小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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 フランスのルモンド紙が、月曜日(14日)、ストに入るそうだ。

http://www.guardian.co.uk/media/2008/apr/11/pressandpublishing.france

 人員削減に抗議をしてで、64年の歴史の中では2回目だそうである。新聞の発行部数がずっと落ちており、損失も出るばかり。経営陣は他に手がない(削減しか)、と言っているようだ。火曜日に出るはずの新聞は出ないかもしれない。

 なんとなく、またか・・と思ってしまった。昨年、仏経済紙レゼコーやラ・トリビューヌが売却される過程でスタッフがストを起こし、新聞が出なかったことが何度かあったことを思い出したからだ。こんなことをしていては、読者が一番いやだと思うのでは?いや、新聞の使命・一種の文化と考える国(想像)では、国民も逆に支持するのかもしれない(知っている方は教えていただきたい。)新聞=ビジネスという線をくずさない(?)英国からすると、すごいなあと思うばかりだ。(といっても、マードック氏が印刷工場をフリート街から東部ワッピングに移した1980年代は、印刷担当の組合員とのすごい闘いがあったということだが。)

 (追加)フランスの状況については、コメント欄のshibaさんの説明を是非ご覧ください。全く違う見方があります。

 毎年選出される「ブリティッシュ・プレス」賞というのがあるが、今年はフィナンシャル・タイムズ紙が「最優秀新聞賞」を取った。ウエブサイト賞はガーディアンに行った。

http://www.guardian.co.uk/media/2008/apr/09/pressandpublishing

 サンがいくつか賞を取り、アンドリュー・ギリガン記者も調査報道で受賞した。ギリガン氏はイラク戦争開戦時に政府が情報操作をしたのではないか?とする報道をして、政府との対立になり、BBCを自主退職した。後、独立調査委員会が、「政府の情報操作なし」としたので、BBCはトップ2人を失った。(しかし、後で情報を誇張していたことは、事実上、バトラー報告書で証明された。)

 ガーディアンの記事には名前が見つからないが、金融・経済部門で賞を取ったのが、長銀が新生銀行になるまでの過程を書いた本「セービング・ザ・サン」を出した、ジリアン・テット記者である。国営化されたノーザン・ロック銀行の話を、分かりやすく、先見の明を持って書いた、ということであった。

 彼女は元のFT東京支局長である。前に書いたかもしれないが、私が彼女の存在に気づいたのは、FTを日本で読んでいた時だ。日銀関係など金融情報がものすごく早く、いつも日経よりも先にネタが載るので、私はFTを手放せなくなった。FTの紙面を見て、翌日の紙面を(たまたま新聞を作っていた)どうやって作ろうか、とよく考えたものだ。またある時には、日本語の話を彼女が書いていて、「自分は日本語を勉強しているとき、別の人間になる」とあった。普段の自分は男性か女性かをあまり考えなく、生活し、働いている、と。しかし、日本語を使うとそれは「女性語」で、ある特徴を持った人間になる、と。うまく表現できていないが、読んだ時、非常に新鮮に感じた。(自分のことを考えていても、文章では性別はあまり判断できないかもしれないが、しゃべり方は言葉遣いとか選び方がいつの間にか「女性」になっているのだろうと思う。)

 彼女にはロンドンに来てから何度か取材したが、今年久しぶりに会うと、非常に「超」忙しくなっており、???と思っていたら、グローバル・マーケット担当のアシスタント・エディターになっていた(副編集長?ただし、ナンバー2ではないだろう。それぞれの部門のエディターの下だろう。)

 それと、気づいたのは、自分自身がマーケットを動かす人になっていた・・・。マーケットについて書く人ではなく・・。まあ、私の印象のみだが。そこまでしないと、本気になれないのだろう。

 その時のミニ・インタビューである(2月上旬だったと思う)。

―ロンドン証券取引所がずいぶん収益を上げている。クララ・ファース社長の手腕と言うのがもっぱらだが、どう思うか?

テット記者:LSEは地理的に言って場所がいい。これが非常に幸いした。率直に言って、エマージング・マーケットがブームになっていたのだから、ここ2-3年で大きく伸びていなかったとしたら、その方がおかしい。たくさんの企業がLSEにやってきたのだから。地理的にロンドンには利がある。西洋の投資家と新興マーケットをつないでいる。

 それに、(エンロン事件の結果できた)サーベンス・オクスリー法(企業改革法)も大きな機会をもたらした。

―米国では規制がきついからロンドンに来たということ?

テット記者:実際の運用ではこの法律はそれほど厳しくはない。でも、米国でビジネスをやるには厳しそうだな、という印象を植え付けることができたし、これが重要だったのだと思う。

 他にもロンドンにはたくさん利点がある。ファース社長はその利点をうまく生かしたということだ。彼女ができるというせいもあるけど、とってもラッキーだったと言える。利口だったのとラッキーだったのと。

―規制に関してはどうだろうか?他の欧州の証券取引所と比べて、ロンドンの規制はゆるいのかきついのか?

テット記者:ニューヨーク取引所よりは規制が厳しくはないということになっている。規制がないわけではないけど、少ないとは言える。でも、ロシア企業、エチオピア企業に絡んだスキャンダルがLSE(規制が少ないので)もし起きてしまったら、名声に傷がつくと思う。

―新製品の開発という点ではどうか?

テット記者:かなり積極的にやっている。しかし、最大の強みは金融街シティーにあることだ。ヘッジファンドや銀行などがかなりアグレッシブで、ここに集まっている。ロンドンへのビジネスの集積は増えるばかりだ。それでも、NYSEにしろ、ユーロネクストにしろ、手ごわい競争相手だ。

―これからどうなるか。

テット記者:ロンドンへの集中化は強まると思う。しかし、焦点は新しい形のトレードだ。証券取引所を通さずに行う取引が伸びている。

―「プロジェクト・ターコイズ」のような存在か?既存証券所にとっては大きな脅威か?

テット記者:そうだ。

―シティーの中に女性に対する偏見はあるか?

テット記者:もちろん。偏見というより、まず非常に少ない。仕事と家庭からのプレッシャーをうまく処理できる女性は少ない。

―ドイツ取引所とLSEの違いをどう見ているか?

テット記者:ロンドンは株主文化、市場文化の方を向いているが、ドイツはまだ資本主義といえば懸念の対象であり、あまり株主文化がないと見ているように思う。

―国有化されたノーザンロックに関して聞きたい。どう思っているか?

テット記者:まず、英国金融当局によるノーザンロックの処理はひどいものだった。金融規制が非常に情けない状態にあることを暴露した。ノーザンロック事件の経緯で、全くレスポンスすることができなかった。失敗だ。信じられないほどひどかった。

―中央銀行と財務省、金融サービス庁の三権体制はどうだったか。

テット記者:銀行監督業務は中央銀行に戻すべきなのは明らかだ。銀行はもっと積極的に行動を起こすべきだ。流動性をもっと管理するべき。預金保護の体制もうまく機能していなかった。政府も対応が遅れた。

―しかし、ヘッジファンドも含め、何が起きているのかを銀行の経営陣さえも分からないという話を聞くが?

