小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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 (22日から24日までエジンバラで開かれた、テレビ会議Edinburgh International Television Festivalのことを書いています。)

 会議では、BBCワールドワイドのあり方に関する議論も結構盛んにあったのだが、それは他のトピックとのからみで後日書くとして、最終日、アルジャージーラ放送のトップ、ワダ・カンファール氏が講演をし、これが結構感動ものだった。

http://blogs.guardian.co.uk/organgrinder/2008/08/edinburgh_tv_festival_2008_alj.html

http://www.mgeitf.co.uk/155/section.aspx?videoId=81

http://www.guardian.co.uk/media/edinburghtvfestival

 西欧のメディアが中東諸国を報道するとき、あるいは中東メディアが西欧のことを報道するとき、十分にバランスが取れた報道にならないことがある、と指摘。その土地の慣習、ものの考え方、これまでの歴史的経緯を十分に考慮し、じっくり取材して欲しいと注文した。中東諸国でトップにいる人々は「西欧のように選挙で民主的に選ばれたわけではない。そこで現在政権の座にいる人を中心に取材を進めると、真実を見誤る。周縁にいる人を地道に取材して欲しい」、「英語が出来るというだけで中産階級の人のみを取材してしまうことにならないように。地元民とのつながりがないのに、英語が流暢というだけの理由で人を選んで取材してしまっていないかどうか」。西欧メディアからすれば、耳の痛い注文である。

 「経営陣は商業化のプレッシャーに負けてはいけない。ジャーナリストが十分な取材ができるようにして欲しい」。

 22日、ITVのピーター・フィンチャム氏が娯楽の重要性を語ってから、テレビ=娯楽という雰囲気ができあがっていたが(この「娯楽」は広い意味での娯楽であって、必ずしもおもしろおかしい番組だけを指してはいないけれども)、カンファール氏は「テレビの仕事はショービジネスではない。(ニュースでは)生死をかけた仕事になる」と娯楽説を否定した。

 特にドキッとしたのは、「経営陣の方に、自分たちの心の中にあるジャーナリストの精神を思い出して欲しい、と言いたい。私たちはみんなジャーナリストだ。商業主義を先にしてはいけない」と述べた時だった。

 カンファール氏は自分自身が元ジャーナリスト。イラクやアフガニスタンから報道した。

 講演の後の一問一答で、チャンネル4のキャスターが「アルジャジーラが商業主義を優先するなというのは簡単ではないか?運営費はカタール首長が出してくれるのだから」と言っていた。しかし、おそらく、カンファール氏はテレビ局の心意気としての「ジャーナリズム精神」について語ったのだろう。

 セッションが終わると、中東担当の記者や記者志望の若者たちが、カンファール氏と言葉を交わそうと集まった。理想論かもしれないが、テレビのニュース・ジャーナリズムの「あるべき」論を聞き、会議最終日のセッションとして似つかわしい思いがした。

 私は、前にアルジャジーラのカメラマンで米グアンタナモ基地収容所に5年間拘束されていたサミ=アルハジに関して、「サミを救え」という題名で連載を書いたことがあり、今は釈放されたサミがどうなったかなと気になっていた。カンファール氏に後で聞くと、サミはカタールの首都でアルジャジーラの本社のあるドーハに戻り、妻と子供と共に暮らしている。「元気でやっている」と聞いた。

 会場前にはバージンメディアがスポンサーとなって、自転車+人力車のような乗り物が用意された(左上の写真参考)。自転車の後部座席が人力車の座席のような感じになっている。私も乗ってみたが、座るとシートベルトをつけるように言われる。そこで、大学生のアルバイトの人が、一生懸命、ペダルをこぐ。全て無料で、会議の他の開催場所や市内の行きたい場所に連れて行ってくれた。アイデアがおもしろく、ロンドン・オリンピックでも、お金をかけない+リサイクル精神一杯のアイデアが実行されればいいな、と思ってエジンバラを後にした。(この項終わり)
by polimediauk | 2008-08-28 22:53 | 放送業界
 (22日から24日までエジンバラで開かれた、テレビ会議Edinburgh International Television Festivalのことを書いています。)

 通信規制団体オフコムが、今後の公共放送(Public Service Broadcasting)のあり方について、9月中に報告書を出す。これを基にして、資金繰りの構成や番組編成の規則などが、近い将来、変わる見込みだ。

 PSBは地上波の放送局全てが入る。例えばBBC、ITVネットワーク,GMTV,チャンネル4、ウェールズのS4C,ファイブ。(英国の公共放送はどうやって運営資金を得ているかではなく、公益のために存在する、の意味合いになる。)公共放送には様々な規制がつく。例えば番組全体に多様性があること、一定の割合の番組はオリジナルの番組であること、再放送の割合など。

 ところが、運営資金にやや不公平感が出てきた。つまり、テレビライセンス料で毎年決まった額が入ってくるのはBBCだけで、他の放送局は主に広告収入など自力で運営資金を作らねばならない。これは公正ではないのではないか?つまり、視聴者から徴収するライセンス料は、他の公共放送局と分けてしかるべきではないだろうか?

