小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


by polimediauk
プロフィールを見る
画像一覧
通知を受け取る

<   2009年 09月 ( 10 )   > この月の画像一覧

 田舎で所用ができ、9月中旬一時帰国して以来、ほとんどの日々を田舎で過ごしてしまったため、ブログの更新が遅れてしまった。明日にはロンドンに戻る予定。(東京と地方ーー特に私がいた過疎に近い地域ーーでは時間の流れが違うように思う。貴重な体験だった。)

 そこで少々古いネタになって大変恐縮だが、「英国ニュースダイジェスト」(9月17日掲載)に書いた、無料紙ロンドンペーパーの廃刊に関する原稿に補足したものを以下に出したい。

 その前に、いろいろな人から「是非読みなさい」と言われていた、「R25のつくりかた」(日経プレミアムシリーズ、新書)をようやく手にすることができた。やはりすごい本である。たくさん考えるヒントがあったが、私がもっともすごいと思ったのは、最後に近い「MI層を誰よりも理解した存在になる」の項だった。無料週刊誌R25創刊前に、普段は新聞を読まない若い男性層に丹念な聞き取り調査をし、編集者自身の洞察も加えて、発信する内容を練っていった・・・という部分が大きく評価されているが、対象となる読者層といつしか一体となる、つまり「読者が見える」ようになっていく(著者はこれを「イタコ」化と呼ぶ)部分に感銘をうけた。

 ・・・「何かを言葉にした時、『ああ、これはたぶん刺さる(小林注:心をつかむ、あるいは受ける、という意味か)』『いや、刺さらないだろうな』というのが、経験則で分るようになっていきました」という。この「何となくの経験則と、マーケティングの知識とが合わさったとき、ものすごく気持ちよく整理され、アイデアが腹に落ち、しかも結果がついてきたことが何度もあったのでした」とある。そして、R25は、MI層の「インサイトを理解したコミュニケーションの専門集団のような存在をイメージしています。インサイトを怠らず、彼らの心の本音に共感・共鳴する。そんな集団を、目指さなければいけないと思っています」(引用終わり)。

 余談になるが、以前、新聞社で教育面に関わっていたことがあり、毎週毎週作っていると、読者の顔が見えてくるようになった。実際、取材に行くと、「読んでいる」と声をかけられ、編集室まで会いに来られる方(意見をいうためにも?)も複数いらした。それがまた作る上では励みにもなった。やはり、最終的には、情報を届ける相手の顔が見える、というのは強いのではないだろうか。

 R25はこの本の帯によれば発行部数が60万部。例えば百万単位の部数を誇る新聞からすれば、媒体としては小さいかもしれないけれど、いわゆる一般的な新聞には、果たして読者の顔が見えていたんだろうかな?と思った。

「新聞を読むのがとりあえず大人になったら当たり前」という時代には、みんなを喜ばせるために総花的なことを出していけばよかったのかもしれないが、家族がばらばらに行動するようになった現在、新聞を読むという行為以外の場所で情報を交換をすることが当たり前になり、読者が欲しがるものはずい分と変わってきている。「こういう新聞だったら、読みたいんだよね」というニーズをもっときちんと捕らえたり(例えば米国のニュース週刊誌が解説・分析を主とする英エコノミストを目指したり)、それでも過去と比較すれば縮小するであろう紙の新聞の読者数にあわせて、思い切ったダウンサイジングをするなど、いわゆる生き残りのヒントがR25の本にあるような気がした。

 読者が本当に読みたいものとは何か?R25のように、新聞社側がいろいろアイデアをめぐらせてもいい。ある意味では、大きなチャンスである。(1人の読者として、私だったら、事実の報道や解説・分析が読みたい。公の議論の場としての新聞論壇は非常に重要であろうと思う。逆に趣味的なものは思い切ってページを減らしたらどうだろう?夕刊は文化として貴重だろうけれど、やはりニュースが古くなるから、断念してもよいのでは?―といっても、英国の新聞――朝刊と夕刊を同じ新聞が出すということはないーーは文化的記事もかなり充実していて、楽しんで読んではいるのだが。)

 ロンドン・ペーパーの廃刊
 無料化トレンドに変化?

 
 ロンドンの無料ニュース紙「ロンドン・ペーパー」が9月で廃刊されることになった。朝刊無料紙「メトロ」の人気にあやかり、3年前に創刊された「ペーパー」の消滅は不況による広告市場への影響の深刻さを示している。これでロンドンの無料紙市場は事実上なくなるという噂もある。一部新聞のウェブサイトの閲覧有料化計画も出ており、「ニュース=無料で読むもの」というここ数年の常識に変化が起きそうだ。

 新聞を買って読むよりは、インターネットでさっと情報を得てしまう方が手っ取り早いし、お金もかからないーそんな「ニュースは無料」感覚を少々変えなければならない動きが、最近起きている。

 英国の新聞サイトは過去記事も含めてほぼ全ての記事が無料で読めるのが常識だった。ところが、米メディア複合企業ニューズ社の最高経営責任者でメディア王と呼ばれるルパート・マードック氏が、先月、同社の傘下にある英ニューズ・インターナショナル社が発行する「タイムズ」などの新聞サイトを来年半ばまでに課金制にすると明言した。英国の大手新聞サイトで課金制をとっているのは経済紙の「フィナンシャル・タイムズ」(FT)紙のみ。一般紙が課金制に移行するのは初となる。

 マードック発言と前後して、今度はライオネル・バーバーFT編集長が「新聞界の最大の間違い」は、「ニュース・コンテンツは無料で提供するものだ」という考えに各紙が「誘惑された」ことだと述べ出した。

 追い討ちをかけるように、ニューズ・インターナショナル社がロンドンの無料夕刊紙「ロンドン・ペーパー」を9月一杯で廃刊とすると発表し、ニュースは無料」時代が終えんを迎えたかのような印象を多くの人に与えた。

 読者の新聞離れとネットの到来が重なって発行部数の下落が続いている新聞業界で、唯一人気となっていたのが1999年発行の朝刊無料紙「メトロ」だった。この人気にあやかろうと、メトロの発行元アソシエーテッド・ニューズペーパーズ社が2006年、夕刊無料紙「ロンドンライト」を、ニューズインターナショナル社も「ロンドンペーパー」を創刊した。経済無料紙の「City AM」も参入し、ロンドンには無料新聞があふれた。広告収入で制作コストをカバーし、ニュース自体は無料で提供するーそんなビジネス・モデルがもてはやされた。

 しかし、時代はすっかり変わってしまった。金融危機に端を発する不景気で、広告収入が激減したメディア界。赤字が続くロンドン・ペーパーをニューズ社は断念せざるを得なくなった。

―課金が選択肢に

 グーグルニュースやBBCのニュースサイトはいずれも無料で提供され、人気が高いため、新聞社サイトはこれまで課金制をタブー視してきた。もし有料にすれば読者が逃げると考えたのだ。しかし、経済の逆風が吹く中で、課金は非常に魅力的な方法に映るようになった。FTは、アイチューンストアから記事を一本ずつ買えるなどのマイクロペイメント(関連キーワード参照)を導入予定だ。

 「ガーディアン」紙のデジタル部門のディレクター、エミリー・ベル氏は「有料化はばかげている。ネットのニュースは無料で出すべきだ」とブログなどで発言している。「民主主義社会の維持に自由な情報の行き来は必須だ」。しかし、多くの新聞の経営陣が、ニューズ社発行の新聞サイトの課金制が成功するかどうかを熱い視線で見守っている。