テット記者:基本的にやるべきことがある。バランス・シートに載らない部分を巨大にしてはいけない、自己資本を急激に削減してはいけない・・。銀行側がやるべきことはたくさんあったし、これからもある。ノーザンロックの場合、自己資本率が明らかに落ちていた。

―中央銀行のキング総裁は、ノーザンロックを助けようと思ったが、手を出すとすぐに外に分かってしまうからできなかったと言った。金融行政が透明だからできなかった、と。

テット記者:そんなことは全く意味をなさない。もっと断固として行動するべきだった。他のG7の国でこんな風に行動する人はいないだろう。キング総裁の基本的な問題は、すばらしい学者、エコノミストだし、インフレを一定に保つという点ではすばらしいことをしたけれど、マーケットがどんな風に動くのか、それにどうやってマーケットと相互に影響を及ぼしあうのか分からない、ということだ。

 ダーリング財務相も全くだめだ。本当に強い指導力が必要だった時、それを見せることができなかった。FSAは手が出せなかったし、キング総裁は敵が何かを知らなかった。何かできる人は誰もいなかった。

 いいニュースは、問題が何か分かったこと。これから良い方向に向かうといいと思う。優れた監督体制が必要だ。規制ではなく。問題はいかに管理するか。もっとも、率直に言うと、過度の規制も今はいいかもしれない。

 
by polimediauk | 2008-04-13 06:48 | 新聞業界
 発行部数が下がり続けるインディペンデント紙の次期編集長に、昨年末日曜紙オブザーバーの編集長を辞任した、ロジャー・オルトン氏が就任する見込みだ。ガーディアンのウエブで10日、報道された。

 サイモン・ケルナー現編集長はいなくなるわけではない。平日版のインディペンデントと日曜紙の「インディペンデント・オン・サンデー」の両方を見る、統括編集長のようなことになる。上に一つ上がったことになる。でも、編集には関わらない。マーケティングとか対外事業とかに集中するので、第一線からははずれた感じがする。

 ケルナー編集長は、現在のインディペンデントを作った重要人物でもある。というのも、彼の発案で小型タブロイド化が実現したからだ。この発案当時(2003年)、部数が急速に伸び、タイムズもすぐにこれを追った。1年半ほどして、ガーディアンも縦に細長いベルリナー判にした。他の新聞も続々と小型化して、一種の流行となった。ケルナー編集長は数々の新聞関連の賞も受賞した。

 しかし、現在までに部数がまた落ち込んでいて(20万部ぐらい)、ガーディアンは「いつ編集長交代になるか?」を何度か書いてきた。ガーディアンだけ読んでいると、ずい分インディペンデントを憎んでいるというか、嫌いなんだなあと思ったりする。(インディペンデントが1986年に創刊した時、読者を沢山取られてしまったのだから、仕方ないのか?)

 ケルナー氏は、インディペントの現在のフロントページ、つまりまるでポスターを思わせるような、でかい写真やイメージを使い、それに気の利いたタイトルをつける、というパターンを作ったといわれる。よく「ビュー・ペーパー」(ビューとは意見のこと)とも呼ばれる。新聞は様々な意見をバランスよく出さないといけないが、事実よりも意見を出す、というのがスタンスだ。こういう編集方針を、ガーディアンのラスブリジャー編集長はひどく嫌っており、幾度となく批判してきた。(インディペンデントの発行元は、ケルナー氏の功績を考えて、首を切ることはできなかったんだろうな、と想像する。あくまでも想像だが。)

 一方のオルトン氏。彼はオブザーバー紙の発行部数をどんどん上げた人物だ。英国の高級紙はどこも前月比数%程度、部数が減少して悩んでいる。ところが、オブザーバーは4-5%増加させてきた。偉業といわざるを得ない。

 ガーディアンからすれば、ラスブリジャー編集長と編集方針があわずにオブザーバーを辞めたと噂された(オブザーバーはガーディアンの日曜版のような位置づけになる)オルトン氏を取られた、という感じだろうか(本人はガーディアンと争いがあったことを全面否定)。

 インディペンデントの起死回生があるのかどうか、非常に楽しみになってきた。少し前にインディペンデントはウエブサイトを新しくしたが、音楽ストアを入れて、特徴を出している。常に新手はあるものだ・・・。

 ガーディアンのインタビューに早速応じたオルトン氏は、「右でも左でもなく、『欠かせない』新聞にしたい」と語っている。インディペンデントは「ラジカル・レフト」がケルナー編集長のスタンスだった。

 既にああしよう、こうしようといろいろ策を練っているようだ。正式には6月から仕事を開始する予定だが、これはまだはっきりしていない。9月、インディペンデントは全頁カラーになるとのことで、この時、オルトン新編集長の下で紙面デザインが一気に変わる可能性もある。

http://www.guardian.co.uk/media/2008/apr/10/independentnewsmedia.theindependent
by polimediauk | 2008-04-11 05:04 | 新聞業界
 オーマイニュースジャパンの編集長、平野日出木さんへのインタビューの後半となる。(話し言葉をほとんどそのまま拾っていることをご了解ください。)「新たにす」に関する見方には、発見があった。やはり聞いてみないと分からないものだ。今後も注目したい。

―今後はどんな方向に進める予定か?

平野編集長: 今取り組んでいるのは、去年の8月からヤフーに配信して(「パブリック・ニュース」の一環)、ヤフー上で結構読まれるようになってきた。半年経って、ヤフーのようなポータルに流すのをもっと増やしていきたい。PCのサイトに流すのと同時にモバイルにも流してゆきたい。そのためのコンテンツをどうやって作るかがこれからのことだ。オーマイニュースの記事は長いので、もうちょっと違うのを作らないといけない。

 CNNなんかも、市民メディアを始めたとあって、既存メディアで読者のコンテンツを集めたいと思っているところが結構ある。そこで、やるにしても、自分たちでどうやってその市民のコンテンツをニュースにしたらいいか、というのが一番難しい部分だ。そこは自分たちではできないから、オーマイニュースに頼もうという機運も高まっていると見ている。チャンスはあると思っている。

―読者の顔は見えているか?

編集長: まあまあそうかな。読者は市民記者の10倍くらいの数と見ている。市民記者の数を増やそう、としている。一人増えると10人ビジターが増えると。一人一人の読者がいろんなサイトを見てくれていて、回遊性を高めることをしよう、と。一人の人が1つ見て出て行くか、いろんなところを見てくれるようにするのか。今、市民記者の記事の下に関連記事のURLをつけている。その利用度が非常に高い。関連記事をつけるのは手作業だ。写真や動画の関連記事を作って楽しんでもらう。字だけではいえないところを補うためだ。

―文章を書いてお金を貰っている人、いわゆるプロの人も市民記者として書いているが。

編集長:結構、市民記者は職業記者を嫌う部分があって、その心理的なものはよく分かるんだけど、これは市民記者のサイトだから、何ぜプロの記者に書かせるのかという批判がきたりもした。

―そういうコメントをサイト内で読んで、驚いてしまった。

編集長:でもそんなことは正当の批判だとは僕らは思っていなくて、プロの人にも書いてもらうし、市民の人にも書いてもらう。市民記者の方から、これが市民記者の記事なのか、プロの記事なのか目印をつけて欲しいという人もいるから、今ちょっとそういう編集部発、こっちからお願いして書いてもらった記事だということが見えるような、3月頃からそういう形にしようと思っている。(注:既に、プロの書き手の記事を集めたサイトが実験的に始まっている。)プロのライターの人にも、オーマイニュースに書きたいと思わせるようなサイトにはしたい。市民も集まるし、プロも集まるし、というサイトに。

―プロの方で、原稿料が無料でもいいから一肌脱いで書きたいという人はいないだろうか?