 「べき」論を棚に上げたとしても、多チャンネル化でライバルが増え、広告収入も景気の影響で減少しつつあるテレビ局にとって、「ライセンス料を分けてほしい」、でなければ、「番組構成への規制を取っ払ってもらい(例えそれで公共放送の枠から外されるとしても)、視聴率を上げられる番組の比率を増やしたい、負担が大きい地方ニュースの制作を全面的にやめたい」―と思うところが出てきた。

 「BBCのライセンス料をこちらにも分けて」と願うのがチャンネル4で、「規制撤廃」を望んでいるのがITVである。

 これに対し、BBCは、端的に言うと、「いやだ。自分のところのライセンス料を少しでも上げたら、こっちの質が落ちる」と突っぱねている。

 23日の「PSBの見直し」のセッションには、BBCビジョンのトップ、ジェーン・ベネット氏、チャンネル4のトップ、アンディー・ダンカン氏、ITVの代表としては、BBCのラジオ番組(超人気の「イン・アワ・タイム」)のキャスターでも著名な、メルビン・ブラッグ氏などが出た。

 チャンネル4のダンカン氏は「広告収入の減少は景気だけでなく構造的な動き。予算が少なくなれば、独自でオリジナルの番組作りができなくなる。チャンネル4の独自性が失われてしまう」とアピール。BBCのベネット氏は、「既にずい分コストカットをしている。ライセンス料の減少はBBCに不安定感をもたらす。これが番組作りに影響する」と否定的発言。

 ITVのブラッグ氏は、ちょっと度を越したような熱心さで、「テレビ市場は完全に変わってしまった。大きな変化が起きている。これまでのようなやり方ではうまくいかない。公共放送であるということで、ITVはがんじがらめにされている。縛りをなくしてほしい。地方ニュースはコストがかかりすぎる。テレビで一番重要な部分は娯楽なのだ」と力説した。ITVのトップ、マイケル・グレード氏が同様の主張を何度もしてきたが、ブラッグ氏は、いつもの「イン・アワ・タイム」での落ち着いたキャスターぶりはどこかに置いてきたようで、オフコムの大批判を熱っぽく語っていた。

 あまりにも人が変わったような強い口調で話すブラッグ氏に、「グレード氏からそう言われて、そのまま話しているのか、それとも本気でITVは公共放送枠から抜けるべきと思っているのか」と半信半疑で聞いていた。ブラッグ氏を見る、ガーディアンのデジタル部門のトップ、エミリー・ベル氏も段々眉をくもらす。ITVが公共放送でなくなるとしたら、これは非常に大きい。規制がなくなってしまったら、限りなく「商業化」し、商業上の利益を最優先した放送局になってしまうー。そんなことは公共放送が大きな位置を占める英テレビ界ではあってはならないことなのだ。

 ふと、ブラッグ氏はもしかしたら本当に神経を病んでいるのではないかと思ったりもするほどだった。

 しかし、ITVの数字を見ると、危機的状態にあるのは確かだ。

http://www.guardian.co.uk/media/2008/aug/07/itv.advertising

 今年上半期で15億4000万ポンドの赤字で、9月の広告収入は前年同月比と比較して20%の減だそうだ。テレビ界全体では17%の減。相当厳しい状況にある。広告収入の減少傾向は来年も続くと見られている。

 公共放送としての地位を維持するため(一定のニュース番組、宗教番組、ロンドンの外での番組作りなど)に、ITVは2億ポンドを使っているという。22日の会議初日のレセプションで、ITVのプロデューサーの1人が、「公共放送云々の話は、本当に簡単な話で、つまり、お金がないということ」と語っていた。

 同日の別のセッション「ITVを救うには?」では、メディアコラムニストのスティーブン・ヒューイット氏をはじめ、パネリストの大部分が、「大メディア企業に買収される」案に賛同していた。「これしかない」(ヒューイット氏)と。(続く)
by polimediauk | 2008-08-28 05:47 | 放送業界
 過去に放送された番組を好きな時に、好きな形で見れる、ということで、いわゆるオンデマンド放送が英テレビ界でもてはやされている。本当にどこでも、いつも可能なのかというと、まだまだ縛りはある。BBCの場合で言えば、過去7日間の番組をBBCアイプレイヤーというソフトを使ってPC画面から見るか、ダウンロードして、放送日から30日後まで繰り返して見れる。キャッチアップ・サービスと、時限付きのダウンロード・オンデマンド視聴のサービスだ。

 昨年のクリスマス時からアイプレイヤーの本格的サービスの提供が始まり、1週間に100万人が利用している、半年間で1億万回の利用があったなど、大きな数字が広報部を通じてよく発表される。

 しかし、オンデマンド市場(ビデオ・オン・デマンド=VOD)に非常に大きな輝く未来があり、既存のテレビはもう古い、とする昨今の英テレビ界の考え方はおかしいのではないか?と、メディアのコンサルト会社「デサイファー・コンサルタンシー」の経営者ナイジェル・ウオリー氏が、エジンバラ国際テレビ会議のワークショップで語り、目からうろこの思いがした。(「テレビのクリスタル・ボール」セミナー、23日)。

 「ヤフーテレビの担当者の話を聞いていると、もうテレビは無視しろ、という。しかし、これまで10年間、『もう一つのテレビ』の存在とは何かを研究してきた自分からすると、実は将来は、古いと思われていたテレビにあるのではないかと思う」。

 「オンデマンドが増えるので、今までのように、放送局が放送スケジュールを決めて、これを視聴者に与えるという形はだめだ、もう番組予定表は意味がなくなったと言われている。しかし、これも当たっていないのではないかと思う。テレビ受信機ではなく、PCで視聴者はテレビを見るのだとも言われているが、果たしてそうだろうか」。

 「VOD市場のすごさを主張しているのは、メディア企業のIT担当者が中心となっている、番組制作者ではなく。これはまずい。VOD市場に何を出すかは番組のチャンネル編成者が管理するべきだ。こんなことが起きるのは、放送局の経営陣がITのことをよく知らないから。言われたままになっているからではないか」。

