱されたと感じた。風刺画よりも記事のほうに侮辱を感じたのだ。「これをお前たちは受け止めるんだ」という形で出されたからだ。 
 
 私自身もユランズ・ポステン側に対して怒りを感じたが、それでも、デンマークのイマームたちやイスラム諸国に住むイスラム教徒の抗議者たちの過剰反応は、風刺画自体よりももっと大きな損害をイスラム教徒たちに与えたと思う。 
 
 ローマ法王の預言者ムハンマドに関する否定的な発言でも同様な反応が起きた。批判されたからと言って、あんなふうに過剰反応しないことが重要だと思う。デンマークの風刺画事件が、人々が何かを学ぶ機会になれたらと思う。(つづく) 
by polimediauk | 2008-02-13 19:50 | 欧州表現の自由

c0016826_751312.jpg
 デンマーク紙「ユランズ・ポステン」に2005年掲載された、12枚のムハンマドの風刺画の中の1枚を描いた風刺画家を殺害しようとしていた3人が、12日、デンマーク当局に逮捕された。

 BBCニュースによると、ポステン編集長は、「爆弾を仕掛けたという脅しが出たことはあったけれど、風刺画家を殺そうとするなんて、驚いた」と報道陣に語っていた。新聞社は3ヶ月前からこの殺害計画のことを警察から聞いていたという。

 風刺画家と家族は現在、自宅にはおらず、秘密の場所で生活している。BBCの取材に、「風刺画を描いただけでここまでの犠牲を強いられるとは思わなかった」と語っている。警察の保護は一生涯続くようだ。

 逮捕された3人の中で、2人がチュニジア人で、もう一人がモロッコ系デンマーク人。チュニジア人の一人の妻がBBCの記者に語っているところによれば(真っ黒のブルカを着て、目だけが見えていた。普段もこのブルカを着ているのか、撮影のためにそうしたのかは分からない)、「主人は殺害を計画したりするような人物ではない。静かで、対立を好まない」と話していた。単に巻き込まれただけなのか、あるいは誰かの陰謀なのかどうか?

http://news.bbc.co.uk/1/hi/world/europe/7240481.stm


 デンマークの情報機関によると(BBC)、長い間この3人を監視した結果の逮捕だったという。

 風刺画事件が一段落したと考えたデンマークの多くの人にとって、驚きとして受け止められているという。

 私も驚いた。デンマークではこういうことは起きないのではないか?と思っていたからだ。

 それにしても、殺害計画があったとすると、ますますムスリムに否定的な論調が広がってしまう。もちろん、殺害計画を立てる人たちはムスリムたちの代表者ではないのだけれども、「やっぱり・・・」と受け止められてしまいがちなのが困るのだ。

 ブルームバーグによると、ラスムセン首相は「不幸なことに、デンマーク国内にはデンマーク社会の基本原理を認識しない、あるいはこれに敬意を払わない過激主義者たちがいる」と述べたそうだ。「デンマーク政府は言論の自由への攻撃を非常に真剣に受け止めている。デンマークでは、人は思考や言論の自由だけでなく、何を描くかの自由もある」。

http://www.bloomberg.com/apps/news?pid=20601088&sid=aPQVFq1li4Go&refer=home
by polimediauk | 2008-02-13 07:51 | 欧州表現の自由
 英イングランド地方では、評判の良い学校にわが子を入学させるための親同士の競争が毎年熾烈化している。

 全ての児童に教育の機会を均等にかつ公正に与えることを目指す政府は、昨年、貧富の差や親の職業によって児童が入学上の不利益を得ないようにするための方針をまとめた「学校入学規約」を策定し、これを受けて、複数の自治体が定員以上の入学希望者があった場合などに、くじ引き制度を導入している。

 くじ引き?これはあまりにも変なのではないか?という疑問から、教育の機会均等をめぐって試行錯誤を続けるイングランドの教育事情を「英国ニュースダイジェスト」最新号に書いた。くじ引き導入は、「公正さ」を何とか実現するための苦肉の策だった。

 (何故イングランド地方なのか?と疑問に思われる方のために付け加えると、英国はイングランド・ウエールズ地方、北アイルランド、スコットランドの教育体制はそれぞれ別になっている。最近新聞を賑わせたのがイングランド地方の学校についてだった。)

 (もう1つ付け加えるとすると、イングランド、あるいは一般的に英国の教育というと、イートン校、ラグビー校、あるいはケンブリッジ大学、オックスフォード大学という名門の名前が浮かぶだろうと思う。イートンやラグビーは私立校で、「パブリックスクール」と相反するような名前で呼ばれている。私立は生徒・親が自分で学費を払わなければならない。そのため、一定のお金のある人、代々私立校に通っている家庭出身の子供が行くことが多い。私立校と公立校の大きな2つの流れがあるとすると、私立校の方は長年、あまり変わっていないと聞く。もちろん、特権階級の子弟だけが行く場所ではなくなったとは言えるだろうけれども。それでも、今回、公立校のことを調べてみて、驚いたが、公立の中学校に行く人は該当児童の90%という。やはりまだまだ、私立校は「一部の人」が行く場所であることに変わりはないのだと実感した。さらにだが、これで私立の中等機関、いわゆる「パブリックスクール」に行ったというだけでいじめられる、という言葉の意味が改めて分かった。)

