小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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 いよいよ今年最後の日となった。

 日刊ベリタに「イスラエルによる空爆下のパレスチナ・ガザからの緊急通信ーー発信者はガザ・アル=アズハル大学の英文学科のアブデルワーヘド教授(Prof Abdelwahed)」という無料記事が出ていた。

http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=200812282119060

 1月4日にBBCラジオ4でインタビュー番組が放送される、イラク出身で在英のアリ・アッバス君のことを2年前にベリタに書いた。 彼のことに興味のある方へのほんのご参考として、記事の最後の分を以下に貼り付ける。(番組は以下のアドレスから聞くこともできる。1月5日まで。)

http://www.bbc.co.uk/programmes/b00g4g9j


2006年08月23日
http://www.nikkanberita.com/print.cgi?id=200608231452493

両腕を失ったイラク人少年(3) 周囲に見守られて成長 後にトラウマに悩まされるのではとの懸念も

c0016826_1503386.jpg イラク・バグダッドで生まれ育ったアリ・イシュマル・アッバス君(15)はイラク戦争のとき、米軍による爆撃で両腕と肉親の多くを失った。現在、英国で治療を受けながら生活している。学校での様子と将来の可能性を、側で見守る学校の校長とケアーワーカーの女性から聞いた。(写真左がアリ君で、右がアーマド君。)
 
 アリ少年が通う私立の学校、ホール・スクール・ウインブルドンは、ロンドン南西部の住宅街にある。夏休みに入る直前、アリ少年ともう1人のイラク人の少年アーマド・ハムザ君(17)の世話をしている女性、ミナ・アルカティブさんと共に、学校を訪れた。アルカティブさんもイラク人で、17年前にフセイン元大統領の圧制から逃れて英国にやってきた。 
 
 建物の入り口に、ダーク・ブルーのジャージ姿のアーマド君がいた。アーマド君とアリ君が住む家を私が訪ねたことを思い出したらしく、「あー、日本人のジャーナリストの人だね!」と笑顔を見せる。アーマド君は、アリ君同様、バグダット出身で、爆撃によって片手と片足を負傷し、英国で治療中だ。 
 
 しばらく待合室で待っていると、日焼けが目立つ、めがねをかけた男性が入ってきた。この学校を16年前に立ち上げた、ティモシー・ホッブス校長だった。校長室は一見、通常の住宅の居間のような趣で、いくつかのソファーや椅子が向き合って置かれていた。ベージュを基調とした、温かな、くつろぎの感覚を与えてくれる雰囲気があった。 
 
 アルカティブさんと一緒に校長室に座っていると、アリ君が入ってきて、アーマド君も後から入ってくる。アリ君がちょっと恥ずかしそうにしながらソファーに腰掛け、「元気?」などと会話をしていると、校長先生が、「今日は大人だけの話なんだよ。アリ、アーマド、後でね」。そう先生が言うと、2人はやや残念そうに外に出て行った。 
 
 「自分たちのことを外の人と話すのが好きなんだよ、アリとアーマドは」と、ホッブス校長。 
 
 アルカティブさんとホッブス校長と話していると、ふと、大きな窓ガラスを通して、誰かがサッカーのボールを上に蹴り上げていることに気づいた。ボールの上下を目で追っていると、ホッブス校長は、「アリだよ。関心を引きたいんだよ。困ったよね。中に入りたくてたまらないんだよ」と、やや苦笑いをした。 
 
▽授業料免除で2人を受け入れ 
 
 学校の生徒数は600人弱。日本人も含め、約50カ国からの生徒が通う。ホッブス校長は創始者兼所有者だ。「最初は1人で始めたので、授業を教えるだけでなく、学校給食も自分で作っていた」。給食作りは長年続け、ほかのスタッフにまかせるようになったのは「ほんの5年前」。 
 
 家庭的な雰囲気の学校を経営するホッブス校長が、学校から近い聖メアリー病院でイラク人の少年たちが治療を受けていると知ったのは、2003年の夏だった。アリ君たちの面倒をみていたのは病院の中にある義手義足協会で、ホッブス校長は協会を通じて2人の少年に会うことができた。学校が国際色豊かであるため、すでに英語を外国語として教える教師もおり、2人は授業参観という形で短時間、学校を訪問することになった。 
 
 次第に2人の滞在時間は長くなり、ホッブス校長は授業料免除で2人を生徒として受け入れることを決めた。「すでに外国籍の子供を教える体制があって特別に人を雇う必要がなかったし、自分は学校の所有者でもあるから、2人の状況を考慮しての授業料免除の決断は難しくなかった」。 
 
▽「トラウマは見受けられない」 
 
 ホッブス校長によると、両腕や肉親を爆撃で失ったことによるトラウマの跡は、「少なくとも2人を見る限り、ない。特にアリにはないようだ」。 
 
 「学校にいる時の様子を見れば、2人とも非常によく周囲の環境に溶け込んでいる」。これは、ホッブス校長にとって驚きだったが、懸念でもあるという。あまりにも屈託がないので逆に、いつかこれが崩れたときの衝撃が大きいのではないかという懸念だ。 
 
 同じような懸念をアルカティブさんも口にしていた。 
 
 ケアーワーカーに面倒を見てもらいながら一緒に暮らしているアリ君とアーマド君だが、2人の自宅を訪れた時、同席していたのがアルカティブさんだった。 
 
 少年たちへの取材は支障なく進んだが、爆弾を落とした側の国に住んでいることに関しての感想を求めると、アルカティブさんはきつい表情になり、「そういうことは本人に聞かないで欲しい」と言っていた。 
 
 取材などを通じて、2人が身の上に起きた悲惨な出来事を語り、ジャーナリストたちがその時の感想などを聞くことで、痛みや悲しみの感情が爆発するのでは、とアルカティブさんは心配していた。「今は何のトラウマの跡も見えないからこそ、心配だ」。 
 
 「何年か経って、アリやアーマドが1人になって、ある時、すべての意味合いを自分自身で確認したときに、とても苦しむのでないか?これが心配でたまらないし、そういう時が来ることに対して恐怖感が、自分自身ある」。 
 
 ホッブス先生はアルカティブさんの悩みを「十分に理解するし、懸念も共有する」が、学校としてはジレンマがあるという。「生徒自身に何らかの異常が見受けられなければ、学校として医者に連絡を取ることは難しい。精神的ストレスが見える形で出ていれば、行動を起こせるのだが」。 
 
▽仲間たちの支え 
 
 ホッブス校長は、悲惨な出来事が起きたにも関わらず、アリ君たちが学校生活に非常によくなじんでいるのは、「おそらく周囲の人々やほかの生徒からのたくさんの愛情と友情に囲まれているからではないか」と推測する。「イラクで育って、様々な暴力的な場面に出くわして、感覚が鈍化している部分もあるかもしれないが」。 
 
 筆者は、アリ君の自宅を訪れた時、アリ君が言っていたことを思い出していた。アリ君は足を使ってコンピューターの操作ができるが、戦争ゲームなどをオンラインで楽しんでいると話した。「生まれたときからイラクは戦争状態だったんだよ。慣れているんだ」。 
 
 2人は、ほかの生徒たちとも「通常の友人関係を保っている、と言っていいと思う」とホッブス校長。しかし、「全く同じというわけではない」。「子供たち同士がお互いの家に泊まりに行く習慣が英国ではあるけれど、これはほとんどやっていないようだし、放課後、待ち合わせして出かけたりするときにアリを誘うこともないようだ」。 
 
 何故なのだろう? 
 