編集長:あまりいない。フリーランスの方で、今お金もらって書いているところには好きなことを書けないからといって、オーマイニュースに書いてくれる人もいる。

ただ、これも需要と供給の問題で、プロのライターが俺は市民記者とは同じレートでは書かないと言っていたとしても、市民記者でどんどん書く人が出てくれば、今だったらこちらからお願いして書いてもらっているが、自然に書ける人が)出てくれば、お願いしなくてよくなる。そういうことが分かって、「そうなるんだから、俺は今から書いて、ポジションを築く」という人もいる。

紙の世界でやっていると、僕なんかもそうだったけれど、職業記者の人はなかなかお金もらって書くというのが、刷り込まれている部分がある。市民記者の場合は、載って、注目を集めるというのが(書く)原動力だと思う。

―編集部の取材専門の方はどういう風に仕事をしているのか?

編集長: 取材をもっぱらやっているのが2人。1人は主に医療関係。医療がらみの記事は結構注目度が高い。関心のままに書いてもらっている。もう1人は写真がうまいので、イベントがらみの取材に関わってもらっている。

―爆発的にアクセス数を増やすにはどうするか?こうしたい!ということは?

編集長:僕はあまりそんな大それたことは・・・。新聞出身者の限界なのか、こういう方向のサイトでみたいなことは箇条書きではいえないが。

 最初鳥越さんの力があって、メディアの注目度も高かった。韓国からやってきた、というメディアで、「反日メディアが来るんじゃないか」ということもあって、嫌韓というか、日本の一部の方から注目を集めてしまった。不幸なスタートだった。今は結構、払拭している。

 韓国語とか英語では「シチズン」(市民)という言葉は好意的に受け取られているようだけれども、日本では市民という言葉はある種色がついていて、最初、実際に参加してくれる人も、いわゆる市民活動家みたいな人が参加してた部分があった。ここを活動のひとつの拠点に、「楽しいサイトを作ろう」というよりも、ここをある種の政治的な運動の場所に使おうという人が実際にはいたと思う。そう言う人ばかりが集まってしまうと、やっぱり非常に狭い、他の人たちは入りにくいサイトになってしまう。みんなが作るサイトに時間をかけてやってきた。

 僕は、そんなに爆発的にいくわけはないだろうと思った。最初はムードがあったけど。これはバブルに違いないし、鳥越さんの知名度があったから、それに引きずられたものだったのではないか、と。それがはがれて、でもその後、またちょっと違った形で、じわじわとビジターを増やしているところじゃないかなと思っている。

―日経からネットメディアに転職し、カルチャーショックはあったのかどうか?

編集長:入って半年ぐらいは、ネットのコミュニケーションに苦労したと思う。記事を書いて、そこで完結すると思って書いているから、そこにいろいろ反応があることや、その批判を受けることに今まで慣れていないから、批判を受けることが、いちゃもんというか、割とまじめに受け止めたことがあって、流すべきものは流し、答えるべきものは答えるというようなことの振り分けができていないことがあった。いろいろ言われていることをまじめに全部受け取めちゃって、ちょっといやだなあと。双方向性というのは・・・

―(つらい面もありますよね。)

編集長:・・ね?そう言う風に最初の半年ぐらい、去年の2月ぐらいまでは結構苦労した。

―今は結構平気?

編集長: それはさらけ出すことの、自分を割りとさらけ出して、脆弱な状態に置くことの強みというか、そういうことでみんなに理解してもらう、というか。自分が出て行って、火の粉を浴びるということを何回かやっていくうちに、まあ、逃げ隠れしていないということと、言っていることが一貫性があるとか、同じことを言って、それをその通りやっているんだなということを伝えるとか、そういうことで徐々に信頼してもらっていった。

 最初、見えていないときは、こいつ、何を考えているか分からないという気持ちを当然持っていると思うので、そこでふらふらしていたら、あの時はああやっていたのに今違うじゃないかといわれたかもしれないけれど。

―今のほうが楽しいですか。

編集長:それはまあそうですね(笑顔)。

―日経、読売、朝日が作った新サイト「新たにす」に関してはどんな見方を?

編集長: サイトを今の時点では評価できないと思う。今だったらグーグルニュースのほうが情報量がたくさんあるかも。

 今、実際コンテンツを作っている人と、コンテンツを作ってなくてアグリゲートして流すアグリゲーターがいる。アグリゲーターの方ばかりにいろんなリソースが集まっている。コンテンツを作る部分は結構大変なわけだけれども、アグリゲーターは調達して、それはそれで大変な仕事だが、コンテンツを作っている側からすれば、一矢報いたいというところがあると思う。「新たにす」はその第一歩ではないか、と思う。もっと長期に見るべき。(コンテンツを作る側が)逆襲を考えている動きではないかと僕は想像している。

(2月末談、東京の事務所にて)
by polimediauk | 2008-04-10 07:27 | ネット業界
 先日、「オーマイニュース」からメールが届いた。私は、2006年8月末、「市民みんなが記者だ!」というモットーで始まったオーマイニュース・ジャパンの市民記者の一人でもある。

 メールは、日本時間の夕方、サーバー接続が遅くなるかもしれないことを、詫びていた。「何とかさん」という人のインタビュー記事が掲載されるから、と。一体誰なのか???だったが、先ほどサイトに行って初めて分かった。自殺しようとした芸能人の女性のインタビュー記事の連載だった。確かに画面表示に非常に時間がかかる。

 しかし、私はうれしかった。これできっとどっとアクセス数が伸びているのだろうな、と。

 「オーマイニュース」は、ご存知の通り、元々は韓国で始まって、英語版もあり、これに日本語版が加わった。メディアと言えば新聞社や放送業社を頭に浮かべる多くの人にとって、「自分のニュース」が書けるメディアは、画期的だった。
 
 創刊当初、初代編集長の鳥越さんがどんどんマスコミに出て、オーマイニュースのことを話したのが遠い昔のようにも思える今日この頃。

 市場が成熟しつつある過程にあるのかなとも思う。ブログの存在、SNSやユーチューブの人気などで、誰でもが自分で思っていることを書いたり、どこかに投稿したりすることが普通のことになった。「個人が書くニュースが満載のメディア」は既に立派な、1つの媒体になったのだし、これを日々具現しているのがオーマイニュースなのだろう。世間的にどんなに重要そうなニュースでも、自分にとって一番重要なのは自分の身に起きたニュースには違いない。

 「自分の身に起きたことを誰かに伝えたい、誰かとシェアしたい」と言う欲求が続く限り、オーマイニュースのようなメディアは続くのだろうが、それでも、米国や英国(あるいは他の欧州の国)でも、全く同様の形を使うメディアというのをほとんど聞いたことがない。(知っている方は教えていただきたい。)そういう意味で、ユニークな存在でもある。

 というわけで、オーマイニュースは一体どうやって作られているのか、作っている人はどんな人なのか、そして今後、どういう方向に進むのだろうーこんな大きな疑問を、平野日出木現編集長に聞いてみた。

 平野さんは以前、日経新聞の産業部に勤務し、「重厚長大産業」を担当していた。その後米国に留学し、ハイテク業界の様子をつぶさに見たようだ。2月末、東京の事務所内で、静かな闘志が湧き上がってくる感じの平野さんの話を聞いた。

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Editor in chief of Hideki Hirano of Ohmynews. Tadayuki Yoshikawa / Ohmynews (JAPAN)

ーどれ位の原稿が毎日届くのか?

平野編集長:大体、30本から40本位。9時には大体一人編集者が来ているので、その編集者が今日直ぐ挙げたほうがいいなというものは自分で見つけて、編集する。彼が1本か2本目の記事をやっている間に僕がざっと見る。30-40本がどんな感じかを見た上で、11時ぐらいになると他の編集者も来るから、他の編集者にも手分けをして編集してもらう。

―どのぐらい頻繁にトップ面は変わっているのか?