 子供に良い教育を受けさせたかったら、優秀な学校の側に引っ越すのが最善策―。英イングランド地方では、これが多くの親の実感になりつつある。

 初等教育を終えた児童の殆どは、原則的には無試験で入れる公立中学校に進学するが(といっても、グラマースクールなど選抜試験や適性試験を行なうところもあり、基本は無試験でも定員数の10%を特定の技能や適性を持つ児童の入学にあてることが出来る公立校など、様々な組み合わせがある。イングランド地方の中等教育機関は「部分的選択制度のある体制」とも言われる)、教育熱心な中産階級が子供のために成績優秀校の近辺に引越し、定員枠を独占する現象が起きている。財政面から気軽に引越しができない労働者階級や低所得層が割りを食う、不公平な状況が生じている。

 恵まれない家庭に育つ児童の救済を目指した「学校入学規約」によると、学校側は「生徒の選抜に際しては、入学を希望する児童の通学時間や利用する公的交通機関の有無を考慮に入れる」、「特別教育が必要な児童を一定数受け入れる」などに加え、「児童の親を事前面接してはいけない」、「親の財政状態、結婚しているかどうか、あるいは社会的位置を考慮に入れてはいけない」、「申し込みの早さで決めてはいけない」、「何故親がその学校を選んだのかを聞いてはいけない」、「児童の関心や知識を選考の要素にしてはいけない」など、様々の制約がつく。中産階級に優位に働くと想定される項目が禁止されていることに気づく。

 兄弟姉妹が既にその学校で勉学中の場合や、保護を必要とする児童(親がいない、あるいは貧困層など)を最優先するようにとも規約は定めている。希望者が定員を超過した場合、くじ引きでの選択も推奨している。

 くじ引きは、「教育の場にはそぐわないやり方」、「公正とは思わない」とする考え方も根強いが、作為的な要素を反映しないので、最も公正というのが政府の見方だ。引越しまでした中級階級の家庭からすれば、せっかく近所に住んでいるのに、子供が入学を許可されるのかどうか分からない状態となった。くじの結果、自宅からは遠い方の学校に通わなければならなくなった児童も出ている。

 学校側が公正かつ客観的に生徒を選んでいないと感じた場合、保護者は入学制度を規制する「独立審査員事務所」に申し立てを起こすことができる。毎年、公立中学に新規入学を果たす児童の約1割の保護者が、不満申し立てを起こしている。不満を感じながらも申し立てを起こさない家庭を考慮すると、不満層はかなり大きいと見て良いだろう。申し立てをする親の中で、高額を払って代理人を雇って希望の学校に入れるようにするのも中級階級の親が多い。訴えの約3割は親の勝利となる。

 毎年発表される成績優秀校の一覧表が、優秀校への入学希望熱を加速させているが、この一覧表発表をいっそ停止してはどうか、あるいは全ての公立校の教育水準を上げることに力を入れた方が話が早いのではないかなど、他の可能性も思い浮かぶが、「わが子には最善の教育を」と望む親の耳には届かないのが現実のようだ。


▽ イングランドの教育の歴史

1880年:初等教育法により、5歳から10歳の児童は義務教育を受けることになった。後、13歳までに延長される。
1900年:10歳から15歳を対象とする、後期初等教育機関が認可される。
1902年:地方教育委員会(LEA)が発足する。グラマー・スクールがLEAの資金で運営されるように。
1918年:中等教育が14歳まで義務化される。
1944年:初等教育と中等教育の分かれ目が11歳となる。3年後、義務教育は15歳までに。11歳の試験結果で成績の良い生徒用のグラマー・スクール、機械や科学に強い生徒用のテクニカル・スクール、実用的な技術を取得するモダン・スクールの3種類のいずれかの中等教育機関に進む、「3部体制」が成立する。
1965年:3部体制が失敗し、労働党政権が3部体制の代わりに「コンプリヘンシブ(普通科)」スクール体制を敷くが、一部地域では3部体制が残る。
1972年:義務教育が16歳までに延長される。
1979年:保守党政権が、若年層の失業問題解消のため技術取得教育に力を入れ出す。私立の学費は払えないが成績が良い、低所得家庭の生徒が無料で私立で勉学できる仕組みができる。
1988年:教育に市場原理を持ち込む改革が進む。全国同じカリキュラムの導入、各学校の学業到達度ランキングの発表、親の学校選択権の拡大など。
1997年:労働党政権は、前政権下の教育体制はほぼ踏襲しながら、学力向上を目指す政策を実行。成績到達目標を設定する。競争で落ちこぼれた学校への支援策を提供。教育によって貧困から脱出が実現できるよう支援する政策に力を入れる。
2007年:貧困・低所得の家庭の児童が教育の機会均等の面から不利な状況に置かれないよう、学校入学規約を策定する。08年度入学分に適用されるが、後の調べで、規約違反が多数発生していたことが発覚した。
(この年代のリストの主な情報源はウイキペディア英語版です。おかしな点がありましたら、ご一報ください。)

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ELEVEN PLUS EXAM
「イレブン・プラス」と呼ばれる、中等教育選定試験。初等教育の終了時、11歳から12歳の児童が受ける試験で、1940年代半ばに導入されたが、イングランド地方では一部で残るのみ。語学力、数学、問題解決能力を査定する。この試験の結果によって、3種類の中等機関(3頭体制)のいずれかに進学する仕組みがあった。個々の児童に適する学校を選ぶための試験だったが、成績の良い児童が進むグラマー・スクールに入るための受験競争が生じ、グラマー・スクールに行けなかった場合「失敗」と見なす傾向も出た。若年で将来が決まる点、好成績は英南部や中流階級出身の児童に偏る傾向があり、試験によって入学者を選択しないコンプリヘンシブ・スクールが取って代わるようになった。

「英国ニュースダイジェスト」(英時間12日以降の掲載が最新号)
http://www.news-digest.co.uk/news/index.php
by polimediauk | 2008-02-12 00:54 | 英国事情