 ホッブス校長自身に確信的な答えがあるわけではないという。「一般的に言って、今の世代の子供たちはそれぞれ自己中心的。昔、自分が子供時代はマナーを保つのが重要だった。お互いに親切にしあうなどのマナーを守ることが。今はすっかり変わってしまった」。 
 
 ただ生徒たちにとって、イラク戦争が身近になったのは確かだという。「アリは1週間に一度、イラクに残っている親族に学校から電話する。アラビア語が聞こえてくる。グーグルを使ってバグダッドの地図を見ると、同級生のアリはここから来たんだな、と思う。イラクが生徒にとっては近い存在となった」。 
 
 しかし、「自分たちの政府がアリが腕を失ったことに責任ある、というところまでは考えていない」。 
 
 話を学校の外に広げると、ホッブス校長は一種の恥を感じているという。「キリスト教に基づいた国なのだから、もっとお互いに助け合う精神があるかと思ったというのが本音だ。例えば、聖メアリー病院に通っていた2人を自分の学校に連れて来ようとする人はもっと多いと思っていた。ところが、申し出たのは私の学校だけだった」。 
 
▽「アリの姿を見るたびに怒り」 
 
 多くの生徒たちが英政府とアリ君の負傷を結びつけるところまでいかないとしても、ホッブス校長自身はイラク戦争をどう見ているのだろう? 
 
 「アリと出会う前、自分自身特に強い意見をイラク戦争に関して持っていたわけではなかった。しかし、一般的に言うと、誰かの国を侵略して、結果として起きた損失をそのままにして、その国を見捨ててはいけない」。 
 
 ホッブス校長は言葉を選びながら、ゆっくり話し出した。「アリを傷つけたのが自分の国である英国だと思うと、実際、腹が煮え繰り返る思いだ。英国にはイラク戦争を起こした責任がある」。 
 
 学校でアリを見るたびに、毎回、何とひどいことをしたのかと思う。「バクダッドに爆弾を落としたとき、何故もっと正確に照準を合わせられなかったのだろう」。 
 
▽将来自立できるだけの技能 
 
 ホッブス校長は、アーマド君には配管工などの仕事が合い、アリ君は成績が良いので大学に進む可能性もあると見ている。「英国ばかりか、米国あるいは日本の大学にも、頑張ればいけるかもしれない」。 
 
 9月からは、大学進学準備用の特別授業のため、新たに教師を増やす予定だ。「アリは義手を使って文字を書くことはできるけれど、まだまだ不自由なので、口頭で答えて誰かに書いてもらったほうが早い。これをどうするかを考えないと」。 
 
 将来の2人の成長を考えるときに重要なのは、「自分たちを特別視しない環境に身を置き、学ぶこと」をホッブス校長もアルカティブさんも口にした。 
 
 「人々が2人に興味を失ったときにどうするのか?自立できるだけの技能を身に付けることが本当に重要だ」とホッブス先生。 
 
 2人を英国に呼び寄せる道筋を作ったのはロンドンの義手義足協会だった。イラクで負傷した子供たちを助けるための「アリ基金」もここが管理・運営している。アルカティブさんによると、アリ君は「協会があるのは僕たちのおかげなんだよ」と言ったことがあるという。 
 
 アルカティブさんは「馬鹿なことを言うな」と叱った。「アリ、明日はどうなるか分からないんだよ。今は人がちやほやしてくれるかもしれないけれど、一生は続かない。1人になったときにでもちゃんとやっていけるように、たくさん勉強して、資格を取っておくんだよ」。 
 
 取材を終え、外に出ると、アーマド君とアリ君の姿が校庭に見えた。サッカーのボールを校庭に置いて、2人が私の側に寄ってきた。アリ君はサッカーをするときには「重すぎる」ということで義手をはずしており、両腕の部分にはシャツの袖が下がっているだけだった。「今日はもう終わったの?」「また会える?」といった会話を交わした。 
 
 2人は夏休みにはイラクに戻り、親戚に会う予定だという。アーマド君の手を握り、握手ができないアリ君とは体を抱きかかえるようにして挨拶をして、別れた。 
 
 夏休みが始まって間もないある日、アルカティブさんから電話があった。アルカティブさんの親族はイラクから逃れ、隣国ヨルダンに住んでいる。英国からヨルダンに行き、家族と会うという。「イラクに戻ったアリとアーマドは秋には英国に戻るよ。戻ったら、食事でもしよう」とアルカティブさん。 
 
 8月上旬、バグダットのサッカー場で自爆テロがあり、子供たちが殺されたというニュースをテレビで見た。2人は無事だったろうか?自分たちと同じようにサッカーが大好きな少年たちが亡くなったとのニュースは衝撃的だったに違いない。 
 
 バグダットと比べるとあまりにも平和なロンドン郊外の生活。英国が現在のイラクの悲惨な状況を作り出したことを、成長する2人はどう受け止めていくだろうか。アリ君とアーマド君が、周囲の支えと自分たちの知恵で、より良い人生を賢く切り開いていくことを強く願った。 (終)(注:年齢などは2006年時点のものです。)
by polimediauk | 2008-12-31 01:54 | イラク
 ジョン・バッカンの書いたサスペンス小説「39階段・39ステップス」を読まれた、あるいは映画で見た方はいらっしゃるだろうか?昨日、BBC1で現代版ドラマが放映され、思わずどきどき+うっとりしながら見ていた。ドラマが終わると、BBC4ではバッカンの生い立ちや外交官、政治家としての姿を描くノンフィクションの番組があった。小説は元祖007のような作品だ。バリバリの仕事人でありながら、どんどん書き続けた作家だった。

http://www.bbc.co.uk/iplayer/episode/b00gd1rq/The_39_Steps/
http://en.wikipedia.org/wiki/John_Buchan,_1st_Baron_Tweedsmuir
http://en.wikipedia.org/wiki/39_steps

 以下は昨日から引き続いてのアリ少年の記事である。

2006年08月05日 日刊ベリタ掲載
(注:数字などは当時のものです。)
http://www.nikkanberita.com/print.cgi?id=200608051108446
c0016826_0414429.jpg