編集長:常時変わっている。2時間に1本位の割合で、トップが変わっている。他の市民メディアのサイトよりも動きがある。翌日の朝の午前5時から昼の12時ぐらいまでの分を、僕が大体家で夜中やっている。翌日の朝はこういう感じ、午前中はこういう感じでというのを前日の夜の内に作ってしまう。それで飛込みがあったら、さっきの午前9時に出勤する人がニュースを作って、翌朝の午前には急ぎで出すものを掲載する。

―24時間、ニュースを追うことになりますね。

編集長:そうですね。(サイトの)休みはないんでね。週末は更新しないというサイトもあるけれども、うちは土日も更新している。更新の頻度は、週末全体で回しているが、昼の12時ぐらいには全部がらっと変わっている。

 掲載するのは一日、記事だけでも25-30本。後は写真の記事や動画もあるし、短い川柳やショートニュースもある。

―日経で紙面を作っている時と、オーマイニュースで作っている時では、ニュースを選ぶ際の価値観は違っているのかどうか?

編集長:どれがトップニュースになるかは、あまり箇条書きでは言えないが、これとこれを比べたらこっちが絶対おもしろいというのがあるので、そういう比較感で掲載している。

―サイトの開始から1年半で、原稿の質はどうか?

編集長:上がってきている。トップ4本の中の3本を「サブトップ」と読んでいるのだが、サブトップの原稿は良く見つかる。一番上に据える記事を作るのはそれなりの話が来るときもあるし、原稿がなかなかなくて、こちらで編集部の取材チームが作ってきた原稿を載せたりもする。

 最初は、普通の新聞とかテレビで書いている記事への意見とか反応みたいなのが多くて、要するに、新聞とかテレビで話題になっていることを書かなければいけないと思う人がいたから、どうしてもそういうところの話題には自分で取材にいけなかったりするから、意見とか、感想ばかりだった。

 最初は月間で今は週刊でやっている記事を表彰する仕組みがある。僕らがおもしろいなあと思って選んでいる記事は、各記者が事実を発掘している記事、自分自身で体験したこと、観察したことが入っている記事になる。自分で実際にじかに聞いて、メディアのスクリーニングを通していないもの、テレビで見たことや新聞で書いてあった活字とかではなくて自分で生身で見た情報が入っているものがいいね、ということを何となく、おもしろい・おもしろくないで判断していったら、そういうものが多くなっていった。僕らもそういう風に自覚していった。

 はじめはぼんやりしていて、(どのような記事を求めているかに関して)あまり輪郭がなかったが、段々輪郭が出てきた。それから、今はそれに「少しタイミングみたいなものを考えて投稿したらどうですか」、ということを言っている。市民記者からなかなか旬なものは来ないのかなと思ったので、そこのところは編集部が作っていかなきゃいけないのかな、と思っていて、現実にそうそういう部分もあるが、市民記者から旬なものが集まるようになってきている。

―こうなってきたというのは、例えばユーチューブとか、読者が撮影したりなどしたものを、投稿することが日常化してきたこともあるのだろうか?

編集長:そうかもしれない。僕らも、今、まだ携帯からは投稿できない。それができるように仕組みを早急に開発している。携帯から作って、携帯から撮った写真をあまり字は多くなくていいから、すぐ投稿してくれる形だ。字が少ないとそれだけ編集する時間も少なくなる。写真で撮ってもらって、ぱっぱとあげちゃおう、と。

 市民記者が書いたものは非常に腐りにくい。今読んでもおもしろく、普遍的だ。普通のニュースで、「いついつ何々があった」というのは、すぐ消費されてしまって、古臭く感じる。市民記者が書いた原稿は腐りにくいから、その特性を生かして、結構昔書いた記事が、ヤフーとかに関連記事として貼られることがある。

―ヤフーのサイトには「パブリックニュース」というセクションがあり、オーマイニュースも含めた市民メディアの記事が数本載っているが。

編集長:それとは別に、普段のニュースの関連記事として、オーマイニュースの昔の記事をヤフーの編集部が探して、貼り付けてくれることがある。市民記者の話題が先行していて、後からメディアの波が来て、オーマイのネタが貼られる。前の記事なのに、今になって急にページビューが稼がれるなんてこともある。

 例えば、去年の夏、市民記者が不動産経済研究所から出ているマンション動向を分析して、これを予測する記事が出た。それをヤフーが拾って、1月の発表記事に貼ってくれたので、(オリジナルは)8月の記事なのにそれが読まれた。

―うれしいですよね。

編集長: まあそうですね。紙じゃないメリットはそういうところにある。他の新聞社のサイトはある一定の期間で削ってしまうが、オーマイニュースはずっと残している。今読まれなくてもある話題が起きたときに読まれる可能性がある。

―市民から送られた来た原稿で、オリジナルを生かす編集をしているのかどうかか?自分の経験ではそう感じたが。

編集長: それはそうです。しかし、人によって、「俺が意図しないように書き直した」とお叱りを受けることもある。そこは課題といえば課題。人によっては改悪しているんじゃないかという風に受け止められるちゃうケースも少なくない。

 僕らはそんな構成を大きく変えたりするつもりはそんなになくて、中に書いてある事実が確かにそうなのかということと、後はこんがらがっている文章は、「これはこういうことが言いたいんだろうな」と言うことを、こんがらがりをほぐすというのを役目としている。事実確認と意味を最初に読む読者として、意味を分かりやすくする、意味が分からなければ本人に問い合わせて確認する。それぐらいを編集の目標としている。

―文章に手を入れられただけで反感を持つようなことあるのかどうか。

編集長:最初はそうだった。編集という概念をみなさんが検閲だと思っていた。検閲するのかというクレームが来たので僕らは結構ショックを受けたのだけれど、それは日々の編集作業で、自分が書いたのが分かりやすくなったねという実例を積み上げて行って、ああ、それは編集部にやってもらったほうが良くなっているよね、ということを、一個一個、一人一人に分かってもらう作業を、ある程度時間を経て、してきた。1年半やってきて、皆さんに理解してもらったと思う。

―自分の体験を書いた記事で、例えば既存メディア(新聞など)だったら、それを個人ひとりの体験だけでなく、社会全体につながるような文章やデータなどを入れる場合がパターンとしてある。オーマイニュースはどうだろうか?

編集長:もしそれがトップ記事になるようだと、そういうものを加えているかもしれないが、トップじゃない普通の記事にするには、写真もつけないし、オリジナルの情報に、こちらが付け加えずにそのまま掲載することはある。でも、ちょっとこれはトップにするには物足りないなという時は、こっちで付け加えたり、タイミング的に間に合えば、本人に戻して、「書き加えましたけど、いいですか」という時もある。その余裕がなければ、そのままちょっと膨らましてトップにする、ということはある。最終的に、こちらがどれだけの労力と時間をかけてどれぐらいの記事に仕立てられてあげられるか、という問題になる。

―ニュースに対する見方、考え方は変わったか?例えば、日経にいた時と比較してどうか?

