小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


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 こちらではイスラエルのガザ地区攻撃の話がずっと1面扱いだ。テレビやラジオのニュースでもトップ。これがずーっと続いている。以下、読売記事。

 http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20090107-OYT1T00073.htm

 あまりにもひどく、言葉が出ないというか、誰も(ハマスなら止められる?)止められないことに怒りを感じる。オバマ氏に期待がかかるがまだ正式就任ではないので、表だって交渉をするわけにも、声明を出すわけにもいかないのだ。「事態を見守っている、情報を常時収集している」ということらしいけれども。米国不在の中でEUが何かするかと思えば、サルコジ仏大統領が先頭に立っているが、EUも何かができるわけではなさそうだ。

 英国ではよく第2次世界大戦のドラマ化やドキュメンタリー番組が放映され、今もアンネフランクの日記のテレビドラマが毎日放映されている。何故止められなかったのか、何故人が大量に殺されたのかー。結局のところ、武力のある国・勢力は好きなように武力を使い、国連なんて全く手が出ないー。空しいことである。ほんのつぶやきだが。
by polimediauk | 2009-01-07 08:34 | 政治とメディア
c0016826_32586.jpg 金融危機や住宅価格下落が続く英国で、小売業も厳しい状況に置かれている。

 英国では約100年の歴史を持ち、「ウーリーズ」という愛称で親しまれてきた小売店ウールワース(元々は米国で発祥)が昨年末、事実上の破産状態になった。今月6日、全807店舗の中の最後の200店舗が閉店となる。売り手を探していたが、最後まで見つからなかった。悪化する景気後退の波や小売店同士の競争の激化に負けたウールワースの話を「英国ニュースダイジェスト」(8日付、ネットでは6日)に書いた。これに若干付け加えたものが以下である。

 一方、5日には陶磁器ブランド「ウェッジウッド」を販売するアイルランドのウオーターフォード・ウェッジウッド社が会社更生手続きに入ったことが分かった。ウェッジウッドの陶磁器は日本でも人気だったと思う。事業の買手を探しているが、どうなることやら。トップは買手が見つかるとを確信しているそうで、従業員は長めの年末年始休暇中とのこと。

 金利も今週中に1%に下がるという予測がある。4月には5%だったのに、今は2%である。非常にドラスチック。しかし、動きが早い・大きいと言うことは、底から上に上がるのも早いということだ、という報道を見かけた。

 ウェッジウッドの事実上の破綻を報道するBBCの記事:

http://news.bbc.co.uk/1/hi/business/7811048.stm

 ウールワースが倒産へ
  経済悪化で資金難防げず

  
―リバプールでオープン

 英国の小売チェーン、ウールワースの最初の店舗がイングランド北西部リバプールのチャーチ・ストリートにオープンしたのは、1909年の11月5日だった。米国に端を発する小売店の英国上陸には、オーケストラが音楽を奏で、サーカスの一団が人目を引き、仕掛け花火が上がったと言う。数千人の客が押し掛けたと地元紙は伝えている。

 お菓子や玩具からDVD、新聞・雑誌や衣料品、台所用品からガーデニング用品など、雑多な品目が一つ屋根の下に収まり、「あらゆるものを廉価で買える、庶民の店」として、ウールワースは人気を博した。「ウーリーズ」という愛称で呼ばれ、英国の児童が成長するまでに親に連れられて必ず訪れる店となった。「カラフルな飴を買った店」、「初めてレコードを買った場所」など、多くの大人には子供時代、あるいは青春時代の思い出とともにウーリーズは存在した。

 ウールワースの人気が下落していったのは1970年代以降と言われる。大手スーパーマーケットが食品以外の品物の取り扱いを増やしたことで、強みを持つ雑貨や生活用品の販売で苦戦するようになった。スーパーのテスコやASDAなどが安値競争に走り、「廉価、庶民の店」という特色の維持も難しくなった。一方、収益のもう一つの大きな柱となっていた、音楽CDや映画などのDVD他エンターテインメント関連グッズの流通・販売では、アマゾンなどのネットサイトがシェアを奪うようになった。 次第に「昔はよく行ったけれど・・・」という店になってしまい、近年では、クリスマス前の6週間の売り上げに年間収益の大部分を依存するいびつな収益体制となっていた。

 11月26日、英国での操業開始から99年後、ウールワース・グループの中で、ウールワース小売部門とエンターテインメント流通部門エンターテインメントUKが法定管理下に入った。事実上の倒産状態だ。大恐慌や2つの世界大戦、数々の不景気を乗り越えてきたウールワースだったが、英国小売市場の変化の上に、今年後半から本格化した世界の金融危機と不景気がダブルパンチとなった。ウールワース小売部門で働いていた2万7000人は失業となる。