両腕を失ったイラク人少年(2) 
「ヒロシマって、すごいよね」


  2003年3月末、イラク戦争で米軍による爆撃で両親、兄弟、両腕を失った、イラク人少年アリ・イシュマル・アッバス君(15)は、現在、英チャリティー団体の支援でロンドンに住み、医療ケアを受けながらも元気に生活できるようになった。異なる文化、環境の中で、毎日をどのように生きているのだろうか?ケア先で会ったアリ君の、一見屈託なさそうな姿を前に私は何度か質問をはばかられる思いがしながらも、戦争が彼の心にどのような影を落としているのかを聞かずにはいられなかった。
 
▽「日本にぜひ行って見たいな」 
 
 アリ君が現在住んでいるのは、ロンドン近郊にある住宅街。交通量の激しいバス通りが近いものの、緑が多い環境で、こじんまりとした中流階級の家がいくつも並ぶ。 

 玄関のブザーを鳴らすと、ケアをしているフランス人女性がドアを開けてくれた。「いらっしゃい」。 
 
 居間に入ると、アリ少年と、同時期にバグダッドで爆撃を受け、右手と左足を失ったアーマド・ハザム君(17)が出迎える。 
 
 学校に行くときだけ義手をはめているというアリ少年は、サッカーのマンチェスターユナイテッドのシャツを着ていた。ソファーに腰掛けて、やや恥ずかしそうにこちらを見ている。アーマド君は17歳よりは随分年少に見え、アリ君と反対側のソファーに一人で腰掛けた。 
 
 2人の少年は、2003年夏、世界でも義足、義手の技術水準が高いといわれる英国で、生活をしながら医療ケアを受けるためにやってきた。ロンドンのチャリティー団体、義手義足協会が中心となって集めた「アリ基金」が2人の生活費などを支援している。 
 
 当初はアリ少年の叔父モハメドさんが2人の面倒を見ていたが、現在はイラクに戻っており、義手義足協会や他のチャリティー団体のボランティアの女性たちが、交互にこの家で少年たちと寝食を共にしている。 
 
 「何でも聞いていいのよ」、と、協会のメンバーで在英イラク人のミナ・アルカティブさんが言う。 
 
 「お父さんは何をやっていたの?」と聞くと、「タクシーの運転手だったんだよ!」と誇らしげに語るアリ君。イラクでの生活の様子や、英国に来るまでの経緯を、アリ君、アーマド君、アルカティブさんたちが、交互に話してゆく。 
 
 3年前までは、英語力は全くゼロだったというアリ君だが、早口の英語でどんどんしゃべる様子は、英国で生まれ育った子供かと錯覚するぐらいだ。アーマド君は自分からは殆ど話さず、アリ君のしゃべる様子を、うなずきながら、楽しそうに聞いている。二人が知り合ったのは、英国に来る前、クウェートの病院でリハビリを受けているときだった。「兄弟のように」仲がいい、とアルカティブさん。 
 
 アリ君の一番好きなことは、サッカーだった。「週末にはサッカーの試合をしているし、サッカーのゲームもするし、テレビもサッカーばかり」。丁度ワールドカップが始まったばかりだったので、2人の少年に「どこが勝つと思う?」と聞いてみると、二人が同時に「ブラジル!」と叫んだ。(残念ながら、ファイナルまでは行けなかったが・・・。) 
 
 「食べることも大好きだよ。全くもう、この子たちの食べる様子といったら、すごいよ。馬みたい」とアルカティブさん。 
 
 「スシが大好きだよ」とアリ君。「学校の勉強では地理が好き。美術もね。展覧会もやったんだよ、知ってる?」 
 
 アリ君は、チャリティーのために、足を使って絵を描いた。今年、この絵を義手義足協会主催の展覧会に出したのだった。 
 
 腕はなくても、足の指を使ってコンピューターを操り、ゲームをしたり、グーグルでバグダッドの自宅付近の地図を見たりすることもあるという。「義手は学校でしか使わないんだよ。重いから、自宅でははずしている。学校ではみんなと同じと見られたいからね」。 
 
 「日本から来たんでしょう?ヒロシマって、すごいよね。原爆で全部吹き飛ばされたんでしょ。何もなくなったのに、今はたくさんビルが建ってるんだってね。日本はすごいね。本当にすごい・・・。」 
 
 アリ君は、ヒロシマとバグダッドを重ね合わせてみたのだろうか? 
 
 「それに、動物のロボットってあるよね、あれがすごい」。 
 
 何のことか最初分からずにいると、一生懸命、その「ロボット」が何かを説明しようと、足や上半身をゆすった。「(ソニーの)アイボのこと?」「それだよ!」 
 
 「日本はテクノロジーがすごいよね。僕の両腕もハイテクで作ってくれないかな?できるかな?」 
 
 まるで自分の本当の腕のように、自由自在に動かせる、重さを気にせず使える腕を、アリ少年は本気で欲しがっているようだった。 
 
 「日本に行って見たいんだよ」とアリ君が言うと、アーマド君も、「僕も行ってみたい」。「記事の中に、アリとアーマドが日本に行きたいと言っていた、と書いておいてね」 
 
▽「戦争は嫌い」 
 
 義手義足協会が販売窓口となっている、少年のこれまでを書いた「アリ・アッバス・ストーリー」という本の中で、アリ君は多くのジャーナリストが彼に話を聞きに来るのは、バグダッドの爆撃で肉親や両腕を失ったからだろう、としている。 
 
 「メディア関係者や支援者たちの支えがなければここまでやってこれなかっただろう」と述べながらも、有名になるよりも、「誰にも知られないままのほうが良かった」と本音をもらしている。「肉親や両腕を失くして有名になったり、人気になったりするよりも、むしろ普通で、両親がいたほうがずっと良かったな」 
 
 どんな質問にも冗舌に答えるアリ君だが、取材に来たからには、聞きにくいことを聞かなければならない。「イラク戦争に関して、どう思う?」なんていやなことを聞くのかと、自分自身、鳥肌が立つ思いだった。 
 
 「うーん・・・戦争はね、誰にとってもいやなものだと思う。戦争が好きな人はいないよ」。アリ君の横には大きな画面のテレビがあった。イラクから送られてくる番組が放映されていた。連日、自爆テロなどで人が命を落としているイラクの様子を伝えるニュースも,このテレビを通して見ているのだろうか? 
 