―無料・有料の鍵を握るといわれる人物:「メディア王」ルパート・マードックとは

 米メディア複合企業ニューズ社最高経営責任者。オーストラリア生まれの米国人実業家で「メディア王」と呼ばれる。78歳。複数の新聞経営者・ジャーナリストだった父の急死で、オーストラリア南部アデレードの「ザ・ニューズ」紙の経営を引き継ぐ。オーストラリア国内の新聞、英国大衆紙「サン」の買収などで勢力を拡大。ニューズ社は米映画会社「20世紀フォックス」、英高級紙「タイムズ」、米ネットワーク「FOXテレビ」、英衛星放送BSKYB、ソーシャルネットワーキングサイト「マイスペース」、米経済紙「ウォールストリート・ジャーナル」など多くのメディアを所有する。英国では傘下のニューズ・インターナショナル社が先の2紙に加え「サンデー・タイムズ」、「ニューズ・オブ・ザ・ワールド」も発行。英米両国のメディアの方向性に大きな影響力を持つ。

―無料・有料の動き

1995年:スウェーデンの無料ニュース新聞「メトロ」が発行開始。欧州を中心に世界中で発行が続く。
1999年:スウェーデン紙の英国上陸を察知したアソシエーテッド・ニューズペーパーズ社が英国版無料朝刊紙「メトロ」を発行する。
2006年:アソシエーテッド社が以前から創刊を予定していた無料夕刊紙「ロンドン・ライト」を発行開始。数日後、新聞王ルパート・マードック氏が経営する米ニューズ社の傘下にあるニューズ・インターナショナル社が「ロンドンペーパー」を創刊。
2007年12月:米ニューズ社が経済情報サービス大手米ダウ・ジョーンズ社を買収。ダウ社は米経済紙「ウォールストリート・ジャーナル」(WSJ)を発行する。マードック氏は電子版を有料化しているWSJについて、一時無料化を構想したが、最終的に有料化を維持。
2008年9月:米証券会社リーマン・ブラザースが破綻。金融危機が世界的な景気悪化に発展。不景気と広告収入減少の影響がメディア業界を直撃する。
2009年年頭―春:米「ニューヨーク・タイムズ」紙が、2年前まで有料化していた電子版を再度有料化する観測が出る。マードック氏、英国で発行する新聞の電子版有料化を構想。
同年8月上旬:マードック氏が英国で発行する新聞の電子版を年内に有料化すると宣言。経済紙「フィナンシャル・タイムズ」のバーバー編集長が新聞の電子版有料化を他紙にも勧める発言をする。
8月20日:ニューズ・インターナショナル社が無料夕刊紙「ロンドン・ぺーパー」の発行を一ヵ月後に停止すると発表。

ー有料・無料を試行錯誤する英米大手紙

ーー電子版を有料で提供する新聞と紙媒体発行部数

米ウオールストリート・ジャーナル紙 約200万部
(有料購読者数:約100万人)
英フィナンシャル・タイムズ紙 約40万部(世界中での部数)
(有料購読者数:約11万人)

ーーかつて有料だったが現在電子版無料の新聞

米ニューヨーク・タイムズ紙 約100万部
(2005年開始し、07年無料に。一部は有料。)

ーーロンドンの無料紙紙媒体発行部数

朝刊紙メトロ約130万部(英国全体)
 
朝刊経済紙City AM 約9万部

夕刊紙ロンドン・ペーパー 約50万部

夕刊紙ロンドン・ライト 約40万部


ーー英新聞サイトの7月のユーザー数


ーーー新聞サイト名と固定ユーザー数

メール・オン・ライン29,872,465
 
ガーディアン26,990,072

テレグラフ26,479,638

タイムズ・オンライン21,216,797

サン・オンライン25,094,107

ミラー・グループ・デジタル10,405,191

インディペンデント8,387,819

(資料:英ABC)


ー関連キーワード

Micropayment
マイクロペイメント。超少額決済。通常の支払いシステムでは経費がかかりすぎる少額の金銭の支払いのこと。元々、米国での1ドルの1000分の1を意味し、少額の支払いを効率的に実現する支払い体制を意味する。メディア界では、インターネット上のコンテンツを少額で切り売りする方法として使われることが多い。経費を広告収入でカバーする代わりにコンテンツを無料で利用者に提供するというビジネスモデルが英新聞界では主だが、記事1本、音楽であれば1曲ずつをクレジットカードなどによる電子決済で切り売りするこの手法が新たな収入源として注目されている。
 
by polimediauk | 2009-09-29 21:36 | 新聞業界
 民主党政権が成立し、官邸会見などが開放される、つまりはフリーの記者を含めた、記者クラブ所属以外の記者が出席可能になる・・・と聞いていたところ、実は必ずしもそうではなかったことが分り、ここ数日、ネットを騒がせているようだ。

 9月19日JCASTニュースによれば、岡田外相がフリーも含め、外務省の会見を開放することにした、とあった。その影には「ツイッター」を通じての民主党議員のつぶやきも影響したの「かも」しれない。

 http://www.j-cast.com/2009/09/19050063.html

 私自身、この問題が今後どのように発展するのか、注目している。しかし、ヘンだなあと思うことがいろいろあって、これをどう表現したら良いだろうかと思っているうちに時間が過ぎてしまう。

 このブログを前から読んでいる方はご存知のように、私は日本新聞協会の「協会報」にしばしば寄稿している、ということをここで改めて書いておきたい。現行の記者クラブ制度と私は直接には関係ないのだけれども。また、新聞社勤務時代に、当時の文部省クラブに非常勤で時々出かけ、会見・ブリーフィングに出席していた。

 そこで考えるのだけれど、まず「日本だけに特異の状況」と考えるのがピンとこない。英国にもロビー記者制度がある。かなりエクスクルーシブである(議会記者証を持った人がロビー記者に)。「記者クラブ以外の人をいれたほうが議論が活発化する」というのもピンと来ないのだ。英国の官邸会見(というか、ブリーフィング)がロビー記者以外にも開放された時(2002年だったと思う)、「丁々発止の、実のある議論がこれでできなくなった」と嘆いたのはあるベテラン政治記者だった・・・。それと、今、おそらく英国で最も影響力のある政治ジャーナリスト(の1人)はブロガーだ。会見・ブリーフィングに出ても、ネタはつかめないのだ・・・と英国では考えるように思う。

 といっても、問題はまったく別のところにあるのだろうと思う。前に青少年に害をもたらすポルノ素材のネット規制問題があって、日本で大きな反対論(主にネット関係者?)があったが、これも英国に住んでいる身としてはどうしてもピンと来なかった。背景となる文化や論点、感じ方が全く違うのだろう。

 ちなみに、英国では「自分はジャーナリスト」と言えば、基本的に政府に限らずどこの団体・組織の会見・ブリーフィングにも出れる。原則的にはだが。政府省庁ではセキュリティー・チェックが必要な場合、記者証・プレスカード(写真付)を入り口で出すよう求められる。私自身、外国プレス協会を通じて英政府が承認した記者証を持っているので、便利である。ところが、この間、日本人のフリーのジャーナリストのある人から聞いたところ、日本ではこのプレスカードを持っている人と言うのが少ないようだ(!?)。

 英国では「自分はジャーナリスト」と言えばどこでも入れるし(逆に敬遠されることも)、取材もできるが、日本では、政府会見に限らず、そういう土壌がないのではないか?特に「フリーのジャーナリスト」あるいは「ネット・ジャーナリスト」といったら、うさん臭い目で見られる上に、取材拒否の目にあう可能性もあるのではないか?

 実際、「ジャーナリスト」という言葉さえも、「なにやら気取った言葉」として受け止められているぐらいのようだから。

 さらに「自分はどこそこ(組織名)の何々です」といわないと、信用してもらえないという面もあるのではないか?