 11月末、老舗家具小売店のMFIも法定管理下に入った。英国中の子供の10人に一人がMFIで買ったベッドではぐくまれたという宣伝文句がもっともらしく聞こえるほど、1980年代以降急速に売り上げは伸びたが、その後、高級小売店ジョン・ルイスやシンプルで廉価の組み立て家具を売るIKEAの勢いに押され、「冴えない家具を売る会社=MFI」というイメージがつくようになった。ウールワースとMFIはその浮き沈みがどことなく重なるが、2社は小売業の中では例外ではない。最新の企業破産の統計を見ると、昨年7月―9月期で、破産状態となった小売店は356件に上る。前年同期比では39%の増だ。
 
 不況は長引くと言われており、破産に向かう小売業は今後も増えそうだ。ウールワースの灯を消すまでにいたった現況は今回の不景気の深刻化を象徴している。ウーリーズやMFIで育った世代にとって、一つの時代が終わったのである。

―英ウールワース・グループの特徴

グループの主なビジネス:小売店業(ウールワースplc)とエンタ- テインメント製品の流通、出版業(2エンターテイン、エンターテインメントUK,バートラム・グループ)
ウールワースの販売品目:菓子(菓子類売り上げでは国内首位)、玩具、文具、新聞、雑誌、台所およびガーデニング用品、衣料、音楽CD,DVDやビデオなど。主要ブランドは掃除用品、台所用品、香水などのWinfiled、子供のおもちゃやゲームのChad Valleyの他に、児童の衣料品市場の第3位となったLadybirdなど。
小売店部門の従業員数:2万5000人(グループ全体では約3万人)
法定管理下にある部門:小売大手ウールワースplcと流通部門のエンタテーインメントUK
負債総額:3億8500万ポンド(約530億円)(11月末時)

―創業者のプロフィール

 米国人フランクリン・ウィンフィールド・ウールワース(1852年―1919年):ニューヨーク州のジャガイモ農園を経営する家庭に生まれる。商人として生きることを決意し、1873年、乾物屋で働き出す。ある日、残り物が5セントで販売されている光景を目撃し、これをヒントとして、300ドル(当時)の借金をして全商品が5セントで買える店を1879年2月開店する。最初の店舗は数週間で閉店に追い込まれたが、同年4月、10セントの品物も同時に販売する店舗をペンシルバニア州に開店。これを機にビジネスが拡大する。自分の祖先は、17世紀、メイフラワー号で北米に移住した英国人入植者だったと主張していたこともあって「祖国」英国への思いが強かったと言われる。1890年、初めての訪英でリバプールを訪れ、米国人が経営する廉価の店舗は「ここで大評判となるだろう」と述べた。妻との間に3人の娘をもうけた。67歳の死直前には、1000店舗をオープンしてい。

―米国と英国のウールワースの歴史

1873年:米国人フランク・ウールワース氏がニューヨークにある小売店で勤務開始。
1879年:自分の店を開きたいと経営者に持ちかける。最初の本格的店舗がペンシルバニア州にオープン。すべての品物が5セントか10セントで買えるという画期的アイデアを導入した。約30年の間に店舗数を増大させる。
1909年:ウールワースの英国第一号店がリバプールにオープン。イングランド地方北東部を中心に、国内に店舗広がる。
1912年:ウールワース氏、F.W.ウールワース社を立ち上げる。
1913年:ニューヨーク市にウールワース・ビルを建築。高さ241メートルで、当時世界で最高層ビルとなった。
1920年代以降:次第に英国ウールワースの方が人気を急速に高め、地方自治体からオープン化の要請が来るように。一時は17日に一店舗オープンしたことも。
1931年:米ウールワースがロンドン証券取引所に上場。
1970年代:F.W.を店名からはずし、Wを使ったモチーフを使うようになる。
1980年:DYI用品を販売するB&Qを買収。
1981年:米ウールワースの海外部門担当者が英国子会社の売却を、英小売パタノスター・ストアーズ社を含むコンソーシアムと交渉。
1982年:売却成立後、英ウールワース・ホールディング社誕生。
1989年:パタノスター社がキングフィッシャー社と改名。
1997年:米F.W.ウールワース社はスポーツ製品の販売に集中するようになり、ウールワースと名がつく店舗を閉鎖してゆく。「ベネター・グループ」と企業名を改称。米国ではウールワース小売チェーンが消える。
1999年:英ウールワース社がロンドン証券取引所に上場。
2001年:小売チェーンのウールワース、娯楽流通販売のエンターテインメントUKなどを含む、英ウールワース・グループplcが発足。 米国ではベネター・グループがスポーツ製品の販売に特化したフット・ロッカー・インクとなる。
2006年:英ウールワースがカタログ販売のArgosに対抗するため、「Big Red Book」を販売開始。
2008年8月:英ウールワース、アイスランドの冷凍食品チェーンの所有者からの売却話を拒絶。
11月末:英ウールワースの2部門が、法定管理下に入る。
12月5日:英ウールワース店舗で、創業以来1日の売上高では最高の2500万ポンド(約34億円)を達成する。