 「でも、生まれたときからずっとイラクは戦争をしていたようなものなんだよ」 
 
 アリ少年は1991年生まれ。90年夏にはイラクがクウェートに侵攻していた。クウェートから撤退するべきという国連決議にイラクが応じず、91年1月、米国は空爆を開始し、湾岸戦争が始まっている。 
 
 イラクに住む子供たちにとって、戦争ごっこは遊びの1つだったという。 
 
 さらに聞きにくいことを聞いてみる。「英国に住んでいることに関してはどう思う?英国は米国と一緒にイラク戦争を開始したよね。爆撃した側の国にいることになるわけだけど・・」 
 
 アリ少年は、少し言葉に詰まった。答えたくないのではなく、どういったら一番いいか、考えている様子だった。 
 
 しかし、ほんの一瞬の隙をついて、アルカティブさんが介入した。「そういうことは本人に聞かないで欲しい。まだまだ、立ち直っている段階なのだから」。アルカティブさんがきつい表情になったのは、このときだけだった。突然の緊張の理由は、後で学校を訪問したときに分かることになるのだが。 
 
 「ねえ、サッカーするの、見せようか?」とアリ君が声をかけた。 
 
▽「筋がいいね」 
 
 居間を出て、裏庭に出た。アーマド君とアリ君は、足を器用に使ってサッカーのボールを動かしだした。ヘッディングもなかなか上手だ。サッカーをすると聞いて最初は驚いたが、考えてみると手を使わないスポーツだった。 
 
 写真を撮ろうとして2人の側にくっついていた私のところにも、ボールが何度か来た。 
 
 私は、小学生時代を思い出し、ボールを返した。「へー、なかなか、筋がいいねえ」とアリ君に言われる始末だった。 
 
 ひとしきり写真を撮り終わって、居間に戻る。「アーマド君、一人で遠くのソファにすわっちゃダメだよ、こっちにおいで」というと、2人して1つのソファーに座った。 
 
 改めて近くからアリ君を見ると、ロンドンの無料紙メトロの紙面上で最初に見た、バグダッドの病院のベッドに横たわっていた12歳の少年の面影はほとんど消えていたが、大きな黒い瞳に、昔を思い出させる雰囲気が残っていた。「よく生きていたね。良かったね」。しみじみ、そう言った。 
 
 「学校はどう?給食は西洋式の食事でも大丈夫なの?」 
 
 「僕とアーマドのために、学校は特別なイスラム式のランチを作ってくれるんだよ。たった2人のためにね。すごいでしょ」とアリ君。 
 
 「日本食について、ものすごく知りたいことがあるの。いつもおかしいなあと思っていたんだけどね。日本人って、お箸を使うよね。2本の棒みたいなやつね。それでいつも不思議だったんだけど、あれで、どうやって豆とか、ちいさくてころころしたのを、掴むの?」 
 
 箸を持って豆を拾う格好をするアリ君の様子を見て、側にいたアーマド君が、笑い出す。「拾えないよね?拾えないよ、普通。変だよ」といって、アリ君も笑い出す。 
 
 「箸の先をすぼめて、拾えるんだよ。今度やって見せるよ」、と説明しても、2人は私の言ったことには納得できないようで、ころころ笑うばかりだった。 
 
 取材を終えて、2人の自宅を出た。バスに乗って、近郊にあるショッピングセンター前で降りた。 
 
 丁度お昼時になっており、青空の下、家族連れの買い物客が、オープンカフェでくつろいでいた。カフェの中央には噴水があって、子供たちが水遊びをしていた。 
 
 アリ君とアーマド君のことがまだ頭の中にあった。住んでいる家はミドルクラス用のもので、環境もいい。通っている私立の学校は学費を免除してくれたので、無料で教育を受けているという。24時間のケアをしてくれる人もいる。私はアリ君に「良かったね」と言った事を思い出した。 
 
 でも何が「良かった」のだろう? 
 
 両腕と肉親を失ったけど、周りの人が優しくて、衣食住が十分に足りていて、安全で平和な英国の暮らしが保障されているから、「良かったね」とは言えないはずだったのに。失った両腕と肉親に取って代わるものはないだから。 
 
 子供としてバグダッドで生きていた、というそれだけで、両腕を失ったアリ少年。彼の自宅からバスで10分もかからない場所にあるオープンカフェでは、人々が太陽の日差しを楽しみ、子供たちが遊んでいた。その限りなく平和な光景と少年が受けた傷の部分との間のギャップは大きいように思えた。 
 
 連日100人以上が命を落とす自爆テロが続くバグダットから遠く離れた英国で、アリ君はこれからも幸せに生きていけるだろうか? 
 
 周囲の期待と今後を探るため、学校を訪ねた。(続く) 
by polimediauk | 2008-12-30 00:44 | イラク
c0016826_45581.jpg BBCラジオ4で、米英主導によるイラク・バグダッド侵攻で両親を含む家族・親族16人を失い、自分自身も両腕を失った少年、アリ・アッバス君(在英)のインタビューが、今日(29日)と来年1月4日、放送される。今18歳で、ずいぶん大きくなったなあとBBCのニュースサイトを見て思った。もう「青年」だ。

http://www.bbc.co.uk/programmes/b00g4g9j

http://news.bbc.co.uk/1/hi/world/middle_east/7797876.stm

 2003年の爆撃後、ベッドに横たわっている少年の写真を見て、私自身も衝撃を受けた。06年、彼が通っている学校や家を訪ねて話を聞いたことがある。これを「日刊ベリタ」に書いている。以下に再掲載したい。06年の話であることにご留意願いたい。

2006年08月04日 日刊ベリタより
http://www.nikkanberita.com/print.cgi?id=200608040214255

【ルポ】両腕を失ったイラク人少年 (1)
 英市民が支援に立ち上がる 戦争の悲惨さ伝える国際的シンボルに 


 イラク戦争から3年余(注:当時)が経つが、開戦後間もなくバグダッドの自宅で米軍の爆撃を受け、両腕を失った一人の少年が、現在英国に住んでいる。爆撃では、両親を含めた16人の家族や親戚も失った。少年の悲惨な状況を伝える記事が報道され、少年への支援の輪が広がった。少年は義手の技術の進んでいる英国に招かれた。少年は今15歳。ロンドン郊外の静かな住宅地に住み、義手をつけ学校に通っている。戦争のむごさを伝える国際的なシンボルとなった少年の生活を現地で追った。
 
▽英メトロ記事の衝撃 

 2003年4月上旬のある朝。私は、地下鉄の駅構内で無料紙「メトロ」を手に取った。1面の写真が目に入った。 

 頭に包帯を巻いた少年がベッドの上に横たわり、泣いているのをこらえていた。両腕が肩から数十センチほどでなくなっており、腕の名残りのように見える部分にも白い包帯が巻かれていた。胴体には白い薬のようなものが塗られている。 

 新聞をたたんだ後も、悲惨な状況の中で、ベッドに横たわっている少年の姿が脳裏に焼きついて離れなかった。 

 英通信社ロイターが伝えた記事によると、アリ・イシュマル・アッバス君は当時12歳。バグダッドの米軍による爆撃で、両腕に損傷を受け、火傷の状態がひどいので、どれくらい生きていられるか分からなかった。両親も含めた親族16人を同時に失っていた。
 
 その日、壮絶な少年の状況に衝撃を受けていたのは、私一人ではなかった。 

 メトロで少年のことを知った英国の市民たちが、何か助けることはできないかと、続々と新聞社にコンタクトを取っていた。新聞社はロンドンの聖メアリー病院の中にある、義足や義手が必要な人を助けるリムレス協会に連絡し、これが、後に少年を英国に呼ぶ道へとつながっていった。 
 
