小林恭子の英国メディア・ウオッチ ukmedia.exblog.jp

英国や欧州のメディア事情、政治・経済・社会の記事を書いています。新刊「英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱」(中公新書ラクレ)には面白エピソードが一杯です。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 


by polimediauk
プロフィールを見る
画像一覧
通知を受け取る

<   2010年 04月 ( 12 )   > この月の画像一覧

 5月6日の総選挙の投票日を前に、3大党首による最後のテレビ討論が昨晩、BBCで放映された。その後の「誰が勝った?」という問いに対し、複数の調査は野党保守党党首デービッド・キャメロン氏を一位にし、第2野党自由民主党のニック・クレッグ氏、労働党のブラウン首相を2位、3位にした。(以下のサイトの下の方に行くと、PDFで討論内容を書き取ったものが入手できる。)

http://news.bbc.co.uk/1/hi/uk_politics/election_2010/8652771.stm

 調査によって若干数字は変わるのだが、例えばキャメロン氏41%、クレッグ氏32%、ブラウン氏26%、あるいはキャメロン氏36%、クレッグ氏32%、ブラウン氏30%など。ほとんどの場合、キャメロン氏がトップ。調査によっては僅差でクレッグ氏がトップだったところもあるようだ。2回目は3人がほぼ30%ずつだったので、ブラウン氏はやや後退した感じもあるーキャメロン氏に支持を取られたという感じか。第1回目でダントツのトップだった、クレッグ氏はあまり栄えなかった。経済問題は専門ではない感じで、繰り返しが何回かあった。キャメロン氏とブラウン氏は回を追うごとによくなって、政治経験の深さやブレーンの良さ(+雇えるだけのお金・余裕がある)を感じた。

 実際、ブラウン氏は「これが最後だ」という思いもあったのか、かなり迫力のある、重みのある(何せ首相なのだ)発言で、これまででベストだと私は思ったが、とにもかくにも支持率が低い。テレビ討論の調査でも、いつも最後。何だか、低すぎる感じがしないでもない。

 私が疑問に思うのは、テレビ討論後の調査にしろ、他の日の世論調査にしろ、継続的に労働党はビリになっているわけだが、「本当かな?」と。

 調査で(電話、ネット)で「xx党を支持ます・支持しません」というのは、ある意味、簡単である。ところが、投票日(来週の金曜日―常に平日)に実際に投票所に行って投票するのは、意識的な行動をしないといけない。仕事がある人は出かける前に行くとか、調整が必要となる。投票所が遠い人もいるだろう。「何だかばかばかしくなってやめた」と思う人もいるかもしれない。

 第1回のテレビ討論の後、急速に支持率を伸ばした自民党が、2番目に大きな政党になれるかもしれないと夢見ていたようであるが、現在60ぐらいの議席しかなく、これが本当に三ケタになるだろうか。世論調査と実際の投票率には大きなギャップがあるような気がしてならないのだが。

 英国の総選挙の投票率は日本に比べると高い。例えば大体70-80%で推移してきたが、最近は下がり気味。2001年総選挙では59%、2005年では61%で、英国にとってはこれは大きなショックとなっている。今回はこれだけ議論が盛り上がっているので、70%前後はいくかもしれないが。

 今のところ、保守党と労働党の大接戦となりそうだが、不景気+国の負債がでかい時、頼るのは誰か?何だか外の風が冷たい時、私ならあったかいところにいって毛布にくるまって、冬が過ぎるのを待ちたい。そうなると福利厚生が厚い・守ってくれる労働党か?しかし、英国民の現政権に対する怒りが相当に強いのも確かだ。「こんな不景気に誰がした?」「何故大銀行ばかり助けるのか?」「失業者がたくさん」「移民はもうたくさんだ」-。

 予想は不可能だが、労働党は支持率第3位という数字とはまた違った結果を来週出すのではないか?と思っている。いよいよ、ブレア前首相が選挙戦に本格的に参加するそうで、これがどれほど影響があるのか分からないが、一体どんな仕掛けがあるのかな?と興味シンシンである。

追加:何故木曜日が投票日?

・・・というのを聞かれたところ、日曜日は安息日ということがあるからかなと思っていたのですが、BBCラジオ4の「PM」という番組を聞いていたら、「なぜかわからない」とキャスターが言っていました。「慣習」という説と、「金曜日にかつてお給料が支払われていたので、その前に」という説を言っていましたが。1931年に、一度だけ火曜日だったことがあるそうです。

by polimediauk | 2010-04-30 17:43 | 政治とメディア
 英国の3党首によるテレビ討論の最後が、今晩行われる。どんな結果になるのか、楽しみに待っているところだが、グーグルニュース日本語を見ていたら、昨日のブラウン首相の「失言」についての記事がいろいろ出ていた。

 日経のサイトでビデオ(テレビ東京のニュース)を見ていたら、あれ?と思った点があったので、テレビ討論が始まる前にとりあえずここに記しておきたい。

http://www.nikkei.com/video/?bclid=72823327001&bctid=81902540001

 これを見ると、ブラウン首相が初老の女性に会った後、車に乗りこみ、まだマイクがスーツについていたのを忘れて、思わず本音をもらしてしまったと。その女性を「偏屈な女」と呼んでしまった、という・・・。

 この動画だけを見ると、何故これが「大失態」になるのか、日本でテレビを見てて分かった人はいるのだろうかー?(にこやかに話した後、「偏屈な女」とか言ったから、マズイ???でも大失態とは言えないだろう。)
 
 おかしいなあと思い、他のニュースも見ると、いくつかが大失態となったのは「偏屈な女」と言ったから・・・という展開になっている。

 しかし、ポイントは移民問題に絡んだからだ。その点をはっきりと書いていた読売記事を読んですっきりした。

英首相が市民を「頑迷な女め」…録音される
 【ロンドン=大内佐紀】英総選挙のため中部マンチェスター近郊を遊説中のゴードン・ブラウン首相が28日、与党の移民政策を問いつめた女性(65)について「頑迷な女め」とコメントした上、「なんでこんなバカな会合を設定したんだ」などと側近を叱責しているのが録音され、BBC放送などが繰り返し放映している。


 昨日から今日にかけてBBCや他のメディアが大騒ぎをしたのは、「首相には裏の顔があるという噂がまるで本当のように思えたこと」、という面もあるが、まず第一に、これが移民問題に関連していたから。「頑固な」「偏屈な女」と言ったことで、この女性が移民に対する否定的な感情を持つ人=人種差別主義者(レーシスト)」というニュアンスが出た。つまり、首相はこの女性を反移民の頭の固い人物で、レーシスト呼ばわりに近いことを言ってしまったのである。これは相当な大失態である。