 大雑把な言い方だが、英国では、「自分が自分であること」で十分と思われる・・・ように思う。例えば、パーティーなどで見知らぬ人と会った時に自分の説明をする時、「小林恭子」だけでいいし、その用途によって、これに「ジャーナリスト」と加える、と。それだけでもう何も付け足す必要はない。さらにもし付け加えるとすれば、「xxという媒体に書いている」とか、寄稿先を追加情報として出すだけでいい(ただし、外国人ジャーナリストの場合、媒体名を言ってもどうせ相手にはわからないのであまり意味がないこともあるが)。職業がその人の生活の中心である場合は職業を付け足すが、例えば組織名を出す=組織に従属している、妻だとか子供が何人いるとかを必ず説明する(=夫あるいは子供との関係性で自分を定義する)必要はない。何かに従属している・属している・関係性を持っている・・・という話よりも、まずは「自分は自分である」と。

 ・・・ずい分とメディアの話からずれてしまったけれども。

 そして、現在の日本の議論からはかなり(大幅に?)ずれたたわ言になることをお許しいただきたいが、まず「完璧に開放状態になった」という状況を想定してみていただきたい。英国の例を見ると、政治報道だけに限ると、表面的には「誰でもいらっしゃい」なのだが、実際にはやはり、というか、「特定のお気に入りの記者に政治家が故意に情報を流す」のが多い。電話一本で、広報官が特定の政治記者に情報を与えるわけである。由々しき状態である。しかし、「電話をするな」ともいえないのである。醜い・汚い状況である。会見・ブリーフィングの全てをテレビ放映するよう求めるジャーナリストたちもいる。

 会見が完全に開放されても、次の戦いが待っている・・・そんなことを英国の状況を見て感じるのである
by polimediauk | 2009-09-19 23:03 | 政治とメディア
 ルパート・マードックが、ウオールストリートジャーナルのモバイル版(ブラックベリーやアイフォーンなどスマートフォーンで読める分)を有料化する、と述べた。来月からいよいよ有料化となる。すでにWSJの電子版あるいは紙版の有料購読者になった人は、継続して無料で読める。そうでない人は、年間104ドル(約1万円相当)。このサービスを手掛ける人のインタビューはご参考として下に。

http://paidcontent.co.uk/article/419-interview-handmark-ceo-paul-reddick-on-making-murdochs-wsj-mobile-app/

 なんとも素早い動きである。「やる」と言ったら、どんどん進んでいく。ただ、有料制と言っても、一本も読めなくなるのかどうか???である。PCのウェブでは読めても、携帯ではまったく読めなくなるのかどうかーたとえばスポティファイみたいに。無料音楽ダウンロードソフトのスポティファイはアイフォーンではプレミアム会員(毎月一定額を払う)にならないと、まったくアクセスできない。

 WSJの記事がスマートフォンでまったく読めなくなった場合(仮定)、「じゃあ、購読しよう」として、お金を払う人っているのかな(反語だが)?

 以下はエディバンラ会議の原稿の(下)である。(9月15日付、新聞協会報掲載。)

 英テレビ会議
 コンテンツ有料化問題の是非


 英スコットランド・エディンバラで開催された「エディンバラ国際テレビ・フェスティバル」では、オンラインコンテンツの有料化問題などが議論された。放送業界は、インターネットの普及による視聴行動の変化や不景気による広告収入の減少で、新たな収入源を探す必要に迫られている。

 「オンラインでお金をもうける方法」と題する8月28日のセッションの中で、オンラインゲーム会社「プレーフィッシュ」を急成長させたクリスチャン・セゲルストラレ代表は「双方向性に加えて独自の価値を作り出せば、コンテンツクリエーターはお金を稼げる。頭を絞る絶好の機会だ」と述べた。

 米マイクロソフトの英消費者・オンライン収入部門を統括するアシュリー・ハイフィールド氏は「将来の視点」と題する29日のセッションで、英国内で反発の強い、利用者の消費行動などに焦点を合わせた「ターゲット広告」を放送事業者が積極的に利用し、こうした広告の効果を分析する優れたツールが出てくれば、「2、3年後には放送事業者のネット収入は爆発的に増える」と予測した。

 ニュースサイトの課金では、米ニューズ・コーポレーションが英国で発行するタイムズなど一般紙数紙のサイトの有料化を、来年半ばまでに実施するとしている。新聞サイトの課金制は今回のフェスティバルでも話題に上った。ニュースコンテンツの提供という面で、放送と新聞の境目がぼやけているからだ。

 経済ジャーナリズムの将来を語った29日の記念講演の中で、BBCのロバート・ペストン記者は「自分の考えをまとめるためにブログにまず書く」と話した。ブログを核としてニュース番組で報道活動を行う。競争相手として意識するのは、他のテレビ局と米英の新聞社の電子版だという。

 同氏はテレビの広告収入が今後、毎年2けた台で減少していくと予想し、毎年一定額のテレビ・ライセンス料で運営されるBBC以外のメディアでは「課金制の導入は避けられないと思う」と語った。

 一方、フェスティバルの筆頭主催者であるガーディアン紙で、デジタルコンテンツの提供を管理するエミリー・ベル氏は、ニュースサイトの有料化を「ばかげた考えだ」とブログなどで一蹴している。

 同氏は「ニュースは無料と考える多くの人の意識を変えるのは非常に困難だ」「ジャーナリストは一人でも多くの人にコンテンツを読んでもらいたいと思うものだ」と述べ、課金は利用者の数を制限することになるとの考えを示した。

 ペストン氏は講演の中で「『支払えない』人が『知ることができない人』になったとしても、私たちは安心していられるだろうか」と述べ、ニュースという民主主義社会に重要な情報が有料化されることで、支払う余裕のない人が疎外されてしまうことを危惧(きぐ)した。

 また、「必要な事実を手中にできない時、人は議論ができなくなる」と語り、「議論をすることは民主主義と同義語」とした英ジャーナリスト、故ウォルター・バジョット氏の表現を引用した。
by polimediauk | 2009-09-18 15:32 | 放送業界
 英国の番組内で、「プロダクト・プレースメント」(アルクの「英辞郎」によれば映画などの小道具として目立つように商品を配置すること。商品の露出を高める広告手法)が許可される見込みとなった。BBCや日曜紙が伝えている。

 特定の商品を番組内で宣伝になるように出すことは、現在のところ、禁じられているという。仮に出たとしても、これを広告の一手法として使い、広告主からお金を取ることができないようだ。

 プロダクトプレイスメントが可能になると、広告収入の減収に悩む民放大手ITVを初めとする放送業者にとって、朗報となる。

http://news.bbc.co.uk/1/hi/entertainment/8252901.stm

 正式な発表は週明けになるようだ。さきのジェームズ・マードックがテレビ祭で不満を言っていたこと(プロダクトプレースメントが許されない)が、解禁状態となる。BBCトラストのライオンズ会長もBBCの新たな役割を問う公開書簡を出しているし、

http://www.bbc.co.uk/bbctrust/news/press_releases/september/strategic_review.shtml

 完全デジタル化後の放送業界の未来図を巡って、いよいよ聖域BBCの今後をBBC中枢部自体が公に議論せざるを得なくなったのだろう。マードックスピーチが1つのカタリストにもなったようだ。

 私自身、BBCは大きすぎると思うのだが、BBC4や他の番組を見聞きしていると、おそらく視聴者の数は非常に少ないだろう+でもおもしろいものがたくさんある。これが全て民間になったら、どれだけ維持されるかなあと思う。カネに糸目はつけないというか、お金のことを心配しないで作れる環境があるからこそ、一見無駄に見えても意義があるものが作れる感じがする。この部分を、誰が担うことになるのだろう。
by polimediauk | 2009-09-13 20:52 | 放送業界
 ニュースサイトが収益を上げる一方法としてマイクロペイメントが注目されている、という話は既に周知のことになったが、米国の新聞団体(NAA)がグーグル、IBM、マイクロソフトなどに、サイトからいかに収益を上げるかに関して、意見を募集していたそうだ。9日、NAAがその結果をサイト上に載せて(会員でないと読めない)、グーグルがマイクロペイメントなど、いくつかのやり方をしたためた報告書を提出していたことが分った。