 3年後の現在、生存が絶望的と言われていた少年は、サッカーと食べることが大好きな15歳の少年に成長した。 
 
▽イラクでの生活 
 
 アリ少年のこれまでを振り返る。 
 
 1991年2月。バグダット郊外の小さな村で農業とタクシー運転手を営む父イシュマル・アッバス・ハムザさんと、ハムザさんの2番目の妻となるアズハール・アリ・ダヒルさんとの間にアリ君は生まれた。既に姉が2人おり、後に弟2人も生まれた。 
 
 前年夏、イラクがクウェートに侵攻したことを受けて、1991年からは国連が経済制裁を開始していた。もともと貧しかったアッバス一家はさらに貧しい生活を強いられるようになった。 
 
 歌うことが大好きで、明るく話し好きの父と物静かで優しかったと言う母の下で育ったアリ少年は、2部屋の家に親類も含めた12人が住むという環境の中で成長する。飼っていた鶏と遊んだり、兄弟や友人たちと川に釣りに出かけたり、サッカーで遊んだりなど、幸せな毎日だったと言う。 
 
 2003年3月、イラク戦争が始まると、一家は「これでフセイン元大統領の圧制が終わる」と、喜んだ。爆撃が落ちる様子を遠くから見て、子供たちは怖いという感情とともに、心踊る気持ちにもなった。 
 
 自宅付近が米軍の爆撃を受ける危険性が高まり、母と子供たちはバグダッドから南約100キロの町に避難することになった。父親は自宅を守りながら、隣町に避難した家族を時折訪れる日が続いた。しかし、その町も危なくなってきたので、一旦自宅に戻ることになる。「安全な場所はどこにもない。自宅なら少なくとも家族が一緒にいられる」と、考えたからだった。 
 
 家族が再会の喜びと共に就寝についた、3月30日の夜、アリ少年の家があったアラブ・アルカーサ付近が爆撃を受けた。近辺に住む叔父のモハメドさんが駆けつけた頃には、既に家は破壊されていたという。 
 
 ジャーナリスト、ジェーン・ウオーレン氏が書いた「アリ・アッバス・ストーリー」によると、モハメドさんは、アリ少年の母と2人の弟の焼け焦げた、ばらばらになった体を目撃する。「生涯、忘れることができない光景だろうと思う」 
 
 付近に住んでいた親戚も含め、16人の肉親を失ったアリ少年は、バグダットのアリ・キンディ総合病院に運び込まれる。 
 
 両腕の一部が吹き飛ばされ、やけどの損傷がひどい状態だったため、叔父のモハメドさんも、病院側も、アリ君は「生きても数日」と、見ていた。 
 
▽ジャーナリストが「発見」 
 
 2003年4月6日、湾岸地区を担当するロイター通信支局長でレバノン出身のサミア・ナッカウル記者がイラク人写真家のファレー・ケイバー氏とアリ・キンディ病院を訪れた。 
 
 戦時下のために十分な医療ケアを施されず、錆付いた金属製の檻の下に横たわるアリ少年の姿にショックを受けたナッカウル記者だったが、少年の側にいて話を聞きながら取材を進めた。カメラのケイバー氏がアリ少年が唇をかみ、泣かないようにこらえている表情を撮った。 
 
 翌日、ロイターの記事は、英メトロを始め、世界中のメディアを通じて配信された。 
 
 「アリ、全てを失った少年――望みさえも」という見出しと写真がついた記事の中で、アリ少年の言葉を載せた。少年は医者になりたいという。しかし、腕を失った中で、「でも、なれっこないよ、手がないんだから。両手がもらえないなら、自殺したいよ」と、アリ少年は語った。 
 
▽英国へ 
 
 2003年4月、ロイターの記事が英メトロに掲載されると、記事を読んだ読者が続々と新聞社に電話をかけ、援助を申し出ていた。 
 
 メトロの記者が募金の受け手を捜し、西ロンドンにある聖メアリー病院の中にある、義足、義腕が必要な人を助けるチャリティー団体のリムレス協会に連絡を取った。アリ少年は長く生きることはできないと思われていたので、イラクで負傷した子供達を助けるために募金が使うことが目的で、「アリ基金」が設置されることになった。 
 
 一方、イラクでは、メトロの記事が掲載後も、バグダッドに来た世界中のジャーナリストたちがアリ少年を取材するために病院を訪れていた。 
 
 入院していたアリ・キンディ病院は医療用品の不足に悩み、十分な医療ケアができない状態になったため、オーストラリアのジャーナリストらの助けで、アリ少年は米軍の輸送機でクエートの病院に移された。助からないと見られていた少年はクエートのイビン・シナ病院のスタッフの手で、火傷跡の手術、リハビリを受けながら、回復していった。 
 
 家族を失った悲しみ、両腕がないため将来に対して悲観的になったいたアリ少年だったが、クエートの病院では2歳年上で、右手と左足を失った同じくバグダッド出身のアーマド・ハムザ君などの友達もでき、明るい面をみせるようになった。 
 
 当時、アリ少年の最大の願いはもう一度使える腕を持つこと。継続した治療には義足・義腕の技術が進んでいる国での生活が最適だとアリ少年の叔父モハメドさんや支援者たちは考えるようになった。在ロンドンの義手義足協会がこれに名乗りをあげ、2003年夏、アリ少年はアーマド少年と共に英国にやってきた。(続く) 
by polimediauk | 2008-12-29 04:23 | イラク
 ・・・と書いて、もし検索エンジンを通して「どうやって作るのか?」を知りたくて読みに来られた方には恐縮だが、「今作っている」だけである・・・。今日、やっとサイトのひな形が出来て、何となく子供ができたようなうれしい思いをしている。

 このプロセスを知っている方で複数の方から、「コンテンツ=内容=が大事なのだから」と何度もアドバイスを受けた。それは知っている「つもり」なのだが(本当は分かっていないのかもしれないが)、特に凝ったことをしなくてもいいが、コンテンツが入る器も大事なのではないかと思ってきた。・・・という割にはこのブログのサイト自体が既成のスキンを使っているだけではあるのだけれども。テクノロジー的に凝ったことはできないし、発想自体ができないのだが、最低限(の最低限)の広場づくりということが必要だと思ってきた。

 ・・・などなど考えていたら、ネットでニュースを発信してきたサイトThe Journalが新しい媒体を作る、というニュースがあった。

http://www.the-journal.jp/contents/newsspiral/2008/12/the_journalinfoseek.html

 自分の考えていたようなことに非常に近い話だったので、正直なところ、驚いた。最後の「ともかく面白いことを始めてしまうことがまず大事である」という部分も、気持ち的には非常に同感である。今後、これが1つのトレンドになるのだろうか?人間一人一人の顔が違うように、いわゆる「独立サイト」もそれぞれ異なるおもしろさを作り出していくのだろう。