 英国では人種差別は法律で禁止されているが、これが本当に厳しい。相手を人種差別主義者ではないかと示唆しただけで、あなたも人種差別主義者だと言われてしまう可能性がある位。政治家も著名人も、人種差別主義者、または反移民であると人から言われないように非常に気を使っている。(また、反同性愛主義者であってもいけないーこれもタブー。)

 英国は2004年、東欧諸国がEUに加盟した時、他の欧州の多くの国のように「モラトリアム期間」や条件をつけず、移民の流入を認めた。結果的に、予想よりもかなり多くの移民がポーランド、リトアニアなどからやってきた。そして、有能なポーランド人達は着々と仕事を見つけ、税金を払い、子供を育てているわけだが、例えば一部の地域では学校に急に生徒が増えたとか、自治体で人口が急に増えたとか、対応にあわてている現状がある。「来るな」とは言えないのである、EUの仲間だから。

 移民問題は本当にセンシティブな問題で、反感を持っている人もたくさんいるのだが、これを口に出すと「差別主義者」と言われてしまう。本音が言いにくい雰囲気があるし、政治家もできればあまり議論をしたがらない。「もう移民はいやだ。元々の英国民のために政府はもっと何かをしてほしい」という、無視できない数の国民の本音を救い上げる主要な政党はないようなのだ。だから極右政党BNPが一部地域では人気がある。

 そんなこんなで、タブーの移民問題。これをこの女性が指摘したものだから(「東欧からたくさん人が来てる、一体どうするの?」的な発言で)、「頭の固い女だな」とブラウン首相が思わずため息・本音をもらすのも無理はない。「頭が固い」のは移民に関して、この女性の心が狭い・頑迷だという印象をブラウン氏は持ったわけで、それを思わず口にした。それを察知した英メディアはこの話題にことさら飛びついたのであるーもちろん、選挙やテレビ討論への影響ということで問題視されたわけだが、核にあるのは移民問題だった。

BBC関連記事
http://news.bbc.co.uk/1/hi/uk_politics/election_2010/8650546.stm
by polimediauk | 2010-04-30 01:43 | 政治とメディア
 英国の主要3政党の党首によるテレビ討論は、最後の3回目(29日の夜放送、BBC)を残すところとなった。

 1回目(15日)、2回目(22日)と見てきて、テレビ討論の話題が政治報道や政治談議の中心になっていることに気付く。4週間の選挙戦で、毎週テレビ討論があるのだから、それも仕方ないのかもしれない。

 とにかくも一種のフィーバー状態だ。テレビ局は番組放映直後から「誰が討論に勝ったか」の調査を行い、これをすぐ発表する。テレビスタジオには各政党の代表者を呼んであるので、すぐに「どうだったか」のコメントが流れる。また、BBCはスタジオに有権者を招き、黒いコントローラーを与え、番組を視聴してもらいながら、党首の発言で「好ましい、好ましくない」などの感想を持ったら、これをコントーラーに入力してもらう、という試みを行った。番組が終わって、反応をたどると、どの発言で視聴者の評価が上下したかが分かるのだ。

 翌日の新聞はテレビ討論の様子の批評・分析をこれでもか!とかき立て、著名人や有権者の一部がどう思ったかも記事化する。

 あまりにもテレビ討論が話題の中心になり、支持率がテレビ討論でのパフォーマンス(実体がないという意味での「パフォーマンス」ということでなく、本当にどう発言し、振る舞ったかなどのシンプルな意味)によって上下することに危機感を抱いた労働党は、おそらく討論後の調査で労働党及びブラウン首相がいつも低い位置にあるので不満を持ったのか、BBC,ITV、チャンネル4に対し、「もっと政策の分析に時間を割いてほしい」とお願いしたそうなのである。

http://www.guardian.co.uk/politics/2010/apr/25/media-coverage-election-policies-personalities

 労働党の苦し紛れの動きかなとも言えるし、笑って済ますこともできるのだが、しかし、少し別の視点から見ると、「テレビを見るだけでは、本質が見えてこない」「本当に知りたいことが伝わってこない」ような状況があることに気付いた。

 自民党のニック・クレッグ党首は与党労働党と第1野党・保守党を「古い政党」として、これまでの政治のやり方(例えば2大政党制を当たり前として疑わないとか)を変えることを提唱しているが、実は「古い」のは政治だけでなく、政治メディアもそうなのでは、と思ったのである。

 既存メディアや政治報道が全部ダメというのでは、もちろんない。もっと狭義の、つまりは著名な・やり手のテレビの政治ジャーナリストたちが、政治家をきちんと追及できていない、ということなのだ。

 その証拠は、先のBBCのジェレミー・パックスマン氏によるクレッグ氏のインタビュー、それからその後に行われた、同じくパックスマン氏による今度は保守党党首デービッド・キャメロン氏のインタビュー。それに、25日のBBCのアンドリュー・マー氏によるクレッグ氏のインタビューである。

―英国内でないとフル・インタビューは見れないので恐縮だが、以下に挙げておきたい。今週の土曜(30日)まで視聴可能。
http://www.bbc.co.uk/programmes/b0080bbs/episodes/player
―ほんの4分半ほどだが、インタビューの一部は以下-これはどこでも見れるはず。
http://news.bbc.co.uk/1/hi/uk_politics/election_2010/8642447.stm

 クレッグ氏やキャメロン氏へのインタビューを担当したのは、BBCの中でも政治家へのインタビューに関して「プロ」と言われるパックスマン氏とマー氏。マー氏はスクープもたくさん出している。ところが、この二人と比べても、若き政治家たちの方が、「非常に頭がよく、情報量が最新で深く、相手を感心させるやり方を知っている」。

 このため、「政治家の論理のすきを突き、相手をぎゃふんと言わせて本音・真実を引き出す」というこれまでのやり方がうまくいかない。

 これはある意味、怖いことでもある。ジャーナリストが政治家をやり込められないのだから。政治家がメディアより強くて、言いたいことを言いたいように言えてしまう。有能ジャーナリストが全く歯が立たない感じになるとは、驚きだ。

 そんなことを薄々思っていたら、今日のデイリー・テレグラフで、コラムニストのチャールズ・ムーア氏がテレビの政治ジャーナリズムの限界について書いていた。

「選挙のインタビューの奇妙な死」
http://www.telegraph.co.uk/comment/columnists/charlesmoore/7633411/General-Election-2010-The-strange-death-of-the-election-interview.html

 数々の政治家のインタビューをテレビで追って、その中に出てくる真実を発見しようとする作業はもう必要ないー極端に言えば、木曜日(テレビ討論の行われる日)にテレビの前に座っているだけでいい、とムーア氏は言う。どうせテレビのインタビューで出る「発見」は既にロビー記者を通して出ているし、新聞のインタビュー記事に載っているのだからーというのが概要だ。