 このくだりは既に報道されているが、
「マイクロペイメントが新聞・出版を救うカギ?グーグルが業界に働きかけ」
(マイコミジャーナル)
http://journal.mycom.co.jp/news/2009/09/11/023/?rt=na

 これが何を意味するだが、ガーディアンのメディアコラムニスト、グリーンスレード氏によれば、「これを機に、新聞社側=コンテンツを作る側が、改めてグーグルに収益を分けて欲しいと要求できる」とする考えと、もう一つ私がおもしろいと思ったのは、米国のシンクタンク、ニーマン・ジャーナリズム・ラブ(「ラボ」といったほうがいいのかもしれないが)が指摘したこと。(以下サイトの後半部分)

 http://www.niemanlab.org/2009/09/google-developing-a-micropayment-platform-and-pitching-newspapers-open-need-not-mean-free/

 それは、グーグルがNAAに出した報告書の中にある提言なのだが、ビジネスモデルとして、一つ一つの記事を売るというやり方(いわゆるマイクロペイメントのイメージ)の上に、「パッケージとして売る」というやり方がある、ということ。例えば毎月一定の金額を払って、ウオールストリートジャーナルの記事を全て読める、というサービス。これは既にやられているけれど、今度は経済ニュースのサイト10個をまとめて読めるパッケージを販売する、など。ニーマンが説明するには、これは「フェア・シンディケーション・コンソーシアム」という考えに似ているそうだ。(興味のある方は上記ウェブサイトからたどって読める。コメントや意見も書き込めるようになっている。)
by polimediauk | 2009-09-11 22:28 | ネット業界
c0016826_242647.jpg

(エディンバラ・テレビフェスティバルで質問に答えるジェームズ・マードック氏。撮影Rob McDougal 2009/MGEITF)

 英週刊誌「エコノミスト」が、いよいよサイトの記事閲覧を有料にするという。

http://www.mediaweek.co.uk/news/936610/Economist-charge-readers-its-online-news-content/

 現在、エコノミストは紙媒体掲載から1年以内の記事に限り、サイト上での閲覧を無料にしている。発売中の雑誌の記事がそのまま読める。

 今後の有料化のやり方は、アイチューンをモデルにしたマイクロペイメントシステムも1つの選択肢だという。有料化は今後6ヶ月以内に実施される。

 エコノミストの発行人イボンヌ・オッスマン氏は、マードックの新聞ニュース有料化案を歓迎するとしながらも、他の新聞がこれにならうかどうかは分らないとしている。

 上記の「メディアウイーク」記事によれば、有料・無料方針をエコノミストは何度も変更しているそうだ。以前は有料記事と無料記事を並列させていたが、これを全て無料にしたのが2006年の9月。それでも、過去56ヶ月、販売部数は増え続けており、無料化にしてもマイナスのインパクトがなかった、ということになる。

 8日のBBCラジオ4の「ユーアンドユアーズ」という昼の番組で、オンライン・コンテンツの無料化・有料化に関してアンケートをやっていた。殆どの人が「内容がお金を払うに足るものであれば有料でもいい」という声だった。ただし、これが平均かどうかは分らない。ユーチューブやフェースブックが有料になったらやめる、という人も結構いた。

 面白いと思ったのが、いちいち1つ1つのニュースサイトが有料になっては、使うほうとしてはたまらないから、複数のニュースサイトが徴収した収入をシェアできるよう、ニュースを読みたいときは特定のアドレスになったサイトに入って読むようにしては、という提言だった。――つまり、ネットバンキングなど、セキュリティーの高いサイトに行くとき、アドレスの一部が変わるような仕組みを、複数のニュースサイトでも設定したらどうか、ということ。

 アイフォーンで無料音楽ダウンロードサービスのスポティファイが使えるようになった(英語)。早速やってみようとしたら、毎月約10ポンドを払う代わりにダウンロードが無限にできる「プレミアム」会員のみのサービスになっていた。

 9月8日号の新聞協会報に、先のエディンバラ(普通、エジンバラでなくエディンバラと書くことをこれで知った)のテレビ会議の様子を書いた。以下はこれに補足したものである。

英「エディンバラ国際テレビ・フェスティバル」(上)
 マードック氏次男の痛烈なBBC批判で議論噴出


 英スコットランドの首都エディンバラで、放送にかかわる問題について関係者が意見を交わす「エディンバラ国際テレビ・フェスティバル」が、8月28日から3日間開催された。ガーディアン紙を筆頭にBBC、民放各局が主催し、千人余りが参加した。米ニューズ・コーポレーションの欧州・アジア部門を統括するジェームズ・マードック氏が、初日の基調講演でBBCを批判し、公共放送の伝統が強い英放送業界に物議を醸したほか、オンラインコンテンツの有料化などが議論された。2回に分けて紹介する。

 ジェームズ・マードック氏は、ニューズ社のルパート・マードック最高経営責任者(CEO)の次男。父親が築いたメディア帝国の後継者と目される。約900万人の契約者を抱える英国最大の有料衛星放送BスカイBの会長(非常勤)であり、ニューズ社の経営陣としてタイムズ、サンなど影響力の強い英国の新聞数紙を統括する立場にもある。

 基調講演でマードック氏は「英国の放送市場を支配するBBCが独立したジャーナリズムの存在を脅かしている」と述べ、広告収入の減少で厳しい状況にある民放各局と比較して、その巨大さが目立つBBCを批判した。

 また、独立したジャーナリズムを確保し、民間企業が投資や創造性を十二分に発揮できるよう、英国の放送政策を抜本的に変革すべきだと訴えた。政府や放送・通信監督団体オフコムによるメディア規制が「過剰な」現況は、監視社会を描いた小説「1984年」をほうふつとさせるとまで言い切った。

 放送業界は「権利主義的」でBBCは「国家がスポンサー」となっており、その活動を監視するBBCトラストは何もしていない。「規制が強い公共放送市場のために、視聴者は受動的に情報を得るだけ」-。「規制は撤廃し、BBCは縮小させ、『顧客』に選択の自由を与える」「市場にすべてを任せればうまくいく」という論旨で、BBCを中心とする英国の公共放送体制を真っ向から否定。独立したジャーナリズムを保証する唯一のものとして「利益」を挙げ、講演を締めくくった。

―反応

 講演直後、BBCトラストのマイケル・ライオンズ会長は筆者に、「BBCは有料放送スカイのライバル局。スカイ自体も巨大になっている。BBCだけを批判するのはおかしい」と述べた。

 ガーディアン紙は翌29日付の社説に「エディンバラのアメリカ人」(市場経済の信奉者=「アメリカ人」とする皮肉)とする見出しを付けた。もし英放送業界が「意見を前面に出し、規制がなく、完全に独立」するとした場合、これは「米国の新聞のようになれということではないか」と問うた。「市場経済だけではメディアはやっていけない」「米新聞業界が困窮状態にあるのがその証左だ」と書いた。

 しかし、「規制が過剰」「BBCはすべての人のニーズを満たすためにサービスを広げすぎている」という2点に関して同意する意見が、フェスティバルの複数のセッションで出た。