 英国の話に飛ぶと、クリスマス・シーズンは準備から当日、そして26日のボクシング・デー(プレゼントを開ける)、また26日か27日から始まるクリスマス・セールまでの一連の期間が、非常に忙しい。私には(直接の)子供がおらず、家でクリスマス・ディナーを大人数相手にやったわけでもなかったが、ある程度まともにやろうとすると、日本のお盆のような、あるいは年末年始のようなめまぐるしい日々だった。日本はこれからが年末年始の忙しさの本番であろう。

 経済の話では、例によってニュースダイジェストのMR CITYのコラムが光る。先進国政府の景気拡大策に対し、東南アジアの政府関係者や中央銀行などは三重の意味で怒っている、という。それは何故か?が書かれている。私にとっては目からウロコだった。

http://www.news-digest.co.uk/news/content/blogcategory/7/98/

 

  
by polimediauk | 2008-12-28 02:05 | 英国事情
 クリスマスカードをせっせと書く時期となった。もうそろそろ本腰を入れなければ・・と思っているうちに、早い人からのカードが先に届き、「今年も開始が遅かったな」と後悔してしまう。クリスマスカードは日本の年賀状のようなものかもしれない。

 英国のクリスマスは日本の年末年始にも似ていて、家族が一緒に過ごす時期、ということになっている。離婚、再婚、あるいは結婚していないパートーナー同士の別離(逆に出会いも)は日常茶飯事となるので、「どの家族と一緒に過ごすのか」という問題が非常におおごとになってゆく。悲喜こもごものドラマとなる。子供たちがどっちの親の家でクリスマスを過ごすのか?簡単にはいかない。

 このところ、英国に住む有名人の離婚が世間を騒がせた。例えばポールマッカートニーとヘザー・ミルズの離婚やマドンナ(英国にずっと住んでいた)とガイ・リッチーの離婚である。多くの人は、こうした有名人カップルの離婚劇を大いなる関心を持って見ていた。相手が有名人だから、という理由以上に、離婚が誰にとっても身近な問題となっているためもあった。

 その背景を、「ニュースダイジェスト」12月4日号に書いた。これに付け足したのが以下である。

(また、このブログはクリスマスが終わる頃まで、一旦休みます。年末、また再開します。2008年、お忙しい中、このブログを読みにきて下さり、本当にありがとうございました。)

 マドンナ、リッチーが離婚
 ―「カネはいらない」で人気に



 人気歌手マドンナさんと映画監督ガイ・リッチーさんの離婚が、11月末、成立した。両者ともに有名人で巨額の資産を持つだけに財産分与で相当もめるのではないかとする予想を裏切り、子供の養育権が争点となった。リッチー監督は自分よりはるかに収入が上の妻への財産請求権を拒否したと伝えられ、「偉い!」と株を上げた。最近の有名人カップルの離婚とお金の関係を探った。

―近年の英国有名人の離婚事件

カップル名:歌手ポール・マッカートニーさん、キャンペーン運動家ヘザー・ミルズさん
離婚までの経緯:2002年結婚後、06年別居。08年3月、調停後に離婚成立。
資産:裁判所によれば、夫の資産は4億ポンド(約573億円)相当
財産分与:夫が妻に2430万ポンド支払う。内訳は離婚手当が1650万ポンド、資産が780万ポンド。離婚手当にはロンドンの物件購入代250万ポンドが含まれる。これとは別に、乳母代や学費を含む養育費として毎年3万5000ポンドを夫が妻に払う。
子供の養育権:4歳の娘は母親と暮らす。
評価:夫の資産は8億ポンドとする妻は1億2500万ポンドの支払いを要求。4年間の結婚生活で巨額の支払いを要求したミルズさんの株は大幅下落。調停が続く間沈黙を守ったマッカートニー株は上昇。

カップル名:歌手マドンナさん、映画監督ガイ・リッチーさん
離婚までの経緯:2000年に結婚後、今年11月、離婚成立。
資産:夫と妻で推定約5億2500万ドル(約503億円)。そのほとんどが妻マドンナさんの分と言われる。
財産分与:報道によれば、妻からの2000万ポンド(約18億円)の授与を夫リッチーさんは拒否したと言われる
子供の養育権:マドンナさんの娘は母親と暮らし、リッチーさんとの間にできた息子とマラウイからの養子の息子はリッチーさんが住む英国とマドンナさんが住む米国との間を行き来する。
評価:妻の財産の受け取りを拒否したと報道されたリッチーさんの株が急上昇。

カップル名:元アーセナル、ティエリ・アンリ選手、元モデル、クレア・メリーさん
離婚までの経緯:不倫発覚で2007年離婚。
資産:推定では選手の資産は約2500万ポンド。ロンドン北部の豪勢な自宅は、購入時(2002年)600万ポンド相当だった。
財産分与:慰謝料として元妻に1000万ポンド払ったと言われている。サッカー選手としては最高額か。
子供の養育権:現在4歳になる娘がいる。詳細は明らかにされていない。
評価:離婚原因は「アンリの態度」とされ、実際には選手の不倫が主因と言われている。自業自得か?それにしても元妻の慰謝料請求額の大きさに、みんな唖然。

カップル名:歌手・女優ビリー・パイパーさん、DJクリス・エバンズさん
離婚までの経緯: 01年結婚後、04年から別居し、2007年離婚。
資産:3000万ポンド(エバンズさん分)
財産分与:パイパーさんは夫から財産分与を受けていないと言われている。
子供の養育権:離婚当時は子供なし。
評価:「離婚で、夫からはびた一文ももらわない」と宣言したパイパーさんの株がアップ。

カップル名:F1レースの興業主バーニー・エクレストンさん、元モデルの妻スラビカさん
離婚までの経緯:今年11月末、妻が離婚申請を提出。結婚生活は24年間継続している。
資産:夫の推定資産は24億ポンド。世界中に不動産、豪華ジェット、ヨット他を所有する。
財産分与:未定
子供の養育権:子供たち(24歳と19歳)は成人しているため、問題外となりそうだ。
評価:知らないうちに離婚申請を出され、巨額慰謝料を要求されそうなエクレストンさんの株はやや下落か。

―骨肉の争い?