 相当に勉強していないと、クレッグ、キャメロン級の政治家には勝てない、パックスマン氏やマー氏でさえもーやっぱりメディアとしては危機だと思う。
by polimediauk | 2010-04-27 00:27 | 政治とメディア
 22日夜、英3大党首によるテレビ討論の第2回目があった。午後8時から約1時間半。放送局は衛星テレビのスカイで、BBC24という別の衛星放送チャンネルもスカイからのフィードをもらって放送した。衛星放送が自宅で見れない人は、地上波のBBC2というチャンネルが夜遅く再放送した。BBCラジオ4というチャンネルがラジオで放送したものの、地上波のテレビチャンネルでライブでは見れないことになり、このこと自体に当初、議論が沸いた。(私も由々しき事態だと思った。せっかくテレビ視聴料を払っているのに、同時に見れないのはおかしい。)

 さて、第2回目は一体どんな感じだったのか?既に大体の概要は日本の新聞サイトにも出ているが、構成は、最初の30分は外交問題で、あらかじめ決めておいた会場の参加者から質問を受けて与党労働党、野党保守党、第2野党自由民主党の各党首が答え、その後は外交以外の問題も取り上げた。

 先週(15日)行われた初めての3党首によるテレビ討論では、自民党のニック・クレッグ氏が会場の参加者やテレビの前の視聴者の一人一人に語りかけるようなスタイルで多くの人を魅了し、「誰が議論に勝ったと思うか」という直後の調査でダントツ1位になった。 今回の討論の焦点は、これを他の2党の党首が「いかに切り返すか?」にあった。

 第1回目のテレビ討論がきっかけで、総選挙の雰囲気はガラッと変わっていた。

 それまでは労働党と保守党の二つの党の一騎打ちと考えられていたけれども、急に自民党が支持を伸ばし、具体的には保守党の支持率を減少させてしまったのだ。自民党は無視できない存在、かつ本気のライバルとなってしまった。英国では自民党はどちらかというと、馬鹿にされている感じがある。本気にされていないというか、「どうせ政権を担当してないし、その見込みも薄いから、そんな無責任なことが言えるんでしょ?」という感じである。今でも、まさか自民党が第1党になるなんてことは実際あり得ないから、その意味ではあくまでも「第3の党」なのだが、2大政党制が長く続く英国では、この「第3」という考えそのものが新鮮なのだ。

 テレビ討論のおかげで自民党は支持率を一気に伸ばし、この1週間というもの、党首ニック・クレッグ氏の一挙一動が大きな注目を浴びた。「チャーチル程、人気がある」とサンデータイムズはクレッグ氏を持ち上げた。「クレッグマニア」が始まった。

 しかし、途中から、クレッグたたきも段々出てきた。糸を引いているのは保守系・保守党系メディアだ。サン、デーリーメール、それにデイリー・テレグラフ。クレッグをナチと同一視したり、「あやしい献金疑惑」(テレグラフ)などを報道。そのバッシングぶりがあまりにも度を越しているので、知識人の一部からも「これはまずいのではないか」という声が出た。ちなみに、今日付けのインディペンデント紙やガーディアン紙はこうした報道の真偽を検証する記事を出している。

 クラス(階級)の違いも攻撃の対象になった。ブラウン首相ははかつて、保守党キャメロン氏が裕福な家庭の出身で、階級が上であることを何度か指摘し、「だから普通の人の気持ちは分からない」と暗に示唆してきた。テレグラフはクレッグ氏もキャメロン氏同様裕福な家庭で育ち、エリートコースを歩んできたと指摘していた。

 テレグラフの不正献金疑惑の記事はテレビ討論2回目が行われた昨日、1面にでかく出た。これはいくらなんでも「あざとい」と見る人は多かったようだ。昨日テレビを見ていたら、こんなことをしていては「逆に保守党が票を失う」と指摘する論客がいた。

―3人とも、よくやったが

 昨晩の第2回目の討論では、前回、カメラ目線がほとんどなかったキャメロン氏、ブラウン氏ともにしっかりカメラを見ていた。これはクレッグ氏が最初の討論でやった方法だ。また、質問をされたら、その人の名前を繰り返す、という手法もキャメロン氏が模倣。前回の良いところを学ぶのはいいことだった。

 おそらく、「自分らしさを出すように」というアドバイスがあったのかどうか、ブラウン氏もキャメロン氏も、第1回目に比べて、リラックスして、かつ自分が言いたいことを上手に言っていたように見えた。キャメロン氏は「もし私が首相になったら」という文句を何度か繰り返していた。クレッグ氏は前と同じように、視聴者に語りかけるスタイルで相手の心をつかんでいたとは思うが、何か新しいものがあったかというと、そんな感じはしなかった。ブラウン氏とキャメロン氏が本気でクレッグ氏にぶつかってきた・・そんなバトルだったと思う。

 番組終了直後の「誰が勝ったか」という調査では、キャメロン氏が36%、クレッグ氏及びブラウン氏が30%ぐらい。他の調査では、クレッグ氏が33%(あるいは32%)で、キャメロン、ブラウン氏が30%など、3人はほぼ支持を分け合った。第1回目は圧倒的に(40%以上)クレッグ氏だったので、自民党から見れば、やや後退したとも言えるが、第3党としてはあっぱれというべきであろう。

 今日の新聞を見ると、新聞によって、誰が勝ったかの評価が違う。ガーディアンやインディペンデントはクレッグ氏の勝利で、テレグラフやタイムズはキャメロン氏。ただ、僅差であるのは一致している。

 自民党はいずれの場合にせよ、討論が始まる前には支持率が20%かそれを切る位だったので、ここまで上昇したら、それだけでもありがたいはず。失うものはないのである。よっぽど人気が急落しなければ。

 気になったのはキャメロン氏である。第2回の討論では確かによくやったとは思うが、もっともっとよくないと選挙には勝てないはずだ。どうも戦略を見失っているようだ。ジレンマだ。というのも、「変革を」と言えば、同い年(43歳)だが大きな変化をもたらす自民党のクレッグ氏に負けてしまう。「信頼感」「重厚感」「中身が問題」と言えば、現役の首相に負けてしまう。ウリが非常に見つけにくい。

 唯一のウリが英国民の中に根強い右派・保守感情、つまりは反移民、結婚制度の重要性、欧州連合への不信など。しかし、これをそのまま出すと嫌われてしまう。昔の、嫌われていた保守党に逆戻りしてしまうのだ。ここが難しい。「このままだと、過半数を持つ政党がいない『ハングパーラメント』(宙ぶらりんの議会)になるぞ、そうなったら恐ろしいことが起きるぞ」というメッセージを出して、保守党に投票するよう呼びかけるのだが、この戦略は今のところあまり成功してない。