 フェスティバルに聴衆の一人として参加していた、下院文化メディアスポーツ委員会の委員長ジョン・ウイッティンデール保守党議員もその一人だ。「規制の厳しさとBBCの巨大さに関して、党もおおむね同意する」と筆者に述べた。「自分が好きなサービスだけを選択し、低いライセンス料を払いたいという国民は少なからずいると思う」。来年春までには総選挙が行われ、保守党政権が誕生する確率が高いと言われている。新政権がライセンス料の縮小など何らかの手段をとるという観測が出ている。

 インターネット上で情報が随時発信される現在、放送内容にさまざまな規制を設けるこれまでの仕組みは確かにいささか古めかしいとも言える。一石を投じた講演となった。(来週掲載の「下」に続く。)
by polimediauk | 2009-09-10 02:45 | 放送業界

英メディアとツイッター

 ツイッターを使ってみると、どの人・媒体をフォローするかにもよるのだが、もし英メディアを選んだ場合、速報+自社サイトに誘導するツールとしてよく使われていることが分る。この分野に詳しい人はもう既に分りきったことではあろうけれど、メールよりも何故かつながりやすいツイッター(携帯版)から飛ぶのが簡単で、改めて「そうだったのか」と思っている。

 英メディアとツイッターという観点から、新聞協会報(9月1日)号に書いた文章に付け足したのが以下である。(このトピックにご関心のある方は、時事通信の湯川さんの「デジタルてんこもり」コラムのツイッターの項も参照していただきたいーーもしまだご覧になっていなければ。「リアルな情報が集まった」図書館としてのツイッターの可能性は非常におもしろいと思う。)

ツイッター取り込みに躍起の英メディア

 米国で2006年に始まったソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)「ツイッター」が注目を集めている。オバマ米政権が情報発信に利用し、6月のイラン大統領選挙では、市民の生の声を伝えるツールとして活躍した。利用者の急増やサイバー攻撃などで一時利用停止になる事態も生じたが、マーケティングツールとしての機能など、その利用方法が拡大している。英メディアは読者・視聴者を取り込む手段としてツイッターに注目している。

 ツイッターは140文字以内で日々の感想やつぶやきなどをつづる無料のネットサービス。ツイッターのサイトから名前やメールアドレスなどを入力して登録し、「今、何をしているの?」という問いに答える形で心に浮かんだことなどを発信する。他の利用者の発信情報に直接メッセージを送ることもできる。コンピューターや携帯電話を使って、短い文章や写真、動画などを特定の人に、あるいは不特定多数の人に向けて発信するいわゆる「マイクロブログ」の一つだ。

 ツイッターの投稿は短い文章が主であるため更新が容易で、ほぼリアルタイムの通信が可能だ。米コムストア社によると、6月時点でツイッター訪問者は4450万人。利用者は1000万~2000万人といわれている。日本では08年にサービスが始まった。

 オバマ米大統領や人気歌手、俳優など著名人もツイッターを利用しており、著名人や家族、友人とつながる社交・交流ツールとして人気が出た。

 キーワード検索が可能で、情報検索ツールにもなる。災害時の情報収集に役立つ上に、グーグルなどの既存検索エンジンと比較すると、瞬時の、そして生の情報が入る点が大きな違いだ。インド・ムンバイのテロ(08年11月)では、現場にいた市民が目撃情報を携帯電話を使って発信した。

 6月のイラン大統領選では、政治ツールとしてのツイッターの存在を内外に知らしめた。反政府デモの報道を嫌い、厳しい報道規制が敷かれたイランでは、外国メディアはほぼ取材が不可能になった。そこで活躍したのが、ツイッターを使った、市民による直接の情報発信だった。米英メディアはこれに飛びつき、ツイッターは新たなジャーナリズムのツールともてはやされた。

 しかし、送られてきたツイッター情報の信ぴょう性の確認が難しく、「当日撮影された動画」が実は数日前に撮影されたものであったことが判明した例が複数回あったと米ニューヨーク・タイムズ紙(6月29日付)が反省を込めて伝えた。同記事は「『情報源を確認する』というジャーナリズムの最初のルールが守られなかった」と書いた。

 英国では政府が官庁の情報発信力強化を狙いツイッターの利用を官僚に勧める手引きを作成している他、メディア界はツイッターを通じて視聴者・読者に逐次、情報提供を行い、自社サイト訪問や番組視聴につなげようと躍起だ。ガーディアン紙はニュース、スポーツ、教育、メディアなどの各分野をツイッター登録し、利用者に各分野の最新情報が流れる仕組みを構築している。フィナンシャル・タイムズやテレグラフ、経済誌「エコノミスト」、BBCなどの放送局も同様のサービスを提供する。BBCはツイッター利用者からの感想を適宜ウェブサイトで紹介する。「ツイッター利用者=テクノロジーへの関心が高く、流行を作っていく層」という認識が共有されており、メディア各社・各局は取り込みに力を注ぐ。

 ツイッターは現在、利用者の位置情報をつぶやきに埋め込むサービスの提供を準備中だ。実現すれば、地理情報に沿った広告や特定の地域に関するつぶやきを集めた超ローカルなブログの開設などが可能になる。企業向けに情報分析ツールを提供する案も計画中といわれ、黒字化へと歩みを進めている。
by polimediauk | 2009-09-06 19:06 | ネット業界

ロッカビー爆破事件

c0016826_254244.jpg
 エジンバラテレビ会議の後で、ロッカビーに行ってみた。米パンナム機の爆破事件(20年ほど前)が今、英国でホットな話題になっているが、飛行機が落ちたのがこのロッカビーなのだ。

 270人(住民は11人)が亡くなって、墓地の一角に記念碑ができている(上の写真)。訪れた日は雨で、殆ど誰もいなかったけれど、きれいな生花の花壇があった。犠牲者の名前が刻みこまれた石材などを見ていると、「一体真実は何だったんだろう」と、怒りの感情がわいてくるのだったーリビアにもパンナム機にも全く関係のない私がー。

 「英国ニュースダイジェスト」(4日発売)にこの事件のあらすじと何故いま騒がれているのかを書いた。原稿は先週末ぐらいまでの情報をもとにしたものである。
 
 リビア爆破犯釈放で波紋
  ―英国の国益関与か?
 

 1988年の米パンナム機爆破事件で、爆破犯として有罪となり、スコットランドの刑務所で受刑生活を送っていたリビア人男性が、8月20日、スコットランド司法局の恩赦によって釈放された。末期がんを患い、余命いくばくもないことからの措置だったが、犠牲者を多く出した米国から大きな反発が出た。釈放の背景には英国とリビアとの間のビジネス権益が絡んでいたという噂が出た。事件の概要に注目した。
 
―パンナム機事件受刑者釈放前後の動き

1988年12月21日:ニューヨーク行きパンナム機103便がスコットランドの上空で爆破される。270人が死亡。
1991年11月:リビア人男性アブデルバセト・アルメグラヒが起訴される。リビアは米国への身柄引き渡しを拒否。アルメグラヒは他に起訴されたもう一人のリビア人男性と共にリビア国内で自宅軟禁状態に。
1992年4月:リビアが男性らの引渡しを拒み、国連安全保障理事会がリビアに対して制裁を課す。
1998年4月:爆破事件の犠牲者の父親ジム・スワイヤー氏が犠牲者を代表してリビアの最高指導者カダフィ大佐に接見。大佐は米英ではない国での裁判のために、男性らの身柄を引き渡すことに合意。
1999年3月:ネルソン・マンデラ南アフリカ大統領(当時)が国連使命としてリビアでカダフィ大佐と会談。翌月、国連によるリビアへの制裁が一時停止。両男性が正式起訴に。
2000年5月:オランダに設置されたスコットランド法廷で公判開始。
2001年1月:アルメグラヒが爆破事件で有罪。終身刑が言い渡される。もう一人の男性は無罪に。
2001年2月:アルメグラヒが控訴申請。
2002年3月:控訴が却下される。グラスゴー刑務所で受刑開始。
2003年9月:アルメグラヒの弁護団がスコットランドの刑事裁判再審委員会に罪状と量刑の見直しを求める(2007年、2回目の控訴が認められる)。
2004年:ブレア首相(当時)がカダフィ大佐と会談。英国とリビア間の受刑者引渡し問題が話題に上ったといわれる。
2007年5月:ブレア首相、カダフィ大佐と会談。
2008年10月:弁護団がアルメグラヒが前立腺ガンを患い、余命が長くないことを明らかにする。
同年11月:アルメグラヒが控訴を続ける限り、刑務所からの釈放はないと裁判所が結論付ける。
2009年7月25日:アルメグラヒ側が温情的措置という理由での釈放を求める。翌月、控訴を取り下げる。
同年8月20日:スコットランドのケニー・マッカスキル法務大臣がアルメグラヒを恩赦で釈放する。アルメグラヒ、リビアに帰国し、歓迎を受ける。