 愛情一杯で結婚した2人が、いざ離婚となると互いの財産分与や子供の養育権で骨肉の戦いを繰り広げるー。米映画「クレイマー・クレイマー」や「ローズ家の戦争」でフィクションとして描かれたが、これが現実となったのが、今年3月離婚が成立した元ビートルズのポール・マッカートニーさんと元妻ヘザー・ミルズさんの争いだ。世界一有名なポップグループの一員として長年に渡って築き上げた資産を持つ夫に対し、ミルズさんは巨額慰謝料を請求した。一女をもうけたとは言え、ほんの4年間の結婚生活だった。裁判は長期化し、これをメディアが過熱報道。夫妻は「汚れた下着を人前で洗っている」(内輪の恥を人前にさらす)と言われた。

 好対照をなすのが歌手マドンナさんと映画監督ガイ・リッチーさんの離婚だった。10月、2人が離婚の準備段階に入ったと報道された。夫婦としての合計資産の大部分がマドンナさんのものと言われ、財産分与や子供たちの養育権を巡って長期の交渉が続くと予想された。11月末、3人の子供の養育権に関して取り決めが交わされると、離婚が成立。「お金より子供が大事」と述べたリッチーさんは、マドンナさんの個人資産への一切の請求権を放棄したと報道された。「潔い」、「男らしい」、「お金にこだわらない」など、リッチーさんの株は急上昇した。

 裁判が長期化した上に、お金に執着心を見せて株を下げたミルズさんと、離婚がスピーディーに進み、「カネにはこだわらない男」として人気となったリッチーさん。評価の違いは、離婚騒動の管理の仕方の違いにある。パパラッチやタブロイド紙のターゲットとなったマッカートニー夫妻の離婚劇を見ていたマドンナさんとリッチーさんは、養育権や財産分与などもめそうな案件に関して2人の間で十分に事前協議。離婚のプロセス開始までに、すでにほぼ合意ができていたと言われる。最後の詰めを終えて、離婚はほどなく成立。例え2人の間で「骨肉の争い」があったとしても、それを表に出していけない。イメージ作りが命の有名人にとって、修羅場の表面化が打撃となることを両者が十分に承知していたのだろう。

 一方、それぞれの離婚劇は、ある「気になる問題」を多くの人に思い出させた。それは、「高額所得者のパートナーと離婚する時、妻あるいは夫はどれだけ財産分与を請求できるのか?」という問題だ。昨年、保険業界の有力者の男性の元妻は、資産の形成における「妻としての貢献度」を評価され、英国の離婚訴訟史上最高の4800万ポンド(約70億円)の慰謝料を受けることになった。結婚は平等な立場のパートナーシップという考えを基に、他にも高額所得者を夫に持つ妻に巨額慰謝料の支払いを命ずる画期的な判決が複数出た。働く男性側からすれば、仕事で一生懸命築き上げた財産の多くを、「不当に」元妻に持っていかれてしまう状況だ。ミルズさんの高額慰謝料の請求は、高額所得者の夫から多額の財産分与を求める元妻の姿にダブって見えた。逆に、リッチーさんは「人の財産まで欲しがろうとしない男」として、高い賞賛の声が出た。

 しかし、離婚を専門とするある弁護士は、「リッチーさんは後悔するのでは」と指摘する。「男の面子で財産分与を拒否する必要はない。もらえる時にもらった方がよい」と。

 果たしてリッチーさんが「やっぱりあの時・・」と将来考えるかは不明だが、近年の判例を見る限り、「自分より高額所得のパートナーが築いた財産にはノータッチ」のリッチー流は、あくまでも珍しい例になりそうだ。(小林恭子)

―関連キーワード Divorce rate:離婚率。よく英国で報道されるのが、夫婦1000組当たりの離婚件数。政府統計によると、イングランド・ウェールズ地方は11.9(2007年)。前年比で過去3年間連続下落。1970年代初期は6前後だったが、その後、緩やかに上昇してきた。最も離婚率が高いのは20代後半の夫婦で、そのうちの半分以上に子供がいる。これとは別に、人口1000人当たりで計算するなど、様々な離婚率の計算方法がある。一方、シビル・パートナーシップを結んだ同性同士のカップルの中で、07年これを解消したのは42組。28組が男性同士、14組が女性同士のカップルだった。
by polimediauk | 2008-12-08 02:48 | 英国事情
 英国野村がロンドンに勤務する人材の中から、約1000人を近く削減するそうである。小売店チェーンのウールワースがほとんど破たん状態になり、金利が4日付で2%になった。ついこの間までは4%ほどだったのに。2%は1951年以来の低さである。

http://news.bbc.co.uk/1/hi/business/7764107.stm
http://news.bbc.co.uk/1/hi/business/7764741.stm

 なんだか物騒なぐらいに景気が悪くなっていく感じがする。小売店はどんどん大セールをやっている。「これでもか!」というほどに、値段をどんどん下げている。ロンドン野村に勤務している人はクリスマスどころではないだろう。

 メディアもこうした風潮の中で孤立しているわけではなく、あまり景気の良い話は聞こえてこない。

 11月9日から11日の「ソサエティー・オブ・エディターズ」の会議でも、地方紙の悲鳴が聞こえてくるような意見が多く出た。この時焦点になっていたのは、BBCが予定している地方版のウェブサイト拡充案だった。この案は100%無くなったわけではないが、実現にストップがかかった状態だ。その結果、今度はBBC側の人員削減につながっている。英国に住んでいて、景気悪化に関しては物事の進み具合が非常に(過度に)速い感じがする。

 会議の様子と新聞業界の内情を11月25日号の「新聞協会報」に書いた。以下はそれに若干付け足したものである。


英編集団体年次会議
―地方サイト拡充でBBC批判
 新聞が広告収入減など危惧


 英メディア編集者関係団体「ソサエティー・オブ・エディターズ」の年次会議が11月11日まで3日間にわたり、イングランド西部ブリストルで開催された。BBCが発表した地方版のウェブサイトを拡充する計画案に対し、ページビューや広告収入の減少を危惧する地方紙を中心に、批判が相次いだ。一方、発行部数減と広告収入減が続く新聞経営の在り方では、サイトからの利益を上げる方策として動画提供への期待や、「ハイパー・ローカル」(地域密着)に徹すべきだとの指摘など、生き残り策について論議が交わされた。

 年次会議には、新聞・放送各社の編集・経営幹部ら200人が参加した。地方紙を中心に新聞界から、BBCが地方版サイトを拡充する動きを見せることに対する批判が繰り返された。

 BBC執行部は5月末、60の地方版サイト(利用者は週に計400万人)に、1日10本以下の動画を掲載する計画案を発表した。制作体制も5年間で現在の各サイト4人にビデオ・ジャーナリスト一人を加えるという。ただし地元のビジネス情報の検索や不動産、交通、求人など、地方紙が得意とするニュースは拡充しないとした。BBCトラストが「公的価値を持つかどうか」で審理を続けている。(注:11月21日、トラストは中間結論を出発表し、「公的価値はない」とした。)来年早々、最終決定が出る。

 毎年約30億ポンド(約4360億円)の受信料収入を得るBBCが、地方版サイトの拡充に乗り出すことに対し、地方紙など新聞界の批判は強い。地方紙・雑誌で構成する「ニューズペーパー・ソサエティー」は11月4日、審理の停止をBBCトラストに申し入れたほどだ。