編集長: 市民記者の場合、実際メーカーで働いていた、あるいは医療関係の方など(様々な職業の人)がいて、ある意味で問題が専門的なテーマを扱った記事はオーマイニュースを読んだ方が結構分かりやすい。今の米国のサブプライムローンの問題でも、オーマイニュースで、モノライン(注:金融保証業務だけを行うを専門会社)という、地方の自治体が発行する、格付けのレベルが低い地方債を発行する時に保証をつけてやる会社が、今疲弊してしまって、すると、保証がつけられなくなると、地方自治体が債権を発行できなくなって大変なことになるという話も、最近モノライン、モノラインと出てきているけれども、ちょっと前に、ニューヨークの金融機関に勤めている人が投稿してくれて、モノラインというファンクションがサブプライムローンでやられているから大変なんだよね、ということが書いてくれていた。

 日経新聞もそれなりに記者がいて、専門分野に精通すべく日々努力していて、ある程度のレベルに達しているとは思うのだけれども、でもやっぱり、その仕事をしている人にはかなわない分野がどうしてもある。そういうところは、第3者の新聞記者が伝え聞いてそれを書くのはそれはそれで良さがあるけれども、実際にその仕事をしている人が発信してくれた方が、読み応えがあったり、なるほどね、という部分がある。そういうのがもっと増えてくれるとうれしいなと思うし、可能性はあると思っている。

 新聞記者をやっていて、最近読み応えのある記事が減ってきているなあと、全般的に、僕なんかが思っていたり、そういうふうに言う人が実際、多い。特に経済関係だったりすると、仕事の内容が細分化されてきて、専門家でも、自分の隣のフィールドのことがよく分からないようなことになってくると、それは観察しているだけの新聞記者ではよく分からない部分が出てきている。新聞記者も、実際、専門家にいろいろ聞いてはいるものの、専門家の域には及ばなかったりして、実際に仕事に携わっている人が発信すれば、と。

―でもブログでなく、ニュースサイトで?

編集長:いや、ブログでもいいと思う。ブログっていうのは、やっぱり毎日更新しなければいけないだとか、結構その日々継続していくことに結構力を入れないといけない。自分のサイトをメインテナンスを自分でしていかなければならないという部分の、つまり発信する以外の部分で煩わしい部分がある。

 オーマイニュースはそういうものがなくて、自分がここぞと思うときに出してくれればサイトは他の人の投稿でも埋まっているわけだから、毎日投稿しないと忘れられちゃうから投稿しようという、そういうプレッシャーはない。ほとんど毎日書いてくださる方もいて、それはそれでうれしいとは思うのだけれども、やっぱり、渾身の一発を書いてくれる方は、しばらくぶりに書いても、結構重たい、いい原稿ですぐトップにくる。

 僕も記者時代、毎日毎日、いい原稿はそんなには書けない。そういう意味ではみんなで回転させているから、ブログでアウトプットばかりしていると薄まっちゃうようなところがあるとしたら、気合の入った一発を送ればいいや、と。もしブログとの違いを言うとするとそういうことになる。

 でもやっぱり、ブログは裾野になっている。書くことに慣れている方がいて、でもブログだと結局、自分はある分野のことばかり書いているわけですよ、自分の仕事のことだとか。それでいいんですよ、それでいいし、それでコネクトしていくからいいわけですが、オーマイニュースはどっかにフォーカスしているわけではないから、ここのサイトに来ることによって、自分の得意な分野は自分で書いているけど、他の人の視点をすぐ横で「あ、こんなことを書いている人がいる」、と。ブログのネットワークを通じて探していくのは、どんどん深く、ある分野をより深く知っていくことになるかもしれないけれども、オーマイニュースの場合は、もうちょっと違ういろんな話題が探せる、目に付くのではないかと思った。(下に続く)
by polimediauk | 2008-04-08 23:27 | ネット業界
 日曜日、ロンドンでは、北京オリンピックの聖火リレーを妨害しようとした人々と警察の間で争いが起きて、37人が逮捕された。中国政府のチベット弾圧への抗議のために、リレーを妨害しようとしたのだ。この件は昨日、テレビやラジオで何度も報道された。今朝東京の家に電話したら、家族が出て、抗議デモの話を興奮気味に語っている。日本のテレビで「今まさにその時の様子が、放映されている」と。

 基本的に英国は、ずーっと「中国=人権侵害の国」というスタンスでやってきた。チベットの状況のひどさ(確かにひどい)も延々とドキュメントをテレビで放映してきた。そこで新聞もその論調となる。しかし、ややさめた報道もあり、BBCニュースサイトでは「抗議やボイコットが起きるのは今回が初めてではない」という話を紹介している。

 ややひねた私は、「どうしてリレーをやるのか?」と思う。スポーツの祭典だったら、スポーツだけに力を注げばいいのにな、と。それに、オリンピックが大競技を開催できるほどの大国、大都市のみが主催できるのも気になる。アテネの精神に戻ろうなんてことは言わないけれど、ずいぶんと政治ショー化してしまったなあと思ってしまう。(逆に、あえて規模をどんどん縮小していく・・・なんて、どうだろう?あり得ないだろうがー。)

 最近、私が「良くぞ言ってくれた」と思ったトピックは、米俳優ケビン・スペーシー(「ユージュアル・サスペクツ」)とBBCだ。スペーシーはロンドンの「オールドビック」という劇場を所有してもいる。

 http://news.bbc.co.uk/1/hi/entertainment/7318812.stm

c0016826_6105218.jpg そのスペーシーが、数日前、BBCのタレントショーを批判した。ロンドンの劇場街ウエスト・エンドでオープンする、ミュージカル「オリバー」の、ナンシーという役柄をオーデションで選ぶ番組をBBCがこのところ放映している。一度見るとすぐ分かるのだが、10数人のナンシー候補の女性たちが、毎週、歌を歌い、それを審査員が評価した後、テレビを見ている視聴者がBBCが指定する電話番号に電話して、誰が気に入ったかを「投票する」。いわゆる、人気の視聴者参加型番組の1つだ。投票結果は次の日,判明する。同じ候補者が出てきて、誰か一人、もっとも少ない票を得た人が去る。(去るまでの仕組みはもうちょっと複雑なのだが、単純化して書いてみた。)

 最終的にナンシー役の女優が決まるまで、13週間かかる。すると、BBCという公共放送が、13週間かけて、ある商業ミュージカルのプロモーションをしていることになりはしないだろうか?

 これをスペーシーは指摘した。私も常々そう思っていたので(というのも、これがシリーズの確か3回目で、同様のオーディションで、既に2つのミュージカルの主演俳優を決定していた)、やっぱり、と思ってしまった。

 結局、スペーシーが本当に言いたかったのは、自分自身が劇場を持っているので、ミュージカルだけでなく、芝居・ドラマの俳優もオーディションし、これをテレビで見せることがあってもいいのではないか、ということだったらしい。

 それでも、BBCが公共放送としての一線を越えたのではないか、という批判は大いに一理あるように聞こえた。特に、前回2回のミュージカルは、作曲家アンドリュー・ロイド・ウエーバーが作ったものだった。そして、ロイド・ウエーバーは、審査員の一人として、オーデションの査定や、候補者たちのレッスンを監修もしていたようだった。

 もし商業ミュージカルをトピックに使うとしても、どうして同じ作曲家の作品を(ただし、「オリバー」は違う人のようだ)何度も使うのか?チケット販売から得た利益はBBCに戻すべきではないか?と私は思っていた。

 BBCの答えは、「一つの作品というよりも、ミュージカルをかける劇場全体を祝う番組」なので、一線を越えたことにはならないというような説明だ。ここでも私はいやだなと思う。BBCはほとんどの場合、どんな批判があっても、奇妙な理由を挙げながら、自分の最初の立場を頑として変えない。