―パンナム機爆破事件とは

 1988年12月21日、米パンナム103便がロンドン・ヒースロー空港をニューヨークに向けて出発。離陸から38分後、積んでいた荷物の中にあった爆弾が爆発。スコットランド南西部の町ロッカビー(人口約4000人)に航空機が墜落。乗客243人、クルー16人、ロッカビーの住人11人の合計270人が亡くなる。乗客の大部分が米国人。事件から2年後、英米の共同捜査員らがリビアの情報部員とされる男性二人を殺人罪などで起訴したが、リビア側は容疑者の引渡しを拒み、何年にも渡る交渉が続く。リビアが「中立国」での裁判を希望したため、2000年、在オランダのスコットランド法廷で公判が開始された。翌年、アブデルバセト・アルメグラヒ被告が有罪に。2009年8月、アルメグラヒが恩赦でリビアに帰国。アルメグラヒは一貫して無罪を主張。

―アブデルバセト・アルメグラヒとは

 リビアの首都トリポリ生まれの57歳。アラビア語が母語だが米国で勉学し、英語に堪能。1980年代に結婚し、5人の子がいる。リビアの元情報部員(本人は否定)。リビア・アラブ航空(LLA)の警備部門の統括役だった時、複数の偽のパスポートを作りパンナム機爆破事件の爆弾の時限装置の作成に関与。LLAを退職し、年金と教職で生活していたところ、1988年のパンナム爆破事件容疑者として1990年代、米英側に引き渡される。2001年、有罪判決下る。2009年8月、恩赦でリビア帰国。

―パンナム機爆破釈放を巡る米、英、リビア関係者の反応

*リビアの最高指導者カダフィ大佐の次男、セイフ・イスラム
 アルメグラヒの釈放に関して、「英国の全ての権益が釈放と関連している」「石油やガスなど英国との商業上の全契約において、受刑者の釈放が常に交渉のテーブルにあった」。

*リビアの最高指導者カダフィ大佐
 (アルメグラヒ受と面会し)「エリザベス英女王とブラウン首相による、釈放までの働きかけに感謝する。今後、両国関係のあらゆる分野で前向きに反映されるだろう」。

*オバマ米大統領
 「スコットランド当局がアルメグラヒを釈放したのは間違いだ。リビア政府には受刑者が歓迎されないようにしてほしい、自宅軟禁状態にして欲しいと伝えている」。

*ヒラリー米国防相
 釈放は「完全な間違いだ」。

*弟を爆破事件で亡くした、米市民カーラ・ウェイプツさん 
 「全くひどい。何故スコットランド当局が温情を示せるのか理解できない。侮辱だ」。

*娘を亡くした、英市民ジム・スワイヤーさん
 受刑者は「無実だと思う。釈放を喜ぶ」、「この事件は最初から最後まで政治的裏切りだ。真相解明が必要だ」。

*スコットランドのケニー・マカスキル法務大臣
 「アルメガラヒ受刑者は犠牲者に対し何の温情も示さなかった。しかし、だからといって私たちが受刑者やその家族に温情を示さない理由にはならない」、末期がんを患う受刑者に対し、「温情的理由から、リビアに死ぬために戻ることを許可する」。

*デービッド・ミリバンド英外務相
「受刑者の釈放はスコットランド当局のみの決定による」、英国とリビアの外交関係を前進させる目的があったという主張は私や外務省に対する中傷だ」。

*ピーター・マンデルソン企業相
 釈放とビジネス上の取引とが関連していたという発言は「侮辱だ」。

*クリスチャン・フレイザーBBC記者
 「欧州にとってリビアはエネルギー供給国として非常に重要。リビアも投資相手を探している」。
(資料:BBC、新聞各紙)

―最近の経緯

 「スコットランドの評判はこれでがた落ちになった」-。スコットランドのジャック・マコンネル前首相は、こうつぶやいた。8月20日、スコットランド司法当局は、270人の死者を出した米パンナム機爆破事件(1988年)で、爆破犯として有罪判決を受けた元リビア人情報員のアブデルド・アルメグラヒ受刑囚を釈放してしまったからだ。アルメグラヒは同日母国リビアに帰国し、英雄扱いの歓迎を受けた。

 釈放理由は、末期がんを患うアルメグラヒ氏は余命が数ヶ月と言われ、「恩赦が妥当」(スコットランドのマカスキル法相)と判断されたからだった。

 釈放は米国政治家や遺族の反対を押し切って行われた。約21年前、ニューヨーク行きパンナム機はロンドン・ヒースロー空港を離陸後間もなく、機内に仕掛けられた爆発物が爆発し、スコットランド南西部の町ロッカビーに墜落した。死者の殆どが米国人で、いわゆる「ロッカビー事件」の記憶は多くの遺族の脳裏から消えていない。クリントン米国務長官が「遺族の意思に反している」など釈放に反対する声をあげた他、オバマ大統領も「(釈放は)間違いだ」と述べた。

 アルメグラヒ氏の病状を情状酌量したとしても、「何故特別扱いするのか」という疑問の声が次第に大きくなり、スコットランドのメディアも問題視するようになった。

―何らかの取引の可能性?

 地方分権化が進んだ英国ではスコットランドは独立した法体制を持つ。ミリバンド英外相は「(釈放は)スコットランド政府の独自の決定による」と主張した。しかし、リビアと英国との間で何らかのビジネス上の取引があり、英国側がアルメグラヒを帰国させるように仕向けたのではないかという噂が根強い(政府側は否定)。リビアの最高指導者カダフィ大佐の息子セイフ・イスラム氏が「石油やガスなど英国との商業上の全契約において、受刑者の釈放が常に交渉のテーブルにあった」と述べたことで、疑念はいっそう強まった。

 リビアが03年に大量破壊兵器開発計画とテロ放棄を宣言してから、英米国とリビアは雪解け状態となっており、ブレア元首相がリビアを2004年と2007年に訪問している。07年の訪問時には英エネルギー大手BPが5億4000万ポンド(約830億円)の油田採掘契約を成立させている。BBCの報道によれば、英リビア間の2008年の輸入額は前年比で66%増、輸出では49%増となっている。カダフィ大佐がブラウン首相に対し、釈放をめぐり「感謝の意」を表したことも裏の取引疑惑を強めている。

―真相は藪の中?