 私自身はこの右派的なもののイヤーな感じがキャメロン党首からにおい立ってくるのを、テレビ討論第2回目から感じていた。ただの「感じ」だが。

 例えば、労働党が保守党を攻撃する政治パンフレットを作ったことを批判した時だ。保守党の政策に関する嘘が入っているそうで「パンフレットを引き上げてほしい」とキャメロン氏はブラウン氏に言っていた。この時、マジで怒っているのがよくわかった。「こんな汚いことをするな!」という抗議と、「こんな汚いことを労働党はやっているんだぞ」と示したかったのだろう。正当な抗議であるが、何故この場を使ったのかなと思ったのだ。マジで相手を引き摺り下ろす場ではないのになと。抗議や批判はいいのだが、スマートにやらないと。

 逆に、スカイで討論の司会だったアダム・ボルトン氏が、クレッグ氏にテレグラフでの灰色献金疑惑を聞いた時のこと。本当は司会者だから質問してはいけないのだけど、「今朝の記事で・・」と言い出すと、クレッグ氏は釈明をしたり、嫌悪感を出すのでなく、「ああ、あれは全く見当違いのことなんですよ」と言って、すぐに次の話題に移り、2度と言及しなかった。保守党プレスがやっていることで、もしそうしようと思えば「フェアでないカバレッジがあった」とか言ってもよいのに、である。また、何故テレグラフの記事が正当ではないのかをくどくどと説明することもできただろうが、それもしなかった。「論外」という感じで、あっという間にスルーしてしまったのである。

 またほめることになってしまうのだけれど、タイミングよくスルーできるセンスーこれはやはり1つの才能である。また、BBCのジェレミー・パックスマンによるインタビューの時も(前回書いたけれど)そうだが、やっかいな相手と接するときに、「相手のゲームプランに乗らない」ことが重要だ。ボルトン氏はクレッグ氏が何らかの感情的なあるいは論理的な反応をすることを求めた。しかし、クレッグ氏はこれに乗らなかった。頭がいいなと思う。

 最終的には、やはり政策が決め手となろう。ずいぶん3党の考えは違うのだ。保守党は小さな政府で、政府の役割を減らす・自由度が広がるというのはいいが、福利厚生はどうなるのか心配である。労働党は大きな政府でいろいろと面倒を見てもらえるのはいいが、何でもかんでも政府がやって、負債が雪だるまに増えたり、自由度が少なくなるのはいやだ。自民党は外国人にもオープンで自由度が高い感じがするが、どうも純粋できれいな政策だけで、国際社会の荒波を超えるような英国になれるのかなとやや心配でもある。(もし選挙権があったらー?自民党に投票して、これが政権に反映されないという、私のいつものパターンになりそうだ・・・。)

参考:プレスガゼットより
400万人がテレビ討論の2回目を視聴
http://www.pressgazette.co.uk/story.asp?sectioncode=1&storycode=45348&c=1
ニック・クレッグ、メディアの否定的な報道に反撃
http://www.pressgazette.co.uk/story.asp?storycode=45342

by polimediauk | 2010-04-24 00:21 | 政治とメディア
 iPadの米国以外での発売は4月末の予定だったが、これが先延ばしになった。しかし既に、英国で米国版を手にした人たちがいる。一体どんな感触だったのだろう?

 新聞(=ニュース)関連で私が面白いと思ったのは、英ガーディアン紙のアラン・ラスブリジャー編集長による感想ビデオ及び記事である。ガーディアンはネットに力を入れている新聞社の1つだが、紙の新聞だって大いに売りたい人が果たしてどんな感想を持つのだろうか?

 ガーディアン内部にはテック関係の専門記者がたくさんいるし(専門ページもある)、専門の話はそういう人に任せておけばいいのだろうが、やはり、「自らが」というところが良い感じがする。(日本の紙の新聞でも、編集デスク、あるいは編集局長あたりが、「触ってみて、感想をサイトに出す」なんてことをやったら、面白いのではないだろうかーやはり、何といっても、「ニュース」を扱うのが命の組織なのだから。)

ラスブリジャー編集長がアイパッドの使用感を語る動画(広告が先に入るのでご注意。)
http://www.guardian.co.uk/technology/video/2010/apr/07/apple-ipad-review-alan-rusbridger

編集長の記事
「昔、私は将来を木の板の上で見たー今、(その将来が)やってきた」
http://www.guardian.co.uk/technology/2010/apr/11/ipad-rusbridger-future-of-the-press

 記事によると、16年前、同氏は米シカゴトリビューン社に出かけて、新聞の将来のデモンストレーションに参加したそうである。ここで、インターネットでニュースを提供する形を見せられ、「画面は白黒で、アップするのに2分はかかり、質が悪いな」という感想を持った。

 その後で、今度はナイト・リッダー社のラボに出かけ、「タブレット」の原型を見る。この時、ラボを仕切っていたのが、ロジャー・フィドラーという人で、見せられたのはA4サイズの木製の型。表面には「1面」と記されていただけだったそうだ。フィドラーが呼ぶところの「フラットパッド」では情報が常に更新され、自分の好きな声で情報が読めたりする、と説明された。その後、ナイトリッダーは買収されてこの計画はつぶれてしまったけれど、ニューヨークから取り寄せたアイパッドを手にして、思い出したのはこの時のことだったそうだ。

 そこで使い始めて数日間の印象を記すのだが、当初、アイパッドはアイフォーンがでかくなっただけで、フラッシュ動画が見れず、「重くて、何だか意味がな」い・・と思っていたのだが、使い始めて6日目、ワープロソフトなどをインストールした後は、段々,好感を持つようになる。アイパッドを使った後でアイフォーンを使うと、画面が読みにくい感じを持つように。
 
 アイパッドで見ることに慣れてくると、「もしかして、アップル社は、本の出版社が400年前に発見したような、人間の目と手が自然だと感じるサイズ」を再発見したのかもしれない、と思えてくる。

 ラスブリジャー編集長はアイパッドを「変革の力を持つ、暫定的なステップ」と定義づけている。

 ガーディアンの記事がアイパッド上でそのうち有料化するのかどうかに関しては「別の話」と言っているが、アイパッドに限らず、デジタルコンテンツの有料化をガーディアンは決して論外とはしていない(BBCのラジオ番組で、経営陣の発言など)。

―アイパッドは新聞の救世主になるか?