 見に覚えがあるのか、「ニヤリ」とする人が何人か、参加者の中にいた。

 ウォリー氏は続けて、テレビの画面の前に座って、「何か新しいものを見せてくれることを視聴者は待っている。『新しさの力』を忘れないようにしたい。テレビの前に座って、ある時間、番組の視聴に熱中するー『今この時』を熱中して見る楽しさは、例えばテレビでスポーツ観戦をする時の熱狂を思い出してもらえば分かると思う」。

 また、「多チャンネルと言っても、例えば300チャンネルあったとしても、意外と人が見るのはいくつかのチャンネルに絞られる。結局は、クリエイティブな力の強い、いくつかの大手チャンネルが力を持ち続ける状態になるのではないか」と述べた。

 BBCアイプレイヤーやアーカイブサービスの開発の中心人物になったのは、元BBCのアシュリー・ハイフィールド氏だった。最近、グーグルに転職した。しかし、同時に、BBC、民放ITV,チャンネル4が参加する、共同オンデマンドサービス「カンガルー」のプロジェクトのトップでもある。「人気がうなぎのぼりのVOD」というセッションに出てみた。

 ハイフィールド氏によれば、3社の協力という形になったのは、ソニーのプレーステーションやアップルのアイポッド、あるいは衛星放送スカイ、アマゾン、BTなどのライバルに対抗するためだ。とても英国の放送局一社のみでは、こうしたライバルに対抗できないと思ったからだ。(日本の新聞社の共同サイトを想像させる動きだ。)

 ところが、カンガルーは寡占市場を形成する可能性があるというので、今産業規制団体オフコムの審査が入っている。年内にもサービスを開始していたが、審査終了は11月中旬頃で、何らかの結論が出るのは1月中旬。そこで、もし承認されてもサービス開始はずい分遅くなってしまう。

 カンガルーのビデオは大部分が無料で提供されるが、一部は有料となる。また、「BBC」と言っても、商業活動になるのでBBCワールドワイドが担当するそうである。詳細は「言えない」とのことで、ハイフィールド氏はあまり多くを語らず、だった。

 このセッションには「BBCビジョン」のサイモン・ネルソンという人も出席し、いかにBBCアイプレイヤーが人気があり、すばらしいかを語った。このアイプレイヤーは国内のライセンス料支払い者ならば無料で使える。しかし、このサービスの開発と維持にはそれ相当のお金がかかっている。無料で提供しては資金が回収できない。だからカンガルーを通じて提供して元を取ろうというのもあるのだろう。

 それにしても、BBCはテレビライセンス料の値上げ率が思ったほどではなかったので、コストカットをかなりする必要に迫られているはずだ。BBCのVODサービスは今のところ、「既に放送したものを、後で好きな時に再視聴できる」ものがほとんどで、いわば「2次使用」のためにたくさんの資金を使っている、ということはないのだろうか?番組の制作自体に回るべきお金がデマンドサービス拡大に使われている、ということはないのか?

 BBCはでかくなりすぎたのではないかー?そんな疑問とやっかみと怒りを、他の放送局の制作者たちが時には壇上から、時にはちょっとした会話の中で声に出していた。(続く)
by polimediauk | 2008-08-26 07:06 | 放送業界
 (大分間が開いて恐縮である!!)

 スコットランドの首都エジンバラで8月22日から24日まで、テレビ会議(ガーディアン+BBCをはじめとする放送局が主催)が開かれていた。「会議」と言っても、長い名称は毎年開催される「(メディア・ガーディアン)エンジンバラ・インターナショナル・テレビビジョン・フェスティバル」で、テレビ番組制作者+関係者を中心とした一種のお祭り、親睦会でもあり、自分も番組を作りたいという若手が、現役プロデューサーやディレクターに売り込みをする機会でもある。1970年代から始まったが、ガーディアンが冠スポンサーとなったのは数年前だと言う。

 テレビ界は昨年、視聴者参加型番組に関わる「やらせ」問題で信頼感に傷がつき、今年に入っても全般的に広告収入の減少に悩む。「これでいいのか?」という自省ムードと「どうやったら失った信頼感を取り戻せるのか?」という議論が昨年の会議の中心だった。今年は「やらせ」の1つと言えなくもない「女王の王冠事件」に関わって、BBCを辞職せざるを得なくなったピーター・フィンチャムと言う人が基調講演を担当し、「テレビは娯楽、これを忘れるな」(フジの昔の「楽しくなければテレビじゃない」を思い出すが・・・)と力説。非常に熱のこもったスピーチで、会場内の拍手はながーく続いた(あまり長いので、もう一度本人が壇上に上るのではないかとふと思うぐらいだった。コンサートのアンコールのように)。「熱い」3日間だった。

 スピーチの記事と内容(PDF)は以下で詳細が分かる。
 http://www.guardian.co.uk/media/2008/aug/22/edinburghtvfestival.television2
関連http://www.guardian.co.uk/media/2005/aug/22/broadcasting.mondaymediasection

 私なりに気づいた部分を拾っていこうと思うが、まず、その前段として、テレビ会議以前の状況だが、(第2次世界大戦後から)毎年夏、エジンバラでは芸術と文化の祭り「エジンバラ・フェスティバル」が開かれている。世界中からさまざまなアーチストがやってきてさまざまなパフォーマンスを繰り広げ、公式にはこのフェスティバルに参加しないイベントは「フリンジ」と呼ばれ、新人アーチストが名を広めるための大きな機会となっている。他にも複数のフェスティバルが同時に開かれており、エジンバラ全体が祭典の場所になっていた。

c0016826_1695086.jpg

 フィンチャム氏の基調講演はエジンバラ大学の「マッキュエン・ホール」という場所で行われた。カメラが壊れてしまい、ぼうっとした写真になったが(上写真)、大学の卒業式の式典やコンサートなどに使われている場所で、ギリシャ神殿を模している。