 「体調を考慮した恩赦」以外の理由が今回の釈放の背後にもしあったとしても、真相が明るみに出るかどうかは不明だ。

 また、アルメグラヒ受刑囚は爆破事件で無実を主張してきたが、リビアに戻ってしまったことで、「事件の真相解明は不可能になった」(英国の遺族)とする見方が強い。

 米国内でウイスキーなどのスコットランド製品の不買運動が起きるのではないかという懸念も出ている。もし米国の釈放反対の声に耳を傾ければ、「米国の圧力に負けた」という批判が出る可能性もあった。温情を示したスコットランドは、つらい立場に立たされている。
 
―関連キーワード

Scotland:スコットランド。人口約500万人。英国(正式名はUnited Kingdom of Great Britain and Northern Ireland=グレート・ブリテン及び北アイルランド連合王国)の一部で、グレートブリテン島の北部に位置する。1707年の合同法によってグレートブリテン王国が作られるまではスコットランド王国として独立していた。現在でも、その法制度、教育制度、裁判制度がイングランド・ウェールズ地方、北アイルランドとは独立している。労働党政権による分権化推進政策の下、1999年、スコットランド議会が設置されている。パンナム機爆破事件(1988年)の受刑者釈放問題は、スコットランドの司法当局や政治家の判断による。外交問題を扱うのは在ロンドンの英外務省。ミリバンド外相は「ロンドンは一切圧力を与えてない」と説明し、スコットランド法曹界・政治界の独立性を考慮した発言をしている。
by polimediauk | 2009-09-05 02:04 | 英国事情

 前回の話の続きである。「メディア展望」(新聞通信調査会発行)9月号掲載分。私の記事のほかに、9月号の全ての記事は今月末頃、PDFファイルで見れるようになる予定。

http://www.chosakai.gr.jp/index2.html 

 また、王子二人の留守電のメッセージが盗聴されていたという記事がBBCに出ている。

http://news.bbc.co.uk/1/hi/uk_politics/8232900.stm


電話盗聴疑惑、英新聞界を揺るがす (下) ガーディアンとニューズ社の対決の顛末

―残ったものは?

 『ガーディアン』の疑惑報道から2ヶ月弱が過ぎた。新聞界の自主規制団体である報道苦情委員会は「報道に注目している。調査したい」と述べたが、ニューズ・インターナショナル社あるいは傘下の新聞の誰かが近く罰せられるという話を聞かない。

 既に、『ガーディアン』の第一報があった翌日、ロンドン警視庁は「報道には新たな証拠はなかった。改めてNOW紙の組織ぐるみの盗聴行為を調査するには至らない」と結論付けている。『ガーディアン』は、NOW紙と『サン』紙が盗聴行為をしていた著名人の数は「2000人から3000人」と書いたが、ジョン・イエーツ副総監は、「実際の数字ははるかに小さい」と述べた。

 一連の事件をマードック・メディア対『ガーディアン』という視点で見るならば、マードック側は『ガーディアン』の疑惑報道をうまく追い払った、とも言えるのかもしれない。しかし、どんな手段を使ってもスクープをものにする、そのためには探偵を雇ったり、違法行為も辞さないというメディアの暗部が再度大きく報じられる結果となった。

 メディア評論家のロイ・グリーンスレード氏は、特に大衆紙の編集室には良い(売れる)記事を出すためには「規則を曲げる」圧力が働くと『ロンドン・イブニング・スタンダード』紙のコラム(7月15日付)で書いた。「公益があるといえば、どんな手段も許されると考える」誘惑が働くという。

 先の『テレグラフ』のスクープ報道にも、非合法な手段が使われたと推測されている。議員の経費リストの取得経緯を同紙は明らかにしてないが、この情報が入ったCDを販売しようとした人物の存在は業界内では公然の秘密だった。何者かがこれを下院から窃盗し、『テレグラフ』に高額で売ったと言われている。

 当初、窃盗行為疑惑やいわゆる「小切手ジャーナリズム」(情報をお金で買う)となった可能性を他紙は問題視した。しかし、報道の重要度が次第に明らかになり、その後下院が公表した経費情報が非公開を示す黒字部分で一杯になったことを考え合わせると、どんな手段を使ってでも元情報を独自に取得しなければ不正を暴くことができなかったことが納得され、スクープを賞賛する声が圧倒的になった。

 しかし、NOW紙を筆頭にあまりにも多くの報道機関が「公益」という名の下でメディアの特権を悪用しているのではないだろうか?情報コミッショナーの報告書がこの点を指摘していた。先のデービス記者は、メディアが「第4の権力」「法を超える存在になっている」危険性を指摘している。売るためには手段を選ばないやり方を続ければ、国民の新聞に対する信頼度はさらに低下の一途をたどる。『ガーディアン』の一連の報道は「犬は犬を食わない」(同業者の汚点を同業者は暴かない)という業界タブーを打ち破った点で稀有だった。しかし、業界の暗部のうみは未だなくなっていない。(終わり)

             ***

『ニューズ・オブ・ザ・ワールド』紙の盗聴疑惑を、7月8日夕方、スクープ報道する『ガーディアン』紙のウェブサイト

http://www.guardian.co.uk/media/2009/jul/08/murdoch-papers-phone-hacking
by polimediauk | 2009-09-03 02:30 | 新聞業界
 日本で民主党政権が成立する。「このxx十年で政権交代が起きるのは初めて」という論調の記事が英メディアでは多い。1993年の細川政権成立後、非自民党政権は11ヶ月しか続かなかった、と。今回の非自民党政権はどれだけ長く続くだろう?

 ジャーナリスト神保さんによると、民主党政権は記者クラブの廃止を考えているようだ。もしそうなったら、また別の意味で新しい動きになる。ただ、各新聞社間の様々な協定は変わらないのではないか。一体どうなるだろう。

 「大手メディアが決して報じない、 メディア改革という重要政策の中身 |―民主党政権が実現すると、何がどう変わるか?」 神保哲生―ダイヤモンド・オンライン
http://diamond.jp/series/admin_change/10005/

 「メディア展望」(新聞通信調査会発行)9月号にテレグラフの議員経費スクープ報道とガーディアンの大衆紙盗聴疑惑報道について書いた。以下はその原稿に若干補足したものである。長いので2回に分ける。

                   ***

電話盗聴疑惑、英新聞界を揺るがす (上)
 ガーディアンとニューズ社の対決の顛末


 読者の新聞離れやネットの普及による発行部数の減少と不景気による広告収入の激減というダブルパンチに見舞われる英新聞界で、今年5月以降、新聞ジャーナリズムはまだ死んでいないことを具現するかのようなスクープ報道が続いた。

 先陣を切ったのは、保守系高級紙『デーリー・テレグラフ』紙だ。下院議員の経費情報リストを極秘入手し、特別手当制度を利用して議員が経費を「灰色請求」していたことを、5月8日付紙面を皮切りに次々と暴露した。「灰色経費」の請求者はブラウン首相、ストロー司法相などの政府閣僚を始め、与野党のほとんどの議員だった。閣僚の辞任が続出し、来年春までに行われる総選挙には立候補しないと宣言する下院議員も相次いだ。政界を大きく震撼させた『テレグラフ』の議員経費報道は、悲観的な見通しばかりが出る新聞業界で久しぶりの明るい話題だった。

 7月、今度は左派系高級紙『ガーディアン』がメディア王ルパート・マードック氏に挑戦するようなスクープ報道を開始した。2年前、日曜大衆紙『ニューズ・オブ・ザ・ワールド』(NOW)紙の王室担当記者と私立探偵が著名人の留守番電話を盗聴していた件で有罪となった事件があった。これの関連で、『ガーディアン』は7月、NOW紙や大衆紙『サン』が組織的に電話の盗聴を行っているという記事を出した。盗聴の対象は政治家も含む著名人「2000人から3000人」であるとし、読者を驚かせた。NOW紙も『サン』紙もマードック氏が経営する米ニューズ社の傘下にあるニューズ・インターナショナル社が発行元だ。右派高級紙『タイムズ』、日曜紙『サンデー・タイムズ』も同社の発行で、英新聞市場で巨大な存在となるマードック勢力に宣戦布告をした格好となった。