 ラスブリジャー氏の記事で、あれ?と思ったのは、紙の新聞の制作コストの中で、「印刷、紙代、運送代、販売網、配達費」などが、新聞経営のコストの30%を占める、と書いてあったことだ。逆に言うと、新聞が紙の制作をやめて、オンラインのみになったとしても、30%しかコストは減らないんだなーと。意外だった。

 アイパッド(及び似たような電子機器)が新聞(業界)を救うのかどうかは、何せまだアイパッドがこっちで発売されておらず、本格化していないので、いろいろな人がいろいろ言っているだけである。まず、マードックが「新聞」を救うと言っているようだ。こんな面白いものがあるんだったら、と。

 ガーディアンのコラムニスト、グリーンスレード氏がオーストラリアの評論家、エリック・ビーチャーの話を紹介している。
 
http://www.guardian.co.uk/media/greenslade/2010/apr/12/ipad-rupert-murdoch

 ビーチャー氏は「救えない」という見方。その理由は、①印刷関係のコストをカットしても、それ以外のコストが残る、②販売コストは変わらない(アップルなどがコミッションを取る)、③読者が支払う代金(新聞社にとっては収入)が大きく下落する(アップストアなどでの価格)、④すでにたくさんの無料ニュースが出ているので、有料電子版システムを導入する新聞社は限られている、⑤広告収入が減る(広告主が紙媒体での金額の広告料を払わない)-などを挙げている。

 いずれにしろ、お金がもうかるか・もうからないかに関係なく(ユーチューブ、ツイッターの例)、より見やすい形の電子画面で情報を得るという動きは加速化するばかりに違いない。アイパッドの2はきっと、さらに良いものになっているだろう。
by polimediauk | 2010-04-18 21:01 | 新聞業界
 昨晩の熱狂がまださめきれていない、今朝である。5月6日の総選挙前に、昨晩、英国では初の各党党首による、米国型テレビ討論が行われた。

 「米国型」というのは、大統領選挙の時、2大政党の党首(大統領候補)がテレビで討論するアレである。その昔、ニクソン氏が若々しいケネディー氏に負けた・・・というエピソードでも有名だ(当時のことを覚えている人は少ないかもしれない)。

 英国は大統領制ではなく、日本のように総選挙の結果、最も下院の議席を得た政党が政府を作る仕組み。国民一人一人が首相を直接選べるわけではない。もし誰かを首相にしたかったら、その人が所属する政党が推す候補者に一票を投じるしかない。

 「大統領制」と言えば、最近では、ブレア元首相(1997-2007)が、「大統領スタイル」を政治に持ち込んだ、と言われている。それは、内閣の中で他の閣僚と話し合いながら物事を決めるのではなく、自分とその側近が重要なことを決める・・・という意味である。「ニューレイバー」ブレア氏の人気におんぶにだっこで労働党はやってきた(近年)。

 さて、昨日のテレビ討論である。前から、米国式のテレビ討論をやろうという話は持ち上がってきたのだが、近年の例をひくと、例えばブレア氏はいったんはやろう!と言っておきながら、最後になって「やっぱりやらない」というケースがあったという(BBCの番組)。「勝てるのに、討論に参加して、マイナスになったら困る」というのが理由であったという。

 そこで今回も実現するかどうかが疑問視されていたのだが、ブラウン首相(労働党党首)が参加を表明し、デービッド・キャメロン野党保守党党首とニック・クレッグ第2野党自由民主党党首が入って、3人でテレビ討論をやることに。全3回行われ、昨晩がその第1回だった。

 民放ITVが放映した番組は夜の8時半から10時まで。1時間半で、コマーシャルはなし。内政問題について、視聴者があらかじめ調整された質問を出し、これに各氏が答えた。3人が「討論」をするよう、司会者が「xxに対して、xx氏はこう言っているが、どうか?」と反論の機会を与えた。

BBCの記事
http://news.bbc.co.uk/1/hi/uk_politics/election_2010/8624317.stm

 実は時間を間違えてしまい、8時50分ごろから見た。最後まで見て、感動してしまった。投票権がないのに、「自分だったらどうするか」と思うと、目が離せなくなるのだった。結局、「第3の男」となるクレッグ氏が、番組放映後の調査で圧倒的支持を得るのだけれど(例えば40-50%、次にキャメロン氏の26%ぐらい、ブラウン首相の20%など)、私が気づいたのは以下の点で、まったく新しい何かが起きている感じがした。

*ブラウン首相もキャメロン氏も、なぜか「カメラをしっかり見る」ということがほとんどなかった。常に会場内の観客を見るか、相手をちょっと見るか、など。これはアドバイスが悪かったのかどうか?結果的に、ブラウン管を通して、視聴者に語りかける感じがほとんどなかった。
*両氏のやりとりは、結果的に、毎週水曜日に行われる「クエスチョンタイム」(首相に野党議員らが質問をし、首相がこれに答える)の繰り返しだった。相手を議論で負かす、相手の議論の不一致をつつき、誰が正しいかをギャラリーに示す・・・ことに主に集中していた。
*ブラウン首相は、照れ笑いのような表情があって、ジョークも珍しく飛ばしていたが、「ニック(クレッグ)に同意するが・・」というような表現をよく使った。自民党と一緒に連立政権を作りたいという、「ラブコール」で一杯だった。
*これもカメラの話になるが、キャメロン氏はちょっと演台から離れて、時折、頭をやや後ろに倒し、客席を見て話していた。こうすると、視線が「上から見下ろす」ように見える。どうもそれが私には「見下ろす視線」=政治姿勢の一致、に見えてしまった。

 さて、ここからがクレッグ氏を誉める話になる。
*クレッグ氏は、カメラをしっかり正面から見て話していた。これで、お茶の間の視聴者にとっては、自分に向かって話しかけた・・という印象を与えた。

 だんだん明らかになってきたのは、ブラウン首相とキャメロン氏がお互いに議論をしているうちに(互いの議論に勝つことは政党の戦略上、重要)、クレッグ氏が、コツコツと、ざっくばらんに、語りだしたことで、ブラウン+キャメロン=自分たちだけの古いゲームに熱中している人たち、クレッグ=唯一、視聴者のそして国民の目線で語れるヤツ・・・というイメージが鮮明になってしまった。

 そこからはもう、クレッグ氏のイメージが上がる一方であったと思う。そして、
*視聴者からの質問がでると、クレッグ氏はまずその人がどこに座っているかを確認し、名前を繰り返した。最後には、質問者ほぼすべての名前を繰り返した。パーソナルな雰囲気である。「あなたに向けて、話していますよ」と。日本と同様、英国の政治家は「有権者の方を見ていない」と批判されている。しかし、名前を入れることで「あなたの話を聞いていますよ」という印象を与えた。しまいには、キャメロン氏も質問者の名前を入れるという返答方法を真似していた。

 結局のところ、最後までクレッグ氏は好印象を残しながら、議論は終了。その後の別の番組でも、「クレッグはいい」という声が相次いだ。

―なぜ勝った?