 基調講演は「マクタガート・スピーチ」と呼ばれ、毎年著名なメディア界の人物が壇上に上る。ルパート・マードックもスピーチしたことがあるそうだ。去年はBBCニューズナイトのキャスター、ジェレミー・パックスマンだった。

 今年選ばれたのは、元BBC1のコントローラーという役職で、番組全体の編成に責任を持っていたが、エリザベス女王に関する番組の予告編改編問題で辞職せざるを得なくなった、ピーター・フィンチャム氏。今は民放大手ITVの主力チャンネルITVのテレビ部門のディレクターだ。昨年、汚名がついて辞めた人を今年はテレビ会議のメインのスピーカーにする、というのは思い切った人選である。辞任後、まだ次の職が見つかっていなかった時に、「スピーカーになってくれないか」と持ちかけられたと言う。

  「予告編改編問題」とは、昨年、BBCの秋の新番組のラインアップを報道陣に紹介したフィンチャム氏が、目玉の1つとして語ったのがエリザベス女王の一日を描いた作品で、この中に写真家と女王を巡るエピソードがあった。ある場面で、写真家が女王に対し「王冠を取られたほうが(いいのでは?)」と提案し、このすぐ後に、女王がお付きの人とともに、宮殿内を急ぎ足で歩く場面があった。女王は「全くもう!こんなことやっていられない」というようなことをしゃべっていた。それはまるで、女王が写真家の言ったことに怒って、撮影場所の部屋を出て行ったかのように見えた。ところが、歩く場面と撮影の場面は時系列が逆に編集されていた。

 BBCはこの番組を独立制作会社に制作させており、この会社のトップが、海外のクライアントに向けてインパクトのある宣伝材料を作ろうとして編集したクリップだった。これが「間違えてBBCに渡された」(会社担当者)のだった(本当に間違いだったのかどうかは分からないが)。BBCのフィンチャム氏はこの経緯を一切知らず、見たとおり、つまり、「怒って部屋を出て行った」と解釈したようで、もし女王が怒って部屋を出たとすれば、写真家(著名)と女王との「衝突」であり、「ドラマ」であり、おもしろい見出しが作れるー。そういう文脈でフィンチャム氏は集まった報道陣に秋の新番組のラインアップを紹介し、翌日の新聞各紙はこれに沿った記事を出した。ところが事実は違っていたので、BBCは女王に謝罪することになった。

 謝罪で事は済まなかった。ちょうど、視聴者参加型番組でのやらせがいくつか発覚して問題になっており、BBCは誰かに責任を取らせることを余儀なくされた。フィンチャム氏もBBCの番組に出演し、「知らなかった」などと述べた。「辞任する必要があるか?」と聞かれ、言葉を濁していたのを覚えている。とうとう最後には、辞めざるを得なくなった(自己退社)。

 この時の経緯や自分の責任に関してどう思っていたのかの本音を聞きたかったが、フィンチャム氏は基調講演でも翌日23日の講演に関する一問一答のセッションでも、詳しくは語らなかった。「もう既に何度も語られていることだから」と言っていたが、やや物足りない感じもあった。一問一答で、「辞めさせられたと思うか?不当だったと思うか?」と聞かれ、「不当だったと思って、心からそうだ!と思う自分もいれば、いや、BBC1のコントローラーとして、自分が最後には責任があった、妥当だったと思う自分もいる」と述べていた。

 基調講演によれば、フィンチャム氏はもともと、独立制作会社のプロデューサーで、これまでずーっと番組の作り手として働いてきた。やらせ問題にゆれたテレビ界で、1年前はテレビの将来に関して悲観論が充満していたが、「自分自身は楽観的」と述べた。英国の将来の公共放送(PBS)がどうあるべきかに関して(資金繰りや規制など)、通信規制団体オフコムが、今レポートを作成中であるが、フィンチャム氏はコンサルタントの推薦や規制に縛られる状態は良くないとして、テレビの真髄は「エンタテインメント・娯楽」、広い意味のショー・ビジネスだと述べた。また、やらせ問題の対処にばかり議論が集中し、創造性と新規発明に関する議論が少なかったのではと指摘した。「テレビがクリエイティブなメディアであることを忘れてはいけない」。

 かつてBBCの初代ディレクタージェネラルのリース卿が(BBCの役割は)「情報を与え、教育し、娯楽を与える」と言ったが、フィンチャム氏は「娯楽がすべてをつなぐ糸になる」。「テレビをつければ視聴者は楽しみたいと思う。これに対し、オフコムの報告書はテレビをソーシャル・エンジニアリングの道具としたいのだと思う」と強く、繰り返し批判した。

 ネット時代、多チャンネル化で、視聴者は分断化しており、「一緒にテレビの前に座って見る」という習慣はくずれる、とする予測が出ているのに対し、フィンチャム氏は「視聴体験を共有したいという気持ちは」まだまだ人々の中で大きいと述べる。

 ITVは「公共放送(PBS)」の1つとして認可されており、この枠に入ると、地方で作った番組やニュース番組を番組編成に一定の割合で入れることが義務となる。こうした規制をITVのトップは収入増の足かせになっていると見ており、フィンチャム氏がオフコムや規制批判を講演の中でした時、「ITVで働いているからなのか?」と疑問がわいた。しかし、「テレビはネットの時代を生き残る」「クリエイティビティーで勝負しよう」という氏のメインの主張は、番組制作者が多い聴衆に、特に大きくアピールしたようで、「非常に良かった」、「うれしかった」という声を後で聞いた。

 テレビの将来に漠とした不安感を持っていた私も、SNSサイトの人気を見ても明らかのように「共有したい」という人々の欲求には強いものがあり、「テレビの前に座って、気軽に画面に映し出されたものを楽しむ」という習慣の手軽さやなじみは捨てがたい。「何百万人に一瞬にしてリーチできるマスメディア」(フィンチャム氏)としてのテレビのメディアとしての可能性に心がときめいた。前向きのスピーチで会議が始まった(続く)。
by polimediauk | 2008-08-25 16:16 | 放送業界

グーグル!!