 ブリストルの編集者会議でも「BBCによるサイト拡充は地方紙市場の競争を阻害する」(地方紙も傘下に持つガーディアン・メディア・グループ社のマッコール最高経営責任者〈CEO〉)、「すべてをBBCが独占したらどうなるのか」(英最大の地方紙グループ、トリニティー・ミラー社のベイリーCEO)など、多くの批判が出された。

 この背景には、悪化する一途の経営状況がある。地方紙が収入の約75%を頼る広告収入が落ち込んでいるためだ。

 構成比の大きい不動産広告を7-10月で見ると、トリニティー・ミラー社と、地方紙グループ大手のジョンソンプレス社は前年同期比で半減した。本紙の広告全体でも両社は、15-20%を超す減収となった。加えて昨年18億ポンドを売り上げた地方紙の案内広告は、2012年までにほぼ半減するとも予測される。地方紙は統合や消滅、人員削減の波の中で、サイトの拡充に取り組むのは困難だ。BBCの新サイトは大きな脅威に映る。

 一方、BBCにとり地方版サイト拡充は、英社会のデジタル化に寄与する活動方針に合う。ロンドン中心の番組制作から軸足を移し、地方に住む視聴者からの評価も期待できる。多チャンネル化が進むなか唯一、視聴者から受信料を受け取る放送局としての存在意義を認めてもらい、将来の活動資金の安定化を目指した動きでもある。

 また、多チャンネル化の進展や景気動向、視聴者の視聴行動の変化などから、放送業界も広告収入源に悩むが、民放大手ITVは地方ニュースの制作を縮小あるいは放棄する方向に向かっている。地方ニュース市場自体がプレイヤー不足気味になる中で、「BBCの参入はむしろ望ましい」(ジェレミーITV地方ニュース編集者)という声もあった。

―動画、地域密着に活路
 新聞生き残り策めぐり論議

 新聞が生き残る方策をめぐる論議では「痛みを伴う策しかない」との見方が出された。一方、サイトからの利益を増やす方法については、決め手はないものの、動画の充実や地方紙では「ハイパー・ローカル」に徹する必要性が挙げられた。

 大衆紙デイリー・メールのデイカー編集長は「市場は縮小し、地方紙の統合・合併がこれから加速する。予期できな動きも出てくる」と述べ、「思い切った頁数の削減、販売価格のカットなど、これまでに想定外としてきたことにも手をつけるべき」と語る。

 ベイリー氏は、読者が「必要なとき必要な情報を必要な形で、無料で提供する」ために努力すべきだとして「痛みを伴う生き残り策」しかないと言い切った。

 「痛み」の一つは、人員削減である。11月17日付ガーディアン紙によると、7月中旬の1週間で主な英メディア企業による人員減は2300人を超す。この3か月で全国紙、大手放送局などは約4000人を減らした。

 会議に出席した編集・経営幹部は、サイトから収益を上げることに望みをかける。しかし決め手を持つ社はほとんどない。

 「満足な利益を上げている」。こう述べたのは、ガーディアン紙のラスブリジャー編集長だけだ。同紙のサイトは「紙よりもネットを重視」の方針を編集長自ら宣言し、他紙に先駆けて先行投資をしてきた上に、イラク戦争開戦前後、米メディアがこれを正当化する政府方針を支援する画一的な報道になる中、政策批判を含め冷静かつ深い報道を続けたと評価され、高級紙のブランド力を高めた。米国からの読者も多く、世界中から毎日約2000万人がアクセスする。

 今後は「サイト上の動画」(マッコール氏)を使った収入増を見込む。具体的には動画の前後に広告を流す方法で、トラフィックの多さから広告費をある程度高く設定できる利点とユーザーのサイト滞在時間を長くできる。

 高速ブロードバンドの普及により、動画はダウンロードしやすくなっている。視聴者と広告主がネットに移動していることから、番組を放送と同時に見れるなどサイトを刷新したITVも劇的にトラフィックを伸ばした。英国の動画市場は5年間で28億ポンド規模に成長する見込みだ(ドレスナー・クラインオート社調べ)。

 大手紙サイトも動画の充実に力を入れる。放送社と新聞社はネットでの動画提供という点では同業他社となり、業態の垣根が消えていく動きとなっている。

 地方紙の生き残り策に、マッコール氏はハイパー・ローカル化を挙げた。地方紙だから取材できる地域の細かな情報を生かした紙面作りが必要だとした。

(補足)

 一方、コンサルティング会社「S1」のスミス代表はサイトから利益を生むには「市場の徹底したセグメンテーション化」を挙げる。「いかに特定のユーザーにあったコンテンツや広告を提供できるかが鍵を握る」。トリニティー・ミラー社のベイリー氏は「行動ターゲティング広告の活用」を挙げた。(「これまではやらない・できないと思っていた分野にも私たちは踏み込まなければならない」とベイリー氏は言っていた。読者にかかわる情報を広告会社に売る、という意味で、「一歩踏み込んだ」ことをやろうとしているのかな?と思わせた。)
 
 これまでの新聞業は不特定多数の人を読者として想定してきた。しかし、一人一人のニーズに合ったコンテンツを提供するモデルが、もしスミス氏の言うように将来の生き残りの「鍵」となるのであれば、天と地が変わるような変身が必要となってくる。こんな大きな変身が、はたして可能なのだろうかー?・・・そんなことを考えながら最後のセッションを聞いていた。
by polimediauk | 2008-12-04 23:47 | 新聞業界
 BBCワールドとチャンネル4、ITVが協力して提供する、「カンガルー」と呼ばれているオンデマンド・サービスの実施の先行きがやや暗くなった。3日、「競争委員会」が中間報告を出し、新サービスが英動画市場を独占化する懸念があることを指摘した。最終結論が出るのは来年の2月で、カンガルー参加企業は提供するサービス内容の変更を求められている。例えば、放送から一週間までの番組をもう一度見れる「キャッチアップ」サービスなど。

http://www.paidcontent.co.uk/entry/419-breaking-kangaroo-will-be-anti-competitive-commission-says/

http://www.guardian.co.uk/media/2008/dec/03/project-kangaroo-competition

 カンガルー側は当初、今月からベータ版のサービスを開始する予定だったが、1月以降にずれこんでいる。さらにずれ込む可能性が出てきたが、どのようなサービス内容になるのか、不透明になってきた。

 オンデマンド市場はどんどん変化を遂げている。チャンネル4がキャッチアップサービスを始めたのは2006年末からだったと思うが、見逃した番組をもう一度見れるだけでなく、番組放送と同時にネットでも見れるサービスも段々広がっている。カンガループロジェクトを推進してきたBBCのアシュレー・ハイフィールド氏は既にマイクロソフトに転職してしまった。大人気のBBCアイプレイヤーの実現化にも大きな貢献をした人だが、待ちきれなかったのだろうか?

 〔今日から、ブログ内の検索機能をつけてみましたので、「カンガルー」に興味のある方は、使ってみてください。)
by polimediauk | 2008-12-03 23:32 | 放送業界