 クレッグ氏が勝てた理由は、「第2野党なので、自分が首相になることはありえず、第3党の党首ということもあり、気軽に話せた」というのは1つあろう。

 しかし、その上で、クレッグ氏が高く評価されたのは、単に議論に勝ったとか、見た目の感じが良かったとか、テレビ目線で話したとか、そういうもろもろの理由よりも、政治的に重要な意味があったのだと思う。

 それは、国民の政治家に対する幻滅感、「どうせ何も変わらない」という厭世観がかなり大きいものであることを理解しているかどうか。これは非常に深い。灰色議員経費問題、不景気、銀行への大量の税金導入など、怒りの末にがっかり、投票したくないという人はたくさんいるのである。この点を理解しているかどうか。

 ・・もしこの点を本当にしっかりと理解していれば、テレビ討論でするべきではないのは、古い政治のパターン、つまり、2大政党制で、党首がお互いの議論をけなしあうことだった。議事堂での毎週やっているやり取りを再現してはいけない。「今までと同じ」「政治家たちは自分たちの世界の中でやりあっている、自分には関係ない」という思いを抱かせないこと。

 つまり、国民の信頼を取り戻すことが、1つの大きなテーマだった。国民一人一人の意見を聞いて、語りかけること。この点から、クレッグ氏は戦略的に勝ったな、と思う。

―クレッグ氏の個人の資質

 今回のテレビ討論での様子が、自民党の支持率急上昇、および獲得議席数の大幅拡大に結び付くかどうかは分からない。2大政党神話は強いし、番組を見なかった人だっている。

 しかし、一つの流れとして面白いは、政治ポジションとしての第3党がやや現実味を帯びてきたなということである。「もう1つの視点」である。(欧州の学者に前に言われたのは、「もう右、左」という考え方はないということ。右=保守党、左=労働党という分け方が古いのではないか、と。英国にいると、つい忘れがちになる。)

 それと、クレッグ氏個人の資質なのだが、どうもこの人は何だか違うゲームをやっている感じがする。よく、格が違うという意味で「違うリーグにいる」という言い方があるが、そんな感じ。「格が上」でなく、「違う」。

 これをすごく感じたのは、クレッグ夫人が前にテレビのインタビューに応じた時だ。キャメロン氏もブラウン首相も夫人を選挙運動に連れてゆく。一緒に写真を撮られたり、有権者を訪問したり。ところが、クレッグ夫人は、「選挙のために5週間もフルタイムの仕事を休めないから」という理由でこれをしていない。「私は政治家の妻ではない」「たまたま、政治家の男性と結婚しているだけ」と。個人の生活の方が重要だ、というメッセージだと思った。

 その評価は様々かもしれないが、とにかく「違う世界に生きている」なあと思ったものだ。「違う」というのは、「既成の政治界の慣行の外に生きている」という意味だ。

 クレッグ氏は、下院議員になる前、5年間、欧州議会議員だった。でも、英国の有権者からすれば、欧州議会議員は「遠い存在」で、「どうしても下院議員になりたかった」と以前、話していた。

 クレッグ氏の新しさが最近光ったのは、12日、BBCのジェレミー・パックスマンという名うてのジャーナリストからインタビューされた時。

(以下のビデオは英国外では見れないかもしれない。)
http://www.bbc.co.uk/iplayer/episode/b00s67vd/Jeremy_Paxman_Interviews_Nick_Clegg/

 パックスマン氏は、政治家をやり込めるインタビューで有名なのだ。前の総選挙では、自民党の当時の党首チャールズ・ケネディー氏にインタビューし、彼のアルコール好きを改めて暴露。返事に窮したケネディー氏は、とうとう党首を辞任した。非常に人気のあった党首だったが、アルコール依存症であることが表面化したのである。

 そんなわけで、厳しいパックスマン氏の追及が怖いと思ったのかどうか、今回、党首のインタビューの話が上がった時、これに応じたのはクレッグ氏だけだった。ところが、開けてびっくりで、パックスマン氏のいじわる(と想定された)質問を堂々と切り替えし、最後は主導権を握ってしまった―つまり、クレッグ氏は自分の言いたいことを言いたいように主張してインタビューは終わった。何故か、切れ味の悪かったパックスマン氏。政治家への厳しい質問で非常に有名なパックスマン氏だったが、相手の言葉尻をとらえて言論の不一致を説くパックスマン流インタビュー=古いインタビューの形式はもう終わった感じがしたものである。

 これがもしキャメロン対パックスマンだったら?キャメロン氏もおそらくうまく切り返しただろうと思うーブラウン首相も(うまく、かどうかは分からないが)。ただ、おそらく、パックスマン氏の質問にいちいち反応・反撃しただろうと思う。

 喧嘩あるいは議論をする時、「相手のゲームで戦うな」という言い方を聞いたことがある。相手のゲームプラン(ゲームは戦略、といってもよいだろう)に沿って、そのルールの中で戦うな、と。(たとえば、余談になるが、「あなたはいつ妻を殴ることをやめましたか?」という質問がある。妻を殴っていることが前提となっている質問である。否定しても肯定しても「殴っている」という事実から逃げ切れない場合がある。)クレッグ氏とパックスマン氏のやり取りを見て、クレッグ氏がどうも自分なりのゲームプランを持っていることに気付いた。パックスマン氏の質問に答えるためにそこにいるのではなく、自分のペースで自分の言いたいことを言うために出演しているのだ、ということが。

 今回の総選挙で、一番のカギは、必ずしもマニフェストで各党が何を約束したかではないだろう。テレビのインタビューに答える視聴者たちは、「政治家には本当のことを言ってほしい」と繰り返している。「国の負債を減らすために、どこかで削減があるのだったら、どこにどれ位なのか、はっきり数字で示してほしい」と。この痛切な思いをちゃんとくみ取れるかどうか。失われた信頼を取り戻すには、本当のことを言うのがよいのだが、本当のことを言ったら、選挙に負けてしまうので言えないのである。

 テレビ討論で、私が思わず拍手をしたのは、クレッグ氏が「負債額があまりにも大きいのでどうしたらいいか最善策がない」「総選挙後にどの政党が勝つとしても。この3党や中央銀行、すべての関係者がアイデアを持ちよって、何がベストかを一緒に考えよう」と言った時だ。保守党か労働党かという2者択一ではなく、というメッセージでもあったが、やっぱりなあとも思ったのである。各党がいうように本当に国の負債がでかくて困っているなら、そしてどの党も圧倒的な第1党になれないなら、みんなで知恵を出し合うしかないし、特定の政党が勝つか負けるかなんて言うことは、わきに置いといて・・というのは、国民の思いに合致する。

 どの党が政権を担当することになるのかは分からないが、国民の声を反映する政権になってほしい。多くの国民の政治・政治家に対する不信感をどこまでくみ取れるかーこれが決め手になるはずだ。

―失言?、疑問

 自民党はトライデントの廃止を主張している。労働党、保守党は維持派だが、キャメロン氏がこれを維持する理由として、諸外国の脅威をあげたが、スコットランド国民党党首の観察によれば、脅威がある外国の1つで中国を挙げたようなのだ。英国にとって貿易パートナーとして重要視される中国が果たして脅威なのかどうか?失言だったのだろうか??また、トライデント廃止は「冷戦構造が終わった」ので、まっとうなものという自民党の主張は理解できるけれど、じゃあどうやって国防を維持するのかなと。これはまたどこかで出てくるだろう。
by polimediauk | 2010-04-16 18:16 | 政治とメディア
 最近、自分はネットの世界ではどこに存在しているのだろう?と考える。紙媒体に原稿を書いても、それが雑誌などになって書店に並ぶまでには時間がかかり、また、その雑誌がたまたまその書店にない時は、読む人(+潜在的読者)から「見えない」、つまり存在しないことになる。