 明日からしばらく自宅を離れる予定だが、著作権の話と、グーグルのストリートビューのことが気になっている(グルジアも大変なことになっているが)。

 ストリートビューの件、これは非常にいやである。ガーディアンでアンケートを7月にとっていて、これによると、65%が「いやだ」と書いてあった。グーグルの件は今後も調べ、頭を整理することを夏休みの宿題としたいと思う。かなりひどい感じがする。
 
 恐る恐るグーグル(UK)で自分の名前をタイプしてみると(日本語)、なんと、あるブロガーが、先日の毎日の謝罪に関するこのブログのコメントの一部を訳し、これに解説を加えて自分のブログ(英語と日本語が入り混じっているが、主に英語)に書いていた。要旨部分がきれいな英語に訳されてあった。ブロガーは日本に住む大学院生で、翻訳家でもあると言う・・・。知らないところで英文に訳されていたなあと、(馬鹿みたいだが)改めて、ネットは本当に公の場だといまさらながらに思った次第。自分も、英語のブログの内容をここで一部翻訳したり、紹介したりしているので、逆のことが起きても不思議ではなかったのだけれど。とにかく、いろいろなことが起きているものだ。

(追加:8・25)
私のブログに書いたことは、基本的に、どんどん利用・参考してください。翻訳でも、一部引用でも。(反面教師、というのもありますね。通りがかりさんにも指摘されましたが、日本語+英語、ともにまだまだ勉強中です!)すべて常識の範囲内(全文を無断引用ということはあり得ないでしょうし)で、もし新聞記者の方で参考にされる場合、やはり「そのまま」、出典を明記されず出されるとつらいものがありますが。情報の共有がブログの目的です。

 

by polimediauk | 2008-08-11 07:50 | ネット業界
 北京五輪のメインスタジアムは「鳥の巣」。この設計者と中国側との橋渡し的役割をした「芸術コンサルタント」のアイ・ウェイウェイ氏が、ガーディアンの「コメント・イズ・フリー」というコーナーで、自分なりの意見を述べている。

 昨日のBBCニューズナイトにちょっと出ていたが、ここまで言って大丈夫なのか?と思うほど、中国(政府)側を「独裁主義だ」と言っていた。このブログでは、開会式にも出席しないと言う。

http://www.guardian.co.uk/commentisfree/2008/aug/07/olympics2008.china

 ほんの抜粋だが

 「中国にとって(北京五輪の開催は)非常に重要だ。何十年もの間、鎖国状態だったからだ」

 「私たちはすべてが政治化される世界に生きている。五輪は政治とは別であるべきだと言う人もいる。スポーツが行われる2週間は、歴史や心理学とはとにかく切り離されるべきだし、理論や道徳とは関係ないし・・・と暗に言う。五輪を政治と結びつける人は、他の悪意を持った目的があるのであり、反中国的だ、と言うのだ。しかし、人々が政治を好まないのは、政治を議論すれば、誰が中国を世界から切り離すことに責任があったのかを、国民に思い出させてしまうからだ」

 「・・・カラフルな祭りは祝いの時であるばかりか、平和と友好の時でもある。将来を再発見するには、過去と決別しなければならない」

 「独裁政治には別れを告げなければ。どんな形であるせよ、どんな正当化の理由をあげるにせよ、独裁主義の政治は、常に、平等さを踏みにじり、正義を否定し、国民から幸福と笑いを奪う」

 「差別も捨てるべきだ。差別は偏狭で無知だし、人と人とのコンタクトやあたたかみを否定する。自分たち自身を向上させるという人間としての信念をむしばむ。誤解、戦争、流血を避ける唯一の道は表現の自由を守り、誠実さ、気遣い、善意で意思疎通をすることだ」

 「私が建設に協力したメインスタジアムの『鳥の巣』は、五輪精神の『公平な競争』を表したものだ。自由は可能だが、公正さ、勇気、強さが必要となる。この同じ原則に沿って、私は開会式から離れていようと思う。選択の自由は公平な競争の基礎になると思うからだ。私がもっとも大事にする権利だ(選択の自由の権利)」

 「もしそうしたければ、開会日の今日は、勇気と、希望と情熱の時になり得る。人間への信頼を、そして、より良い未来を築くという決心をテストするのが今日になるだろう」

(あまりよい訳ではないので、原文をご覧ください。)

 氏のコメントに、読者がさまざまな意見を残しているのもご覧ください。

 ニューズナイトでは、今週、在中国のレポーター(現地の言葉がたんのう)が足を使って取材するフィルムがあり、おもしろいのだけれども、この人は、前に、中国の一人っ子政策に関して取材をした人だったと思う(2006年放送)。子供を産む前に強制的に中絶させられた村の女性たちの顔がフィルムに映り、後で警察にこの人たちがつかまったのではないかと思うと、はらはらしたものだった。