 BBCのアウトプットが公共放送としての役割からはずれていないかどうかをチェックする、BBCの経営委員会にでもきちっと検証してもらいたいものだ。

 それでも、ガーディアンの「メディア・トーク」という音声コンテンツで誰かが言っていたけれど、「BBCにとっては、非常に視聴率の高い番組なので、おいそれとは手放せない」・・・。
by polimediauk | 2008-04-08 06:13 | 放送業界
 少し前になるが(3月末)、昨年から行方不明の英女児マデリン・マッカーンちゃんの両親に関する不当な報道をしていた、英国の新聞数紙が、両親に謝罪し、発行元が罰金を払う、という事件があった。

 これは英メディア界に大きな衝撃を与えた。というのも、BBCをはじめ、どのメディアもマデリンちゃん事件を過熱報道していたからだ。メディア全体へのいわば懲罰的な動きとも受け止められ、メディア問題に詳しいガーディアンは、早速専門家を呼んで、毎週やっている「メディア・トーク」(ウエブサイト上の番組)のトピックにした。

 といっても、これ以降、メディアが自粛報道となるかというと、必ずしもそうではなく、「これからは気をつけよう」という感じではあるものの、残念ながら今後も同様のトピックがあれば、また同じことが起きそうだ。

・・・という顛末を新聞協会報(4月1日付)に書き、これに若干の言葉や情報を加えたのが以下である。

―両親を犯人視し英紙謝罪
 幼児行方不明事件 「容疑者」発表で過熱


 英大衆紙デーリー・エクスプレスなど4紙が3月下旬、行方不明中の両親から名誉毀損で訴えられていた問題で、一面に謝罪記事を掲載した。発行元のエクスプレス・ニューズペーパー社が支払う和解金も55万ポンド(約1億800万円)と、個人の名誉毀損としては破格の金額に上った。エクスプレス社は裁判費用も負担する。発行部数増を狙い、両親を犯人視する報道を続けた4紙に反省を促す声が上がる一方、英メディア全体の報道に問題があったとする指摘も出ている。

 今回の謝罪は、昨年5月にポルトガルの保養地でマデリン・マッカーンちゃん(当時4歳)が行方不明になったことをめぐる報道に対し行われた。日刊のデーリー・エクスプレス、デーリー・スターには3月19日付で、日曜紙のサンデー・エクスプレスとデーリー・スター・サンデーにも23日付で掲載された。

 このうちデーリー・エクスプレス紙は、一面のすべてを謝罪に当て、「根拠が皆無であっったにも関わらず、両親を娘の殺害者とする報道を繰り返し行った」ことを認めた。エクスプレス社が負担する55万ポンドの和解金額は、一人当たり25万ポンド相当が上限とされてきた個人の名誉毀損に対する賠償金を上回る。

 マデリンちゃん事件発生後、両親は連日メディアに登場し、英国内外に捜査への協力を呼びかけた。国民の関心は高く、BBCをはじめ放送局は大手キャスターを現地に派遣し、連日実況中継を行った。高級紙を含めた英各紙も、マデリンちゃん事件を一面に掲載する時期が続いた。発行部数増加や視聴率上昇を狙うメディア側のニーズとメディアの露出度を高めて娘を探し出したいという両親のニーズが合致した。増える取材要請をさばくため、両親は元BBCジャーナリストを広報担当者として使うほどだった。

 毎日の報道には情報が多ければ多いほど良いが、地元警察が「捜査終了まで情報を公にしない」方針を明らかにすると、メディアは地元紙からのリークや憶測に基づく報道を余儀なくされる事態が生じた。

 9月、地元警察が両親を「容疑者」ととして事情聴取を開始した。これを境に、両親の扱いが大きく変わる。犯人と決め付ける報道が日常化し、両親の私生活に関する憶測記事も出るようになった。昨年夏から今年2月まで、問題の4紙は、両親が娘の死体を遺棄した、借金返済のために殺害したなどとする記事を100本以上掲載した。

 謝罪記事の掲載を受け、3月20日付のガーディアン紙(電子版)は社説で、娘が行方不明となり、その後の報道で犯人扱いされた両親は「2度犠牲者となった」と述べた。その上で、「新聞を売るために家族の苦しみを利用した」とエクスプレス紙を非難した。しかしその一方で、マデリンちゃん事件では他紙の報道も過熱。「軽薄で、扇情的で、煩わしい英新聞業界の欠点が出た」(同社説)と指摘した。

 メディア評論家グリーンスレード氏も、19日付のBBCニュースサイトの中で、両親がエクスプレス紙などを訴えたのは「最悪だったから」というだけで、犯人視が突出していたからではないとの見方を示した。「地元からの情報が少ない状況で、メディア間の競争は激しく、憶測を交えたセンセーショナルな記事が出るのは避けられなかった」

 メディアのシンクタンク「ポリス」を主宰するベケット氏は「同様の過熱報道をしてきた他のメディアは(謝罪事件を)警告として受け取るべき」と指摘した(同サイト)。しかし、「ほとぼりがさめたら、同様の事態が起きる」(20日付フィナンシャル・タイムズ電子版)とする見方が、業界内では大勢を占める。

 一方、個人に対する名誉既存事件で新聞が1面全面を謝罪を行った前例には大衆紙サンが、1988年、歌手エルトン・ジョンの私生活に関する記事を巡っての謝罪がある。

 また、名誉毀損ではないが、全面謝罪の最近のケースでは、2004年、デーリー・ミラー紙が、頭巾をかぶったイラク兵に、英兵が放尿をしている写真を掲載し、これがやらせであったことが発覚した事件があった。イラク・アブグレーブ刑務所での米兵によるイラク人拘束者への虐待事件が明るみに出た直後だった。ミラー紙は紙面を通じて読者に謝罪するとともに、発行元のトリニティー・ミラー社は当時の編集長を解任している。

 (余談だが、中に出てくるグリーンスレード氏はメディア・ブログでも著名。この事件で、「エクスプレスを買わないようにしよう」と呼びかけた。ところが、これが読み手の反感を買い、散々な目に。つまり、「不買行為は民主的ではない方法」、「報道の自由を尊ぶあなたがそんなことを呼びかけていいのか?」など。著名人と言えど、さまざまなコメントの嵐に立ち向かわざるを得ないのが現実だ。)
by polimediauk | 2008-04-05 04:40 | 新聞業界

 靖国神社を舞台としたドキュメンタリー映画「靖国 YASUKUNI」の上映中止事件を、英紙のインディペンデント(2日付)、ガーディアン(3月19日付け)、またロイター通信が報じている。

http://www.independent.co.uk/news/world/asia/japans-nationalists-on-warpath-over-shrine-film-803545.html

http://www.guardian.co.uk/world/2008/mar/19/japan.filmnews

http://www.reuters.com/article/filmNews/idUST27488920080402?sp=true 

 それぞれ淡々と報じているが、ガーディアンが「極右が映画上映を中止させた」とする見出しで、日教組の大会開催場所を変更させた件も含めて書いている。

 何故国会議員向けに映画を上映する必要があったのか(「中立でない」疑いがあったからだそうだが)、とまず思った。政治的に中立な映画というのはなかなかなく(あり得ない??)、芸術作品であれば、必ず何らかのアングルがあるだろう。政府から助成金をもらっていたとしても、それイコール「政治的に中立」である必要もないだろう。といっても、こういうことは本当はどちらかというと大きな問題の中の小さな一部で、つまるところ、自民政治家が「こうあって欲しい」方向とは逆方向の視点で作られたのではないか?という点が心配だったのだろう。