 紙媒体に掲載された記事は場合によっては後でネットに載る場合があり、そうすると、広く公開されたことになる。ただし、それが読み手の目にとまれば、だけれど。

 いろいろ考えると、自分が今いる世界はツイッターなのだと思う。ツイッターで情報を取り、おすすめのサイトに行って誰かの情報や考え方を知り、面白いと思ったものはつぶやき返したり、フォロワーになったりする。その世界の中で知ることがあまりにも多くて、考えてみれば驚くほどである。自分がフォローしているのはせいぜい100-150なのに、である。

 人によってツイッターの意味合いは変わるのだろうけれど、例えばニュースに関心がある人は、何せ「(ほぼ)みんながこの世界にいる」ので、とりあえずは覗いてみたくなる。その「みんな」というのは数的な「みんな」でなくて、「気になるやつみんな、大多数」の意味だ。

そんなわけで、私のツイッターアドレスは以下
英語語 @ginkotweet
日本語 @newsmagjapan

 英語は(前にも書いたが)以前、時事通信(元)の湯川さんが「英語のツイッターで英語をお互いに勉強しよう」というプロジェクトをブログで書かれたことがあった。いい考えだ!と思って英語でやることにした。今は英国に住んでいるので、英国の言語空間の中で怒り、悲しみ、笑い、共感しあう・・・ということをやるのに、ぴったりと思っている。

 日英ともに、主にニュース、メディア関係者をフォローしている。朝日新聞のつぶやきが非常に素直で楽しい。

 カナダの小説家でマーガレット・アトウッドという人がいる。(残念ながら私は彼女の小説を読んだことがないのだけれど。)ガーディアンに彼女がコラムを書いていて、その中でツイッター体験を書いている。

http://www.guardian.co.uk/commentisfree/cifamerica/2010/apr/07/love-twitter-hooked-fairies-garden

 彼女によれば、フォロワーたちは、「庭にいる妖精たち」のようだという。普段は目につかないのだけれど、庭に目をやると「いる」という意味だろうか。ツイッターは「コミュニケーションだ」と。人間が好んで行ってきた行為の1つだ、と。

****

・・・と、ここで終わればきれいな結末になるのだろうが、ちょっと!!の記事を一つ。

ダイヤモンド・オンライン
NHKスペシャル『無縁社会』 大反響の“その後”を追う

http://diamond.jp/articles/-/7838

 これを読むと、書き手はツイッターをやっていないし、やろうともしていなんだろうなと思う。日本で「マスゴミ」という言葉が一時はやって、私はこれに同意しないけれど、こんな「上から目線」ではなあ、と非常にがっくり。ツイッター=若い世代・・・ではもはやないし。

 ツイッター、それにネットを日常的に使っていない人はたくさんいると思うし、人はいろいろで、何をしようとよいのだろうけれど(違法、犯罪行為ではない限りは)、ニュースを追うという意味では有効なツールの1つであろうと思う。

 それは「刻々変わるトピックを追う」という、何だかせわしい行為を指すのではなく(そうしている人もいると思うけど)、ニュースの意味、その文脈が分かる、という意味において重要なのだと思う。
by polimediauk | 2010-04-14 17:49 | ネット業界
 ポーランドの大統領とその一行が乗っていた搭乗機が墜落し、こちらでは大騒ぎになっている。

 大統領は第2次大戦中にポーランド軍将校や捕虜約2万人が旧ソ連の秘密警察に虐殺されたカチンの森事件の追悼式典に夫人と出席する予定だったという。

 すぐに思ったのは、「テロではないのか?」ということ。本当に事故だったんだろうか?もうプーチン氏は現地に駆け付けたようだが、それにしても、である。この間のモスクワのテロも本当は誰がやったのかな?と思うほどだ。

 何せ、「カチンの森」であるし、ロシアである。私には何の特別な情報もないが、ロシアでは反体制の記事を書く新聞記者が随分と殺されているのである。ポーランドが反体制だ、というのではない。ましてや、大統領一行を「殺害」「テロ」なんて、これがもし本当だったら、ある意味、2001・9・11テロよりデカイ。要人のみの(それも90人以上!!)、かつポーランドという一国に特定した死なのだから。本当にすごいことである。亡くなられた方へ、心から合掌。(そういえば、ロイター通信の日本人記者も、亡くなられた。合掌。まさに戦死であろう。)

 この飛行機「事故」の解明が本当に充分に行われるといいのだが。ポーランドではたくさん「ロシア陰謀論」が出るだろうな。ロシアが全くのシロでも、周辺国に「怖いな」という思いを与えるに違いない。(逆に、ポーランドの反対派があえてやったとか?ー事実は小説より奇なのである。)

 今回の事故がテロかも?と思ったのは、「テロ」というか、誰かが故意にやったのかなと思ったのは、「殺してでも目的を達成する」という人は世界にゴマンといるからだ。時々、日本の・日本人の感覚(=私)でいろいろ判断して、世界の様々なことを善意で解釈したり、民主主義がすぐ育つと思ったり、外交で解決できると思ったりしていると、足を救われることがあると思う。

 脅かすようだけれどーーイラクの絶えることがない爆弾テロや誘拐(石油利権、外国勢への反発)、中央アジアの人権無視政府(某国で外交官だった人の話を読んだのだけれど、人権に対する感覚が、普通の先進国の比ではない―まったく違う感覚)、他にもいろいろな例があるが、言葉を慎重に選ばないと「差別主義」とレッテルを貼られて、首を絞められる(比喩である)ので、ここらで止めたい。

 いずれにしろ、ポーランドとロシアの関係はこれでかなり難しいものになりそうだ・・・。

 カチンの森事件はウィキペディアにもあるので、是非一度は見ていただきたい。ソ連側はこの事件がソ連の手によるものであることを、ずーーーーーーっとひた隠しに隠していたのである。

 ・・・・ロシアやプーチンを悪魔視してここまで書いたが、あくまで私の心に浮かんだ思いである。さて、明日以降の英紙がどう書くか。

 
by polimediauk | 2010-04-11 07:06 | 政治とメディア
 iPad(アイパッド)の発売は英国では今月末だが、米国で発売済みのアイパッド上で、BBCニュースの専用アプリが既に動いている。BBCの受信料を払っている英国民より、一足お先に、米国民・米国に住んでアイパッドを手にした人が新しいアプリを使っている、という奇妙な状況になっている。

 BBCニュースのアイパッド用アプリは、BBCの商業部門がモバイルIQという会社を使って開発したもの。アプリ自体は無料で既に無料アプリランキングの12位になっているという(ペイドコンテツによると)。

http://paidcontent.co.uk/article/419-bbc-ipad-app-popular-in-u.s.-but-brits-may-be-denied/