 今日の放映の様子を見ていると、中国では地方取材をする時(テレビカメラを持って)、警察に届出をしなければならないのだろうか。取材中のレポーターを警察官が囲む。それでも、パスポートを見せると、おとがめはなし。レポーターによると、「これまでは、必ず警察署内に連れて行かれ、質問された。今はそれがない。ずい分自由になった」と言う。首都を離れて取材する場合、レポーターは当局から許可を得なければならなかったが、今は自由に取材できる、と語る。「3年前には行けなかったところにも今は行ける」。

 しかし、かつて不穏状態があった町を訪れると・・・誰も話してくれないのである。監視役のような人が、10人ほど、ぞろぞろくっつく。その中を歩くレポーターの様子を見ていると、本当にはらはらである。

 http://news.bbc.co.uk/1/hi/programmes/newsnight/default.stm
(英国外では見れないかもしれないが・・・。)

 中国の人が見たら、一体どんな印象を持つのだろうか?と思う。

 このレポーターが見たことをそのまま放映したーー正直なフィルムだと思ってみた。
by polimediauk | 2008-08-08 07:12 | 政治とメディア
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 英国では世間的には夏休みである。もう既に夏休みに入った人もいれば、これから休みをとる人もいる。一概には言えないのだが、多くの人にとって、夏休みは何かをする時である。つまり、山歩きでも、海に行くでもいいが、何かをしないといけない、どこかに行かないといけない。「いけない」というと言い過ぎかもしれないが、そんな雰囲気がある。

 「夏に読む50冊の本」、「子供を連れて行ける避暑地のベスト30」などという特集を新聞が組んだりする。

 英メディアに興味のある方で、まだ読んでいない方がいたら、おすすめなのが、「フラット・アース・ニュース」(ニック・デービース著)である。

 「地球は丸いニュース」というタイトルは変わっているが、中身は現在の英メディアの批判・内幕暴露ものである。ウエブサイトもある。

http://www.flatearthnews.net/

 書いたのは元ガーディアンのジャーナリストだ。調査報道に関わってきたデービース氏は、メディア界そのものを「調査・報道」しようと思い立った。きっかけは、2000年問題だった。1999年から2000年になる時、コンピューターがうまく作動せず、大変なことが起きるのではないか?といわれたことを、覚えているだろうか?メディアは大騒ぎをし、恐怖感を引き起こすような記事が出た。
 
 しかし、2000年になってみると、ほとんど大きな問題はなく、大騒ぎは全くの無駄だった。デービス氏が何故か?を探ってみると、ほとんど全ての報道が互いに記事をコピーしあい、たいした根拠もなく、どんどん「恐怖」を広げていたことが分かった。

 ・・・というのが出だし(ここまでが長いがあきらめずに読むと)で、いかに新聞やテレビの報道が、ロイター、AP、PA(国内通信)という通信社の記事に頼っているか、しかし、通信社ではそれほど事実をチェックしているわけでなく、結局のところ、誰も事実確認を十分にせずに、同じ記事が何度も使いまわされていることなどが書かれている。新聞社に勤める記者はまるで巨大工場で働くスタッフのように、たくさんの原稿を吐き出すことを求められ、ゆっくり考える暇もなく、生産にいそしむ(ここは自分のかつてを思い出した)。

 記者が情報源とするのはほとんど全てがPR素材で(例えば人権団体からのプレスリリース)で、全ての行為・事件が広報を通じて発表されるので、メディアはPR会社に牛耳られていると言ってよい状態だ。

 「調査報道」も度を越した部分があり、サンデータイムズなどの大手新聞が、大衆紙同様、探偵を使って、有名人のゴミ箱をあらしたり、盗聴手段を使って、スクープを探している。人に言えないような情報収集方法、違法行為が表ざたになると、実際に汚い仕事をしているのはフリーランサーだったり、探偵事務所の職員だったりするので、著名メディアは契約を切るだけで、自分たちは知らない顔をする・・・。

 という、読んでいて、本当に衝撃ばかりだった。ただ、最後の方は、どうも作者個人の利害というと変だが、ちょっと偏っている感じもしたのだけれども。この本を読むと、英メディアが全く違って見えてくる。シニカルになるし、暗くもなるが、読んでおいて損はないと思う。英国のメディアに関心があるならば、だが。
by polimediauk | 2008-08-07 05:43 | 新聞業界

MI6と報道合戦

 デスクトップのコンピューターを使って、この文書(タイトルMI6)を書き、別の場所にあるラップトップで作業を続けるために、文書を自分宛のグーグル・メールに送った。今開けようとしたら、右のほうに、「MI6に就職しませんか?」などの広告がずらっと出る!アマゾンで本を買った時、おすすめの本が出るのは知っていたが、文書のタイトルから連想・リンクさせて載せた広告なのだろう。やっぱりそら恐ろしいものである。ついついグーグルは使ってしまうが。もちろん、私の行動は常に監視されている。

 何故MI6のことに触れようと思ったかというと、7月中旬、アイルランドに一緒に行った(ベリタに記事を書いた)、ロシアの通信社リア・ノボスチのロンドン支局長マリア・タベク氏と、例の2006年に殺害されたリトビネンコ氏(ロシアの元スパイ、英国に亡命してからは、MI6に雇われていたとも言われている。諸説あり)事件について話す中で、彼女はこの事件を詳細に報道してきたが、どうもMI6とロシア情報筋の情報合戦のふしがみられ、「誰の言うことも全く信じられない」ということを聞いたからだ。

 もちろん、彼女自身がスパイである可能性もある。在ロンドンの外国人特派員にはスパイが少なからずいるというのはほぼ周知だと思う。「スパイ」といっても、「情報収集」という面では特派員も行動は似ているわけで、それほど不思議でもないだろう。