 できれば、観客が自分で見て、「これは政治プロパガンダの作品だな」、あるいは「プロパガンダではない」などと自分でと気づくようであるのが望ましい、政治家にどうこう言われる前に。

 この作品を見ていないので想像・仮定の話になるけれども、私たちは政治あるいはイデオロギーのプロパガンダ、商業主義のプロパガンダに満ち溢れた作品に囲まれているのが現状ではないか。少なくとも私はそう感じている。一視聴者、鑑賞者としては、非常にシニカルにならざるを得ない。

 この映画の上映中止は日本だけの問題ではないことを強調したい。欧州ではイスラム系あるいは他の宗教(シーク教など)がらみのトピックで、上映中止、掲載中止、あるいは掲載後脅しが来るとか、自主規制するとか、同じような問題がある。

例えば、今日のBBCサイトに、英コメディアン・劇作家ベン・エルトンのインタビューが紹介されている。これによると、イスラム過激派からの攻撃を恐れ、BBCはイスラム教をジョークのネタにすることを恐れている、と言う。

 http://news.bbc.co.uk/1/hi/entertainment/7326476.stm

 どこの国でもうまい解決策がないように思う。

 ただ、最近思うのは、靖国問題もそうだけれど、英国・欧州の場合はイスラムを巡る表現の問題は、国民の一部(例えばイスラム教徒)が、非常にこだわる問題であること、その「こだわり」をどう見るのか、ということ。対話によって歴史的解釈の違いを解きほぐし、こだわりを少なくすることができるかもしれない。こだわりがあること自体は悪いことではないと思う。

 しかし、ほとんどの場合、どんな理由にせよ、ある表現行為を止めたいとある人が思い、映画館や新聞社にプレッシャーをかける、殺人を含めた傷害行為の脅しをかける、というのは、あまりにも乱暴な行為だ。・・・と、日本の新聞の社説のようなつまらない結論になってしまって恐縮である・・・。

 さらに、本当に怖いのは、実はこういう目立つことではなくて、(最近さらにシニカルになっている私は)、お金を沢山持つ巨大メディア企業が、世界のメディアをどんどん独占しつつある現況だ。007の映画の1つに、メディアを独占し、「明日のニュース」を作ってしまう人物(マードックがモデル?)が出ていた。何だかいやだなと思っている。


(追記)映画を観ていないので、雲を掴むような部分があるが、私が重要なポイントだと思ったのは、産経新聞の記事の中にあった、「これに対し、日本芸術文化振興会と文化庁の担当者は「ドキュメンタリーなので、いろいろな見方があるのでやむを得ないが、助成手続きは適正だった」と説明している」と言う部分だ。


http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/080313/stt0803131856004-n1.htm



 いろいろな芸術・言論活動に助成金を割り当てる役目をする機関(この場合、日本芸術文化振興会)が「適性だった」(ここでは「手続き」と書かれているが、意味は「判断」ということも含めてかと思う)としたある作品に関して、後で議員が異を唱えるのは、文化振興会の判断に疑問をはさんだことを意味し、異を唱えること自体はそれこそ「言論の自由」だろうが、場合によっては「政治介入」と解釈される危険があるように感じた。

 また、異議があって、国民の血税を使うからには・・・という理由で行動を起こしたとしても、議員対象の上映という形になったのでは、いかにも「事前検閲」っぽい感じだ、結果的にいくつかの映画館が公開を中止したのだから。見えないプレッシャーになっただろうことが想像される。

 この作品のよしあしとは全く別の問題、それ以前の問題として、まずい感じがする。

 また、靖国問題は人によってずい分見方が違うので、殆ど必ずといっていいほど、ある一定のアングルが出る、ということも一般的に了解しておかなければならないと思う。「Aという意見もあるが、Bという意見もある」という描き方では、芸術作品にはならないかもしれない。

 願わくば、「これは相当の政治プロパガンダだった、(悪い方向に)偏った映画だった」あるいは「すばらしい映画だった」など、公開された後で、国民一人一人が自由に受け止められるようであればいい。文化振興会がそれなりの判断をして助成金を出した、ということがここまでの論の前提となっている。決定をした人よ、頼んだぞ、という感じである。場合によっては、見た後で、「振興会の決定はまずかったと思う」となるかもしれない。いずれにしても、「国民が自ら判断する」状態であるべきだ。助成金が使われたことの良し悪しに関しても、である。

 しかし、繰り返しになるが、これは日本特有の問題ではなく、強い思いのあるトピックに関する作品が、自由な一般公開にはスムーズにいかないケースはどこの国でも多かれ少なかれある。日本では一部の映画館で公開予定と言うことなので、(制作者側にとっては胸が痛むだろうが)、少なくともイスラム系の恐怖におびえる英国+欧州の場合よりは、自由度が残っているのかもしれない。


関連
http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/080313/stt0803131856004-n1.htm
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/entertainment/129411/
http://blog.goo.ne.jp/tokyodo-2005/e/c5b814517e24a71260bbeaee56afbbc7
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/politics/129618/
http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2008-04-05/2008040503_01_0.html
by polimediauk | 2008-04-03 05:13 | 日本関連
 ロンドン・ヒースロー空港のターミナル5が3月末ついに開業したが、初日から、荷物の配送システムの不備などから34便が欠航になった。4月1日現在も、混乱状態は解決されていない。

 空港を運営するBAAによると、新ターミナルではチェックインなどの手続きが大幅に簡素化されるはずだったが、実態は大違いとなった。今後の空港機能拡張に大きな疑問符がつく出だしとなった新ターミナルだが、英国内に住む人は、「やっぱり・・・」という感想が自然ではないだろうか。英国の大きな「へま・どじ・大失敗」(cock-up)・・・。日常生活でも大なり小なり似たような経験を持つ人は多いだろう。何故こうなのか?これほどのどたばたが頻繁する理由は誰にも解けない謎かもしれない。(以下、英国ニューズダイジェスト最新版記事に書き加えながら、考えてみた。)

 ターミナル5はヒースロー空港に西の末端に位置する。元は下水施設があった場所に、6万人の作業員が6年近くをかけて建設され。3月27日が開業日。これまでヒースロー空港に設置されたターミナルの中で最大となる260ヘクタールの敷地面積を持つ。ハイド・パークとほぼ同程度の大きさだと言う。年間3000万人の旅客が訪れる見込みだ。

 しかし、新ターミナルでは初っ端からトラブルが続出した。手荷物の処理システムの不具合、自動車通勤する空港スタッフが専用駐車場に行き着くまでに時間がかかっための作業開始の遅れ、新たに導入した機材をスタッフが使いこなせなかった(!!信じられるだろうか?)など、様々な要因が重なり、オープン後の2日間で70便以上が欠航する羽目になった。

 ヒースロー空港を運営するBAAが、オープン前に自慢していたのは、「ターミナル5を使う旅客は、より快適な、効率的な空港利用ができる。ゆったりとした空間、最新機材を使った荷物処理のシステム、通常のチェックイン・デスクの2倍の数のセルフ・サービス用チェックイン機の導入、旅客が空港ターミナルから5分以内に機内に入れるよう、搭乗橋と飛行機の連結を工夫するなどが目玉」など。

混雑や荷物の紛失などの「ヒースローの地獄」からおさらばできるのがターミナル5とBAA側は主張していた。しかし・・・。

―根強い拡張反対の声

 年間約6800万人の旅客を処理するヒースロー空港だが、敷地面積は他の欧州の主要空港と比較すると半分以下で、滑走路の数も少ない。国際競争の面から、そして旅客サービスを向上させるためにも、空港設備の拡張は必須となっていた。