 先の盗聴事件の発生時にNOW紙の編集長だったアンディ・コールソン氏は、現在、野党保守党のコミュニケーション戦略責任者で次期首相候補デービッド・キャメロン保守党党首の側近となる。コールソン氏の去就、ひいては同氏を任用したキャメロン党首の判断にも疑問が呈された。下院委員会が『ガーディアン』記者、コールソン氏やNOW経営陣などから事情を聴取するまでに発展した。

 本稿では、『ガーディアン』による盗聴疑惑報道を中心に、その影響の広がりや英メディア界にまん延する非合法な取材方式、『テレグラフ』のスクープ報道とを比較・検証する。

―盗聴事件の経緯

 まず、NOW紙の王室担当記者(当時)と私立探偵が関わった留守電盗聴事件を振り返る。

 2005年、ウィリアム皇太子の私生活に関する記事がNOW紙に複数回掲載された。皇太子周辺の人物の携帯電話を盗聴したのでなければ得られない情報が入っていた。王室側はこれを警察に通報し、捜査が開始。翌年、NOW紙のクライブ・グッドマン記者と私立探偵のグレン・マルケー氏が逮捕された。07年、両者は、調査権力規制法と刑事法違反で有罪となった。グッドマン氏には4ヶ月、マルケー氏には6ヶ月の禁固刑が下った。裁判の過程で、NOW紙とマルケー氏とが年間約10万ポンド(約1500万円)の雇用契約を交わしていたことが判明した。

 NOW紙の編集長だったアンディー・コールソン氏は両者の有罪判決を受けて引責辞任。NOW紙及び発行元のニューズ・インターナショナル社は、グッドマン氏及びマルケー氏の盗聴行為は「二人だけが行っていた」として、組織ぐるみではなかったとした。しかし、NOW紙ばかりか、高級紙も含めた英新聞界全体で、実は盗聴も含めた非合法行為が行われているという噂は絶えず、筆者も複数の新聞やウェブサイトで噂を裏付けるような個人の逸話を目にすることが何度かあった。

―非合法行為の報告書

 06年、データ保護法や情報公開法の実施度を監視する公的団体「情報公開コミッショナーの事務所」が発表した報告書(「プライバシーの値段とは?」)は、大衆紙に加えて、『タイムズ』、『サンデー・タイムズ』、日曜高級紙『オブザーバー』などを含む31の新聞や雑誌が私立探偵を使って非合法に個人情報を取得していることを明らかにした。02年の抜き打ち調査をまとめたものだが、ある私立探偵事務所に対し、前記のメディア組織から過去3間で約1万3000回の情報利用の申請があった。ある人物の個人情報をその人物の許可なく取得すればデータ保護法違反となる。一万強の情報申請回数のほぼ全てが違法行為に関与したと推察されている。

 昨年、『ガーディアン』の契約記者ニック・デービス氏は、著作「フラット・アース・ニュース」の中で、私立探偵を使って個人情報を得る手法や、警察官、官僚などにメディア側が現金を払って情報を得る手法が少なからぬ数の報道機関で日常化している状態を書いた。

 ―『ガーディアン』による疑惑報道

 7月8日、『ガーディアン』の盗聴疑惑スクープ報道が始まった。要点はマードック氏や同氏が経営するニューズ社及びその傘下のニューズ・インターナショナル社が、NOW紙や『サン』紙のために違法盗聴行為を組織的に行っていたとするもの。その「証拠」として、ニューズ社側がサッカーのプロ選手の団体「プロフェッショナル・フットボーラーズ・アソシエーション」トップ、ゴードン・テイラー氏と他2人(いずれも先のグッドマン氏とマルケー氏が電話盗聴を行っていたとする)に対し、1億ポンド以上の和解金を払っていたと暴露した。今年になって行われたこの支払いこそが、組織ぐるみの盗聴行為を示すものだ、と主張した。

 記事を書いたのは、先の「フラット・アース・ニュース」の著者でもあるニック・デービス記者。記事の情報源はロンドン警視庁の「幹部」数人となっていた。

 翌日9日、ニューズ・インターナショナル社は声明文を出し、テイラー氏らとの和解内容に関しては双方に秘密保持規定があるため、『ガーディアン』紙による「疑惑報道に関し、議論できない」とした。また、新聞業界の自主規制団体、英報道苦情委員会がグッドマン事件を受けて07年2月に刷新した業界倫理規定を遵守していると説明した。同時に、先述の情報コミッショナーによる報告書が明らかにした、私立探偵を使い、非合法な手法を講じている疑惑の31の新聞・雑誌の中に『ガーディアン』の出版元ガーディアン・メディア社が発行する新聞(『オブザーバー』)が入っていた事実を付け加えることを忘れなかった。「こちらを批判するあなたはどうなのか?」と問いかけてきた。

―記事の広がり

 『ガーディアン』の記事は電話盗聴の対象者としてコメディアンから著名料理人、ロンドン市長、大物政治家の名前を挙げており、蜂の巣をつついたような騒ぎとなった。

 外野で見ていた他紙にとって、『ガーディアン』対マードック陣営という目が離せないドラマが突然降ってわいた。

 左派系『ガーディアン』は非営利団体スコット・トラストが所有しており、質の高いジャーナリズムの維持を最優先とする、あるいは少なくともそのような姿勢を強調してきた。かつ、半身ヌードの女性の写真を三面に出す『サン』やゴシップ記事でスクープ報道を重ねるNOW紙は、『ガーディアン』からすれば悪いジャーナリズムの典型例、あるいはジャーナリズムでさえないと見下ろしているようである。マードック氏は英国内ではジャーナリズムの質よりも金儲けを最優先する人物(また別の見方としては非常に有能な経営者ともいえるわけだが)とする見方が強い。ジャーナリズムの面からは互いに正反対の場所に位置する(と少なくとも『ガーディアン』は考える)存在だ。

 『ガーディアン』の一連の記事は先のクライブ事件に関わる警察の捜査のやり方や苦情報道委員会の調査の公正さにも疑問を呈し、検察当局が事件調査のファイルを見直す事態にまで発展した。

 下院の文化スポーツメディア委員会は、関係者を呼んで質問を開始した。7月14日にはデービス記者と『ガーディアン』のアラン・ラスブリジャー編集長らが、同月21日にはNOWの現編集長とコールソン元編集長、ニューズ・インターナショナルの法律顧問らが公開質問を受けた。その様子はテレビでも放映された。

 14日の委員会出席の場で、デービス記者は盗聴が組織がかりで行われていたことを示す新たな証拠を複数提出した。そのうちの一つは、NOW紙の駆け出し記者がNOW紙のオフィスから、私立探偵マルケー氏に送った電子メールのコピーだった。これによれば、マルケー氏が留守電を盗聴して得たと思われるメッセージを記者がタイプし、「これはネビル用だよ」とマルケー氏に述べていた。「ネビル」とはNOW紙の先輩記者ネビル・サンダーベック氏だった。

 21日の下院委員会で、NOW法務担当者は、サンダーベック記者も当時の駆け出し記者もこのメールや書き取った内容に関して「記憶がない」と証言した。

 コールソン元編集長はグッドマン氏が関わった盗聴事件に関して全く関知していなかったと繰り返した。私立探偵への年間契約額の大きさに関してどう思うかを聞かれ、NOW紙ではニュース源には大きな報酬を払っており、「特別だとは思わなかった」とした。「記者には大きな自由とそのための原資を与えていた」と説明し、自分が編集長時代に同紙は「間違った方向に進んでしまった。今でも後悔している」と続けた。(「下」に続く。)
by polimediauk | 2009-09-01 16:57 | 新聞業界