 ニュースの文字情報、ソーシャルメディア、動画、ラジオ、ニュースアラートなどのサービスがあり、オフラインでも使えるようになっているという。(上の記事の下の方に動画がついている。)

 モバイルIQはBBCのアイフォーン向けアプリを作った会社だ。これは今月位から英国で使えるはずだったが、「競争が阻害される」という新聞出版協会からの主張をBBCトラスト(経営陣とは異なる。BBCの活動がその目的にあっているかどうかをチェックする、自主規制・監督団体)が受け入れて、経営陣が再考することになっている。導入前にストップがかかった状態だ。

 BBCは新規サービスを始める時、これが民業圧迫にならないかどうかをトラストに検証してもらう手続きをしなければならない。ところが、BBCのウェブサイトによれば、米国で使うアイパッドアプリは英国の外での商業活動の1つになるので、トラストの検証は必要ない、という。

 BBCはアイフォーンなどのスマートフォーン上で、見逃した番組を見れるサービス、「BBCアイプレイヤー」を使えるアプリを計画していた。もしかしたら、アイパッドで先に使えるようになってしまうかもしれないー。英国民の悔しさ感がますますつのる。「これは本末転倒か?」と、ペイドコンテンツ記事が問いかける。

 また、ガーディアンがアイパッド用写真アプリ「ガーディアン・アイウイットネス・フォトグラフィー」を開発していたことが分かった。

http://www.guardian.co.uk/help/insideguardian/2010/apr/06/theguardian-eyewitness-app-ipad

 ガーディアンでは紙面を大きく使って、印象的な写真を掲載するページを設けている。これのデジタル版というわけである。これも既に米アイパッドでは無料ダウンロードできるようだ。開発はキャノン。

 ガーディアンは既に、アイフォーン用の有料アプリを発売し、これがとても人気になっている。今回の写真アプリもぐんぐん利用者を増やすのかどうか。

 各社の競争が具体的に見えだした今日この頃だ。
by polimediauk | 2010-04-07 06:37 | ネット業界
 もうすぐ発売予定の月刊誌「Journalism」(ジャーナリズム)に、英紙の調査報道について書いたのだが、「調査報道」(investigative journalism, investigative reporting)という言葉の意味合いが、英語と日本語ではどうも違うことに気付いた。

 英語と日本語訳の意味合い・ニュアンスが違う、というのは、「journalist・ジャーナリスト」という言葉のニュアンスの違いにも似ているかもしれない。

 今はそう名乗る人は増えてきたけれども、「ジャーナリスト」という日本語には何か一定の色がついているように思うし(なんだかすごいルポみたいなことをしている人、とか)、例えばテック・ウェイブというブログメディアをやっている湯川さん(元時事通信)は「自分はジャーナリストではない」「このブログはジャーナリズム・ブログではない」という趣旨のことを最近よく書かれているようだ。

 英語では、というか、少なくとも英国ではjournalistの意味は広く、あまり気負いがない言葉かもしれない。第一義的には、どこかのニュース媒体(テレビ、ラジオ、新聞など)に勤めて記者職をやっている人、あるいはフリーで書いている人などを指すことが多いが、では何をやっている人なのかというと、こうした媒体に書く人である上に、最も核になる部分としては「日々の(=時事的な)出来事をつづる人」があるように思う。日記のことを「journal」と呼ぶ位であるし。現実には、「自分はjournalist」といえば、そうなってしまう。

 自称・他称のjournalistたちとは、例えば、新聞、雑誌などに記事を書いている人もいれば、ニュースキャスターみたいな人、タレント(でも何かを書いたりリポートしたりもする)、その他もろもろの人たち。「え?」と思うこともあるが、それが英国の現実である。

 いずれにせよ、調査報道の話に戻るけれど、この言葉を定義しようとして日英ウィキペディアを見たら、日本語では発表報道に対する独自の取材、あるいは「調査」という言葉そのままに深く調査するという解釈のようであるのに対し、英語では犯罪や汚職などをinvestigate(捜査する)意味合いが出ていた。他にもネットで調べると、investigative journalism, investigative reportingの定義自体には、いろいろあるようでもあった。また、調査報道を実際にやっている英国の記者に聞くと、コツコツとやる日々の記者活動も、広い意味では「調査報道・investigative journalism」と言われたので、日本語訳は決して間違ってはいない。ただし、逆に日本語からそのまま英訳して、例えばresearch reportingとやったとすると、これはずいぶんinvestigative reportingとはかけ離れてしまう感じがする。

 つまるところ、日本語の「調査報道」と「investigative reporting」とは、どうも報道の姿勢が違う感じがするのである(大胆に言えば、考え方や目的が違うのではないか)。

 オックスフォード英語辞典では、investigative journalism/reporting の狙いとするところは、調査という方法論では日本の訳語そのままなのだが「違法行為、誤審などを調査し、これを暴くジャーナリズム」とあった。要点は、「暴く」こと。権力を持つ相手・情報を出したがらない相手から、公表すれば都合の悪い情報を明るみに出すこと。これは、「調査」という言葉が与えるニュアンス、つまり、何かをコツコツ調べて、真実を明るみに出す、という行為よりももっと能動的だ。その対象は、何かを隠しているような権力者であり、メディアが暴露するような悪いことしている人物・企業体・政府組織である。

 また、よく日本語で「権力を監視する」という言葉が使われる。これは私だけなのかもしれないが、「監視」のニュアンスとして、どうだろう、「じっと見ている」感じが出ないだろうか?(言葉尻だけとらえているというご批判があるかもしれないが。)

 英国の新聞・テレビの報道(すべてではないが)を見ていると、「監視」でなく、「権力に挑戦」とでもいう表現がぴったりする感じがする。つまり、メディア側は最初から、権力側を敵とみなし、これを論破・打破・やっつけようとしている。

 なので、少々オーバーに表現して、権力側(政府なり大企業なり)を怒らせたり、訴えられたりしても、それ自体ではビビらない。社内に弁護士チームを雇っているので、「待ってました」とばかりに、応戦していく・・・。そんな感じが、どうもあるのである。リスクの考え方、報道姿勢、権力に対する考え方が日英メディアでは違う感じがする。

 ・・・ということを、ガーディアン紙を例にとって「Journalism」誌に書いてみた。書いているうちに、あまりにもいろいろな考え方・姿勢が違うので、もしかしたら、まったく意味が通じないかもしれないなあと何度か思った。

 ガーディアンの話は英メディアのジャーナリズムの理想形という部分もあるので、これが全体を表しているわけではない。ベテラン記者のインタビューも入っている。どこかで雑誌を手にしていただければ幸いである。
by polimediauk | 2010-04-05 21:33 | 新聞業界