 しかし、騒音に悩む近隣住民の拡張工事への反対の声は根強く、近年では飛行機の使用そのものが温暖化を加速させるとあって、環境保護の面からも反対運動が大きく広がっている。2月末には第3滑走路建設計画に反対する活動家数人が、国会議事堂の屋根に上り、抗議の垂れ幕を掲げるデモを強行した。

 ここを使えるのは英国航空(BA)のみとあって、他の航空会社からすると「一社へのえこひいき」と見えなくもない。

 新たなターミナルができた、と言っても、便数が増えるわけではなく、BAA側は、本当の意味での空港のサービス向上には第3滑走路の建設が必要だと主張している。経済団体はこれに賛同し、政府も2003年、環境面での条件をつけながらも「原則としては合意」している。もし約2キロの長さの滑走路が建設されれば、空港全体の利用旅客は現行の約2倍の1億2000万人に上ると予測されている。

 しかし、新たな滑走路建設のためには約700戸の家庭が立ち退きせざるを得ず、近辺の数千人規模の住民が新たな騒音に悩まされる。近隣住民や環境面から大きな懸念となる滑走路建設だが、BAAやビジネス界にとっては大きなビジネスチャンスにもつながる。

 部分拡張を繰り返しながら、利用旅客数を世界で第3位まで伸ばしたヒースロー空港だが、今後より大規模な拡張策を取る方向に進むのか、あるいは住民や環境団体からの声を取り入れて現状維持路線で進むのかの大きな岐路に立つ。拡張計画への強い反対の声にも関わらず、国際競争やビジネスの要請などから、第3滑走路の建設を含む大規模拡張路線に向うという見方が優勢だ。

―数字で見るターミナル5

総工費:43億ポンド(約8800億円)
工事開始:2002年9月
飛行機のスタンド:2010年までに60
駐車場スペース:3,800台分
チェックイン・デスク:54
セルフ・サービスのチェックイン用機械:96
毎時処理される荷物の数:12000個
エレベーター:192
エスカレーター:105
商業店舗:112

―欧州の主要国際空港との比較
―ヒースロー空港の歴史

第一次世界大戦中:現在のヒースロー空港の敷地内で軍事用飛行機が発着。
1930年代:フェアリー・エービエーション社の所有となり、グレート・ウエスタン・エアロドロームと呼ばれた。航空機の組み立てやテストに使われる。
第二次世界大戦:小規模の商業空輸を取り扱うようになったが、戦後、英空軍に接収される。
44年:「ロンドン空港」(後のヒースロー)の建設始まる。
46年1月:英民間航空局に返還。3月、民間空港として公式に開港。
1955年:ヨーロッパビル(現在のターミナル2)を女王がオープンする。
1961年:ターミナル3が開業。
1966年:ヒースロー空港として名称変更。
1968年:現在のターミナル1が開業。
1985年:ターミナル5の建設計画始まる。
1987年:英空港公団が民営化され、ヒースロー空港の所有も委譲された。ターミナル4が開業。
1995年:ターミナル5建設のための公的調査の開始。
1999年:上記調査が終了。英国史上最長の公的調査となった。
2002年:ターミナル5の建設開始。
2007年:ターミナル1と2が改装される。
2008年3月:ターミナル5、開業。
2009年:ターミナル4が改装予定。
(資料:英文ウイキペディア、BBC他)

―BAA LIMITEDとは

 英空港会社。BAAはBritish Airports Authorityの略。ロンドン・ヒースロー空港も含め、英国の7つの空港を運営する民間会社。ナポリ国際空港の65%の株を所有し、米国の3つの空港の商業施設も運営する。元は政府が全額出資した空港運営公団。サッチャー政権下の国営事業の民営化の一環として、1986年、公団の資産・負債を受け継ぎ、民営化された。1987年、ロンドン証券取引所に上場。2006年、スペインの大手建設会社を中心にしたコンソーシアムに買収され、上場廃止に。航空会社から得る離着陸料金と空港内の商業施設からの利益が収入源だ。下院運輸委員会は3月15日、BAAが「英国の空港業界市場を独占し、競争を妨げている」という理由から、その分割を求める報告書を発表している。
by polimediauk | 2008-04-01 20:04 | 英国事情
  BBCのニュースサイトがデザインを刷新した。見た目、横幅が広くなり、文字や記事の間のスペースがもっと開いて、ちょっとすかすかっぽくなった。横幅を広げる+スペースを作るはトレンドでもあるそうだが、今日一日、開く度に見ていると、どうやすかすかしすぎている感じがしないでもない。

 http://news.bbc.co.uk/

 動画をたくさんつけたり、動画だけをまとめたページを作ったり。

http://news.bbc.co.uk/1/hi/video_and_audio/default.stm

 どこがどう変わったのは、エディターが自分のブログで書いている。

http://www.bbc.co.uk/blogs/theeditors/

 BBCのニュース制作に関する番組の紹介も。

http://news.bbc.co.uk/newswatch/ukfs/hi/newsid_3980000/newsid_3986900/3986927.stm

 今までばらばらにあった機能をカテゴリーごとにまとめた、という作業のあとが見て取れる。

 一番面白かったのは、やはりBBCアイプレイヤーである。日本からアクセスできないかもしれないのだが、放送から7日以内の番組の多くをPC画面上で繰り返して見れる。また、アイプレイヤーソフトをダウンロードして、番組そのものをダウンロードすれば、30日間、繰り返して見れる。早速やってみた(前の試験版では途中でうまくいかず、不満が残っていた)。約1時間の番組のダウンロードはケーブルを使った普通の速さのブロードバンド接続で15から20分ぐらいかかったように思う。

 アイプレイヤーですぐストリーミングで見れる番組も、少し視聴してみた。すぐに見れて、色がきれいで見やすい。ダウンロードの番組も通常の放送のようにきれいな感じ。アイプレイヤーに入っていない、今現在放送中の番組(ニュース24など)やそのほかのニュースクリップは、メディアプレイヤーなどで再生してみるせいか、画質はあまり良くない。アイプレイヤーで全部見たい・・・ということにもそのうちなるかもしれない。つまり、番組のすべてをBBC独自の、高画質で見れるソフトで見たい、という要求が出るかも。

 アイプレイヤーはPCで見れるだけでなく、私はつないでないけれど、テレビにつなげば、テレビでも過去の作品が見れる。普通のPCにテレビ番組がまるまる簡単にダウンロードできてしまうというのも驚きだが、テレビ画面でも見れたら、これはすごい。つまり、PCとかテレビ受信機とか、ハードはどうでもよく、好きなテレビ番組が放映時間と関係なく、見れるということになる。ハードウエアの垣根がなくなりつつあるということだろう。見るほうとしては、ハードが何であるかはあまり関係ないかもしれない、見やすければ+見たい時に見れれば。これこそ「放送と通信の融合」だろう。新聞業界を見ても、紙、ネット、文字情報、動画、などすべてを出すことが求められるし、見る・読む方は媒体は何でも良く、好きな時に好きな様に読みたい・見たい。

 アイプレイヤーに、はまってしまいそうである。(あまりダウンロードが多いと、ネットプロバイダーが追加料金をかける、あるいは接続スピードを遅らせるという報道があったので、なんだかちょっと怖いけれど。)

 それにしても、日本にいる間に試してみたかったができなかった、「ワンセグ」。ラジオでもテレビが見れるなんて、ほんとうにすごい!一度使ってみたかった・・・。
by polimediauk | 2008-04-01 06:41 | 放送業界