 彼女の言うことに「なるほどな」と思ったのは、ロシアと英国の間で、このリトビネンコ事件を巡って、意見の対立・かいりが激しいからだった。この問題に関しては、英国では、「ロシア=悪人」ということになっている。アンドレイ・ルゴボイというロシア人実業家(今は国会議員、07年英検察が氏の起訴を決定)を、英国側は容疑者として、英国への引渡しを要求しているが、ロシア政府はこれに応じていない。英国では「理不尽な国=ロシア」と見られている。

 昨年夏、ルゴボイ氏の引渡しを要求する英国側とこれを拒否するロシア側との間で、報道合戦が起きた。先のマリア・タベク支局長が、ロンドンの王立国際問題研究所のあるアナリストに取材したところ、「明日にはこの件はすっかり消えてなくなるよ」と言われたという。実際、翌日からは、一切報道はなくなった・・・。つまるところ、氏の推測では、「英国もロシアも(本気で)ルゴボイ氏の引渡し問題を片付けようとしていたのではなく、何らかの別の理由で、故意に騒ぎたてていただけーー本当のもっと大きな問題は、別なところにあったのではないか?」と。

 それと、英関係者が記者会見で、「ルゴボイ氏の引渡しを再三要求し、たくさん書類を出しているのに、ロシア側が応じない」と表明したため、タベク支局長が在英ロシア大使館に聞いたところ、「引き渡しを要求する文書が一枚来ただけ」だったそうだ。もちろん、ロシア大使館がうそを言っている可能性はある。しかし、英側もうそを言っている(誇張している)かもしれないのである。

 リトビネンコ氏は、ロシアの富豪でプーチンの政敵ベレゾフスキー(今は英国亡命・生活中)に生活の面倒を見てもらっていたこともあり、そうするとさらに「誰も信じられない」状態になってゆく。

 7月上旬、英「情報筋」が、「リトビネンコ氏殺害の背後にロシア政府が関与していた」と述べたと報道された・・・。

 ロシアと英国の関係は(少なくとも表面的には)冷戦以来最悪の状態と言われている。この仮説自体を疑う必要があるだろうが、リトビネンコ事件の真相は藪の中だと今のところは言わざるを得ない。

 MI6オタクともいえる、スティーブ・ドリル氏も、「事件の真相は分からない」と言う。大学で教えながら、MI6に関してテレビに出たり、本を書いたりしている人物だ。

 このところ、政府資料が盗まれたり、電車内で見つかったりした事件が相次いだが、これも、氏によれば、「故意に情報を流しているのでないか?」

 何でも、氏によると、MI6の事務所は日本にもあるそうである。

 さらに、イラク戦争の開戦の重要な情報となった大量破壊兵器の存在だが、氏によれば、「MI6は(大量破壊兵器がないことを)最初から知っていた」。これは驚きである。というのも、インテリジェンスの失態ということになっているからだ。「知っていて、情報機関のトップが時の政治家と一緒に行動することを決意したのだと思う」。

 もちろん、氏の推測が当たっているとは限らない。しかし、一つの見方であることは確かだ。

 さらに、自分にとって、「!!」と思ったのは、今テロを防止するため、英政府をはじめとして、各国が予算を使っているけれど(+大騒ぎしているけれど)、実際には、少なくとも英国に限れば、「脅威のレベルは大きくないー特に、かつての北アイルランドのIRAのテロと比べてもマイナーだ」。この点はかつて、それこそ国際研究所でもその旨のレポートが前に出ていたと思うけれども、改めて聞いて、なるほどな、と。

 ドリル氏がMI6オタクになったきっかけは、1970年代のウオーターゲート事件だ。「次第に、英国に興味が移った」。

 テロと言えば、中国で事件が起きた。トラックに乗った人物が爆弾を使って「テロ」(襲撃という言葉を使っている報道を見た)を起こしたようだ。チャンネル4が、元CIA工作員ボブ・ベイヤー(映画「シリアナ」の主人公のモデルになった人)氏が作った、「カー・ボム」という番組を先日放送していた。ベイヤー氏が言うには、「今世界の最大の脅威は核兵器ではない。車を使った爆弾=カーボムだ」と言っていた。
by polimediauk | 2008-08-06 05:39 | 政治とメディア
 ブラウン首相・労働党の支持率低迷で、ミリバンド外相がガーディアンに記事を書いたら、これが「次の労働党首への立候補か?」とメディアが大騒ぎになった。

 「これからどうなるのか?」と思う人は少なからず(でも本当はそれほど多くはない気もするが、国民的にはーーどっちでもよい人が結構多いと思う)いるだろうし、メディアも何か書かなければ、ライバルに越されたくはないという思いが強いことは想像できる。

 しかし、何でもかんでも書けばよいというものでもないはず・・・。BBCニュースのサイトに「元大臣たちがブラウンに挑戦」という記事が出ていた。また反乱が起きたのかと中を見ると、

http://news.bbc.co.uk/1/hi/uk_politics/7539858.stm

 名前は出されていないが、「元大臣だった複数の人物のグループが」、現在の「真空状態」を満たすために、いくつかの政策議題を出す、というものだった。この議題は今後「数週間以内にも」出る、と・・・。読めば読むほど、限りなく雲をつかむような話である。

 結局、こういう議題が本当に出されるのかどうかも皆目分からず、出たとしても時期は全く未定・・・。これでは本当に(デマに近いような)うわさのうわさに過ぎない。ブログなどで「ある筋からこういう情報があった」と、一つの情報として出すというのならまだ分かるけれどもー。おそらく、書いた本人もそれを知っているのではないか。知っていても、出さざるを得なかったのかもしれない。