ー関連キーワード

HIGH STREET:目抜き通り、大通り。小売店あるいは商店街という意味でもよく使われる。目抜き通りによくある普通の店舗を指し、例えばロイズTSBなどの大手銀行をhigh street bank(s)と呼ぶこともある。古代からhighには「優れた」、「上の」という意味があり、その名残は「上流社会」=high societyなどに見られる。9世紀頃には大きな道をhigh wayと呼ぶなど、形容詞として使われたと言われている。現在ではhigh street(shop)と言えば「普通の市民のニーズに応える店」というニュアンスがあり、ウールワースもこれに入る。また、ハリファックス社の調べでは、High Streetと名の付く通りは英国に5410存在する。

(写真はBBC)
by polimediauk | 2009-01-06 03:10 | 英国事情
 年が明け、こちらは寒い。日本のように新聞が豪華な元旦付け紙面を作る、ということもない。どことなく地味に見えるばかりの新聞各紙の中、ガーディアンに、野党保守党党首キャメロンが官僚の指導を受ける、という記事があった(Cameron to meet his match in Whitehall briefings)。もし総選挙に勝利し政権を担うことになった場合、キャメロン保守党はどのような政策を実行したいのかを官僚側に説明し、また政権発足の最初の日、あるいは最初の月には何をすべきかを官僚側が野党に説明する、というもの。第二野党自民党のクレッグ氏も同様の会合を持つ。

 今のところ、最長でも2010年には総選挙がある。これに備えて、というわけである。もともと、野党党首にこうした機会を与える慣習は1964年前に始まり、1970年代から形式化された。当初は総選挙の予定から半年前に行なわれていたが、1992年からは15ヶ月ほど前に行なわれるようになったと言う。

 さて、日本では民主党政権が成立するのだろうか?そして、準備は進んでいるのだろうか?二大政党制になっていないので、国民の側にも政権交代にはさぞかし漠たる不安があるだろう。しかし、一度パターン化してしまえば、何ということはなくなるかもしれない。

 他の人のブログを読んでいて、昔の漫画のように頭の中の電球が突然光るような思いをすることがある。前にコメントを残された方に教えていただいた池田信夫氏のブログに「所有という幻想」というエントリーがある。

http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/b0fc34293a9512894c013e2c76a20358

 「今後100年を考えると、おそらく近代社会の基本的な枠組である所有権の意味が薄れ、情報資源は必要なときだけレンタルするしくみに変わっていくのではないか」という指摘がある。現在は「所有権=価格メカニズムという300年ぐらい続いたシステムから、次のシステムへの過渡期だろう」と。

 金融に関する分析も非常に詳しい。〔ちなみに、池田氏も複数の書き手がいるブログサイトのベータ版を今年から開始する、とのこと。やはりこうした方法は今年増えるのかもしれない。〕

 どことなくがっかりしたのが、大ファンの「ほぼ日」のエントリーだった。
http://www.1101.com/home.html (1月1日付け)

「雪が降るのをどうやめさせるか、だとか、
 なぜ雪が降ったのかだとか、歴史上の大雪だとか、
 この先の雪の対策についてとかいいながら、
 頭から肩から積もってくる雪をどうするか、
 考えてないみたいになっちゃうのは、まずいよねー。
 テレビや新聞なんかをつくってる人は、
 それが商売だからさ、さんざん語るでしょうよ。
 でも、町の人、ひとりひとりは、
 「まず、いま、じぶんはどうするか?」だと思うんです。
 世界がとか日本は業界全体がとか、
 為政者の代理みたいな顔して、考えつくしてみても、
 おそらくなんにも変らないです。」
 
 うーん、何だかさみしい考え方のような気がしてならなかった。「肩から積もってくる雪」のことを考える・語るのも、「世界がとか日本は業界全体がとか」を考えたり・語ったりするのも、どっちもおもしろくそれぞれに意義があると思うけれども。何となく、人生をあきらめきっている感じがするのだけれども、どうなのだろう?
 
 ジャーナリスト、有田さんのブログでまた元気が出た。

http://saeaki.blog.ocn.ne.jp/arita/2009/01/post_87bb.html

 「ジャーナリストの仕事が歴史家に先駆けて時代をデッサンすることにあるならば、政治に直接触れる者は、この現実の重い扉をこじ開けることにこそ責務がある。私利私欲にまみれた政治家が守ろうとするものは、どんな美辞麗句で飾られようと、その根底には「私」がある」とあり、自分自身の「世直し宣言」をしている。有田氏は衆議院選挙東京11区(板橋)から立候補する予定だが、一人の個人=私として書くという部分に共鳴した。

 英国に住んでほぼ7年になった。「個人として生きる・語る・つながる」がしっくりする。

 今年もよろしくお願いいたします。希望とともにいきましょう。
by polimediauk | 2009-01-02 07:47 | 政治とメディア