 私も含め、ブログで「xx筋の話としてこういうことを聞いた」と書く時、一定の信憑性をもったことを出すのが普通だと思う。かなり信憑性はあるが、確実に裏が取れていない、でも信頼性が高いから出そう、と。そうでないと、その情報を公に出す必要がないからだ。(故意にうわさを広げようとしていない限りだが。)

 この記事を最後まで読んでも、いろいろなところからかき集めた情報で、それぞれにうわさのうわさに過ぎないのだった。こういうことを、BBCがよく出すなあと思う。「名前不明の元大臣たち」の名前がこの記事の最後にでも出ていれば、痛快のスクープになったかもしれないが。

 こういう記事を出していると、いわゆるメディアが「ウエストミンスター・ビレッジ」(「英議会村」というような意味合いになるだろうか)のメンタリティーというか、政治家と政治記者だけが騒いでいる状態になってしまい、国民はしらける。政治が国民から離れてしまった思いを強くさせてしまう。ネットは簡単に書き込んで、情報を外に出せるが、こういった記事が出るようではなあ・・・と思う。BBCは一体誰と競争しているのだろう?グーグルや個人の政治ブログと競ってもしょうがないのに。
by polimediauk | 2008-08-04 06:18 | 政治とメディア
c0016826_538855.jpg 1999年、ジル・ダンドーというBBCの女性キャスター(写真右、BBC)が自宅前で何者かに殺害され、殺害犯人となった男性、バリー・ジョージが、8月1日、無罪となった。2001年終身刑となってから、もう7年も刑務所の中にいたのである。イングランドの捜査・裁判のシステムは一体どうなっているのだろうと思ってしまう。統計を見たわけではないが、やはり、この国に生きている者としては怖さを感じる。

 というのも、誤審はどこの国でもあり得るだろうけれども、それが大々的に報道されるから表に出てしまうのかどうか分からないが、どうも近年、目につくからだ。もっとも大きかったのは赤ん坊殺しの母親の件だ。赤ん坊が突然死んでしまう病気があって、数人の母親が子供を殺したとして有罪となって、刑務所にまで入った。ところが、実は無罪だったので釈放された、というケースが、私が知っているだけでも2つある。そのうちの一人、サリー・クラークさんは3年間刑務所にいた。無罪になって自宅に戻ったものの、うつ状態が続き、アルコール依存症になって、まもなくして亡くなった。むごいことである。刑務所に入る前と後の写真を調べてみると、ずい分変わっている。よっぽどつらく、無念だったに違いない。母親として、自分は絶対に無罪だということをもちろん毎日感じていただろう。悲劇だ。

http://news.bbc.co.uk/1/hi/england/essex/7082411.stm

http://news.bbc.co.uk/1/hi/programmes/breakfast/4164013.stm

 ずい分簡単に刑務所に入れられてしまうものだなあ・・と思ってしまう。つまり、3年後に無罪となるほどの証拠しかなかったということだろうか。

 ジル・ダンドーさんのケースに戻ると、犯人とされていた男性バリー・ジョージは心身が不安定な男性で、若い女性の写真を収集したり、いくつかの偽名を使ったりと、ちょっと変わった人だった。何でも、知能検査をしたら、非常にレベルが低いことも分かったそうだ。いずれにしても、ダンドーさんの家のかいわいをうろうろしていたこともあって、容疑者の一人にあがったようだ。決め手となる証拠がなく(凶器も未だ見つからず)、結局は、ジョージさんのコートについていた、銃から出たと思われる火薬の残留物の小さな粒子がついていたことが有力な証拠とされた。

http://news.bbc.co.uk/1/hi/uk/7525826.stm
http://news.bbc.co.uk/1/hi/uk/7530825.stm

 しかし、これがダンドーさんを撃った拳銃からの粒子なのかどうか、誰か(犯人)とすれ違ってコートについたものか、実は分からないのだった。最終的には有罪となるが、このとき、陪審員が「十分な証拠ではなかったのではないか」と思っていたことが、後でBBCの調査報道の番組「パノラマ」のインタビューで分かってきた。陪審員は評議内容を一生外に漏らしてはいけないことになっており(日本の裁判制度にも似ている)、報道側は陪審員の身元を報道してはいけないことになっている。しかし、「おかしい」と思った陪審員が自分からBBCに連絡を取り、感想を述べた。感想を述べるのはいいのである。

 パノラマは、時折、ダンドー事件を取材して放映し、この中で、バリー・ジョージ犯人説の証拠の不十分さを指摘するようにもなった。この事件の番組を担当したレポーター自身が無実の罪をきせられ、奮闘した人物であったというのも変わっている。

http://news.bbc.co.uk/1/hi/programmes/panorama/5315934.stm

 私は1999年当時英国にいなかったが、「身内」が殺されたとあって、英メディアは大きく騒いだようだ。今になって、「あまりにも注目度が高く、警察に犯人をあげるための大きな圧力がかかった」と分析する人もいる。つまり、これが誤審につながったのではないか、と。バリー・ジョージさんのプロフィールを見れば、「怪しい」と思ったとしても無理はなかったが、コートについた「粒子」で刑務所にいれられてしまうのは、恐ろしいと思う。(自分も全く見に覚えのない事件で逮捕・拘禁されてしまったら、こんな英国で、どうやって潔白を証明できるのだろうか?不安がよぎる。)

 それにしても、真犯人は誰なのか?今頃、どんな思いでいるのだろう。
by polimediauk | 2008-08-03 05:41 | 放送業界